2009年11月16日

オバマ外交で沈没する日本

オバマ外交で沈没する日本オバマ外交で沈没する日本
著者:日高 義樹
販売元:徳間書店
発売日:2009-06
おすすめ度:4.0
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元NHKワシントン支局長で、現ハドソン研究所主席研究員のジャーナリスト日高義樹さんのオバマ政権批判本。

多くの米国民の支持を得て誕生したオバマ政権の支持率も次第に下落し、現在は支持が52%、不支持が43%となっている。

obama job approval2





出典:http://www.realclearpolitics.com/

オバマ大統領がちょうど11月13日から23時間という短い時間ではあるが、日本を訪問した。

人なつこい笑顔と子どもの時に訪れたという鎌倉の大仏と抹茶アイスクリームの話で、たぶん日本国民には良い印象を残したと思うが、就任1年目の成果といえば、プラハでの核兵器廃絶を目指す宣言でノーベル平和賞を受賞した他は、これといってないのが現実だ。

米国の内政・外交ともにオバマ大統領のいわばメッキがはげてきた感があるが、それにしてもこの本の帯のように「北朝鮮にミサイルを撃たれ放題!中国にもへつらう!無能なオバマのアメリカが日本を滅ぼす!」と過激な言葉でオバマ政権を批判している本は珍しい。

ハドソン研究所は松下幸之助の本でも書かれていたハーマン・カーンという未来学者が開設したシンクタンクで、保守派(=共和党)の牙城である。オバマ政権にはいわば敵対するシンクタンクなのだと思うが、それにしても日高さんのオバマ攻撃の舌鋒は鋭いものがある。

この本の前書きで日高さんはこう言い切っている。

「オバマ大統領は、アメリカでも日本でも圧倒的な人気があるが(この本が書かれたのは2009年前半)、彼のなかにアメリカの理想をみることはできない。オバマ大統領はアメリカ政治の駆け引きに通じ、演説と宣伝に長じている政治家にすぎない。」

「オバマ大統領の景気回復策は失敗する。(中略)問題はオバマ大統領の外交である。オバマ大統領とその政権による国際政策や軍事政策はこれまでの世界を一変させる。その結果、日本が苦しい立場に追い込まれることは必至である。」

このブログでオバマ大統領の著書を紹介し、候補者の段階から応援してきた筆者としては、日高さんの評価は厳しすぎるような気がする。いずれにせよ日高さんの様な見方もあることがわかり、参考になった。


この本の目次

この本はアマゾンのなか見検索に対応していないので、目次を紹介しておく。どういう内容か想像できると思う。


第1章 オバマは北朝鮮と正式国交を樹立する
 1 北朝鮮のミサイル発射は失敗した
 2 オバマ大統領は6カ国協議には戻らない
 3 クリストファー・ヒルはなぜブッシュを裏切った
 4 北朝鮮戦車部隊はいまや脅威ではない
 5 オバマは北朝鮮を承認するか

第2章 オバマは日本防衛に関心がない
 1 中国のミサイルが在日米空軍基地を狙う
 2 在日米軍基地を遠くへ移動させる
 3 アメリカ空軍は日本を離れていく
 4 マラッカ海峡のパトロールをやめるのか
 5 アメリカ国民は強いアメリカを望んでいない

妥3章 オバマの中国戦略は失敗する
 1 中国の経済発展は地政学上限界だ
 2 オバマ大統領は中国経済を頼りにしている
 3 オバマ大統領は中国にへつらっている
 4 オバマは台湾を守らない
 5 アメリカ軍が東シナ海と日本海から追い出される

第4章 オバマは中東から追い出される
 1 アフガニスタンはオバマのベトナムになる
 2 パキスタンの核兵器が危ない
 3 オバマはアメリカ軍をイラクから引き揚げることができるのか
 4 イランは中東のすべてを支配しようとしている
 5 中東はさらに混乱する

第5章 オバマには世界戦略がない
 1 オバマ大統領は軍人に嫌われている
 2 オバマ政権には世界戦略の専門家がいない
 3 世界は核兵器であふれることになる
 4 オバマは国連を腐敗させる
 5 オバマ大統領は保護貿易をおしすすめようとしている

第6章 日本はどうする
 1 ドイツとロシアが同盟体制をとる
 2 2010年代は地政学的対立の時代になる
 3 日本の国会は国権の最高機関ではない
 4 日米関係はどう動いてきたか
 5 優れた指導者を選ぶことは核兵器をつくるよりも難しい


