2011年11月16日

祝!「京」スパコン連続世界一! 「科学技術大国」中国の真実 前北京大使館アタシェのレポート

平成23年11月16日追記:

富士通がつくった理研のスーパーコンピューター「京」が引き続き世界トップとなった第2位の中国の天津スーパーコンピューターセンターの天河1A号の演算速度を4倍上回る圧倒的な差だ。

東大が富士通のスパコンを初めて注文し、ほかにも受注の動きがあるようだ。

スパコンだけだと周辺分野や日本経済全体への影響も限られるが、ぜひスパコンを活用して様々な分野で世界トップクラスの研究成果を挙げてほしいものだ。

スパコンの日中比較が載っている在北京日本大使館の科学技術担当アタシェの「科学技術大国中国の真実」を再掲する。


平成23年6月21日初掲:

「科学技術大国」中国の真実 (講談社現代新書)「科学技術大国」中国の真実 (講談社現代新書)
著者:伊佐 進一
講談社(2010-10-16)
販売元:Amazon.co.jp
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2009年11月の事業仕分けで蓮舫大臣に葬られそうになった次世代スーパーコンピューター「京(ケイ)」が2011年6月20日に発表されたスパコンランキングで世界一になった



「京」の前までは中国の「天河1号A」が世界一位だった。しかし「京」は富士通の独自開発CPUを使っており、汎用CPUをつなぎまくる中国のスパコンの単純な設計とは一線を画している。

この本では中国の科学技術の強みと弱みを、科学技術庁出身で2007年から2010年まで在北京日本大使館の科学技術担当アタシェとして勤務した伊佐進一さんがレポートしている。ちなみに伊佐さんはアメリカのジョンズ・ホプキンス大学で中国研究及び国際経済のMBAを取っている。

アマゾンの写真だと本の帯が映っていないが、書店に並んでいる本は次のような帯がついている。

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2008年9月、3回目の有人宇宙飛行で初めて船外作業を行った「神舟7号」の宇宙飛行士が五星紅旗を振っている映像が、生中継された時の写真だ。

米国、ロシアに次いで三番目に有人宇宙飛行・宇宙遊泳を成功させたことは、中国の宇宙開発技術が世界でもトップクラスであることを世界に示す結果となった。人工衛星打ち上げビジネスでも中国は第三位のポジションを日本、EUと争っている。

しかし一方で、宇宙遊泳させる飛行士に国旗を持たせて振らせるというのは、どういうセンスなのかと疑ってしまう。

せいぜい数十分という貴重な船外活動の時間をそんなことに使って良いのか?元々ヒーローを好む国民性もあるが、巨額の資金を投入して国のメンツをかけた宇宙開発なので、愛国心高揚のためのパフォーマンスが必要だったのだろう。

他の例でも、たとえば2008年に完成した中国最大の天体望遠鏡「LAMOST」は天体観測に適さない黄砂の通り道に建設された。有力者の地元への誘致によるものだという。

この本の最初に伊佐さんが北京でマラソンに参加した時のエピソードを書いている。

ゼッケンを貰うのは2日がかり、制限時間外にゴールすると水もフルーツも片づけられている。識別チップ返却には長蛇の列…。全然システム化されていないし、開催者が勝手にルールを変更する。

「中国の科学技術が発展することなんてありえない」という人がいるだろうが、その根拠になるようなシーンだ。


日本の技術力はすでに中国に負けている!?

「日本の技術力はすでに中国に負けている!?」と本の帯にセンセーショナルに書いてある。それは「!」であり、「?」である。

中国の科学技術は日本をもしのぐ先進性がある反面、権力者の影響力やメンツが科学技術探求より優先されるという後進性もある。このような二面性は、科学技術人材のレベルの「格差」と中国の強みを活かすことができる「分野」かどうかによるという。

冒頭でふれた蓮舫大臣の「2位ではダメですか?」の発言で有名になったスーパーコンピューターでは、2010年6月の世界のスーパーコンピューターのランキングで中国製のスーパーコンピューターの「星雲」が2位、「天河1号」が7位となって、ベストテンに2台入った。

その時は日本のスパコンでは原子力研究開発機構の富士通製の22位が最高で、かつては1位となり、アメリカをあせらせたNECの地球シミュレーターは37位まで順位を下げている。



この事象だけ見ると、日本はスパコンの分野でも中国に差をつけられていたと「!」の分類に入るが、実は中国の「星雲」はインテルの汎用CPU6万個をつないだもので、理論値の半分の実効速度しか出せていない。

