2009年10月25日

資本主義はなぜ自壊したのか 構造改革推進派 中谷巌さんの反省の書

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言
著者:中谷 巌
販売元:集英社
発売日:2008-12-15
おすすめ度:3.0
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以前は公務員の兼業が禁止されていたため、一橋大学教授をやめてソニーの取締役となった中谷巌さんのグローバル資本主義に対する「懺悔の書」。

中谷さんは一橋大学を卒業後日産自動車に勤めるが、27歳で休職してハーバード大学の博士課程に留学。博士号を取って帰国してからは大阪大学教授、一橋大学教授を歴任、ソニーの一件以来国立大学には奉職せず、多摩大学教授や三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長などを勤めて、最近はテレビのコメンテーターとしてもしばしば登場する。

2005年まではソニーの取締役会の議長を勤めていた。


グローバル資本主義はモンスター

中谷さんはグローバル資本主義は世界経済活性化の切り札となるというプラスもある反面、(1)世界経済の不安定化、(2)所得や富の格差増大、(3)地球環境破壊・食品汚染など、人間社会にマイナスの効果ももたらすモンスターだと語る。

このモンスターに自由を与えすぎて規律を失ったから資本主義そのものが自壊したのだと。

中谷さんは古き良きアメリカ時代にアメリカに留学しているが、最近アメリカに行くたびに「何か変だ」と感じていたという。

所得上位1%の富裕層の財産が8%から17%に倍増する一方、かつての豊かなアメリカを支えていた中流階級の所得はほどんど上がらず、没落した。

そして資本主義は暴走してサブプライム問題に端を発する世界金融不況に突入する。信用程度の低いサブプライムローンを分割して他の債権商品とくっつけ債権レーティングをAAとするまやかし金融術がまかり通り、不動産市況が下落に転じるとすべてのスキームが破綻に陥った。

金融のプロ達は破滅が来ることは計算済みだったのだ。


構造改革推進派

中谷さんは小渕内閣で「経済戦略会議」議長代理を務め、竹中平蔵氏と一緒に二百数十項目の改革提案をまとめ、その後の小泉構造改革路線でも「改革なくして成長なし」のスローガンのもとに、構造改革を支持した。しかし、これは人を不幸にする改革だったと反省しているという。

ここ10年で日本も年収200万円以下のワーキングプアと呼ばれる低所得者が1,000万人を越え、非正規社員比率は1990年の2割から毎年上昇して2008年には1/3を越え、日本の終身雇用・安心・安全神話は崩れた。

パンドラの箱は開いてしまったのだ。


構造改革は日本人を幸福にしたか?

中谷さんの最大の反省点は、「構造改革は日本人を幸福にしたか」という点だ。

日本経済が「グローバルスタンダード」なるものを受け入れ、構造改革、規制緩和、100円ショップなどの価格破壊、郵政民営化を実現したが、小泉改革により日本社会は他人のことを思いやる余裕を失い、自分のことしか考えないメンタリティが強くなった。

だから日本人は小泉構造改革には幻滅している。

小泉元首相が支持表明し、2008年9月の自民党の総裁選に出馬して構造改革路線の進化・発展を訴えた小池百合子氏が、自民党地方票では1票も取れなかったことがその証拠だと中谷さんは語る。

ちょうど小池百合子さんの「もったいない日本」という自民党総裁選後2008年10月に出版された本を読んだところなので、小池さんの言い分も紹介しておく。同じ出来事でも、小池さんは全く正反対の評価をしているので面白い。

もったいない日本もったいない日本
著者:小池 百合子
販売元:主婦と生活社
発売日:2008-10
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「特に、各地の党員・党友が投票する地方票において、47都道府県中35の地で第2位となることができたのは、大きな意義がありました。これは、地方の「声なき声」が私を支持してくださったからであり…。」

自民党の総裁選挙のしくみはよく知らないが、どうやらアメリカ大統領選挙のような一位がその県の全票を取るという"Winner takes all"式なのだろう。その意味では、どちらも真実なのだろうが、小泉改革支持派は小池さんしかいなかったことから考えると、中谷さんの言うことが当を得ていると思う。


中谷さんが見過ごしたもの

1970年代初めにハーバード大学の博士課程に留学した中谷さんは、ノーベル賞受賞者揃いのハーバードの教授陣や、世界中から集まった同級生の優秀さに驚かされ、一気にアメリカかぶれになった。

その後1970年代後半に台頭した小さい政府、規制緩和を掲げるレーガンノミックスを支える市場原理肯定派に感化されたという。しかし、ここで中谷さんは2つのことを見逃していたと反省する。

