2016年09月24日

神の雫作者のノムリエ日記 さすがプロ?のワイン通



ワインマンガ「神の雫」の原作者・亜樹直(あぎ・ただし)さん(実は姉弟の二人)が、asahi.comに2007年4月から毎週連載していたワイン日記の2008年4月までのものを集めたもの。ワイン日記自体は、それ以降も続き、2010年後半からは間隔が開いて1カ月ごととなった。2011年3月11日の東日本大震災後の4月5日付の「いまこそ飲もう! 東北&北関東のワイン」という回で終了している。

「神の雫作者のノムリエ日記」は今でもバックナンバーを閲覧できるので、興味のある人はクリックしてみてほしい。

神の雫はテレビドラマにもなっている。

神の雫 DVD-BOX
亀梨和也
VAP,INC(VAP)(D)
2009-06-24



マンガの方は全44巻で完結している。



世界的なワイン評論家神咲豊多香(かんざきゆたか)が亡くなり、時価20億円のワインコレクションが残された。彼の遺言は、このコレクションの頂点に立つ1本=神の雫と、12本のワイン=12人の使徒の銘柄と生産年を1年以内に言い当てた者が、遺産を手に入れることができるというものだった。

豊多香の息子で仲たがいしていた神咲雫(かんざきしずく)と、豊多香死の直前に養子縁組をした天才ワイン評論家の遠峰一青(とおみねいっせい、実は豊多香の私生児)が、遺言の謎解きをめぐって争う。

という、いかにもマンガらしい荒唐無稽なストーリーだ。

テレビドラマでは、亀梨和也が神咲雫を演じた。このマンガは、韓国でも大ヒットし、遠峰一青のモデルといわれるペ・ヨンジュンが韓国でのドラマの版権を買い取って、テレビドラマ化を目指していたが、韓国ではドラマの中で特定の商品を宣伝するプロダクトプレイスメントを禁止しており、実現できなかったという。

神の雫は、ワインを紹介するというストーリー展開なので、この漫画で取り上げられたワインは一躍有名になった。

その一例が、シャトー・モン・ペラだ。

シャトー・モン・ペラ ルージュ 2012年 フランス ボルドー 赤ワイン フルボディ 750ml 【YDKG-t】【12本単位のご購入で送料無料/ギフト・プレゼント対応可】【ギフト ワイン】【ソムリエ】【楽ギフ_のし】【あす楽_土曜営業】【あす楽_日曜営業】
シャトー・モン・ペラ ルージュ 2012年 フランス ボルドー 赤ワイン フルボディ 750ml

シャトー・モン・ペラは、人気になっても価格は安いままなのはすばらしい。作者の亜樹直さんも、ノムリエ日記で生産者のティボー氏の良心的な姿勢をほめている。

亜樹直さんが、ワインにのめりこむようになったきっかけは、DRCエシェゾーの1985年物を飲んだからだという。

[1985] エシェゾー 【ラベル汚れ】 Echezeaux ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ DRC
[1985] エシェゾー 【ラベル汚れ】 Echezeaux ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ DRC

今は到底高くて買えないが、10年ほど前までは、3万円程度ではなかったかと思う。当時はロマネコンティが、20万円弱だった。今はロマネコンティは、200万円以上する。

[1995] ロマネコンティ 【ラベル不良】Romanee Contiドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ DRC[自社輸入]
[1995] ロマネコンティ 【ラベル不良】Romanee Contiドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ DRC[自社輸入]

中国と東南アジアの経済成長により、成金が増えて、金に糸目をつけずにワインを買いあさっているから、高級ワインの値段は10年ほど前の10倍となっていると言われている。

ちなみに、「神の雫」で第一の使徒とされたのは、シャンボール・ミュジニーのレ・ザムルーズ(2001年)だ。 

ジョルジュ・ルーミエシャンボール・ミュジニー・プルミエ・クリュ・レ・ザムルーズ[2001] 赤 [750ml]
ジョルジュ・ルーミエシャンボール・ミュジニー・プルミエ・クリュ・レ・ザムルーズ[2001] 赤 [750ml]

ちなみにシャンボール・ミュジニー村は人口わずか300人余りの小さな村だ。

普通の年の同じワインが2〜3万円程度なのに、この2001年だけは10倍の24万円もする。「神の雫」効果がいまだにあるのか、わからないところだ。

シャンボール・ミュジニー[2013]ジョルジュ・ルーミエ(赤ワイン)[Y][A][P][S]
シャンボール・ミュジニー[2013]ジョルジュ・ルーミエ(赤ワイン)[Y][A][P][S]

まずは、ネットでバックナンバーを見て、興味のあるタイトルを読むことをお勧めする。

筆者も見た「モンドヴィーノ」のジョナサン・ノシター監督との対談も面白い。

「モンドヴィーノ」では、ロバート・パーカーの100点満点評価と、空飛ぶワインメーカーと呼ばれ世界中で同じタイプのワインをつくるワインコンサルタント・ミッシェル・ロランが暗に批判されている。

ノシター監督は1時間半遅れて、雪駄姿で現れたという。

モンドヴィーノ [DVD]
ドキュメンタリー映画
東北新社
2006-04-21



どのワイン日記も本にすると4ページ程度で、簡単に読める。気軽に読めるワイン読本である。


参考になったら、投票ボタンをクリック願いたい。



  
Posted by yaori at 22:57Comments(0)TrackBack(0)

2014年08月10日

ボルドー・バブル崩壊 しかし価格はまた高止まり



読売新聞記者としてヨミウリ・オンラインのワイン欄を担当。2014年に独立したワイン・ジャーナリスト山本昭彦さんの本。

山本さんはワイン・レポートというブログで多くのワインに関する記事を公開してするほか、ヴィノテークワイン王国など専門誌に寄稿。アカデミー・デュ・ヴァン講師。シャンパーニュ騎士団オフィシエ・ドヌール。ボルドーのボンタン騎士にも叙任されている。ロック評論も専門誌に寄稿しているという、多芸の人だ。

ボルドーは世界最高クラスのワインを生産する。次は代表的なボルドーのトップクラスのワインだ。これらがワインバブルの投機対象となっている。

img048
































出典:本書34ページ

ボルドーの主要なワイン産地の地図は次の通りだ。

img049



























出典:本書56ページ

ボルドーのワインには「プリムール」という先物取引のシステムがある。生産者は毎年春、収穫から半年足らずのワインを試飲させて、熟成した時の品質を予想させ、収穫から3年先の納期で売りさばく。

定価はなく、ワインの出来や景気を考慮した上で、需要と供給のバランスによって売り出し価格を決める。このプリムール価格が2005年に暴騰したのだ。

img047



















出典:本書22ページ

それまでもフランスが熱波に襲われ、13,000人もの死者が出た2003年に収穫量が激減し、価格が急上昇した。しかし、2004年は平凡な年だったので、価格は下がった。

ところが2005年は、世界的ワイン評論家ロバート・パーカーが「過去28年間に試飲したどれとも違う例外的なヴィンテージ」と高く評価したことから、人気が急上昇した。

続く2006年、2007年は平均的な年だったので、過去の例からいけば価格は大きく下がるはずだったのが、2006年は逆に値上がりした銘柄もあった。2007年に若干下がったが、それでも2004年の4倍以上の価格だった。

この価格急騰の原因は、ロシア、中国、香港という新しいバイヤーがプリムール商戦に参入してきたからだ。

シャトー側も需要の変化に目ざとく気づき、たとえばMBAホルダーの社長が率いるシャトー・ラトゥールは、普通だと生産量の8〜9割を売るプリムールでの販売量を絞り込み、生産量の半分も売っていない。先高と予想しているのだ。ちなみにラトゥールは2012年からプリムール販売をやめた。

ワイン銘柄偽装も横行しだした。1級シャトーのいい年のワインの瓶に、同じ会社のセカンドワインや、悪い年の1級ワインを詰めるのはむしろ「良心的?」なほうで、ひどいものは全然違うワインを瓶だけ詰め替えている例もあるという。

古いワインは状態を保つために、リコルキングと言ってコルクを詰め替える作業をする。その時に、中身をすり替えるのだ。

オークションで売っているワインにはニセモノが多いと、山本さんは注意を喚起している。


リーマン・ショックで2008年ものはバブル崩壊 しかし翌年は急騰

2007年からの世界金融危機、2008年9月のリーマン・ショックでワインバブルは一時的に崩壊した。2008年の売出価格は2007年のほぼ半分の100ユーロ近辺にまで下がった。

しかし、2009年と2010年が2年続けて偉大な出来だったので、また価格は上昇し、2010年に過去最高値をつけた。その後は平凡な年が続いたので、2011年、2012年と価格は下がっている。

2012 primur













出典:43navi.com

2013年は天候のせいで生産量が大きくダウンしたため、平凡な出来にもかかわらず価格は小幅ダウンのみだ。

Bordoverviewというサイトで、ボルドーの全主要銘柄の生産年ごとのプリムール価格がわかるので、参照してほしい。

最後にボルドーワイン業界の有名人8人と、飲まずに死ねない10大シャトーを紹介している。そのリストは次の通りだ。

有名人8人

1.シャトー・コス・デストゥルネル支配人 : ジャン・ギョーム・プラッツ(現在はLVMHのワイン部門社長)

2.シャトー・ラトゥール社長 : フレデリック・アンジェラ

3.シャトー・シュヴァル・ブラン、シャトー・ディケム支配人: ピエール・リュルトン

4.シャトー・ムートン・ロートシルト醸造責任者: フィリップ・ダルーアン

5.醸造コンサルタント: ジャック・ボワノス

6.シグナチャー・セレクションズ代表: ジェフリー・デイヴィス

7.ワイン評論家: ロバート・パーカー

8.シャトー・ペトリュス当主: クリスチャン・ムエックス

飲まずに死ねない10大シャトー

1.シャトー・ラトゥール 2006年

送料無料!シャトー・ラトゥール 2006年750ml Chateau Latour【2006】【楽ギフ_包装】【楽ギフ_のし】
送料無料!シャトー・ラトゥール 2006年750ml Chateau Latour【2006】【楽ギフ_包装】【楽ギフ_のし】

2.シャトー・ペトリュス 2006年

送料無料 シャトー・ペトリュス 2010年【2010】 Chateau PetrusPP98-100点 750ml【楽ギフ_包装】【楽ギフ_のし】
送料無料 シャトー・ペトリュス 2010年【2010】 Chateau PetrusPP98-100点 750ml【楽ギフ_包装】【楽ギフ_のし】

山本さんがペトリュスを訪問した時の話が載っている。高級ワインのいわば標準装備である温度調節の可能なステンレスの発酵タンクがなく、小さな建物の中にセメントで固めた発酵槽が10個あるだけだったという。そんな設備で世界最高級のワインが生産できるとは!

