2012年09月18日

「財務省」 ミスター円が描く大蔵省・財務省

財務省 (新潮新書)財務省 (新潮新書)
著者:榊原 英資
新潮社(2012-06-15)
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元大蔵省財務官(渉外関係を担当する次官級のポスト)で、在任中はミスター円と呼ばれた榊原英資さんの近著。

榊原さんの本は「日本は没落する」、「没落からの逆転」、「政権交代(小沢一郎との対談も収録)」、「フレンチ・パラドックス」の4冊をこのブログで取り上げているので、こちらも参照願いたい

榊原さん自身も言っている通り、表に出たがらず、黒衣(くろこ)に徹する大蔵省・財務省出身者の中ではマスコミにもよく登場する榊原さんは異色の存在だ。

榊原さんは1941年生まれ。東大経済学部を卒業した時は日銀に就職が決まっていたが、日銀に行くのが嫌になり、1年間ぶらぶらしていたところ、当時の大蔵省の高木文雄秘書課長(のちの国鉄総裁)に会い、大蔵省入りを勧められて1965年に入省した。

1965年入省組は20人のうち経済学部出身が7名で、そのうち3名が小宮隆太郎ゼミ出身者だった。ほとんどが東大法学部という例年の採用パターンとはかなり違っていた。高木さんが秘書課長2年めの年で、”多少遊んでみた”採用の結果だと。その次の1966年入省は最も充実してバランス良く採用できたし、”会心の作”だという話が、榊原さんが引用している「財務官僚の出世と人事」という本に書いてあるという。

財務官僚の出世と人事 (文春新書)財務官僚の出世と人事 (文春新書)
著者:岸 宣仁
文藝春秋(2010-08)
販売元:Amazon.co.jp
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ちなみに榊原さんの同期の1965年入省では、事務次官になった薄井信明さん(元国民生活金融公庫総裁)や、国税庁長官から公正取引委員会委員長になった竹島一彦さんのほうが財務省内での出世という意味では上を行っているという。


親財務省の本

この本では「ホテル大蔵」と呼ばれ、毎晩深夜残業して予算をつくったり、国会の質問に準備する大蔵省・財務省のキャリア官僚の仕事は肉体的にきついが、「省のなかの省」として他の官庁ににらみをきかせ、政治家と連携しながら法律をつくる「事実上の政治家」であり、その後の出世や政界進出にもつながるというやりがいがある仕事であることを誇りを持って語っている。

榊原さんは「親財務省」であり、その意味では、みんなの党の江田憲司の「財務省のマインドコントロール」や、小泉純一郎内閣の時の竹中平蔵のブレーンだった高橋洋一の「「借金1000兆円」に騙されるな」などとは、正反対の立場だと公言している。

財務省のマインドコントロール財務省のマインドコントロール
著者:江田 憲司
幻冬舎(2012-03-28)
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「借金1000兆円」に騙されるな! (小学館101新書)「借金1000兆円」に騙されるな! (小学館101新書)
著者:高橋 洋一
小学館(2012-04-02)
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さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社プラスアルファ文庫)さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社プラスアルファ文庫)
著者:高橋 洋一
講談社(2010-06-21)
販売元:Amazon.co.jp
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特に「霞が関埋蔵金を使えば増税は必要ない」と主張し、30年近く務めた財務省を悪しざまに言う高橋洋一は、榊原さんは無責任な議論で、信用していないと批判している。高橋さんの「さらば!財務省」はこのブログでも紹介しているので、参照願いたい。

筆者は長年商社に勤め、官庁とはほとんど接点がなかったので、この本に出てくる歴代大蔵事務次官やその他大蔵省・財務省高官の列伝は、知らない人ばかりで、今一つピンとこない。

筆者の同期の昭和51年入省組と次の昭和52年入省組は、昭和49年入省組から丹呉泰健さんと杉本和行さんの二人が事務次官がでたあおりをくって、事務次官を出せずに、すべて退任しているというのは残念だ。唯一金融庁の畑中龍太郎長官が昭和51年入省組の出世頭だという。

49年入省の異例の2人事務次官に続き、最近退官した大物次官の昭和50年入省の勝栄二郎さんが2年以上事務次官を務めたあおりを食ったのが、本当の理由だと思う。


勝(前)次官をべた褒めする榊原さんの真意は何か不明

このブログで紹介した4冊の本のように榊原さんは政権交代前は盛んに民主党のちょうちん本ばかり書いて、あわよくば堺屋太一さんのように民主党政権の大臣に収まりたかったのだと思うが、その目が消えた今、今度は財務省、特に勝栄二郎(前)次官をほめそやしており、何をやりたいのか不明だ。

勝栄二郎(前)次官は、10年に一度の大物次官ということで、野田内閣を陰で操って消費税増税を実現した張本人と言われている。

榊原さんが国際金融局長だったときに、勝さんが為替資金課長を2年間務めて、日独米の「サプライズ介入」を実施し、80円前後だった円を100円前後にまで戻したという上司・部下の関係がある。

勝さんは留学経験のない「マルドメ派」ではあるが、ドイツで育ったのでドイツ語はペラペラ、英語力もあり、多彩な能力と経験を持ち、特にその根回しの力は優れているとべた褒めだ。

日米独協調介入の時も、ドイツはドイツ語の堪能な勝さんが担当し、米国は当時の米国サマーズ財務長官とハーバード客員教授時代に太いコネがある榊原さんが担当するというタッグを組んでいたからこそ成功した経緯がある。

ちなみに勝さんは、独協高校から昭和44年の東大入試が無かった年に早稲田の政経に入学し、早稲田卒業後、昭和48年に東大に学士入学して、東大法学部を昭和50年に卒業するという経歴の持ち主だ。独協高校からは東大の入学者は毎年は出ていないので、あるいはダイレクトで東大を受けたら今の勝さんはなかったかもしれない。高校や大学の成績と、社会に出てから成功する能力とは別物だと考えさせられる一例である。


日本は財政規模でも公務員数でも小さな政府の優等生?

日本の公務員は、諸外国に比べて国民一人当たりの公務員数も少ないし、財政規模からみてもOECD諸国の中で小さな政府の優等生なのだと。日本はとても効率の良い国で、その効率を支えているのが官僚たちなのだと榊原さんは書いており、次の統計を紹介している。

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たしかに公務員の数や財政規模だけから言ったら、そうなるのかもしれないが、隠れ公務員のような多くの外郭団体があり、国民の実感とは異なると思う。

榊原さんが攻撃しているのは、政治家、特に地方議員で、公務員給与削減する前に、地方議員の歳費カットを行えと主張している。都道府県議会の議員の平均年収は2000万円を超え、これは米国の州議会議員の5倍以上、イギリスとフランスの地方議員の30倍以上、スイスでは無報酬だという。


財務省の組織図

財務省と金融庁の組織図は次の通りだ。

scanner394





出典:本書34ー35ページ

このうち財務省の心臓ともいうべき主計局には3人の次長、課長級ポストの主計官は11名で、担当は次のようになっている。

・総務課(2名、予算統括と企画)
・内閣、外務、経済協力
・防衛
・総務、地方財政
・司法・警察、財務、経産、環境
・文部科学
・厚生労働第1
・厚生労働第2
・農林水産
・国土交通、公共事業統括

主計官の下には、課長補佐である主査が2−3人いる。主計局だけ、役職呼称が別なのは、主計局が他局より上だという意識があるからだろうと。

「ぶった切りの保さん」と言われ、東京湾横断道路や関西新国際空港などの大型プロジェクトに軒並みゼロ査定をした元事務次官の保田博さんは、厳しく査定をしながら、応援団にもなるというデリケートな役割をこなしていたが、厳しい査定をすることで有名だったテレビにもよく登場する女性(元)主計官は、「厳しいというより冷たい」と、あまり好かれていなかったという。


