2016年05月28日

世界の測量 ガウスとフンボルト ドイツでベストセラーとなった小説

世界の測量 ガウスとフンボルトの物語
ダニエル・ケールマン
三修社
2008-05-23


以前紹介した資生堂名誉会長の福原義春さんが「年を取ってから読んだ本の中で、こんなにも興奮した一冊はなかった」と絶賛していたので読んでみた。

実はこの本を読む前に、たまたま会社の友人からお勧めの本を聞かれたので、まだ読んではいないが、読書家で有名な福原さんがイチオシの小説なので、面白いのではと他人にも紹介していた。

しかし、この本を読んで、本の好みは、人によって相当異なることを痛感した。

物語の舞台は19世紀初頭のドイツだ。ガウスとフンボルトという同時代を生きた偉人のそれぞれの歩みを交互に語る形で物語を展開している。

カール・フィリードリッヒ・ガウスは、偉大な数学者・物理学者・天文学者だ。

ガウスは24歳の時に「整数論」を出版しており、結局これが唯一の著書になった。

ガウス 整数論 (数学史叢書)
カール・フリードリヒ ガウス
朝倉書店
1995-06-01



この本では、もっぱらガウスの私生活のことを書いている。ガウスはEUになって通貨がユーロで統一される前の、10ドイツ・マルク紙幣に肖像画が載っていた。

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出典:Wikipedia

物理学の磁束密度の単位がガウスだった(今はテスラに変わっている)。それでガウスという名前を知っている人も多いと思う。

ちなみに電磁波測定器はガウスメーターと呼ばれている。




もう一人は、アレクサンダー・フォン・フンボルト。貴族出身の偉大な地理学者で、兄のヴィルヘルム・フォン・フンボルトは言語学者でプロイセンの内相にもなった政治家だ。

フンボルトの名前は聞いたことがある人が多いと思う。

まずはフンボルト海流。ペルー沖を北上して、赤道に沿って太平洋を横断する海流がフンボルト海流だ。フンボルトが南アメリカを探検し、オリノコ川とアマゾン川の源流がペルーにあることを発見したので、フンボルトの名前がつけられた。

今年はラニーニャ現象のために夏は暑くなると予想されているが、ラニーニャの起こるペルー沖の海流がフンボルト海流だ。

もう一つはフンボルトペンギンだ。フンボルト海流が流れる南米西岸に暮らしている。

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出典:Wikipedia

フンボルトの名前を冠したアレクサンダー・フォン・フンボルト財団は、ドイツの留学生支援財団で、日本のフンボルト留学生経験者の集まりが東日本アレクサンダー・フォン・フンボルト協会などだ。

東大の石井紫郎名誉教授、早稲田の西原春夫元総長、東大の佐々木毅元総長などが、歴代の理事長を務めている。

フンボルトの物語は、北中南米探検の話が中心だ。オリノコ川とアマゾン川の源流がペルーにあることを発見した時の探検などが紹介されている。

この小説はドイツで120万部売れ、全世界でも好評で、40か国語に訳されているが、筆者はこの小説では感情移入できなかったので、あまり強い印象はなかった。

福原さんには何か感情移入できる個人的な経験があったのかもしれない。あるいは好みの問題なのかもしれない。

文庫にもなっていないので、ちょっと勧めにくい本である。


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2016年05月01日

ビーグル号航海記 若きダーウィンの書いた博物誌 新訳で読みやすい

新訳 ビーグル号航海記 上
チャールズ・R.ダーウィン
平凡社
2013-06-25


新訳 ビーグル号航海記 下
チャールズ・R. ダーウィン
平凡社
2013-08-14


新訳が2013年6月に出ているので読んでみた。

種の起源」で有名なチャールズ・ダーウィンが22歳から27歳までの5年間、乗り込んだ英国の測量船「ビーグル号」の航海記兼博物誌。

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
チャールズ ダーウィン
光文社
2009-09-08


ビーグル号は約5年かけて、南アメリカを中心に陸地や水路を測量した。測量船といっても、大砲を6門備えた立派な軍艦だ。

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出典:Wikipedia英語版

ビーグル号の5年間の軌跡は次の図の通りだ。

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出典:ウィキペディア「ビーグル号」

1831年12月に英国のプリマス港を出港してからは、ほぼ4年間かけて南アメリカのブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルーなどを測量し、ガラパゴス島に1か月ほど滞在してから、ニュージーランド、オーストラリア、モーリシャス、喜望峰などを経て、世界を一周した。

帰路、ナポレオンの島流しで有名なセント・ヘレナ島、アセンション島、そしてブラジルのバイアを再訪してから帰国している。

この本では全部で21章にわけて各地の動物、昆虫、地質、住民、移住者、生活風景などを紹介している。「ビーグル号航海記」を有名にしたガラパゴスの動物に関する章は、そのうちの一つにすぎない。

筆者が2年間駐在していたアルゼンチンの部分では、1830年代のインディオとスペイン人入植者の戦いも取り上げられている。


辺境の征服

アルゼンチンでは「辺境(砂漠)の征服」(la Conquista del Desierto)と呼んで、米国の西部開拓史と同様のインディオとの闘いが展開された。

しかし、それは米国の西部劇のように銃を持ったインディアン対白人の闘いではなく、スペイン人の銃対インディオのナイフ、槍、矢の戦争だったので、インディオは大量に殺戮されていった。

Wikipedia(スペイン語版)には、当時のインディオ対白人の戦いの絵が紹介されている。

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ダーウィンは、110人ほどのインディオの部族が、大人は男女を問わず虐殺され、子供は奴隷にされたという話をスペイン人から聞いたことを記している。男は全員サーベルで突き殺され、20歳くらいの若い女も全員殺された。命だけ助けられた子供たちは、売られるか奴隷にされたという。

インディオ討伐にあたったスペイン人に、「なんてひどいことをするんだ」と声を上げたら、「だがな、他に方法があるかね?あの女たちは、どんどん子を産むんだから」と答えたことをダーウィンは書いている。

その後1870年代にさらに大規模な「辺境の征服」作戦が展開され、インディオの部族はほとんど根絶やしにされた。

筆者が駐在していた当時はアルゼンチンの人口の98%が白人だった。その背景にはこういったインディオ根絶やし作戦が繰り返し実施されたことがあるのだ。

この本では、アルゼンチンでリンゴほどもある雹(ひょう)が降って、たくさんの野生動物を打ち殺したことや、ピューマの肉は色が白くて仔牛肉のようで、美味だったこと、ガウチョ(アルゼンチンのカウボーイ)の生活など、博物誌の他の話題として書き記している。


フォークランド諸島(アルゼンチンではマルビーナス諸島と呼ぶ)

フォークランド諸島では、1993年にイギリスとアルゼンチンが領土問題で戦争している

もともとはフランス、スペイン、イギリスが次々に占領した後、無人状態で放り出されていた島をアルゼンチン政府が個人に売り、流刑者開拓地に使用した。その後イギリスが領有権を主張して、力ずくで島を奪い取ったと書いている。

1830年当時は、イギリス領のフォークランド諸島、ニュージーランド、オーストラリアなど多くの領土で、追放された犯罪者が生活していた。


フエゴ島

筆者はアルゼンチン駐在時代に南米大陸最南端のフエゴ島を旅行したことがある。フエゴ島にはビーグル号のフィッツロイ船長にちなんで、アウトドア用品メーカーのパタゴニアのロゴのもとになったフィッツロイ山がある。

「ビーグル号航海記」では、フィッツロイ船長が、最初の航海の時にフエゴ島の住民を3人自費でイギリスに連れ帰って、キリスト教に改宗させ、2番目の航海の時に、フエゴ島に戻したことが紹介されている。西洋の船乗りたちが難破した時には、フエゴ島の住民が救ってくれるようにというフィッツロイ船長の思いからだ。

フェギア・バスケット、ジェミー・ボタン、ヨーク・ミンスターと名付けられた住民たちの似顔絵が載っていて、興味深い。

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出典:本書387ページ

ダーウィンは1年半後フエゴ島を再訪した時に、毛皮一枚を腰に巻いた裸のジェミー・ボタンと再会している。ジェミーがカヌーでビーグル号に近づいてきたのだ。ジェミーは結婚し、仲間に英語を教えていたという。


チリ

チリでは、銅鉱山の様子や、人手を使った採掘風景を紹介している。チリで採掘した銅鉱石はイギリスに運び、精錬するのだという。

ダーウィンは航海中にチリで大地震と津波に遭遇している。大地震の後、陸地が2〜3フィート隆起していたことを紹介している。

チリのワイン地帯で有名なマイプ川流域には、ダーウィンが訪問した1830年代にすでにブドウ畑やリンゴ、ネクタリン、モモの果樹園があり、無数の小屋があったという。


ガラパゴス諸島

ビーグル号航海記で最も有名な部分はガラパゴス島の生物に関する部分である。特に、ガラパゴス諸島に住んでいるフィンチのくちばしが、島ごとに異なるという発見が有名だ。

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出典:本書

そのほかにガラパゴス島のリクイグアナやゾウガメなどの爬虫類や、ホウボウ、カサゴなどの魚などを紹介している。ダーウィンが持ち帰ったゾウガメは、2006年まで生きていたという。

ガラパゴス島の後は、タヒチに寄って、ニュージーランド、オーストラリアを測量し、モーリシャスに寄ってから、喜望峰をまわって大西洋に戻っている。

ダーウィンはタヒチの住民は優美だと評しているが、ニュージーランドのマオリ族は体が大きく、戦闘的で、ずるくて乱暴なイメージしか与えないと評している。居留するイギリス人も社会のくずで、ニュージーランドから離れることができて、みんな喜んだだろうとまで言っている。

ニュージーランドのラグビー代表チームのオールブラックスは、マオリ人の戦いの踊り・ハカを試合前に披露して士気を高めることは有名だ。気性の激しいマオリ族には、ラグビーは最適のスポーツなのかもしれない。



筆者の行ったことがある南米各地の場所が多く紹介されていて、大変興味深い。アルゼンチンに駐在する前に読んでいたら、もっと良かったと思う。

いまから200年近く前の本だが、博物誌なだけに、内容は陳腐化していない。紹介されている動植物や各地の様子を描いた挿絵も入っていて楽しめる。

新訳は大変読みやすい。本屋で手に取って見ることをおすすめする。


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2015年05月18日

うなぎ 一億年の謎を追う 学研の小学生向けの本だが面白い



たまたま仕事で五反田の学研ビルに行く用事があった。その時に学研の受付に置いてあったので読んでみた。

うなぎの研究一筋の元東京大学海洋研究所教授の塚本勝巳さんが小学生向けに書いた本だ。

漢字に読み仮名を振ってあり、平易な表現で書いてあるが、内容は大人でも十分楽しめる。

筆者も子供のころ藤沢の引地川の河口などで、よくシラスウナギを取った。大人も網を持ってきてシラスうなぎを取っていた。

取った後、シラスうなぎどうしたのかはっきり覚えていないが、友達が集めて、漁師の人に買ってもらっていたような記憶がある。

当時はシラスうなぎ=シラス(イワシとかの雑魚の稚魚)と思っていたので、そんなに価値のあるものとは思っていなかったが、いまやシラスうなぎはうなぎ養殖用に高く売れる貴重な稚魚となっている。

シラスうなぎ漁に関して書いているサイトによると、キロ250万円らしい。1匹=35円くらいになる換算だ。

うなぎは1億年ほど前の白亜紀から生息していたようで、白亜紀には恐竜が絶滅したK-T境界(6,500万年前)が起こっている。

日本では昔から食用として愛され、ヨーロッパでも特にスペインなどは、シラスうなぎをにんにくオイルで煮たアンギラス・アル・アヒージョが有名だ(いまやヨーロッパでもシラスうなぎは貴重なので、日本の水産会社がかまぼこの材料から、シラスうなぎもどきを作って、これがレストランで出されている)。

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出典:市場魚介類図鑑

余談になるが、筆者の年代の人は、アンギラスというと、怪獣を思い浮かべるかもしれない。

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出典: Wikipedia「アンギラス」

筆者もアンギラスと聞いた時に、怪獣の名前はここからつけたんだなと思った。

閑話休題。うなぎの一生は次のようになっている。

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出典:本書2〜3ページ

卵で生まれる点は、他の魚と同じだが、何度か変態を繰り返して、うなぎの稚魚のシラスうなぎになる。

それからは見かけは同じような細長いヘビに似た形で、だんだん大きく成長し、10年くらい経った成魚は体長1メートルにもなるものがあるという。

うなぎはもともとは赤道付近のボルネオで誕生し、海流でヨーロッパにも運ばれ、そこで根付いた。

日本のうなぎは、この本で明らかになった通り、マリアナ海山あたりで産卵する。

ヨーロッパのうなぎは、船の墓場として有名なサルガッソ海で産卵する。

しかし、その産卵場所は、長年不明のままだった。

産卵場所を突き止めたのは、まさに塚本さんのグループだ。

1991年に、うなぎの卵からかえったばかりの幼生を見つけ、これは「NATURE」の表紙を飾った。

次に産卵に向かうオスうなぎ、メスうなぎを捕まえ、2005年に体長2ミリの生まれて2日の幼生を見つけた。

そして2009年5月にうなぎの卵を見つけた

発見場所はマリアナ海嶺だ。

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出典:ブログ セピアおじさんのランダム・ストーリー

その時のニュースがYoutubeに載っている。



また、DailymotionというサイトにNHKのニュースが収録されている

塚本さんは東大の後に、日大の教授となっているので、日大がうなぎのルーツ探求のビデオをUtubeに公開している。



つまり、うなぎはマリアナ海域の海嶺(海底山脈)で産卵し、卵はすぐ孵化して幼生となり、赤道付近の海流に乗って西に流され、次に黒潮に乗って日本まで流される間にシラスうなぎに成長する。

シラスうなぎは、川の河口付近で落ち着き、一部はそこで暮らすが、一部は川の上流に行き、そこで5〜10年暮らし、成魚となってからオスもメスも産卵のためにマリアナ海嶺まで行き、そこで一生を終えるのだ。

なんとダイナミックな生涯なんだろう。

日経が図にわかりやすくまとめて、クイズ形式で出題しているので最後に紹介しておく。クイズの答えは、日経の記事の最後に載っている。

日経問題












































出典:日経こどもニュース


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2014年11月16日

天地明察 やはり本屋大賞受賞作は面白い

天地明察(上) (角川文庫)
冲方 丁
角川書店(角川グループパブリッシング)
2012-05-18


2010年の本屋大賞を受賞した、江戸時代の改暦(暦を800年もの間使われてきた中国の唐でつくられた宣明暦から日本独自の貞享暦に変えた)を題材にした作品だ。作者は冲方 丁(うぶかたとう)さん。

明察とは正解のことだ。

本屋大賞受賞作は、このブログでも何冊か取り上げている。この作品も含めて、大変面白い作品ばかりだ。

2014年 「村上海賊の娘」
2013年 「海賊と呼ばれた男」
2012年 「舟を編む」
2011年 「謎解きはディナーのあとで」
2010年 「天地明察」

岡田准一主演で映画にもなっているので、こちらも見てみた。原作から一部ドラマタイズした部分があるが、物語の重要な構成物の一つの神社に貼られた絵馬に書かれた算術の問題がどういうものかわかり、江戸時代の算術の計算方法や当時の天体観測のやり方がわかって大変参考になる。今ならレンタルビデオで2泊100円で借りられるので、こちらもおすすめだ。

天地明察 [DVD]
岡田准一
角川書店
2013-02-22


マンガにもなっている。



江戸時代の将軍の前で「御前碁」を打つ碁打ち衆として登城を許された4家(安井、本因坊、林、井上)出身の安井算哲、後の渋川春海の物語だ。

安井算哲は、碁打ち衆ながら、算術と天文にも興味を持ち、算術塾の村瀬塾にも出入りするうちに、稀代の天才和算学者・関孝和の存在を知る。

算哲は、関に向けて絵馬で算術問題を出すが、関は不明な記号を書きつけて、解答しなかった。実は、問題が間違っていたのだ。

算哲は日本全国で北極星を観測して各地の緯度を図る「北極出地」観測隊に組み入れられ、2年間の間日本全国を旅する。その間に、誤問の恥をそそぐため、関孝和向けに算術の設問を考えて、再度挑戦する。

江戸帰還後、算哲は天文の知識と算術の知識を駆使して、800年間使われてきた宣明暦を変える一大プロジェクトのリーダーとして改暦作業を始める。

最初に選んだのは授時暦だ。

日本の暦は天皇が決めるので、朝廷対策として宣明暦、元の時代に編み出された授時暦、明の時代に授時暦を修正した大統暦の3暦勝負を始めるが、…。

好事魔多し。最後の最後で授時暦は部分日食を外してしまう。

失意の算哲は関孝和の研究成果も使って、3暦勝負の敗因を研究し、今度は…。

というようなストーリーだ。映画では宮崎あおいが演じる算術塾の村瀬の親類の娘・えんが小説に花を添える。

まるでノンフィクションかと思わせるように、江戸幕府の大老、老中などの要人、算哲を支援する会津藩藩主、水戸光圀、北極出地の観測隊上司、最強の碁打ち衆・本因坊道策などの登場人物が小説に深みを与えている。

