2017年02月05日

チャーチルの極秘文書 Mrs. Ferguson's Tea-set

チャーチルの極秘文書
関 榮次
学研プラス
2016-12-06


以前、元外交官で、特に太平洋戦争に至る歴史をチャーチルや蒋介石などの歴史の立役者に注目して研究している関榮次さんの2007年の"Mrs. Ferguson's Tea-set"(英文)のあらすじを紹介した。その翻訳が「チャーチルの極秘文書」という題で発売された。



第2次世界大戦初期、日本がまだ戦争に突入していない時期に、商船に仮装したドイツの軍艦が連合国側の商船やタンカーをインド洋や大西洋で拿捕して、積み荷の原料や原油を奪っていた。

大西洋で活躍していたUボートは商船や軍艦を撃沈させるだけだが、仮装商船は、敵船を拿捕して、積み荷が奪えるので、ドイツにとっては一石二鳥の効果があった。

その中の一隻の「アトランティス」という仮装巡洋艦は、1940年3月から1941年11月までの間に、合計22隻もの連合国側の商船を血祭りに挙げて大きな戦果を挙げていた。

atlantis voyage

















出典:本書 巻末資料

通常英国の外交文書が商船によって移送されるときは、何かの時には海深く沈むように錘のついた外交行李に入れて運ばれるので、商船が拿捕されても、外交行李は拿捕される前に海に投げ込まれて、沈んでしまい、ドイツ側が英国の秘密文書を抑えることはほとんどなかった。

ところが、「アトランティス」に拿捕、沈没させられた英国商船の一隻の「オートメドン」の船荷に入っていた英国のアジアにおける対日戦略と防衛力に関する重要な外交秘密文書は、船長以下の船員が砲撃で死亡したこともあり、偶然ドイツ側に渡り、それが日本に提供されて、日本の香港や、マレー、シンガポール攻撃の参考とされたのだ。

その外交秘密文書がドイツ側に発見されたきっかけとなったのが、Mrs. Ferguson's Tea-setだ。

「アトランティス」のロッゲ船長は、英語が堪能で、拿捕した「オートメドン」の乗客の一人のファーグソン夫人から、自分のティーセットが入ったトランクを「オートメドン」を沈める前に取り寄せてくれと言われ、寛容さを示して、部下にそのトランクを取りに行くよう指示した。

部下が「オートメドン」の倉庫を探しているときに、トランクとともに、外交行李を発見して、船長に届けた。1940年11月11日のことだ。

ロッゲ船長は、その外交文書の価値をすぐに理解し、ドイツ本国に連絡し、ドイツは英国の外交文書の写真コピーを日本のドイツ大使館の海軍武官から日本の海軍軍令部次長の近藤信竹中将に手渡した。

近藤中将は、「英帝国の弱体化は、外見以上にひどいようだ」との感想を漏らしたという。日本海軍では、極秘文書の真偽のほどを疑う声もあったが、内容に含まれている英国軍の配置が、日本側のスパイが収集してきた情報と合致していたことから、本物だという判定を下し、それ以降ドイツとの親密度を深めていった。

この秘密の外交文書が日本の開戦への決断にどう影響したかは、1940年以降の公文書類が敗戦前にすべて焼却されてしまったので、定かではないが、関さんは参謀本部編の「杉山メモ」の1940年12月27日付記述のなかで、政府と統帥部の第3回連絡会議で、及川海軍大臣が、”「文書諜報」によれば、英国はわが国が仏印にとどまる限り戦いは欲していない。しかし、蘭領東インドに手を出すと戦争は必至である”と語っていることを紹介している。



「文書諜報」により、英国の反応は予想していたが、最も重要な米国の仏印進駐に対する強烈な反応を読み違っていた。

また、英国も1940年9月にバトルオブブリテンで事実上勝利してからは、秘密文書が書かれた当時とは事情は異なってきていた。その辺も日本は見誤っていたと関さんは指摘する。

この本では、「オートメドン」の乗組員や乗客のドイツでの捕虜収容所での生活や、途中で脱走してフランス・スペイン経由英国に帰国した元乗組員の話など、面白いエピソードを取り上げている。

裏表紙には、Mrs. Fergusonの遺品となったTea-setの写真が載っている。興味のある方は、原著の"Mrs. Ferguson's Tea-set"のあらすじも紹介しているので、こちらも参照願いたい。

ストーリー展開が秀逸で、一気に読めてしまう。大変面白い戦争秘話である。


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2017年01月07日

販売差し止めにつきあらすじ再掲 日本会議の研究 まるで謎解きのようなノンフィクション

2017年1月7日再掲:

「日本会議の研究」が取り上げた人物の名誉を棄損しているということで、販売差し止めの仮処分が決まった

アマゾンでは、現在本のベストセラー第一位となっている。いずれ販売差し止めになると思うので、あらすじを再掲する。

2016年6月26日初掲:



大学の先輩から勧められて読んだ。

それまで日本会議なるものの存在すら知らなかったので、こんなに政治的にパワフルな右翼集団が、自民党を動かしているとは知らなかった。

日本の国会議員の4割が日本会議に参加しているという報道もある。

ちなみに、ともに就任直後に辞任した松島みどり元法相と小渕優子元経産相は日本会議議連のメンバーではなく、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のメンバーでもなかった珍しい例だという

日本国憲法を改正しようという勢力は、2016年7月10日の参議院選挙で勝利して、参議院の2/3の議席を確保し、憲法改正ができる基盤を整備しようとしている。

それの中心が日本会議だ。

日本会議はホームページを開設している。日本会議のブログへのリンクなど、日本会議の現在の活動がわかるリンクもあるので、参照してほしい。

この本の著者の菅野完(すがのたもつ)さんは、サラリーマン時代にコツコツと日本会議の資料を集め、会社をやめて著述業に専念するようになったという経歴を持つ。Wikipediaでも菅野さんの経歴が紹介されているが、毀誉褒貶が多く、何が正しいのかよくわからない。

日本会議から出版元の扶桑社に対して、この本の出版停止要求が出されており、それもあってアマゾンでは本のベストセラーの17位(本稿執筆時点)となっている。

日本会議は、1960年代後半の長崎大学の学園紛争に勝利した椛島有三現日本会議事務総長らの右派学生を中心とした日本青年協議会が母体となっており、もともとは宗教団体の生長の家の信者の政治活動とも密接なつながりを持っていた。

安倍首相のブレーンの一人とされる日本政策研究センター所長の伊藤哲夫氏、政府の御用学者となっている百地章国士舘大学大学院客員教授などが日本会議の主要メンバーだ。

日本会議の動員力はすごい。現在も憲法改正を実現するために、1,000万人の署名を集めており、ホームページにも「憲法改正を実現する1,000万人ネットワーク」へのリンクが張ってある。菅野さんがこの本で紹介している「武道館1万人大会」の様子も紹介されている。

集客力こそ自民党が日本会議と切っても切れない絆を保っている理由だろう。

生長の家は、谷口雅春氏が創始者の宗教団体で、谷口氏の著書の「生命の実相」は全40巻で、通算1,900万部売れているという。

生命の実相―頭注版 (第1巻)
谷口 雅春
日本教文社
1962-05


生長の家は1980年代に政治活動をやめている。

生長の家の現総裁の谷口雅宣氏は、この本を推薦し、2016年7月10日の参議院選挙では、与党とその候補者を支持しないとブログで語っている

現在の生長の家は、元信者の多くがつくった日本会議を支持していないのだ。

この本は日本会議と主要な日本会議のメンバーの活動に関し謎解きのような展開で、大変興味深く読める。

内容については、ネタバレになるので詳しく紹介しないが、アマゾンで、なんと139件(初掲時。再掲時には265件となっている)ものカスタマーレビューが寄せられており、カスタマーレビューをざっと見ただけでも大体の感じはわかると思う。

ベストセラーとなっているので、ぜひ本屋で手に取ってパラパラ見てほしい。新たな発見があるはずだ。


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2016年12月18日

元検事が明かす「口の割らせ方」 面白い事例が満載



検事出身の弁護士・大澤孝征さんが、自らの体験に基づいて語る本音を語らせる方法。図書館の新刊書コーナーにあったので読んでみた。

まず大澤さんは、本音を言わない理由として次の類型を挙げている。

1.自分自身を守るため
2.虚栄心やプライドなどの感情的な理由から
3.他人をかばうため
4.相手が信用できないため

このうち4の相手が信用できないためという理由が最も多いのではないかと。だから相手に本音を語ってもらうためには、相手の信頼感を得ることが最重要だと説く。


最初に自白を勝ち取ったケース

大澤さんがまだ検事駆け出しの時に、どうしても自白しない被疑者がいた。パン泥棒で、物証や証言は揃っているのだが、本人がどうしても自供しない。勾留期限もぎりぎりになっていた。

大澤さんは部長から、「ばか者!こんな事件を自白させられないで、どうする。これから警察署に行って調べなおしてこい。俺が署長に電話をしてやる」と怒られ、部長の車と専任の事務官をつけてもらって警察署に赴いた。

警察署では署長が出迎え、取調室に案内された。

これまで刑事たちが取り調べても全く自供しなかった被疑者に会い、刑事たちがお手並み拝見と見守る中で、新人の大澤さんは結局、陳腐な、当たり前のことしか言えなかった。

「いくら調べても、いくら考えても、犯人は君しかいないんだ。証拠から見ても、君がやったとしか思えない。だからもう、正直に話してもらえないか」

そうすると、驚いたことに、被疑者は、「検事さん、私がやりました、認めます」と自供を始めた。

大澤さんは「えーっ、認めるの?」と驚いたが、急いで調書を取った。

あとで、「なぜ急に言う気になったの?」と聞くと。

「いやあ、検事さんの顔ですよ。検事さんが入ってきたときの顔があまりにも真剣でいい顔をしていた。自分のことをこんなに真剣に考えてくれていると思ったら、私も嘘はつけませんよ」と語った。

全身全霊で相手にぶつかる、「取り調べは、捜査官の人間性に尽きる」のだと。

狭い密室で、話すものかとがんばる者と、何とか口を割らせようとがんばる者が必死でやりあうのだから、互いの人間性がむき出しになる。そこで真剣勝負ができれば、検事として大きな自信となる。

そのことを新人にわからせるために、部長は逃げ場のない状況に追い詰めたのだろうと。

このような自らの体験に基づく話が満載で、興味深く読める。いくつか事例を紹介しておく。


結婚詐欺師の告白

30代の風采が上がらない男なのに、美女ばかり10人くらいから、ほぼすべての貯金を奪った結婚詐欺の常習犯から聞いた話が面白い。

美人は実はそれほどモテないのだと。

女性同士のグループで、一番早く結婚するのは、3〜4番手の女性からで、美人は最後の方に残ってしまうことも多い。それは男性側に自信がないためだ。フラれる可能性が高いため、男性は一番の美人にはなかなか結婚を申し込まない。

でも一番の美人にしてみれば、自分よりきれいではない友人がどんどん結婚していって、なぜ自分が売れ残るのかという不満をおおいに抱いている、また、自他ともに認める美貌の持ち主だけにプライドも高い。いつか自分の美貌にふさわしい相手が現れるはずと信じている。

そこに結婚詐欺師は目をつける。

医師や大学教授、弁護士、公認会計士などの社会的信用の高い肩書の名刺を作るなど、小道具を準備して、用意周到に女性に近づく。

そのとき、さえない中年男であることが、むしろ真実味を高める。

「医者というけど、この風采だから少し結婚が遅れてしまったのかな。見た目はさえないけど、医者だから頭はいいだろうし、稼ぎもあるだろう」と思わせるような、いかにも本当の医者のように巧みに演じる。

最初は高級レストランなどで贅沢なデートをする。初期投資に金を惜しまず、どんどん金をつかう。

そうすると、「いままで恋愛に縁遠かった男が、自分にメロメロになって尽くしている」と思った女性の方が、いつのまにか結婚詐欺師に籠絡され、自分の貯金をほぼ全額巻き上がられてしまうのだ。

この話は、結婚詐欺師が自慢話として語ったという。罪を犯した人間であっても、他人から認められたいという「承認欲求」を持っているものなのだと。


警察の組織ぐるみの陰謀を暴く

県議会議員の息子が首謀者だった集団強姦事件で、「在宅送致」という方法で、軽微な事件として済ませようとしていた警察の組織ぐるみの陰謀を、現職の刑事を取り調べて暴いた話も面白い。

今ではこんなことは起こらないと思うが、有力な県会議員の息子が首謀者だったので、その議員に対する配慮から警察が組織ぐるみで隠ぺいしようと、出世コースから外れた刑事に担当させて「在宅送致」しようとした。

この刑事は、上からの命令で、やむなく調書をつくったが、自分でも憤懣やるかたなかったので、調書のなかで、被疑者たちは余罪があるようだと、さらっと書いていた。そこに大澤さんは気付いて、この刑事は、最初は否定していたが、必ず落ちると確信していたという。

そこで、刑事の良心とプライドに訴えかけた。

「被害者の涙を見た君が、こんな悪党どもを野放しにして、何も処罰しないような処分ができるのか。刑事として、悔しくはないのか!」

そうすると刑事から本音がでた。

「悔しいですよ!自分だってこんなの、納得できるわけがない」

「察してください。私だってこんなことはやりたくなかった…」

これを聞いて、大澤さんは、その足で警察署に乗り込み、署長に「事情はすべてわかっている。他の余罪をきちんと捜査しなければ、地検で独自に捜査して被疑者を逮捕する。そして公表する」と宣言した。

この事件は最終的に20数名もの逮捕者を出し、議員の息子はもちろん、主要な被疑者たちは10年以上の重い実刑が科せられたという。


チェーン店の店長の使い込み

大澤さんが弁護士となってからの有名チェーン店を展開するやり手の経営者の話も面白い。

30年ほど前の話で、内部告発で、ある店長の使い込みが疑われ、役員による調査では100万円の使い込みを認めた。

さらに、元検事の大澤さんに、まだ隠しているのではないか調べてほしいとの依頼が寄せられ、帳簿や領収書を調べて店長に厳しく尋ねたところ、1,000万円の横領を認めた。

そこで、経営者に刑事告訴を勧めると、経営者は1カ月考えさせてくれという。

1カ月経ったら、経営者から「1,000万円取り戻しましたから、もう本人を許してやってください。彼を呼び出して、先生の方から当座の生活費として100万円を渡してやってくれませんか」と連絡があった。

実は、あの店長が大澤さんの取り調べを受け、1,000万円という額を告白した経緯を店長会議で報告したところ、20数店ある各店舗の店長が恐れをなし、1カ月間どの店長も使い込みをしなかった。

だから、1カ月で前月比1,000万円の利益が上がったのだと。

たたき上げで、トップにのし上がった経営者は、やむを得ない出費の際には、店の売り上げをごまかして、ねん出するしかない店長の立場を知っていた。

そして、相手を許し、100万円を渡した理由は、あの男は、そのまま勤めあげれば1,000万円以上の退職金を支払うはずだった。

許して生活費を渡して温情を示してやると、あの男は今後もこの業界で生きていくはずだから、きっと経営者のことを神様のように思って周囲に吹聴するはずだと。

「多少の宣伝費だと思えば、100万円は安いものですよ」

平然とした顔でそう言ってのける経営者に、大澤さんは開いた口がふさがらなかったという。


裁判官の心を動かした妻の証言

裁判官の心を動かした妻の証言という話も面白い。

酒に酔って何度も他人の家に不法侵入し、住居侵入罪で問われていた男性の裁判で、執行猶予がつくかどうか微妙なケースがあった。

被告人尋問が終わり、奥さんが証人として、裁判官からの質問を受けた。

「奥さん、こんな事件を繰り返す旦那さんは、女として許せないとは思いませんか?」

「はい」

「はっきり言って、ひとでなしですよね」

「そうですね」

「あなたは旦那が戻ってきたら監督すると言っていますけど、こんな人にはいつか愛想が尽きるんじゃないですか?監督すると言ったって無理でしょう」

「いえ、私がきちんと監督します」

「なぜですか。なぜ、あなたはこんな人を監督できると言い切れるんですか」

「好きだからです」

50代の女性の、まっすぐな言葉に裁判官も検事も、一瞬言葉を失ったという。しかし、裁判官は執拗に食い下がり。

「では、あなたが監督していて、旦那さんが再びこんな事件を起こしたらどうしますか」

「私も刑務所に入ります。一緒に!」

何という愚直な言葉。しかし胸を打つ言葉だった。

裁判官はじっと彼女を見つめた後、夫に言った。

「被告人、今、奥さんが言ったことを忘れないように」

これで執行猶予が勝ち取れた。

この本の最後の章では、「実践編 相手の本心を知るためのQ&A」で、結婚して5年目の妻から寄せられた夫に対する疑念とか。新入社員が職場になじめず、何を聞いても「大丈夫」と言っていながら、いきなりうつ病の診断書を持ってきたケース、子供がいじめにあっているようだが、本人は何も言わないといったケースが取り上げられている。

大澤さんは、司法試験に合格した後、サークルの後輩に司法試験の指導をしていた。

司法試験に受かりたければ一日に12時間勉強し、さらに自信を持つためには16時間勉強しろと。

頭の良し悪しや才能のあるなしは関係ない。集中力を保てるかどうか、それを続けられる意思があるかどうか、それだけの話だと。

参考書は目次から索引まで5回精読するのだと。

筆者も実は、学生時代に3年生のときと、4年生の時に司法試験を受験して、最初の短答式で落ちて、全くかすらなかった。

元々あまり法曹職になりたいという強い希望もなかったので、4年で卒業して会社に就職したが、大澤さんの言うように一日に12時間くらいは集中して勉強できるようでなければ司法試験には受からないと思う。

筆者は到底それほど勉強していなかったから、司法試験に落ちるのは当然といえば当然だ。

元検事でカタい話題ではあるが、紹介されている話は面白い。たまたま新刊書コーナーに置いてあった本だが、大変参考になった。これだから図書館通いはやめられない。

一読をお勧めする。


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2015年06月07日

ハリウッドスターはなぜこの宗教にはまるのか サイエントロジーとは



有名なハリウッドスターなどが信奉する新興宗教サイエントロジーを取材した元BBCのレポーター、 ジョン・スウィニーの本。

日本ではサイエントロジーという名前はあまり聞かないが、日本語のプロモーションビデオがYouTubeにアップ
されている。まるで自己啓発プログラムのようだ。



2015年のスーパーボウルにサイエントロジーは広告を出したという。米国で最も高価な広告だ。日本語吹き替え版がYouTubeにアップされている。



日本語サイトも開設されている。

サインエントロジーの最も有名な信者がトム・クルーズで、サイエントロジー会長のデビッド・ミスキャヴィッジに最も近い信者だ。

その他にもジョン・トラボルタジュリエット・ルイスナンシー・カートライトなどの女優も有力な信者だ。

しかし、サインエントロジーから離れていく元信者も多い。トム・クルーズと結婚していたニコール・キッドマンもサイエントロジーになじめず、結局離婚につながったという。

一時トム・クルーズの恋人だったナザニン・ボニアディという女優も、サイエントロジー会長のデビッド・ミスキャヴィッジの言葉がよく聞き取れないという理由で、トムと疎遠になったといわれている。

2007年にはそれまで46年間もサイエントロジーに居て、番頭兼スポークスマンとなっていたマイク・リンダーが脱退した。マイク・リンダーは次のABCのニュース番組には教団側の代表として最後の方に登場する。

YouTubeにはサイエントロジーのうさん臭さを紹介したテレビ番組のビデオが多くアップされている。たとえば次はABCがサイエントロジーを紹介したニュース番組だ。



サイエントロジーでは、オーディターと呼ばれる人が信者のカウンセリングを担当する。その時に使われるのが、Eメーターと呼ばれるウソ発見器のようなものだ。

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出典:Wikipedia

この本では、サイエントロジーの実態を暴こうとするBBCのレポーターがサイエントロジー教団幹部とやりあう場面や、サイエントロジーを離脱した元信者の多くから聞いた話を載せている。

サイエントロジー会長のデビッド・ミスキャヴィッジは、激高するとたとえ教団のトップクラスのメンバーでも、誰彼となく、殴りつけたり、暴力をふるうという。

今一つ正体が不明な教団である。

サイエントロジーという大規模な新興宗教があることがわかって、参考になった。


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2015年03月12日

生ませない社会 産科医療の実態



読書家の友人に勧められて読んでみた。

日本はいよいよ人口減少時代に入り、出生数も減少している。

日本_出生数と合計特殊出生率の推移














出典: Wikipedia Commons

出生数が減れば、産科の数もそれにしたがって減少するのは、やむを得ないところだが、日本の場合には出生数の減少以上に、産科の数の減少が激しい。

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出典:医療施設(動態)調査・病院報告の概況(全日本病院協会 医療行政情報)

たとえば1990年と2007年を比較すると、出生数は124万人から110万人に14万人、10%強減っている。一方、産婦人科数は一般病院では2、189から1,344に減少している。実に40%弱の減少だ。

ネットで検索してみたら、NTTコムリサーチが出している2007年の「産婦人科医が足りない!」というレポートが見つかったので、リンクで紹介しておく

このレポートによると、産科医の減少は出生数減少によるいわば需要減少を上回るペースで減少している、これは産科は夜間や休日でも対応が必要で、勤務がきついうえに、医療過誤で訴えられるリスクが高いからだ。

この本によると、ある大学病院の40代の産婦人科医の賃金は年間1,000万円程度で、アルバイトしたほうが高い給与が得られるという。

医療過誤保険の料率が高いため、若い医者は到底負担できないことも、産科医の高齢化が目立つ理由の一つだろう。

この本では、異常な産科医の労働条件が改善することが難しいなら、米国のように医療費を「ドクター・フィー」(直接報酬が医師に支払われるシステム)と病院に払うホスピタル・フィーに分ける制度にしなければ、インセンティブにつながらないという意見を紹介している。

この本では医療側の事情を紹介するとともに、産む側の女性の産前産後の休暇が取りづらい状況、職場でのマタニティ・ハラスメント、同僚の冷たい態度、夫の育休の取りづらさなど、この本のタイトル通り、日本がいまだに「生ませない社会」であることをレポートしている。

もちろん中には女性従業員が妊娠し、出産しても働き続けられるように、産前産後の休みと、育休を充実させ、保育面でも企業内保育所など、数々の便宜を提供している大会社もあるが、380万社あるといわれている日本の会社は、ほとんどが中小企業であることを考えれば、このような会社はごく一部と言わざるを得ない。

ちなみに企業内保育所は、そもそもラッシュアワーに子連れで会社まで来ることがきわめて困難なので、時差出勤とセットにしない限り、あまり意味がないと思う。

日本の出産では、帝王切開の比率が上がっている。

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出典:平成22年度我が国の保健統計 35ページ

高年齢出産が増えていることも、帝王切開の増加につながっているが、この本では「医師がうまいことを言って、帝王切開に持ち込む」という助産婦の発言を紹介している。

お産をやってくれる医師不足のためアルバイト医師を使っているが、アルバイト医師には残業させられないからとか、大病院では100人に一人でも異常が起こると、訴訟になるから経験を積めず、無難に帝王切開になってしまうといった病院側の理由なのだと。

