2019年09月06日

弁護士の格差 かつてプラチナ資格とよばれていたのに

弁護士の格差 (朝日新書)
秋山謙一郎
朝日新聞出版
2018-01-12


筆者もかつて受験した司法試験。司法試験改革で、ロースクールが導入され、さらに合格者も筆者の受験した時代の年間500人以下から、1、500〜2,000人に増えている。

司法試験合格者数

















出典:Google画像検索

そもそも、弁護士の数は、増えたとはいえ全国に3万8千人、医師の31万人、歯科医師の10万4千人に比べて圧倒的に少ない。この希少性がこれまで「文系資格の最高峰」といわれてきたゆえんだ。

ところが、司法試験受験者は驚くほど減少している。受験者何万人というのは遠い昔で、今は年間5千人程度しか受験者がいない。筆者も今回Googleでデータを検索して驚かされた。

司法試験受験者数
















出典:Google画像検索

受験者がひところの10分の1近くに落ち込んでいるのだ。たしかに筆者の受験したころは、大学の法学部に在籍していれば、司法試験を受けるのは当然と思われていたので、筆者自身も含めて受かるだけの準備がないままに「記念受験」していた学生も多かったと思う。

法科大学院卒業者のみになって、「記念受験」がなくなり、本当に法曹職・弁護士になりたい人だけ司法試験を受けるようになっている。それ自体はいいことだが、毎年着実に増えていく弁護士の数に対して、民事も刑事も訴訟件数は減少している。家事だけは、離婚等が増えているせいか増加している。つまり需要が減って、供給が増えているのだ。

ちなみに、法科大学院は、法学部から進学だと2年で国立ならざっと450万円、私立で650万円程度、法学未修コースだと3年間なので、さらに1年分の学費がかかるという制度となっている。

訴訟件数推移














出典:Google画像検索

訴訟件数と弁護士数のグラフを掛け合わせると、訟件数は減少しているのに対して、弁護士数は着実に増えていることがわかる。

新受件数と弁護士数推移















出典:Google画像検索

その最大の理由は、過払い金返還訴訟数の減少だ。過払い金返還訴訟は2006年(平成18年)の最高裁判決で、利息制限法を超える金利は無効という判決が出てから急増した。

過払い金返還訴訟数推移
















出典:Google画像検索

もっと直近の推移をみると大変な減少だ。これは、最高裁判決が出たのが2006年なので、それから10年を経て、たとえ過払い金があっても、返還請求の時効が成立して訴えられなくなっていることも影響していると思われる。たとえばネットで検索してヒットした司法書士事務所がアコム発表として公表している最近の過払い金請求訴訟数は次の通りだ。

アコム過払い金返還訴訟推移





















出典:司法書士あいきんくんの過払い金請求ナビ

過払い金請求は法律が変わって、少額訴訟なら司法書士も手掛けることができる。そのため、過払い金訴訟が減って、影響を受けるのは弁護士だけではないが、それにしても母数がこれだけ減少しては、関係者全部が打撃を受ける。

この本の著者のフリージャーナリストの秋山さんは、”かつて「プラチナ資格」と呼ばれたのも今は昔、近頃では口さがない向きから「資格取得までの苦労が多い割に経済的に報われない資格の筆頭」とまで言われる始末だ”と語っている。

以上のグラフで大体、現在の弁護士が置かれている立場が分かると思うが、それだけではあらすじにならないので、簡単にこの本のあらすじや印象に残ったことを紹介しておこう。

この本の最初にアディーレ事件が取り上げられている。アディーレの元代表の石丸幸人さんは、弁護士になる前に飲酒運転で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決をうけたあと、一念発起して弁護士を目指し29歳で合格する。そして弁護士業をビジネスと考え、マーケティングという考えを導入し、「債務整理」に特化した弁護士事務所を2004年に開業する。

テレビCMまで打って過払い金返還訴訟の波に乗り、2006年の最高裁判決がでたあとは、一時はスタッフ300名を抱える大規模事務所へと成長し、石丸さん自身も年俸5,000万円を超えていることを公言した。次のようなテレビCMを見た人も多いと思う。



現在は過払い金返還は減少の一途なので、B型肝炎の給付金請求等にシフトしているようだ。



そして2017年秋「アディーレ事件」が起こる。広告の景品表示法違反に問われ、東京弁護士会よりアディーレに業務停止2ケ月の処分が下された。このあたりを解説している弁護士のユーチューバーがいるので、それを紹介しておこう。



