2011年04月12日

モノ言う中国人 中国のネットメディアの現状がよくわかる

モノ言う中国人 (集英社新書)モノ言う中国人 (集英社新書)
著者:西本 紫乃
集英社(2011-02-17)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

駐中国日本大使館で外務省専門調査員としてネットメディアを研究した西本紫乃さんの本。西本さんは中国在住歴が10年で、現在は広島大学大学院博士課程に在籍中だ。

先日会社で前駐中国日本全権大使の宮本大使の講演を聞く機会があった。講演の冒頭で宮本大使が西本さんの研究を本にして出版するように勧めたという話をされていた。

宮本大使ご自身も「これから中国とどう付き合うか」という本を出されている。

これから、中国とどう付き合うかこれから、中国とどう付き合うか
著者:宮本 雄二
日本経済新聞出版社(2011-01-06)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


モノ申す中国大衆

西本さんは最初に、中国では「話語権」という言葉を新聞やインターネットで目にすることが増えたと語る。

話語権とは単なる発言権でなく、世論に影響を与えるほどの影響力があることを意味している。「モノ申したい人」が増えており、中国の大衆が「モノ申す場」がインターネットなのだ。

中国のメディアは次の図のように完璧に国家によってコントロールされている。

scanner028




出典:本書54−55ページ

これに対してインターネット情報の監視システムは次の通りだ。

scanner029













出典:本書 83ページ

「インターネット管理室」が監視し、好ましくない記事にはサイト管理者に電話連絡して、「15分以内に削除しないと罰金3万元=39万円」が課せられるという。

このほかに「五毛党」という世論を体制側に有利なように誘導するため1件当たり五毛=8円の報酬を貰って書き込みをするインターネット評議員がいる。


最近の事例紹介

この本ではインターネット関連で問題になり、役人などの関係者が処分されたり、「人肉捜索」(いわゆる”さらし(晒し)”、ネット上でプライバシーや言動などをよってたかって暴くこと)になった例が紹介されている。


★「あなたはどこの単位の人間?」
国家水泳スポーツ管理センターの副主任の周継紅が、インターネット上の飛び込み競技の八百長について質問した記者に対して言った言葉だ。

国体の飛び込み競技の12個の金メダルは事前に受賞者が決まっているという八百長疑惑に対して、記者を見下した周継紅の発言が2009年の流行語にもなったという。


★蘭州の悲劇
2010年1月に甘粛省蘭州の省共産党の宣伝部長が不用意に650名から成るインターネット評議員のチームを編成したことを発表した。エース級50名、ハイレベル要員100名、ライター500名で構成され、エース級の人員を中心に、チームは緊密に連携を取りながらインターネットの掲示板などに活発に「正しい」意見を書き込むのだと。

甘粛省で650人もの評議員がいるということは、全国では10万人を超える評議員がいるのだろうから、仮に評議員の年収が五万元(65万円)だとすると、年間50億元(650億円)もの費用が評議員に充てられている。

それほどの予算があれば、四川省地震の時にロシアから借りたヘリコプターが90機買えるので、何が大事なのか考えるべきだという非難が盛り上がったという。

ちなみに甘粛省は中国の西域の省で、水力発電による安価な電力が有名な省だ。


★南丹錫鉱事故
広西チワン族自治区の南丹市の錫鉱山で2001年に浸水事故が発生し、81名の労働者が死亡したが、南丹県の幹部と鉱山主が結託して、事故の隠蔽を行ったことが、クチコミで広がった。

取材に行った記者は暴力で追い返されたが、インターネットで匿名の情報が掲載されてから、大きな問題になった。

「人民網」や「強国論壇」でもスレッドがつくられ、数万件の非難が寄せられ、南丹県の書記は死刑、錫鉱山オーナーは懲役20年の判決を言い渡された。中国でインターネットが世論を動かした初めての事件と言われている。


★孫志剛事件
2003年に広州で、身分証明書をもっていなかったため警察に拘束され、むかったために暴行されて死んだ孫志剛の死因が「心臓発作」と処理された事件。

両親が広州の都市報の「南方都市報」に事件を告発し、インターネットでも非難の声が広まった。大学教授などの法律専門家が、政府に対して法律の見直しを求めた結果、「収容送還の規則」が廃止された。

収容した農民たちから金を巻き上げて私腹を肥やしていた収容所職員の汚職も明るみに出たという。


★山西省闇レンガ工場事件
河南省に住む両親が行方不明となった我が子を探すために全国を探し歩き、山西省の違法闇レンガ工場で奴隷のような労働をさせられている息子を捜し当てたという事件。

河南省のテレビ局の記者が、行方不明の子どもを捜している親がいるという情報をもとに、闇レンガ工場に潜入し、最後に親子の再会の場面を映像におさめて放送するとともに、インターネットでも公開した。

インターネットでの書き込みは一週間で一万件を超え、政府を非難する声も高まったので、胡錦涛、恩家宝他の指導者が徹底的に調査するよう指示した。

監督不行届で山西省の省長が謝罪し、95名の党員や公務員が処分を受けた。ネットユーザーのパワーとインターネット世論の恐ろしさを中国の指導者が痛感した事件だった。

中国では農村と都市との年収格差が問題になっているが、農村でもインターネット人口は2007年以降急速に拡大している。


★許霆(きょてい)ATM事件
2006年広州市でたまたまATMの誤作動で、大金を引き出した許霆が、無期懲役に処せられた。刑が厳しすぎるとネットの声がひろまり、再審で懲役五年に大幅に減刑された事件。