帝王切開とならんで、会陰切開も不必要に増えているという。この本では、産科医師不足のため、看護師に施術させたという証言を紹介している。

筆者の長男は米国で生まれ、次男は日本で生まれた。

いずれも大学付属病院で生まれたが、米国の産婦人科の制度は、常日頃妊婦を診ている町の産婦人科が、いざ出産となると、大学病院の出産室を借りて赤ん坊を取り上げるというシステムで、医療設備の整った大学病院で出産するので、妊婦と家族の安心感は高い。

ただし、医療保険が普通分娩では大体出産後1泊程度しか認めないので、生まれるとすぐに退院となる。帝王切開の場合には5日ほど病院にいることになる。

会社の保険でカバーされたが、たしか一泊1、600ドル?程度で、ずいぶん高いと感じた記憶がある。

次男の場合は、妊娠中の診察も大学付属病院で診てもらったので、家から車で30分程度、家内が自分で車を運転していった。いよいよとなったら、タクシーで運び込んだ。

いずれも帝王切開で生まれた。長男の時は、当初は普通分娩で頑張ったが、なかなか生まれないので、心音が弱くなってきているとの医師の判断で、帝王切開に切り替えた。

筆者も消毒を受けて手術服に着替え、分娩室に入って家内の手を握って、励ましていたが、帝王切開となるので分娩室から出され、生まれた時に新生児を抱かせてもらった。

今は日本でも希望すれば、夫も分娩室に入って妻を励ますことができるのかもしれない。

次男のときは、日本で帝王切開だったので、生まれてすぐの処置が済んで新生児室に運ばれてくるのを待つばかりだった。

この本を読んで、昔のことが思い出される。


300ページ余りの本で、具体例をたくさん挙げている。

日本の産科医療にも、また妊婦の職場での処遇や産後の勤務待遇にも改善すべき点が多いことがよくわかる本である。


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2014年11月04日

学校の先生が国を滅ぼす 国旗掲揚・国歌斉唱をサボタージュする教員

学校の先生が国を滅ぼす
一止羊大
産経新聞出版
2009-10-31


大阪市で平成10年から12年にかけて小中高一貫の障害児学校の校長を経験した一止羊大(いちとめ・よしひろ・ペンネーム)さんの本。一止さんは、最近でも時々、MSN産経ニュースの「解答乱麻」というコラムに、「はだしのゲン」などについて寄稿している。

一止さんは「反日教育の正体」という本も出している。



アマゾンに載っている産経新聞出版による本の紹介が良くできているので紹介しておく。

産経新聞の名物コラム「産経抄」あてに一冊の自主製作本が送られてきた。学校内での国旗、国歌指導の実態を知ってもらいたい-。そんな思いで、大阪府の元公立学校校長が綴った赤裸々な体験談だ。

着任したばかりの校長にあいさつすらさせない職員会議。入学式や卒業式の国旗掲揚、国歌斉唱は「戦争賛美だ」と決めつけ、「多数決を尊重しろ」と団交を繰り返す教職員たち。

校長を誹謗中傷する文書が保護者にも大量にまかれ、自宅にまで脅迫じみた電話がかかってくる…。とても教育者の集まりとは思えない学校現場の実態。

「あの本を読みたい」「書店では手に入らないのか」。コラムで紹介した産経抄担当者あての電話は鳴りやまなくなった。

産経新聞出版では、この幻の書「学校の先生が国を潰す」を読みやすく再編集、タイトルも「学校の先生が国を滅ぼす」と改め、一般書籍として発売することになりました。

ジャーナリストの櫻井よしこさんは、解説の中で、次のように述べています。

「私は日本の教育が直面する問題について、年来の取材を通じて或る程度理解していたつもりだった。だが、そのような考えが如何に甘かったか、実際の教育現場は想像を絶した真っ只中にある、と突き付けたのが本書である」

目次
第1章 「職場民主主義」の実態

第2章 背後に潜む政党の影

第3章 国旗・国歌法が制定されても

第4章 それは指示か、職務命令か

第5章 相も変わらず懲りない面々

解説・櫻井よしこ そしていま、私たちは、民主党政権の誕生を見た。

アマゾンの本の売り上げ順位 244,204位というマイナーな本にしては、32ものカスタマー・レビューが寄せられている。高評価のものが多いが、1のものもいくつかある。

この本の内容は卒業式、入学式等の学校の正式イベントで、国旗掲揚、国歌斉唱を行うことへの教員の執拗な反対、妨害行為を、当事者の校長自らが細かく記録したものをまとめたものだ。

学校の民主的運営とは、教師と校長・教頭ら管理職とは同等で、職員会議によって多数決で決められるべきだと主張する教員。

これに対して、校長は管理職であり、教員は校長の指導・命令に従わなければならないと当然主張。

さらに、校長が職員会議を開催の指示を出すが、校長は必ずしも職員会議の決定には拘束されないと、校長は主張する。

国旗掲揚、国歌斉唱は文部省の指導要綱にも含まれ、平成11年には「国旗及び国歌に関する法律」も成立した。

これに従うのは当然と主張する校長に対して、式次第から国歌斉唱を省いて印刷したりして、執拗に抵抗する教員。

この本が出た後でも、大阪では一部の教員によるサボタージュにより国旗掲揚・国歌斉唱が徹底できなかったため、平成23年には大阪維新の会が主導して、「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例(平成23年大阪府条例第83号)」が制定されている。

法令・条例でのけりはついているが、この本で紹介されている執拗な教員の反・日の丸、反・君が代の姿勢からすると、はたして今は実態はどうなったのか気になるところである。

ちなみに、この本では勤務時間中の組合活動を問題にすると、教師が「なにわ方式を知らんのですか」と言いだしたこと、教育委員会も認めていたことを暴露している。

「なにわ方式」とは、組合に出席するさい、年休届を出さなくて良いという教育委員会との取り決めで、一応届けを出して後で破り捨てる。いわゆる『破り年休』だという。教育委員会は、非公式には存在をみとめたものの、問題が明るみに出ると否定している。

「この状況が日本の教育現場で、再生産されながら、何十年も続いていること」、「この本に書いたことは、程度の違いはあってもわが国のどの公立学校でも普通に見られる現象だ」と著者の一止(いちどめ)さんは語る。

本当にそうなのだろうか?今はさすがにこんなことはないことを願いながら、この本を紹介しておく。


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2014年10月15日

ピュリツァー賞受賞写真全記録 思い出すあの写真

ピュリツァー賞 受賞写真 全記録
ハル・ビュエル
日経ナショナルジオグラフィック社
2011-12-15


ピューリツァー賞に写真部門が設けられた1942年から2011年までの受賞写真を中心とした写真集。

「ああ、あの写真」と思い出すものが多い。

日本人写真家が受賞した最初の写真は社会党の浅沼稲次郎の暗殺の場面だ。

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出典:ナショナル・ジオグラフィック「ピュリツァー賞」

YouTubeに当時のNHKの映像がアップされている。



犯人は山口二矢(おとや)という17歳の学生だ。これだけ日本刀の短刀をうまく扱えるのは背後に何らかのバックがいたからではないかと思う。

ちなみに山口は逮捕後、拘留中に自殺している。いまでも日本の右翼が毎年11月2日に「山口二矢烈士墓前祭」を開催しているという。

太平洋戦争中に硫黄島で米軍海兵隊がすり鉢山に星条旗を立てている有名な写真もピューリッツアー賞を受賞している。

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出典:ナショナル・ジオグラフィック「ピュリツァー賞」

この写真に写っている6名の海兵隊員のうち、3名はその後数日で戦死したという。米軍にも大変壮絶な戦いだったのだ。

硫黄島の戦闘を題材にして、何本も映画が作られている。

古くはジョン・ウェインの「硫黄島の砂」



クリント・イーストウッドも「硫黄島からの手紙」を映画化している。



そのほかにも見た覚えがある有名な写真ばかりが収録されている。

たとえば次の写真だ。

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出典:ナショナル・ジオグラフィック「ピュリツァー賞」

ハゲワシが飢餓で死ぬ直前の子供を見ている。この写真を撮ったカメラマンは、写真を撮るよりも、なんで子供を救わなかったのかという非難に晒され、ピュリツァー賞受賞直後に自殺している。

インターネットで「ピュリツァー賞」で画像を検索すると、有名な写真がいくつも出てくる。

あらためて見直すと、時代を反映した写真ばかりが選ばれていることがわかる。

興味深い本である。


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2014年05月24日

給食で死ぬ!! 毎日サプリを飲んでいたらどうなるんだ?



給食を米飯と魚中心に変え、校内に花を多く置いたら、いじめ・非行・暴力がなくなり、優秀校になったという長野県真田町の元教育長で、中学校長の経験もある大塚貢さんの本。

大塚さんの給食改革による成果をわかりやすく説明するマンガ本もある。




大塚さんの講演のダイジェスト版がYouTubeに収録されている。これは5分程度なので、まずはこのダイジェスト版を見て頂きたい。このほかに2時間ほどの講演もYouTubeに収録されている




大塚さんの主張

大塚さんは、いじめ、カツアゲ、タバコ、空き巣などの犯罪だらけで、廊下をバイクで走り抜ける生徒もいた非行の激しい中学校に校長として赴任して、次の手法で改革した。

1.まずは、「わかる、できる楽しい授業」にすることに注力した。

2.一週間の給食5食すべてを米飯に変えた。

3.花づくりを推進した。

無農薬、低農薬の素材をつかった給食を実現し、魚を多く食べさせるようにしたという。



お金はかかるが、発芽玄米給食に変えたら、アトピーの子が激減するという効果もあった。

授業改革、花づくり、給食の改善の3本柱で、いじめが減り、不登校が激減した。読書の習慣が出てきた。学力も全国でトップクラスになった。


大塚さんが改革する前の状況

大塚さんが上記3点の改革に取り組む前は、生徒の4割が朝食抜きで、食べていてもコンビニ弁当などの、食品添加物だらけの食事と、レトルト食品、肉食だった。

朝食を摂らないとエネルギーが不足し、それが子供の無気力やイライラにつながる。

また、コンビニ食品による食生活を続けていると、栄養が偏り、いわゆる「血がドロドロ」状態となると大塚さんはいう。

血液をきれいにするカルシウムやマグネシウム、亜鉛、鉄分をはじめ、各種のミネラルも不足するためだ。野菜不足だから、ビタミンが足りなくて、血管が硬くなるなどのトラブルも招きかねない。

このブログでも紹介した「食品の裏側」から引用して、コンビニ食品等でよく使われている食品添加物の「タンパク質加水分解物」は発がん性があると注意喚起している。




学校に花を植える効果

佐世保小6女児同級生殺害事件」、「板橋両親殺害事件」、「奈良医師宅放火殺人事件」、「秋葉原通り魔事件」、「土浦荒川沖駅通り魔事件」、「元厚生事務次官宅連続襲撃事件」、「秋田児童連続殺害事件」、「神戸連続児童殺傷事件」などの凶悪犯罪が起こった学校は、どこも花がないという。

この本では、「花いっぱい運動」を続けるエアコン・暖房機などのメーカーのコロナの社長の話を紹介している。コロナは社員食堂で無農薬栽培のコメや野菜を提供している。

コロナの社長はレイチェル・カーソンの「沈黙の春」を読んでから、農薬の危険性に気づいたという。

沈黙の春 (新潮文庫)
レイチェル カーソン
新潮社
1974-02-20



アメリカでもオバマ大統領夫人のミッシェルさんが中心となって、ハンバーガーなどの高カロリー給食を追放する運動を進めている。

給食改革を取り上げた「ジェイミーの食育革命in USA」という映画もできている。この舞台はウェストヴァージニア州ハンティントンだ。筆者も行ったことがあるオハイオ川沿いの町だ。

飛行機のエンジン部品に使われる超合金の工場があるので、筆者はそこを訪問した。実はハンティントンは全米屈指の肥満率の町だという。



筆者が米国駐在の時は、息子たちが米国の小学校に行っていたので、筆者も小学校の食堂に行ったことがある。セルフサービス式で、サラダなどもあったと思うが、ピザ、ハンバーガー、チョコレートケーキ、コーラ等の高カロリー食が中心だった。

米国で、給食革命が叫ばれるのもわかる。


筆者の意見

大塚さんの「奇跡の食育」が成果を挙げているのは、よいと思うが、「給食を米食に変えたら、イジメ・非行・暴力がなくなった」というのは、因果関係として、いまひとつ理解できないものがある。

子供からサプリを飲ませる人は少ないかもしれないが、一か月分でも1,000円しかかからないマルチビタミン・ミネラルを飲めば、すべての必要なビタミンとミネラルは補給できる。

小林製薬 栄養補助食品 マルチビタミン・ミネラル+コエンザイムQ10(120粒入)【小林製薬の栄養補助食品】[サプリ サプリメント]
小林製薬 栄養補助食品 マルチビタミン・ミネラル+コエンザイムQ10(120粒入)【小林製薬の栄養補助食品】[サプリ サプリメント]

筆者は、25年くらい毎日マルチビタミン・ミネラルを飲んでいる。運動を続けていることもあり、血圧も最適値だ。

「給食で死ぬ!!」という刺激的なタイトルといい、魚食を訴えているだけに、ややフィッシー(fishy)な印象があるが、本当に効果があるのであれば、ぜひ全国の学校で試してもらいたいものである。


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2014年05月10日

オーディション社会 韓国 敗者復活戦がない韓国社会



競争社会の割には、敗者復活戦がない韓国社会の問題点を明らかにした本。

著者の佐藤大介さんは、毎日新聞社を経て、2002年に共同通信社社員となり、2007年に韓国の延世大学に社命留学、その後2009年から2011年末までソウル特派員として勤務していた。

韓国の問題点を指摘する本は多い。

このブログでも「韓国併合への道 完全版」を紹介した日本に帰化した韓国人・呉善花(オ・ソンファ)さんや、元時事通信ソウル特派員の室谷克美さんなどが代表格だろう。

呉善花さんは、処女作の「スカートの風」以来、どちらかというと自分の反省を込めて、自分が体験した日本と韓国の差を様々な例で紹介している。それが韓国政府の怒りを買い、日本に帰化した後は、韓国からは入国拒否の扱いを受けている。







室谷さんは、もはや「芸風」が韓国嫌悪となっており、このブログでも紹介した「日韓がタブーにする半島の歴史」に続いて「悪韓論」、「呆韓論」などの本を次々に出している。



現在「呆韓論」を読んでいるので、こちらのあらすじもいずれ紹介する。

呆韓論 (産経セレクト S 1)
室谷克実
産経新聞出版
2013-12-05


船長や船員が一般乗客を装っていち早く逃げたなど、信じられない事実がどんどん出てくる「セウォル号」の沈没事故、ソウルの地下鉄衝突事故など、韓国の信頼度が著しく低下している。

韓国のテレビでは、船長の適切な対応で全員が助かった日本のフェリー転覆事故を報道して、「セウォル号」との差を報道している。



到底こんな国には住みたくないと思うのが人情だろうが、日本にとっては、韓国が隣国であることは変えられない。

きれいごとのように聞こえるかもしれないが、室谷さんのように、呆れて、「すべての問題の根源と責任はかの国の病にある」といって、避難ばかりしてつき合うことをやめて無関心になるのではなく、少なくとも実情は知っておくべきだと思う。

その意味で、この本は役に立つ。

参考になった点をいくつか紹介しておく。

★韓国のオーディション番組は、人口の4%が参加したといわれるほど人気だ。「スーパースターK」と、スーザン・ボイルを生んだ英国のオーディション番組「ゴット・タレント」の韓国版の「コリア・ゴット・タレント」の2つが特に有名で、スーザン・ボイルと同じように、見かけはぱっとしないが、歌唱力抜群の歌手を生み出している。

その代表格がホガクだ。

身長163センチのずんぐりした容姿で、幼いころに両親が離婚。一緒に暮らしていた父の健康が悪化したことから、中学生で学校をやめ、修理工をして生活費を稼いでいた。母の消息を探し当てたが、別の過程を持っており、再会することはできなかったという過去を持つ。



もう一人は、 チェ・ソンボンだ。3歳で孤児院に預けられ、暴力を受けて5歳で脱走。10年以上もガムなどを売りながら、路上生活をしていたという。



本家のスーザン・ボイルはこんな形で見出された。



韓国社会は競争が厳しく、敗者復活戦もない。ホガクやチェ・ソンボンが人気を集めた背景として「代理満足」(テリマンジョク)があるといわれている。代理満足とは自分が目標を成し遂げられなかった場合、本人に代わって、自分が感情移入できる出場者が目標を達成することで満足感を得られることだ。

★人生の競争は「教育」から始まる
韓国の教育熱はすごい。家計の5割が塾の費用という家庭もあるという。

英語教育熱が高まり、子どもと母親が、英語教育を学ぶために海外で暮らし、父親は韓国でせっせと稼ぐ「キロギアッパ」とよばれる居残り父親が5万人を超えるとも言われている。日本でいう「逆単身」だ。

★韓国は高校全入制
韓国では1970年代に高校入試が加熱し、中学浪人が増加したことから、今は私立も公立も一緒にして、高校標準化が行われ、生徒は学区単位の抽選の結果、各高校に振り分けられる。

韓国では私立といっても、教育の裁量権はなく、日本の受験校の様に中高一貫教育で、高校2年までで高校の全教程を完了するといったことはできない。

これによって、高校間のレベルの差はなくなったが、学校内の学力格差が問題となった。できる生徒は、低レベルの授業に満足できず、大学入試のために塾や予備校に通う結果となっている。

★しかし、実際にはソウル大学などの難関校へ入学するには特殊目的高校に入らないと難しい
高校標準化の例外として、特殊目的高校というエリート校が存在する。もともとは、科学、語学、芸術、スポーツなどの専門教育を受けるための高校だったが、現在は有名大学進学のためのエリート校となっている。

実際、韓国の最難関校のソウル大学の合格者出身高校のトップ20はほとんど特殊目的高校となっている。

高校標準化ではあるが、できる子は特殊目的高校に入学するために、激しい受験戦争を戦っているのだ。ちなみに、プサン他4校ある科学英才学校の倍率は15倍だが、入学後は寮費は無料、授業料も安い。実際にはほとんどの生徒が奨学金を得ていて、実質負担はゼロだという。

★就職のためにボランティア活動証が金で買える
韓国では就職競争も激しい。英語ができる、ボランティア活動に従事した、部活動のリーダーだった等の「スペック」がないと、大企業には就職できない。

だからボランティア活動に従事したという証明書を出してくれる団体を紹介するブローカーが、多数活動しているという。大体日本円で30〜50万円の登録料で正式の活動証明書がもらえるという。

★「八八万ウォン世代」
韓国の就職事情は厳しい。「スペック」をそろえて、みんな大企業や安定している公務員を目指す。しかし、2010年の185大学の卒業者25万人のうち、就職できたのは52%の13万人だ。半数は就職ができない。やむをえず非正規雇用労働者となる者も多い。

正規労働者と非正規労働者の賃金は大きな差がある。正規労働者では平均1,400円の時給が、非正規労働者では平均800円である。

1997年のIMF主導の改革で、2万社を超える中小企業が倒産し、200万人が失業した。このしわ寄せを受けているのが若者だ。1990年には雇用全体の27%が若者だったが、2000年には23%、2010年位は15.3%まで落ち込んだ。

そんな韓国のワーキングプア世代について書いた「八八万ウォン世代」がベストセラーになっている。




★大企業は弱者を救わない
韓国の2010年の企業数は335万社、このうち従業員300人未満の中小企業が99.9%を占め、300人以上の企業は0.1%に過ぎない。

雇用全体でも79%が中小・零細企業だ。

さらにサムスンなど超大企業は、毎年5〜10%のパフォーマンスの悪い従業員を切り捨てている。大企業に入ってからも、激しい競争に晒されるのだ。いったん切り捨てられると敗者復活の道はほとんどない。

1997年の通貨危機の際に、韓国は財閥の経営改革や金融機関の再編などに踏み切り、輸出主導で2年たたずに景気回復にこぎつけ、「IMFの優等生」と呼ばれた。その結果、GDPにおける貿易依存度は88%と世界でも最も高いレベルだ。

輸出中心型企業を中心とする大企業の労働者の平均月収は2011年で42万円、一方、中小企業の正社員の平均月収は26万円で、格差は拡大している。

★お住まいはどちら?
最後に韓国での「住所」というブランド力について紹介している。ソウルでも江南(ハンナム)地区は高級住宅地として有名で、 ハンナムスタイルというPSY(サイ)のヒットソングにもなっている。



日本も、ある程度は、住所はブランドになる。たとえば、関西なら芦屋、東京なら田園調布とか成城学園などだ。しかし、大きい家が相続税対策で小分けされ、小さな家やアパートになっているので、住所=ブランドがだんだん薄れている。相続税課税強化で、今後もこの傾向は続くだろう。

筆者の故郷の神奈川県藤沢市鵠沼も、昔は大邸宅ばかりだったが、今は普通の込み入った住宅地になってしまった。昔の面影はほとんどない。

★家庭崩壊と自殺大国
最後は、「家庭崩壊と自殺大国」というタイトルで、韓国はOECDで自殺率一位であることを紹介している。

特に高齢者の年金が充実していないので、高齢者の自殺が多いのが特徴である。また、有名人の自殺も多い。

元巨人軍の趙 成Α淵船隋Ε愁鵐潺鵝砲留さんの女優チェ・ジンシルが自殺したことは知っていたし、この本でも紹介されている。しかし、趙 成自身も2013年1月に自殺していることをウィキペディアで知った。

たしかに「自殺大国」なのかもしれないが、複雑な思いだ。


この本を読んで、韓国人を応援したいという気になる人は少ないと思う。「セウォル号」事故を見ても、韓国人に生まれなくてよかったと思う人が大半だろう。

しかし、様々な競争を勝ち抜いたきた韓国人のなかには、当然、世界でもトップクラスの人材もいる。今度紹介する「呆韓論」のように、バカにして呆れているだけでは、足をすくわれる。

この本では兵役のことを一切触れていないが、筆者は兵役こそ、韓国社会に緊張感と規律、そして馬力をもたらしているのではないかと思っている。

もちろん中には脱落者もいるが、幼いころから自らを鍛え抜き、厳しい競争を勝ち抜き、兵役も経験して、緊張感のある人生を生きてきた韓国人トップエリートは侮れない。彼らはハングリーでワールド・クラスの競争力がある。それが筆者の持つ韓国人の印象である。