あまり詳しい中身を紹介する気にならないので、この程度にしておくが、いくつか気になる日高コメントを記しておく。

★ブッシュ政権の6カ国協議代表だったクリストファー・ヒル氏は、まんまとイラク大使に栄転した。ヒル氏はブッシュ大統領を裏切った。

★オバマ大統領の政治的なモットーは「考えられないことを考える」だという。太平洋戦争で日本を初めて空襲したドゥリトル少佐を高く評価しているのだと。爆撃機を空母に乗せ、空襲するという奇襲攻撃は、山本五十六を報復のためミッドウェー決戦に向かわせたのだと。



★アメリカが恐れているのは、アメリカの通信衛星が中国によって攻撃を受け、通信機能が破壊されることだ。

★ビジネスだけに集中させてきた日本をアメリカが軍事的に守るのは当然であるというのは、共和党の考え方だ。オバマ大統領は日米安保条約によって日本の安全を維持することがアメリカの国益に直接つながるとは考えていないようである。

★世界経済不況のなかで、アメリカ国債を2兆ドルも持っている中国しか頼りにならないため、オバマ政権は中国には言われ放題だ。温家宝首相は「アメリカ人は貯金をしなければならない。ドルの信用を高めなければならない」と言っている。これに対しアメリカは中国の人権弾圧批判をやめ、迎合姿勢を示している。

★オバマ政権の商務長官は、アメリカで最も中国寄りのゲーリー・ロック前ワシントン州知事で、ヒラリー・クリントン国務長官も中国から莫大な献金を受け取っていると言われている。

★オバマ大統領はグアンタナモ基地に収容されているテロリストをアルカイダのメンバーが大統領をやっているイエメンに戻そうとしている。

★オバマ大統領はアメリカの労働組合を保護するために、NAFTAなど自由貿易に反対している。

★オバマ政権の通商代表に貿易を知らない黒人ロン・カーク元ダラス市長を任命したが、この任命はオバマ大統領が国際貿易など全く考えていないことを示している。

★世界全体を客観的に見渡せば、100%に限りなく近い確率で東京オリンピックは実現しない。(この本は6月末の出版だ)

★「平和は与えられるものではない。勝ち取るものだ。軍事力を持つのは平和を維持するためだ。平和はタダではない。」この世界の常識を日本人はいまだに理解していない。

★日本人が世界の現実を見据えれば、国家と国民が無事に生存を続けるためには、憲法と日米安保条約を変える必要があることを理解することは難しくないはずだ。しかし、そう考える指導者がいない。


最後の日米安保条約見直し、日本再(核?)軍備論で、日高さんの本音が見えた感じではある。


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2009年04月12日

さらばアメリカ 大前研一氏のMixed feeling

さらばアメリカさらばアメリカ
著者:大前 研一
販売元:小学館
発売日:2009-02-07
おすすめ度:4.0
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ブッシュ前政権末期の秩序のない経済運営やモラルハザードを様々な角度で批判しながらも、ケネディ・クリントンをしのぐ演説のうまいバラク・オバマ大統領による「第2のアポロ計画」に期待する大前研一氏の複雑な心境(Mixed feeling)を書いた本。


四権分立のブッシュ政権末期

大前さんはブッシュ政権末期のポールソン財務長官時代のアメリカは、建国以来例のない「四権分立」となっていたと語る。

選挙で選ばれた訳でもないポールソン財務長官が、「金融安定化法」なる打ち出の小槌を編み出し、不良債権買い取りを目的としていた7,000億ドルもの資金を金融機関への資本注入に使った。

さらに個人的な好き嫌いで、ベア・スターンズを救済しながらも、長年のライバルのリーマンを破綻させ、以前の上司のルービン元財務長官のいるシティを助けるという超法規的措置を議会の承認もなく決めてしまった。

オバマ政権の経済運営にも大前さんの見方は悲観的だという。

ガイトナー新財務長官は、ポールソン前財務長官、バーナンキFRB議長とともに”経済失敗三銃士”と呼ばれていた人物で、このうち二人が経済運営の主役として残っている。

ガイトナー財務長官は1988年に日本の米国大使館に駐在していたことから「日本の轍は踏まない」が口癖だが、同じ穴のムジナが後釜にすわるという情実以外の何物でもない人事を見る限り、新政権の経済政策には大きな期待は持てないと大前さんは手厳しい。

シティの救済は損失の九割を国民負担というやり方だし、GMとフォードはダブルノックアウトになる恐れがあり、クレジットカード社会崩壊の危険もある。

さらに第二のサブプライム問題となりうるFHA(米連邦住宅局)保証ローンの焦げ付きという危険性も浮上しており、モラルハザードのオンパレードで、アメリカの”失われた10年”の始まりだと大前さんは語る。


