2018年10月08日

間違いだらけのコンプライアンス経営 蒲弁護士の最新作



ガンホー・オンライン・エンターテイメントやティーガイアなどの企業の監査役や桐蔭法科大学院長としても幅広く活躍している城山タワー法律事務所代表の蒲弁護士の最新作。このブログでも、「大人の法律事件簿」シリーズなどを紹介している

この本では、サラ・リー、ジョンソン&ジョンソンなど外資系企業の日本法人のトップを歴任して、多くの経営書を出版している新将命(あたらし・まさみ)さんの経営論を取り入れて、それを蒲弁護士自身の企業の監査役や顧問としての多彩なビジネス体験で肉付けし、法律や判例論議を超えた、新たな切り口の経営論を展開している。

単行本として出版されているが、多くの人に参考となる内容なので、いずれ新書として、より多くの人に読んでもらいたい良書である。

第1章は、「『法令』、『運用マニュアル』、『社内規定』を遵守しても炎上してしまう理由」という題で、次のようなテーマについて説明している。

1.「伝説の外資トップ」が考えるコンプライアンス
2.そもそもコンプライアンスとは何か?
3.企業の好循環を生み出す「三方よし」を忘れてはいないか
4.コンプライアンスは経営者の正しい理解から
5.コンプライアンス経営における「企業理念」の重要性
6.あなたの企業の「内部通報制度」は形骸化していないか

「伝説の外資トップ」とは新さんのことで、新さんの「経営の教科書」、「王道経営」などの著書から多く引用され、最後に蒲弁護士と新さんとの対談も掲載されている。このブログ記事のサブカテゴリーを「新将命」としたほどだ。






話はそれるが、そもそも日本で「コンプライアンス」という言葉を用いた最初の例の一つは、筆者が審査員となっているプライバシーマーク制度のベースとなっているJIS Q15001:1999規格である。

このJIS Q15001:1999要求事項の根拠となっているのは、1995年の「EUデータ保護指令」であり、これが2018年5月25日にGDPR(一般データ保護規則)」として生まれ変わった。

GDPRは、EU在住の人の個人データの取扱いに関するEU共通の規則で、これに違反すると、最高26億円または全世界の売上高の4%の罰金が科せられることから、話題になったので、記憶されている人も多いと思う。

1995年の「EUデータ保護指令」は個人情報保護が十分な国でなければ、EU在住の人の個人データの移送を禁止している。日本は「十分な国」とはみなされていなかったので、これの対応のために当時の通商産業省が1997年に「個人情報保護に関するガイドライン」を改訂し、1999年にJIS規格が制定された。1999年当時は、日本には個人情報の保護に関する法律は、まだなかった。

日本の法律が定めていない分野のことまで定めているから、JIS Q15001:1999をベースに構築した個人情報保護の仕組みは「コンプライアンスプログラム」と呼ばれた。法律のみならず、その他の指針、規範、さらにEUの指令をベースにしていたからである。

この辺は、次の本に詳しい記述がある。



横道にそれたが、この本では「コンプライアンス」という言葉が、「法令遵守」と訳され、ともすれば、法令や社内ルールに従っていればよいという誤った理解が広がり、問題が生じていることをいろいろな例を挙げて説明している。

まずは、バニラエアーが、奄美空港で同行者が車いすの身障者を車いすごと抱きかかえてタラップを上がろうとしたのを制して、バニラエアーの社内ルールを理由に、身障者自身に手でタラップをよじ登らせた例だ。この事件は日本のみならず、BBCなど海外のメディアでも大きく報道された

東レの子会社が検査データを書き換えていて、東レの社長まで知っていたにもかかわらず、1年以上も公表しなかった例も挙げている。東レの社長は「法令違反などがなければ、公表の必要はない」と発言して、さらなるメディアの批判を浴びた。

蒲弁護士は、「コンプライアンス」が「法令遵守」と訳されたから、東レのような大会社のトップでもこのような誤った理解が生じている。しかし、「コンプライアンス」で守られるべきものは、形式的な法令や規則のみではなく、社会的規範、社会常識、倫理も当然含まれると説明する。

この「コンプライアンス病(法令違反していなければ、それでよい)」は、多くの企業を蝕み、たとえば日経新聞電子版で「品質不正」というキーワードで検索すると、宇部興産、スバル、川崎重工、日産、スズキ、東洋ゴム、フジクラ、三菱マテリアル、神戸製鋼所など、1年間に138件の記事が出てくる。頭を下げて謝罪する企業トップの写真のオンパレードだ。

