2013年10月11日

金融庁が6カ月の業務停止命令 【再掲】富裕層はなぜYucasee(ゆかし)に入るのか 

2013年10月11日再掲:

「ゆかし」で投資商品を紹介している投資助言会社「アブラハム・プライベートバンク」(東京都港区)が無登録で投資ファンドの運用商品を販売するなど金融商品取引法に違反したとして、金融庁から6カ月の業務停止命令を受けた

「ゆかし」については、このブログで5年前に紹介している。その時も「ゆかし」について疑問を呈しているが、懸念が現実になったようだ。

事件を機に「富裕層はなぜ、YUCASEE(ゆかし)に入るのか」のあらすじを再掲する。


2008年10月4日初掲:

富裕層はなぜ、YUCASEE(ゆかし)に入るのか富裕層はなぜ、YUCASEE(ゆかし)に入るのか
著者:高岡 壮一郎
販売元:幻冬舎
発売日:2008-02-08
おすすめ度:5.0
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純金融資産1億円以上が入会資格というプライベートクラブ「ゆかし」を運営する高岡壮一郎さんの本。

高岡さんは三井物産で情報産業、M&A事業に従事した後、退社してアブラハム・グループ・ホールディングス株式会社を創設し、プライベートクラブ「ゆかし」を始める。

「ゆかし」とは日本の古語で、「見たい、知り合い、会いにゆきたい」という意味だという。


東大OBネットの主催者

東大のOBネットも高岡さんがプロモートしている。

東大OBネット





東大を含めた旧七帝大は学士会というOB組織があるが、非常に緩やかなOB会で、会員になっている人も各大学の卒業生のほんの一部だと思う。

たとえば一橋大学などは如水会というOB会があり、結束が強い。今でもそうかもしれないが、以前は大手企業なら会社の如水会があって毎年一橋大学の新入社員を歓迎していた。

医学部とかの一部学部や学科・ゼミなどを除き、東大は全学のOB会がなかったので、高岡さんが学士会に呼びかけて東大OBネットをつくったものだ。ちょうど東大は130周年記念ということで募金活動をしていたので、渡りに舟だったのだろう。

世の中には、思いたったことをどんどん挑戦、実行すべく努力する超ポジティブ人間がいる。楽天の三木谷さんの言う"Get things done"タイプの人だ。高岡さんもまさにその超積極タイプで、三井物産というエスタブリシュメントではあきたらなかったようだ。


相続リッチとインテリッチ

富裕層は、相続リッチとインテリッチの二タイプがあるという。この本ではインテリッチを主に取り上げている。

インテリッチと一般人との違いは、失われた10年と呼ばれる90年代をチャンスととらえ、自らの戦略で果敢に挑戦してきたことだという。

職業は様々だが、外資系金融機関の幹部、オーナー企業や上場企業の社長、ベンチャー企業の役員、医師、弁護士、個人投資家などで、いかにしてリッチになったかの様々なケースを簡単に紹介している。

純資産は1−5億円が75%、職業は経営者40%、医師・弁護士などの専門職が34%で、世帯年収は3,000−5,000万円が最も多く20%で、次が2,000−3,000万円の18%となっている。

たとえば「ウィーンのコンチェルトハウスの命名権が日本人を対象に数十億円で売りに出されている」というような情報が、ゆかしで紹介されているという。

自分が一億円も金融資産を持っていないので、本を読んでも今ひとつピンとこないが、富裕層マーケティングというのは今注目されている分野だ。富裕層を集める手法としてプライベートクラブを開くというのもアリだと思う。


この本の目次

アマゾンのなか見検索に対応していないので、目次を紹介しておく。

序章  すべてはインターネット上のプライベートクラブから始まった
第1章 新世代富裕層「インテリッチ」の誕生
第2章 インテリッチはどうやって富裕層になったのか
第3章 インテリッチが社会を変える
第4章 新世代富裕層の日常としての「ゆかし」
対談  富裕層社会の未来(渋澤建氏を迎えて)
第5章 世界が富裕層を奪い合う
終章  個人が主役になる社会

各章はさらに3−6の節からできており、よくできた目次である。


リッチスタン

日本には資産1億円以上の富裕層が147万人いると言われ、アメリカでは100万ドル以上の富裕層が950万世帯いるという。そんなアメリカでも相続で富裕層になった相続リッチは10%で、ほとんどが一代で富を築いた人たちだという。

アメリカでは原題が「リッチスタン」、邦訳「ザ・ニューリッチ」という富裕層の本がベストセラーになっているという。

ザ・ニューリッチ―アメリカ新富裕層の知られざる実態ザ・ニューリッチ―アメリカ新富裕層の知られざる実態
著者:ロバート・フランク
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-09-14
おすすめ度:4.0
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富裕層向けの情報が満載

ゆかしの会員になると会員同士の口コミコーナーや、ゆかしマネーという投資情報が役に立つという。

ある会員は、「マネー誌に載ったら、もう売りだが、ゆかし会員が興味を持っている情報は自分も関心を持つ。成功者についていくことができるからだ。」と語っているという。

ゆかしで紹介されている情報は、ゆかし限定のドナルド・トランプ倶楽部への案内とか、イタリアの名門クラブの入会資格付きの高級別荘、5億円のクルーザー、名門英国ロイヤルスクール入学、400年の歴史を持つ有名レストランのオーナーシップ、有望なロシア人アーティスト、オランダ人写真家についてとかといったものだ。


富裕層を惹きつける国

世界で最も富裕層が増えているのはシンガポールで、増加率は21%だという。国策として世界の金融業の中心となることを目指しているので、所得税の最高税率も18%と低い。最近ではシンガポールに日本の金持ちが移住する傾向が増えているという。

高給取りが集まっている金融業界を惹きつけようとしたら、所得税・法人税を安くするのが効果的だ。だからアジアでは香港とシンガポールの税率が低い

昔はモナコとかが金持ちの集まる国として有名だったが、シンガポールもそれを目指している。

所得税の料率は低くとも、仮に年収1億ドルの人が新たにシンガポールに移住してくれば、シンガポールの税収は1,800万ドルの純増となる。

金持ちから税金を徴収した方が効率も良い。要は絶対額の勝負なのだ。

日本の一人当たりGDPは昨年シンガポールに抜かれ、アジアNo.1の座をゆずったが、その裏には所得税や法人税が低いので、村上ファンドの村上さん以外にも世界の富裕層が移住しているという事情もあったのだ。


国民一人当たりGDP

次が国民一人当たりのGDPだ。日本はシンガポールの次の22位で、すぐ次はクウェートだ。


順位  国名     2007年(単位 ドル)
― 世界[18] 8,354.95
― 欧州連合[19] 33,251.80
1 ルクセンブルク 104,673.28
2 ノルウェー 83,922.50
3 カタール 72,849.07
4 アイスランド 63,830.08
5 アイルランド 59,924.42
6 スイス      58,083.57
7 デンマーク 57,260.95
8 スウェーデン 49,654.87
9 フィンランド 46,601.87
10 オランダ 46,260.69
11 アメリカ合衆国 45,845.48
12 イギリス 45,574.74
13 オーストリア 45,181.12
14 カナダ 43,484.94
15 オーストラリア 43,312.32
16 アラブ首長国連邦 42,934.13
17 ベルギー 42,556.92
18 フランス 41,511.15
19 ドイツ 40,415.41
20 イタリア 35,872.42
21 シンガポール 35,162.93
22 日本 34,312.14
23 クウェート 33,634.34


富裕層が「ゆかし」に入る理由

最後に高岡さんは、富裕層が「ゆかし」に入る理由は、今の日本の社会が個人のニーズを十分に充足していないからだと語る。

現代の富裕層は、「個人が主役になる社会」の成功者であり、どこの国でも通用するので、日本が大切にすべき人材である。そんな人々に対して「ゆかし」がより良い環境を提供したいと高岡さんは語る。

日本では白洲次郎が理事長となっていた軽井沢ゴルフ倶楽部とか、東京青山のカナダ大使館ビルにある"City Club of Tokyo"などの超名門クラブが、プライベートクラブにあたるのだろう。

アメリカの主要都市にはプライベートクラブがある。筆者の住んでいたピッツバーグには、デュケン・クラブ(Duqeusne Club)という名門クラブがある。

Duquesne Club





20世紀初頭カーネギーやメロンという企業家が会員となって盛り立てた創立130年の由緒あるクラブだ。

日本人の駐在員で会員になれる人はほんの一握りで、このメンバーシップは金を出せばなれるというものではない。複数の有力会員からの推薦があって、夫婦一緒の面接を含め厳しい入会審査を通らないと会員になれない。

数年に一度USオープンが開かれるオークモントというカントリークラブもピッツバーグにある。2007年のUSオープンの優勝スコアは5オーバー、タイガーウッズでさえ6オーバーという難コースだが、ここも入会金は数万ドルとたいしたことはない。