寛容なアメリカは過去のこと

第二次世界大戦後のアメリカは正義と自由の味方の「善玉」で、外国人に寛容な国だった。

ところが9.11以降”ホームランド・セキュリティ”という名の下に石油と防衛産業に強いテキサスマフィアの意向で国が動いた。

彼らの利権を守るため産油国防衛には強い関心を示すが、日本や韓国・台湾の防衛の優先順位は低下しており、米軍の規模も除々に縮小されている。

アメリカジャーナリズムも9.11以来政治的に政府寄りに変質し、もはや世界の支持を失っているという。


それでもアメリカに期待する

アメリカの恐慌回避策として、大前さんはアメリカの大学の競争力に期待している。

大前さんはMITで原子力の研究で博士号を取っており、昔の寛大で親切なアメリカに世話になったという思いがあるという。

実際アメリカの高等教育の競争力は依然として世界トップで、大学の評価では世界のトップ100のうち60をアメリカの大学が占める。

アメリカの競争力の源泉は大学で、世界中から優れた人材を集め、かつ卒業後アメリカで雇用するという他の国にはない産学共同体制ができている。

もう一つの期待はアメリカのIT産業の競争力で、特にGoogleとGoogleが買収したYouTubeに注目しているという。

Googleは楽天などの出店料を取る”間接出会い系”ビジネスモデルでなく、出店料のない”直接出会い系”なのでありとあらゆる分野の買い手と売り手を結びつける可能性を持っているという。

そしてGoogleの検索とYouTubeの映像を組み合わせれば”サイバーコンシェルジュ”として”右脳型賞品”まで売れる様々なビジネスが展開できると予測している。

オバマ政権が打ち出すべき指標として次を上げている。

1.すべてのアメリカ人よ、今の2倍働け  
  オバマ政権は貧者優遇を実現するだろうが、働かざる者食うべからずの大原則を確認しないと、単に人気取りに終わってしまう。

2.「地球破壊者との戦争」こそ”新たな冷戦”  
  すでに”グリーン・ニューディール政策”などをぶち上げているが、ケネディ大統領のアポロ計画のように環境問題との戦いを本格的に推し進めていけば地球規模の連帯ともつながり、世界と共存できるアメリカへ転換できるだろう。

オバマ大統領には期待も込めて次を復活の条件としてアドバイスしたいと語る。

1.世界に対して謝る ー イラク侵攻と金融危機を謝る

2.世界の一員となる ー 国連に代わる新世界構想が必要

3.戦争と決別する ー アメリカ版憲法第九条を提唱する


日本の選択肢:「属国か独立か」

大前さんは日本の選択肢は2つしかないと語る。それはアメリカの属国になるかならないかだけだと。それ以外のオプションは次の三つだ。

1.中国との関係強化

2.EUとの協調

3.ASEANとの協調

アメリカは、これからEUとの「アトランティックの戦い」(ドルとユーロの世界の基準通貨をめぐっての戦い)を続けなければ、ドルを基準通貨としてきた今までの経済の基盤が崩れてしまう。だからEUとは基準通貨を巡って戦わなければならない。

その戦いにアメリカは疲れてくるだろうから、日本はEU,ASEAN,中国の順で関係を強化し10〜20年の長期戦略を進めていけば、20年後にはアメリカとの関係もイコールパートナーに近づいていくだろうと。

これが大前さんの日本「独立」のシナリオである。

本書のタイトルは「さらばアメリカ」だが、英語のサブタイトルは"So long America! until you come back to yourself"となっている。

オバマのアメリカにケネディのアポロ計画なみのリーダーシップを期待しながらも、ビッグ3救済や金融、雇用の問題に足を取られると地球規模の問題に着手すらできないことになる。

いつもの大前さんの鋭い切り口がない様な印象があるので、その意味でこのあらすじのタイトルは「大前研一氏のMixed feeling」としたが、複雑な思いを込めてのオバマ大統領への期待は誰しも持っているところだろう。

筆者もこのブログでオバマ氏の著作を紹介し、オバマ氏には大統領になる前から大きな期待を持っている。

是非ケネディの様な暗殺という悲劇が起こらずに、大きな仕事をやり遂げてほしいものだ。



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2009年03月20日

オバマ大統領の国民に呼びかけるビデオメッセージ

合衆国再生―大いなる希望を抱いて合衆国再生―大いなる希望を抱いて
著者:バラク・オバマ
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-12-14
おすすめ度:4.5
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マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝
著者:バラク・オバマ
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-12-14
おすすめ度:4.5
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このブログでもオバマ大統領の「合衆国再生」「マイ・ドリーム」のあらすじを紹介しているが、以下は後輩の情報通”ジーニアス”大橋君(ジーニアスとは筆者が勝手に名付けた)の情報です。