大変面白い本だった。「本屋大賞の本は必ず読もう」という気にさせる本である。


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2014年10月07日

再掲 論文捏造 STAP細胞と高温超電導捏造事件の驚くべき類似性

2014年10月7日再掲:

小保方さんの博士号が早稲田大学によって取り消された。いわば「執行猶予」のような措置で、1年以内に論文の修正など、大学が提示した条件を満たさなければ、博士号取り消しとなる。

STAP細胞を取り巻く環境は悪化する一方だ。

7月のネイチャーの発表取り下げ8月の理研での指導教官だった笹井さんの自殺、そして今回の小保方さんの博士号取り消し(仮処分というべきか)。

まさに「論文捏造」で取り上げられた超電導捏造のヤン・ヘンドリック・シェーンと同じ道をたどっている。

二つの出来事には驚くべき類似性がある。その意味も含めて「論文捏造」のあらすじを再掲する。


2014年7月1日初掲:

論文捏造 (中公新書ラクレ)
村松 秀
中央公論新社
2006-09


世界的に有名な研究所。

しかし研究所の業績はパッとせず、研究資金を確保するために、スターを待ち焦がれていた。

そこへ現れた29歳のスター研究者。

世界的に有名な指導教官が論文の共著者となる。

ハンサム・ガイ。

「サイエンス」、そして「ネイチャー」に立て続けに論文を発表。

世界が驚いた研究成果。

メディアの注目の的。

しかし、世界中の研究者が追試を行うが誰も成功せず。

論文捏造疑惑が持ち上がる。

調べてみれば大学時代の博士論文から始まる写真・データの使い回し。

本人はいたって陽気に追試に参加。

しかし、追試は不成功。

やがて論文は取り下げられる。

本人は大学時代の捏造疑惑で博士号をはく奪され、今は一般企業の会社員としてひっそり暮らす。

…。

以上は小保方晴子ユニットリーダーの話ではない。

2000年に高温超電導で次々を記録を更新。ノーベル賞に最も近いと言われた男、ドイツ人科学者・ヤン・ヘンドリック・シェーンの話である。

シェーンはハンサムガイだ。

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出典:本書17ページ


ベル研究所といえば、トランジスターを発明した世界的に有名な超一流研究所だ。

ところが、1990年頃をピークに、ベル研究所の発表する論文数は次の図のようにジリ貧となっていた。

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出典:本書184ページ

IT不況の影響で、親会社のルーセント・テクノロジー(もともとはAT&Tだったが、AT&T分割で分社化された)の株価はピークの1/10となり、研究費がどんどん削られていたのだ。

理研も特定国立研究開発法人への指定を受けて、国から多額の研究予算をつけてもらうべく申請していた

名門だが、研究費の確保に苦労しているという状況は、当時のベル研究所の状態に似ている。

「スター誕生」が渇望されていたのだ。

この本は、2004年末にNHKで放送された論文捏造事件ドキュメンタリーをつくったディレクターが書いた本だ。

シェーンを小保方さん、高温超電導をSTAP細胞と読み替えると、歴史は繰り返すという言葉通りになっていることに驚く。

ネイチャーに投稿した論文の掲載可否を決めるのは、次のプロセスだ。

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出典:本書137ページ

科学誌の記者に論文を評価する能力はない。その分野の一流研究者がレフェリーとなる。レフェリーが納得すれば、論文は「ネイチャー」に掲載されるのだ。

特許権の関係もあり、発表される論文は簡単なもので、詳細は明かされない。

たとえば1953年のワトソン・クリックのDNA論文はわずか1.5ページだ。論文は今も「ネイチャー」のサイトに公開されているので、ここをクリックして論文を見てほしい

「ネイチャー」に論文が出ると、世界中の研究者が自分たちの方法で追試を試みる。そして、自分たちの方法が発表者と違ったり、結果が発表者より良かったりすると、今度は自分たちが「ネイチャー」や「サイエンス」に発表するのだ。

当初、高温超電導は日本が世界をリードしていた。シェーンは日本の谷垣東北大学教授(論文発表時はNEC基礎研究所在籍)が1991年に高温超電導の世界記録(33K=Kは絶対零度=−273度)を打ち立てた方法とは、全く異なる次のような方法を発表した。

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出典:本書47ページ

しかし、他の誰も成功できない。同じ方法を実現するには、スパッタリングという電子ビームを金属片に当てて、とび出した金属原子でコーティングするマシンが必要だ。しかし、世界のどのスパッタリングマシンでもシェーンの方法は追試できなかった

いつしか、シェーンは出身校のドイツ・コンスタンツ大学の「マジック・マシン」を使って、高温超電導記録を塗り替えているんだという噂が広まった。

次がそのマジック・マシンの写真だ。

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出典:本書156ページ

なんのことはない、家庭用のマシンのようなもので、上に目覚まし時計がついているところがご愛嬌だ。

この写真を撮影したNHKは、世界で最初に「マジック・マシン」の写真を紹介したことで、スクープとなった。

だれもが思うように、こんなマシンで有機物に薄い酸化アルミの膜をスパッタリングできるはずがない。

衆目の監視する中で行われたシェーンの実験では、シェーンが全く実験に不慣れなことが露呈し、当然のごとく失敗に終わった。

シェーンのコンスタンツ大学時代の博士論文から捏造は始まっていたことがわかり、シェーンの捏造はもはや動かしがたい事実となった。

博士号をはく奪され、シェーンはいまはひっそりとドイツの片田舎で会社員として暮らしているという。

ES細胞では2005年に韓国の黄教授の論文捏造事件が起こっている。

捏造は繰り返されるし、繰り返されるとしたらパターンは同じなのだ。

あえて言うが、筆者は小保方さんはウソは言っていないのではないかと思っている。彼女は自分ではSTAP細胞と思ったものを造り出したことがあったのだろう。

筆者の大学の先輩が言っていたが、UFOを見たと言う人に、UFOは実在しないと証明することは不可能だ。

UFOを見たと言うなら見たんだろう。誰も否定はできない。

シェーンの場合は、頭の中で考えた方法を論文に書いて、それをいずれ実証してくれる人が現れるのを待っていたのではないかと思う。

そういう人が現れればもうけもの、自分はノーベル賞を取れるというシナリオだ。

小保方さんの場合には、そういった打算では動いていないのではないかと思う。

彼女はUFOならぬ、STAP細胞を見たのだろう。ただ、それが再現できないだけだ。


この本は2006年9月の初版だが、アマゾンの全体の売上ランキングで現在3,000位くらいになっている。全く陳腐さはない。STAP細胞事件が起こってから、売れ行きに拍車がかかっているようだ。

筆者が図書館で借りて読んでから買った数少ない本の一つだ。こんなにポストイットを貼っている。

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文章もこなれているし、専門的な内容も含んでいるが、大変わかりやすく書かれている。

いずれSTAP細胞事件そのものを取り上げた本も書かれると思うが、この本の情報量と取材力は圧倒的だ。さすがNHKと思わせる。

是非一読をおすすめする。


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2013年08月19日

ハダカデバネズミ アフリカのサバンナに住む奇妙な社会的動物

ハダカデバネズミ―女王・兵隊・ふとん係 (岩波科学ライブラリー 生きもの)ハダカデバネズミ―女王・兵隊・ふとん係 (岩波科学ライブラリー 生きもの) [単行本]
著者:吉田 重人
出版:岩波書店
(2008-11-06)

アフリカのサバンナの地下にトンネルを張り巡らせて集団生活をする体長10センチ弱の小さなハダカデバネズミの紹介。

HONZ代表の成毛眞さんの「面白い本」に紹介されていたので読んでみた。

面白い本 (岩波新書)
成毛 眞
岩波書店
2013-01-23


ハダカデバネズミは英語で言うと"Naked Mole-Rat"、つまり、ハダカモグラネズミだ。英語より日本語のデバネズミの方が特徴をよくとらえていてわかりやすい。

ハダカデバネズミは国内のいくつかの動物園などで飼育されている。YouTubeに、さいたま県こども動物公園で飼育されている様子が掲載されているので、紹介しておく。



ユーモラスな外観の小動物で、モグラのように地中でトンネルを掘って生活する。しかしモグラのように、やたらめたらトンネルを掘るわけではなく、アリのようにちゃんと組織だって巣を建設する。

目はほとんど見えないが、出っ歯の歯がトンネル掘削機でもあり、感覚器だという。

ハダカデバネズミのヒエラルキーは次のようになっている。

1.女王(巣に一匹) 子供を産む もっとも体が大きい

2.王様(巣に数匹) 女王から交尾を命令される 女王の次に体が大きい

3.兵隊デバ 外敵の攻撃があった時に、自ら犠牲になって巣を守る 

4.働きデバ トンネルの整備や食料集めをする 時には肉ぶとんとなって女王や赤ん坊を温める

女王は巣の中で最も体が大きく、強い。時には女王の在任期間は20年以上にも及ぶ。女王は食べ物が豊富な飼育下では、年間4回出産する。

デバはひっきりなしに鳴いており、コミュニケーションをとっている。そしてその声には、歴然としたヒエラルキーがあり、自分より偉いデバに対しては、たくさんあいさつをするのだという。

サバンナの地下に暮らしているモグラのようなネズミだが、結構社会的な動物だ。

この本ではデバの歌を偶然録音したことが紹介されている。


成毛さんの本で紹介されていなかったら読むことはなかっただろう。大変参考になった。

埼玉県など、もよりの動物園などでハダカデバネズミを飼育しているところがあれば、小学生の夏休みの研究には、うってつけなのではないかと思う。


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2013年07月30日

ヒトは食べられて進化した 化石からわかる真実

ヒトは食べられて進化したヒトは食べられて進化した [単行本]
著者:ドナ・ハート
出版:化学同人
(2007-06-28)

アンリ・ルソーの人を襲うヒョウの表紙絵がキャッチーな本。

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応しているので、ここをクリックして表紙、目次、そして頭の後ろにかぶるトラよけのインドのお面の写真をチェックしてほしい。

昔のカップヌードルの"Hungry?"というコマーシャルにあるように、人間は集団による狩りや、こん棒やヤリ、弓矢などの武器を発明して、どんどん動物を追い詰め、日本オオカミなど多くの種類を絶滅させたと思われているが、実は人間自身が動物に食べられていたという事実を紹介している。



ネコ科、ハイエナ、オオカミなどのイヌ科、クマ、空から襲ってくる猛禽類、ヘビ、変わったところではコモド・オオトカゲなど、人間を捕食してきた動物たちは多い。

この中で最も気を付けなければならないのは、ネコ科のライオン、トラ、ヒョウ、ピューマなどだ。ハイエナもネコ目のハイエナ科である。

ライオン、トラなどは夜間獲物を襲うことは少ないが、ヒョウは夜行性で、寝ているヒトを襲い、殺して獲物を横取りされないように、木の上に引っ張り上げるという。

ディズニーのアニメ映画「ターザン」でも冒頭のシーンで、ゴリラの子供がヒョウにやられた後、ターザンの父母もヒョウにやられて、残された赤ん坊のターザンがゴリラに育てられるシーンが出てくる。



この本でもヒョウが人を獲物にしている想像図が載っている。おぞましい絵だが、一目瞭然なので紹介しておく。

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出典:本書


人間は常に食べられていた

ヒトはチンパンジーから約500万年前に分岐して(分岐は600〜760万年前という報告もある)、独自の進化系を構成した。

320万年くらいにアフリカにいたアウストラロピテクス・アファレンシスの人体骨格の40%がアフリカ・エチオピアで発掘され、ルーシーという愛称で呼ばれている。

人間は最近1万年くらいはヤリや弓矢、ここ1,000年位は鉄砲などで、ほかの動物には圧倒的な強さを示し、今では武装していれば、ネコ科等の動物にやられることは、ほとんどなくなった。

しかし、その前の500〜600万年は、動物に食べられる弱い存在だったのだ。

ゴリラなど大型霊長類も含めて、霊長類はネコ科などの猛獣に食べられていた。


ネコ科の捕食のやりかた

ゴリラがヒョウにやられるというのは、にわかには信じがたいが、この本ではヒョウの糞にゴリラの足指がそのまま見つかった写真を載せている。

ネコ科の捕食は後をつけて、動けなくするのが基本だ。最終段階での攻撃では、飛び掛かって伸縮自由の鋭い爪で獲物をつかみ、首のひと噛みで脊髄を切断して死をもたらす。

さらに、噛み方は、獲物を窒息させるための首へのひと噛み、鼻や口をねらうひと噛み、獲物の頭骨を押しつぶすほどのひと噛みという3つのバリエーションがある。

ヒョウに人間やゴリラがやられる場合でも、首へのひと噛みで勝負は決するのだ。


北京原人の化石はハイエナに食べられたヒトの骨

ネコ科に属するハイエナ類も、その抜群のあごの力で、ヒトを捕食してきた。

北京原人の骨が発掘された周口店では、頭蓋骨が破壊された人骨が多く発見された。当初は北京原人が人肉を食べていたという仮説が出されたが、その後、ハイエナが頭骨をかみ砕いて、脂質のつまった脳を食べていたという説が有力になった。

周口店で発見された北京原人の骨はハイエナに食べられた人類の骨だったのだ。

武器も持っていないヒトが、なんらかの理由で集団から離れると、猛獣の恰好の獲物だろう。

この本の原題は"Man the Hunted"だ。たしかに、人類の歴史の中で、動物に食べられることも、動物を食べることと同様に頻繁に起こっていたのだと思う。

読んでいくうちに、ネコが嫌いになってくるという副作用?はあるかもしれないが、新しい視点に気付かせてくれる本である。


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2013年07月23日

イヴの七人の娘たち ミトコンドリア・イヴとは?

イヴの七人の娘たち (ヴィレッジブックス N サ 1-1)イヴの七人の娘たち (ヴィレッジブックス N サ 1-1)
著者:ブライアン・サイクス
ウイーヴ(2006-11)
販売元:Amazon.co.jp

ヒト細胞のミトコンドリアからDNAを取り出し、そのパターンを研究することでヒトの起源を研究するオックスフォード大学人類遺伝学教室のブライアン・サイクス教授の本。日本では2001年に出版されている。

「ノンフィクションはこれを読め」で紹介されていたので読んでみた。

ノンフィクションはこれを読め!  - HONZが選んだ150冊ノンフィクションはこれを読め! - HONZが選んだ150冊 [単行本]
著者:成毛 眞
出版:中央公論新社
(2012-10-24)


サイクス教授の研究室では、自分のDNA検体を送ると199ポンドで自分がどの祖先の系列に属するかDNA判定してくれるサービスをウェブで提供している。

同じウェブサイトでは、この本の続編の「アダムの呪い」にちなんでY染色体の分析サービスも提供しているようだ。「アダムの呪い」も今度読んでみる。

アダムの呪い (ヴィレッジブックス)アダムの呪い (ヴィレッジブックス)
著者:ブライアン サイクス
ヴィレッジブックス(2006-12)
販売元:Amazon.co.jp


ミトコンドリアDNAが選ばれた理由

ヒトの起源を研究するために、ヒトの細胞のミトコンドリアDNAが研究対象に選ばれた。

ミトコンドリアは細胞内に共生し、細胞がエネルギーを作り出す手助けをする。筋肉や脳、神経などの活発な細胞には、1,000ものミトコンドリアが含まれている。ミトコンドリアDNAが選ばれた理由は次の通りだ。

1.細胞核に含まれるDNAより、ミトコンドリアDNAの方が多く含まれている。
2.細胞のDNAが30億塩基もの膨大な規模なのに、ミトコンドリアDNAは1万6千5百塩基しか含まれておらず、しかもそのうち500塩基のDループと呼ばれる部分に突然変異が集中している。
3.細胞核のDNAの突然変異が10億年に1度という頻度に対し、ミトコンドリアDNAの突然変異はより高い頻度で起こるので、分子時計として役立つ。


ミトコンドリアは常に母系遺伝

ミトコンドリアは卵子には25万個も含まれているが、精子にはしっぽの部分に卵子をめざして泳いでいくときに必要なエネルギー分の、ごくわずかのミトコンドリアしか含まれていない。

受精するときには、精子のしっぽは切り捨てられ、受精卵のミトコンドリアはすべて母親と同じものになる。だから、ミトコンドリアDNAは母系遺伝しかないのだ。


ミトコンドリア・イヴ

1987年にUCバークレーのレベッカ・キャンとアラン・ウィルソンのグループが世界147民族のミトコンドリアDNAを調査した結果、アフリカ人の系列とアフリカ人から分岐した系列に分かれることがわかった。これが人類アフリカ単一起源説を裏付ける有力な証拠となった。

