今北さんの講演を聞いた。今北さんの本には次のような今北さんの写真入りの帯がついている。

カルロス・ゴーンを思わせるような「濃い」顔立ちが印象的な人だ。
本に書いてあることも、書いてないこともあったが、本に書いてないことで最も印象に残ったのは、今北さんがバッテル研究所時代に、日本の自動車部品メーカーの社長と一緒に、技術供与交渉をしていたイタリアの自動車部品メーカーに行った時の話だ。
先方の社長とアポイントがあったが、予定時刻を30分過ぎても社長は現れない、今北さんはイライラしながら社長を待っていた。
やっと現れたと思ったら、せいぜい30歳台後半の三代目の社長は、今北さんの通訳に頼る日本メーカーの社長に対して「英語も出来ないでグローバルビジネスができるのか」と言った。
これに対して日本のメーカーの社長は唯二知っている英語を使って"I'm sorry."と言ったという(もう一つ知っている英語は"Thank you."だった)。そしておもむろに日本語で話し始めた。
「私は母を尊敬しています。」
今北さんは社長が逆上して、頭がおかしくなったのではないかと思ったという。
「母は私に、1.他人にはまごころを持って接すること、2.ウソはついてはいけないことを教えてくれました。あなたもそのイスにすわっているからには、あなたも祖先をさぞかし尊敬しているのでしょう。」
これに対してイタリア人の若社長は自分の非礼を謝り、"I'm sorry."と言った。それからはビジネスもスムーズに運んだという。(筆者の記憶で上記発言を再現しているので、正確な表現でないかもしれない)
今北さんが強調するのは人間力、英語で言うとコンピテンシーだ。
いくら英語力があってもそれはスキルであり、必要条件でしかない。このやりとりの様な知的ボクシング=「対決」=英語で言うとCreative confrontationで勝つためには、実践を通して「知的腕力」をつけなければならない。
知的ボクシングに勝つためには、「教養」が絶対に必要だ。「教養」は英語ではRefinementということばが最もあてはまる。単に知識だけではない。
同じ国際ビジネスマンとして、今北さんも筆者と同じ様な経験をしていると思った。
今北さんは国際セミナーで英語で質問ができなかったという。それである時思い立って、講演者の本を読み、十分研究して講演に臨み、先頭を切って質問のために手を挙げた。
ところが立ち上がってマイクが来たときに、頭の中が真っ白になって、あれだけ用意した質問を忘れてしまった。
しかし周りは今北さんがそんな状態になっていても、誰も気にしていなかった。
この経験で、今北さんは自分が思うほど、他人は自分のことを気にしていないことを学んだ。それからは、国際会議でもアガることなく、質問できるようになったという。
筆者もアルゼンチンでの研修生から帰って、1980年に欧州に出張したときに、オーストリアの国営会社の副社長に説明している途中でロジックがおかしくなり、英語での説明途中でつっかえて、頭の中が真っ白になった経験がある。
話を変えてなんとか繕ったが、この失敗を忘れず、それ以来英語のロジカルな表現力をつけるために「タイム・インテンシブ・コース」という「タイム」誌を毎週読んで、二週間に一度記事のあらすじを英文にまとめて添削してもらうという通信教育を6年間続けた。
最初の駐在でピッツバーグに赴任してからは、自分の書いた英文をコミュニケーションを専攻したアメリカ人スタッフに毎回添削してもらっていた。
「タイム」誌は20年以上毎週読んでいた。読むだけではなく、気にいった記事はわからない単語を辞書で調べ上げて読んでいた。「タイム」誌の英語は、その意味を正確にあらわす最も適当な単語を使っているので、何年たっても「タイム」誌の1ページに、10以上もわからない単語があったものだ。
あの頭の中が真っ白になるという屈辱を経験したから、TOEIC940点にまで英語力は向上し、ネイティブ並みの英文レターが書けるようになった。

