2009年03月06日

世界認識のための情報術 外務省のラスプーチン佐藤優氏のエッセー集

世界認識のための情報術世界認識のための情報術
著者:佐藤 優
販売元:金曜日
発売日:2008-07
おすすめ度:4.0
クチコミを見る


このブログでも「国家の罠」など数冊を紹介している別名「外務省のラスプーチン」こと佐藤優さんの「週刊金曜日」の「飛耳長目」(ひじちょうもく)というコラムを集めた本。

飛耳長目とは「物事の観察に鋭敏で、見聞が広く精通していること。観察力や情報の収集力があり、物事に通じていることの形容」だそうで(goo辞書)、佐藤さんはインテリジェンスと同じ意味だという。

「週刊金曜日」とはスポンサーに頼らないマスコミを目指して、佐藤優氏や本多勝一、佐高信、落合恵子、石坂啓などが寄稿する政治・経済・社会問題を扱う硬派雑誌で、社長は辛口評論家の佐高信さんだ。

週刊金曜日






佐藤さんは「右派で国家主義者」と自分を称しているが、言っていることはそれほど偏向しているとは思わない。

この本では31のコラムをまとめている。参考になったものをいくつか紹介しておこう。


●佐藤さんが外交官になったきっかけ

佐藤さんは同志社大学神学部大学院出身。大学ではチェコのヨセフ・フロマートカの神学を研究したので、プラハ大学に留学してチェコ語を勉強しようと外務省にノンキャリとして入省した。

なぜ私は生きているか―J・L・フロマートカ自伝
著者:J.L. フロマートカ
販売元:新教出版社
発売日:2007-07
クチコミを見る


実際にはロシア語ということになり、一瞬外務省を辞めようと思ったが、ロシア語の場合、最初の1年はロンドンなので、英語を覚えて、その後モスクワからチェコには旅行で行けば良いと思い直して、ロシア語研修を受けたという。

外交官を起訴休職中の今は、執筆活動に精を出す傍ら「フォーラム神保町」というメディア関係者のための勉強会にも参加しているという。

forum jinboucho






●外務省の病巣

佐藤氏の上司に元欧亜局長で外交のサラブレッド東郷和彦テンプル大学ジャパン教授がいる。

東郷氏は外務省が鈴木宗男を田中真紀子追い落としに使った後に、鈴木宗男を切ろうとしたとき、一連の不祥事の責任をとって辞任しろと当時の飯村官房長に言われて断る。

飯村氏は「東郷さん、あなたは切腹でなく、打ち首を望んでいるんだね」と東郷氏に言い、そのとき東郷さんの中でなにかが崩れていったという。

佐藤さんが靖国問題等で日本になにかと注文をつける中国に対して、日米同盟を基本にロシア・カードをうまく使って中国を牽制すべきだと言うと、東郷さんは、「日本が中国に対して51%譲る気構えをもつことだ」と語ったという。

東郷さんは外務省のサラブレッドだが、「東郷茂徳は、豊臣秀吉の朝鮮侵攻時に連行された朝鮮人の末裔だ。茂徳の先代までは朴と名乗っていた。もちろん差別も蔑視もあった。それでも外務大臣になった。茂徳にも僕にも日本人になっていくというのは終わりのない問題なのだ。日本の国のために捨て石になりたい。」と語ったという。

「佐藤君には沖縄の血が入っているよね。日本人(大和人)になっていくということで、佐藤君と僕には他の外務省員とは違う何かがあったんだと思うんだよ。」と語ったという。

この発言は佐藤さんの国家主義的言説の奥にある闇を見事に衝いてきたと。

なかなかおもしろい話だ。


●北朝鮮の「弱者の恫喝」

北朝鮮は2006年11月に核実験を行い、核爆弾を保有していると発表した。北朝鮮からイランやアフガニスタンなどのテロ組織に核技術やミサイルが流れる可能性が出てきた。

6カ国会議における北朝鮮は、ミュンヘン会議におけるナチスに似ていると佐藤氏は語る。ナチスとの違いは北朝鮮は領土拡張要求はないことと、核兵器という大量破壊兵器を持っている可能性があることの2点だ。

北朝鮮の原子炉は兵器用プルトニウムをつくりやすい黒鉛型なので、北朝鮮が原子炉を爆破でもすると、近隣の中国・ロシア・韓国・日本は死の灰に汚染されるおそれがある。

これが「弱者の恫喝」だ。


●プーチンのロシア

ロシアでは選挙改革が行われ、2007年12月のロシアの下院選挙から1人区が廃止され、全国区の政党を選ぶ選挙のみとなった。同時に少数党乱立を防ぐということで、投票率7%以下の政党には議席が与えられなくなった(それまでは5%)。

実際に選挙が行われるとプーチンの統一ロシアが64%、次にロシア連邦共産党12%、三位はジリノフスキーのロシア自民党で8%、第4位は公正なロシアで8%弱。それ以外は7%を切っていた。