他のスパコンの80%前後や、富士通やNECの95%前後という実効速度に比べて著しく低く、スパコンのコア技術であるCPUの同期技術が見劣りするという実態が浮かび上がってくる。

伊佐さんは「計算機工学の観点からすれば、技術的には脅威とは言えないものである」とコメントしている。その証拠が冒頭の「京」の世界1位だ。

この本には2010年6月のランキングまでしか載っていないが、2010年11月のランキングでは改良型の「天河1号A」がナンバーワンとなっており、3位が「星雲」となっている。


人材大国中国

2009年の中国からの海外留学生総数は22万人を超え、帰国留学生数も10万人を超えた。いずれも10年前の1999年の10倍だ。

これらの人材がいろいろな分野で勉強しており、米国の博士号取得者の出身大学で一番多いのは中国の清華大学で、第2位が北京大学だ。3位がUCバークレー、4位がソウル大学。日本の大学は50位には入っていない。

海外留学者の帰国を促す「海亀政策」により、留学生が帰国すると住居や保険、車の購入費用、そして都市戸籍の付与と優秀な人材を処遇できるポジションを作っている。帰国者が起業するためのインキュベーションパークが100ヶ所以上あり、起業資金や所属税・光熱費・賃貸料免除などの様々な特典が与えられている。

一方日本人留学生は減少しており、2009年は全体で7万5千人とピークの2004年の2割減。米国への留学生に至っては10年前に比べて4割減の約3万人となっている。

「拡散する中国、収縮する日本」という構図だと伊佐さんは語る。

米国留学は米国生活に触れるということと、人脈つくりという意味で依然として意味があると筆者は考えているが、日本の大学院のレベルが上がり、必ずしも米国に留学しなくても慶應や一橋など優れたMBAコースができたことも、米国への留学生が減った理由の一つなことを指摘しておく。


日本は理系人材が報われない国

伊佐さんがもう一つ指摘するのは、日本は理系人材が報われない国だという点だ。このブログで紹介した元文部科学省審議官で、JAXA副理事長だった林幸秀さんの「理系冷遇社会」でも同じ趣旨の主張がある。

理科系冷遇社会―沈没する日本の科学技術 (中公新書ラクレ)理科系冷遇社会―沈没する日本の科学技術 (中公新書ラクレ)
著者:林 幸秀
中央公論新社(2010-10)
販売元:Amazon.co.jp
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日本の理系人材は学歴が上がれば上がるほど就職が難しくなる。生涯賃金も諸説あるが、理系は文系より低いというデータもある。

これを反映して理系学生は減少しており、2008年の工学部志望者数は5年前の4割減の24万人で、ピークの1992年以来減少が続いている。

他方中国では学歴は処遇で評価され、博士新卒者は学卒者の3倍の給与で処遇されるという。

中国の理系重視の姿勢はあきらかだ。たとえば胡錦涛主席以下の党中央政治局常務委員のトップ9は、1名の経済学博士を除き、全員工学系で占められている。

米国で博士号を取った出身国別でもトップだ。「海亀政策」で海外留学生の帰国を促していることもあり、他国を圧倒するスピードで優れた技術者を拡大している。伊佐さんのカウンターパートの中央官庁の大臣、副大臣、事務次官などは全員理系の博士号を持っているという。


「研究者集約型」分野で力を発揮

中国の一番の強みは、出来るだけ多くの実験をこなして、データの蓄積で成果を挙げるという分野だ。これを伊佐さんは「研究者集約型」と呼ぶ。最初の発見は外国人であっても、応用・実用化技術は研究者を大量投入する中国が先に成果を上げてしまうのだ。

たとえば鉄化合物を使っての新高温超電導は日本の東京工業大学で発見されたが、スマートグリッドなどへの実用技術は中国が「研究者集約型」で、大量に人材と資金を投入して研究しているので、現在は高温超伝導の論文の7割は中国だという。

最初に日本がブレークスルーを挙げても、中国が人材を一気に投入してしまえば、最終的な成果は中国のものになってしまうのだ。

遺伝子研究分野でも同じ事が懸念される。

2006年に京都大学の山中教授によって発見され、ノーベル賞間違いなしと言われるiPS細胞研究でも、2009年7月に世界で初めてiPS細胞から生体マウスを作り出したのは中国の北京生命科学研究所と中国科学院動物研究所だった。

