2013年06月02日

モサド・ファイル イスラエル最強スパイとその敵列伝

2013年6月2日追記:

マイケル・バー=ゾーハーのスパイ小説「エニグマ奇襲指令」を読んでみた。小説のあらすじは詳しく紹介しないが、最後の史実に基づくどんでん返しが面白い。

エニグマ奇襲指令 (ハヤカワ文庫 NV 234)エニグマ奇襲指令 (ハヤカワ文庫 NV 234)
著者:マイケル・バー・ゾウハー
早川書房(1980-09)
販売元:Amazon.co.jp

エニグマはナチス・ドイツの暗号通信機として有名だが、実は第2次世界大戦がはじまる前にポーランドの情報部がエニグマを1台入手していた。

そのエニグマが英国に渡り、英国は暗号解読情報を「ウルトラ」として最高幹部のみに配布していた。

暗号解読によりコベントリー爆撃情報を事前に得ていたが、チャーチルはコベントリー市民に何の警報も出さなかった。暗号解読をドイツに疑われないためだ。

エニグマは複数の文字盤から構成され、文字盤は時々差し替えられた。



そのたびごとに沈没寸前のドイツのUボートや、船舶などから文字盤入手努力が続けられ、暗号解読がなんとか継続されたのだ。

ディスカバリーチャンネル Uボート 捕獲大作戦-エニグマ暗号を解読せよ!- [DVD]ディスカバリーチャンネル Uボート 捕獲大作戦-エニグマ暗号を解読せよ!- [DVD]
角川書店(2005-12-23)
販売元:Amazon.co.jp


2013年5月11日初掲:

モサド・ファイルモサド・ファイル
著者:マイケル バー=ゾウハー
早川書房(2013-01-09)
販売元:Amazon.co.jp

世界最強と言われるイスラエルの情報機関モサドのスパイや、モサドと敵対したテロ集団のリーダーなど21人の列伝。

イスラエルの元国会議員で、「エニグマ奇襲指令」や「ミュンヘン」などのスパイ小説を多く書いているマイケル・バー=ゾウハーとジャーナリストのニシム・ミシャルの作品。

ミュンヘン―オリンピック・テロ事件の黒幕を追え (ハヤカワ文庫NF)ミュンヘン―オリンピック・テロ事件の黒幕を追え (ハヤカワ文庫NF)
著者:マイケル,バー ゾウハー
早川書房(2006-01)
販売元:Amazon.co.jp

HONZに紹介されていたので読んでみた。HONZは書く人のノルマが決まっているためだと思うが、たいして面白くない本まで紹介しているので玉石混交だが、中には面白い本もある。

周囲をアラブ諸国に囲まれ、自前の核兵器は持っているものの、イラン、イラク、シリアなどで続けられる核開発の阻止のために、暗殺や空爆などあらゆる手段を使って自国を守っているモサドの活動を描いていて大変面白い。

この本で取り上げられている21の物語は、大別すると次の4パターンとなる。それぞれの代表的な章のあらすじを紹介しておく。


パターン1.モサドの主要人物の紹介

第1章 闇世界の帝王
YouTubeにもインタビューが掲載されているメイル・ダガン前モサド長官の話だ。


第1章では、ダガン長官のイスラエル国防軍時代のPFLPパレスチナ解放戦線のテロリストキャンプ奇襲など数々の功績が紹介されている。

ダガンの祖父はチェコでナチスに殺害された。この本では、撃たれる直前にナチスの前で法衣を着て抗議する祖父の写真を紹介している。ダガン長官はこの写真をデスクに飾っていたという。

ダガンは国防軍から引退していたが、アリエル・シャロン首相の選挙を手伝ったことから、2002年にシャロン首相からモサドのトップに任命された。

シャロン首相の口説き文句は、「口の中に短剣を隠し持つ男をモサド長官に据える必要がある」だったという。

ダガンは2011年までの9年間モサドのトップを務め、シリアの原子炉を破壊し、イランの核兵器製造計画をつぶし(第2章参照)、ヒズボラなどのテロリスト幹部を暗殺した。

第5章 「ああ、それ? フルシチョフの演説よ…」
KGBのスパイとなったモサドスパイのヴィクトル・グラエフスキの二重スパイとしての活動が紹介されている。

ヴィクトルはモサドのスパイになる前に、ポーランドの党書記長秘書からスターリン批判をしたフルシチョフの演説を数時間借りて、イスラエル大使館に持ち込んでコピーさせた。