3.シャトー・オーゾンヌ 2006年

【初出し特価】シャトー・オーゾンヌ[2006](赤ワイン)[J]
【初出し特価】シャトー・オーゾンヌ[2006](赤ワイン)[J]

4.シャトー・ディケム 2004年

シャトー・ディケム[2004]年・・ソーテルヌ・プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ・ソーテルヌ格付・特別第一級Chateau d'Yquem [2004] AOC Sauternes Grand Premiers Cru(Premier Grand Cru Classe en 1855)
シャトー・ディケム[2004]年・・ソーテルヌ・プルミエ・グラン・クリュ・クラッセ・ソーテルヌ格付・特別第一級Chateau d'Yquem [2004] AOC Sauternes Grand Premiers Cru(Premier Grand Cru Classe en 1855)

5.ラ・モンドット 2006年

《PP97点》 ラ・モンドット[2006]【楽ギフ_包装】
《PP97点》 ラ・モンドット[2006]【楽ギフ_包装】

6.シャトー・マルゴー 2006年

シャトー・マルゴー[2005](赤ワイン)[Y][J]
シャトー・マルゴー[2005](赤ワイン)[Y][J]

7.シャトー・ムートン・ロートシルト 2006年

シャトー・ムートン・ロートシルト[2005](赤ワイン)[J]
シャトー・ムートン・ロートシルト[2005](赤ワイン)[J]

8.
シャトー・ラフィット・ロートシルト2006年

シャトー・ラフィット・ロートシルト[2006](赤ワイン)[J]
シャトー・ラフィット・ロートシルト[2006](赤ワイン)[J] 

9.シャトー・オー・ブリオン 2006年

シャトー・オー・ブリオン(赤) 2004 (750ml)
シャトー・オー・ブリオン(赤) 2004 (750ml)

10.シャトー・シュヴァル・ブラン 2006年

【送料・クール代無料】◆シャトー・シュヴァル・ブラン [2008]
【送料・クール代無料】◆シャトー・シュヴァル・ブラン [2008]

ボルドーワインの値上がりは激しい。筆者は1級シャトーではラトゥール、ムートンとラフィット・ロートシルトは飲んだことがあるが、それは30年くらい昔の話だ。当時は店で買っても1〜2万円程度で買えた。

今の様に10万円程度に価格が上がっては、「死ぬまでに飲みたい」という気には到底ならない。むしろ1級格付け以外の値段が安くて、いいワインを見つけることの方がやるべきことだろう。また、ボルドーワインだけがワインではない。他の国やフランスの他の地方にもいいワインはいくらでもある。

筆者がピッツバーグに駐在していた時に、もう20年近く前になるが、シニア・ゴルフ・トーナメントがピッツバーグで開催され、有名なシニア・プロゴルファーの某氏がピッツバーグに来た。

筆者はその場に居合わせなかったが、ピッツバーグにある日本人経営の唯一の日本食レストランで、彼が取り巻きと食事して、「俺は20万円以下のワインは飲まないんだ」と豪語していたという話を他の駐在員から聞いた。(そのレストランには20万円以上のワインは置いていない。ペンシルベニアはワインは州営のリカーショップでしか買えないので、もともとそんな高いワインは買いたくても州内では買えないのだ)

そういう成金趣味の人が、高いワインほど良いと思って高い金でも買うから、ワインバブルは収まらない。

俳優の内田朝陽君のお父さんで、ソムリエでレストラン経営者の内田さんは、ボルドーの1級シャトーやロマネコンティなどのDRCのワインは高くて、ずっと買っていないと言っていた。

下がってきたとはいえ、本当にワイン好きの人には、ボルドーの超高値の1級シャトーワインは値段に見合う価値はない状態が続いている。

ワインバブルはまだまだ自壊していない。みんなが高い金を出して買わないことで、値段がリーズナブルな水準になってくるのを待つしかないだろう。

そんなことを考えさせられた本である。


参考になったら、投票ボタンをクリック願いたい。


  
Posted by yaori at 22:21Comments(0)TrackBack(0)

2013年06月19日

たたかうソムリエ 世界最優秀ソムリエコンクール チリ大会

たたかうソムリエ - 世界最優秀ソムリエコンクールたたかうソムリエ - 世界最優秀ソムリエコンクール [単行本]
著者:角野 史比古
出版:中央公論新社
(2013-02-22)

2010年にチリで開催された第13回世界最優秀ソムリエコンクールを取材したNHKのディレクターが書いたドキュメンタリー。

YouTubeにも表彰式が掲載されている。



チリ大会の時のASI(国際ソムリエ協会)の会長はこのブログでも「生涯ソムリエ」を紹介している小飼一至さんで現在の会長は知名度抜群の田崎真也さんだ

生涯ソムリエ生涯ソムリエ [単行本]
著者:小飼 一至
出版:エフビー
(2008-12)


チリ大会の次は2013年3月末に東京で、第14回世界最優秀ソムリエコンクールが開催された。



大会の速報も日本ソムリエ協会のホームページで公開されている。

コンクールのブラインドテイスティングなどの審査員は、過去のソムリエコンクールの優勝したソムリエたちが務める。トップでなければトップの感性を採点することはできないのだ。

チリ大会はチリ最大のワインメーカー、コンチャ・イ・トロの支援を受けて開催された。ランチパーティはコンチャ・イ・トロ社のブドウ畑で開催された。

コンクールの出題内容は、毎回変えられている。

ブラインドテイスティングは準々決勝から決勝まで必須だが、ほかには出されたアルコール飲料の名前を当てるテスト、ワインリストの間違い探し、ブドウ畑の写真を見て、それがどこの産地か当てるテスト、サービング実技コンテストなどがある。

次が2010年チリ大会で出されたアルコール飲料だ。

1.チュニジア ブーカ・ボコブサ オー・ド・フィグ
2.フランス ウィエイユ・プルネ マスネ
3.スコットランド ハイランド・モルト・アンド・モア・ウィスキー
4.フランス コニャック ヘネシー VSOP
5.チリ ピスコ リゼルバ・ド・マル・パソ
6.スウェーデン ウォッカ アブソルート
7.イタリア シナモン・シュウェップス・リカー
8.南アフリカ アマルーラ

決勝進出者はこのうち4〜6品目を当てている。

ワインリストの間違い探しは、Grand CruをPremier Cruと誤記しているなどの例だ。

写真を見て、それがどこの産地か当てるテストで出題されたブドウ畑は、次のような場所だ。

1.南アフリカ テーブルマウンテン
2.スペイン カナリア諸島 ランサローテ
3.アメリカ カリフォルニア オーパス・ワン
4.イタリア リグーリア チンクエテッレ
5.フランス ボルドー シャトー・ピション・ロングヴィル・バロン

サービングでは、わざとシャンパンの栓を強力な金属のワイヤーで固定して栓を開けにくくして、沈着な対応を見るテストが出題された。

他にもマニアックとしかいいようがない問題ばかりだ。

落とすための試験としか言いようがない。

こんなコンテストを勝ち抜くソムリエは、毎回のように挑戦して、何度かの挑戦の後で、やっと優勝するという人ばかりだ。

2013年の東京大会で優勝したスイスのソムリエも、2010年のチリ大会の決勝進出者だ。

コンテストの細かい内容がわかって面白いが、ディープな理解が求められるマニアックな問題ばかりなので、ワイン好きでないと飽きてしまうかもしれない。

まずは上記で紹介したYouTubeの映像を見て、興味がわいたら一読することをお勧めする。


参考になったら、投票ボタンをクリック願いたい。


  
Posted by yaori at 12:30Comments(0)TrackBack(0)

2010年08月22日

サイドウェイズ ワイン好きには特に楽しめるラブ・コメディ

サイドウェイ (特別編) [DVD]サイドウェイ (特別編) [DVD]
出演:ポール・ジアマッティ
販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
発売日:2010-06-25
クチコミを見る


ワイン好きには特に楽しめラブ・コメディ。

英国の取引先の人を、筆者の友達で俳優の内田朝陽君のお父さんの経営する六本木のレストランに連れて行ったら、お礼に送ってくれた。アマゾンからDVDが届いたので、何かとおもったらこのDVDだった。

アマゾンを使って海外にいる友人や取引先に、いろいろな国の本をプレゼントするというのも結構便利だ。

「パリスの審判」のあらすじでも紹介したが、内田さんはソムリエで、六本木のレストランの地下の専用空調設備を備えたワイン貯蔵室には、ロマネ・コンティをはじめDRCシリーズや、ボルドー、ブルゴーニュの一級シャトーのワインを豊富に在庫している。超高級ワインから手頃な価格の掘り出し物の世界中のワインまで置いているので、いつもお客さんを案内するのが楽しみだ。

パリスの審判 カリフォルニア・ワインVSフランス・ワインパリスの審判 カリフォルニア・ワインVSフランス・ワイン
著者:ジョージ・M・テイバー
販売元:日経BP社
発売日:2007-04-26
おすすめ度:3.5
クチコミを見る


なぜ取引先の人がこのDVDを送ってくれたかというと、内田さんのレストランで、映画の関係で米国でピノ・ノワールがすごく人気になっていて、多くの米国のワイナリーがピノをつくっているが、いいピノがないという話になったからだ。

赤ワインをつくるメインの品種のカベルネ・ソーヴィニヨンなどは、それほど土壌に影響を受けないが、ピノ・ノワールは土壌の影響を受けやすいので、フランス以外では良いと思うものがなかった。

それでもニュージーランドのピノ・ノワールはすごく良いという話を、内田さんがしていた。

そのとき筆者はどの映画だったか、はっきり覚えていなかったが、英国の取引先の人がDVDを見つけて、筆者と同僚に送ってくれたのだ。

くわしいあらすじを紹介すると映画を見るときに興ざめなので、簡単にストーリーを紹介しておく。

結婚式を週末に控えた元人気俳優の友達(ミュージシャンのヒューイ・ルイスに似ているハンサムガイ)の独身最後の旅行につきあって、大学の時のルームメイトだった小説家をめざす離婚歴のある英語教師(風采があがらない中年男)が、二人で一週間カリフォルニアのワイナリー巡りをする。

ワイナリーやレストランを訪ねてワインを品評する一方、美貌のワイン好きのウェイトレスと、その友達と親しくなり、4人にいろいろな出来事が起こるというストーリーだ。

ワインを飲みながらのうんちく、ピノ・ノワールへのこだわりが、この映画にテイストを加えている。

4人のうち、3人がバツイチという設定がいかにもアメリカらしい。

2004年アカデミー賞合計5部門でノミネートされ、脚色賞を受賞した作品で、2004年のゴールデングローブ賞のミュージカル・コメディ部門の最優秀作品賞、脚本賞も受賞している。

機会があれば見て欲しい大人が楽しめる作品だ。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。



  
Posted by yaori at 10:36Comments(0)TrackBack(0)

2009年11月09日

ロスチャイルド家と最高のワイン 

ロスチャイルド家と最高のワイン―名門金融一族の権力、富、歴史ロスチャイルド家と最高のワイン―名門金融一族の権力、富、歴史
著者:ヨアヒム クルツ
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2007-12
おすすめ度:4.5
クチコミを見る

フランスの5大シャトーのうち、2つを持つロスチャイルド家の歴史とワイナリー経営をつづった本。

これがロスチャイルド家の紋章だ。

Rotschilds_arms







出典:別記ない限りWikipedia

前半はロスチャイルド家の歴史、後半はロンドンとパリのロスチャイルド分家が持つシャトー・ラフィット・ロートシルトと、シャトー・ムートン・ロートシルトの歴史を描いている。(ロートシルトはロスチャイルドのドイツ語読み)英語版Wikipediaが情報量が豊富なので、ところどころ英語リンクをいれた。

筆者はワイン好きなので、ほとんど毎日ワインをグラス半分くらい夕食の時に飲んでいるが、今まで漠然としか知らなかったロスチャイルド家の2大シャトー経営がわかって大変参考になった。

またロスチャイルド家をとりまく伝説の真偽のほどがわかった。

まずはロートシルトという名前だ。日本ではロートシルトを「赤い楯」と訳しているものが多いが、これは名詞の性を間違ったもので、男性名詞ならば「楯」だが、これは中性名詞なので「赤い表札」とでも訳すべきだと訳者は語る。

学生時代に第2外国語でドイツ語を習ったが、たしかに名詞には男性・女性・中性の三種類あったことを思い出した。

ロスチャイルド家の開祖は、18世紀半ばフランクフルトのユダヤ人街ゲットーに住んでいて、12歳で孤児となったマイヤー・アムシェルだ。マイヤー・アムシェルは商人となって頭角を現し、王侯貴族の御用商人として成功し、5人の息子を使ってビジネスをヨーロッパ規模に拡大する。

ロスチャイルド家の家系図(英文)

Rothschild_family_tree















長男のアムシェル・マイヤーはフランクフルト本家、次男のサロモン・マイヤーはウィーンの分家、そして最も羽振りの良かった3男のネイサンはロンドン分家、4男のカールはナポリ、5男のジェームズはパリ分家の開祖だ。この5分家でロスチャイルド金融財閥をつくっていた。