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2014年05月07日

電力と震災 原発はどこでも同じ、ではない 東北電力の地道な地震対策



日経出身で、2004年に独立し、「東電国有化の罠」とか、「JAL再建の真実」など、企業ものを中心に書いている経済ジャーナリスト・町田徹さんの本。

表紙の写真は白洲次郎が東北電力会長の時に、只見川水系のダム建設現場を視察した時の写真だ。

東電国有化の罠 (ちくま新書)
町田 徹
筑摩書房
2012-06-05


只見川水系の開発における白洲次郎の活躍については、北康利さんの「白洲次郎ー占領を背負った男」のあらすじの「続きを読む」に詳しく紹介しているので、参照願いたい。



この本では、東北電力の初代社長の内ヶ贇五郎(うんごろう)や、初代会長の白洲次郎のエピソードについても紹介しており、興味深い。

白洲次郎は、会長室を東北電力の本社ではなく、東京支社に置かせて、水力発電所やダムの建設など政府の開発計画ににらみを利かせていたという。東北電力が建設現場用ランドローバー200台、ヘリコプター、マイクロ波通信などを導入したのも、白洲次郎のアイデアだという。

YouTubeで筆者の町田徹さんが、本の内容を紹介している音声が載っている。



電力会社は、攻撃しようと思えば、いくらでも攻撃できると思う。たとえば料金値上げや、無駄な出費などだ。ところが、この本では東北電力の悪い点はほとんど書いていない。

東北人のイメージのように、冒頓(ぼくとつ)で真面目、しっかりしているという印象を受ける。

東日本大震災では、震源地に最も近かった東北電力の女川原子力発電所は冷温停止に成功し、東電福島第一原発ではメルトダウン事故となった。今もなお周辺は立ち入り禁止区域となっている。

女川原発が海抜15メートルという高台に立地していたことが最大の要因だが、それ以外にも高い防潮堤と引き波対策のためのブロック、事務本館の耐震補強と通信網等、様々な東北電力の地震・津波対策が功を奏して、福島と女川の差になったことがよくわかる。女川原発では、震災後PRセンターに避難してきた被災者40名を原発敷地内に収容することまでやっている。被災者を多数だした福島第一とは、えらい違いだ。

女川原発のこのような地震への備えは、宮城県出身で、三陸津波の恐ろしさを熟知していた平井弥之助という技術者出身の東北電力副社長が、平安時代に起こった貞観津波クラスの巨大津波に耐える必要があると力説していたからだという。

女川原発は無事だったが、女川原発で働いていた技術者の家族が住んでいた女川町既婚者住宅(4階建て)は津波にのまれ、16名の妻子が命を失った。いまだに5名が行方不明ということも、この本では書いている。

ちなみに、3月11日に首相官邸から東北電力の福島支店に問い合わせがあり、東北電力では急遽、電源車を4台手配して、東電の福島第一原発に当日の夜11時までに到着させた。しかし、これらの電源車は、がれきで原発にたどり着けず、やむなくその場に放棄せざるを得なかったという。

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応している。今のところ、飛び飛びではあるが、かなりのページが「なか見!検索」で読める。

全部読むのも疲れるので、まずはここをクリックして目次を見て、ついでに中身もざっと見てほしい。

300ページ余りの本だが、一気に読める。

いくつか参考になった点を紹介しておく。

まずは東北電力の規模だ。

次が2013年3月末時点での各電力会社の契約件数である。

東京電力 : 2,888万件
関西電力 : 1、357万件
中部電力 : 1,052万件
九州電力 :   863万件
東北電力 :   767万件
中国電力 :   522万件
北海道電力:   401万件
四国電力 :   287万件
北陸電力 :   210万件
沖縄電力 :    86万件

東北電力は東電のほぼ1/4の規模である。

この本では震災の時に、東北電力社長以下の面々が、それぞれの部署で、どのように緊急対応したかが紹介されている。

たとえば、東北電力の海輪社長は地震当日名古屋に出張中だったが、急遽取りやめ引き返した。仙台空港が閉鎖されていたので、名古屋から飛行機で新潟に戻り、陸路仙台を目指した。

原町石炭火力発電所では、18メートルの津波で大型船が陸に打ち上げられ、クレーンも4基のうち、3基が横倒しになった。しかし、職員は高さ38メートルのタービン建屋の屋上に避難して無事だった。唯一、消防車の誘導の為に残っていた総務課副長が津波にのまれて殉職した。

東北電力の電力ミックスは次の通りだ。火力が一番大きい。東北電力は戦前の電力大合同前は、221社の中小電力会社の集合体だったせいか、水力発電所が多い。

火力 : 17発電所 1,253万KW(東新潟ーLNG, 秋田ー石油、新仙台ー重油、原町ー石炭等)
原子力:  2発電所   327万KW(女川、東通)
水力 : 227発電所  254万KW

東北電力の釜石営業所、石巻営業所、石巻技術センターなどの職員の奮闘も紹介している。

新潟支店では、中越地震、中越沖地震の時に助けてもらったので、今度は自分たちが助ける番と、地震発生から44分後の午後3時30分に第一陣375名が被災地に向け出発している。地震発生後48時間以内に、700名を復旧支援部隊として派遣した。

新潟支店は地震後1年の間に、93回にわたり復旧支援部隊を送り出し、その数は延べ4万6千名に上る。当時の新潟支店長だった矢萩さんは、山形県の国立鶴岡工業高専卒のたたき上げで、現在はお客様本部長として副社長に昇進している。

東北電力は、地震発生後は停電を早急に解消し、火力発電所を順次復旧させて電力供給力回復をはかった。復旧のためには金には糸目をつけないということで、すでに納入先が決まっていたガスタービンを、採算を度外視して世界中から買い集め、計画停電を回避した努力が紹介されている。

東北電力の原町火力発電所の事務本館ビルには、表面がはげ落ちて無残な姿となったタービン軸受が展示されているという。地震に対する準備を常に怠らない様にとの戒めからだ。

最後に町田さんは、新潟県の泉田知事と話した時に、泉田知事が柏崎刈羽原発の早期再稼働を認めてもよい唯一のシナリオは、「東京電力から東北電力が原発を買い取って、東北電力が運転する」ことだと語っていたことを紹介している。

この話は、にわかには信じられないが、東電と東北電力に対する泉田知事のとらえ方の違いは、たしかに両社の体質の違いを物語っているのかもしれない。

筆者の通っている財団があるビルには原子力規制庁が入っており、今でも毎週金曜日夜になると、原発反対派が10名前後集まってくる。

この原発反対派の人たちのように「原発はどこでも同じ」と考えている人は聞く耳を持たないかもしれないが、女川原発と東通原発の両方を現地取材してきた町田さんの報告は、原発問題を考える上で考慮に値する。


東北電力を持ち上げすぎという印象もあるが、「電力会社はどこも同じ」ではないことがわかる。読みやすく、参考になる本である。


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2014年01月13日

コン・ティキ号探検記 ポリネシア人はどこから来た?

コン・ティキ号探検記 (河出文庫)
トール・ヘイエルダール
河出書房新社
2013-05-08


コン・ティキ号探検記が新訳となって、2013年5月に出版されたので読んでみた。

最初の日本語訳は1951年に出版されている。

トール・ヘイエルダール
月曜書房
1951


映画としてのコン・ティキ号探検記は、ドキュメンタリーとして最初は1950年に公開され、アカデミー賞を取っている

YouTubeに全編が公開されている。



2012年にもリメークされた。




コン・ティキ [Blu-ray]
ポール・スヴェーレ・ヴァルハイム・ハーゲン
松竹
2014-04-09



ノルウェー人の人類学者トール・ヘイエルダールは、ポリネシア、特にイースター島の巨石文明などは、南米の古代文明と共通点があり、南米から移住してきた民族がつくったものだという学説を第2次世界大戦直後に発表した。

しかし多くの学者はヘイエルダールの南米起源説をありえないと一蹴した。

そこで奮起したヘイエルダールが、自分の学説を立証するため、他のノルウェー人4名、スウェーデン人1名のクルーをつのって、南米ペルーのカジャオ港からバルサでつくった帆を備えた筏でポリネシアを目指した。

筏の構造は次のようなものだ。

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出典:以下、特にことわりない限り本書

筏には古代南米の王様にちなんで、コン・ティキ号と名付けた。次はカジャオ港での組み立ての際の写真だ。

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このとき、南米西岸を流れるフンボルト海流から離脱できる沖合まで、筏をペルー海軍に曳航してもらったことが、ヘイエルダールの学説の弱点となっているようで、いまだにこの学説は主流とはなっていない。

ともあれ筏は順調に偏西風に乗って西へ6,000キロ旅をして、とうとうポリネシアのラロイアにたどり着いた。

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ラロイアに着いた時に、暴風雨に見舞われ、筏は帆柱が折れて、無残な状態だったが、乗員全員無事で到着し、ヘイエルダールの南米起源説が可能であることを身を持って立証した。

scanner589














































途中、サメにつきまとわれたり、クジラやバンドウクジラと出会ったりした話が、映画の中でもサスペンスシーンとして出てくる。

食料は野菜などもペルーから十分積み込んであったし、魚には毎日不自由しなかった。

北欧人は、他のヨーロッパ人に比べて魚をよく食べる。またノルウェー人はヨットなどのセーリングには子供の時から慣れ親しんでいる人が多い。

次は筆者がノルウェーに出張した時に、フィヨルドを利用した天然のサーモン養殖場でサーモンを釣った時の写真だ。

ノルウェーサーモンフィッシング




























この時も、ノルウェー人の友人が、オスロ湾に面した自分の自宅からヨットを出して、ヨットでオスロ湾周遊した。ヨットの上でタラモサラダと、ゆでたアマエビをパンに載せて、マヨネーズで食べた。最高の食事だった。

また、週末は船を出して、針金に赤いビニールをつけただけの簡単な疑似餌でタラを思い切り釣った。次は筆者のアメリカ人の同僚のトムが、大きなタラを釣り上げたところだ。

タラ釣り




























帆をもった筏のコン・ティキ号の冒険は、まさにノルウェー人だからこそできた冒険だと思う。

コン・ティキ号をつくるために、エクアドルからバルサの大木を切り出すことが大変だったことや、航海中にトビウオやシイラやブリモドキなどをつかまえて食料にしたこと、サメと戦ったことなど、面白いエピソードが満載だ。

冒険物語として大変面白い。新訳はこなれていて、読みやすい。一読をおすすめする。


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2013年12月26日

実録 ドイツで決闘した日本人 いまだに決闘しているとは!



会社の読書家の友人から教えてもらった。

ドイツ留学時代に学生結社「コーラ・レノ・ニカーリア」のメンバーとなり、ドイツで2回決闘した経験のある京都外国語大学の 菅野瑞治也(みちなり)教授の本。

表紙の写真にある黒マスクをしているのが決闘者で、刀を持っているが白っぽい防着を着ているのがセコンドだ。

決闘の様子は、ドイツ語の"Mensur"のページに詳しいので参照してほしい

菅野教授は3年弱のドイツマンハイム大学留学中に、友人から学生結社「コーラ・レノ・ニカーリア」の会員になるように誘われ、入会した。

ドイツの学生結社は、会員の精神的成長を目的に、メンズーア(決闘)を義務としているので、菅野さんも入会してから剣術の練習をやり、2回の決闘に臨んだ。

決闘といっても、個人間の問題を解決することが目的ではなく、結社会員の精神鍛錬を目的としているので、使う剣は先端が丸くなったもので、突きは禁止なので、死者が出ることはない。しかし、先端から10〜15センチは真剣で、当たるともちろんケガする。

団体戦もあり、真剣勝負のスポーツのような感じだ。

目、鼻、首、そして胴体や腕はワイヤーでできた防具をつけるが、目と鼻を除いた顔と頭は無防備だ。

Menzura-Korporacja_Sarmatia_2004









































出典:Wikipedia

だから決闘ではお互いに顔や頭にキズを受ける。

医者が決闘につきそうので、その場でキズの手当、縫合をしてくれるが、無麻酔なので、その痛みは尋常ではないという。

菅野さんも2回の決闘で顔と頭に刀キズを負っている。

いまだに、こんな決闘などが行われているとは信じがたいが、ドイツのビスマルク、ゲーテ、ニーチェ、マルクスなどもすべて決闘経験者なのだという。

決闘を経験することで、はじめてコーラ・レノ・ニカーリアの会員になれるという。決闘を会員資格として要求している学生結社は他にもあるという。

この本ではドイツでの学生結社での生活や、決闘の様子を詳しく紹介していて興味深い。こんな世界がまだあったのだと思う。


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2013年12月23日

からのゆりかご おどろくべき英国の強制児童移民の実態

からのゆりかご―大英帝国の迷い子たち
マーガレット ハンフリーズ
近代文藝社
2012-02-10


英国が英連邦各国の白人優越主義を守るため、私生児や孤児など恵まれない児童を1900年頃から1980年頃まで、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、ジンバブエなどに送り出した児童移民計画を明るみに出した本。

"Oranges and Sunshine"という題で映画化もされている。



オレンジと太陽 [DVD]
エミリー・ワトソン
角川書店
2013-03-29



著者の英国ニッティンガム在住のソシアルワーカーのマーガレット・ハンフリーズさんは、仕事の延長で養子問題を調べるプロジェクトを1984年に立ち上げた。

そして2年後の1986年に、ハンフリーズさんは彼女の養子問題研究を知ったオーストラリアのアデレード在住の女性から手紙を受け取る。

彼女は早くして両親を亡くして孤児院に入り、4歳でオーストラリアに移民してとして送られてきたのだという。

ハンフリーズさんは、4歳の子供を移民に出すなど、ありえないと思ったが、調べてみるとこの女性以外にも子供の時にオーストラリアに一人で移住して、自分の出生証明書も持っていないという人が多くいることがわかる。

これらの児童移民の英国での親族、ルーツ探しに協力しながら、ハンフリーズさんは児童移民は1900年ころからキリスト教の福祉施設やクリスチャン・ブラザースなどの修道士などが、英国の身寄りのない、あるいは親が何らかの事情で子供を育てられない子供を英国連邦の各国に児童移民として送り込んでいることを知る。

判断力のない子供を移民に送り込むなんてありえないと、ハンフリーズさんは考えたが、調べていくとその数は80年余りで10万人にも上ることがわかった。

特に太平洋戦争が始まった前後は、日本軍がシンガポール、インドネシアと侵攻してきて、オーストラリアまで迫る勢いだったので、オーストラリア軍を増強するために、数年すれば兵士になれる10代前半の子供を積極的に受けいれていたことがわかった。

英国もこれらの英連邦諸国の要請にこたえ、児童移民を組織的に送っていたのだ。

ハンフリーズさんの活動は、BBCでドキュメンタリー化され、オーストラリアでも番組が作られた。

そして映画化された。



中には、親には養子に出したと偽って、子供を英連邦諸国に送り込んだケースもあるという。

豪州政府、英国政府は事実を認め、2009年〜2010年に首相が謝罪している。

この本では、ハンフリーズさんが何度もオーストラリアや英連邦諸国を訪問して、元児童移民の人たちの親族や親、故郷のことなどを、移民の記録や孤児院の記録など、多くの記録を探しながらたどっていく様子がノンフィクションとして紹介されている。

子供を勝手に移民させてしまうという、あり得ない話だが、実話である。

冒頭の表紙の写真だけ見ると、子供たちはちゃんとスーツを着て、良い待遇でオーストラリアに着いた様に見えるが、実はスーツは写真を撮るためだけに着せられたのだと元児童移民は語っている。

ハンフリーズさんの活動を好ましく思わない何者かに、ハンフリーズさんは狙われる危険を冒して、元児童移民に尽くしていたことが紹介されている。

感動の実話である。


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2013年09月14日

ブラック企業 若者を使い捨て、日本の将来を危うくする企業

ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)
著者:今野 晴貴
文藝春秋(2012-11-19)
販売元:Amazon.co.jp

若者を使い捨て、日本の将来を奪うブラック企業についての本。

著者の今野さんは、中央大学法学部在籍中の2006年に学生や社会人を中心にNPO法人POSSEを立ち上げ、労働関係に関する相談を1,500件以上も受付けているという。

NPO法人POSSEでも「ブラック企業に負けない」という本を出している。

ブラック企業に負けないブラック企業に負けない
著者:NPO法人 POSSE
旬報社(2011-09-26)
販売元:Amazon.co.jp

あまり新しい情報はないが、ブラック企業に関する情報がよくまとまっている。大体の内容がわかると思うのでここをクリックして、目次を見てほしい。

このブログでは基本的に個別企業の例は挙げない。この本の目次を見ればわかるし、ブラック企業大賞というようなイベントも開催されており、これに名前が出てくるような企業がこの本でも取り上げられている。



今野さんが挙げるブラック企業のパターンは次の通りだ。

1.大量募集
初めから残業代を含んだ月収を公表して、報酬を誇張する手口や、「正社員」ということで学生を引き付け、実は「試用期間」の間に選別するという手口がある。

2.選別
入社後も選別が続き、資格を取れない者、店長になれない者は自発的に辞めざるを得ない環境に追い込む。選別に耐えられず自殺してしまった人もいる。そして選別からの脱落者を追い込む手口が、今野さんが「戦略的パワハラ」と呼ぶ、職場全体でパワハラを行い自発的に辞めざるをえないように追い込むものだ。

3.使い捨て
「営業手当」などという名目で、一定の手当てを払う代わりに残業代を払わない手口や、「裁量労働制」として年俸制にするなどで、残業代を払わない手口だ。マクドナルドなどで問題になった「名ばかり管理職」、「名ばかり店長」も同様だ。



36(サブロク)協定」の悪用で、異常な残業上限時間を決めるとか(たとえば月80時間以上で決めている例もあるという)で長時間労働を強いる。

そして「離職手続を取らせない」、「最終月の給与を支払わない」、「損害賠償請求で脅す」など、辞めさせないのもブラック企業の典型的パターンだ。

4.職場崩壊
セクハラがあったり、管理職がパワハラし放題。公私混同が激しい。整理整頓が全くできていないなど、職場崩壊もブラック企業の典型的なパターンだ。

ブラック企業の代表として取り上げられることが多いワタミの渡邉美樹社長の、「もう、国には頼らない」を以前このブログでは紹介した。



ブラック企業の代表格としてワタミが取り上げられるようになる前の2008年に書いたあらすじなので、渡邉社長以外の登場人物がほとんどいない等の変なサインには気づいているものの、従業員に対する姿勢は見破れていないところが残念に思う。

ただ渡邉社長の本はいろいろ読んだが、本に書いてあることは、まっとうで正しい主張が多い。しかし、会社経営理念は正しくても、働く人たちの福祉を考えない劣悪な労働条件では、世間からブラック企業と呼ばれることになるだろう。

たとえばワタミで早々に退社する人もいるが、順調に出世していく人も中にはいるはずだ。

この本を読むと、ブラック企業の実態がわかると同時に、なぜブラック企業が店長育成にこだわり、店長にふさわしくない者は早々にふるい落とすのか、ブラック企業側の理由もわかるような気がする。

結局外食産業や小売業などは、いわば「店長力」が企業の力なのだと思う。

現場の店長の接客、仕入れや販売促進キャンペーンなどの采配、アルバイトの使い方で、その店の収益や顧客満足度が変わる。その意味で店長は最も重要な役職で、店長にするために正社員を雇っていると言ってもよい。だから、店長にふさわしくない社員はどんどんふるい落とすのだと思う。

しかし、ふるい落とされる社員にとっては、堪ったものではない。人生が狂わされる結果となる。

企業は店長にとなれる人材を求め、社員はそこそこ働いて人並みの給料がもらえる待遇の良い職場を求める。企業と社員の期待のミスマッチ、それがブラック企業問題のすべてだろう。

今野さんを含め、マスコミなどがいくらブラック企業の実態を報道し、ブラック企業大賞などで、世間の注目度を上げても、ブラック企業とわかっていながら、それでも入社する若者はなくならないと思う。

成功したい、野心のある若者は店長、さらにはその上を目指す。実態がある程度分かった上で、入社するのであれば、もはや外部から言うべきことはないと思う。

この本に書かれているのは一部の実態だと思うが、若者がブラック企業に入社するのであれば、前もって、一部の実態は分かっておいてほしい。

その意味では、この本を読んだり、YouTubeで「ブラック企業」や「今野晴貴」で検索すると出てくる次のような映像を見て、その上で採用応募の判断をすることをお勧めする。




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2013年08月28日

君は一流の刑事になれ 後輩に伝える刑事魂

君は一流の刑事になれ
久保正行
東京法令出版
2010-04-22


東京法令出版というカタい出版社から出された元警視庁捜査1課長からの後輩刑事たちに伝える刑事魂。

この出版社は「捜査研究」という警察関係者向けの月刊誌を出版している。この本も「捜査研究」の「次世代の捜査官たちへ」という連載を編集したものだ。

現場の描写などは詳細で、超リアル。気持ちが悪くなるような表現もあるが、この本の最後で「本文中、現在は不適切と思われる表現が一部ございますが、あくまで捜査現場の様子を描写するためのものとして使用しました。読者各位のご賢察をお願いいたします」と書いてある。


捜査1課とは

「捜査1課」は、よくテレビドラマなどで出てくるが、どんな組織なのかこの本を読んで初めて分かった。

皇居の桜田門に向かって位置する警視庁に勤務する警察官は4万5千人。その中から選り抜きの390人余りが警視庁捜査1課に所属する。

東京で起きた殺人、強盗、放火、強姦、誘拐といった凶悪事件の捜査にあたるのが捜査1課だ。

この本の表紙にある金色に輝くバッチのようなもの。それが”S1S”=捜査1セレクトという捜査1課課員が胸に着ける栄光のバッチだ。

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出典:本書表紙


捜査1課の体制

警視庁刑事部捜査第1課には捜査1課長(警視正、カッコ内は資格)、その下に特殊犯罪対策官(警視)と理事官(警視)の二人がいわば次長として勤務している。警察の資格について詳しく紹介しているサイトがあるので、ここをクリックして参照してほしい。

2009年11月現在では、理事官の下に第1から第7までの強行犯捜査管理官(警視)、そして特殊犯罪対策官の下に第1、第2特殊犯捜査管理官(警視)、そして特命捜査対策室管理官(警視)がいる。それぞれの管理官がいくつかの係を統括している。

全体の体制は本書に載っている次の表の通りだ。

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出典:本書冒頭


著者の久保さんは北海道出身

この本の著者の久保正行さんは、元警視庁捜査第1課長。捜査1課に刑事から警視正までの全階級で勤務した経験を持つ。北海道生まれで、高校の柔道部のキャプテンだったが、北海道警では働きながら大学で勉強できすることは難しいので、柔道を活かして警視庁の警察官となった経歴を持つ。

捜査1課と、鑑識課、機動隊を行ったり来たりしてキャリアを磨き、捜査第1課長、田園調布署長、渋谷署長を経て警視庁第7方面本部長を最後に勇退し、現在は日本航空に勤めている。柔道でも念願の赤白の帯を締められる講道館6段となったという。