一つはアメリカ流経済学を日本に適用しても日本人が幸せになれる保証はどこにもないこと。

もう一つは当時の豊かなアメリカ社会を支えていたのは、レーガンノミックスによる自由な市場活動ではなく、政府の役割を重視していたサミュエルソンなどの「新古典派総合」経済政策だったことだ。


レーガン政権で潤ったのは富裕層

レーガンが登場し、小さな政府、大胆な減税により、最も潤ったのは富裕層だ。2005年では上位1%の富裕層が17%の所得を得ており、上位0.1%の最富裕層がなんと全体の7%の所得を得ている。

これはクルーグマンが「格差はつくられた」で指摘しているところだ。

格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略
著者:ポール クルーグマン
販売元:早川書房
発売日:2008-06
おすすめ度:4.0
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資本主義や民主主義は元来非情なもの

マーケットメカニズムを説く近代経済学も、自由を重んじる民主主義も、貴族階級から権限を奪うためのエリート支配のツールだったという一面もある。

アダム・スミスの「見えざる手」による資源の適正配分と自由主義市場の自律機能は、王侯・貴族から権限を奪い、ブルジョワジーに力を与える理論だったのだ。

国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究(上)
著者:アダム・スミス
販売元:日本経済新聞社出版局
発売日:2007-03-24
おすすめ度:5.0
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中谷さんはアダム・スミスの「見えざる手」を繰り返し強調しているが、「国富論」の中に「見えざる手」が出てくるのは2個所のみというのは有名な話だ。

だからといって「国富論」の価値が下がる訳ではないが、元々「国富論」は当時のイギリス経済の状況について書いた本なのだ。筆者も昨年「国富論」(約1,000ページ)を読み直して、これを確認した。いずれ「国富論」のあらすじも紹介する。


日本の産業空洞化は必然

モノを安く供給しようと思えば、生産は必然的に中国・ベトナムなどの低賃金国に移る。中谷さんが「生産と消費の分離」と呼ぶ、日本の産業空洞化が生じたのだ。

ロバート・ライシュはこのブログでも紹介した「暴走する資本主義」の中で、先進国では消費者と資本家はグローバル資本主義の恩恵を受けたが、労働者と市民は被害を受けたと説いている。

暴走する資本主義暴走する資本主義
著者:ロバート ライシュ
販売元:東洋経済新報社
発売日:2008-06-13
おすすめ度:4.0
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「資本主義とは個人を孤立化させ、社会を分断させる悪魔の挽き臼」であるというのは、ハンガリーの経済学者カール・ポランニーが第2次政界大戦中に書いた「大転換」という本の中の言葉である。


「国民総幸福量」という考え方

中谷さんは世界でも低所得国のブータンキューバを取り上げ、貧困でも心がすさまない、明るく他人に親切な社会について語っている。

キューバは、その高い医療水準で医療立国を目指している。これを取り上げたのがマイケル・ムーア監督の「シッコ」だ。

アメリカで医療を受けられない人々をキューバに連れて行ったら、キューバでは無料で高度な医療が受けられたという。



ブータンでは王室が選挙制度を導入し、民主主義に移行したが、国民の90%は民主化に反対したと。この国では30年以上の前に「国民総幸福量」という概念を発表している。

ブータンの産業は水力発電くらいしか思いつかないが、鶴が電線で感電死するかもしれないという理由で、村を電化することを住民が止めたというエピソードまである。まさに「ボロは着てても心は錦」の国なのだ。


世界幸福感指数

イギリスのレイチェスター大学が発表した世界の幸福感指数では、ブータンは福祉の行き届いた北欧諸国と並んで、世界第8位で、日本は90位だという。それは次のようなランキングだ。

The 20 happiest nations in the World are:

1. Denmark
2. Switzerland
3. Austria
4. Iceland
5. The Bahamas
6. Finland
7. Sweden
8. Bhutan
9. Brunei
10. Canada
11. Ireland
12. Luxembourg
13. Costa Rica
14. Malta
15. The Netherlands
16. Antigua and Barbuda
17. Malaysia
18. New Zealand
19. Norway
20. The Seychelles

Other notable results include:

23. USA
35. Germany
41. UK
62. France
82. China
90. Japan
125. India
167. Russia

The three least happy countries were:

176. Democratic Republic of the Congo
177. Zimbabwe
178. Burundi


アメリカは「宗教国家」

中谷さんは、アメリカは「マニフェストデスティニー」を背負った「宗教国家」なのだと語る。だから神から受けた使命を達成するために原住民のインディアンを殺したり、ペリーを派遣して未開国日本を開放させたり、戦争で日本に勝ったが、ベトナムで敗北し、ブッシュ政権はイラクで壁にぶちあたった。