昭和の3大バカ査定

大蔵スキャンダルで大蔵省を退職した田谷廣明は、毎日のように料亭に部下を連れ出しては豪快に遊んでいたそうだが、昭和の3大バカ査定は、戦艦大和、伊勢湾干拓、青函トンネルだと言いきって、政府予算の無駄遣いを戒めた肝っ玉の太い人物でもあるという。

大蔵スキャンダルでは、中島義雄主計局次長と田谷廣明主計局総務課長が退職に追い込まれ、4名の逮捕者があり、112人が処分され、榊原さんも戒告処分を受けたという。一人の課長補佐がキャリアとしてただ一人逮捕され、有罪となった。

当時は接待は常識化していて、問題という意識はなかったので、大蔵省では「検察ファッショ」だと言われていたという。今から思えば毎日料亭で接待というのは明らかに過剰だが、当時の感覚では、役人接待は普通だったかもしれない。時代の流れということなのかもしれない。


デュプティーズ

榊原さんは自分が財務官だったこともあり、国際金融正治の舞台では、テクノクラートのデュプティーズ(次官)が実質取り仕切り、決めていると誇りを持って語っている。デュプティーズはお互い親しく、率直に話しあえるのだと。


ワルは大蔵省では褒め言葉

財務省は悪役と思われるほうがかっこいいという美学があるという。

ワルの条件はセンス、バランス感覚と度胸だという。

次官の器は「あいつがそこまで言っているんじゃしょうがない、と相手を納得させられる器量、相手を最後の最後まで追い込まない、ハンドルの遊びを持つ人柄、あいつなら危急存亡のときでも安心して組織のかじ取りを任せられるという安定感」だという。


総理秘書官は出世コース

大蔵大臣秘書官、総理秘書官は出世コースの一里塚なのだと。歴代次官は総理秘書官経験者が少なくない。そもそも政治家の事務所通いは日課なのだと。法案の根回し等で主計局や主税局の人間は毎日議員会館通いをしているという。

予算も法律も国会が決定権を持っているので、日ごろから政治家と接触し、良好な関係を保っておくことが、財務官僚にとっては最重要課題の一つだという。榊原さんも宮沢喜一事務所にはよく通ったものだと。


民主党野田政権にはブレーンがいない


松下政経塾出身者は演説はうまいが、行政や経済についてはしろうとで、経済界や行政界に人脈もない。政治主導をうたったところで、それを実現するメカニズムがない。民主党野田政権にはブレーンがいないのだと。

だから政治主導を実現するためには、かつての池田内閣時代の下村治や田村敏雄、田中内閣の下河辺淳のような人や、経済界から協力してくれる牛尾治朗のような人が必要だと。

しかし松下政経塾出身者にはそういった人脈はなく、頼れる財界人としては稲盛和夫くらいしかいないという。


総じて、元大蔵官僚のプライドが、今年71歳になった榊原さんを動かしているのだと感じた。榊原さんは官僚引退後、大学を点々としたが、元大蔵官僚というプライドがひょっとすると邪魔していたのかもしれない。

榊原さんは筆者が9年間駐在したピッツバーグの、ピッツバーグ大学にも留学経験のある親しみがある人だが、もはやトシかもしれないと感じる本だった。

特に違和感を感じたのが、平成23年度入省者17人の名前と出身大学・学部、出身地を一覧にした表をこの本で公開していることだ。彼らの今後のキャリアがどうなっていくか見たい(経年変化を見たい?)ということだが、名前を出された本人達はえらい迷惑だと思う。

ともあれ、ジャーナリストが書く財務省の本と違って、インサイダーが書く本はやはり内容が違う。まずは本屋で手に取ってパラパラめくってみることをお勧めする。


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2010年12月08日

フレンチ・パラドックス なぜ「大きな政府」なのにあの国はうまくいっているのか

フレンチ・パラドックスフレンチ・パラドックス
著者:榊原 英資
販売元:文藝春秋
発売日:2010-06-11
おすすめ度:4.5
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かつて「ミスター円」と呼ばれた元大蔵省財務官で、現在は青山学院大学教授の榊原英資(えいすけ)さんの最新刊。

フレンチ・パラドックス表紙












表紙の帯には榊原さんの写真とキャッチコピーが載っている。”なぜ「大きな政府」なのに、あの国は、うまくいっているのか?”

榊原さんの著書はこのブログでも紹介している。民主党の政策検討のブレーン的な役割を果たしてきた。

英国ではサッチャー首相、米国ではレーガン大統領、日本では小泉政権が「小さい政府」を標榜し、民営化政策を進めてきた。しかし最近は北欧型の大きな政府にすべきと主張するグループも台頭してきている。


フレンチ・パラドックス

榊原さんも北欧型の「大きな政府」派だが、手本にすべきはフランスだと主張する。

フレンチ・パラドックスとは、一般的にはフランス人はバターや肉などをたくさん食べるのに心臓病が少ないというパラドックスのことを言い、フランス人がよく飲む赤ワインのポリフェノールがコレステロールを下げる働きをしていることが原因と言われている。


日本はすでに小さい政府

榊原さんは、日本は既に諸外国に比べると「小さい政府」だと指摘する。

国民負担率












出典:本書17ページ

2001年4月に成立した小泉政権は「聖域なき構造改革」を標榜し、郵貯民営化など、様々な民営化を推進するとともに、従来禁止されていた製造業への労働者派遣を解禁した。

雇用が正規雇用と非正規雇用に二分化し、格差が拡大、アジア諸国へアウトソーシングされ、先進国では雇用が減少している。グローバリゼーションの流れは止まらず、デフレも続くだろう。


フランスの少子化対策

フランスの少子化対策は100年の歴史がある。

フランスの人口は18世紀末にはイギリスの3倍だったが、1900年にはフランス3800万人、ドイツ5600万人、イギリス3200万人と、イギリスに近づかれ、ドイツに大きな差を付けられた。1916年には出生率は1.23まで低下した。

このため1932年に家族手当を制度化し、教育支援や女性の労働環境を整備する等の様々な政策を打ち出した。

現在は専業主婦比率は2割を切っており、ほとんどが共稼ぎ家庭だ。子ども手当は14歳以上は年齢加算もある。産休(16週間)、育児休暇制度、補足手当、出生手当、3歳未満の子ども加算などがある。

もちろん託児システムの完備も見逃せない。3ヶ月から3歳までの子どもを預かる公共の託児所がある他、私立の託児所もある。

3歳から5歳までは無料の公立幼稚園があり、空きがあれば2歳から預けることは可能だ。給食も支給され、延長保育もある。幼稚園が休みの時や不定期に預かって欲しい時は、臨時託児所も完備している。

フランスで子ども二人を育てる家族は、成人するまで3万9千ユーロ(500万円)の家族手当の支給が受けられるという。

フランスの特徴は婚外子が多いことだ。フランスの場合、事実婚が多く、2008年には婚外子が52%だ(日本は婚外子は2%)。しかしフランスでは嫡出子と非嫡出子との法的な差別はない。


大学まで教育は無料

幼稚園を終えると義務教育が始まり、6歳から16歳までが義務教育だ。授業料は無料で、私立の場合でも国からの補助があるので、年間10万円程度に抑えられている。学童保育施設もあり、放課後に子どもを預かってくれる。収入が少なければ無料だ。

義務教育は6歳が準備学級、7歳から4年間小学校、中学校が4年、2年間が高校、その後は職業訓練を受ける人と、バカロレアという大学入学資格試験を受験して大学に進学する人と分かれる。

大学は9割が国立で、授業料は無料だ。グラン・ゼコールという高等教育機関は国家公務員待遇となり、給与が支給される。


フランス型を目ざす政策

榊原さんが提唱するフランス型社会を目ざす政策は次の3つだ。

1.格差を縮小し、出生率を増やすための、現役世代向けの社会保障政策
2.日本の国際競争力を高めていくための教育政策
3.次の成長分野を日本が先導していくための産業政策

