2017年07月23日

マプチェの女 フランス人作家が書いた「汚い戦争」時代



以前の「本の雑誌」に取り上げられていていたので読んでみた。

筆者は1978年8月(アルゼンチンワールドカップが終わった直後)から1980年7月まで2年間アルゼンチンのブエノスアイレスに駐在していたので、この小説は非常に身近に感じられた。

当時は軍事政権の時代で、深夜でも女性が一人で歩けるほど治安は良かった。軍事政権下の警察に捕まると、もどってこれるかどうかわからないと思われていたからだ。

筆者が駐在していた前後の数年で、行方不明者が2万人とも3万人(この小説は3万人説をとる)とも言われている。

軍事政権と警察が、反体制的な活動をした人たちのみならず、たまたま反体制的な発言をした人たちまでも連れ去って、拷問にかけ、ひそかに葬っていたのだ。

これが「汚い戦争」と呼ばれる軍事政権の反体制派抹殺だった。

筆者は当時独身で、賄いつきの下宿にアルゼンチン人の同宿人数名と一緒に住んでいた。同宿人と一緒に外食したりして、少しでも政府に批判的な発言をすると「Ojo!」(オッホ=目、気をつけろという意味)と言われたものだ。

この小説の著者のカリル・フェレはフランス人だが、当時の「汚い戦争」で実際に使われた手口(反体制派を処分するために、飛行機からラプラタ川に突き落として殺していたと言われている)などをビビッドに描いている。

この小説に出てくる場所は、行ったことがある場所が多い。フィクションではあるが、ありえる話として、当時のアルゼンチンを知る者にとっては、心が痛む小説である。

ちなみにGoogle Mapで検索した当時筆者が住んでいたビルはこれだ

1階にあったクリーニング屋は別の店になったが、40年前とほとんど変わっていないことに驚く。

今はやたら、道に沿ってオートバイが駐車しているが、昔はこんなにオートバイはなかった。

小説の中で秘密のキーワードの「イトゥサインゴ69」というのが出てくる。このキーワードとは直接の関係はないが、日本人駐在員が会員になっていたゴルフクラブがブエノスアイレス郊外のイトゥサインゴ地区にあったことを思い出させる。「135」のように聞こえるので、筆者は当初は日本人のやっているクラブだと思っていた。

筆者は研修生だったので、ゴルフはやらなかったが、イトゥサインゴゴルフクラブの練習場には行ったことがある。

当時のアルゼンチンのゴルフ練習場は、ネットもなにもない単なる広いホールで、向こう側にヘルメットをかぶった球拾いの子どもが何人もいて、こちらの打った球を拾ってバケツに入れて戻してくれるというシステムだった。

ゴルフ場をラウンドするキャディも中学生くらいの子どもが多かった。

小説のストーリーは詳しくは紹介しない。マプチェ族というアルゼンチンの先住民の血を引く娘ジャナが、ゲイの友達パウラから、ゲイの仲間のルスのことで相談を受ける。

ルスからは、重大な話があると直前に言われていたのに、結局約束の場に姿を現さなかった。何かがあったのではないかと二人で調べ始める。

ほどなく、川に惨殺されて浮かんだルスの遺体が発見される。

ルスが殺された原因を探るため、ジャナ達は「汚い戦争」で行方不明者を探しているルベンという私立探偵にコンタクトする。ルベンはマリアという最近失踪した女性を探していた。

マリアはほどなく飛行機から落とされて全身の骨が砕かれた状態で見つかる。

マリアとルスの殺人に関連性を見出したルベンとジャナは協力して、事件の背後には「汚い戦争」で反体制派を殺害していた関係者が、自分たちの犯罪が明るみにでることを阻止しようと動いていることを知る。

そして、…。

文庫で650ページもの大作だが、バイオレンスあり、サスペンスありで、息もつかさぬ展開だ。

今も昔もアルゼンチンは遠い国だが、小説に出てくるストリートの名前や、町の名前は知っているものも多い。

この小説の中で出てくる地名、たとえばパウラの本業?としてやっているクリーニング店がある「ペルー」という通りをGoogle mapで「Peru 1000(適当な番地)、Buenos Aires」という条件で、検索してみると、2016年12月に撮影されたブエノスアイレスのペルー通りが表示される

まるでアルゼンチンを再訪したような気になる。便利な時代になったものである。

この作品を書くには、相当な現地取材をしているのだと思う。軍事政権時代のアルゼンチンでは、たぶんこの小説のような話が現実に起きていたのだと思う。

フランスでは第2次世界大戦終了後、ナチスに協力していたフランス人が「エピュラシオン」(粛清)として、裁判で死刑になったものは2,000人で、そのうち700名弱が実際に処刑された。裁判なしでリンチされたものは1万人と言われている。

この小説が描いている事件は、フィクションではあるが、現実に起こりうると思う。

筆者が駐在していた時代の軍事政権のトップの多くは、終身刑などに処せられている。アルゼンチンも「汚い戦争」時代の犯罪を、これからも精算していかなければならないだろう。

そんなことを考えさせられた作品である。


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2017年06月18日

天国の本屋 心洗われる小品

天国の本屋
松久淳+田中渉
かまくら春秋社
2000-12-31


本の雑誌の文庫本特集で取り上げられていたので読んでみた。




翻案されて「天国の本屋・恋火」という映画にもなっているようだ。



小説のストーリーは詳しく紹介しない。就活中の大学生さとしは、本屋でアロハシャツの不思議な老人に声をかけられる。

「こらこら、人がせっかく呼びに来たのに挨拶もしないでどこへいくつもりだ」

なんだかわけがわからないままに、さとしは気を失い、気が付いたら天国の本屋で働いていた。

さとしは昔、子どもの頃、亡くなったおばあさんに本を朗読してあげていた。それが天国で評価されていたのだ。さとしはお客の求めに応じて本を朗読する。

たとえば「泣いた赤鬼」などの物語だ。

泣いた赤鬼 (絵本)
浜田 廣介
小学館
2011-11-30


一緒に働くアルバイトのユイは、目の間に起こった事故で弟が亡くなるというつらい過去を持っていた。自殺して天国に来たが、まだ死にきれていない。

天国の本屋で朗読が有名になったさとしは、心を閉ざすユイになんとか心を開かせ、人間界に戻そうと努力する。そして…。

というようなストーリーだ。次に生まれ変わる前の居場所という天国の設定も独創的で面白い。

短い小説だが、深く印象に残る作品だ。「本の雑誌」で取り上げられるだけのことはある。


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2017年05月27日

カエルの楽園 改憲への呼び水となるか?

カエルの楽園
百田尚樹
新潮社
2016-02-26


ベストセラー作家の百田尚樹さんの風刺小説。このあらすじを書くためにネットで検索してみたら、櫻井よしこさんが、オフィシャルサイトで「現行憲法擁護派への痛烈な批判である百田氏の著書を読み現実を見る力を」という題で、紹介していた。

小説のあらすじはいつも通り詳しく紹介しない。

平和だった祖国を体の大きなダルマガエルに奪われたアマガエルのソクラテスは、友人のロベルトと安住の地を求めて旅にでた。

長い旅の末、たどりついたのが、アマガエルとはほぼ同じ大きさのツチガエルの国ナパージュだった(JAPANの逆さ読み)。

この国には「三戒」があった。「カエルを信じろ」、「カエルと争うな」、「争うための力を持つな」の3つだ。

ナパージュの崖の下には体の大きいウシガエルが大量に住んでいたが、ナパージュはこの三戒のために守られているのだという。

ナパージュの人々は集まって「謝りソング」を歌っていた。

「我々は、生まれながらに罪深きカエル
すべての罪は、我らにあり
さあ、今こそみんなで謝ろう」

昔多くのツチガエルが殺されたというナポレオン岩場には、次のような石碑があった。

カエルの楽園
















出典:インターネット検索、本書44ページに百田さん画の原画あり

ソクラテスたちは、ナパージュのカエルが昔、隣国エンエンのカエルにひどいことをしたらしいと思い込んでいることを知る。ウシガエルたちも、ナパージュのカエルにひどい目にあわされたと言っているらしい。

また、ナパージュは「三戒」によって守られているのではなく、実際には、年老いてはいるが、力の強いワシのスチームボートによって守られてきたことを知る。

やがてスチームボート排斥運動がおこり、スチームボートが去ると、……。

といったストーリーだ。

読む前から予想していた筋書き通りの本だ。

百田さんのお友達の安倍首相が2020年改憲を公式に発表した。





賛否両論があると思うが、一度は正式にこの問題を国民として討議して決を採るべきだと思う。

改憲への呼び水となるか?「カエルの楽園」


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2017年05月07日

火花 ピース又吉さんの大ヒット作

火花 (文春文庫)
又吉 直樹
文藝春秋
2017-02-10


漫才コンビピースの又吉さんの大ヒット小説。やっと図書館の順番が来て借りて読んだ。

又吉さんは「火花」を読む前から気になっていたので、自伝の「夜を乗り越える」をまず読んだ。




「夜を乗り越える」で、文藝春秋社で後に「火花」の編集者となる人が、又吉さんの文章を評した言葉がある。

「又吉さんの文章は読んですぐに頭の中で映像化できる。実はそれはみんながみんなできるものではない。」

まさに、これが又吉さんの小説の最大の特徴だと思う。

小説のあらすじは、いつも通り詳しく紹介しない。

「火花」は、売れない30代前後の芸人の先輩神谷と後輩の徳永の話で、二人は別々の芸能事務所に所属し、別々の相方と漫才コンビを組んでいる。

神谷が「あほんだら」、徳永が「スパークス」という漫才コンビを組んでいるという設定だ。

又吉を思わせる徳永は、中学生時代からの相方の山下と漫才コンビを組んで、大阪から東京に出てきた。「あほんだら」の神谷も同じだ。

徳永は神谷を師匠として尊敬し、神谷から神谷の伝記を書けと命ぜられて、ノートに神谷の言動を書き始める。

ちょっとした仕事の後で、吉祥寺のハモニカ横丁の美舟などで飲み、酔っぱらって上石神井の神谷の彼女のアパートまで歩いて行って、転がり込むといった生活を続ける。

芸人の世界では、先輩が必ず後輩をおごるものなので、そのうち神谷は消費者金融からの借金で首が回らなくなる。

仕事は増えず、生活は安定しない。そんな徳永に、神谷が贈った言葉が面白い。

「徳永は、面白いことを十年間考え続けたわけやん。ほんで、ずっと劇場で人を笑わせてきたわけやろ。」

「それは、とてつもない特殊能力を身に着けたということやで。ボクサーのパンチと一緒やな。無名でもあいつら簡単に人を殺せるやろ。芸人も一緒や。ただし、芸人のパンチは殴れば殴るほど人を幸せに出来るねん。だから、事務所やめて、他の仕事で飯食うようになっても、笑いで、ど突きまくったれ。お前みたいなパンチ持っている奴どっこにもいてへんねんから。」…。

そんな神谷に最後に驚く展開がある。

タイトルの「火花」に関しては、「火花」を想起させるようなエピソードは出てこない。最初と終わりに熱海の「花火」の話が出てくるので、「花火」をもじったものだろう。

ちなみに、又吉さんが、中学生の時の友人と始めた漫才コンビの名前は「線香花火」だったという。

又吉さんの次の作品も読みたいという気にさせる小説である。


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2016年12月08日

雑談力 百田尚樹の56の話のネタとストーリーテリング術

雑談力 (PHP新書)
百田 尚樹
PHP研究所
2016-10-15


「書くよりしゃべるほうが100倍好き」を語るベストセラー作家百田尚樹さんの話のヒント集。百田さんは原稿、プレゼン等なしで、何時間でもしゃべれるという。そんな話のネタがたくさん詰まっているのがこの本だ(本の帯では、56のネタを公開と書いてある)。

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応していないので、「なんちゃってなか見!検索」で、抜粋した目次と主な話のネタを紹介しておく。( )でくくってあるのは筆者のコメント。

第1章 人を引き付ける話をする技術
・起承転結が基本
・つかみが大事
 最初の1ぺージで物語を動かす
 「バーバリライオン」の話のつかみをどうするか
 (バーバリライオンは単に例として出てきたものだ。1920年代に絶滅したと思われていた巨大なライオンのことで、普通のライオンの1.5倍、体長4メートルを超えるという。モロッコ国王の私設動物園で生きていたのが発見され、絶滅種のリストから外された。ちなみにファッションのバーバリーはBurberryで、スペルが異なる)。

・質問から入る
 
・常識を揺さぶるような話から入る
 人工衛星は永遠に落ち続けている
 自然界で生きていけない動物はカイコ

・単純なうんちくほどつまらないものはない
 (葛飾北斎は生涯で93回引っ越しをした(ちなみに北斎は30回も号を変えている)) 

・数字は重要
 シャチの体重は10トン
 万里の長城は本当に2万キロもあるのか?