アディーレ事件や石丸元代表の前歴については、ネットでも記事になっている

これまでは弁護士は司法研修所を卒業すると、法律事務所の正社員「イソ弁」=居候弁護士になるというパターンが中心だった。しかし、弁護士余りの時代となってからは、正社員として就職できず、サラリー無しの完全歩合制の契約社員で法律事務所の看板(軒先)を借りる「ノキ弁」、はたまた、どこにも就職できずに、即独立する「ソクドク」が増えつつある。

数は少ないが、安定した就職先として企業内弁護士、「法テラス」に勤務する「スタ弁」=スタッフ弁護士もある。

弁護士業界での経済格差が問題になってきているのだ。

弁護士の年間所得の中央値は400万円だという。食べていけないということで、弁護士バッジを返上するものも増えているという。ちなみに直近の日本の世帯当たりの平均所得は平均661万円(高齢者世帯、母子世帯除く)で、次の様になっている。

世帯当たり所得金額





























出典:Google画像検索(ガベージニュース

某ベテラン弁護士の例がこの本では紹介されている。2016年度の売上は1,600万円。これから500万円の広告費用・HP費用、コールセンター費用80万円、事務所家賃700万円、弁護士会会費が60万円、税金や国民健康保険料などを引くと所得は200万円にも満たない。

この人は他に相続ざいさんや不動産収入があるということなので、代表例にはならないかもしれない。特に広告宣伝費用500万円というのは、普通はそこまで費用をかけないと思うので、売上1600万円なら、広告費用を外した700万円くらいが一般的な所得だろう。

そうなると上記の日本の世帯平均とあまり変わりなくなってくる。

弁護士である以上、込み入った話を毎回ファミレスで聞くというわけにもいかず、事務所を開設しなければならないところが費用が嵩んで、収入はそこそこあっても所得が低くなる原因なのだろう。

刑事事件では検事をやめた「ヤメ検」弁護士が活躍する機会もあるが、件数が少なく、刑事のみではやっていけない。また国選弁護人の報酬は1回8万円ほどのみだ。全く儲かる話ではない。

弁護士の数が増えるに従って、どうやって差別化するかも重要になってくる。筆者の知人で、弁護士でありながら、プライバシーマーク審査員となっている人もいて、個人情報保護を専門性としている。ぜひ頑張って続けて欲しいものだ。

弁護士で専門性を謳うことができるのが、「知的財産・特許」、「医療問題」、「税務」の3分野だという。医師で弁護士とか、ダブル資格を持つ弁護士も珍しくなくなってきているようだ。ちなみにアディーレの元代表の石丸さんは、医学部受験めざして勉強中とのことである。

この本では弁護士費用の格差も取り上げている。最初の30分の相談料は無料というところが増えてきているが、基本は相談料は30分ごとに5,000円で、どこでもあまり変わらない。

ところが、着手金、成功報酬は弁護士の種類によってかなり異なる。この本では離婚訴訟を例に、ヒアリングした結果を次の様にまとめている:

★「街弁」(=普通の開業弁護士)着手金30万円、成功報酬50万円。調停が不調だと訴訟となり、追加着手金15〜20万円、印紙・切手代等の実費が2〜4万円。つまりコミコミの費用プランだ。

★「新興法律事務所」着手金20万円。成功報酬30万円。調停同席1回5万円。訴訟の場合の追加加算金15万円、弁護士出廷は1回3万円。つまり基本料金+毎回のフィーというプランで、回数が多くなると一番高くつく。

★「格安弁護士」着手金20〜30万円、成功報酬は原告だと慰謝料額、被告だと慰謝料減額の20%。こちらはたしかに格安というだけある。

長年文系学部のトップとされてきた東大法学部(文1)の合格最低点が、2019年に初めて経済学部(文2)を下回ったことがニュースになった。法曹職、弁護士の人気低下という世情を反映して受験生の人気が落ちてきているのだと思う。

弁護士業界の実態がわかって参考になる本だった。これからも弁護士業界は、勝ち組と負け組が混在する玉石混交の業界となっていくだろう。

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Posted by yaori at 22:10│Comments(0) 趣味・生活に役立つ情報