元ドイツ情報局員が明かす心に入り込む技術
著者:レオ・マルティン
阪急コミュニケーションズ(2012-07-26)
販売元:Amazon.co.jp
ドイツ情報局(警察とは異なり、警察とは別のいわばFBIのような役割)元局員が明かす、犯罪組織のインサイダーから情報提供者、つまりスパイをつくる手法。著者のレオ・マルティンは仮名だ。
アマゾンの写真だと、何の変哲もないが、書店に置いてある本では、著者の写真を載せた次のような帯がついている。写真の人がレオ・マルティン氏だと思う。
犯罪組織のインサイダーは当然犯罪者で、彼らに組織を裏切らせるためには、情報局員と深い信頼関係がなければならない。
信頼を築くための7つの手法
信頼関係を築くための手法を、次の7つに整理している。
1.準備 − 最低限するべきことを決めて、心に刻み込む
2.接触
(この部分は次のようなサブタイトルに分かれる)
・相手がこちらに視線を向けるのを待たない
・相手の横から話しかける
・話しているとき、笑顔を忘れない
・会話を切り出すテーマは、現在の状況に直接関連することを選ぶ
・いろいろコメントをするけれども、あまりたくさんの質問をしない
・一つのテーマに長く留まらず、いろいろなテーマを持ち出す
3.自分の価値の高さを示して相手に認識してもらおう − 特徴を明確にする段階
4.称賛によるねぎらい
5.プライベートな側面を見せる − 特徴づけ
6.時間を短縮する − 進展を早める
7.抵抗や不安をきちんと受け止める
具体的なケース
上記のように抽象的に書いてもわかりにくいので、具体的なケースを取り上げる。
相手はウクライナ人でロシア・マフィアの一員のティホフ。ロシアやアフガニスタンなどからの大麻やヘロインをドイツに密輸している。自分で倉庫を借りて保管し、輸送を手配し、ボスからの報酬をコインロッカーで受け取っている。
離婚しており、複数の愛人とつきあっているが、元妻と同居している病気の息子には良い治療を受けさせたいと思っている。
情報員のレオは、ティホフと同じ飛行機の隣の座席に、偶然を装って3回続けて座り、世間話や家族の話ばかりして分かれる。
そして4回目は、ティホフがフランクフルトにいるときに、路上で突然話しかける。「○○○(ティホフが使っている変名)、話がある」、「おどろくことはない」。
「情報局は、君との交流を求めている」
ここで、決定的な情報を告げる。
「僕らの関心は、ほんの一部、つまり区画4E」(4Eとは麻薬の保管倉庫の番号だ)。
秘密を知られていることがわかって、相手が動揺しているタイミングで、翌日会う約束を取り付ける。
相手が犯罪組織に告げ口する恐れがあるので、この辺のオペレーションは、すべて数人から成るサポートチームに監視をしてもらう。
そして翌日約束の場所に来たティホフの携帯電話に連絡して、万が一の尾行をまくために、手配したタクシーに乗らせて別の場所に来させる。
タクシーに乗っている間も、サポートチームが仲間と連絡を取っていないかなどを監視する。
そしてティホフに、仲間の犯罪者の写真を見せたり、麻薬取引について質問をする。
ティホフは当然すべて否定する。そこで勧誘を切り出す。
「君を刑務所に送り込むつもりなら、とっくにそうしていたよ。ところが君はこうして自由に歩き回っている。君が僕に従うなら、それは今後も変わらない」
協力した場合のメリット、たとえば金銭的な面や、連邦検察局の捜査の射程外に出すように全力を尽くすことなどを説明する。
「君と僕がチームを組めば強力だ。はっきりした目標がある。それは長期的な目標で、君がそのための最適な人物だと確信している」
「君の倉庫に運び込まれる輸送品をずいぶん前から監視していた。ルートも、いつ、どこで、どんな車を使っているかも押させてあるし、主要人物もわかっている」
「へえ、そうかい。みんな知っているんだったら、なんで俺に訊くんだよ?」
「君が一番頭の切れる人物だからだよ。いちおう納得できるまずまずの身の上話をでっち上げて、うまく立ち回っているのは君だけだ。君以上に適する人物は考えられない」
こうして心をひきつけ、次は育成段階に入る。
協力者候補と何度も会いながら、そのたびに違う質問をする。その間も、協力者候補が尾行されていないとかをサポートチームが監視する。
写真を見せて、犯罪組織の周辺部を広くさらう。しかし、犯罪組織の中核に触れる質問はしない。そのうち、中核から離れたところから堰は切れてくる。
「これは、ダヴィドだ。こいつとアレクセイは車をやっている」など。
だんだんに信頼関係ができてきたら、報酬を与える。2日分でなく、2か月分だ。
次はこちらの捜査情報を漏らして、事前警告する。
「品物が届くとき、その場に居合わせてはだめだ。どうしても行かなければならないなら、僕がいいというまで待て」
「どういう意味だ?」
「これ以上は何も言えない」
警察の捜索は予定通り行われ、大量の麻薬が没収された。
警察のガサ入れがあることを事前に知っていても、ティホフは彼の組織には洩らさなかったのだ。
ティホフは不自然に現場には居合わせないように立ち回り、警察の捜索を逃れた。
ティホフと会うときは、依然としてサポートチームが尾行がいないかチェックする。時にはティホフを尾行して、ティホフの注意力を試す。
このようにして信頼関係が築かれる。
あるときティホフが聞いた。
「俺のことを誰から聞いた?」
「それは言えない。君は一生知らないままだ」
情報提供者を明かせば、その情報提供者を裏切ったことになる。同時にティホフの信頼も失われる。
ドイツ情報局版「質問のしかた」教室
信頼関係を築いていく上で必要な質問の仕方を、次のように解説している。
1.話のきっかけをつくるクエスチョン
「車買った?」、「今週は仕事どうだった」などの世間話が望ましい。
2.オープン・クエスチョン
「これはどうやるの?」など、YES−NOでは答えられない質問だ。うまく使えば相手への関心の高さを示して、相手の個人情報を引き出せる。
たとえば次のような質問の連鎖で、相手の好みや、私生活を知ることができる。
「車、何持っている?」、「どうしてそれに決めたの?」、「買ったときどんな点をチェックしたの?」など。
3.クローズド・クエスチョン
話を或る方向に向かせたいときに使う。YES−NOのような単純な答えしかない質問だ。「○○と会った?」、「○○に電話した?」など。
4.循環クエスチョン
「奥さんが知ったら、奥さんはなんていうかな?」、「君が僕の立場だったら、どうする?」こうした質問は、人を動かしたり考えさせたりするための秘密兵器となる。
この質問技術を使って、協力者候補に感情移入を起こさせるのだ。
たとえば麻薬の運び屋に向かって、
「自分の子供が麻薬でボロボロになって、駅のトイレで発見されたら、どんな気持ちかって思うよな?」
「親はどんな気持ちがすると思う?」
相手に感情移入を起こさせることによって、組織に背を向けさせる効果を狙っているのだ。
「元ドイツ情報局員が明かす」というタイトルなので、スパイが情報を入手するためのテクニックかと思った。しかし、実際には悪の組織に属する人間をスパイにさせるためのアプローチのテクニックの本だった。
悪の組織を裏切れば、そのスパイは殺される危険性がある。その意味では、スパイ作りは、簡単な作業ではない。
のるかそるか、葛藤に苦しむ相手に対して、粘り強く交渉して、組織を裏切らせる決断をさせる。
本来、本にして公開するようなテクニックではないが、こんなことをやっているのかと、驚くと同時になるほどと感心する本である。
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