2013年10月13日

農業ビッグバンの経済学 今の農政に批判的な農水省官僚もいたんだ!

農業ビッグバンの経済学
山下 一仁
日本経済新聞出版社
2010-03-24


元農水省の官僚で、農村振興局次長にて退官、現在はキャノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所上席研究員、東京財団上席研究員などを務める山下一仁(かずひと)さんの本。山下さんはS52卒だから、筆者とほぼ同年代だ。

このブログでは農業に関しては、改革派の月刊誌「農業経営者」副編集長・浅川芳裕さんの「日本は世界第5位の農業大国」「日本の農業が必ず復活する45の理由」を紹介している。





一方、農協を中心とする保守派のTPP反対論としては「TPPを考える」や、農林水産省のパンフレットを紹介している。



農林水産省のパンフレットを見る限り、農林水産省の官僚は「保守派」一枚岩で固まっているものと思っていたが、中には農林水産省の保守本流に反対する山下さんのような官僚がいたことを初めて知った。

山下さんはほかにも「『亡国農政』の終焉」や、「農協の大罪」などといった、刺激的な本を出している。

「亡国農政」の終焉 (ベスト新書)
山下 一仁
ベストセラーズ
2009-11-07


農協の大罪 (宝島社新書)
山下一仁
宝島社
2009-01-10



この本の目次

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応していないので、「なんちゃってなか見!検索」で、目次を紹介しておく。項タイトルまで書いてある優れた目次だが、項タイトルまですべて紹介すると長くなりすぎるので、重要なものだけピックアップして紹介しておく。

序章  間違いだらけの日本の農政

第1章 誰のための農業・食料政策か
  1. なぜ農業を保護するのか
  2. 忍び寄る小農主義

第2章 食料安全保障問題の本質
  1. 世界の食料・農産物市場の特殊性
    ・隔離されている国内市場と国際市場
    ・自国優先の政策が増幅する国際食料市場の不安定性
  2. 農業生産の特殊性
    ・代替不能な農地資源
  3. 我が国の食料安全保障の現状
    ・250万ヘクタールの農地が消滅
  4. 食料自給率の向上は食料安全保障にはつながらない
  5. 人口減少時代が迫る農業衰退

第3章 なぜ、農業は衰退するのか
  1. 農業生産の特徴ーBC(Bio/Chemical)過程とM(Machinery)過程
  2. 高収益農業の存在
    ・「考える企業家」としての農家
    ・契約栽培で価格変動を吸収
    ・グローバル化を利用した成功例
  3. 土地利用型農業の可能性
  4. 政策の失敗が招いた日本農業衰退
    ・構造改革を阻んだ農地法の成立
    ・ゾーニングや転用規制の不徹底
    ・農協が兼業農家を重視する理由

第4章 世界農政は価格支持から直接支払いへ
  1. 先進国の農業問題と途上国の農業問題
  2. 1980年代のアメリカ・EC農政と国際貿易の混乱
  3. ガット・ウルグアイ・ラウンド交渉
  4. さらなるEUの農政改革
    ・アジェンダ2000
    ・アメリカとのWTO農業合意に備えたさらなる改革
  5. アメリカ農政の転換
    ・1996年農業法ー不足払いから直接固定支払いへ
    ・2002年農業法ー価格変動型支払いの導入
    ・2008年農業法の内容
  6. 関税か直接支払いか
    ・関税よりも優れている直接支払い
  7. 世界農政の比較
    ・世界農政の流れから取り残される日本農政
    ・保護方法を間違えている日本農政

第5章 グローバル化に対応できない日本農政
  1. WTO交渉がもたらす困難
    ・EUの変化を読み間違えた日本
    ・交渉のコア・グループから外された日本
  2. 農業のためにFTAを結べない

第6章 農地制度の改革
  1. 国際競争力強化の手段としての技術進歩と農地のゾーニング
  2. 農地法廃止という規制の緩和とゾーニング規制の強化
  
第7章 米についての奇妙な経済学
  1. 日本の米は安いのか?
  2. 減反維持の主張のおかしな前提
  3. 構造改革効果が期待できない減反選択制
  4. 自民党が導入した直接支払い政策の経緯と内容
  5. 民主党の戸別所得補償政策
    ・国民負担をさらに重くする戸別所得補償政策
    ・米輸出の可能性を摘み取る戸別所得補償制度

第8章 直接支払いによる構造改革
  1. 規模拡大の条件
  2. 農地の転用・耕作放棄の防止と構造改革
  3. 直接支払いによる規模拡大
  4. 具体的な制度設計

第9章 農業組織の解体的改革
  1. 農政トライアングルの形成と科学的行政の後退
  2. 農協改革
  3. 農林水産省の改革

終章  真の食料安全保障の確立を目指して

以上ちょっと長くなったが、目次を見ると大体の主張がわかると思う。


山下さんの主張は農林水産省の政策とは正反対

山下さんの主張は次の通りだ。

減反を段階的に廃止して米価を下げれば、コストの高い兼業農家は耕作を中止し、農地を貸し出すようになる。そこで、一定規模以上の主業農家に直接支払いを交付し、地代支払い能力を補強すれば、農地は主業農家に集まり、規模は拡大し、コストは下がる。また、環境にやさしい農業を実現できる」。

これは長年高い農産物価格で農家の所得を維持しようとしてきた農林水産省の政策とは正反対だ。

農林水産省のこのような政策を推す進めてきた結果、次のようなウソと現実が生まれたと山下さんは語る。

農林水産省のウソ:

1.小規模の兼業農家が農業を支えている
2.農家は赤字でも米つくりに励んでいる
3.予算額を比較して日本の農業保護はアメリカやEUよりも低い
4.平均コストがアメリカや中国に及ばないので競争できない

長年ウソが続いたので起こった現実:

1.小規模農家が多く、肥料・農薬を多用して環境に悪い農業を継続している
2.食料自給率が40%なのに、米を余らせて水田面積の4割、100万ヘクタールもの減反政策を推進している
3.減反しながらミニマム・アクセス米を輸入している
4.生活様式の多様化と高米価のため、米消費は毎年減少している。

米消費量推移







出典:民主党ホームページの記事

国際農政比較や農業に関する冷静な議論は大変参考になる。

いくつか参考になった点を紹介しておく。


フードマイルの考え方は単純化しすぎている

WTOのパスカル・ラミー事務局長は、次のように語っている。

「食料生産及び出荷チェーンにおける主たるCO2の排出は生産過程で発生する。輸送における排出はわずか4%に過ぎない。殺虫剤および肥料の生産ならびに、農場および食品加工によって必要とされる燃料から生じるCO2の発生に比べると、輸送による排出は小さい。(中略)フードマイルの議論は国内食料調達政策における自給の確立に対する正当化にはならない。

ロンドンの店に出荷されたスペイン産、あるいはポルトガル産のトマトは、イギリスの温室で栽培されたトマトよりもCO2の排出が少ない。ニュージーランド産のラムはイギリス産のラムより4倍エネルギー効率が良い。これはイギリスの農民は気候上の制約のために、補完的な飼料を用いることを余儀なくされるからである。(後略)」

なるほど、その通りだと思う。


水田による二毛作は熱帯雨林を上回るO2を生産する

水田で稲と麦の二毛作を行えば、光合成によるO2の生産量は熱帯雨林に迫ると言われている。以前は6月に麦を収穫してから田植えをして、二毛作を行っていたが、最近は兼業農家が増加し、5月の連休中に田植えが行われるようになって、二毛作はほとんど行われなくなってしまった。

かつてのコメと麦の水田二毛作が、今では米単作・サラリーマン兼業という二毛作に変わっている。

これは筆者も以前から疑問に思っていた点だ。小学校の時は、北海道・東北を除く日本のほとんどの地域では二毛作が可能だとたしか習ったと思うが、いつの間にか二毛作はほとんど死語になってしまった。

最大の原因は米の減反政策と、小麦価格が米より低いことだと思う。


食料自給率ではなく、食料自給力の強化を

農林水産省は数年前から金額ベースの食料自給率も発表している。これだと65%という数字になり、農政の失敗を問われないからだと。しかし金額ベースでは、価格を上げて消費者負担を増やせば自給率が上昇するという結果となる。

山下さんは、食料自給率ではなく、農地や若い担い手を中心とした農業資源の確保を目標にすべきだと主張する。真に食料安全保障を確立するためには、農業の収益性を向上させ、農地規模の拡大や後継者確保につながるような政策を打ち出す必要がある。

毎日食べなければならない食料に関しては、一週間でも供給不足が生じると大変な事態になるという。

たとえ50年に一度という低い確率でも、その場合の悲惨さは経済面のみならず、社会的、政治的な不安や混乱を生じさせかねない。これは軍事的な紛争の場合と同じであると。

この辺の感覚が筆者とは全然違うところだ。

官僚は、食管会計で麦などを入札で買っているだけなので、ビジネス感覚がないのだろう。

筆者の長い貿易経験では、たとえ不可抗力でも、何らかの事情で売り手が一度でも供給をストップすると、買い手は二度とその売り手からは買うまいと心に誓う。

たとえば米国国内の飼料用の大豆かすの需要が増えて、ニクソン大統領が大豆輸出をストップした時、多くの買い手は米国の大豆に依存するリスクを痛感して、代替ソースの確保に注力した。

もちろんすぐに代替ソースを確保できるわけではないが、そういった着実な努力の結果、米国の大豆禁輸をきっかけに、ブラジルとアルゼンチンの大豆生産量は着実に増加して、今では2国の合計生産量は米国を上回る。

主要国大豆生産量推移









出典:FAO日本事務所長 横山光弘さんの講演資料

「やられたら倍返し」は半沢直樹の専売特許ではない。国際資源ビジネスの常識だ。

中国がレアアース禁輸を宣言してから、日本とはじめとする消費国が代替ソース確保に走ったため、ふたを開けたら中国のレアアース業界自体がひん死の重傷を負う結果となった。

日本レアアース輸入量








出典「木走日記」ブログ・レアアース関連記事

筆者はニクソンの1973年の大豆禁輸は、米国より後に訪中したにもかかわらず、米国より先に日中国交正常化を実現した日本の田中角栄総理に対するニクソンの報復もあると考えている。

アメリカの大豆禁輸が中南米での日本の援助による大豆生産を急増させる結果となった

長くなりすぎるので、この辺でやめておくが、ほかにも「農地法は日本の3大ザル法の一つ」とか、ヨーロッパの徹底した農地ゾーニング、日本の米価格は1953年までは国際価格より安かった、現在の日本の米の単収はヘリコプターで種まきしているカリフォルニアの粗放農業より3割も少ないなど参考になる情報が満載だ。

山下さんは、農林水産省や農協からは裏切り者のように見られていると思うが、冷静な議論は大変参考になる。

一度手に取ってみることをお勧めする。

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Posted by yaori at 00:00│Comments(0) ビジネス | 農業