いわゆるノンキャリの警察官で、必要とあれば夜も寝ず、家にも帰らず、署の道場に寝泊まりして捜査にあたっている現場の警察官だ。


刑事のみが被害者の無念を晴らすことができる

このブログでも紹介している世田谷一家殺人事件」は依然として未解決のままだ。久保さんもこの本の中で、自分の名刺の裏に世田谷事件の情報提供を呼びかけるメッセージを印刷していたことをふれている。



これだけの凶悪事件で、素人目にはたくさんの証拠が残されている事件が未解決のまま残っているので、正直、警察の捜査力にやや疑問を感じていた。しかし、この本を読んで現場の刑事たちの、私生活を犠牲にして、捜査に打ち込む姿勢には感動した。その刑事たちの誇りが、冒頭で紹介したS1Sのバッチだ。

ホシを挙げて被害者の無念を晴らすのは刑事にしかできないと久保さんはいう。

だから靴底を減らし、私生活を犠牲にしてでも苦労を重ねて検挙する。遺族の「これで成仏できる」との安堵の顔があり、「ありがとうございました」との感謝の言葉に、刑事は心から「よかったね」と、満足感に浸るのだと。

久保さんは、「若者たちよ、損得を先に考えて、手を抜いていないか。額に汗は流れているか。」と呼びかける。もう一度、「人のために何かをしたい」という奉仕の心を原点として立ち返れと。


最初に失敗捜査を語る

この本の最初で犯人が自殺してしまったために、被害者の遺体が今も見つからない捜査1課殺人八係長時代の強盗殺人事件を教訓として紹介している。

この時は捜査中に久保さんは警察署の道場に寝泊まりしていて、被疑者の夢を見て金縛りにあった。その後もそのような夢をたびたび見たという。

花瓶で殴打したことで死亡しうるかの検証も科学的に行い、ABO血液型と、ミトコンドリアDNA検査も導入して証拠をそろえて逮捕状を取って、逮捕に向かったが、あと一歩のところで犯人に逃げられ、高知で自殺されてしまった。

ちなみに、逮捕に向かう日はどんなに長く道場などで寝泊まりなどしていても、必ずきれいな下着を着るのだと。もし殉職したときに汚い下着を着ていたら、それだけでだらしないイメージを与えてしまうからだ。命を賭けてホシを捕る。生き様にこだわり、死に様にもこだわる。それがデカというものだと。

最後に高知県警への感謝と、被害者に対して「どうか許していただきたい。」という一文でこの項を終えている。


この本で紹介している事件と教訓

この本では次のような事件を紹介している。それぞれの事件では、事件の詳細説明の後に教訓がいくつも挙げられている。

第2章 基礎力こそ突破力
     野中署管内ガス自殺偽装殺人事件
     綾瀬署管内女性殺人、死体損壊事件
     元看護師長殺人事件
     渋谷署管内傘による殺人事件

第3章 科学捜査の時代に
     事項直前、DNA鑑定を活用して 綾瀬署管内殺人事件

第4章 難事件に挑む
     外国人によるバラバラ殺人事件(通訳専門の警察官がいることを初めて知った)
     柿がホシを割り出す 新宿署管内強盗殺人事件

第5章 生命の尊さと償い
     母娘死亡強盗殺人事件
     双生児らによる醜悪な強盗殺人事件

第6章 リアルタイムで進行する特殊事件に挑む
     幼児人質立てこもり事件
     酒屋経営者人質立てこもり事件(盾で犯人の包丁から身を守り、犯人を制圧)
     乳児誘拐事件(津川雅彦と朝岡雪路の娘)
     小学生誘拐事件

第7章 若者たちへの道しるべ
     デキる刑事の条件
     よき伝統を引き継ぐ(お茶汲み3年、コロシ3年、アカ(放火)8年など)
     まずマネからはじめよ
     自己への投資はしているか
     捜査力はヤカン酒のごとし
     ひらめきの源は健全な心と身体
     蒔かぬ種は生えぬ
     部下・後輩への愛情
     待っていてくれた先輩

新書などで出ているものとは全然違う内容である。これこそ本物のデカが書いた本だ。刑事小説以上に面白い。

現場の刑事に声援を送りたくなる本である。


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2013年08月24日

聞く力 阿川佐和子さんのインタビューとっておきの話



週刊文春で900回を超える長寿インタビューコーナーの「この人に会いたい」で聞き役を務めている阿川佐和子さんの本。

「○○の力」という池上彰さんの本のシリーズを真似た様なタイトルなので、このブログでも紹介している池上さんの「池上彰の情報力」の様なコンテンツを期待して読んだが、冒頭から様子がおかしい。

池上彰の情報力
池上 彰
ダイヤモンド社
2004-01-29


はじめに阿川さんは自分がインタビューが苦手で、いまだにインタビューに出かける前は、ビクビクどきどきしていることを告白しており、自分が「新書」を出すような柄ではないと謙遜する。



池上さんのような報道記者の「聞く力」とは、差があって当然かもしれない。

いくつか「聞く力」のヒントもある週刊誌のコラムの裏話と思って読むと良いと思う。

いくつか印象に残ったポイントを紹介しておく。

4.自分の話を聞いてほしくない人はいない。

5.質問の柱は3本。

6.「あれ?」と思ったことを聞く
  たけしとインタビューした時に、たけしが頻繁におしぼりで目を拭いている。バイク事故の後遺症で目が乾くのだと。「まわりはさ、もう治ったと思ってくれているけど、俺の中ではまだ治っていないんだ。あれでもう、北野武は終わったって、俺自身、思ったもん」

「HANA-BI」はたけしの自身の体験から生まれた映画なのだと。



12.会話は生ものと心得る
鶴瓶にインタビューしていた時に、途中でスタッフから今話題の「みそぎ」について聞けと言われ、阿川がスタッフに対してキレた。それをとりなした鶴瓶のセリフが「ま、ええやないですか。トークは生ものやさかいに」だったという。

22.「オウム返し質問」活用法
俳優の西村雅彦さんにインタビューした時に、西村さんに「僕、人に『えっ?』て言われると傷つくんですよ。」と言われ、それ以来「えっ?」の使い方には注意しているという。「えっ?」が出ないように、オウム返しで答えるのも有効だと。

32.憧れの人への接し方
憧れの人ジュリー・アンドリュースと会ったときは、ジュリー・アンドリュースが出演した「メリー・ポピンズ」から、「スパーカリーフラー…」とかを歌って見せたという。他人の参考にはならないだろうが、阿川さんの人柄がわかるストーリーだ。





35.遠藤周作さんに学んだこと−あとがきにかえて
遠藤周作さんは、阿川さんのお父さんの阿川弘之さんの友達だったので、子供のころからの知り合いだった。信心深い反面、茶目っ気があって周りを明るい気分にしてしまうキャラクターだったという。

その遠藤さんがインタビューアとなる雑誌の対談で、阿川さんがアシスタントをしていたところ、ある時遠藤さんがインタビューを終えて怒っていたという。「ダメだよ、あの人は。ちっとも具体的な話が出てこないんだもの。ちっとも面白くない!」

具体性が大事だと教えてくれたのは、遠藤さんだったという。本でも同じで、このブログで紹介しているのは、すべて具体的な話だ。やはり具体性がないと話は印象にも残らないし、面白くない。


気軽な話題が満載で楽しめる。そして、「聞く力」を考えるためのヒントになる本である。


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2013年07月23日

イヴの七人の娘たち ミトコンドリア・イヴとは?

イヴの七人の娘たち (ヴィレッジブックス N サ 1-1)イヴの七人の娘たち (ヴィレッジブックス N サ 1-1)
著者:ブライアン・サイクス
ウイーヴ(2006-11)
販売元:Amazon.co.jp

ヒト細胞のミトコンドリアからDNAを取り出し、そのパターンを研究することでヒトの起源を研究するオックスフォード大学人類遺伝学教室のブライアン・サイクス教授の本。日本では2001年に出版されている。

「ノンフィクションはこれを読め」で紹介されていたので読んでみた。

ノンフィクションはこれを読め!  - HONZが選んだ150冊ノンフィクションはこれを読め! - HONZが選んだ150冊 [単行本]
著者:成毛 眞
出版:中央公論新社
(2012-10-24)


サイクス教授の研究室では、自分のDNA検体を送ると199ポンドで自分がどの祖先の系列に属するかDNA判定してくれるサービスをウェブで提供している。

同じウェブサイトでは、この本の続編の「アダムの呪い」にちなんでY染色体の分析サービスも提供しているようだ。「アダムの呪い」も今度読んでみる。

アダムの呪い (ヴィレッジブックス)アダムの呪い (ヴィレッジブックス)
著者:ブライアン サイクス
ヴィレッジブックス(2006-12)
販売元:Amazon.co.jp


ミトコンドリアDNAが選ばれた理由

ヒトの起源を研究するために、ヒトの細胞のミトコンドリアDNAが研究対象に選ばれた。

ミトコンドリアは細胞内に共生し、細胞がエネルギーを作り出す手助けをする。筋肉や脳、神経などの活発な細胞には、1,000ものミトコンドリアが含まれている。ミトコンドリアDNAが選ばれた理由は次の通りだ。

1.細胞核に含まれるDNAより、ミトコンドリアDNAの方が多く含まれている。
2.細胞のDNAが30億塩基もの膨大な規模なのに、ミトコンドリアDNAは1万6千5百塩基しか含まれておらず、しかもそのうち500塩基のDループと呼ばれる部分に突然変異が集中している。
3.細胞核のDNAの突然変異が10億年に1度という頻度に対し、ミトコンドリアDNAの突然変異はより高い頻度で起こるので、分子時計として役立つ。


ミトコンドリアは常に母系遺伝

ミトコンドリアは卵子には25万個も含まれているが、精子にはしっぽの部分に卵子をめざして泳いでいくときに必要なエネルギー分の、ごくわずかのミトコンドリアしか含まれていない。

受精するときには、精子のしっぽは切り捨てられ、受精卵のミトコンドリアはすべて母親と同じものになる。だから、ミトコンドリアDNAは母系遺伝しかないのだ。


ミトコンドリア・イヴ

1987年にUCバークレーのレベッカ・キャンとアラン・ウィルソンのグループが世界147民族のミトコンドリアDNAを調査した結果、アフリカ人の系列とアフリカ人から分岐した系列に分かれることがわかった。これが人類アフリカ単一起源説を裏付ける有力な証拠となった。

そして、現人類の最も近い共通母系祖先は16万年+/ー4万年にアフリカに住んでいた女性だということがわかった。これをマスコミが「ミトコンドリア・イヴ」と名付けた。

この本では、「彼女は60億人一人ひとりの母系祖先の根本に位置する。われわれはみな、彼女の直接的な母系子孫なのだ。」と表現している。


ミトコンドリア・イヴの誤解

これが非常に誤解を招く部分だ。全人類の共通の祖先は15万年前にアフリカに住んでいた一人の女性、つまり「ミトコンドリア・イヴ」だというように、しばしば誤解されているが、そういう意味ではない。

ミトコンドリアDNAは母系のみしかたどれないので、たまたま生まれた子が男ばかりだったりすると、そこでミトコンドリアDNAの系図は途切れてしまい、それ以上はたどれない。しかし、だからといって、系図が切れてしまうわけではない。

我々の父母は2人だが、祖父母は4人、祖々父母は8人、祖々々父母は16人と、年代をさかのぼるほど祖先の数は増えていく。20世代さかのぼれば、祖先の数は100万人を超す。しかしミトコンドリアDNAの祖先は、母親、の母親、の母親、の母親…という具合に世代に一人だけだ。

人類の祖先のうち、ミトコンドリアDNAがつながったのは一系統だけで、ルートをたどれば、ミトコンドリア・イヴまでたどりつくという意味である。誤解を避けるために、今では「ラッキー・マザー」と呼ぼうという動きがあるようだ。

「ミトコンドリア・イヴ」と同じ時代の他の女性も、われわれの祖先である可能性がある。しかし、ミトコンドリアDNA系図は途切れているので、わからないということなのだ。


現代人類のミトコンドリアDNAグループ

現代人類のミトコンドリアDNAのパターンは、次の35グループに仕分けられている。名前はそのグループの共通の祖先となった女性のニックネームだ。

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出典:本書325ページ

現在のヨーロッパに住んでいる6億5千万人の90%は次の7つのグループに属するという。それが「イヴの7人の娘」と呼ばれる祖先たちで、この本の主題だ。

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出典:本書322ページ

「イヴの7人の娘たち」というと、あたかもイヴに7人娘がいたように聞こえるが、上記の表を見てもわかるとおり、4万5千年前のアースラから、1万年前のジャスミンまで年代もバラバラ、生きた環境もバラバラのバーチャル祖先像だ。

7グループのうち、ジャスミンのみが肥沃な三角地帯で生まれ、農耕をヨーロッパにもたらしたグループの祖先だ。他の祖先は、すべて狩猟民族である。


バスク人は特別

現代のバスク人は、もともと農耕が伝わる前のヨーロッパに暮らしていた狩猟民族の末裔であり、血液型もRH−が世界一多いという特徴がある。

筆者のアルゼンチン時代のベルリッツ・スクールのスペイン語の先生の一人がバスク人の女性だった。白人にしては背が低く、すんぐりした体型の人で、南欧系のエキゾチックな顔をしていた。

どうでもいい話だが、インフレ率が年200%を超える当時のアルゼンチンで、彼女はダイナースのクレジットカードを持っていた。クレジットカード払いなら、支払いは1カ月ほど先になるので、月間10%ほどのインフレ分は割引になる。

結構いいファミリーの出身だったのだろうが、日本人の駐在員でもクレジットカードを持っておらず、札束を持って歩いていた時代なので、うらやましかったものだ。

ちなみにアルゼンチン人の10%はバスク系だという。エヴァ・ペロンとか、チェ・ゲバラもバスク系ということだ。


日本人の祖先は9グループ

日本人の95%は、次の表のように9つのグループのいずれかを祖先に持っているという。

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出典:本書357ページ

この本では日本人に関しては、アイヌや琉球人はもともと日本列島に住んでいた縄文人で、韓国からやってきた弥生人のために、北と南へ追いやられてしまったという学説を紹介している。日本人の大半のDNAは現代韓国人と共通しているので、母系祖先は弥生人以降の移民にたどることができるという。

ミトコンドリアDNAによって現代人の祖先を探る研究の成果のみ紹介したが、この本の半分はミトコンドリアDNA分析による次のようなテーマの調査であり、興味深い内容だ。

★アルプスで発見された5,000年以上前のアイスマンのDNA分析

アイスマン―5000年前からきた男 (ノンフィクション 知られざる世界)アイスマン―5000年前からきた男 (ノンフィクション 知られざる世界) [単行本]
著者:デイビッド ゲッツ
出版:金の星社
(1998-01)


★ロシア革命の時に虐殺されたロシア皇帝ニコライ2世一家の遺体のDNA鑑定

ニコライ二世とアレクサンドラ皇后―ロシア最後の皇帝一家の悲劇ニコライ二世とアレクサンドラ皇后―ロシア最後の皇帝一家の悲劇 [単行本]
著者:ロバート・K. マッシー
出版:時事通信社
(1996-12)


★ポリネシア人のルーツの判定

ヘイエルダールがコンチキ号でポリネシア人の南アメリカ起源説が可能であることを実験で示したが、ミトコンドリアDNAの分析では、アジア起源説が立証された。

コン・ティキ号探検記 (河出文庫)コン・ティキ号探検記 (河出文庫) [文庫]
著者:トール・ヘイエルダール
出版:河出書房新社
(2013-05-08)


★ネアンデルタール人はヨーロッパ人の祖先なのか

アナザー人類興亡史 −人間になれずに消滅した”傍系人類”の系譜− (知りたい!サイエンス)アナザー人類興亡史 −人間になれずに消滅した”傍系人類”の系譜− (知りたい!サイエンス) [単行本(ソフトカバー)]
著者:金子 隆一
出版:技術評論社
(2011-04-21)


タイトルがキャッチーすぎて、「ミトコンドリア・イヴ」が全人類共通の唯一の祖先と誤解したままであらすじを紹介している人もいる。さもありなんと思う。

この本がきっかけで、いろいろ調べていくうちに「ミトコンドリア・イヴ」の誤解も解けた。参考になる本だった。


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2013年06月02日

モサド・ファイル イスラエル最強スパイとその敵列伝

2013年6月2日追記:

マイケル・バー=ゾーハーのスパイ小説「エニグマ奇襲指令」を読んでみた。小説のあらすじは詳しく紹介しないが、最後の史実に基づくどんでん返しが面白い。

エニグマ奇襲指令 (ハヤカワ文庫 NV 234)エニグマ奇襲指令 (ハヤカワ文庫 NV 234)
著者:マイケル・バー・ゾウハー
早川書房(1980-09)
販売元:Amazon.co.jp

エニグマはナチス・ドイツの暗号通信機として有名だが、実は第2次世界大戦がはじまる前にポーランドの情報部がエニグマを1台入手していた。

そのエニグマが英国に渡り、英国は暗号解読情報を「ウルトラ」として最高幹部のみに配布していた。

暗号解読によりコベントリー爆撃情報を事前に得ていたが、チャーチルはコベントリー市民に何の警報も出さなかった。暗号解読をドイツに疑われないためだ。

エニグマは複数の文字盤から構成され、文字盤は時々差し替えられた。



そのたびごとに沈没寸前のドイツのUボートや、船舶などから文字盤入手努力が続けられ、暗号解読がなんとか継続されたのだ。

ディスカバリーチャンネル Uボート 捕獲大作戦-エニグマ暗号を解読せよ!- [DVD]ディスカバリーチャンネル Uボート 捕獲大作戦-エニグマ暗号を解読せよ!- [DVD]
角川書店(2005-12-23)
販売元:Amazon.co.jp


2013年5月11日初掲:

モサド・ファイルモサド・ファイル
著者:マイケル バー=ゾウハー
早川書房(2013-01-09)
販売元:Amazon.co.jp

世界最強と言われるイスラエルの情報機関モサドのスパイや、モサドと敵対したテロ集団のリーダーなど21人の列伝。

イスラエルの元国会議員で、「エニグマ奇襲指令」や「ミュンヘン」などのスパイ小説を多く書いているマイケル・バー=ゾウハーとジャーナリストのニシム・ミシャルの作品。

ミュンヘン―オリンピック・テロ事件の黒幕を追え (ハヤカワ文庫NF)ミュンヘン―オリンピック・テロ事件の黒幕を追え (ハヤカワ文庫NF)
著者:マイケル,バー ゾウハー
早川書房(2006-01)
販売元:Amazon.co.jp

HONZに紹介されていたので読んでみた。HONZは書く人のノルマが決まっているためだと思うが、たいして面白くない本まで紹介しているので玉石混交だが、中には面白い本もある。

周囲をアラブ諸国に囲まれ、自前の核兵器は持っているものの、イラン、イラク、シリアなどで続けられる核開発の阻止のために、暗殺や空爆などあらゆる手段を使って自国を守っているモサドの活動を描いていて大変面白い。

この本で取り上げられている21の物語は、大別すると次の4パターンとなる。それぞれの代表的な章のあらすじを紹介しておく。


パターン1.モサドの主要人物の紹介

第1章 闇世界の帝王
YouTubeにもインタビューが掲載されているメイル・ダガン前モサド長官の話だ。


第1章では、ダガン長官のイスラエル国防軍時代のPFLPパレスチナ解放戦線のテロリストキャンプ奇襲など数々の功績が紹介されている。

ダガンの祖父はチェコでナチスに殺害された。この本では、撃たれる直前にナチスの前で法衣を着て抗議する祖父の写真を紹介している。ダガン長官はこの写真をデスクに飾っていたという。

ダガンは国防軍から引退していたが、アリエル・シャロン首相の選挙を手伝ったことから、2002年にシャロン首相からモサドのトップに任命された。

シャロン首相の口説き文句は、「口の中に短剣を隠し持つ男をモサド長官に据える必要がある」だったという。

ダガンは2011年までの9年間モサドのトップを務め、シリアの原子炉を破壊し、イランの核兵器製造計画をつぶし(第2章参照)、ヒズボラなどのテロリスト幹部を暗殺した。

第5章 「ああ、それ? フルシチョフの演説よ…」
KGBのスパイとなったモサドスパイのヴィクトル・グラエフスキの二重スパイとしての活動が紹介されている。

ヴィクトルはモサドのスパイになる前に、ポーランドの党書記長秘書からスターリン批判をしたフルシチョフの演説を数時間借りて、イスラエル大使館に持ち込んでコピーさせた。

フルシチョフは1956年に、スターリンは数百万人のロシア人と外国人を殺害した大量殺人犯であることを暴露していたが、西側はその情報をつかんでいなかった。

これが西側がスターリン批判を知る初めてのきっかけで、モサドはCIAに情報を提供して感謝された。ヴィクトルがモサドのスパイとなった後、KGBからスパイとしてリクルートされ、二重スパイとなった。

ヴィクトルは、長年モサドが都合よく編集したイスラエル情報をKGBに流して、KGBから勲章をもらった。その後モサドからも表彰され、ダブルで勲章を受けた初めての二重スパイとなったという。

第9章 ダマスカスの男
シリアで政権党のバース党に近づき、政財界の大物や夫人に多額の贈り物をして、最高権力を持つ実力者グループの一員となったエリ・コーヘンの物語。

シリア政府はヨルダン川の流れを変えて、イスラエルを水不足にしようという計画を進めていた。

エリ・コーヘンは、計画立案と工事を請け負ったサウジアラビア人実業家のビン・ラディン(オサマ・ビン・ラディンの父親)と親しくなって情報を入手し、イスラエルに無線で送信した。

イスラエルは情報に基づく正確な空爆で工事を中止に追い込んだ。シリア政府は毎晩送信される通信の出所を突き止め、エリ・コーヘンを逮捕する。

エリは公開処刑されたが、イスラエルの国民的英雄となった。


パターン2.イランを中心にアラブ世界でも核開発を推進しようとする動きを、何としても阻止しようとするイスラエルの動き

第2章 テヘランの葬儀
イランはシャー時代はイスラエルと同盟国で、イスラエルはイランの原子力発電所建設を警戒していなかった。しかし、イスラム革命が起こり、イラン・イラク戦争が勃発すると事態は一変した。

イランは核兵器開発を決断し、パキスタンからウラン濃縮技術を買い取って自前の核兵器生産計画に着手した。当初の敵はイラクだったが、その後はイスラエルが仮想敵国となった。

イランにウラン濃縮技術や設計図を売り渡したのは、パキスタンの死神博士と呼ばれるアブドゥル・カディール・カーン博士だ。

この本では多くの飛行機墜落事故や原因不明の爆発、ミサイル攻撃、自動車爆弾など、あらゆる手を使って、専門家を殺し、施設を破壊して、イランの核開発を遅らせたモサドの工作が暴かれている。

