
著者:石田 信隆
家の光協会(2011-02)
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農協(JA)グループの出版・文化事業を担当する「家の光協会」が発行するTPP反対論。農林中金出身で、現在は農林中金総合研究所理事の石田信隆さんの本だ。
「家の光協会」のビルは別件で訪問したことがある。てっきり宗教団体だと思っていたが、農協の宣伝部門だった。
”1時間でよくわかる”という枕詞がついている60ページほどの小冊子だ。「『開国』は日本農業と地域社会を壊滅させる」というサブタイトルがついている。
この本で挙げられている論点は、次に紹介する浅川芳裕さんの「日本の農業が必ず復活する45の理由」や、「TPPで日本は世界一の農業国になる」でボコボコにされている農林水産省の論点そのままだ。

著者:浅川 芳裕
文藝春秋(2011-06-28)
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著者:浅川 芳裕
ベストセラーズ(2012-03-16)
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JAグループがTPPに反対する理由の最大のものは、TPPで関税が撤廃され、安い外国産農産物が日本に大量に輸入されると、日本の農業生産は壊滅的な打撃を受けるからというもので、農林水産省のTPP影響評価の数字をそのまま使っている。

コメ生産は一部の銘柄米のみに9割減少し、農林水産業全体で4兆5千億円も生産が減少する。
結果として食糧自給率(カロリーベース)は現在の40%から13%に激減する。
そうすると、いままで水田稲作や林業に頼っていた日本の治水インフラも大打撃を受け、”農業の多面的機能の損失額”は3兆7千億円にも達し、あわせたGDP減少額は8兆4千億円にも上るという農水省の試算をもとにした議論だ。
この農林水産省によるずさん極まりないTPPダメージ試算と、筆者のコメントは次の通りだ:
★コメの生産は9割減少し、約2兆円減少する。

⇒ちょっと待て。平成22年度のコメの生産額は1兆5千億円だ。日本のコメ生産がすべてなくなっても2兆円も減少しないぞ。
★牛肉の生産が4千5百億円減少

⇒ちょっと待て。平成22年度の肉用牛の生産額は4千6百億円だ。日本の牛肉生産がすべてなくなるのか?
★乳製品の生産が4千5百億円減少

⇒ちょっと待て。平成22年度の生乳の生産額は6千7百億円だ。牛乳のように毎日新鮮なものを輸送し、長期間の輸送には適さないものがなぜ1/3の規模に減少するんだ?
★砂糖の国内生産はゼロになる(他にもいくつも国内生産がゼロとなる品目がある)

⇒ちょっと待て。政府が農家を保護するやりかたは関税だけではない。TPPは農業の輸出補助金は禁じているが、農業に対する様々な政府援助を禁じているわけではない。
水産物ではひじきの国内生産がゼロになるという。わかめは93%減、昆布は70%減だ。日本人が日本の豊富な海藻を食べずに、70〜100%外国産の海藻に切り替えるのか?日本人がすこしくらいの価格差で、東北の被災地や北海道の漁民を見捨てるのか?

農業協同組合新聞(JACOM)がホームページで図解しているので、ここをクリックして参照してほしい。
日本の農林水産業は関税に守られないと国際競争力がないと言いたいのだろうが、全く現実味のない前提を持ち出して、こんなずさんな試算を平気で出してくる農林水産省の存在意義はもはや無いのではないかという気がしてくる。
農林水産省試算を錦の御旗にしているこの本の信頼性も、推して知るべしではあるが、ともかく印象に残点を箇条書きで紹介しておく。
★日本はすでに十分に開かれた国で、いまさら「開国」は不要
日本の平均税率は2009年で全商品が4.9%、農産品が21%。
非農産物の関税は日本が一番低く、農産物の関税がEU,アメリカより高いので、全品目では米<日本<EUの順である。
★日本の農業保護の水準が高いのは、耕地面積が狭いなどのハンディキャップが高いため。
★アメリカ主導でTPP参加するということは、アメリカの巨額の農業補助金をそのままにして、日本の関税だけ撤廃するもので「不平等条約」だ。WTOのルールはアメリカやEUの主導でつくられたもので、それに日本が乗っていると、どんなルールの不利益変更に見舞われるかもしれない。
★農業の多面的機能が失われる。