そして、現人類の最も近い共通母系祖先は16万年+/ー4万年にアフリカに住んでいた女性だということがわかった。これをマスコミが「ミトコンドリア・イヴ」と名付けた。

この本では、「彼女は60億人一人ひとりの母系祖先の根本に位置する。われわれはみな、彼女の直接的な母系子孫なのだ。」と表現している。


ミトコンドリア・イヴの誤解

これが非常に誤解を招く部分だ。全人類の共通の祖先は15万年前にアフリカに住んでいた一人の女性、つまり「ミトコンドリア・イヴ」だというように、しばしば誤解されているが、そういう意味ではない。

ミトコンドリアDNAは母系のみしかたどれないので、たまたま生まれた子が男ばかりだったりすると、そこでミトコンドリアDNAの系図は途切れてしまい、それ以上はたどれない。しかし、だからといって、系図が切れてしまうわけではない。

我々の父母は2人だが、祖父母は4人、祖々父母は8人、祖々々父母は16人と、年代をさかのぼるほど祖先の数は増えていく。20世代さかのぼれば、祖先の数は100万人を超す。しかしミトコンドリアDNAの祖先は、母親、の母親、の母親、の母親…という具合に世代に一人だけだ。

人類の祖先のうち、ミトコンドリアDNAがつながったのは一系統だけで、ルートをたどれば、ミトコンドリア・イヴまでたどりつくという意味である。誤解を避けるために、今では「ラッキー・マザー」と呼ぼうという動きがあるようだ。

「ミトコンドリア・イヴ」と同じ時代の他の女性も、われわれの祖先である可能性がある。しかし、ミトコンドリアDNA系図は途切れているので、わからないということなのだ。


現代人類のミトコンドリアDNAグループ

現代人類のミトコンドリアDNAのパターンは、次の35グループに仕分けられている。名前はそのグループの共通の祖先となった女性のニックネームだ。

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出典:本書325ページ

現在のヨーロッパに住んでいる6億5千万人の90%は次の7つのグループに属するという。それが「イヴの7人の娘」と呼ばれる祖先たちで、この本の主題だ。

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出典:本書322ページ

「イヴの7人の娘たち」というと、あたかもイヴに7人娘がいたように聞こえるが、上記の表を見てもわかるとおり、4万5千年前のアースラから、1万年前のジャスミンまで年代もバラバラ、生きた環境もバラバラのバーチャル祖先像だ。

7グループのうち、ジャスミンのみが肥沃な三角地帯で生まれ、農耕をヨーロッパにもたらしたグループの祖先だ。他の祖先は、すべて狩猟民族である。


バスク人は特別

現代のバスク人は、もともと農耕が伝わる前のヨーロッパに暮らしていた狩猟民族の末裔であり、血液型もRH−が世界一多いという特徴がある。

筆者のアルゼンチン時代のベルリッツ・スクールのスペイン語の先生の一人がバスク人の女性だった。白人にしては背が低く、すんぐりした体型の人で、南欧系のエキゾチックな顔をしていた。

どうでもいい話だが、インフレ率が年200%を超える当時のアルゼンチンで、彼女はダイナースのクレジットカードを持っていた。クレジットカード払いなら、支払いは1カ月ほど先になるので、月間10%ほどのインフレ分は割引になる。

結構いいファミリーの出身だったのだろうが、日本人の駐在員でもクレジットカードを持っておらず、札束を持って歩いていた時代なので、うらやましかったものだ。

ちなみにアルゼンチン人の10%はバスク系だという。エヴァ・ペロンとか、チェ・ゲバラもバスク系ということだ。


日本人の祖先は9グループ

日本人の95%は、次の表のように9つのグループのいずれかを祖先に持っているという。

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出典:本書357ページ

この本では日本人に関しては、アイヌや琉球人はもともと日本列島に住んでいた縄文人で、韓国からやってきた弥生人のために、北と南へ追いやられてしまったという学説を紹介している。日本人の大半のDNAは現代韓国人と共通しているので、母系祖先は弥生人以降の移民にたどることができるという。

ミトコンドリアDNAによって現代人の祖先を探る研究の成果のみ紹介したが、この本の半分はミトコンドリアDNA分析による次のようなテーマの調査であり、興味深い内容だ。

★アルプスで発見された5,000年以上前のアイスマンのDNA分析

アイスマン―5000年前からきた男 (ノンフィクション 知られざる世界)アイスマン―5000年前からきた男 (ノンフィクション 知られざる世界) [単行本]
著者:デイビッド ゲッツ
出版:金の星社
(1998-01)


★ロシア革命の時に虐殺されたロシア皇帝ニコライ2世一家の遺体のDNA鑑定

ニコライ二世とアレクサンドラ皇后―ロシア最後の皇帝一家の悲劇ニコライ二世とアレクサンドラ皇后―ロシア最後の皇帝一家の悲劇 [単行本]
著者:ロバート・K. マッシー
出版:時事通信社
(1996-12)


★ポリネシア人のルーツの判定

ヘイエルダールがコンチキ号でポリネシア人の南アメリカ起源説が可能であることを実験で示したが、ミトコンドリアDNAの分析では、アジア起源説が立証された。

コン・ティキ号探検記 (河出文庫)コン・ティキ号探検記 (河出文庫) [文庫]
著者:トール・ヘイエルダール
出版:河出書房新社
(2013-05-08)


★ネアンデルタール人はヨーロッパ人の祖先なのか

アナザー人類興亡史 −人間になれずに消滅した”傍系人類”の系譜− (知りたい!サイエンス)アナザー人類興亡史 −人間になれずに消滅した”傍系人類”の系譜− (知りたい!サイエンス) [単行本(ソフトカバー)]
著者:金子 隆一
出版:技術評論社
(2011-04-21)


タイトルがキャッチーすぎて、「ミトコンドリア・イヴ」が全人類共通の唯一の祖先と誤解したままであらすじを紹介している人もいる。さもありなんと思う。

この本がきっかけで、いろいろ調べていくうちに「ミトコンドリア・イヴ」の誤解も解けた。参考になる本だった。


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2012年12月11日

"Physics for Future Presidents"再掲 「核の脅威」DVDを見た

2012年12月8日追記:

以前紹介した"Physics for Future Presidents"のリチャード・ムラー教授の、核の脅威についての講義がDVD化されたので、図書館で借りて見た。

ナショナル ジオグラフィック〔DVD〕 今この世界を生きているあなたのためのサイエンス 核の脅威ナショナル ジオグラフィック〔DVD〕 今この世界を生きているあなたのためのサイエンス 核の脅威
日経ナショナル ジオグラフィック社(2011-03-11)
販売元:Amazon.co.jp


カリフォルニア大学バークレー校のムラー教授の物理学の授業は、YouTubeで全編が公開されている。



YouTubeの講義は75分と長いが、こちらのDVDは50分にまとめ、映像を入れてわかりやすく説明している。

このDVDの裏表紙の写真は、ウラン濃縮をモデル化したものだ。

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円筒形のものが遠心分離機で、ウランをガス化して遠心分離機にかけ、音速以上のスピードで回転させる。安定化しているウラン238は外側に引き寄せられ、軽いウラン235は中心部に集まる、それを上からチューブで吸い出すのだ。

ムラー教授の写真と重なっている同心円の図は、この濃縮の過程を示している。

そしてこのプロセスを何度も何度も繰り返すことによって、天然ウランには1%弱しか含まれていないウラン235を濃縮する。発電用には3−5%のウラン235が必要で、原爆用は90%以上の濃度のウラン235が必要だ。

原子核を構成する陽子と中性子はお互いに「核力」と呼ばれる引力で引っ張りあって結合しているが、外から中性子が入ってくると、その結合が切れて核分裂が起こる。

このように核分裂はウラン235に中性子を当てることによって、引き起こされる。ウラン235が核分裂すると2個の中性子を放出し、これが他のウラン235の核分裂を引き起こし、核分裂反応が連鎖するのだ。

このリアクションを次のようにネズミ取りとボールを使って説明しているのは分かりやすい。

次のような整然としたネズミ取りに外からボールを一個当てる。

連鎖反応1



そうすると原子爆弾は次のように連鎖反応が起こり、すべての原子核が分裂する。

連鎖反応2



ところが、原子力発電では核分裂しても1個の中性子しか飛び出さないので、連鎖的に反応は起こるものの、核分裂するのは1個づつで、コントロールされた状態である。

連鎖反応3



また原子炉の反応容器は、鉄とコンクリートで何重にも保護されているので、たとえ9.11のように飛行機が突っ込んできても安全なのだと説明されている。

原子炉イラスト









このイラストの中心部の緑色のものが、原子炉の反応容器だ。それに比べて二重三重になっている格納容器と原子炉建屋の大きさがわかると思う。

コンクリートの厚さが誇張されていると思うが、それにしても東京電力福島発電所の原子炉と比べると、福島発電所の格納容器と原子炉建屋の構造が脆弱だったのか明らかだと思う。

福島原発構造





出典 大前研一 H2Oプロジェクト報告書 資料 11ページ

非常にわかりやすいビデオで参考になった。


2010年9月9日追記:

以前紹介したカリフォルニア大学バークレー校のムラー教授の本の翻訳本が出版された。

今この世界を生きているあなたのためのサイエンス〈1〉今この世界を生きているあなたのためのサイエンス〈1〉
著者:リチャード・A. ムラー
販売元:楽工社
発売日:2010-09
クチコミを見る

原題は"Physics for future presidents"、つまり「未来の大統領のための物理学」だったが、邦題は「今この世界を生きているあなたのためのサイエンス」というものになっている。

全然インパクトない題だが、果たして米国のようにベストセラーになるのだろうか?ちょっと疑問なところではある。どうせ邦訳するなら、原著には入っていないが、サイトでは公開されているアンタイマター(反物質)とかタキオンとかの講義も入れて欲しかった。

いずれにせよ邦訳も原著も内容は変わらないので、原著のあらすじを再掲する。


2010年5月19日初掲:

Physics for Future Presidents: The Science Behind the HeadlinesPhysics for Future Presidents: The Science Behind the Headlines
著者:Richard A. Muller
販売元:W W Norton & Co Inc
発売日:2009-09-21
クチコミを見る

Physics and Technology for Future Presidents: An Introduction to the Essential Physics Every World Leader Needs to KnowPhysics and Technology for Future Presidents: An Introduction to the Essential Physics Every World Leader Needs to Know
著者:Richard A. Muller
販売元:Princeton Univ Pr
発売日:2010-04-13
クチコミを見る

University of California Berkeley校リチャード・ムラー教授の「未来の大統領のための物理学」と題された初歩的な物理学講義。iTunes Storeのアカデミー編iTunes Uで全編無料公開されている。ムラー教授の名前の呼び方について、講義のなかで学生の質問に答えている。ムラーだと。

上のペーパーバックがまとめで、ムラー教授によると”学生が帰省して両親や友人に講座紹介用にプレセントするための本”。下が講義テキストで、講義の必読書だ。ペーパーバックは講座のほぼ半分の内容をカバーしている。

YouTubeでも講座は公開されている。



YouTubeで公開されている講座の中では、上が一番人気の授業だ。授業の最初で紹介されている隕石が出てくるトヨタのCMには度肝を抜かれることだろう。


ベストセラーとなった「フリー」の「なぜ大学が講座を無料公開しているのか」というコラムで紹介されていたので読んでみた。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
著者:クリス・アンダーソン
販売元:日本放送出版協会
発売日:2009-11-21
おすすめ度:4.0
クチコミを見る

大学の物理学の講義というよりは、池上彰さんの「ニュースがよくわかる」シリーズのようだ。テロ、原子力、環境問題、地球温暖化などの話題にかかわる物理の基礎知識をわかりやすく解説している。

ニュースがもっとよくわかる本ニュースがもっとよくわかる本
著者:池上 彰
販売元:海竜社
発売日:2009-09-11
おすすめ度:3.5
クチコミを見る


全講義をネット公開

米国の大学講義を聞くことは、以前は留学しないとできなかったが、今は多くの大学が看板教授の有名講座をインターネットで公開している。

YouTubeでもスタンフォードなどの特設チャンネルがあるが、iTunes StoreでもiTunes Uというアカデミー編特設ページをつくっている。ムラー教授の"Physics for future presidents"も2006年からすべての講義の映像と音声が公開されており、無料でダウンロードできる。

iTunesU








英会話教室のNOVAが「お茶の間留学」という宣伝文句で一躍有名になったが、いまやインターネットで、世界の有名大学の著名講座が聴講できる時代になった。


物理の教科書を英語で読む?

「物理の教科書を英語で読む」と言っただけで、「物理」と「英語」の2大障壁があって、拒否反応があるかもしれないが、難しい単語はほとんど使っていないので、英語でもわかりやすい。

日本の物理の本のように、頻繁に数式が出てくることはない。300ページ強の中に、簡単な数式が数回出てくるだけなので、数式アレルギーの人も問題ない。

いずれ日本語訳も出るとは思うが、英語でも十分わかりやすいと思う。値段も1,500円くらいと手ごろだし、英語の本に一度チャレンジしたいという気持ちがある人には、英語の勉強と最新の広範な科学情報がわかって一挙両得なので、是非お勧めする。


テロの物理学

この本の最初に来るのがテロリズムという章だ。9.11、テロリスト原爆、次のテロリスト攻撃、バイオテロといった項目が並ぶ。

ジェット燃料を満載したジェット機は、実は1.8キロトンのTNT火薬と同じ爆発力を持つ。北朝鮮の原爆実験より威力が大きい。加えて、ジェット燃料の高温燃焼により建物の骨組みの鉄が溶ける。一つの階が崩れ落ちると、ハンマーのような効果で続々と下の階を直撃し、一挙にビルが崩壊した。

9.11当時は、乗員はハイジャッカーを逆上させないために、要求を拒否しないように指示されていたから、犯人はコクピットに侵入できた。しかし9.11以降はコクピットは施錠して、絶対に外部者は入れないルールになった。

ハイジャッカーが持ち込んだ靴爆弾が検知できるX線写真なども紹介されていて興味深い。


エネルギー問題の基本

エネルギー問題について、考え方を整理するために物理的な知識を使っている。

現代の文明は石油に多く依存している。だから、まずはエネルギーとしてのガソリンと他のものとの比較だ。

同じ重量で比較した場合:

石炭     0.5
メタノール  0.5
エタノール  0・66
ブタノール  0.9(将来有望なバイオ燃料)
ガソリン   1
天然ガス   1.3
液化水素ガス 2.6
核分裂    200万倍
核融合    600万倍
反物質    20億倍(反物質=Antimatter


Antimatterとは

反物質は名前も”Antimatter(英語の発音はアンタイマター)”とミステリアスな名前だし、核融合(水爆)の300倍という高エネルギー効率から、SFではスタートレックの宇宙船エンタープライズの燃料などに使われている。



ダン・ブラウンの「ロストシンボル」の前の作品の「天使と悪魔」では、スイスのCERNで開発されたAntimatterを使った爆弾がバチカンに持ち込まれるという設定だった。

天使と悪魔 コレクターズ・エディション [DVD]天使と悪魔 コレクターズ・エディション [DVD]
出演:ユアン・マクレガー
販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日:2010-04-28
おすすめ度:5.0
クチコミを見る

この本ではAntimatterのことは詳しく触れていないので、iTunes Uで、ムラー教授の2008年Springの"E=MC~2、Antimatter, Tachyon"の講義を聴いてみた。英語でも結構わかりやすかった。

途中でクイズを配って、答案を回収するのに15分くらい無音の部分があるが、これは本物の講義ならではの、ご愛敬というところだ。

Antimatterは現在PET(ポジトロン断層法)というガンの早期発見設備として多くの病院で広く使われている。半減期が20分と短い炭素の同位体であるC11をつくることにより割合簡単にAntimatter(陽電子)を発生させて、小さなガン組織も検出することができる。

Antimatterは決してミステリアスな物質ではないと、ムラー教授は語る。


温暖化防止のカギを握る石炭

世界の温暖化に関しては、まずは石炭の燃料としての価格の安さと潤沢さを理解させている。

石炭は最も潤沢な鉱物資源で、埋蔵量も現在の消費の数千年分ある。これに対して石油はせいぜい100年、天然ガスでも数百年だ。エネルギーとしての価格も安い。次の表は発電に使われた場合の1KHWあたりの発電コスト比較だ。

C=USセント

石炭      0.4〜0.8C(価格 $40〜80/Ton)
天然ガス    3.4C(価格 $10/Million cubic feet)
ガソリン    11C(価格 $3.70/ガロン)
カーバッテリー 21C(価格 $50/個)
単三電池    $1,000(価格 $1.50/個)

次の図は中国、インド、そして比較のために日本のエネルギー需給を表したものだ。

energy balance China






energy balance India







energy balance Japan







中国やインドなどの開発途上国にも低品位炭なら、ふんだんにあるので、いずれの国でも石炭が主力エネルギー源だ。

石炭はC(炭素)のみで、CH(炭化水素)が中心の石油に比べてCO2排出量は多い。しかも石炭の不純物の中から環境に有害なNOXや酸性雨の原因となるSOXが発生するので、環境にやさしい燃料ではない。

しかし経済発展を目指す中国、インドの2大国のエネルギー確保のためには、自国にふんだんにある石炭資源の活用は当然で、問題はエネルギー確保問題と地球環境をどう両立させるかだ。


地球温暖化についてのIPCCの結論

地球の温暖化については、ムラー教授は科学者らしく、慎重に言葉を選びながらコメントしている。国連と国際気象機構が創設したIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の2007年の温暖化についての結論は次の通りだ。

The observed widespread warming of the atmosphre and ocean, together with ice mass loss, support the conclusion that it is extremely unlikely* that global climate change of the past fifty years can be explained without external forcing, and very likely** that it is not due to known natural causes alone."