これを修復するのがオバマ大統領だ。オバマは(1)大不況からの修復、(2)中産階級の修復、(3)モラル・リーダーシップの修復をすることが期待される。


中谷さんの日本人論

この本の中で中谷さんは日本人論に多くのページをさいている。いくつかサブタイトルをひろうと。

・なぜ日本人は自然と共生できたのか
・なぜ、西行や芭蕉は聖人と慕われたか
・神道と仏教を融合した日本人
・弥生人は縄文人を征服しなかった
・国譲りによって統一された日本の独自性
・自然に神聖さを感じる日本人、自然を征服の対象と考える欧米人
・日本文化の中にこそ環境問題への解決の鍵がある
・戦後日本を経済大国にした談合・系列の秘密
・信頼こそが社会資本である
・稀に見る均質性こそ日本近代化の鍵だった
・今や貧困大国となった日本
・雇用改革が破壊した日本社会の安心・安全


中谷さんの結論

結論としては、江戸時代以来の伝統である安心・安全という価値観を、環境対策や省エネといった分野で、世界に広めようというものだ。そして安心面で日本が学ぶべきモデルケースとして高福祉国デンマークを挙げている。

デンマークではいつでも余剰人員を解雇できる。解雇されても、高い失業保険がもらえ、さらに職業訓練学校に通いスキルアップのチャンスとなるので、解雇されることをマイナスと思わないという。デンマークでは同一労働同一賃金が徹底しているので、同じ所に長く働いても賃金が上がるわけではないのだ。

デンマークでは社会に支えられているという実感があり、たとえば子育ての親の苦労を地域社会全体が負担しようと公共の養育施設が充実している。


これからはグローバルスタンダードでなく、相互に認め合う相互承認の時代であると結んでいる。この本はグローバルスタンダード論から日本の構造改革を支持してきた中谷さんの方針転換、反省の書である。

筆者もGDP世界第二の経済大国の座を失っても、日本は世界のリーダーとして存在意義を十分示せると思う。この本の中谷さんの提言に賛成だ。

中谷さんほどの著名な学者がここまで謙虚に「懺悔の書」を書くとは驚きだ。日米文化論は中谷さんの放談という感があるが、全体を通して中谷さんのまじめな性格が伺える。

本屋で平積みになっていると思うので、是非一度手に取ってみて欲しい本である。



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Posted by yaori at 10:40Comments(0)TrackBack(0)

2006年06月19日

愚直に実行せよ! 中谷巌のリーダーシップ論

愚直に実行せよ! 人と組織を動かすリーダー論


多摩大学学長で、三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長などを兼任する中谷巌さんの近著。

中谷さんは一橋大学教授の時にソニーの取締役に招聘されたが、当時は公務員の兼業が認められていなかったので、一橋大学を辞任してソニーの取締役に就任したことで有名だ。

新たに刊行されたPHPビジネス新書のトップコンサルタント揃い踏みの一冊だ。

もともと『21世紀のリーダーシップ論』として『PHPビジネスレビュー』に連載したものをまとめたもの。

中谷さんが語るリーダーの基本は次の4つだ。

1.高い「志」があること

2.明確なビジョンや戦略を持ち、それを明確に説明する力があること

3.変革実現に向けて愚直に実行する粘りがあること

4.リーダーが理想実現のために身をもって示すこと

リーダーは自分でリーダーになろうと思ってそうなるのではなく、身をもって示しているうちにいつの間にか他人によってリーダーにさせられてしまう、そういう存在であると。

そういう状況が生まれてくると、それがさらにリーダーにエネルギーを与え、身をもって示す行動に拍車がかかり、ますます支持者が増えていく。

リーダーと支持者がだんだんと一体化し、互いにより大きな行動へと輪が広がっていく。こういうリーダーと支持者の一体化こそ変革を成功させる最終的な条件となると中谷さんは語る。

中谷さんは多摩大学で『四十代CEO育成講座』を立ち上げ、塾頭としてグローバルに通用するビジネス・リーダーの育成に情熱を傾けてきた。この本のかなりの部分は、その講座で出逢った塾生、講師、同志との知的格闘によるものである。


1.「志」がある
リーダーに求められる第一の資質は「志」があることである。大きな「志」がなく、私利私欲だけで動く人間はすぐ見透かされてしまい、人はついてこない。

「志」の背後にある考え方は、おそらく「自分の存在は他人によって支えられている」、「自分が今日あるのは自分だけの力ではない、周りの人たちが自分を支え、そのおかげでここまでこれたのだ」という感謝の念ではないだろうかと中谷さんは語る。