Oakmont





しかし会員になるのが非常に難しく、審査まで数年待ちで、定期的に交代する駐在員では会員にはなれない。WASP中心のクラブで、以前はユダヤ人は会員になれないという噂があったくらいだ。

会員になるために他の会員の推薦が必要だし、地元の名士として認められないとダメだ。本来クラブとはこういうもので、メンバーになりたくてもなれない希少価値があってこそ、クラブの価値がある。

「404 Blog Not Found」の小飼 弾さんもこの本を読んで、試しに「ゆかし」の会員になってみたそうだが、小飼さんのブログにゆかしについての続報は見あたらない。

小飼弾のアルファギークに逢ってきた [WEB+DB PRESS plus] (WEB+DB PRESS plusシリーズ)小飼弾のアルファギークに逢ってきた [WEB+DB PRESS plus] (WEB+DB PRESS plusシリーズ)
著者:小飼 弾
販売元:技術評論社
発売日:2008-04-15
おすすめ度:4.0
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まさにこの点が問題だと思う。「ゆかし」の知名度を上げるためにはネットの有名人の小飼弾さんは、本音はなんとしても入って欲しい会員だと思うが、富裕層一般に受ける人ではない。あえて落とすことで希少価値を上げるという手もあったのではないか。

小飼さんは、勝間さんとか本田さんなどと親しいし、影響力のある人なので落とされたら逆に宣伝になったのではないかと思う。

自分には縁のない話なので、勝手なことを言って著者の高岡さんには申し訳ないが、メンバーになりたくてもなれないクラブ。それこそが富裕層が列を作って入りたがるクラブではないのか?

ベンチャー企業には難しいとは思うが、本当に希少価値のあるクラブをつくるなら、電話2回の質問で会員にするなどとということをせず、すべて面接で会員を審査し、当初は経営は赤字でも、少数の超選りすぐりの会員組織をまずつくり、それから徐々に口コミで広げていくやり方の方が長い目で成功する道ではないのかと思う。

本を出して宣伝するというやり方も疑問が残る。

富裕層向けにプライベートクラブを開くというのは目の付け所は良いと思う。はたしてプライベートクラブという業態が成功するのか。注目されるところだ。


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2009年03月25日

カーネル・サンダース 65歳で起業したKFCの創業者 何歳でも起業はできる

カーネル・サンダースカーネル・サンダース―65歳から世界的企業を興した伝説の男
著者:藤本 隆一
販売元:産能大学出版部
発売日:1998-09
おすすめ度:5.0
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道頓堀でカーネル像が25年ぶりに引き上げられたからではないが、何年か前に読んだケンタッキー・フライド・チキンの創始者カーネル・サンダースの伝記を読み返してみた。

カーネル・サンダースはインディアナ州に生まれ、6歳の時に父親が病死。母は再婚するが、カーネルは義父と折り合いが会わず14歳で家をでる。

それから農場の手伝いや鉄道関係の仕事など転職を繰り返す。

学歴は小学校卒だが、その後も通信教育などで勉強し、アーカンソー州のリトルロックで弁護士として働いたこともある。

しかし納得のいかない判決に怒り、州議会に提訴して判決を覆すが、その後依頼が来なくなり弁護士を辞めてインディアナ州に戻り、鉄道で再度働く。

カーネルは人一倍働き者だったが、妥協できず、すぐかっとする性格から仕事を頻繁に変えている。

22歳の時にインディアナ州のジェファソンビルという町でフェリーボートの経営に参加し、ロータリークラブに入会する。

そのときのロータリークラブの”4段階テスト”がカーネルのその後の仕事の指針となる。

1.そのビジネスに嘘偽りはないか
2.そのビジネスは関係するすべての人に公平なものか
3.そのビジネスは良好な人間関係を作っていくものか
4.そのビジネスは関係するすべての人にとって有益なものか

その後もいろいろな仕事を転々とし、30歳になる前の1920年代の終わりにケンタッキー州のニコラスビルでガソリンスタンドを始める。

カーネルは自分で”ケンタッキーで自動車の窓をサービスとして洗った最初の人間だ”と自慢しているそうだが、サービス精神旺盛でガソリンスタンドは繁盛した。

ところが大恐慌で売り上げは急減、1930年にニコラスビルのガソリンスタンドを手放し、シェルオイルの紹介で同じケンタッキー州のコービンという町でガソリンスタンド経営を始める。

そしてガソリンスタンドに隣接した物置で、テーブル一つといす6席のサンダース・カフェを始める。

カーネルの”人が喜ぶ料理を真心をこめて作る”という姿勢からサンダース・カフェはおいしい料理を出すということで有名になり、規模も拡大して24時間営業を始めた。その後、カーネルはガソリンスタンドを手放してサンダース・カフェの経営に専念するようになる。

45歳になった1935年にはケンタッキー州からカーネルという名誉称号を与えられている。

サンダース・カフェに隣接してモーテルのサンダース・コートを開き、順調に拡張していたが、1939年にカフェとモーテルは火事で全焼したので、1941年に142席という大レストランをコービンに再建する。

カーネルは料理の味とともに、Q=quality、S=service、C=cleanlinessにこだわり、現在のファーストフードチェーンの基本コンセプトをつくったのだ。

ケンタッキーフライドチキンの原型はカーネルが11種類のスパイスを配合し、母親ゆずりの調理法の圧力鍋で調理するやり方を考え出したことで誕生した。

当初はフライパンに鉄のふたで調理していたので調理時間が30分以上かかっていたが、圧力鍋で調理することによって7分に短縮でき、現在の「オリジナル・レシピ・イレブンスパイス・フラインドチキン」が誕生した。

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出典:日本ケンタッキーフライドチキンホームページ

普通のフライは肉が固くなってしまうが、カーネルの方式で調理したチキンは肉が柔らかでジューシーなので、またたく間に評判になっていった。

順調に推移していたサンダース・カフェだが、1950年代のハイウェー建設ブームでハイウェイ75号がコービンの町を迂回して建設されてからは、カフェの売り上げは激減した。

カーネルは60歳を超えていたことでもあり、カフェビジネスを人に売って、引退しようと考えるが、受け取る年金額が月に105ドルしかもらえないことを知り愕然とする。

カーネル自身は”もしハイウェイが建設されなかったら、おそらく私はケンタッキー・フライド・チキンを始めなかっただろう”と語っている。

カーネルは自分の秘伝のフライドチキンの作り方をレストランに教えるビジネスを思いつき、まずは以前からの友人だったソルトレークシティのピート・ハーマンの自宅を訪れ、ピートの家族に食べてもらう。

"Finger lickin' good"(指をしゃぶるほどおいしい)の始まりだ。ピートが”ケンタッキー・フライド・チキン”と命名する。米国南部のいわゆるサザンホスピタリティを思い起こさせるネーミングだからだ。

カーネルは”60歳を過ぎてからの自分の人生を、大きく変えた出来事が2つあった。一つはハイウェイの建設で、もう一つはピート・ハーマンと出会ったことだ”と語り、ピートへの感謝を自伝に書いている。

1956年、サンダース・カフェをオークションで売却し、カーネルはケンタッキー・フライド・チキン”のレシピ販売に専念することになる。サンダース・カフェはハイウェイから離れていることもあり、一時の評価額の16万ドルを大きく下回り、7万5千ドルでしか売れなかった。

カーネルはそれから自分の車にスパイスと圧力釜を乗せて、レストランの訪問販売を始め、車の中で寝ては、知らない土地のレストランを訪問するという生活を続けた。

カーネルを支援したのはピートだった。ソルトレークシティに120もの看板を出してケンタッキー・フライド・チキンを宣伝し、ラジオコマーシャルも流した。

カーネルはピートのレストランをモデルレストランにして、どんどんフランチャイズ契約を拡大していった。カーネルの白い上下のスーツにひもネクタイというスタイルはこのころ始まった。

ピート自身もその後西海岸で200店舗以上を経営し、ケンタッキー・フライド・チキンの最大のフランチャイジーとなった。

1年目で7件の契約を獲得し、カーネルは移動に便利なケンタッキー最大のルイビルに移る。

カーネルの秘伝のスパイスは当初はカーネル自身が自宅の工場で調合し、フランチャイジーに送っていた。今でも秘伝のスパイス調合法はケンタッキー・フライド・チキン本社の金庫に厳重に保管されているという。

1960年にはアメリカで200店、カナダで6店、1963年には600店、イギリスでも1店舗と一挙に拡大していった。

フランチャイジーのトレーニング用に400ページものマニュアルが社内用に作られ、フランチャイジーにはそのうち40ページほどを渡して、同じサービス、同じ品質を保つ様にした。

カーネルは70歳を超え、後継者がいなかったので1964年1月ジョン・ブラウン・ジュニア(にその後ケンタッキー州知事となる)とジャック・マーシーに、ピート・ハーマンのテリトリーや娘のテリトリーフロリダ、カナダなどを除いたケンタッキー・フライド・チキンの経営権を売った。

