2012年01月23日

国際スパイ・ゾルゲの真実 NHKが制作したドキュメンタリー

先日紹介した映画「スパイ・ゾルゲ」を見たので、それの原作となったNHKがつくったゾルゲに関するドキュメンタリーを読んだ。



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アマゾンだと表紙の写真が紹介されていないので、表紙写真を紹介しておく。

ゾルゲ表紙












この本はもともと1991年に放送されたドキュメンタリー番組の取材を基にしている。

NHKBS2で再放送された時の映像がYouTubeで10編にわたって紹介されている。最初はこんな出だしだ。



YouTubeで視聴したが、全10編、約1時間半もドキュメンタリーを見るのはよほど興味がある人に限られると思うので、最後の10/10の法政大学教授の下斗米伸夫教授の解説を紹介しておく。



20年も前の作品だが、広範囲にわたる取材と資料の深掘りは、さすがNHKと思わせるできばえだ。


ソ連の機密情報公開がきっかけ

このドキュメンタリーが生まれたのは、1991年にソ連が崩壊して旧ソ連時代の機密資料約3,000万点が、1992年3月から公開されたからだ。国家的な重要決定に関する文書は除かれているが、それでも公開された文書の中にはゾルゲが日本から無線で送った電報の原本も含まれており、電報が誰に配布されたのかも記載されている。スターリンもゾルゲの電報を読んでいたことがわかる。

1991−2年の取材なので、ゾルゲを尋問した特高の警部、ドイツ大使館員、ソビエトの赤軍諜報部員、ゾルゲの日本人妻、スターリンの通訳などが存命で、関係者に直接事情を聴けたことが、このドキュメンタリーの質と情報量を圧倒的なものにしている。


ゾルゲの経歴

ゾルゲは1895年生まれ。ドイツ人の父とロシア人の母の間で、石油掘削技師だった父が勤務していた現アザルバイジャンの油田で有名なバクーで生まれた。その後一家はドイツに移住して、ゾルゲもドイツで教育を受ける。

ゾルゲは第1次世界大戦でドイツ陸軍に志願して従軍、3度負傷する。その時の傷で足はずっと不自由だったという。戦争の悲惨さを体験し、世界平和を実現するためにドイツ共産党に入党し、のちにソビエト共産党員となる。

第一次世界大戦の悲惨さは映画「西部戦線異状なし」を見てほしい。



コミンテルン(国際共産党)に勤務し、上司の赤軍第4部ベルジン大将から命を受けて諜報部員となり1930年に上海に行き、作家アグネス・スメドレーの紹介で大阪朝日新聞の上海特派員の尾崎秀実と知り合う。

スメドレーは中国共産党のシンパとして中国共産党の宣伝本を多く書いている。エドガー・スノウの「中国の赤い星」と並んで、彼女の作品はたぶんに宣伝本という要素はあるが、初期の中国共産党の活動がわかる貴重な資料だ。

中国の赤い星 (1964年) (筑摩叢書)中国の赤い星 (1964年) (筑摩叢書)
著者:エドガー・スノウ
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偉大なる道 下―朱徳の生涯とその時代 (岩波文庫 青 429-2)偉大なる道 下―朱徳の生涯とその時代 (岩波文庫 青 429-2)
著者:アグネス・スメドレー
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ゾルゲの諜報活動

ゾルゲの情報源だった尾崎秀実は共産主義革命に心酔しており、共産主義革命でアジアを解放するという理想を持っていた。上海勤務後日本に帰国して満鉄調査部や内閣嘱託で近衛文麿のブレーンが集まる「朝飯会」のメンバーになって、日本政府の内部情報をゾルゲに提供した。

他にもアメリカ帰りで、軍人の肖像画を描いて情報を収集していた画家の宮城与徳などがゾルゲの情報ソースだった。

ゾルゲは1933年から日本に住み、ドイツのフランクフルターの寄稿者として働き、駐日ドイツ大使のオイゲン・オットの親しい友人としてドイツ大使館に部屋を持っていたほどだった。

ゾルゲがどうやって情報を収集したかなどの事情はドキュメンタリーに詳しく紹介されており、ゾルゲの「獄中記」にも書かれている。

ゾルゲ事件獄中記 (1975年)
著者:川合 貞吉
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バツグンのゾルゲの分析力

この本ではゾルゲの日本発の情勢分析レポートのいくつかを紹介している。

たとえばノモンンハン事件(1939年5〜8月)が起こる前に、日本は中国と戦争をしているので、南方に展開してイギリスと戦争することはあっても、ソ連までも加えた両面戦争はできないと分析し、しかし関東軍が独立性を高めているので、大規模な軍事衝突の可能性はいつでもあると正確な分析をソ連に提供している。

ゾルゲが日本の国力の限界を正確に把握していることには驚く。


ドイツのソ連攻撃も事前察知

独ソ不可侵条約をヒットラーが結んだ9日後の1939年9月1日に、ポーランドに攻め込み第2次世界大戦がはじまった。

スターリンはじめソ連首脳はヒットラーが両面作戦の愚を犯さないとタカをくくっていたが、ゾルゲはドイツの「バルバロッサ作戦」をつかんで、1940年末からモスクワに注意を喚起していた。しかし、その情報を信じないソ連首脳部にゾルゲのトップスクープは無視された。

