2009年03月01日

経済は感情で動く クイズ感覚の行動経済学

経済は感情で動く―― はじめての行動経済学経済は感情で動く―― はじめての行動経済学
著者:マッテオ モッテルリーニ
販売元:紀伊國屋書店
発売日:2008-04-17
おすすめ度:4.0
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はじめての行動経済学という副題がついているが、クイズ集のような読み物になっている。原著はイタリア語で書かれているが、翻訳は非常に軽妙で読みやすく、翻訳とは思えないできばえで、わかりやすいように日本の事例も多く盛り込まれている。

こんな経済学の授業なら是非受講したいものだ。

いくつか参考になる例を紹介する。


●お金の価値は一定というのは幻想。ギャンブルで稼いだ金はパッと使うが、汗水垂らして稼いだ生活費はケチる。

●選択で目が行きやすいのは肯定面より否定面。政治家が汚職やスキャンダルを嫌うのはそのため。

●3つあると真ん中を選ぶ。

●選好の逆転

・第一問 あなたはどちらを選びますか? 
 A.賞金は7,000円だが、当たる確率は80%
 B.賞金は70,000円だが、当たる確率は10%

 67%がA.を選んでいる。

・第2問 上記A./B.をお金に換算するとどちらが高いですか?
 
 71%がB.を選んでいる。

これが「選好の逆転」という現象で、ラスベガスのカジノでの実験で明らかになったという。選ぶのは確率が高い方だが、価値は賞金の額で判断する。

●保有効果

・コーネル大で大学のロゴが入っているマグカップを使って2種類の競売を行った。
 A.カップを持っているグループには、いくらならカップを手放すか
 B.カップを持っていないグループには、いくらなら買うか

 A.の平均は5.25ドルで、B.の平均は2.75ドルだった。たいしたものではなくても、自分のものの価値は人が考える価値より2倍にもなる。これが保有効果だ。

●コンコルドの誤謬
 別名サンクコストの過大視といえばわかる人も多いと思う。コンコルド開発の途中で、完成しても採算がとれないことが予想されたが、既に巨費をつぎ込んでいたので、そのまま突っ走り完成したが、巨額の赤字を垂れ流すことになった。

 第2東名とか、これになりそうなプロジェクトも多い。


●勝者の呪い
 もっとも高い価格でスポーツ選手や資源の採掘権などを手に入れた勝者が、高コストで結局損をしてしまう。これが勝者の呪いだ。

●アンカリング効果
 一番典型的なのは値札だ。10,000円の元値が5,000円になっている商品と、正札が5,000円の商品では、あなたはどちらを買うだろうか?

 ある人の意見を聞いた後で、自分も同じことを考えていた気がするというのもアンカリング効果だ。

●ヒューリスティクス(目の子算)のバイアス
 経済に心理学を導入したことで、2002年にノーベル賞を受賞したダニエル・カーネマンが名付けた現象。

 直感で見積もる時、バイアス(偏り)がでることがある。たとえば次の様な場合だ。

・リンダは大学で人権や社会正義のためデモにも参加していた。次のどれが当てはまる可能性が高いか?
 A.リンダはグローバル化反対の活動家である。
 B.リンダは銀行員である。
 C.リンダは銀行員で、グローバル化反対の活動家である。

 80%の人はA>C>Bと判断する。しかしBとCは論理的には常にB>Cである。これが連語錯誤と呼ばれる現象だ。

 首都大学東京 都市教養学部経営学系長瀬ゼミナールのwikiサイトというのがあり、行動意思決定論の用語を解説しているので、紹介しておく。この本に出てくるいくつかの用語も解説している。

●少数の法則 

 少ないサンプルでも大きな数の法則が当てはまると考えること。たとえば3割バッターが3打席ノーヒットだと、次の打席はヒットを打つ確率が高いと考える。ヒットを打つ確率は毎打席3割だ。

 野球評論家の「後知恵」的説明は話半分に聞いておくと良いと。結果を知っていれば誰でも評論家になれる。

●フレーミング効果
 質問のされ方によって選択が異なる現象。

・撤退ルートにより兵士の生存率が異なる場合。
 1.A.を選べば200名が助かり。B.を選べば1/3の確率で全員が助かり、2/3の確率で全員が死亡する。

 2.A.を選べば400名が犠牲になる。B.を選べば1/3の確率で全員が助かり、2/3の確率で全員が死亡する。

 70%以上の人が1.ではA.を選び、2.ではB.を選ぶ。助かる人命を説明に入れると、なるべく多くの兵士を助けようとするから慎重になるが、失われる人命を説明に入れると、一人も失いたくないので、かえって危険を冒してしまう。

 投資の場合に当てはめると、確実に得をする可能性の高い時は慎重になり、確実に損をする場合には余計にリスクを負ってしまう。ギャンブラーによく見られる現象であると。

・ガン手術の場合に外科手術か放射線治療かを選ぶというケースの場合
 1.外科手術を受けた100人の患者のうち90人が手術に成功し、1年後の生存者数は68人、5年後の生存者数は34人だった。放射線治療を受けた100人の患者のうち、100人が無事に治療を終え、1年後の生存者数は77人、5年後の生存者数は22人だった。

 2.外科手術を受けた100人の患者のうち10人が手術中に死亡し、1年後には32人が死亡し、5年後には66人が死亡していた。放射線治療を受けた患者で治療中に死んだ患者はなく、1年後の死亡者数は23人、5年後の死亡者数は78人だった。

 1.も2.も同じ質問だが、1.の様に生存者で質問されると82%が外科手術を選んだが、死亡者数が表示されると外科手術を選んだ人は56%にまで下がった。

おもしろい問題もある。

●雨の日のマンハッタンでどうしてタクシーがつかまらないのか

 普通に考えれば、売り上げの上がる日によく働き、売り上げの少ない日にはさっさと切り上げるべきなのだが、運転手たちは短時間で儲かる日には労働時間を短くしていることがわかったという。

 運転手たちは、売り上げ目標に達しないとそれを損失と考え、もっと長く働こうとし、短時間で目標額に達してしまえば得した気分となり、さらに長く働こうとは思わず、帰って一杯やろうとする。だから雨の日にはいつまでもタクシーが見つからないのだと。

 これは「損失回避の原則」と呼ばれ、ダニエル・カーネマンらがプロスペクト理論として実証したものだという。同じ1万円でも、1万円得する満足よりも、1万円損する苦痛の方がはるかに大きいのだ。

 株の場合は、投資家は手元に置いておくべき株を売り急ぎ、売るべき株を売り遅れる傾向があるという。

●してしまったことを後悔するか、しなかったことを後悔するか

 人は短い期間では失敗した行為に強い後悔を覚えるが、長期的にはやらなかったことを悔やんで心を痛めるという。マーク・トウェインは「20年経てば、したことよりもしなかったことを嘆くようになる」と言ったという。

お金についての錯覚については多くの例が紹介されている。

●実収入か額面か

・インフレゼロでの2%の賃下げと、インフレ4%での2%の賃上げではどちらが好ましいか?

・クレジットカードを使うと2%高くなるという張り紙と、現金で買うと2%割引になる張り紙ではどちらが好ましいか?

・寒い日には150円で売るが、暑い日には10円値上げするというコカコーラと、暑い日には160円で売るが、寒い日には10円値引きするというペプシコーラではどちらが好ましいか?

たぶんあなたの感じたのと同じことを他の多くの人も感じている。


裁判員制度がいよいよ5月から実施されるが、裁判員の心証が言い方によって操作される場合があるので注意しなければならない。たとえば次のような場合だ。

 A.毎年そのガンで死ぬ人は100人につき平均24人である。
 B.毎年そのガンで死ぬ人は1万人につき平均1,285人である。

どっちのガンが危険度が高いか?

ある研究によると75%の人がB.の方が危険だと考えるという。1,285人という数字に引かれるからだ。

 A.X氏のような患者を釈放すると、半年以内の犯罪発生率は20%である。
 B.X氏のような患者を釈放すると、100人のうち20人が半年以内に犯罪を犯す。

 A.の場合は21%の専門家が釈放に反対、B.のケースでは41%の専門家が反対したという。人数を言われた方が犯罪を犯す場面を想像しやすいからだ。

教訓として、マスコミの報道を見るときに各種の統計数字については、母体数がどれだけかを確認し、%表示であれば実数で、実数表示であれば%に置き換える頭を持とうと呼びかけている。

そうすれば最初に受けた印象と異なり、騒ぐようなことではないとわかるかもしれないと。

筆者が通勤途上によく聞いているAudibleでダウンロードしたブライアン・トレーシーのオーディオブックの"Success Mastery Academy"で言っていたが、テレビドラマや映画に登場する悪人の84%は白人ホワイトカラービジネスマンで、女性の悪人も結構いる。

しかし犯罪統計によると白人ホワイトカラービジネスマンの犯罪は全体の1%以下で、そのうち女性の犯罪はきわめて少ないと。

audible






success mastery academy






アメリカでポリティカリーコレクト(人種問題を起こさない)ドラマをつくろうとすると、白人ホワイトカラー犯罪しか制作できないのだという。


●知ってるつもり 自信過剰がはめる罠

運転能力の問題はよく出されるが、(あなたは自分の運転がうまいと思っていますか?)、この本ではあなたが正解である確率を自己評価してみろという。問題は次のようなものだ:

