2021年05月03日

原油暴落の謎を解く 元三井物産オイルトレーダーの分析

原油暴落の謎を解く (文春新書)
岩瀬昇
文藝春秋
2016-07-01


石油関係の本を何冊も書いている元三井物産オイルトレーダーの岩瀬さんの本。岩瀬さんは、エネルギー問題の専門家として新潮社の雑誌「Foresight」で、岩瀬昇のエネルギー通信というコラムを連載している。

岩瀬さんは最初の著書の「石油の『埋蔵量』は誰が決めるのか?」を2014年に出版した後、2015年からの原油価格暴落に際して、編集者よりの依頼で、この本を書いたと、あとがきに書いている。

まずは基礎知識として、1990年からのWTI(米国の基準原油のWest Texas Intermediate)の原油先物の長期チャートを見てみよう。出典にリンクを載せているストックブレーンという会社が運営している商品市況サイトでは、自由にチャートを組み立てることができるので、試していただきたい。

原油価格先物市況














出典:原油価格(WTI原油先物) リアルタイムチャート

過去30年以上の長期トレンドを見ると、原油先物価格はリーマンショック前に1バレル150ドル近くまで上昇した後、リーマンショックで下落した後は100ドルを目指して徐々に上昇していたが、2014年後半からまた急激な下落が始まり、2016年2月に30ドル弱の直近の底値を記録した。

そのあとは、若干の上下動を繰り返しながら、現在は60ドル前後で推移している。

最近の動きを知るために、2017年から2021年までのWTI先物価格のチャートを見てみよう。

原油価格2017-2021年


















出典:原油価格(WTI原油先物) リアルタイムチャート

このチャートで特筆すべきことは、2020年4月20日にWTI原油先物価格が、マイナス価格になっていることだ。

4月20日の時間ごとの市況変動チャートは次の通りだ。

2020年4月のCMEWTI5月渡先物市況

























出典:ベストカーWebの「原油のマイナス価格によってガソリン価格は安くなる?」記事

原油先物価格の終値がマイナス価格(マイナス37.63ドル)になったのは前代未聞のできごとで、これは4月20日から21日にかけて出現し、翌日にはプラス価格に戻している。

この日に世界中の原油相場がマイナス価格になったわけではなく、これにはWTIという米国内向け原油の取引の特性によるものだ。WTI先物は現物とひもついているので、5月渡しの先物原油を買ったら、米国オクラホマ州のクッシングで受け取らなければならない。

いわゆる「ホットポテト」で、転売できるうちはいいが、最後にババをつかんだ者は、原油を引き取らなければならない。そのためには、原油タンクを手配する必要があるが、原油タンクがキャパ一杯で手当てできないと、たとえマイナス価格でも買った原油先物を手放さなければならない。

こんなからくりが原油先物がマイナス価格となった理由だ。

この本の出版は2016年6月20日なので、「原油価格がなぜマイナス価格になったのか?」という前代未聞のマイナス価格の謎には答えていないが、2014年に始まった原油価格下落が続く相場下で、岩瀬さんは1〜3年くらいで、原油のリバランスがすすんでくれば価格は上昇に転ずると予測している。

岩瀬さんは「結論を言おう」として、次の様に予測している。

「OPECが減産をきめなければ、また、産油国・地帯における地政学上のリスクが暴発しなければ、原油価格は2017年までは大幅には上がらないだろう。だが、2015年以降の国際石油会社による資本投資削減の影響が、何年後かには増加した需要をまかなうだけの供給量が足りなくなるという形で出てくるため、リバランスが視野に入ってくると、価格は上昇する。」

「そうなった場合、アメリカのシェールオイルの新規増産の生産コストが当面の「シーリング」になる可能性が高いだろう」と予測している。

2020年4月の暴落を除けば、2017年以降のWTI原油先物相場は大体60ドルで推移している。シェールオイルの生産コストを60ドル前後とすると、岩瀬さんの予測通りに原油相場は推移していることになる。

さすがに石油の専門家だけあって、この本では、参考になる情報が満載だ。

たとえば、米国ペンシルベニア州西部のタイタスビルで1859年に石油の商業生産を始めたエドウィン・ドレークは、「大佐」ではなかったが、彼を送り込んだ投資家が、地元の人たちの信用を得られるようにわざと「大佐」という宛名で手紙を送ったのだという。

