2016年04月03日

日本型モノづくりの敗北 ”日本の技術力は高い”のか?



大学のクラブの先輩から勧められて読んでみた。

零戦がサブタイトルに入っているが、もっぱら半導体産業と電機メーカーの話だ。

電機メーカーの話は、シャープの経営危機について湯之上さんが参加したテレビ討論が湯之上さんのHPでリンク付きで紹介されているので、これを読むとこの本の論点がわかる。

この本と同じような話は失敗学の権威・畑中洋太郎さんが「技術大国幻想の終わり」で書いているが、この本のほうが現場の元技術者の告発本だけに説得力がある。



著者の湯之上(ゆのがみ)さんは、元日立製作所の半導体研究者で、日立からDRAM製造のエルピーダ(現マイクロン・ジャパン、もともと日立、NECのDRAM製造部門を統合した会社。のちに三菱電機のDRAM部門も買収)に出向した。

そのあとは超LSI開発コンソーシアムのセリートに出向、日立を退職して、いったん半導体エネルギー研究所に務めた後は、同志社大学のフェローとして半導体産業の社会科学を研究し、2010年に微細加工研究所を設立してみずから所長となっている。

湯之上さんはもともと微細加工技術の専門家で、日立でも微細加工技術を研究し、日立とNECがDRAM生産部門を統合して設立したエルピーダにエッチンググループの課長として赴任した。

エルピーダでは当初は日立・NECのたすき掛け人事だったが、技術開発の考え方が日立とNECでは大きく異なり、製造設備の互換性もなかったので、そのうちに「ほとんどNEC」になり、湯之上さんは課長を降格され、部下も仕事も取り上げられて追い出された。

日立ではいったん出向すると、本社のキャリアパスに戻ることはほとんどないので、3度の早期退職勧告を受け退職した。

しかし、転職がなかなか決まらず、早期退職申し込み期限を1週間過ぎて退職したため、自己都合退職となり、早期退職金の約2,500万円はもらえず、退職金は100万円のみだったと。

この話を2回も書いているので、よほど悔しかったのかもしれないが、もし本当に知っていて期限をミスったのであれば、筆者に言わせればこの人は「極楽とんぼ」か「技術者バカ」だ。

たとえば失業保険だって、会社都合なら退職の翌日から支給されるが、自己都合であれば、なかなか認められない。単に退職金だけの話ではない。扶養家族もいるのだと思うが、会社都合と自己都合の違いがわかっていて、自己都合退職したのだろうか?

自己都合とせざるをえない、なにか事情があったのではないかと勘ぐってしまう。

そんな印象を持ったので、この本のところどころに、エルピーダに問題点を指摘したら、出入り禁止になったり、ルネサス(日立、NEC,三菱電機の超LSI製造部門を統合した会社)の幹部から、講演や執筆活動をやめろと言われた話がでてくるが、どこまでが本当なのか信憑性を疑ってしまう。

ともあれ、日本の半導体、電機メーカーの凋落の原因分析としては、この本の指摘していることは正しいと思う。

今までは筆者も韓国の半導体メーカーの成功は、日本の半導体製造機器メーカーから最新鋭の機械を購入して大量生産しているからだと思っていた。

つまり、日本のメーカーの工場は古く、生産機械も旧式なので、そんな設備で少量生産していては韓国の最新鋭機械による大量生産に勝てないものだと思っていた。

ところが、この本を読んでみると、そんなに簡単な話ではないことがわかった。

半導体製造技術は次の3つの技術のすり合わせだ。

1.要素技術(成膜技術、微細加工技術、洗浄技術、検査技術などの製造基礎技術)

2.インテグレーション技術(要素技術を組み合わせて、半導体をシリコンウエハーの上に形成するための500ほどの工程フローを構築する技術)

3.量産技術(構築した工程フローを量産工場に移管して大量生産する技術)

機械を買っただけではダメで、要素技術をすり合わせるインテグレーション技術と量産技術が必要なのだ。

特に、DRAM製造工程の30%を占める洗浄工程は重要で、洗浄液が秘伝のタレのようにメーカーごと、工場ごとに違っている。そのため、エルピーダはNECの開発センターで構築されたDRAM工程フローを日立の量産工場では移管できず、エルピーダが急速にシェアを失った原因となったという。