・面白い話にはストーリーがある
 (ロゼッタストーンと解読者のフランスのシャンポリオンの話)

・数学でさえ、面白い話になる
 微積分はいかにして生まれたか
 (微積分はニュートン(とライプニッツ)の発明で、楕円形の惑星の軌道の断面積を求めるために、楕円をピンストライプの様に細い長方形で埋め尽くして面積を求めるやり方を考えたものだ)。

・話の急所を理解していること

・ストックを持とう
 (本を読む時も、テレビを見る時も、人の話を聞く時も面白いと思えば、それを覚えて話のネタにする)
 
・自慢話で人を感動させるのは難しい
 (共感や感動を生む普遍性が求められる)

・失敗談ほど面白いものはない
 ラブレターで大失敗
 (高校受験の話。百田さんは、県で偏差値最下位1,2位を争うくらい偏差値の低い高校出身だという) 

・雑談で選ばない方が無難なテーマ
 (動物の性の話など)

第2章 その気になれば、誰でも雑談上手になれる
・相手ではなく、自分が関心を持つ話題を探せ
 私の小説のテーマ
 零戦の話 − 機体に直線がない奇跡の戦闘機
・一番大切なことは「人を楽しませたい」という気持ち
 同じ「自分の話」でもまったく違う

・自分の感性に自信を持て
 (自分が面白いものは、他人も面白いという自信を持つ)

・ネタをどう仕込むか
 (以下は目次を読めば大体百田さんの言っていることがわかると思う)

・「面白さ」の7割以上が話術

・面白い話は何度でもできる

・話が上手くなる一番の方法は、経験を積むこと

・話し上手は聞き上手

・話は生き物 − 私が講演で行っていること

・とっておきの練習法 − 映画や小説の話をする
 (たとえば「7人の侍」の話を説明する)

第3章 こんな話に人は夢中になる
・意外なオチは記憶に残る
 「板垣死すとも、自由は死なず」とは言っていない?
 ガガーリンの小噺
 アメリカは「120億ドル」のスペースペン、ソ連は…

・スポーツ選手のすごさを伝える時のコツ
 超人的な大投手 サチェル・ペイジ
 同時3階級制覇 ヘンリー・アームストロング

・個人的な思い出話でも、普遍性を持たせればOK
 「ラ・フォンテーヌ寓話」はネタの宝庫

ラ・フォンテーヌ寓話
ラ・フォンテーヌ
ロクリン社
2016-04-11


 「宇治拾遺物語」と「徒然草」もネタの宝庫。

宇治拾遺物語 (角川ソフィア文庫)
中島 悦次
KADOKAWA/角川学芸出版
1962-04-30





・時代の不運に泣いた人の話は共感を呼ぶ
 世界で初めてグライダー飛行をしたのは日本人?
 (浮田幸吉の話)

ちなみに浮田幸吉の話は、本になっている。

始祖鳥記 (小学館文庫)
飯嶋 和一
小学館
2002-11


 あまりにも不遇だった日本の天才研究者たち
 (光ファイバーの原理の発見者の西澤潤一教授やフェライトの父と呼ばれる武井武氏)

・色恋の話は男女問わず受ける
 作曲家ベルリオーズの屈折した愛情
 ブラームスクララ・シューマン

・数字も見方を変えれば面白くなる
 後宮3千人
 国鉄の赤字37兆円!
 宝くじの1等当選確率は250万分の1

・犯罪ものの話題は難しいが、面白い
 オランダの「英雄」メーヘレン
 (ナチスに偽物のフェルメールを売った男)

 「偉大な寓話」とすら思える脱獄囚の話

日本の脱獄囚の話は小説になっている。
破獄 (新潮文庫)
吉村 昭
新潮社
1986-12-23


・歴史上の有名人の意外な裏話
 宮本武蔵の新資料発見(宮本武蔵は卑怯だった?)
 野口英世の唖然とする実像

第4章 親友とする真面目な話
・殺害された市民の数は、全人口より多い? 
 計算が合わない
 南京大虐殺の復活

・一人の男の虚言が大問題を生んだ(従軍慰安婦問題
 吉田証言の衝撃
 吉田清治とは何者か
 ミステリー

・戦後40年、突然の抗議(靖国神社問題
 中国の靖国批判はいつはじまったか
 バチカンも認めた靖国神社

(たぶんこの本で一番百田さんが言いたかったのは、最終章の南京大虐殺、従軍慰安婦、靖国神社問題についてだったと思う。親友と議論する話題ということで紹介している)

簡単に読める軽い本だが、最終章の話題は重い。話のネタとして役立つと思う。


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2016年11月09日

職業としての小説家 村上春樹の自伝的エッセイ



2015年9月に出版された村上春樹さんの「職業としての小説家」が、もう文庫化された。ノーベル賞受賞を見込んでいたと思われる、本屋の村上春樹コーナーに平積みになっているので、すぐわかると思う。

この本は、筆者が読む前に買った数少ない本だ。

単行本はスイッチ・パブリッシングという雑誌「MONKEY」を出している出版社から出したものだが、単行本は新潮文庫から出している。「MONKEY]は、翻訳家として有名な東大名誉教授の柴田元幸さんが責任編集している主にアメリカ現代小説を紹介する雑誌だ。



この本は、もともと「MONKEY」に連載したシリーズに加筆したもので、次のような構成になっている。

第1回 小説家は寛容な人種なのか
第2回 小説家になった頃
第3回 文学賞について
第4回 オリジナリティーについて
第5回 さて、何を書けばいいのか?
第6回 時間を味方につけるー長編小説を書くこと
第7回 どこまでも個人的でフィジカルな営み
第8回 学校について
第9回 どんな人物を登場させようか?
第10回 誰のために書くのか?
第11回 海外に出て行く。新しいフロンティア
第12回 物語のあるところ・河合隼雄先生の思い出

この本を読んで驚くのは、村上さんは、筆者の持っている小説家のイメージとだいぶ違うということだ。

そもそも村上さんは、注文を受けて小説を書くということをしない。だから、いつまでに仕上げなければならないという締め切りもないし、いわゆる「ライターズ・ブロック」(小説が書けなくなるスランプの状態)とは無縁だ。小説を書きたければ書くし、書けなければ、翻訳などほかの仕事をして、小説を書きたいという気持ちが盛り上がってくるまで待つ。

そして小説を書きたいという気持ちが盛り上がってきたら、小説書きに取り掛かる。

村上さんが長編小説を書く場合、毎日朝早く起きて4〜5時間机に向かい、400字詰原稿用紙で10枚程度の原稿を書くことをルールとしており、もっと書きたくても10枚でやめておき、いまひとつ気分が乗らないという時もなんとか10枚書くという。

筆者の持つ小説家のイメージは、場合によってはホテルに缶詰めになり、夜に執筆し、興が乗ればそのまま何十枚も書き続けて朝まで徹夜するというものだったので、興が乗っても、乗らなくても毎日10枚をルールにするというのは驚きだ。

村上さんは翻訳家としても多くの仕事をしているので、毎日何枚か決めて、すこしずつ書く(あるいは翻訳する)という翻訳の様な仕事の進め方になったのではないかと思う。

それと村上さんの特徴は、何度も何度も原稿を見直して修正することだ。

いったん長編小説の原稿を書きあげると、1週間くらい休んで、第1回目の書き直しに入る。

村上さんは最初にプランを立てることなく、展開も終末もわからないまま、いきあたりばったり、思いつくままどんどん即興的に物語を進めていく。そのほうが書いていて面白いからだ。

たしかに作者にも結末がわからないまま書き続けるという手法は、うまくいけば読者を息もつかさぬ展開に引き込んで離さない魅力がある。村上アディクト(中毒)患者を量産できる可能性がある。一方のリスクは、平凡な結末に終わると、読者に飽きられることだろう。

これと対照的なのが、朝井リョウさんだ。最近のインタビューで朝井さんは、AIと一緒に仕事をしたいと語っている。というのは、朝井さんの場合、書きたいテーマが最も輝く結末を決めて、それに至る道筋を書くという手法なので、さまざまな道筋を考えるのにAIを使いたいという。

村上さんのような書き方だと、矛盾する箇所や、筋の通らない箇所、登場人物の設定が変わったり、時間の設定が前後したりするので、かなりの分量をそっくり削ったり、膨らませたりで、新しいエピソードをあちこちに付け加える。

この第1回目の書き直しに1〜2カ月かかる。それが終わるとまた、1週間ほどおいて、2回めの書き直しに入る。

今度は細かいところに目をやって、風景描写を細かく書き込んだり、会話の調子を整えたりする。一読してわかりにくい部分をわかりやすくし、話の流れをより円滑で自然なものにする。大手術ではなく、細かい手術の積み重ねだ。

それが終わると、また一服してから、3回目の書き直しに入る。今度は手術というよりは、修正に近い作業で、小説の展開のなかで、どの部分のねじを締めるのか、どの部分を少し緩ませておくのかを見定める。

長編小説は、隅々までねじを締めてしまったら、読者の息が詰まるので、ところどころで文章を緩ませることも大事なのだと。全体と細部のバランスをよくする。そういう観点から文章の細かい調整をする。

次に、半月から1カ月くらい長い休みを取り、旅行をしたり、翻訳の仕事をして作品のことを忘れる。これを村上さんは「養生」という。小説も「寝かせる」と、前とはかなり違った印象を与え、前に見えなかった欠点もくっきり見えてきて、奥行きのあるなしが見極められる。

「養生」後に、再度細かい部分の徹底的な書き直しに入る。

そして作品としてのかたちがついたところで、奥さんに原稿を読んでもらう。これは「定点観測」で、村上さんの作家としての最初の段階から一貫して続けていることだ(ちなみに、村上さん夫妻に子供はいない)。

時には村上さんも感情的になることがあるが、奥さんの批評でけちをつけられた部分は、ルールとして書き直す。そしてまた読んでもらい、まだ不満があれば書き直す。そして、批評が片が付いたら、再度また頭から見直して、全体の流れを確認し、調整する。

これを経て、できた原稿を編集者に読んでもらう。

中には合わない編集者もいるが、お互い仕事なので、うまくやりくりしていくしかないので、編集者からの指摘も、ともかく直す。編集者の指摘とは逆の方向に直すこともあるが、書き直すという行為そのものが大事なのだ。

あまり合わない編集者の一人と思われる見城徹さんが、村上さんのことを、「たった一人の熱狂」に書いているので、このブログのあらすじを参照してほしい



編集者とのゲラの見直し作業も、ゲラを真っ黒にして送り返し、新しく送られてきたゲラをまた真っ黒にするという繰り返しだ。言葉の順序を入れ替えたり、些細な表現を変更したりで、根気のいる作業だが、村上さんはそういう「とんかち作業」が好きなのだと。

机に並べた10本のHBの鉛筆がどんどん短くなっていくのを目にすることに、大きな喜びを感じる。いつまでやっていてもちっとも飽きない、面白くてしょうがないのだと。

そこまでして完成した作品については、たとえ出版後、厳しい批判を受けても、やるべきことはやったので、後は時間が証明してくれるはずだと考えることにしているのだと。

日本を離れて、海外で執筆することが多いのが、村上さんの特徴だ。

昔の小説家(文士)は、鎌倉に住み、作品を書くときは御茶ノ水の「山の上ホテル」あたりに缶詰めになって、原稿書きに取り組むというパターンがあったが、村上さんは、米国のプリンストン(ニュージャージー)やボストン、ヨーロッパでもいろいろな場所に住んで、そこで小説を書いている。
 
この本の半分ほどは、村上さんがどうして小説家となったのかを自伝的に語っている。(ウィキペディアでも結構詳しく紹介されている

簡単に紹介しておくと、村上さんは両親が教師の家庭に生まれ、阪神間で育ち、一学年が600人という県立神戸高校から早稲田大学に進学し、映画演劇科に進んだ。7年かかって卒業する前に学生結婚して、就職せずに、奥さんと一緒にお金を貯めてジャズ喫茶を国分寺に開く。

