2014年01月13日

コン・ティキ号探検記 ポリネシア人はどこから来た?

コン・ティキ号探検記 (河出文庫)
トール・ヘイエルダール
河出書房新社
2013-05-08


コン・ティキ号探検記が新訳となって、2013年5月に出版されたので読んでみた。

最初の日本語訳は1951年に出版されている。

トール・ヘイエルダール
月曜書房
1951


映画としてのコン・ティキ号探検記は、ドキュメンタリーとして最初は1950年に公開され、アカデミー賞を取っている

YouTubeに全編が公開されている。



2012年にもリメークされた。




コン・ティキ [Blu-ray]
ポール・スヴェーレ・ヴァルハイム・ハーゲン
松竹
2014-04-09



ノルウェー人の人類学者トール・ヘイエルダールは、ポリネシア、特にイースター島の巨石文明などは、南米の古代文明と共通点があり、南米から移住してきた民族がつくったものだという学説を第2次世界大戦直後に発表した。

しかし多くの学者はヘイエルダールの南米起源説をありえないと一蹴した。

そこで奮起したヘイエルダールが、自分の学説を立証するため、他のノルウェー人4名、スウェーデン人1名のクルーをつのって、南米ペルーのカジャオ港からバルサでつくった帆を備えた筏でポリネシアを目指した。

筏の構造は次のようなものだ。

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出典:以下、特にことわりない限り本書

筏には古代南米の王様にちなんで、コン・ティキ号と名付けた。次はカジャオ港での組み立ての際の写真だ。

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このとき、南米西岸を流れるフンボルト海流から離脱できる沖合まで、筏をペルー海軍に曳航してもらったことが、ヘイエルダールの学説の弱点となっているようで、いまだにこの学説は主流とはなっていない。

ともあれ筏は順調に偏西風に乗って西へ6,000キロ旅をして、とうとうポリネシアのラロイアにたどり着いた。

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ラロイアに着いた時に、暴風雨に見舞われ、筏は帆柱が折れて、無残な状態だったが、乗員全員無事で到着し、ヘイエルダールの南米起源説が可能であることを身を持って立証した。

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途中、サメにつきまとわれたり、クジラやバンドウクジラと出会ったりした話が、映画の中でもサスペンスシーンとして出てくる。

食料は野菜などもペルーから十分積み込んであったし、魚には毎日不自由しなかった。

北欧人は、他のヨーロッパ人に比べて魚をよく食べる。またノルウェー人はヨットなどのセーリングには子供の時から慣れ親しんでいる人が多い。

次は筆者がノルウェーに出張した時に、フィヨルドを利用した天然のサーモン養殖場でサーモンを釣った時の写真だ。

ノルウェーサーモンフィッシング




























この時も、ノルウェー人の友人が、オスロ湾に面した自分の自宅からヨットを出して、ヨットでオスロ湾周遊した。ヨットの上でタラモサラダと、ゆでたアマエビをパンに載せて、マヨネーズで食べた。最高の食事だった。

また、週末は船を出して、針金に赤いビニールをつけただけの簡単な疑似餌でタラを思い切り釣った。次は筆者のアメリカ人の同僚のトムが、大きなタラを釣り上げたところだ。

タラ釣り




























帆をもった筏のコン・ティキ号の冒険は、まさにノルウェー人だからこそできた冒険だと思う。

コン・ティキ号をつくるために、エクアドルからバルサの大木を切り出すことが大変だったことや、航海中にトビウオやシイラやブリモドキなどをつかまえて食料にしたこと、サメと戦ったことなど、面白いエピソードが満載だ。

冒険物語として大変面白い。新訳はこなれていて、読みやすい。一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 14:34│Comments(0)TrackBack(0)ノンフィクション | 歴史

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