筆者は米国ピッツバーグに駐在していたので、タイタスビルにも何度か行ったことがある。ピッツバーグから車で北に2時間くらい行ったところだ。カーネギーが創業したサイクロプスという小さな特殊鋼メーカーがあったが、今はたぶん閉鎖されているのだろう。

たしか、タイタスビルの付近には、地図に「ゴーストタウン」と注書きされた場所もあって、不気味に感じたものだ。

OPEC諸国の代表に、原油生産量のコントロールの必要性を力説した、先日亡くなったサウジアラビアのヤマニ元石油相の慧眼や、シェールガス・オイルの掘削法などの話も面白い。

特に参考になったのは、世界中で米国とカナダだけが、鉱業権を国有化せず、地下資源は土地の所有者に所属し、どこで生成されたのかは問わないという「捕獲の原則」を採用しているという点だ。

思わず子供の時に見ていた「じゃじゃ馬億万長者」という番組の冒頭のシーンを思い出した。次のビデオの最初の30秒の部分だ。



米国の石油産業には百数十年の歴史があり、この百数十年の間の地質調査で、くまなく、いたるところまで相当程度のデータが集積されているのだと。基本的なデータなら、比較的容易に、安価に地質データのサービス会社などから入手することができる。

その意味で、米国でのシェール層の石油開発は、地下に石油や天然ガスがあるかどうかを調べる「探鉱」段階は終了していると考えられ、作業は次の「開発」段階から始まることを前提としているのだと。

だから技術開発が進み、シェールガス・オイルの掘削が可能となったら、米国では、すぐに大規模なガス、石油生産が始まったのだ。

逆に言うと、シェールガス・オイルは、ロシア、中国、アルゼンチン、アルジェリアの埋蔵量が多いと米国EIAが発表しているが、これらの国ではまず「探鉱」から始めなければならないので、米国の様にすぐには開発は始まらないだろう。

「住友商事の誤算」という岩瀬さんの分析も参考になる。ちなみに住友商事は、シェールガス・オイル開発から撤退することを、最近発表している。

これからはEV普及が進み、世界の石油依存度は、どんどん低下していくと見込まれる。重要な化石燃料であることは間違いないが、日本の商社による新規石油資源開発は、もう無くなるのかもしれない。昨今のSDGsの動きを見ても、石油の時代は終わりつつある様に感じる。

そんなことを考えさせられる本である。岩瀬さんの書いた他の本も読んでみようと思う。


参考になれば、次を応援クリックしていただければ、ありがたい。


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2013年12月16日

トコトンやさしい天然ガスの本 基礎知識を得るのに最適の本



図書館の新刊書コーナーに置いてあったので読んでみた。2013年9月25日に出たばかりの本だ。

近年「シェールガス革命」と言われている。世界最大の天然ガス消費国の米国は、5年ほど前は、いずれ天然ガス輸入国になるとみられて、液化天然ガスを輸入するターミナル建設のプロジェクトまであったほどだ。

ところが、水平掘削技術と水圧破砕技術の発達により、シェール(頁岩=けつがん。ページのように薄く割れる性質を持つ堆積岩)層からのシェールガス開発が可能になってくると、事態は一変した。

普通の天然ガスとシェールガスの賦存状況の違いは次の図がわかりやすい。

GasDepositDiagram



















出典:Wikipedia

ガスが岩盤に貯まったところに、上から垂直にパイプを下して掘削するのが普通の天然ガス。これは見るからに簡単だ。

それに対してシェールガスは、上からのパイプをシェール層に沿って、水平方向にも展開し、高圧の水を吹き込んでシェール層に閉じ込められていたガスを回収する高度な採掘方法だ。