その後、店を千駄ヶ谷に移し、キッチンテーブルで書いた「風の歌を聴け」が「群像」新人文学賞を受賞し、小説家としての「入場券」を得る。

風の歌を聴け (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
2004-09-15


ヤクルトファンの村上さんが、神宮球場で、ヤクルトの試合を芝生に寝転んで応援しているとき、一番バッターのデイブ・ヒルトンの打席で、突然「小説を書こう」とひらめいた(エピファニー=顕現、ある日突然何かが現れて、様相が一変してしまうこと)という。

芥川賞の候補に2回なったが、受賞せず、芥川賞はアガリとなった。小説の賞について、村上さんの持論を展開している。村上さんは、賞の選考委員にはならない。あまりに自分本位で、個人的な人間でありすぎるからだという。

芥川賞は年に2回表彰しているが、新人作家の作品で、本当に刮目すべきものは5年に一度くらいではないかと。

村上さんは、日本の読者人口を人口の5%、約600万人と推定している。このブログで紹介した「華氏451度」のように、本を読むなと言われても、隠れて読み続ける人たちだ。



華氏451度〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)
レイ・ブラッドベリ
早川書房
2014-04-24


村上さんが真剣に考えているのは、その600万人の人にどのような作品を提供できるかだ。村上さんは、読者とのつながりを非常に大切にしている。

試みとして、インターネットでサイトを短期間開設して、そこにコメントを載せた読者には、自らメールで返信したという(投稿者はまさか村上さん本人から回答があったとは思っていなかったようだが)。

いずれは、スティーブン・キングの様に、電子ブック向けに直接配信することにも挑戦するのだろうと思う。

村上さんは小説は誰でも書ける。しかし、ちょうどプロレスのリングのように、誰にでも上がれるが、リングにとどまるのは大変だと語る。

小説家になろうと思う人は、1冊でも多くの本を読むべきだと。

このあたりは、このブログで紹介した大沢在昌さんが「売れる作家の全技術」で語っているのとまったく同じだ。

小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない
大沢 在昌
角川書店(角川グループパブリッシング)
2012-08-01


小説を書くためには、ある事実の興味深い細部を記憶にとどめ、頭の引き出しに突っ込んで置く。

そして、実際に書くときに、「ET方式」で、ガラクタをいっぱいつなぎ合わせて遠い星との通信設備を作り上げるように、小説をマジックでポンと作り上げてしまうのだと。マテリアルは身の回りにいくらでも転がっている。

作家は体力も必要なので、村上さんは「羊をめぐる冒険」を書いていたころから、30年間にわたって、ほぼ毎日1時間ランニングか、水泳をやっている。



ちょうどこの「羊をめぐる冒険」を書いた頃、村上さんは経営していた千駄ヶ谷のジャズ喫茶を売り払い、橋を焼いて、作家一本に集中することにした。(筆者注:この”橋を焼く”という表現は、英語の"burn the bridge"という「背水の陣」を意味する言葉の翻訳だが、日本語として定着していない。友人の指摘により筆者も気が付いた。この辺が村上さんの文章が”翻訳調”だといわれるところかもしれない)

村上さん自身は”自分本位で個人的”という言葉で表現するが、長期ビジョンを持ち、先を見据えて、作家として、また、翻訳者として創作活動していることがよくわかる。

海外進出についても、自分で気に入った翻訳者を何人か揃えて、英訳した作品を海外の辣腕エージェントを使って、売り込むという手法を身につけている。

単に外国に住むだけでなく、プリンストン大学の客員研究員など、海外での仕事もこなした村上さんだからこそできるわざだと思う。

作家であり、アントレプルナーである村上さんの考えがダイレクトにわかって、大変面白い本だ。

文庫になって買いやすくなったので、ぜひ一読をおすすめする。


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2016年11月06日

何者 朝井リョウの直木賞受賞作が映画化された

朝井リョウの「何者」が映画化されたので、あらすじ(小説はネタバレを防ぐため、ごく簡単なあらすじだが)を再掲する。



ウェブサイトも非常に凝っていて、楽しめる。

何者サイト





















一度映画も見ようと思う。

何者何者 [単行本]
著者:朝井 リョウ
出版:新潮社
(2012-11-30)

このブログで「桐島、部活やめるってよ」を紹介した朝井リョウの直木賞受賞作。



桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)桐島、部活やめるってよ (集英社文庫) [文庫]
著者:朝井 リョウ
出版:集英社
(2012-04-20)

朝井リョウは、1989年生まれ。早稲田大学文化構想学部を卒業し、現在はたしか出版社に勤める兼業作家だ。

池井戸潤さんの「オレたち花のバブル組」のあらすじを紹介したが、朝井さんは「バブル期就職組」ではなく、なんと「バブル期誕生組」である。平成元年生まれだから、筆者の長男と同じ年齢だ。

オレたち花のバブル組 (文春文庫)オレたち花のバブル組 (文春文庫) [文庫]
著者:池井戸 潤
出版:文藝春秋
(2010-12-03)

「何者」には専用サイトが開設されている。

バイト先で一緒になったり、演劇などの活動で一緒になった御山大学の6人の男女就活生(留学や就職浪人などでみんな5年生)が、様々な人間関係を描く。

時折ツイッターのメッセージを挟んで、”今風”のテイストを出している。

主人公たちの会話を軸に話が展開する「どうってことないストーリー」ではあるが、大沢在昌の「売れる作家の全技術」で紹介されていた”小説のトゲ”(読み終えたあと、読者の心の中にさざ波を起こすような何か)がそこかしこに仕込んである。

小説講座 売れる作家の全技術  デビューだけで満足してはいけない小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない [単行本]
著者:大沢 在昌
出版:角川書店(角川グループパブリッシング)
(2012-08-01)


「プライベートのメールアドレスがわかれば、それでアカウントが検索できたりするから。」

ツイッターの話だ。

「何者」という言葉も、いろいろな形であらわれる。

「桐島、部活辞めるってよ」で、新鮮な驚きを与えていたオノマトペの使い方も見事だ。

「ヴ、ヴ、ヴ、ヴ」

携帯電話のバイブの音だ。

広告会社のクリエイティブ試験のところがいかにもありそうで、リアルだ。

一番の歌詞が書いてあり、「二番の歌詞を考えろ」という問題と、物語の冒頭のみが書いてあり、「これは起承転結の起です。承、転、結それぞれを書いてください」という問題が出たという。

朝井さん自身の経験に基づく就活の分析もなるほどと思う。

「ESや筆記試験で落ちるのと、面接で落ちるのではダメージの種類が違う。決定的な理由があるはずなのに、それが何なのかわからないのだ。」

「就職活動において怖いのは、そこだと思う。(中略)自分がいま、集団の中でどれくらいの位置にいるかがわからない。…」

おっさんの筆者は、高校生の話である「桐島、部活やめるってよ」では全然感情移入できなかったが、「何者」では感情移入できる部分もあった。

就活の毎日を描いた作品なので、ストーリーの変化があまりないが、「売れる作家の全技術」を読んだ後に読んでみると、朝井さんのいろいろな工夫がわかる。

上記で紹介したYouTubeのインタビューでも、朝井さんは、じっくり構想を練って、話の構造を決めてから書くタイプだと語っている。


筆者のような「就活したのは、はるか昔」の人も楽しめる作品である。


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2016年07月08日

無名碑 曽野綾子さんの名著 文庫で復刊され手に入りやすくなった





曽野綾子さんの1969年(昭和44年)出版の作品が復刊された。

筆者の学生時代からの友人がやっているラミーズ六本木の常連・講談社文芸第二出版部鈴木副部長から本を頂いた。

この本は、高度成長時代を迎える昭和30年代の日本の土木業界を取り上げた小説で、主人公は大手ゼネコン・作並建設の土木技術者、三雲竜起(みくもりゅうき)だ。

27歳の三雲は福井県の五条方水力発電所の工事に携わった後、東京の本社への転勤辞令を受けた。

三雲は転勤の際に、鶴来(福井県)の祖母を見舞ってから、東京に行くことにした。三雲の父は、鶴来から列車で30分の金沢に住んでいるが、三雲は父のところには顔を出さなかった。

三雲の父親は元裁判官で、三雲が8歳の時に、ある理由で三雲の実母を離縁した。母は離縁されて、ほどなく結核で亡くなった。三雲は、母を結果的に死に追いやった父をずっと許せないでいた。

石川から東京行きの車中で、三雲は二人の若い女性と知り合いになる。金沢大学生の徳永容子と、神奈川県の三崎にいる親類を訪ねるという颯田善江(さったよしえ)だ。

この二人が小説の展開の弾み車になっている。

容子は恋人と同棲していた過去があり、今風に言うと容子の「元カレ」がいきなり、三雲の会社に容子と付き合うなと忠告に来る。

三雲はほどなく只見川水系の田子倉ダムの建設現場に配属される。日本最大規模の水力発電所を建設するのだ。

曽野綾子さんの人物や風景の描写は、女性作家らしく非常にきめ細かくて感心する。しかし、この小説の最大の魅力は、使われている重機等の説明も含めて、土木工事現場が、読む人にわかりやすく、ビビッドかつダイナミックに表現されていることだ。

ダム現場で使うケーブルクレーン、それから三雲の次の現場の名神高速道路の茨木付近のサンド・パイル工事、ドイツ製のペコ・ビーム、アメリカ製の舗装機械・アスファルト・フィニッシャー、マカダム・ローラーなどなど。

三雲の三番目の現場は、タイのチェンマイ近くのアジア・ハイウェイにつながる道路工事現場だ。

アジア・ハイウェイは東京の日本橋からイスタンブールまで至る道で、アジア32カ国を横断する現代のシルクロードだ。

アジア・ハイウェイを通って、ロンドンからカルカッタに行く定期便のバスが3カ月に一度出ていると、紹介されている。本当にそんなサービスがあったのかどうかわからないが、3台編成で、1台は乗客用、1台は食料等の輸送用、1台は修理工具運搬用だという。

アジア・ハイウェイの現在の全体図は次の通りだ。

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出典:国土交通省ホームページ

アジア・ハイウェイのアフガニスタン部分では、米国がアスファルト工法、ソ連はコンクリート工法で競って舗装工事をやっており、工法が違うまま堂々たるハイウェイができあがりかけていたという。

1989年に出張で行ったロシアのウラル地方の、エカテリンブルグからセーロフ・クロム工場までのコンクリート舗装の道を思いだす。フラットではあるが、乗り心地の悪い道だった。

この本では、袖の下なしでは動かない当時のタイのビジネスの実態と、タイの田舎での生活を描いている。

三雲の私生活は波乱万丈だ。田子倉ダム工事の時代に、徳永容子と結婚するが、生まれた長女は心臓に欠陥があった。筆者の長男も大動脈縮窄症で、1歳の時に米国で手術して、今はなんともないが、他人事に思えない。

颯田善江も、数回の結婚で苦労しながら、ところどころで登場する。

三雲がタイに駐在してからも、工事は様々な困難に直面し遅れに遅れる。それでも完工を目指す作並の技術者たち…。

上下巻で、約950ページのこの本を読み終えた後、読者は読み終えたという達成感と同時に喪失感にとらわれるだろう。

曽野さんの文章は超一流で、生きざまを生き生きと描いている。文庫で復刊して手に入りやすくなったので、ぜひ一度手に取ってもらいたい名著である。

なお、冒頭で紹介した筆者の友人・ラミーズオーナーの内田さんの息子の内田朝陽君は、現在金曜日の10時からNHKで放映中の「水族館ガール」に出演している。面白いドラマなので、こちらも紹介しておく。