フルシチョフは1956年に、スターリンは数百万人のロシア人と外国人を殺害した大量殺人犯であることを暴露していたが、西側はその情報をつかんでいなかった。

これが西側がスターリン批判を知る初めてのきっかけで、モサドはCIAに情報を提供して感謝された。ヴィクトルがモサドのスパイとなった後、KGBからスパイとしてリクルートされ、二重スパイとなった。

ヴィクトルは、長年モサドが都合よく編集したイスラエル情報をKGBに流して、KGBから勲章をもらった。その後モサドからも表彰され、ダブルで勲章を受けた初めての二重スパイとなったという。

第9章 ダマスカスの男
シリアで政権党のバース党に近づき、政財界の大物や夫人に多額の贈り物をして、最高権力を持つ実力者グループの一員となったエリ・コーヘンの物語。

シリア政府はヨルダン川の流れを変えて、イスラエルを水不足にしようという計画を進めていた。

エリ・コーヘンは、計画立案と工事を請け負ったサウジアラビア人実業家のビン・ラディン(オサマ・ビン・ラディンの父親)と親しくなって情報を入手し、イスラエルに無線で送信した。

イスラエルは情報に基づく正確な空爆で工事を中止に追い込んだ。シリア政府は毎晩送信される通信の出所を突き止め、エリ・コーヘンを逮捕する。

エリは公開処刑されたが、イスラエルの国民的英雄となった。


パターン2.イランを中心にアラブ世界でも核開発を推進しようとする動きを、何としても阻止しようとするイスラエルの動き

第2章 テヘランの葬儀
イランはシャー時代はイスラエルと同盟国で、イスラエルはイランの原子力発電所建設を警戒していなかった。しかし、イスラム革命が起こり、イラン・イラク戦争が勃発すると事態は一変した。

イランは核兵器開発を決断し、パキスタンからウラン濃縮技術を買い取って自前の核兵器生産計画に着手した。当初の敵はイラクだったが、その後はイスラエルが仮想敵国となった。

イランにウラン濃縮技術や設計図を売り渡したのは、パキスタンの死神博士と呼ばれるアブドゥル・カディール・カーン博士だ。

この本では多くの飛行機墜落事故や原因不明の爆発、ミサイル攻撃、自動車爆弾など、あらゆる手を使って、専門家を殺し、施設を破壊して、イランの核開発を遅らせたモサドの工作が暴かれている。

ダガン前モサド長官は、2011年に退任するときに、「イランの核計画の完成は少なくとも2015年まで延びた」と語ったという。

第8章 モサドに尽くすナチスの英雄
第2次世界大戦中、1943年9月にムッソリーニが反体制派のクーデターでアペニン山脈に幽閉されていた時に、ナチス空挺師団が救い出した。その一員のスコルツェニーは戦後スペインに移住して会社を経営していた。

1963年にモサドはスコルツェニーを訪問して、協力を要請した。当時エジプトがドイツ人のロケット科学者を多数リクルートして、ミサイル開発をしていたからだ。

当時のイスラエルのベングリオン首相は、西ドイツのアデナウアー首相と個人的な信頼関係を築いており西ドイツから砂漠の開発費用として多額の借款を受けたり、数億ドルの戦車、大砲、ヘリコプター、飛行機をユダヤ人虐殺の償いとして無償で提供を受けていた。

エジプトのミサイル開発に圧力をかけてもらうようにアデナウアーに要求して、西ドイツとの良好な関係を壊したくなかったイスラエル政府は、独自の解決方法を選ぶことにした。

スコルツェニーは、モサドが彼の命を狙わないことを条件に協力を約束し、エジプト国内で働くドイツ人科学者のリストなどの情報をモサドに提供した。

モサドはエジプトに協力しているドイツ人科学者のオフィスなどに手紙爆弾を送り付けたり暗殺を試みたりして妨害し、とうとうエジプトにミサイル開発を断念させた。

後日談として著者がV2ロケット開発者で、NASAの宇宙開発計画の責任者・ヴェルナー・フォン・ブラウン博士に米国のアラバマ州ハンツヴィルで会った時に、この時のドイツ人科学者リストを見せたら、「こうした二流科学者たちに、実戦配備可能なミサイルを製造できた可能性はごくわずかだろう」と語っていたという。