現在では深さ2,000メートルほどのシェール層に、。水平に3,000メートルほどのガス井戸が掘られている。そしてこの水平部で水圧破砕を行うのだ。

これにより米国の天然ガス生産は飛躍的に増加し、数年後は米国はシェールガス輸出国になることが確実とみられている。

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出典:本書132−133ページ

しかし、シェールガス生産の問題点は、まさに上記のグラフで明らかになっている。

最初こそ、猛烈な勢いでガスが噴出するが、すぐに勢いが弱まり、なんと1年目の減衰率は82%だ。

10年間でガス井の可採埋蔵量の80%を回収する場合、1年目でほぼ半分のガスを回収し、あとの9年で残りの半分をチマチマ時間をかけて回収することになる。

つまり、生産量のコントロールが難しいのだ。多くの企業がシェールガス開発に走れば、一挙にガスが供給過剰となって、ガスの市場価格が暴落する。

一方、1年目の減衰が激しいので、ガス開発企業はガス供給量を保つためには、継続的に掘削を続けざるを得ない。

ガス田を当てれば、あとは自噴するので、寝ていても儲かるという従来型の天然ガスのビジネスモデルとは違うのだ。

こんなことがわかってきたので、米国のシェールガスの技術的回収可能量は2011年には862Tcf(兆cubic feet)とされていたが、2013年に、ほぼ半分の481Tcfに見直しされている。マセーラスガス田の回収可能量の下方修正が大きな原因だとされている。

大変参考になった。

そのほかにも、石炭からとれるメタンガス(Coal Bed Methane)、日本の千葉県などで生産されている水溶性天然ガスとヨウ素資源(日本は世界第2位のヨウ素生産国だ)、2013年3月に行われたメタンハイドレートの産出テスト、バイオマスによるメタンガスの製造技術など、興味深い話題をわかりやすく取り上げている。

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応しているので、まずはここをクリックして目次と出だしの8章までの部分を見て欲しい。出だしに「天然ガス」とはどいうものか紹介されていて、これだけでも勉強になると思う。

天然ガスの基礎知識を得るには最適の本である。


参考になったら、投票ボタンをクリック願いたい。

  
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2013年05月24日

エネルギー論争の盲点 エネルギーを考える上で必要な基礎知識

エネルギー論争の盲点―天然ガスと分散化が日本を救う (NHK出版新書 356)エネルギー論争の盲点―天然ガスと分散化が日本を救う (NHK出版新書 356)
著者:石井 彰
NHK出版(2011-07-07)
販売元:Amazon.co.jp

日経新聞記者を経て、石油公団で資源開発に携わった石井彰さんの本。石井さんは、現在はエネルギー・環境問題研究所所長で、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)特別顧問となっている。

サブタイトルにあるように天然ガス活用と、コジェネレーションや燃料電池を含めたエネルギー源の分散を提唱している。

アマゾンの「なか見!検索」に対応しているので、まずはここをクリックして目次を見てほしい。章や節のタイトルだけでなく、セクションの題も載っているすぐれた目次である。目次だけ見ても本の概要が大体わかるだろう。

…と書いたら、いつの間にか「なか見!検索」では目次は表示されなくなった。残念だ。

章と節のタイトルだけ次に記しておく。

第1章  エネルギー問題がなぜ重要なのか
 第1節 エネルギーとは何か
 第2節 エネルギーは人命を守る
 第3節 エネルギーがつくった文明史
 
第2章  技術革新の陰に化石燃料あり
 第1節 化石燃料はなぜ近代化を促したのか
 第2節 石油はなぜチャンピオンになったのか
 第3節 エントロピーから考えるエネルギーと文明の関係

第3章  虚飾にまみれたエネルギー論争
 第1節 エネルギー論争のウソ
 第2節 コストで比較する原子力と再生可能エネルギー
 第3節 二元論者の奇妙な相似

第4章  知られざる天然ガスの実力
 第1節 「天然ガス後進国」ニッポン
 第2節 葬られたガス・パイプライン計画
 第3節 国際的にすすむ天然ガス革命

第5章  21世紀型の省エネとエネルギー安全保障
 第1節 省エネの盲点
 第2節 コジェネレーションの可能性
 第3節 原子力代替は天然ガス+再生可能エネルギーで
 第4節 エネルギーの安全保障

参考になったポイントを紹介しておく。

★巨大な黒部第4ダムでも発電量はガス火力発電所の半分しかない。
映画「黒部の太陽」の舞台となった巨大な黒部第4ダムでも最大出力は33万KWで、天然ガス火力発電所の1系列よりも小さい。


福島第一原子力発電所の能力は1〜6号機合計で約500万KWあった。原子力発電所や火力発電所のなかには、1か所で1000万KWくらいの出力があるものもあるので、水力発電の比率は今後とも低下していくだろう。

