2016年11月09日

職業としての小説家 村上春樹の自伝的エッセイ



2015年9月に出版された村上春樹さんの「職業としての小説家」が、もう文庫化された。ノーベル賞受賞を見込んでいたと思われる、本屋の村上春樹コーナーに平積みになっているので、すぐわかると思う。

この本は、筆者が読む前に買った数少ない本だ。

単行本はスイッチ・パブリッシングという雑誌「MONKEY」を出している出版社から出したものだが、単行本は新潮文庫から出している。「MONKEY]は、翻訳家として有名な東大名誉教授の柴田元幸さんが責任編集している主にアメリカ現代小説を紹介する雑誌だ。



この本は、もともと「MONKEY」に連載したシリーズに加筆したもので、次のような構成になっている。

第1回 小説家は寛容な人種なのか
第2回 小説家になった頃
第3回 文学賞について
第4回 オリジナリティーについて
第5回 さて、何を書けばいいのか?
第6回 時間を味方につけるー長編小説を書くこと
第7回 どこまでも個人的でフィジカルな営み
第8回 学校について
第9回 どんな人物を登場させようか?
第10回 誰のために書くのか?
第11回 海外に出て行く。新しいフロンティア
第12回 物語のあるところ・河合隼雄先生の思い出

この本を読んで驚くのは、村上さんは、筆者の持っている小説家のイメージとだいぶ違うということだ。

そもそも村上さんは、注文を受けて小説を書くということをしない。だから、いつまでに仕上げなければならないという締め切りもないし、いわゆる「ライターズ・ブロック」(小説が書けなくなるスランプの状態)とは無縁だ。小説を書きたければ書くし、書けなければ、翻訳などほかの仕事をして、小説を書きたいという気持ちが盛り上がってくるまで待つ。

そして小説を書きたいという気持ちが盛り上がってきたら、小説書きに取り掛かる。

村上さんが長編小説を書く場合、毎日朝早く起きて4〜5時間机に向かい、400字詰原稿用紙で10枚程度の原稿を書くことをルールとしており、もっと書きたくても10枚でやめておき、いまひとつ気分が乗らないという時もなんとか10枚書くという。

筆者の持つ小説家のイメージは、場合によってはホテルに缶詰めになり、夜に執筆し、興が乗ればそのまま何十枚も書き続けて朝まで徹夜するというものだったので、興が乗っても、乗らなくても毎日10枚をルールにするというのは驚きだ。

村上さんは翻訳家としても多くの仕事をしているので、毎日何枚か決めて、すこしずつ書く(あるいは翻訳する)という翻訳の様な仕事の進め方になったのではないかと思う。

それと村上さんの特徴は、何度も何度も原稿を見直して修正することだ。

いったん長編小説の原稿を書きあげると、1週間くらい休んで、第1回目の書き直しに入る。

村上さんは最初にプランを立てることなく、展開も終末もわからないまま、いきあたりばったり、思いつくままどんどん即興的に物語を進めていく。そのほうが書いていて面白いからだ。

たしかに作者にも結末がわからないまま書き続けるという手法は、うまくいけば読者を息もつかさぬ展開に引き込んで離さない魅力がある。村上アディクト(中毒)患者を量産できる可能性がある。一方のリスクは、平凡な結末に終わると、読者に飽きられることだろう。

これと対照的なのが、朝井リョウさんだ。最近のインタビューで朝井さんは、AIと一緒に仕事をしたいと語っている。というのは、朝井さんの場合、書きたいテーマが最も輝く結末を決めて、それに至る道筋を書くという手法なので、さまざまな道筋を考えるのにAIを使いたいという。

村上さんのような書き方だと、矛盾する箇所や、筋の通らない箇所、登場人物の設定が変わったり、時間の設定が前後したりするので、かなりの分量をそっくり削ったり、膨らませたりで、新しいエピソードをあちこちに付け加える。

この第1回目の書き直しに1〜2カ月かかる。それが終わるとまた、1週間ほどおいて、2回めの書き直しに入る。

今度は細かいところに目をやって、風景描写を細かく書き込んだり、会話の調子を整えたりする。一読してわかりにくい部分をわかりやすくし、話の流れをより円滑で自然なものにする。大手術ではなく、細かい手術の積み重ねだ。

それが終わると、また一服してから、3回目の書き直しに入る。今度は手術というよりは、修正に近い作業で、小説の展開のなかで、どの部分のねじを締めるのか、どの部分を少し緩ませておくのかを見定める。

長編小説は、隅々までねじを締めてしまったら、読者の息が詰まるので、ところどころで文章を緩ませることも大事なのだと。全体と細部のバランスをよくする。そういう観点から文章の細かい調整をする。

次に、半月から1カ月くらい長い休みを取り、旅行をしたり、翻訳の仕事をして作品のことを忘れる。これを村上さんは「養生」という。小説も「寝かせる」と、前とはかなり違った印象を与え、前に見えなかった欠点もくっきり見えてきて、奥行きのあるなしが見極められる。

「養生」後に、再度細かい部分の徹底的な書き直しに入る。

そして作品としてのかたちがついたところで、奥さんに原稿を読んでもらう。これは「定点観測」で、村上さんの作家としての最初の段階から一貫して続けていることだ(ちなみに、村上さん夫妻に子供はいない)。

時には村上さんも感情的になることがあるが、奥さんの批評でけちをつけられた部分は、ルールとして書き直す。そしてまた読んでもらい、まだ不満があれば書き直す。そして、批評が片が付いたら、再度また頭から見直して、全体の流れを確認し、調整する。

これを経て、できた原稿を編集者に読んでもらう。

中には合わない編集者もいるが、お互い仕事なので、うまくやりくりしていくしかないので、編集者からの指摘も、ともかく直す。編集者の指摘とは逆の方向に直すこともあるが、書き直すという行為そのものが大事なのだ。

あまり合わない編集者の一人と思われる見城徹さんが、村上さんのことを、「たった一人の熱狂」に書いているので、このブログのあらすじを参照してほしい



編集者とのゲラの見直し作業も、ゲラを真っ黒にして送り返し、新しく送られてきたゲラをまた真っ黒にするという繰り返しだ。言葉の順序を入れ替えたり、些細な表現を変更したりで、根気のいる作業だが、村上さんはそういう「とんかち作業」が好きなのだと。

机に並べた10本のHBの鉛筆がどんどん短くなっていくのを目にすることに、大きな喜びを感じる。いつまでやっていてもちっとも飽きない、面白くてしょうがないのだと。

そこまでして完成した作品については、たとえ出版後、厳しい批判を受けても、やるべきことはやったので、後は時間が証明してくれるはずだと考えることにしているのだと。

日本を離れて、海外で執筆することが多いのが、村上さんの特徴だ。

昔の小説家(文士)は、鎌倉に住み、作品を書くときは御茶ノ水の「山の上ホテル」あたりに缶詰めになって、原稿書きに取り組むというパターンがあったが、村上さんは、米国のプリンストン(ニュージャージー)やボストン、ヨーロッパでもいろいろな場所に住んで、そこで小説を書いている。
 
この本の半分ほどは、村上さんがどうして小説家となったのかを自伝的に語っている。(ウィキペディアでも結構詳しく紹介されている

簡単に紹介しておくと、村上さんは両親が教師の家庭に生まれ、阪神間で育ち、一学年が600人という県立神戸高校から早稲田大学に進学し、映画演劇科に進んだ。7年かかって卒業する前に学生結婚して、就職せずに、奥さんと一緒にお金を貯めてジャズ喫茶を国分寺に開く。

その後、店を千駄ヶ谷に移し、キッチンテーブルで書いた「風の歌を聴け」が「群像」新人文学賞を受賞し、小説家としての「入場券」を得る。

風の歌を聴け (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
2004-09-15


ヤクルトファンの村上さんが、神宮球場で、ヤクルトの試合を芝生に寝転んで応援しているとき、一番バッターのデイブ・ヒルトンの打席で、突然「小説を書こう」とひらめいた(エピファニー=顕現、ある日突然何かが現れて、様相が一変してしまうこと)という。

芥川賞の候補に2回なったが、受賞せず、芥川賞はアガリとなった。小説の賞について、村上さんの持論を展開している。村上さんは、賞の選考委員にはならない。あまりに自分本位で、個人的な人間でありすぎるからだという。

芥川賞は年に2回表彰しているが、新人作家の作品で、本当に刮目すべきものは5年に一度くらいではないかと。

村上さんは、日本の読者人口を人口の5%、約600万人と推定している。このブログで紹介した「華氏451度」のように、本を読むなと言われても、隠れて読み続ける人たちだ。



華氏451度〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫SF)
レイ・ブラッドベリ
早川書房
2014-04-24


村上さんが真剣に考えているのは、その600万人の人にどのような作品を提供できるかだ。村上さんは、読者とのつながりを非常に大切にしている。

試みとして、インターネットでサイトを短期間開設して、そこにコメントを載せた読者には、自らメールで返信したという(投稿者はまさか村上さん本人から回答があったとは思っていなかったようだが)。

いずれは、スティーブン・キングの様に、電子ブック向けに直接配信することにも挑戦するのだろうと思う。

村上さんは小説は誰でも書ける。しかし、ちょうどプロレスのリングのように、誰にでも上がれるが、リングにとどまるのは大変だと語る。

小説家になろうと思う人は、1冊でも多くの本を読むべきだと。

このあたりは、このブログで紹介した大沢在昌さんが「売れる作家の全技術」で語っているのとまったく同じだ。

小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない
大沢 在昌
角川書店(角川グループパブリッシング)
2012-08-01


小説を書くためには、ある事実の興味深い細部を記憶にとどめ、頭の引き出しに突っ込んで置く。

そして、実際に書くときに、「ET方式」で、ガラクタをいっぱいつなぎ合わせて遠い星との通信設備を作り上げるように、小説をマジックでポンと作り上げてしまうのだと。マテリアルは身の回りにいくらでも転がっている。

作家は体力も必要なので、村上さんは「羊をめぐる冒険」を書いていたころから、30年間にわたって、ほぼ毎日1時間ランニングか、水泳をやっている。



ちょうどこの「羊をめぐる冒険」を書いた頃、村上さんは経営していた千駄ヶ谷のジャズ喫茶を売り払い、橋を焼いて、作家一本に集中することにした。(筆者注:この”橋を焼く”という表現は、英語の"burn the bridge"という「背水の陣」を意味する言葉の翻訳だが、日本語として定着していない。友人の指摘により筆者も気が付いた。この辺が村上さんの文章が”翻訳調”だといわれるところかもしれない)