オバマ大統領(側近)は、Facebook・MySpace・YouTube・Linkedin・iTunes・Flickr・Digg等の主要なインタラクティブメディアを巧みに使って露出を図り、プレゼンス・親近感を高め、「Obama Everywhere」状態です。

Facebookで590万人、MySpaceで140万人のfriendsがいます。

YouTubeにも特設コーナーを持っています。

(経済政策は、必ずしも巧くいっていませんが、人気度は健在。)

演説の巧さも然ることながら、このようなメディア戦略が同氏のポピュラリティの一つの源泉になっているのではないでしょうか。



単純に比較してはいけませんが、麻生首相(側近)の場合、メディア戦略が?ですね。

さすが情報通の大橋君です。参考になりました。


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2009年01月20日

祝 大統領就任! 「合衆国再生」 オバマ版メイキング・オブ・プレジデント

2009年1月20日再掲:


本日深夜(日本時間1月21日01:30〜02:00頃)オバマ新大統領が就任演説を行う。

NHK総合とBS-1でも01:10から放送されるので、オバマ氏の2つの著作のあらすじを再掲して筆者からの就任祝いとしたい。



2008年11月5日再掲

南北戦争?を思わせるような大統領選挙の開票途中結果だが、オバマ氏の勝利が確実となった。途中結果はロイターのサイトが逐次報告している。

Presidential election preliminary results






出典:ロイター大統領選挙特集

ちなみに、次が2000年のブッシュ対ゴアの最終勝ち負けだ。かなり傾向は似ている。

2000 electipn




予想通りバラク・オバマ氏が米国大統領選挙を制した。当選を祝して、オバマ氏の「合衆国再生」のあらすじを再掲する。オバマ氏の政策の基本的な考え方がわかるので、参考にしてほしい。

対話重視、メインストリート(ウォールストリートに対する一般市民の意味)重視、国際協調重視、国民皆保険重視のオバマ氏の手腕に期待するところ大である。

オバマ氏のもう一つの本で、自身の生い立ちからシカゴでのコミュニティ・オーガナイザーとしての生活まで、そして実父に対する複雑な思いを書いた自伝的小説「マイ・ドリーム」のあらすじも、興味あれば参考にしてほしい。



2008年10月22日初掲

合衆国再生―大いなる希望を抱いて合衆国再生―大いなる希望を抱いて
著者:バラク・オバマ
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-12-14
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11月の選挙で米国大統領として当選がほぼ確実なバラク・オバマ氏の自伝と政策論。

原題は"The Audacity of Hope"であり、2006年11月に出版されている。"Audacity"とは「大胆さ」という意味で、日本語訳では「大いなる希望を抱いて」となっている様に、大統領選挙を意識した本である。

政界への最初の挑戦のイリノイ州議会上院議員(1997年)、2000年の下院議員選挙での惨敗、2004年の上院議員選挙での圧勝、オバマ氏を一躍有名にした2004年民主党党大会でのキーノートスピーチ、そして大統領選挙挑戦までの一連の活動をオバマ氏自身が語っている。

400ページ強の本だが、政治活動の現実や主要政策についての自分の考えをオバマ氏が淡々と語っているので思わず引き込まれる。


メイキングオブプレジデント

オバマ氏はハーバード・ロー・レビューという法律家向け専門誌で、はじめての黒人編集長となって注目されたそうだが、文才もあり読みやすい内容でアメリカで200万部以上売れているという理由がわかる。

大統領になって打ち出す政策は、この本に書かれているアウトラインとは若干異なるかもしれないが、オバマ氏自身が書いたオバマ氏の基本的な考え方がわかる重要な本だ。

自身の生い立ちからシカゴでのコミュニティ・オーガナイザーとしての生活まで、そして実父に対する複雑な思いを書いた自伝的小説「マイ・ドリーム」のあらすじを以前紹介したが、この本はシカゴでのコミュニティー・オーガナイザー活動以降のオバマ氏の経験が取り上げられている。

マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝
著者:バラク・オバマ
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-12-14
おすすめ度:4.5
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筆者が「メイキング・オブ・プレジデント」と呼ぶとおり、政治活動の裏側や徒手空拳で政治活動を始めたオバマ氏が活動資金に苦労する台所事情などが率直に描かれていて読み物としても面白い。

親や祖父の地盤を引き継いで世襲政治屋となっている日本の多くの政治家に、オバマ氏の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