ちなみに三井物産が最近発表したブラジルの流れ込み式水力発電所は、完成時には375万KWの能力だ。建設コストは8,000億円と言われている。

★「石油はもうすぐ枯渇する」のウソ
1970年代には「石油はあと30年で枯渇する」という議論が一世を風靡した。筆者も学生の時にローマクラブの「成長の限界」を読んだ。

成長の限界―ローマ・クラブ「人類の危機」レポート成長の限界―ローマ・クラブ「人類の危機」レポート
著者:ドネラ H.メドウズ
ダイヤモンド社(1972-05)
販売元:Amazon.co.jp

今は、現在の生産量と価格であれば、100年位くらいは生産可能な資源が存在していると言われている。

天然ガスについては、シェールガス革命もあり、現在の生産量でもあと400年は生産可能だ。石炭についても数百年分の生産が可能な資源がある。

★省エネ家電はエネルギー問題の解決にはならない
日本の全エネルギーのうち、電力の占める割合は25%程度だ。そして家庭で直接使用する電力は全電力消費の3割以下。だから家庭で使用する電力は日本の全エネルギーの1割程度だ。

省エネ家電はエネルギー節約にはなるが、これがエネルギー問題を解決することにはならない。

★CO2排出量では発電方式も要チェック
同一エネルギー出力に対するCO2排出量だと次のような順番となっている。

石炭>石油>天然ガス>天然ガス・コンバインドサイクル

コンバインドサイクル発電とは、まず化石燃料でガスタービンを回して発電し、発生した高温の排気をボイラーで蒸気タービンに送ってもう一度発電するものだ。

★太陽光発電の能力と稼働率のギャップは大きい
日本では、太陽光発電はカタログ発電能力のせいぜい11〜12%くらいしか発電できない。日照時間が足りないからだ。砂漠でも昼間や好天の日しか発電できないので、稼働率は20%程度だという。

大規模太陽光発電所の発電能力が何千世帯とかいっているのは、ほとんどの場合「夏至の日の快晴の場合の瞬間最大発電能力」にすぎないという。

★新規発電所の電源別コスト比較
次がこの本で引用されている米国エネルギー省エネルギー情報局の2009年のエネルギー白書の資料だ。

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出典:本書123ページ

エネルギー情報局はエネルギー省傘下ではあるが、エネルギー長官の指示は受けないことになっている独立の機関だ。

★ドイツの太陽光発電は発電全体の1〜2%
ドイツの発電の16%は再生可能エネルギーとなっているが、2割は水力発電、風力が4割、バイオマスが3割で、太陽光発電は1割以下だ。

ドイツの場合、フランスから電力を輸入できるので、自国の原子力発電をなくしても、EU全体の原子力発電依存度はあまり変わらない。フランスの電力は大半が原子力発電だからだ。

★カリフォルニアのモハベ砂漠の世界最大のメガ・ソーラー発電所の発電能力は10万KW
カリフォルニアのモハベ砂漠で計画されている世界最大のメガ・ソーラー発電所の最大出力は40万KWとされているが、砂漠であっても太陽光発電の稼働率は2割程度なので、実質的には10万KWの発電能力しかない。

これは通常の天然ガスコンバインドサイクル発電機1系列の1/4の発電能力だ。おまけに、砂漠から需要地までの送電ロスが大きく、仮に3,000キロとすると、使用可能電力は半分となってしまう。

★ヒトラーの対ソ開戦は、合成石油増産不調が原因
このブログの「大気を変える錬金術」のあらすじでも紹介したナチスドイツの合成石油生産のことが、この本でも紹介されている。

大気を変える錬金術――ハーバー、ボッシュと化学の世紀大気を変える錬金術――ハーバー、ボッシュと化学の世紀
著者:トーマス・ヘイガー
みすず書房(2010-05-21)
販売元:Amazon.co.jp

ヒトラーは原油生産コストの5倍から10倍のコストをかけて、IGファルベンのロイナ工場などで合成石油を生産させていたが、大増産計画目標は達成できなかった。

1939年9月のドイツのポーランド侵攻を見て、ソ連は1939年11月末にフィンランドを占領すべく攻め入ったが、小国のフィンランドを屈服させることができなかった。

翌1940年3月に停戦してフィンランド領土を10%のみ獲得することにとどまった(冬戦争)。このフィンランド戦争でのソ連軍の弱体ぶりを見て、ヒトラーは対ソ開戦を決め、ソ連の石油を確保しようとしたのだという。