水族館ガール






















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2016年06月01日

木を植えた人 資生堂120周年で配られた本

木を植えた人
ジャン ジオノ
こぐま社
1989-10


資生堂名誉会長の福原義春さんが勧めていたので読んでみた。

資生堂の120周年記念に取引先などに配布したという。

本自体はいたってシンプルだ。約40ページ、解説もいれて52ページの本で、1時間もかからずに読める。

アニメで短編映画化されている。次は最初の1/3の部分だ。



実写版で映画化もされている。



プロヴァンスの人里離れた荒野にエルゼアール・ブフィエという一人の老農夫が羊を飼って住んでいた。一人息子を失い、妻も亡くなって、ひとりぼっちで静かに暮らしていた。

1913年にたまたまプロヴァンス地方を歩いて横断していた筆者は、3日めで水がなくなり、渇きでたまらなくなった時に、当時55歳の老羊飼いに出会った。

水をもらい、羊飼いのきちんと整理した小屋に泊めてもらって、翌日は羊飼いがどんぐりの実を荒地に植えるのを見ていた。

鉄棒で土に穴をあけ、そこにどんぐりの実を一つずつ植えるのだ。

それまで3年かけて10万個の実を植えて、そこから2万本の芽が出たが、半分はネズミやリスにかじられたりして、成長しなかったという。

でも1万本の樫の若木が育っている。

それから第1次世界大戦がはじまり、筆者は5年間兵役に就いた。

戦争が終わり、プロヴァンスにもどってくると、老農夫は依然として樫を植え続けており、樫の森は自然林のように成長していた。

最後に筆者が老農夫と会ったのは、第2次世界大戦の終わった1945年だ。老農夫は87歳になっていた。

そして30年余りのうちに、森はさらに成長し、山は緑で覆われていた。人々も住み始め、この地帯で1万人の人が住むようになっていた。

30年前は人が住まない荒野だった場所が、立派な村や町になった…。

というようなストリーだ。

読後感がなんともいえない。幸福な気分になってくる。

1989年発行の本なので、あまり本屋では売っていないかもしれないが、図書館なら、どこでも置いていると思うので、ぜひ近くの図書館で借りて読んでほしい。

忙しい毎日を忘れることができる本である。


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2016年05月28日

世界の測量 ガウスとフンボルト ドイツでベストセラーとなった小説

世界の測量 ガウスとフンボルトの物語
ダニエル・ケールマン
三修社
2008-05-23


以前紹介した資生堂名誉会長の福原義春さんが「年を取ってから読んだ本の中で、こんなにも興奮した一冊はなかった」と絶賛していたので読んでみた。

実はこの本を読む前に、たまたま会社の友人からお勧めの本を聞かれたので、まだ読んではいないが、読書家で有名な福原さんがイチオシの小説なので、面白いのではと他人にも紹介していた。

しかし、この本を読んで、本の好みは、人によって相当異なることを痛感した。

物語の舞台は19世紀初頭のドイツだ。ガウスとフンボルトという同時代を生きた偉人のそれぞれの歩みを交互に語る形で物語を展開している。

カール・フィリードリッヒ・ガウスは、偉大な数学者・物理学者・天文学者だ。

ガウスは24歳の時に「整数論」を出版しており、結局これが唯一の著書になった。

ガウス 整数論 (数学史叢書)
カール・フリードリヒ ガウス
朝倉書店
1995-06-01



この本では、もっぱらガウスの私生活のことを書いている。ガウスはEUになって通貨がユーロで統一される前の、10ドイツ・マルク紙幣に肖像画が載っていた。

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出典:Wikipedia

物理学の磁束密度の単位がガウスだった(今はテスラに変わっている)。それでガウスという名前を知っている人も多いと思う。

ちなみに電磁波測定器はガウスメーターと呼ばれている。




もう一人は、アレクサンダー・フォン・フンボルト。貴族出身の偉大な地理学者で、兄のヴィルヘルム・フォン・フンボルトは言語学者でプロイセンの内相にもなった政治家だ。

フンボルトの名前は聞いたことがある人が多いと思う。

まずはフンボルト海流。ペルー沖を北上して、赤道に沿って太平洋を横断する海流がフンボルト海流だ。フンボルトが南アメリカを探検し、オリノコ川とアマゾン川の源流がペルーにあることを発見したので、フンボルトの名前がつけられた。

今年はラニーニャ現象のために夏は暑くなると予想されているが、ラニーニャの起こるペルー沖の海流がフンボルト海流だ。

もう一つはフンボルトペンギンだ。フンボルト海流が流れる南米西岸に暮らしている。

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出典:Wikipedia

フンボルトの名前を冠したアレクサンダー・フォン・フンボルト財団は、ドイツの留学生支援財団で、日本のフンボルト留学生経験者の集まりが東日本アレクサンダー・フォン・フンボルト協会などだ。

東大の石井紫郎名誉教授、早稲田の西原春夫元総長、東大の佐々木毅元総長などが、歴代の理事長を務めている。

フンボルトの物語は、北中南米探検の話が中心だ。オリノコ川とアマゾン川の源流がペルーにあることを発見した時の探検などが紹介されている。

この小説はドイツで120万部売れ、全世界でも好評で、40か国語に訳されているが、筆者はこの小説では感情移入できなかったので、あまり強い印象はなかった。

福原さんには何か感情移入できる個人的な経験があったのかもしれない。あるいは好みの問題なのかもしれない。

文庫にもなっていないので、ちょっと勧めにくい本である。


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2016年05月24日

浜村渚の計算ノート 数学の知識を使った新しいタイプのミステリー小説



講談社の鈴木副部長と先日お会いしたので、この本のあらすじを再掲する。

「おっさんが読む本ではない」と言われそうだが、この本の著者の青柳 碧人(あおやぎあいと)さんに、内田朝陽君のお父さんが経営している六本木のラミーズでお会いした。

一緒に来られていた講談社の文庫出版部の鈴木副部長からこの本を頂いて、すぐに読んだ。しかし、大変申し訳ないことに今まであらすじを書くのを忘れていた。

タイトルに記したように、数学の知識を使った全く新しいタイプのミステリー小説だ。浜村渚シリーズで累計40万部を売り上げたヒット作となっているという。

世界には同様の数学の知識を使った小説があるのかもしれないが、日本では青柳 碧人さんがパイオニアだろう。数学の公理を取り入れたクイズをミステリーの謎解きに使っている点が面白い。

小説のあらすじは、いつも通り詳しくは紹介しない。

日本の数学教育を代表するドクター・ピタゴラスこと高木源一郎は、日本全国に普及している数学教育ソフトを使って20年間にわたり日本の若者を教育してきた。ところが、その数学教育ソフトには、高木から指令を受けると受講経験者が操られてしまうというサブリミナル効果の仕組みが施してあった。

日本政府の数学を義務教育科目から外すと言う決定に憤った高木は、「黒い三角定規」と呼ばれる集団を立ち上げ、高木の数学教育ソフトを受講した38歳以下の人たちを操って日本各地で事件を起こす。

若い捜査員のほとんどが高木の数学教育ソフトの受講経験者なので、頭を抱える警視庁「黒い三角定規・特別捜査本部」。そこへ救世主として現れたのが千葉県の中学2年生の浜村渚だ。



この目のトロンとした女子中学生が得意の数学を駆使して、警視庁の調査に協力する。

第1話目(log10=1)は「ぬり絵をやめさせる」。長野県で名前に「あか」、「あお」、「き」、「くろ」の入った人ばかりが連続して殺害されるという事件が起こった。高木源一郎がサブリミナル効果を利用して若者を操って、殺人を起こさせたのだ。

被害者の住んでいる場所を、それぞれの名前の色で塗ると…。奇想天外な対抗策が面白い一作だ。

第2話(log100=2)は「悪魔との約束」。今度は高木源一郎は、無色無臭の揮発性毒物で美術館を襲う。毒物を盗んだ疑いがある犯人は、渋谷の数学喫茶「カルダノ」によく行っていたという。

ここで「0=ゼロは悪魔の数字」という話が出てくる。ゼロで割って、さらにゼロを掛けると次のような式が成り立つ。

1/0=2/0 → 両辺にゼロを掛けて分母のゼロを消す → 1=2!?

これがこの話に重要なヒントだ。

第3話(log1000=3)は「ちごうた計算」。フィボナッチ数列というものがある。1、1、2、3、5、8、13、21…など、前の二つの数を足すと次の数になるという数列だ。これは自然界にも多く存在する。

奈良県在住の75歳の老数学者が「黒い三角定規」に狙われるという情報を得て、警視庁が保護のために奈良県に赴くと、老数学者は殺害された。

現場にはダイングメッセージとして「『夫』14+1337」という数式が残されていた。

『夫』14とはフィボナッチ数列の14番目、つまり377だ。377+1337は1714。研究所に勤める大学院生のイナイシ(稲石)のことか?しかし、…。

これまた奇想天外の展開で大変楽しめる。

第4話(log10000=4)は「π(パイ)レーツオブサガミワン」。今度は円周率だ。相模湾の津殿島を、「黒い三角定規」に賛同する円周率マニアの海賊集団が乗っ取った。武器を大量に持ち込んで、実弾発射訓練までして、数学を必須科目にすることを要求している。

こんどは「ルドルフの数」つまり、一生かかって円周率を下35ケタまで求めたルドルフ・ファン・コーレンがキーワードとなる。

円周率を10万ケタまで暗記している男が捜査協力者として登場する。

海賊メンバーの着ているTシャツの数字がヒントだ。3.14159265358979…と続く、円周率の何ケタめから何ケタめの数字なのか?

これまた奇想天外の展開だ。

著者の青柳碧人さんは、早稲田大学のクイズ研究会のOBだそうだ。

単にクイズ番組に出るだけではない、クイズ好きの本領を発揮した大変楽しめる全く新しいタイプのサスペンス小説である。

少女マンガのようなメルヘンチックの表紙を気にせず、是非手に取ってみてほしい。


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2016年05月12日

宴のあと 日本ではじめてのプライバシー侵害訴訟となった小説

宴のあと (新潮文庫)
三島 由紀夫
新潮社
1969-07-22


日本ではじめてプライバシー侵害訴訟が起こされた三島由紀夫の小説。

筆者は個人情報保護の仕事をしているので読んでみた。

学生時代に三島由紀夫の小説は新潮文庫版で読んでいたので、読み進むにつれ情景を思い出してきた。




小説の結末は完全に忘れていたので、2度目ではあるが、大変楽しめた。

三島由紀夫の風物や心模様などの描写が、実に精緻で、心を配っている。やはり三島由紀夫は天才なのだと思う。

この小説のモデルとなった有田八郎は、戦前に広田内閣や幾代かの内閣で外務大臣を務め、戦後は衆議院選挙で一度当選した後、落選した。

有田八郎は、外相時代には蒋介石と組むことを主張していたという。このブログで紹介した関榮次さんの「蒋介石が愛した日本」で述べられていたように、日本が蒋介石と組んでいたら、中国共産党は殲滅されていただろう。

「歴史にIFはないが、蒋介石という親日的指導者が中国を統一していれば、戦後の世界情勢は全く違ったものになっただろう。」と関さんは語っている。



有田八郎という人がもっと政治力があったら、歴史が変わっていたかもしれない。

有田八郎は戦後すぐに妻と死別したあと、白金台にあった「般若園」という高級料亭の女将、畔上輝井(あぜがみ てるい)と結婚し、衆議院から東京都知事選挙に鞍替えして、革新統一候補として二度チャレンジして落選している。

畔上は、都知事選挙では料亭を閉め、有田の選挙運動に協力していたが、落選後、料亭再開のために政敵である吉田茂に支援を頼んだとして、有田から離婚されている。

最初の都知事選挙で負けた相手が、安井誠一郎で、二度目の都知事選で負けたのが筆者の寮委員の大先輩である東龍太郎さんだ。

この小説はあきらかに有田八郎と畔上輝井をモデルにしているので、有田八郎は、私生活をのぞき見されたとして東京地裁にプライバシー侵害で提訴し、1審では勝訴を勝ち取り、日本で最初のプライバシー侵害判決として有名になった。

宴のあと裁判
















出典:インターネット検索


判決の全文はインターネットで公開されている。

裁判自体は、その後有田八郎本人が死亡し、和解が成立している。

裁判中に、三島はこの作品について次のように語っている。(Wikipediaから引用

人間社会に一般的な制度である政治と人間に普遍的な恋愛とが政治の流れのなかでどのように展開し、変貌し、曲げられ、あるいは蝕まれるかという問題いわば政治と恋愛という主題をかねてから胸中に温めてきた。

それは政治と人間的真実との相矛盾する局面が恋愛においてもっともよくあらわれると考え、その衝突にもっとも劇的なものが高揚されるところに着目したもので、1956年に戯曲「鹿鳴館」を創作した頃から小説としても展開したいと考えていた主題であった。(中略)

(有田八郎の)選挙に際し同夫人が人間的情念と真実をその愛情にこめ選挙運動に活動したにもかかわらず落選したこと、政治と恋愛の矛盾と相剋がついに離婚に至らしめたこと等は公知の事実となっていた。(中略)

ここに具体的素材を得て本来の抽象的主題に背反矛盾するものを整理、排除し、主題の純粋性を単純、明確に強調できるような素材のみを残し、これを小説の外形とし、内部には普遍的妥当性のある人間性のみを充填したもので、登場人物の恋愛に関係ある心理描写、性格描写、情景描写などは一定の条件下における人間の心理反応の法則性にもとづき厳密に構成したものである。

