2011年04月07日

中国の新しい対外政策 ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の最新論文

中国の新しい対外政策――誰がどのように決定しているのか (岩波現代文庫)中国の新しい対外政策――誰がどのように決定しているのか (岩波現代文庫)
著者:リンダ・ヤーコブソン
岩波書店(2011-03-17)
販売元:Amazon.co.jp
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軍備・戦略研究で世界トップクラスのストックホルム国際平和研究所の中国研究者2名が、誰がどのように中国の外交政策を決定しているのかについての研究結果を発表した論文。

ストックホルム国際平和研究所は略称SIPRIとして知られており、世界各国の軍事費を調査した「軍備,軍縮及び世界の安全保障年鑑」が有名だ。

SIPRI年鑑:軍備,軍縮及び世界の安全保障2006SIPRI年鑑:軍備,軍縮及び世界の安全保障2006
著者:ストックホルム国際平和研究所
広島大学出版会(2007-03-31)
販売元:Amazon.co.jp
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この本は原注が240以上、全体の1/4を占める本格論文で、次のような構成となっている。

要約

第1章 序説

第2章 対外政策における公的関与者
    中国共産党
      政治局及び政治局常務委員会
      党外事指導小組と他の中央委員会機関
    国務院
      外交部
      大使
      他の政府機関
    人民解放軍

第3章 対外政策関与者の思考に影響する諸要因
    「合意形成」による政策決定
    非公式チャンネルと忠誠心
    教育
      海外での教育と経験
第4章 周辺の関与者
    実業界
      金融機関
      エネルギー関係企業
      その他の企業
    地方政府
    研究機関と学術界
      政治局の集団学習会
      高次の政策提言
      情報の収集と共有
    メディアとネチズン
      多様性、速度、そして表現方法
      全方向的影響

第5章 結論
  
    
目次を見ただけでも、この論文がポイントをついていることがわかると思う。


著者は中国語ペラペラの中国研究専門家

著者のリンダ・ヤーコブソン(林達)はフィンランド人で、フィンランド国際問題研究所を経て、2009年にストックホルム国際平和研究所の「中国と世界の安全保障」の責任者に就任した。中国滞在15年以上という人で、流暢な中国語を話すという。

もう一人の著者はアメリカ人のディーン・ノックス(那鼎承)。核不拡散問題の専門家で、台湾に6年間滞在し、ストックホルム国際平和研究所の「中国と世界の安全保障」の研究補佐。やはり中国語はペラペラという。


この本の要約

この本の最初に要約がある。中国の対外政策の決定過程は外から見て非常に見えにくいが、次の3つの傾向があるという。

第1は対外政策に関する権限がバラバラなことだ。外国人はもはや政策決定者の一つとだけ交渉することはできず、複数のキープレーヤーの管轄権や対抗関係を考慮しながら交渉しなければならないこと。

上記では「権限がバラバラ」と書いたが、英語の原文が併記してあり、それが"fractured"となっていたので、筆者なりに訳したものだ。

この本では「細分化」と訳しているが、"fractured"は複雑骨折などの時に使われる言葉で、てんでんバラバラで組織化されていないというイメージがある。

もし「細分化」だったら原文は"fragmented"となるはずであり、あえて"fractured"という言葉を使った原文の意味が通るように上記のように訳した。


第2に中国のすべての関係者が国際化は中国にとって不可避だと感じているが、どの程度まで国際化するかどうかは様々な見解があること。


第3に中国が国際的にその権益をより強く追求するべきだという見解が外交政策関与者の間で広まっていること。


これらの見方は、東大の高原教授が指摘されている小平の「韜光養晦、有所作為」スローガンを、2009年の大使会議の席で胡錦涛「堅持韜光養晦、積極有所作為」に変えたという中国外交政策のFAW(Forces at Work)の変化と符合している。


中国の国家機関

中国の国家機関の組織図は次の通りだ。

中国国家機関組織図





出典:外務省ホームページ

一般的には日本の内閣にあたり、温家宝首相が率いる国務院が中国政府の最高機関であり、対外関係で中国を代表するが、日本の外務省にあたる外交部はここ10年来権力が低下しており、楊潔篪(ようけつち)外交部長の儀典上の順位は5番目か6番目である。

外交上重要でない国は別として、重要な対外政策については、外交部は政策決定部門ではなく政策執行部門となりつつあるという。


影響力のある権力者や機関

外交部が力を失い、次のような幾重にも重なり、相互の関係がわからない権力者や委員会が中国の対外政策に影響を与えていることがこの本で詳述されている。

1.共産党の組織

政治局常務委員会(メンバー9名、胡錦涛が委員長)−最高決定機関
          I    (7−10日に会議開催ー非公開)
          I
党中央政治局(メンバー25名)ー不定期で会議開催

政治局常務委員会でも意見が分かれることはあるが、すべての重要決定には胡錦涛の支持が必要であり、かつ全員の合意が必要である。それゆえ対外政策決定は「まとまりがなく、混乱した、非効果的なもの」(原注:政府に助言を与えている中国の研究機関責任者へのインタビュー)となりがちである。


2.国の機関にポストを持たない党中央委員 
王家瑞(党中央対外連絡部長)
・王滬寧(党中央政策研究室主任)


3.党中央指導小組(一部メンバーのみ明らか)
・党外事指導小組(国家安全保障指導小組とも呼ばれる)
重大な対外政策決定はほとんどこの小組で行われ、常務委員会はそれを単に承認するにすぎないと推定されている。政治局常務委員のほとんどが対外政策問題には不慣れのため、対外政策専門家の経験に依存している。

主要メンバーは、戴秉国(たいへいこく)国務委員(議長)、王家瑞国際部長、楊潔篪(ようけつち)外交部長、陳徳明商務部長、梁光烈国防部長、国家安全部長である.