プーチンはジリノフスキーの自民党を金で手なずけているという。

佐藤さんは当初メドベージェフの4年間をはさんで、前後8年ずつ合計20年のプーチン王朝が続くと見ていた。しかしプーチンは早くからメドベージェフを後継者として帝王学を学ばせていたことを考えると、2012年の再登板はないと思えてきたという。

ロシア首相の主な役割は内政で、首相として経済を担当し利権を握り、ロシア経済を立て直す。そしてロシアの「国体」を強化しロシア中興の祖として歴史に名を残せるならば、2012年に再出馬する必要はないと考えているのではないかと。

イデオロギー的にプーチン・メドベージェフは一体なので、2016年まではプーチン・メドベージェフ体制が続き、2016年の選挙までには、後継者を捜すだろう。そして後継者候補としては、アルカジー・ドブロコビッチ大統領補佐官などを想定していると佐藤さんは語る。

コラムの寄せ集めなので、それほど新しい情報はないが、普通本では書かないような東郷さんや佐藤さんの出自や佐藤さんが外務省職員に応募した理由などもわかり、佐藤さんの考え方を理解するために参考となる本である。


参考になれば投票ボタンをクリックしてください。





  
Posted by yaori at 00:10Comments(0)TrackBack(0)

2007年06月28日

インテリジェンス 武器なき戦争 佐藤優氏と手嶋龍一氏の放談集

インテリジェンス 武器なき戦争 (幻冬舎新書)
インテリジェンス 武器なき戦争 (幻冬舎新書)


一躍売れっ子ノンフィクションライターになった外務省分析官佐藤優氏(現在起訴休職中)と、「ウルトラ・ダラー」がベストセラーになった元NHKワシントン総局長の手嶋龍一氏の放談集。

ウルトラ・ダラー (新潮文庫 て 1-5)
ウルトラ・ダラー (新潮文庫 て 1-5)


お互い本当の手の内を明かさない、化かし合いという感じだ。

なかには超一級のインテリジェンス(秘密情報)もあるのだろうが、どこまで信じて良いのかよくわからないところがある。

そもそも本当のインテリジェンスに携わる人間は表舞台には出てこないはずだ。インテリジェンスにかかわったことがある、あるいはインテリジェンスにかなり近いところにいた二人というところだろう。

ニュースソースがわからないように二重三重の仕掛けをしているというから、意図してこうした話をしているのだろうが、話半分の放談といった感じだ。

世の中には嘘の様な本当と本当の様な嘘があると。本当の話と思えるものもある。いくつか紹介しよう。


アメリカがイラク戦争を仕掛けた理由

アメリカがイラク戦争を仕掛けた理由は、一つはフセインが大量破壊兵器を隠していること、もう一つはイラクがアルカイダと組んでテロを仕掛けていることだった。

イラクがウランを入手したという情報はイタリアの情報機関からもたらされた情報だったが、ガセネタだった。

もう一つのアルカイダ情報もガセネタだ。イラクは基本的に民族国家をめざし、アルカイダはイスラム社会大団結を目指す。元々相容れないものを、開戦の理由の一つに取り上げたのだ。

これはいわゆるネオコンの差し金だという。ネオコンは自由主義世界革命を目指す為に、アルカイダを理由にフセイン政権を打倒したのだ。


日本がつかんだ世界初の重大情報

佐藤さんの前著「国家の罠」にも登場する東郷和彦元外務省欧亜局長がモスクワ駐在の時につかんだ情報の一つが当時のソ連のアンドロポフ書記長死去のニュースだ。

日本は当時科学アカデミーのなかに、ヒューミント(人的情報ソース)が居て、彼から入手した情報だったが、そのうちソ連に情報ソースを抑えられてしまう。

また東郷氏も外務省内の嫉妬をかってしまい、ロシアスクールながら、課長になるまでロシア課での勤務はなかった。

もう一つの日本初のビッグニュースは湾岸戦争の時に、イラクがイランに大量に空軍機を飛来させた事件だ。

当時のテヘラン大使の斎藤邦彦さんが報じたものだ。斎藤大使は情報源のたしかさを知っていたので、ウラが取れなくても東京に打電した。さらにイランがどう出るのかも的確に予想していた。

これらは日本の数少ないスクープなのだろうが、それにしても他国より数時間先んじたという程度のものばかりで、「だから何だ」という気がする。

インテリジェンスではこういう一つ一つに積み上げが重要なのだろうが、佐藤さんはじめ外交関係者からおしかりを受けるかもしれないが、お寒い感じを覚えてしまう。


大韓航空機撃墜事件は日本のインテリジェンスの脆弱性を示す

筆者は大韓航空機撃墜事件では日本政府は情報収集力を世界に見せたと思っていたが、この本では事実は逆であり、当時の後藤田官房長官がマスコミを抱き込んでつくらせた神話だと言う。