*extremely unlikely = 5%の可能性
**very likely = 90%の可能性

これをムラー教授が普通の英語に翻訳すると、次の通りとなる:

The observed warming from 1957 to now is extremely unlikely (5% chance) to result from ordinary climate variations. Something must have forced it to change (such as natural solar variability or human CO2). It is very likely (90% chance) that humans are responsible for at least some of the warming.

ひとことで言うと、CO2排出などによる人為的温暖化が地球温暖化の犯人である可能性はグレーということだ。

大気中のCO2濃度は、産業革命以来ここ100年で間違いなく上昇している。

Carbon_Dioxide_400kyr






出典:Wikipedia(以下別注ない限り出典同じ)

そしてその発生源は化石燃料が圧倒的に多い。

Global_Carbon_Emission_by_Type_ja






もっとも、ここ100年で約36%CO2濃度はあがったといっても、0.038%(380PPM)で、大気中では微量にすぎない。

アル・ゴアの「不都合な真実」は、アル・ゴアとIPCCのノーベル平和賞共同受賞につながったが、地球温暖化の原因は文明活動によるCO2排出量の増大だと結論づけるために、都合の良い事実をチェリーピッキングしているという。

CO2濃度が上がり、温度が上がると海水が水蒸気になって蒸発し、雲をつくる。雲はシールドとなって、逆に気温を下げる効果がある。雲の発生は科学モデルでは予測できないので、一概にCO2上昇が地球温暖化の原因とは結論づけられないのだ。

映画で出てくるハリケーンの被害増大は必ずしも地球温暖化の影響とは結論付けられない。映画で出てくる死んだホッキョクグマは正確には4頭だけだという人もいる。アラスカの地表隆起現象は間違いなく起きているが、その原因は中国の石炭火力発電所が大量に放出する煤(すす)の影響かもしれない。

アル・ゴアは社会活動家なので、許されるかもしれないが、科学者ならば事実を冷静に見て、都合の良い事実も不都合な事実も両方発表すべきだと語る。


その他の特記事項

あまり詳しく紹介すると本を読むときに興ざめなので、参考になった点を箇条書きで紹介しておく。

★放射線被曝などでガンで死ぬ人の比率が上がったと時々報道されるが、外部要因がなにもなくても統計的に人口の20%はガンで死ぬ。だからベース20%からどれだけ増加したかを見極める必要がある。

水素爆弾は、いまだに軍事機密の部分がある。(次が水爆の構造図だ)

svg















プルトニウム型原子爆弾を起爆装置として用い、この核分裂反応で発生する放射線と超高温、超高圧を利用して、水素の同位体の重水素や三重水素の核融合反応を誘発し莫大なエネルギーを放出させる。そして水爆は致死性の高い死の灰を撒き散らす。

常温核融合を発明した人は(1)ノーベル賞を受け、(2)億万長者となり、(3)人類のエネルギー問題を解決した人として歴史に名を残すとムラー教授は語る。

★GRACE(Gravity Recovery and Climate Experiment)衛星は地球の重力の差を感知できるので、恐竜を絶滅させたといわれる隕石の衝突跡をメキシコのユカタン半島のChicxulub(チクシュルーブ)で発見した。また同衛星は、北緯38度線の地下に掘られた北朝鮮の秘密トンネルも発見したという。


ムラー教授のリコメンデーション

最後にムラー教授は地球温暖化についてのリコメンデーションを挙げている。それはエネルギー消費を抑えることだ。効率を上げて、消費を抑える。これによりエネルギー消費も削減できる。

もし自分が大統領ならこうする、ということで次のような方策を提案しているのも参考になる。

★法律で車の燃費効率を引き上げる

クリーンコールを推進し、CO2埋没計画を推進する

★原子力発電を推進し、原子力廃棄物の永久貯蔵計画を推進する

★中国とインドには、最新式コンバインドサイクル石炭ガス化発電所(IGCC)を建設し、CO2排出権取引によるインセンティブが得られるようにする。

★ソーラーと風力発電の技術開発を支援する

★とうもろこしからのバイオ燃料生産の補助金をやめ、スィッチグラスなどからのバイオ燃料生産を推進する

★白熱電球から蛍光灯やLED灯への転換を促進する

★住宅の断熱性能を上げ、クールルーフを推進する

我々がエネルギーを浪費していることは、ある意味良い知らせだという。日本政府のエコポイントがまさに国全体の省エネをポイントを付けることで、推進しようという政策だ。

自分でも実行可能なことが多い。家電の買い換えも含めて、省エネ生活を検討しようと思う。セーブエナジー・セーブアースだ。


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2012年10月08日

祝ノーベル賞受賞! 山中・益川教授の知性のジャムセッション「大発見」の思考法 再掲 

2012年10月8日追記:

山中教授が2012年のノーベル医学生理学賞を受賞した。前回の追記にあるように、昨年iPS細胞の特許が成立した時に、筆者はノーベル賞受賞を確信していたが、筆者の予想より早くノーベル賞受賞が決まった。

これも山中教授のiPS細胞発見の先進性と、難病治療につながる波及効果の大きさが評価されたからだと思う。

山中教授は、受賞後の記者会見で、「私は無名の研究者だった。国に支えていただかなければ、受賞はできなかった。日本という国が受賞した。」と語っているが、こういう謙遜した言葉は、なかなか言えるものではない。

あらためて山中教授の偉大さに感服する。

ノーベル賞受賞を祝して、2008年にノーベル賞を受賞した益川教授と山中教授の対談「大発見の思考法」のあらすじを再掲する。

現在アマゾンでも1−4週間待ちということで、品切れ状態にあるようだが、是非一度読んでほしい本である。


2011年8月11日追記:

山中教授のiPS細胞の生製技術に対する特許が米国で成立した。本日の新聞やネットのニュースの多くで報道されているが、次のアサヒコムの記事がポイントを衝いている。

iPS1






出典:アサヒコム2011年8月11日記事

米国で特許が成立したということは、iPS細胞を生製する方法を発見したのは山中教授だということが公に認められたということだ。

これでiPS細胞を使っての治療研究と山中教授のノーベル賞受賞にも弾みがつくと思う。

お祝いの気持ちを込めて山中教授とノーベル賞受賞者益川教授の対談本のあらすじを再掲する。


2011年3月1日初掲:

「大発見」の思考法 (文春新書)「大発見」の思考法 (文春新書)
著者:山中 伸弥
文藝春秋(2011-01-19)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

2008年ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英京都大学名誉教授と2009年にアメリカのノーベル賞といわれるラスカー賞を受賞し、ノーベル賞受賞が確実視されている山中伸弥京都大学iPS細胞研究所長の2010年初夏に収録された対談。

次がこの本の裏表紙の写真だ。柔道とラグビーで鍛えただけあって山中さんは体もデカい。

益川山中








世界的研究者の当たり障りない対談と思って読むと、これが全然違う内容なので驚く。


「読んでない本の書評?」

きれいごとばかり並べている書評がある。いつも読んでいる雑誌なので、例に挙げて悪いが、たとえば週刊東洋経済の「新刊新書サミング・アップ」は次のように評している。

「『CP対称性の破れ』の起源の発見でノーベル賞を受賞した物理学者と、再生医療の新たな道筋を切り拓くiSP細胞(筆者注:iPS細胞の誤り)の樹立に成功した医学者が語り合う。

それぞれの研究分野に関して一般人向けにわかりやすく解説するとともに、二人のパーソナリティ、思考のブレークスルー、日々の勉強法、世界と渡り合うプレゼン力と発信力、さらには神の存在についてまで、縦横無尽に語り尽くされている。

何よりも純粋な好奇心と探究心を持って物事と向き合い、粘り強くあきらめない姿勢が大事だとのメッセージが伝わる。

『なぜ一番にならなくてはいけないのか』の問いにも、研究者ならではの気概ある見解を披露している。」

出典:「週刊東洋経済」新刊新書サミング・アップ 2011年2月12日号

これに対して、アマゾンのカスタマーレビューに投稿している読者の声は、評価が5つ星ばかりで、読んだ人の感動がビビッドに伝わってくる内容ばかりだ。これが本当にこの本を読んだ人の率直な反応だろう。

プロのジャーナリストが「新刊新書サミング・アップ」を書いているのだろうが、「iSP細胞」と間違っている上に、感動が全く伝わってこない。

このブログで紹介したパリ第8大学教授で精神分析家のバイヤール教授の「読んでいない本について堂々と語る方法」ではないが、本当にこの本を読んで書評を書いているのかと疑問にさえ思えてくる。

読んでいない本について堂々と語る方法読んでいない本について堂々と語る方法
著者:ピエール・バイヤール
筑摩書房(2008-11-27)
販売元:Amazon.co.jp
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このブログ記事のタイトルに「ノーベル賞受賞者・当確者の知性のジャムセッション」と書いたが、これが筆者の一言「サミング・アップ」だ。


以前の対談本とは全く異なる

実は山中教授がヒトiPS細胞開発成功を発表した2007年11月の直後、2008年初めに、京都大学名誉教授でシオノギ製薬副社長の経験もある畑中正一さんとの対談本が発売されている。

iPS細胞ができた! ひろがる人類の夢iPS細胞ができた! ひろがる人類の夢
著者:畑中 正一
集英社(2008-05-26)
販売元:Amazon.co.jp
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こちらも参考までに読んでみたが、この本と全く異なり、お二人がよそよそしく対談している雰囲気が伝わってくるような本だ。

山中さんは元々京都大学出身ではないので、iPS細胞で有名になる前は、京都大学の教授陣の中ではほとんど知られておらず、知人もなかった様子がうかがえる。

他方、畑中さんは京都大学医学部出身の生え抜きで、NIH(アメリカ国立衛生研究所に勤務していたこともあるエリート研究者だ。

京大ウィルス研究所長を退官後、シオノギ医科学研究所長になり、その後シオノギ製薬の副社長になった。ウィルスの専門家であると同時に、シオノギ製薬の経営者だったこともある人だ。

山中教授もどこまで情報を出して良いのか分からない感じで、盛り上がりに欠ける対談だった。

2冊比較して読んでみると、いかに「『大発見』の思考法」が「知性のジャムセッション」だったかがよくわかる。


お二人の赤裸々な告白が感動を呼ぶ

筆者の湘南高校の先輩の2010年ノーベル化学賞受賞者の根岸英一パデュー大学特別教授の「夢を持ち続けよう!」も、この本と相次いで発刊された。

根岸さんは高校・大学とも優等生で、フルブライト奨学生としてアメリカに留学して博士号を取り、アメリカで研究を続けるという典型的な秀才タイプのキャリアだ。

夢を持ち続けよう! ノーベル賞 根岸英一のメッセージ夢を持ち続けよう! ノーベル賞 根岸英一のメッセージ
著者:根岸英一
共同通信社(2010-12-11)
販売元:Amazon.co.jp
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エリートで秀才の根岸さんの本に対して、この本では益川さん、山中さんとも「うつ」に悩まされた過去を語ったり、キャリアは決して順風満帆でなかったことを告白している。

益川さんは20歳の時から「うつ」と付き合っており、5−6年前には薬を飲むまで悪化したという。「うつ」は脳内物質のせいだと、あっけらかんと語るのが、いかにも益川さんらしい。

山中さんは1993年にノックアウトマウスの技術を学ぶためにUCサンフランシスコのグラッドストーン研究所に留学した。しかし3年後の帰国のときには日本で帰る職場のめどが立たなかった。

キメラマウス









出典:「iPS細胞」

ようやく日本学術振興会の特別研究員として支援を得て、古巣の大阪市立大学で2年間ほど一人でノックアウトマウスの世話をしながら研究を続けていたが、米国との研究環境のあまりの違いに「うつ」のようになり、朝起きられなくなったと語る。

チャーチルもうつ病で、「うつ」になると、「黒い犬が来た」と言っていたことは有名だ。「うつ」になったことも包み隠さず語っている二人の率直な語らいに深い感動と尊敬を覚える。


「いちゃもんの益川」

益川さんは砂糖問屋、山中さんは小さなミシン部品工場の町工場という自営業の家に生まれ、放任で育ったという。

益川さんは、ノーベル賞を受賞して「たいして嬉しくない」、「我々は科学をやっているのであって、ノーベル賞を目的にやってきたわけではない」という発言で、へそまがりとして有名になってしまった理由をこの本で説明している。

益川さんは名古屋大学の学生時代に「いちゃもんの益川」と呼ばれていたこともあったという。


あだなは「邪魔中」

山中さんは自分が柔道やラグビーで10回以上骨折したので、スポーツ選手を助けようと神戸大学で整形外科医になった。しかしインターン時代に手術の手際が悪いので、「邪魔中(じゃまなか)」と呼ばれて、やむなく臨床から病理に移った。

米国に留学したときも、「ネイチャー」とか「サイエンス」の求人広告に片っ端から応募したが、留学先がなかなか決まらなったという。

UCサンフランシスコのグラッドストーン研究所でノックアウトマウスを使って最先端の研究をしていたが、上記の通り帰国する際も日本での勤務先がなかなか決まらなかった。

ノーベル賞受賞が確実視されている山中さんが、ほんの10年ほど前までは、うだつのあがらない研究者だったとは驚きだ。


モットーは「眼高手低」と「人生万事塞翁が馬」

お二人がモットーを語るところがある。

益川さんは「眼高手低」だと語る。

一般的な意味では理想は高いが実行力が伴わないことだが、益川教授は「着眼大局・着手小局」、つまり目標は高く持ち、行動は着実なところからという意味で使っており、この言葉をモットーに後輩を指導しているという。

山中さんも、アメリカ留学時のボスに同じような意味の"VW"=「ビジョン&ハード・ワーク」をモットーとして教わったという。

山中さんは半分ジョークなのだろうが、モットーは「人生万事塞翁が馬」だと。山中さんの今までの紆余曲折の研究生活を物語ると同時に、謙虚な性格をよく表している。

1996年に帰国して大阪市立大学に戻ってから、いくつも公募に応募したが失敗ばかりで、やっと1999年に奈良先端科学技術大学院大学の遺伝子教育研究センターの助教授となった。

小さい研究室で予算もほとんどなかったので、みんなが研究するES細胞から他の細胞をつくるという分化はあきらめ、みんなが狙わない細胞の初期化を研究テーマとして、ヒトの皮膚から万能細胞をつくる研究を学生3名と始めた。

2003年に科学技術振興機構のプロジェクトに応募して、必死のプレゼンをした結果、年間5千万円の研究費が5年間支給されることになり、状況が大きく変わったという。

人生には直線型の人生と回旋型の人生があり、自分はまさに回旋型の人生であると山中さんは語る。挫折や回り道を経験したからこそ、現在の自分があるのだと。


iPS細胞は画期的な発明

人間の体は初めは1個の受精卵だったのが、次々と細胞分裂を繰り返して分化し、60兆個もの細胞が体の様々な部分を構成している。

体のどの部分の細胞でも「山中ファクター」と呼ばれる4個の遺伝子(現在は3個でも可)を注入すると、細胞が「初期化」され、細胞の寿命はリセットされ、体のどの部分にもなれるiPS細胞ができる。評論家の立花隆さんは「iPS細胞の開発は、タイムマシンを発明したのと同じだ」と語っている。

iPSとはinduced Pluripotent Stem cellの略だ。「人工多能性幹細胞」という意味だ。ちなみにiPSという頭文字を小文字にするネーミングはiPodにあやかろうとしたものだという。

2005年末の韓国の黄教授のES細胞研究成果ねつ造事件の直後だったので、山中さんがiPS細胞開発の成功を発表したところ、当初は胡散臭くみられることが多かったが、ウィスコンシン大学などのほかの研究機関でも発見が確認された。

それまでES細胞研究に反対していたローマ法王庁と米国のブッシュJR.前大統領が賛同を表明し、一気に世界的な注目を浴びることになった。

60兆あるヒトの細胞は、一個一個がすべて同じ3万個の遺伝子を持っている。細胞はそれぞれの器官毎に細分化されているので、3万個のうち読まない遺伝子は「エピジェネティックス」と呼ばれ、黒で塗りつぶされるような状態だ。

その黒塗りが一瞬にしてクリアーされてしまうのが、受精の瞬間である。卵子と精子の場合も同様に黒塗りだらけだったのが、受精卵となると奇跡のようにすべてがクリアーされ初期化されるのだ。


iPS細胞で孫悟空の「分身の術」が可能になるか?