蒲弁護士は、「法令遵守」に代わり、新さんの「法徳遵守」という言葉や、桐蔭法科大学の同僚のコンプライアンスの権威の久保利英明弁護士の「コンプライアンスは"Be Gentleman”(紳士であれ)という一言で置き換えられる」を、より適切な言葉として例に挙げている。

さらに、旧経営陣の不正経理を内部告発したオリンパスの元社長のウッドフォード氏の「家族に堂々と言えない秘密を持つくらいなら、社長の地位なんかいらない」という発言を紹介し、「法令遵守」よりも、倫理性も併せ持つ「インテグリティ」(誠実さ、真摯さ、高潔)の方が適切と紹介している。

ドラッカーが「現代の経営」のなかで、経営者や管理職が他から得ることができず、どうしても自ら身につけていなければならない資質は、才能ではなく、「インテグリティ」であると語っているあの「インテグリティ」という言葉だ。

新訳 現代の経営〈上〉 (ドラッカー選書)
P.F. ドラッカー
ダイヤモンド社
1996-01


「インテグリティ」の日本版として、蒲弁護士は、企業の好循環をつくりだす、近江商人の「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)を忘れていないかと語り、DeNAのキューレーションメディアの不祥事コンプガチャなどの例を挙げている。

元は近江商人につながる伊藤忠商事は、採用応募者向けページに「三方よし」を紹介している

ちなみに、筆者も「三方よし」を目標として、プライバシーマーク審査に取り組んでいる。申請者、審査機関、世間の三方よしだ。

この本では、新さんがジョンソン&ジョンソンのCEOだったジェームズ・バーグ氏に、経営者にとって最も重要な資質を問い、バーグ氏が「平均を上回る知性と極めて高い倫理性」と答えたエピソードを紹介している。

コンプライアンス経営における「企業理念」の重要性では、蒲弁護士自身が携わったグレイステクノロジー(マニュアルのプロで、滝川クリステルのCMの会社)の社長が「企業理念」の重要性に気づき、一時倒産の危機に瀕したが、その後立て直して、上場まで至ったことを紹介している。



「企業理念」が持つ危機管理面での効果について、ジョンソン&ジョンソンで1982年に起こった、タイレノールへの毒薬混入事件への対応と、ジャパネットたかたの個人情報漏えい事件の対応を挙げている。

逆に最悪の結果に終わった例として、阪急阪神ホテルズ社長の食材偽装会見や、日大のアメリカンフットボール部の監督・コーチの記者会見を紹介している。

ジャパネットの高田社長が「記者からの質問が出尽くすまで、2時間以上答え続けた」のに対して、日大の会見では、当事者でもない大学広報部の司会者が、記者の声を無視して強引に会見を終了させるなど、あまりにも不手際が多く、マスコミの先にいる「学生やその保護者」及び「被害者」らに対して説明するという姿勢が全く見られなかったと。



近年の不祥事は、「内部告発」によって発覚することが多い。内部告発は正規の社内ルートを経ずに、マスコミなどにダイレクトにリークするもの、一方「内部通報」は、多くの会社が取り入れている正規の自浄ルートだが、内部通報制度が形骸化して、機能していない場合も多く見受けられる。

この本ではオリンパス、東芝、逆にすぐれた例として中国のファーウェイのCEO(内部通報者を誉めて昇格させた)などの例を取り上げている。

日本の公益通報者保護法は、オリンパスの内部通報裁判を見ても実際のところ、本当の意味で社員を守ってくれないと見なされている。一方、米国では、内部告発者の告発で企業が摘発された場合には、制裁金の10〜30%を内部告発者に支払うという法律(ドッド・フランク法や自動車安全公益通報者法など)まである。

蒲弁護士は、日本の場合は内部通報者に分け前や昇進を与えるよりは、名誉を与えるべきだと語り、企業トップが裸の王様にならないためにも健全に機能する内部通報制度が必要だとしている。

この本の第2章は、次のような構成で身近なテーマを取り上げている。

1.ブラック企業とコンプライアンス(パワハラ、セクハラも取り上げている)
2.コンプライアンス経営と長時間労働(ワークライフバランス)(電通事件など)
3.コンプライアンスと不当表示
4.コンプライアンスと情報漏洩
5.ベンチャー企業のコンプライアンス

最後は蒲弁護士と新さんの対談で締めくくっている。新さんの勧めは、ブックメンターも含めて、社内・社外に3人のメンターを持てというものだ。

蒲弁護士自身の経験も含め、具体例が満載で、非常に参考になり「あたまにスッと入る」。冒頭に記した通り、いずれ新書としてより多くの人に読んでもらいたい良書である。


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Posted by yaori at 10:09│Comments(0) 蒲俊郎 | 新将命