そしてその財源は国債発行を充てるという。

日本政府の財政赤字はGDPの9.3%、赤字の累積額はGDPの約2倍と先進国の中ではダントツで悪いが、日本国債の94%が国内で保有されている。

ムーディーズも日本国債の格付けをAa3からAa2も引き上げており、発行利回りが先進国の国債の中でも最低レベルの1.3%なのに売れ残ることはない。

地方を入れて、国公債発行残高が900兆円とすると、国民の資産が1、400兆円あるので、まだ500兆円ほどの資産増加であり、国債の発行余地はあるという。

ちなみに今度紹介する経営共創基盤CEOの冨山さんはまったく違うことを言っている。

榊原さんは国民資産はまだ国債発行の余裕があると語り、冨山さんは100兆円の蓄えしかないという。最大の違いは冨山さんは国民負債(300兆円)を国民金融資産(1400兆円)から減じていることだ。
カイシャ維新 変革期の資本主義の教科書カイシャ維新 変革期の資本主義の教科書
著者:冨山 和彦
朝日新聞出版(2010-08-20)
販売元:Amazon.co.jp
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冨山さんの指摘は斬新だったので、筆者も平成20年度国民経済計算統計を調べてみた。

一般に言われる国民の金融資産1,400兆円は、負債を引いていないグロスの資産で、ネットの試算だと1、000兆円であることがわかった。

一方政府の負債は970兆円だが、資産を差し引くとネットの負債は500兆円だ。

だから結論としては榊原さんの議論は正しいことになる。つまりネット同士の比較だと、政府のネット負債は500兆円、民間のネット資産は1、000兆円。榊原さんの言うように理論的には国内で500兆円の国債引き受け余地はある。

もっとも国民が資産500兆円をすべて国債に使うとは思えないので、あくまで机上の議論ではあるが、政府がどんどん国債依存高を高めているのは、こういった背景があるからだ。

日本の資産総括表負債残高総括エクセル表のリンクを入れておくので、一度自分でもチェックすることをおすすめする。

閑話休題。


政府は何をなすべきか

榊原さんは政府がなすべき政策として次のようなものを挙げている。

1.景気刺激策
  マニフェスト通り、ガソリン暫定税率を撤廃。

2.マネのできない技術力の高い製品をつくること。

3.医療・観光・教育サービスを充実

4.英語を公用語に
  日本の最大の弱みは語学力である。日本マーケットはそこそこ大きいので、翻訳マーケットも見込める。

ちなみに前出の冨山さんは、英語についても全国民のレベルを上げるのではなく、一流大学を中心にトップレベルの英語力を上げるべきだと主張する。

5.道州制は非現実的なので、廃県置藩で地方分権を


たぶん批評家から言わせれば、「フランスでは」という榊原さんは「出羽の守(ではの守)」なのだろうが、フランスの教育や育児支援制度は日本でも参考になると思う。

具体的な政策提言はやや弱い気もするが、少子化対策の先進国、フランスに着目して日本のことを考えるのも有益と思う。


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Posted by yaori at 13:18Comments(0)TrackBack(0)

2009年01月31日

政権交代 榊原英資さんの政権交代必至論

2009年1月28日再掲:

「無税入門」でけなされていたので野口悠紀雄さんの2003年の「超・納税法」を読んでみた。

「超」納税法 (新潮文庫)「超」納税法 (新潮文庫)
著者:野口 悠紀雄
販売元:新潮社
発売日:2004-08
おすすめ度:4.0
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節税手法としては「サラリーマン法人をつくれ」というもので、こんなことを一般の会社では受け入れるはずがないので、この提言の実現性は正直疑問だが、田中角栄の面白い逸話が載っていたので、紹介しておく。

野口さんは榊原さんの大蔵省の同僚で、入省したてで田中角栄の謦咳に接した一人である。

田中角栄は、野口さんたち1964年の大蔵省の新入職員20名を整列させると一人一人握手をはじめ、メモも見ず、秘書課長にも教わらないで、一人一人の名前を呼んだという。

顔を見て「おっ!野口君、頑張れよ」という調子だったという。

大臣が全員の顔と名前を知っていることに度肝を抜かれた新入職員を前に、田中角栄はこう言ったという。

「諸君の上司には、馬鹿な課長がいるかもしれん。諸君の提案を、課長は理解せぬかもしれんぞ。そうしたときは、遠慮せず大臣室に駆け込め。オレが聞いてやる。」

結局だれも駆け込んだ人間はいなかったが、「駆け込んでいい」という言葉は、野口さん達の心を捉えたという。

後から思うとこれは「お前達は特別だぞ」、「お前達だけを特別扱いしてやるぞ」という呪文だったのだと野口さんは語る。

「悪魔の方法」としかいえない、絶妙の人心収攬術だったのだと。

この魔術のために、大蔵省の幹部以下みんなが田中角栄の虜になってしまった。

そして田中角栄の人心収攬術のテクニックが、1974年の田中内閣の税制改革にも使われた。

給与所得控除が大幅に引き上げられたのだ。それまで150万円まで20%だった控除が、一挙に40%に引き上げられ、課税最低額が115万円から170万円に引き上げられた。

サラリーマンはこれで「ついにわれわれが特別扱いしてもらえた」と感じ、それが政治的にも自民党に有利に働いたが、実はこの給与所得控除の最大の受益者はサラリーマンではなかった。

自営業者や同族法人の経営者は、会社から給与を貰う形にしている人がほとんどなので、自営業者がこの給与所得控除を使うと、会社で経費を落とし、なおかつ自分や家族の給与所得控除が使えるという二重の控除ができる結果となったのだ。

さすが田中角栄だ。自民党が自営業者に支持される基盤をきっちりつくっていることがよくわかるエピソードである。

政権交代がいよいよ現実化しそうな政治情勢となってきた。榊原さんの話と呼応するので、野口さんの田中角栄のエピソードを追記して榊原さんの本のあらすじを再掲する。


2008年10月9日初掲:

政権交代政権交代
著者:榊原 英資
販売元:文藝春秋
発売日:2008-04-23
おすすめ度:4.0
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元大蔵省財務官で、「ミスター円」と呼ばれた榊原英資さんの政権交代必至論。

本の帯に「幻想ではない。歴史的な必然である」と書かれ、小沢一郎民主党党首との対談も収録されている。

なんでこの時期に現在早稲田大学教授の榊原さんがこのような刺激的なタイトルの本を出すのか、いまひとつしっくりこなかった。

しかし、この本を読んで、榊原さんが大蔵省在任時代の30代半ばで新自由クラブの設立綱要の素案を書いたり、選挙に出馬も考えていたことを知り、榊原さんが以前から政治活動に大変興味を持っていることがわかった。

だからこの時期にこのようなタイトルの本を出しているのだと思う。

内容を読むと、榊原さんが考える政策要項という様な部分はむしろ少なく、戦後日本の政治を担ってきた自民党が、吉田内閣の平和国家−軽武装路線からスタートし、1970年代の高度成長時代まではビジョンを持って国づくりをしてきたこと、特に30本もの議員立法を含む120本の法律を成立させ、官僚を意のままに使った田中角栄の力が大きかったことがよくわかる。

しかし次第に自民党はビジョンを失い、小泉内閣などのポピュリズム政治と化して、政権交代をしないと日本が世界の中で取り残される状態になってきたことを説明している。

アマゾンのなか見検索には対応していないので、目次を紹介しておく。

第一章 自民党長期政権の構造
第二章 自民党の危機と巧みな延命路線
第三章 小泉「改革」による破壊
第四章 生き残りを賭けるときにきた日本
第五章 新しいくにのかたち
第六章 「政権交代」核心対談 小沢一郎民主党代表に聞く

このブログでも紹介した「日本は没落する」では、現在の日本の様々な問題点を指摘しており、ラディカルに日本を変えなければならないことを力説している。

日本パッシングから日本ナッシングになりつつあっても、日本の復活は決して難しいものではない。しかし、そのためには日本をラディカルに変えるプログラムを着実に実行することが必要である。