iPS細胞の前は、ES細胞が万能細胞として注目されていた。

ESとは、Embryonic Stem cellの略で、embryoつまり「胚」。人間の場合には受精卵となって14日までのものから得られる細胞の胚をつかう。結果的にそのままなら胎児になる受精卵を研究対象にすることになり、倫理上の問題がある。

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出典:「iPS細胞ができた!」

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出典:「iPS細胞」

ところが受精卵を使うES細胞とは異なり、iPS細胞はヒトの数ミリ四方の皮膚からでもつくれる。歯科治療で抜いた親知らずや、毛根部の細胞から作った例もあるという。

毛髪の再生










出典:「iPS細胞」

山中さんは、皮膚から取ったヒトiPS細胞が心筋細胞に分化して、拍動をはじめたのを見たときに感動したという。

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出典:「iPS細胞ができた!」

iPS細胞を使ってクローンは出来ないとのことなので、髪の毛を使っての孫悟空の「分身の術」は不可能だが、将来は髪の毛から身体の組織を再生するという事になるかもしれない。


山中教授の強い使命感

この本を読んで驚くのは、山中教授のiPS細胞を一日でも早く患者のもとに届けたいという強い使命感だ。

「私は臨床医としてはぜんぜん人の役に立ちませんでした。だから死ぬまでに医者らしいことをしたいのです。」、「医者になることを熱心に勧めてくれた死んだ父に対しても申し訳がたちません」と語る。


iPS細胞研究には知財マネジメントも重要

山中教授は、スタッフ約200名の京大iPS細胞研究所のトップとして手腕を発揮している。

iPS細胞研究所は基礎研究、治療法が見つかっていない病気のメカニズム研究、iPS細胞を活用した創薬や再生医療などの臨床応用、倫理・安全基準研究、知的財産権管理、広報室も備えたiPS細胞を総合的に研究する世界初の施設だ。

京大iPS細胞研究所には製薬会社出身の国際特許専門のスタッフもいる。

アメリカではバイオ関係にベンチャー投資が集中しており、数人の投資家が日本の国家予算くらいの金をだす。日本の研究費の2桁違いくらいの研究費を使ってiPS細胞を研究しており、民間企業が特許を抑えて莫大な利益を上げる可能性がある。

iPS細胞関連の特許を民間企業に特許を押さえられ、患者の治療に高額の治療費を要求されるような事態にさせないために、公的機関である京大が特許を確保しようとしている。

ちなみに遺伝子組み換技術はスタンフォード大学が保有し、企業からは特許料を徴収するが、大学などの研究には無料で特許宇を提供している。

厚生労働省も2010年10月1日に患者本人以外の細胞から作製したiPS細胞を治療に使って良いという指針を出して応援している。iPS細胞バンクという構想もあるという。

iPS細胞で出来ること

「iPS細胞ができた!」の対談で、iPS細胞が解決策となるいくつかの病気を紹介している。たとえば白血病、パーキンソン病、糖尿病、心筋梗塞、筋ジストロフィー、大やけど、網膜移植などだ。

iPS細胞の一番実用に近い分野は、製薬業界のテストへの応用だという。

心臓とか脳など普通だと取り出せない部分のヒトの器官の細胞をつくりだして、それで様々な薬効試験を行う。患者本人の細胞を使えば拒否反応もなく、人体実験と同じ効果を上げられる。製薬会社にとって画期的で正確なテスト方法になるという。


益川さんの6以上のクオーク予言を実証した「下手な鉄砲の原理」

この本の7割方は山中さんのiPS細胞の話で、3割が益川さんの話だ。

益川さんは小林さんと一緒に「CP対称性の破れ」でノーベル物理学賞を2008年に受賞した。

益川さんの理論は、前回紹介した村山斉さんの「宇宙は何でできているのか」でも紹介されている。

137億年前のビッグバン直後は粒子と反粒子が同数存在していた。粒子と反粒子は衝突して光になって消えていったが、わずかに光にならないで残ったものから星や生命に繋がる物質ができたというものだ。

「CP対称性の破れ」についての小林・益川理論が発表された当時は、クオークは3種類しか発見されていなかった。

益川・小林理論が1973年に発表されたあと、巨大加速器を使って1994年にチャーム、ボトム、トップのクオークが発見された。そして6種類のクオークが「CP対称性の破れ」を起こすことが証明されたのは2002年だったという。

加速器の性能が理論に追いつくまで30年掛かったのだ。

加速器は30キロもあるトンネルを地下に掘って、陽子と反陽子を光速に近いスピードで衝突させて色々な粒子を飛び散らせる。一秒間に10万回(!)くらい衝突させ、そのデータを1年分貯めて、やっと10個くらいのトップクオークが見つかったという。益川さんはこれを「下手な鉄砲の原理」と呼んでいる。

1994年にトップクオークが見つかった時の論文は全部で5ページ、そのうち1ページはオーサーの名前の列挙だったという。いまや物理学の検証には千人単位で取り組む必要がある。益川さんは日本は「稲作民族の国」なので、この分野は得意で、日本の高エネルギー実験グループは世界のトップにいるという。

事業仕分けによって科学研究予算は圧迫されているが、小林・益川理論はノーベル賞を受賞するまで35年かかっている。地道な研究を何十年も続けてはじめて何かを発見することが多い。ブレークスルーの研究は一朝一夕ではできないのだ。

それゆえ事業仕分けを担当した蓮舫大臣の「なぜ一番でなければいけないんですか?」という発言を益川さんは厳しく批判している。


「コロンブスの卵」を必死に探していくのが科学者の使命

益川さんは、「壮大で奥深い自然から教えて頂く」という謙虚な気持ちで、地道な研究を重ねて大胆な仮説を立て、「コロンブスの卵」を必死で探していくのが科学者の使命だと語る。

二人の研究の重大なブレークスルーは「コロンブスの卵」のような発想の転換によるものだ。

益川さんは当初クオークは4種類あるとして理論を組み立てようとしていたが、どうしてもうまくいかず断念しかけた時、風呂から立ち上がった瞬間に6種類以上にすればうまくいくことがひらめいた。

山中教授もiPS細胞をつくるために、24個にまで絞り込んだ遺伝子の中から、一つ一つの遺伝子を検証するのでなく、24種類すべて投入して、それから一つを減らして様子を見る作業に変えて、4種類の「山中ファクター」と呼ばれる遺伝子を発見した。まさに逆転の発想だ。

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出典:「iPS細胞ができた!」

山中教授は、このコロンブスの卵的な発想の転換に感動し、そのことを思いついた助手に「高橋君、きみはほんまに賢いなあ」と褒めたという。

今度紹介する立花隆と1987年ノーベル医学賞受賞者の利根川進博士との対談、「精神と物質」でも、利根川さんの発見はコロンブスの卵のようなものだったと語っている。

精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)
著者:立花 隆
文藝春秋(1993-10)
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プレゼンテーション能力と情報発信の重要性

山中さんは「有力科学雑誌のエディターとファーストネームで呼び合えるくらいの信頼関係を築いておかないと、情報戦には勝てない」と言っている。

科学者が成功するためには、良い実験をするだけでなく、いかにしてその実験データをきちんと伝えるかという「プレゼンテーション力」にかかっているというのが持論だという。

まさに世界レベルの競争でもまれた科学者の的を射た発言である。たとえばiPS細胞という山中さんが命名した言葉をアメリカの研究者も使ってくれたのは、そういったネットワークのおかげではないかと語っている。山中さんは今でもグラッドストーン研究所に部屋を持ち、月に数日はアメリカに行っているという。

山中さんはUCサンフランシスコで科学論文の書き方やプレゼンを学んだ。

たとえばプレゼンをビデオに撮り、本人がいないところでみんなが批判し、それをまたビデオに撮って、本人に見せるという授業を1回2時間、週2回、20週間受けたという。

プレゼンでポインターをスライド上でクルクル回さないというような配慮が、しっかりとした教育を受けているという評価となり、奈良先端大の助教授ポスト公募に受かった理由の一つだったという。


天才と秀才

益川さんは、日本の他の物理学者は秀才だが、2010年にノーベル物理学賞を受賞したシカゴ大学の南部さんは天才だと語る。

汲めども汲めども尽きないアイデアを生み出して、研究の最後まで詰め切って成果を刈り取ってしまわず、それを惜しげもなく後輩にばらまいてくれるという。

山中さんはプリオンを発見したプルシナーを天才として挙げる。


科学者にとって「神」の英語訳は「ネイチャー」

益川さんは「信じている人をやめさせる」積極的無宗教だという。山中さんも「科学者にとって、「神」の英語訳は「ゴッド」じゃなくて、「ネイチャー」なんですね」と語っている。含蓄のある言葉だ。

ダーウィンの進化論に対して京大の今西錦司博士は「種は進化に対して主体性を持っている」という説を展開した。実はダーウィンの進化論はまだ証明されていない。

アメリカでは進化論を信じない人が人口の半分いるというが、逆に日本人が進化論を信じるのもある意味では怖いことだという。


その他の話題

★益川さんは分刻みでスケジュールが決まっているという。8時3分には家を出て。一日2食で、風呂に入るのは9時36分だと。エマニュエル・カントのような人だ。

★山中さんの趣味は走ることだという。週3日は鴨川沿いを5キロほど走り、ジムに行っているという。フルマラソンも5回経験しており、自分の記録を少しでも短縮することに意義があると語る。

★山中さんは数学が得意だったそうで、中高6年間で唯一解けなかった問題は、「イスの足は4本では安定しないが、3本では安定する。なぜか?」という問題だったという。

★益川さんは微分積分がわからないと物理の面白さがわからないという。そうなると筆者は絶望的だ。

★益川さんは湯川教授の英語の中間子論文の第一論文初版を読んで間違いに気づいたという。その後名古屋大学の坂田教授も加わった第2論文では修正してあったが、誤りを認めるのではなく「あそこの式は、こう読まれるべきである。」という書き方をしていたという。

益川さんは、最後にデンジロウ先生などの科学遊び、マークシート式の入試を批判している。


大変刺激的な対談である。ただし、あくまで対談なので、iPS細胞について基礎知識を得たければ、次の本をおすすめする。

iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)
著者:八代 嘉美
平凡社(2008-07-15)
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筆者もこの「iPS細胞」を読んで今回のあらすじを書いた。このあらすじ中で紹介した図は「iPS細胞」から引用したものだ。

iPS細胞を使っての医療としては、アルツハイマー症、すい臓病、目の網膜再生などと種々利用範囲が広い。特に取り出せない細胞の実験を可能にしたという意味では、まさに再生医療に革命を起こす発明である。

現在は全世界の研究者が競って安全上の諸問題を克服すべく努力しているという。もはや日本の優位性はなく、日本より2ケタ多いお金を投じている米国の進歩が目覚ましいそうだが、いずれにせよ早期に実用化して欲しいものである。


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Posted by yaori at 21:38Comments(0)

2011年11月16日

祝!「京」スパコン連続世界一! 「科学技術大国」中国の真実 前北京大使館アタシェのレポート

平成23年11月16日追記:

富士通がつくった理研のスーパーコンピューター「京」が引き続き世界トップとなった第2位の中国の天津スーパーコンピューターセンターの天河1A号の演算速度を4倍上回る圧倒的な差だ。

東大が富士通のスパコンを初めて注文し、ほかにも受注の動きがあるようだ。

スパコンだけだと周辺分野や日本経済全体への影響も限られるが、ぜひスパコンを活用して様々な分野で世界トップクラスの研究成果を挙げてほしいものだ。

スパコンの日中比較が載っている在北京日本大使館の科学技術担当アタシェの「科学技術大国中国の真実」を再掲する。


平成23年6月21日初掲:

「科学技術大国」中国の真実 (講談社現代新書)「科学技術大国」中国の真実 (講談社現代新書)
著者:伊佐 進一
講談社(2010-10-16)
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2009年11月の事業仕分けで蓮舫大臣に葬られそうになった次世代スーパーコンピューター「京(ケイ)」が2011年6月20日に発表されたスパコンランキングで世界一になった



「京」の前までは中国の「天河1号A」が世界一位だった。しかし「京」は富士通の独自開発CPUを使っており、汎用CPUをつなぎまくる中国のスパコンの単純な設計とは一線を画している。

この本では中国の科学技術の強みと弱みを、科学技術庁出身で2007年から2010年まで在北京日本大使館の科学技術担当アタシェとして勤務した伊佐進一さんがレポートしている。ちなみに伊佐さんはアメリカのジョンズ・ホプキンス大学で中国研究及び国際経済のMBAを取っている。

アマゾンの写真だと本の帯が映っていないが、書店に並んでいる本は次のような帯がついている。

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2008年9月、3回目の有人宇宙飛行で初めて船外作業を行った「神舟7号」の宇宙飛行士が五星紅旗を振っている映像が、生中継された時の写真だ。

米国、ロシアに次いで三番目に有人宇宙飛行・宇宙遊泳を成功させたことは、中国の宇宙開発技術が世界でもトップクラスであることを世界に示す結果となった。人工衛星打ち上げビジネスでも中国は第三位のポジションを日本、EUと争っている。

しかし一方で、宇宙遊泳させる飛行士に国旗を持たせて振らせるというのは、どういうセンスなのかと疑ってしまう。

せいぜい数十分という貴重な船外活動の時間をそんなことに使って良いのか?元々ヒーローを好む国民性もあるが、巨額の資金を投入して国のメンツをかけた宇宙開発なので、愛国心高揚のためのパフォーマンスが必要だったのだろう。

他の例でも、たとえば2008年に完成した中国最大の天体望遠鏡「LAMOST」は天体観測に適さない黄砂の通り道に建設された。有力者の地元への誘致によるものだという。

この本の最初に伊佐さんが北京でマラソンに参加した時のエピソードを書いている。

ゼッケンを貰うのは2日がかり、制限時間外にゴールすると水もフルーツも片づけられている。識別チップ返却には長蛇の列…。全然システム化されていないし、開催者が勝手にルールを変更する。

「中国の科学技術が発展することなんてありえない」という人がいるだろうが、その根拠になるようなシーンだ。


日本の技術力はすでに中国に負けている!?

「日本の技術力はすでに中国に負けている!?」と本の帯にセンセーショナルに書いてある。それは「!」であり、「?」である。

中国の科学技術は日本をもしのぐ先進性がある反面、権力者の影響力やメンツが科学技術探求より優先されるという後進性もある。このような二面性は、科学技術人材のレベルの「格差」と中国の強みを活かすことができる「分野」かどうかによるという。

冒頭でふれた蓮舫大臣の「2位ではダメですか?」の発言で有名になったスーパーコンピューターでは、2010年6月の世界のスーパーコンピューターのランキングで中国製のスーパーコンピューターの「星雲」が2位、「天河1号」が7位となって、ベストテンに2台入った。

その時は日本のスパコンでは原子力研究開発機構の富士通製の22位が最高で、かつては1位となり、アメリカをあせらせたNECの地球シミュレーターは37位まで順位を下げている。



この事象だけ見ると、日本はスパコンの分野でも中国に差をつけられていたと「!」の分類に入るが、実は中国の「星雲」はインテルの汎用CPU6万個をつないだもので、理論値の半分の実効速度しか出せていない。

他のスパコンの80%前後や、富士通やNECの95%前後という実効速度に比べて著しく低く、スパコンのコア技術であるCPUの同期技術が見劣りするという実態が浮かび上がってくる。

伊佐さんは「計算機工学の観点からすれば、技術的には脅威とは言えないものである」とコメントしている。その証拠が冒頭の「京」の世界1位だ。

この本には2010年6月のランキングまでしか載っていないが、2010年11月のランキングでは改良型の「天河1号A」がナンバーワンとなっており、3位が「星雲」となっている。


人材大国中国

2009年の中国からの海外留学生総数は22万人を超え、帰国留学生数も10万人を超えた。いずれも10年前の1999年の10倍だ。

これらの人材がいろいろな分野で勉強しており、米国の博士号取得者の出身大学で一番多いのは中国の清華大学で、第2位が北京大学だ。3位がUCバークレー、4位がソウル大学。日本の大学は50位には入っていない。

海外留学者の帰国を促す「海亀政策」により、留学生が帰国すると住居や保険、車の購入費用、そして都市戸籍の付与と優秀な人材を処遇できるポジションを作っている。帰国者が起業するためのインキュベーションパークが100ヶ所以上あり、起業資金や所属税・光熱費・賃貸料免除などの様々な特典が与えられている。

一方日本人留学生は減少しており、2009年は全体で7万5千人とピークの2004年の2割減。米国への留学生に至っては10年前に比べて4割減の約3万人となっている。

「拡散する中国、収縮する日本」という構図だと伊佐さんは語る。

米国留学は米国生活に触れるということと、人脈つくりという意味で依然として意味があると筆者は考えているが、日本の大学院のレベルが上がり、必ずしも米国に留学しなくても慶應や一橋など優れたMBAコースができたことも、米国への留学生が減った理由の一つなことを指摘しておく。