1.日本のカルデラ湖で一番大きいのはどれでしょう? (自己申告正解度   %)

3.国会議員に立候補できるのは何歳からですか?(自己申告正解度   %)

6.太陽と地球までの距離を100メートルとすると、地球と月の距離はつぎのうちどれですか? 。横汽瓠璽肇襦↓■押ィ汽瓠璽肇襦↓25センチ、ぃ押ィ汽札鵐繊 兵己申告正解度   %)

7.日本で35歳以下の第一の死因は何ですか? (自己申告正解度   %)


正解を問うのではなく、自己申告正解度を聞いているのがミソだ。ちなみに筆者はすべて誤答だった。(正解は続きを読むに記載)

人は過信しがちで、成功すると自分のため、失敗すると人のせいにしたがる。これでは将来も同じ失敗を繰り返す。自分の誤りを認めることが前進のカギとなると語っている。

●ピーク・エンドの法則
 1999年にダニエル・カーネマンが発表したもので、快・苦の記憶はピーク時と終了時の快・苦の度合いで決まるというもの。ことわざの「終わりよければすべてよし」である。

 だから別れ際の一言、最後の一言が大切なのだ。「本日はお時間を取っていただき、ありがとうございました」の一言が言えるかどうかで印象はがらりと変わるという。


最近では「神経経済学」という行動経済学の一部で、人間がある行動をとるときに脳のどの部分が働いているかで、合理的判断か感情かをMRIなどで判定しようという試みがあるそうだ。またどんなホルモンがでていればどのような行動になるのかを調べているという。


「はじめての行動経済学」という副題がついているが、経済学の本というよりはクイズ集のようである。おもしろく読め、また参考になる。

ベストセラーゆえ本屋に平積みになっているのではないかと思うので、是非一度手にとってみることをおすすめする。



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Posted by yaori at 11:28Comments(0)TrackBack(0)

2009年02月17日

アフリカ・レポート 追記 人類はみんなアフリカ出身

2009年2月17日追記:

元朝日新聞論説委員の松本さんの「アフリカ・レポート」のあらすじを紹介したが、アフリカというと日本人の自分とは関係ない地域と感じる人も多いのではないかと思うので、人類の祖先はアフリカで誕生したことが科学的に確かめられたIBMのジェノグラフィック・プロジェクトを再度紹介しておく。

IBMは様々な文化的プロジェクトを協賛していて、そのフィランソロピーのマインドには感心する。

その一つがNational Geographicと共同で推進しているジェノグラフィック・プロジェクトだ。

すでに20万人以上の様々な人種と国籍の人のDNAを採取して、DNAを分析したデータを蓄積している。

その研究の一端がIBMのサイトで公開されている。

IBMプロジェクト






ニューヨークのグランドセントラル駅に居合わせた人種も出身も異なる白人、アメリカインディアン、フィリピン、ラテン系の4人のDNAを採集して分析してみたのだ。

IBMのサイトでは、画面は小さいが動画で公開されている。

National Geographicのサイトでも公開されている。

National Geographic






DNA分析の結果、4人すべての祖先はアフリカから来たことがわかった。

数万年という年月で、白人やアジア人、アメリカインディアンと人種は異なるが、まさに人類みな兄弟という言葉を実証する結果となった。


IBMのサイトでは、ゴルフの科学や、リアルタイム犯罪センター、鳥インフルエンザ問題など、他のプロジェクトも取り上げられている。

さすがIBMと思う。是非一度IBMのサイトもご覧戴きたい。


2009年2月13日初掲:

南部アフリカのジンバブエで1980年の独立以来長く独裁政権を続けてきたムガベ大統領が、インフレ率年率150億パーセントという国内の混乱に対する国内外の批判に屈し、反対派のツァンギライ(Tsvangirai)氏が首相となる連立政権が本日(2月13日)誕生する。

連立政権が誕生しても、ムガベ氏は大統領として残るので前途多難だと思うが、少なくとも「世界最悪の独裁国家」と呼ばれたムガベ独裁から、挙国一致内閣に政権移行するのは歓迎すべきことだと思うので、アフリカの現状について書かれたこの本のあらすじを紹介する。

アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書)アフリカ・レポート―壊れる国、生きる人々 (岩波新書)
著者:松本 仁一
販売元:岩波書店
発売日:2008-08
おすすめ度:4.5
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2007年まで朝日新聞社で勤務し、ナイロビ支局長や編集委員を歴任したアフリカ通の記者松本仁一さんのアフリカの現状レポート。

松本さんを知るヨハネスブルグ駐在経験者の先輩から勧められたので読んでみた。

筆者は世界40カ国以上訪問したことがあるが、アフリカはエジプトと南アフリカしか行ったことがない。それもエジプトは約20年前、南アフリカは最後に行ったのが10年前で、最近の状況をレポートするこの本は参考になった。

1960年代はアフリカの時代と呼ばれ、東京オリンピックの前後に多くの国が独立し、アフリカはアフリカ人のものになった。しかし多くの国は部族間の対立と私利私欲に走る権力者という問題をかかえ、結局アフリカ諸国が繁栄する時代は来ていない。

AfricaCIA-HiRes










松本さんは現在のアフリカ諸国を次の類型に整理している。

1.政府が順調に国づくりを進めている国家
  該当するのはボツワナくらいだろうと。ボツワナは南アフリカの真上に位置する。

2.政府に国づくりの意欲はあるが、運営手腕が未熟なため進度が遅い国家
  ガーナ、ウガンダ、マラウィなど10カ国程度。

3.政府幹部が利権を追い求め、国づくりが遅れている国家
  アフリカではもっとも一般的で、ケニア、南アフリカなどが入る。

4.指導者が利権にしか関心を持たず、国づくりなど初めから考えていない国家
  ジンバブエやアンゴラ、スーダン、ナイジェリア、赤道ギニアなど。

いわゆるサハラ以南アフリカには48カ国がある(アフリカ全体では53ヶ国)。そのうちこの本で取り上げているのは10カ国程度だが、アフリカのどの国も同じ病理をかかえているので、代表的サンプルだと考えてよいと松本さんは語る。

いままでアフリカの汚職などを国際機関が追求すると、あなたはレイシストだと反撃され、そのまま議論は進まなかったが、もはやレイシスト=思考停止ではすまされない時代になってきている。

松本さんは1980年にアフリカを初めて訪れ、それ以降30年近くアフリカと関わってきた。その松本さんの「中間レポート」(いずれ最終レポートにつながる)が本書だ。


この本の目次

この本の目次は次の通りだ。

序章  アフリカの今 ー ムルンバの夢はどこへ行ったか
第1章 国を壊したのは誰か ー ジンバブエで
第2章 危機に瀕する安全と安心 ー 南アフリカ共和国で
第3章 アフリカの中国人 ー 南アで、アンゴラで、スーダンで
第4章 国から逃げ出す人々 ー パリで、歌舞伎町で
第5章 「人々の独立」をめざして ー 農村で、都市スラムで
第6章 政府ではなく、人々に目を向ける ー ケニアで、ウガンダで、セネガルで、


ジンバブエ

冒頭に記した様に、今日は30年あまり続き「世界最悪の独裁政治」と言われたムガベ大統領の独裁制が終わり、ツァンギライ首相との連立政権が成立する歴史的な日だ。

ジンバブエは昔はローデシアと呼ばれ、南部アフリカでも豊かな国だった。ローデシアとは南部アフリカで富を築いた英連邦のケープ植民地の首相でダイヤモンドのデビアス社の創設者の一人でもあるセシル・ローズにちなんだ国名である。

クリントン大統領はローズ奨学金を受けてオックスフォードに留学しているが、このローズ奨学金は莫大な富を死後オックスフォード大学に寄付したセシル・ローズにちなんだ奨学金だ。

ローデシアは鉱物資源に恵まれ、世界3大瀑布の一つのビクトリアフォールズもあり観光資源にも恵まれている。白人の農場主が土地をよく管理していたので、農産物を輸出するほどだった。

しかし人口600万人のうちのわずか5%の白人が支配していたことから、人種差別国だとして1966年から国連のローデシア制裁を受け、ついに1980年に黒人政権が誕生した。

その初代大統領が人口の8割を占めるショナ族出身のムガベだ。筆者も鉄鋼原料を担当していたので記憶があるが、独立当初は政府高官も白人が多く、安定した政権で、日本は官民合同で新生ジンバブエにミッションを送ったり、ミッションを受け入れたりしていたが、ジンバブエ政府の窓口のテクノクラートはみんな白人だった。

「アフリカで最もめぐまれた独立」といわれた新生ジンバブエは優れた農業政策をとっていた。

農業省の白人官僚は農業生産振興のために農業普及員ネットワークを作り上げ、農業キットという種と農薬のセットを農家に配った。この政策が功を奏し、1984年の干ばつで隣国が種まで食料にしてしまい、農業生産が落ち込むかたわら、ジンバブエは農業生産を拡大した。1980年にはタバコの93%、大豆の99%を白人農場が生産していた。

しかし1980年代後半からムガベの白人いじめのため、白人の政府官僚は辞め、ムガベの腐敗の噂がでると、矛先を変えるために白人の農地支配を非難したため、多くの黒人元ゲリラが白人の農場を乗っ取った。