起業してから8年後のことだ。

売った金額は200万ドルと生涯にわたっての年間4万ドルの給料、これからもビジネスの発展に関わる仕事に携わるという条件だった。

それから5年後の1969年、フランチャイジーは3500店を超え、ケンタッキー・フライド・チキンはニューヨーク株式市場に上場し、最初の100株がカーネルにプレゼントされた。

そしてケンタッキー・フライド・チキンは、1971年に2億7千万ドルでペプシコに売却されている。

三菱商事が1970年に始めた日本ケンタッキー・フライド・チキンは、カーネルが、”自分の思想を最も忠実に受け継いでくれる日本のケンタッキー・フライド・チキンを一番気に入っている”と言っていたほどだ。

神奈川県座間市のケンタッキー・フライド・チキン第1号店である相武台店では、カーネルの3度目で最後の来日の1980年に記念植樹されたポプラの木があるという。

当時の日本ケンタッキー・フライド・チキンの大河原社長は、カーネルが"The easy way becomes harder and the hard way becomes easier"とよく言っていたことを思い出すという。

カーネルは1980年に90歳の生涯を終えている。この年フランチャイジーは全世界48カ国、6,000店に広がっていた。

カーネルは65歳で起業し、フランチャイズビジネスのさきがけとなった。ビジネスを始めるには何歳でも遅いということはない。元気づけられる伝記である。

古い本なので、普通の書店では置いていないと思うので、是非図書館かアマゾンのマーケットプレースで探してみて欲しい。


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2008年05月28日

インターウォーズサイトでスティーブン・ジョッブスの歴史的スピーチが紹介されている

2008年5月28日追記:

以前あらすじを紹介したインターウォーズの吉井さんのコラムに、アップルCEOのスティーブン・ジョッブスが、2005年のスタンフォード大学の卒業式で行った"Stay hungry, stay foolish"と呼びかける伝説のスピーチが字幕付きで紹介されている。

インターウォーズ吉井さんコラム






実に感動的なスピーチだ。筆者も何回も聞いてしまった。



筆者注:もともとの「字幕」というサイトが閉鎖されたので、YouTubeの映像を載せています。


2008年5月21日初掲:

「新規事業」はどうすれば育つのか


リクルート出身で企業内起業の支援を専門とするインターウォーズ社長の吉井信隆さんの起業の心得。

知人が吉井さんの会社に入ったので、この本を読んでみた。

筆者も昨年まで従業員40名程度の創業数年目の会社に出向し、システムそして営業を担当していた。

4年半の出向だったが、大変良い経験になった。知人もその会社の同僚だったが、先日会ったときに、もっと前にこの本を読んでいればまた違ったのにと言っていた。

インターウォーズの企業内起業支援は30社の支援実績がある。いわゆるハンズオン型で経営チームの人材を紹介し、知恵も出し、お金も出すという。

吉井さんが居たリクルートではRING(リクルート・イノベーション・グループ)と称する社内公募による新規事業インキュベーションにより、2,000億円を超える売上高を創り出したという。

フロムA、ゼクシィ、ホットペッパー、タウンワーク、R25らはすべてこのRINGから生まれた新規事業である。

江副さんの「リクルートのDNA」という本のあらすじはこのブログで紹介しているが、「自ら機会をつくり出し、機会によって自らを変えよ」というスローガンで、社内にPC(プロフィットセンター)と呼ぶマネージメントチームをつくり、企業内起業で起業家を育てるしくみをつくった。


企業内起業家の条件

企業内起業家にはマネジメント力より気力・体力が必要だと吉井さんは語る。経営者と起業家は求められる資質が違う。経営はマネジメントであり、合理的判断によって効率よく人を動かし、組織を運営し、利益を上げるかが求められる。

一方、起業家に必要なのは、情熱、挑戦するスピリッツ、パッションを伴った行動力である。自分の理想や夢を信じる力と言っても良い。だから吉井さんは、起業家になりたいという人と会うとき、その人がどんな優れたマネジメント力をもっているかより、強い信念や理想の下に気力と体力がみなぎっているかに注目するのだと。

吉井さんは候補となる人に次の質問をするという。

1.今の仕事を達成することに負けないほど、物事に改良を加えたいという望みを常に抱いているか?
2.風呂に入っているときに、新しい仕事のアイデアについてについてあれこれ思いをめぐらせ、わくわくしているか?
3.新しいアイデアを実現される方法を考える際に、どんな行動を起こすか具体的に思い浮かべることができるか?
4.ときどき、権限を逸脱したことをしようとしてトラブルを起こしているか?
5.仕事が失敗しそうという厳しい状況を、うまく乗り切ったことがあるか?
6.あなたは、支持者と批判者の両方が人一倍多いほうか?
7.頼りにできる仕事上の人脈ネットワークを持っているか?
8.他人があなたのアイデアの一部を実行しようとしてもたついているのを見ると、すぐにイライラしてくるほうか?
9.何でも自分でやらなければ気が済まないという気持ちを抑えて、チームのメンバーと一緒に、あなたのアイデアに取り組むよう努力することができるか?
10.もし成功した場合に相応の報酬が受けられるなら、あなたのアイデアを試してみるチャンスと引き替えに、多少の減俸も辞さない覚悟があるか?

6つ以上当てはまった場合、その人物はすでに企業内起業家としてのキャリアに向けて、意識の中で行動し始めていると言えるという。

企業内起業で役員の支援の役割は大きい。

担当役員は人物を見抜ける目利きか?担当役員はプロデューサーであり、インキュベーターであるという。リクルートからオールアバウトをジョイントベンチャーとして社内起業した江幡哲也さんは、リクルートの役員が後ろ盾になっていたという。

その他、経営トップ、メンター、インキュベーターの役割も述べられている。吉井さんの同僚には、インキュベーションマザーとも呼べる北條夏旭さんが居るという。彼女の言葉が勇気を与えた例としてペットウィズの柿本社長が挙げられている。

インターウォーズには企業内起業家向けの専用ブースがあるという。いわば「出島」として本社とは距離を置いて活動するのだ。

資本構成は母体企業に、時にはノーと言える様に、アライアンス先や金融会社から1/3以上は出資して貰う形が理想だという。

なるほどと思う。

インターウォーズのインキュベーション応募フォーマットが紹介されている。これには、次のようなチェックポイントが記載されている。

1.事業プラン
(どのような事業なのかを簡潔にまとめて、できるだけ30文字以内で表現してください)
2.事業基本フレーム
3.商品・サービス
4.ターゲット
5.マーケット
6.マーケット(これだけ2回出てくる)
7.初期投資と中期目標
8.競合・優位性
9.実現に向けて
10.課題
11.リスク
12.その他


起業が適当かどうか、スクリーニング基準シート、事業開発のフェイスシート、事業化の歳のチェックポイントなど、実戦的なシートが紹介されている。

事業コンセプトを固めるにあたって、スタート時から撤退基準を決めておくことも重要だ。

たとえばリクルートでは「3年以内に単年度黒字にならないと撤退する」という考えがあったが、通信回線リセールのINS事業とスーパーコンピューターの時間貸し事業はズルズル言ってしまい、もっと早い段階で撤退していたら、リクルートの今日の姿は違っていたかもしれないという。

社内関係者たちからの熱を冷ますような圧力の例として、売上に対するプレッシャーが挙げられている。例えばサントリーの「伊右衛門」は大ヒット商品になっているが、商品開発には何度も失敗して5年掛かっているという。

サントリーの鳥井さんの有名なせりふ「やってみなはれ」という企業風土もあったと思うが、「減点主義」のはびこる大企業が多い中で、長期スタンスで経営陣がよく待ったことに吉井さんは感心している。

3年継続すれば成長ラインに乗るケースが多いと。

「この事業はなんとしてもやり抜く」という気概を持って、ゆるがないコアコンピタンスを持ち、「燃える人間集団」をつくることだと吉井さんは語る。

吉井さん自身もリクルートで首都圏営業部長から企業内起業で、新規事を立ち上げ、以来12年間で30社あまりのインキュベーションに携わったという。

1社でも多くインキュベーション支援することによって創造し、雇用を生み出すことで日本を元気にしたいという思いから吉井さんはインターウォーズ事業に乗り出したという。

本だけではなかなか伝えられない部分が多いが、ベンチャーにも最も重要なメンタルなコーチングも含め、様々な企業内起業支援のノウハウが吉井さんの会社には詰まっていると感じる。

吉井さんの片腕であるインキュベーションマザーの北條夏旭という人もどんな人なのか興味がある。

企業内起業を考えている人は、吉井さんのインターウォーズに相談されることを是非おすすめする。


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2007年10月24日

マザーズ族 成功途上の経営者の話も参考になる

マザーズ族 Leading Entrepreneurs in TSE Mothers (Kobunsha Paperbacks 105)