村上さん自身は”自分本位で個人的”という言葉で表現するが、長期ビジョンを持ち、先を見据えて、作家として、また、翻訳者として創作活動していることがよくわかる。

海外進出についても、自分で気に入った翻訳者を何人か揃えて、英訳した作品を海外の辣腕エージェントを使って、売り込むという手法を身につけている。

単に外国に住むだけでなく、プリンストン大学の客員研究員など、海外での仕事もこなした村上さんだからこそできるわざだと思う。

作家であり、アントレプルナーである村上さんの考えがダイレクトにわかって、大変面白い本だ。

文庫になって買いやすくなったので、ぜひ一読をおすすめする。


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2012年07月16日

白洲正子 鶴川日記 白川正子のエッセー集

鶴川日記 (PHP文芸文庫)鶴川日記 (PHP文芸文庫)
著者:白洲 正子
PHP研究所(2012-05-17)
販売元:Amazon.co.jp
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筆者は東京都町田市の鶴川に住んでいる。

鶴川には香具山美術館(鶴川にある香具山古墳から発掘された縄文時代の土器などを陳列)、自由民権資料館(多摩地方で盛んだった自由民権運動の資料館)などもあるが、鶴川で一番有名な名所・旧跡は白洲次郎・正子夫妻がすんだ武相荘(ぶあいそう)だろう。

筆者は武相荘から車で5分くらいのところに住んでいるので、白洲次郎の本は「プリンシパルのない日本」などを読んだし、北康利さんの「白洲次郎 占領を背負った男」のあらすじはこのブログで紹介している

が、いままで白洲正子の本を読んだことがなかった。

今回はじめて白洲正子の本を読んで、やはりタダモノではないという印象を受けた。アメリカ留学帰りでありながら、美術品・陶器・絵画・古典・和歌の造詣が深く、この本を読んでも、底知れない知識と表現力を感じさせる。

上記の文章の”が、いままで…なかった。”という、”が、”で文章を始めるという使い方も、実はこの「鶴川日記」で白洲正子が用いている自由奔放ながら、嫌味のないスタイルをマネしたものだ。

この本のタイトルになった「鶴川日記」は、太平洋戦争前後の鶴川での生活や昔の鶴川の風土を紹介していて、鶴川に住む筆者には特に興味深い。鶴川が縄文時代からある由緒ある集落だとは知らなかった。

他に、タモリが喜びそうな「東京の坂道」(タモリは「タモリのTOKYO坂道美学入門」という本を出している)。

新訂版 タモリのTOKYO坂道美学入門新訂版 タモリのTOKYO坂道美学入門
講談社(2011-10-25)
販売元:Amazon.co.jp
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白洲正子が親しくしていた梅原龍三郎さんや角川源義さん(角川書店創始者、角川春樹さんの父)、正子の祖父樺山資紀のことなどを書いた「心に残る人々」の3部構成だ。

祖父の樺山資紀は180センチを超すがっしりした体格の大男だったという。たしかにそういわれてウィキペディアの写真を見ると大男だったというのがわかる。

白洲正子は小林秀雄や稀代の目利き青山二郎のいわば取り巻きのような存在だったようだが、筆者も受験勉強で悩まされた小林秀雄の文章よりもよほどわかりやすい。

もっと白洲正子の本を読もうと思わせる本である。


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2011年10月17日

北野武 超思考 たけしはやはりタダモノではない

超思考超思考
著者:北野 武
幻冬舎(2011-02)
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たけしの本を初めて読んでみた。2011年2月発刊の本で、2007年から2010年までの雑誌「パピレス」の「劇薬!」というコラムに書いたものを加筆修正したものだ。

たけしの本を読むのは初めてだが、さすがたけし、タダモノではない。


たけしの最大の能力は状況判断能力ーいわばメタ認知

たけしの最大の能力は状況判断能力だという。先が読める能力といってもよい。まだ漫才をやっていた時に、自分の能力が落ちたと感じた瞬間にやめようと思ったという。漫才もスポーツと同じで、反射神経が衰えればダメになるのだと。

電車を乗り継ぐような感覚だ。だからいつも今の自分が一番好きだという。

映画の仕事でもそうで、どこかに必ず醒めた自分がいるのだと。映画を撮っている自分の頭の斜め上あたりに、もう一人の自分がいて、いつも自分のやっていることを俯瞰しているような感じなのだと。

だからセックスも酒も心から楽しんだことはない。一瞬夢中になっても、次の瞬間にはもう白けている。車も最初にポルシェを買って、フェラーリもランボルギーニも買ったが、楽しめなかったと。

いわゆるメタ認知で、自分のことを常に客観的に見られるのだと思う。だからドーランやハデな着ぐるみなどバカなことを平気でできるのだろう。これが出来る人は強い。


子どもの時のトラウマが原因?

このような常に醒めているようになったのは、子供自体のトラウマが原因だという。たけしのお母さんは、とにかくはしゃいだりすることが大嫌いな人で、食事もうまいというと叱られたという。まずいとかうまいとかいうこと自体が下品なのだと。

殺生して食べているのに、浮かれて喜んでいるバカがあるか。食えるだけありがたいと思えと、よく言われたものだという。

単に家が貧乏で、明日は食えるかわからなかったので、そういうお母さんの教育方針になったのだろうとたけしは言っているが、そんなはずはない。すごいお母さんである。


死ぬことが最後の最後の最大の楽しみ

筆者がこの本で一番気に入ったのは次の言葉だ。

「なんと言っても、最後の最後に、最大の楽しみが待っている。死んだらどうなるか。魂はあるのかないのか。神はいるのかいないのか。死ねば、人生最大の疑問の答えが出るのだ。」

「もちろん単に肉体と精神が分子レベルでバラバラに分解して、無に帰るのに過ぎないかもしれない。そうなったら、疑問の答えどころではないけれど、それでも死の直前までワクワクしながら生きられるわけだ。」

さすがメタ認知能力者だ。ここまで自分を客観的に見られるとはたいしたものだ。

いままでこういうことを言う人を見たことがないが、たしかにその通りだと思う。こういう心境でいられることは、お母さんに感謝しなければならないのかな、とたけしは語っているが、その通りだと思う。

たけしのお母さんはすでに亡くなり、それからたけしは毎朝毎晩仏壇を拝んでいる。たけしの家の仏壇には8人くらい祀っているという、父母、祖母、浅草時代の師匠、黒澤明監督、淀川長治さん、鈴木その子さんとか、たけしにとって大切な人をまつっているのだと。


たけしの映画

たけしの本業はテレビタレントだと。監督として映画は撮ったが、観客がどう思うかを考えず、常に自分の好き勝手に撮ったのだと。

「ソナチネ」などは、日本国内では1週間で上映打ち切りになったが、海外で有名になり、BBCの21世紀に残したい映画100本に選ばれたり、カンヌで候補になったりした。たけし自身は海外でウケるなんて全く予想していなかったので、逆に驚いたという。

ソナチネ [DVD]ソナチネ [DVD]
出演:ビートたけし
バンダイビジュアル(2007-10-26)
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もし本職の映画監督なら、映画が失敗したらダメージも大きいが、たけしは全然問題ないという。


政治感覚もするどい

たけしはレギュラー番組のなかで政治について、ジョークのような独特の見解を言うことがあるが、この本のなかでもするどい状況分析を見せている。

民主党が政権を取る前に、こんなことを書いている。

「俺としては民主党に政権を取ってもらって、誰がやっても同じだというのを見せてほしいわけだ。天下りを全部なくすというのだって、絶対に嘘だと思っている。嘘が言い過ぎなら、無理だ。」

「税金の問題も社会保険の問題も、海外派兵の問題にしても、民主党が政権を採れたらどれだけやれるか、日本が変わるかといったら、全然できないし何も変わらないと思っている。」

「無責任極まりない考え方だが、『やっぱり駄目だったな』と確認したいのだ」と。

「民主主義なんてものは、効くか効かないかよくわからない怪しげな薬みたいなものだ。飲み続けなければ死んでしまうと言われて飲んではいるけれど、『ほんとに、この薬のおかげで生きているんだろうか?』という疑念は消えない。」

「そのうち民主主義なんてまやかしは、もううんざりだと本気で言う人間が増えてくるんじゃないか。何百人もの政治家を養うよりは、一人の独裁者を養う方が経済的だという考え方もある。独裁者だろうが何だろうが、その人間が上手く政治をやってくれればそれでいいのだ。」

たけしらしい過激な言い方だが、たしかに独裁者かマッカーサーのような外人がIMFから送り込まれるとかしないと、日本の長期低落傾向は今の政治家では止められないように最近、筆者も感じている。

野田総理の「民主の敵」という2009年6月の衆議院議員選挙の直前に出した本を読んだので、今度あらすじを紹介する。これなど、いくつか具体的提案はあるものの、日本の国をどうするのかという将来像が全く見えてこない。

民主の敵―政権交代に大義あり (新潮新書)民主の敵―政権交代に大義あり (新潮新書)
著者:野田 佳彦
新潮社(2009-07)
販売元:Amazon.co.jp
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普通の人が総理にまで上り詰めたので、世襲政治家に比べてよっぽとましとは思うが、総理になる前にビジョンを出せない人が、総理になってビジョンを持てるとは思えない。野田さんはブレーンもいない様だし、日本のヘッドレスチキン状態は続くだろう。


独特のたけし節

★朝青龍のサッカー事件の時に、モンゴルでヒデとサッカーをしているビデオを見てなるほどと感心したという。あんな体をして、サッカーのうまいこと。オーバー・ヘッドキックまでやろうとしていた。あの足腰と、運動神経があるから朝青龍は強いわけだと納得したという。

けれども他にはそんなことをいう人はおらず、世論がズル休みだと非難した。たけしは朝青龍がいいとか悪いとか言っているわけでななく、世の中が右を向いたら全員右、左を向いたら左という風潮がどうにも気持ちが悪いのだと。

テレビ局にしても、コメンテーターにしても、みんなと同じでないと世の中を生き抜けないということなのだろうと。


平成教育委員会の起源

たけしがフライデー殴り込み事件を起こして、仕事を休んでいた半年間、やることがないから、ひたすら小学生の勉強をやっていた。小学生の問題集が面白いのだと。それで逸見政孝さんと「平成教育委員会」という番組を立ち上げた。

最初テレビ局に「タレントを集めて小学校の入試問題をやる」という案を持ち込んだら、「どこが面白いんですか?」と聞かれたという。実際に番組をスタートさせたら、視聴率は30%を超えて、他局でも似たような番組をやりだした。

最近漢字の問題を出すクイズ番組がやたら増えているが、辞書を引けば分かるような問題をだしてどうするのかと思うが、考える必要がないから人気なのだろうと。

東大や京大に行ったのは、漢字の勉強をするためだったのかと突っ込みたくなるという。それもそうだと思う。漢字を覚えたいなら東大に行く必要はないし、東大に行ったからといってずば抜けて漢字ができるわけでもない。もっともな指摘である。