ダガン前モサド長官は、2011年に退任するときに、「イランの核計画の完成は少なくとも2015年まで延びた」と語ったという。

第8章 モサドに尽くすナチスの英雄
第2次世界大戦中、1943年9月にムッソリーニが反体制派のクーデターでアペニン山脈に幽閉されていた時に、ナチス空挺師団が救い出した。その一員のスコルツェニーは戦後スペインに移住して会社を経営していた。

1963年にモサドはスコルツェニーを訪問して、協力を要請した。当時エジプトがドイツ人のロケット科学者を多数リクルートして、ミサイル開発をしていたからだ。

当時のイスラエルのベングリオン首相は、西ドイツのアデナウアー首相と個人的な信頼関係を築いており西ドイツから砂漠の開発費用として多額の借款を受けたり、数億ドルの戦車、大砲、ヘリコプター、飛行機をユダヤ人虐殺の償いとして無償で提供を受けていた。

エジプトのミサイル開発に圧力をかけてもらうようにアデナウアーに要求して、西ドイツとの良好な関係を壊したくなかったイスラエル政府は、独自の解決方法を選ぶことにした。

スコルツェニーは、モサドが彼の命を狙わないことを条件に協力を約束し、エジプト国内で働くドイツ人科学者のリストなどの情報をモサドに提供した。

モサドはエジプトに協力しているドイツ人科学者のオフィスなどに手紙爆弾を送り付けたり暗殺を試みたりして妨害し、とうとうエジプトにミサイル開発を断念させた。

後日談として著者がV2ロケット開発者で、NASAの宇宙開発計画の責任者・ヴェルナー・フォン・ブラウン博士に米国のアラバマ州ハンツヴィルで会った時に、この時のドイツ人科学者リストを見せたら、「こうした二流科学者たちに、実戦配備可能なミサイルを製造できた可能性はごくわずかだろう」と語っていたという。

第15章 アトム・スパイの甘い罠(ハニー・トラップ)
イスラエルの原爆製造工場に勤務していたオペレーターのモルデカイ・ヴァヌヌが、カメラを持ち込んで原爆製造工場内のあちこちを撮影し、後に写真と詳細な図面などを英国の新聞の「サンデー・タイムズ」に売った1986年の事件。

イスラエルの原爆製造工場のディモナ研究センターの極秘の第2研究所は表向きは2階建ての建物だが、地下6階まである。

レイアウトは次のようなものだ。

2階    事務室とカフェテリア
1階    事務室と組み立て部屋
地下1階 パイプ配管とバルブ
地下2階 中央制御室と「ゴルダのバルコニー」と呼ばれる地下工場が一望できるテラス
地下3階 燃料棒の作業場
地下4階 (3階分の高さがある)燃料棒からプルトニウムを抽出する工場と分離施設
地下5階 冶金部門と爆弾の部品を製作する研究室
地下6階 廃棄物貯蔵所

このうち地下4階と地下5階が原子爆弾製造工場だ。

ヴァヌヌは、1986年にディモナ研究センターをクビになったあと、海外を旅行し、持ち出した写真とレイアウトなどを英国の「サンデー・タイムズ」に売った。

「サンデー・タイムズ」が出してきた購入条件は、即金で10万ドル、原稿の著作料の40%、出版した場合の著作権の25%、さらに映画化もありうるというものだった。

モサドは独身で世界をうろついているヴァヌヌに、ブロンドの「ファラ・フォーセットに似た美人」エージェントのシンディをアプローチさせ、英国政府の監視の目が厳しい英国から、ある意味どうにでもなるイタリアにヴァヌヌを連れ出し、イタリアで捕えてイスラエルに連行した。ハニー・トラップの典型である。

「サンデー・タイムズ」はヴァヌヌの情報に基づいて特集シリーズの連載を始め、イスラエルの原爆保有が10〜20基どころではなく、150〜200基の核爆弾を保有し、水素爆弾と中性子爆弾の製造能力を持っていることを暴露した。

第16章 サダムのスーパーガン
まさにフォーサイスの「神の拳」で出てきたサダム・フセインの巨大大砲建設計画だ。

神の拳〈上〉 (角川文庫)神の拳〈上〉 (角川文庫)
著者:フレデリック フォーサイス
角川書店(1996-11)
販売元:Amazon.co.jp


カナダの科学者ジェラルド・ブル博士は、スーパーガンに取りつかれ、サダム・フセインから注文を受けて、射程1、000キロ近く砲弾を撃ち込める「バビロン計画」を推進しようとした。

本物は長さ150メートル、重さ2,100トン、口径1メートルだが、その前に「ベビー・バビロン」と呼ばれる長さ45メートルの試作砲をつくることになった。

「パイプラインの部品」として欧州4カ国にオーダーされた部品は、着々とイラクに到着した時、ブルは何者かに拳銃で射殺された。1990年のことだ。

第18章 北朝鮮より愛をこめて
北朝鮮の協力により完成間近だったシリアの原子炉はイスラエル空軍の爆撃とミサイル攻撃で破壊された。

イスラエルのオルメルト首相は、トルコのエルドアン首相に連絡を取り、シリアのアサド大統領あての伝言を託したという。

「イスラエルはシリアと戦争する気はないが、隣国のシリアが核兵器を保有することは容認できない」という内容だった。

イスラエルの爆撃にもかかわらず、再度核施設を建設しようとしたスレイマン大統領補佐官はイスラエルの特殊機関の狙撃手に殺害された。


パターン3.元ナチスの戦争犯罪人や反イスラエルのテロリストを逮捕・暗殺しようとする動き

第6章 「アイヒマンを連れてこい! 生死は問わない」
ナチスでユダヤ人抹殺計画を立てたアドルフ・アイヒマンは、終戦直後の混乱に紛れ、南米に逃れ、妻子とアルゼンチンで偽名を名乗って暮らしていた。

アイヒマンはブエノスアイレス郊外の、Chacabuco 4261, Olivos, Buenos Airesという住所に住んでいて、同じく郊外のアベジェネーダに引っ越したところで、モサドに捕まって、秘密裏にイスラエルに移送された。1960年のことだ。

筆者は1978年から80年までの2年間、ブエノスアイレスの中心部に住んでいたが、アイヒマンがブエノスアイレスに住んでいたことは知らなかった。

Olivos(オリーボス)というのは、ブエノスアイレスの郊外で、どちらかというと高級住宅地なのだが、この本では貧しい地区と言っている。貧しい地区というのは、捕まったアベジャネーダの方だと思う。

アイヒマンは、「体調不良で引き返す乗務員」に仕立て上げられ、ずっと睡眠薬で眠らされ、医師同行のもとでイスラエルの国有航空会社エル・アルの飛行機のファーストクラスに乗せられ、イスラエルまで移送された。

この本では、まさに「スパイ大作戦」ばりの捕り物劇、囚人移送劇が展開されている。

アイヒマンは、1961年にイスラエルで裁判にかけられて死刑となり、1962年5月に絞首刑が執行された。アイヒマンの最後の言葉は、「また会おう…私は、神を信じて生きてきた…戦争法に従い、旗に忠誠を尽くした…」だったという。

アイヒマンの遺体は焼却炉で焼かれ、地中海に散骨された。

「死の天使」ことユダヤ人を生きたまま人体実験に使ったヨーゼフ・メンゲレもブエノスアイレスに本名を明かして住んでいた。アイヒマン逮捕が世界中で報道されたので、身の危険を感じて、ひそかにパラグアイに移住した。メンゲレは1979年2月に心臓発作で死亡するまで姿を隠したままだった。

第12章 赤い王子をさがす旅
1972年のミュンヘンオリンピックで、「黒い9月」と名乗るテロリストがイスラエルの選手村に潜入し、コーチと選手1人ずつを殺し、9人を人質に取った。西ドイツによる人質救出作戦は失敗し、人質全員が死亡した。

この事件はスピルバーグが映画にしている。



「黒い9月」はヨルダンのフセイン国王による自国内のテロリスト攻撃に反発したアラファトPLO議長がひそかにつくったテロリスト集団で、ミュンヘンテロ事件を計画したアリ・ハサン・サラメは、血塗られた「赤い王子」と呼ばれた。

「ミュンヘンの夜」事件は、ゴルダ・メイア首相を打ちのめし、モサドはテロリストに対する復讐・「神の怒り」作戦を開始した。赤い王子はベイルートで、自動車爆弾で殺害された。

第20章 カメラはまわっていた
テレビのバラエティ番組でも報道されたモサドの暗殺チームが、ハマスの指導者のアルマブフーフをドバイのホテルで殺害した事件。

YouTubeにもテレビ番組が掲載されている。



パターン4.第4次まで繰り返された中東戦争など、イスラエルとアラブの武力抗争にからむ動き

第10章 「ミグ21が欲しい!」
1966年にモサドはイラク人パイロットをそそのかして、当時の東側の最新鋭ジェット戦闘機のミグ21ごとイスラエルに亡命させた。

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出典:Wikipedia

イスラエルは米国と一緒にミグ21を徹底的に調べて弱点を研究した。その研究成果が実り、1967年に起こった第3次中東戦争では、イスラエル空軍は数時間でエジプト空軍を壊滅させた

亡命したイラク人パイロットは、イスラエル空軍のテストパイロットがミグ21をいとも簡単に操縦するのに驚き、「きみのようなパイロットが相手では、アラブ人は決して勝てないだろう」と語ったという。


世界最強のスパイ組織のモサドの暗殺や破壊活動を詳細に描いている。さすがイスラエルの国会議員までやった作家だけに、相当な情報をつかんでいる。

テロリストを国歌を挙げて抹殺しようとするモサドの姿勢は、国として生きていくために必要な暗殺なり爆破工作なのかもしれないが、今から4,000年も前のハンムラビ法典の「目には目を、歯に歯を」と同じ世界が、いまだに中東の現実であることに驚く。

きれいごとでは済まされない、血で血を洗う世界がまだそこにある。

イスラエルを取り巻く中東で何が起こったか、何が起こっているのかを知るために大変役立つ本である。


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2013年04月03日

ユダヤ人を救った動物園 ワルシャワ動物園長夫妻の奮闘

ユダヤ人を救った動物園―ヤンとアントニーナの物語 (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズ)ユダヤ人を救った動物園―ヤンとアントニーナの物語 (亜紀書房翻訳ノンフィクションシリーズ)
著者:ダイアン アッカーマン
亜紀書房(2009-07-04)
販売元:Amazon.co.jp

第2次世界大戦中にドイツの占領下のポーランドのワルシャワで、ドイツ軍に見つかれば強制収容所送りとなったユダヤ人を動物園の敷地内にかくまった動物園長夫妻の実話。たしか成毛眞さんがブログ(?)で紹介していたので、読んでみた。

1930年代のワルシャワの人口は130万人。3人に一人がユダヤ人で、東欧系ユダヤ人(アシュケナージ)が多数住んでいた町だった。

動物園もヨーロッパ最大級の規模で、1940年には国際動物園管理者協会の年次総会を主催する予定となっていた。

ところが1939年8月23日に独ソ不可侵条約を結んだナチス・ドイツは、1939年9月1日に突如ポーランド領内に攻め込み、9月17日にはソ連が攻め込んで、わずか1か月のうちにポーランドは独ソに占領された。

ナチス・ドイツは、ポーランド侵攻は自衛戦争だと正当化するため、ポーランド軍の軍服を着た親衛隊員が、ドイツのグライヴィッツを8月31日に偽装攻撃して、ラジオ局を占拠し、ポーランド語で決起を呼びかける放送を流した。そのあと、外国人記者たちを招いてポーランド軍の軍服を着た死体(関係のない囚人の死体)を見せたという。

ワルシャワ動物園も戦火に巻き込まれ、動物のオリは爆弾や砲弾で破壊され、多くの動物が死んだ。ホッキョクグマ、ライオン、トラなどの猛獣は、逃げ出して人間を襲う恐れがあるとして、ポーランド軍の兵士が撃ち殺した。

占領下でも、動物園は、時にはドイツ軍兵士用の豚の飼育、時にはやはり兵士用の毛皮用狸などの飼育をしながら、閉園を免れていた。

動物園長のヤン・ジャビンスキは、ロンドンを拠点とするポーランド亡命政府の国内軍のレジスタンス活動に加わり、表向きは動物園長、裏では国内軍の軍曹として活躍した。

ポーランド国内軍は一番多いときで38万人が参加していたという。

ナチスドイツ占領下のワルシャワ動物園がすぐに閉鎖にならなかったのは、ベルリン動物園長で、熱烈なナチ党員だったルーツ・ヘックが顔見知りのヤンを支援してくれたからだった。

もっとも、ヘックがヤンを支援したのは、単に同業者の顔見知りだったからではない。

ルーツ・ヘックは、絶滅したといわれるターパン(新石器時代のウマ)、オーロックス(ヨーロッパの家畜牛の原種)、ヨーロッパバイソンの純粋な系統を復元させるという計画に取り組んでいた。その計画に惜しみなく資金を提供したのが、ヒトラーに次ぐナチスNo.2のゲーリングだった。

この本の表紙の馬、バイソン、牛の絵はこれらの絶滅種の想像画だ。

ポーランドからベラルーシとの国境をまたぐ美しい森林保護区ビアロウィーザは、数少ないヨーロッパバイソンの亜種の生息地だった。ヘックの純粋種復元計画の実験場として最適で、大型獣ハンターのゲーリングとヘックに最良の狩猟場でもあった。

ヘックは、ヤンに自分の純粋種復元計画を手伝わせるつもりだったのだ。

ナチスの人間は、総じて熱烈な動物愛好家で、環境保護論者だったという。彼らは健康的な生活を送り、自然と動物を愛した。ところが、人間に関しては、ジプシー、ユダヤ人などは世界から抹殺すべき対象だった。

ある高名な生物学者は、ミミズに十分な麻酔をかけなかったことで罰せられた。一方、メンゲレが行ったユダヤ人等に対する人体実験では、麻酔・鎮痛薬を一切使わなかった。ナチスは人間愛は持っていなかったが、その動物愛は異常なものだった。

ヤンは家畜飼育などで営業を続ける傍ら、ドイツ人の昆虫学者を利用してワルシャワのユダヤ人ゲットーへの通行許可を得た。毎回ゲットーを訪れるたびに、ユダヤ人を救出して動物園にかくまい、彼らの脱出を支援した。

戦時中にヤンの動物園にかくまわれたユダヤ人は300人を超すという。

この本では、ヤンとアントニーナのジャビンスキ夫妻が、ユダヤ人「ゲスト」たちを動物の名前で呼んで、他人に聞かれてもわからないように配慮したり、ピアノでオッフェンバックの音楽を演奏して、ユダヤ人たちに警戒のサインとした話などが紹介されている。

ワルシャワのゲットーに押し込められていたユダヤ人は、1942年7月に強制収容所に大量移送され、多くが収容所で処刑された。

「シンドラーのリスト」の画面を思い出す。ユダヤ人ゲットーにドイツ兵が攻め入って、白黒映画の中で唯一赤い服を着たユダヤ人の女の子が逃げまどい、最後には荷車で死体が運び出されるシーンだ(次のYouTubeでは結末は収録されていない)。この映画で最も印象的なシーンだと思う。



映画全体のストーリーはYouTubeの予告編を参照して欲しい。



コルチャック先生もこの頃のポーランドの話だ。強制収容所送りとなる200人余りのユダヤ人の子供につきそって、ポーランド人のコルチャック先生も強制収容所に送られて死んだ、

コルチャック先生 (岩波ジュニア新書 (256))コルチャック先生 (岩波ジュニア新書 (256))
著者:近藤 康子
岩波書店(1995-06-20)
販売元:Amazon.co.jp

ドイツ軍が1943年1月にスターリングラードで大敗し、ドイツの敗色が濃くなったタイミングで、1943年8月にポーランド国内軍がワルシャワ蜂起をおこしたが、2か月でドイツ軍に鎮圧され、多くが死亡した。

ヤンは、この時の戦闘で首を撃ち抜かれたが、奇跡的に生き延びた。

戦後、ヤンはヨーロッパバイソン保存プログラムに取り組み、アントニーナは子供向けの本を何冊か書いて、元「ゲスト」たちと交流を続けた。

まさに「シンドラーのリスト」のオスカー・シンドラーが戦後イスラエルにあたたかく迎えられたのと同様に、ジャビンスキ夫妻も戦後イスラエルを訪問して、元「ゲスト」たちの歓迎を受けた。

一方、日本のシンドラー:杉原千畝は、戦後、外務省を追われた。

杉原千畝と日本の外務省―杉原千畝はなぜ外務省を追われたか杉原千畝と日本の外務省―杉原千畝はなぜ外務省を追われたか
著者:杉原 誠四郎
大正出版(1999-11)
販売元:Amazon.co.jp

杉原千畝物語―命のビザをありがとう (フォア文庫)杉原千畝物語―命のビザをありがとう (フォア文庫)
著者:杉原 幸子
金の星社(2003-06)
販売元:Amazon.co.jp

杉原千畝が諜報の天才だったという本も出ていて、よくわからないところだ。

諜報の天才 杉原千畝 (新潮選書)諜報の天才 杉原千畝 (新潮選書)
著者:白石 仁章
新潮社(2011-02)
販売元:Amazon.co.jp


ともあれ、あまりよく知らなかった戦時中のポーランドと、ポーランド系ユダヤ人の状況がわかる参考になる本だった。


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2012年09月05日

博士と狂人 オックスフォード大辞典編纂秘話

博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話
著者:サイモン ウィンチェスター
早川書房(1999-04)
販売元:Amazon.co.jp
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このブログで紹介した三浦しをんさんの「舟を編む」に参考文献として紹介されていたので読んでみた。280ページ余りの本だが、面白いストーリーなので一気に読んでしまった。

この本は文庫版も出ているが、表紙の写真からOEDの中心編纂者だったジェイムズ・マレー博士の本に囲まれた仕事場の様子がわかると思うので、上記には単行本を紹介した。

OEDの編纂方針は、用例を徹底的に集め、英語のあらゆる語彙の意味がどのように使用されているかを示すというものだった。

今のようにインターネットで調べれば一発で数百万件の用例が検索できるという便利なものはない時代なので、人手でいちいち原典にあたって、例文を手書きで書き留めるという気の遠くなるような作業だった。

そこでマレーは1879年にOED編纂主幹に就任すると同時に、英語圏の読書人にヘルプを依頼する。

その求めに応じてOEDで最も多い用例を提供したのが、殺人罪を犯してイギリスの精神異常者収容所に収容されていたアメリカ人元軍医・ウィリアム(ビル)・マイナーだった。

マイナーはスリランカで生まれ、米国コネチカット州に育ったアメリカ人で、南北戦争で北軍の軍医として従軍し、数々の死者を見る。軍医としてアイルランド人の北軍脱走兵のほほに、焼きゴテで脱走兵を示す”D”の焼き印を押すことを強制されたことが、マイナーの精神に異常をきたすきっかけとなったという。

マイナーはアイルランド人が夜になると忍び込んでくるという被害妄想を抱くようになった。マイナーはその後イギリスにわたり、ますます精神病が悪化し、ついにロンドン市内で或る夜、歩いている人が自分を襲うアイルランド人だと言って、ピストルで撃ち殺してしまう。マイナーは裁判にかけられるが、精神異常者と認められ、精神病犯罪者収容所に修身収容の判決を受ける。

資産家だったマイナーは、精神病犯罪者収容所で特別待遇を許され、2部屋を占有し、他の患者を使用人として雇い、アメリカやロンドンから取り寄せた本に囲まれた生活をしていたという。

この本の次の挿絵が、マイナーが収容所の自室で、英単語の用例集をつくる作業をしているところを紹介している。

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出典:本書 156ページ

OEDの編纂は、1858年にロンドン図書館で行われたウェストミンスター聖堂参事会長をつとめる聖職者・リチャード・シェネヴィクス・トレンチの演説がきっかけだった。トレンチは英語が普及すればキリスト教(イギリス国教)が世界中に広まるという考えのもとに、正統な辞書編纂の必要性を説いた。

これに先立つ辞書としては18世紀の文学者サミュエル・ジョンソンが編纂した「英語辞典」全2巻が1755年に出版されている。ジョンソンの辞書はもともとロングマンを含む5人の出版者が金を出し合って、1746年にジョンソンに辞書編纂を依頼したもので、4万3千の見出し語、12万弱の用例をカバーしたものだった。

OED辞書編纂は、はかどらなかったが、スタートして20年後、1878年にジェームズ・マレーが編纂者となってから本格的に動きだした。マレーはスコットランドの貧しい家庭出身で、14歳で学校を卒業した後、学校や銀行で働きながら独学で数々の語学を身に着け、言語研究を続けた。

1867年に大英博物館に就職を希望する手紙に、マレーは次の語学に関する知識があると書いており、このリストがマレーの語学に対する驚くべき知識を示している。

完璧にマスターしている語学:
・イタリア語
・フランス語
・カタロニア語
・スペイン語
・ラテン語
・ポルトガル語
・ヴォー州放言
・プロヴァンス語
・オランダ語
・フラマン語
・ドイツ語
・デンマーク語
・古英語
・モエシアゴート語
・ケルト語
・ヘブライ語
・シリア語

比較語学の研究ができるもの
・ペルシャ語
・アケメネス楔形文字
・サンスクリット語

知識があるもの
・アラビア語
・コプト語
・フェニキア語

実用に足る知識があるもの
・ロシア語

勉強中のもの
・スラブ語

マレーは大英博物館には就職できなかったが、ケンブリッジ大学の数学者と音声学者・ヘンリー・スウィートと交友があったことから、英国言語協会の会員となり、アマチュア言語学者から本物の言語学者に変身した。ヘンリー・スウィートは「マイ・フェア・レディ」の原作であるバーナード・ショーの「ピグマリオン」のヘンリー・ヒギンズ教授のモデルとなった人だ。



博識を買われ、「ブリタニカ百科事典」に英語の歴史について小論を書くように勧められ、OED編纂事務局書記・フレデリック・ファーニヴァルと知り合った。それがOED編纂者として職を得た契機だ。

マレーが編纂主幹を務め、7,000ページ、全4巻の辞書を10年間で仕上げるとういう契約が1879年に1月に成立した。そしてマレーはすぐに「英語を話し、読む人々へ」という8ページの編纂協力依頼文を2,000部印刷して書店や雑誌社、新聞社に送った。

この「訴え」が、どういういきさつか英国バークシャー、クローソンにあるブロードムア刑事犯精神病院に収容されているアメリカ人元軍医・ウィリアム・マイナーの目に留まった。