しかし元ゲリラは大規模農場経営のノウハウがないので、農業生産は激減し、物価も高騰した。

その後ムガベ政権は1998年にはコンゴ派兵(自分の愛人が所有するダイヤモンド鉱山の警備に出兵したと言われている)、2000年には白人農場の強制接収を実施した。

2000年までは白人農場で働く黒人労働者は200万人いたが、国の白人農場接収で、実に180万人が職を失い、そのうち100万人が流民化した。

その後のジンバブエ経済の混乱ぶり、超インフレについては、時々報道されているとおりだ。青年海外協力隊の人もジンバブエの1、000億ドル紙幣を紹介している。

筆者がかつて駐在していたアルゼンチンも年率100〜200%のインフレだったが、年率150億%というのは全く想像もできない。要は通貨ジンバブエ・ドルの価値がないということだ。

この本ではムガベ政権下のジンバブエの無秩序な経済運営の実態をレポートしている。物価を抑えるため、2007年6月に政府は価格半減令を打ち出したので、なかば暴動のように人々が買いあさり、商品はなにもなくなった。

あまりにインフレが激しいために、為替も公定と闇相場は1000倍の開きがでて、卵一個が公定相場だと2万円で、闇だと20円という状態だという。

1970年代まではアフリカの多くの国は農業輸出国だった。それが農業は利権のうまみがないので、支配者が農業には関心を払わなかったので、どの国でも農業は衰退し、アフリカは農産物輸入国となってしまった。

このプラス・マイナスの所得の損失は年間700億ドルにものぼり、年間200〜300億ドル程度の先進国からのODAではとうていまかなえない金額である。

ムガベ大統領は経済の混乱は英国の制裁のせいだと言い出し、批判する野党の指導者を暴漢に襲わさせた。そして2008年3月国際監視のもとにジンバブエで大統領選挙が行われ、ムガベと同じショナ族出身ながら野党のツァンギライ候補が対抗馬として立候補した。

選挙結果はなかなか発表されず、やっと5月になってツァンギライ候補がムガベを上回る獲得票数だったが、どちらも50%に達しなかったということで再選挙が6月に実施された。

野党への圧迫は激しく、支持者の生命と引き替えに投票を依頼することはできないとして、ツァンギライ候補が決選投票への出馬取り消しを表明し、ムガベ政権がまた6年間続くことになった。

この本が出版されたのは2008年7月なので、その後ムガベ大統領と反対派のツァンギライ氏との間で合意が成立し、本日(2月13日)に連立政権が誕生することは冒頭に記した通りだ。


危機に瀕する「安全」と「安心」

松本さんは「危機に瀕する安全と安心」というタイトルで、1章を割いて南アフリカの治安の現状をレポートしている。

松本さんが訪問した時に、高級住宅地のサントンで、帰宅でガレージを開けた時をねらわれたカージャックが発生した。白人女性から奪われた新車のホンダは数時間後ソウェトでほとんどの部品をはぎ取られて横倒しになって見つかった。

2005年の南アフリカの犯罪は次の通りだ。括弧内は人口が約3倍の日本の犯罪発生数だ。いかに南アフリカの犯罪数が多いかわかると思う。

殺人事件  1万9千件(1,300件)
強盗事件 19万4千件(3.500件)
強姦事件  5万5千件(1,800件)

白人政権時代はフライング・スクォッドと呼ばれる優秀な警察組織があったが、現在の南アフリカ政府は犯罪対策に真剣に取り組んでいるとは思えないと松本さんは語っている。

たとえば警官の給料は地方公務員より2割安い。警官の数も減っている。犯罪の起訴率は殺人25%、強姦18%、強盗やカージャックは3−4%で、「やり得」の状態が続いているという。

犯罪の根本原因は貧困で、松本さんはヨハネスブルグ郊外のソウェトの現状をレポートしている。電気もトイレもない。電気は車のバッテリーをコミュニティセンターで充電して使う。1回100円の充電で、60ワットの電球を毎日4−5時間使うだけなら3週間持つという。

水道は700軒ほどの共同、トイレはヨーロッパのNGOが寄付したものがところどころあるが、政府がくみ取りをしないので、汚水があふれているという。

世界の金市場を支配するアングロアメリカンや、ダイヤモンドのデビアス社などが出資した400億円の貧困対策予算があるが、こうした基金は手つかずのままだ。会計検査が厳しく、利権のうまみがないからだ。

復興開発計画の目玉の一つは、10年間の義務教育無料化だったが、教育は無料となったがかえって子供の非行が増えたという。信じられない展開だが、初めは子供全員が学校に行くが、半分以上が3年でドロップアウトする。教材が買えず、授業についていけないからだという。

ドロップアウトした子供はドラッグに手を出し、金ほしさにスリやかっぱらいをして、ギャングの手下となるという結末だ。考えさせられる現実だ。


新植民地主義(ネオコロニアリズム)

アフリカの指導者が腐敗するのは、一つには部族の問題があるという。わいろを取っても部族の面倒をみる方が大切だという考え方だ、もう一つは他国の侵略などにさらされなかったので指導者に強い危機感がなかったことだという。明治学院大学の勝俣誠教授は「公の欠如」と呼んでいるという。

ヨーロッパ諸国などによる武力を用いない資源持ち出し・市場化の動きもある。それが「新植民地主義=ネオコロニアリズム」だという。フランスはセネガルに多数の「コーペラン(行政顧問)」を送り自国企業の利益を計っているという。

中国もアフリカの石油を手に入れ、中国商人が安価な中国製品を持ち込んでその国の市場を占拠しつつある。中国がネオコロニアリズムの主役になろうとしていると松本さんは語る。

中国商人=華僑の生命力・バイタリティは今に始まったことではない。昔から世界中で中華料理屋がない町はないと言われていたものだ。たとえば筆者の駐在していたアルゼンチンの最南端の町ウスアイアでも30年前に中華料理屋があった。

まずは中華料理屋をはじめ、そのうち事業を拡大していくのが典型的な華僑のやり方だ。

中国政府が資源確保に走っていることは間違いないが、政府が後押しして中国商人がアフリカに進出しているわけではないと思う。この本で指摘しているように出稼ぎ支援は中国ではビジネス=投資なのである。

南アフリカの小売りにも中国人が進出してきて、ギャングにねらわれて殺された人もいる。中国人は銀行を使わず、現金決済なので常に現金を持ち歩いているとみられているからだ。

南アフリカ在住の中国人が推定30万人と増えたので、はじめて中国人警官がヨハネスブルグ警察に誕生したという。

中国はナイジェリアに次ぐ石油埋蔵量があるといわれているアンゴラにも政府が積極アプローチをかけており、2004年には20億ドルのODAを供与し、20億ドルの鉄道、住宅、道路建設のほとんどを中国企業が受注した。


日本にいるアフリカ人

松本さんは日本にいるアフリカ人についてもレポートしている。歌舞伎町で外人バーを経営しているナイジェリア人のオースチンがぼったくりで逮捕された。シャンパン代金20万円を客のカードで引き落とした。カードのサインはあきらかに日本人のものではないサインだった。

そういえば六本木などでも外国人の客引きが目立つが、「かわいいい女の子いるよ。ガイジンの若い子。ボクの奥さん日本人、ボクを信用してよ」とかいって客の腕をつかんで離さないという。客引きの基本給は1日1万円が相場だ。

東京出入国管理局によると、彼らは出稼ぎ経験者からはまずは日本人女性と結婚しろと教わる。摘発されても強制退去にならないために日本人女性と結婚して永住権を得るのだ。

オースチンはナイジェリアの南東部ビアフラ出身だという。ビアフラといえば、悲惨な結果に終わったビアフラ独立戦争を思い出す。1960年代後半に起こったナイジェリアの内戦だが、ビートルズがビアフラ支援を呼びかけた。

ビアフラ独立戦争では数百万人が飢餓のため死亡したといわれ、フレデリック・フォーサイスがビアフラ側を支援して傭兵部隊を雇おうとして失敗したが、これが「戦争の犬たち」の元になった。

戦争の犬たち (上) (角川文庫)戦争の犬たち (上) (角川文庫)
著者:フレデリック・フォーサイス
販売元:角川書店
発売日:1981-03
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「戦争の犬たち」は映画化もされている。

戦争の犬たち [DVD]戦争の犬たち [DVD]
出演:クリストファー・ウォーケン
販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
発売日:2009-02-06
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ビアフラ内戦は、ナイジェリアの少数民族イボ族の支配勢力のハウサ族に対する反乱という部族闘争という面もあったが、歌舞伎町にいるナイジェリア人は7割はビアフラ出身のイボ族で、主流部族であるハウサ族出身者は一人もいないという。

日本でもナイジェリアの部族対立の余波があることを初めて知った。


アフリカに生まれつつある希望

ジンバブエの農業NGOのORAPはただでものを配る援助はしないという。

ドラム缶のタンクから水を引き、穴の開いたゴムホースを畑にはりめぐらすというドリップ式灌漑で農産物の生産が飛躍的に向上し、余裕のある自作農が増えている。

10年間の内戦が終わったシェラレオネでは元兵士たちがバイク・タクシーを始めた。

アフリカで成功し、現地の雇用拡大に努力している日本人も三例紹介している。

ケニアで「アウト・オブ・アフリカ」というマカデミアナッツチョコレートを製造しているケニアナッツの佐藤社長。当初ケニアの木材で鉛筆をつくるつもりだったが、ハワイから持ってこられて放置されていたマカデミアナッツに目をつけ、これに集中して植林からはじめ成功した。従業員4,000人を雇用する。