むしろ日本のインテリジェンス能力の脆弱性を明らかにした例だと。

日本の陸上自衛隊の稚内施設はアメリカのものを引き継いだので、基地にはアメリカ軍の将校も同居しており、アメリカ軍の下請けと化していたのだという。

アメリカ側が会話のテープを入手し、撃墜の事実を発表するというので、日本側はメンツ丸つぶれになることを避けるためにアメリカより30分前に発表した。しかもパイロットの会話を含む情報の内容まで詳しく公開してしまったので、これが後で大きなダメージとなる。

ソ連は日本側が傍受の事実をつかんだので、周波数を変更し、かつパイロットの通信を平文から符号に変えてしまった。たとえば「攻撃する」は「634」とかと言い換え、しかもそれを毎日変えるのだ。もう解読はほとんど不可能となってしまった。

しかし日本政府は後藤田官房長官の指示で、あたかも日本の手柄の様に発表し、ノンフィクション作家の取材に備え、あらゆる関係者と口裏合わせを行い、情報操作が行われたのだと。


手嶋説 北朝鮮は核の運搬手段を持っている?

手嶋さんは小説にも書いたウクライナ製の巡航ミサイルX55がイランと中国に6基ずつ流れ、それが北朝鮮に渡った可能性が高いと語る。

北朝鮮は既にプルトニウム型の原子爆弾の実験を行っており、数個の核弾頭を持っている可能性がある。しかし問題は運搬手段で、北朝鮮製のミサイルでは信頼性が低く、核弾頭は運べない。

それを解決するのがウクライナ製の巡航ミサイルなのだと。

これは手嶋説だが、あながち間違いではないかもしれない。数個の核弾頭と巡航ミサイルを手にしたので、北朝鮮はやっと6ヶ国協議で原子炉稼働停止に応じてきたのかもしれないと勘ぐってしまう。


イスラエルで生まれた「悪魔の弁護人」制度

このブログで紹介した「戦略の本質」で1973年の第4次中東戦争でのアラブ側の優れた戦略が紹介されているのでご覧頂きたいが、イスラエルでは第4次中東戦争での苦戦をきっかけに、悪魔の弁護人という制度を設けた。

これは1973年のヨム・キプルというユダヤ教の重要な祝日にアラブが攻めてきたことに端を発する。秘密警察モサドがアラブが国境付近に終結いていると警告を発していながらも、当時の首相ゴルダ・メイヤは軍事情報部(アマン)のアラブは動かないという情報を信じて、総動員体制を取らなかった。

その結果戦略を練りに練ったアラブが攻めてきて、対応の遅れたイスラエルは大打撃を受けてしまった。最終的にはアラブ軍を追い出すことができたが、国家を存亡の危機に陥れた責任を取ってゴルダ・メイヤ首相は辞任。

悪魔の弁護人とは中世の魔女裁判の時の魔女の弁護人のことであり、首相にあがってきたレポートをともかく難癖つける役割である。それによって首相は多面的な判断ができるようになるのだ。


1996年の台湾海峡危機では李登輝は核心をつく内部情報を得ていた

1996年中国は台湾に届く射程距離のミサイルと4発発射。台湾も応戦体制に入り、クリントン大統領は空母ニミッツ他2個の空母機動部隊を台湾海峡に送り込んだ。

しかし当時の李登輝総統は中国が打ったミサイルは空砲だったということを知っており、中国の脅しに屈しなかった。これは手嶋さんが李登輝本人より聞いた話だと。

中国は李登輝が空砲だったことを確信していたことを不審に思い、政治局の周辺にいたモグラを徹底的に調べ上げ、3年後工作員を捕まえ処刑した。

もしこの情報が間違っていれば、台湾は中国との武力衝突という大変な国難に巻き込まれた危険性があった。李登輝はそのことを知りながら、すべて責任を負うつもりで行動した。

このようにリーダーはインテリジェンスの情報が誤れば、すべて責任を負うという覚悟がないといけないと手嶋さんは語る。

その意味で、民主党の前原誠司元党首のガセメール事件は、自らが防衛問題の専門家と称していながらも、お粗末な結果となった。前原氏には資質がないので、二度とインテリジェンスや安全保障にはかかわらない方がよいと佐藤氏は言う。


杉原千畝の命のビザ

日本版シンドラーのリストとして、今や有名になった杉原千畝元リトアニア領事代理だが、鈴木宗男議員は杉原氏の名誉回復を積極的に推進した。

それは鈴木宗男氏が、30年以上前の青嵐会時代から、イスラエルとの連絡係を勤めていたので、ユダヤ人ネットワークがどういうものか知っており、杉原千畝の名誉回復を図れば、その先どういう効果が見込めるのかを読んでいたのだと佐藤氏は語る。