その「訴え」は、印刷が発明されるまでの初期の英語については、外部の協力は不要だが、次に関して「原典か正確な復刻版で読む機会と時間のある人」に協力を依頼している。

・印刷された書籍の最も初期のもの、具体的にはキャクストンとその後継者のもの
・17世紀の未調査の作家のもの
・18世紀の書籍すべて、ただしバークの著作は除く(とりわけ緊急に協力が必要)
・19世紀の一部未調査のもの

マレーは200人ほどの必ず読まなければならない著作リストを添付している。これらの大半は稀覯本(きこうぼん)で、きわめて限定された収集家しか所蔵していないものだった。

この「訴え」に呼応して、ビル・マイナー博士がせっせと”バークシャー、クローソン、ブロードムア”という住所で、編纂事務局と手紙のやり取りを始めたのは1880年〜1881年のことだった。マイナーは独房一杯の蔵書から単語リストを作り始めたのだ。

最初の本でつくった単語リストの一つの単語のページに、次の本の用例を書き加えるというやり方で、まさにOEDが最も必要としている用例集を作っていった。最初の本はフランス人作家・ジャック・デュ・ボスクの「完全なる女」の英訳本だったという。

L'Honneste Femme (1632)L'Honneste Femme (1632)
著者:Jacques Du Bosc
販売元:Kessinger Publishing
(2010-09-10)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

このようにして単語リストをつくり、丁寧な細かい文字でメモに書き込んでいった。

リストがだんだんにできあがってきたので、マイナーはOED編集部にどんな言葉の用例が必要なのか聞いた。第2分冊用に"art"が必要との答えだったので、1885年に"art"の用例を書いた4インチX6インチのカードを送った。

他の協力者はせいぜい1〜2の用例だけだったのに、マイナーは27用例を送り、編集部員を喜ばせた。その後マイナーは20年以上にわたって多くのカードを小包で送った。OEDの全12巻、1万5千ページ、見出し41万語、用例183万のうち、マイナーが送った用例は数万にも達した。

編集主幹のマレーは1891年にマイナーを訪問し、以降定期的に会っていた。被害妄想で、アイルランド人の小人が毎夜床の隙間から攻め出てくるということで、床は亜鉛のシートで覆われ、悪魔が部屋の扉をすりぬけてこないように、扉には水を入れたボウルを置いていた。マイナーは毎夜、連れ出され、飛行機に乗せられて外国でハレンチな行為を強いられていると語ったという。

被害妄想という異常なところはあったが、それ以外はマイナーは普通で、辞書編纂についてマレーとじっくり語り合ったという。

その後マイナーは夜ごとのハレンチな行為を終わらせるために、1902年に自分の性器をペンナイフで切断するという自傷行為を行った。マイナーが68歳のときだ。その後、所長が変わって、マイナーは37年間使っていた二部屋続きの独房を追い出され、使用人を使うという特権をはく奪された。

マレーは1908年にナイトの称号を与えられていたので、マレーが主導して、年老いたマイナーをイギリスからアメリカに帰国させるべきだという運動が起こった。ちょうどその時、アメリカ好みのチャーチルが内務大臣となり、マイナーの釈放と本国送還を承認した。マイナーは出身地のコネチカットではなく、ワシントンDCの精神病院に収容され、1920年に85歳で亡くなった。

マレーはOED完成を見ることなく、1915年に”T”のところでなくなった。前立腺を病み、当時の治療法だったX線照射で衰弱したという。たぶん放射線被ばくしたのだろう。

OEDは最初の"a〜ant"までをカバーした第一分冊が1884年に発刊され、今後11年で完結すると発表されたが、実際には完結まで44年かかった。1927年大晦日にOEDの完成が宣言され、最後の言葉は古英語のケント方言の単語で単数直説法現在形で、見るという意味の"zyxt"だった。

編纂後、最初の補遺が1933年に出版された。”bondmaid"という言葉が、編纂の際に紛れて紛失していたのだという。その後も補遺が続けられ、言葉の変化や追加を記録して全20巻となり、1970年代からは拡大鏡付の縮刷版、最近ではCD-ROM版も発行され、現在はオンラインでも利用できる

OED





出典:OEDウェブサイト

全体の構成もよく、翻訳も良い。テンポよく読める本である。


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2012年08月06日

外科医須磨久善 ベストセラー作家海堂尊さんが描くゴッドハンド

外科医 須磨久善 (講談社文庫)外科医 須磨久善 (講談社文庫)
著者:海堂 尊
講談社(2011-07-15)
販売元:Amazon.co.jp
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現役医師でベストセラー作家の海堂尊さんが描くゴッドハンド・天才心臓外科医須磨久善さんのノンフィクション。

海堂尊さんは、医師としての専門知識を利用して、「チーム・バチスタの栄光」で文壇デビュー、チーム・バチスタシリーズで数々のベストセラーを生み出している売れっ子作家だ。放射線医学総合研究所のAi(死亡時画像診断)情報研究推進室室長を務めている。


海堂さんはAi情報研究推進室室長

海堂さんの本職では、「死因不明社会」という本を出しているので、こちらも読んでみた。日本では死因をきっちり調査しないで処理される死者が多く、Ai(死亡時画像診断)により死因を特定すべきだと力説している。

死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)
著者:海堂 尊
講談社(2007-11-21)
販売元:Amazon.co.jp
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この本は「心臓外科医 須磨久善の旅」と、「解題 バラードを歌うように」の2部構成となっており、最後にテレビドラマ「外科医 須磨久善」で須磨役を演じた水谷豊さんが解説を書いている。

最初の「心臓外科医 須磨久善の旅」は須磨さん自身が語った心臓外科医としてのキャリアだ。順番は須磨さんのアレンジにより、最初が1992年の海外での初めての公開手術、次が1986年にアメリカ留学から帰って、留学で学んだ経験を活かして始めた胃の大網動脈を使った心臓バイパス術式の開発、3回目がモンテカルロでの経験からインスパイアされて葉山ハートセンターという病院をつくった話、そして最後がバチスタ手術とのかかわりあいだ。

YouTubeで須磨さんを特集した番組がアップされているので、こちらも紹介しておく。




「解題 バラードを歌うように」

第2部の「解題 バラードを歌うように」は海堂さんの「チーム・バチスタの栄光」の映画化の時に、医療監修を須磨さんが引き受けてくれた撮影現場のエピソードだ。

こちらがバツグンに面白い。ほとんどの人が、須磨さんはどういう人かある程度イメージしていると思うので、著者の海堂さんも書いている通り、最初に第2部を読んでから、第1部を読むことをお勧めする。それぞれの面白みが倍増すると思う。

映画では外科医の桐生恭一役をやった歌手で俳優の吉川晃司は、須磨さんに最初にあった時に、挑発されたのだという。

「あなたに本当の外科医を演じることができますか?」
反発を感じながら、吉川が問い返す。
「本物の外科医って、どうやって見分けるんですか?」
とっさにしては、うまい切り返しだ。それに対して須磨さんは。
「本物の外科医は背中で語る。それができなければ一流の外科医とは言えない」
このやりとりで吉川の闘争心に火が付いたという。

桐生役の吉川は、海堂さんが見学した時、外科結紮(けっさつ)の場面で、本物の外科医と見まがうほどの見事な技術を身につけていたという。

一度は糸が絡まって失敗したが、須磨さんが「吉川さん、結紮がロックのビートになっている。ここはもっとリラックス、バラードを歌うようにやってみてください」とアドバイスすると、一発オーケーでものにした。

映画のプロモートをした席での須磨さんの発言もふるっている。「映画は成功します。女性ならみんな、吉川さんみたいな外科医に見つめられながら手術を受けたら、麻酔なんて必要なくなっちゃうでしょうからね」

海堂さんは、須磨さんに聞いたことがあるという。

「一流になるためには、地獄を見ないとダメですね」と須磨さんが言う。

「一流って、どういう人なんですか?」

「一人前になるには地獄を見なければならない。だけどそれでは所詮二流です。一流になるには、地獄を知り、そのうえで地獄を忘れなくてはなりません。地獄に引きずられているようではまだまだ未熟ですね。」

超一流の心臓外科医は、アーティストでもあることが、実感できる須磨さんの言葉である。


須磨さんのキャリア

須磨さんは神戸出身で、甲南中学出身だ。灘中や甲陽学院は当時は坊主頭だったので、死んでも丸坊主になりたくなかったから、甲南中学に行ったという。中学2年の時に医者になろうと決めた。テレビの「ベン・ケーシー」を見ていた須磨さんは、ある日自分が外科医となった夢を見た。それが医者になろうと思ったきっかけだという。



日本人による最初の海外での公開手術は須磨さんの友人が助教授を務めるベルギーブラッセルのルーベン大学病院で行われた。当時須磨さんは三井記念病院の循環器外科の科長で、日に2−3人の手術を行い、世界中から講演の依頼を受け世界中を飛び回るという多忙な生活だった。

実は筆者は当時の須磨さんをたまたま知っている。というのは、岡山で内科医をやっている筆者の義兄が、須磨さんに心臓バイパス手術を三井記念病院でやってもらったからだ。

三井記念病院は東大医学部の系列のような病院だが、大阪医大出身の須磨さんはその中では異色の経歴で、当時から日本でトップクラスの心臓外科医とみなされており、だから医者の義兄も須磨さんがいる三井記念病院で手術をやってもらったわけだ。

日本にいる半年間は一日に何件か手術をこなすが、年の半分は海外にいると聞いたので、やはり超一流の外科医は、いわゆるハイフライヤーで、優雅な生活をしているのだなと感じた記憶がある。実は講演などで世界を飛び回っていたのだ。


バイパス手術に動脈を使う

須磨さんが米国のユタ大学に留学した当時は、心臓バイパス手術には、10年もすると閉塞してしまうが使い勝手が良い静脈をつかう時代だった。一部の医者が胸の内胸動脈を使おうとしていたが、まだ少数派だった。

動脈と静脈では血圧が10倍違う。静脈を動脈代わりにつかうと、血管内皮がすぐ痛んで、血管壁がボロボロになってしまうからだ。

それでも日本の動脈使用率は世界に抜きんでて高い。日本のバイパス手術が世界で最も注目されているのだと。

須磨さんが考え抜いた末に選んだのは、胃の大網動脈だった。しかし何例か手術の成功例を紹介して日本の学界で新しい術式を発表した時に、ノー・リアクションだったという。

須磨さんは日本でのコールドショルダーにらちがあかないと考え、米国心臓協会(AHA)で発表すると、それがNHKニュースに報道され、須磨さんは一躍ヒーローになる。

しかし須磨さんは、もし人工血管が実用化されれば、これらの体の別の部位の血管を使った手術は意義を失うだろうと冷静に語る。


バチカン病院で勤務

須磨さんは心臓外科の名医として日本の心臓外科のトップ三井記念病院から招かれて循環器外科科長に就任する。そして次はローマ・カトリック大学付属のジェメリ病院から客員教授として招かれ、三井記念病院に籍を置いたまま、ローマに赴任する。

ジェメリ病院はベッド数2,000。イタリア最大の私立大学病院で、ローマ法王はじめバチカンの要人が病気になったら、必ずここに入院する。ローマ法王の外遊の際には、ここの大学教授が同行するのが”バチカン病院”として知られるゆえんだ。

数年ローマで生活し、ローマ永住を考えていた須磨さんは1995年にバチスタ手術を知る。当時日本では脳死が認められていなかったので、心臓移植は不可能だった。日本がバチスタ手術を最も必要とする国だと須磨さんは考えた。


日本に帰国してバチスタ手術を執刀

帰国した理由は、「犬のせいでしょうか」だと。須磨さん夫妻は子供がなく、愛犬が病気になった時に、イタリア語で自分の思いを伝えられないことにフラストレーションを覚え、自分の病院での患者の対応も、コミュニケーション力ができないと、十分な医療が行えないことに気づいたのだという。

日本にはバチスタ手術とミッド・キャブ手術を持ち帰った。モナコ・ハートセンターというわずか38床ながら、年間7−800例の心臓外科手術を行う有名な施設を日本にもつくろうということで、徳洲会グループの徳田虎雄さんの支援を得て病院つくりをする。

1996年湘南鎌倉総合病院で、新しい病院建設プロジェクトを手掛けるほか、日本で初めてのバチスタ手術を行った。厚生省の健康保険の対象にもなっていない段階だったが、徳田会長が費用は病院が持つと支援したからこそ実現したバチスタ手術だった。

日本初のバチスタ手術には、イタリアでバチスタ手術を行ったイタリア人の親友・カラフィオーレ教授、アメリカで初めてバチスタ手術を行ったバッファロー大学のサレルノ教授、UCLAの心筋保護の世界ナンバーワン、バックバーグ教授の3人が助っ人で来日してくれた。

手術は成功したが、患者は肺炎を起こして12日後に亡くなった。精根尽きていた須磨さんに、亡くなった患者の妻から手紙が届く。元々何の希望もないなかで、この手術を受けることになり患者は元気になっており、少なくとも手術後は心臓は元気だった。患者に希望を与えるこの手術を辞めないでくれ。

海外でのバチスタ手術の成功率は6-7割で、現在バチスタ手術が生き残っているのは日本だけだという。須磨さんは、心臓を切り取るのではなく、悪い部分を切除して切りあわせるという栽縮する形に変え、成功率は90%を超えた。この術式は、いまは「SAVE手術」別名「スマ手術」と呼ばれている。


葉山ハートセンター設立

葉山ハートセンターは2000年からスタートした。初年度で400例の心臓手術を行い、平均一日2例の手術を行った。2001年NHKのプロジェクトXでバチスタ手術が紹介されたことも、追い風となった。



葉山ハートセンターが軌道にのったのち、2008年に須磨さんは心臓血管研究所に転職した。循環器内科のプロと心臓外科のコラボレーションを狙ったのだ。

須磨さんは現在日本冠動脈外科学会の会長をつとめる傍ら、手術もおこなっている。外科医はアスリートなので、チャレンジング・スピリットがなくなったら終わりだと語る。


本職が医者(元々は外科医)のベストセラー作家が書くと、こうまで面白い物語になるのかと感心する。最近、文庫本になって買いやすくなったので、是非おすすめしたい作品である。


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2012年06月27日

人は死なない 東大病院ER部長の霊体験

人は死なない−ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索−人は死なない−ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索−
著者:矢作 直樹
バジリコ(2011-08-25)
販売元:Amazon.co.jp
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東大医学部教授でER(救急部)・集中治療部部長の矢作直樹さんの本。

以前このブログで紹介した米国でベストセラーとなっている「天国は、ほんとうにある」と同様の路線ながら、東大医学部教授の医者の書いた本ということで読んでみた。

天国は、ほんとうにある―天国へ旅して帰ってきた小さな男の子の驚くべき物語天国は、ほんとうにある―天国へ旅して帰ってきた小さな男の子の驚くべき物語
著者:トッド・バーポ
青志社(2011-10-17)
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実は前回紹介した鎌田實さんの「それでもやっぱりがんばらない」にも、下北半島の「いたこ」を通して、亡くなった実父と養父の岩次郎さんと話す場面が出てくる。

それでもやっぱりがんばらない (集英社文庫 か 39-4)それでもやっぱりがんばらない (集英社文庫 か 39-4)
著者:鎌田 實
集英社(2008-02-20)
販売元:Amazon.co.jp
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実父からは「ずっとおまえのことを思っていたよ」という言葉をかけられたという。

養父の岩次郎さんからは「待っていたぞ。よく忘れなかったなあ。でかした。でかした。」、「極楽にいるぞ。幸せだ。」、「ていねいに、人の役に立つように行きなさい」と声をかけられたという。

このブログで紹介した浅田次郎の「降霊会の夜」のような話だ。

降霊会の夜降霊会の夜
著者:浅田 次郎
朝日新聞出版(2012-03-07)
販売元:Amazon.co.jp
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矢作さんは、「現役の臨床医である私がこんなことを言うと顰蹙(ひんしゅく)をかうかもしれませんが、実際の医療の現場ではわからないことだらけというのが本当のところです」と語る。まず助からないだろうと思われていた患者が蘇生したり、逆に容態が急変して亡くなる患者があるのだ。

「気功」の中健次郎さんと一緒に行った北京気功ツアーで、老人が若者をコロコロ投げ飛ばす場面に驚いたという。

マンションの10階から落ちて半身不随になった患者は、「金縛り」にあうことが多く、ある女性に「あなたの体を借りたい」と入り込まれ、気が付いたらマンションから飛び降りる瞬間だったという。交通事故にあって体外離脱を経験した患者の話なども紹介している。

矢作さん自身も冬山登山で、雪庇を踏み抜いて1000メートル以上も滑落したが、雪の中に突っ込んで全身傷だらけになりながらも生還したという経験が2回あり、2度めの時には「もう山には来るな」という声がどこからともなく聞こえたという。

矢作さんのお母さんは、一人暮らしのアパートの浴槽で亡くなっていたのが発見された。矢作さんは、霊能力の強い知人から「お母さんが息子と話したいとしきりに訴えてきている」という話を聞いて、亡くなったお母さんと交霊したという。

お母さんは霊媒師の体を借りて、いきなり「直樹さん、ごめんなさいね。心配をかけてごめんなさいね」と謝ったという。死因は「心臓発作らしいの」ということで、「結婚指輪をタンスの上に挨拶ハガキと一緒に置いた」という親族以外は知りえないことも話したという。

矢作さんは霊媒師の体を借りたお母さんが、ここまで込み入ったことを正確に話すのに驚いたという。肉体は寿命が来れば朽ちるという意味で「人は死ぬ」が、霊魂は生き続けるので、「人は死なない」と考えているという。

霊界研究では近代スピリチュアリズムの始祖と呼ばれる18世紀のエマニュエル・スウェーデンボルグの著作が有名だという。どんなことが書かれているのか興味があるので、今度読んでみる。

スウェーデンボルグの「天界と地獄」スウェーデンボルグの「天界と地獄」
著者:高橋 和夫
PHP研究所(2008-11-22)
販売元:Amazon.co.jp
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日本では、立花隆さんの「臨死体験」が有名だ。これは今読んでいるので、いずれあらすじを紹介する。

臨死体験〈上〉 (文春文庫)臨死体験〈上〉 (文春文庫)
著者:立花 隆
文藝春秋(2000-03)
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今度紹介する「ふしぎなキリスト教」でも、一神教の考え方のもとでは、科学と奇跡は両立することが説明されている。世の中には信じられないような奇跡があるのだと思う。

ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
著者:橋爪 大三郎
講談社(2011-05-18)
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さらにいろいろな本を読んでみようという気になる本である。


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2012年06月12日

東京スカイツリー NHK出版の東京スカイツリー公認本

東京スカイツリー 世界一を創ったプロフェッショナル東京スカイツリー 世界一を創ったプロフェッショナル
NHK出版(2012-05-16)
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東京スカイツリー開業にあわせて2012年5月16日に発売されたばかりの本。

図書館の新着コーナーに置いてあったので、読んでみた。図書館では、発売されたばかりの本も読める。図書館に設置された新着専用書架やホームページの新着コーナーも是非チェックしてほしい。

NHK出版が編者となってまとめた本で、内容は施主の東武鉄道、設計の日建設計、工事の大林組の関係者を中心に、デザイン監修者として設計にかかわった彫刻家の澄川喜一さん、ライティングデザイナーなどのインタビューから構成している。

YouTubeにいくつか東京スカイツリーのビデオが掲載されている。次のビデオが最初からの建設の歩みを紹介していて参考になる。



NHK出版なので、「プロジェクトX」のようなストーリーを期待していたが、淡々と関係者の話を紹介している感じだ。

大林組のナックル・ウォール工法で、東京スカイツリーの地下の長さは地上の634メートルに対して、50メートルで済んでいることや、タワークレーンを駆使した建築の様子、「鋼管トラス構造」で鋼管を溶接して強度を出す工法などが紹介されている。

東京スカイツリーの建設に使われた鋼管は全国19か所の鉄工所で、溶接されて運び込まれたという。

東京スカイツリーの心棒が開いた状態で「スリップフォーム工法」で建設し、ゲイン塔を真ん中の空間からあげるという「リフトアップ工法」なども興味深い。

この本にも載っている2011年3月11日の東京スカイツリーの状況を、次のニュースが詳しく紹介している。この本に登場している人たちに取材しているので、大変参考になる。



東日本大震災の時は、リフトアップ工法によりゲイン塔(アンテナ塔)を押し上げていた時で、最悪のタイミングで地震の揺れが来たが、なんとかスカイツリーは持ちこたえたことがわかる。

簡単に読めて東京スカイツリーに関する豆知識や、使われた工法が詳しく紹介して参考になる本である。ちなみに大林組のホームページに東京スカイツリー建設に関する様々な情報が「東京スカイツリーのつくり方」として紹介されているので、こちらも興味深い。


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2012年06月04日

天国は、ほんとうにある 4歳児の驚くべき天国体験談

天国は、ほんとうにある―天国へ旅して帰ってきた小さな男の子の驚くべき物語天国は、ほんとうにある―天国へ旅して帰ってきた小さな男の子の驚くべき物語
著者:トッド・バーポ
青志社(2011-10-17)
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悪性盲腸炎で開腹手術を受け、死線をさまよった4歳の男の子の天国体験談を牧師の父親がまとめた本。この本の表紙に載っているのが、体験談を話した子どもの写真だ。

YouTubeにもテレビ番組で取り上げられた内容が掲載されている。



天国に行っていた時間は男の子の話だと「3分間」だという。

天国では白い服に紫の帯をまとったイエス、イエスの虹色の馬、神、洗礼者ヨハネ、まだ若々しい祖父に会ったという。天国では年をとらないのだと。

そして最も両親を驚かせたのは妊娠2か月で流産して生まれなかった名前のない姉が近寄ってきて抱きついてきたという話だ。もちろん流産したことなど、4歳の子供には言っていなかった。

「トマスの疑い」のように、イエスの手のひらには磔(はりつけ)でできた穴があり、わき腹も穴が開いていたという。

ちなみに、この子に天才少女画家のAkiane Kramarikが8歳の時に書いたイエスの絵を見せたら、イエスはこの人だと言ったという。

princeofpeace13











出典:Akiane Kramarik HP

この本ではアメリカでは480万部以上売れたベストセラーになっているという。

臨死体験では、立花隆さんの「臨死体験」という本がある。

臨死体験〈上〉 (文春文庫)臨死体験〈上〉 (文春文庫)
著者:立花 隆
文藝春秋(2000-03)
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この本の著者のドッド・バーピ牧師をはじめ、本に登場する人はウソを言っているわけではないとは思うが、にわかには信じがたいというところだ。

「信じる者は救われる」と言うが、ちょっと考えてしまう。あなたはどう思うだろうか?


