2013年05月16日

戦後史の正体 元外務省・国際情報局長が書いた「米国の圧力」史

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)
著者:孫崎 享
創元社(2012-07-24)
販売元:Amazon.co.jp

昨年から話題となっている外務省の元・国際情報局長の孫崎享(まごさき・うける)氏が書いた「米国からの圧力」を軸とした戦後史。

昨年7月に発売されて以来ベストセラーとなっている。現在でもアマゾンの売り上げランキング250位くらいに入っている。

いわゆる「とんでも本」だと思っていて、いままで読んでいなかったが、外務省の元・局長だけに、興味深い指摘もある。


日本が負担した占領軍駐留経費

戦後日本の復興に、アメリカのガリロア・エロア資金(1946〜1951年までに18億ドル。うち5億ドルは返済)が大変役立った。米国による寛大な占領だったと言われている。しかし、実は同じ時期に日本は占領軍の駐留経費を約50億ドル負担しており、占領軍のゴルフ場代から、特別列車代まで負担していた。

孫崎さんは、一般に言われているほど「寛大な占領」ではなかったという。むしろ経済的な負担も日本に過酷なものがあった。

ちなみに、ガリオア・エロアは、人の名前か地名の様に思えるが、ガリオアはGovernment Appropriation for Relief in Occupied Areaの頭文字を取った"GARIOA"で、エロアは Economic Rehabilitation in Occupied Area Fundの頭文字を取った"EROA"だ。

本書によると、日本の負担した占領軍駐留経費は次の通りだ。

  年       金額     一般会計に占める割合
1946年    379億円   32%
1947年    641億円   31%
1948年  1,061億円   23%
1949年    997億円   14%
1950年    984億円   16%
1951年    931億円   12%

日本政府は戦争に敗れ、国土も産業も荒廃した大変な経済困難のなかで、6年間で5,000億円、国家予算の2〜3割を米軍経費に充てている。

この時、米国に駐留費の減額を求めて公職追放されたのが石橋湛山で、米国の言う通りにしたのが吉田茂だと孫崎さんはいう。

吉田茂の功績を高く評価している高坂正堯(こうさかまさたか)の「宰相吉田茂」などとは全く異なる評価である。

宰相吉田茂 (中公クラシックス (J31))宰相吉田茂 (中公クラシックス (J31))
著者:高坂 正尭
中央公論新社(2006-11)
販売元:Amazon.co.jp

吉田の考えは、「占領下だから文句をいってもしょうがない。なまじっか正論をはいて米国からにらまれたら大変だ」というものだったという。だから吉田は、対米追随派の代表であると。

このブログでは北康利さんの「吉田茂 ポピュリズムに背を向けて」のあらすじも紹介している。吉田茂の政治姿勢を表す言葉として、「戦争に負けて外交で勝った歴史はある」というものがある。これが吉田の政治信条を貫いていたのではないかと筆者は考えている。

吉田茂 ポピュリズムに背を向けて吉田茂 ポピュリズムに背を向けて
著者:北 康利
講談社(2009-04-21)
販売元:Amazon.co.jp

孫崎さんの自主派/対米追随派で分けるというのは、偏った見方という気がするが、これがこの本を貫く孫崎さんの姿勢である。


自主派か対米追従派か

孫崎さんは、政治家は次の様に自主派と対米追随派に大別できるという。

自主派:
・重光葵(外相)
・石橋湛山
・芦田均
・岸信介
・鳩山一郎
・佐藤栄作
・田中角栄
・福田赳夫
・宮沢喜一
・細川護煕
・鳩山由紀夫

対米追随派:
・吉田茂
・池田隼人
・三木武夫
・中曽根康弘
・小泉純一郎
・海部俊樹、小渕恵三、森喜朗、安倍晋三、麻生太郎、管直人、野田佳彦

一部抵抗派:
・鈴木善幸
・竹下登
・橋本龍太郎
・福田康夫


日本の「自主派」政治家を引きずりおろす米国のツールは、検察、マスコミ、学者

検察特捜部は、もともとGHQの指揮下にあった「隠匿退蔵物資事件捜査部」(戦後に日本人が隠匿した資産を探し出してGHQに差し出すのが任務)だった。だから、孫崎さんは、創設当初から検察特捜部は米国と密接な関係を維持してきたと指摘する。

占領直後は、GHQは「公職追放」というまさに偏見と独断がまかり通る武器を持っていた。孫崎さんによると、米国からバージされた首相・政治家は次の通りだ。

芦田均以前の政治家は別として、田中角栄、小沢一郎が米国に目をつけられたというのは、うなずける。

・石橋湛山(公職追放)
・鳩山一郎(公職追放)
・芦田均(昭電疑獄)
・田中角栄(ロッキード事件)
・小沢一郎(越山会疑惑)