この10年の経験からすると、自民党中心の政権ではラディカルな変革はまず無理なので、民主党にも問題はあるが、政権交代をして民主党中心の政府に賭けてみるしかないのではないかと榊原さんは語る。


格差なき経済成長は世界でも異例

最初に榊原さんは、1970年代までの高度経済成長を可能にした吉田茂の平和国家路線、池田勇人の所得倍増論と金融資本を核とした産業政策、高度成長から生じた格差を是正した田中角栄の公共事業を中心とした地方振興政策について説明している。

高度成長を達成しながら、平等な社会を実現するというのは、如何に難しいか中国の現状を見ればわかるという。その両方を達成したのは、自民党の政治家と官僚がグランドデザインを書いて、国の舵を切ったからだと。

榊原さんが大蔵省に入った時の大蔵大臣は田中角栄だったが、田中は幹部の名前は勿論、息子や娘の名前まで覚えていて、進学や誕生日などの機会に、「今日は○○ちゃんの○○だろう」と言いながら、ぽんと100万円くらいの現金を渡したのだという。

業者からお金を貰うと収賄だが、大臣からお金を貰っても違法ではないので、幹部はみな断るのに困っていたという。


日本を作りかえた田中角栄

田中は頭の回転が速く、記憶力も抜群で、発想も非凡であり、大変な行動力の持ち主だったという。一人で30本も議員立法を成立させたのは、後にも先にも田中角栄だけだと。

農産物の価格維持と地方での公共事業により、国全体の経済発展と都市・農村の格差解消という矛盾する二つの政治課題を両立させることができたのだと。

筆者が大学に入った時は、日本列島改造ブームで、大学祭での筆者の大学のクラスの出し物は、「日本列島改造論」研究だった。

日本列島改造論 (1972年)
著者:田中 角栄
販売元:日刊工業新聞社
発売日:1972
おすすめ度:4.5
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田中角栄が議員立法で成立させた法律が今でも生きている。

3月に一時的に期限が切れ、4月に復活したガソリン税を道路建設に使う「道路整備費の財源等の特例に関する法律」、高速道路料金の「プール制」、そもそもの「道路法」、新幹線建設を決めた「全国新幹線鉄道整備法」などだ。

その他「住宅金融公庫法」、「国土庁設置法」など120近くの法律、住宅公団関係の法律、筑波学園都市建設など、すべて田中角栄の仕事だという。


田中角栄後の自民党政治

ところが1970年代に石油ショックやニクソンショックなどで、高度成長が終わると自民党の政策は財政赤字を生み出す様になり、1976年にはロッキード事件で田中角栄が逮捕され、それまでの自民党の路線は変更を余儀なくされた。

このときに1976年に旗揚げしたのが河野洋平を中心とする新自由クラブだ。榊原さんが綱領の素案を書いたという。

榊原さんは1977年に当時大蔵省の同僚だった野口悠紀雄さんと一緒に「大蔵省・日銀王朝の分析」という論文を「中央公論」に発表し、そのまま大蔵省をやめるつもりが、当時の幹部に慰留され、埼玉大学の助教授に出向し、ハーバードの客員準教授となった後で、大蔵省に戻った。

このときの論文を発展させたものが、野口悠紀雄さんの「1940年体制」だという。

1940年体制―さらば戦時経済1940年体制―さらば戦時経済
著者:野口 悠紀雄
販売元:東洋経済新報社
発売日:2002-12
おすすめ度:4.0
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その後1982年に保守右派の中曽根内閣が成立し、5年間の長期政権となり、国鉄、電電公社、専売公社の民営化などの成果を残すが、政治改革は部分改革に終わったという。1985年のプラザ合意も中曽根内閣時代のことで、これによる円高で日本の製造業は大きく変貌することを余儀なくされた。

その後1993年には小沢一郎が新生党を結成し、日本新党の細川護煕を首相とする連立内閣が誕生し、自民党は10ヶ月の間下野した後、恥も外聞もなく主義の違う社会党との連立で村山首相を立てて政権に返り咲いた。

しかし細川内閣時代に小沢一郎が成立させた小選挙区制が金権選挙体質を変え、派閥政治を終わらせるきっかけとなった。


小泉ポピュリスト政治

2001年から小泉純一郎が首相となり、ポピュリズム政治と化し、「改革なくして成長なし」などのキャッチフレーズで人気を博すが、国民の大多数に恩恵のない郵政民営化などが実現したに過ぎず、日本国のビジョンを変えることはなかった。

榊原さんは、90年代後半から2000年代前半の日本の金融システムを救ったのは、竹中平蔵ではなく、宮澤喜一だという。今のアメリカの不良債権買い取りによる緊急財政支援法案は75兆円規模だが、宮澤さんは早期健全化法案で25兆円、さらに金融再生勘定等で60兆円という合計85兆円の公的資金を用意して、反対を押し切って銀行を支えて金融システムの崩壊を防いだ。

竹中平蔵は理由不明ながら、UFJ銀行を締め上げ、無理矢理三菱東京銀行と合併させてしまった。

2000年代に戦後最長の景気拡大が可能となったのは、90年代のバランスシート不況から各企業が脱却したからで、小泉改革の成果ではないと榊原さんは分析する。

道路公団民営化も、税源を地方に移譲するという三位一体改革も、国民生活には何も影響がない郵政民営化も虚構であると。

そのそも改革すべきは、小泉=竹中が手を付けた分野ではなく、教育・医療・年金だったが、こうした重要分野には手を付けず、結果として年金問題などで国民の不満を爆発させ、これが2007年の参議院選挙での自民党の歴史的敗北の原因となったのだと。


国家戦略なき日本

民間企業をバックアップするのが政府の仕事であり、資源開発分野など巨額のリスクマネーが必要な分野こそ、政府が積極支援するべきなのに、日本には長期的な資源戦略が欠けていると榊原さんは指摘する。

サウジアラビアのカフジ油田の採掘権も、サウジが要求した鉱山鉄道の建設を日本政府が受けなかったから採掘権が更新できなかったのだという。

語学力や日本文化を広めることなどについての教育の問題も指摘されている。

中国は全世界に「孔子学院」という中国文化センターのようなものをつくって、中国語教育と中国文化教育を中国から講師を派遣しておこなっており、全世界60ヶ国に210ヶ所あるのだと。早稲田大学にも「孔子学院」があるという。

だから全世界の中国語学習者は3,000万人おり、日本語学習者は300万人にすぎないのだと。


新しい国の形

以前あらすじを紹介した前著「日本は没落する」でも述べられていたが、榊原さんの考える新しい国の形は次のようなものだ。

1.人口30万人単位くらいで自治体組織を300くらいつくる。いわば「廃県置藩」なりと。

2.中央官庁のうち、教育・社会福祉・国土交通は地方に移し、中央政府には外交。防衛・警察・財政金融・環境・エネルギー分野のみ残す。民間と役人の相互移動を図り、天下り規制をなくす。

3.イギリス型の強い内閣をつくる。イギリスは閣内大臣、閣外大臣、副大臣、政務次官など大臣職にある人が約100人いるという。その他に大臣の政務秘書官に議員を指名できるので、全体で200人くらいが与党から官庁に入っているという。

4.基礎年金は全額税金化 保険ではなく、税金を分配する

5.医療システムに市場メカニズムを導入する医療改革

6.教育の自由化


最後の小沢一郎との対談では、基本コンセプトは「国民各人の自立と、自立した個人の集合体としての自立した国家の確立」、「フリー、フェア、オープン」であると「日本改造計画」に書かれていた基本的考えが説明されている。

日本改造計画日本改造計画
著者:小沢 一郎
販売元:講談社
発売日:1993-06
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