湯之上さんによると、日立は新しい技術開発に熱心で、NECは均一な製品を作る(そして歩留まり100%を目指す)ことに最重点を置いているが、いずれも低コストで生産することが最重点ではない。

一方、三菱電機は、日立やNECに比べて安くつくる技術は高い。

エルピーダも、日立が新技術の開発を行い、三菱がインテグレーション技術を担当し、NECが生産工場の生産技術に専念すれば成功しただろうが、”ほとんどNEC”となってしまったので、「こてこて」の工程フローで生産コストは下がらなかったという。

これに対して、韓国のサムスンは歩留まりは80%程度でよいので、ともかく安く量産し、スループットを上げることに最重点を置いている。

日本の半導体メーカーは1980年代にDRAM(メモリ)で世界で80%のシェアを持っていたが、当時の主なDRAMの販売先はメインフレームコンピュータや、電話交換機などだった。当時は25年保証のメモリなどが要求されていた。

日本は過剰技術で過剰品質をつくっているが、安く作る技術力は低いのだ。

ところが、1990年代に入り、コンピュータ業界にパラダイムシフトが起こり、メインフレームからPCが主流になったとき、メモリは25年も持つ必要はなく、安いメモリが要求された。

日本の半導体メーカーは「イノベーションのジレンマ」に陥ったのだ。




サムスンは開発から量産まで一つのチームが担当するチーム交代制の組織となっており、日本のように研究所、開発センター、量産工場で士農工商のようなヒエラルキーはないという。

たとえばA〜Eのチームが回路幅100ナノメートルの量産品から、95〜80ナノメートルの次世代DRAMを試作し、95NMが量産化されれば、100NMの量産チームは今度は75NMの開発に着手するという具合だ。

また多くのマーケッターを抱えるのもサムスンの特徴だ。作ったものを売るのではなく、売れるものを作るという発想だから、市場を熟知したマーケッターを多く抱えるのだ。

ちなみにこの本の「サムスン電子の驚くべき情報収集力」というコラムも面白い。湯之上さんのセリート在勤中の論文をサムスンの100人規模の日本人顧問団が入手していたのだという。

ルネサスはマイコンの世界シェア1位(30%)で、自動車用のマイコン製造では断トツだ。

東日本大震災でルネサスの常陸那珂工場が被災した時も、自動車メーカーなどが2,500人の応援部隊を出して、復旧作業を助けた。

インベストメントファンドのKKRが買収直前まで行ったが、経産省の荒井勝喜情報通信機器課長(当時)の画策により、政府系ファンドの産業革新機構、トヨタ自動車、日産自動車などの官民コンソーシアムが阻止した。

ルネサスは自動車産業の食物連鎖の中に組み込まれており、下請けという存在から抜け出せず、利益も上げられていない。KKRが経営すれば、ルネサスが生まれ変わるチャンスだったのに、経産省はそれをぶち壊したと湯之上さんは語っている。

この本の最後では、苦境に陥っているインテルのことを書いている。

2010年台湾のTSMCのCEOモリス・チャンは、日本の半導体メーカーは規模も小さく、生産効率が悪いから今後ファブレス化せざるをえないだろう、20年後に残っている総合半導体メーカーはインテルとサムスンだけだろうと予測した。

ところがインテルの総合半導体メーカーとしての生き残りもが怪しくなってきた。スマホ向けプロセッサーがないのだ。

アップルがiPhone向けCPUをインテルに打診したとき、インテルのオッテリーニCEOは、iPhoneの市場規模を実際の100分の一と予想して断った。

それを受注したのがサムスンだ。サムスンのGalaxyにはiPhoneのCPU生産で得られたノウハウが生かされている。

この本の最後に主要製造装置のメーカー別シェア(2011年)を紹介している。筆者はいままで半導体製造装置ではニコンはじめ日本メーカーが圧倒的シェアだと思っていたが、露光装置はいまやオランダのASMLがトップで8割近いシェアを持っている。

日本の生産装置は一台一台の「機差」が大きいいが、ASMLの露光装置は「機差」が極めて小さく、工程ごとに専用機化する必要はなく、稼働率が高いのだという。

まさに盛者必衰の世界だ。

若干、「ホントかな?」という情報もあるが、読みやすく、よくまとまっている。

一読をお勧めする。


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Posted by yaori at 19:14│Comments(0) ビジネス