このあたりの理由はこの本では紹介されていないが、ゾルゲ事件を詳しく取り上げた元GHQ戦史室長のゴードン・プランゲ博士の三部作の一つ「ゾルゲ・東京を狙え」によると、無線係が手を抜いてゾルゲの原稿を勝手に割愛していたので、モスクワにドイツ軍の集結状況などの情報が正確に伝わっていなかったことを紹介している。

ゾルゲ・東京を狙え〈上〉ゾルゲ・東京を狙え〈上〉
著者:ゴードン・W. プランゲ
原書房(2005-04)
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この本ではドイツのフライブルクの連邦軍事資料館に保存されている1940年12月18日付け「バルバロッサ作戦」の命令書現物を紹介している。さすがNHKと思わせる広範な取材と、フットワークの軽さである。

ドイツがソ連に攻め込む1941年6月22日の前にも、5月ころからゾルゲはドイツが対ソビエト攻撃に130個師団を準備しているという情報をタイに赴任途中の友人のドイツ駐在武官から入手して、さかんにモスクワに無線で連絡するが、ゾルゲの報告を信じないモスクワではゾルゲの忠告は無視された。

ゾルゲはドイツ人の血を引いていたので、スターリンはゾルゲを二重スパイではないかという疑惑を持っていたことも理由の一つとして挙げられている。


スターリンは日本の対ソ参戦を懸念

その後ゾルゲの情報が正確であったことを知ったモスクワは、今度は独ソ戦開戦により今度は日本がソ連を攻撃しないかどうかが最大の関心事となった。

関東軍は1941年7月に85万人を動員する大規模な演習(関特演)を行ったが、当時ソ連は独ソ戦に兵力の大半を注入し、極東の軍備は手薄だった。

この点に関するゾルゲの「問題外」という報告がモスクワを安心させ、ソ連は20個師団を西に移動して独ソ戦に投入することができ、独ソ戦に勝利することができた。


ゾルゲ逮捕

ゾルゲ一味逮捕のきっかけは、日本共産党の伊藤律が逮捕され、アメリカ共産党員だった北林ともの名前を自白、そのルートからやはりアメリカ共産党員だった宮城与徳が逮捕された。

宮城与徳は取調室の窓から飛び降り自殺を図ったが失敗し、それから宮城はスパイ活動の一切を自白し、ゾルゲ・尾崎の一味が芋づる式に逮捕されたのだ。


ゾルゲの予言

ゾルゲは死刑判決を受けるとは思っておらず、取調官に「いま戦争に勝った、勝ったといっているけど、英米は強い。いずれ日本は困難な状況になる。そうなると日本は講和しなければならないが、講和条約を橋渡しするのはソ連以外にない。だからその時は俺は日本のために働く」と言っていたという。

これはまさに「夢顔さんによろしく」で紹介した近衛文隆が、ゾルゲが処刑されたことを知らずに、てっきりソ連に生還したと思ってゾルゲにシベリア抑留からの解放を期待していたストーリーとつながる。

夢顔さんによろしく (上) 最後の貴公子・近衛文隆の生涯 (夢顔さんによろしく) (集英社文庫)夢顔さんによろしく (上) 最後の貴公子・近衛文隆の生涯 (夢顔さんによろしく) (集英社文庫)
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日本政府はソ連にゾルゲを送還することを提案したが、スターリンは無視した。ゾルゲと尾崎は1943年に死刑判決を受け、1944年に死刑が執行されている。

スターリン死後10年たち、フルシチョフ時代にゾルゲは国家英雄として復活した。フルシチョフがフランスでつくられたゾルゲを主人公とした娯楽映画を見て、これこそ祖国の英雄であるとゾルゲに対する再調査を命じたからだという。

NHKの上記のYouTubeの10/10のビデオでは、モスクワの赤軍博物館にゾルゲの功績がたたえられていることが紹介されている。

モスクワにはゾルゲ通りもあるそうで、そこにはコートを着て壁を突き抜けて出てきたようなゾルゲ像が飾られている。

ゾルゲ像





出典:本書256ページ


さすがNHKと思わせる、よくまとまった一見の価値があるドキュメンタリーである。参考になった上に、大変面白かった。

YouTubeの映像をパソコンで見るのは疲れるので、筆者はパソコンをテレビにHDMIケーブルでつなぎ、テレビで見た。まずはYouTubeの映像を見て、興味がわけば、図書館で借りるか、アマゾンで中古品を買って読んでみることをおすすめする。


1990−1995年ころNHKでは第2次世界大戦について多くのドキュメンタリー番組を制作しており、本にもなっている。このシリーズの「張学良の昭和史最後の証言」も大変参考になったので、いずれ紹介する。

張学良の昭和史最後の証言 (角川文庫)張学良の昭和史最後の証言 (角川文庫)
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Posted by yaori at 13:04│Comments(0)TrackBack(0)歴史 | ノンフィクション

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