この作品を読んで、筆者もこれは(当たり前だが)フィクションだと思う。

当事者しか知らないような秘密の事実を明らかにしたわけでもない。

三島は創作にあたり、離婚後の畔上輝井にも取材し、有田八郎からもサイン入り自著をもらっている。

有田八郎は老齢なこともあり、以前三島にサイン入り自著をプレゼントしたことを忘れていて、三島側から法廷にサイン入り本が証拠として提出されると、傍聴席からは驚きの声が上がったという。




裁判が日本初のプライバシー侵害訴訟として有名になっただけで、小説の内容そのものは、あくまでフィクションで、プライバシー侵害とはいえないのではないかと思う。

三島の高い芸術性がわかる作品である。

筆者はゴールデンウィークに一日で読んだ。

簡単に読めるので、スキマ時間ができたら、手に取ってみることをお勧めする。


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2016年04月25日

容疑者Xの献身 こんなんありか?奇想天外な犯罪トリック

容疑者Xの献身 (文春文庫)
東野 圭吾
文藝春秋
2008-08-05


東野圭吾のガリレオシリーズの代表作。東野圭吾はこの作品で直木賞を受賞している。

容疑者Xの献身 ブルーレイディスク [Blu-ray]
福山雅治
ポニーキャニオン
2009-03-18


起こった犯罪自体は、どこにでもありそうな事件だが、犯罪を隠ぺいするためのストーリーが凝りに凝っている。

最後まで息をつかせないストーリー展開だ。

この作品は映画化されている。まだ映画は見ていないが、次の画面の通り、湯川の大学の同期生の数学の天才で、高校柔道部コーチの石神を、堤真一(マフラーで顔があまり見えないが)が演じているので、若干違和感がある。



それにしても、これだけのストーリーをよく考えたものだ。

バツイチで娘と暮らす美貌の隣人に片思いの恋心を抱く高校の数学教師石神は、探偵ガリレオこと湯川と警視庁刑事の草薙の帝都大学の同期生だった。

最初に石神が毎朝高校に出勤する前に立ち寄る清州橋付近にある弁当屋と、道すがらの隅田川沿いのホームレスキャンプが登場する。

このホームレスキャンプが「小説のトゲ」となって、後から効いてくる。

この弁当屋で働く、石神の隣人の元夫が殺された。事件を担当する草薙から湯川は相談を受ける。

その事件の関係で、殺された男の元妻が重要参考人として浮かび上がる。しかし、元妻には映画を見ていたという2時間余りを除いて、ほぼ完ぺきなアリバイがあった。

湯川はひょんなことから、その重要参考人の隣人が石神であることを知る。

湯川は石神を天才数学者と一目置いていたが、石神とは卒業後音信不通で20年が過ぎており、天才数学者の石神が一介の高校教師となっていることに驚く。

そして湯川は、この事件は綿密に考えられたアリバイ工作があると見抜く。

親友の石神と対決せざるをえなくなって苦しむ湯川。

湯川は、友人の警視庁の草薙とは別行動に出る。

石神と湯川の直接対決。

その後、石神は思いもかけない行動に出る。

それは……。

というようなストーリーだ。

やりすぎといった感のあるストーリーだが、思いもかけない展開だ。

文庫本で400ページ余りの作品だが、最後まで一気に読んでしまう。

大変面白い小説だ。一読をお勧めする。


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2016年04月09日

カッコウの卵は誰のもの WOWWOWドラマ化された東野圭吾の小説



この前紹介した「プラチナデータ」以来、東野圭吾の作品をいくつか読んでいる。

東野圭吾の作品はいくつもテレビドラマになっている。

この「カッコウの卵は誰のもの」もWOWWOWでドラマ化されて、現在放送中だ。土屋太鳳(たお)が主役の風美役を務めている。

カッコウ






















アルペンスキーでオリンピック出場を目指す風美は親子二代にわたるスキーヤーだ。

風美はどんどん実力を上げ、大会でも上位に食い込むようになってきた。そんな風美が所属する企業チームの新世開発に、ある日脅迫状が届く。風美をチームから外さないと、風美に危害を加えると。

脅迫状が届いてすぐ、風美が乗るはずだったホテルのマイクロバスが事故を起こし、風美のファンだと言って近づいてきた初老の男性が巻き込まれて重体になる。

一方、スポーツ選手の才能は「スポーツ遺伝子」で決まるという理論を証明したい新世開発スポーツ科学研究所の柚木は、元オリンピックアルペンスキー選手だった風美の父親にDNA提供を求めるが、断られていた。

ところが、バス事故後、風美の父親のほうから、DNAを分析してくれと逆に依頼され、風美の亡くなった母親のものだとして血がついた紙を渡される。

分析結果は、風美が持つスポーツ遺伝子は母親も持っていたことがわかる。元オリンピック選手の父のみからスポーツ遺伝子を受け継いだわけではなかったのだ。

風美の母親はスポーツ選手ではなかった。判定結果は柚木をがっかりさせるが、逆に風美の父は不安にかられる。

風美は自分と自殺した妻との子供ではないのではないかという疑問を持っていたからだ。

自分が海外遠征中に妻が入院していた病院には、出産記録はない。

カッコウの托卵のように、どこかで乳児を見つけてきたのではないか?

風美の母親の出身地であり、風美の出生地である新潟や長岡で亡くなった妻の友人や病院を調べまくる父。

柚木も加わって、調査が進むと意外な事実が浮かび上がってきた。

あの風美のファンだといって、近づいてきた男の本当の目的は?……。

というようなストーリーだ。

どういう結末となるのか予想がつかず、どんどん読み進んでしまう。

大変楽しめる小説だ。

テレビドラマはWOWWOWに契約していれば、WOWWOWメンバーズオンデマンドに登録すれば無料でストリーミング視聴できる。

今度ドラマも見てみようと思う。


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2016年03月30日

アルジャーノンに花束を アルジャーノンって誰?



盲ろう者で東大教授の福島智(さとし)さんの、「ぼくの命はことばとともにある」に紹介されていたので読んでみた。



健常者の筆者が全盲ろう者の福島さんに本を教わるというのは、何か逆のような気もするが、福島さんの本に紹介されていたので村上春樹とかの本も読んでみた。

この「アルジャーノンに花束を」は、知的障がい者が自ら経過報告を書くというスタイルで物語が進行する。

テレビドラマ化されて、元NEWSの山ピーこと山下智久が主役を演じており、DVD化もされている。

アルジャーノンに花束を DVD-BOX
山下智久
TCエンタテインメント
2015-11-06



知的障がい者で、6才程度の知能しかないチャーリー・ゴードンは、パン屋で働いている。

みんなと仲良く働いていたが、大学の脳医学研究所から研究対象に選ばれ、頭に手術を受けることになる。

そのときチャーリーと同じ手術を受けたのがハツカネズミのアルジャーノンだ。

大学の研究室では、チャーリーとアルジャーノンに迷路クイズを受けさせると、毎回アルジャーノンがチャーリーに勝った。

チャーリーの手術も大成功で、チャーリーのIQはぐんぐん伸び、ついには普通の人間を超えIQ140以上の天才となる。

チャーリーはどんな本もすぐに吸収し、知識抜群、多くの国の言葉もマスターし、語学も天才ぶりを示す。

しかし、そんなチャーリーをパン屋の仕事仲間たちは恐れ、ついには主人にチャーリーを追い出させる。

頭はよくなったが、仲間がいなくなったチャーリー。

そんなチャーリーをなぐさめてくれる仲間がアルジャーノンだったが、アルジャーノンに異変が起き始める。

そしてチャーリーにも異変が……。

というようなストーリーだ。

この小説を最後まで読むと、なぜ「アルジャーノンに花束を」なのかわかる。

ロマンのあるSF小説で大変楽しめる。

翻訳もいい。

山ピー主演のドラマはどんな展開なのか気になるところである。


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2016年03月14日

プラチナデータ DNA捜査はこうなる? 東野圭吾の近未来警察小説

プラチナデータ (幻冬舎文庫)
東野 圭吾
幻冬舎
2012-07-05


東野圭吾の近未来警察小説。

嵐の二宮和也主演で映画化されている。



この小説の中には年号は一切出てこない。

近未来の日本。

DNA検査が犯人特定に使われるようになる。「ビッグデータ」の犯罪捜査への活用だ。

映画の予告編では、日本国民すべてDNAデータを国が管理するとのキャプションが出ているが、話はそう簡単ではない。

日本の居住者全員からDNAを集めるのは不可能なので、近親者のDNAからも犯人を割り出せるシステムが天才数学者の手によって開発された。

DNAを肉親や親戚が登録したら、自分まで芋づる式に調べられる可能性が出てきたのだ。

これなら犯罪抑制の効果も期待できる。

というのは、もし親類や兄弟がDNAを登録していたら、悪いことをするとすぐに自分が割り出される恐れがあるからだ。

手法は異なるが、スピルバーグの映画「マイノリティレポート」の犯罪未然察知システムを想起させる。



「マイノリティレポート」は「未知との遭遇」と並んで筆者の最も好きなスピルバーグ映画だ。特に、ショッピングモールの虹彩を読んで個人を特定して、その人にあった広告を表示するショッピングモールの場面は興味深いので、よく話題にしている。



話が横道にそれたが、DNA検査の捜査利用は順調なスタートを切った。

採取した毛や体液などの分泌物のDNAを調べて、日本国民の膨大なデータとマッチングすれば、容疑者の身長、体重、身体的特徴、そしてモンタージュ写真まで作ることができるのだ。

まずは逮捕第一号。簡単なものだ。

「朝飯前」だ。

これなら刑事も多数リストラできる。

しかし、そのシステムには致命的な欠陥が……。

突然、なぜか警察庁が本腰を入れて乗り出してくる。

というようなストーリーだ。

今や邪魔者扱いされた豊川悦司が演じる警視庁の捜査一課刑事と、検査結果を解析する二宮和也演じる警察庁特殊解析研究所の主任解析員が主人公だ。

大変面白い。単行本だと430ページもの作品だが、時間を忘れて一気に読めてしまう。

是非一読をおすすめする。


参考になれば投票ボタンをクリック願いたい。






  
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2016年03月07日

天才 石原慎太郎が描く田中角栄

天才
石原 慎太郎
幻冬舎
2016-01-22


石原慎太郎が描く田中角栄の自伝的小説。

この本の「長い後書き」に石原慎太郎が記している。

この本を書くことになったのは、早稲田大学の森元孝教授との会話がきっかけだったという。

森教授は「石原慎太郎の社会現象学」という本を書いている。




「貴方は実は田中角栄という人物が好きではないのですか?」と森教授に聞かれ、

「確かに、彼の様にこの現代にいながら中世期的でバルザック的な人物は滅多にいませんからね」。

と答えたという。

石原慎太郎は田中角栄の金権政治に真っ向っから反対していた。しかし、その一方で田中角栄という政治家が好きだったという。

テレビというメディアを造成したのは田中角栄だし、高速道路の整備や新幹線網、各県に一つの空港、エネルギー資源の乏しい国に適した原子力発電推進、資源をメジャーに依存しないための自主資源外交、30を超える議員立法のいくつかは現在も有効だ。

自主資源外交を推進したためにアメリカの虎の尾を踏んで彼らの怒りを買い、虚構に満ちた裁判で失脚に追い込まれたが、それ以前に重要閣僚としてアメリカとの交渉で見せた姿勢は、彼がまぎれもない愛国者だったということがわかる。

田中角栄の先見性に満ちた発想が、今日の日本の在りようをつくったともいえる。

筆者もまさに石原慎太郎さんと同感だ。

このあたりは、「田中角栄 封じられた資源戦略」という本のあらすじで紹介しているので、参照してほしい。



この本では、田中角栄の生い立ちから、高等小学校を卒業後、土方をやって身に着けた世の中の見方が後々役に立ったことなど、様々なエピソードも交えて田中角栄自身が語るという一人称小説に仕上げているので、非常に読みやすい。

石油ショックでアメリカやメジャーに頼っていた日本のエネルギー自立を促進するため、カナダ、インドネシア、オーストラリア、ニュージーランド、ビルマ(現ミャンマー)を歴訪して資源確保の契約を進めた。

これがニクソンの片腕だったキッシンジャーの反発を買い、キッシンジャーは田中のことを「デンジャラス・ジャップ」と呼んで、のちにアメリカが仕掛けたロッキード事件で田中角栄は失脚した。

