2012年07月23日

世界で一番売れている薬 実は日本人が発見していた

世界で一番売れている薬世界で一番売れている薬
著者:山内 喜美子
小学館(2006-12-15)
販売元:Amazon.co.jp
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世界で一番売れている薬

世界で一番売れている薬をご存知だろうか?

それは「スタチン」と総称される高コレステロール治療薬だ。アメリカのファイザーやメルクなど主要な製薬メーカーが販売しており、欧米で7種類、日本で6種類のスタチンが販売されている。

なかでもファイザーの「アトルバスタチン」が、世界の医薬品売上ランキングのダントツトップを占めている。

そのスタチンは1973年に当時三共にいた日本人の研究者によって青カビから発見された。しかしスタチンは日本では商品化されず、アメリカのメルクが「ロバスタチン」としてはじめて商品化した。1987年のことだった。

この本では、日本人研究者がスタチンを初めて発見していながら、日本では商品化されなかったストーリーを描いている。


遠藤さんの経歴

スタチンの発見者・遠藤章さんは、1938年に秋田県の農村に生まれた。東北大学農学部の農芸化学科を卒業し、在学中に影響を受けた本の一つは、ペニシリンの発見者フレミングの伝記だったという。

フレミング博士―ペニシリンの発見 人類の恩人 (1954年)
著者:L.J.ルドヴィチ
法政大学出版局(1954)
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1957年に三共に入社した遠藤さんは、最初は研究所ではなくカビからつくった酵素を作っている田無工場に配属される。この時の研究で貴腐ワインをつくる薬剤を製品化し、その研究で1966年に農学博士となっている。

1966年からニューヨークのブロンクスにあるアインシュタイン医科大学にポスドクとして2年間留学して、高コレステロールで悩んでいるアメリカ人が多いことを知る。

留学時代には、ニューヨーク郊外にあるウッドローン墓地にある尊敬する野口英世の墓と、三共の創始者の高峰譲吉の墓を数回訪れたという。


コレステロール低下剤の開発

遠藤さんは帰国して三共の醗酵研究室に戻り、青カビからML−236Bと呼ばれるコレステロール低下剤を発見する。

ラットに使って、コレステロール低下が認められないので、一度は研究は打ち切られそうになるが、あきらめず研究をつづけ、ラットに効かなくてもイヌには効いたことで復活する。

1976年にはイギリスのビーチャム社(現グラクソ・スミスクライン社)が「コンパクチン」と名付けた抗生物質を発表した。遠藤さん達が発見したML−236Bと全く同一の物質だとわかったが、三共は1974年に特許出願していたので、三共の特許取得に問題はなく、三共は「メバスタチン」として臨床試験を開始した。

コレステロール研究の第一人者で後にノーベル医学書を受賞するテキサス大学のゴールドスタインブラウン教授から「メバスタチン」を使ってみたいという申し出はあったが、日本での臨床実験を優先した。


三共での開発の遅れ

ところが当の三共で社内の勢力争いが起き、中央研究所が開発したRWX−163で醗酵研究所のML−236Bを葬ろうと画策し、発見者の遠藤さんをML−236Bの担当から外すことになった。RWX−163はラットのコレステロール低下に効果があったという。

ML−236Bに注目した金沢大学と大阪大学の医師が、遠藤さんと遠藤さんの上司のみが知る秘密プロジェクトで、ML−236Bのヒトへの適用をはじめ、コレステロール低下が確認され、三共は重い腰を上げて、ML−236Bを開発商品として正式に認定した。


メルクのアプローチ

一方、アメリカのメルクは、コレステロールの研究者でNIHにいたロイ・バジェロスを研究所の所長として迎え入れ、コレステロール低下剤の開発に力を入れていた。

三共の特許公開後、メルクは1976年に秘密保持契約を結んでML−236Bの試薬提供を依頼してきた。しかし、その秘密保持契約には重大な欠陥があり、試薬をメルクが分析して、その知見を自社の開発に生かすというような事態となっても、秘密保持契約違反には当たらないという条項があった。

著者の山内さんは、秘密保持契約にいかにも重大な欠陥があったように書いているが、商社で鉄鋼原料やインターネットビジネスの営業を担当してきた筆者から見れば、一般的な条項だと思う。

以下の話にある通り、メルクが三共のお人よしにつけこんで、うまくこの条項を利用したというべきだろう。「生き馬の目を抜く」といわれるビジネス界ではありうることだ。


メルクの開発と特許戦略

三共は秘密保持契約の欠陥に気づいていたが、大きなリストと考えず、最初に5g、バジェロスが来日して追加要請があって1977年に100gサンプルを提供した。メルクは1978年に結果は良好だったとして、報告書のコピーを送ってきて、独占ライセンス交渉を要求した。