アメリカには命のビザで命拾いをした人がまだ居る。たとえばシカゴ商品取引所の元会長もその一人だ。

最近バルト三国他を訪問した天皇皇后両陛下もリトアニアの杉原千畝記念碑に献花されていたが、これは日本にとって有効なユダヤカードである。

かつては日本にもインテリジェンスを教える学校もあった。それが対中国情報の東亜同文書院であり、対ソ連情報のハルピン学院である。これらが語学と文化に深い理解がある学生を輩出していた。

杉原千畝はハルピン学院出身で、最初の奥さんはロシア人で、本人もロシア正教徒と、それくらいロシアに通じていたのだ。


多くのエピソードが紹介されており、真偽のほどは不明だが、読み物としても面白い。おすすめの一冊である。


参考になれば次クリックと右のアンケートお願いします。


人気ブログバナー



  
Posted by yaori at 22:13Comments(0)TrackBack(0)

2007年03月24日

北方領土 特命交渉 鈴木宗男と佐藤優の対談集

北方領土「特命交渉」


筆者が最近注目している佐藤優(まさる)元外務省主任分析官と、佐藤氏が師事する鈴木宗男新党大地代表の対談集。

北方領土問題解決の為に努力してきた鈴木・佐藤コンビが、現在の日ロ外交の膠着状態を嘆いてのいわば告発本である。

この本に登場する日ロの政治家はもちろん、外務省幹部までが写真入りで紹介されているので、こんな人が交渉しているのかと、イメージがわいて面白い。


1998年の川奈会談の橋本秘密提案

まずは1998年のエリツィン大統領・橋本首相の川奈会談の重要性から始まる。会談の中で、橋本総理が出した秘密提案が北方領土問題解決に向け大きく前進させる内容だった。

この内容は公表されていないが、鈴木宗男氏は橋本総理の特命を受けていたので、この内容を知らされていたのだと。

橋本提案にエリツィン大統領は「リュウからとても興味深い提案があった、私は楽観的だ」と語るほど、北方領土問題は解決に近づいていた。

しかし、会談の席で同席したヤストロジェムスキー報道官が口を挟み、日本側が今一歩踏み込めなかったことで、歴史的合意にはならなかった。


日ロ中のパワーゲーム

1990年代末のロシアは旧ワルシャワ条約機構国が続々NATOに加盟し、アメリカ・ヨーロッパの西側諸国から圧迫されていたので、日本の橋本首相の親ロシア政策に敏感に反応したのだ。

橋本首相は、中国の台頭を予想し、中国と適切なゲームのルールを持つためにもロシアカードを対中牽制に用いることが必要だと考えていた。見事な戦略である。

橋本首相は、消費税増税後、参議院選で自民党が敗北した責任を取って首相を退任したが、その後を継いだ小渕首相も対ロ交渉には力を入れていた。

また森首相もロシア外交は得意だった。ところが小泉内閣となり、田中外相の登場で外務省は機能停止に追い込まれ、ロシア外交は全くの手詰まりで、これが中国、韓国、北朝鮮に対する外交にも大きく影響していると佐藤氏・鈴木氏は指摘する。


北方領土問題はスターリン主義の残滓

鈴木氏は、歴史を振り返った時、ロシアの国民を日ソ中立条約を破って日本に侵攻してきたならず者だとは考えてはいけないと語る。

それはスターリンという恐ろしい独裁者がいた共産主義国だったからであり、ロシア国民もスターリン主義の犠牲者なのであると。

ソ連とロシアでは外交は連続しておらず、日ロの問題はスターリン主義の残滓であるという認識をエリツィン大統領も持っていた。

鈴木氏はエリツィン大統領の側近のブルブリス国務長官(現連邦院議員)と親しくなり、ブルブリス氏は北方四島返還は、スターリン主義の残滓と決別しようとしているロシアの国益にも適うと語ったという。


島は返還寸前だった

そんな布石作りの後に川奈会談が行われた訳で、これがこの本の帯でいう「島は返還寸前だった」という理由だ。

これには伏線があり、1992年にロシア外務次官のクナッゼが北方領土問題解決のために秘密提案を出している。内容は明らかにされていないが、ロシア側が譲歩した提案だった。しかし日本側はロシアの経済が弱いから弱腰の交渉をしてきたと、高飛車に出て結局チャンスを逸してしまう。

佐藤氏は経済が良くても悪くても領土問題を前進させる知恵をだすのが、外務省の仕事で、電力やハコモノ援助で引きつけるとか、北方領土をアイヌ民族の土地とするとか、知恵を絞る必要があると語る。外務官僚の頭が弱いことが問題だと語る。

その後、小泉首相以降、日本側は「日ロ外交の最大の問題はスターリン主義の残滓だ」ということを発言しなくなり、根元的歴史認識が欠落し、それゆえ正しい外交戦略をとることができないのだと佐藤氏は分析する。