ヒラリー・クリントンの力

恵まれない家庭環境から這い上がって大統領になった先人は、たとえばビル・クリントンがいるが、結婚相手のヒラリー・ローダムが名家の出身のバリバリの弁護士で、ビルが大統領になれたのはヒラリーの貢献が大きい。

以前紹介した手嶋龍一さんの「葡萄酒か、さもなくば銃弾を」に紹介されていたが、ビル・クリントンがアーカンソーに戻ったときに、ガソリンスタンドを経営している友人のことを取り上げて、「あの人でなく、大統領になった自分と結婚してよかっただろう」とヒラリーに言ったところ、ヒラリーは「私があの人と結婚していれば、あの人が大統領になったはずよ」と切り返したという。

ヒラリーが旧姓ローダムのままでバリバリの弁護士として活躍し、ビルがアーカンソー知事をやっていた時代に、クリントン夫妻としてつくった実業界の友人も多かった。

ビルは文無しからのスタートだが、クリントン夫妻としてはそれなりに政治資金と支援者に恵まれていた。金脈のひとつはホワイトウォーター疑惑を招いている。


オバマは本当に徒手空拳

オバマ夫妻も弁護士同士の結婚という意味ではクリントン夫妻と同じだが、オバマ氏はハーバードロースクール卒業後、シカゴの市民権専門の小さな弁護士事務所勤務、奥さんのミシェルは結婚後すぐに弁護士をやめ、シカゴ市の企画部や市民活団体に勤め、二人ともお金には縁がなかった。

地方議会のイリノイ州議会上院議員選挙では10万ドル以上必要なかったので問題なかったが、合衆国上院議員選挙では選挙顧問にテレビコマーシャルなどを入れて最低1,500万ドルが必要と言われ、知り合いに頼んで金策したが25万ドルしか集まらなかったという。

対抗馬がゴールドマン・サックスに自分の会社を5億ドルで売った実業家で、湯水のように選挙資金を投入してテレビコマーシャルを打ったが、オバマ氏は沈黙したままだった。

それでも選挙直前にインターネットでの小口献金が急増したことと、対抗馬が元妻との離婚スキャンダルで自滅したこともあり、2004年の上院議員選挙では圧勝できたのだ。


オバマを支える小口ネット献金

オバマ氏の特徴は、企業献金に頼らないインターネットを通じた小口献金中心の資金集めだ。企業の政治活動委員会(PAC)から敬遠されていたので、それしかなかったという。

2008年10月16日の日経IT PROエクスポでの大前研一氏の講演で、大前氏はオバマの勝因はインターネットであり、オバマはネットで(大前氏は"Notebook"と言っていたが、"Facebook"の間違いではないかと思う)80万人の支持を得て、ヒラリーは30万人、マケインはそもそもネットのことを知らなかったと言っていた。

大前氏の数字とは異なるが、現在のFacebookの政治家コーナーではオバマ支持者220万人、マケイン支持者60万人、ヒラリー17万人となっており、ネットではオバマ支持者がマケイン支持者を圧倒している。

Facebook






ネットでの草の根運動がオバマ氏の最大の支持基盤となっており、これは今までの大統領候補にはなかったことだ。まさにインターネットが生んだ21世紀の大統領といえるだろう。

オバマ氏は今年47歳。JFKが大統領になった43歳よりは年上だが、JFKのような何不自由ない名家に生まれた訳ではない、資産ゼロの庶民からの大統領という意味では異例の若さだと思う。

この本の目次は次の通りだ:

プロローグ
第1章 二大政党制の弊害
第2章 共存するための価値観
第3章 憲法の真の力
第4章 政治の真実
第5章 再生のための政策
第6章 宗教問題
第7章 人種間のカベ
第8章 アメリカの対外政策
第9章 家庭と生活
エピローグ


短い政治経験

この本を読むとオバマ氏の政治経験が短いことがわかる。

オバマ氏がイリノイ州議会上院議員になったのが11年前の1997年。連邦上院議員には2004年になったばかりで、1期目の上院議員である。

しかし議員在任年月だけでオバマ氏の政治活動を判断してはいけない。

日本の小泉チルドレンの様に、当選しても何をやっているのか消息がわからない議員と違って、オバマ氏は州議員時代でも死刑事件の取調べと自白にビデオ録画を課す法案などを成立させている。