「ロスチャイルド家の5人兄弟は、ワーテルローの戦いの結果をいち早く入手し、巨額の富を築いた」という伝説があるが、これは真偽のほどは疑わしいという。

戦いの結果はたしかにロスチャイルド家にいち早く届けられたが、ネイサンはその数日前に戦争の継続を見込んでイギリス政府に金を貸しており、予測が裏目に出たという。

ともあれ19世紀にはロスチャイルド家は「王たちに君臨するユダヤ人」と人々に呼ばれ、人々からねたまれる存在となっていた。

ロスチャイルド家の財力を各国の王家は頼りにし、ロスチャイルド家は産業資本家として製鉄所、汽船会社などを支援し、鉄道建設を推し進めたので「鉄道男爵」と人々は呼んだ。

ロスチャイルド家の分家は男子のみの相続と、分家間のいとこ同士での結婚を繰り返し、キリスト教徒との結婚は厳しく禁じられていたという。芸術のコレクションと育成に熱心で、各分家では当時の最高級の芸術品のコレクションを保有していた。

アメリカや新大陸、アジア、アフリカにも進出し、アメリカの鉄道建設の起債の引き受けでロスチャイルド家は事業を拡大し、1875年にはイギリス首相ディズレーリと組んでスエズ運河を買収した。

20世紀に入ると2度の世界大戦、特にナチスの迫害で財産は奪われ、芸術品はナチスが没収し、ノイシュヴァンシュタイン城に保管していた。

シャトー・ムートンのオーナーのフィリップはナチスの逮捕から逃れて、徒歩でスペイン国境を越えて脱出したが、妻のリリーはフランス貴族の出身でユダヤ人でないので安心していたところ、ナチスに捉えられて収容所で殺害された。

ロスチャイルド家は現在も活躍しており、2003年にはロンドンのロスチャイルド銀行と、パリのロスチャイルド銀行が合併し、LCFロスチャイルドが成立している。

1994年にはフランクフルトのユダヤ人墓地に80人もの一族があつまり、初代アムシェル・マイヤーの生誕250周年を祝ったという。


最初にワインに投資したのはロンドンロスチャイルド家

最初にフランスワインに投資したのは、ロンドンロスチャイルド家のネイサンの3男のナサニエルで、1853年にシャトー・ムートンを買収した。ちなみにボルドーでのワイン生産はローマ時代に始まったと言われる。

今も生きているボルドーワインの格付けが決まったのは1855年なので、その直前にムートンを買収したナサニエルは、ムートンを一級に格付けさせようと画策する。格付けは紆余曲折を経た後で、当時の仲買人の価格をよりどころにして決定され、ムートンは一級の取引価格であったにもかかわらず、二級となる。

ナサニエルは、「われ一級たり得ず、されど二級たることを潔しとせず。われムートンなり」とぶどう園に掲げたという。

ナサニエルはパリ分家のジェームズの娘婿で、甥にあたる関係だが、ロンドン分家のナサニエルに先を越されて、パリ分家の総領ジェームズは憤激したという。そして13世紀からワインを製造する一級のシャトー・ラフィットを1868年入札で獲得する。この時の入札の競争相手はナサニエルで、ロートシルト両分家はワイナリーを巡ってまさに骨肉の争いを繰り広げたのだ。

パリ分家がラフィットを手に入れてからも、両者の近くにあるカリュアド買収で火花をちらすこととなる。次がこの本に冒頭に掲載されているボルドー地区そしてムートンとラフィットがある場所の拡大図だ。隣接していることがよくわかる。

ボルドー





出典:本書冒頭の地図

19世紀後半にはフランスワインの伝統種をアメリカ在来のフィロキセラ虫が根絶やしにしてしまう大事件が起こり、フランスのぶどうはフィロキセラに強いアメリカの台木に接ぎ木することで生き延びる。


ムートンの中興の祖フィリップ

シャトー・ムートンを押しも押されもしない第一位ワインに押し上げたのはフィリップの努力だ。フィリップは20歳でムートンに着任し、不正追放、シャトー元詰め化、ラベルに一流画家の絵を利用、普及ワインのムートン・カデ販売、そして一級格付け獲得に専念する。

ムートン・カデ ルージュ AOCボルドー 750ml(赤ワイン)
ムートン・カデ ルージュ AOCボルドー 750ml(赤ワイン)


ムートンのラベル一覧

Mouton labels




出典:http://www.theartistlabels.com/

一流画家にラベルを書いて貰う条件は、そのラベルのヴィンテージ五箱と、好きな年のヴィンテージ五箱だという。たぶん多くの画家が20世紀最高のヴィンテージと言われる1945年のヴィンテージを選んだのだろう。

ナチス占領時代に難を逃れてカサブランカ経由脱出するが、奥さんのリリーはフランス貴族の出身にもかかわらずナチスに捕まり収容所で殺害されてしまう。戦争中のフランスワインのことは、「ワインと戦争のあらすじ」に詳しいので参照して欲しい。

他の四大シャトーとは五人クラブを結成し、協調関係を保ってきたが、1950年代に突如ムートンは仲間はずれにされる。一級でないからという理由だが、どうやらラフィットを持つパリロスチャイルド家の差し金のようだった。

フィリップは怒り心頭で、各方面に働きかけ、ムートンの格付け変更に力を注ぐが、格付け変更を勝ち取るためにはそれから20年の歳月を要し、1969年のポンピドー大統領就任で動きが出る。ポンピドーは以前ロスチャイルド家の会社の社長を務めていた。そして1973年当時農業相だったジャック・シラクよりついにムートンを一級に昇格させるという省令を受ける。

これでムートンのモットーは変わった。1973年のラベルに刻まれた新しいモットーは「われ一級なり、かつて二級なりき、されどムートンは変わらず」だ。

このブログでも紹介した1976年の「パリスの審判」のフランス人ワイン専門家9人によるブラインドテイスティングで、ムートンを含むフランスワインが、カリフォルニアワインに負けると、フィリップは審査員に電話して「私のワインになんて事をしたんだ。一級昇格に40年もかかったんだぞ」とどなったという。


ラフィットは管理人任せ

ロンドンロスチャイルド家出身のフィリップは、シャトームートンに住み、シャトーの経営を現地で手がけたが、ラフィットを持つパリロスチャイルド家はシャトーの経営は管理人に任せ、自ら経営に乗り出すことはなかった。

「ラフィット・ロートシルトは人頼み、ムートン・ロートシルトは俺頼み」と言われたという。

ラフィットは初めから一級、ムートンは実質一級と見なされていながらも二級というハンディがあったことが経営姿勢の差にも現れたのだろう。

ラフィットは1970年代になるとぶどう園に投資を強化する一方、貯蔵設備や醸造設備を近代化し、醸造マスターを代えた。1987年に建設したスペインの建築家リカルド・ボフィールの設計による回廊式貯蔵庫は、ワインセラー建築の傑作の一つとされている。


ムートンの系列ワイナリーと海外展開

ムートンとラフィットという同じロートシルトという名前がつく一級ワイナリーが二つあるので、系列がわかりにくいが、ムートンの系列のワイナリーは隣のダルマイヤック、シャトー・クレール・ミロン、エル・ダルジャン(白ワイン)とドメーヌ・バロン・ナーク、そしてフランスで最も売れている圧倒的な生産量のムートン・カデだ。

 【ボルドーフェア第1弾!】[1996] シャトー・ダルマイヤック / ポイヤック フランス ボルドー / 750ml / 赤
 【ボルドーフェア第1弾!】[1996] シャトー・ダルマイヤック / ポイヤック フランス ボルドー / 750ml / 赤

★送料無料★[1989]シャトー・クレール・ミロン/ポイヤック(クール代別)
★送料無料★[1989]シャトー・クレール・ミロン/ポイヤック(クール代別)


経営者はフィリップの娘のフィリピーヌで、会社名はバロン・フィリップ・ド・ロートシルト社、2004年には世界で約3億本のワインを売り、1億7千万ユーロの収益を上げた。

ムートンの海外展開はカリフォルニアワインのモンダヴィとのオーパス・ワン。1981年の最初の人箱はオークションで2万4千ドルで売れたという。モンダヴィは創業者ロバート・モンダヴィの死後、ティムとマイケルの兄弟の不和により2004年に世界最大のワインメーカー、コンステレーション・ブランズに13億6千万ドルという巨額で売却されている。

【楽天最安値に挑戦!】オーパス・ワン[2004](赤ワイン)
【楽天最安値に挑戦!】オーパス・ワン[2004](赤ワイン)


チリではコンチャ・イ・トロ社との合弁で1998年から生産しているアルマビーバが南米最高のワインの一つと評価されている。


ラフィットの系列のワイナリーと海外展開

ラフィットの会社はドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト・ラフィット社(DBR社)で、系列はムートンと争って手に入れたカリュアドと1962年に手に入れた隣のデュアール・ミロン、そして1973年にエリー男爵の甥のエドモンが買収したシャトー・クレルクとその隣のシャトー・マルメゾンだ。

 シャトー・デュアール・ミロン [2004]
 シャトー・デュアール・ミロン [2004]


1990年にはポムロール地区のシャトー・レバンジルを買収し、隆盛著しい南フランスでもドメーヌ・ドーシェールと提携している。1995年からは「コレクション」と呼ばれる割安なボルドー産ブレンドワインを販売している。

エドモンはボルドー大学のエミール・ペイノーの指導で、シャトー・クレルクのブドウを植え替え、正確な温度調整のできる醸造設備に入れ替えたので、メドックでも一級シャトーのないリストラック地区のグラン・クリュではないブルジョワ級のワインながら、シャトー・クレルクはグラン・クリュなみの評価を受けることとなる。

エドモンはメドックの”アンファン・テリブル”(恐るべき子ども)と呼ばれ、エドモンが1997年に亡くなると、その息子のペンジャマンもシャトー・クレルクに力を入れ、2005年のヨーロッパ審査委員会の評価ではラフィットより上、ムートンより4位下の43位にランクされている。

ロスチャイルド家の新しい世代も父祖を同様に、ワイン作りに精力的に取り組んでいることがよくわかる事例だ。フィリピーヌは「家柄に頼らない一族が、成功する一族なのです」と語っている。

ラフィットの海外展開はチリのロス・バスコスの買収、カリフォルニアとワシントン州に10のぶどう園を持つシャロン・ワイン・グループとの経営参加、アルゼンチンのボデガス・カロと提携した「カロ」と「アマンカヤ」、ポルトガル、イタリアのワイン生産者との提携などだ。


フランスワイン業界の苦境

フランスの一人当たりのワイン消費は、かつての年間135リットルから68リットルに半減し、フランスのワイン業界はユーロ高による輸出不振もあって苦境にある。そんな中でフランスの保険会社AXAミレジムやルイ・ヴィトン、モエ・エ・シャンドンといった企業がワインに目を付けラトゥール始め数々の由緒あるシャトーを買収している。

1855年にグラン・クリュとして格付けされたワイナリーで、経営が変わらなかったのはわずか2社で、三級のシャトー・ランゴア・バルトンとムートンのみだ。ラフィットもロスチャイルド家が買収したのが1868年なので、同じように長年経営が変わらなかったと言えるだろう。

これからもロスチャイルド家はワインビジネスをファミリービジネスとして続けていくことだろう。

今まで断片的にしか知らなかったロスチャイルド家とワインのことがよくわかった。ロマネ・コンティは高すぎて無理する気にもならないが、ムートンやラフィットなら、ちょっと無理をすれば手が届く超高級ワインである。

シャトー・ムートン・ロートシルト[2003](赤ワイン)
シャトー・ムートン・ロートシルト[2003](赤ワイン)

シャトー・ラフィット・ロートシルト[2002](赤ワイン)
シャトー・ラフィット・ロートシルト[2002](赤ワイン)


ムートンやラフィットは今まで1−2度しか飲んだことがないが、次に飲める時のために予備知識として読んでおきたい本である。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。


  
Posted by yaori at 22:39Comments(0)TrackBack(0)