日本は理系人材が報われない国

伊佐さんがもう一つ指摘するのは、日本は理系人材が報われない国だという点だ。このブログで紹介した元文部科学省審議官で、JAXA副理事長だった林幸秀さんの「理系冷遇社会」でも同じ趣旨の主張がある。

理科系冷遇社会―沈没する日本の科学技術 (中公新書ラクレ)理科系冷遇社会―沈没する日本の科学技術 (中公新書ラクレ)
著者:林 幸秀
中央公論新社(2010-10)
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日本の理系人材は学歴が上がれば上がるほど就職が難しくなる。生涯賃金も諸説あるが、理系は文系より低いというデータもある。

これを反映して理系学生は減少しており、2008年の工学部志望者数は5年前の4割減の24万人で、ピークの1992年以来減少が続いている。

他方中国では学歴は処遇で評価され、博士新卒者は学卒者の3倍の給与で処遇されるという。

中国の理系重視の姿勢はあきらかだ。たとえば胡錦涛主席以下の党中央政治局常務委員のトップ9は、1名の経済学博士を除き、全員工学系で占められている。

米国で博士号を取った出身国別でもトップだ。「海亀政策」で海外留学生の帰国を促していることもあり、他国を圧倒するスピードで優れた技術者を拡大している。伊佐さんのカウンターパートの中央官庁の大臣、副大臣、事務次官などは全員理系の博士号を持っているという。


「研究者集約型」分野で力を発揮

中国の一番の強みは、出来るだけ多くの実験をこなして、データの蓄積で成果を挙げるという分野だ。これを伊佐さんは「研究者集約型」と呼ぶ。最初の発見は外国人であっても、応用・実用化技術は研究者を大量投入する中国が先に成果を上げてしまうのだ。

たとえば鉄化合物を使っての新高温超電導は日本の東京工業大学で発見されたが、スマートグリッドなどへの実用技術は中国が「研究者集約型」で、大量に人材と資金を投入して研究しているので、現在は高温超伝導の論文の7割は中国だという。

最初に日本がブレークスルーを挙げても、中国が人材を一気に投入してしまえば、最終的な成果は中国のものになってしまうのだ。

遺伝子研究分野でも同じ事が懸念される。

2006年に京都大学の山中教授によって発見され、ノーベル賞間違いなしと言われるiPS細胞研究でも、2009年7月に世界で初めてiPS細胞から生体マウスを作り出したのは中国の北京生命科学研究所と中国科学院動物研究所だった。

アメリカも日本の10倍の予算を投入して応用を研究しており、山中教授によれば、「日本の1勝10敗」だという。

北京生命科学研究所は2004年に設立されたばかりで、研究員600名、リーダー23名全員が米国帰りのドクターだという。政府から潤沢な研究費を得て、5年間の任期で住居や教育費まで援助がある。

ライフサイエンス分野で世界トップのアメリカニューヨーク州ロングアイランドにあるコールド・スプリング・ハーバー研究所の2番目の拠点が蘇州に設立され、DNAの2重らせん構造を発見したジェームズ・ワトソン教授も開所式に出席した。

中国のライフサイエンス研究の発展を示す出来事である。


国際特許出願数ナンバーワンは中国企業

国際特許出願数ではパナソニックが長年トップを占めてきたが、2008年は中国の通信機器メーカーの華為技術(ホワウェイ)がトップとなった。2009年にはパナソニックが返り咲いたが、2位は華為だった。

華為は売り上げの10%を研究開発費として投資しており、全従業員の4割の3万7千人の研究員を抱えているという。華為は競合他社との特許侵害訴訟を通じてグローバル市場に於けるルールを勉強して力を付けてきて世界トップの国際特許数を誇るまでになったという。

しかし華為などの例外はあるが、中国企業の研究開発能力は依然として脆弱である。

中国のビジネスモデルは、コアとなる部品は海外からベストのものを競争させて安く買いたたき、国産の部品と組み合わせて製品をつくるというものだ。だから自動車のエンジンやエアコンのコンプレッサーは外資系から調達している。

日本企業の「垂直統合」とは全く異なるので、これを東京大学の丸川知雄教授は「垂直分裂」と呼んでいるという。

現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ (中公新書)現代中国の産業―勃興する中国企業の強さと脆さ (中公新書)
著者:丸川 知雄
中央公論新社(2007-05)
販売元:Amazon.co.jp
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中国の科学技術発展の大きな阻害要因は学術や研究に於ける汚職、不正の横行だ。米国カーネギー国際平和基金の報告によると、中国の汚職と不正による経済損失はGDPの13%にも上るという。論文の偽造、成果のねつ造も頻繁に起こっている。


中国市場への取り組み方=中国との共生

最後に伊佐さんは、世界最大級の中国市場への取り組み方法につき私見を披露している。

一つの参考は韓国のサムソンだ。サムソンは中国市場でも成功しており、その特長は対象市場の徹底研究にある。「消費者に選ばれる力」こそが「真の競争力」であるという。

しかし、サムソンのやり方は技術力の優位性が確保できない企業の生き方で、日本企業はサムソンに学ぶ必要はないと説く。中国市場では極端に価格を下げる必要はなく、富裕層・都市の中産階級を狙えば良い。

日本の環境技術とエネルギー技術は中国への協力にふさわしい分野だが、中国には日本の高品質の技術はそのまま持ってきても売れない。日本と異なる中国のニーズを吸収し、日本の環境技術をもとに日中で共同開発して、中国の市場を切り開いている成功例も水処理などで見られるという。

日本の水膜処理技術は世界最高水準で、海水でさえ浸透膜処理で真水にすることができる。しかし、そのためには大きなエネルギーが必要だ。

日本の場合には、2トンの汚水を濾過して2トンの浄水を得ようとするが、中国の場合には2トンの汚水から1トンの浄水で良い。高額の世界最高水準の薄膜より、エネルギー消費の少ない中程度の安価な薄膜が適しているのだ。

中国との技術共生については、GEのリバース・イノベーションの例を挙げている。GEはCTスキャナーのトップメーカーだったが、10万ドルを超す大型スキャナーは中国やインドなどの途上国では全く売れなかった。

そこで中国の無錫に研究拠点を作って、3万ドルで売れるラップトップパソコンで動かせる携帯型のスキャナーを開発し、中国の病院で大量に販売した結果、価格は1万5千ドルまで抑えることができた。

このポータブルスキャナーは米国でも使われるようになり、2002年には4百万ドルだったポータブル診断装置の売り上げが、2008年には世界で2億8千万ドルにまで増加したという。


普通のビジネスマンでは得られない広範囲な中国の科学技術情報を元に、具体例を多く紹介している。中国の科学技術の強みと弱みがよく理解できて大変参考になる本である。


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2011年08月04日

アインシュタイン その生涯と宇宙 翻訳不備 続報

2011年8月4・5日追記

いよいよ大新聞が取り上げ始めた。ヨミウリオンラインに記事が出ている。なんと初版本はコレクターアイテムとなり、2万円で売りに出されているという。

アインシュタイン校正不備5






日経新聞も8月5日付けの夕刊で取り上げている。

アインシュタイン校正不備





出版社をたたくのではなく、出版業界でぜひ再発防止策をきちんと打ち出してほしいものだ。


2011年8月3日追記

7月17日にブログで知らせた「アインシュタインその世界と宇宙」下巻の翻訳不備が、とうとうマスコミの知るところとなった。

アインシュタイン校正不備2






このニュースサイトのみならず、他のニュースサイトにも報道されている。

ネットで検索すると、プロの翻訳者向けのサイトというBuckeye the Translator でも報告されているのを発見。Buckeyeということなので、オハイオ州にいたことのある人のサイトと思う。

アインシュタイン校正不備3






さらにこのサイトでは一番ひどい誤訳の部分の原文を入手して、いろいろな機械翻訳に掛けた結果、Exite翻訳エンジンだと同様の結果が出ることをつきとめた人がいると報じている。アインシュタイン校正不備4






問題の「旗の包茎」の原文は"flag-draped car"だったことがわかった。"drape"という言葉は、カーテンなどを指すときに"drapery"という言葉がよく用いられる。

元タイム誌の編集長が書いた本なので、英語も格調高いのではないかと見込んでいたが、さすがに難しい英語の言い回しをしている。

"Flag-draped"とは「旗を横断幕あるいは垂れ幕にした」という意味だと思う。つまりアインシュタインを歓迎して、200台もの横断幕を飾った車に乗った興奮した民衆が熱烈に歓迎したというような意味だろう。

アマゾンによると下巻の発売日が8月24日に決まったようだ。たぶん日本の出版史でも最悪で前代未聞の翻訳不備・校正不備の不祥事だと思う。その意味ではこの事件を出版界の戒めとして風化させないという意味で、あえてリコールには応ぜずそのままキープしようかと思い始めている。

ちなみにアマゾンで一番に書いていたウィットに富んだカスタマーレビューは、削除されたようだが、翻訳者のコメントや他のコメントが寄せられていて、翻訳者と編集者の力関係とか考えさせられる指摘があるので、参照して欲しい。


2011年7月17日初掲:

アインシュタイン その生涯と宇宙 下アインシュタイン その生涯と宇宙 下
著者:ウォルター アイザックソン
武田ランダムハウスジャパン(2011-06-23)
販売元:Amazon.co.jp
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現在「アインシュタイン その生涯と宇宙」上下 約800ページの大作を読んでいる。

元タイムの編集長で、アスペン研究所とCNNのCEOを勤めるWalter Isaacsonさんの作品だ。

Einstein: His Life and UniverseEinstein: His Life and Universe
著者:Walter Isaacson
Simon & Schuster(2008-05-13)
販売元:Amazon.co.jp
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知識のない物理や数学の話題も出てくるので、先週から必死に読んでいる。読み終えたらいずれあらすじを紹介するが、読んでいるうちに驚くべき事態を発見したので、このブログの読者だけに紹介しておく。

まずは、ここをクリックしてアマゾンの「カスタマーレビュー」を読んで欲しい。

いち早く読んだ読者の7月4日の「ボルンの妻のヘートヴィヒに最大限にしてください。」(!?), というウィットに富んだカスタマーレビューが秀逸である。

そして7月15日に今度は訳者の一人の松田卓也神戸大学名誉教授が弁明と実情報告をカスタマーレビューに載せている。

小泉元首相の言葉ではないが、最初のカスタマーレビューで引用されている「笑っちゃう」本書の第13章、60−61ページは次の通りだ。

アインシュタイン校正不備2






出典:本書60−61ページ

第13章「さまよえるシオニスト」はアインシュタインが1921年に米国を初めて訪問する旅と、1922年にノーベル賞授賞式を欠席して日本を訪問した時のことを取り上げている章で、日本人であれば最も読みたい章なのだ。

実は上記の60−61ページは、あまりにひどい翻訳で頭に来たので、筆者が出版社に送ろうとスキャンしたものだ。

出版社の連絡先を調べてみると、出版社の武田ランダムハウスジャパンのホームページ、「お詫びとお知らせ」というのが出ていることを発見した。

もしやと思って、クリックしてみると案の定、下巻だけ回収するという。

アインシュタイン校正不備





アマゾンのカスタマーレビューでも極めつけとして紹介されているのはこの部分だ。

「極めつけはp.61.。 

 「驚異的な場面だったが,それはクリーブランドで超えられていた。数数千が,訪問代表団と会合するためにユニオン列車車庫に群がった,そして,パレードは二〇〇台の酔っぱらっていて旗の包茎(ママ)の車を含んでいた。

なにか,ダリとかシュールレアリズムの絵画のような情景であるが・・・。 」


この部分を思い出すとつい「笑っちゃう」。

誤解のないように記しておくが、筆者はこの出版社、編集者、監訳者、訳者たちをつるし上げるつもりは全くない。

そのつもりならツイッターに書く。

本の愛好家として、今回のケースを同様の事故防止のため出版界として再発防止策を是非検討して欲しいのだ。

というのは今回の出版事故は根が深いと思うからだ。

訳者の松田さんは機械翻訳と説明しているが、上記で引用した61ページの該当部分は機械翻訳なのかよくわからない。

「包茎」に当たる英語の”phimosis”という単語は、米国駐在合計9年の筆者でも見たことも聞いたこともない単語だ。

原著にこの単語が使ってあれば、機械翻訳で「包茎」という言葉が出てくるのもわかるが、英語の原著にこのような単語があるとは到底思えない。


ちなみにあなたは"circumcision"という言葉をご存じだろうか?

この"circumcision"は、米国で息子が生まれたときは絶対に知っておかなければならない言葉だ。

意味は「割礼」だ。

米国の病院では男の子が生まれた時に、医者や看護婦が"circumcision"をするかと聞く。筆者の場合には2,3度聞かれた。

筆者の場合は初め何のことかわからなかったので、とっさに"No"と断った。

あまりしつこく聞くので、辞書で調べて、その意味を知って驚いた。

筆者をユダヤ人と間違えた訳ではないと思うので、たぶん米国の病院では男の子が生まれると医者が必ず聞くのだろう。

単語の意味を知らずに"Yes"とか答えていたら、ピッツバーグ生まれの長男はゴルゴ13のように割礼してしまうところだった。

閑話休題。


次に日本語の誤変換だが、「はたのほうけいのくるま」とひらがなで書いてみると、日本語のタイプミスに起因する誤変換とも思えない。

つまりこの「旗の包茎」という単語がなぜここに登場するのかさっぱり原因がわからないのだ。

さらに、本は通常次のチェック過程があるはずだ。

1.訳者が原稿をチェック。

2.監訳者が原稿をチェック。

3.編集者が原稿をチェック。

4.ゲラ刷りの「デザイン原稿」を訳者、監訳者、編集者がチェック。

5.最終原稿を訳者、監訳者、編集者、校正者がチェック。

6.印刷された本を訳者、監訳者、編集者、出版社の他の担当者が読む。

それでいて、なぜ今回のような致命的ミスが見過ごされたのか?その理由がわからない。


筆者は勝間和代さんのような「フォトリーディング」などはできない。

もっぱら通勤時間を利用して年間300冊くらい本を読むが、1ページ、1ページを丹念に読んでいるのだ。

この「アインシュタイン その生涯と世界」も、アインシュタインの伝記の決定版として非常に期待して読んでいる(現在下巻の250ページ)。

サッカー日本代表の長谷部誠選手が、推薦する本に「アインシュタインは語る」を挙げていたことは以前紹介した。

アインシュタインは語るアインシュタインは語る
大月書店(2006-08)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

アインシュタインの最新の伝記であるこの本に期待していた読者は、筆者だけではないと思う。

この本の上巻から変換ミスや誤植がやや目立つなと感じていたが、全体として翻訳のクオリティは悪くない。

翻訳本のなかには、原著で読んだ方がよっぽど理解しやすいものもあるが、この本は上巻までは原著で読む必要を感じていなかった。


トヨタは「なぜを5回繰り返せ」と現場に徹底しているという。

せっかくの貴重な文献を台無しにして、訳者・監訳者の信用を失墜させ、愛読者の期待を裏切り、しかも恥を日本全国の図書館や書店にさらす今回の事態を、是非「なぜなぜ5回」で根本原因を追及し、二度とこのような事態が発生しないように再発防止策を徹底して欲しいものだ。

頼むぜ 武田ランダムハウスジャパン!