上院でもテッド・ケネディ、ジョン・マケインの党派を超えた包括的移民制度改革法案で不法労働者の採用を難しくする修正条項を共同で起草している。

これはアメリカ人労働者より低い賃金で出稼ぎ労働者を雇うことを禁止するものだ。

また後述の「ハイブリッド車・医療費交換法案」も起草している。

田中角栄は自分で30本もの議員立法をつくったというが、田中角栄と同じことをアメリカの議員はしているのだ。


「共感」を強調

民主党らしく大企業には厳しい。従業員の給与が増えていない中で、CEOの報酬だけが高騰していることは市場の要請ではなく、強欲を恥じない文化のせいであると批判する。

「共感」という感覚がもっとあれば、CEOが従業員の医療保険を削りながら、自分に何千万ドルのボーナスを出すなんてありえないと語る。ウォルマートのリー・スコットCEOたちのことを指しているのだ。

どんなに意見が食い違っていても、オバマ氏はジョージ・W.ブッシュの目を通して世界を見ようと努力する義務があると語る。「共感」とはそういうことなのだとオバマ氏は呼びかける。


ロバート・バード上院議員のアドバイス


憲政の権化のような91歳のウェストバージニア州選出のロバート・バード上院議員の話も面白い。

オバマ氏が上院議員になって挨拶に行くと、バード議員は「規則と先例を学びなさい」と言ったという。「憲法と聖書、私に必要な文書はそれだけだ」。

そして最後にバード氏が若い頃KKKに加盟していたことを「若気の至り」として自ら告白したという。

バード氏は炭坑の多い全米でも最貧州の一つのウェストバージニア出身だ。労働組合を支援し、鉄鋼の輸入規制など保護主義的な法律をつくったことで知られているこわもての名物上院議員だ。


政治家の変質

政治家はなぜ変質してしまうのかという点については、会員議員の選挙区は与党の手で勝手に選挙区割りを決められ、与党支持者が過半数いる地域を割り当てるようにしているのだという。

もはや有権者が代表を選んでいるのではなく、代表者が投票者を選んでいるのだと。

地元にべったりで思い切った挑戦をしない。それゆえ下院議員の再選率は96%となっている。

だから有権者は国会は嫌いだが、自分たちの議員は好きだという世論調査結果になるのだと。


フラット化する世界

オバマ氏はこのブログでも紹介した「コラムニストで作家のトーマス・フリードマンが言うように、世界はまちがいなく日に日にフラット化していく」が、グローバル化への対処方法はあると語る。

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)フラット化する世界 [増補改訂版] (上)
著者:トーマス フリードマン
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2008-01-19
おすすめ度:4.5
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「アメリカが競争力を高めるために必要とされるむずかしい対策に国が取り組まず、市場に政府が果たすべき適切な役割について新しい合意が築かれていない現状が問題なのだ」と語り、アレクサンダー・ハミルトン以来のアメリカ版資本主義の発展と政府との関係の歴史を簡単にまとめている。

アメリカの競争力を高めるために、教育と科学技術とエネルギー的独立の3分野への投資が必要だと語る。これがオバマ氏の政策の基本となる。「フラット化する世界」のフリードマン氏の主張と同じで、まさに現在のアメリカに必要なものである。

ルービン元財務長官からは「保護貿易主義的な努力はすべて逆効果だ。それだけでなく、彼らの子どもの暮らしをいっそう悪化させることになる」と言われたそうだが、オバマ氏は組合には好意的だ。


バフェットの税率はセクレタリーよりも低い!?

オマハで質素な暮らしをしている世界一の大富豪ウォレン・バフェットと面談した時に、なぜバフェットの実効税率が平均的アメリカ人よりも低いのか?といわれた話を紹介している。

バフェットの様に配当とキャピタルゲインが主な収入の場合には、15%しか課税されないのだ。一方社会保障も入れたセクレタリーの給与はその倍近い税率で課税される。

バフェットがとりわけ心配していたのはブッシュ大統領が推し進めようとしている相続税廃止だという。

彼は相続税を廃止すれば、富裕層の貴族政治化を促すと考えており、「2000年のオリンピックに優勝した選手の子どもたちだけで2020年のオリンピック代表を決めるようなものだ」と言っていたという。

相続税は人口の0.5%にしか影響しないが、国庫に1兆ドルの収入をもたらすという。


様々な問題について持論展開

宗教問題(人工中絶、同性婚)、人種間のカベ、外交政策、教育、エネルギー政策の転換、自由貿易、世界経済、社会保障、低所得層を救うアイデア、医療保険制度、財源、格差社会の是正、ワーキングプア問題等について自説を展開している。

オバマ氏を一躍有名にした2004年の民主党大会の「黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ラテン系のアメリカも、アジア系のアメリカもない。ただアメリカ合衆国があるだけなのだ」という発言をもとに、黒人、特に黒人の若者への偏見、人種間の格差(白人の平均資産が8万8千ドルに対し、黒人の平均資産6千ドル、ラテン系8千ドル)などについて語っている。