★深圳市の女児わいせつ未遂事件
2008年に深圳市の海鮮レストランで、女児がトイレに連れ込まれそうになった事件で、犯人が「北京の交通部から派遣された市長と同格の高級官僚だ。何が悪い」と居直った事件。

レストランの監視カメラが女児が連れ込まれそうになった現場の映像を捉えており、両親とのやりとりも録音されていて、それがネットに公開された。公務員の横暴に非難の声が高まり、人肉捜索が行われ、犯人は広州市の党書記ということがわかり免職となった。


★インターネットの社会風刺が流行語に
2008年貴州省で、中学生が強姦され川に投げ捨てられるという事件が発生した。容疑者三人のうち二人が地元警察署長と親戚だったことで、真相隠しが行われ、容疑者が深夜の橋の上で、「腕立て伏せ」をしている最中に、女子中学生が自殺したという警察の発表が行われた。

2009年には雲南省の刑務所で入所四日めの囚人が頭部損傷で死亡した。刑務所側は「鬼ごっこ」をしていた時に壁に頭を打ち付けたという発表をした。

「腕立て伏せ」、「鬼ごっこ」という体制側の荒唐無稽な言い訳が、都合の良い言い逃れに対する冷ややかな批判をこめて、インターネット上の流行語になったという。

さらに2004年から胡錦涛主席の掲げる「和諧=ホーシェ社会」=ハーモニーの取れた社会、を皮肉って「河蟹=ホーシェ」がインターネットによく登場し、「河蟹される」というのは、管理者から発言を削除されるという意味で使われているという。


★愛国教育の世代
中国のインターネット人口は4億人を超え、年齢構成は若く、「80後」という1980年以降生まれの20代、「90後」といわれる10代が7割弱を占める。

次が日中のインターネット人口の年代別構成だ。30歳以下の年代が中国では7割を占め、日中間では大きな差があることがわかる。

scanner030







出典:本書161ページ

インターネットの普及により、以前であればデモ行動は簡単に抑圧できたのが、インターネットで抗議が広まると中国政府もコントールしがたくなっている。

この本では1999年のベオグラード中国大使館誤爆デモ、2005年の小泉靖国神社参拝反対デモ、2008年のカルフールボイコット騒動を比較し、インターネットで抗議が一般の民間人にまで広がっていることが比較説明されている。


尖閣漁船衝突事件
2010年9月に発生した尖閣列島沖での漁船と巡視船の衝突事件は、中国のインターネット人口が愛国教育を受けている若いユーザーが多いことから、燃え上がる可能性があった。

しかし北京や上海などの大都市では目立った抗議行動は発生せず、西安や武漢といった地方都市でのみ反日デモが発生した。もちろん中国政府の必要以上に事を荒立てないという方針もあったのだろうが、西本さんはこの現象は大衆の価値観の「ポストモダン化」が影響しているからだと説明している。

つまり大都市ではイデオロギーや国益といった大きな問題よりも、就職とか物価、あるいは海外旅行や車の購入といった個人的なことに関心を持つ人が増えているからだという。

西本さんはさらに中国理解のキーワードトは「非主流」だと語る。

経済の自由化によって中国では大衆社会というパンドラの箱があいた。メディアが国によってコントロールされていた頃は、海外の人は知る由もなかった「非主流」の情報が流れ出したのだと語る。

テレビ番組などの「三俗」(庸俗=下品、低俗=暴力的、媚俗=他人に迎合)の問題が指摘され、匿名性があり敷居の低いインターネットの普及により、大衆がインターネット上で様々な意見を述べるようになった。

胡錦涛や恩家宝もオンラインでインターネットユーザーと直接対話を行い、広州市では広州市の都市報の「南方都市報」傘下の「奥一網」でインターネットの対話コーナーを設けている。

米国の有名なチャイナ・ウォッチャーのスーザン・シャークは「中国・危うい超大国」という本で、中国のシンクタンク研究員の「私たちは、自分たちが行ってきたプロパガンダの虜囚となってしまったのです」という発言を紹介している。

中国危うい超大国中国危うい超大国
著者:スーザン L.シャーク
日本放送出版協会(2008-03-30)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

いままで愛国教育として「共産党よくやった史観」をマスメディア、博物館、映画、演劇などあらゆる機会で国民に植え付けてきた。そのため若い世代の多くは中国は優れた国、強い国と信じ、「西側の悪意に満ちた報道で不当な批判にさらされている」と思いこみがちだという。


2011年2月22日に出版された本で、中国のインターネットを中心とする世論の成り立ちがよくわかる。尖閣漁船衝突事件など最新の話題も含まれており、興味深く読める本である。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。






Posted by yaori at 13:05│Comments(2)TrackBack(0) 中国 | インターネット

この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
はじめまして。いつも楽しく拝見しています。
また時間を見つけて、遊びに来させて頂きますね!
Posted by りん at 2011年04月14日 23:54
大変 興味深く 拝読、有難う。
 益々の御健筆を、期待しております。
  中国の田舎に16年在住の者より。
Posted by 林 at 2011年05月14日 23:26