そして鈴木氏や当時の外務省の東郷氏や丹羽氏などロシアスクールは2+2返還論を曲解されて、「二島返還論の売国奴」としてパージされてしまう。


日本独自の外交政策

対ロシア外交を有利に展開するために、日本は独自の情報ルートを持って、英米とは異なる立場を取ってきた。その具体例がチェチェン問題だ。

チェチェン問題はロシアの内政問題とすることで、人権問題として取り上げようとする英米とは一線を画し、ロシアの対テロリズムの戦いを助けようというものだ。

ところが小渕内閣で、外務大臣が高村氏から人権派の河野洋平氏に代わったときに、外務省は米英と協調して、チェチェン問題を人権問題としてとらえようとした。

そのとき鈴木氏が、外務省の総合政策局長だった竹内行夫氏(後の外務次官)を厳しく問いただした経緯がある。これを竹内氏は根に持って、その後、鈴木氏追放を画策することになる。


鈴木氏の特命交渉

森総理はロシアとの関係が深いことから、プーチン大統領との関係つくりに積極的で、鈴木氏にプーチン大統領と一番近い人間を探し当てるように特命する。

但しこの特命については、森総理は外務省では秘密が守れないとして、一部の幹部を除いては外務省には極秘としてくれという条件だったという。

そこで鈴木氏はセルゲイ・イワノフ国防相が側近中の側近であることをつきとめ、正規の外務省ルートとは別の、鈴木ーイワノフというチャンネルができる。

これが外務省でつんぼ桟敷に置かれていた一派による鈴木追放の動きにつながる。


手詰まりの対ロシア外交

2005年11月のプーチン訪日で、北方領土問題に関する合意文書ができなかったことで、今後手ぶらで訪日しても良いのだという前例ができていまった。

プーチン訪日を担当した外務省の首脳はみんな田がつく名前なので、鈴木氏は悪のサンタの歴史的大失態と呼んでいる。

2000年前後に平和条約締結に向けて動いていた日ロ関係は、今や有効な打開策もなく、みずからイニシアティブを取って解決しようとするリーダーも不在で、手詰まりとなっている。

しかしこの本で指摘されている様に、日本が独自の外交戦略を持ち、日ロ中韓のパワーバランスのなかで、日ロ関係を良好なものに保てば、必ずや中韓のみならず、米国ともわたりあえる外交ポジションを保つことは可能だろう。

また対北朝鮮交渉にも、日ロ関係の改善は大きな影響があるだろう。

そんなダイナミックな外交こそ、日本がめざすべきものではないか。

そんなことを考えさせられる本だった。一読をおすすめする。


参考になれば次クリックと右のアンケートお願いします。


人気ブログバナー










  
Posted by yaori at 03:05Comments(0)TrackBack(0)

2007年03月18日

国家の罠 外務省のラスプーチン佐藤優の勾留手記 面白い!

2007年3月18日追記:

ちょうどホリエモンに実刑判決がでたところだ。ライブドア事件も国策捜査を言えるのではないだろうか。

別途あらすじをご紹介する「北方領土・特命交渉」のエピローグに、佐藤氏の国策捜査に関わる話があったので、付け加える。

佐藤氏の取り調べにあたった西村特捜検事(現最高検察庁検事)は、「検察官のいいなりになるフニャフニャの証人を3−4人つくれば、どんな事件だってつくることができる」と語ったという。

だから日本の裁判で、起訴された事件の99.9%は有罪になるのだ。

「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめを』つけるために必要なんです。」

「被告人が実刑になるような事件は、良い国策捜査じゃないんだよ。うまく執行猶予をつけなければならない」

ホリエモンは実刑判決が出たばかりだが、悪い国策捜査だったのかもしれない。


2007年2月17日追記:

梅田望夫さんと小説家の平野啓一郎さんの「ウェブ人間論」を読んだら、梅田さんが「国家の罠」について語っていた。

ウェブ人間論


「佐藤優氏が『国家の罠』で書かれたように、日本ってルールが急に変わるでしょう。あの本では、そういう日本の特質があますとこなく描かれています。」

本日(2月17日)の朝日新聞の別刷り"be"では「逆風満帆」というコーナーで、佐藤優氏を「言論界に転じ寵児に」と見出しを付けている。

「当の佐藤は『食べていくため。ネタがあるし、面白い』と語ったという。てらいのない言葉に、逆風を自らの力で追い風に変えた自負がにじんだ。」と紹介している。

当分目が離せない人物である。


今回のあらすじは長いです。


国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて


筆者は朝日新聞を購読しているが、先日おやっと思ったことがある。

外務省のラスプーチンと呼ばれ、背任罪偽計業務妨害罪で現在公判中の佐藤優(まさる)元外務省分析官が、1月14日と21日の朝日新聞読書欄の「たいせつな本」というコラムに2週続けて書いているのだ。

それも最初が、日本の代表的なマルクス経済学者宇野弘蔵の「経済原論」、次の週が弁証法で有名なヘーゲルの「歴史哲学講義」の紹介だった。


歴史哲学講義 (上)