外交問題

イラク問題については、当初より戦争後の占領体制を考えない戦争には反対してきたが、オバマ氏みずからがバグダッドに行き、現地の情勢を知った今は、性急には撤退できないと考えていると。

有権者の一人から「あんたはイラク戦争に反対したにもかかわらず、まだ部隊の完全撤退を求めて声をあげていない」と言われ、「あまりに急激な撤退はあの国に全面的な内戦をもらたらし、中東全域に紛争を拡大させる可能性がある」と説明したという。

いずれにせよアメリカの外交政策には理念がないと断じて、次のような質問を投げかけている。

なぜイラクには侵攻し、北朝鮮やビルマにはしないのか?

なぜボスニアには干渉し、ダルフールにはしないのか?

イランにおける目的は何なのか?政権の交代なのか、核保有能力を解体することか、核拡散防止なのか、3つすべてなのか?

自国民を恐怖におとしいれている独裁的な政権が存在するところなら、どこでも力を行使するのか?

その場合、経済は自由化しはじめているが、政治は自由化されていない中国のような国々はどう扱うのか?


防衛力とエネルギー問題

軍事力については、第三次世界大戦を視野に確立されている防衛費と戦力構造には、戦略的な意味がほとんどないことをそろそろ認識すべきだと語っている。

ブッシュ政権を初めとする共和党政権を強力にバックアップしていた軍事産業には聞きたくない話だろう。

さらにブッシュ政権のエネルギー政策は、大手石油会社への補助金と掘削の拡大に注がれてきたが、セルロースからのエタノールなどの代替燃料開発を進め、エネルギー効率を上げる等、ケネディ時代のニューフロンティア政策のような政策を打ち出すべきだと主張する。

オバマ氏はロシアにエネルギーを依存しているウクライナを訪問し、輸入石油に依存している国の脆弱性を感じ、アメリカは別の選択肢を持つべきだと主張する。

オバマ氏自身が起草した「ハイブリッド車・医療費交換法案」は、退職者への医療費に対して政府が補助金を払う代わりに、ビッグスリーはハイブリッド車などの燃費効率の良い車の開発に投資するというものだ。

北朝鮮やイランのような「ならずもの国家」の脅威を管理し、中国のような潜在的ライバルの挑戦を受けられるだけの優勢な戦力を維持する必要は認めているが、単独行動でなく、国連の強化による他国との協調的な行動を取ることを主張している。

この路線は日本の民主党の国連重視外交と同じ方向性の様に見える。超大国アメリカの指導者としては、今までなかった斬新な考え方だ。


家庭生活

アメリカの初婚の5割は離婚に至っているという。

この30年間でアメリカ人男性の平均収入の伸びはインフレ調整後で1%を切っており、住居、医療、教育費をまかなえなくなっているのだと。

共稼ぎで増えた収入は、ほとんど全部が子どもの教育費、授業料や良質な公立学校がある地域に住むための住居費と、母親が通勤に使うもう一台の車や託児所の費用に使われているという。女性の社会進出は、家計を支えるための必要にせまられてのものだ。

最後に奥さんミシェルと、二人の娘、マリア、サーシャを紹介し、時々はワシントンのモール(中心地区)のジョッギングで、建国の父たちに思いをはせていると語り、「私の心はこの国への愛に満ちている」と結んでいる。


47歳で上院議員1期目のオバマ氏だが、大統領になっても、アメリカ国民のためにしっかりとした政治を行っていくことだろう。

そんな好印象を受ける良い本だった。

11月の大統領選挙の前後に是非一読をおすすめする。



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Posted by yaori at 18:29Comments(0)TrackBack(0)

祝!大統領就任 マイ・ドリーム バラク・オバマのケニア出身の父親への複雑な気持ち

2009年1月20日再掲:


本日深夜(日本時間1月21日01:30〜02:00頃)オバマ新大統領が就任演説を行う。

NHK総合とBS-1でも01:10から放送されるので、オバマ氏の2つの著作のあらすじを再掲して筆者からの就任祝いとしたい。



2008年10月7日初掲:

マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝マイ・ドリーム―バラク・オバマ自伝
著者:バラク・オバマ
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-12-14
おすすめ度:4.5
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米国民主党の大統領候補で、現時点では大統領に一番近いバラク・オバマ氏の本。

「自伝」だと思って読んでみたが、結論から言うと「自伝的小説」だった。

「自伝的小説」というとわかりにくいかもしれないが、白人の母とすぐに離婚して本国に戻ってしまったケニア人留学生の父への怒りを含んだ複雑な気持ちが主題となったノンフィクションだ。

