2011年01月18日

夢顔さんによろしく シベリア抑留中に獄死した近衛文隆の生涯

夢顔さんによろしく 上―最後の貴公子・近衛文隆の生涯   文春文庫 に 9-3夢顔さんによろしく 上―最後の貴公子・近衛文隆の生涯 文春文庫 に 9-3
著者:西木 正明
文藝春秋(2002-10)
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夢顔さんによろしく 下―最後の貴公子・近衛文隆の生涯   文春文庫 に 9-4夢顔さんによろしく 下―最後の貴公子・近衛文隆の生涯 文春文庫 に 9-4
著者:西木 正明
文藝春秋(2002-10)
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近衛文麿の長男として生まれ、プリンストン大学で学び、帰国後父文麿の秘書官として特命任務を行う。文麿の動きを快く思わない陸軍に召集され、満州で砲兵中尉で終戦を迎えた後、ソ連に抑留され、1956年に脳出血で死亡した近衛文隆の生涯を扱った小説。

こちらが単行本の表紙だ。

夢顔さんによろしく夢顔さんによろしく
著者:西木 正明
文藝春秋(1999-07)
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なにやらわからないシルエットと近衛文隆から妻の正子さん宛の郵便宛先が印刷されている。謎かけのようだ。

近衛文隆については、以前「プリンス近衛殺人事件」のあらすじを紹介した。こちらはロシア人作者がKBGなどの膨大な資料を調査して、まとめたノンフィクション小説だ。

プリンス近衛殺人事件プリンス近衛殺人事件
著者:V.A. アルハンゲリスキー
新潮社(2000-12)
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筆者のポリシーとして小説のあらすじは詳しくは紹介しない。

この本に書かれている近衛文隆の皇族としてはありえないような波乱万丈の生涯を簡単に紹介しておく。もちろん小説なのでフィクションの部分も多いと思うが、面白い読み物に仕上がっている。

近衛家は天孫降臨のとき、第一の側近として従っていた天児屋命(あまのこやねのみこと)が始祖とされ、家としての先祖は藤原鎌足で、近衛文隆は鎌足から数えて47代目、近衛を名乗るようになって30代目だ。

近衛家は近衛、九条、二条、一条、鷹司の5摂家の筆頭で、父の近衛文麿は天皇の面前で座って足を組んで話せるという間柄だったという。

近衛文麿は一高の後、東大に進学するが、マルクス主義に惹かれて京大の河上肇に師事する。文隆の母旧姓毛利千代子と熱烈な恋愛の末結婚し、大正四年に文隆が生まれた。

文隆の母千代子は運動神経抜群で、日本における女性ゴルファーの草分けだった。兄弟は二人の妹、一人の弟で、皇族の例にならい、子供たちは乳母に育てられ、両親とは別棟に生活していたという。

文隆は生まれた時から大柄な赤ん坊で、長じて父の文麿と同じく当時の日本人としては珍しく身長180センチという大柄だった。表紙に写真が載っているが、米国でウェイトトレーニングをやっていただけに、がっちりした体格だ。

学習院時代から始めたゴルフは天才的で、16歳で日本アマチュア選手権3位となり、その後渡米して高校、プリンストン大学でもゴルフ部の中心選手を務めた。

細川護煕元首相の父細川護貞(文隆の妹温子と結婚したので、義兄弟の仲)、牛場友彦西園寺公一などが特に親しい友人で、このブログで紹介した白洲次郎は文隆の兄貴分だった。

白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)白洲次郎 占領を背負った男 上 (講談社文庫)
著者:北 康利
講談社(2008-12-12)
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この作品では、近衛文隆の誕生から、学習院中学での生活、渡米してプリンストンに近い全寮制の高校でゴルフの腕前を磨いたことなどが紹介されている。

高校のゴルフ合宿でフロリダに行ったときに、当時の有名プロ ジーン・サラゼンのアドバイスで、飛距離を伸ばすためにベンチプレスなどの筋力トレーニングも積んだ。相撲取り並みの筋力で、ベンチプレス250ポンド(112キロ)を軽々と挙げていたという。