この本の帯にも、最初にも「意図的な暴言であり、(中略)暴言の裏が読みとれない、冗談の意味がわからない、無性に腹が立つなどの症状があるときは、ただちに読書を中止することをお勧めします」という注意書きがある。

たしかに大脳皮質を刺激する本である。しっかりとした考えがあり、天皇の園遊会に招かれるような価値のある仕事をしているたけしに、これからも注目してみる。




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2011年08月16日

頑張れ! 武田ランダムハウスジャパン 第2弾 最後の授業

このブログでも書いた「アインシュタイン その生涯と宇宙」の翻訳不備が、新聞やテレビでも取り上げられて一騒動起こった。出版社の武田ランダムハウスジャパンの損害は数千万円になると思うが、是非再発防止策を出版業界全体で考えて欲しいものだ。

武田ランダムハウスジャパンは良い本を多く出している。前回はアカデミー賞受賞の「スラムドッグ$ミリオネア」の原作の「ぼくと1ルピーの神様」を紹介したが、同じく武田ランダムハウスジャパンのホームページで気が付いて読んだ本をもう一冊紹介する。

それは膵臓ガンに冒され、余命数ヶ月となった2007年9月にカーネギー・メロン大学で最後の講義を行ったバーチャル・リアリティの権威ランディ・パウシュ教授の「最後の授業」だ。

最後の授業 ぼくの命があるうちに DVD付き版最後の授業 ぼくの命があるうちに DVD付き版
著者:ランディ パウシュ
武田ランダムハウスジャパン(2008-06-19)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


この本の紹介ビデオはYouTubeにも載っている。



全部で1時間強の「最後の講義」は9部に分けてYouTubeに載っている。ここでは最初の第1部と最後の第9部を紹介しておく。





講義は1時間だけだが、本ではランディが自分の生い立ちや学生生活を振り返り、自分の夢を実現するには何を心掛ければ良いのかを語る。

ランディはブラウン大学を卒業した後、ピッツバーグのカーネギー・メロン大学の大学院の博士課程に進む。

筆者はピッツバーグに合計9年間駐在していたので、カーネギー・メロン大学はこのブログで紹介したロボテックスの金出先生はじめ、親しみがある大学だ。特にカーネギー・メロン大学のAIやロボットの研究は世界トップクラスで、日本からも多くの留学生が学んでいる。

カーネギー・メロン大学は日本ではあまり知名度が高くないかもしれないが、世界の大学ランキング2010の20位にランクインしている。日本では東大の26位が最高位だ。

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出典:「米国の一流大学は本当にすごいのか?」14ページ

ランディの大学院進学の際は、一旦はカーネギー・メロン大学から不合格通知を受けたが、ブラウン大学の恩師アンディ・ファン・ダムとカーネギー・メロン大学の学部長がオランダ人同士で親しかったこともあり、無理矢理頼んで入学した。

この本の中でもしばしば出てくる「レンガの壁」を乗り越えるには、決して諦めてはいけない、助けてくれる人があれば力を借りればよい。そして壁を乗り越えた後は、他の人のために自分の経験を話すのだと。

この本の前半は自分の生い立ちや経験についてで、後半の第4章からが夢を叶えるための講義だ。

この本は「なか見!検索」に対応していないし、本の目次には章題しか示していないので、「なんちゃってなか見!検索」で第4章、第5章の節題まで含めた目次を紹介しておく。この本の伝えたいメッセージがわかると思う。

第4章 夢をかなえようとしているきみたちへ
・時間を管理する
・仲間の意見に耳を傾ける
・幸運は、準備と機会がめぐりあったときに起こる
・きみはもっとできる
・人の夢をかなえるプロジェクト

第5章 人生をどう生きるか
・自分に夢を見る自由を与える
・格好よくあるよりまじめであれ
・ときには降参する
・不満を口にしない
・他人の考えを気にしすぎない
・チームワークの大切さを知る
・人のいちばんいいところを見つける
・何を言ったのでなく、何をやったかに注目する
・決まり文句に学ぶ
・「最初のペンギン」になる
・相手の視点に立って発想する
・「ありがとう」を伝える
・忠誠心は双方向
・ひたむきに取り組む
・人にしてもらったことを人にしてあげる
・お願いごとにはひと工夫
・準備を怠らない
・謝るときは心から
・誠実であれ
・子供のころの夢を想い出す
・思いやりを示す
・自分に値しない仕事はない
・自分の常識にとらわれない
・決してあきらめない
・責任を引き受ける
・とにかく頼んでみる
・すべての瞬間を楽しむ
・楽観的になる
・たくさんのインプット(講義を見た人からのメッセージ)

ランディはカーネギーの本についてはふれていていないが、「相手の視点に立って発想する」などは、まさにカーネギーの教え通りで、この本を読んでいてカーネギーとの共通点が多いと感じた。

ランディの8歳の時の夢は次の通りだという。

RandyPauschDream














出典:本書38ページ

この本の前半ではこの夢をかなえるためにランディがしてきたことを語っている。「NFLでプレーする」は最後の授業の後、ピッツバーグスティーラーズの練習に参加することで、かなえられたという。

また「カーク船長になる」とは、スター・トレックのカーク船長のことだが、カーク船長役のウィリアム・シャトナーはカーネギー・メロン大学のバーチャル・リアリティ研究室を訪ねてきたことがあるという。

ランディが末期ガンになったと聞き、カーク船長は写真にメッセージを書いて送ってきた。それは有名な"I don't believe in No-Win Scenario"、つまり「勝つシナリオが必ずある」(これは筆者の意訳。元々は「勝ち目のないシナリオなんかない」となっていた)という言葉だ。

Star Trek












出典:本書65ページ

ランディはバーチャル・リアリティクラスをたちあげ、演劇学教授のドン・マリネリと共同でエンターテインメント・テクノロジー・センター(ETC)を創設した。

ETCはオーストラリアと日本の大阪に研究拠点を持ち、韓国とシンガポールにも拠点があるという。

カーネギー・メロン大学の開発した簡単にアニメーションをつくれるアリスというソフトウェアが紹介されている。今度一度試してみる。

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ちなみにカーネギー・メロン大学は神戸市に日本校があり、大学の研究機関CyLabの教育部門である情報ネットワーキング研究所(INI)の過程を通してアメリカの修士号を取得できるという。

いくつか印象に残った部分を紹介しておく。

★「自分に言い寄ってくる男性がいたら、気をつけることは簡単。彼の言うことはすべて無視して、彼のすることだけに注意すればいいの」
この本はランディの3人の子供(一番上が5歳)にも向けられた内容なので、一番下の娘のクロエ(1歳半)には、ランディの女性同僚から聞いた言葉を贈っている。
なるほど。

★「最初のペンギン」になる
これは最初に海に飛び込んだペンギンは勇気があるということから、ランディのバーチャル・リアリティのクラスでは、リスクを冒して新しい技術に取り組んだが、目標を達成できなかったグループに「最初のペンギン」賞を与えているという。

経験とは、求めていたものを手に入れられなかったときに(つまり失敗した時に)、手に入るものだと。

★相手の視点に立って発想する
ランディは、バージニア大学でユーザー・インターフェイスの授業を教えていた時に、ビデオカセットデッキを教室に持って行って、ハンマーで壊したという。

昔の日米貿易摩擦の時に、アメリカの国会議員がトヨタの車をハンマーで壊したり、東芝のカセットデッキをハンマーで壊したことを想い出させる逸話だ。

「使いにくいものをつくれば、人は怒る。あまりに頭に来て、それを壊したくなる。人々が壊したくなるものをつくりたくはないでしょう」

いらいらした大衆が簡潔さを切望していることを忘れずにいてほしいと。

★「ありがとう」を伝える
これは手書きの礼状のすすめだ。カーネギー・メロン大学のETCの志望者を不合格にしようと思ったが、彼女が書いた手書きの礼状(事務受付係宛で合否判定とは関係ない係)を見て、採用を決めたという。

今はディズニーのイマジニア(ディズニーランドのクリエイター集団ウォルト・ディズニー・イマジニアリング社社員)になっているという。

手書きの手紙は魔法を起こすという。

夢を形にする発想術夢を形にする発想術
著者:イマジニア
ディスカヴァー・トゥエンティワン(2007-02-05)
販売元:Amazon.co.jp
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★自分に値しない仕事はない
ランディは就職前の学生にこう助言するという。

「郵便を仕分ける仕事に決まっても、心から喜ぶべきだ。仕分け室に行ったら、やるべきことはひとつ。郵便の仕分けの達人になることだ」

同趣旨のことを楽天の三木谷さんも言っている。

三木谷さんが日本興業銀行に入行して、ルーティン業務の外国為替部門に配属されたときも、めげずに外為処理の生産性を上げる努力をした。それが認められてハーバードビジネススクール留学が決まったという。

「一生懸命」は元々は「一所懸命」で、持ち場で努力するということだ。


ランディは2007年9月18日の「最後の授業」の後、1年近く生きて2008年7月25日に亡くなっている。

墓碑に何と書いて欲しいかと聞かれ、「末期ガンの宣告を受けても30年間生き続けた男」と書いて欲しいと言ったという。30年ではないが、たぶん「末期ガンの宣告を受けて3年間生き続けた男」にはなると思う。3年でも驚くべき長さである。

YouTubeのビデオでもわかるが、「最後の授業」の時のランディは、軽々と腕立て伏せをしたり、腕立て伏せをしながら拍手をしたり、とてもガンに冒されている人とは見えない。1年も経たずに亡くなったことが信じられない。

実は筆者の友人の奥さんが今年初めに膵臓ガンで亡くなった。膵臓ガンは進行が早く、直すことが難しいので致死率も高い。昨年の夏の段階で友人からは奥さんが膵臓ガンになったことを聞いていた。彼女の場合たぶん発見から1年あまりの余命だったのだろう。

時価総額が世界最大となったアップルのスティーブ・ジョッブスも膵臓ガンの宣告を受けたが、手術のできる珍しいタイプだったので、いままで生きながらえていることを、2005年スタンフォード卒業式の伝説のスピーチで語っている。


本も良いが、YouTubeのビデオも日本語字幕付きなので、是非見て欲しい。必ずや何か感じ取るものがあるはずだ。


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2011年08月08日

やめないよ キング・カズ 三浦知良のエッセー集

やめないよ (新潮新書)やめないよ (新潮新書)
著者:三浦知良
新潮社(2011-01-14)
販売元:Amazon.co.jp
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日経新聞のスポーツ欄にほぼ隔週で連載しているキング・カズこと横浜FC所属三浦知良選手のエッセー集。

筆者は一度だけカズの試合を見たことがある。

横浜FCがJ−1に昇格してのリーグ戦で、ジェフ千葉との試合を横浜スタジアムに見に行ったのだ。

その時カズはたしか故障明けで、試合には出場しなかった。

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試合が始まってしばらくして控えの選手がアップを始めた。そこで目の前で練習していたカズを見ただけだったが、体がえらくスリムなのに驚いた。