植林から始めているので、中国商人も手が出さないという。

厳しい労働協約を結んで、従業員の無断欠勤は3回で解雇。遅刻は3回で警告、さらに遅刻したら解雇。怠慢が続いたら警告、そのうえ怠慢が続いたら解雇。という具合だ。

セネガルの生ガキ産業は、日本の青年海外協力隊の若者が事業を成功させたものだという。

ウガンダではシャツメーカーのフェニックス・ロジスティクスの柏田社長ががんばっている。従業員300人でオーガニックコットンをつかった「ヤマト」ブランドの製品を欧米中心に輸出している。

ウガンダのムセベニ大統領の要請を受けた日本の国際協力銀行が300万ドルの融資をすることになっていたが、財務省が私企業に政府が融資するのはいかがなものかとストップしてしまい、結局融資が実施されるのに4年かかった。

当時ウガンダ大使だった菊池氏は「フェニックス社はウガンダに外貨をもたらすことのできる数少ない企業で、ヤマトブランドは国中に知られており、日本の顔が見えるという意味では最高のプロジェクトです。大統領の要請に応えて決まった融資を財務省が止めてしまうなんて、これではアフリカ開発会議(TICAD)を何回やっても無駄ですよ。」と語っているという。

2008年5月末に横浜で開かれたTICAD IVでは、アフリカ53カ国のうち40カ国の首脳が参加したので政府は成功したと評価し、福田首相が今後5年間でアフリカODAを倍増するとぶちあげたという。しかし旧態依然の援助を続けていっていいのだろうかと松本さんは疑問視する。

この本で紹介されているようにただでものを配ることはせず、よく言われている「人に魚を与えれば1日養える。人に魚の釣り方を教えれば一生養える」タイプの援助をすべきだと思う。

アフリカ大陸には53カ国もあるので、国連の常任理事国選挙や、オリンピック開催競争では草刈り場として話題になるアフリカだが、中国が資源外交で先行しているなか、日本としてもアフリカ諸国とのつきあい方を見直す必要があると思う。

そんなことを考えさせられる参考になる本だった。

朝日新聞の「カラシニコフ」など新聞の連載記事を得意としていた松本さんだけに、まるでテレビの報道特集を見ているような構成で印象に残る場面が多い。

カラシニコフIIカラシニコフII
著者:松本 仁一
販売元:朝日新聞社
発売日:2006-05-03
おすすめ度:5.0
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アフリカに興味がある人もない人も、是非一度手にとって見ることをおすすめする。


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2008年12月16日

強い円は日本の国益 ミスター円榊原さんの円高政策提言

強い円は日本の国益強い円は日本の国益
著者:榊原 英資
東洋経済新報社(2008-09-04)
販売元:Amazon.co.jp

1995年から4年間大蔵省財務官をつとめ、ミスター円と呼ばれた榊原英資さんの円高政策提言。

榊原さんは最近「政権交代」「日本は没落する」など、一連の著書を出し積極的に情報発信している。

ピッツバーグ大学に留学経験もあり、ピッツバーグ駐在だった筆者の先輩でもある。

没落からの逆転―グローバル時代の差別化戦略没落からの逆転―グローバル時代の差別化戦略
著者:榊原 英資
販売元:中央公論新社
発売日:2008-06
クチコミを見る


「没落からの逆転」は榊原さんの歴史観をもとに日本の今後を議論するもので、司馬遼太郎の明治賛美を否定するなど、多くが歴史論に費やされており、榊原早大教授の授業を受けているような内容だ。

前作にはやや違和感を感じたが、この「強い円は日本の国益」はまさにミスター円と言われた榊原さんの本領発揮という感じだ。

ただし榊原さんが大蔵省財務官時代にミスター円と呼ばれた1995年から4年間は、円高是正のために協調介入で応じたものだが、今は円高を国家として目指すべきだと論陣を張る。


この本の目次

この本の目次が良くできているので、紹介しておく。

序章  どうして、今、円高政策なのか
    戦後日本の転機は安保騒動とプラザ合意
    情報化、資源の稀少化の時代へ
    工業大国から環境・農業重視へ

第1章 21世紀の世界経済
    同時に進む先進国の成熟と新興国の産業化
    ポスト近代化へと脱皮できない日本
    農業・エネルギー産業育成には政府の力が必要
    インフレ、所得格差の拡大、そのなかで日本は

第2章 1ドル360円から79円へ
    ドッジが一人で決めた1ドル360円
    ドル安容認か、ドル防衛か、揺れるアメリカ政府
    ルーブル合意後もドルは続落
    為替を通商政策に使った第一期クリントン政権
    超円高反転への積極介入

第3章 日本の製造業の成熟
    内部化された労働・金融市場
    メインバンク・システムの変貌
    プラザ合意後の混乱と調整
    日本経済再設計の十年

第4章 ドルとユーロ ー ドル安は続くのか
    戦争の歴史を超えて実現したヨーロッパ統合
    壮大な夢だったユーロ誕生
    ドル対ユーロは安定しても、ドル下落は続く

第5章 円安バブルの形成と崩壊
    政策がもたらした円安バブル
    長すぎたゼロ金利
    前代未聞の巨額・ドル買い介入
    「価格革命」下での金融政策とは

第6章 アジアの世紀は来るのか
    中国・インドの台頭で資源問題が顕在化
    アジア諸国間で資源獲得争いも
    資源・食糧問題で日本ができること
    日本の農業政策の長所をアジアで活かす

第7章 構造改革と円高政策
    売るシステムから買うシステムへ
    オール・ジャパン体制で資源確保を急げ
    強い円が日本を甦らせる
    円高による産業構造転換
    低金利・円安バブルの是正は日銀の責任
    強い円は日本の国益


安保騒動とプラザ合意

榊原さんは戦後日本のターニングポイントとして、1960年の日米安保騒動と1985年のプラザ合意を、故宮澤喜一首相が挙げていたことを引用している。

1973年1月からの円ードル相場の推移を見るとプラザ合意がその後の日本経済の道を決めたという宮澤さんの言葉は、うなずけるものがある(日本銀行のデータに基づいて筆者が作成)。

yen-dollar





戦後の円相場は1944年のプレトンウッズ協定下の1ドル=360円からスタートし、1971年のニクソンショック直後のスミソニアン協定で308円となり、1973年から変動相場制に移行した。

この本ではそれぞれのレート決定の舞台裏が描かれていて興味深い。

それから円は1978年に170円台まで上昇した後は200円前後で変動した。

余談ながら筆者の最初の海外駐在はアルゼンチンで1978年7月から1980年7月までだったが、赴任したときは1ドル=190円前後だったのが、帰任したときは220円程度だった。途中で車を買うために日本から送金したが、このレートが170円台だったので、為替では得をした記憶がある。

一番利益が出たのは金投資だった。

アルゼンチンではインフレが150%とかだったので、ペソで貰った給料はすぐに金に換えていたが、ちょうど時期が良かったので1オンス=200ドル台で10枚ほど買ったメキシコ金貨が、当時のピークに近い1オンス=650ドルで売れて大変儲かった。

1978年のアルゼンチン駐在時代の最初の給与が1,000ドル以下(住宅費は別)だったことを思うと、当時の給料は本当に安かった。

1985年9月のプラザ合意前には240円前後だった円相場は、1985年末には200円まで上昇、プラザ合意後1年間で半分の120円台となり、1995年の79円まで10年間で対ドルレートは1/3になるという長期的円高トレンドとなった。


円高の流れを変えたミスター円

この長期円高の流れを変えたのが榊原さんだ。

1995年以降円高が是正されたのは、榊原さんがミスター円として陣頭指揮した介入による円安誘導と、このブログでも回顧録を紹介しているルービン財務長官が「強いドルは国益にかなう(A strong dollar is in our interest)」と言い続けたからだ。

それから円は120円を中心に上下20円前後のボックスレンジで最近まで推移していた。


強い円は日本の国益にかなう

榊原さんはこれから天然資源はますます稀少化し、工業製品との価値が逆転する。だから今までの輸出優先の円安メンタリティでなく、円高政策に転換しなければ日本は生き残れないと力説する。

この本の出版(2008年8月)以降、世界金融危機を機会に円相場は90円台に上昇し、そして12月11日には13年ぶりに80円台をつけた。

対ドルだけでなく、ユーロなどの他通貨に対しても円は強くなっているので、まさに榊原さんがこの本で提唱している「強い円」の局面に変わってきた。ここ10年間の円とユーロ、英ポンド、豪ドルとの相場推移は次の通りだ。

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出典:Yahoo! Finance

日本の一人当たりGDPが2006年に世界18位に落ちたのも、円ベースのGDPが横ばいなこともあるが、円がほとんどの通貨に対して弱くなったことが原因の一つだ。

GDP3








榊原さんの介入手法

榊原さんが財務官に就任した1995年以前の為替相場介入は、いわゆるスムージングと呼ばれる急速な変動をゆるやかにするものだったが、榊原さんは1ドル=79円まで進んだ急激な円高を円安に戻す「秩序ある反転」を実現した。