アメリカも日本の10倍の予算を投入して応用を研究しており、山中教授によれば、「日本の1勝10敗」だという。

北京生命科学研究所は2004年に設立されたばかりで、研究員600名、リーダー23名全員が米国帰りのドクターだという。政府から潤沢な研究費を得て、5年間の任期で住居や教育費まで援助がある。

ライフサイエンス分野で世界トップのアメリカニューヨーク州ロングアイランドにあるコールド・スプリング・ハーバー研究所の2番目の拠点が蘇州に設立され、DNAの2重らせん構造を発見したジェームズ・ワトソン教授も開所式に出席した。

中国のライフサイエンス研究の発展を示す出来事である。


国際特許出願数ナンバーワンは中国企業

国際特許出願数ではパナソニックが長年トップを占めてきたが、2008年は中国の通信機器メーカーの華為技術(ホワウェイ)がトップとなった。2009年にはパナソニックが返り咲いたが、2位は華為だった。

華為は売り上げの10%を研究開発費として投資しており、全従業員の4割の3万7千人の研究員を抱えているという。華為は競合他社との特許侵害訴訟を通じてグローバル市場に於けるルールを勉強して力を付けてきて世界トップの国際特許数を誇るまでになったという。

しかし華為などの例外はあるが、中国企業の研究開発能力は依然として脆弱である。

中国のビジネスモデルは、コアとなる部品は海外からベストのものを競争させて安く買いたたき、国産の部品と組み合わせて製品をつくるというものだ。だから自動車のエンジンやエアコンのコンプレッサーは外資系から調達している。

日本企業の「垂直統合」とは全く異なるので、これを東京大学の丸川知雄教授は「垂直分裂」と呼んでいるという。

現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ (中公新書)現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ (中公新書)
著者:丸川 知雄
中央公論新社(2007-05)
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中国の科学技術発展の大きな阻害要因は学術や研究に於ける汚職、不正の横行だ。米国カーネギー国際平和基金の報告によると、中国の汚職と不正による経済損失はGDPの13%にも上るという。論文の偽造、成果のねつ造も頻繁に起こっている。


中国市場への取り組み方=中国との共生

最後に伊佐さんは、世界最大級の中国市場への取り組み方法につき私見を披露している。

一つの参考は韓国のサムソンだ。サムソンは中国市場でも成功しており、その特長は対象市場の徹底研究にある。「消費者に選ばれる力」こそが「真の競争力」であるという。

しかし、サムソンのやり方は技術力の優位性が確保できない企業の生き方で、日本企業はサムソンに学ぶ必要はないと説く。中国市場では極端に価格を下げる必要はなく、富裕層・都市の中産階級を狙えば良い。

日本の環境技術とエネルギー技術は中国への協力にふさわしい分野だが、中国には日本の高品質の技術はそのまま持ってきても売れない。日本と異なる中国のニーズを吸収し、日本の環境技術をもとに日中で共同開発して、中国の市場を切り開いている成功例も水処理などで見られるという。

日本の水膜処理技術は世界最高水準で、海水でさえ浸透膜処理で真水にすることができる。しかし、そのためには大きなエネルギーが必要だ。

日本の場合には、2トンの汚水を濾過して2トンの浄水を得ようとするが、中国の場合には2トンの汚水から1トンの浄水で良い。高額の世界最高水準の薄膜より、エネルギー消費の少ない中程度の安価な薄膜が適しているのだ。

中国との技術共生については、GEのリバース・イノベーションの例を挙げている。GEはCTスキャナーのトップメーカーだったが、10万ドルを超す大型スキャナーは中国やインドなどの途上国では全く売れなかった。

そこで中国の無錫に研究拠点を作って、3万ドルで売れるラップトップパソコンで動かせる携帯型のスキャナーを開発し、中国の病院で大量に販売した結果、価格は1万5千ドルまで抑えることができた。

このポータブルスキャナーは米国でも使われるようになり、2002年には4百万ドルだったポータブル診断装置の売り上げが、2008年には世界で2億8千万ドルにまで増加したという。


普通のビジネスマンでは得られない広範囲な中国の科学技術情報を元に、具体例を多く紹介している。中国の科学技術の強みと弱みがよく理解できて大変参考になる本である。


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Posted by yaori at 00:22│Comments(0)TrackBack(0) 趣味・生活に役立つ情報 | 自然科学

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