英語の原題も"Dreams from My Father: A Story of Race and Inheritance"というもので、こちらの方が内容をあらわしている。

Dreams from My Father: A Story of Race and InheritanceDreams from My Father: A Story of Race and Inheritance
著者:Barack Obama
販売元:Random House (a)
発売日:2005-05-10
おすすめ度:5.0
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それ以外にシカゴの貧民街でのコミュニティ・オーガナイザーとしての生活、父の国ケニアでの父の生活や親戚との出来事などを書いている。

両親が二歳のときに離婚したので、子どもの時は父親の記憶はなく、父と生活したのはケニアに戻った父がハワイに遊びに来た10歳の時の約一ヶ月だけだった。

小説のあらすじは詳しく書かないのが筆者のポリシーなので、簡単に紹介しておくが、オバマ氏の父への複雑な気持ちは、日本で言うと志賀直哉の作品、特に「和解」を思い出させる内容だ。

和解 (角川文庫)和解 (角川文庫)
著者:志賀 直哉
販売元:角川書店
発売日:1997-06
おすすめ度:5.0
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アマゾンのなか見検索には対応していないので、目次を紹介しておく。

第1部  起源(オリジン)

第1章  ナイロビからの電話
第2章  インドネシア
第3章  ハワイでの再会
第4章  人種のはざまで
第5章  オキシデンタル・カレッジ
第6章  コロンビア大学

第2部  シカゴ

第7章  オーガナイザー
第8章  コミュニティー開発プロジェクト
第9章  雇用訓練センター
第10章 いくつもの方法論
第11章 オウマ(オバマ氏の異母姉)
第12章 アスベスト問題
第13章 ユースカウンセリング・ネットワーク
第14章 希望を持つ勇気

第3部  ケニア

第15章 ルーツを巡る旅
第16章 父が抱えた苦悩
第17章 サファリ
第18章 父の故郷
第19章 オバマ家の物語

実はビル・クリントンのマイライフの様な自伝を予想していた。

マイライフ クリントンの回想 MY LIFE by Bill Clinton 上マイライフ クリントンの回想 MY LIFE by Bill Clinton 上
著者:ビル・クリントン
販売元:朝日新聞社
発売日:2004-09-10
おすすめ度:3.5
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このブログでも紹介したがマイライフはビル・クリントンが大統領退任後2年間掛けて書き上げた自伝で、日本語だと上下1、600ページ余り。

実の父がビルが生まれる前に交通事故でなくなったこと、自らの生い立ちや学生時代のこと、JFKに会ったこと、留学後弁護士となり、アーカンソー知事に最年少で当選、再任失敗、返り咲き、そして大統領に当選してからの様々な出来事を語っている。

もちろんオバマ氏はまだ大統領になっていないが、それにしても1995年に書いた自伝をそのまま書き加えることなく出版するというのは、彼なりに考えがあってのこととはいえ、いかにも大統領選挙に間に合わせたという感が強い。

オバマ氏はもう一つ「合衆国再生」という本を出している。

合衆国再生―大いなる希望を抱いて合衆国再生―大いなる希望を抱いて
著者:バラク・オバマ
販売元:ダイヤモンド社
発売日:2007-12-14
おすすめ度:4.5
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近々読んでみるが、こちらはオバマ氏の政策提言を説明した本で、オバマ氏を一躍有名にした2004年の民主党大会での演説内容を敷衍したものの様だ。



「マイ・ドリーム」の最後はケニアの祖父と父の二つの墓の間で涙を流すオバマ氏の心の描写で終わっている。

人生の輪が完成したのだと。

「黒人としての生活、白人としての生活、少年時代に感じていた捨てられたという感覚、シカゴで目撃してきた挫折や希望など、アメリカでの私の人生はすべて、海のこちらにある小さな土地と繋がっていて、その繋がりは、私の名前や皮膚の色なんかより、もっとずっと深いものだったのだ。そして私が心に感じた痛みは、父の痛みであり、私の疑問は、きょうだいの疑問だった、彼らの苦悩は、私が生まれながらにして受け継いだものだったのだ。」

アフリカ系アメリカ人のノンフィクション小説としてベストセラーになり、テレビドラマにもなったアレックス・ヘイリーの「ルーツ」があった。筆者もテレビドラマを見て、クンタ・キンテが白人に捕まる場面や、奴隷船の場面など感動したことを思い出す。




「ルーツ」のオバマ版として読むことをおすすめする。


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Posted by yaori at 18:28Comments(0)TrackBack(0)