「フリー、フェア、オープン」の自己責任の例として、たしかグランドキャニオンの展望台に手すりがなかったことが書かれていたことを思い出す。

「基礎年金の全額税金化」を除いた上記の点が、小沢一郎の口からも説明されており、いずれ民主党のマニフェストに書かれるのだろう。


筆者は必ずしも榊原さんの政策論のすべてに賛成なわけではないが、日本をどうするのかビジョンを議論すべき時だという意見には賛成だ。

米国の大統領選挙をとっても分かるとおり、そもそも選挙とは未来の日本をどうするかというビジョンと戦略で闘うべきだと思う。

日本改革の提言の部分と昔の自民党と官僚が作ってきた時代の日本のことがよくわかって参考になった。

強い日本を再構築することを考える上で、おすすめの本である。


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2008年12月16日

強い円は日本の国益 ミスター円榊原さんの円高政策提言

強い円は日本の国益強い円は日本の国益
著者:榊原 英資
東洋経済新報社(2008-09-04)
販売元:Amazon.co.jp

1995年から4年間大蔵省財務官をつとめ、ミスター円と呼ばれた榊原英資さんの円高政策提言。

榊原さんは最近「政権交代」「日本は没落する」など、一連の著書を出し積極的に情報発信している。

ピッツバーグ大学に留学経験もあり、ピッツバーグ駐在だった筆者の先輩でもある。

没落からの逆転―グローバル時代の差別化戦略没落からの逆転―グローバル時代の差別化戦略
著者:榊原 英資
販売元:中央公論新社
発売日:2008-06
クチコミを見る


「没落からの逆転」は榊原さんの歴史観をもとに日本の今後を議論するもので、司馬遼太郎の明治賛美を否定するなど、多くが歴史論に費やされており、榊原早大教授の授業を受けているような内容だ。

前作にはやや違和感を感じたが、この「強い円は日本の国益」はまさにミスター円と言われた榊原さんの本領発揮という感じだ。

ただし榊原さんが大蔵省財務官時代にミスター円と呼ばれた1995年から4年間は、円高是正のために協調介入で応じたものだが、今は円高を国家として目指すべきだと論陣を張る。


この本の目次

この本の目次が良くできているので、紹介しておく。

序章  どうして、今、円高政策なのか
    戦後日本の転機は安保騒動とプラザ合意
    情報化、資源の稀少化の時代へ
    工業大国から環境・農業重視へ

第1章 21世紀の世界経済
    同時に進む先進国の成熟と新興国の産業化
    ポスト近代化へと脱皮できない日本
    農業・エネルギー産業育成には政府の力が必要
    インフレ、所得格差の拡大、そのなかで日本は

第2章 1ドル360円から79円へ
    ドッジが一人で決めた1ドル360円
    ドル安容認か、ドル防衛か、揺れるアメリカ政府
    ルーブル合意後もドルは続落
    為替を通商政策に使った第一期クリントン政権
    超円高反転への積極介入

第3章 日本の製造業の成熟
    内部化された労働・金融市場
    メインバンク・システムの変貌
    プラザ合意後の混乱と調整
    日本経済再設計の十年

第4章 ドルとユーロ ー ドル安は続くのか
    戦争の歴史を超えて実現したヨーロッパ統合
    壮大な夢だったユーロ誕生
    ドル対ユーロは安定しても、ドル下落は続く

第5章 円安バブルの形成と崩壊
    政策がもたらした円安バブル
    長すぎたゼロ金利
    前代未聞の巨額・ドル買い介入
    「価格革命」下での金融政策とは

第6章 アジアの世紀は来るのか
    中国・インドの台頭で資源問題が顕在化
    アジア諸国間で資源獲得争いも
    資源・食糧問題で日本ができること
    日本の農業政策の長所をアジアで活かす

第7章 構造改革と円高政策
    売るシステムから買うシステムへ
    オール・ジャパン体制で資源確保を急げ
    強い円が日本を甦らせる
    円高による産業構造転換
    低金利・円安バブルの是正は日銀の責任
    強い円は日本の国益


安保騒動とプラザ合意

榊原さんは戦後日本のターニングポイントとして、1960年の日米安保騒動と1985年のプラザ合意を、故宮澤喜一首相が挙げていたことを引用している。

1973年1月からの円ードル相場の推移を見るとプラザ合意がその後の日本経済の道を決めたという宮澤さんの言葉は、うなずけるものがある(日本銀行のデータに基づいて筆者が作成)。

yen-dollar





戦後の円相場は1944年のプレトンウッズ協定下の1ドル=360円からスタートし、1971年のニクソンショック直後のスミソニアン協定で308円となり、1973年から変動相場制に移行した。

この本ではそれぞれのレート決定の舞台裏が描かれていて興味深い。

それから円は1978年に170円台まで上昇した後は200円前後で変動した。

余談ながら筆者の最初の海外駐在はアルゼンチンで1978年7月から1980年7月までだったが、赴任したときは1ドル=190円前後だったのが、帰任したときは220円程度だった。途中で車を買うために日本から送金したが、このレートが170円台だったので、為替では得をした記憶がある。

一番利益が出たのは金投資だった。

アルゼンチンではインフレが150%とかだったので、ペソで貰った給料はすぐに金に換えていたが、ちょうど時期が良かったので1オンス=200ドル台で10枚ほど買ったメキシコ金貨が、当時のピークに近い1オンス=650ドルで売れて大変儲かった。

1978年のアルゼンチン駐在時代の最初の給与が1,000ドル以下(住宅費は別)だったことを思うと、当時の給料は本当に安かった。

1985年9月のプラザ合意前には240円前後だった円相場は、1985年末には200円まで上昇、プラザ合意後1年間で半分の120円台となり、1995年の79円まで10年間で対ドルレートは1/3になるという長期的円高トレンドとなった。


円高の流れを変えたミスター円

この長期円高の流れを変えたのが榊原さんだ。

1995年以降円高が是正されたのは、榊原さんがミスター円として陣頭指揮した介入による円安誘導と、このブログでも回顧録を紹介しているルービン財務長官が「強いドルは国益にかなう(A strong dollar is in our interest)」と言い続けたからだ。

それから円は120円を中心に上下20円前後のボックスレンジで最近まで推移していた。


強い円は日本の国益にかなう

榊原さんはこれから天然資源はますます稀少化し、工業製品との価値が逆転する。だから今までの輸出優先の円安メンタリティでなく、円高政策に転換しなければ日本は生き残れないと力説する。

この本の出版(2008年8月)以降、世界金融危機を機会に円相場は90円台に上昇し、そして12月11日には13年ぶりに80円台をつけた。

対ドルだけでなく、ユーロなどの他通貨に対しても円は強くなっているので、まさに榊原さんがこの本で提唱している「強い円」の局面に変わってきた。ここ10年間の円とユーロ、英ポンド、豪ドルとの相場推移は次の通りだ。

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出典:Yahoo! Finance

日本の一人当たりGDPが2006年に世界18位に落ちたのも、円ベースのGDPが横ばいなこともあるが、円がほとんどの通貨に対して弱くなったことが原因の一つだ。

GDP3








榊原さんの介入手法

榊原さんが財務官に就任した1995年以前の為替相場介入は、いわゆるスムージングと呼ばれる急速な変動をゆるやかにするものだったが、榊原さんは1ドル=79円まで進んだ急激な円高を円安に戻す「秩序ある反転」を実現した。

その手法はサプライズ介入だった。

まず前提条件として「日本版ビックバン」を行い、日本の外貨規制をほとんど撤廃して市場を自由化して環境をつくっておいた後、日米のみならず日米独協調介入を市場の予測に反して行うことで市場に恐怖心を抱かせ、それ以降は「口先介入」で市場をコントロールした。


日本再構築の10年

ボストンコンサルティンググループ初代日本代表で経済評論家のジェームズ・アベグレンは「新・日本の経営」で、1995年から2004年までの10年間を「失われた10年」や「停滞の10年」と呼ぶのは間違いであり、その間に日本の再構築が行われた「再構築の10年」と呼ぶべきだと語っているという。