その手法はサプライズ介入だった。

まず前提条件として「日本版ビックバン」を行い、日本の外貨規制をほとんど撤廃して市場を自由化して環境をつくっておいた後、日米のみならず日米独協調介入を市場の予測に反して行うことで市場に恐怖心を抱かせ、それ以降は「口先介入」で市場をコントロールした。


日本再構築の10年

ボストンコンサルティンググループ初代日本代表で経済評論家のジェームズ・アベグレンは「新・日本の経営」で、1995年から2004年までの10年間を「失われた10年」や「停滞の10年」と呼ぶのは間違いであり、その間に日本の再構築が行われた「再構築の10年」と呼ぶべきだと語っているという。

新・日本の経営新・日本の経営
著者:ジェームス・C・アベグレン
販売元:日本経済新聞社
発売日:2004-12-11
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


この10年の間で、日本の企業は1970年代のオイルショックのときよりも大きく変わり、19あった都市銀行は4グループに再編、石油業界は14社から4社、セメントは7社から3グループ、鉄鋼大手は5社から4社になった。

最近発表された新日石とジャパンエナジーの経営統合など、まだ統合は続いている。

日本企業は財務や事業規模では劇的な転換を遂げるが、終身雇用面では基本は変わっていないとアベグレンは指摘する。その意味では日本企業は成熟期に入ったのではないかと榊原さんは語る。

現在世界は巨大な転換期に入っているので、先行きはまだ見えないが、少なくとも世界規模になった日本企業の競争力は強化されていることは間違いないだろう。

榊原さんの本にはまだ書かれていないが、今回の世界金融危機で日本企業のダメージは小さかった。日本再構築の10年を経て、これからは日本企業が攻勢に出るチャンスだと思う。


壮大な夢だったユーロ誕生

ヨーロッパ共同体構想は、フランスのジャン・モネが提唱した1951年の石炭鉄鋼共同体からはじまり、ヨーロッパ原子力共同体、そして1958年のEEC(ヨーロッパ経済共同体)に進み、1992年のマーストリヒト条約、1999年のユーロ誕生とつながる。

榊原さんはユーロの誕生を高く評価しており、この部分も面白い読み物となっている。


「円安バブル」をつくりだした小泉政権

この本が書かれた2008年9月の時点でロンドンの地下鉄の初乗りは4ポンド=800円であり、榊原さんはいかに円安で日本人の購買力が落ちているかを指摘し、これを「円安バブル」と呼ぶ。

(もっともこのロンドンの地下鉄の初乗り800円というのは裏があることは別ブログのポイントマニアのブログで説明したので、参照して欲しい。要はICカードを使わせるために現金価格をICカード価格の3倍弱に政策的に設定しているのだ。現在のポンド=135円をベースにするとICカードでの初乗り1.5ポンド=200円で、今は日本とあまり変わりなくなっている)

この円安バブルを作り出した原因は、小泉政権時代の2002年から2007年までのゼロ金利政策と2002年から2004年までの巨額のドル買い介入だと榊原さんは指摘する。つまり政策円安バブルなのだと。

ゼロ金利政策は巨額の円キャリートレードを生み、世界中の投資資金源となり株式や商品市況上昇の要因となった。

筆者は気がつかなかったが、日本の財務省は2003年5月から2004年3月までの1年弱で35兆円もの巨額のドル買い介入を行っている。これは榊原さんがミスター円といわれた1995年の介入額6兆円を大きく上回る史上最大の介入だった。

結局グリーンスパン議長が2004年3月2日に日本は介入をやめるべきだと語り、3月16日以来ずっと日本の介入は行われていないという。

この介入の意味は何だったのだろうと思わせるストーリーだ。


21世紀は天然資源争奪の時代

最後に榊原さんは、21世紀は中国・インドが台頭し、天然資源奪い合いの時代となると予想する。この時代に人口で劣る日本が生き抜くためには円高を利用して「売るシステム」から「買うシステム」への転換を図るべきだと語る。

東南アジアへの製造移転による産業構造転換を推し進め、日本国内は高付加価値の製品生産、高効率のエネルギー利用と再生エネルギー利用に転換する。

稀少価値の増す資源を確保するためにオールジャパン体制で臨み、農業の生産性を上げ、高度化農業を実現すべきであると。

参考までに、主要な天然資源の可採鉱量がたしか松藤民輔さんの本に書いてあったので、次にまとめておく。

勿論これから稀少性が高まり価格が上がると、経済的に開発できる鉱量が増えたり、新しい資源が発見されたりするので、今後増える可能性もある。またあまりに資源が少なくなると、逆に代替が進み使われなくなってしまう天然資源もあるかもしれない。

いずれにせよ可採鉱量は案外少なく、数十年などすぐに経ってしまうのでメタンハイドレートなどの新エネルギーや、代替エネルギー開発が急務であることが理解できると思う。

石油   41年
天然ガス 63年
石炭  147年
錫    22年
亜鉛   22年
銅    30年
ニッケル 41年
鉄鉱石  95年


購買力がなくては日本は世界で生き残れない。今や多くの日本の製造業は輸入と輸出をバランスさせ、為替ニュートラルを達成している。欧州諸国がユーロ高でも業績好調なのは、域内取引が7割程度を占め、為替ニュートラルとなっているからだ。

アジアでは中国とインドが台頭してくるのは間違いない。しかし通貨高(円高)と資源安を活用すれば、再び日本がアジア経済の中心となり、日本円がアジア経済圏での機軸通貨を目指すことも可能だろう。


今回の世界金融危機は日本にとって大きなチャンスだ。今何をすべきか示唆を与えてくれるおすすめの本である。


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2008年11月27日

知られざる巨大市場 ラテンアメリカ ラテンアメリカ4ヶ国の現状がよくわかる

知られざる巨大市場ラテンアメリカ知られざる巨大市場ラテンアメリカ
著者:山口 伊佐美
販売元:日経BP企画
発売日:2008-10-15
おすすめ度:1.0
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ブログで本を紹介するというキャンペーンに応募して、この本を読んでみた。

本の紹介をブログで書いて貰って口コミで広めようというのはいわゆるバイラルマーケティングの一種であり、新しい試みである。

10月下旬に本が届き、ライブドアブログの共通テーマページがつくられている。

筆者はこのブログにも書いている通り1978年から1980年までアルゼンチンに駐在していた。スペイン語は完璧にできるし、ポルトガル語もスペイン語とのチャンポンで会話はできるので、ラテンアメリカではほぼオールマイティだ。

アメリカに2度駐在していた時にブラジルから原料を輸入していたので、毎年訪問していた。

アルゼンチンはビジネスという面ではあまりチャンスがなかったが、友人も多く、機会があれば訪問していた。最後に訪問したのは1998年だった。チリメキシコも訪問したことがある。

以前「ブラジル巨大経済の真実」ゴールドマンサックスの"BRICs and beyond"を紹介したが、筆者はいわばラテンアメリカ・シンパなので、この様なラテンアメリカを紹介する本が評判になることは大歓迎だ。


この本の目次

この本の目次は次の通りだ。

第1章 資源価格高騰で成長する経済圏

第2章 今、ブラジルが熱い!

第3章 アメリカ依存から世界の輸出拠点へ(メキシコ)

第4章 二人の女性大統領が安定成長へ導く(チリとアルゼンチン)

第5章 巨大市場の争奪戦(先行する欧州企業。自動車産業、スーパーマーケット、通信業界の個別業界展望)

終章  世界が必要としているラテンアメリカ


最初にラテンアメリカ全体の地図と中南米やカリブ海諸国まで含めた33ヶ国の首都と現在(5億7千万人)と2050年の推計人口(約8億人)、人口増加率(平均1.3%)、都市人口の割合(平均78%)がまとめられていて参考になる。

ラテンアメリカ全体だと5億7千万人と現在のEUの人口の5億人と匹敵する規模となる。たしかに巨大市場である。

小学校のクラスで世界の国と首都を覚えるコンテストをやったこともあり、筆者はもとから世界の国と首都には自信があった。加えてアルゼンチン2年と米国に9年駐在していたので当然すべてのラテンアメリカの国を知っていると思ったが、カリブ海の国は初めて名前を聞く国もあった。

たとえばセントクリストファー・ネーヴィスという国の首都はパセテールだという。またセントルシアの首都はカストリーズという町だ。全然知らなかった。

さらにドミニカ国(首都ロゾー)とドミニカ共和国(首都サントドミンゴ)の両方があるとは知らなかった。

筆者は世界40余りの国を出張や旅行で訪問したことがあるが、中米・南米33ヶ国のうち訪問したことがあるのは11ヶ国だった。

南米は日本からは最も遠い地域なので、親しみが薄いかもしれないが、日本との関係という意味では、多くの移民の人の功績もあり親日国が多い。ブラジルの日系人は政治経済面で存在感があり、アルゼンチン・チリともに親日国だ。

アルゼンチンは日露戦争の時に、イギリスの口利きでイタリアに発注していた戦艦2隻を日本に譲った。これが日進春日の両戦艦でともに日本海海戦で活躍した。アルゼンチンの人はこのことを覚えていて、日本人がタンゴ好きということもあって、親日派が多い。


なぜ、今ラテンアメリカなのか?