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2011年03月06日

世界は分けてもわからない 福岡教授の科学ミステリー第2弾

世界は分けてもわからない (講談社現代新書)世界は分けてもわからない (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
講談社(2009-07-17)
販売元:Amazon.co.jp
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ベストセラーの前作「生物と無生物のあいだ」に次ぐ福岡伸一青山学院大学教授の科学ミステリー風の新作。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
講談社(2007-05-18)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

前作同様文学的なタイトルが並ぶ。

プロローグ バドヴァ       2002年6月

第1章   ランゲルハンス島   1869年2月

第2章   ヴェネツィア     2002年6月

第3章   相模原        2008年6月

第4章   ES細胞とガン細胞

第5章   トランス・プランテーション

第6章   細胞の中の墓場

第7章   脳のなかの古い水路

第8章   ニューヨーク州イサカ 1980年1月

第9章   細胞の指紋を求めて

第10章  スペクターの神業

第11章  天空の城に建築学のルールはいらない

第12章  治すすべのない病

エピローグ かすみゆく星座


パドヴァは北東イタリアのヴェネト州にあり、ヴェネツィアロミオとジュリエットの悲恋の舞台のヴェローナの間にある古都だ。ガリレオ・ガリレイはパドヴァ大学で教鞭を執っている。

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出典: Wikipedia

筆者はパドヴァの隣のヴェローナの鉄鋼メーカーを訪問したことがある。その後、工場長が自分のBMW7シリーズを運転してヴェローナから北イタリアのコモ湖の近くの別の工場に連れて行ってくれたが、途中およそ生きた心地がしなかった。

ヴェネツィアからミラノあたりまでの高速道路は整備されており、たしか片側4−5車線あったと思う。それをドイツのアウトバーン以上の最高200キロくらいでぶっ飛ばすのだ。

高速からおりて普通の道でも100キロ以上で飛ばし、どんどん無理な追い越しを続けるので、正直イタリア人のスピード狂にはまいった思い出がある。

閑話休題。


不治の病=インクラビリ

福岡さんがパドヴァに行ったのは、「国際トリプトファン研究会」に参加するためだ。

学会を抜け出してヴェネツィアに行き、「インクラビリ」と名付けられた水路を訪れる。英語では"incurable"つまり不治の病という意味だ。梅毒にかかった高級娼婦(コルティジャーネ)などを収容する場所だったという。

「インクラビリ」が、この本を貫く一つの糸になっている。

15世紀末のイタリア画家ヴィトーレ・カルパッチョ(料理のカルパッチョは彼の名前にちなんだ)の2つの作品は実は一つの絵を二つに切断したもので、一つはカリフォルニアのゲティ美術館にあり、もう一つの「コルティジャーネ」はイタリアにある。

コルティジャーネは下の部分だ。

399px-Vittore_Carpaccio_079












出展: Wikipedia

二つをつなぎ合わせた絵はつぎのようになる。

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出典:本書口絵


ランゲルハンス島

ランゲルハンス島とはすい臓にあるインシュリンを分泌する島のように見える細胞の集合体で、これが損傷を受けると糖尿病を発症する。

この本ではランゲルハンス島の写真を彩色した写真を載せており、あたかも緑の島の用に見える。

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出典:本書口絵

すい臓はちょうどみぞおちの辺りにあり、インシュリンを含む消化酵素をつくって小腸に供給している。消化酵素は多種類あり、タンパク質を個々のアミノ酸に分解する。

ひとたびすい臓に異常が生じると、背中に痛みを感じるという。すい臓の分泌する消化酵素が小腸でなく、間違った方向に分泌されると、血液に漏れだしたり、自分自身の細胞を消化してしまう。

これがすい炎で、激しい痛みを引き起こす。


不治の病・すい臓ガン

すい臓ガンは最も治療困難なガンの一つだという。すい臓にメスを淹れる事自体が、すい臓細胞を破壊し、自己消化を起こす原因となるからだ。

病気療養中のアップルのスティーブン・ジョッブスが最近iPad2の発表に出演したが、彼もすい臓病だ。



2005年のスタンフォード大学の卒業式スピーチで、当初余命3−6ヶ月と言われたが、彼の場合は手術できるタイプの珍しいすい臓ガンだったことがわかり、医者は涙を流して喜んだという話を告白している。

次の日本語字幕版第2部の1分めのところだ。



日本語字幕版の残りの部分は「スティーヴ・ジョブスの伝説のスピーチ」というタイトルで3部構成でYouTubeにアップされているが画像が悪いので、英語版も紹介しておく。日本語字幕版はYouTubeで検索して欲しい。

英語字幕版では次の第2部の3分めのところだ。Pancreas(パンクレアス)とはすい臓のことだ。



順序が逆になるが、英語字幕版第1部は次の通りだ。



実は筆者の親友の奥さん・本城展子さんが1年半の闘病の末、すい臓ガンで先日亡くなった。彼女の闘病生活が激しい痛みに耐えたものだったことを思うと、涙が浮かぶ。

本城君には悲しみを乗り越えて、展子さんの分も生きて欲しいと心から思う。


食品の保存料・ソルビン酸

「相模原 2008年6月」というのは、福岡教授が教鞭を執る青山学院大学の相模原キャンパスでの保存料のソルビン酸についての講義だ。

コンビニのサンドイッチには保存料が使われている。

空気中には微生物がたくさん居て、微生物はサンドイッチなどの食べ物のなかで加速級数的に増える。もし保存料がないと、すぐに食物は腐って食中毒が続発する。

コンビニの消費期限表示は、安全を見て限度の72時間の半分の36時間にしているので、コンビニの食品は消費期限を少しぐらい超えても腐らない。

保存料が細菌が繁殖するのを抑えているためだ。保存料は細菌には毒だが、微量なので人体には害はないというわけだ。

ソルビン酸は、いつでもどこでも安価なサンドイッチが食べられるという便利さと引き換えに、最低限度の必要悪として使用されている。


データねつ造スキャンダル

第8章のニューヨーク州イサカ 1980年1月が、この本のもう一つの主題だ。

イサカはアイビーリーグの名門校コーネル大学がある場所だ。ニューヨーク州の北、シラキュースの近くにある。

筆者はシラキュースに取引先があったので、時々訪問した。航空機エンジンやタービンに使われる超合金メーカーで、30年ほど前に新日鉄が買収に乗り出したが、米国防総省の反対で買収は成立しなかった。

その後しばらくしてフランスの会社が買収したときは、すんなり認められて、アメリカの日本への警戒心に驚かされた記憶がある。

シラキュースの近くのフィンガーレイク地方のオーバーン(フットボールが強くて有名なアラバマ州のオーバーンではない。電気イス死刑が初めて執行された町)には関連会社があり、何度もこの地区を訪問したので親しみがある。

そのイサカにあるコーネル大学生物科学部エフレイム・ラッカー教授の研究室で起こった研究データねつ造スキャンダルを取り上げている。

食物は消化されブドウ糖に分解されて細胞に取り込まれる。ブドウ糖は酸素を使って燃やされ、熱エネルギーを放出するとともに、一部はATPとして蓄えられる。ATPはATP分解酵素というタンパク質により、ADPとリン酸に分解され、この時にエネルギーが放出される。

ラッカー教授はガンはATP分解酵素の異常が原因という仮説を立てた。証明できれば、間違いなくノーベル賞ものだ。

50人からのポスドクを動員しても実験は進まなかったが、ある時大学院に入りたての新入生が2か月で意味のある研究成果を出し学会誌に発表した。研究者の名前はマーク・スペクター。大学院1年生なのに、一躍教授のお気に入りになった。

しかしラッカー教授の共同研究者がたまたま訪問したスペクターの実験室にガイガーカウンターがあることを不審に思い、調べてみると実験成果はねつ造であることがわかった。

スペクターは詰問されて姿を消し、ラッカー教授は失意の内に亡くなった。

ラッカー教授はスペクターのことを「直すすべのない病」="incurable"と呼んだという。これが全編を貫く"incurable"の完成だ。


前作より説明が多く内容がややむずかしいが、分子生物学研究の影の部分のねつ造スキャンダルをミステリー仕立てに構成しており楽しく読める。

この本に刺激されて「アメリカ版 大学生物学の教科書」という全3巻のブルーバックスを読み始めた。こちらも読んだらあらすじを紹介する。

カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 (ブルーバックス)カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 (ブルーバックス)
著者:クレイグ・H・ヘラー
講談社(2010-02-19)
販売元:Amazon.co.jp
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前作同様楽しく読める作品だった。


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2011年02月25日

宇宙は何でできているのか 東大数物連携宇宙研究機構 村山機構長のベストセラー

宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書)宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書)
著者:村山 斉
幻冬舎(2010-09-28)
販売元:Amazon.co.jp
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東大数物連携宇宙研究機構(IPMU)長の村山斉さんのベストセラー。中央公論の2011年の新書大賞にも選ばれている。

中央公論新書大賞





東大数物連携宇宙研究機構(IPMU)は文部科学省が国際レベルの研究機関として2007年末に設立した研究機関で、東大の柏キャンパスにある。

機構長の村山さんはUCバークレー教授からスカウトされたが、アメリカの大学は優秀な教授は常勤でなくとも契約を継続しているようで、村山さんはUCバークレーにもまだ籍があるようだ。

世の中には研究者として一流であっても、授業は面白くない教授もいる。しかしこの本を読んで、村山さんは研究者としても教育者としても一流であることがよくわかる。

「宇宙はどう始まったのか」、「宇宙は何でできているのか」、「私たちはなぜ存在するのか」、「宇宙はこれからどうなるのか」という誰もが持つ疑問に、素粒子研究の最新の成果で答えようとしており、本来難しい最先端科学の話を、しろうとにもわかりやすく説明している。


ウロポロスの蛇

ガリレオは「宇宙という書物は数学の言葉で書かれている」と語ったという。IPMUも数学の力を借りて、宇宙を研究するために設立された。

宇宙の大きさは、10の27乗、素粒子は10のマイナス35乗だ。いずれも理解をはるかに超えたサイズだが、「ビッグバン」理論では、最初は素粒子並みのサイズだった宇宙が膨張を続けているという。

この現象を表現するために、村山さんはウロボロスの蛇という図を使っている。

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出典:本書21ページ

宇宙を研究すると宇宙線の中にクオークなどの素粒子が見つかる。最小の素粒子を研究すると最大の宇宙の起源がわかるという不思議な循環になるのだ。


「やさしい本」

筆者なりに、この本を一言で評すと「やさしい本」である。

「やさしい」といっても、素粒子物理学の最新の研究成果を解説しているため、「本当の時空は10次元まである?」とか“ストレンジ・クオーク”、“反チャーム・クオーク”、“反粒子”などという言葉が並んでいるので、決して「易しい」わけではない。村山さんの読者・同僚・家族に対する細心の気配りを「優しく」感じるのだ。

この本の帯にある「宇宙研究の世界的トップランナーによる情熱教室」というキャッチコピーが表す通り、この本は中高生でもわかるように書かれている。本文のところどころにある(笑)など、いままでの素粒子物理学の入門書にはなかった気さくなスタイルで、科学者を目指す学生にはバイブルのように読まれることだろう。

村山さんはノーベル賞受賞者を輩出している世界の素粒子物理学のメッカUCバークレーの教授に36歳で就任、2007年に文部科学省が設立した東大数物連携宇宙研究機構長に、東大総長を上回る待遇でスカウトされたと聞く。

まさに脂の乗り切った研究者であると同時に、総勢100名強、外国人研究者比率6割という世界トップレベルの研究者を集めた機構の管理職でもある。

村山さんは毎月必ず子供や一般市民向けに講演をこなしているそうだが、この本でも難しい理論をできるだけわかりやすく話そうという気持ちがこもっている。


なぜ素粒子物理学で宇宙を解明できるのか?

宇宙はビッグバンによって誕生したことが証明されている。

ビッグバン前の宇宙は粒子がまだ原子を構成していない火の玉だった。それがビッグバン後1分で水素、ヘリウム、リチウムができ、核融合が始まって他の元素ができ、星が生成された。ビッグバン直後の宇宙は小さくて熱い状態であった証拠がCOBEという人工衛星を使って見つけられ、発見者にノーベル賞が授与された。

宇宙にあるのは、星は0.5%、物質は4%のみで、23%はダークマター(暗黒物質)、73%はダークエネルギー(暗黒エネルギー)だということが2003年にわかった。しかしダークマター、ダークエネルギーは理論上これがないと説明がつかないという仮説から生み出されたもので、まだだれも観測していない。

ニュートリノを検出し、太陽の核融合反応の証拠をつかんだスーパーカミオカンデを使って日本チームがダークマターの検出に一番乗りを目指している。

ビッグバンでは物質と反物質が同じだけできたが、ニュートリノが10億分の2という微量の反物質を物質に変えた。これがノーベル賞を受賞した小林・益川理論が解明した「CP対称性の破れ」だ。このお釣りの様な物質が星となり、ひいてはわれわれ人類の体、生物となったのだ。

この本ではIPMUの研究成果として、暗黒物質が物質や星を生み出した過程を明らかにしたコンピューターシミュレーションを紹介している。

ノーベル賞を受賞した南部さんは素粒子はひものようなものであるという「超ひも理論」を唱えた。超ひも理論は、自然界に存在する、強い力、電磁気力、弱い力、重力の4つの力を統一的に説明できることが期待されているという。


ここ10年の物理学の進歩はめざましい

この10年で物理学は飛躍的に進歩したと言われる。たしかに10年前に読んだ「物理学・こんなことがまだわからない」というブルーバックスでは、米国のスーパーコライダー計画に予算がつかなかったので、物理学はこれ以上進歩が見込めない状態になったとの閉塞感を語っている。

物理・こんなことがまだわからない―宇宙から身のまわりのハテナまで (ブルーバックス)物理・こんなことがまだわからない―宇宙から身のまわりのハテナまで (ブルーバックス)
著者:大槻 義彦
講談社(1998-08)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

立花隆さんは、巨大な装置の集合体である加速器を「現代の戦艦大和」と呼んでいるが、まさに軍拡競争ならぬ加速器巨大化競争で、スイスのCERNのLHCや日本のKEKBなどの巨大加速器が、素粒子発見に果たした功績は大きい。



アインシュタインの理論さえほころびが出てきている

10年までは、アインシュタインの重力式に基づき宇宙の膨張速度は次第に落ちると考えられてきた。ところが観測結果では空間が広がっているのに、エネルギーは薄まっていないことが超新星の観測からわかった。それゆえ宇宙にはダークエネルギーが詰まっているという理論が生まれている。

小林・益川さんはクオークは3世代以上、6個以上あると予言し、予言が正しいことが検証され、「CP対称性の破れ」でノーベル賞受賞につながった。

物理学では予言した人も予言が正しいと検証した人もノーベル賞をもらえる。湯川秀樹教授の中間子を発見したのは、大気の影響の少ないアンデス山脈の頂上に登って宇宙線を研究した科学者だという。


この本の印税をIPMUの活動資金に寄付

村山さんはこの本の印税をIPMUの活動資金として寄付している。

この本を一冊買えば、定価の1割程度の印税がIPMUに寄付されるのだ。IPMUを「縮減」と位置付けた第一次仕分けに対する抗議も含んでいるのだろうが、それにしても同僚にも優しい指導者である。


家族に対してもやさしい

村山さんはいわゆる「逆単身赴任」だ。この本をアメリカに残している家族にささげるとともに、アメリカでも人気のポケモンのピカチュウの例を使って説明している。そんなところにも家族に対する愛情が感じられる。


研究者としての活動、機構長の管理職としての活動、子供・一般市民への講演活動と、村山さんは超多忙な生活を送っていると思う。

単身赴任はどうしても食生活が不規則になりがちで、ストレスもたまりやすい。いくら功績があってもノーベル賞は生きている人にしか授与されない。ぜひ体に気をつけて次のノーベル物理学賞を日本にもたらしてほしいものである。


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2011年02月17日

ヒトはどうして死ぬのか ガンにならないために知っておくべきこと

ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎 (幻冬舎新書)
著者:田沼 靖一
幻冬舎(2010-07)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

東京理科大学薬学部教授でゲノム創薬研究センター長の田沼 靖一さんの細胞死の研究とゲノム創薬の最新の動きのレポート。

このブログで紹介したベストセラー「生物と無生物のあいだ」の著者、福岡伸一教授が「動的平衡」と呼ぶ通り、人間の体の細胞は常に新しいものと入れ替わり、古い細胞は死ぬが個体としては生き続ける。しかしガン細胞が増殖すると、ガン細胞は生き残るが、個体は死ぬ。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
講談社(2007-05-18)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

この本では細胞の新陳代謝、「アポトーシス」と人の寿命との関係を研究し、ガンやAIDS,アルツハイマー病の新薬を開発しようとするゲノム創薬の最先端を紹介している。テーラーメイド創薬という誰でも興味のあるテーマについて最新の発見を紹介している。

細胞には2つの死に方がある。ひとつは膨らみ破裂するネフローシス。打撲などの外部刺激を受けたり、ウィルスなどに感染した細胞はネフローシスを起こす。たとえば鳥インフルエンザに感染したニワトリの体は溶けてなくなってしまうのを、テレビなどで見たことのある人も多いと思う。

もうひとつは1973年にイギリスの病理学者に命名されたアポトーシス。細胞が委縮し、細かいブドウの粒のようになってしまう。これは細胞の自死で、外部からの刺激はない。それゆえ「プログラムされた細胞の死」と呼べるのである。

アポトーシスは生物の体の器官を形作る際にも大きな役割を果たす。たとえば手の指が分かれること、水鳥の足に水かきがあることなど、すべてアポトーシスによる成形である。イモムシがサナギとなり蝶となるのもアポトーシスのおかげである。

生物は「性」によって遺伝子組み換えが可能となり、変化に強い生物のみ生き残ることができる体制が取れたが、逆に不適合な遺伝子も排除する必要性が生じた。それがアポトーシスであるという。

人間の体は毎日ステーキ一枚分、200グラムくらいの細胞が分裂して常に入れ替わっているが、細胞分裂の限界は50~60回である。これが人間の寿命の最大値を決定し、それは約120歳だという。一方、脳の神経細胞や心臓の心筋細胞など、再生しない細胞もある。これらはいずれ寿命がきて死んでいき、再生することはない。

個体の死が必要な理由は、古くなってキズを負った細胞をそのまま増殖させると、古い遺伝子が残り、結局生物は生き延びられなくなるからではないかと。

日本では3人に2人はガンに罹り、がん患者のうち3人に一人は亡くなっている。細胞がキズを負うことで、ガン化し、ガン細胞は死を忘れた不死の細胞だ。

そのガン細胞を退治するのが免疫細胞である。喫煙や紫外線、生活習慣病などで免疫細胞の働きが弱まると、ガンが無限に増殖し、やがては人の器官の機能が失われ、人は死ぬ。

ひとつの免疫細胞はひとつの抗体しか作れないが、遺伝子組み換えにより、異種の免疫細胞が誕生し、異種の抗体をつくる。免疫細胞における遺伝子組み換えの仕組みを解明したのが、1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進博士である。