起業バカ起業バカ2でヒットを出しているジャーナリスト渡辺仁さんによるマザーズ上場会社41社の社長プロフィール。

このブログでも紹介したヒルズ族(「ヒルズな人たち」に次ぐベンチャー経営者群だ。

「ヒルズな人たち」で取り上げられた人たちは、ホリエモンの様に栄枯盛衰があった人も居るが、楽天の三木谷さん、USENの宇野さん、サイバーの藤田さんなど、ベンチャーを通り越して、今や中堅企業となって活躍している。

いずれこの41人の中からも、中堅企業として伸びていく人も出てくると思う。

この本では、起業のきっかけ・着眼点、経歴、IPOと創業者利益、社長の役割・条件、情報源、尊敬する経営者などについて質問を用意して、それぞれの経営者から聞き出した内容をまとめている。

渡辺仁さんは、41社に取材を申し入れたそうだが、今をときめく企業などは、相手にされず、ほぼ半分の20社の社長には取材できなかった。そのため記事の内容もばらつきがある。


取材できなかった社長

取材できなかった社長のなかで、有名どころは次の通りだ:

GCA(M&Aアドバイザリー) 渡辺社長(48歳)佐山社長(53歳)2社長体制 マザーズ時価総額4位

Mixi(SNS) 笠原社長(31歳) マザーズ時価総額5位

アドウェイズ(アフィリエイト) 岡村社長(27歳) 史上最年少でマザーズ上場

比較.com(価格比較)  渡辺社長(35歳) 1円起業で初のマザーズ上場

ゲームオン(サムスンの子会社)  李相(イサンヨプ)社長(47歳) オンラインゲームメーカー

エムケーキャピタルマネージメント 加藤一郎太社長(52歳)不動産アセットマネージメント


億万長者か紙くずか、玉石混淆のマザーズマーケット」というイントロダクションのタイトルが示すとおり、興味本位の取材目的が透けて見えるので、多くの会社から敬遠されたようだ。

ちゃんと話を聞けた経営者のストーリーは参考になる。いくつかピックアップして紹介する。


・MonotaRO社長瀬戸欣哉氏

瀬戸欣哉社長(46歳)は筆者の後輩の元商社マンで、「プロ経営者」を目指していると語る。デトロイトの駐在員からダートマスにMBA留学した経歴を持つ。

米国最大の工具通販大手グレンジャー社と合弁で始めたMonotaROは、零細流通が牛耳っていた工場用工具・副資材ビジネスの「ルールを変えたベンチャー」だ。

資金を数回に分けて30億円も調達して、筆者も端で見ていて大丈夫かというくらい、チラシ宣伝などで毎年数億円使い、文字通りお金を燃やしていた(毎月の赤字幅をバーンレートという)。

しかし、その長期戦略が実を結び、今や18万社の中小企業を顧客に持ち、2007年の売上は前年比20%以上アップの120億円弱の規模で安定的に成長している。

Eコマースで売上高100億円以上というのは、非常に大きな規模で、瀬戸社長の不撓不屈(ふとうふくつ)の精神に頭が下がる。

上場しても瀬戸社長自身は、若干のストックオプション以外創業者利益も取らなかった。

尊敬する経営者は元上司の平沼重巳氏(筆者も尊敬している先輩だ)と語る。好きな言葉は「夫子の道は忠恕のみ」だと。

筆者に「ウェブ進化論」を勧めてくれたのも瀬戸社長だ。元同僚として誇れる熱血プロ経営者である。


・バリューコマース ティモシー・ウィリアムズ会長、ブライアン・ネルソン社長

日本に来て遺伝学を学んでいたニュージーランド人のティモシー・ウィリアムズ氏(36歳)が創業して、ギャラップ社のセールスディレクターだったブライアン・ネルソン氏(39歳)を社長に引き抜いた。

バリューコマース社は1999年にアフィリエイトを始めた老舗だ。

会社を大きくしていく段階で2005年にYahoo! Japanに、TOBという形で約110億円で50%弱の株式を売却した。

創業者のティモシー・ウィリアムズ会長は、会社設立資金にした300万円をニコスから金利18%で借りて、会社を設立したという。その元手300万円が、一時は時価総額300億円に大化けしたのだ。

ティモシー・ウィリアムズ会長の尊敬する経営者はマネックス・ビーンズ証券の松本大社長だという。ゼロからソニーの出資を得て、会社を大きく伸ばした経営手腕がスゴイという。


・マガシーク 井上直也社長

マガシークの井上社長(42歳)は伊藤忠のファッション事業出身。この本の表紙の社長群の写真の最下段に載っている、一見グッドウィルの折口社長かと思わせる風貌の人だ。


「プロ経営者」の条件


現在"CanCan", "non-no", "Oggi"など14の女性誌と提携し、女性誌に掲載されたアパレルやアクセサリーをネットで購入できるサービスを展開している。つまり14の女性誌をストアフロントとしているのだ。

2007年3月期の売上高は60億円弱で、株価総額は92億円だ。

大企業ベンチャーの会社公開でもあり、井上社長の創業者利益はゼロだという。

社長の資質で最も重要なのは人間性だという。「この人についていけるかどうか」というのがポイントだと。

尊敬する経営者はワタミの渡邊美樹社長、日本電産の永守社長、GEのジャックウェルチだという。


・ソースネクスト 松田憲行社長(41歳)

松田憲行社長(41歳)はゼロと鳴くカエルのコマーシャルのソフトメーカー、ソースネクストの社長だ。売上高100億円強、時価総額は214億円。

大学を卒業して日本IBMに勤めるが、IBMでは非常に優秀な部長クラスでも住まいは郊外の2DKと知り、会社を辞めシステムコンサルタントとして独立し、自分の会社をつくる。

4年前からインドの会社と提携して、セキュリティソフトのゼロなど、安くても特徴のある製品を売っている。ソフトを1,980円(イチキュッパ)で売り出したことでも有名だ。

ウイルスセキュリティZERO (新パッケージ版)


社長の資質として一番必要なものは、決断したことを推進するリーダーシップであると語る。


・ドリコム 内藤裕紀社長

企業向けブログシステムやCGM(Consumer Generated Media)ネットメディア開発のドリコムの内藤裕紀社長(28歳)は京都大学の学生の時にチラシを配って仲間を集め、やることもろくに決まっていなかったのに学生ベンチャーとしてスタートした。

2006年3月期の売上高は約7億円。時価総額は154億円。

ブログのパイオニアで、企業向けブログサービス「ドリコムブログオフィス」では大小とりまぜて導入企業は1,000社を超すという。

IPO時に株を売ったので、創業者利益は20億円だという。

社長の資質としては、社長の目標設定が大事だという。社内の人がわくわくする目標なり、夢なりを掲げているのが経営者だと語る。

尊敬する人物は三国志の諸葛孔明などの戦略に優れた人、現代人ではアップルのスティーブンジョッブス、孫正義さんだと語る。


・ネットエイジグループ 西川潔社長

ネットエイジグループの西川潔社長(50歳)といえば、渋谷をビットバレーと呼んだ日本のネットベンチャーの兄貴分だ。

2000年だったか、日本のインターネットバブルの頃、西川さんを中心に、今や閉鎖した六本木のヴェルファーレでネットベンチャーを集めた大パーティを開催した。

その時、スイスのダボス会議からチャーター機で戻ってきて駆けつけた孫さんが参加して最高に盛り上がった話は有名だ。

ネットビジネスのインキュベーションを初めてビジネスにした経営者だろうと。

その最大の孝行息子がMixiだという。Mixiの笠原さんは、西川さんのオフィスの一角に机を2つ置いて、まずは求人サービスで創業した。

ネットエイジグループは、ファイナンス事業では48億円を5本のファンドで動かしているという。そのうち5億円は学生起業家ファンドで、7社に1億円強投資しており、いわばエンジェルの様な事業だ。

ベンチャーの兄貴分らしい活動だ。

西川さん自身は東大教養学部出身。私立武蔵高校の出身ということは、MonotaROの瀬戸社長の先輩だ。KDDIに入社し、アーサーDリトルに転職、その後バドワイザージャパン、AOLジャパンを経て1998年にネットエイジグループを創設した。


・リミックスポイント 吉川登社長(41歳)

画像処理・保存・管理技術のリミックスポイント社長の吉川さんは、大学卒業後、設計事務所に就職した。

いくつかのプロジェクトを経験して、建築やデザインを学んだ後、住商ファイングッズ(現住商インテリアインターナショナル)に転職して、IT関連事業を担当。

その後小さいデータの画像でも鮮明に拡大する画像処理技術を持つセラーテムテクノロジーに転職、社長を経た後、2004年にベンチャーキャピタルの出資を得てリミックスポイントを設立して独立した。