この本では「なぜ、今ラテンアメリカなのか」という命題から始め、ラテンアメリカの豊富な地下資源と食料資源を紹介し、ラテンアメリカの潜在力を強調している。

2007年5月に南米の12ヶ国の首脳が集まって「南米諸国連合(UNASUR)」の設立で合意し、2007年12月には南米銀行の設立にも合意している。ラテンアメリカ共通の問題である通貨危機、対外債務危機の再発を防止する意図である。

それまでバラバラだったラテンアメリカはこのように近年結束を固めている。ベネズエラのチャベス大統領など、反米の首脳も出現し、もはやアメリカの裏庭という感じではなくなりつつある。


ブラジルの実力

このブログを読まれる人は、ブラジルには世界第3位の飛行機メーカーがあることをご存じだろうか?世界の中型機市場ではブラジルのエンブラエルがナンバーワンであり、JALもエンブラエル機導入を決めている。

ブラジルというとコーヒーとか最近は原油生産が注目されているが、ITも進歩しており電子投票の普及、完全に電子化された世界第3位の株式市場であるBOVESPAがある。

また今や日本食ブームでサンパウロの日本料理屋は600店を超え、ブラジル名物のシュラスケリア(焼肉店)を上回ったという。

ブラジルは鉄鉱石の世界最大の生産国で、三井物産が1000億円を投資したヴァーレが世界ナンバーワンだ。もっとも三井物産の鉄鉱石ビジネスは永年オーストラリアがメインで、ブラジルに投資したのは比較的最近の約20年ほど前である。

CAEMIという資源会社に投資し、それが合併で今のヴァーレとなり、さらに株を買い増したものだ。

ヴァーレは昔はリオドセという国策会社だったが、現在は民営化され、多額の税金を国に払っているという。

食料では有名なコーヒーに加え、最近では鶏肉も世界ナンバーワンだ。ちなみにコーヒー生産・輸出の第2位はベトナムで、筆者はてっきりコロンビアだと思っていた。

ブラジルは対外債務増大で1980年代に経済危機に陥ったが、現在は純債権国となっている。国債の格付けでもS&PがBBB+で投資適格となり完全復活を遂げた。(ちなみにS&Pの格付けでは、ラテンアメリカではチリがAA,メキシコがA+で、ブラジルのBBB+は第3位である)

弱点だった石油も2007年に自給率100%を達成し、最先端の海底油田掘削技術を生かして最近では大型の海底油田が続々と発見されている。

ほとんどの油田がリオデジャネイロの沖合の海底にある。ブラジルの原油を独占するペトロブラスは原油埋蔵量ではエクソン・モービル、BPに次ぐ三位グループである。

この本では著者の山口さんがヴァーレやペトロブラスのIR担当に直接面談しているので、参考になる。

かつてはハイパーインフレで有名だったが、インフレ率も2006年、2007年は3−4%に留まっている。天然資源だけでなく、製造業も大きく、自動車産業は2007年には世界第7位の約3百万台を生産している。


メキシコ

ラテンアメリカとは南米+メキシコという意味で使っている言葉だが、メキシコ(北米)と南米では相当状況が異なる。

「フラット化する世界」で紹介されていた通り、アメリカから製造業が大挙してメキシコに移ってきた時代が終わり、今や中国とメキシコが競合となり中国が勝ちつつある。

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)フラット化する世界 [増補改訂版] (上)
著者:トーマス フリードマン
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2008-01-19
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


アメリカの貿易相手国としては中国が長年1位だったカナダを抜きトップで、長年2位だったメキシコは第3位になっている。

メキシコも対米依存度を下げ、他の市場を開拓する必要性を感じ、日本はじめ44ヶ国とFTAを結んでいる。しかし輸入は増えているが、今のところ輸出の90%はアメリカ向けで、輸出に関してはFTAの目立った効果は出ていないという。

メキシコは2006年3月に大統領が交代し、ハーバード大学出身のカルデロン大統領が就任した。就任1年で60%という高い支持率を背景に、長年の問題だった1.年金改革、2.税制改正、3.選挙法改正の3大改革をおこなった豪腕である。

メキシコの原油生産は世界第6位で、石油が主要産業であることは間違いないが、自動車生産も約2百万台でカラーテレビとともに主要輸出品となっている。

日系企業のなかでメキシコで存在感があるのは日産だ。筆者が会社に入った頃から日産はメキシコで生産していたので、現地生産はたぶん30年以上になると思う。2007年にはメキシコでの生産台数は50万台とGMを抑えて第1位となった。


南米の優等生チリ

チリは南米の優等生だ。人口は1,800万人と少ないが、一人当たりのGDPは約1万ドルで、ここ5年で倍になっている。成長率は4−5%、財政収支も数年連続で黒字で2007年は8.7%の歳入超過となっている。

サンティアゴの地下鉄ではICカードが導入されているという。

チリでの産業では銅、ワイン、サーモン養殖などが有名だ。

チリは医者出身で女性のミシェル・バチェレが大統領だ。バチェレ大統領のお父さんは拷問で殺されている。

ジェトロの話だと、チリはブラジルより10年先を行っているという。

チリはアジアとの結びつきを深めており、自動車は日本車や韓国車が多い。FTA(Free Trade Agreement)があるので、無関税で輸入できるからだ。

元々南米にはいなかったサーモンの養殖も、チリのフィヨルド地形に目を付けた日本政府のODAで始まったのが最初で、それを国際入札でニッスイが引き継いだ。筆者の三菱商事の友人も水産部出身で、チリに駐在していた。

日本にもスモークサーモンなどが輸出されているが、主要輸出先はヨーロッパだという。

チリは太平洋側には便利だが、大西洋側に出るにはアンデス山脈を越えなければならない。そこでアンデス山脈をつらぬくトンネル建設構想もあるという。


アルゼンチン

筆者が昔2年間住んでいたアルゼンチンブエノスアイレスは、今やビル建設ラッシュだという。

アルゼンチンというと対外債務でデフォルトを行い、高い失業率という印象がある。たしかに1999年から2002年まではマイナス成長が続いたが、経済成長率は、2003年からここ5年連続で8%を超えており、2007年のは8.7%だ。

輸出も拡大しており、2007年は100億ドル以上の貿易黒字を記録している。大統領は前大統領の妻クリスティーナ・キルチネル大統領だ。ヒラリークリントンは大統領になれず、オバマ政権で国務長官に就任しそうだが、アルゼンチンでは夫婦で交代して大統領というのがペロン政権でも実績があり、今回も実現している。

アルゼンチンというと畜産や農業国というイメージが強いが、自動車産業も年間50万台を生産している。石油も自給でき、天然ガスも有望視されている。

2002年以来主要農産物には輸出税が課せられており大豆、小麦、トウモロコシ、油脂などの税金が引き上げられている。アルゼンチンが力を入れているのがピーナッツであり、2007年には世界第2位の生産国になった。

日本企業では本田、トヨタ、片岡物産(ワイン)、NECのソフトウェア開発センターなどがある。

アルゼンチンは20世紀前半は世界でも最も裕福な国の一つだった。両方の大戦中に終盤まで中立を保って両陣営に食料を売って外貨を稼いだので、第2次世界大戦後も大変裕福な国だった。

たとえば筆者が下宿していたアパートのオーナーは、同じ電話番号を50年間使い続けていると言っていた。

日本で言うと昭和の初め頃から一般家庭に電話が普及していたのだが、それが全く更新されなかったので、雨が降ると電話が繋がらないという状態だった。

国内の長距離電話をかけるよりも、国際電話をかけた方がつながるという笑い話のような状態が続いていたが、それを改善したのが1980年代にNECが入れた電話交換機ネットワークだ。

地下鉄も世界でロンドン・パリに次いで3番目に建設されたが、それが更新されなかったので、筆者がいた当時は全く路線が広がっていなかった。その後日本の東京メトロの中古地下鉄車両を輸入したり、路線を拡大したりしている。

筆者の好きな国だが、経済面ではブラジルとは大きな差が付いてしまった。せめてサッカーではブラジルに勝って欲しいと思っているが、「名選手必ずしも名監督ならず」のことわざ通りマラドーナ監督には一抹の不安がある。

余談になるが、最初にマラドーナのアルヘンティーノ・ジュニアーズ時代のプレイをテレビで見たときは衝撃を受けた。

当時18歳だったが、ドリブルでタックルされてもボールを持ち続け、最後はゴールしてしまうというテクニックに、思わず一緒にテレビを見ていた同じ下宿のアルゼンチン人の友人に「こいつは誰だ?」と聞いたものだ。

1986年のメキシコワールドカップ対イングランド戦のマラドーナの伝説の6人抜きのゴールがYouTubeに収録されている。




著者の山口伊佐美さんが働くブラックロックジャパンはファンドマネージャーで、たぶんラテンアメリカ関係のファンドを立ち上げるための資料として、この本を出版したのだと思う。

たしかに山口さんが言うように、中間層が多い、国内需要が大きい、国家財政の健全化、インフレ抑制で投資適格になっている、未開発の資源、世界の供給源となっている農産物、優秀な人材等の面で、ラテンアメリカはこれから益々注目されると思う。