2009年07月29日

ワインと戦争 知られざるドイツ占領下のフランスワイン

ワインと戦争―ヒトラーからワインを守った人々ワインと戦争―ヒトラーからワインを守った人々
著者:ドン クラドストラップ
販売元:飛鳥新社
発売日:2003-10
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


ドイツ占領時代の1941年6月から1945年までのフランスの主要ワイン産地での生活をまとめたノンフィクション。

著者のドン&ペティ・クラドストラップ夫妻は、フランスに住むアメリカ人ジャーナリストで、3年間かけて各地のワイン生産者に取材してこの本を書いたという。

「ヒトラーからワインを守った人々」というサブタイトルがつけられているが、まずは次の質問に答えて欲しい。

これは以前紹介した「世界は感情で動く」の中の質問だ。

(選挙の候補者について)3人の候補者の誰に投票しますか。

A.一番目の候補者は腐敗した政治団体との一件に巻き込まれたことがある。星占いに凝っている。愛人が2人。ヘビースモーカーで日に6箱から10箱開ける。

B.二番目の候補者は、二度役職を罷免されたことがある。抑うつ傾向(鬱病傾向)があり、お昼まで寝ている。毎日ウィスキーを一瓶空け、仕事中に居眠りする。

C.三番目の候補者は、愛国者で軍部から勲章を与えられた。菜食主義者で、タバコを嫌い、たまにビールを一本飲み、性生活はきわめて慎ましい。

答えは次の通りだ:

A.フランクリン・ルーズベルト

B.ウィンストン・チャーチル

C.アドルフ・ヒトラー

世界は感情で動く (行動経済学からみる脳のトラップ)世界は感情で動く (行動経済学からみる脳のトラップ)
著者:マッテオ・モッテルリーニ
販売元:紀伊國屋書店
発売日:2009-01-21
おすすめ度:4.0
クチコミを見る


ヒトラー自身はワインは飲まなかったが、ヒトラーの仲間のゲーリング国家元帥はボルドーワイン、ゲッペルス宣伝相はブルゴーニュワイン、ワイン商の経歴もあるリッベントロップ外相はシャンパーニュ愛好家として有名で、ナチスドイツがフランスのワインに目をつけたのも当然の成り行きといえる。

この本では、フランスワインの主な産地、ボルドー、ブルゴーニュ、ロワール、アルザスそしてシャンパーニュの各地方でワインの生産者がドイツ占領時代をどう乗り切ったかが取り上げられている。

ちなみに1935年にフランスでAOC法(原産地統制呼称法)が制定された。それまでは輸入ワインを混ぜてもフランスワインとしてまかり通っていたのだ。

1939年9月1日のドイツによるポーランド電撃占領で幕を開けた第2次世界大戦は、その後"twilight war"と呼ばれるにらみ合いの時期を経て、1940年5月10日のドイツ軍のベルギー・オランダ・フランス侵攻で一機に動く。

フランスは第1次世界大戦の時の経験から、ドイツ国境にマジノ線という要塞を築いていて難攻不落を誇っていたが、戦車が通れないと見られ要塞がなかったベルギー国境のアルデンヌの森を踏み台にしたナチスドイツの攻撃で、ドイツよりも多くの戦車を持っていたにもかかわらずフランスは6週間で降伏した。

飛行機と機甲部隊を使った電撃戦という戦略は、もともと1930年代にドゴール将軍が2冊の著書で主張していたもので、フランスでは無視されたままだったが、皮肉にもドイツはドゴールの戦略を忠実に実行して、フランスを占領したのだった。

1940年6月21日第1次世界大戦の英雄で84歳のペタン将軍を元首とするヴィシー政権が成立し、ドイツの傀儡政権となる。


1940年当時のヨーロッパ情勢 フランスは占領地区と自治地区に分かれている

Second_world_war_europe_1940_map_de









出典: Wikipedia


さすが世界第1位、第2位のワイン生産国だけに、フランス兵にもドイツ兵にもワインは必需品で、さらにホットワインは医療効果もあるとされていた。

ドイツが調達したシャンパーニュをどこに出荷するかで、ドイツ軍が次どこを攻めるのか予想できた。ドイツが侵攻する前にワインをルーマニアに送る算段をしていたという。

ナチスドイツは、もはやドイツに売るしか売り先のなくなったフランスワインを安く調達するために、通貨フレンチ・フランの価値を1/3に切り下げ、ドイツ経由で第三国に売って戦費を稼ぐために、ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュの主要ワイン産地にフランス語で「ワイン総統」と呼ばれるワイン調達責任者を置いた。

ボルドーにはドイツ最大のワイン商社長のハインツ・ベーマース、ブルゴーニュには1859年創業のワイン商を経営し、ロマネ・コンティ社の代理店社長でもあるアドルフ・セグニッツ、シャンパーニュにはリッベントロップ外相の義弟で、やはりワイン商のオットー・クレービッシュが「ワイン総統」として就任した。

ボルドーのベーマースは、長年ドイツでフランスワインを扱い、第1次世界大戦まではボルドーでシャトー・スミス・オー・ラフィットを持っていた一族の出身だった。

2000 (750ml)シャトー・スミス・オー・ラフィット(赤) 2000 (750ml)
2000 (750ml)シャトー・スミス・オー・ラフィット(赤) 2000 (750ml)


ベーマースは、「いつか ー 5週間後か5年後かはともかく ー この戦争は終わるだろうし、フランスは相変わらずドイツの隣にあるだろう。私たちは依然として一緒に生きていかなければならないだろう」と言っていたという。現にベーマースは戦後シャトー・デュ・グラン・ムエスのオーナーとなった。

パリ農業コンクール 、ブライ・ブールコンクール金賞のダブルタイトル受賞!シャトー・デュ・グラン・ムエス 2007白〔750ml〕
パリ農業コンクール 、ブライ・ブールコンクール金賞のダブルタイトル受賞!シャトー・デュ・グラン・ムエス 2007白〔750ml〕


ベーマースはヒトラーの取り巻き、特にゲーリングを嫌っていた。

ゲーリングはとりわけシャトー・ムートン・ロートシルトを好んでいたが、ある時ゲーリングからムートンを数ケース送れというオーダーが来たときに、ベーマースは普通のワインにムートンのラベルを貼らせてゲーリングに送った。

シャトー・ムートン・ロートシルト[2003](赤ワイン)
シャトー・ムートン・ロートシルト[2003](赤ワイン)


ゲーリングからは何の質問もなかったという。しかしこれ以外の場合には、ボルドーの取引業者にはきちんとした品質のワインを送らせるようにきびしく言っていた。

こんな具合にベーマースは、「ワイン総統」、つまりワイン調達係という仕事をきちんとこなし、ボルドーのワイン生産者からは、一部で起こっていたドイツ兵によるワインの略奪を止めさせ、きちんと代金を払うようにしてくれたと評価されている。

ブルゴーニュのアドルフ・セグニッツはシャトー・シャス・スプリーンとシャトー・マレスコ・サン・テグジュペリを保有し、完璧なフランス語を話し、ベーマースと同様にナチスを嫌っていた。

シャトー・シャス・スプリーン [2005] 【あす楽対応_関東】
シャトー・シャス・スプリーン [2005] 【あす楽対応_関東】


漫画「ソムリエール」に登場『星の王子様』サン・テグジュペリのワイン★送料無料★[1995]シャトー・マレスコ・サン・テグジュペリ/マルゴー
漫画「ソムリエール」に登場『星の王子様』サン・テグジュペリのワイン★送料無料★[1995]シャトー・マレスコ・サン・テグジュペリ/マルゴー


セグニッツはワイン生産者の友人として、ドイツ人で唯一戦時中の1943年の”オスピス・ド・ボーヌ”の500年祭に招かれたという。

ブルゴーニュのワイン商(ネゴシアン)大手のルイ・ラトゥールは「彼は話の通じる唯一のドイツ人でした。というのも、彼はわたしたちと同じ世界の出身だったからです」と語っている。

ルイ・ラトゥール ジュヴレ・シャンベルタン 2006 750ml (ワイン)【PUP090713MJ10】
ルイ・ラトゥール ジュヴレ・シャンベルタン 2006 750ml (ワイン)【PUP090713MJ10】


シャンパーニュのオットー・クレービッシュもドイツでシャンパーニュの輸入商をやっていたが、彼は他の「ワイン総統」と異なり、軍服を着て、城を接収してそこに住んでいた。

シャンパーニュ地方ではドイツ兵のワイン略奪がひどかったが、「ワイン総統」に着任すると略奪を止めさせ、シャンパーニュのワイン生産者を安堵させた。しかし悪い品質のシャンパーニュを送ろうとしていた業者を摘発すると、容赦なく投獄し、いわば支配者として振る舞っていた。

「よくもわれわれにこんな泡立つ下水のようなものを送りつけられたものだな!」

ほとんどすべての業者が罰金を払わさせられ、モエ&シャンドン社は経営陣トップのほぼ全員が強制収容所か刑務所送りになってしまった。

モエ&シャンドン社のド・ヴォギュエ社長は強制収容所に入れられるが、やせ細りながらもなんとか帰還した。

クレービッシュは義兄のリッベントロップ外相の引きで「ワイン総統」に就任したので、リッベントロップがヒトラーの信認を失うと、ロシア戦線に送られるのではないかと心配していたという。


ヴィシー政権はナチス以上にワイン業界の敵だった

フランスの第2次世界大戦中のワイン生産高が載っている。

年       生産量         ヘクタール当たり収穫高
1939年   6,901千リットル  4.62
1940年   4,943千リットル  3.36
1941年   4,759千リットル  3.27
1942年   3,502千リットル  2.44

天候不順に加えて労働力不足、ガソリンなどの燃料不足、農薬などの不足で生産量と単位当たりの収穫量は戦前に比べてほぼ半減していることがわかる。

ヴィシー政権はドイツから課せられている占領経費をまかなうために、20%のワイン税を課し、ワイン検査官を各地に派遣した。

ドイツは深刻な燃料不足に対処するために、ワインの生産量の半分を工業用アルコールとして蒸留することを求めていたため、ヴィシー政権の検査官達は検査を終えると、ワインを飲めないようにするためワイン樽にグラス一杯ずつの灯油を流し込んだ。

樽は何十年も使い込んで初めて、価値がでてくるのに、一旦灯油のにおいが付くとワイン樽は二度と使えなくなる。各地のワイン生産者は心底憤り、これがワイン生産者たちのレジスタンス支援の意欲を盛り上がらせる要因の一つになったという。


ワイン産地を避けてドイツ軍追撃

連合軍がノルマンディー上陸に続いて地中海側のコート・ダジュールから上陸し、ドイツ軍をフランスから追い出す作戦では、フランスのワイン生産地帯のローヌ渓谷やブルゴーニュを通った。

シャンパーニュ作戦と称せられるこの作戦は、1870年の普仏戦争ロマネ・コンティラ・ターシュ、リシュブールなどの世界一のブドウ畑がドイツ軍に蹂躙されたことをふまえ、そんなことがあってはならないと用意周到に準備された。

ローヌ川西側の最上級のブドウ畑がある地区はフランス軍、東側はアメリカ軍が担当した。ブルゴーニュで最も重要なコート・ドールではドイツ軍の陣地はすべて質の劣る東側のブドウ畑側に置かれていたので、フランス軍は最上級のブドウ畑を無傷のまま解放した。

フランス軍はアメリカ軍に感謝のしるしに最高級のブルゴーニュワインジープ一台分送り、常温で飲むのだと教えた。アメリカ軍は軍医がワインの取扱いを知っているから問題ないと答えた。

フランス軍とアメリカ軍の祝勝会で、アメリカ側はそのワインを提供したが、それは医療用アルコールで暖めたホットワインだったという。

フランス軍の将軍はそのままホットワインで乾杯すると、ひそかに「解放よ。汝の名の下にどんな犯罪が行われてきたことか!」とつぶやいたという。


アルザスの特異性

アルザス地方はフランス領になったり、ドイツ領になったりを繰り返した。アルザスで300年以上もワインをつくっているリクヴィールのユーゲル家の家長は4回も国籍が変わったという。