DIP(2011-10-13)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
今北さんがスイスのバッテル研究所に入社したときに、国際会議はフランス語でやっていたので、英語で会議を開くように依頼して断られたという。その時のくやしさが、今北さんがフランス語をマスターするための原動力となった。
それから今北さんは必死でフランス語を勉強して、ついにはフランスのルノー公団からスカウトされるほどになった。
筆者もアルゼンチンに赴任したときは、スペイン語は全然わからなかった。だから二年間賄い付きの下宿に住んでアルゼンチン人と一緒に過ごし、事務所での勤務時間外に語学学校や個人教授を受けた。そして二年間の研修の後、帰国したらスペイン語社内検定一級まで上達した。
このような頭が真っ白、言葉が通じない屈辱感、それが語学上達のバネとなり、コミュニケーション能力をつけるきっかけとなるのだ。
もうひとつはセールスコールだ。
今北さんはバッテルに入った当初は自分で仕事を見つけることができず、他の研究員のアシスタントで、電話調査をやらされた。毎日電話を掛けては、ガチャンと切られることの連続で、電話恐怖症、ノイローゼに近くなったという。
しかしあるとき、「こんなことで命までは取られない」と頭を切り替えて、電話調査を再開すると、中には親切な人もいて、いろいろ教えてもらい。今度はその情報を使って、別の人から聞き取り調査するという好循環が生まれ、調査がうまくいったという。
筆者もアルゼンチン駐在の時やピッツバーグ駐在の時は、必要があれば業界名簿やイエローページを頼りに、電話して売り込んだものだ。アルゼンチンの時は、そうやって香港製の天井扇風機を1コンテナー分売った。
何事もあきらめないで続けることが大事なのだ。
2011年12月14日初掲:

著者:今北 純一
新潮社(2010-05)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
フランス企業での職務経験が長く、現在もパリ在住で日本とフランスの間を毎月行き来しているコンサルタント会社CVA(Corporate Value Associates)のパートナー・東京オフィス代表・今北純一さんの本。
近々今北さんの講演を聞く機会があり、事前に本が配られたので読んでみた。
今北さんは昭和21年生まれ。東大応用物理学科から化学工学の修士課程を卒業後、旭硝子に入社。ニューヨーク州立大学留学、オックスフォード大学の招聘教官を経て、1977年にスイスのバッテル研究所にスカウトされる。それから1981年ルノー公団、1985年から14年間のエアー・リキード社勤務を経て、1999年から現在まで元同僚が設立したCVA社のパートナーを務める。
今北さんが講演に行くと、国籍や性別にかかわらず大体5%の人が熱いまなざしを寄せてくるという。新しいことにチャレンジしたいという能動的な意識で講演を聴く人たちだ。この本はその5%の人に向けた本だという。この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応しているので、ここをクリックして目次も是非見てほしい。よくできた目次なので、大体の筋がわかると思う。
成長にはMVPが必要
今北さんは人間が成長する上でMVPが必要だという。M=Mission、V=Vision、P=Passionだ。このうちPassionを持った人が最も強い。
筆者もPassionが最重要という話には同感だ。
実は、筆者は数年前に社内誌に「読書生産性アップのために」というような題で寄稿したことがある。年間300冊、一日ほぼ1冊本を読み、歩いているときや混んでいて本が読めない電車の中ではオーディオブックを聞く。そしてきにいった本はあらすじをブログに書いて「備忘録」として活用するという筆者の読書法を紹介したものだ。
自分の読書法にはそれなりに自信を持っていたが、結果としてその自信が悪い方に出て、「上から目線」のような文を書いてしまった。
1/4ページの原稿で、同じ見開きには他の人が、糸井重里の「ブイヨンの気持ち。」とか、このブログでも紹介した「マイクロソフトでは出会えなかった天職」の途上国に本を送る"Room to Read"運動など、一生懸命に自分の話を伝えようと書いている。そういった一生懸命さが伝わり、つい引き込まれる話ばかりだった。

著者:糸井重里
東京糸井重里事務所(2009-04-13)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

著者:ジョン ウッド
武田ランダムハウスジャパン(2007-09-21)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
それに対して、筆者が書いた文は整理されていてわかりやすかったかもしれないが、読者にどうしても伝えたいというパッションが感じられず、気持ちがこもっていない。反省するところ大だった。
それからはブログにしろ、社内誌にしろ、何かを書くときは必ず読者に是非とも伝えたいという筆者の思いが伝わるように、心を込めて書いている。あらすじを書くにもPassionが大事なのだ。
閑話休題。
この本で今北さんは「人は仕事で成長する」と語る。まさにこのブログで紹介した元伊藤忠商事会長・丹羽さんの「人は仕事で磨かれる」と同じだ。