フィンランド防衛戦で活躍したのが、500人以上を狙撃したという「白い死神」と呼ばれた天才狙撃手シモ・ヘイヘだ。シモ・ヘイヘについては、次の本を最近読んだ。

白い死神白い死神
著者:ペトリ サルヤネン
アルファポリス(2012-03)
販売元:Amazon.co.jp

フィンランドは、1941年6月に独ソ戦が開始した後、枢軸国側についてソ連との戦争を再開し、一時は冬戦争で奪われた領土を奪還した。継続戦争は1944年まで続いた(継続戦争)。しかし、奪われた領土は、結局再度ソ連に取り戻されるという結果となった。

★日本のガスは元々石炭から製造していた
ガスのことが「天然ガス」と呼ばれるのは、日本のガスは元々石炭から製造していたからだ。天然ガスは無色無臭で、都市ガス用に供給するときは、においをつけておく。

日本の都市ガス配給網は国土面積でわずか5%で、それ以外はプロパンガス等である。天然ガスを液化させるには、マイナス162度という超低温が必要だが、プロパンガスは圧力を加えれば、常温でも液化する。

だから一般家庭用などは、ブタンガスと炭素成分の多いプロパンガスをまぜてLPGとして広く流通しているのだ。

★日本の一次エネルギーに占める天然ガスの比率は15%と低
ドイツなどEU諸国は25%、英国やイタリアは40%、米国も25%、ロシアでは50%だという。

ロシアのエネルギーバランス
energy balance Russia





日本のエネルギーバランス
energy balance Japan





世界のエネルギーバランス
energy balance world







★サハリンガス・パイプライン計画は電力会社の反対で葬られた
サハリンから需要地の日本までは2,000キロと近く、パイプラインが経済的に建設できる距離だ。

しかし日本の電力会社はLNGによる輸出に固執して、サハリン・ガスパイプライン計画を葬った。

将来電力自由化になると、パイプラインの途中で多くの自家発電所や独立発電所が建設され、自らの競争力が脅かされることを恐れたからだ。

こういった政治的な事情のない中国や韓国ではすでにガスパイプラインによりガスを輸入したり、国内に流通させている。

★廃熱を利用するコジェネレーション
森ビルの六本木ヒルズは、東京ガスとの合弁で地下に4万KWのコジェネの自家発電を持っており、ビルで消費する電気と冷暖房の熱をすべてまかなっている。

東日本大震災の時は、東電にも余剰電力を販売した。このような廃熱を利用できるコジェネのエネルギー利用効率は90%と極めて高い。

★家庭用燃料電池
都市ガスを原料とする家庭用燃料電池も発電効率が40%前後と高い。「エネ・ファーム」の商品名で販売され、補助金ももらえる。




石井さんは、チャーチルの言葉を引用して「供給安全保障の要諦は、一に多様化、二に多様化、三に多様化」だと結論づけている。この言葉は、第一次世界大戦前に海軍大臣となったチャーチルが、軍艦の燃料を石炭から石油への転換を推進した時のものだ。

最後に次のようなスマート・コミュニティの概念図を紹介している。

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出典:本書205ページ

エネルギー全体については、あらすじをまだ紹介していないがダニエル・ヤーギンの「探究」が良くまとまっている。

探求――エネルギーの世紀(上)探求――エネルギーの世紀(上)
著者:ダニエル・ヤーギン
日本経済新聞出版社(2012-04-03)
販売元:Amazon.co.jp

ヤーギンの本はそれぞれのエネルギーの歴史まで詳述した上・下900ページの大作だ。

石井さんの本は新書でも必要なポイントを抑え、よくまとまっている。

人類が動物との生存競争に打ち勝ったのは、加熱調理のためだと石井さんは語る。

さらに農業革命と産業革命でエネルギーを自由に利用できるようになって、人類の人口は爆発的に増加した。また、冷暖房が普及し、生活環境は格段に良くなって死亡率が低下し、寿命も飛躍的に延びた。

