2012年09月18日

「財務省」 ミスター円が描く大蔵省・財務省

財務省 (新潮新書)財務省 (新潮新書)
著者:榊原 英資
新潮社(2012-06-15)
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元大蔵省財務官(渉外関係を担当する次官級のポスト)で、在任中はミスター円と呼ばれた榊原英資さんの近著。

榊原さんの本は「日本は没落する」、「没落からの逆転」、「政権交代(小沢一郎との対談も収録)」、「フレンチ・パラドックス」の4冊をこのブログで取り上げているので、こちらも参照願いたい

榊原さん自身も言っている通り、表に出たがらず、黒衣(くろこ)に徹する大蔵省・財務省出身者の中ではマスコミにもよく登場する榊原さんは異色の存在だ。

榊原さんは1941年生まれ。東大経済学部を卒業した時は日銀に就職が決まっていたが、日銀に行くのが嫌になり、1年間ぶらぶらしていたところ、当時の大蔵省の高木文雄秘書課長(のちの国鉄総裁)に会い、大蔵省入りを勧められて1965年に入省した。

1965年入省組は20人のうち経済学部出身が7名で、そのうち3名が小宮隆太郎ゼミ出身者だった。ほとんどが東大法学部という例年の採用パターンとはかなり違っていた。高木さんが秘書課長2年めの年で、”多少遊んでみた”採用の結果だと。その次の1966年入省は最も充実してバランス良く採用できたし、”会心の作”だという話が、榊原さんが引用している「財務官僚の出世と人事」という本に書いてあるという。

財務官僚の出世と人事 (文春新書)財務官僚の出世と人事 (文春新書)
著者:岸 宣仁
文藝春秋(2010-08)
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ちなみに榊原さんの同期の1965年入省では、事務次官になった薄井信明さん(元国民生活金融公庫総裁)や、国税庁長官から公正取引委員会委員長になった竹島一彦さんのほうが財務省内での出世という意味では上を行っているという。


親財務省の本

この本では「ホテル大蔵」と呼ばれ、毎晩深夜残業して予算をつくったり、国会の質問に準備する大蔵省・財務省のキャリア官僚の仕事は肉体的にきついが、「省のなかの省」として他の官庁ににらみをきかせ、政治家と連携しながら法律をつくる「事実上の政治家」であり、その後の出世や政界進出にもつながるというやりがいがある仕事であることを誇りを持って語っている。

榊原さんは「親財務省」であり、その意味では、みんなの党の江田憲司の「財務省のマインドコントロール」や、小泉純一郎内閣の時の竹中平蔵のブレーンだった高橋洋一の「「借金1000兆円」に騙されるな」などとは、正反対の立場だと公言している。

財務省のマインドコントロール財務省のマインドコントロール
著者:江田 憲司
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「借金1000兆円」に騙されるな! (小学館101新書)「借金1000兆円」に騙されるな! (小学館101新書)
著者:高橋 洋一
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さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社プラスアルファ文庫)さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社プラスアルファ文庫)
著者:高橋 洋一
講談社(2010-06-21)
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特に「霞が関埋蔵金を使えば増税は必要ない」と主張し、30年近く務めた財務省を悪しざまに言う高橋洋一は、榊原さんは無責任な議論で、信用していないと批判している。高橋さんの「さらば!財務省」はこのブログでも紹介しているので、参照願いたい。

筆者は長年商社に勤め、官庁とはほとんど接点がなかったので、この本に出てくる歴代大蔵事務次官やその他大蔵省・財務省高官の列伝は、知らない人ばかりで、今一つピンとこない。

筆者の同期の昭和51年入省組と次の昭和52年入省組は、昭和49年入省組から丹呉泰健さんと杉本和行さんの二人が事務次官がでたあおりをくって、事務次官を出せずに、すべて退任しているというのは残念だ。唯一金融庁の畑中龍太郎長官が昭和51年入省組の出世頭だという。

49年入省の異例の2人事務次官に続き、最近退官した大物次官の昭和50年入省の勝栄二郎さんが2年以上事務次官を務めたあおりを食ったのが、本当の理由だと思う。


勝(前)次官をべた褒めする榊原さんの真意は何か不明

このブログで紹介した4冊の本のように榊原さんは政権交代前は盛んに民主党のちょうちん本ばかり書いて、あわよくば堺屋太一さんのように民主党政権の大臣に収まりたかったのだと思うが、その目が消えた今、今度は財務省、特に勝栄二郎(前)次官をほめそやしており、何をやりたいのか不明だ。

勝栄二郎(前)次官は、10年に一度の大物次官ということで、野田内閣を陰で操って消費税増税を実現した張本人と言われている。

榊原さんが国際金融局長だったときに、勝さんが為替資金課長を2年間務めて、日独米の「サプライズ介入」を実施し、80円前後だった円を100円前後にまで戻したという上司・部下の関係がある。

勝さんは留学経験のない「マルドメ派」ではあるが、ドイツで育ったのでドイツ語はペラペラ、英語力もあり、多彩な能力と経験を持ち、特にその根回しの力は優れているとべた褒めだ。

日米独協調介入の時も、ドイツはドイツ語の堪能な勝さんが担当し、米国は当時の米国サマーズ財務長官とハーバード客員教授時代に太いコネがある榊原さんが担当するというタッグを組んでいたからこそ成功した経緯がある。

ちなみに勝さんは、独協高校から昭和44年の東大入試が無かった年に早稲田の政経に入学し、早稲田卒業後、昭和48年に東大に学士入学して、東大法学部を昭和50年に卒業するという経歴の持ち主だ。独協高校からは東大の入学者は毎年は出ていないので、あるいはダイレクトで東大を受けたら今の勝さんはなかったかもしれない。高校や大学の成績と、社会に出てから成功する能力とは別物だと考えさせられる一例である。


日本は財政規模でも公務員数でも小さな政府の優等生?