マスコミ、学界、官僚も親米

米国は、日本の大手マスコミのなかで、「米国と特別な関係を持つ人々」を育成してきた。また、外務省、防衛省、財務省、大学にも「米国と特別な関係を持つ人々」がいる。

松田武著の「戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー 半永久的依存の起源」では、日本の米国学界が「米国に批判的な、いかなる言葉も許されない」状況でスタートし、米国から多額の援助を受けたことを指摘しているという。 

戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー―半永久的依存の起源戦後日本におけるアメリカのソフト・パワー―半永久的依存の起源
著者:松田 武
岩波書店(2008-10-28)
販売元:Amazon.co.jp


アメリカの望みは「望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させること」

1950年にトルーマン大統領は、対日講和条約締結交渉を開始するように指示し、それを受けて1951年にジョン・フォスター・ダレス(後の国務長官)が来日する。

その時のダレスの交渉姿勢が、「われわれは日本に、われわれが望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保できるだろうか。これが根本問題である」だった。

孫崎さんは、この姿勢が現在に至るまで変わっていないと指摘する。

たとえば鳩山首相の「普天間飛行場の移転先を最低でも県外」という発言は、米国の方針に反するために、鳩山首相は米国につぶされたと孫崎さんはいう。

たしかに鳩山首相の「最低でも県外」は、混乱を招いた。しかし、それ以外にも鳩山首相のお母さんからの毎月1,500万円の「こども手当」とか、国連総会で勝手に「2020年に温暖化ガス25%削減」とか言いだしたとかの要因もあって国内外の信頼を失って退任したので、別に米国の虎の尾を踏んだから退任したわけではないと思う。

ちなみに、普天間飛行場の返還・移転交渉については、守屋元防衛事務次官の「普天間交渉秘録」のあらすじを紹介しているので、参照願いたい。

「普天間」交渉秘録「普天間」交渉秘録
著者:守屋 武昌
新潮社(2010-07-09)
販売元:Amazon.co.jp


行政協定(地位協定)のための安保条約?

戦前の外務省アメリカ局長で、1946年に外務次官になった寺崎太郎は、「行政協定(注:現在は地位協定)のための安保条約、安保条約のための平和条約でしかなかったことは、今日までに明らかとなっている。つまり本能寺は最後の行政協定にこそあったのだ」と語っている。

朝鮮戦争が勃発したことから、米国は日本に対する考えを変え「ソ連との戦争の防波堤」としようとした。

日米地位協定では、第2条で基地の使用を認め、「いずれか一方の要請があるときは、(中略)返還すべきこと、または新たに施設および区域を提供することをを合意することができる」となっている。

ダレスの「望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させること」が実現しているのだ。


「北方領土問題」は米国発案

孫崎さんは、北方領土問題は米国が、日本とソ連との間に紛争のタネをのこし、友好関係に入らないためにつくったものだと語る。

というのは米国ルーズベルト大統領はスターリンにソ連参戦の条件として国後、択捉の領有権をソ連に約束している。しかし冷戦の勃発後は、国後、択捉島のソ連による領有に米国は反対している。

孫崎さんが頻繁に引用する米国の歴史家・マイケル・シャラーさんの「『日米関係』とは何だったのか」でも、この件が紹介されている。

「うまくいけば、北方領土についての争いが何年間も日ソ関係を険悪なものにするかもしれないと彼らは考えた」。

「日米関係」とは何だったのか―占領期から冷戦終結後まで「日米関係」とは何だったのか―占領期から冷戦終結後まで
著者:マイケル シャラー
草思社(2004-06)
販売元:Amazon.co.jp

この本も図書館で借りたので読んでみる。

紛争のタネを残しておくというのは、インド・パキスタンの間のカシミール問題、アラブ諸国の間の飛び地問題、日韓の竹島問題、日中の尖閣列島などにも当てはまり、外交上よく行われる手口だという。


「イコール・パートナー」を提唱したライシャワー大使

孫崎さんは、ライシャワー大使についての逸話をいくつか紹介している。

一つは東京オリンピックの時の選手村が当初朝霞に決まっていたのを、外務省がライシャワー大使の口添えで代々木の米軍キャンプを移転させ、跡地を選手村にしたことだ。

この時は、オリンピックの主管官庁の文部省が反対し、「朝霞に決めたので主管官庁でもない外務省が口を出すな」と全く動かなかったので、事務次官会議を通さずに閣議に上げたという。

東京生まれのライシャワー大使は、戦前も対日戦争に反対し、戦後は沖縄返還のきっかけをつくった。まさに「二つの祖国」を橋渡しした人である。

日本への自叙伝日本への自叙伝
著者:エドウィン・O・ライシャワー
日本放送出版協会(1982-01)
販売元:Amazon.co.jp


自主派の佐藤栄作首相

佐藤首相時代に日本は「核保有国は、非保有国を攻撃しない義務を負うべきだ」という政策を立案し、1968年に国連の「非核保有国の安全保障に関する安保理決議」として結実している。