ラテンアメリカ通の筆者として欲を言わせてもらえば、貧者に住んでいる家の占有権を認めたエルナンド・デ・ソトの改革と金属相場上昇で、2006年の株価上昇率で世界第1位になったペルーの現状も紹介して欲しかった。

また世界最大級の天然ガス田が発見され、石油も生産しているのでOPECに入るという話もあるボリビア、反米チャベス政権のベネズエラなどの現状も書いて欲しかったが、この辺の国は投資対象にはならないという整理なのだと思う。

良い取材に基づいたしっかりした内容で、ラテンアメリカの現状が頭にスッと入る。是非多くの人に読んで貰いたい本である。


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2008年09月16日

不謹慎な経済学 細切れトピックで読後感「?」

不謹慎な経済学 (講談社BIZ)不謹慎な経済学 (講談社BIZ)
著者:田中 秀臣
販売元:講談社
発売日:2008-02-21
おすすめ度:2.5
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今度紹介するリチャード・クー氏の本に、田中秀臣氏への反論が取り上げられていたので読んでみた。

田中秀臣氏がまずクー氏の「バランスシート不況」という考え方について2004年に経済論戦の読み方 (講談社現代新書)で批判。それをクー氏が2006年の「「陰」と「陽」の経済学」で反論。

「陰」と「陽」の経済学―我々はどのような不況と戦ってきたのか「陰」と「陽」の経済学―我々はどのような不況と戦ってきたのか
著者:リチャード クー
販売元:東洋経済新報社
発売日:2006-12
おすすめ度:4.5
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それに対して2008年2月のこの本でクー氏を再批判。それに対する再反論が今度紹介するクー氏の2008年7月の最新刊「日本経済を襲う二つの波」だ。論争は第2ラウンドといった感じだ。

日本経済を襲う二つの波―サブプライム危機とグローバリゼーションの行方日本経済を襲う二つの波―サブプライム危機とグローバリゼーションの行方
著者:リチャード・クー
販売元:徳間書店
発売日:2008-07-03
おすすめ度:4.0
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本で論戦すると一つ一つの主張の間に一年くらいインターバルがある。主張を知るには本を読まなければならないが、読者は論戦に興味があってそれぞれの本を読むわけではないだろう。

それ以外にメディアがないわけではないので、キャプティブな読者を対象に本で論争するのは止めて欲しいという気がする。


目次は次の通りである。このブログとしてふさわしくないと感じた章題は省いている。

はじめに 「お金がすべてではない世界」を創るために
第1章  パリス・ヒルトンが刑務所で得たもの
第2章  人間関係が希薄化したのは、みんなが望んだからだ

第5章  官僚の天下り、本当は正しい!
第6章  ニートもハケンも、役人の利権を生むだけだ
第7章  経済の安定は攻撃的ナショナリズムを和らげる
第8章  ボランティアを義務化すると、経済格差が拡大する
第9章  最低賃金を引き上げると、失業も雇用も悪化する
第10章 ノーベル賞受賞者は、なぜ人種差別主義者と呼ばれたのか
第11章 アルファブロガーはラーメン屋に行列する人と同じ
第12章 リークと無責任の海に沈んでいくトンデモ中央銀行
第13章 クーデターが戦前の日本をデフレ地獄に突き落とした
第14章 「主権在米経済」が失われた10年に幕を下ろした
第15章 W杯や五輪が終わると、開催国は不況になる
第16章 世界最大の債務国アメリカの経済はいつ崩壊するのか
おわりに エコノミストは横並びがお好き

週刊誌の中吊り広告の様なタイトルを並べた目次という感がある。

細切れとなったトピックの中で、印象に残ったのは、第7章のなかで猪瀬直樹氏が「週刊文春」に書いた「『右の左翼』のプロパガンダで孤立する靖国神社」というタイトルの記事。

靖国神社の遊就館の映画や図録では、「日米開戦は、アメリカが不況を脱出するために日本に戦争を仕掛けてきたものだ」という”事実”が宣伝されていると猪瀬氏が書いていることを紹介している。

筆者は実は花見以外は靖国神社を訪問したことがないが、この点をたしかめるためにも訪問しなければならないという気になった。


ジョセフ・スティグリッツ、ミルトン・フリードマン、ケインズ、高橋是清(「レフレ・レジームとしての高橋是清財政」)、ポール・サミュエルソン、ポール・クルーグマン、ベン・バーナンキFRB議長などの学説の簡単な紹介をトピックとしてちりばめており、軽い読み物にはなっているが、説得力という意味では逆効果ではないかと思える。


最後の「日本経済に奇跡は起こらない」というサブタイトルの結論は次の通りである。

では、どうすればいいだろうか。答えは簡単。日銀が名目経済成長率重視路線を採用し、緩やかなインフレ(2%前後)を目標とするリフレ政策にコミットすることである。」

この方策は、経済学によるきわめて正当な処方箋として、ここ数年来、何人ものエコノミストから主張されてきたが、日銀はいまだに採用していない。しかし、依然として真理であることをやめていないのである。」

たぶんこれが田中さんが一番言いたかったことなのだろう。日銀副総裁の岩田さんもリフレ論者だと聞くが、有力な反対論者もいて「真理」として確立しているわけではない。

リフレについては、はてなキーワードが簡潔な説明なので参照して欲しい。


週刊誌の中づり広告の様なキワモノの話題で注目を得て、多くのトピックをこなす軽い読み物になっているが、たぶんもっとマジメに議論を展開したら説得力も増したのではないかという気がする。

拝聴すべき主張と思えるだけに、残念な本である。


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2008年07月27日

アメリカの高校生が読んでいる経済の教科書

アメリカの高校生が読んでいる経済の教科書


最近出版されたアメリカの高校生が学んでいる経済の教科書の要点を解説した本。

同じような題では、2005年に出版された次の本がある。

アメリカの高校生が学ぶ経済学 原理から実践へ


実は後者は、アメリカの高校で教えている経済学の授業で使われている教科書をそのまま訳したもので、大和総研教育事業部が出した本だ。

今年大学の経済学部に入った息子にもこの本を読ませた。日本の大学の経済学の授業よりも実戦的で、役に立つと思う。

アマゾンで載っている出版社のコメントを引用すると:

「アメリカで高校の教科書として版を重ねている書です。
内容は、もくじをみるとオーソドクスにみえますが、中身はかなり、いやまったく違います。日本のそれとは。
何が違うのか?
大学で経済学を学ぶある学生はこう感想をもらしました。
「こわい」
そうなんです。リアルな経済学なんです。
キーワードは「意思決定」。
機会費用、トレード・オフ、クリティカルシンキング、知識よりは考え方が重視されていて、おそろしいほどよくわかります。
使われている概念は大学レベルですが、数式を使わず、経済的思考を身につけ、概念を使いこなせるまでを目的としています。
高校生、大学生はもちろんのこと、特にビジネスマンにはことにお勧めしたい書です。アメリカのビジネスのパワーはこんなところにあったのか!と目からウロコです。」


なにせ高校の1年間の教科書なので、翻訳でもボリュームがある。原著は1万円もするようだ。

Economics: Principles and Practice


別の本の紹介が長くなったが、なにが言いたかったのかというと、こちらの本は実は「アメリカの高校生が読んでいる経済学の教科書」ではないのだ。

正確に言うと、NCEE(アメリカ経済教育協議会)の高校生の経済学講義についての指導要領20項目に従って、日本の大学生など向けに解説した本である。

だから前者と後者は全く別物なのだ。

どちらが良いともいえないが、この本は翻訳ではなく、指導要領に沿った解説本なだけに、わかりやすい。

目次と20項目とは次の通りだ。

第1章 家計の経済学
 希少性
 インセンティブ
 効率的な選択
 取引とお金
 労働
 税金
 利息

第2章 企業の経済学
 起業家
 企業
 企業は競争する
 均衡価格の作り方 その1 市場価格
 均衡価格の作り方 その2 消費者の気持ち
 均衡価格の作り方 その3 売り手の気持ち
 賃金

第3章 金融の経済学
 家計と銀行
 企業と銀行
 金利
 パーソナルファイナンスで見る金利

第4章 政府の経済学
 パーソナルファイナンス国債編
 財政政策
 経済成長と生産性の向上
 市場の失敗

第5章 貿易の経済学
 貿易
 外国為替市場

それぞれにつき、簡単な解説と図が載っている。

いくつか印象に残った点を紹介しておく。


72のプリンシプル(預けたお金は何年で2倍になるか)

この本の「はじめに」で紹介されているが、預けたお金が何年で2倍になるかは、72を金利率(パーセント数)で割ればよい(複利計算)。

たとえば現在の低金利の1%であれば、資産を倍にするには72年掛かる。

これが5%だと14.5年。10%なら、7.2年で倍になるのだ。


学歴別のアメリカ人の平均年収

今週ワーキングプア特集であろうか、高校を中退して同棲している日本人のティーンエージェーの生活が紹介されていたテレビ番組を見たが、高校をやめて仕事を探すようになって、はじめて高校卒業という資格が大きく採用基準に影響していることを知ったと語っていた。