この本でも時々出てくるが、カズは現役サッカー選手なので、体をいわばF−1マシンのように保っているという。筋肉質で持久力も瞬発力もあり、体脂肪は1ケタ台に保っているが、逆に寒さに弱く、ウィルスにも弱い。

40代の男性なら少なくとも体脂肪率は12ー13%くらいあった方が抵抗力もあって健康体なのではないかと。

カズの場合、23年落ちのF−1マシンのようなものなので、エンジン(心肺機能)は強いが、一度走るとタイヤ(筋肉)がすごくすり減り、サスペンション(関節)への負担は大きい。だから専属トレーナーや調理師が必要なのだと。

もっとも時々トレーナーの指示を無視して、六本木・麻布方面に「テスト走行」に出かけることもあるとうそぶく。

「テスト走行」の話も面白い。

キング・カズだけに、巨人軍原監督とグアムの空港で「ヘーイ、キング・カズ!」と呼びかけられた話とか、行きつけの店に行ったら、マリナーズのイチローがカズの指定席を占領していて「カズさん、ブラジル(2014年ワールドカップ)行くんでしょ?見たいね。」と言われた話とか、すごい人脈だ。

イチローには「あのね、J−2で出ていないんだから・・・・。」というと、「関係ないでしょ。見たいね。」と言われ、そこまで言われると行けるような気がしてきたという。

WBCの優勝監督の原監督は、グアムの空港でカズが野球好きの息子を紹介すると「それじゃ、ジャイアンツで待っているぞ!」と手を振って去っていたという。

なんというさわやかさだろうとカズも驚嘆している。

サッカーではジーコの精神が残っているチームとして鹿島を絶賛している。ジーコは「勝負がかかれば何であれ負けるな」とじゃんけんでもリラックスゲームでも常に真剣に取り組んでいたという。

スタメンから外れた選手による練習試合でも、鹿島との試合では「試合に出たい」というハングリーさが浦和とは違っていたという。

これは2009年の話だ。

2009年のJリーグ最終戦では、昇格して1年目で降格が決まっていた横浜FCが一位の浦和に勝つという番狂わせを起こし、2位に急上昇していた鹿島が逆転優勝したドラマがあった。

鹿島のオリヴェイラ監督が練習試合の後で訪ねてきてくれたという。「カズ、君は我々の誇りだ。元気にやっているじゃないか。本当は何歳なんだ?」

カズは練習試合でもフル出場していると。

声を出して仲間を統率し、試合後は入念にクールダウンする。ひそかに見届けていた彼は言ってくれた。

「君はエゼンプロ(手本)だ。その精神を鹿島の選手も見習ってほしい。」リーグを3連覇した優勝監督の激励に涙が出たという。

先週の松田直樹選手の弔問に訪れていたカズがテレビのニュースに報道されていたが、引き締まった面構えはまさに戦士そのものだ。

松田選手が所属していた松本山雅チームは松田選手が亡くなる直前に、7月30日にアウェーで筆者の住む町田市の町田ゼルビアと試合をしている

松本山雅





試合前のポスターでは相手チームの松田選手が全面に出ていたが、この試合は松田選手は交代でも出場していない。松田選手はJFL後期日程は全試合出場していたので、やはり体調が悪かったのかもしれない。

サッカー選手は常にフィットの状態に保っているのだと思うが、カズの「F−1」という言葉であらわされる通り、松田選手のような「もろい」面もある。

カズには、ひきつづき体に気をつけて、現役生活を続けて、1点でも多くのゴールを挙げ、日本に元気を与えてほしい。

ガンバレ、カズ!


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2011年07月13日

ヒロシです。華も嵐ものり超えて ヒロシ6年ぶりの新作

ヒロシです。 華も嵐ものり越えてヒロシです。 華も嵐ものり越えて
著者:ヒロシ
東邦出版(2011-05-19)
販売元:Amazon.co.jp
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筆者の好きな芸人・ヒロシが久方ぶりに復活した。

ヒロシの第一作はこのブログに紹介した当時で24万部のベストセラーとなっていたので、全体では30万部近く売れたのではないかと思う。

ヒロシです。ヒロシです。
著者:ヒロシ
扶桑社(2004-09-22)
販売元:Amazon.co.jp
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次のテーマ曲をラジカセから流しながらヒロシが登場し、ひと言ふた言自虐ギャグを飛ばすという芸だ。一頃はタモリの笑っていいともにもレギュラー出演し、売れっ子芸人だった。



たしか舞台に転身するということで芸風を変えていたが、うまくいかなかったようだ。

この本ではヒロシの自虐ギャグが150点収録されており、ヒロシの最近の写真や、ヒロシが書いた書や絵も紹介されている。この本の表紙の絵もヒロシ作だ。

こんなギャグが並ぶ:

★ヒロシです。とうとう消えた芸人ランキングからも消えました。

★ヒロシです。デカビタCを飲んだら風邪が治りました。

★ヒロシです。新人がタメ口です。

★ヒロシです。テレビ番組を作るには多くの電気代がかかります…。俺はテレビにでないことによってエコに貢献しているとです。

★ヒロシです。タオルを雑巾として使い始めるタイミングが分かりません。

★ヒロシです。あまり話したことないけどお互いがんばりましょう…。中学卒業の寄せ書きに女の人11人が書いてくれたコメントです。

★ヒロシです。好きなタイプが小梅太夫という女性からフラれました。



39才になったそうだが、写真では昔と変わらない。

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出典:本書113ページ

テレビでひさしぶりに見た時のギャグは面白かった。

★ヒロシです。ハトがどいてくれません!


同じ路線なので、またブレークするのは難しいかもしれないが、ひと言で笑わせることができる爆発力は持っている。是非活躍して欲しいものだ。


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2011年05月24日

謎の1セント硬貨 宇宙飛行士向井千秋さんのダンナ 向井万起男さんのショート集

謎の1セント硬貨 真実は細部に宿るinUSA謎の1セント硬貨 真実は細部に宿るinUSA
著者:向井 万起男
講談社(2009-02-20)
販売元:Amazon.co.jp
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多読人中島考志さんの本で紹介されていたので読んでみた。

中島孝志さんが紹介している本をいくつか読んでみたが、たとえばこの本のように非常に面白い本と、このブログに紹介するレベルに達していない本の両方がある。結局他人には頼れず、自分で読んでみるしかないということを実感した。

この本は向井万起男さんがアメリカで経験した出来事を、日本に帰ってからメールであちこち問い合わせ、その結果をまとめて非常に面白いショートストーリー集としている。

2009年の講談社エッセイ賞の受賞作だ。

向井万起男さんは日本人初の女性宇宙飛行士向井千秋さんのダンナで、千秋さんと同じ慶應大学医学部出身。現在は慶應大学医学部准教授で、病理診断部部長を務めているお医者さんだ。

向井千秋さんは、元上院議員ジョン・グレンと一緒にスペースシャトルに乗り込んでいる。

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出典:Wikipedia

この本にクリントン元大統領とのツーショット写真が載っている。スペースシャトル打ち上げの日に、宇宙飛行士の家族の待合室をクリントン元大統領夫妻が訪問した時の写真だ。

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出典:本書33ページ

このおかっぱ頭の特徴的な風貌の人が向井万起男さんだ。

向井さん夫婦はお互い「チアキちゃん」、「マキオちゃん」と呼び合っているという。普段はヒューストンと日本と別居生活しているので、新婚時代そのままの関係を持続しているようだ。

マキオさんは離陸時刻の6時間前には空港に到着して、行き交う人を観察しているという。「マキオちゃんみたいな人って世の中には他に誰もいないと思うけどなあ」というのが奥さんのチアキさんの言葉だ。マキオさんは変わっているなあと思うところが多い。


この本ではアメリカ生活合計9年の筆者も知らなかったアメリカについての話題を取り上げており、大変興味深く読めた。なか見!検索に対応していないので、目次を紹介しておく。


プロローグ (1943年製造のスチール・ペニーの話)

第1章 14という奇妙な数字

第2章 巨大な星条旗

第3章 空を見上げたポパイ

第4章 い〜い湯だなin USA

第5章 黒い革ジャンの少年たち

第6章 100万匹わんちゃん

第7章 制服を着ている人々

第8章 シンデレラの暗号

第9章 キルロイ伝説

第10章 マクドナルド万歳

第11章 勝手にしやがれ

第12章 ヒューストン市警の対応

第13章 オザーク高原のイエス・キリスト

第14章 ニューヨーク市への忠告

第15章 修道士からの手紙

エピローグ


1943年製造のスチール・ペニーというのは、戦争中1943年だけ製造された鉄を亜鉛メッキした1セント硬貨のことだ。

 1943s_steel_cent_obv









出典:Wikipedia

たまたまクリスマスイブのフライトに乗っていたら、最も古い1セント硬貨を持っている人にシャンパンをプレゼントするという機内放送があった。その時の経験から1943年のスチール・ペニーというものがあることに気づき、いろいろなホームページなどにメールで聞いて仕入れた話を紹介している。

戦争中は、日本は寺の鐘や家庭のナベ・カマさえ供出したほど金属不足だったが、アメリカも銅が不足して1943年だけ鉄で1セント硬貨を作ったという。

筆者は1986年から1991年までと、1997年から2000年までの2期にわたって合計9年間ピッツバーグに駐在したが、このスチール・ペニーの話は聞いたことがなかった。このような知る人ぞ知るのとっておきの話が集められている。

あまり詳しく説明すると本を読んだときに興ざめなので、特に面白かった話を簡単に紹介しておく。

第7章の制服を着ている人々は、サウス・ウェスト航空の話が中心だ。サウス・ウェスト航空は飛行機をバスの様に運航している。スチュワーデスやグラウンドスタッフもみんな短パンやラフな姿だが、パイロットだけは制服を着ているという。プロとしてのイメージが重要だという。

第9章のキルロイ伝説が面白い。筆者は見たことがないが、アメリカの公共トイレなどでは"Kilroy was here"という落書きが多いという。この落書きは第2次世界大戦中のヨーロッパで米兵があちこちに書き残して有名になった。

マキオさんがこの落書きに興味を持って、あちこち調べ上げた結果を書いていて面白い。最後にはマキオさんは、キルロイ伝説を自分で作って、キルロイのホームページに載せて貰ったという。

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出典:本書168ページ

第11章はアメリカの標準時間と夏時間(Daylight saving time)についてだ。アメリカには9つのタイムゾーンがあり、町によって夏時間を採用しているところと、採用していないところがあることを紹介している。

