2014年07月06日

あなたの知らない兵庫県の歴史 各県版が出ていて参考になる



神奈川県から始まり、いまでは全国いろいろな県の歴史が紹介されている「あなたの知らない…」シリーズの兵庫県版。

古代から現代まで、それぞれの時代のトピックを紹介していて、その県の出身者や在住者でなくても、楽しく読める。

兵庫県は、NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」で、脚光を浴びている。姫路城とか神戸市など、様々な観光地があり、瀬戸内海と日本海の両方に面しており、淡路島も兵庫県に属している。

兵庫県は古墳の数が日本一多く、古代から中心地として栄えてきた。

この本では、トリビア(実は英語はtriviaなので、トリヴィアと書いた方が良いかもしれない)的な話題も含めて、70ばかりのテーマで兵庫県を紹介している。

オーソドックスな歴史上の出来事も参考になるが、面白かったトリヴィア的な話題をいくつか紹介しておく。

★灘が酒造業で発展したのはなぜ?

江戸時代のはじめには、鴻池屋の成功により、伊丹が国内有数の酒造地帯となった。しかし、18世紀後半になると「灘の生一本」で知られる灘の酒が伊丹を上回る大酒造地帯として発展した。

灘が発展した理由は、幕府の規制緩和だ。幕府は当初、京都、大坂、奈良といった古くからの銘醸地や、城下町や宿場町などの限られた都市部でしか酒造りを認めていなかった。

ところが、1754年に幕府が「勝手づくり」を認めたので、伊丹よりも海に面して交通の便が良く、良質な播州酒造米が採れ、六甲おろしの冷気が冬の醸造に適している灘が発展した。丹波・但馬からは「丹波杜氏」と呼ばれる、酒造りの専門家集団が灘の酒造りをリードした。

1840年には六甲山系の伏流水・宮水も発見され、酒の味に磨きがかかった。

ちなみに日本最古の酒蔵の一つである剣菱も、1505年の創業以来伊丹で酒を造っていたが、大正時代に灘に移ってきた。

★神戸の中華街「南京町」はどうやってできた?

1867年に幕府は兵庫を開港するが、周辺に居留地などをつくる余地がなかったため、神戸が開港地として選ばれた。

欧米の商会と日本人を仲介する「買弁」と呼ばれる中国人や、外国人の使用人として日本にやってくる中国人が増加したが、当時清国と日本は修好条約を締結しておらず、中国人は外国人居留地の居住が許可されなかった。

それで中国人は居留地の西側に隣接する雑居地に住居や店舗をかまえるようになり、これが現在の「南京町」となった。昭和20年の神戸大空襲により南京町は焼失するが、昭和50年代に復活した。

★世界初の缶入り緑茶を発売した「伊藤園」創業者兄弟は神戸出身だった?

「伊藤園」の創業者は神戸出身の本庄正則、八郎兄弟だ。

本庄兄弟は二人とも、早稲田大学を卒業後、日産のトップセールスマンとなるが、自動車販売に限界を感じて、昭和39年に独立して食料品販売会社の「日本ファミリーサービス」を設立、2年後の昭和41年にお茶の販売に事業を絞り、静岡市で「フロンティア製茶」を立ち上げ、昭和44年に商号を「(株)伊藤園」に変更した。

東京に本社を移転して、昭和56年に缶入りウーロン茶が大ヒット、そして昭和60年に缶入り煎茶を「お〜いお茶」のブランドで大ヒットさせ、お茶飲料メーカーとしての地位を確立させた。

筆者は神奈川県藤沢市出身なので、「あなたの知らない神奈川県の歴史」は読んだ。神奈川県の歴史は、小学校で鎌倉などの史跡を訪問して覚えたので、記憶があいまいな点もあり、こちらも非常に参考になった。



簡単に読めて、参考になるシリーズである。他の県のものも読んでみようと思う。


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Posted by yaori at 22:01│Comments(0)TrackBack(0)趣味・生活に役立つ情報 | 歴史

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