この本では次の表が紹介されている。

アメリカ人の平均年収

16歳で高校を中退した人     $18,876
高校を卒業した人         $26,208
大学卒業生            $42,796
大学院修了生           $54,600

出典:アメリカ労働省 2000年統計

上記はあくまで平均であって、ハーバードなどの一流MBAを卒業した人が、投資銀行やコンサルなどで働く場合の初任給は20万ドル前後だという。初任給が20万ドルということは、実力があれば100万ドル年俸などざらだ。


ちょっと横道にそれるが、実はアメリカは高校までが義務教育なのだ。

日本の様に国が「義務」として決めているわけではないと思うので、正確な意味では「義務教育」ではないのかもしれないが、K−12と言って、幼稚園年長から高校3年生までは公立学校ならば学費はほとんど無料だ。

その代わり住民が不動産に賦課されるSchool taxで教育費を負担する。このSchool taxが不動産価格の1%から3%とかになるのでバカにならない。筆者の場合は米国で20万ドルの家を持っていたので、年間6千ドルくらいSchool taxを払っていた。

筆者の住んでいた町はschool taxがピッツバーグでは最も高い町だった。

School taxが高いと、教育予算が大きく、教師の給料も高いので、質の高い教師が集まる。そうなると町の人気が上がって、不動産価格も上がる。不動産価格が上がれば、転売するときにも利益が出るので、School taxが多少高くても問題ないという循環なのだ。

普通であれば、高校は卒業できるのが当たり前で、アメリカでは高校中退する人は実際にはかなり少ないはずだ。

ところが日本の場合は、高校は義務教育ではないので、公立高校でも学費負担に耐えられずに中退してしまう人が多くいるということをテレビで言っていたので、驚かされた。

日本ではここまでの年収差はないかもしれないが、ちゃんと統計を調べて高校生に教える必要があると思う。

テレビで取り上げられていた高校中退カップルは、単に家計が苦しいし、高校に行く意義が見いだせなくて中退したそうだが、上記のような現実がわかれば、たとえ苦しくても高校を卒業する必要性がわかるのではないだろうか。


この本は2色刷りで、わかりやすくきれいなことは良いのだが、著者が早稲田大学の先生なので、赤字の部分が試験に出るので暗記しろと言っているように感じる。

内容もわかりやすく簡単で、内容としては高校生レベルだろう。

筆者としては、どちらかというと大和総研の本をおすすめするが、アメリカの高校生がどんなことを学んでいるのかを簡単に知るには、こちらの本も役立つと思う。


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2008年02月18日

亜玖夢博士の経済入門 裏経済もわかる経済小説

亜玖夢博士の経済入門


小説「マネーロンダリング」でデビュー、このブログでも紹介している「お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方」で、独自の境地を開き「永遠の旅行者=パーペチュアルトラベラー(どこの国の所得税もかからない旅行者)」を提唱している作家 橘玲氏の最新作だ。

お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 ― 知的人生設計入門


元々別冊文藝春秋(月刊)に連載されていたシリーズだ。

新宿歌舞伎町に事務所を持つ身長150センチの老人 亜玖夢(あくむ)博士の経済相談所が舞台だ。

亜玖夢博士は小学生で論語を暗唱、神童と呼ばれる。16歳の時にアメリカに密航し、アインシュタインフォン・ノイマンと会う。青年の時にサンフランシスコの大学に招聘され、様々な心理学テストを経験し、「南極のペンギンに氷を売る」セールス技術を生み出したという設定だ。

事務所には中国人の超美人ファンファンと、彼女の弟で少女漫画に出てくる様なハンサムガイ リンレイが亜玖夢博士のアシスタントとして働いており、博士の指示に従い、中国人マフィアなどを使って数々の処置を行う。

筆者のポリシーとして小説のあらすじは詳しく紹介しないが、次の様なストーリーが取り上げられている。

1.債務者をさらにヤミ金融から借金を借りまくらせて自己破産させる(カーネマンの行動経済学

運転免許証と実印、それに戸籍謄本、住民票、印鑑証明の3種の神器を50通用意させる。

全情連(全国区信用情報センター)の加盟店でないのでオンラインでクレジット情報が取れないヤミ金融をはしごさせ、それぞれから30万円から50万円づつ借りさせる。

親の職業は教師というと信用されると。「日本は人権の国だから、親に子どもの借金を返済する義務はないだろ。最近の親子関係は薄情だから、下手に取り立てに行くと違法だって怒鳴られて、すぐに警察を呼ばれる。だから、親の職業が大事なのだ」という。

合計1,000万円借りさせて、半年逃げ回らせ、自己破産させる。なんなら戸籍も買ってきて、別人にならせてあげるというところでストーリーは終わる。

2.覚醒剤を資金源とするヤクザの利権争い(ノイマンのゲーム理論

手打ちをするか、抗争かで悩むヤクザを囚人のジレンマで戦略を検討。中国マフィアがやたら拳銃をぶっ放すところが、小説らしい。


3.学校でいじめられている小学生の対抗策(ワッツとストロガッツのネットワーク理論

マルタイの女」の一場面でもあったが、動物の生首がやたら出てくるのが、これまた非現実的で小説らしい。

4.水道水を奇跡の水として売るマルチ商法(チャルディーニの社会心理学

全身の体液をスーパー・バイオニック・ウォーターに入れ替えれば、どんな病気も治るとして、特殊浄水器を売るマルチ商法。

中国に展開し、日本では詐欺になって訴訟が続発するが、大気汚染、水源汚染のひどい中国では、日本の水道水でも大丈夫だというところが小説らしい。

「長崎あたりから漁船で沖に出て、高速船に迎えにこさせたらすぐにチンタオだ」という。

どんな過去を持ち、ヤクザに追われている者でもやり直せるのだというが、フィクションなのか、現実でありえるのか不明なところだ。

5.自分探し(ゲーデルの不完全性定理

「あたしってウソつき」という女の子は正直かウソつきか、と言うパラドックスが紹介される。


筆者自身もここに紹介されている経済原理を正確に理解している訳ではないが、小説ながらも、経済原則の事例勉強にもなるという設定は面白い。

オーソドックスな「日本国債」とか「タックスシェルター」とかの幸田真音さんの本格的経済小説とは、全くテイストが異なるが、読み物として面白い。

日本国債〈上〉 (講談社文庫)


タックス・シェルター


簡単に読め、参考になる。一読をおすすめする。

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Posted by yaori at 23:31Comments(0)

2005年12月12日

団塊世代を総括する 下流社会の著者三浦展氏の団塊世代レポート

団塊世代を総括する


『下流社会』がベストセラーとなっている。この本は同じ三浦展(あつし)氏によるもの。三浦展氏は団塊世代が『下流社会』を生んだと言っている。


下流社会 新たな階層集団の出現


三浦展氏はみずからのホームページカルチャースタディーズにて、下流社会や団塊世代につき、レポートしているので、ご興味あればこちらのサイトを覗いて頂きたい。

著者によるこの本の抜粋もサイトに掲載されているので、今回は詳しいあらすじは書かないが、この本の構成が次の通りとなってることからも、内容がある程度推測できると思う。

プロローグ 団塊世代とは何か?

1.消費する若者

2.ニューファミリーの光と影

3.マイホーム主義の末路

4.存在理由が問われる定年後

エピローグ これから彼らがなすべきこと

参考までに子供人口の増減の資料が統計局のサイトに載っているので、ご紹介しておこう。

統計局のホームページも要ブックマークだ。

この本自体は団塊世代の統計資料と解説が主体で、「(団塊世代の)自由尊重という名のほったらかしがフリーターを生んだ」と、『下流社会』の導入部となっている。

中流社会を完成させた団塊が中流社会を壊すのだと。

不況により団塊世代は勝ち組と負け組にわかれ、勝ち組団塊の子供は良い条件で就職しており、負け組団塊の子供は無業ないしフリーターになっている可能性が高い。

親子ともに大企業に勤めている世帯と、親がリストラされて子供も無業という世帯が生まれ、大きな格差が生まれたのである。

著者の結論としての提言は次の通りだ:


団塊世代は自分の会社を作って若者を雇え!

定年起業して、空洞化の起きるはずの都心にオフィスを借り、なんらかのビジネスで年商3,000万円を目指す。

そうすれば単に消費のみの生活よりも、消費が増え、国も税収が増える。さらに月収が37万円以上になれば国は年金を1円も払わなくてもすむ。

さらにフリーター、無業者の若者を雇用して、新しい社会システムをつくるのだと。


団塊世代は心身共に若い。昔の60歳とは違う。

定年延長と定年起業。団塊世代のどれだけが、自分で起業のリスクを取るか疑問が残るところではあるが、団塊世代の何百万人もが一挙に定年退職して、非生産階級となるのはいかにも日本の社会にとってマイナスだ。

そのためにも定年延長以外に団塊世代を支援する政策を導入すべきだ。

団塊世代の男性は今まで子供の教育や自宅のローン返済で四苦八苦していたので、自らの能力開発は進んでいなかった。

しかしたとえば税制で再教育、トレーニングを支援するとかの制度を打ち出せば、自らの能力アップにも取り組む人は多いはずだ。

日本がこれからも活性化を続けるのか、あるいは団塊世代とともに斜陽の国になるのか、団塊世代の戦力化がカギとなると思う。


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