2016年03月21日

逆境経営 山口県の田舎の酒蔵が「獺祭」で成功した理由



現在最も手に入りにくい日本酒の代表格・獺祭をつくる山口県の旭酒造の桜井社長が語る逆境をバネにした経営。

旭酒造はJR徳山駅から1〜2時間に1本しか電車のない岩徳線で40分程度いった周防高森駅から車で15分程度の周東町獺越(おそごえ)にある。

旭酒造アクセス








































Google Mapで「周東町獺越旭酒造」と入力すると、ストリートビューで立派な酒蔵所ビルが表示されるので、一度見ていただきたい。

旭酒造は、もともとは普通酒(1・2級酒)の地酒・旭富士をつくっていたが、普通酒の経済的製造最小単位の年間5,000石(日本酒ビン詰にして50万本/年)を大幅に下回る1,000石以下の生産量だった。

桜井社長は先代の社長の長男として生まれ、ほかの日本酒メーカーで修行した後、旭酒造で働いていたが、先代の社長と経営方針でぶつかり、勘当されて日本酒作りとは無関係の仕事をしていた。

先代の社長が急死したため、急きょ実家に戻り、旭酒造の立て直しに奔走した。

しかし、多角経営策として打ち出した地ビール事業が失敗し、このままではジリ貧となることが明白だったので、方針を転換して大吟醸酒に特化して、東京市場に進出することとした。

経営の先行きを危ぶんで、杜氏が去っていったので、こちらも酒造りの常識を破って、社員で製造することにした。

普通、日本酒は杜氏が冬に仕込むが、旭酒造では社員が年間仕込めるように、空調を入れて年間5度程度の作業環境とし、さらに遠心分離機などの新技術も導入した。

酒米については、山田錦にこだわり、さらに磨き率も最高で2割3分まで削り込んだ。

獺祭 磨き二割三分 木箱入 720ml


東京に進出した1990年ころに「獺祭」と命名して、ブランド名を統一した。

「酒造りは夢創り、拓こう日本酒新時代」をスローガンに、日本酒製造の革新をはかる桜井社長が、「獺祭書屋主人」の別号を持つ正岡子規の進取の精神に共鳴していたことと、酒蔵の地名・獺越(おそごえ)にちなんだものだ。

ラベルにもこだわり、山口県出身の書家・山本一遊(いちゆ)さんに書いてもらった。

力強い字で、印象的なラベルだと思う。

東京に進出した後は、輸出を拡大している。

最大の市場は米国、特にニューヨークだ

ニューヨークのレストランはパリのレストランに影響を受けており、ニューヨークで成功するためにも、パリが重要なのだと。

2014年にはパリに獺祭を出す直営レストランを開店し、2016年にはロンドンでも直営レストランを開店する予定だという。

獺祭は純米大吟醸酒なので、酒造用アルコールを一切添加していない。それがユダヤ人向けマーケティングに重要な「コーシャー」ライセンスをとるのに役立ったという。

2015年には冒頭のGoogle Mapで紹介した立派な酒造所ビルが完成して、生産能力は3倍の5万石(一升瓶換算で500万本)となった。

筆者の家の近くには様々な地酒を置いている「まさるや」という有名な酒屋がある。

昔は獺祭50(一番安い獺祭で、一升瓶が3千円程度だが、十分うまい)も買えたが、今は品切れで、高価な獺祭2割3分しか置いていない。

※数量限定セール中!!※獺祭 純米大吟醸50 720ml【旭酒造】【山口県 日本酒】
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ぜひ増産して、安くてうまい獺祭50が出回るようにしてほしいものである。


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Posted by yaori at 01:35│Comments(0)TrackBack(0) ビジネス | 日本酒

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