生まれた時はフランス人だったが、1871年の普仏戦争後はドイツ人、第1次世界大戦が終わるとフランス人、1940年にアルザスがドイツに併合されてドイツ人になり、第2次世界大戦後はフランス人に戻った。

フランスの他の地区では徴兵されることはなかったが、アルザス地方ではドイツ人として徴兵され、ユーゲル家の息子達はドイツ兵としてロシア戦線やイタリア戦線に送られた。

アルザス地方ではアメリカ軍とドイツ軍の戦闘も行われ、ワイン畑も爆撃や砲撃で打撃を受けた。


ヒトラーの山荘ベルヒテスガーデン

戦争の最終局面の1945年4月にはベルリン一番乗りを目指すレースと、バイエルン地方のヒトラーの山荘ベルヒテスガーデンを目指すレースが連合軍間で争われていた。

ベルヒテスガーデンにはヒトラーの山荘ベルクホーフ鷲の巣と呼ばれるゲストハウスがあった。

ここには各国から集められた財宝や美術品、そしてフランスから持ち出されたボルドー、ブルゴーニュなどの50万本以上のワインやシャンパン、コニャックなどが貯蔵されていた。

フランス軍が一番乗りしたが、山頂に行くエレベーターが破壊されていたので、担架にワインを載せて下ろした。

フランス軍戦車隊の一員にシャンパーニュのワイン生産者ノナンクールが居て、一家の所蔵していた1928年物のシャンパーニュを見つけた。戦争がはじまってゲーリングの部下が運び出したものだったという。

兵士達の中には水筒にラフィット・ロートシルトなどのシャトーワインを詰めるものもいたという。

シャトー・ラフィット・ロートシルト[2002](赤ワイン)
シャトー・ラフィット・ロートシルト[2002](赤ワイン)



対独協力者の処罰

戦後すぐに戦争中の対独協力者の裁判が行われ、ボルドーでワイン総統のベーマースに協力していたボルドー最大のワイン商ルイ・エシェナウワーが裁判にかけられた。

全フランスで対独協力者が告発され、ドイツ人とつきあった女は”44年スタイル”と呼ばれる丸刈りにされた。

16万人を超える人々が裁判にかけられて有罪となり、7千人以上が死刑を宣告されたが、実際に処刑されたのは800人ほどで、3万8千人に懲役刑が宣告された。

ルイ・エシェナウワーも不当利得の罪で有罪となり、禁固2年と6200万フランの罰金が課せられた。財産を没収され、ボルドーで商売をすることを禁止され、市民権も剥奪された。

あまりにも多くの人が有罪とされたので、ドゴール大統領は1951年に恩赦法を成立させ、エシェナウワーも1952年に恩赦を受けた。


ボルドーのワイナリー

ボルドーでシャトー・シランシャトー・パルメールシャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランドシャトー・デュクリュ・ボーカイユシャトー・クーフランを持つミエール家では、不作とウドンコ病対策の硫酸銅不足で、戦時中は16歳の息子ジャンに学校を中退させベルギーからの密輸の銅で硫酸銅をつくって自給自足したという。

[2005]シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランドCH.PICHONLONGUEVILLECOMTESSE DE LALANDE
[2005]シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランドCH.PICHONLONGUEVILLECOMTESSE DE LALANDE


 【パーカー97!スペクテイター95!】[2005] シャトー・デュクリュ・ボーカイユ / サン・ジュリアン フランス ボルドー / 750ml / 赤
 【パーカー97!スペクテイター95!】[2005] シャトー・デュクリュ・ボーカイユ / サン・ジュリアン フランス ボルドー / 750ml / 赤


この2つのワインは筆者も飲んだことがあるが、いずれも1855年の2級格付けでボルドーを代表する世界でも最高級のシャトーワインだ。

シャトー・ムートン・ロートシルトもドイツ軍に占領されたが、ラフィット・ロートシルト同様にヴィシー政権が差し押さえたため、ドイツはユダヤ人資産として没収できなかった。

フィリップ・ド・ロートシルト男爵は1942年にフランスを脱出してドゴールの自由フランス軍に参加していた。妻はユダヤ人ではなかったので、戦争中の大半は無事に乗り切ったが、パリ解放の直前に娘フィリピーナの目の前でゲシュタポに連れ去られ強制収容所のガス室で殺された。

シャトーはドイツ軍が通信指令センターとして使っていたので、内部は荒らされていたが、戦争が終わって、ドイツ軍の捕虜を使って現状回復させたという。


戦後のフランスワイン

欧州統合の父ジャン・モネがシャンパーニュのコニャック生産者出身ということもあり、ブドウの木を植え替える資金をフランス政府が提供することになった。これを歓迎したのは、アルザスのワイン生産者だ。

アルザスがドイツ領になっていた時代にヒトラーユーゲントの若者が乗り込んで交配品種を排除していたので、アルザス本来の品種の植え替えができる環境がそろっていたのだ。

この本の最後は1963年にドイツのアデナウアー首相がパリを訪問してドゴール大統領と握手を交わす場面で終わっている。

800px-PICT4134






出典: Wikipedia


知られざる占領下のフランスでの生活がどうだったのか、そしてフランス解放の時も、ワイナリーにダメージを与えないために連合軍がいかに注意を払ったかがわかって面白い。

ちなみに戦争の終わった1945年は、20世紀のフランスワインの最高の当たり年の一つと言われており、60年以上経った今でもこの年のワインは売られている。

1945 (750ml)シャトー・ラフィット・ロートシルト 1945 (750ml)
1945 (750ml)シャトー・ラフィット・ロートシルト 1945 (750ml)


1945年のムートン・ロートシルトは戦勝記念のラベルだ。

シャトー・ムートン・ロートシルト[1945](赤ワイン)
シャトー・ムートン・ロートシルト[1945](赤ワイン)



ワイン通であってもなくても楽しく読める。もっと写真が載っていたらさらに良かったと思う。2003年出版の本だが、書店や図書館で探して一度手にとって欲しい本である。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。




  
Posted by yaori at 23:23Comments(0)TrackBack(0)

2009年07月26日

世界の名酒事典 オールマイティのワイン入門書

検索CD-ROM付き 世界の名酒事典 2008-09年版検索CD-ROM付き 世界の名酒事典 2008-09年版
販売元:講談社
発売日:2007-11-29
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


筆者は今まで何十冊もワインの入門書を読んできた。

田崎真也さんや国際ソムリエ協会長の小飼一至(こがいかずよし)さんなど、ソムリエの書いた本。

ワイン生活―楽しく飲むための200のヒント (新潮文庫)ワイン生活―楽しく飲むための200のヒント (新潮文庫)
著者:田崎 真也
販売元:新潮社
発売日:2009-05-28
おすすめ度:4.0
クチコミを見る

漫画家の弘兼憲史さんのワインの本。

知識ゼロからのワイン入門知識ゼロからのワイン入門
著者:弘兼 憲史
販売元:幻冬舎
発売日:2000-12
おすすめ度:5.0
クチコミを見る

川島なお美さんなどのタレントの書いた本。

フルボディ―恋して、ワインして。フルボディ―恋して、ワインして。
著者:川島 なお美
販売元:マガジンハウス
発売日:1999-06
おすすめ度:5.0
クチコミを見る

世界的に有名なワイン評論家ヒュー・ジョンソンのポケットワインブック。

Hugh Johnson's Pocket Wine Book 2010: 33rd EditionHugh Johnson's Pocket Wine Book 2010: 33rd Edition
著者:Hugh Johnson
販売元:Mitchell Beazley
発売日:2009-08-15
クチコミを見る

ポケット・ワイン・ブック (ハヤカワ・ワインブック)ポケット・ワイン・ブック (ハヤカワ・ワインブック)
著者:ヒュー ジョンソン
販売元:早川書房
発売日:2007-06
おすすめ度:5.0
クチコミを見る

日本のワイン評論家では山本博さんなどの本だ。

ワインが語るフランスの歴史 (白水uブックス)ワインが語るフランスの歴史 (白水uブックス)
著者:山本 博
販売元:白水社
発売日:2009-05
クチコミを見る


どれも特徴があり、それぞれ読んで楽しいが、これ一冊ということになるとやはりこの本をおすすめする。

5千円近くする本だが、内容はあまり毎年変わらないので、数年前の中古をアマゾンマーケットプレースなどで買うのもおすすめだ。

この本では8,800種類のワインの他、世界のウィスキー、ブランデー、リキュール、中国酒、焼酎、ビールまでも取り上げられていて、全部で11,200銘柄が紹介されており、載っていないのは日本酒くらいのものだ。


この本を薦める理由

この本をワインの入門書として薦める理由は、まずはわかりやすいことだ。

ワインについては、300ページにわたりそれぞれの産地の主要ワイン8,800銘柄についてボトルの写真と標準小売価格を紹介しており、ビジュアルでわかりやすい。

自分がレストランで飲んだワインを、家に帰って調べるのにも適している。

フランスワインについては格付けと年代ごとの価格も表示してあり、単に古いだけでは価格には影響しないことが一目でわかる。

そしてどこのワインが日本で売られているのかもすぐにわかる。実に全体の40%以上、130ページがフランスワインだ。

フランスワインの中でも、日本で販売されている銘柄が最も多いのがブルゴーニュワインの48ページ、次にボルドー30ページ、シャンパーニュ16ページ、南部フランス他14ページという順番だ。

ちなみに1ページには25本前後の銘柄が紹介されているので、おおざっぱにいってブルゴーニュが1,200本、ボルドーが700本程度紹介されている。

フランスの他の地域では:

ローヌ      8ページ
ロワール     8ページ
アルザス     6ページ

他の国ではイタリアが最も多く、南北イタリアの様々な地区のワインを45ページにわたって紹介している。そのほかは:

ドイツ     24ページ
アメリカ    18ページ
スペイン    16ページ
オーストラリア 12ページ
チリ      12ページ
日本       6ページ

という順番だ。

多くのワイン入門書の難点は、フランスの主要ワイン産地からはじまって、多くの国のワインをそれぞれ数ページずつで紹介しているので、フランスワインとその他の国のワインとの圧倒的な差がわかりづらい点だが、現実はフランスワインが圧倒的、そしてその中でもやはりボルドーとブルゴーニュが圧倒的なのだ。


近年ではニューワールドワインの躍進が目立つ

筆者はここ15年くらい毎年図書館でリクエストしてこの本を読んでいるが、当初はヨーロッパのワインが中心で、ニューワールド(新大陸)のワインは少なかった。

それが年を追うごとに新大陸や、従来ワイン生産国でなかった国のワインまでも紹介されるようになってきており、世界のワイン産業の発展が目に見えてわかる。

たとえば米国のワインといえばカリフォルニアワインが有名だが、カリフォルニアワインはこのブログでも紹介している「パリスの審判」の1976年パリでのブラインドテイスティングで、フランスのシャトーワインに勝ったということで、世界的に注目されたので、いまや品質に比して価格が高くなりすぎているきらいがある。

そこで急速に拡大してきているのがワシントン州やオレゴン州のワインだ。気候もカリフォルニアより寒冷で、フランスなどに似た気候のこともあり、日本でも多くのワインが紹介されるようになってきている。

本家本元のフランスなどはワイン消費量が減少しており、ユーロ高で輸出の採算も悪く、中小のワイナリーは閉鎖に追い込まれているところが続出している。ついにワイン生産量でもNo.1の地位をイタリアに奪われた。

世界ワイン生産2005






出典:Wikipedia

ちなみに日本のワイン生産量は9万トンで、世界第28位だ。

一方チリ、アルゼンチン、オーストラリアなどのニューワールドワインは、価格も安いし、品質も良いので急速にシェアを伸ばしている。

この事典でもこれらの国のワイン紹介ページは毎年増える一方だ。変わったところでは、中国、インド、ベトナム、タイなどのワインも紹介されている。


日本のワイン産業の発展がわかる

この事典では日本のワインも取り上げられている。

日本では山梨ワインが有名だが、その山梨でも割合新しい中小ワイナリーが力をつけており、日本特有の甲州ブドウをつかった白ワインなどは、寿司や煮魚などの和食にも合うワインとして世界的にも注目されている。

