2014年05月07日

電力と震災 原発はどこでも同じ、ではない 東北電力の地道な地震対策



日経出身で、2004年に独立し、「東電国有化の罠」とか、「JAL再建の真実」など、企業ものを中心に書いている経済ジャーナリスト・町田徹さんの本。

表紙の写真は白洲次郎が東北電力会長の時に、只見川水系のダム建設現場を視察した時の写真だ。

東電国有化の罠 (ちくま新書)
町田 徹
筑摩書房
2012-06-05


只見川水系の開発における白洲次郎の活躍については、北康利さんの「白洲次郎ー占領を背負った男」のあらすじの「続きを読む」に詳しく紹介しているので、参照願いたい。



この本では、東北電力の初代社長の内ヶ贇五郎(うんごろう)や、初代会長の白洲次郎のエピソードについても紹介しており、興味深い。

白洲次郎は、会長室を東北電力の本社ではなく、東京支社に置かせて、水力発電所やダムの建設など政府の開発計画ににらみを利かせていたという。東北電力が建設現場用ランドローバー200台、ヘリコプター、マイクロ波通信などを導入したのも、白洲次郎のアイデアだという。

YouTubeで筆者の町田徹さんが、本の内容を紹介している音声が載っている。



電力会社は、攻撃しようと思えば、いくらでも攻撃できると思う。たとえば料金値上げや、無駄な出費などだ。ところが、この本では東北電力の悪い点はほとんど書いていない。

東北人のイメージのように、冒頓(ぼくとつ)で真面目、しっかりしているという印象を受ける。

東日本大震災では、震源地に最も近かった東北電力の女川原子力発電所は冷温停止に成功し、東電福島第一原発ではメルトダウン事故となった。今もなお周辺は立ち入り禁止区域となっている。

女川原発が海抜15メートルという高台に立地していたことが最大の要因だが、それ以外にも高い防潮堤と引き波対策のためのブロック、事務本館の耐震補強と通信網等、様々な東北電力の地震・津波対策が功を奏して、福島と女川の差になったことがよくわかる。女川原発では、震災後PRセンターに避難してきた被災者40名を原発敷地内に収容することまでやっている。被災者を多数だした福島第一とは、えらい違いだ。

女川原発のこのような地震への備えは、宮城県出身で、三陸津波の恐ろしさを熟知していた平井弥之助という技術者出身の東北電力副社長が、平安時代に起こった貞観津波クラスの巨大津波に耐える必要があると力説していたからだという。

女川原発は無事だったが、女川原発で働いていた技術者の家族が住んでいた女川町既婚者住宅(4階建て)は津波にのまれ、16名の妻子が命を失った。いまだに5名が行方不明ということも、この本では書いている。

ちなみに、3月11日に首相官邸から東北電力の福島支店に問い合わせがあり、東北電力では急遽、電源車を4台手配して、東電の福島第一原発に当日の夜11時までに到着させた。しかし、これらの電源車は、がれきで原発にたどり着けず、やむなくその場に放棄せざるを得なかったという。

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応している。今のところ、飛び飛びではあるが、かなりのページが「なか見!検索」で読める。

全部読むのも疲れるので、まずはここをクリックして目次を見て、ついでに中身もざっと見てほしい。

300ページ余りの本だが、一気に読める。

いくつか参考になった点を紹介しておく。

まずは東北電力の規模だ。

次が2013年3月末時点での各電力会社の契約件数である。

東京電力 : 2,888万件
関西電力 : 1、357万件
中部電力 : 1,052万件
九州電力 :   863万件
東北電力 :   767万件
中国電力 :   522万件
北海道電力:   401万件
四国電力 :   287万件
北陸電力 :   210万件
沖縄電力 :    86万件

東北電力は東電のほぼ1/4の規模である。

この本では震災の時に、東北電力社長以下の面々が、それぞれの部署で、どのように緊急対応したかが紹介されている。

たとえば、東北電力の海輪社長は地震当日名古屋に出張中だったが、急遽取りやめ引き返した。仙台空港が閉鎖されていたので、名古屋から飛行機で新潟に戻り、陸路仙台を目指した。

原町石炭火力発電所では、18メートルの津波で大型船が陸に打ち上げられ、クレーンも4基のうち、3基が横倒しになった。しかし、職員は高さ38メートルのタービン建屋の屋上に避難して無事だった。唯一、消防車の誘導の為に残っていた総務課副長が津波にのまれて殉職した。

東北電力の電力ミックスは次の通りだ。火力が一番大きい。東北電力は戦前の電力大合同前は、221社の中小電力会社の集合体だったせいか、水力発電所が多い。

火力 : 17発電所 1,253万KW(東新潟ーLNG, 秋田ー石油、新仙台ー重油、原町ー石炭等)
原子力:  2発電所   327万KW(女川、東通)
水力 : 227発電所  254万KW

東北電力の釜石営業所、石巻営業所、石巻技術センターなどの職員の奮闘も紹介している。

新潟支店では、中越地震、中越沖地震の時に助けてもらったので、今度は自分たちが助ける番と、地震発生から44分後の午後3時30分に第一陣375名が被災地に向け出発している。地震発生後48時間以内に、700名を復旧支援部隊として派遣した。

新潟支店は地震後1年の間に、93回にわたり復旧支援部隊を送り出し、その数は延べ4万6千名に上る。当時の新潟支店長だった矢萩さんは、山形県の国立鶴岡工業高専卒のたたき上げで、現在はお客様本部長として副社長に昇進している。

東北電力は、地震発生後は停電を早急に解消し、火力発電所を順次復旧させて電力供給力回復をはかった。復旧のためには金には糸目をつけないということで、すでに納入先が決まっていたガスタービンを、採算を度外視して世界中から買い集め、計画停電を回避した努力が紹介されている。

東北電力の原町火力発電所の事務本館ビルには、表面がはげ落ちて無残な姿となったタービン軸受が展示されているという。地震に対する準備を常に怠らない様にとの戒めからだ。

最後に町田さんは、新潟県の泉田知事と話した時に、泉田知事が柏崎刈羽原発の早期再稼働を認めてもよい唯一のシナリオは、「東京電力から東北電力が原発を買い取って、東北電力が運転する」ことだと語っていたことを紹介している。

この話は、にわかには信じられないが、東電と東北電力に対する泉田知事のとらえ方の違いは、たしかに両社の体質の違いを物語っているのかもしれない。

筆者の通っている財団があるビルには原子力規制庁が入っており、今でも毎週金曜日夜になると、原発反対派が10名前後集まってくる。

この原発反対派の人たちのように「原発はどこでも同じ」と考えている人は聞く耳を持たないかもしれないが、女川原発と東通原発の両方を現地取材してきた町田さんの報告は、原発問題を考える上で考慮に値する。


東北電力を持ち上げすぎという印象もあるが、「電力会社はどこも同じ」ではないことがわかる。読みやすく、参考になる本である。


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Posted by yaori at 22:58│Comments(0)TrackBack(0)ビジネス | ノンフィクション

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