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2012年05月21日

巨魁 元巨人軍GM清武さんの球団経営の実態 ナベツネ糾弾はごく一部

巨魁巨魁
著者:清武 英利
ワック(2012-03-16)
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読売新聞主筆兼巨人軍会長として86歳になった今も君臨するナベツネに対して、現場のコーチ人事に口をだすのは「コンプライアンス違反」と突然批判を始め、当然の帰結として2011年11月に巨人軍をクビになった元巨人軍GM清武英利さんの本。ちなみにウィキペディアには清武さんのナベツネ告発というコラムがつくられている

この本を読み終えても「なんで?」という疑問は解消されていない。ナベツネを告発する内容は第8章(最後の独裁者)に集中しており、この本の大半は巨人軍の運営に関するもので、告発本というよりは、球団経営の実情紹介本のような内容だ。

第8章(最後の独裁者)でも、ナベツネの様々な言動や行動が取り上げられているが、ナベツネが悪者であるという決定的な証拠はない。すべてナベツネならありうるだろうなぁ、という想定の範囲内である。

この本を読んで読売新聞社内には歴史的に、ナベツネを筆頭とする政治部と、清武さんが所属していた”正義派”の社会部の社内対立があることを初めて知った。そのあたりが根本原因なのかもしれない。

清武さんは1950年生まれ、立命館大学を卒業後、読売新聞に入社し、社会部の記者として警視庁や国税庁を担当する。中部支社社会部長のあと、編集委員、運動部長を経て、2004年から巨人軍の編成部長に転出し、球団代表、GM・編成部長、オーナー代行などになった後、ナベツネ批判をして解任される。



YouTubeには上記ニュース以外に、清武さんの記者会見の発表全部が6編に分かれて収録されているので、興味がある人は見てほしい。



「コンプライアンス」問題ではない

筆者もそうだが、たぶん多くの人が、「なんで?」と思ったと思う。ナベツネがコーチ人事など巨人軍の運営に介入することなど、いわば日常茶飯事だと思っていたし、別にコンプライアンス違反でもなんでもないと思う。

告発した理由もすでにヘッドコーチに昇格が決まっていた岡崎コーチの代わりに、巨人軍OBの江川氏をヘッドコーチ兼助監督としてナベツネが押し込んできたというもので、たしかに現場の人事に介入するものではあるが、ナベツネは巨人軍取締役会長でもあるので、経営トップが口を出すことは、ままあることだ。

「上司は思いつきでものをいう」という本もあるくらい、上司は思いつきでものを言うものだし、現場はそのことがわかっているので、それなりに根回ししたり、事前に了解を取っておくことは当たり前のビジネス慣行だ。

上司は思いつきでものを言う (集英社新書)上司は思いつきでものを言う (集英社新書)
著者:橋本 治
集英社(2004-04-16)
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清武さんが問題としている「鶴の一声」は、強いて言えば巨人軍会長のナベツネが、巨人軍の経営陣を無視しているというガバナンスの問題ではあるが、別にコンプライアンスやモラルに反しているとかいう問題ではない。「コンプライアンス違反」というのは、新聞記者にはあってはならない言葉の誤用だと思う。

清武さんは元新聞記者なので、文章もうまく、読み物としては面白い。詳しく紹介すると読んだときに興ざめなので、印象に残った部分を箇条書きで紹介しておく。


歴史的な読売新聞社内の社会部と政治部の対立

★社会部記者は政治部記者を記者として認めていなかった。
本田靖春は、著書「我、拗ね者として生涯を閉ず」のなかで、”赤坂の高級料亭で有力政治家にタダ酒を振る舞われ、政局に際しては、その政治家の意向に沿った原稿を書く。取材先でコーヒーの一杯も頂戴しないようにおのれを律している私たちからすると、彼らは新聞記者ではない。権力者の走狗である。”と言っているという。

我、拗ね者として生涯を閉ず我、拗ね者として生涯を閉ず
著者:本田 靖春
講談社(2005-02-22)
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★清武さんが読売新聞社に入社した1975年に「読売政変」があった。
従来硬派3部(政治部、経済部、国際部)に対して、「社会部帝国」ということで、軟派社会部が圧倒的な力を持った時代があったが、1975年の人事異動で社会部出身の実力者が巨人軍代表に更迭され、務台社長の信頼を得たナベツネが編集部次長兼政治部長に昇格し、軟派と硬派の権力構造は逆転してしまったという。

ちなみにナベツネは、”俺は若いころ長谷川にいじめられた。内職して本を書いたこともある。何年も我慢したんだ。氏家も読売から追放され、ルンペンを何年もやった。それを面倒見たんだ。”と言っていたという。

やはり今回の事件の背景には読売新聞社内の社会部と政治部の対立・不仲があるように思える。


ナベツネの本領発揮

★清武さんの依頼でナベツネが橋本龍太郎に、キューバ選手獲得の骨折りを頼む電話の話が面白い。それまで渋々という感じだったのが、電話になると「渡邊ですが、先生にキューバの件でお願いしたいことがありまして」と丁寧な口調で話し始めたという。ナベツネの本領発揮という感じだ。


ナベツネあれこれ

★近鉄とオリックスの球団合併の時に、新規参入した楽天三木谷さんについてナベツネは知らなかったので、説明を受けて「孫正義の小型版か」と言ったという。当時75歳くらいだったナベツネが知らないのもやむを得ないだろう。

★巨人軍のBOS(Baseball Operating System)についてナベツネが興味を持っているという話があり、パソコンを持ち込んでナベツネに説明したら、怒り出したという。ナベツネがBOSに興味を持っているという話は、取り巻きの勝手な憶測だったという。

★ナベツネは「大震災こそ読売のチャンスだ」と言っていたという。関東大震災のときは、読売新聞は被災し、発行部数も11万部から5万部まで落ち、そのうち2万部は代金未回収で、やむなく当時の警視庁刑務部長だった正力松太郎に読売新聞社を10万円で売却したという歴史がある。

★復興支援の巨人軍激励会で、「復興祈念だから記念撮影、サインは遠慮してほしい」とのアナウンスが流れると、ナベツネが激高して、「なんでダメなんだ。こんなこと誰が決めたんだ。あとで懲罰だ!」と怒鳴ったという。

★カラーバス効果で日本酒の銘柄は気になる。ナベツネの好きな酒は「立山」だという。

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その他の情報

★古田の後の選手会会長の宮本は、酒が飲めないのに何時間でもつきあってくれ、個人的なことまで打ち明けてくれたという。割り勘負けしているのに、「いや、いいんですよ。これも仕事です」と言っていたという。

★ライブドアのホリエモンは、Tシャツ姿で現れ、オーナーたちを挑発し、時には元水着キャンペーンガールの恋人と登場する厚顔ぶりも反発を買っていたという。


巨人版マネーボール

★巨人軍は提携先のヤンキースからBOS(Baseball Operating System)の研修を受け、2010年に自分のBOSを作り上げた。日本ハムも2005年に1億円を投じてBOSを導入したという。RC27という27回アウトになるまでに得点をどれだけあげられるかを見る指標では、巨人では小笠原、谷、阿部慎之助、ラミレスという順番だった。

「マネーボール」に”高校生ドラフトに大金をかけるのは、確率を無視し、理性をないがしろにしている”と書いてあるが、巨人軍でも同じ結果が出たという。

マネー・ボール (RHブックス・プラス)マネー・ボール (RHブックス・プラス)
著者:マイケル・ルイス
武田ランダムハウスジャパン(2006-03-02)
販売元:Amazon.co.jp
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活躍する確率は、高校生<大学生<社会人とはっきり結果が出ている。

★かつてスカウト部長をつとめた人に「巨人軍は伝統的に小さい選手はとりません」と言われたことがあるという。スカウトはどうしても体格にまず目が行くが、清武さんは、体格にめぐまれていなくても、”B群”として獲得していったという。

★BOSで比較してみると2010年ドラフトの澤村と斎藤佑樹との差は歴然。斎藤より高校生の宮国のほうが数値は高かった。しかし原監督は大石がいいと、異議を訴えてきて一波乱あったという。

★選手が「何かを持っている」というのは英語では"The way carry by himself"というのだと巨人の在米スカウトのミンチーが教えてくれたという。巨人の東北地区担当のスカウトが、無名の坂本を八戸のグラウンドで見つけた時も、そんな雰囲気を感じたという。

「コンプライアンス違反」と清武さんが呼んだナベツネ語録

この内容は2012年1月号の文芸春秋にも載っているが、真偽のほどはわからない。いずれにせよ江川さんはひどいとばっちりだ。「悪名」などと言われ、イメージダウンで大迷惑だろう。

文藝春秋 2012年 01月号 [雑誌]文藝春秋 2012年 01月号 [雑誌]
文藝春秋(2011-12-10)
販売元:Amazon.co.jp
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”巨人は弱いだけでなく、スターがいない。江川なら集客できる。江川は悪名だが、無名よりはいい。悪名は無名に勝るというじゃないか。彼をヘッドコーチにすれば、次は江川が監督だと江川もファンも期待するだろう。しかし、監督にはしないんだ。

江川の庇護者は氏家だった。だが江川は監督にはしない。天と地がひっくりかえって人格者になれば別だがな。”

”原監督は采配ミスは一つもないと言い張るが、実際は交代をことごとく間違えた。采配で負けた試合はたくさんある。原をコントロールできる江川を置いておくほうがいいんだ”

”江川は99.9%受ける。日テレから1億円もらっていたのが、4900万円くらいになるから、こっちが1億円出せば、ウチに来たほうが多くもらえると考えるだろう。原を江川でコントロールするよ”

清武さんは新聞記者出身なので、文章がうまく面白い読み物である。しかし冒頭に記したように内容は球団経営の実情紹介本で、ナベツベ批判はごく一部だ。読んでも「なんで?」という疑問が依然として残る本である。


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2012年01月23日

国際スパイ・ゾルゲの真実 NHKが制作したドキュメンタリー

先日紹介した映画「スパイ・ゾルゲ」を見たので、それの原作となったNHKがつくったゾルゲに関するドキュメンタリーを読んだ。



スパイ・ゾルゲ [DVD]スパイ・ゾルゲ [DVD]
出演:イアン・グレン
東宝(2003-11-21)
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国際スパイ ゾルゲの真実 (角川文庫)
角川書店(1995-05)
販売元:Amazon.co.jp
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アマゾンだと表紙の写真が紹介されていないので、表紙写真を紹介しておく。

ゾルゲ表紙












この本はもともと1991年に放送されたドキュメンタリー番組の取材を基にしている。

NHKBS2で再放送された時の映像がYouTubeで10編にわたって紹介されている。最初はこんな出だしだ。



YouTubeで視聴したが、全10編、約1時間半もドキュメンタリーを見るのはよほど興味がある人に限られると思うので、最後の10/10の法政大学教授の下斗米伸夫教授の解説を紹介しておく。



20年も前の作品だが、広範囲にわたる取材と資料の深掘りは、さすがNHKと思わせるできばえだ。


ソ連の機密情報公開がきっかけ

このドキュメンタリーが生まれたのは、1991年にソ連が崩壊して旧ソ連時代の機密資料約3,000万点が、1992年3月から公開されたからだ。国家的な重要決定に関する文書は除かれているが、それでも公開された文書の中にはゾルゲが日本から無線で送った電報の原本も含まれており、電報が誰に配布されたのかも記載されている。スターリンもゾルゲの電報を読んでいたことがわかる。

1991−2年の取材なので、ゾルゲを尋問した特高の警部、ドイツ大使館員、ソビエトの赤軍諜報部員、ゾルゲの日本人妻、スターリンの通訳などが存命で、関係者に直接事情を聴けたことが、このドキュメンタリーの質と情報量を圧倒的なものにしている。


ゾルゲの経歴

ゾルゲは1895年生まれ。ドイツ人の父とロシア人の母の間で、石油掘削技師だった父が勤務していた現アザルバイジャンの油田で有名なバクーで生まれた。その後一家はドイツに移住して、ゾルゲもドイツで教育を受ける。

ゾルゲは第1次世界大戦でドイツ陸軍に志願して従軍、3度負傷する。その時の傷で足はずっと不自由だったという。戦争の悲惨さを体験し、世界平和を実現するためにドイツ共産党に入党し、のちにソビエト共産党員となる。

第一次世界大戦の悲惨さは映画「西部戦線異状なし」を見てほしい。



コミンテルン(国際共産党)に勤務し、上司の赤軍第4部ベルジン大将から命を受けて諜報部員となり1930年に上海に行き、作家アグネス・スメドレーの紹介で大阪朝日新聞の上海特派員の尾崎秀実と知り合う。

スメドレーは中国共産党のシンパとして中国共産党の宣伝本を多く書いている。エドガー・スノウの「中国の赤い星」と並んで、彼女の作品はたぶんに宣伝本という要素はあるが、初期の中国共産党の活動がわかる貴重な資料だ。

中国の赤い星 (1964年) (筑摩叢書)中国の赤い星 (1964年) (筑摩叢書)
著者:エドガー・スノウ
筑摩書房(1964)
販売元:Amazon.co.jp
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偉大なる道 下―朱徳の生涯とその時代 (岩波文庫 青 429-2)偉大なる道 下―朱徳の生涯とその時代 (岩波文庫 青 429-2)
著者:アグネス・スメドレー
岩波書店(1988-05)
販売元:Amazon.co.jp
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ゾルゲの諜報活動

ゾルゲの情報源だった尾崎秀実は共産主義革命に心酔しており、共産主義革命でアジアを解放するという理想を持っていた。上海勤務後日本に帰国して満鉄調査部や内閣嘱託で近衛文麿のブレーンが集まる「朝飯会」のメンバーになって、日本政府の内部情報をゾルゲに提供した。

他にもアメリカ帰りで、軍人の肖像画を描いて情報を収集していた画家の宮城与徳などがゾルゲの情報ソースだった。

ゾルゲは1933年から日本に住み、ドイツのフランクフルターの寄稿者として働き、駐日ドイツ大使のオイゲン・オットの親しい友人としてドイツ大使館に部屋を持っていたほどだった。

ゾルゲがどうやって情報を収集したかなどの事情はドキュメンタリーに詳しく紹介されており、ゾルゲの「獄中記」にも書かれている。

ゾルゲ事件獄中記 (1975年)
著者:川合 貞吉
新人物往来社(1975)
販売元:Amazon.co.jp
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バツグンのゾルゲの分析力

この本ではゾルゲの日本発の情勢分析レポートのいくつかを紹介している。

たとえばノモンンハン事件(1939年5〜8月)が起こる前に、日本は中国と戦争をしているので、南方に展開してイギリスと戦争することはあっても、ソ連までも加えた両面戦争はできないと分析し、しかし関東軍が独立性を高めているので、大規模な軍事衝突の可能性はいつでもあると正確な分析をソ連に提供している。

ゾルゲが日本の国力の限界を正確に把握していることには驚く。


ドイツのソ連攻撃も事前察知

独ソ不可侵条約をヒットラーが結んだ9日後の1939年9月1日に、ポーランドに攻め込み第2次世界大戦がはじまった。

スターリンはじめソ連首脳はヒットラーが両面作戦の愚を犯さないとタカをくくっていたが、ゾルゲはドイツの「バルバロッサ作戦」をつかんで、1940年末からモスクワに注意を喚起していた。しかし、その情報を信じないソ連首脳部にゾルゲのトップスクープは無視された。

このあたりの理由はこの本では紹介されていないが、ゾルゲ事件を詳しく取り上げた元GHQ戦史室長のゴードン・プランゲ博士の三部作の一つ「ゾルゲ・東京を狙え」によると、無線係が手を抜いてゾルゲの原稿を勝手に割愛していたので、モスクワにドイツ軍の集結状況などの情報が正確に伝わっていなかったことを紹介している。

ゾルゲ・東京を狙え〈上〉ゾルゲ・東京を狙え〈上〉
著者:ゴードン・W. プランゲ
原書房(2005-04)
販売元:Amazon.co.jp
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この本ではドイツのフライブルクの連邦軍事資料館に保存されている1940年12月18日付け「バルバロッサ作戦」の命令書現物を紹介している。さすがNHKと思わせる広範な取材と、フットワークの軽さである。

ドイツがソ連に攻め込む1941年6月22日の前にも、5月ころからゾルゲはドイツが対ソビエト攻撃に130個師団を準備しているという情報をタイに赴任途中の友人のドイツ駐在武官から入手して、さかんにモスクワに無線で連絡するが、ゾルゲの報告を信じないモスクワではゾルゲの忠告は無視された。

ゾルゲはドイツ人の血を引いていたので、スターリンはゾルゲを二重スパイではないかという疑惑を持っていたことも理由の一つとして挙げられている。


スターリンは日本の対ソ参戦を懸念

その後ゾルゲの情報が正確であったことを知ったモスクワは、今度は独ソ戦開戦により今度は日本がソ連を攻撃しないかどうかが最大の関心事となった。

関東軍は1941年7月に85万人を動員する大規模な演習(関特演)を行ったが、当時ソ連は独ソ戦に兵力の大半を注入し、極東の軍備は手薄だった。

この点に関するゾルゲの「問題外」という報告がモスクワを安心させ、ソ連は20個師団を西に移動して独ソ戦に投入することができ、独ソ戦に勝利することができた。


ゾルゲ逮捕

ゾルゲ一味逮捕のきっかけは、日本共産党の伊藤律が逮捕され、アメリカ共産党員だった北林ともの名前を自白、そのルートからやはりアメリカ共産党員だった宮城与徳が逮捕された。

宮城与徳は取調室の窓から飛び降り自殺を図ったが失敗し、それから宮城はスパイ活動の一切を自白し、ゾルゲ・尾崎の一味が芋づる式に逮捕されたのだ。


ゾルゲの予言

ゾルゲは死刑判決を受けるとは思っておらず、取調官に「いま戦争に勝った、勝ったといっているけど、英米は強い。いずれ日本は困難な状況になる。そうなると日本は講和しなければならないが、講和条約を橋渡しするのはソ連以外にない。だからその時は俺は日本のために働く」と言っていたという。

これはまさに「夢顔さんによろしく」で紹介した近衛文隆が、ゾルゲが処刑されたことを知らずに、てっきりソ連に生還したと思ってゾルゲにシベリア抑留からの解放を期待していたストーリーとつながる。

夢顔さんによろしく (上) 最後の貴公子・近衛文隆の生涯 (夢顔さんによろしく) (集英社文庫)夢顔さんによろしく (上) 最後の貴公子・近衛文隆の生涯 (夢顔さんによろしく) (集英社文庫)
著者:西木 正明
集英社(2009-12-16)
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日本政府はソ連にゾルゲを送還することを提案したが、スターリンは無視した。ゾルゲと尾崎は1943年に死刑判決を受け、1944年に死刑が執行されている。

スターリン死後10年たち、フルシチョフ時代にゾルゲは国家英雄として復活した。フルシチョフがフランスでつくられたゾルゲを主人公とした娯楽映画を見て、これこそ祖国の英雄であるとゾルゲに対する再調査を命じたからだという。

NHKの上記のYouTubeの10/10のビデオでは、モスクワの赤軍博物館にゾルゲの功績がたたえられていることが紹介されている。

モスクワにはゾルゲ通りもあるそうで、そこにはコートを着て壁を突き抜けて出てきたようなゾルゲ像が飾られている。

ゾルゲ像





出典:本書256ページ


さすがNHKと思わせる、よくまとまった一見の価値があるドキュメンタリーである。参考になった上に、大変面白かった。

YouTubeの映像をパソコンで見るのは疲れるので、筆者はパソコンをテレビにHDMIケーブルでつなぎ、テレビで見た。まずはYouTubeの映像を見て、興味がわけば、図書館で借りるか、アマゾンで中古品を買って読んでみることをおすすめする。


1990−1995年ころNHKでは第2次世界大戦について多くのドキュメンタリー番組を制作しており、本にもなっている。このシリーズの「張学良の昭和史最後の証言」も大変参考になったので、いずれ紹介する。

張学良の昭和史最後の証言 (角川文庫)張学良の昭和史最後の証言 (角川文庫)
角川書店(1995-05)
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2011年11月19日

ホテル・ルワンダ ルワンダ内戦で難民を救ったホテルマンを描いた映画

ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション [DVD]ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション [DVD]
出演:ドン・チードル
ジェネオン エンタテインメント(2006-08-25)
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ルワンダ内戦の時の実話を描いた映画。

2006年のアカデミー賞3部門にノミネートされ、その年の最優秀外国映画賞を受賞している。



舞台は1994年のアフリカのルワンダ。

恥ずかしながら、筆者はルワンダと南部アフリカのアンゴラの首都ルアンダと混同していた。

この話もてっきりアンゴラ内戦の時のルアンダのホテルの話だと思っていた。

筆者はアルゼンチンと米国に駐在した経験があり、40か国あまりの国に行ったことがあるが、アフリカはエジプトと南アフリカにしか行ったことがない。

今回の一件で、アフリカに対する無知を思い知らされた。

ルワンダの場所は地図を参照してほしい。コンゴ(旧ザイール)、タンザニア、ウガンダに囲まれた中央アフリカの小国で、隣国のブルンジとルワンダ・ブルンジと一緒にして呼ばれることが多い。

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出典:Wikipedia

ルワンダでは9割を占める多数派のフツと少数ながらドイツの植民地時代には支配階層だったツチ(いずれも部族ではないことがややこしいところだ)が、長年対立しており、1993年に一旦は停戦合意が成立して、国連の平和維持軍が派遣された。

しかし、1994年に大統領の飛行機がミサイルで撃墜され、大統領が死亡するという事件が起きてから、内戦が激化し、人口7百万人余りのルワンダで、ツチの人々が50万人以上虐殺されるというルワンダ虐殺が起こった。

この映画はそのルワンダ虐殺の時に、いわばシェルターとなったベルギー系のホテルのマネージャーの実話を描いている。

主演はオーシャンズ11などでおなじみの黒人俳優ドン・チードルだ。

映画のストーリーは例によって詳しく紹介しないが、ベルギー・サベナ航空が経営するオテル・デ・ミル・コリンのマネージャーが、反乱軍・政府軍両方と金や贈り物でうまくつきあい、ベルギー本社社長の政治力や国連平和維持軍の隊長であるカナダ軍司令官の支援を得て、1,000名以上の難民をホテルにかくまい、最後には無事脱出するというストーリーだ。

彼らの親戚・友人には殺されるものも続出し、フツのマナージャーはツチの妻に、自分が殺されフツがホテルを占拠した場合は、ナタで家族全員なぶり殺されるよりは家族を連れて屋上から飛び降り自殺するように告げる。

ハラハラする場面の連続で、フツだからという理由で急に偉ぶるホテル従業員や、フツの武力決起を扇動するラジオ、孤児を世話する赤十字の女性職員などが描かれており、印象に残る場面が多い。

ニック・ノルティが演ずる国連平和維持軍のカナダ軍司令官は、その後母国に帰って、PTSDを発病したが、現在は上院議員となっている。

アフリカの内戦を舞台にしたシリアスな映画ではあるが、映画を見た後の感動が深い満足感を与える作品だ。


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2011年07月11日

原子炉時限爆弾 反原発論者 広瀬隆さんの福島問題が起こる前の予言書

原子炉時限爆弾原子炉時限爆弾
著者:広瀬 隆
ダイヤモンド社(2010-08-27)
販売元:Amazon.co.jp
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このブログでも紹介した反原子力発電論者・広瀬隆さんが2010年8月に出した原発事故「予言書」。