日本のワインのページが毎年拡大していくのも見て楽しい。

米国のワシントン州のワイン協会は日本に事務所を持っており、日本語ホームページも開設しているが、ワシントン州のワイナリーの数は1981年の19から、2006年には400超となり、25年間で20倍以上に増えている。

ワイナリー関係の従業員の雇用が増えるのみならず、ワイン生産地を訪問する観光客も増え、旅行産業も大きく伸びる。

是非日本のワイナリーもがんばって数を増やし、日本の食糧自給率を上げるとともに、ワイン産業を起爆剤に地元の経済を拡大して欲しいと思う。


基礎知識も覚えられる

ブドウの銘柄や、白ワイン・赤ワインの製法、フランスの1935年に制定された原産地法などの基礎知識の解説もあり、それぞれの産地の地図もある。

ソムリエは1855年のパリ万博の時のボルドーワインの格付けで、いわゆるシャトーワインと呼ばれる5級以上のワインの銘柄をすべて暗記するそうだ。

ボルドーはともかく、ブルゴーニュは地区で細かく畑が分かれており、生産者とネゴシアン(仲買人)それぞれが銘柄を持っているので、単に銘柄の名前だけでは、とても覚えきれないと思うが、ボトルの写真と価格がセットで表示されているので、何年もののこのワインはいくらぐらいすると覚えると、情報が頭に入りやすいと思う。

時々ボルドーやブルゴーニュの当たり年を覚えているワイン通がいるが、この本を読めば、同じシャトーワインでも当たり年のワインと不作の年のワインでは価格が倍以上も違うことが一目瞭然でわかり、年表などを覚える必要がなく、自然と頭に入る。


日本酒をのぞきビールまでいれて、ほとんどの酒についてボトルの写真と価格を紹介しているので、ワイン以外の酒についても参考になる。

この本で紹介されているワイン以外の飲み物の銘柄数は次の通りだ。

ウィスキー   550銘柄
ブランデー   540銘柄
スピリッツ   290銘柄
リキュール   600銘柄
焼酎      370銘柄
中国酒     170銘柄
ビール     370銘柄

ウィスキーなどの解説では製法やスコットランドの醸造所の地図なども紹介されており、ウィスキーの知識としても役立つ。他の酒についても数ページの解説がついており、楽しく覚えられる。


お酒を飲む人にも、あまり飲まない人にもオールマイティのワイン・名酒紹介本として是非手にとって欲しい一冊である。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。







  
Posted by yaori at 20:40Comments(0)TrackBack(0)

2009年07月05日

生涯ソムリエ 国際ソムリエ協会会長小飼さんの自伝

生涯ソムリエ生涯ソムリエ
著者:小飼 一至
販売元:エフビー
発売日:2008-12
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


日本ソムリエ協会会長で、2007年からは国際ソムリエ協会会長もつとめる小飼一至(こがいかずよし)さんの自伝。

ソムリエが書いた本としては、ソムリエの教科書ともいえる浅田勝美さんの「ワインの知識とサービス」がある。

ワインの知識とサービス





新版 ワインの知識とサービス―仏・独のワインを中心に
著者:浅田 勝美
販売元:柴田書店
発売日:1991-09
クチコミを見る


筆者はソムリエの友人に勧められて、15年ほど前に浅田さんの本を買って大事にしているが、フランスワインの解説などは今でも参考になる。小飼さんの本でも浅田さんの本が引用されている。

ワインの知識や、サービスについては浅田さんの本にまかせ、この本では、ソムリエやソムリエ、ワインエクスパートを目指す人に向けた小飼さんの実戦的アドバイスが書かれている。


小飼さんの略歴

小飼さんは長野県茅野市出身。日本のマキシム・ドゥ・パリに1969年に入社し、すぐにシェフ・ソムリエとなり、1973年にフランスのマキシムでソムリエとして1年間修業した。

当時フランスのマキシムはミシュラン3つ星で、JFKの未亡人ジャックリーンと結婚した海運王オナシスなどの超VIPが常連だった。

マキシムのオーナーの厚意で、師匠のシェフ・ソムリエ、ジュリアンと一緒にボルドーやブルゴーニュのワイナリーを歴訪して歓待を受け、普通では教えてもらえないような情報まで知ることができた。

日本に帰国後、1981年に日本のソムリエコンクール優勝。翌1982年にマキシムからプリンスホテルに転職。そのときはマキシムのオーナー、ソニーの盛田さんの奥さんからもプリンスホテルへに口添えしてもらい、温かく送り出されたという。


世界ソムリエコンクール予選

1988年にはパリで行われた世界ソムリエコンクールに日本代表として出場。

この世界ソムリエコンクールの日本代表を決めるために、小飼さん、田崎真也さん、そして渋谷昭さんの過去の国内ソムリエコンクールの優勝者3人で、決戦が行われた。

結果は小飼さんと田崎さんが同票で、二人ともいわばプレイオフの問題を要求したのに、審査員はあみだくじを提案。二人が拒否すると、当時29歳の田崎さんは自ら辞退し、当時41歳の小飼さんが世界ソムリエコンクールの日本代表となった。

小飼さんは1988年の世界ソムリエコンクールを最後にコンピティションからは引退し、その後は田崎さんが出場し、ついに1995年の東京大会で優勝する。



1988年の日本代表を譲ってもらった時に、小飼さんは「田崎さんをライバルとは考えない。一生の友と考える」と決心したことを、この本で告白している。


世界ソムリエコンクールで3位入賞

小飼さんが3位に入賞した世界ソムリエコンクールでは、筆記問題と利き酒問題が出題された。

最後の利き酒では、第1問はブルゴーニュのシャンボール・ミュジニー1983年を、小飼さんはシャサーニュ・モンラッシュの1983年と答えた。ブルゴーニュのコート・ドール県の北と南の違いだった。

★送料無料★[1996]シャンボール・ミュジニー/ドメーヌ・ミシェル・グロ(クール代別)
★送料無料★[1996]シャンボール・ミュジニー/ドメーヌ・ミシェル・グロ(クール代別)


シャサーニュ・モンラッシュ[2002]ブランショ・デュス
シャサーニュ・モンラッシュ[2002]ブランショ・デュス


筆者はシャンボール・ミュジニーは飲んだことがある。女性的な名前だが、ブルゴーニュの赤ワインらしく、力強さも持った特級から第一級のワインだ。

第2問のカルバドス8年ものは、カルバドス6年物と答え、ほぼ正解だった。小飼さんは優勝を確信していたところ、3位になり、観客席で応援していた田崎さんに申し訳ない気持ちで一杯だったという。

ちなみにこの時の1位は利き酒が抜群に強かったアメリカ代表のソムリエだった。地元フランスのソムリエは第2位となり、彼は次の1992年のブラジルで開催された世界ソムリエコンクールで優勝し、リベンジを果たしている。


ソムリエに必要な知識

小飼さんは1993年からは国際ソムリエ協会の技術委員として、コンクールの問題作成と審査にあたり、2007年に国際ソムリエ協会の会長に就任する。

マキシムでの人脈と、国際ソムリエコンクールに参加することで築いた世界のソムリエとの交友関係の広さが、小飼さんの強みだ。

一流のソムリエには、まずはワインの知識が要求されている。トリビアのような問題でも徹底して覚えるのだ。

たとえば世界ソムリエコンクールのフランス予選では、次のような質問が出されたという。

★ロマネ・コンティが造られなかった年は何年か?

【送料無料】[1985] DRC ロマネ・コンティ 750ml【No.00562】[1985] DRC Romanee Conti 750ml
【送料無料】[1985] DRC ロマネ・コンティ 750ml【No.00562】[1985] DRC Romanee Conti 750ml


答えは1946年〜1951年だ。これに答えられた選手がフランス代表となった。こんな事は暗記するしかない。


小飼さんの勉強法

小飼さんは片道40分の通勤時間を利用して、電車を勉強部屋にしたという。小飼さんがソムリエとして知識を憶えたのは次の本だ。

Larousse Encyclopedia of WineLarousse Encyclopedia of Wine
販売元:Larousse Editions
発売日:2001-10
クチコミを見る


フランス語の辞書で有名なLarousse社が出しているワインの事典だ。アマゾンに載っているのは英語版だが、小飼さんはフランス語の原典で勉強したという。

ラルース ワイン通のABCラルース ワイン通のABC
販売元:日経BP社
発売日:1998-01
クチコミを見る



小飼さんがサーブした有名人

この本では、小飼さんがサーブした海運王オナシスユル・ブリンナー、などの有名人の逸話が紹介されている。オナシスは「ルージュ」としか言わないのだという。オナシスがルージュと言うと、1937年か1951年のシャトー・ラフィット・ロートシルトをよく開けたという。

1937 (750ml)シャトー・ラフィット・ロートシルト 1937 (750ml)
1937 (750ml)シャトー・ラフィット・ロートシルト 1937 (750ml)


ユル・ブリンナーはマキシムを自分のキッチン代わりに毎日使っていたという。大体ボルドーのメドックのワインを飲みながら、その日のおすすめ料理を食べていたという。

ジョン・ウェインはワインは飲まず、ウォッカ・マティーニ一本槍。

セルジオ・メンデスは、いつも女性と一緒に来て、途中で女性が泣き出し、しょうがないなという感じで、メンデスがバンドのピアノを借りて演奏し、女性が歌うというパターンだったという。毎回40−50分の即興演奏で、お客は大喜びだったという。

セルジオ・メンデスは、DRCの”ラ・ターシュ”、”リシュブール”、”グラン・エシェゾー”をよく飲んでいたという。ロマネ・コンティなんかは飲まないという主張が感じられたという。

パーカーポイント90点!【送料無料】[1985] DRC ラ・ターシュ 750ml【No.11036】[1985] DRC La Tache 750ml
パーカーポイント90点!【送料無料】[1985] DRC ラ・ターシュ 750ml【No.11036】[1985] DRC La Tache 750ml


ジョン・レノンオノ・ヨーコと来て、蚊の泣くような声で「オレンジジュース」と頼んだという。


日本で一番カッコイイ男、白洲次郎

小飼さんが日本人で一番カッコイイと思ったのは、白洲次郎で、最初の印象からただ者ではないというオーラを放っていたという。既に70歳を過ぎていた頃だが、上背がありすらりとして姿勢がよく、ワイシャツとネクタイの接点をこれほどきれいにしている人はいなかった。

いつもスーツ姿で、男でもほれぼれするようなカッコイイ人だった。

小飼さんがサーブすると、まるで長年の知り合いのように会話を楽しみ、ワインは何にするかと聞くと、「そうだな、何にするか」と小飼さんの手を握ってくれたという。普通の人がやったら、まるで様にならないと思うが、様になる上に、相手に感動を与えるのはさすが白洲次郎だ。

小飼さんは最初は外人かと思ったと。決していばらない、まさにジェントルマンだった。

目の下に少しソバカスがあったが、目が熱っぽく、老人だったが、目が子供のようにかわいらしかった。とにかくあれほどカッコイイ人はいなかった。

小飼さんは当時白洲次郎のバックグラウンドを知らずにサーブしていて、情けないと語る。後にNHKテレビで白洲次郎特集を見て、非常に感激したと語る。




ソムリエの命は利き酒

ソムリエはワインの売り上げを上げなければならないので、高品質のワインを手頃な値段で仕入れる事が重要で、そのためには利き酒能力を磨く必要がある。

自分で利き酒をして、良いワインを格安の値段で買って、リーズナブルな価格で売るのがソムリエの仕事だ。

たとえば、今回筆者のソムリエの友人からわけてもらったワインは次のワインだ。

“バッド・ボーイ”[2005]年・ジャン・リュック・テュヌヴァン・AOC・ボルドー“Bad Boy”[2005] Jean-Luc-Thunevin AOC Bordeaux
“バッド・ボーイ”[2005]年・ジャン・リュック・テュヌヴァン・AOC・ボルドー“Bad Boy”[2005] Jean-Luc-Thunevin AOC Bordeaux