筆者もこの標準時間には痛い目にあった。トリニダッド・トバゴに出張したときに、プエルトリコのサンファンが東海岸より1時間早いということを知らなかったので、乗り継ぎ便をミスってしまったのだ。

ちなみにアメリカの標準時間とは(以下は向井さんの訳)、大西洋標準時間、東部標準時間、中部標準時間、山岳部標準時間、太平洋標準時間、アラスカ標準時間、ハワイーアリューシャン標準時間、サモア標準時間、チャモロ標準時間の9つだ。

インディアナ州は郡によって時間システムが異なり、92の郡が次のようなグループとなっている。

77の郡:東部標準時間で夏時間は採用していない。
10の郡:中部標準時間で夏時間も採用。
5の郡 :東部標準時間で夏時間も採用。

筆者もインディアナ州には時々出張に行った(アメリカの比較的新しい大型製鉄所は五大湖畔のインディアナ州に集中している)。途中で時間が違っているのに面食らったものだ。

しかも西に行くほど中部標準時間の郡が増えるというわけではないことが、非常にトリッキーだったという記憶がある。この話題でマキオさんはいろいろなところにメールを入れて調べまくっていて面白い。

第13章はヒューイ・ロングという第2次世界大戦前のルイジアナ州の知事・上院議員とその仲間の話だ。ロングはルーズベルトの対抗馬だったが、1935年に暗殺される。独裁的な政治家だったらしい。

ルイジアナ州の州都はニューオリンズの北にあるバトン・ルージュで、筆者は何度もバトン・ルージュに行ったことがある。

アメリカに鉄鋼原料を輸入する場合、ニューオリンズで外航船からバージ(1,200トン単位のはしけ)に積み替えて、ミシシッピ川を使って全米各地に輸送する。そのバージへの積み替え場所がバーンサイドという場所で、ニューオリンズとバトン・ルージュの間なのだ。

アメリカから穀物を輸出する時は、その反対の物流となる。バージで各地から穀物を集荷して、ニューオリンズ近辺のサイロで集積し、外航船に積む。

ヒューイ・ロングについては「アメリカン・ファシズム」という本に詳しいそうなので、今度読んでみる。

アメリカン・ファシズム―ロングとローズヴェルト (講談社選書メチエ)アメリカン・ファシズム―ロングとローズヴェルト (講談社選書メチエ)
著者:三宅 昭良
講談社(1997-10)
販売元:Amazon.co.jp
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そのロングの仲間の反ユダヤ主義者・ジェラルド・スミスがアーカンソー州のユーレカスプリングス巨大なイエス・キリスト像を建てた話だ。

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出典:Wikipedia

第14章のニューヨーク市への忠告は、自由の女神のあるリバティ島と、移民博物館のあるエリス島の領有権をめぐるニューヨーク州とニュージャージー州の争いの話。

リバティ島はニューヨーク領ということで合意しているが、埋め立てを繰り返して大きくなったエリス島は連邦最高裁判所にまで行った訴訟の結果、19世紀当時の3.3エーカーはニューヨーク領、その後埋め立てた24.2エーカーはニュージャージー領ということになったという。

以上簡単に紹介したが、大変楽しい読み物である。特にアメリカに行ったことのある人には是非一読をおすすめする。


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2011年05月11日

アイム・ファイン 浅田次郎のJAL機内誌エッセー集

アイム・ファイン!アイム・ファイン!
著者:浅田 次郎
小学館(2010-01-28)
販売元:Amazon.co.jp
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小説家浅田次郎さんのJAL機内誌「スカイワード」に2002年から2009年までに連載したエッセーを集めた本。

機内誌だけに旅の話題が多い。全40作のうちはじめはアメリカラスベガスの話題が多いが、JALがラスベガスへの直行便をやめたこともあってか、最近になるにつれ「中原の虹」、「珍妃の井戸」、「蒼穹の昴」の三部作の関係で中国の話題が多くなってくる。

中原の虹 (全4巻)中原の虹 (全4巻)
著者:浅田 次郎
講談社(2007-11)
販売元:Amazon.co.jp
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珍妃の井戸 (講談社文庫)珍妃の井戸 (講談社文庫)
著者:浅田 次郎
講談社(2005-04-15)
販売元:Amazon.co.jp
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蒼穹の昴(1) (講談社文庫)蒼穹の昴(1) (講談社文庫)
著者:浅田 次郎
講談社(2004-10-15)
販売元:Amazon.co.jp
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筆者も知らなかったが、現在は東京からラスベガスに行く直行便はなくなっているそうだ。直行便がなくともユナイテッドあたりのロスかシアトルあたりにワンストップ(機体は同じ)するフライトなら、準直行便となると思うが、浅田さんは仕事柄JALにしか乗れないのかもしれない。

筆者もラスベガスのベネチアンがオープンした翌年に家族で泊まったことがある。浅田さんはベネチアンのVIP会員になっているそうで、無料でVIPスイートルームに泊まれるという。カジノの掛け金も一般人とは違うレートのようだ。


最近は中国の話題が多い

浅田さんの話は最近は中国の話題が多い。「浅田次郎とめぐる『中原の虹』ツアー」でツアコンとしてアテンドする企画を2006年、2008年と開催した話も紹介されている。

浅田次郎とめぐる中国の旅 『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』の世界浅田次郎とめぐる中国の旅 『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』の世界
著者:浅田 次郎
講談社(2008-07-30)
販売元:Amazon.co.jp
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この企画では浅田さんが「世界一の食べ物」と呼んでいる北京の全聚徳の北京ダックを旅程に織り込んでいる。

筆者も全聚徳の北京ダックは大好きだ。日本によくある皮だけの北京ダックでなく、肉も程よくついているのがいい。

しかも全聚徳はファミリーで行ける店もあり、値段も手ごろだ(この本によると、全聚徳の本店は清代からのかまどもろとも消えてしまったそうだが)。

日本にも数店あるので、一度家族で行ってみようと思う。

全聚徳HP






気軽に読めるショートストーリー集

6ページずつのエッセーを40話集めているので、気軽に読める。

浅田さんの生い立ちや、小学生の時にお父さんが事業で失敗して家族ちりじりになったこと。おじいさんが初めてレタスを見た時「ヤロウ!いかにくすぶったってな、人間はウサギじゃねえんだ」と言った、ちゃぶ台返しのタンカ。自衛隊員だった時に30キロの装備を持って100キロ行軍した話。北京郊外の万里の長城の一部、司馬台の簡易ケーブルカーのFlying foxの話も楽しい。

司馬台のFlying foxはYouTubeにも載っているので紹介しておく。



朝から一日7時間著作、5時間読書というのが普通の日の生活なので、運動不足になりがちなため、医者の娘さんに言われて浅田さんも電子万歩計を持っているそうだ。

浅田さんの体験した世界三大暑気は、ミラノのドゥオーモ、チュニジア、伊勢神宮だそうだ。筆者はこのうちチュニジアだけ行ったことがない。

チュニジアの日本大使はこのブログでも紹介した多賀さんなので、本当は多賀さんがおられる間に行かなければならないのだが…。

筆者も体験したことのある話題もあり、楽しく読める本だった。

最後に一つ告白しておく。実は筆者は浅田さんの作品は、「天国への100マイル」とこの本しか読んだことがない。

天国までの百マイル (朝日文庫)天国までの百マイル (朝日文庫)
著者:浅田 次郎
朝日新聞社(2000-10)
販売元:Amazon.co.jp
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筆者の家内は小説好きなので、浅田さんの本をたぶんほとんど読んでいると思う。大半は図書館からリクエストして借りて読んでいるが、家にも何冊か買った本もある。

筆者はそもそもあまり小説を読まないせいもあるのだが、人気作家というと、つい敬遠してしまう傾向がある。

この本を手始めに、次は「終わらざる夏」を読んでみる。

終わらざる夏 上終わらざる夏 上
著者:浅田 次郎
集英社(2010-07-05)
販売元:Amazon.co.jp
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2009年12月15日

大遺言書 森繁久彌の放談と回顧録

大遺言書大遺言書
著者:久世 光彦
販売元:新潮社
発売日:2003-05
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先日無くなった俳優の森繁久彌の問わず語りを脚本家の久世光彦(くぜてるひこ)さんがまとめた本。

大学の先輩に勧められて読んでみた。元々は週刊新潮の2002年5月から2003年3月までの連載ものだ。

このとき森繁さんは89歳。数えで卆寿(そつじゅ)だった。

この遺言書シリーズは「今さらながら、大遺言書」、「さらば、大遺言書」と続き、2006年に森繁さんより22歳年下の久世さんが心不全のために71歳で亡くなって打ち止めとなった。

今さらながら 大遺言書今さらながら 大遺言書
著者:森繁 久彌
販売元:新潮社
発売日:2004-05-14
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さらば 大遺言書さらば 大遺言書
著者:森繁 久弥
販売元:新潮社
発売日:2006-04-27
おすすめ度:5.0
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森繁さんは大阪生まれ。大阪の実業家だった菅沼達吉と、馬詰愛江との間で出来た三人兄弟の末っ子で、森繁さんが二歳の時に実父は亡くなる。それから母方の実家森繁家の養子となり、北野中学(現高校)を経て、早稲田に入るが、軍事教練を拒否して中退。奥さんの萬壽子夫人と学生結婚し、劇団活動を続けた後、NHKの新京中央放送局のアナウンサーとして満州に赴任する。

終戦後のソ連軍の侵入で隣人が殺されたり、つらい目に遭うが、なんとか一家で1946年に帰国、親戚をたよった後、俳優としてちょい役から頭角を現し、社長シリーズで主役となる。

映画に歌に、詩人としても活躍し、先日亡くなった後、国民栄誉賞が贈られた、まさに日本演劇界の巨星だ。

YouTubeに森繁さん作詞・作曲の「知床旅情」が収録されている。



もっと詳しい経歴はウィキペディアの記事を参照して欲しい。

元々が週刊誌の連載として始まったので、下ネタも多い。89歳の森繁さんの枯れ木に花をさかせようと久世さんが下ネタで突っ込んでいる感じだが、ご愛敬というところだろう。

ちなみに森繁さん自身は「女は七十九の秋が最後だったかな。なんだか怖くなりましてね、やっているうちに。」と言っているが、真偽のほどはわからない。

森繁さんは身長171センチ、体重78キロと大正二年生まれとしてはデカい。健啖家であり、艶福家であり、甘い物に目がなく、ヨットマンで、タバコと酒をこよなく愛し、歌と詩を愛し、早稲田ファンだ。アドリブも含めた演技としゃべりはまさに天才で、芸能界ではひところ「森繁天皇」と呼ばれていたという。