次の三木内閣の法務大臣となった稲葉修が「逆指揮権」を発令して、田中角栄は受託収賄容疑で逮捕された(その後起訴され、一審、二審で有罪、最高裁の判決が出る前に田中角栄は75歳で亡くなり、死後最高裁が収賄を認定した)。

三木内閣は総選挙で大敗、次は福田内閣となった。

福田内閣時代には、中国の小平副主席が田中邸を訪ね、「水を飲む時、井戸を掘った人の苦労を忘れない」と言って、田中角栄に感謝したことは有名だ。

この本では田中角栄の妾や愛人との関係などの私生活、政治活動、仲間の政治家の評価などについても、田中角栄自身に語らせていて大変面白い。


小説なので、これ以上は紹介しない。

一人称小説で、これほど読みやすいものは珍しいと思う。

全200ページの本だが、2時間程度で簡単に読める。

是非一読をおすすめする。


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2016年02月13日

武道館 朝井リョウの新作 今度はアイドル路線

武道館
朝井 リョウ
文藝春秋
2015-04-24


筆者が注目している若手作家の朝井リョウさんの新作。

デビュー作は映画にもなった「桐島、部活やめるってよ」だ。






今度は「NEXT YOU」という10代のアイドル少女グループが主人公だ。

本の帯のつんく♂の推薦文がすばらしい。

「アイドルって作るものでなく、楽しむものである方が良いに決まってる。

なのに、著者はこうやってアイドルを生み出す側にチャレンジした。

それも文学の世界で……。

なんたる野望。

なんたるマニアック。

なんたる妄想力。」

筆者は小説は感情移入できるものが好きなので、正直この本はツラかった。

ただ、アイドルビジネスの2つの問題点、つまりメンバーの独立とスキャンダル(恋愛禁止からの逸脱)にフォーカスして掘り下げているので、よく取材しているなあと感心する。

物語は最初は6人でスタートした「NEXT YOU」というアイドルグループの一人が、1年もたたずに「卒業」するところから始まる。「みんなで武道館に行こう」と約束していたメンバーの一人が脱落してしまったのだ。

主人公の愛子は、高校に通いながらアイドルの仕事を続けている。同じマンションの上の階に住む大地とは幼馴染(おさななじみ)だ。

大地と愛子は子供の時から仲良しだ、しかしアイドルは恋愛禁止。たとえ幼馴染でも。

アイドルグループは愛子たち1期生の次は2期生、3期生とどんどん増殖していく。NEXT YOUもいったん5人になった後、どんどん人数が増えていく。

「ファン裏切り親密デート」、「破廉恥スキャンダル」などというマスコミの報道。

握手会や投票権付CD商法。

そしてメンバーの「卒業」。

目標にしていた武道館でのコンサートが決まったのに、なんで今「卒業」なの?…。

というようなストーリーだ。

つんく♂の「なんたる妄想力。」という表現がぴったりだ。

朝井さんは出版社社員との兼業はどうやら2015年でやめて、現在は作家に専業しているようだ。

それで出版ペースも上がっているのだと思う。

才能ある作家だけに、どんどん新しいジャンルに挑戦していってほしいものだ。


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2016年02月11日

鹿の王 2015年本屋大賞受賞作 中央アジアを舞台にしたファンタジー小説

鹿の王 (上) ‐‐生き残った者‐‐
上橋 菜穂子
KADOKAWA/角川書店
2014-09-24


鹿の王 (下) ‐‐還って行く者‐‐
上橋 菜穂子
KADOKAWA/角川書店
2014-09-24


2015年の本屋大賞を受賞した文化人類学者の上橋菜穂子さんの小説。

中央アジアの一国で、現在は隣国の東乎瑠(ツオル)に併合されたアカファ国の戦士ヴァンと、東乎瑠(ツオル)の医師ホッサルが活躍する物語。

KADOKAWAがこの本の紹介サイトを開設しており、そこに登場人物のマンガがある。登場人物のイメージが湧くと思うので紹介しておく。

鹿の王























出典:KADOKAWA 鹿の王特設サイト

アカファ国の戦士「独角」は、東乎瑠(ツオル)との防衛戦で全滅し、リーダーで飛鹿(ピュイカと呼ばれる乗鹿用の鹿)乗りの名人のヴァンは捕虜となり、岩塩鉱山で強制労働を強いられる。

ある日、岩塩鉱山に狼に率いられた狼犬の群れが突入し、鎖を自力で断ち切って逃げ出したヴァンと、かまどに隠されていた赤ん坊のユナ以外で鉱山に居た全員は狼犬(半仔=ハンチャイと本の中では呼ばれる)に襲われて死んでしまう。

狼に率いられた狼犬の群れは、東乎瑠(ツオル)の支配者の鷹狩りにも乱入し、東乎瑠(ツオル)の王の長男までもが狼犬にかまれて命を落とす。

この病は高熱が出て、全身に発疹が広がるという症状を示すものだが、単なる狂犬病ではなく、狼犬にかまれなかった者も同じ病で命を落とす者が続出する。狼犬の血をすったダニからも感染していたのだ。

東乎瑠(ツオル)の医師ホッサルは、この病が単なる狂犬病とは異なることに気づき、血清をつくるために狼犬にかまれても死ななかったヴァンを狩人のサエに頼んで探す。

病気を調べていくとホッサルは今回の一連の出来事の裏で、大掛かりなたくらみを企てている者がいることに気づく……。

というような雄大な自然を背景にしたドラマだ。

作者の上橋 菜穂子さんは医者ではないが、伝染病のことを相当研究していることがわかる。

医師のホッサルを主人公として描いていることから、この本は医療小説として2015年の日本医療小説大賞を受賞している。

単行本で上下1,100ページ余りの大作なので、何日もかかって読んでいるうち、東乎瑠(ツオル)とか飛鹿(ピュイカ)とかの独特の読み方をつい忘れてしまうが、気にせず読んでいくと、またフリガナがふってあって親切である。

医療小説という一面もあり、同じ中央アジアを舞台としている井上靖の「蒼き狼」や「楼蘭」の様な壮大さはないが、興味深く読める小説である。

蒼き狼 (新潮文庫)
井上 靖
新潮社
1954-06-29



楼蘭 (新潮文庫)
井上 靖
新潮社
1968-01-29



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2016年02月07日

海辺のカフカ 1Q84の原型がここにある

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社
2005-02-28


村上春樹作品をいくつか読んでいる。

出世作の「ノルウェイの森」の次は「海辺のカフカ」を読んだ。

「1Q84」のパラレルワールドのようなストーリー展開だ。

田村カフカという中野区に住む中学3年生の少年が主人公で、もう一つのストーリーは同じく中野区に住むナカタという猫と話せるが、知的障害のある老人が中心人物だ。

カフカはもちろん小説家フランツ・カフカの名字で、チェコ語で「カラス」の意味だという。

変身 (新潮文庫)
フランツ・カフカ
新潮社
1952-07-28


少年の別人格として「カラスと呼ばれる少年」も、内なる声としてストーリー展開に重要な役割を果たす。

ナカタ老人が少年の時に記憶力を失った事件に、UFOが絡んでおり、次の「未知との遭遇」のビデオの最後の場面を思わせるような、行方不明になった旧日本軍人が現れる展開もある(次はスペイン語吹き替えバージョン)。



この作品はまだ映画化されていないが、蜷川幸雄さんが舞台化している。



カフカ少年が家出をして、夜行バスで高松に来る。図書館の司書と親しくなって、彼の隠れ家にかくまってもらう。そのあとナカタ老人もトラックをヒッチハイクして、高松に来る。

ナカタ老人を乗せたトラック運転手が、仕事を放りだしてナカタ老人に付き合い、高松で「入口の石」探しに協力する。

パラレルワールドの入口だ。

猫殺しのジョニー・ウォーカーや、「入口の石」のありかを教えるカーネル・サンダースも出てくる。音楽は、プリンスやシューベルトのピアノソナタ第17番などが出てくる。

ファンタジックな、引き込まれるストーリーだ。

大変楽しめる作品である。


小説のあらすじはいつも通り詳しくは紹介しないので、雑駁なあらすじ紹介となったが、参考になれば投票ボタンをクリック願いたい。

  
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2016年01月17日

ノルウェイの森 1千万部を超える村上春樹のベストセラー

今度あらすじを紹介する村上春樹さんの「職業としての小説家」が大変よかったので、村上春樹作品をいくつか読んでいる。

職業としての小説家 (Switch library)
村上春樹
スイッチパブリッシング
2015-09-10


まずは出世作の「ノルウェイの森」を読んだ。累計で1千万部売れたという超ベストセラーだ。






ビートルズの「ノルウェイの森」はビートルズの楽曲の一つとして、登場人物のレイコさんがギターで演奏する場面が出てくる。



インドの楽器、シタールが印象的な曲だ。ちなみに「ノルウェイの森」という曲のタイトルは誤訳とされている(ノルウェイの木材=安普請の部屋というような意味だそうだ)。

主人公は大学紛争が盛んだった1970年代の初めに入学した学生だ。大学のキャンパスはロックアウトされ、学生のロックアウトを機動隊が実力で排除していた時代だ。

筆者は1972年に大学に入った。最初の2か月は大学がロックアウトされていて授業がなかった。暴力的なものではなかったが、国立大学の授業料値上げに反対して、学生がキャンパスをロックアウトしていたのだ。

ちなみに当時の国立大学の授業料は月千円で、これを3倍の3千円にすることに学生が反対していたのだ。幼稚園より大学の方が授業料が安いといわれたものだ。

筆者の入学年度の学生は、変則的に最初の半年は月千円、残りの3年半は月3千円となっていた。筆者より1年上の年次までは、卒業まで月千円が維持された。当時の授業料は入学年度ごとに決まっていたのだ。

村上さんは筆者よりすこし年上だから、大学紛争が激しかったころを経験しているはずだ。

閑話休題。小説のあらすじは、いつも通り詳しく紹介しない。

大学で演劇を学び、いろいろな大学の学生が住む学生寮に暮らす主人公と、高校の同級生で、恋人が排ガス自殺してしまった女子学生の直子、それと主人公と同じ大学で演劇学を学ぶ実家の本屋が閉店してしまった同級生の緑が織りなす物語だ。

同じ学生寮に暮らす東大法学部の外交官志望の永沢さんや、直子が大学をやめて暮らす精神病療養所の同室の元ピアノ教師レイコさんなどがストリーにひねりを加える。

大学紛争の末期に大学に入った筆者は、同世代の話として、つい引き込まれてしまうストーリー展開で、大変楽しめた。

この小説は松山ケンイチ主演で映画化もされている。



どうでもいいことだが、映画では、永沢さんを演じるマッサンの玉山鉄二は、なめくじを食うシーンはあるのだろうか?たぶんゼリーで作ったなめくじを食べて演技するのだろうけど…。

これといった結論じみたものはないが、なめくじシーンに限らず、強烈な印象を残す小説である。


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2015年12月06日

百田尚樹の「殉愛」と暴露本「百田尚樹『殉愛』の真実」

2015年12月05日22時26分45秒 1










































殉愛
百田 尚樹
幻冬舎
2014-11-07


人気作家・百田尚樹さんが、”すべてのスケジュールを半年ずらして”、書き上げた”ノンフィクション”小説。

2014年1月に亡くなった関西の視聴率王、やしきたかじんの最後の2年間の闘病生活と三番目の妻・さくらさんの献身的看病を描いた本。

以前紹介した「たった一人の熱狂」の著者幻冬舎見城社長の755(有名人とやりとりできるツイッターのようなSNSサービス)が閉鎖された原因となったと思われるこの本を読んでみた。



あわせて「殉愛」の疑問点を検証した「百田尚樹『殉愛』の真実」という暴露本も読んでみた。

百田尚樹『殉愛』の真実
角岡 伸彦
宝島社
2015-02-23


百田さんが、”読者はにわかに信じられないかもしれないが、この物語はすべて真実である”とエピローグで書かなければ、また悪者としてイニシャルで登場するたかじんのマネージャーK、たかじんの実子H、音楽プロデューサーのUなどのことをボロクソに書かなければ、実話を元にした小説ということで、これほどまで問題にはならなかったのではないかと思う。

この本ではさくらさんは、ヴェネチアでネイルサロンを経営しており、イタリア人とつきあってはいるが、まだ結婚はしていないと書かれている。しかし、本が出版されて、ネット民がさくらさんの3度の結婚歴を暴き出して炎上。