佐藤首相は、1965年に沖縄を訪問し、「沖縄の祖国復帰が実現しないかぎり、わが国にとっての戦後が終わっていない」という声明を読み上げた。

これは外務省と全く打合せしていなかったという。

佐藤首相は、退任後、1974年に「非核三原則」の提唱により、ノーベル平和賞を受賞した。筆者も賛否両論がおこったことを覚えている(どちらかというと、「否」の方が多かったと思うが)。

たしかに「核保有国は、非保有国を攻撃しない」という義務が、本当に国際的に確立できれば、ノーベル平和賞にも値するだろう。


ニクソンと佐藤首相の密約

1969年に訪米した佐藤首相は、ニクソン大統領との間で二つの密約を締結する。一つは沖縄に核兵器を持ち込むような事態が将来生じた場合、日本政府は理解を示すという「核持ち込み密約」。

もう一つはニクソンが大統領選挙対策上もっとも重視していた南部各州対策のための繊維製品の対米輸出枠の密約だ。

佐藤首相は帰国後密約は存在しないという立場をとり、合意を実行しなかった。ニクソンと交渉にあたったキッシンジャーは激怒し、報復を始めた。


ニクソンの報復

第1弾は日本には事前通告なく発表されたニクソン訪中。第2弾はニクソンショック(金ードル交換停止)だと孫崎さんはいう。

ニクソン訪中については納得できるが、ニクソンショックはたぶん密約無視とは関係ないだろう。


田中角栄失脚

ロッキード事件が米国発で起こり、田中角栄が失脚任したことは、一般的にはロシアからのガス輸入や北海油田開発などの日本独自のエネルギー政策が、米国の怒りを買ったといわれている。

しかし、孫崎さんは田中角栄が、米国より先に日中国交回復を実現したことが、米国の怒りをかったのだと説く。

米国は日本の頭ごなしに、ニクソン訪中を1972年2月に実現していながら、中国との実際の国交樹立は議会の反対で1979年までできなかった。

ところが、田中角栄は中国を訪問した1972年9月に日中国交回復を実現している。これが中国が田中真紀子や、小沢一郎などの旧田中派の政治家を「老朋友」と遇する理由だ。


日本のP3C大量配備は米国防衛のため

孫崎さんは、日本のP3C対潜哨戒機大量配備は、日本のためではなく、米国のためだと指摘している。

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出典:Wikipedia

オホーツク海に潜むロシアの潜水艦はSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を持っており、それのターゲットは米国で、日本ではない。

しかし米国はシーレーン防衛という名目でP3Cを大量に買わせて、米国の防衛の肩代わりをさせているのだと。

一面ではたしかに孫崎さんの指摘するような面はある。しかし、現代の防衛はイージス艦や、三沢など各地にある米軍の高性能レーダー、AWACS早期警戒機、海峡に設置された音波収録器など、様々な情報を管制してはじめて成り立つのであり、単に対潜哨戒機だけ持てば役に立つわけではない。

特に昨今は、中国潜水艦と思われる国籍不明潜水艦も日本近海に出没するようになってきている。

孫崎さんの説は、あまりに狭量というか、外務省の元高官が言う言葉ではないと思うが…。


2005年の日米同盟の変質

2005年小泉政権が締結した「日米同盟 未来のための変革と再編」は従来の安保条約を変質させている。

1.日米軍事協力の対象が極東から世界に拡大された。

2.戦略の目的が、「国際安全保障環境を改善する」こととされた。


TPPは日本にとってきわめて危険

TPPの狙いは日本社会を米国流に改革し、米国企業に日本市場を席巻させることで、日本にとってきわめて危険な要素を含んでいると孫崎さんは語る。

被害は限りなく想定されるという。

たとえば国民健康保険制度が崩壊するという危険性を挙げているが、意味がよくわからない。TPPを米国が日本にせまる理由も、日本が中国に接近することへの恐れと、米国経済の深刻な不振だという。

こういった議論については、今度紹介する「米韓FTAの真実」という本が、参考になると思う。

TPPの正しい議論にかかせない米韓FTAの真実TPPの正しい議論にかかせない米韓FTAの真実
著者:高安雄一
学文社(2012-11-22)
販売元:Amazon.co.jp

注意して読むと、外交官時代に自分が見たり聞いたりした情報はふくまれていない。公務員として守秘義務が課せられているからだろう。

自分が持っている情報は一切出さないが、公表されている情報をまとめて対米追随派/自主派という論理を組み立て、政治家や過去の事件を分類している。

佐藤優さんの本だったか、インテリジェンスのほとんどは新聞や雑誌などの公開情報の寄せ集めという話があった。公開情報を分析して、その奥に潜む真実や、その国の真意を探り当てるのがインテリジェンスだ。

外務省のインテリジェンス部門の国際情報局長をつとめた人だけに、同じ手法をとってこの本を書いているものと思う。

結論として、やはり「とんでも本」というか、「偏向本」ではないかと思うが、的確な指摘も含んでいる。どう評価したらよいのか、よくわからない本である。


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Posted by yaori at 23:27│Comments(0)TrackBack(0) 政治・外交 | 歴史

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