2005年09月03日

犠牲 脳死をもっと知るために読んでみた

犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日


8月14日に同期同窓の徳野博之君が肝臓ガンでなくなった。

亡くなる直前の8月始めに2週間のリフレッシュ休暇を取って、以前駐在していたアメリカのデトロイトとニューヨークを家族で旅行し、デトロイトでヤンキーズとタイガースの試合を観戦して、松井も見たそうだ。

旅行から帰国したのが8月11日、亡くなったのが8月14日ということで、本当に最後の力を振り絞って米国に旅行したのだろう。信じられない精神力である。

徳野君の死因は肝臓ガンだった。

筆者の正直な印象はなぜこんな早く(52歳)亡くなってしまうのか!という悲しみと、日本では肝臓移植という手は取れないのか?という疑問だ。

筆者は米国のピッツバーグにトータル9年駐在していたが、ピッツバーグ大学は肝臓移植の世界のメッカである。

日本からも多くの移植医が留学に来ており、彼らはピッツバーグ大学で技術を学んで、日本でも肝臓等の臓器移植をやれるだけの技量はあるはずだ。

また筆者の米国駐在時のアメリカ人の同僚でも2人が臓器移植を受けている。一人は腎臓移植。もう一人は肝臓移植だ。

肝臓は沈黙の臓器と呼ばれている。障害があってもなかなかわからない。また一旦肝臓病になると、完治しないと言われている。だから最後の手段が肝臓移植なのだ。

徳野君の場合、医療技術面から肝臓移植が可能だったのかどうか、またそれが適切な処置だったかもわからないので、不遜なことは申し上げるつもりはないが、一般論として日本では生体肝移植を除き、肝臓移植は可能性ほぼゼロであることは非常に残念である。

今まで身近に例がなかったので、日本での脳死と臓器移植について漠然としか理解していなかったが、1997年成立の臓器移植法にて脳死も人の死として認められたので、一応は決着はついたと理解していた。

しかしながら実際には医療現場では脳死判定の条件をクリアーすることが難しく、脳死者から肝臓を移植することはほとんど行われていないので、河野太郎議員の様に生体肝移植が現実的な解決方法として行われているのだ。

臓器移植法改正を考える などのホームページがいくつかあり、議論はされているようだが、河野太郎議員によると日本では脳死=臓器移植という例は年に数例ほどということであり、日常茶飯事に行われている米国と比べると大変な違いである。


前置きが長くなったが、脳死を考える上で1995年発刊の柳田邦男氏のこの本を読んでみた。

この本は発刊当時から知っていたのだが、副題が『わが息子・脳死の11日』となっているので、2人の息子を持つ父親として、今までとても読む気になれなかったというのが実際のところだ。

友の死に際して、脳死について知るために意を決して読んでみた。

柳田氏の作品は『零戦燃ゆ』や先に紹介したキャッシュカードがあぶない壊れる日本人など、いくつか読んでいるが、この本は柳田氏自身の実体験に基づいた実録脳死判定で、これ以上の現場レポートはないだろう。

柳田氏の次男柳田洋二郎氏は感受性の強い性格と、中学時代にクラスメートに目を傷つけられた体験から、対人恐怖症となり社会に順応できないでいて、結局25歳で自死を選ぶ。

生前骨髄バンクに登録していたことから、次男の意志を慮って柳田氏は骨髄移植はできないかわりに、腎臓提供をすることを決心する。

脳死に至る数日の体の動きが刻々と記録されており、体温が上がると脳が溶け、CTスキャンでも脳の中に空間ができて脳死となったことが克明に記されている。

しかし一方で、同じ様に頭の中に空間ができた脳死状態から帰還した交通事故被害者の主婦の例があったことなども考えると、脳死判定の難しさがわかる。

日本は臓器移植で遅れているという人の論拠は:

1.移植医療の技術水準は十分に高いのだが、実践できないという点で遅れている。
2.脳死を人の死と認めない人が多いという点で遅れている。
3.臓器提供という奉仕の精神が定着していないという点で遅れている。

という3点らしいが、自分では脳死と判定された息子の前で「心臓でも肝臓でもどうぞ」と言える心境にはとてもなれなかったと。

臓器提供の承諾書のフォームは「死後臓器移植の為に腎臓を提供することを承諾します」というだけで、誰の判断なのか、臓器をどのように生かすのかという目的もなく、摘出後遺体をきれいにして返すといった但し書きもない。

いかにも事務的で契約書としての体裁もなしていないと。

海軍主計大尉小泉信吉

昔読んだ小泉信三氏の『海軍主計大尉小泉信吉』を思い出した。置かれたケースは違うが父親の哀惜の念としては同じで、感動した。

百年の孤独


『洪水はわが魂に及び』


この本は脳死現場のレポートであるとともに、亡くなった柳田洋二郎氏の追悼文である。柳田洋二郎氏はガルシア・マルケスの百年の孤独や大江健三郎の洪水はわが魂におよびなどに影響を受けた由。

尚、臓器移植などの緊急の場合自衛隊の輸送機を出して貰うことが可能で、この場合には燃料代実費のみで自衛隊機を利用できることを初めて知った。

『逆縁』はあってはならないことで、その葬儀は本当に悲しい。

そんな悲しみを乗り越えて次男の死を無駄にしないための追悼力作で、家族の目から見た脳死臓器移植の現場レポートである。

亡き友を偲びながら、この本を読んでひとしきり日本の臓器移植の現状を考えた。


参考になれば左のアンケートと次クリックお願いします


人気ブログバナー



  
Posted by yaori at 23:30Comments(0)TrackBack(1)