いずれも難解な本だが、「経済原論」には「2人のカール結んだ純粋資本主義の視座」、ヘーゲルの「歴史哲学講義」には「独房で染みた名翻訳 理性がもたらす癒し」という副題がつけられており、佐藤優氏がただものではないことを感じさせる。

ちなみに二人のカールとは、一人はカール・マルクス、もう一人はカール・バルトという「教会教義学」という神学の本の著者だ。佐藤優氏は同志社大学神学部大学院卒の異色の外交官である。

今まで頭をガーンとやられる様なカリスマ性を感じたのは、安部譲二と角川春樹だと以前書いたが、佐藤優氏には同様のカリスマ性を感じる。この本はいくつかのノンフィクション文学賞の候補になった他、毎日出版文化賞特別賞を受賞している。選者も同様の印象を持ったのだと思う。

佐藤優氏というと、鈴木宗男議員と組んで、対ロシア外交でやりたい放題の役人という悪いイメージを持っていたので、あまり著書を読む気にならなかったのだが、この朝日新聞のコラムを読んで興味を持った。

その佐藤優氏が外務省の内情、巣鴨の東京拘置所での検察とのやりとりをありのままに書いた手記が、この「国家の罠」だ。


構成や序章が読者を引きつける

この本の全体の構成は次の通りだ。はじめに田中眞紀子・鈴木宗男の政争を持ってきて、いやでも読者の興味を引く。

序章 「わが家」にて
第1章 逮捕前夜
第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
第3章 作られた疑惑
第4章 「国策捜査」開始
第5章 「時代のけじめ」ととしての「国策捜査」
第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ

序章「わが家にて」は「拘置所グルメ案内」という文で始まる。

東京拘置所での職員との日常会話、独房の設備(冷暖房なし)、その日の食事内容(午後5時に「配盒:はいご〜お」と叫ばれ、懲役囚が麦飯、青椒牛肉絲(ピーマンの牛肉炒め)、野菜と小エビの中華スープに高菜を配る)などが紹介されている。

「くさい飯」は実はおいしかったと。軽妙である。

拘置所の生活から、モスクワ駐在時代のクーデター未遂事件やロシア政府要人との親交、「劇場」と呼ぶ法廷の状況などを簡潔に記して、9時の消灯のチャイムで今晩もなかなか寝付けそうにないという独白で序章は終わる。

読者を引きつける絶妙の序章である。

ちなみに佐藤優氏は正月も拘置所で過ごしたが、正月は紅白まんじゅうとおせち料理の重箱が配られ、元日の夕食はビーフステーキ、たらこスパゲッティ、クリームシチュー、カフェオレだったと。


外務省の情報分析活動

いままで各官庁にはいくつもの暴露本があり、厚生労働省では、元神戸検疫所検疫課長で懲戒免職となった故・宮本政於(まさお)さんの「お役所の掟」が有名だ。


お役所の掟―ぶっとび霞が関事情


外務省ではイラク戦争時に小泉政権を批判して、実質免職となった外務省の天木直人元大使の「さらば外務省」が有名だが、この本は、そういった暴露本とは全く異なる内容だ。


さらば外務省!―私は小泉首相と売国官僚を許さない


この本で、外務省に国際情報局分析第一課という情報分析を専門に行うチームがあることを初めて知った。

情報機関としてはアメリカのCIA、イギリスのMI6が有名だが、日本にはそれに似た機関はない。

(ちなみにCIAMI6もホームページがある)

外務省の情報分析専門チームと言っても、別にスパイを抱えている訳でもなく秘密組織ではないが、日本政府の外交政策を実現するために、情報収集と外国での人脈づくり、信頼関係をつくるといった活動をする専門の部署だ。


日ロ平和条約締結/北方領土返還の悲願

この本で参考図書として「北方領土問題」という和田春樹東大名誉教授の本が紹介されている。

こちらの本も読んだので、詳しくは別途紹介することとして、ここは戦後の動きのみを紹介する。

1945年8月にソ連は日ソ中立条約を破って、満州・南樺太・千島列島に侵攻してきた。8月15日の日本の無条件降伏後もソ連は攻撃をやめず、千島列島では日本の守備隊の猛反撃にあい、9月まで戦闘が続いた。

1956年の日ソ共同宣言で、戦争状態は正式に終結し、北方四島については、歯舞島、色丹島の二島が平和条約締結後に返還されることで合意したが、1960年にソ連は日本からの外国軍隊の全面撤退という条件を付け、宣言を一方的に反故にしてしまった。

長く日ソ関係は進展がなく、特に1973年に田中角栄・ブレジネフ会談が決裂してからは、日ソ関係は冷え込み、その後18年間首脳会談は実現しなかった。

ソ連邦崩壊、ロシア誕生とともに、関係改善が見られ、1993年に細川首相とエリツィン大統領が東京宣言に署名し、20世紀の問題は20世紀中に解決しようと、北方四島の帰属問題を解決して平和条約を締結することを公約した。