立派な「志」を持つには世界観、人間観がしっかりしていなくてはならない。

人間とはいかなる存在か、人間は何のために生きているのか、人間社会のあるべき姿はどういうものか、など自分なりの世界観、人間観がしっかりしていないと、なにが問題なのかという肝心のものが見えてこないし、問題意識も出てこない。

その意味では、「志」を持つためには経営戦略論とかマーケティングなどのスキル系の知識だけでは不十分で、むしろ大切なのは人間そのものに深い愛情と好奇心を持っていることであり、そのためには、教養を磨かなければならない。

高等教育は受けていなくても教養のある人はたくさんいると松下幸之助を例にだしているが、中谷さんも松下幸之助の影響を強く受けている様だ。


2.ビジョンと説明能力がある
ビジョンは「志」を具体的な行動に落としこむために必要になる。明確なシナリオを描き、その中身をしっかりとしたロジックに基づいて他人に共感を呼ぶ形で説明できること。これがビジョンと説明能力である。

目的地は誰にでもわかる簡潔明瞭なものでなければならないと。

なぜその目的地に着くことが重要なのか、その目的地に着くための最も有効な方策は何か。リーダーは誰もが納得する方法でこういったことを簡潔明瞭に説明できなければならない。どんなすばらしい思いを持っていても、人々が共鳴できる説明能力がリーダーになければ人に理解されず、改革は失敗に終わる。

3.愚直な実行力がある
リーダーは必ずしもカリスマ性がある必要はない。

カリスマ性はないが、現場によく足を運び、自分の成し遂げようとしていることが現場レベルでしっかりと実行に移されているかどうか、とことんこだわる人。

派手さはないが、目標にこだわり、あくまで愚直にそれを実行する人。

こういうリーダーこそ、実はリーダーとして尊敬され、人々の信望を集めているというケースは少なくない。

逆に構想力やビジョンを描く能力に秀でていても、そのことを発表し、命令してしまえばあとは部下の仕事だとばかりに、現場にもろくに出向かないし、自分のビジョンが予定通り着実に実行されているかを数字だけでチェックすればよいと考えているリーダーは、多くの場合、長期的な意味では失敗している。

特に日本型リーダーは現場にしょっちゅう足を運び、現場の人々に我々のリーダーは本気で自分たちと一緒にやろうとしていると現場の人々に感じされることが重要である。

日本の様に組織の末端で仕事をしている人ですら、組織全体のパフォーマンスに関心を持ち、自分たちの力で問題を克服しなければと感じる当事者意識の高い文化風土のなかでは、リーダーが現場に関心を持ち、常に現場と接触を保つ行為は非常に重要である。

4.身をもって示す姿勢がある
リーダーになるための第四の条件は、コミットメント(決意)である。「このリーダーは口先で言っているのではない、本気でやるつもりだ」と思わせることが必要だ。

命令だけして、自分は遊んでいるリーダーに、誰が命を投げ出してくれるだろうか。本気だと思わせる明確な行動が必要なのである。

リーダーのコミットメントという話でよく引き合いに出されるのがウィリアム征服王であると。

ウィリアム征服王はたった12,000人の兵士で遠征し、軍がイギリス海峡を渡り終えたあと、船をすべて焼き払うように命令した。

リーダーの決意が本物であることを知った兵士は、パワー全開し、150万人を擁するアングロ・サクソンを征服したのだ。


リーダーには人間観、人間愛、世界観が重要だという考えに基づき、様々な具体例が紹介されている。

カルロス・ゴーンのニッサンでの文化適合型行動。ゴーン改革は従業員に当事者意識を持たせ、V字回復で、成果を早く出して様子見派を味方につけ、手柄を独り占めにしなかったことで成功した。

リーダーたるもの、教養を身につけよと中谷さんは語る。

たとえばワインの知識、歴代の日本の首相のフランス訪問のワインから、日本の首相のランキングがわかりますかと。

日本の歴史に関する深い知識、パレスチナ問題、日本文化等々。

身をもって示す例では歌舞伎の『菅原伝授手習鑑』の4段目寺子屋の菅原道真の子供を救うために、自らの息子を身代わりに差し出す究極の自己犠牲を挙げている。

子を持つ親として、聞きたいストーリーではないが、歌舞伎を一回しか見たことがない筆者にとって、勉強になった。機会があれば是非鑑賞したいものだ。

リーダーシップについて学べ、なおかつ教養がつく得難い本であった。


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Posted by yaori at 23:38Comments(1)TrackBack(0)