さらに、元夫のアメリカ人、イタリア人からもコメントが寄せられ、いよいよ炎上は広がった。

「百田尚樹『殉愛』の真実」には、次の相関図が載っている。

抽出したページ 1





















出典:百田尚樹『殉愛』の真実

「殉愛」に1,100件も寄せられているアマゾンのカスタマーレビューは、☆一つが9割という異常事態となっている。

「殉愛 騒動」で検索すると、いろいろな情報が出てくるので、興味がある人はそちらで調べていただきたい。

炎上騒動はともかく、筆者は「殉愛」のたかじんの看病に関する話は、真実に基づいた記述がほとんどだと思う。克明に記録を残していたという、さくらさんの献身的看病は、結婚もしていない相手に対して何か強い気持ちを持っていたことは間違いない。

それが「愛」なのか、あるいはたかじんの財産を狙った「打算」なのかは、誰にもわからない。

「百田尚樹『殉愛』の真実 」では、たかじんの死後、さくらさんが自分の意のままに動かないたかじんの遺言執行人の弁護士を解任したり、たかじんが遺言書で遺贈を決めていた「桃山学院高等学校」や、「OSAKAあかるクラブ」に遺贈を取り消せないか交渉したりしたことを暴露し、さくらさんはたかじんの財産を狙っているような印象を与えている。

さくらさんが示した、たかじんが書いたとされている桃山学院高等学校の温井校長宛ての温井メモも、偽造の疑いがかけられている。

たしかに疑惑を招く行動もある。

しかし、62歳でガンになって不安にさいなまれているたかじんが、献身的に看病してくれたさくらさんに惹かれたのは当然のなりゆきで、ガンの転移による腹膜播種が見つかり、余命数ヶ月と宣告されたタイミングで入籍したことも、さくらさんに最後を看取ってもらいたいという気持ちの表れなのだろう。

さくらさんに隠れて時々会っていた愛人に看病を任せられるわけでもなく、さらには見舞いに来たこともないという実子には、死を迎えるにあたって、遺産などやるものかという気持ちになるのも理解できる。

ただ、”この物語はすべて真実である”というからには、作品の中で登場する重要人物を、いくらイニシャルにしているとはいえ、直接取材もしないで、他の人からの伝聞に基づいてボロクソにけなしていては、炎上のような結果を招くことはやむを得ないと思う。

ノンフィクションというなら、少なくとも、取材申し込みをしたという事実だけは残しておくべきだっただろう。

フェイスブックの犬紹介で、たまたま知り合った62歳のたかじんが、さくらさんと会って数日後に、”昔すごく好きやった女がいて、その人にそっくりなんよ”という理由でプロポーズしたという話も、唐突過ぎる印象がある。

さくらさんのバックグラウンドも調査不足があったのではないか。

ともあれ、筆者にとって、この作品の最大のメリットは、いままで名前しか知らなかった、やしきたかじんという人物を知ったことだ。

たかじん やっぱ好きやねん ‐シングル・コレクション‐
やしきたかじん
ビクターエンタテインメント
2014-03-19



出身高校への1億円の寄付、この騒動が起こっているので大阪府が受け取りを保留している3億円の寄付、たかじんが会長、キャプテンを務めていたOSAKAあかるクラブへの2億円の寄付(たかじんAWARDをつくるための基金)。

遺産10億円とも言われているが、大阪のためにお礼したいというたかじんの強い気持ちが表れる行動だ。なかなかできることではない。

百田さんの筆はなめらかで、病気や治療薬・治療施設の説明も適確だ。ノンフィクションとしては落第点かもしれないが、ガンのこわさを知り、たかじんを知ったことだけでも、読む価値はあったと思う。


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2015年09月07日

銀翼のイカロス 半沢直樹シリーズ最新作

銀翼のイカロス
池井戸 潤
ダイヤモンド社
2014-08-01


堺雅人主演のテレビドラマで、大ヒットを記録した「半沢直樹」シリーズの最新作。

むちゃくちゃ面白い。そのままテレビドラマになりそうだ。図書館で1年近く待った価値が十分ある。

テレビドラマで、金融庁のオネエ調査官、黒崎を演じた愛之助や、中野渡頭取を演じた北大路欣也のイメージが残っているせいもあるが、出てくる場面がビビッドにイメージできる。



今回は帝国航空というJALを思わせるようなナショナルフラッグ・キャリア救済の話だ。

いつかあったような設定だ。

選挙で地滑り的な勝利をおさめ、進政党が憲民党に代わって政権政党となった。

進政党内閣の目玉として、国交省大臣に元アナウンサー出身の白井亜希子が就任し、就任会見で、帝国航空の危機を救うため私的諮問機関としてタスクフォースを結成する旨発表する。

そのタスクフォースのトップは、いままで企業再建を手掛けて実績のある、チェーンスモーカーの乃原(のはら)弁護士という設定だ。

その乃原弁護士は、小学校の同級生で銀行の支店長の息子だった紀本(現在は東京中央銀行の常務で債権管理担当)に、実家の町工場が倒産したことをクラス中にバラさられて、恨みを抱いている。

そして今は乃原が紀本が東京第一銀行時代にかかわった過去の不適正融資を知り、紀本を脅す立場にある。

東京中央銀行は、東京第一銀行と、産業中央銀行が合併してできた銀行だ。いまだに旧T(東京第一系)、旧S(産業中央系)と呼んで、派閥争いが続いている。

旧産業中央出身の中野渡頭取は、行内融和に腐心しているが、旧東京第一出身の紀本は、旧東京第一出身者の部下に命じて、過去の不適正融資関連の書類を秘密の書庫に保管させ、過去の不祥事の隠蔽を図っている。

タスクフォースの乃原は、すぐに結果を出すために、銀行団に対して、巨額の債権放棄を迫る。

大物政治家が動き、女性大臣が圧力をかけるなかで、過去の巨額の不適正融資が明るみにだされそうになり、東京中央銀行のなかでも、債権放棄を受諾しようという動きが出てくる。

それに敢然と立ち向かうのが、中野渡頭取より帝国航空担当者として指名された営業第二部次長の半沢直樹だ。

今回は「倍返し」は1回しか出てこないが、それでも「半沢直樹」節が全開だ。

是非ドラマ化して欲しい作品だ。


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2015年08月28日

ペテロの葬列 宮部みゆきの「人物リサイクル小説」

ペテロの葬列
宮部 みゆき
集英社
2013-12-20


夏休みの旅行中に宮部みゆきのベストセラー小説を読んだ。

この小説は、TBSで2014年に小泉孝太郎主演でドラマ化されている



ドラマでは、ピストルを持ったバスジャックの犯人を長塚京三が演じている。

長塚京三は今年70歳ということで、年は原作の人物と同じだが、原作ではひ弱そうな70歳の老人となっているので、やや違和感がある。

作品のストーリーはいつも通り詳しく紹介しない。今多コンツェルンの社内誌「あおぞら」の編集部に勤務する杉村三郎は、今多コンツェルンの今多会長の娘と結婚し、桃子という娘がいる。

あるとき杉村は、編集長と一緒に元今多コンツェルンの財務トップで今は千葉県で引退している森の自伝を編纂すべく、森をインタビューした帰りに、ピストルを持った老人によるバスジャックに会う。バスジャックは短時間に解決するが、その後、犯人が予言した通り、不可解なことが起こる。

バスジャックで一緒に人質になった人たちが協力して、謎を解いていくという展開だ。

いわば「人物リサイクル小説」で、登場人物一人ひとりが過去や、事件後に異なる役割を果たしている。

バスジャック犯自身は、豊田商事グループ詐欺事件のような、詐欺犯を育成するトレーナーだったという設定だ。豊田商事事件については、知らない人も多いと思うので、Youtubeに載っている事件のビデオを紹介しておく。

豊田商事の32歳の社長が、マスコミが集まっている前でナイフで殺されるという驚くべき事件が起こっている。



「人物リサイクル小説」なので、”この人にこんなことやらせなくとも…”と思うような展開もあるが、新しい登場人物がいないので、その意味では登場人物を覚えやすい。

単行本で700ページもの作品だが、思いがけない展開で、ひきつけられる。

宮部みゆきさんの芸風の広さには感心する。このブログでは、「ソロモンの偽証」「荒神」を紹介しているが、それ以外にも「蒲生邸事件」とかも大変面白い。




荒神
宮部みゆき
朝日新聞出版
2014-08-20



蒲生邸事件 (文春文庫)
宮部 みゆき
文藝春秋
2000-10



筆者は3日で読んでしまった。夏休みなどの時間がある時に、没頭できる小説としてお勧めする。


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2015年08月09日

いなくなった私へ 2014年「このミス」大賞優秀賞受賞作



2014年の「このミス(このミステリーがすごい!)」大賞優秀賞受賞作。作者の辻堂ゆめさんは、今年大学を卒業し、都内のIT通信企業に勤めているという

高校、大学の後輩の作品なので、読んでみた。

辻堂ゆめさんは、大沢在昌の「小説家講座」は受講していないと思うが、出てくるピース(話)がそれぞれ有機的に関連づいていない。小説の「トゲ」がないのが、「このミス」大賞で特別賞に終わった原因だと思う。

小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない
大沢 在昌
角川書店(角川グループパブリッシング)
2012-08-01


「このミス」でも大賞は賞金1,200万円だが、特別賞は200万円を受賞者で分けるので、賞金は100万円だ。賞金100万円では、小説家として独立を目指すのは無理だろう。

出版不況の時代ゆえ、才能抜群の朝井リョウですらも、まずは出版社勤務の道を選んだので、辻堂ゆめさんも一般企業への就職の道を選んだようだが、大沢在昌のテクニックなどを学んで、才能を開花させてほしいものである。

武道館
朝井 リョウ
文藝春秋
2015-04-24




小説のストーリーはいつもどおり詳しく紹介しない。死んだ人の生まれ変わりがいくつも重なって、それぞれの登場人物のストーリーが絡み合っていくという展開だ。

インドの輪廻の泉の話があまり脈絡なく登場するが、なぜ死んだ人の生まれ変わりが、同じ場所、同じ時間に、同じ性別、同じ年齢で登場するのかを、もうすこし研究して欲しかった。1Q84みたいな展開でもよかったかもしれない。



400ページ弱の作品だが、展開にとまどいをいただきながらも引き込まれる作品である。


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2015年05月13日

草の花 西伊豆戸田を描いた福永武彦の小説

草の花 (新潮文庫)
福永 武彦
新潮社
1956-03-13


筆者は西伊豆の戸田(へだ)に毎年夏に行く。夏休みに戸田に行きたくて1年間働いているようなものだ。大学4年生の時は戸田で20日以上過ごしたし、卒業後も独身時代は毎夏数日行っていた。

結婚して家族ができると、なかなか一人で戸田に行くのは難しくなったが、子供が大きくなるにつれ、また一人で行けるようになった。

毎年戸田には沼津から船で行っていたが、戦前から続いた伝統ある定期船も残念ながら昨年で廃止された。

筆者の場合、行きか帰りに沼津港に寄って「双葉寿司」で食事するというのが、戸田に行く楽しみの一つだ。

しかし、定期船がなくなると、修善寺からバスで行かざるをえず、そうなると沼津港に寄るのはかなり寄り道となる。今年は「双葉寿司」にも行けなくなるかもしれない。

戸田に行くのは、そこに大学の保健体育寮があり、昔の寮委員の仲間が集まるからだ。

戸田寮は創設120年ちかい伝統ある寮だ。そんな寮での戦前の弓道部の合宿生活が取り上げられている小説が福永武彦の「草の花」だ。

学生時代に読んで、もう読んだこと自体も忘れていたが、先日寮委員のOB会があり、後輩から教えてもらって読んでみた。

福永武彦は1979年に亡くなっているので、すでに没後36年も経つが、この3月に福永武彦の経歴をまとめた「『草の花』の成立―福永武彦の履歴」という本が出版されている。