プリンストンに進学するとゴルフと合唱のグリークラブの両方で活躍し、週末は車でニューヨークに繰り出して、有名クラブ、レストランで豪遊していたという。

ニューヨークに寄った白洲次郎にニューヨークのピーター・ルガーというマスコミ関係者の集まるクラブにつれていってもらい、米国で一番権力を持っているといわれるマスコミ業界の人脈を開拓する。この時かつてジョン・レノンも住んでいたダコタハウスに住む不動産王の若い未亡人と恋仲になったが、日本大使館の横やりで別れることになる。

ゴルフは全米トップクラスだったが、学業ではプリンストンを卒業できず、中退して日本に戻り、当時首相を務めていた父文麿の秘書官として満州の関東軍視察などの特命任務を行う。

この時に知り合ったのが、後にゾルゲ事件で処刑される朝日新聞記者尾崎秀実(ほつみ)と、ドイツの新聞記者リヒャルト・ゾルゲだ。

ゾルゲは終戦後ソ連の英雄として旧東ドイツの切手にもなっている。

Stamp_Richard_Sorge





その後祖父の近衛篤麿が開校した上海の東亜同文書院の職員となり、中国の情報を収集しているときに、国民党の女スパイと恋仲になる。

すでに盧溝橋事件が発生し、日中戦争が起きていた。近衛文麿首相の「蒋介石を相手にせず」という公式発言とは裏腹に、近衛文麿は蒋介石との秘密交渉のために文隆を重慶に派遣しようとするが、陸軍の察知するところとなり、文隆は憲兵隊につかまり、重慶行を阻止されてしまう。

そして懲罰的に二等兵として召集され、満州の砲兵隊に編入する。1940年のことだ。1941年には日本でゾルゲ事件が起こり、ゾルゲと尾崎秀実が逮捕され、1944年末に死刑執行される。

しかし当時はゾルゲ事件は秘密とされ、終戦後4年たってやっと公表された。シベリアで抑留中の文隆はゾルゲが処刑されたことなど知る由もなかった。

二等兵でスタートした文隆は下士官・士官試験を受け、1944年には中尉として部隊を任される。

1944年10月に大正天皇の妃、貞明皇后の姪の京都西本願寺法主大谷光明の娘正子と結婚する。しかし新婚生活もつかの間で、1945年8月にソ連軍が満州に攻め入り、武装解除した関東軍はソ連軍の捕虜となる。

文隆はソ連軍に捕虜として連行され、正子は日本になんとか帰国して離れ離れになる。わずか1年弱の新婚生活だった。

文隆は日本の皇族で元首相の長男、日本に帰れば亡父の遺志を継いで政治家になることを希望しているということで、ソ連の思想改造のターゲットにされるが、文隆は断固拒否する。

文隆ほかシベリア抑留者の消息は長年不明だったが、1952年になってやっと文通が許され、文隆の最初のハガキが届く。1956年に亡くなるまで50通あまりのハガキが届くが、最後のほうのハガキには必ず「夢顔さんによろしく」という謎の言葉が添えられていた。

「夢顔」とは誰か?それがこの本の最後のミステリーだ。

日ソ交渉が始まり、いよいよ帰国が間近となってきたのに、文隆はふさぎ込むことが多くなった。結局、文隆は脳出血と腎臓病で帰国直前の1956年に獄死する。

その後1956年に米国議会の上院国内治安小委員会で、元東京駐在のソ連外交官が文隆などに施されたといわれるロボトミーについて証言する。薬物を注射して、うつ病にさせ、脳出血で文隆を殺害したとの証言はAP電が伝え、日本の新聞でも報道された。

文隆のシベリア抑留は劇団四季により「異国の丘」というミュージカルとなり、DVDが発売されている。

劇団四季 ミュージカル 異国の丘 [DVD]劇団四季 ミュージカル 異国の丘 [DVD]
出演:劇団四季
NHKエンタープライズ(2009-01-23)
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当時の時代背景もわかり、非常に面白い小説である。文庫本で上下2冊、筆者の読んだ単行本で530ページの大作だが、一気に読める。

ロシア小説の「プリンス近衛殺人事件」とともに、ぜひおすすめしたい作品だ。


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Posted by yaori at 12:58│Comments(0)TrackBack(0) 小説 | 歴史

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