日本の公務員は、諸外国に比べて国民一人当たりの公務員数も少ないし、財政規模からみてもOECD諸国の中で小さな政府の優等生なのだと。日本はとても効率の良い国で、その効率を支えているのが官僚たちなのだと榊原さんは書いており、次の統計を紹介している。

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たしかに公務員の数や財政規模だけから言ったら、そうなるのかもしれないが、隠れ公務員のような多くの外郭団体があり、国民の実感とは異なると思う。

榊原さんが攻撃しているのは、政治家、特に地方議員で、公務員給与削減する前に、地方議員の歳費カットを行えと主張している。都道府県議会の議員の平均年収は2000万円を超え、これは米国の州議会議員の5倍以上、イギリスとフランスの地方議員の30倍以上、スイスでは無報酬だという。


財務省の組織図

財務省と金融庁の組織図は次の通りだ。

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出典:本書34ー35ページ

このうち財務省の心臓ともいうべき主計局には3人の次長、課長級ポストの主計官は11名で、担当は次のようになっている。

・総務課(2名、予算統括と企画)
・内閣、外務、経済協力
・防衛
・総務、地方財政
・司法・警察、財務、経産、環境
・文部科学
・厚生労働第1
・厚生労働第2
・農林水産
・国土交通、公共事業統括

主計官の下には、課長補佐である主査が2−3人いる。主計局だけ、役職呼称が別なのは、主計局が他局より上だという意識があるからだろうと。

「ぶった切りの保さん」と言われ、東京湾横断道路や関西新国際空港などの大型プロジェクトに軒並みゼロ査定をした元事務次官の保田博さんは、厳しく査定をしながら、応援団にもなるというデリケートな役割をこなしていたが、厳しい査定をすることで有名だったテレビにもよく登場する女性(元)主計官は、「厳しいというより冷たい」と、あまり好かれていなかったという。


昭和の3大バカ査定

大蔵スキャンダルで大蔵省を退職した田谷廣明は、毎日のように料亭に部下を連れ出しては豪快に遊んでいたそうだが、昭和の3大バカ査定は、戦艦大和、伊勢湾干拓、青函トンネルだと言いきって、政府予算の無駄遣いを戒めた肝っ玉の太い人物でもあるという。

大蔵スキャンダルでは、中島義雄主計局次長と田谷廣明主計局総務課長が退職に追い込まれ、4名の逮捕者があり、112人が処分され、榊原さんも戒告処分を受けたという。一人の課長補佐がキャリアとしてただ一人逮捕され、有罪となった。

当時は接待は常識化していて、問題という意識はなかったので、大蔵省では「検察ファッショ」だと言われていたという。今から思えば毎日料亭で接待というのは明らかに過剰だが、当時の感覚では、役人接待は普通だったかもしれない。時代の流れということなのかもしれない。


デュプティーズ

榊原さんは自分が財務官だったこともあり、国際金融正治の舞台では、テクノクラートのデュプティーズ(次官)が実質取り仕切り、決めていると誇りを持って語っている。デュプティーズはお互い親しく、率直に話しあえるのだと。


ワルは大蔵省では褒め言葉

財務省は悪役と思われるほうがかっこいいという美学があるという。

ワルの条件はセンス、バランス感覚と度胸だという。

次官の器は「あいつがそこまで言っているんじゃしょうがない、と相手を納得させられる器量、相手を最後の最後まで追い込まない、ハンドルの遊びを持つ人柄、あいつなら危急存亡のときでも安心して組織のかじ取りを任せられるという安定感」だという。


総理秘書官は出世コース

大蔵大臣秘書官、総理秘書官は出世コースの一里塚なのだと。歴代次官は総理秘書官経験者が少なくない。そもそも政治家の事務所通いは日課なのだと。法案の根回し等で主計局や主税局の人間は毎日議員会館通いをしているという。

予算も法律も国会が決定権を持っているので、日ごろから政治家と接触し、良好な関係を保っておくことが、財務官僚にとっては最重要課題の一つだという。榊原さんも宮沢喜一事務所にはよく通ったものだと。


民主党野田政権にはブレーンがいない


松下政経塾出身者は演説はうまいが、行政や経済についてはしろうとで、経済界や行政界に人脈もない。政治主導をうたったところで、それを実現するメカニズムがない。民主党野田政権にはブレーンがいないのだと。

だから政治主導を実現するためには、かつての池田内閣時代の下村治や田村敏雄、田中内閣の下河辺淳のような人や、経済界から協力してくれる牛尾治朗のような人が必要だと。

しかし松下政経塾出身者にはそういった人脈はなく、頼れる財界人としては稲盛和夫くらいしかいないという。


総じて、元大蔵官僚のプライドが、今年71歳になった榊原さんを動かしているのだと感じた。榊原さんは官僚引退後、大学を点々としたが、元大蔵官僚というプライドがひょっとすると邪魔していたのかもしれない。

榊原さんは筆者が9年間駐在したピッツバーグの、ピッツバーグ大学にも留学経験のある親しみがある人だが、もはやトシかもしれないと感じる本だった。

特に違和感を感じたのが、平成23年度入省者17人の名前と出身大学・学部、出身地を一覧にした表をこの本で公開していることだ。彼らの今後のキャリアがどうなっていくか見たい(経年変化を見たい?)ということだが、名前を出された本人達はえらい迷惑だと思う。

ともあれ、ジャーナリストが書く財務省の本と違って、インサイダーが書く本はやはり内容が違う。まずは本屋で手に取ってパラパラめくってみることをお勧めする。


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Posted by yaori at 23:07│Comments(0)TrackBack(0) 経済 | 榊原英資

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