・党中央対台湾工作指導小組(国務院にも属する)
・金融経済工作小組


4.その他の党中央委員会関連機関 
・政策研究室
・中央書記処弁公室
以上の2機関の長は胡錦涛の外訪にも同行し、対外政策に影響力を持つとみられている。

・党中央国際部
もともとは海外の共産党との窓口だったが、現在は非共産党を含む海外政党との関係を担当。その出自から北朝鮮労働党、ミャンマー、イランなどの対外政策に影響力を持つ。

他にも宣伝部、対外宣伝弁公室、組織部なども対外政策に限定的な影響力を持つという。


5.大使
駐EU,ブラジル、フランス、ドイツ、インド、日本、北朝鮮、英国そして米国の駐在大使は副部長(次官級)だが、外国の影響を受けすぎて妥協するとして立場は弱体化しているという。


6.他の政府機関
・商務部 
対外援助の大部分を配分。

・中国人民銀行
為替レートと外貨保有の管理

・国家発展改革委員会
エネルギー分野での対外政策の関与者

・財務部
予算管理権を持つ。

・国家安全部
安全保障


7.人民解放軍
現在は軍の代表は政治局常務委員会にはいないので、中央政治局と人民解放軍の間には距離がある。人民解放軍を統括する党中央軍事委員会には、胡錦涛と昨年から習近平が唯二の文民メンバーとなっている。

人民解放軍と共産党の微妙な関係が、2007年の中国の衛星破壊兵器実験や2010年の米国ゲーツ国防長官訪中時の「殲−20」ステルス戦闘機の公開など、外交関係者が軍事面での動きを知らなかったという連絡不足を招いている。




8.非合法チャンネルと忠誠心
いわゆるコネのことである。出身地、出身校、履歴などを詳しく調べることで関係が見えてくる。前職が国有企業の社長であったり、同じ時期に留学していたなどだ。

たとえば胡錦涛と李克強は同じ中国共産主義青年団出身で、胡錦涛は次期首席に李克強を推したのは有名な話だ。

忠誠心も見えない力学の一つだ。たとえば江沢民はいまも政治局のすべての文書が届けられるという。


その他の特記事項

次のような面からも対外政策への影響力について分析している。

★教育
党中央委員会の203名のうち、少なくとも172名(85%)が学士以上、73名が修士、16名が博士だ。ただしこの中には教育レベルの低い中央党学校などの党の教育機関から認定を受けたインフレ学位もある。

★政治局の集団学習会
2002年に胡錦涛が党総書記に就任したときに政治局の集団学習会を始め、2010年までに66回開催されたという。毎回2人の専門家が招かれ、テーマの1/3は対外問題だったという。政治局のほとんどの議事は秘密だが、集団学習会の開催は公開されているので、報告者には知名度アップと昇進の機会となる。

★メディアとネチズン
メディアとインターネットメディアの分析も非常に参考になる。

1980年代に中国政府がメディアへの補助を打ち切ったことから、メディアは市場から資金を獲得せざるをえず、結果的に2000種類もの新聞、雑誌、数百ものテレビ局、インターネットのニュースサイトが顧客と広告収入を求めて競いあっている。

インターネット人口は2009年に4億人弱となり、世界最大のネット社会を形成している。もっとも人気があるのが「強国論壇」で、利用者は2百万人。

ブログも盛んで、公安当局は「五毛党」と呼ばれるアルバイトを多数使って、危険な内容を当局に通報し、ネット上の好ましくない見解を圧倒しているという。「五毛党」というのは、当局に有利な書き込みをすると5毛(約6円)もらえるからだという。

ネチズンの対外政策形成への影響力は増大しており。日本と米国に関する過激な民族主義的な意見が当局の行動の自由を制約している。世論が分かれている場合は、政府は無視できるが、世論が一致していると政府も無視するわけにいかなくなるからだ。

2008年フランスのサルコジ大統領がダライラマと面談したので、中国は温家宝首相のフランス訪問をキャンセルせざるをえなかったという例が挙げられている。


監修者の岡部達味東京都立大学名誉教授が負け惜しみ気味に語っているが、西洋人に弱いという東洋人のメンタリティをうまく活用してオフレコ情報も含めて突っ込んだ情報収集をしている。

このような高度な研究レポートの英文原本が、SIPRIサイトで無料でダウンロードできる。便利な時代になったものである。

プレスリリース:
http://www.sipri.org/media/pressreleases/2010/100906chinaforeignpolicy
レポート・ダウンロード:
http://books.sipri.org/product_info?c_product_id=410

興味があれば上記のリンクから原文をダウンロードして見て欲しい。


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Posted by yaori at 13:08│Comments(0)TrackBack(0) 政治・外交 | 中国

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