東電の福島第1原発事故が起こって、アマゾンでも売り切れが続いていた。そのものズバリのタイトルから、現在でもよく売れているようだ。

広瀬さんは福島原発の事故が起こってから、一躍有名になった。大手マスコミにはほとんど登場しないものの、朝日ニューススターなどのCSには出演しており、最近では原発反対を訴える社民党の福島瑞穂党首との対談がYouTubeにアップされている。



300ページ余りの本だが、論点は極めてシンプルだ。

広瀬さんの主張は、日本に原発が建設されだした当時は、大陸移動説(プレートテクトニクス理論)が定説として確立していなかった。だから現在の大半の原発の立地は大陸移動説を考慮しないで建設が決まった。

断片的な地質調査だけで、1968年に確立したプレートテクトニクス理論を考慮しないで「安全」という結論を出し、地球科学について集団的無知のまま全く進歩していないという。

日本列島は4方向から北米プレート、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピンプレートのぶつかる構造にあり、日本全国どこでも地震が起こる可能性がある。

特に最も危険なのは、3プレートが重なり合う静岡県だ。東海大地震が予想されている静岡県御前崎にある浜岡原発で大事故が起こる可能性はほぼ100%である。

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出典:本書31ページ

原子力発電所は、原子炉建屋とタービン建屋から成っており、温水・冷却水を循環させるパイプは全長何十キロメートルにもなる。この配管のどこか一部でも地盤隆起で断裂すると、原子炉の冷却は不能となる。

BoilingWaterReactor




沸騰水型原子炉(出典:Wikipedia)

PressurizedWaterReactor




加圧水型原子炉(出典:Wikipedia)

さらに今回福島原発で起こったようなステーション・ブラックアウト(原発内完全停電)でも冷却は不能となる。

実は2010年6月17日に地震が起こり、福島第一原発2号機で電源喪失事故が起こってあわやメルトダウンという事態となっていた。しかしちょうどサッカーのワールドカップの最中だったので、メディアはほとんど報道しなかったのだ。

津波が起これば、原子炉建屋の物理的なダメージの他に、引き波で原子炉の冷却用海水が失われる。また取水口からの水路もダメージを受けて冷却水が取り入れられないことが予想され、これでも原子炉の冷却は不可能になる。

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出典:本書91ページ

さらに原子炉はコンピューターで制御されているので、大地震でコンピューター自体がダメージを受けることもありうる。そうなると原子炉を緊急停止させる制御棒がコンピューター故障で、挿入できないおそれもある。

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出典:本書71ページ

広瀬さんは、日本で原発事故が起こると日本の国全体がほとんど再起不能なダメージを受けることを、すでに1960年4月から国はわかっていたと指摘する。

科学技術庁の依頼を受けて日本原子力産業会議が、1960年に「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」というレポートで予測していたのだ。

実はこの、「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」というレポートは既にネットで公開されている

この本では、レポートの被害予想図が紹介されている。

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出典:本書16ページ

このレポートの結論は、農業制限区域は日本全土、被害額は1兆円以上となっている。しかしこの1兆円は被災者保障が死亡85万円、立ち退き農家35万円という当時の金額をベースとしているので、今では100兆円を上回ることは間違いない。

しかもこのレポートは1966年に日本初の商業用原子炉として稼働し1998年に廃炉された小型(16.6MW)の東海村の1号機を対象にしており、いまや日本には54基のもっと大型の原発があるので、被害予想は数百兆円になるだろうと広瀬さんは予測する。

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日本の原発所在地(出典:本書152−153ページ)

他にも次のような危険性を指摘している。

★「高レベル放射能廃棄物は100万年監視しなければならない」

NUMO(原子力発電環境整備機構)の地層処分は子供だましの宣伝だ。

★青森県六ヶ所村再処理工場では日本全体を汚染する能力がある高レベル放射能廃液が貯まっている。

★六ヶ所村には大断層が走っている。

★”もんじゅ”の失敗は100%保証済み。

★プルサーマルが加速する原子炉の危険性
 ウラン燃料と比較したMOX燃料の放出放射能は非常に大きい。(対数目盛であり、1目盛りが一桁)

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出典:本書257ページ

★行き場を失った高レベル放射性廃棄物

さらに広瀬さんは、「あえて本書ではひと言も述べないが」と前置きして、「再処理・増殖炉・プルサーマルと、これほどまでにプルトニウムに固執する残る別の政治的な理由があるとすれば、読者ご賢察の通り、日本の核武装計画である。憲法を改正して日本が先制攻撃できるようにし、原爆を持ちたがる政治家が、国会に山のようにいることを忘れてはならない」と語る。

最後に広瀬さんは、次のように締めくくっている。

「天災は忘れた頃にやってくる」(寺田寅彦)

「日本人は、なぜ死に急ぐのか?」

「為せば成る 為さねばならぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」(上杉鷹山)

「救うのはあなただ!」


まさに「予言書」の感がある。広瀬さんは、ガチガチの反原発論者だと今まで思っていたが、理由のあるガチガチ論者である。

広瀬さんの議論は結局NIMBY(Not in my back yard)に過ぎないと思うが、広瀬さんの議論に論理的に反駁することは難しいと思う。

これに対抗するには、原子力は危険もあるが、原子力の平和利用こそ20世紀から持ち込まれた人類の課題であり、日本でも立地と万全の安全対策で原子力発電に取り組むことは可能だとというしかないと思う。

考えさせられる本であった。


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2011年06月23日

大気を変える錬金術 書評競作 その1 読書家の友人の書評紹介

大気を変える錬金術――ハーバー、ボッシュと化学の世紀大気を変える錬金術――ハーバー、ボッシュと化学の世紀
著者:トーマス・ヘイガー
みすず書房(2010-05-21)
販売元:Amazon.co.jp
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会社の読書家の友人にこの本を紹介したら、書評を送ってもらった。この書評が非常に出来が良いので、別途紹介した筆者の「あらすじ」と競作の書評として紹介する。

それは今を去ること100年以上前の1898年、英国のブリストルでの英国アカデミー会長サー・ウイリアム・クルックスによる予言的な演説から始まった。

曰く「英国をはじめとするすべての文明国家は、いま生きるか死ぬかの危機に直面している。人口が幾何級数的に増え続けている中で、食料の増産は遅々としてすすまず、このままでは人類は遅くとも1930年代には飢餓に直面し、多くの人間が命を落とすことになるだろう。それを克服する方法はただひとつ。それは化学を発展させ、食料の増産に必要な肥料、窒素を豊富に含んだ肥料を化学的に合成し、それを農地に大量に投与するしか人類が飢餓の恐怖から逃れる方法はない」と。

あらゆる生命体にとってもっとも重要な元素。それは窒素である。空気の80%は窒素から出来ているが、窒素は気体のままでは生命の維持には役に立たず、これを液体(アンモニア)もしくは固体とし、植物がこれをとりこんで養分として吸収できるようにしなければならない。これがなかなかの難物で、気体の窒素N2を分解し、水素と化合させてアンモニアNH3を作るのは容易ではなく、古来、人類は固体窒素を豊富に含む別の物体(人糞、獣糞、尿など)を採集し、地面にばらまくことで、痩せる一方の地味の維持管理を行ってきた。

農地は毎年毎年同じ作物を植え続けると痩せてしまい農作物の収穫量が減るのは、地中に含まれる窒素を植物が消費しつくしてしまうからで、これを回避するために人類が編み出したのが何年に一度か農地を休耕し、そこにマメ科の植物を植えることであった。マメ科の植物は根に寄生するバクテリアが窒素を形成し地中に放出する性質を持っており、これが地味を回復させる働きをもっていることを人類は経験から発見したのである。

しかし、こういう悠長な方法ではとても対処しきれないスピードと規模で人口は急増。1900年には19億人だった人類が、今や60億人を突破して、尚増え続けている。それでも人類がクルックスの予言通り飢餓に直面せず、当時の3倍超の規模まで増殖し、かつ、肥満の問題で悩むまでに至った最大の理由は何か。それが本書の主人公、フリッツ・ハーバーが発見しカール・ボッシュが企業化した「大気からアンモニアという窒素を合成する錬金術」=ハーバー・ボッシュ法の成果なのである。

アンモニアは肥料としてのみ有用なのではない。ダイナマイトの原料となる硝石の化学式はKNO3で、アンモニアを更に加工することでドイツはダイナマイトの原料となる硝石をも大量生産することに成功する。

本書を読むと19世紀末から1920年代にかけて、ドイツの化学産業というのは、英国やフランス、米国を遥かに上回る世界のトップランナーであったことが分かる。

ドイツといえば1871年に他に遅れて国家統一を成し遂げた後進国であり、いわばキャッチアップ型の経済成長を遂げた国とばかり思っていたが、こと化学産業に関する限り、ドイツのレベルは当時の先進国だった英国やフランス、そして米国よりも数段進んだレベルに既にあったのだ。

その中核にあった企業が人工染料で財を成したBASF、バイエル、ヘキストというドイツの化学企業群で、なかでも中核を占めたのが今日も世界最大の化学企業であるBASFだ。この3社は後に合同し、IG(イーゲー)ファルベンという文字通り世界最大の化学企業体を形成する。IGファルベンの名前は知っていたが、その意味がドイツ語で「染料事業利益共同体」だとは本書を読むまで知らなかった。

世界のトップランナーとしてのドイツを支えたのが当時のドイツに住まうユダヤ系の人々だった。当時のドイツでも、もちろんユダヤ人は差別の対象だった。しかし、その度合いが英国やフランスに比べて緩やかで、とりわけアカデミーの世界ではユダヤ人はのびのびと才能を発揮する自由がドイツでは認められていた。

なんとか2級市民の地位を脱したいユダヤ人は学業に専念し、学問的業績を通じてドイツに貢献し、晴れてドイツ人社会に受け入れてもらえることを夢見、願った。その典型が、本書の主人公フリッツ・ハーバーだ。彼はユダヤ人でありながらキリスト教に改宗し、ドイツ人よりもドイツ人らしく振る舞おうとした。

独自にデザインしたプロイセン風の軍服を身にまとい、片メガネをかけ、ドイツ至上主義を誰彼となく鼓吹したという。このドイツ人になりたい、ドイツ人として認められたいというハーバーの強い願望が、やがて彼をして塩素系毒ガスの開発へと駆り立てていく。

毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者 (朝日選書 834)毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者 (朝日選書 834)
著者:宮田 親平
朝日新聞社(2007-11-09)
販売元:Amazon.co.jp
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しかし、ドイツは第一次大戦に敗北し、やがて復讐に燃えたフランスと英国によって苛斂誅求なるヴェルサイユ条約を押しつけられ、ドイツ経済は文字通り崩壊する。全ドイツ国民が塗炭の苦しみを味わう中で、やがて「こうなったのは、すべてユダヤ人のせいだ」と叫ぶヒットラーが国民から圧倒的な支持を集めるようになる。

なぜフランスはドイツにあそこまで過酷な賠償を押し付けたのか。最大の理由はフランスの国土は戦場となって荒廃し、フランス国民の多くがドイツ人によって虐殺されたが、ドイツの国土はほぼ無傷で残ったことだ。自分たちに災いをもたらした悪の総本山たるドイツの国土が、ほぼ無傷で残り、フランスはヴェルダンを筆頭にほぼ原形をとどめない形で徹底的に破壊された。「ドイツ、ゆるすまじ」の声がフランス、ベルギー、オランダで強くなったのは理解できる。

ハーバーが作った塩素ガスの惨禍がこのドイツ憎しの感情を倍加させた。第一次大戦後、フランス、英国には手足を無くなった廃兵、毒ガスで大きな被害にあった廃兵が山のようにいて、それが文字通りの生き証人としてドイツへの報復の世論を後押ししたという。

ヒットラーのたちの悪いところはユダヤ人を宗教的概念でとらえず「人種」として捉えたところだ。本来、ユダヤ民族という民族は存在しない。あれは確かに中東に起源をもつものだが、基本は宗教である。だから黒髪のユダヤ人もいれば金髪のユダヤ人もいる。エチオピアには大量の黒人のユダヤ人さえいる。それを無理やり単一民族として定義したところにナチズムの無理があったのだが、これがキリスト教に改宗しドイツ人になったつもりになっていたハーバーをはじめとするドイツユダヤ人に悲劇をもたらす。

大量のユダヤ人、それも優秀なユダヤ系がこぞってドイツを出国し、アメリカへと亡命する。その筆頭が、アインシュタインだ。発見だったのは、当時のドイツ社会ではアインシュタインよりもハーバーのほうが社会的評価が高かったということだ。アインシュタインは「愛国者ではなく、変わり者の社会主義者の平和主義者で、ドイツを捨ててアメリカへ渡った大ほら吹き」とドイツでは思われていたという。

私は20世紀初頭に世界の頂点に君臨したドイツのアカデミーが戦後、見るも無残に零落した原因のひとつが、この優秀なユダヤ人学者のアメリカへの亡命があると見ている。当時のドイツの大学は科学の最先端を走っており、米国からも留学生が大挙して押しかけていたとある。ノーベル賞も大量の受賞者を当時のドイツは出していた。それが戦後になると急ブレーキがかかったように見える。

余禄として、ドイツがアンモニアの合成に成功する前、南米が肥料や硝石の産地として一時の繁栄を謳歌したこと。BASFが生産に成功した合成ガソリンでドイツのメッサーシュミット戦闘機やタイガー戦車が動いていたことには正直驚いた。


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2011年04月06日

原発事故に関する本 作家広瀬隆さんの原発廃止論

2011年4月6日追記:

大前さんが「福島原発 政府、東電の対応と東北再生のシナリオ」ということでYouTubeに4月3日放送の「大前研一ライブ」の映像を公開し、食品安全の問題から、非難措置、菅首相も積極的に取り上げた東北漁村再生の提案などについて解説しているので追加で紹介しておく。



2011年4月4日追記:

以下に紹介する広瀬さんの本も講演も、「原発はもとから不要だ・原発を廃止せよ」という以外に何の解決策も提示していないが、原子力研究で世界トップのMITの博士課程を卒業し、日立製作所の原子炉設計者であった大前研一さんがYouTubeでビジネスブレークスルー大学院大学の講義を公開している。

全体は1時間10分程度なので、全部を見るのは疲れるが、最後の部分に大前さんの今後の政策提言があるので、この部分は参考になると思うので、紹介しておく。

3月19日の公開講義と3月27日の通常講義の2編である。



3月27日の通常講義。



YouTubeにはこれ以外に3月13日の通常講義も公開されているので、興味のある人はこちらも参照して欲しい。


2011年4月2日初掲:

原子炉時限爆弾原子炉時限爆弾
著者:広瀬 隆
ダイヤモンド社(2010-08-27)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

「原子炉時限爆弾」というぶっそうな本が昨年出版されている。原発の危険性を訴えた作家・広瀬隆さんの本だ。危機的状況が続く福島第1原発の事故の関係で、アマゾンでは売り切れ・在庫なし・入荷未定となっている。

広瀬さんが高く評価している京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんも同様の警告本を出しており、これらも売り切れ・在庫なし・入荷未定だ。ちなみに小出さんのグループは「原子力安全研究グループ」というサイトで放射線測定値を公開している。

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ
著者:小出 裕章
創史社(2011-01)
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日本を滅ぼす原発大災害―完全シミュレーション日本を滅ぼす原発大災害―完全シミュレーション
著者:坂 昇二
風媒社(2007-09)
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図書館でも貸し出し中で、数ヶ月は待つようだ。仕方がないので、広瀬さんが以前書いた本を読んでみた。

一つは「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」という本。

ジョン・ウェインはなぜ死んだか (文春文庫)
著者:広瀬 隆
文藝春秋(1986-06)
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ジョン・ウェイン、ハンフリー・ボガード、ス−ザン・ヘイワード他、何十人ものハリウッドスターや映画監督、原作者などガンで亡くなった人を列挙して、それぞれの映画作品と死亡原因をリストにしている。まるでツタンカーメンの呪いで、関係者が続々変死した「王家の谷」のようだと。

彼らがガンで死んだのは、1950年代に核実験が行われていた米国ネバダ州の隣のユタ州で西部劇などの映画撮影を頻繁に行っていたからだという。

その証拠に彼らがロケしていたモニュメント・バレーに近いセント・ジョージというユタ州の町では、全米平均に比べて大幅に高いガン死亡率を示しているという。

このブログで紹介した「ヒトはどうして死ぬのか」でガンになるメカニズムが説明されている。日本では3人に2人はガンに罹り、がん患者のうち3人に一人は亡くなっている。

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)
著者:田沼 靖一
幻冬舎(2010-07)
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たしかに放射線被曝はガンになる恐れがあるが、これだけガンで死亡したハリウッド・スターを並べても、ロケ地のユタでの被爆が原因とは断言できないと思う。

ガンになる最大の要因は生活習慣と喫煙だ。昔のハリウッドスターは役柄上の必要もあり、大半が喫煙者だと思う。喫煙でガンになった確率の方が、ロケで時々ユタに行ってガンになるよりはるかに高いと思う。

次が厚生労働省が発表している平成17年度の簡易生命表にある日本人男性の死因グラフだ。

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出典:厚生労働省ホームページ

これだけ原発・原子力の脅威を力説していて、広瀬さん自身はスモーカー!?という「オチ」はないとは思うが、広瀬さんの講演を聞く機会がある人は、広瀬さんに確認して欲しいものだ。

さらに疑問なのが、1957年に旧ソ連のチェリャビンスクで起こった核燃料再処理工場の事故により飛散した放射能による被曝事故の原因だ。

ウラルの核惨事 (1982年)
著者:ジョレス・A.メドベージェフ
技術と人間(1982-07)
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広瀬さん自身も荒唐無稽と言ってはいるものの、地中にしみ出したプルトニウムが、地中で集積し一つの固まりとなり4キロを超えて核爆発を起こしたのだと。あまりに荒唐無稽なので、その部分を紹介する。

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出典:「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」本文

あり得ないことだ。こんな荒唐無稽なコメントがあると、広瀬さんの著書の信憑性を著しく落とす。

広瀬さんは放射線計を持ってチェルノブイリには行ったことがあるそうだが、こんな荒唐無稽なことを本に書くならチェリャビンスクも現地調査すべきだろう。

筆者は1990年代前半にチェリャビンスクを訪問したことがある。製鉄所も戦車工場もある重工業都市で、町も暗くて犯罪率も高く、外を出歩くこともできなかった。

このときに放射能汚染の話を現地で聞かされた。旧ソ連では、住民にすら全く知らされなかったという。

ちなみにチェリャビンスクは治安が悪く、朝一の飛行機でモスクワに帰る時に空港まで送ってくれたドライバーは防犯用のピストルを持っていた。

そんな都市だから広瀬さんも現地確認せず、ソ連の作家の本に書いてある仮説をそのまま情報を載せているのだろう。Wikipediaでは放射性廃棄物を貯蔵していたタンクが爆発したと原因を説明している。

広瀬さんは読者を必要以上に怖がらせようとしているとしか思えない。

広瀬さんのもう一つの本「危険な話ーチェルノブイリと日本の運命」も読んでみた。

危険な話
著者:広瀬 隆
八月書館(2010-07)
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こちらの本は、チェルノブイリの原発の炉心溶融事故は、規則違反で実験をしていて起こったとか、黒鉛型なので格納容器がなくて危険な設計だったなどという報道は嘘っぱちで、マスコミは正確な情報は流さないと語る。

そして日本の原発はすべてすぐに止めるべきだと自説を展開している。

実は日本は原発なしでも十分電力は余っている。日本の電力業界はマスコミをコントロールしており、原発をつくると設備製造メーカーのみならず、建築や地元対策費で巨額の金が落ちるので、産業界が原発建設を推し進め、都合の悪い情報は絶対にマスコミに載らない。

だから御用学者やNHKはじめ御用マスコミが、原発の危険性を全く報道しないのだと。

広瀬さんは普通のマスコミには登場しないが、朝日ニュースターというCSの番組に出演したときの映像がYouTubeに掲載されている。筆者の先輩からビデオを送ってもらったので、筆者もこの番組は見た。



40分もつきあえないという人には、4分弱のバージョンもある。



時間がある人は、次の1時間50分の広瀬さんの講演も見てみると良い。様々な角度から原発の危険性を指摘している。



放射能汚染が起こると、一番ダメージを受けるのはこれから長く生きなければいけない子どもだ。だから広瀬さん(68歳)は孫娘を関西に行かせたという。

広瀬さんの話っぷりがいかにも説得力があるので、広瀬さんの言っていることの真偽のほど、原発廃止論が根拠がある話なのかどうか、何が本当なのか混乱してしまう。

しかし冷静に考えると広瀬さんの本にもテレビの談話にもほとんど根拠が示されていないことに気づく。「危険な話」には、多くの新聞記事コピーがそのまま掲載されているが、新聞記事が正しいとは限らない。

特にYouTubeに収録されている講演の最初に、今回の地震の規模は実は8.3−8.4だったが、国の援助を引き出すために過去最大のマグニチュード9.0に引き上げたのだという話がある。

何の根拠で専門家でもないノンフィクション作家がこんなことを言えるのか?

少なくともこの二冊を読んだ限りは、今回の原発事故を奇貨として、今までほとんど注目されていなかった持論の原発廃止のために、あることないこと言って、世間を怖がらせているような印象だ。

まさにテレビCMで言っている「デマにまどわされないようにしよう」という「デマ」なのかも知れないし、実は正義・正論を主張している人なのかもしれない。

YouTubeの映像を見ればわかるが、広瀬さんの話には説得力があり、正しい指摘もある。

たとえばマスコミは、検出された放射線量の××マイクロシーベルト/時と、人体に影響のある基準の××マイクロシーベルト/年をわざと混同するように仕向けているが、マイクロシーベルト/年は、マイクロシーベルト/時を365X24=8,760倍、つまり約1万倍して比較する必要があり、だまされてはいけないと語る。

NHKで登場するすべての大学教授、解説委員、科学文化部記者は「大丈夫」と根拠のない話ばかりして許せないと具体名を挙げて非難している。

日本人の半分弱はガンになる。そしてそれが放射能被曝なのか、あるいは自然なのか、原因はわからない。

筆者の率直な印象は、「話にはいかにも説得力あるが、根拠は示されていない。デマゴーグというのは、こういう人なんだな」というものだ。

しかし異論も聞いておくという意味で、YouTubeの映像のどれかは見ておく価値はあると思う。

上記のように信憑性に疑問が残ることも念頭にいれて、付和雷同せず、それぞれが冷静に判断して欲しい。


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Posted by yaori at 23:15Comments(0)TrackBack(0)