また、メルクはML−236Bと自社の製品を組み合わせた発明で、特許を申請すると三共に申し入れてきた。まさに秘密保持契約の欠陥を利用した行為で、三共にとっては「敵に塩を送る」結果となった。

メルクと提携して世界規模の開発を期待していた三共は、淡い期待を裏切られることとなる。ちなみにバジェロスはこれらの功績で、1985年にメルクのCEOに就任している。

遠藤さんは1978年に三共を退職し、東京農工大学助教授に転職した。研究活動を続けるためという理由だった。遠藤さん自身は否定するが、メルクの戦法に引っかかった三共の経営陣への幻滅もあったのではと著者の山内さんは推測する。

遠藤さんは東京農工大学で紅麹の研究から、1979年に偶然コレステロール合成阻止剤を見つけ、「モナコリンK」と名付ける。これにもメルクが試薬提供を求め、分析した結果、メルクが発明したMK803と同一物質だったと連絡してくる。

メルクは自社特許を成立させるべく米国の「先発明主義」を使って画策した。しかし論文を学術雑誌に投稿し、それが受理されるという「科学の世界の不文律」から、モナコリンの特許が認められ、メルクは三共から特許実施権を買うことになった。モナコリン雑誌掲載は1979年、メルクは1980年だったのだ。

金沢大学の医師が「ニューイングランド・ジャーナル」でML−236Bの効果を発表した論文が注目を集めたにもかかわらず、ML−236Bは国内で試験中に「イヌで副作用が生じた」という理由から開発中止となる。発がん性物質が発見されたのではというもっぱらの噂だった。


メルクが商品化一番乗り

メルクも三共の開発中止に驚かされたが、自社特許を使ってFDAに新薬申請を行い、1987年に「ロバスタチン」として商品化し、世界で最初に商品化されたスタチンを作り出した。

三共は結局メルクに遅れること2年、1989年に「メバロチン」として商品化した。ピーク時の1999年には輸出分とあわせると1,850億円の売り上げがあったという。


世界で一番売れている薬

その後さまざまな「スタチン」が製造され、現在では1997年に売り出された「アトルバスタチン」が「ロバスタチン」の3倍の強さを誇り、総コレステロールとLDLコレステロールを60%下げる薬として世界売上トップにある。スタチンを使っている人は世界で3千万人と推定され、市場規模は3兆円程度(2005年度)だという。

三共の特許は「メバロチン」の特許が、国内では2002年、米国では2006年に切れ、ジェネリックが出回っている。


「日本国際賞」受賞もむなしく感じる

遠藤さんは72歳のときに、2006年の「日本国際賞」を受賞している。「スタチン」の発見と開発に貢献したことが受賞理由である。「日本国際賞」はノーベル賞に匹敵するものを日本でもつくろうということで始まった制度で、授賞式には天皇皇后両陛下、内閣総理大臣と衆参両議院議長が臨席する。賞金は5,000万円だ。

日本人の研究者が発見したコレステロール低下剤が、結局は欧米製薬大手のヒット商品つくりに貢献したような結果となった。

発見者の遠藤さんが、東北大学農芸化学出身で、ピカピカの薬学研究者でなかったこと、三共での研究所間の主導権争い、日本の製薬メーカーの(ひと言で言って)力不足、欧米トップメーカーの製品開発力と車の両輪となっている特許戦略、日本に比べて圧倒的に早い欧米の新薬認定プロセス等々、複合的な要因で生じた差なのだろう。

ほとんど話題にならなかった「日本国際賞」受賞がむなしく思える。


iPS細胞実用化では特許の専門家も加えたチームを編成

以前紹介した「大発見の思考法」のとおり、京都大学の山中教授がヘッドとなっている京大iPS細胞研究所には製薬会社出身の国際特許専門のスタッフも含め、総勢で200名のスタッフがいる。

「大発見」の思考法 (文春新書)「大発見」の思考法 (文春新書)
著者:山中 伸弥
文藝春秋(2011-01-19)
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iPS細胞研究所は基礎研究、治療法が見つかっていない病気のメカニズム研究、iPS細胞を活用した創薬や再生医療などの臨床応用、倫理・安全基準研究、知的財産権管理、広報室も備えたiPS細胞を総合的に研究する世界初の施設だ。

たぶん三共の例の他にも、知財マネジメントと開発を両輪で運用しなかったために、せっかくの研究成果を海外の企業に横取りされてしまったケースは、日本企業には多いのではないかと思う。

そういった反省も含めての京都大学iPS細胞研究所の設立だと思う。その意味で、この本も事例研究として参考になると思う。


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Posted by yaori at 00:10│Comments(0)TrackBack(0) ビジネス | 医療

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