「天皇」といっても、監督ではないので、別に現場であれこれ指示していた訳ではない。ロケ現場の圧倒的存在感と、天才的なアドリブからそう呼ばれていたようだ。

大変面白いエッセー集である。詳しくあらすじを書くと読んだときに興ざめなので、簡単に紹介しておくが、気の置けない久世さんだからこそ捉えられた昭和の大俳優の素顔がよくわかる。

森繁さんは子ども達にとっては、まるで「不在父親」のような存在で、たまにしか家に帰らず、家に帰った時は必ず他の人を連れ来ていたという。

森繁さんが学生結婚した奥さんの萬壽子夫人は、森繁さんより早く1989年に亡くなっているが、奥さんの苦労がわかる。

演技には真剣勝負で取り組み、ところどころで語る森繁さんの好きな芸能人の話が面白い。

森繁さんは向田邦子の脚本が好きだったという。向田邦子が台湾で飛行機事故で亡くなった時に、森繁さんは向田邦子の墓碑銘を書いている。

「花ひらき、花香る 花こぼれ なお薫る」

向田さんが脚本を書いたテレビ朝日の連続ドラマ「だいこんの花」に森繁さんが出演していたとき、向田さんはTBSで「寺内貫太郎一家」を掛け持ちで書いていたという。週に二本の連続ドラマの脚本を書くなんて今では考えられないという。

「あの子は、この頃どうしてドラマに出ないのですか。もったいない。あんなに芝居のいい子は、めったにいません。」と言っている「あの子」とは樹木希林のことだ。

「寺内貫太郎一家」では、樹木さんはまだ30代なのにもかかわらず、70代の老婆を演じる。何日も老婆ウォッチングして、芸を磨き、そこで仕入れてきたのが指先をちょん切った手袋だったという。

松本人志ともコーヒーのジョージアのコマーシャルで共演したが、「いい青年です」と語る。

「勝って男は怖い奴でした。いつも半分酔っているような、半分眠っているような顔をして、いきなり居合い抜きに切ってくる。」勝新太郎のことだ。



勝新太郎監督の「座頭市」に森繁さんが、一度だけ出演したときのことだ。撮影がほぼ終了した後で、カメラを回しながら勝が森繁さんに声を掛けた。

「おい、父っつあん」、「あれやってくれ、あれ」。「あれって何だい」。「あれだよ、父っつあんのあれ」

すべて台本にない、付け足しのアドリブだ。そして森繁さんは、都々逸をつぶやいた。

「ボウフラが 人を刺すよな蚊になるまでは 泥水飲み飲み浮き沈みー」

このやり取りはすべて収録された。名シーンはこうして生まれたのだと。

森繁さんが最初の映画に出て、「ベルさん」と呼ぶ山田五十鈴と共演したときの話が極め付きだ。

森繁さんが「このたびはお世話になります。森繁久彌と申します」と言うと。

「これはこれはご丁寧に。私が、熱い○○○コです。」とヒロイン松井須磨子をもじって言ったという。大スターのくせにそんなことを平気で言える人だったという。(○○○コは、筆者のブログでは載せられない言葉です)

「ベルさんはあんなに華があるのに、寂しい人です。薄幸の気配が漂っています。女優の華と人生とは、反比例の関係にあるんでしょうかねえ。因果なことです」

この森繁さんの言葉は、先日孤独死した大原麗子にもぴったり当てはまる。ちなみに大原麗子は「だいこんの花」にも出演していた。

森繁さんは、酒も飲むが甘党でもあったという。大好きなのはとらやの羊羹、エクレアは六本木のクローバー、北海道から取り寄せた柳月の三方六などだったという。

[とらや]中形羊羹3本入(714453/286)
[とらや]中形羊羹3本入(714453/286)


柳月 三方六
柳月 三方六

筆者は森繁さんの舞台も映画もあまり見たことがない。歌は「知床旅情」を聞いたことがあるくらいで、森繁さんのことをよく知らなかったが、この本を読んで一段と親しみがわいた。

この本では「森繁さんの目がキラッと光った」という表現をしているが、演劇の頂点に立つ人は、芸術感覚がとてつもなく鋭敏だ。素人にはわからない繊細なところまで気を配った演技はさすがだ。

このエッセー集は「大遺言書」と題してはいるが、森繁さんの人間像に迫る作品で、「遺言」の様なシリアスなものではなく楽しく読める。森繁さんのことを思い出すにはおすすめの作品である。


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2009年10月31日

もったいない主義 映画「おくりびと」の脚本家 小山薫堂さんの本

もったいない主義―不景気だからアイデアが湧いてくる! (幻冬舎新書)もったいない主義―不景気だからアイデアが湧いてくる! (幻冬舎新書)
著者:小山 薫堂
販売元:幻冬舎
発売日:2009-03
おすすめ度:4.0
クチコミを見る

映画「おくりびと」で昨年アカデミー外国映画賞を受賞した脚本家小山薫堂(くんどう)さんの本。

以前紹介したノーベル平和賞受賞者ワンガリ・マータイさんと何か関わりがあるのかと思って読んでみた。

ワンガリさんの"mottainai"とは直接関係なかったが、小山さんの本を読んで、以前仕事で講演をお願いしたことがある日本を代表するクリエーター、博報堂の宮崎晋専務のことを思い出した。

宮崎さんはカンヌ国際広告祭グランプリの金賞を何度も受賞しているクリエーターで、博報堂のクリエイティブ部門のトップだ。宮崎さんの部屋には金や銅などの様々色のライオン像が置いてあった。

たとえば日清食品のHungry?というコマーシャルも手がけている。





有名コマーシャルは数々あるが、講演では雑誌「ナンバー」の話をされていた。

Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2009年 10/29号 [雑誌]Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2009年 10/29号 [雑誌]
販売元:文藝春秋
発売日:2009-10-15
クチコミを見る

この雑誌は30年近く前に創刊されたものだが(たしか第2号の表紙が具志堅用高のタイトルマッチ試合直後の無惨にも腫れ上がった顔写真)、創刊号のナンバー1からはじまって、ナンバー2,ナンバー3と毎号雑誌タイトルが変わることに当時の文部省(?)からクレイムがついたという話をされていた記憶がある。

宮崎さんは入社以来通勤定期は持たず、帰りの山手線は右回りだったり、左回りだったり、別のルートをつかったり、その日の気分で途中下車したりして、今日は何か新しいことがないかと通勤を楽しんでいたと言われていた。

この本で小山さんも同様に「今日はいつもより1時間早く仕事が片づいたから、普通なら電車に乗って帰るところを、バスを乗り継いで帰ってみよう。その途中でこういうことをやってみようか」というようなことを思うことも「企画」だと語る。

身の回りにあることで企画を考えるのが楽しいのだと。

宮崎さんと同じ人種なのだとピーンときた。

この本では小山さんの手がけた広告などが多く紹介されていて面白い。

特に印象にのこった例をいくつか紹介しておこう。


「もったいない」から生まれたヒット商品

大輪のバラを咲かすには、20本の内19本の花を間引きして、1本のバラをつくる。その間引いたバラの花を使ってバラ風呂をヒットさせたのが大阪のローズネットという会社の川端秀一社長だという。

川端社長は「僕この間までホームレスだったんですけど、このバラが成功して、もうすぐ上場するんです」と言っていたという。

バラ風呂として使った後は、乾燥させてポプリとするのだと。

他にも東武動物公園で1個200円で売っているへびの抜け殻で作った「お金が貯まるへびの皮」などを紹介している。


日本の映画を全部無料化

小山さんが日本の首相なら、日本の映画館をタダにすると語る。日本の映画産業の規模は年間2,000億円しかない。ばらまきの定額給付金予算2兆円の1/10の規模である。


地デジ切り替えの数千億円を、コマーシャルではなく、機材買い換え費用に充てるのか、何か形に残る形にした方が良いと。

デザインではデザイナーの深澤直人さんがつくり、2007年のDIME「トレンド大賞」を受賞したトイレ「アラウーノ」が好きだという。

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深澤さんはAUのINFOBARや壁掛け式CDプレーヤーの作品で有名なデザイナーだ。

小山さんはFM横浜のパーソナリティを務めているので、この本でもラジオ番組の話がいろいろ出てきて面白い。

1時間程度で簡単に楽しく読める。気分転換の読書には最適の本である。



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2009年05月25日

悩む力 姜尚中(カン・サンジュン)さんの自伝的読書感想文

東大情報学環教授の姜尚中(カン・サンジュン)さんの自伝的読書感想文。2008年のベストセラーだ。

悩む力 (集英社新書 444C)悩む力 (集英社新書 444C)
著者:姜 尚中
販売元:集英社
発売日:2008-05-16
おすすめ度:3.5
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在日韓国人二世として生まれた姜尚中さんだが、熊本の両親が子どもに不自由な思いをさせまいと骨身を惜しまず働き、惜しみなく愛情を注いでくれたという。

この本では在日だからといった特別な体験は語らず、青春そして人生の悩みについて主に夏目漱石の小説とドイツの社会学者マックス・ウェーバーの著作を題材にして語っている。

従って漱石の小説を読んでいないと話が理解できず中途半端に終わってしまう。

漱石は筆者も好きな小説家で、学生時代も読んだが、最近、オーディオブックであらためて聞いている。

朗読 夏目漱石作品集
アーティスト:加藤剛/橋爪功
販売元:インディペンデントレーベル
発売日:2003-05-01
クチコミを見る



このブログでも「坊っちゃん」、「こころ」、「それから」のオーディオブックは紹介しているが、他にも「三四郎」、「門」、「吾輩は猫である」、「草枕」をオーディオブックで聞いた。

図書館で朗読のCDを借りたり、カセットしかないものは、アナログーデジタル変換ソフトで変換してiPodで聞いている。

漱石の小説は既に著作権が失効しているので、青空文庫でも公開されている。

青空文庫では漱石の101点の作品を読むことができるが、漱石の作品は文庫で出版されており、簡単に読めるし、オーディオブックにもなっているので、文庫本を買うか、もよりの図書館の朗読CDをチェックすることをおすすめする。


この本の目次

この本の目次は次の通りだ。

序章 「いまを生きる」悩み

第1章 「私」とは何者か

第2章 世の中すべて「金」なのか

第3章 「知っているつもり」じゃないか

第4章 「青春」は美しいか

第5章 「信じる者」は救われるか

第6章 何のために「働く」のか

第7章 「変わらぬ愛」はあるか

第8章 なぜ死んではいけないか

終章  老いて「最強」たれ


悩む人

最初にこのブログでも紹介しているヴィクトール・フランクルの「苦悩する人間は、役に立つ人間よりも高いところにいる」という言葉を紹介して、「悩む力」に、生きる意味(を追求すること)への意志が宿っている姜さんは語る。

漱石の作品にはたしかに悩む人が多く描かれている。この本では「こころ」の”先生”を詳しく取り上げているが、筆者は「門」の宗助が鎌倉の禅宗のお寺で修行するところが好きだ。

