2015年05月13日

草の花 西伊豆戸田を描いた福永武彦の小説

草の花 (新潮文庫)
福永 武彦
新潮社
1956-03-13


筆者は西伊豆の戸田(へだ)に毎年夏に行く。夏休みに戸田に行きたくて1年間働いているようなものだ。大学4年生の時は戸田で20日以上過ごしたし、卒業後も独身時代は毎夏数日行っていた。

結婚して家族ができると、なかなか一人で戸田に行くのは難しくなったが、子供が大きくなるにつれ、また一人で行けるようになった。

毎年戸田には沼津から船で行っていたが、戦前から続いた伝統ある定期船も残念ながら昨年で廃止された。

筆者の場合、行きか帰りに沼津港に寄って「双葉寿司」で食事するというのが、戸田に行く楽しみの一つだ。

しかし、定期船がなくなると、修善寺からバスで行かざるをえず、そうなると沼津港に寄るのはかなり寄り道となる。今年は「双葉寿司」にも行けなくなるかもしれない。

戸田に行くのは、そこに大学の保健体育寮があり、昔の寮委員の仲間が集まるからだ。

戸田寮は創設120年ちかい伝統ある寮だ。そんな寮での戦前の弓道部の合宿生活が取り上げられている小説が福永武彦の「草の花」だ。

学生時代に読んで、もう読んだこと自体も忘れていたが、先日寮委員のOB会があり、後輩から教えてもらって読んでみた。

福永武彦は1979年に亡くなっているので、すでに没後36年も経つが、この3月に福永武彦の経歴をまとめた「『草の花』の成立―福永武彦の履歴」という本が出版されている。

独特な描写は病的ともいえるほど繊細で、依然として人気のある作家である。



物語は戦争が終わって間もない昭和20年代の結核病棟(サナトリウム)でスタートする。

6人部屋で恢復中の「私」と、近くのサナトリウムから転院してきた大学同窓生が知り合い、その同級生は成功の確率の低い肺の摘出手術を自ら志願し、術中死する。

私に託された2冊の大学ノートを開くと、彼の2つの物語が綴られているという展開だ。

最初の物語は、戦前の旧制第一高等学校の弓道部が、春の合宿を西伊豆の戸田寮で行うところからスタートする。

文庫本の表紙絵にもなっている和船がなつかしい(表紙の絵は艪(ろ)が流されて漂流している時のものなので、艪は書いていない)。

艪で漕ぐ和船の操船は難しいが、筆者は戸田寮にいたおかげで和船の操船はお手の物だ。 伝統的な和船の操船風景がU-tubeに載っている。



弓道部の先輩・後輩で惹かれあう、今でいうとボーイズラブの苦悩が繊細なタッチで描かれている。

2番目のノートに綴られた物語は、その弓道部の美しい後輩が若くして病死し、残された妹を愛するというストーリーだ。

戦時中の話で、いずれ来る召集令状(赤紙)の恐怖、キリスト教の信仰心、純粋な愛などが中心テーマだ。

漱石の「こころ」は「先生」からの手紙だったが、「草の花」では術中死した友人のノートが物語を伝える。

こころ (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社
2004-03


やはり青春時代に読む小説で、オッサンの筆者が読むのは、やや場違いという感じもあるが、ともあれ、夏の戸田で過ごした学生時代のことなどが思い出されて楽しめる。


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Posted by yaori at 22:56│Comments(0) 小説