第15章 アトム・スパイの甘い罠(ハニー・トラップ)
イスラエルの原爆製造工場に勤務していたオペレーターのモルデカイ・ヴァヌヌが、カメラを持ち込んで原爆製造工場内のあちこちを撮影し、後に写真と詳細な図面などを英国の新聞の「サンデー・タイムズ」に売った1986年の事件。

イスラエルの原爆製造工場のディモナ研究センターの極秘の第2研究所は表向きは2階建ての建物だが、地下6階まである。

レイアウトは次のようなものだ。

2階    事務室とカフェテリア
1階    事務室と組み立て部屋
地下1階 パイプ配管とバルブ
地下2階 中央制御室と「ゴルダのバルコニー」と呼ばれる地下工場が一望できるテラス
地下3階 燃料棒の作業場
地下4階 (3階分の高さがある)燃料棒からプルトニウムを抽出する工場と分離施設
地下5階 冶金部門と爆弾の部品を製作する研究室
地下6階 廃棄物貯蔵所

このうち地下4階と地下5階が原子爆弾製造工場だ。

ヴァヌヌは、1986年にディモナ研究センターをクビになったあと、海外を旅行し、持ち出した写真とレイアウトなどを英国の「サンデー・タイムズ」に売った。

「サンデー・タイムズ」が出してきた購入条件は、即金で10万ドル、原稿の著作料の40%、出版した場合の著作権の25%、さらに映画化もありうるというものだった。

モサドは独身で世界をうろついているヴァヌヌに、ブロンドの「ファラ・フォーセットに似た美人」エージェントのシンディをアプローチさせ、英国政府の監視の目が厳しい英国から、ある意味どうにでもなるイタリアにヴァヌヌを連れ出し、イタリアで捕えてイスラエルに連行した。ハニー・トラップの典型である。

「サンデー・タイムズ」はヴァヌヌの情報に基づいて特集シリーズの連載を始め、イスラエルの原爆保有が10〜20基どころではなく、150〜200基の核爆弾を保有し、水素爆弾と中性子爆弾の製造能力を持っていることを暴露した。

第16章 サダムのスーパーガン
まさにフォーサイスの「神の拳」で出てきたサダム・フセインの巨大大砲建設計画だ。

神の拳〈上〉 (角川文庫)神の拳〈上〉 (角川文庫)
著者:フレデリック フォーサイス
角川書店(1996-11)
販売元:Amazon.co.jp


カナダの科学者ジェラルド・ブル博士は、スーパーガンに取りつかれ、サダム・フセインから注文を受けて、射程1、000キロ近く砲弾を撃ち込める「バビロン計画」を推進しようとした。

本物は長さ150メートル、重さ2,100トン、口径1メートルだが、その前に「ベビー・バビロン」と呼ばれる長さ45メートルの試作砲をつくることになった。

「パイプラインの部品」として欧州4カ国にオーダーされた部品は、着々とイラクに到着した時、ブルは何者かに拳銃で射殺された。1990年のことだ。

第18章 北朝鮮より愛をこめて
北朝鮮の協力により完成間近だったシリアの原子炉はイスラエル空軍の爆撃とミサイル攻撃で破壊された。

イスラエルのオルメルト首相は、トルコのエルドアン首相に連絡を取り、シリアのアサド大統領あての伝言を託したという。

「イスラエルはシリアと戦争する気はないが、隣国のシリアが核兵器を保有することは容認できない」という内容だった。

イスラエルの爆撃にもかかわらず、再度核施設を建設しようとしたスレイマン大統領補佐官はイスラエルの特殊機関の狙撃手に殺害された。


パターン3.元ナチスの戦争犯罪人や反イスラエルのテロリストを逮捕・暗殺しようとする動き

第6章 「アイヒマンを連れてこい! 生死は問わない」
ナチスでユダヤ人抹殺計画を立てたアドルフ・アイヒマンは、終戦直後の混乱に紛れ、南米に逃れ、妻子とアルゼンチンで偽名を名乗って暮らしていた。

アイヒマンはブエノスアイレス郊外の、Chacabuco 4261, Olivos, Buenos Airesという住所に住んでいて、同じく郊外のアベジェネーダに引っ越したところで、モサドに捕まって、秘密裏にイスラエルに移送された。1960年のことだ。

