ほぼすべての日本酒が醸造用アルコールと調味料を加えて作られた
三倍増醸清酒が全盛だった時代に、全国に先駆けて全量を純米酒とした埼玉県蓮田市の
神亀酒造を中心とした日本酒の作り手の側からの本。
三倍増醸清酒は、もともとは戦中・戦後のコメ不足の時代に少ないコメで多くの酒を造るために開発された苦肉の策の酒つくりだった。
同じ量のコメから3倍の酒がつくれるということは3倍の税収になるため、税収を増やしたい国の政策と合致したため、戦後の混乱期から戦後を通して日本酒生産の中心だった。
昭和50年ころからの地酒ブーム、純米酒ブームで平成15年に酒税法が改正され、現在は三倍増醸清酒は、「清酒」ではなく「リキュール類」になっているが、筆者の学生時代の昭和40年代は、日本酒というと三倍増醸清酒だった。
筆者は、学生時代から日本酒は悪酔いするというイメージを持っており、それがずっと続いていた。混ぜ物ばかりの三倍増醸清酒を飲まされていたのだから、悪酔いするのは当たり前といえば当たり前だ。
今の日本酒は、筆者の学生時代に飲んでいた三倍増醸清酒とは全く異なる。
筆者が日本酒の良さに気付いたのは、東日本大震災復興支援の思いも込めて東北の日本酒を飲み始めた5年前のことだ。
この本では、三倍増醸清酒全盛時代に、税務署の指導をはねのけて日本酒本来の製法である純米酒つくりを全国に広めた埼玉県の神亀酒造と、神亀酒造に影響を受けて純米酒生産に転換した各地の蔵元の話を紹介している。
神亀酒造の主力商品「ひこ孫」は3年間冷温熟成させた純米酒で、新酒が良いというそれまでの日本酒の常識を覆した酒だ。
神亀 ひこ孫 純米吟醸酒 720ml
実は、神亀酒造が税務署とケンカしながら1タンクだけ作った純米酒は、新酒では辛くて薄いと不評で、売れ残ってしまった。
しかし、その売れ残りが数年間瓶の中で熟成して良い酒になっていたのだ。
それまで日本酒は作った醸造年度に売るというのが原則で、税務署は在庫が2年分もあるのに、なぜ製品を作るのかと何年も寝かすことは認めていなかった。この面でも税務署との争いになったという。
この本では神亀ファンと一緒に自ら田植えをしてコメつくりをしたり、日本の純米酒つくりの先駆けとして、他の蔵元に支援を惜しまない神亀酒造の姿勢を紹介している。
酒蔵で蔵人全員が半年ほど合宿して酒造りに取り組む生活や、杜氏(とうじ)がどのように判断して酒つくりを進めているのか、神亀酒造で学んだ蔵人がその後各地の酒蔵で酒つくりを始める姿なども紹介されている。
酒造りといえば、フジテレビでドラマ化された「夏子の酒」が有名だ。
夏子の酒は伝説の酒造米を復活させて酒つくりに取り組むというストーリーだ。
原料のコメも重要ではあるが、むしろ醸造工程が酒の良し悪しを決める。
もともとは「
蔵付き酵母」という、その蔵に住みついている酵母を使って醸造していたので、納豆やミカンは酒蔵には禁物だったという。
現在は科学的にプロセスが改良され、工程も温度もコンピューター管理されているが、それらが導入される前は、杜氏の経験と勘にたよった製法だった。
獺祭はじめ、日本酒の輸出も増えている。しかし、税務署と戦っても純米酒を作るという神亀酒造のパイオニア精神がなければ、今の日本酒ブームはなかった。
純米酒のパイオニアの苦労がわかる一冊である。
参考になれば投票ボタンをクリック願いたい。