ワイン評論家のロバート・パーカーが、醸造家のテュヌヴァン氏を"Bad boy"と呼んだことから、それを銘柄としたボルドーワインで初めて英語の名前がついたガレージワインだ。2005年が最初のビンテージで、熟成は2010年以降、2025年頃までと予想されている。

まだ出たばかりなので、価格は安いが、いずれ評判が上がれば、同じテュヌヴァン氏のシャトー・ヴァランドローの様に価格も上昇することが見込まれる。

[1997] シャトー・ド・ヴァランドロー 750ml
[1997] シャトー・ド・ヴァランドロー 750ml


ソムリエは、定評のあるワインを揃える他に、このような知られざるワインでも積極的に試飲して評価し、良ければ店の在庫として確保し、常連客に出すのだ。

ワインは色、香り、味の3つの点で判断するが、小飼さんが最も強調するのが、ワインの香りだ。

ワインの香りにはアロマとブーケがある。

言葉で言い表しにくいが、小飼さんは、若いワイン、たとえばボジョレー・ヌーヴォーの香りがアロマで、熟成した良いワイン、たとえばモンラッシュの10年ものの香りがブーケだという。


ワインの評価には香りが不可欠

利き酒の能力を伸ばすには利き酒につぐ利き酒しかない。コンクールなどでの利き酒での決め手は香りだと小飼さんは語る。

ワインの試飲で香りが重要な理由は、味だけでは、そのワインがどんなワインなのかを理解出来ない、つまり当てられないからだと。

グラスに注いで香りをかぐ練習が良い。

筆者の友人のソムリエは、ワインを一旦グラスに注いで、すぐにグラスを空にして香りをチェックする。こうすると熟成した時の香りがわかるのだという。

ソムリエはそこまで香りに真剣になる。利き酒というと、味を見るのかと思っていたが、プロのソムリエは香りをいろいろな角度から評価する。今まで疑問に思ってきたことがこの本を読んでわかった。

香りを記憶するために、フランスでは”ネ・デュ・ヴァン”という、香りのエッセンスを入れた小瓶54本セットのワインテスターがある。

【送料無料】ルネデュヴァン54種LES060ALワインの香エッセンス 取り寄せ品
【送料無料】ルネデュヴァン54種LES060ALワインの香エッセンス 取り寄せ品


香りを表現していくには、”グー・デュ・ヴァン”というワインの香りを系統的に分けている本が良いという。


この本にはソムリエなどのプロの読者も想定して、小飼さんの「接客の心構え」9ヶ条、よいソムリエの5つの条件、「人を育てる心得」11のポイント、最後に国際ソムリエコンクールで出題される問題の傾向について説明していて興味深い。

この本を読むまで国際ソムリエ協会の会長が日本人だとは知らなかったが、日本のソムリエ業界を小飼さんと、田崎さんの二人で世界トップクラスにもり立てているようだ。

ソムリエコンクールの質問の傾向など、舞台裏も描かれていて面白い。

ワインに興味がある人に、是非おすすめする。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。



  
Posted by yaori at 23:44Comments(0)TrackBack(0)

2008年11月30日

美味しんぼでも甲州ワインを絶賛

2008年11月30日追記:

マンガ「美味しんぼ」を読んでいたら、80号の山梨編で甲州ワインを和食にあうワインとして絶賛していた。

美味しんぼ (80) (ビッグコミックス)美味しんぼ (80) (ビッグコミックス)
著者:雁屋 哲
販売元:小学館
発売日:2001-09
おすすめ度:2.0
クチコミを見る


マンガのストーリーは、結局究極のメニュー側は、甲州ワインをあまりに強調しすぎたために、至高のメニューに負けてしまうが、甲州ワインと様々なすしの食材、生カキ、生ウニなどとあわせても全く問題なことを紹介している。

残念ながらアマゾンでは表紙のイメージがないが、この本の内容を紹介しているホームページを見つけたので紹介しておく。

美味しんぼ






この本は2000年の発売なので、すでに2000年から「美味しんぼ」の作者は甲州ワインに注目していた。

さすが「美味しんぼ」だ。

是非甲州ワインを試して欲しいので、記事を再掲する。


2008年11月7日初掲:

筆者は以前はどんな料理でも赤ワインを飲んでいたが、最近は白ワインも飲むようになった。

元々筆者はアルゼンチンに駐在していたときに、ワインを飲み始め、初めは白、次に赤と嗜好が変化していったのだが、今は白ワインにも注目している。

実は、最近は白の国産ワインばかり飲んでいる。

これまでは自宅で飲む白ワインは、チリかアルゼンチンの千円前後のものを飲んでいた。特に価格が安くておいしいチリのコンチャイトロの白ワインをよく飲んでいた。白ワインはどれもあまり変わらないという先入観があったためだ。

コンチャイトロ フロンテラ シャルドネConchay Toro Frontera Chardonnay
コンチャイトロ フロンテラ シャルドネConchay Toro Frontera Chardonnay


今年の夏に河口湖にバケーションで行った帰りに、山梨の甲州ぶどうでつくった白ワインをみやげ物屋で試しに買って飲んで、国産ワインの品質の高さに驚き、それ以来国産のワインをいろいろ試している。

甲州ぶどうは1280年前(奈良時代!)から栽培されている日本独特のぶどうだ。

3、000円程度の高いワインは試していないが、1,500円前後のワインは今まで10本ほどいろいろなものを飲んだ。特にお勧めなのは次のワインだ。

勝沼醸造 甲州ヴィンテージ [2001]年
勝沼醸造 甲州ヴィンテージ [2001]年


実はこれがみやげ物屋で最初に買って飲んでみて驚いたワインだ。

ボトルのラベルがさえないし、樽熟成されたワインではないが、香り、色、味のどれをとっても一級品だ。もちろんさしみなど魚料理など日本料理との相性も抜群だ。

やはり見る人は見ているもので、いろいろ調べていくとこのワイナリーのワインが、JALの国際線ファーストクラスやビジネスクラスで出されている様だ。

アルガブランカ ピッパ750ml
アルガブランカ ピッパ750ml


アルガブランカ '07クラレーザ750ml
アルガブランカ '07クラレーザ750ml


日本でこれだけのクオリティのワインを1,600円程度で生産できるというのは、正直驚きだった。

日本のワイナリーが集まって「日本のワイン」というホームーページをつくっている。

日本のワイン






日本のワイナリーは、メルシャンとかサントリーとか大手のメーカーのものと、中小のワイナリーがあるが、中小のワイナリーはいろいろあってどこが良いのか迷ってしまう。特に1000円以下のワインは、輸入バルクワインを混ぜているので、おすすめできないワインが多い。

ワイナリー便り






その中でもこのワインをつくっている勝沼醸造という会社は、自社のぶどう畑を持ち、オーナー自らが案内するワイナリーツアーをやっていたり、付属のレストランも充実していて、今中酒店というワインショップの紹介によると国際的な賞もとっていて注目されているようだ。

勝沼醸造







横浜市の中田市長もテレビ番組に出演して言っていたが、日本のワイン産業を振興することも、雇用拡大や地域発展に貢献する効果がある。

筆者は米国のワシントン州やオレゴン州の赤ワインが好きだが、ワシントン州などはここ20年間でワイン産業が大変発展した。ワシントンワイン協会は日本に事務所もあり、ホームページも開設している。

ワシントンワイン協会のホームページワイン生産統計が載っているので、紹介しておく。1981年には19しかなかったワイナリーが、2006年には400を超えている。大変な雇用創出効果だ。

ワシントンワイン統計






ワイン産業が拡大すれば、ぶどうの生産も増え、農業生産が上がる。ワイナリーでの労働者や醸造技術者の雇用が拡大する。ワイナリーめあての観光客が増え、旅館やホテルの集客にもつながる。観光客が増えれば、みやげ物やレストランなど町の観光収入も上がる。こんな好循環が作り出せるのだ。

これが当然地域振興、雇用拡大につながっていく。

カリフォルニアのワイン産業は以前紹介した「パリスの審判」のボルドーワインとのブランドテイスティングに勝利してから、世界の一流ワインとなり、一大産業となった。

多くの人が日本のワインを飲むことで、日本のワイン産業の振興にもつながると思う。

是非一度日本の甲州ワインを試して欲しい。必ずや驚くはずだ。


参考になれば次クリック投票お願いします。


  
Posted by yaori at 22:29Comments(0)TrackBack(0)

2007年09月08日

パリスの審判 ワインの国際化のきっかけとなった1976年の試飲会

+++今回のあらすじは長いです+++

パリスの審判 カリフォルニア・ワインVSフランス・ワイン
パリスの審判 カリフォルニア・ワインVSフランス・ワイン


カリフォルニアワインがフランスワインに勝った伝説の1976年の試飲会のレポート。

著者のジョージ・テイバー氏はタイム誌の特派員として当時フランスに駐在しており、このブラインド試飲会に立ち会った唯一のジャーナリストとなった。

本のタイトルの「パリスの審判」は1976年のパリのワイン試飲会と、ギリシャ神話でトロイアの王子パリスが、女神コンテストの審判となり、世界一の美女を与えると約束した女神アフロディーテを選んでスパルタの王妃ヘレナを得、それがトロイ戦争につながったという「パリスの審判」にちなんでいる。

読んだ本しか買わない主義の筆者が、久しぶりに買った本だ。

単に伝説の試飲会とそれをとりまく中心人物を詳しくレポートするだけでなく、この試飲会をきっかけに、世界各地でフランスを超えるワインを生産しようという機運が高まり、結果として世界のワインビジネスの拡大につながったことがよくわかる。


French Paradox

1991年にアメリカのCBSテレビの人気番組60ミニッツは"The French Paradox"を取り上げた。

フランス人はフォアグラやチーズ、バターなど高脂肪食をたくさん食べるのに、心臓病はアメリカ人より少ない。その理由は赤ワイン=ポリフェノールの抗酸化作用だというフランスのボルドー大学の科学者の学説を紹介した。

それ以来、アメリカでも日本でも赤ワインブームが起こり、近年は中国や東南アジアなどの新興国のワイン新規需要が加わり、高級ワインの価格は毎年値上がりを続けている。

フランスのシャトーワインなどは年々高くなり、筆者の友人のソムリエの内田さん(NHKの「どんど晴れ」に出演している内田朝陽君のお父さん)はいつもこぼしている。

しかしプレミアム格付けワインの生産はボルドーでもわずか5%であり、実はそれ以外のワインの方が重要なのだ。


フランスのワインビジネス

フランスでは一人当たりのワイン消費量が、1926年の136リットルから最近は50リットル以下に下がっており、ワインを毎日飲む人の比率は1980年の47%から2000年には25%に下がった。

そのためフランスのワインビジネスにとっては、輸出ビジネスが唯一の活路なのである。

ところが世界のワイン輸出に占めるフランスのシェアは1990年の52%から、2003年には39%に落ち込み、他方新大陸のワインのシェアは1990年の4%から、2003年の21%と大幅に上昇した。

オーストラリア一国でも1990年の1.5%から2003年には9%にまで増加した。


ワインビジネスで最も重要な価格帯

ワインの価格帯は最低価格帯、10ドル前後、10〜20ドル、50ドル以上の4つに分かれており、このうち最もワインビジネスで重要なのが10〜20ドルの価格帯である。

この価格帯の顧客は、ワイン需要が急速に拡大している西ヨーロッパ以外の国であり、これらの国の裕福な消費者にブランド認知度が上がると、次は高価なワインも買ってくれるという好循環となってくる。

