2017年07月23日

マプチェの女 フランス人作家が書いた「汚い戦争」時代



以前の「本の雑誌」に取り上げられていていたので読んでみた。

筆者は1978年8月(アルゼンチンワールドカップが終わった直後)から1980年7月まで2年間アルゼンチンのブエノスアイレスに駐在していたので、この小説は非常に身近に感じられた。

当時は軍事政権の時代で、深夜でも女性が一人で歩けるほど治安は良かった。軍事政権下の警察に捕まると、もどってこれるかどうかわからないと思われていたからだ。

筆者が駐在していた前後の数年で、行方不明者が2万人とも3万人(この小説は3万人説をとる)とも言われている。

軍事政権と警察が、反体制的な活動をした人たちのみならず、たまたま反体制的な発言をした人たちまでも連れ去って、拷問にかけ、ひそかに葬っていたのだ。

これが「汚い戦争」と呼ばれる軍事政権の反体制派抹殺だった。

筆者は当時独身で、賄いつきの下宿にアルゼンチン人の同宿人数名と一緒に住んでいた。同宿人と一緒に外食したりして、少しでも政府に批判的な発言をすると「Ojo!」(オッホ=目、気をつけろという意味)と言われたものだ。

この小説の著者のカリル・フェレはフランス人だが、当時の「汚い戦争」で実際に使われた手口(反体制派を処分するために、飛行機からラプラタ川に突き落として殺していたと言われている)などをビビッドに描いている。

この小説に出てくる場所は、行ったことがある場所が多い。フィクションではあるが、ありえる話として、当時のアルゼンチンを知る者にとっては、心が痛む小説である。

ちなみにGoogle Mapで検索した当時筆者が住んでいたビルはこれだ

1階にあったクリーニング屋は別の店になったが、40年前とほとんど変わっていないことに驚く。

今はやたら、道に沿ってオートバイが駐車しているが、昔はこんなにオートバイはなかった。

小説の中で秘密のキーワードの「イトゥサインゴ69」というのが出てくる。このキーワードとは直接の関係はないが、日本人駐在員が会員になっていたゴルフクラブがブエノスアイレス郊外のイトゥサインゴ地区にあったことを思い出させる。「135」のように聞こえるので、筆者は当初は日本人のやっているクラブだと思っていた。

筆者は研修生だったので、ゴルフはやらなかったが、イトゥサインゴゴルフクラブの練習場には行ったことがある。

当時のアルゼンチンのゴルフ練習場は、ネットもなにもない単なる広いホールで、向こう側にヘルメットをかぶった球拾いの子どもが何人もいて、こちらの打った球を拾ってバケツに入れて戻してくれるというシステムだった。

ゴルフ場をラウンドするキャディも中学生くらいの子どもが多かった。

小説のストーリーは詳しくは紹介しない。マプチェ族というアルゼンチンの先住民の血を引く娘ジャナが、ゲイの友達パウラから、ゲイの仲間のルスのことで相談を受ける。

ルスからは、重大な話があると直前に言われていたのに、結局約束の場に姿を現さなかった。何かがあったのではないかと二人で調べ始める。

ほどなく、川に惨殺されて浮かんだルスの遺体が発見される。

ルスが殺された原因を探るため、ジャナ達は「汚い戦争」で行方不明者を探しているルベンという私立探偵にコンタクトする。ルベンはマリアという最近失踪した女性を探していた。

マリアはほどなく飛行機から落とされて全身の骨が砕かれた状態で見つかる。

マリアとルスの殺人に関連性を見出したルベンとジャナは協力して、事件の背後には「汚い戦争」で反体制派を殺害していた関係者が、自分たちの犯罪が明るみにでることを阻止しようと動いていることを知る。

そして、…。

文庫で650ページもの大作だが、バイオレンスあり、サスペンスありで、息もつかさぬ展開だ。

今も昔もアルゼンチンは遠い国だが、小説に出てくるストリートの名前や、町の名前は知っているものも多い。

この小説の中で出てくる地名、たとえばパウラの本業?としてやっているクリーニング店がある「ペルー」という通りをGoogle mapで「Peru 1000(適当な番地)、Buenos Aires」という条件で、検索してみると、2016年12月に撮影されたブエノスアイレスのペルー通りが表示される

まるでアルゼンチンを再訪したような気になる。便利な時代になったものである。

この作品を書くには、相当な現地取材をしているのだと思う。軍事政権時代のアルゼンチンでは、たぶんこの小説のような話が現実に起きていたのだと思う。

フランスでは第2次世界大戦終了後、ナチスに協力していたフランス人が「エピュラシオン」(粛清)として、裁判で死刑になったものは2,000人で、そのうち700名弱が実際に処刑された。裁判なしでリンチされたものは1万人と言われている。

この小説が描いている事件は、フィクションではあるが、現実に起こりうると思う。

筆者が駐在していた時代の軍事政権のトップの多くは、終身刑などに処せられている。アルゼンチンも「汚い戦争」時代の犯罪を、これからも精算していかなければならないだろう。

そんなことを考えさせられた作品である。


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Posted by yaori at 00:54│Comments(0)小説 | 歴史