あの禅宗の坊さんの「父母未生以前本来の眼目」を考えてみろというのが、どうしても頭から離れない。

青空文庫からその部分を引用すると:

「さあどうぞ」と案内をして、老師のいる所へ伴(つ)れて行った。

 老師というのは五十格好(がっこう)に見えた。赭黒(あかぐろ)い光沢(つや)のある顔をしていた。その皮膚も筋肉もことごとく緊(しま)って、どこにも怠(おこたり)のないところが、銅像のもたらす印象を、宗助の胸に彫りつけた。ただ唇(くちびる)があまり厚過ぎるので、そこに幾分の弛(ゆる)みが見えた。その代り彼の眼には、普通の人間にとうてい見るべからざる一種の精彩(せいさい)が閃(ひら)めいた。宗助が始めてその視線に接した時は、暗中に卒然として白刃を見る思があった。

「まあ何から入っても同じであるが」と老師は宗助に向って云った。「父母未生(ふぼみしょう)以前(いぜん)本来(ほんらい)の面目(めんもく)は何(なん)だか、それを一つ考えて見たら善(よ)かろう」

 宗助には父母未生以前という意味がよく分らなかったが、何しろ自分と云うものは必竟(ひっきょう)何物だか、その本体を捕(つら)まえて見ろと云う意味だろうと判断した。それより以上口を利(き)くには、余り禅というものの知識に乏しかったので、黙ってまた宜道に伴れられて一窓庵へ帰って来た。


漱石の精神衰弱

漱石がロンドン留学中に神経衰弱に罹った話は有名だが、この本の漱石とウェーバーの関連年譜を見ると、漱石は東大英文科を卒業して大学院に進み、東京高等師範学校(現つくば大学)の英語教師となった28歳の頃に精神衰弱となり、鎌倉円覚寺で参禅している。

たぶんこの「門」の老師の問答はそのときの経験をもとに書いているのだろう。

その後漱石は文部省派遣留学生として34歳でロンドンに留学するが、精神衰弱に悩まされる。

留学当時の漱石の様子は、今度紹介する多賀敏行さんの「『エコノミック・アニマル』は褒め言葉だった」に紹介されている。多賀さんはケンブリッジ大学に留学し、法学修士号を取得している。

「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史 (新潮新書)「エコノミック・アニマル」は褒め言葉だった―誤解と誤訳の近現代史 (新潮新書)
著者:多賀 敏行
販売元:新潮社
発売日:2004-09
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


多賀さんによると、漱石の留学は、大学など正規の高等教育機関に通って勉強したわけではなく、ひたすら生活費を切りつめ、余った金のすべてを書籍購入に振り向け、きたない下宿に籠城して朝から晩まで書物を読むふけるというネクラ生活だったという。

クレイグ先生に教導を得たと言われているが、クレイグ先生とは月に数回通って、英文学について質問するという程度の関係だったようで、江藤淳が「漱石とその時代 第二部」に次のように記していることを挙げている。

「Craigニ至ル。文章ヲ添削センコトヲ依頼ス。extra chargeヲ望ム。卑シキ奴ナリ。」(2月12日付け「日記」)

つまり師弟というよりもビジネスの関係だったようだ。

漱石とその時代 第1部 (新潮選書)漱石とその時代 第1部 (新潮選書)
著者:江藤 淳
販売元:新潮社
発売日:1970-08
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


漱石はこのような生活を続けて、今で言う「海外生活不適応症候群」のようになり、精神衰弱を再発させたようだ。

漱石は後に「倫敦に住み暮らしたる二年間は尤も(もっとも)不愉快の二年なり。余は英国紳士の間にあって狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あはれなる生活を営みたり。」と「文学論」で記しているという。

多賀さんはイギリス留学中に江藤淳の「漱石とその時代」を読み、その後「ロンドンの夏目漱石ー漱石研究の一つの盲点」という元日経新聞ロンドン特派員の韮澤嘉雄さんが書いた論文を入手し、漱石がいかに爪に火をともすような生活を送っていたか知ったという。

漱石は倹約のために、一缶80銭のビスケットを水も飲まずに無理やりかみ砕いては生つばのみで飲み下して昼食としていたという。

文部省から支給されていたのは毎月150円で、当時の為替レートで約15ポンドだったという。ウェスト・ハムステッドの下宿は朝食・夕食込みで週2ポンドで、下宿代だけで留学費の半分以上かかっていた。

留学のみやげも持って帰らなければならないので、漱石は相当の倹約を強いられたようだ。

多賀さんは漱石の下宿だったウェスト・ハムステッドの素人下宿も訪問したが、中の下の階級の人が住むような古いレンガ作りの家だったという。(現在は文化財に指定されている)

漱石は50歳で亡くなっているが、その死因は胃潰瘍だった。精神衰弱になるほど悩みが深い漱石なので、胃潰瘍も併発したのだろう。

最近ではWBCに出場したイチローが打撃不振で胃潰瘍になっていたことが記憶に新しい。

イチローもメディアには哲学者のような独特の対応をしているが、いわゆる胃がきりきり痛むまで思い詰めるタイプの人なのだろう。


ウェーバーも精神病で入院

ウェーバーは政治家で資産家の家に生まれ、何不自由ない生活をしていたようだが、政治家であった父に反目する。

順調にキャリアを伸ばし30歳でフライブルク大学教授、33歳でハイデルベルク大学教授となった後、34歳で漱石と同じように精神疾患を発病し、34歳の時に精神病院に入院し、病気のため39歳で正教授の職を辞し、名誉教授となる。

40歳でセントルイスの国際会議に参加するため、アメリカを訪れ、そのときの経験もふまえて、41歳で「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を発表し、一躍有名になる。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)
著者:マックス ヴェーバー
販売元:岩波書店
発売日:1989-01
おすすめ度:4.5
クチコミを見る



今の学生がウェーバーの作品をどれほど読んでいるのか分からないが、筆者の学生時代は、ウェーバーが必読書とされていた。

そのウェーバーも精神病で入院していたとは知らなかった。


姜さんの主張

この本では姜さんは、特にああしろ、こうしろとは書いていない。

自分の体験と読書の感想を通して、次のような具合に例を提示し、読者に考えるきっかけを与えている。

「人は何を知るべきなのか、という問題は、どんな社会が望ましいかという事ともつながっています。

いずれしても、われわれの知性は何のためにあって、われわれはどんな社会を目指しているのかということを、考え直す必要があるのではないでしょうか」


老いて最強たれ

最後に姜さんは、「老いて最強たれ」ということで、老人力を発揮し、福沢諭吉の言葉のように「一身にして二生を経る」、つまり一人の人間で二つの人生を生きることを呼びかけている。

悩み続けて、悩みの果てに突き抜けたら、映画「イージーライダー」の主題歌"Born to be wild"のように"wild"=「横着者」で行こうと語る。



まだ見ていない人には、結末を教える様で申し訳ないが、筆者にはイージーライダーの最後の印象的なシーンが忘れられない。



漱石やウェーバーの本を読んでいない人は、是非この機会に本を手にとってみてほしい。100年前の作品とは思えない。必ずや得るものがあるはずだ。


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2006年03月05日

息子たちと私 石原慎太郎さんの深い子息愛がわかり共感できる

息子たちと私―子供あっての親


筆者は息子と電話で話すのが好きだ。電話の口調というか、声のトーンというか、話していて楽しいという感じが伝わってくる。

カーネギーの本の人に好かれる方法の有名なくだりを思い出す。"he will almost jump out of his skin to show you how much he likes you." "with leaps of joy and barks of sheer ecstasy."

これは人の話ではない。犬と彼の子供の頃の愛犬チッピーの話だが、カーネギーは無条件の愛の例として使っている。

犬と同列にしたら息子も怒るだろうが、無条件の愛、好かれているという感じは、この犬の例が一番直感的にわかると思う。

石原慎太郎さんの『息子たちと私』も、石原さんの子息に対する無条件の愛がよくわかる。

石原慎太郎さんといえば、昔は『スパルタ教育』というベストセラーを出して物議をかましたことがあるので、息子には厳しいスパルタ教育をしている様な印象があったが、この本を読むと石原さんの深い子息愛が感じられる。


石原さんの息子への愛の原点

石原さんの息子への愛の原点は、石原さんの父親が会社で会議中に昏睡状態となって、そのまま帰らぬ人となった時だと。

会社に行って冷たくなった父親の遺体にふれたときに、自分と父の関わりは決してこれで終わったのではないと信じていたと。

石原さんは長男が生まれて『ああ、これでまた確かに環が一つ繋がったな』と強く感じたそうだ。

筆者も子供が産まれて、これで次代につなげるという人間として最低限の貢献はできたとを感じたものだ。


酒と教育

石原さんの最近のエッセーは『老いてこそ人生』とか『弟』を読んだが、自然体で、いわゆる昔のタカ派のイメージは薄れている。

しかしそれでもホテルオークラのメインバーで『大丈夫か』と念を押して頼んだドライマティーニがひどい出来だったので、突っ返すという様な『教育』をしている。

酒は文化であり、日本を代表するホテルで相手が外国人であれば恥をかくのはホテルではなくて、東京であり日本であるからだと。

この件は、後日談があり、たまたま居合わせたどこかの商事会社の社長が見て、石原は都知事になって人前で些細なことでホテルの従業員を叱りつけていたが、慢心は禁物だなどと批判していたという話を後から聞きつけ、石原さんは酒は文化であり、それがわからない手合いのレベルはしれていると人づてに伝えたそうだ。


石原さんは実は先輩

石原さんは実は高校、しかも同じサッカー部の先輩なのだが、石原さん自身の言葉によると受験校にいやけがさして登校拒否の様になり、1年間休学したそうで、あまり母校に良い思い出はない様だ。

そのせいか、子息は全員幼稚舎から慶応に入れている。全員姓名判断を受けての命名の長男の伸晃(のぶてる)さんは政治家、次男の良純さんは俳優(と気象予報士)、三男の宏高さんは昨年代議士となり、四男の延啓(のぶひろ)さんは画家となって、全員所帯持ちとなり、いまや石原さんには6人の孫がいる。


目次

この本の目次は次の通りだ:

1.存在の環

2.幼稚な親

3.子供たちの災難

4.兄と弟の関わり

5.似たもの同士

6.息子たちの仕事と人生

7.どういう生き方をするのか

8.スポーツに関するわが家のDNA

9.酒はわが家の伝統

10.酒という教育

11.海に関するわが家の系譜

12.叱る、諭される

13.子供の性

14.息子との旅

15.息子の結婚と新しい家族たち


印象に残るストーリー

いくつか印象に残るストーリーがある。

良純さんがホノルルマラソンに出て、残りあと何キロかという地点で突風に帽子を吹き飛ばされ、拾おうとしたが、今まで走ってきた脚を一瞬とはいえ急に止めたら痙攣が起こりそうで、暑さも激しく痙攣も怖いので、しばらくその場で脚踏みしながらついに思い切って立ち止まり、帽子を拾って走り出したという話だ。

この話を聞いて石原さんは感動したと。含蓄のある話だが、たとえ良純さんがいつか人生で突発事に巻き込まれても、彼は少なくとも他の男たちよりはそれに耐えられるに違いない。その理解こそが父親と息子のいうにいわれぬ根源的な関わりというものなのだと思うと。


子供の性

筆者も思春期の息子を持つ身であり、実はひそかに期待していた『子供の性』という章は、石原ファミリーの性教育がわかるのではないかと思っていたが、あまり詳しくはない。

やはり幼稚舎から慶応に入れると、ませた連中がいて、自然とわかる様になるのかもしれない。筆者の場合は、自分で考えるしかなさそうだ。

筆者の友人の六本木の婦人科の赤枝クリニックの赤枝先生も登場する。都の条例改正の時に、最近の性風俗の話を石原さんにレクチャーしたようだが、年輩者相手なら安心だと援助交際のアルバイトを娘にすすめる母親がいるとか驚かされる話だ。

サッと読め、石原さんの深い愛に共感できる良い本だった。                                     

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2005年12月27日

負け犬の遠吠え 頭にスッと入る酒井順子さんのエッセー 負け犬なんかじゃないよ 一生懸命生きよう!