新・日本の経営新・日本の経営
著者:ジェームス・C・アベグレン
販売元:日本経済新聞社
発売日:2004-12-11
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


この10年の間で、日本の企業は1970年代のオイルショックのときよりも大きく変わり、19あった都市銀行は4グループに再編、石油業界は14社から4社、セメントは7社から3グループ、鉄鋼大手は5社から4社になった。

最近発表された新日石とジャパンエナジーの経営統合など、まだ統合は続いている。

日本企業は財務や事業規模では劇的な転換を遂げるが、終身雇用面では基本は変わっていないとアベグレンは指摘する。その意味では日本企業は成熟期に入ったのではないかと榊原さんは語る。

現在世界は巨大な転換期に入っているので、先行きはまだ見えないが、少なくとも世界規模になった日本企業の競争力は強化されていることは間違いないだろう。

榊原さんの本にはまだ書かれていないが、今回の世界金融危機で日本企業のダメージは小さかった。日本再構築の10年を経て、これからは日本企業が攻勢に出るチャンスだと思う。


壮大な夢だったユーロ誕生

ヨーロッパ共同体構想は、フランスのジャン・モネが提唱した1951年の石炭鉄鋼共同体からはじまり、ヨーロッパ原子力共同体、そして1958年のEEC(ヨーロッパ経済共同体)に進み、1992年のマーストリヒト条約、1999年のユーロ誕生とつながる。

榊原さんはユーロの誕生を高く評価しており、この部分も面白い読み物となっている。


「円安バブル」をつくりだした小泉政権

この本が書かれた2008年9月の時点でロンドンの地下鉄の初乗りは4ポンド=800円であり、榊原さんはいかに円安で日本人の購買力が落ちているかを指摘し、これを「円安バブル」と呼ぶ。

(もっともこのロンドンの地下鉄の初乗り800円というのは裏があることは別ブログのポイントマニアのブログで説明したので、参照して欲しい。要はICカードを使わせるために現金価格をICカード価格の3倍弱に政策的に設定しているのだ。現在のポンド=135円をベースにするとICカードでの初乗り1.5ポンド=200円で、今は日本とあまり変わりなくなっている)

この円安バブルを作り出した原因は、小泉政権時代の2002年から2007年までのゼロ金利政策と2002年から2004年までの巨額のドル買い介入だと榊原さんは指摘する。つまり政策円安バブルなのだと。

ゼロ金利政策は巨額の円キャリートレードを生み、世界中の投資資金源となり株式や商品市況上昇の要因となった。

筆者は気がつかなかったが、日本の財務省は2003年5月から2004年3月までの1年弱で35兆円もの巨額のドル買い介入を行っている。これは榊原さんがミスター円といわれた1995年の介入額6兆円を大きく上回る史上最大の介入だった。

結局グリーンスパン議長が2004年3月2日に日本は介入をやめるべきだと語り、3月16日以来ずっと日本の介入は行われていないという。

この介入の意味は何だったのだろうと思わせるストーリーだ。


21世紀は天然資源争奪の時代

最後に榊原さんは、21世紀は中国・インドが台頭し、天然資源奪い合いの時代となると予想する。この時代に人口で劣る日本が生き抜くためには円高を利用して「売るシステム」から「買うシステム」への転換を図るべきだと語る。

東南アジアへの製造移転による産業構造転換を推し進め、日本国内は高付加価値の製品生産、高効率のエネルギー利用と再生エネルギー利用に転換する。

稀少価値の増す資源を確保するためにオールジャパン体制で臨み、農業の生産性を上げ、高度化農業を実現すべきであると。

参考までに、主要な天然資源の可採鉱量がたしか松藤民輔さんの本に書いてあったので、次にまとめておく。

勿論これから稀少性が高まり価格が上がると、経済的に開発できる鉱量が増えたり、新しい資源が発見されたりするので、今後増える可能性もある。またあまりに資源が少なくなると、逆に代替が進み使われなくなってしまう天然資源もあるかもしれない。

いずれにせよ可採鉱量は案外少なく、数十年などすぐに経ってしまうのでメタンハイドレートなどの新エネルギーや、代替エネルギー開発が急務であることが理解できると思う。

石油   41年
天然ガス 63年
石炭  147年
錫    22年
亜鉛   22年
銅    30年
ニッケル 41年
鉄鉱石  95年


購買力がなくては日本は世界で生き残れない。今や多くの日本の製造業は輸入と輸出をバランスさせ、為替ニュートラルを達成している。欧州諸国がユーロ高でも業績好調なのは、域内取引が7割程度を占め、為替ニュートラルとなっているからだ。

アジアでは中国とインドが台頭してくるのは間違いない。しかし通貨高(円高)と資源安を活用すれば、再び日本がアジア経済の中心となり、日本円がアジア経済圏での機軸通貨を目指すことも可能だろう。


今回の世界金融危機は日本にとって大きなチャンスだ。今何をすべきか示唆を与えてくれるおすすめの本である。


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2008年05月11日

日本は没落する 元財務官 榊原英資氏の日本版「フラット化する世界」

日本は没落する


+++今回のあらすじは長いです+++

「ミスター円」と呼ばれた元大蔵省財務官で、現早稲田大学大学院教授、インド経済研究所所長の榊原英資氏の戦略なき日本への警鐘。

榊原さんはインドのIT企業ウィプロの社外取締役なので「フラット化する世界」で取り上げられたインドの躍進の現状をファーストハンドベースでレポートしており参考になる。

実は筆者はピッツバーグ駐在の時に、榊原さんをお招きする機会があったが、直前に日本に帰国してしまい、お会いできず残念だった。

榊原さんはミシガン大学で博士号を取得する前に、ピッツバーグ大学で学んでいたので、恩師にお願いしてピッツバーグ日米協会の年次バンケットでスピーチしてもらう事になっていたのだ。

榊原さんは大変多忙だと思うが、「恩師の頼みとあれば喜んで」ということで、ピッツバーグでのスピーチを二つ返事で快諾してくれたのだった。

榊原さんは、現在は数百年に一度の大転換期で、20世紀の終わりから「ポスト産業資本主義」の時代となり、今や世界中で余っているお金が有利な運用先を求めて追いかける時代であると語る。

この時代に重要なものは、技術、知識、情報の3つであり、それらすべてを下支えするのが教育であると。まさに「フラット化する世界」でトム・フリードマンがアメリカに対して訴えていたことと同じだ。

明治時代の日本は富国強兵という国家戦略を掲げ、工業化と教育に注力した。しかし現在の日本はこれからの時代をどう生き抜くかの国家としての戦略性もなければ教育の水準も落ち、国民一人一人の意欲も大きく低下していると指摘する。

このブログでもしばしば引用しているゴールドマン・サックスの2050年までの予測チャートは、インド人女性社員のルーパ・プルショサーマンが書いたBRICSレポートに紹介されているもので、榊原さんも彼女の予測が実現するだろうと語る。

GS見通し






日本の累積債務は800兆円以上にもなり、毎年20兆円ずつ増えている。危機的な状況なのに、政治家も国民も事実を直視しようとしない。

早急に新しい時代に即した戦略を打ち出し、新しいパラダイムを確立しなければならない。そして、そのキーワードは「新しい学問のすすめ」となると榊原さんは語る。「学問のすすめ」は、梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく」の提言を思い起こさせる。


この本は次の様な構成となっている。

序章  ポスト産業資本主義の時代
第1章 ニホン株式会社が没落する日
第2章 激変する世界市場、取り残された日本
第3章 大衆迎合主義がこの国を滅ぼす
第4章 「公」(パブリック)の崩壊
第5章 「教育改革」亡国論
第6章 金融・年金問題の深層
第7章 日本の進むべき道 真の抜本改革を!