独特な描写は病的ともいえるほど繊細で、依然として人気のある作家である。



物語は戦争が終わって間もない昭和20年代の結核病棟(サナトリウム)でスタートする。

6人部屋で恢復中の「私」と、近くのサナトリウムから転院してきた大学同窓生が知り合い、その同級生は成功の確率の低い肺の摘出手術を自ら志願し、術中死する。

私に託された2冊の大学ノートを開くと、彼の2つの物語が綴られているという展開だ。

最初の物語は、戦前の旧制第一高等学校の弓道部が、春の合宿を西伊豆の戸田寮で行うところからスタートする。

文庫本の表紙絵にもなっている和船がなつかしい(表紙の絵は艪(ろ)が流されて漂流している時のものなので、艪は書いていない)。

艪で漕ぐ和船の操船は難しいが、筆者は戸田寮にいたおかげで和船の操船はお手の物だ。 伝統的な和船の操船風景がU-tubeに載っている。



弓道部の先輩・後輩で惹かれあう、今でいうとボーイズラブの苦悩が繊細なタッチで描かれている。

2番目のノートに綴られた物語は、その弓道部の美しい後輩が若くして病死し、残された妹を愛するというストーリーだ。

戦時中の話で、いずれ来る召集令状(赤紙)の恐怖、キリスト教の信仰心、純粋な愛などが中心テーマだ。

漱石の「こころ」は「先生」からの手紙だったが、「草の花」では術中死した友人のノートが物語を伝える。

こころ (新潮文庫)
夏目 漱石
新潮社
2004-03


やはり青春時代に読む小説で、オッサンの筆者が読むのは、やや場違いという感じもあるが、ともあれ、夏の戸田で過ごした学生時代のことなどが思い出されて楽しめる。


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2015年04月25日

フォルトゥナの瞳 ぐいぐい引き込まれる百田尚樹さんの新作

フォルトゥナの瞳
百田 尚樹
新潮社
2014-09-26


このブログでもあらすじを紹介した「海賊と呼ばれた男」につぐ、百田尚樹さんの長編小説。




フォルトゥナとはローマ神話の運命の女神だ。

死期が迫っている人間を見分けることができる能力がある木山は、幼いころに両親と2歳の妹を火事でなくし、それ以来、施設で暮らし、中学卒業とともに就職し、現在は自動車のポリッシングサービスの工場で働いている。

死期が迫っている人間は、まずは指が消えて見え、死に近づくにつれて体の部分や顔までもが透明となってくる。

そのように木山には見えるのだ。

木山は死期が迫っている工場の社長の運命を変えようと、自ら仕掛けて社長を災難から救う。

しかし、その途端に激しい動悸に襲われる。

他人の運命を変えてしまった時には、かならず自分の体も痛めつけられるのだ。

木山のポリッシングは好評で、社長は資金を援助して、木山を独立させる。木山は一国一城のあるじとして、事業は順調に拡大する。

ある日、木山は透明になりかかっている人の運命を変えようと、自ら働きかけるが、見知らぬ男に後ろから声をかけられ、制止される。

その男も人の死期が見えるのだ。

男は人の運命を変えると、自分の血管や心臓もダメージを受けると、木山に警告する。「神の領域に足を踏み込む」からだ。死神の邪魔をするなと。

木山は事故死するはずだった携帯電話の販売員の女性の運命を変え、それからその女性と付き合うようになる。

その女性と結婚まで夢見て、木山は二人で旅行にいく計画を立てるが、町のいたるところに、指や手が消え始めてる人が増えていることに気が付く。

多くの人が死ぬことになるのか…。木山と恋人はそれでも旅行にいくのか…。

といったストーリーだ。

映画「ゴースト」のシーンを思い出す



あの映画では、人間は亡霊を見られないが、亡霊は人間に働きかけられるという設定だった。、

この本では亡霊や死神は出てこないが、映画「ゴースト」の亡霊のような、他人には見られないものを見られる力を持った人間が、数名登場する。

感情移入がスムーズにでき、ぐいぐいひきつけられるストーリー展開だ。

360ページ余りの作品だが、一日で一気に読める。大変面白い小説である。


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2014年12月21日

格闘する者に○ 三浦しをんさんのデビュー作

格闘する者に○ (新潮文庫)
三浦 しをん
新潮社
2005-03-02


このブログで、「まほろ駅…」シリーズなど、何点か作品を紹介している三浦しをんさんのデビュー作。

まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)
三浦 しをん
文藝春秋
2009-01-09


三浦しをんさんは早稲田大学第一文学部を卒業。24歳の時に、この作品で小説デビューした。その当時は筆者が住んでいる町田市に三浦さんは住んでいて、高原書店という本屋でアルバイトしていたという。

東京の郊外の広い家に義母と義理の弟と暮らす大学の文学部に通う政治家の大学生の娘が主人公だ。政治家の父自身は東京都内に住んで、家に寄りつかない。

実は父は代々政治家の家への入り婿で、主人公以外には政治家の家の血筋を引く者がいないという設定だ。

主人公はマンガが好きで、マンガの編集者になるために出版社の就職を狙っている。大学院に進学することを考えている男友達と、すぐにイケメンに惹かれる美人の女友達といつも一緒だ。

K談社とか、集A社、丸川といった出版社が出てくる。

K談社のビルはパルテノン神殿のような古い建物ということだが、現在は近代的なビルに建て替わっている。

集英社は神保町にある。

タイトルは、K談社の筆記試験の監督者が、「該当(ガイトウ)するものに丸をしてください」と言うのを「カクトウ」と言っていたことに発している。

就職活動を描いた作品では、朝井リョウさんの「何者」をこのブログで紹介している

何者
朝井 リョウ
新潮社
2012-11-30


三浦しをんさんは2000年の作品。朝井さんは2012年の作品だ。

同じ早稲田大学を出て、実際に出版社に就職した朝井リョウさんの作品の方が、就職活動の苦しさや葛藤を描いていて、リアル感がある。

三浦しをんさんの方が、主人公もその友人たちも本当に就職する気があるのかよ?という感じだが、小説だから別にリアルである必要もないのかもしれない。

老人の書道家とつきあっている美脚の大学生という設定も奇抜で、喫茶店の中年男の独身のマスターなど、脇役も豊富で、テンポよくストーリーが展開する。

最初に唐突に出てくる象を引き連れた求婚者たちと王女の南国のお見合いの話が、半ばごろまで読み進めると、なぜ出てくるのか意味がわかってくる。

この出だしは面白い。

手軽に読めて楽しめる作品である。


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2014年12月01日

1941年。パリの尋ね人 今年のノーベル文学賞作家 モディアノの作品

1941年。パリの尋ね人
パトリック モディアノ
作品社
1998-07


ノーベル文学賞受賞者発表の時期が近づくと、かならず村上春樹さんの名前が候補として挙げられるが、正直言って、筆者は村上春樹さんのような流行作家がはたしてノーベル文学賞を受賞するのか疑問に思っている。

たとえば今年ノーベル文学賞を受賞したのは、日本ではほとんど名前が知られていないパトリック・モディアノというフランス人作家だ。

どんな作家なのか興味があったので、モディアノの作品を読んでみた。

最初に読んだのが、この「1941年。パリの尋ね人」だ。

この作品は、ドイツ占領下のフランスでユダヤ系住民がどんどん逮捕され、アウシュビッツなどの強制収容所に送られた時代を取り上げている。その数7万5千人余り。

原題は「ドラ・ブリュデール」で、1941年12月31日の「パリ・ソワール」誌に掲載された尋ね人広告で、行方を捜された15歳のユダヤ系少女だ。

この作品は小説というよりは、尋ね人広告の背景と結末を調査した報告書のようなものだ。

モディアノはたまたま気づいたドイツ占領下のパリの尋ね人広告に興味を抱いた。

15歳の少女が行方不明。1941年12月31日に尋ね人の広告が出される。

どんな家族が広告を出したのか?行方をくらました15歳の少女がどうなったのか?両親と少女はどうなったのか?

少女は結局1942年4月に両親の元に戻ってきたが、その間にポーランド系ユダヤ人の父親は逮捕され、収容所に入れられていた。少女もほどなく逮捕されて父親と同じ収容所に入れられる。

1942年9月18日、父親と一緒に少女はアウシュビッツ行の第34移送列車に乗せられる。

1942年9月20日列車がアウシュビッツ到着。移送された1、000人のうち、859人は到着とともにガス室に送られた。少女と父親もガス室で息絶えた。

1943年1月ハンガリー系ユダヤ人の母親も逮捕される。2月に第47移送列車で、母親もアウシュビッツに送られる。

移送者数998名のうち、802名は到着とともにガス室に送られる。少女の母親もガス室で死亡。

まさに映画「シンドラーのリスト」そのものだ。

シンドラーのリスト [Blu-ray]
リーアム・ニーソン
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
2014-12-03





もちろんフランスの警察がゲシュタポに協力したからこそ、ユダヤ系の人びとが逮捕されたのだ。

フランス警察そのものが対独協力者といってよい。

重い作品である。

作者のモディアノ自身もユダヤ系の血をひく。

父親はギリシャ系ユダヤ人で、ドイツ軍占領中は偽名を使って闇屋として活躍していたという。父親とは一度会ったきりだったという。

母親はベルギー生まれの女優。

モディアノは生まれた時から両親からほとんどかまってもらえず、2歳年下の弟のリュディと寄宿舎に入れられた。10歳の時に、弟のリュディが白血病で死んで、ショックを受ける。

モディアノ自身、「自分は占領時代の汚物から生まれた」と語っている。

ドイツ占領下のフランスで、ドイツ軍に協力したヴィシー政権などの人びとは、戦後リンチで殺されたり、裁判にかけられたりして1万人が死んだという。

ユダヤ人連行の歴史はフランスがあまり知られたくない歴史なのだろう。

そんな暗黒の歴史に迫る作品である。

こんな重い作品を読むと、村上春樹のノーベル賞受賞の可能性は限りなく低く思えてくる。そんな気になる作品である。


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2014年11月16日

天地明察 やはり本屋大賞受賞作は面白い

天地明察(上) (角川文庫)
冲方 丁
角川書店(角川グループパブリッシング)
2012-05-18


2010年の本屋大賞を受賞した、江戸時代の改暦(暦を800年もの間使われてきた中国の唐でつくられた宣明暦から日本独自の貞享暦に変えた)を題材にした作品だ。作者は冲方 丁(うぶかたとう)さん。

明察とは正解のことだ。

本屋大賞受賞作は、このブログでも何冊か取り上げている。この作品も含めて、大変面白い作品ばかりだ。

2014年 「村上海賊の娘」
2013年 「海賊と呼ばれた男」
2012年 「舟を編む」
2011年 「謎解きはディナーのあとで」
2010年 「天地明察」

岡田准一主演で映画にもなっているので、こちらも見てみた。原作から一部ドラマタイズした部分があるが、物語の重要な構成物の一つの神社に貼られた絵馬に書かれた算術の問題がどういうものかわかり、江戸時代の算術の計算方法や当時の天体観測のやり方がわかって大変参考になる。今ならレンタルビデオで2泊100円で借りられるので、こちらもおすすめだ。

天地明察 [DVD]
岡田准一
角川書店
2013-02-22


マンガにもなっている。



江戸時代の将軍の前で「御前碁」を打つ碁打ち衆として登城を許された4家(安井、本因坊、林、井上)出身の安井算哲、後の渋川春海の物語だ。

安井算哲は、碁打ち衆ながら、算術と天文にも興味を持ち、算術塾の村瀬塾にも出入りするうちに、稀代の天才和算学者・関孝和の存在を知る。

算哲は、関に向けて絵馬で算術問題を出すが、関は不明な記号を書きつけて、解答しなかった。実は、問題が間違っていたのだ。

算哲は日本全国で北極星を観測して各地の緯度を図る「北極出地」観測隊に組み入れられ、2年間の間日本全国を旅する。その間に、誤問の恥をそそぐため、関孝和向けに算術の設問を考えて、再度挑戦する。

江戸帰還後、算哲は天文の知識と算術の知識を駆使して、800年間使われてきた宣明暦を変える一大プロジェクトのリーダーとして改暦作業を始める。

最初に選んだのは授時暦だ。

日本の暦は天皇が決めるので、朝廷対策として宣明暦、元の時代に編み出された授時暦、明の時代に授時暦を修正した大統暦の3暦勝負を始めるが、…。

好事魔多し。最後の最後で授時暦は部分日食を外してしまう。

失意の算哲は関孝和の研究成果も使って、3暦勝負の敗因を研究し、今度は…。

というようなストーリーだ。映画では宮崎あおいが演じる算術塾の村瀬の親類の娘・えんが小説に花を添える。

まるでノンフィクションかと思わせるように、江戸幕府の大老、老中などの要人、算哲を支援する会津藩藩主、水戸光圀、北極出地の観測隊上司、最強の碁打ち衆・本因坊道策などの登場人物が小説に深みを与えている。

大変面白い本だった。「本屋大賞の本は必ず読もう」という気にさせる本である。


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