
著者:ブライアン・サイクス
ウイーヴ(2006-11)
販売元:Amazon.co.jp
ヒト細胞のミトコンドリアからDNAを取り出し、そのパターンを研究することでヒトの起源を研究するオックスフォード大学人類遺伝学教室のブライアン・サイクス教授の本。日本では2001年に出版されている。
「ノンフィクションはこれを読め」で紹介されていたので読んでみた。

著者:成毛 眞
出版:中央公論新社
(2012-10-24)
サイクス教授の研究室では、自分のDNA検体を送ると199ポンドで自分がどの祖先の系列に属するかDNA判定してくれるサービスをウェブで提供している。
同じウェブサイトでは、この本の続編の「アダムの呪い」にちなんでY染色体の分析サービスも提供しているようだ。「アダムの呪い」も今度読んでみる。

著者:ブライアン サイクス
ヴィレッジブックス(2006-12)
販売元:Amazon.co.jp
ミトコンドリアDNAが選ばれた理由
ヒトの起源を研究するために、ヒトの細胞のミトコンドリアDNAが研究対象に選ばれた。
ミトコンドリアは細胞内に共生し、細胞がエネルギーを作り出す手助けをする。筋肉や脳、神経などの活発な細胞には、1,000ものミトコンドリアが含まれている。ミトコンドリアDNAが選ばれた理由は次の通りだ。
1.細胞核に含まれるDNAより、ミトコンドリアDNAの方が多く含まれている。
2.細胞のDNAが30億塩基もの膨大な規模なのに、ミトコンドリアDNAは1万6千5百塩基しか含まれておらず、しかもそのうち500塩基のDループと呼ばれる部分に突然変異が集中している。
3.細胞核のDNAの突然変異が10億年に1度という頻度に対し、ミトコンドリアDNAの突然変異はより高い頻度で起こるので、分子時計として役立つ。
ミトコンドリアは常に母系遺伝
ミトコンドリアは卵子には25万個も含まれているが、精子にはしっぽの部分に卵子をめざして泳いでいくときに必要なエネルギー分の、ごくわずかのミトコンドリアしか含まれていない。
受精するときには、精子のしっぽは切り捨てられ、受精卵のミトコンドリアはすべて母親と同じものになる。だから、ミトコンドリアDNAは母系遺伝しかないのだ。
ミトコンドリア・イヴ
1987年にUCバークレーのレベッカ・キャンとアラン・ウィルソンのグループが世界147民族のミトコンドリアDNAを調査した結果、アフリカ人の系列とアフリカ人から分岐した系列に分かれることがわかった。これが人類アフリカ単一起源説を裏付ける有力な証拠となった。
そして、現人類の最も近い共通母系祖先は16万年+/ー4万年にアフリカに住んでいた女性だということがわかった。これをマスコミが「ミトコンドリア・イヴ」と名付けた。
この本では、「彼女は60億人一人ひとりの母系祖先の根本に位置する。われわれはみな、彼女の直接的な母系子孫なのだ。」と表現している。
ミトコンドリア・イヴの誤解
これが非常に誤解を招く部分だ。全人類の共通の祖先は15万年前にアフリカに住んでいた一人の女性、つまり「ミトコンドリア・イヴ」だというように、しばしば誤解されているが、そういう意味ではない。
ミトコンドリアDNAは母系のみしかたどれないので、たまたま生まれた子が男ばかりだったりすると、そこでミトコンドリアDNAの系図は途切れてしまい、それ以上はたどれない。しかし、だからといって、系図が切れてしまうわけではない。
我々の父母は2人だが、祖父母は4人、祖々父母は8人、祖々々父母は16人と、年代をさかのぼるほど祖先の数は増えていく。20世代さかのぼれば、祖先の数は100万人を超す。しかしミトコンドリアDNAの祖先は、母親、の母親、の母親、の母親…という具合に世代に一人だけだ。
人類の祖先のうち、ミトコンドリアDNAがつながったのは一系統だけで、ルートをたどれば、ミトコンドリア・イヴまでたどりつくという意味である。誤解を避けるために、今では「ラッキー・マザー」と呼ぼうという動きがあるようだ。
「ミトコンドリア・イヴ」と同じ時代の他の女性も、われわれの祖先である可能性がある。しかし、ミトコンドリアDNA系図は途切れているので、わからないということなのだ。
現代人類のミトコンドリアDNAグループ
現代人類のミトコンドリアDNAのパターンは、次の35グループに仕分けられている。名前はそのグループの共通の祖先となった女性のニックネームだ。