1997年に当時の橋本龍太郎首相が、日ロ関係を信頼、相互利益、長期的な視点の三原則によって飛躍的に改善すべきであると発表し、クラスノヤルスクでエリツィン大統領と2000年までに平和条約を締結して、北方領土問題を解決することでロシア側と合意した。

橋本首相の後の小渕首相、その後の森首相も積極的にロシアに働きかけ、エリツィン大統領、その後を次いだプーチン大統領と平和条約締結を目指して交渉したが、結局2000年末までには平和条約は締結されなかった。


外務省のスクールとマフィア

外務省には学閥は存在しない。その代わりに、研修語別の派閥が存在すると。それらは「アメリカスクール」、「チャイナスクール」、「ジャーマンスクール」、「ロシアスクール」などに大別される。

さらに外務省に入ってからの業務により、法律畑は「条約局マフィア」、経済協力は「経協マフィア」、会計は「会計マフィア」という派閥が存在する。

日本の対ロ政策は欧州局長の指揮下、ロシア課長が具体的戦略を策定するが、たまたまロシアスクールでない人が要職につくと、実質的な意志決定はロシアスクールの親分格の人々によってなされることになる。

つまり日本の対ロ政策はロシアスクールが握っているのだ。前述の橋本首相の3原則もロシアスクールが原案をつくったものである。

そのロシアスクールの内紛が、田中眞紀子外相の時の、駐英公使として転出していた元ロシア課長小寺次郎氏の、ロシア課長復帰呼び戻し事件だ。

外務省から経世会の影響力をなくすことを目的とする田中眞紀子が外相に就任したことで、外務省の派閥抗争が顕在化し、このような機能不全を起こした。

そのため外務省は原因となった田中眞紀子女史を放逐するために、鈴木宗男氏の政治力を利用し、田中眞紀子女史が放逐された後は、用済みとなった鈴木宗男氏と佐藤優氏を整理したのだと。


田中眞紀子氏の奇行

田中眞紀子氏は外相に就任早々人事凍結令を発した。

また本来外相の右腕、左腕である事務次官、官房長を大臣室出入り禁止にするという信じられない暴挙にでて、あげくのはてには「外務官僚に恫喝された」とか、「外務省は伏魔殿」と言い出す始末だった。

就任直後も表敬訪問してきた米国国務副長官で大の親日派アーミテージ氏との面談をドタキャンした。

そのとき「婆さん」(外務省ではこう呼んでいたという)は、就任祝いの礼状を書いていたという。

アーミテージ氏といえば、がっちりした体格で、ベンチプレス200KG近くを挙げるという話だが、元特殊部隊員で、ベトナム戦争集結時には民間人も含め数千人を救出したという、ランボーのモデルとも言われるベトナム戦争の英雄だ。

今もベトナム難民孤児など10名を養子として育てているという話を、最近アーミテージ氏に会った筆者の知人から聞いた。

日本の政界官界に友人が多く、筆者の友人も、某官庁の首脳だった父親の葬儀後訪ねてきて、一緒に会食したそうだ。日本の政界官界と親密な関係のある人物だ。

その親日家アーミテージ氏が米国政府での事務系キャリアのトップに上り詰めた国務副長官の時代に、会談をドタキャンするとは外務大臣としてはあるまじき行為と言わざるを得ない。

田中眞紀子外相は、9.11の時に極秘中の極秘の国務省の緊急連絡先を記者団に漏らしたりして、さらに失点を重ねた。

外務官僚が動かないので、最後には外務省人事課長室に籠城し、斉木人事課長の更迭を試みるという奇行を行った。

佐藤氏は田中眞紀子氏のことを人の心を動かす天才と呼び、トリックスター(騒動師)と呼ぶ。小泉政権誕生の母、大衆政治のポピュリストであるが、政治家として組織を動かせる人物ではない。

余談だが、佐藤氏はある外務省幹部のコメントとして、日本人の実質識字率は5%だという話を紹介している。

「新聞は婆さんの危うさについてきちんと書いているんだけれど、日本人の実質識字率は5%だから、新聞は影響力を持たない。ワイドショーと週刊誌の中吊り広告で物事は動いていく」と。

5%かどうかはともかく、おおむね真実だから恐ろしい。田中眞紀子女史が都知事などになったら、都庁の混乱は田中知事の長野県政どころではないだろう。組織の長になって欲しくない人の筆頭である。


国策捜査

佐藤氏を取り調べた検事は、これは鈴木宗男をねらった「国策捜査」で、組織相手に勝てると思うなと語ったという。

東郷元欧亜局長、佐藤分析官、前島係長がターゲットにされたが、外務省は外交のサラブレッド東郷和彦元欧亜局長は必死で守り、佐藤氏、前島氏と三井物産の社員2名が起訴された。