負け犬の遠吠え


ちょっと前のベストセラー。今年の初めに家内が読んでいたが、面白そうだったので、自分でも今回読んでみた。

女性作家のエッセー集は、家内の好きな林真理子とかを一時読んでいたが、最近はご無沙汰である。

この本はカバーがピンク色で、筆者のようなおじさんが表紙カバーむき出しで読んでいると、ちょっと恥ずかしい。

若干抵抗があったが、読んでみたら断然面白い。

負け犬とは狭義では『未婚、子なし、30代以上の女性』だそうで、離婚して今は独身、シングルマザーなども広義の負け犬に入る。

「でも○○さんみたいに、美人で仕事もバリバリやっている人は、結婚していなくても負け犬ではないのでは?」という名誉白人みたいな例外は本書では認めないと。

「既婚子持ち女に勝とうなどと思わず、とりあえず負けましたと自らの弱さを認めた犬の様に腹を見せて置いた方が、生きやすいのではなかろうか」という処世術と見て貰っても良いと。


以下羅列となるが、印象に残ったポイントをあげる。この本の魅力が垣間見えると思う。


余はいかにして負け犬となりし乎(か)

言うまでもなく夏目漱石の『吾輩は猫である』の出だしをもじった章題。

男であれ、仕事であれ二つの選択肢があった場合、右はまっとうで安心、でもあまり面白みはない道、左はあぶなっかしいけどスリリング、そしてアメイジングな道。

この中で、右側を選ぶことができるのが勝ち犬、左を選ぶのが負け犬であると。

それにしても「負け犬」はともかく、筆者には「勝ち犬」という言葉は今ひとつ抵抗がある。

筆者はティーンエージャーの子供がいるので、塾とか学校の説明会とかで「勝ち犬」軍団に囲まれることも多い。こういった会合は家内もいまひとつとけ込めないので、筆者を行かせるのかもしれない。

たしかに国民の再生産に貢献しているという意味では、勝ち犬なのかもしれないが、大勢集まってくっちゃべっている集団に取り囲まれると、結婚/子持ちで勝ち負けが決まるという訳でもないと思うのだが…。

負け犬からすると勝ち犬はどこかで、恥を捨てた人に見えると。

結婚という目的を達成するために、手練手管を使って男に取り入ろうとする人を見ていると、いたたまれない気分になってしまうと。それが負け犬が負け犬でいるゆえんであると。

これを含羞(がんしゅう;恥を知ること)という言葉で表現している。うまいことを言うものだ。言い得て妙である。


負け犬と年齢

先輩負け犬に言われたことがある。

「そうやって『子供なんかいらない』とか堂々と言っていられるのはね、30代前半だからなのよ。30代後半になったらきっと、違う気分になると思う」と。

子供を産むリミットが近づいてきていると。

オスの負け犬でありながら全てを超越している寅さんに悲壮感や哀愁がなく、メスの負け犬には哀愁があるのはこれが理由なのだろう。


負け犬と少子化ー『低方婚』とオスの負け犬

伝統的に日本の男性はじぶんよりある意味で『下』の女性を結婚相手に選ぶという『低方婚』を好むから、『高』女性が余るのと、オスの負け犬が増えていることが原因だと。

オスの負け犬は次の5タイプがいる:

1.オタ夫  あまり生身の女性に興味のない人
2.ダレ夫  女性に興味はあるけど、責任を負うのは嫌な人
3.ジョヒ夫 女性に興味はあるけど、負け犬には興味のない人(男尊女卑)
4.ブス夫  女性に興味はあるけど、全くモテない人
5.ダメ夫  女性に興味はあるけど、単にダメな人(酒乱、ギャンブル、仕事しないなど)

いずれもメスの負け犬の伴侶としては不適であり、それゆえ少子化の進行が止まらないと。


負け犬と年金論争

森喜朗前首相が「年金はそもそも子供をたくさん生んだ人にご苦労様、として渡すべきものであって、子供をつくらない女性が歳をとったからといって税金で面倒見ろというのはおかしい」という発言を平成15年にしたそうだ。

この発言に対して当然の事ながら、「何言ってるんだバカ」、「こっちはたんと税金払ってるんだ」という非難が寄せられた。

それに対してテレビで「子を産まない人たちは贅沢三昧の生活をしているのに、子育てで苦労している私達と同じ年金をもらうのはいかがなものか」という発言をしている主婦がいたという。

この論争でどちらかの肩を持つつもりはないが、結婚や子供の有無で年金金額が変わること自体がおかしい様に思う。


負け犬と家族

ある40代の負け犬は「うちの母親が最近『私はあなたを看取ってから死にたい』ってよく言うのよ」「うちの母親は結婚もせず、子供も産まない私が、不憫でならないのね。私が一人で死ぬというのが可哀相でたまらないんですって」

逆縁は悲しいものだが、この母親の気持ちは分かるような気がする。


負け犬と女の幸せ

相手を完膚無きまでに打ちのめす「それを言っちゃあおしまいよ」的なフレーズは、「あの人は女として幸せじゃない感じがするよねー」だと。

緒方貞子さんのような人の存在のせいで、「日本で一番優秀で、忙しいキャリアウーマンですら、結婚して子供も産んでいるのにだ。しもじもの女が、『仕事が忙しくて結婚なんてする暇ありませんでした』などと言うのは言い訳だ。単に魅力がないだけだ」という空気が濃厚になってきたと。


負け犬の先達

向田邦子的ないい女系の独身女。もうひとりはあまりにも一芸に秀でつつも結婚しない孤高の人系の長谷川町子系の独身女。


負け犬と孤独

二つのタイプがある。孤独に強いというより、孤独がすきであるが故に、結婚せず負け犬となったタイプと、孤独に弱いあまり、男性とつきあってもベッタリしすぎて暑苦しくおもわれて負け犬になったタイプ。


負け犬と敗北

負け犬界のヒエラルキーがあると言う。結婚歴ありが上、恋人有りが上、しかし不倫は下、過去にモテた経験ありが上、蜘蛛の巣城のお姫様タイプの負け犬を見下ろしつつ、「よかった私はあんなんじゃなくて」と胸をなで下ろすのだと。

「私は貧乏な主婦だけど、でもとりあえず現時点で結婚はしている。負け犬ではないのだ」というところを心のよりどころにして頑張っている人もいるので、負け犬も存在価値があるのかもしれないと思うと。


負け犬がシンパシーを寄せる最後の大物サーヤ

本ではこう書いてあったが、でももう負け犬ではないもんね。サーヤおめでとう!


最後に負け犬に成らないための十箇条:

1.不倫をしない
2.「…っすよ」と言わない
3.腕を組まない
4.女性誌を読む
5.ナチュラルストッキングを愛用する
6.一人旅はしない
7.同性に嫌われることを恐れない
8.名字で呼ばれないようにする
9.「大丈夫」って言わない。
10.長期的視野のもとで物事を考える


負け犬になってしまってからの十箇条:

1.悲惨すぎない先輩負け犬の友達を持つ
2.崇拝者をキープ
3.セックス経験を喧伝しない
4.落ち込んだときの対処法を開発する
5.外見はそこそこキープ
6.特定の負け犬とだけツルまない
7.産んでいない子の歳は数えない
8.体を鍛える
9.愛玩的欲求を放出させる
10.突き抜ける


これを読んであなたはどう感じるだろうか?

この本のあらすじを紹介することで、一度収まった論争に火をつけてしまう様な気もするが、ともかく読んで面白い本だ。

いままでなんとなく縁遠かった未婚女性に親しみを覚える。

一生懸命生きることと結婚や子育てとは直接関係ない。

負け犬なんかじゃないよ。一生懸命生きよう!


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2005年04月27日

ダーリンは外国人 やっと読めたベストセラー

ダーリンは外国人―外国人の彼と結婚したら、どーなるの?ルポ。

ベストセラーのマンガ。読んでからしか本を買わない主義の私は昨年図書館に予約して、9ヶ月程度待ってやっと読めた。

マンガも軽いノリで、内容も面白い。

最近週刊誌ネタにもなっている映画の字幕の誤訳を「あー今のところ誤訳。しかも反対の意味。」、「大御所なのにね。」という会話が既に2年以上前に行われていた。

ダーリンのトニーは語学オタクで、日本語をはじめ数カ国語が堪能。感受性が強く、ガラスの心を持つ愛すべきキャラクター。

ネタをばらすのは本意ではないが、感心したのは道を聞くとき、標準語だと聞かれた日本人が外人に聞かれたとパニックって、要領を得ないので、関西弁で道を聞くことにしたというところ。

関西弁で聞くと、方言まで知っているということは日本語は完璧にできると相手が感じて、うまく答えが得られると。

このカップルのけんかの原因はトニーが仕事に集中しているとき、話しかけても答えないので、無視されたとさおりさんが感じることだと。

「これをされるとものすごくイヤ」なんだそうだ。なんかウチと同じ話。

それとトニーの鋭い質問にたじろぐ。「やれああしろこうしろ」の「やれ」って何?「ぶん殴る」ってなんで「ぶん」なのかな?

「シニー・プアティ」が「シドニー・ポワチエすか?」とか。そう聞こえるのかな?

さおりさんは英語ができないそうだが、日本人が英語を話せるようになるには入試を「英語」から「英会話」に変えるすることだと提言している。

面白くて為になる本で、長期間ベストセラーになったのもわかる。
  
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