出典:本書325ページ
現在のヨーロッパに住んでいる6億5千万人の90%は次の7つのグループに属するという。それが「イヴの7人の娘」と呼ばれる祖先たちで、この本の主題だ。

出典:本書322ページ
「イヴの7人の娘たち」というと、あたかもイヴに7人娘がいたように聞こえるが、上記の表を見てもわかるとおり、4万5千年前のアースラから、1万年前のジャスミンまで年代もバラバラ、生きた環境もバラバラのバーチャル祖先像だ。
7グループのうち、ジャスミンのみが肥沃な三角地帯で生まれ、農耕をヨーロッパにもたらしたグループの祖先だ。他の祖先は、すべて狩猟民族である。
バスク人は特別
現代のバスク人は、もともと農耕が伝わる前のヨーロッパに暮らしていた狩猟民族の末裔であり、血液型もRH−が世界一多いという特徴がある。
筆者のアルゼンチン時代のベルリッツ・スクールのスペイン語の先生の一人がバスク人の女性だった。白人にしては背が低く、すんぐりした体型の人で、南欧系のエキゾチックな顔をしていた。
どうでもいい話だが、インフレ率が年200%を超える当時のアルゼンチンで、彼女はダイナースのクレジットカードを持っていた。クレジットカード払いなら、支払いは1カ月ほど先になるので、月間10%ほどのインフレ分は割引になる。
結構いいファミリーの出身だったのだろうが、日本人の駐在員でもクレジットカードを持っておらず、札束を持って歩いていた時代なので、うらやましかったものだ。
ちなみにアルゼンチン人の10%はバスク系だという。エヴァ・ペロンとか、チェ・ゲバラもバスク系ということだ。
日本人の祖先は9グループ
日本人の95%は、次の表のように9つのグループのいずれかを祖先に持っているという。

出典:本書357ページ
この本では日本人に関しては、アイヌや琉球人はもともと日本列島に住んでいた縄文人で、韓国からやってきた弥生人のために、北と南へ追いやられてしまったという学説を紹介している。日本人の大半のDNAは現代韓国人と共通しているので、母系祖先は弥生人以降の移民にたどることができるという。
ミトコンドリアDNAによって現代人の祖先を探る研究の成果のみ紹介したが、この本の半分はミトコンドリアDNA分析による次のようなテーマの調査であり、興味深い内容だ。
★アルプスで発見された5,000年以上前のアイスマンのDNA分析

著者:デイビッド ゲッツ
出版:金の星社
(1998-01)
★ロシア革命の時に虐殺されたロシア皇帝ニコライ2世一家の遺体のDNA鑑定

著者:ロバート・K. マッシー
出版:時事通信社
(1996-12)
★ポリネシア人のルーツの判定
ヘイエルダールがコンチキ号でポリネシア人の南アメリカ起源説が可能であることを実験で示したが、ミトコンドリアDNAの分析では、アジア起源説が立証された。

著者:トール・ヘイエルダール
出版:河出書房新社
(2013-05-08)
★ネアンデルタール人はヨーロッパ人の祖先なのか

著者:金子 隆一
出版:技術評論社
(2011-04-21)
タイトルがキャッチーすぎて、「ミトコンドリア・イヴ」が全人類共通の唯一の祖先と誤解したままであらすじを紹介している人もいる。さもありなんと思う。
この本がきっかけで、いろいろ調べていくうちに「ミトコンドリア・イヴ」の誤解も解けた。参考になる本だった。
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