精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)精神と物質―分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか (文春文庫)
著者:立花 隆
文藝春秋(1993-10)
販売元:Amazon.co.jp
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免疫細胞は不良品や、不要品も生成されることから、これらの在庫処分を行うのが、自死メカニズムであるアポトーシスだ。

ガン細胞に死のシグナルを与える物質がゲノム創薬で研究されている。ガン細胞の遺伝子を研究し、その遺伝子に効く化学物質を調合し、ガン細胞に自死を起こさせるのだ。

いままでの製薬研究では、一種類の薬しか開発できなかった。だから人ごとに遺伝子が異なるので薬が効く人がいたり、副作用がある人もいた。ところがゲノム創薬であれば、個人別に効く薬を調合できる。これがテーラーメイド創薬である。

テーラーメイド創薬では、タンパク質の構造情報からコンピューターシミュレーションで化合物を設計する。

日本では、生物、情報工学などと専門分野が分かれている関係で、まだこのコンピューターシミュレーションがつくれるソフト技術者が育っていないという。

最後に田沼さんは、「人間が生きていく意味は、社会のため、他者のために存在し、次世代に何かを遺していくことにある」と語り、これが自然の摂理であると説く。

リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」を想起させる結論である。

利己的な遺伝子 <増補新装版>利己的な遺伝子 <増補新装版>
著者:リチャード・ドーキンス
紀伊國屋書店(2006-05-01)
販売元:Amazon.co.jp
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先日筆者のラグビー部の先輩がガンで亡くなった。まだ62歳だった。この本を読んで何で人がガンで死ぬのか、あらためてよくわかった。

実は筆者は子供の時、夜驚症だった。寝ていて自分の目の前が黒ですべて塗りつぶされてしまうというのが怖くて泣きだして、気が付いたら大人に抱かれていたという記憶がある。ガンが進行するというのは、ちょうどそれと同じようなイメージなのだろう。

ガン細胞は遺伝子のコピーミスで毎日5,000個ほど誕生しているが、免疫細胞が退治しているので、ガンにならないという。今更ながら健康診断や定期的人間ドックの重要性を認識した。


タイトルの通り、人はどうして死ぬのかを再確認する事は重要だ。一読の価値がある本だと思う。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。

  
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2010年05月01日

ハッブル望遠鏡 宇宙の謎に挑む 空のかなたの別世界

カラー版 ハッブル望遠鏡 宇宙の謎に挑む (講談社現代新書)カラー版 ハッブル望遠鏡 宇宙の謎に挑む (講談社現代新書)
著者:野本 陽代
販売元:講談社
発売日:2009-08-19
おすすめ度:5.0
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筆者は中学の時に理科部天文班に属していたので、太陽の黒点の観測や、夏休みに校舎に泊まり込んで流星の観測などをやっていた。

宇宙の神秘には、昔から魅了されていたが、最近はあまり星を見ることもなくなり、流星観測などもやっていない。しかし、この本を読んで改めて科学の進歩と、2009年にハッブル宇宙望遠鏡に取り付けられた高性能カメラの威力に驚かされた。

アマゾンのリンクの写真だと、何の変哲もない無地の表紙写真となっているが、実はこの本にはカラーの帯が付いていて、書店で手に取ると次のような美しい写真が表紙になっている。

scanner107













ハッブルの撮影した次のような映像が多く紹介されているHubbleSiteというウェブサイトもあるので、是非訪問して欲しい。

hs-2010-13-a-xlarge_web







出典:Hubblesite

まるで精密に描いた絵のようだ。

ハッブル宇宙望遠鏡についての本は新書を中心に何冊も出版されているが、やはり2009年5月の高性能カメラ取り付け以降の写真は、従来の写真より解像度と鮮明さが全然異なる。

同じような系列の本で、写真をDVDーROMに収録したブルーバックスもある。

DVD-ROM&図解 ハッブル望遠鏡で見る宇宙の驚異 (ブルーバックス)DVD-ROM&図解 ハッブル望遠鏡で見る宇宙の驚異 (ブルーバックス)
著者:小野 夏子 ビバマンボ
販売元:講談社
発売日:2009-07-22
おすすめ度:4.0
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この本のDVDに収録されている写真の多くは、Hubble Heritageという名前でコレクションが公開されている。

次がコレクション全体だ。

HH view







出典:The Hubble Heritage Project/Image Gallery

「ブルーバックス」を出版しているのは講談社だとは、この本を読むまで知らなかった。

ブルーバックス版は、どちらかというと説明が多く、説明のための資料として写真が紹介されている感じだ。それに対し講談社版は、次のような章建てで、写真に説明を付けているという感じだ。

1.ハッブル宇宙望遠鏡の栄光と苦難
2.宇宙の謎に挑む
3.星の誕生と死
4.衝突する銀河
5.太陽系の天体たち
6.ハッブルの今後と次世代望遠鏡

好みの問題ではあるが、筆者は講談社版の方が気に入った。

NASA(アメリカ航空宇宙局)が運営するハッブル宇宙望遠鏡は、地球の大気による影響を受けない宇宙で天体観測して、地上では到底得られない正確な情報を得ようという目的で1946年に構想が発表された。

しかし予算問題やシャトル事故による宇宙開発計画全体の遅れの影響を受けて計画実現が遅れ、当初直径3メートルだった反射鏡の大きさを縮小して直径2.4メートルの反射鏡を持つ宇宙望遠鏡が大気圏外に打ち上げられたのは1990年4月のことだ。

ハッブル宇宙望遠鏡という名前は、1920年代に宇宙が膨張していることを発見した米国の天文学者エドウィン・ハッブルにちなんだ名前だ。

ハッブルが打ち上げられた直後、反射鏡がわずか0.02mm平坦だったため、ピントが合わないという予想外のトラブルが発生した。

1993年末に、いわばコンタクトレンズを取り付けて、当初の性能を回復したが、それ以降も何度かトラブルに見舞われ、昨年5月の4回目の修理ミッションで現在の高性能カメラを設置した。

多くの時間と労力を費やしたNASAの執念と、それを支える世界中の市民の期待が、この壮大な宇宙望遠鏡計画を支えている。

ハッブルの威力と学術的価値がはっきりとわかるのは、ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールドと呼ばれる狭い領域の観測だ。

409802main_hubble-ultra-deep-field-20091208-full







出典:Hubblesite

たとえて言うと2.4メートルの長さのストローを通して見た狭い視野だという。

その狭い視野の観測に、ハッブル宇宙望遠鏡を約1ヶ月間張り付けた。その結果、地球の望遠鏡では何も見えない空間に、ハッブルは1万個の銀河を発見し、そのうちの一つが130億光年離れた銀河だった。

宇宙の誕生(ビッグバン)は138億年前といわれているので、ビッグバンで誕生した直後の宇宙の姿をハッブルによって見ることができたのだ。

様々な成長ステージの星を取り巻くガス雲も美しい。普段何気なく見上げている空の上に、こんな別世界があったとは!

なにか自分が地面の上を這っているアリの様に思えてきた。

文字での説明は難しいので、ウェブサイトを見たり、ハッブルに関するどの本でも良いので書店で手にとって写真をパラパラめくって欲しい。

美しい写真と多くの銀河の写真に魅了されること請け合いだ。


参考になれば投票ボタンをクリック願いたい。



  
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2009年10月11日

生物と無生物のあいだ 65万部突破のポスドク賛歌

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
販売元:講談社
発売日:2007-05-18
おすすめ度:4.0
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2007年発刊の本ながら、いまだにアマゾンのベストセラー231位に入っている分子生物学者の福岡伸一青山学院大学教授の本。勝間和代さんの「まねる力」というムック本の対談に登場していたので読んでみた。

AERA MOOK 勝間和代「まねる力」AERA MOOK 勝間和代「まねる力」
著者:勝間 和代
販売元:朝日新聞出版
発売日:2009-06-30
おすすめ度:3.5
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本の帯には各界のいろいろな人からの推薦文が紹介されている。

推薦文









筆者は昔はブルーバックスなどを時々読んでいたが、最近は科学系の本は「日本は原爆爆弾をつくれるのか」以来読んでいなかったので、久しぶりに読んだ科学の本だ。

これを機にブログにも「自然科学」というカテゴリーを新設した。

福岡さんは新書大賞とサントリー学術賞をダブル受賞していることでも分かる通り、この本は科学の本というよりは、本の帯にある「極上の科学ミステリー」といった感じの本で、エンターテインメント性を追求し、非常に読みやすく、わかりやすい。

筆者がひさびさに読んでから買った本だ。


ウィルスには生命の律動がない

現在新型インフルエンザがはやっているが、この本は昔読んだ岩波文書と同じ「生物と無生物の間(あいだ)」という題だったので、てっきりウィルスについての本かと思った。

生物と無生物の間―ウイルスの話 (岩波新書 青版 245)生物と無生物の間―ウイルスの話 (岩波新書 青版 245)
著者:川喜田 愛郎
販売元:岩波書店
発売日:1956-07
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ウィルスは代謝なし、呼吸なし、結晶化も可能で、限りなくミネラルに近い存在である。しかしウィルスは自己増殖する。この不可解なウィルスを生物とするか無生物とするかで長年、論争がある。

福岡さんはウィルスを生物であるとは定義しない。福岡さんは生物と無生物の間にどのような界面があるのかを、この本で定義したいと語る。それはいわば「生命の律動」であると。いかにも文学的な、わかりやすい表現だ。


この本の目次がふるっている

この本の目次がいかにもふるっている。とても科学書とは思えない目次だ。この本はアマゾンのなか見検索にも対応している
ので、是非目次を覗いてみて欲しい。

第1章  ヨークアベニュー、 66丁目、 ニューヨーク

第2章  アンサング・ヒーロー

第3章  フォー・レター・ワード

第4章  シャルガフのパズル

第5章  サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

第6章  ダークサイド・オブ・DNA

第7章  チャンスは、準備された心に降り立つ

第8章  原子が秩序を生み出すとき

第9章  動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)とは何か

第10章 タンパク質のかすかな口づけ

第11章 内部の内部は外部である

第12章 細胞膜のダイナミズム

第13章 膜にかたちを与えるもの

第14章 数・タイミング・ノックアウト

第15章 時間という名の解(ほど)けない折り紙

「細胞膜」と言う用語が出てくるので、生物学の本だということがわかるが、それを除くと、まるで小説のチャプターのような目次である。


研究者にスポットライト

文章のうまさとタイトルの奇抜さもさることながら、この本の特徴は研究者に注目して生化学反応の原理探求を描いていることだ。

普通、科学の本はどういった反応が起こったかを、しとうと読者にわかりやすく説明しようと反応の原因解説が中心だ。読者にわかりやすく解説しようとする著者の親切心の現れともいえる。

読者としては反応がなぜ起こったのかについての知識は得られるが、研究者の人現像や、実験の過程で研究者がどんな点に工夫したかについてはあまり説明されていないことが多い。

ところがこの本では研究結果もさることながら、研究者の方にスポットライトが当たっており、実験者の人物像や試行錯誤の過程が詳しく説明されているので、しろうとにも実験の難しさと、その実験が成功したときの達成感や意義がわかりやすい

最もよい例が第2章アンサング・ヒーローだ。

アンサング・ヒーローとは、人知れず偉大なことを成し遂げた人のことで、福岡さんは「縁の下の力持ち」と言っている。この場合はDNA=遺伝子だと世界で最初に気づいたオズワルド・エイブリーという科学者のことだ。

エイブリーは福岡さんも勤務したニューヨークマンハッタンの一番東寄りのヨークアベニューと66丁目の交差点付近にあるロックフェラー大学研究所に1913年から定年退官する1948年まで35年間勤務していた。


大きな地図で見る

ロックフェラー大学研究所にはかつて野口英世も在籍し、数々の研究成果を発表したが、その発表の大半は現在は誤りであったとされている。

ヨークアベニューと66丁目というのはマンハッタンのちょうどクイーンズボロブリッジあたりで、ユニバーサルスタジオのアトラクションでキングコングが攻撃するケーブルカーがあるあたりだ。

筆者はピッツバーグに合計9年間駐在したので、ニューヨーク出張の帰りにマンハッタンからレンタカーでラガーディア空港に向かう時は、ちょうどこのあたりからからFDRドライブに入ってトライボロブリッジを通って、空港まで行っていた。

そんな有名な研究所があったとは全く知らなかった。

エイブリーがDNA=遺伝子という発見をしたので、その成果を元に1953年にイギリスの若いジェームズ・ワトソンフランシス・クリックがDNAはらせん構造をしているという事実を発表し、後にノーベル賞を受賞した。

1953年に"Nature"に発表されたわずか1.5ページのワトソンとクリックの歴史的論文が、この本に紹介されている。

watsoncrickpaper







出典:本文107ページ 原文はNatureサイトで閲覧可


ワトソンもクリックも次の本を読んだことが、生命を研究するきっかけとなったと語っているので、一度読んでみようと思う。

生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)
著者:シュレーディンガー
販売元:岩波書店
発売日:2008-05-16
おすすめ度:5.0
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ちなみにノーベル賞のサイトでは二重らせん構造のDNAを福岡さんがフォー・レター・ワードと表現するACGTでつくるゲームがあるので、一度見て欲しい。

ポスドク賛歌

この本ではこういった華やかな成果発表を支え、来る日も来る日も地道な実験を繰り返すポスドク(博士課程を卒業した研究者)やラボテクニシャン(補助研究者)の様々な試行錯誤にスポットライトを当てている。

福岡さん自身が米国のポスドク研究者だったので、ポスドクの役割である数々の下準備や、実験の工夫などがわかりやすく紹介されていて面白いストーリーとなっている。何人かの評者が「科学ミステリー」と呼ぶゆえんだ。

たとえば「内部の内部は外部だ」という題で、膵臓の細胞が消化酵素を分泌する動きが次の図で説明されている。非常にわかりやすい。

cell











出典:本文200ページ

「サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ」も面白い。特定のDNAを増殖するPCR(ポリメラーゼ・チェイン・リアクション)マシンの発明をひらめいたサーファー科学者キャリー・マリスのことだ。

ポスドクのことを自虐も含めてラボ・スレイブと呼ぶそうだが、理系の学生にとって、この本は希望とやる気を与えてくれるだろう。

ポスドクは就職戦線では非常に厳しい状況にある。小宮山前東大総長の「東大のこと教えます」という本で、東大が就職部をつくったのは東大でも留学生やポスドクは就職が難しいからだと書いていたことを思い出す。

東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」
著者:小宮山 宏
販売元:プレジデント社
発売日:2007-03
おすすめ度:4.5
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動的平衡

動的平衡とは、体の細胞を構成するタンパク質・アミノ酸が数日間ですべて新しいものに置き換わることであり、それゆえ生命は動的平衡にある流れであると定義できるという。

マーカーで染色されたアミノ酸入りのえさを食べた大人のネズミを解剖して器官を調べたら、アミノ酸は体内のあらゆる細胞に行き渡っていた。生物のあらゆる細胞は短期間にすべて新しいものに置き換わるのだ。


生命は機械ではない

この本の最も印象的な実験が、GP2という細胞膜をつくるタンパク質を持たないGP2ノックアウトマウスを使った実験だ。

まずはGP2遺伝子を欠損させたES細胞(なんの器官にもなるオールマイティ細胞)をつくり、マウスの胚に流し込むと、ES細胞は胚の一部となり、やがてGP2遺伝子ノックアウトマウスが誕生する。

福岡さんははやる思いでGP2ノックアウトマウスの組織を調べたら細胞膜に異常はなく全く正常だったという。


生命には時間がある

次は狂牛病を引き起こすプリオンタンパク質をノックアウトしたマウスだ。

プリオンタンパク質の異常は狂牛病を引き起こすので、プリオンタンパク質ノックアウトマウスは狂牛病になると予想されたが、実際には正常だった。

それではということで、今度は遺伝子の1/3を欠損したプリオンタンパク質をプリオンタンパク質ノックアウトマウスにもどしたら、マウスは狂牛病を発症した。

GP2を完全にノックアウトしたマウスはGP2がなくとも正常に生き、遺伝子を部分的に欠損したノックアウトマウスは異常を発症した。

福岡さんはこの現象について、「生命には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことができないものとして生物はある。」と語る。

GP2ノックアウトマウスは動的平衡のなかで、GP2遺伝子の欠損を見事に埋め合わせたが、あとから遺伝子の欠陥をつくると、生命の動的平衡は失われるのだ。


生物と無生物の境界はまだ解明されていないが、この本を読んで生物と無生物の境界がミステリー仕立てで、なんとなく理解できたような気がする。

科学書を読むと、いつも感じた読後不満足感がない。大学生の息子にも勧めた。小説のように一気に読めるので、是非一読をおすすめする。


参考になれば投票ボタンをクリックしてください。




  
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