警視庁やALSOKの警備ロボットに使われているセキュリティ性の高いデジタル画像解析技術が売り物だという。

社長に求められる資質は、行動力と判断力、つまり「思いっきり」だろうと語る。


以上IT関係を中心に紹介したが、他のマザーズ上場企業として、秋田県のリードフレーム等の電子部品検査装置メーカー(インスペック社)、新薬・医薬品検査でナンバーワンの応用医学研究所、激安ふぐ料理の「とらふぐ亭」の東京一番フーズ、レストランチェーンのペッパーフードサービス、ハーバードMBAのマンツーマン英会話のGABAの青野仲達社長など、様々な業態のマザーズ上場企業の社長が紹介されている。


マザーズに上場して創業者としていくら儲けたんだ、という様な興味本位ではなく、成長途上の企業の経営者の話として読むと参考になる話が多い本だ。


参考になれば次をクリックお願いします。


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2006年01月21日

史上最短で、東証二部に上場する方法 元気が出るサクセスストーリー

史上最短で、東証二部に上場する方法。


2006年1月21日追記:

『野尻佳孝』あるいは、『明大中野』で検索されて、当ブログを訪問される方が急増しているので、テイクアンドギブニーズの野尻佳孝社長の本のあらすじを再掲する。

非常に面白い本なので、是非一読をおすすめする。



サイバーエージェントの藤田晋氏とか堀江貴文氏とかを何回か紹介してきたが、彼らの本の中でも紹介されているハウスウェディング業のテイクアンドギブ・ニーズ社社長の野尻佳孝氏の元気の出るサクセスストーリーである。

本の帯には野尻流『成功の方程式』と書いてあるが、野尻氏の成功の秘訣が自身の言葉で書いてあり面白い。

成功の秘訣を筆者なりに要約すると、次の3点である:
(1)『日本1の負けず嫌い』
(2)パラノイド(偏執狂)的行動力
(3)ビジネスモデル

インテル元社長のAndy Grobeの今や廃本となった"Only Paranoid Can Survive"を思い出す。ベンチャー企業が成功する確率は千三つかもしれないが、野尻氏と同じようなパラノイド的起業マインドと驚異的行動力を持てば、日本でもアメリカでも成功する確率はぐっと上がるだろう。

凄い行動力だ。


チーマー時代から明治大学ラグビー部まで

野尻氏は電気工事会社社長の次男として生まれた。芸能人がよく行く明大中野中学・高校に進学。同級生は貴乃花だ。

信じられない様な金持ちの友人の家に行き、成功=社長=起業を決意する。

中学時代はチーマー(繁華街の遊びグループ)のリーダーとして渋谷を夜な夜な闊歩して、パーティ券を売って月収100万円越えたこともある。

友人の喧嘩死を機に、チーマーをやめラグビーに集中し、明大中野高校で花園(全国高校ラグビー大会)に行く。

明治大学に進学して、『ラグビー部に入れば行きたい企業に行ける!』と考え、ラグビーを続けた。

明大ラグビー部の話が面白い。

4月1日の始業式に来た入部希望者は入部させないという掟があると。入部を許されるのは3月半ばに内々に声がかけられた人間のみが参加する新人合宿に参加した者のみ。

当時は部員が150名を越えており、10軍まであった。上級生には『はい』『いいえ』『あのちょっと』しか使ってはならない。『シボリ』というお仕置きがあり、『腕立てエンドレス』とか『グラウンド走エンドレス』とか要するに『しごき』である。

合宿所の話はなにか帝国陸軍の話の様だ。上級生が『おーい』と叫ぶと『はーい』と返事して全員10秒以内に駆けつけなければならない。全員そろっていないと即シボリだ。

渋谷でチーマーをやっていたので、先輩に合コンをアレンジしろと言われ、なおかつ夏の真っ盛りにランニング、短パンにスキーブーツ、スキーをかついだ格好で渋谷に来ることを命じられる。おまけに先輩に命じられ、その場で四つん這いとなる。

度重なる屈辱的かつ理不尽な仕打ちに耐えた結果、プライドは失せ、芸をやれと言われれば、物まねでもなんでも体を張って笑いを取ることができるようになった。良い意味でも悪い意味でも人間性が変わり、驚異的な忍耐力がついたのだと。

明治大学ラグビー部出身者はどこへいっても有数の稼ぎ頭になるという。さもあらんと。

こんな話、明治大学ラグビー部出身のスター松尾雄治氏の本にはなんにも書いてなかったが…。

勝つために何をすべきか―新日鉄釜石の「やる気」ラグビー


野尻氏は体は小さいが、誰よりも長く練習し、負けず嫌いの根性のタックルが武器だ。食事がまずい合宿所の食事も2人分食べ、無理矢理スタミナを維持し4年の時には1軍の試合にも出場した。


就職と独立

まずはラグビーのオフに広告代理店や新聞社のインターンシップに参加し、大企業の雰囲気を知る。

経営者を目指す者としては組織の一員として経験を積むことは必要であると考え、起業が目標だが3年間はサラリーマンとして働くとして、ベンチャー企業支援部(とラグビー部)のある住友海上に就職。

サラリーマン時代はおそらく『社内で一番不遜な社員』だったろうと言っているが、ベンチャー企業支援部という部署を最大限に活用し、3年間で200人以上のベンチャー企業経営者と知り合いになり、営業成績もトップクラスだった。

予定通り3年で退職準備を始め、自分の得意分野である『イベント企画』のビジネスモデルを考え、ブライダルビジネス業界を調査したところ、年間10兆円もの巨大市場ながら、大手企業は一社もないことがわかる。

それならば自分のイベント力を生かして、膠着したブライダル業界にブームをおこしてやろうと決意して、住友海上を退職する。狙ったビジネスモデルは外国映画で出てくるようなハウスウェディングだ。退職の日に好きだったたばこもやめ、サービス業に生きることを決意。

3ヶ月の期限付きでウェディングプロデュースの会社『プラン・ドウ・シー』でブライダル業界のノウハウを学ぶ。

明大中野の後輩中川氏を誘い、ブライダル会社でのアルバイトだった堀田氏も入れて起業メンバーとする。資金は住友海上時代に知り合った企業経営者数名に頼み込んで、一人最大500万円の出資金を集め、資本金2000万円の株式会社としてスタートする。

最初は渋谷の家賃2万円のウィークリーマンションの一坪ほどの一室をオフィスにして1998年10月に会社を立ち上げる。

家賃2万円、3人分の給料15万円(一人5万円)という極限のコスト削減の中から、『ゼクシイ』への広告料80万円を払い、広尾の『イル・ブッテロ』を使ってのハウスウェディング広告を出す。

その年のクリスマスまでに20件を成約、事務所も南青山の10畳ほどのワンルームに移る。

最初のウェディングは大成功、新郎新婦のご両親からも感謝される。『お客様にサプライズを』をモットーに料理の達人風のアレンジや、様々な趣向でお客に喜ばれるが、その反面直営店の必要性も浮上する。


非IT業界ゆえの苦闘

創業1年半の2000年3月に売上高4億3千万円、利益3、200万円を達成するが、『IT業界』でないとして、ベンチャーキャピタルから相手にされず悔しい思いをする

それならとベンチャー経営者から出資を募ろうと、名簿を使ってダイレクトメールを送るが不発。

日本ベンチャー協議会がサロン21というバーを運営していることを知り、なんとか知己を得ようと入り浸りシートゥーネットワークの稲井田社長、日商インターライフの天井社長の目にとまり、事業説明の機会を得る。

稲井田氏より必要資金全額出資の約束を取り付けるとともに、天井氏から『君は面白いヤツだなあ。よし他の社長さんたちに紹介してやろう』ということで、他の社長にも紹介して貰い5億円の増資に成功した。

この資金を活用して第1号の直営店の『アーカンジェル代官山』が2001年8月に完成、1,000人を招待しての大パーティを行う。

同時期に会社上場準備も進め、野尻氏は他の社員の誰よりも長時間働く様になったが、経営者としての業務に集中するうちに、社員との距離が生じるようになっていった。

利益目標をつくり、社員を叱咤激励し、『スパルタ経営』を押し進めて社員のストレスも最大限となっていた。

当時社員数80名で、幹部は明大中野出身者で固めていたが、他の社員にはわからない社長の孤独感を味わう。上場後すぐ創業時のパートナー2人も独立し退社する。

この時に親交ができたのがサイバーエージェントの藤田晋氏とライブドアの堀江貴文氏、タリーズジャパンの松田公太氏だ。


ナスダックジャパン上場から発展期へ

2001年12月にナスダックジャパン(現ヘラクレス)に上場する。創業してから3年2ヶ月のナスダックジャパンの上場最短記録だったが、調達できた資金はわずかに3億円で、IT業界との差を痛感する。