それぞれの章について印象に残った点を紹介する。

第1章 ニホン株式会社が没落する日

榊原さんは大蔵省という金融の世界に身を置いた人間ながら、「金融立国」という考え方は間違いであり、やはり国として力をいれるべきは技術開発であると語る。明治維新後の日本の発展を支えたのも工業化であり、アメリカが復活したのもIT技術で世界をリードしたことが理由だ。

金融ではアメリカの強さが際だっている。投資の世界では情報が重要で、たとえばゴールドマン・サックスはボードメンバーに各国の経済界の名士を加えている。日本なら元ソニーの出井さんや、京セラの稲盛さんがゴールドマンのアドバイザリーメンバーだという。

技術、知識、情報にお金がついてくるという認識を持たない限り、日本がアメリカに伍していくのは難しいと語る。

明治以降欧米の技術を導入して日本を発展させてきた原動力は技術者だが、技術者の地位が下がってきていると榊原さんは指摘する。

大阪大学の調査では某国立大学の文系と理系の卒業者の生涯賃金は、理系が5,000万円少ないという結果が出ていると言う。工学部志望者は90年代から減り始め、92年の60万人から2005年には半分の30万人、さらに2007年では27万人となっている。

工学部志望者推移






出典:豊田政男大阪大学工学部長の論文

このままだと製造業に於ける高度な技術教育を受けた人材で韓国、中国、インドに遅れをとることは避けられない。OECDの最近の調査によると、研究開発費でも米国の3,300億ドルに対し、日本は1,300億ドルで、中国の1,360億ドルに初めて抜かれている。

これからは一人の天才が10万人を養う時代だとサムスンの李健煕会長は言っているそうだ。(ちょうど4月22日に李会長は不正資金疑惑で退任を発表したところだ)

サムスン電子の役員の平均年俸はなんと5億円だが、優秀な技術者には社長をも上回る年俸を出せと言っているそうで、日本企業から東芝のフラッシュメモリー技術者など、優秀な技術者を多く引き抜いていることでも有名だ。

技術系に限ったことではなく、金融分野でも外資系金融機関の一流アナリストであれば、1億円の年収がある例が少なくない。日本の銀行では頭取でもせいぜい4−5千万円止まりだ。

中国では産官学一体が顕著だ。

たとえば中国のIT企業のトップ10に入るソフト会社の北大方正集団は北京大学が100%出資する大学所有企業で、胡錦涛や朱鎔基を輩出した清華大学でも持株会社をつくっている。

IBMのPC部門を買収したレノボは、持株会社を通じて中国科学院の傘下にある。国の戦略として技術開発を柱としているのだ。


第2章 激変する世界市場、取り残された日本

例として世界市場に進出できない日本の携帯電話メーカーを取り上げている。

日本国内市場がそこそこ大きいので、海外で大きなシェアを取るという差し迫った必要がないことが、日本のケータイ電話メーカーが海外でシェアをとれない要因の一つだ。おサイフケータイあり、インターネット接続ありの日本の高機能ケータイは世界の大多数の国では無用の長物なのである。


榊原さんとインドのつながり

タイトルで日本版「フラット化する世界」と紹介したが、榊原さんは1999年に大蔵省を退任してすぐにインドに講演旅行に行き、インドのIT企業の雄ウィプロの創設者アジム・プリムジ氏と知り合って、2002年からウィプロのボードメンバーとなっている。

ボードメンバーになったことにより、インドの実業界の名士の知遇も得たという。プリムジ氏はウィプロ株の8割を持っており、インドでも10指に入る資産家だが、公私ともに質素な生活をしており、日本に来ても社員が空港に迎えに来ると怒り、自ら電車や地下鉄で移動するという。

榊原さんが所長となっている早稲田大学のインド経済研究所は、インド最大のICICIのガングリー会長から、日本の経済界にインドを紹介する仕事をしてみないかと勧められて設立したものだ。

ICICIより一人とインド準備銀行から一人出向で来ており、日本企業から2名、それと榊原さんとスタッフの7−8名で運営している。

主な業務は日本の金融機関にインドの金融マーケット分析を提供することと、インドに進出を考えている企業へのコンサルティングだという。

インドへの投資拡大の受け皿は、インド投資委員会で、これはタタ財閥のラタン・タタ、ICICIのガングリー会長、HDFC(住宅開発銀行)のパレックCEOの3人委員会だ。

もともとインドと日本は、戦時中に日本がインドの独立を支持したこともあり、政治的には大変な友好国で、日本はインドに対して最大の援助国でもある。

1998年のインドの核実験以降、日本からの投資は低迷していたが、小泉首相の2005年の訪印以来流れが変わり、2006年の投資額は2004年に比べて5倍になっている。それでもイギリス、米国などより下の9位で、全直接投資額の3%にすぎない。

投資のネックはインドのインフラが整備されていないことだが、現政府はインフラ整備を政策の中心に置き、道路、港湾、空港、電力、通信などの整備を積極的にすすめている。

全国7カ所で発電所を建設する「ウルトラ・メガ・パワープロジェクト」や、高速貨物鉄道や新幹線建設、空港整備もすすめられている。首都デリーの地下鉄は日本の円借款で過半が賄われ、日本の商社・ゼネコンなどが参加している。

まさに日本の高度成長時代を彷彿とさせるインドの経済発展だ。

榊原さんによると、インドは民主主義国だったから経済発展が中国に比べて10年ほど遅れたが、インドは最も人口が増加する国の一つで、2050年頃にはGDPで中国を抜くと予想されている。

経済成長率では中国の10%以上に対し、インドは8−9%だが、2020年までには経済成長率でも中国を抜くと榊原さんは予測する。

インドで有名なのはIT産業で、TCS(タタ・コンサルタンシー・サービス)、インフォシスウィプロが3大IT企業だ。インドのIT企業は2000年問題のプログラム修正のアウトソーシングを受けて世界的に事業が拡大し、現在では様々な形でアウトソーシングを受けている。

また医薬品開発、民間宇宙開発でも強い競争力を誇っている。

中国とインドは関係を強化しており、胡錦涛主席は2010年までに両国の貿易額を400億ドルにすると宣言している。今後インドと中国で巨大アジアマーケットを構成することになろう。

インドは伝統的に全方位外交なので、中国とも日本とも友好を保っている。

インドではまだ規制もあり、日本の個人投資家はインド企業の株を買えないが、投資信託なら可能なので、いくつもの投資信託が設定されている。インド株は一時的に暴落しても、長期的には回復すると榊原さんは予測する。


第3章 大衆迎合主義がこの国を滅ぼす

榊原さんは小泉政権・安倍前首相の偏狭なナショナリズム、イデオロギー外交のために日本は10年先の国家戦略さえ描けなくなっていると語る。

中国は長期アフリカ戦略を展開してエネルギー資源確保をねらい、インドは原子力を戦略の中心に置いているのに対し、日本は石油公団を解体し、中東の日の丸油田の採掘権も失っている。

農業国であるアルゼンチンでさえトウモロコシ、小麦、牛肉の輸出を制限している様な世界的な食料不足が起こっているのに、日本の食料自給率は低下する一方である。

場当たり的政治家に国家のあるべき姿は語れない。日本のマスコミは小泉政権の郵政民営化選挙のごとく黒か白かに単純化するポピュリスト人気をあおり、長期的な戦略性が低下し、政治のリーダーシップが失われている。

ポピュリストとナショナリズムは相性が良く、良い例が第1次世界大戦後のドイツでのナチスの躍進であると榊原さんは警鐘を鳴らす。

ポピュリスト政治のおかしな点として、原発の安全性を科学的に議論できない雰囲気、拉致問題しか語れないムチしか使えない外交は、外交ではないという例を挙げている。


第4章 「公」(パブリック)の崩壊

日本は明治以来「官」が強い国であり、榊原さんが大蔵省に居たときにも、日本の国家戦略を常に優先して行動していたという。

金融ビッグバンも、規制緩和により大蔵省の権限を手放すことになるが、制度疲労してきた行政制度の中にあって、自ら変身していこうという試みだった。

宮澤喜一首相は日本の金融システムが危機に瀕している時に、税金を注入して金融機関を救った。最初は税金の注入にマスコミはじめみんな反対だったのを、信念をもって推進し、首相を退任した後も小渕内閣の大蔵大臣として復帰し、やり遂げた。