著者:丹羽 宇一郎
文藝春秋(2008-02-08)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る
自分の仕事上の経験から学んだことや、ラグビーの平尾誠二さん、指揮者の佐渡裕さん、柔道の山下泰裕さん、将棋の羽生善治さんなどの「自分の世界を持っている人たち」との付き合いから学んだことを数多く紹介しており大変参考になる。
いくつか印象に残った話を紹介しておく。
面接で「いくら欲しいのか?」と聞かれたら、どう答える?
今北さんは30歳の時、イギリスの会社との面接で「いくら欲しいのか?」と言われて絶句したという。
たしかに、そう言われると、筆者もどう答えたらよいかとっさには答えが思いつかない。高ければ高いほど良いわけでもない。たとえば「1億円」と言っても、その根拠を聞かれて説明に窮すると逆効果だろう。
この質問で、今北さんは自分の能力を判断するのは他人であるということ、それでも交渉の余地はあるという2つのことを思い知らされた。これが今北さんの「次なる飛躍への瞬間」となったという。
この他にも今北さんのヨーロッパ人との付き合いで得られた貴重な経験を紹介している。ユーモアを大事にして、知的対決を愛するヨーロッパ人の絶妙な切り返しには感心する。
"You must succeed"の意味
たとえば、エアー・リキード社で日本での「モノシラン」という半導体用ガス販売を命じられたときに、会長から英訳すると"You must succeed"と言われたことがあるという。(「モノ知らん」とは偶然とはいえ変な名前のガスもあったものだ。ちなみにエアー・リキード社は液化工業ガスの最大手の一社だ)
これは「あなたは成功するに違いない」という意味にもとれるし、「あなたは成功しなければならない(義務がある)」という意味にもとれる。
今北さんが前任者の無謀な計画のもとに立ち上げられた日本での合弁事業を、ライバルにも大量供給するという逆転満塁ホームランで成功させて帰国し、会長にあのときの言葉はどちらの意味か?と聞くと、「あなたの思っている方ですよ」と答えたという。
なかなかそういう受け答えはできるものではない。こういうのが欧米社会でしばしば行われている「知的対決」なのだと。
ところで、最初の「いくら欲しいのか?」という質問の模範解答も紹介されている。なるほどと思う。ネタをばらすと面白くないので、これは続きを読むに書いておく。
サラリーマン生活の不条理が転職のきっかけ
今北さんは新卒で入社した旭硝子の研究所で、寮と研究所を往復するサラリーマン生活に不条理を感じたという。
大学の修士論文のテーマである「ポントリヤーギンの最大原理」を使って化学工場の自動制御の最適化を研究するというのは同じでも、大学にいると授業料(たぶん当時は月1,000円だと思うが)を払わなければならないのに、会社に入るとたとえ寮でマージャンしていても給料がもらえる。
そして同じ年の高専卒の研究者は、今北さんの修士論文をあっというまに理解して、今北さんができないコンピュータープログラムを自分で書きあげる実力を持っているのに、給料は大学院卒の今北さんよりはるかに少ない。
周りの友人が「高専卒だから当たり前」というのが理解できなかったという。
カルロス・ゴーンさんに日本の話をする
今北さんは日産・ルノーのCEOカルロス・ゴーンさんとの付き合いもある。
ゴーンさんが日産のCOOとして日本に赴任する前に、元ルノー唯一の日本人社員ということで、つてをたどって今北さんに話を聞きに来たことがあった。その時に今北さんは、日本には2種類の沈黙があると忠告したという。
最初の沈黙はノーアイデアの沈黙、2つめの沈黙は「ボスは聞く耳を持たない」と判断された時の沈黙だという。2つめの沈黙には注意しろと今北さんはゴーンさんにアドバイスしたという。
日本に赴任したゴーンさんと再度会ったら、ゴーンさんは「日本の労働組合は英語をしゃべる」と驚いていたというエピソードを紹介している。
その他にも同僚の知見を適宜反映させたレポートでクライアントを獲得したら、同僚から50:50のプロフィットシェアリングを申し入れられたケースとか、オックスフォード大学での招聘教官として赴任した時に、担当する学生に逆にテストされた話、あとでわかったことだが部下がジスカールデスタン元大統領の甥で、欧州の人脈の強さに驚いた話など、今北さんの貴重な国際ビジネス経験を紹介していて、大変興味深く読める。
平尾誠二さんの「トンガの選手を一人入れたら、おどろくほどチーム全体の力がアップしました」という話も面白い。「天性のエンターテイナー」の指揮者の佐渡裕さん、「柔道を介して日本を理解してもらう」ことが現在のミッションと語る柔道の山下泰裕さん、「本番で試すということをやらない限り、成長はない」と語る将棋の羽生善治さんなどの話も参考になる。
いろいろ参考になる話が多いが、この辺でやめておく。
今北さんの他の本も読みたくなった。自分自身に置き換えてシミュレーションができ、頭の体操もできる知的刺激に富んだ本である。
参考になれば投票ボタンをクリックしてください。