ブライダル業界が株式市場はもとより世間に認知されていないという反省の元に、積極的にIR活動を展開し、ブライダル業界全体の底上げと顧客満足度向上を目指す。

最近の不動産業界でははやりのようだが、SPC(特別目的会社)を利用してリスクを軽減する斬新な方法で、直営店を地方にも展開し2003年3月の決算では売上高53億円、経常利益5億円弱を達成。

様々な趣向と、冷凍物を一切使わない等、仕込みに約1週間かける妥協のない料理で、顧客満足度を上げる努力を行い、差別化を図る。

おちまさと氏の協力で、『映像革命を起こす』という合い言葉で映像をつかった『結婚前夜』、『エンドロールムービー』、『なりきり記者会見』、『ボイス招待状』、『ウェイトベア』など、作詞家の秋元康氏の協力で芸能人からのビデオメッセージ、アントニオ猪木からのメッセージ、会場での花火など様々な企画がテイクアンドギブ・ニーズの強みである。

2004年2月に東証第二部に上場。東証第一部上場を目標とする。

サプライズとカインドネスの精神がテイクアンドギブ・ニーズ社のキーワードである。

興味をそそられるブライダル事業モデル、会社である。

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2006年01月09日

起業バカ2 今度はidiot entrepreneur 前作より数段パワーアップ

2006年1月9日追記:


サイバーエージェントのメルマガで起業バカ2の著者渡辺仁さんのインタビューが掲載されていたので、参考までに紹介しおきます。



起業バカ 2 やってみたら地獄だった! Idiot Entrepreneurs


渡辺仁さんのベストセラー;起業バカの続編。数段パワーアップされている。

前作の起業バカはこのブログでも紹介したが、、フランチャイズビジネス等で起業しようとする起業バカを食い物にする様々な具体例が紹介されており非常に参考になった。

前作も良かったが、この続編は取材力がさらにパワーアップされている。たぶん前作の成功で著者の渡辺仁さんは一躍有名となり、起業に関する様々な情報が渡辺さんに集まるので、うまい具合に転がりだしたのだと思う。

光文社のペーパーバックスシリーズは、キーワードに英語訳がついているのがスタイルで、今回の起業バカ2の英題は前作のnaive entrepreneurs(ナイーブ・アントレプルナー;世間知らず)からさらに進んでidiot entrepreneur(イディオット:idiotは本当のバカの意味)となっている。

渡辺さん自身はジャーナリストだが、自分で発刊したビジネス誌で起業に失敗した経験もあるので、傍観者ではない非常に実戦的な内容である。

読みやすく、ビジネスの現場における様々な誘惑やリスクの実体があきらかになる。起業を目指している人、漠然(ばくぜん)と起業を考えている人のみならず、ビジネスマン全般におすすめできる良書である。

非常にためになる本なので、あれもこれも紹介しようとして、ついついあらすじが長くなってしまうが、もちろん実際に本を読んだ方が良い。

ここでは特に印象に残ったポイントだけいくつか紹介する。


あなたはそんなに修羅場が見たいのか?

はじめにintroducutionとして、最初に来るのがこれだ。

この世に地獄があるとすれば、事業で失敗した責め苦こそ起業地獄と呼んでいいだろう。

ヒト、モノ、カネは成功への武器であるが、ひとたび流れが変われば身を滅ぼす凶器にもなる。それが起業の怖さであり、事業のむずかしさである。地獄への片道キップone way ticket to hellであると。

借金取りの連日連夜の取り立て電話におびえ、金策に苦しみ不眠症insomniaとなる、だまし、裏切り、ワナ、家庭ではカネをめぐって夫婦ゲンカが絶えず、子供からもバカにされ家庭崩壊、心身とも疲れ、ついマンションから飛び降りたくなる…。

テレビでさかんに宣伝していた通信ベンチャー平成電電が2万人から、500億円弱の投資金を集めて、突然倒産したのは記憶に新しい。世の中にはカモsuckerをだましてカネを巻き上げようと言うやからが一杯だ。

著者の渡辺仁さんも、起業家向け雑誌発刊で失敗し、妻からは離婚され、友人からは見放され、大借金を負い、自己破産直前で暖房のないアパートで震えながら書いた本が売れたのだと。


調剤薬局フランチャイズ 詐欺事件

前作で紹介されていた調剤薬局フランチャイズ詐欺事件のフランチャイズ名を今回は実名で紹介し、他社の調剤薬局をあたかも自社のチェーン店の様に案内した話とか、いい加減な需要予測による事業計画などの手口が紹介されている。

登場する被害者は大手ハウジング会社の猛烈サラリーマンferocious businessmanだった。

FC本部に強い不信感を持っていたが、自分ならもっとうまくやる自信があったので、話にのったのだ。7,000万円を注ぎ込んで、累損が2,500万円。FS(feasibility study事前採算性調査)不足と過信が失敗の原因のようだ。

OSA起業研究所というところがこのFC詐欺事件をコンパクトにまとめており、参考になるので、こちらも紹介しておく。

調剤薬局詐欺事件はこの本のいろいろなところで紹介されるが、最後に被害者の元猛烈サラリーマンが、ひそかに損失4,500万円のうち、2,700万円を回収していたという事実があとがきafterthoughtで紹介される。

被害にあったら素早く隠密裡に行動し、ワル知恵を総動員して自分の身を守れということだと。

この気概と度胸があなたにはあるだろうか?百戦錬磨の詐欺師やヤクザども相手にあなたは戦えるだろうか?と。

うーん考えさせられる。


パクられ地獄は底なし沼

パクリ屋に引っかかったのはスーパーやディスカウントストアに家電や雑貨を卸す商社経営者だ。彼はバイヤー、店長としての経験があるその道のプロ。売上高3億円、経常利益6000万円、従業員23名の会社だった。

うっかり儲け話に乗ってしまい、家電やブランド品をパクられ、1億3千万円の被害をうけ、マチキン(町金融業者)に手を出し、あえなく2億円の負債を抱えて倒産した。

パクリ屋は筋金入りdyed in the woolのだましのプロ。裏の裏まで段取りset-upをつけていると。

例えばこうだ:ヤツラは相手を納得させる舞台をきちっとつくっている。農協に太いパイプがあるというふれこみで、事務所に行くと、全国の農協のポスターや各地の業界新聞とかがわんさと置いてある。

ビルにはその会社の看板が出ており、自社ビルと思わせるが実はオーナーも不動産屋もだました偽装ビルだった。長くても半年程度で会社を閉めていくので、数百万円の補償金など捨てるつもりなのだ。

帝国データバンクなどの信用調査も限界がある

パクリ屋が使う会社は100%買った会社で、まずは小口の架空取引で100万円、200万円程度の手形、小切手決済を何度も繰り返し、完璧な決済履歴をつくる。調査会社や銀行がいくら調べても問題なく決済しているという履歴しか見あたらない。

代表者に面談しても、社長発言のウラはとれないので、発言を信用するしかないのだ。

信用調書を取っても『評価できない』というレーティング、銀行に聞いても『良くもなく悪くもなし』ということで、所詮プロのパクリ屋の悪知恵に対しては役立たない。

唯一の方法としては会社謄本の全部事項を取ることだと。

社名が変わって半年以内なら要注意だ。定款に書いてある内容と著しく違うものを扱っている会社とか、換金度の高い商品を欲しがるところとかも要注意だ。

パクリ屋は引き屋と買い屋がグルになり、コンサルや弁護士も巻き込み組織だっている。

支払いが滞ると怪しげな財務コンサルタントが現れ、代理交渉するが、これは時間稼ぎ。数週間して急にFAXが来てコンサル契約を解消したので、もはや何の関係もないと。あわててコンサルの事務所に行ってももぬけのカラ。

詐欺だと気づき、告訴を準備すると、顧問弁護士が現れ、和解交渉をする。弁護士は1件2,000万円とかで握っているので、和解金を500万円で押さえられれば残りの1,500万円が利益となるので、必死に和解に持ち込む。

すべてがグルなのだ。


鬼になれない男は会社をつぶす

敗者のみならず、勝ち組社長も一度や二度は生きるか死ぬかの地獄の体験を味わっている。地獄の責め苦をくぐらなければ一人前ではないのだ。

グッドウィルグループの折口雅博会長長はジュリアナ東京で名を売った後、仲間の裏切りで7,000万円の借金を抱え、トイチ地獄に突き落とされた。孫さん、三木谷さん、ホリエモンにはない地獄の体験が自分の武器であると語っている。


「プロ経営者」の条件


このブログでもインデックスの落合正美会長サイバーエージェントの藤田晋社長、を紹介しているが、彼らも借金地獄あるいは、株価暴落による針のむしろ地獄を経験している。

一度事業を立ち上げると終わりのないnever-ending battleが繰り広げられ、社長は24時間、365日利益を求めて走り続けるドッグレーサーである。日本電産の永守社長も同じことを言っている。この戦場で鬼になれない気の弱いヤツは即、地獄行きなのである。

セゾングループの創始者の堤清二氏が、NHKの番組でなぜセゾングループは崩壊したのかと聞かれ、ちょっと考えた末、「私が鬼になれなかったからだ。」と告白したという話は印象的だ。


社長になっちゃいけないヤツがなったから失敗する

ウィークリーマンションのツカサを立ち上げ一世を風靡したが、バブル崩壊で大失敗、億万長者から一転して1,000億円以上の負債を背負った川又三智彦(さちひこ)さんの話で締めくくる。

川又三智彦さんは自らの体験を元に1,000億円失ってという本の他、様々な本を出版し、最近では二極化ニッポンという本を出している。

川又三智彦さんのホームページもあるので、一度見て頂きたいが、天国と地獄をローラーコースターで往復しても不屈の起業家である。


1000億円失って―情報整理があなたの危機を救う!