アジア危機で通貨安定のための基金として4兆円を拠出した「新宮澤構想」も打ち出した。

この様に国家戦略に基づいた大局を捉えた政治が必要なのである。


天下り規制批判

メディアが支持している天下り規制も、退職後2年間は関係企業への就職を禁じると、民間企業から人材を得ることを難しくさせ、民間プロフェッショナルの力を借りられなくなると指摘する。

郵政公社の生田元総裁でも民間企業の顧問になることが難しかったという。

欧米の金融当局では民間金融機関との人事交流は当然であり、「リボルビングドア=回転ドア」とさえ言われている必要不可欠なことなのに、天下り規制は愚策であると。

今や日本の問題は官の弱体化にあり、小泉政権の負の遺産は「官は悪、民は善」という原理主義的な民営化路線だと榊原さんは切り捨てる。

アメリカが「小さな政府」というのは、大いなる誤解であると。アメリカは軍事・宇宙・医学など国の競争力にかかわる問題についてはストロングガバメントだと指摘する。

中央官庁は再編で予算は減らされ、人員を減らされて、官僚の忙しさは大変なものになっており、「とても日本の将来のビジョンを考えているゆとりなどない」のが現状だ。日本の国際競争力を高めるなら、政府を極端に弱体化してはならないと語る。

教育再生審議会など日本では審議会政治が全盛だが、いくら政策を討議しても、それを実行していく仕組みが欠けていると榊原さんは指摘する。


第5章 「教育改革」亡国論

榊原さんは「ゆとり教育」は世界の潮流に逆行していたと語る。暗記は教育の基本であり、より多くの知識こそ、考える力の源泉であると。

世界的に優秀とされている民族は、幼い頃に暗記を強要している。たとえばユダヤ人はユダヤ教の聖典を暗誦させられる。インドでも上位カーストの人は教典である「ヴェーダ」を暗記させられる。

これらの暗記は脳の発達にも有効である。

競争の否定が社会階層の固定化をもたらした。学校群制度の前の日比谷高校の話を榊原さんは語る。

当時は東大に年間150ー200人進学するが、生徒会活動も活発で、運動でもラグビー部が全国2位になったことがある。クラス編成はなんと生徒が担任を選ぶ形で、浪人生には1年間の補習もあったという。

筆者は神奈川県立湘南高校出身だが、榊原さんの日比谷高校と同じような状態だ。今や親子2代続けて湘南高校出身という家族は少なくなり、同窓会の会長選びも大変だという。

筆者自身も、長男は私立中高一貫校に行ったので、湘南高校とは縁が切れてしまった。

学校群制度で名門公立校から私立校へ優秀な生徒はシフトし、裕福な家庭の子女が集まる私立校が優秀な大学に合格者を出すことになり、小学校4年から私立校めざして受験勉強を強いられるなど社会階層の固定化が始まった。

小学生が「偉くなってもしかたがない。のんびりやりたい」などと言うのは異常なことではないかと。


清華大学

中国のトップの常務委員9人中8人がエンジニアだ。清華大学は中国のハーバードと言われ、全国950万人が受験する「高考」(大学入試センター試験の中国版)のトップクラスのみが入学できる。

清華大学は義和団事件で中国が米国に支払った賠償金を米国が返還し、それを元にしてつくられた大学だ。だからアメリカとのつながりが強く、設立当時は「留美予備学校」と呼ばれ、アメリカ留学の予備校だった。現在でも1学年の内3割はアメリカに留学するという。

アメリカのハーバード、エール、プリンストンなどの一流大学の学長が清華大学を訪れ、優秀な学生を滞在費等一切大学持ちで、ヘッドハンティングしているという。

榊原さんは2006年にNHKの取材で清華大学を訪問した。東大本郷の10倍のキャンパスには53の学部と5つの大学院、41の研究所があり、クリーンルームを備えた半導体生産工場や、原子力発電所まであるという。

清華大学は中国の大学向け研究開発予算の半分を占めているといわれ、通信衛星を使って大学の講義を中国各地に放送しているという。

「アメリカに留学して、帰国して学者になるか転職したい」という学生が多く、中国から毎年11万人が海外留学しているが、トップレベルの大学の学生は日本に来ても「日本の大学で学んでいても時間の無駄」と言ってさっさと帰国してしまう人がしばしばいるという。


インドも技術教育に大変熱心で、頂点は7校あるIIT(インド工科大学)だ。インド工科大学シリコンバレー校友会にはビル・ゲイツが出席するという。

日本企業ではトヨタが2007年にインドにトヨタ工業技術学校を開設した。倍率は800倍だったという。

英語で自己主張できないのが日本人の弱点とならないように語学教育も重要である。


第6章 金融・年金問題の深層

日本の年金制度は創設された1950−60年当時の経済の高度成長と持続的なインフレ、人口増加が前提の制度だ。次の人口動態調査のグラフが日本の現状を物語っている。

人口動態調査







今のような人口減少フェーズに入ると、年金の破綻は確実だ。

日本でも政府系ファンド設立検討が議員レベルで始まっているが、シンガポールのGIC,中国の中国投資有限公司などの政府系ファンドが存在感を拡大している。

中東オイルマネーはドルからユーロに移っているが、日本政府や中国は1兆ドル近い外貨準備のほとんどをドルで持っているために、ドルが下落すると痛手を被るという事情がある。


第7章 日本の進むべき道 真の抜本改革を!

榊原さんの提案をタイトルだけピックアップすると次の通りだ。

*女性と老人の復権がキーワード

*いまこそ定年退職の撤廃が必要だ

*専業主婦は時代遅れ

*人事制度を大幅に見直しプロを厚遇する

*技術立国が国策、全寮制エリート教育で実現

*人事と予算の権限を教授会から学長へ委譲せよ
学校基本法は「大学には、重要な事項の審議を行うため、教授会を置かなければならない」と定めているが、これは労働組合が会社の予算や人事を決めるようなものであると。

*「教育基本法」を変えても意味がない
行政のテクニックで「何も変えずにお茶を濁したい時は、基本法だけ変える」というものがあると。学校教育法、私立学校法、教育職員免許法などの個別法を変えなければならないと。

*教育職員免許法を撤廃し、社会人を教員に

*(学校)設置法見直しこそ改革断行の切り札

*天下り規制撤廃、行為規制で官民交流を活発に

*証券会社のトップが財務大臣になっていい

*(年金)保険料から目的税へ ー いまこそ大転換すべし
社会保険庁を廃止し、国税庁が一括して徴収

*高度医療は民間保険で ー 混合診療の解禁

*アジア通貨基金を設立せよ

*移民受け入れが21世紀日本の正念場

*知識人よ、世界へ「日本の特殊性」を発信せよ
「茶の本」を英語で出版した岡倉天心、「武士道」の新渡戸稲造などの先人にならえと。

*一神教的「覇権争い」から多神教的「共存共栄」の世界へ

*大改革のために不可欠な「没落」という危機感
改革のためには何よりも強い危機感が必要で、すべての日本人が「10年後には日本は没落しているかもしれない」という危機感、「まさに我々は存亡の危機にあるのだ」という共通意識を持つことが求められていると結んでいる。


まとめると日本は移民を受け入れ、開かれた国にする。年金保険料は廃止し目的税として、教育に力を入れ技術立国を図れということになる。

現在の日本の現状は「戦略なき国家」と言わざるを得ない。誰もが問題意識を持っていると思うが、榊原さんの提言は、問題解決の方向性を示唆しており参考になる。

日本版「フラット化する世界」として、おすすめの本である。


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Posted by yaori at 22:42Comments(2)TrackBack(0)