フランスが世界最大のワイン輸出国であることは変わらないが、チリやオーストラリアの大手生産者はフランスの強力な競合相手となってきた。


世界的なワイン生産の拡大

そこそこの品質のワイン生産は世界の至る所で拡大しており、最近ではインドや中国、モロッコ、ブラジルなどのワインが日本でも出回る様になった。

フランス、イタリア、スペインのワイン生産量は減少し、輸出量もここ10年でフランスは25%も減少する一方、新大陸のアメリカ、オーストラリア、チリなどは軒並み数倍の伸びを示した。

細かい温度管理が可能なステンレスの発酵タンク、特殊弁、フレンチオーク樽など、フランスで生まれた技術、フランスと同じ条件での生産が、世界中で可能となったのだ。

アメリカのワイナリー数は1976年には579で、そのうち330がカリフォルニアだった。これが2004年には全国で3,726にも拡大し、カリフォルニアだけでも1、689となった。

25のワイナリーがカリフォルニアのワイン生産の95%をい占め、ワインは基本的には大企業のビジネスだが、残りの1、664のブティックワイナリーが高級ワイン市場を大手から徐々に奪い取っている。


歴史的試飲会

かつてはフランスワインが世界の高級ワイン市場を牛耳っていたが、フランスの覇権に最初に風穴を開けたのが、1976年のパリのブラインドテイスティングだ。

この本では試飲会が行われた背景や、参加した6銘柄のカリフォルニアワインと4銘柄のフランスワインの歴史や特徴なども詳しく説明してある。

もともとこの試飲会は、パリでワインショップとアカデミー・デュ・ヴァンというワイン学校を始めたイギリス人スティーブン・スパリュアの思いつきで行われたものだ。

アカデミー・デュ・ヴァンは1987年に日本でも開校したワインスクールの老舗だ。筆者の知人の弁護士・桐蔭横浜法科大学院教授の蒲先生も初期の生徒で、川島なおみ、マリ・クリスティーヌと一緒にワインの勉強をしたそうだ。筆者もいつかはワインスクールに行きたいと思っている。

試飲会の審査員は全員フランス人で、ワイン専門誌の編集者、高級ワインを審査するAOC委員会の主席審査員、DRC(ロマネコンティ社)の共同オーナー、シャトー・ジスクールのオーナー、トゥール・ダルジャンのソムリエ、タイユヴァンのオーナー、3つ星レストラングラン・ヴュフールのオーナーシェフ、レストランガイドのゴー・ミヨ紙の販売部長など9名だ。

ワインはテイスティングの直前にカリフォルニアに旅行したスパリュアが持ち帰った24本だった。フランスの白ワインはすべてブルゴーニュ、赤ワインはすべてボルドーだった。

誰もがカリフォルニアワインがフランスワインに勝つことなど予想しておらず、カリフォルニアでも高品質のワインができることを、フランスのワインプロフェッショナルにも知って貰おうという軽い気持ちだった。

ところがブラインドテイスティングという審査法が、白ワインでも赤ワインでもカリフォルニアがフランスに勝つという予想外の結果につながった。

試飲会の様子については、主催者のアカデミー・デュ・ヴァン日本校のサイトにも「世界を変えたワインテイスティング ー パリ対決」として詳しく紹介されているので、このコラムも参照頂きたい。

AduV








白ワインはシャトー・モンテレーナが一位

まず白ワインのテイスティングが行われた。フランスブルゴーニュを代表するモンラッシュ、ムルソーもあったが、1位になったのは、カリフォルニアのシャトー・モンテレーナだった。9人のうち6人が1位に選び、総合でも132点と2位のムルソー・シャルムの126.5点に大差を付けた圧勝だった。3位もカリフォルニアのシャローン・ワインヤードで121点だった。

Montelena










写真出典:Wikipedia

このときのシャトー・モンテレーナのワインメーカーがクロアチアからの移民で、現ガーギッチ・ヒルズ・セラーの共同オーナーのマイク・ガーギッチだ。

筆者はガーギッチ・ヒルズ・セラーを訪問したことがある。これが商品カタログだ。

シャトー・モンテレーナで有名になったシャルドネ以外に、フメ・ブラン、カベルネ・ソーヴィニオンをつくっており、カリフォルニアワインとしては比較的高い価格で販売している。

Grgich Hills








赤ワインはスタッグスリープワインセラーズが一位

白ワインの審査結果が発表されて審査員全員が衝撃を受け、赤ワインではなんとしてもフランスワインを勝たそうと決心した中で、赤ワインのテイスティングが始まった。

しかし赤ワインでもカリフォルニアのスタッグスリープワインセラーズが127.5点で、ボルドーの1級ムートン・ロートシルトの126点、3位のボルドーでも最古参の15世紀から続くシャトー・オーブリオンの125.5点に僅差で勝利した。

4位は122点のシャトー・モンローズで、1位から4位まではほぼダンゴ状態だ。

それから20点近く差がついて南カリフォルニアのリッジ・ワインヤードだった。

Haut Brion
Mont Rose















しかしスタッグスリープを1位に選んだ人は一人だけで、一位投票で最も多かったのはオーブリオンの3人、ついでモンローズの2人だ。

筆者の意見では、赤ワインではカリフォルニアの勝ちとは言えないと思う。

元々誰もカリフォルニアが勝つとは予想もしていなかったので、白はブルゴーニュ、赤はボルドーだけが出品されたが、ブルゴーニュの赤ワインや、シャトー・ラトゥールシャトー・マルゴーが出品されていたら、結果は違ったのではないかと思う。

この結果が出て、フランスでは審査員が叩かれた。

2位となったムートン・ロートシルトのオーナーのフィリップ・ド・ロートシルト男爵は審査員の一人に電話をかけ、「私のワインになんて事をしたんだ。一級昇格に40年もかかったんだぞ」とどなったという。


スタッグスリープワインセラーズ

筆者はスタッグスリープワインセラーズに行ったことがある。これが当時のワイナリーでの価格リストだ。

Stags Leap









ワイナリーに行ってもCask 23はじめ、SLVとかFayとかの違いがわからなかったが、この本を読んで初めて畑ごとのブランドの違いがわかった。Cask 23はいい年のみ1.500ケースだけつくられ、SLVとかFayは畑の名前だ。

Stag's leap











写真出典:Wikipedia


フランスのシャトーワインに勝ったワインということで非常に期待して訪問したのだが、正直特に優れているとは思わなかった。

テイスティングルームはアットホームな感じで、5ドルでいろいろテイスティングでき、テイスティンググラスはおみやげとして持ち帰りできる。少人数のワイナリーツアーもあり、たぶんナパバレーで最もサービスの良いワイナリーだと思う。

種々のワインのテイスティングの他、自分でもSLVを買って日本に持ち帰ってソムリエの内田さんと飲んでみたが、味と香りは今ひとつ印象が薄かった。

尚、似たような名前だが、スタッグスリープ・ワイナリーはなんの関係もないので、要注意だ。



筆者の好きなワインの話題ゆえ、ついあらすじが長くなりすぎてしまうので、このへんでやめておくが、ニュージーランドのマルボロ地区でのソーヴィニヨン・ブラン(辛口白ワイン)が、フランス・ロワール地方のサンセールを超えるワインをつくっているという注目すべき話や、オーストラリア、南アフリカ、ポルトガル、チリ、オレゴン州ウィラメットバレーでのワイン生産のレポートも面白い。

1855年のパリ万博の時のボルドーワインの格付けは、価格だけで決められたとか、雑学にも最適だ。


ワインに興味がある人には、大変楽しめる本だ。是非おすすめする。


(「続きを読む」にその他のカリフォルニアワインとナパ・バレー産ワインビジネスをつくった四人を掲載してあります)


参考になれば次クリックと右のアンケートお願いします。


人気ブログバナー








  
続きを読む
Posted by yaori at 16:15Comments(0)TrackBack(0)

2007年03月24日

ロバート・パーカーが選ぶ世界の極上ワイン

ロバート・パーカーが選ぶ[最新版]世界の極上ワイン


この本は15,540円もするので、なかなか自分で買うわけにはいかない。図書館で借りるに適した本だ。

最初に偉大さの定義から始まる。偉大なワインの特長とは次の点である。

1.舌と知性の両方を楽しませる能力
2.飲む人の関心を引きつけて離さない能力
3.重たくなってしまうことなく、強烈なアロマと風味をもたらす能力
4.一口ごとにおいしくなっていく能力
5.年月とともに良くなっていく能力
6,唯一無二の個性を見せる能力
7.産地を反映する能力


「モンドヴィーノ」に対する反撃

筆者も見た映画「モンドヴィーノ」では、ロバート・パーカーの100点満点評価と、空飛ぶワインメーカーと呼ばれ、世界じゅうで同じタイプのワインをつくるワインコンサルタントミッシェル・ロランが暗に批判されている

Mondovino








そんなこともあり、テロワール(ワインの個性を決めるものは土壌であるという考え方)は確かに見事なワインを生産するための重要な要素だと確信しているが、テロワールの影響力の最も説得力ある例はブルゴーニュではなく、アルザスやドイツの白ワイン種だと。

ブルゴーニュで最も有名なグラン・クリュであるシャンベルタンで、13ヘクタールの畑に23の所有者がいる。しかしそのうちルロワ、ポンソ、ルソーなど数人を除き、他の20弱はやせたまずいワインである。しかもロルワ、ポンソ、ルソーはそれぞれスタイルが全く異なる。どのワインがシャンベルタンの土壌を表現しているのか?と。

結論としては、ワイン愛好家は、テロワールを塩や胡椒、ニンニクと同じように考えるべきで、料理で欠かせない役割を果たし、すばらしいアロマや風味をもたらすが、それだけでは飲み込むのすら苦痛であるものだと。

テロワールの議論が多すぎて、最も重要な点が忘れられている ー 飲んで、楽しむ価値のあるワインをつくる生産者を識別し、発見することだ!と反論している。

また、最大の顧客層を引きつけるために、国際企業が限られた数の品種から可もなく不可もない個性のない標準的なワインを、世界じゅうで生産しているというグローバリズム批判に対しては、この10−20年間で世界じゅうのワイン生産は多種多様化しており、全くあてはまらないと一蹴している。

畑における変化、ワイン醸造技術における進歩、傷んだブドウや果梗の手選別、温度制御機能付きのステンレスのワイン発酵槽、逆浸透膜技術により不作の年の水っぽいワインの品質向上などの話も参考になる。

この本で紹介されているワイン

国別では次の通りだ:


アルゼンチン   1
オーストラリア  8
オーストリア   5
アルザス     3
ボルドー    29(うち3が甘口白ワイン)
ブルゴーニュ  13
シャンパーニュ  7
ロワール     3
ローヌ     25
ドイツ      8
イタリア    22
ポルトガル    3
スペイン     6
カリフォルニア 22
ワシントン    1

それぞれのワイナリーの歴史や、所有者家族の写真、シャトーや畑の写真などが紹介されている。

ボルドーは有名シャトー中心、カリフォルニアはいわゆるカルトワインと呼ばれる小規模ブティックワイナリーが多く紹介されている。

すべて熟読する必要はないと思うが、自分が飲んだことがあるワイナリーの記事は特に興味深く読める。

パーカーの評点について、筆者はほとんど気にしていないが、パーカー流の100点満点法で、ボルドーの5大シャトーなど超一流シャトーが2000年などの当たり年は100点が乱発されているというのがやや興ざめではある。

それに対してDRC(ドメーヌ・ロマネ・コンティ、世界で一番有名なワイン)では、ロマネコンティは100点満点はなく、ラターシュに100点満点がある。

ロマネコンティの98点とラターシュの100点と、どこがどう違うのか?全く理解できない評点方法である。

写真も多く、ブドウの木の高さは低く、産地によっては石がごろごろしている畑でも、一流ワインが生産されていることにあらためて驚きを覚える。

写真や一流シャトーのカバーストーリーなど、ワインに関するちょっとした知識を持つには適当な本である。

1万5千円もする高い本なので、図書館でリクエストして読まれることをおすすめする。


参考になれば次クリックと右のアンケートお願いします。


人気ブログバナー


  
Posted by yaori at 15:17Comments(0)TrackBack(0)