2012年08月31日

孤高のメス 外科医当麻鉄彦 疑似体験は無理だが、楽しめる小説

孤高のメス―外科医当麻鉄彦〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)孤高のメス―外科医当麻鉄彦〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)
著者:大鐘 稔彦
幻冬舎(2007-02)
販売元:Amazon.co.jp
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会社の友人にすすめられて読んでみた。この小説は、ビジネス・ジャンプに連載されていたコミックの「メスよ輝け!外科医当麻鉄彦」の原作を大幅に加筆再構成したものだ。

メスよ輝け!! 1 (集英社文庫―コミック版) (集英社文庫 や 42-1)メスよ輝け!! 1 (集英社文庫―コミック版) (集英社文庫 や 42-1)
著者:やまだ 哲太
集英社(2008-04-18)
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著者の大鐘稔彦(おおかねなるひこ)さんは、京都大学医学部出身の外科医。1943年生まれなので、今年69歳になる。現在は淡路島の町立病院の院長を務め、執刀はしていないが、過去6,000例にもおよぶ手術歴を誇り、輸血を認めないエホバの証人の信者に対する無輸血手術など、難しい手術を多く手がけている。

ドイツ語くずれの医者の専門用語とか、手術の場面では薬や執刀機器などの名前がたくさん出てきて、たぶん本職の医者が読んでも違和感なく楽しめるのではないかというレベルの作品だ。

大学医学部の教授を頂点とするヒエラルキーや、大学病院と系列の病院の支配関係など、現実はこうなのだろうと思わせる部分も多い。

ただ、全体のストーリーもそうだが、この本はもともとマンガの原作なだけに、大鐘さんが理想とする外科医像をあまりにもカッコよく描いている。

ありえない話の展開がストーリーに現実味を失わせ、それが小説の醍醐味である「疑似体験」にのめりこめないブレーキとなっていることが難点といえば難点だ。


ピッツバーグの場面はまさにマンガ

特に筆者が一番ガクッと来たのは、最初のピッツバーグ大学での肝臓移植の権威スターツル教授の手術の場面で、助手が執刀を失敗したので、手術を見学に来ていた当麻に手術を手伝わせる場面だ。

当麻は結局1年近くピッツバーグ大学に肝臓移植の見学のために滞在し、ドッグズラボでイヌを使って肝臓移植に明け暮れていたという設定となっているが、いくら教授が見込んだからとはいえ、いきなり人間相手の手術に見学者を引き込むことはありえない。

筆者はピッツバーグに合計9年駐在していたので、ちょうど大鐘さんがピッツバーグ大学を見学に行った1986年にはピッツバーグにいた。

当時からピッツバーグ大学は世界の肝臓移植のメッカとして有名で、日本人の医者が多く留学に来ていた。筆者も日本人会のゴルフとかで医者の留学生と一緒になる機会があったが、手術を手伝わせてもらっているという話は聞いたことがない。

もちろん藤堂さんのようにピッツバーグ大学教授となり、スターツルの右腕として世界でもトップクラスの肝臓移植医になった人もおられるが、それは例外中の例外だ。ちなみに藤堂さんは1997年に米国から戻り、北海道大学教授を務めた後、現在は特任教授となっている。



飛行機に乗って全米あちこちにドナーの肝臓をもらいに行く仕事とか、下働きや準備が仕事で、なんのための留学かわからないというボヤキを聞いたものだ。

もちろん中にはスターツル教授に見込まれた逸材もいたのかもしれないが、当時聞いていた話では、米国の医師免許の関係で日本人留学生は、日本で医師免許を持っていても、米国では医師として仕事ができるわけではないので、どうしても下働きのような仕事になるのだということだった。

おまけに米国ではすぐ医療過誤だとして訴えられる訴訟リスクが高い。もしも見学者に執刀させて失敗すれば確実に訴えられ、しろうとが陪審員となる米国の裁判制度では、医者の横暴として敗訴して巨額の賠償金を払うリスクが高い。

だから見学者をいきなり手術に引き込むシーンなど、現実には絶対ありえない、まさにマンガそのもののファンタジーだと思う。


ともあれ楽しめる作品

ともあれ、小説は楽しめればよいので、その意味では楽しめる作品である。小説のあらすじはいつも通り詳しく紹介しない。

兄が中学生で病死したことから医者をこころざした北里柴三郎の出身地・熊本県小国町出身の当麻鉄彦は、医学生の時に同じく医師をこころざす恋人を劇症肝炎で亡くしたことから、いずれは肝臓移植できるようになって、治る見込みのない肝臓病患者を救おうと決意する。

西日本大学医学部(モデルは京都大学か?)を卒業したが、大学の系列を外れ、有名な外科医のもとで修業医や、助手となって武者修行して技術を身に着け、ピッツバーグ大学にも行って肝臓移植を研究する。スターツル教授から誘われるが、帰国を決意して、都会ではなく琵琶湖湖畔の200床の民間の病院の外科部長として就任する。

大学医学部教授を頂点とする医局制と系列病院の医者のローテーションや、教授ポストをめぐる権力闘争などの実態が描かれている。

主人公の当麻はそういった権力争いとは全く無縁で、田舎病院で優れた外科手術を多くこなし、大学病院での生体肝移植に協力した後、自分の病院で脳死肝臓移植を成功させる。

しかし、そのあとは…。

教師をやっていた当麻の亡くなったお母さんの教え子が、台湾の大病院の経営者だったり、医療に偏見を持ち、無茶な取材をする新聞記者や、当麻をめぐる女性関係などがこの小説に変化を与えている。

日本では長らく脳死は人の死と認められなかったことから、日本では脳死肝臓移植よりも生体肝臓移植の方が盛んとなり、すでに4000件もの症例があるに対し、脳死肝臓移植はわずか50例程度だという。

この小説の続編が、「孤高のメス 神の手にはあらず」だ。

孤高のメス―神の手にはあらず〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)孤高のメス―神の手にはあらず〈第1巻〉 (幻冬舎文庫)
著者:大鐘 稔彦
幻冬舎(2009-10)
販売元:Amazon.co.jp
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こちらのあらすじもこのブログで紹介している。

テーマと主人公が特殊なので、のめり込むことはできないが、楽しめる小説である。


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Posted by yaori at 08:59│Comments(0)TrackBack(0) 小説 | 医療

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