貨幣的価値を見積もると、農業の多面的機能の喪失額は年間3兆7千億円だという。

★農産物輸出でも、加工品輸出が中心となるので、たとえ農産物輸出が1兆円を突破しても、農産物の輸出はせいぜい1千5百億円程度。農業生産額の2%にも満たない。
★「TPPに乗り遅れるな」というような性急な姿勢でTPP交渉に参加することは、看護師資格や弁護士資格などの広い範囲の交渉に安易に妥協して、国の形が取り返しがつかないほど変わってしまう恐れがある。
★アメリカはWTOで拒否された投資、競争政策、政府調達分野などをTPPで実現しようとしている。
結論として、「平成の開国」は不要。今必要なのは、行き過ぎた自由化によってあまりにも低い水準となった食料自給率を回復させるための「不平等条約」の改正なのだと。
JAグループの主張は、「いまこそTPPに対抗する多様な協同の輪を」といいうことで、次の2点を提言している。
1.地域を大切にし地域というまとまりのなかで、そこにある自然・資源・人が結びつきながら、1+1が2ではなく3になるような、よい相互作用を生み出すこと。
2.日本もその一員であるアジアを重視した戦略をとること。
なにを言いたいのかわからないが、TPP反対連合をつくろうと呼びかけていることだけはわかる。
2012年は「国際協同組合年」だそうだが、これは協同組合がもたらす社会経済的発展への貢献が認められたものだという。
筆者の考察(ご参考)
次はあらすじでなく、筆者の意見である。
いままでいくつか農業や食料に関する本を読んできたが、この本も含めて食料自給率の低さを問題とする本は、カロリーベースの食料自給率しか根拠として示していない。
ところが、カロリーベースの食料自給率を編み出した本家本元の農林水産省でさえ、計算根拠を明らかにしていないカロリーべースと、国際統計から計算できる生産額ベースの自給率の両方を発表している。

しかも上記グラフの示す通り、生産額ベースの自給率は近年上昇しており、農水省が2030年の目標としている自給率70%を、ほぼ達成しているのだ。
農家も収入を増やすべく必死に努力しているのだから、コメや麦など価格の安いものより、カロリーは低いが価格が高い野菜や果物などの作物にシフトするのは当たり前だろう。
農水省もその辺がわかっているから、カロリーベースと生産額ベースの自給率を両方発表しているのだろう。
日本の産業は常に新陳代謝を繰り返し、たとえ一時は国際競争力があった産業でも、国際競争力を失えば、どんどん縮小あるいは高付加価値生産に切り替えて体質を変えてきた。
たとえば石炭産業は、現在では日本国内ではほとんどなくなったが、昭和20年代までは黒いダイヤといわれて、基幹産業の一つだった。基幹産業でも競争力がなくなれば、変わらざるを得ない。
繊維産業は昭和40〜50年代は、日米貿易摩擦を引き起こしたほど競争力のある業界だった。当時は、輸入の衣料などブランド品を除いて皆無だったが、今や日本製の衣料を見つけるのが難しくなってきているほどだ。
繊維業界は海外メーカーを技術指導して現地生産に切り替え、自分で体質を変えてきたのだ。
農業も同じで、農家は自分で体質を変えてきている。一般的には農業従事者は毎年減少して、しかも65歳以上の高齢者の割合はどんどん上昇していると言われている。

しかし上記の「基幹的農業従事者」には、「農家」でない人、つまり、農家や農業法人に雇われている従業員は含まれていない。その数は定期雇用と臨時雇用を含めて233万人と上記の「基幹的農業従事者」と同じ数だけいる。農家は減っているが、農家に雇われる人は増えているのだ。これは浅川さんの「日本の農業が必ず復活する45の理由」で説明されている。
浅川さんの「日本は世界5位の農業大国」のあらすじで紹介した通り、日本の農業生産額は世界第5位だ。

著者:浅川 芳裕
講談社(2010-02-19)
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牛肉、オレンジで見せた様に、日本の農業は決して弱者ではない。むしろTPPで自由化されたら、アジアの高所得層向けに輸出できることを心待ちにしている農家も多いはずだ。
この「TPPを考える」では農協のTPP反対論は伝わってくるが、農家の声はゼロである。この本が農家向けの教宣本だからかもしれないが、農協が農家から遊離した組織であることを物語っているような本である。
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