特捜の常識では、官僚、商社員、大企業社員のようないわゆるエリートは徹底的に怒鳴りあげ、プライドを傷つけると検察の自動供述調書製造器になるという。

取り調べは土日もあり、弁護士が接見できない土日に徹底的に攻勢を掛ける場合もある。だんだん検察官が味方に見えて、弁護士が敵に見えてくるようになるのだと。

佐藤氏と同時に起訴された前島元係長は、東大卒のキャリア官僚だが、彼は検察官の自動供述調書製造器になったという。

佐藤氏は、国益に対する影響を最小限にすることと、情報源を守ることなどを検察官に要請したが、外務省自体が情報源をそのまま検察に出してしまったことで、外務省は佐藤氏も情報源も守らないことに、佐藤氏はショックを受けたという。

情報の世界では時効がなく、もし情報源が明かされることになると、佐藤氏は一生追放されるのだと。

また外交文書は2030年に公開されるので、そのときに真実が明らかになるのを佐藤氏は待つのだと言う。


時代のけじめ

今回の佐藤氏、鈴木宗男議員の起訴を、検察官は「時代のけじめ」をつけるためと語ったという。

検察は一般国民の目で判断し、行き過ぎを追求すると。

時代のけじめとは、過去には大蔵省が過剰接待で摘発され、それをきっかけに財務と金融の分離がなされ、大蔵省の財務省と金融庁への再編が起こった。

国策捜査とはそういう時代のけじめをつけるものだという。

鈴木宗男議員は経済的に弱い地域の声をくみ上げ、クマが通ると揶揄される高速道路などを北海道に建設、地元の利益誘導の象徴だった。外交についてもクナシリ島の通称ムネオハウス建設など、行き過ぎがマスコミにたたかれた。

小泉政権と森政権は同じ森派(清和会=旧福田派)だが、基本政策は大きな断絶があると。

内政では競争原理を強化して日本経済を活性化すること、外交では日本人の国家意識、民族意識の強化だと佐藤氏は分析する。

そのパラダイムシフトのための時代のけじめ=鈴木宗男逮捕だったのだ。


日本の国益を真剣に考える人たち

以下は筆者の感想です。

筆者は商社に永年勤め、合計11年におよぶ海外駐在の時など、公私のつきあいのなかで、日本文化の紹介や日本に対する理解向上とかいったレベルでは努力はしたが、思えば日本の国益というものは真剣に考えたことがなかった。

この本を読んで感じるのは、日本の国益を真剣に考える人たちがいるのだという点だ。

日本政府や外務省という職責から当たり前の話ではあるが、橋本内閣以降、小渕内閣、森内閣も日ロ関係改善を政策として打ち出し、様々な情報工作と、経済協力などのカードを使って目標である2000年までの平和条約締結に真剣に努力していたことを改めて認識した。

佐藤氏が起訴されているイスラエルとの学者交流や、クナシリ島へのディーゼル発電機供与も、この政策実現のため、国益のための活動であったことは間違いない。

一般的にはロシア政策でなぜイスラエルなのだと思われがちだろうが、イスラエルにはポーランド・ロシアなど共産圏からのユダヤ人帰国者(アシュケナージと呼ばれる)が多く、ロシア研究は世界でもトップクラスだ。

2000年が過ぎ、平和条約締結への道のりもはっきりしないまま小泉政権となり、近隣外交の話題は北方領土から人気取りスタンドプレイの北朝鮮の拉致問題、靖国問題に変わった。

森首相までの歴代内閣の、日本の国益のために日ロ平和条約を締結しようという意気込みは、大きくトーンダウンしたことは否めない。

2月7日は北方領土の日だが、なにかイベントが開催されたのかどうかも報道されない始末だ。

もともと北方領土問題は、国民の関心がどちらかというと薄く、解決の糸口もつかめていない。

その意味で、小泉ポピュリスト政権では、拉致被害者の帰国という国民の支持を高める効果が確実に見込まれる拉致問題にシフトしていき、北方領土問題は置き去りにされたまま塩漬けとなっている現状だ。

外交とは相手のあることで、佐藤氏が加わっていた外務省のロシアスクールの工作と活動は意義あることとして理解ができる。

それを一過性のものとして終わらせると、結局なにも残らないことになる。

大前研一氏などは、国境の決定に長い時間を費やすよりも、道州制の発展形としてロシアの沿海州も巻き込んだ経済圏として発展させるべきだと提案している。

もともと千島列島やサハリンは、日本政府が国境線設定の根拠としている1855年の日露通好条約以前はアイヌ、ロシア人、日本人が混住していた地域である。

サハリンには天然ガス資源もある。先の見えない昔ながらの国境線設定交渉にこれ以上時間を費やすべきでなく、大前さんの提言の様な大きな枠組みで、日ロ両国の本当の国益を追求すべきではないだろうか?

そんなことも考えさせられた。いろいろ参考になることが多く、内容の濃い本である。

約400ページの本だが、面白く読める。是非一読をおすすめする。


参考になれば次クリックと右のアンケートお願いします。


人気ブログバナー



  
Posted by yaori at 03:02Comments(0)TrackBack(0)