二極化ニッポン―2007年、1億総中流社会は崩壊する


川又さんの話を最後に持ってきたのは理由があると。以下は本書から引用する著者の渡辺さんの起業バカ(naive entrepreneur/idiot entrepreneur)たちへの檄文(げきぶん)だ。

川又さんの話で最も感心したのは「社長になっちゃいけないヤツがなったから失敗する」という言葉だ。単純明快、目から鱗ではないか?

ハッキリ言おう、この本を手に取った多くの読者は「ちょっと起業でもしてみようかな」と思っているはずだ。だがそんなヤツらは間違いなく社長の資格qualificationはない。「社長になっちゃいけないヤツ」だ。だから、99%失敗する。その先には『大借金地獄』、『家族崩壊地獄』、『風俗地獄』などが待っている。

そもそも素質のある人間は、私の本を読む前に、とっくのとうに起業している。まずは実際にやっているのだ。私の本を読んでいる時間なんてない。その意味では、本書を読んでいるようなあなたに、起業の資格なんぞないと断言assertしてもいい。

さあ、私がここまで書いても、それでもあなたは起業するつもりだろうか?

それならそれでいい。私は前著でも書いたように、起業自体を否定するつもりはないからだ。むしろ、奨励したい。それが沈滞して閉塞感の強いこの国を元気にしていくからだ。

そして、起業するなら、最後に川又さんの言葉をもう一度思い出して欲しい。私からも同じ言葉をあなたに贈りたい。それはこうだ。

「人間は、歩いた分だけ視野が広がるんです」



著者の渡辺さんが告訴されている

前著刊行後、渡辺さんは本の中で取り上げた教育フランチャイズから出版差し止め請求を起こされたと。

結局、ほんの数カ所の文字の書き換えで内容は一切変えずに和解したのだが、この課程で面白い事実が浮かび上がってきた。

このフランチャイズは加盟者に準備金として5万円を渡していたのだが、この部分をどうしても削除して欲しいと言ってきた。それはこの部分が彼らの商売の肝だからだ。

彼らは主婦をターゲットにしているが、毎日一円でも安くスーパーで買い物する主婦にとって、5万円は大金だ。その大金をゲットして、つい気が大きくなって、あとは大船に乗った気分でカネをバンバン使ってしまうのだ。

そのフランチャイズにとって5万円ははした金だが、主婦を釣るには絶好のエサだったのである。

その後このフランチャイズから名誉毀損で訴えられている。しかしあえて今回も起業をめぐったスレスレのことを書いたつもりであると。

最後に「バカは成功に学んで失敗し、利口は失敗に学んで成功する」と、これだけは、忘れないで欲しいと。

今時めずらしい闘志あふれる起業予備軍の選手兼応援団長である。
一読の価値がある。


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2005年12月30日

インターネットを使って自宅で1億円稼いだ!超・マーケティング 札束を燃やす覚悟がありますか?

インターネットを使って自宅で1億円稼いだ! 超・マーケティング


マーケティング部門メルマガNo. 1の金森重樹さんが書いたインターネットビジネス成功のためのノウハウ集。

SEO(サーチエンジンオプティマイゼーション)やキーワード広告など技術的な説明をしている本は他にわんさとあるが、この本のようにマーケティング(見込み客集め)の考え方と覚悟、広告の活用法、メルマガ利用法等、実戦的なノウハウをわかりやすく説明した本は少ない。

金森さんの主張は「札束に火をつけて燃やす覚悟がない人間は、商売の世界では勝てません」という言葉に集約されている。

どんな商売をするかの着眼も重要だが、一旦ビジネスを始めたら、借金してでも広告費を投入して、札束を燃やす緊張感の中に置かれてこそ、商売の感覚は研ぎ澄まされて成功への道が開けると。

余裕ができたら広告を打つという発想では爆発的な成功はありえない。

念力でどんなに頑張っても、池の水を動かすことはできない。池の水を動かすには、小石を投げ込むしかないのだと。


金森さんのケース ー インフォミディアリー(情報仲介業)

金森さんはサラリーマンをやめて、国民生活金融公庫から300万円の融資を受け、自宅で行政書士事務所を開設した。

筆者は国民生活金融公庫というのは初めて知ったが、起業する人に1%台の金利で開業資金を貸し出すという有利な制度金融の様だ。

開業当初からファックスを使って大量集客を達成していたが、自分一人でやっていては処理能力に限界があり、ボトルネックとなっていたので、インターネットを利用して、ホームページを開設し、メールで資料のやりとりとか、依頼の受付も自動化して業務効率化を図ろうとした。

ところが、インターネットで公開したので、自分の営業範囲の東京以外の全国各地からも依頼が来て、到底取り上げることができないため莫大な機会損失を感じた。

そこで全国の行政書士をネットワーク化して、顧客と近くの行政書士を結びつけるというマッチング、インフォミディアリー(情報仲介業)のサービスをはじめ、個人の行政書士サービス提供から、情報仲介業に業態を変え、何百倍、何千倍もの処理能力のあるスケーラブルなビジネスに転換した。

まずは知り合いの行政書士、司法書士に声をかけ、全国の30%くらいからはじめたが、集客で困っている行政書士向けに『超・営業法』という本を出版して、本と連動したホームページをつくり、さらに広告も打って、数百人単位で行政書士を集め、ついに全国ネットを作り上げたのだ。


超・営業法



失敗からしか学びは得られない

渡辺仁さんのベストセラー『起業バカ2』については、このブログで取り上げたが、渡辺さんは「バカは成功に学んで失敗し、利口は失敗に学んで成功する」と言っている。

金森さんも「成功は何も教えてくれず、失敗からしか学びは得られない」として、マーケティングにおいては、失敗は成功以上に必要なものであると説く。

今までのテレビや新聞などを使ってのマスマーケティングでは、巨額の費用が掛かるわりには、異なったやり方や、違ったクリエイティブ(表現)を見せて、効果を比較するということが簡単にはできなかった。

ところが、インターネットを使ってのマーケティングは簡単にこれらの比較ができ、さらにマスマーケティングでは不可能な、誰が実際に購入したかもトラッキング(追跡)できるので、広告の効果がはっきり検証できる。

テレビだとせいぜい1万人程度のモニター母集団の視聴率調査に依存せざるをえないが、インターネットであればやろうと思えば、購入者全員のデータが取れ、しかも購入者のその後の行動まで追跡できるのだ。

だから札束に火をつけて燃やして広告を打っても、決して無駄にはならないのだ。


いくつか参考になったポイントをあげておこう。

『コントロール』と『スプリットラン』

ダイレクトメール広告にはリスト(対象)、オファー(提供内容)とクリエイティブ(表現)の3要素があるが、異なったオファーとクリエイティブの組み合わせを同時にためして(『スプリットラン』)、最も反応が良かったものが『コントロール』(基準)となる。

一旦コントロールが決まれば、次回以降はオファーを変えたり、クリエイティブを変えたりの部分変更で対応し、より高い反応率を目指すのだ。

アマゾンのABテストについてはこのブログで紹介したが、市場のことは、市場に聞くのが一番なのだ。

最高の広告原稿(コントロール)はお客さんが教えてくれるのだ。


ツァイガルニック効果

ツァイガルニック(Zeigarnik)という人が見つけたのでこう呼ばれている。問題が解決されてしまうと、その問題については忘れてしまうが、中断されたり、答がなかなか与えられないと、それが深く記憶に残るという効果のことである。

たとえば自分が答えられなかったなぞなぞが良い例である。

筆者も30年以上前の大学入試の数学の問題を覚えている。三角関数でタンジェントα=Xと置いて、方程式をつくり図形の面積を求めるという問題だった。

今思えば、こんな三角関数がなぜできたのか、信じられない問題である。


ホームページとメルマガでどちらが稼げるか? ザイオン効果

答はメルマガの方が何倍も稼げるだ。

これはザイオン効果(単純接触効果)によるものだ。ザイオン効果とは接触頻度が上がれば、その対象に対する好感度が上がるというものだ。

だからテレビコマーシャルなどは、同じ広告を繰り返して流したりする。

メルマガはお客さんの絞り込みとコミュニケーションのためにはコストも安く、非常に有効なツールなのだ。

メルマガ受信を選択してくれたお客は、既に優良見込み客なので、ターゲット層に適した内容のメルマガを送り、コミュニケーションの機会を増やることで、購入してくれる確率を高めるのだ。