筆者は1978年から80年までの2年間、ブエノスアイレスの中心部に住んでいたが、アイヒマンがブエノスアイレスに住んでいたことは知らなかった。

Olivos(オリーボス)というのは、ブエノスアイレスの郊外で、どちらかというと高級住宅地なのだが、この本では貧しい地区と言っている。貧しい地区というのは、捕まったアベジャネーダの方だと思う。

アイヒマンは、「体調不良で引き返す乗務員」に仕立て上げられ、ずっと睡眠薬で眠らされ、医師同行のもとでイスラエルの国有航空会社エル・アルの飛行機のファーストクラスに乗せられ、イスラエルまで移送された。

この本では、まさに「スパイ大作戦」ばりの捕り物劇、囚人移送劇が展開されている。

アイヒマンは、1961年にイスラエルで裁判にかけられて死刑となり、1962年5月に絞首刑が執行された。アイヒマンの最後の言葉は、「また会おう…私は、神を信じて生きてきた…戦争法に従い、旗に忠誠を尽くした…」だったという。

アイヒマンの遺体は焼却炉で焼かれ、地中海に散骨された。

「死の天使」ことユダヤ人を生きたまま人体実験に使ったヨーゼフ・メンゲレもブエノスアイレスに本名を明かして住んでいた。アイヒマン逮捕が世界中で報道されたので、身の危険を感じて、ひそかにパラグアイに移住した。メンゲレは1979年2月に心臓発作で死亡するまで姿を隠したままだった。

第12章 赤い王子をさがす旅
1972年のミュンヘンオリンピックで、「黒い9月」と名乗るテロリストがイスラエルの選手村に潜入し、コーチと選手1人ずつを殺し、9人を人質に取った。西ドイツによる人質救出作戦は失敗し、人質全員が死亡した。

この事件はスピルバーグが映画にしている。



「黒い9月」はヨルダンのフセイン国王による自国内のテロリスト攻撃に反発したアラファトPLO議長がひそかにつくったテロリスト集団で、ミュンヘンテロ事件を計画したアリ・ハサン・サラメは、血塗られた「赤い王子」と呼ばれた。

「ミュンヘンの夜」事件は、ゴルダ・メイア首相を打ちのめし、モサドはテロリストに対する復讐・「神の怒り」作戦を開始した。赤い王子はベイルートで、自動車爆弾で殺害された。

第20章 カメラはまわっていた
テレビのバラエティ番組でも報道されたモサドの暗殺チームが、ハマスの指導者のアルマブフーフをドバイのホテルで殺害した事件。

YouTubeにもテレビ番組が掲載されている。



パターン4.第4次まで繰り返された中東戦争など、イスラエルとアラブの武力抗争にからむ動き

第10章 「ミグ21が欲しい!」
1966年にモサドはイラク人パイロットをそそのかして、当時の東側の最新鋭ジェット戦闘機のミグ21ごとイスラエルに亡命させた。

Mikoyan-Gurevich_MiG-21





出典:Wikipedia

イスラエルは米国と一緒にミグ21を徹底的に調べて弱点を研究した。その研究成果が実り、1967年に起こった第3次中東戦争では、イスラエル空軍は数時間でエジプト空軍を壊滅させた

亡命したイラク人パイロットは、イスラエル空軍のテストパイロットがミグ21をいとも簡単に操縦するのに驚き、「きみのようなパイロットが相手では、アラブ人は決して勝てないだろう」と語ったという。


世界最強のスパイ組織のモサドの暗殺や破壊活動を詳細に描いている。さすがイスラエルの国会議員までやった作家だけに、相当な情報をつかんでいる。

テロリストを国歌を挙げて抹殺しようとするモサドの姿勢は、国として生きていくために必要な暗殺なり爆破工作なのかもしれないが、今から4,000年も前のハンムラビ法典の「目には目を、歯に歯を」と同じ世界が、いまだに中東の現実であることに驚く。

きれいごとでは済まされない、血で血を洗う世界がまだそこにある。

イスラエルを取り巻く中東で何が起こったか、何が起こっているのかを知るために大変役立つ本である。


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Posted by yaori at 09:42│Comments(0)TrackBack(0)ノンフィクション | 自衛隊・安全保障

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