集客後の販促、営業が受注増のカギ

金森さんはネットビジネスはネットだけでは完結しないと説く。

表題だけあげておくが、おわかりのように非常に実用的な内容なので、SOHO事業家には是非一読をおすすめする。

1.メールで来た客にメールで回答するな。
2.フルフィルメントの改善 ー 無コストでできる販促活動
3.テレマーケティング
4.メール分散処理システム
5.メールの高速処理のために

このブログで『楽天の研究』を紹介したが、この『楽天の研究』のブログ記事の中程にある『楽天の営業:小林正忠氏、杉原章郎氏』というところに、ツー・ミニッツ・コールの話を紹介している。

楽天ではインターネット経由で資料請求があったら、原則2分以内に電話連絡するのだ。実際には10秒以内に電話していると言う。

まさにネットビジネスはネットで完結させないという典型である。


さすがマーケティング部門メルマガNo. 1のマーケターである。
実戦的で至れり尽くせりの、おすすめできる本である。


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2005年11月03日

起業バカ 起業カモと言うべきか? 自らの起業失敗談もあり参考になる

起業バカ


アメリカのペーパーブックスを思わせるような装丁の光文社のペーパーブックスシリーズのベストセラー。著者はフリーライターの渡辺仁さんである。

中高年世代では退職金を元手に起業したり、フランチャイズチェーンのオーナーになったりすることを考えている人も多いと思う。

筆者もその予備軍の様なものであるが、そういった人が一読すべき本である。

『起業バカ』というタイトルなので、失敗しても繰り返し起業する不屈の起業家かと思ったが、生半可な気持ちで起業する世間知らずの『起業バカnaive entrepreneurs(ナイーブ・アントレプルナー)』、いわば『デモしか起業家』をカモsuckerにしている誘いの手口を紹介する。

光文社ペーパーバックスの特色なのであろうか、ちょっとした言葉に英語訳がついている。目障りに思う人も多いかもしれないが、英語はこなれており、英訳の質も高く、渡辺さんはかなりの英語力を持っていることがわかる。

たとえば「脱サラやリストラで起業start-upした人は、年間18万人。1年以内の起業を目指して準備中が約60〜70万人。起業希望者は130万人いるという。これを後押しbackingするように小泉首相も3年間で起業を36万件のペースに引き上げるなどと宣言した。」といったぐあいである。


落とし穴booby trap

問題の根源はリストラされた中高年起業家は世間知らずのシロウトlaymanが多く、団塊世代baby-boomer680万人の退職金を狙って様々な落とし穴booby trapが仕掛けられているのだと。

時限立法で認められている資本金1円起業でも、実は登録免許税などは減免されていないので、登録税だけで15万円掛かるとか、政府の支援策も中途半端なのだ。

ちなみに渡辺さんの推定では起業で成功become successfulできたのは、1500人に1人であると。


渡辺さん自身の起業

渡辺さんは1951年生まれというから、団塊の世代の少し下だ。

渡辺さんはライターとしてニュービジネスやベンチャービジネスの成功例、失敗例など2,500社ほど取材した経験があり、サラリーマン編集長時代にビジネス誌を立ち上げ、成功していた。

50歳を過ぎて、自分自身でベンチャー支援と、ニュービジネス支援の "Incubation" という100ページほどの雑誌を2002年4月から隔月刊で2004年2月の7号まで発行したが、資金不足で7号で廃刊となった。

フリーランスのライター、カメラマンら12〜3人を抱え、広告代理店を3社、コストは600〜700万円かけて2万部刷り、実売1万2千部、広告600万円で採算がとれる予定だった。

以前月に2万部売った実績があるので、たかをくくっていたところ、広告も売れず、自分は編集と営業の両方をやらざるを得なかったので、結局あぶはち取らずとなった。

なんとか会社を建て直そうとしていたときに、不動産を紹介して欲しいとのおいしそうなアプローチがあり、わらを持つかむ思いで話にのったが見事にだまされてしまい、結局資金ショートで倒産した。


起業バカの3大失敗原因

この本では22の実例が取り上げられている。起業バカが失敗する原因を整理すると次の3つであると:

1.『会社病』あるいは『会社バカ』 

世間の動きにうとく、常識からずれている。

実例7 テレビ電話によるパソコン教育システム

会社では成功した発明者だったが、独立して中高年ビジネスマン向けに自宅でのパソコン学習システムの事業を始めた。しかし中高年サラリーマンは自己投資しないことに気づかず、あえなく倒産。

実例5 オーダーメード・スーツのネット販売

オーダーメード・スーツが2,3万円台でできると新聞、ファッション誌で取り上げられたニュービジネスだったが、ひとりでやっていたため、デザイナーや縫製工場が確保できておらず、注文をこなせずあえなく失敗した。

『思いこみ』illusion、『自信過剰』overconfidence、『経験不足』lack of experienceの3パターンが、サラリーマン時代の体験をそのままビジネスに持ち込んで失敗する『起業バカ』の典型例であると。


2.『新聞病』あるいは『活字バカ』

新聞・雑誌を信じ込んでしまう。

実例1 仏壇・仏具洗浄ビジネスのフランチャイズ

新聞記事で見つけ、大阪の本部でトレーニングして関東で起業した。全国寺院名鑑をたよりに片っ端から寺院に売り込んだが、閉鎖社会のせいで仕事がとれなかった。


3.フランチャイズなどに多い『依存病』あるいは『神頼みバカ』

フランチャイズ本部におんぶにだっことなり、思考停止して他人に依存してしまう。

弁当店のフランチャイズオーナーとなった人の平均年齢は約50歳だという。

開業資金は宅配ピザで1500万円、弁当店2,000万円、コンビニで3,000万円程度かかり、これに加えて運転資金が必要だが、ちょうど退職金をつぎ込んで商売を始めるには手が届くサイズである。

しかし他人任せの脱サラパターンは失敗確率が高く、危険きわまりないと。

事例14 本部の縛りが強すぎたコンビニ

一部上場企業とはいいながら、いい加減な出店調査に基づく出店をし、立地に失敗。売上が伸びず、本部からは指導と称して商品を押しつけられる。

もちろんすべてのコンビニチェーンがそうではないが、コンビニは大企業が個人を食い物にするビジネスであると失敗した経験者は語っている。

本部への上納金は月100万円で、オーナーの月給は後から計算すると8万円だったと!

POSデータも届くのは10日後で、売れ筋予測もなにもなかったと。

この人は過度の疲労とストレスが原因で心療内科にかかり、店じまい。

実例6 英語のホーム・ティーチャー

商圏も限定せず、指導もない悪徳フランチャイズに引っかかった離婚主婦。結局本部は教材や文具の販売がねらいではなかったのかと。

フランチャイズの場合は、商取引なので、消費者保護がなく、英語教材の通販などで認められるクーリング期間もない。本部の言いなりに契約してしまっても文句は言えないのである。

こういった悪徳商法の広告は「1年で出資金が倍に!」とか言う甘い言葉で朝日、読売、日経などの大新聞にも載っているので、広告を鵜呑みにしてだまされるケースが多い。

広告にだまされ、悪徳フランチャイズやマルチ商法に引っかかったのだ。

実例15 調剤薬局、
実例16 パソコン学習塾
実例17 弁当店の委託経営

死屍累々である。


話題の人楽天副社長の國重さんもちょっと登場


実例19 ハイパーネット 社長失格 板倉雄一郎氏

社長失格―ぼくの会社がつぶれた理由


筆者も数年前にこの本を読んだ。元ハイパーネット社長板倉雄一郎さんも載っている。そういえば今や時の人である楽天副社長の國重さんは、住友銀行丸の内支店長だったときにハイパーネットにいち早く融資したのだ。

國重さんの『いくら必要なんだ?』というような会話で、2億5000万円の融資が住友銀行からなされ、他行も追随した。1996年には銀行、リース会社から総額30億円を調達し、板倉さんはビルゲイツとも面談する、この頃がピークで、売上が伸び悩むと住友銀行はいち早く貸しはがしを始め、結局ハイパーネットは倒産する。


名経営者でも失敗する ましてやシロウトをや!

名経営者が、なぜ失敗するのか?


渡辺さんは、Forbes(?)で今年米国のビジネススクールNo. 1に選ばれたダートマス大学の経営学の権威フィンケルシュタイン教授の『名経営者が、なぜ失敗するのか?』という本を引用して、名経営者でも見込み違い、カン違いによる失敗がいかに多いかを説く。

この本も一読の価値がありそうだ。読んだらあらすじをまたご紹介する。


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Posted by yaori at 23:47Comments(0)TrackBack(0)