そんなエネルギーの歴史もふまえて、エネルギーを考える上で必要な基礎知識がわかる本である。


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2011年05月28日

田中角栄 封じられた資源戦略 日本の原子力・エネルギー戦略の基礎は田中角栄がつくった

田中角栄 封じられた資源戦略田中角栄 封じられた資源戦略
著者:山岡淳一郎
草思社(2009-10-22)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

故・田中角栄元総理を中心とした日本の資源外交についての本。

1973年に第四次中東戦争を契機とするオイルショックが起こり、米国やロスチャイルド、ロックフェラーなどの国際財閥が日本を抑えつけようとしたにもかかわらず、日本は田中角栄の強いリーダーシップで独自の資源外交を展開した。

田中角栄が日本の原子力・エネルギー戦略の基礎をつくったのだ。

もっとも田中角栄といっても、若い人にはピンとこないかもしれない。田中眞紀子元外相のお父さんといった方がよいのかもしれない。

中学卒の苦労人ながら、政治センスと戦略的判断はバツグン。土木業界出身なので「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれていた。

ちなみにこの本の表紙の写真で、田中角栄の後ろに座って横を向いているのが、若き日の小沢一郎だ。

田中角栄について詳しく知りたい人には次の本を紹介しておく。マンガが多く、簡単に読めると思う。

知識ゼロからの田中角栄入門知識ゼロからの田中角栄入門
幻冬舎(2009-03)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る


東電の原発事故が起こったこともあり、日本の原子力政策や資源政策がどのような経緯で現在に至っているかを知るために読んでみた。


アイゼンハワーのアトムズ・フォー・ピース

原子力研究は当初、第2次世界大戦中のアメリカの「マンハッタン計画」で、広島・長崎に落とされた原子爆弾をつくるために進められ、第2次世界大戦直後の東西冷戦時代には原子爆弾より強力な水素爆弾も開発された。

原爆や水爆開発に利用されていた原子力をアメリカのアイゼンハワー大統領が「アトムズ・フォー・ピース」(原子力の平和利用)を呼びかけ、これを受けて全世界に原子力発電所や核関連施設が続々建設された。

これに伴い、原子炉メーカー、核燃料濃縮事業、核燃料再処理事業、ウラン資源確保などの分野で各国の企業が政界を巻き込んで激しい競争が繰り広げ、買収・汚職・リベートなどの工作資金も使うという事態が各国で起こっていた。

日本もこの流れに乗って原子力発電を推進した。日本の原子力政策の基礎をつくったのが田中角栄だった。

日本は戦前から理化学研究所の仁科研究室で、サイクロトロンをつくって核融合を研究していたが、敗戦後進駐軍にサイクロトロンを東京湾に投棄させられ、一旦日本の原子力研究には幕が引かれた。

田中角栄は新潟から15歳で出てきて、一時理化学研究所で働いた。理化学研究所総帥の大河内正敏氏にかわいがられたという。原子力研究とは元から縁があったのだ。

アイゼンハワー大統領の「アトムズ・フォー・ピース」政策を受け、日本では読売グループの総帥・正力松太郎がイギリスの原子炉技術を推す。いわゆる「大・正力」と呼ばれる人で、政界入りして総理大臣を狙うという野望を抱いていた。

ちなみに正力から当時若手政治家の中曽根康弘の相手役として指名されたのがナベツネ、渡邉恒雄だったという。

この当時CIAが日本の政治家に秘密資金を提供していたことが、最近公開されたアメリカ政府内部資料でわかっている。結果として日本は英国製原子炉でなくアメリカから軽水炉原子炉技術を買うことになった。

福島型原発のBWR(沸騰水型)と、関西電力などのPWR(加圧水型)はいずれもアメリカの技術で開発された軽水炉だ。

フランスはアメリカ・イギリスと距離を取り、独自の原子力利用技術を磨いた。ドイツはKWUという原子炉メーカーがあったが、現在はシーメンスの一部門となり、フランスのアルバと協力している。

ちなみに筆者の住んでいたアルゼンチンの原子炉はこのKWU製で、たしかイスラエルが完成前に爆撃したイラクの原子炉を建設していたのもKWUだったと思う。


オイルショックと日本の資源政策

田中角栄の首相在任は1972年7月から1974年12月まで。わずか2年半の在任期間だったが、この間の1973年10月に第4次中東戦争が勃発。アラブ諸国が親イスラエル国には石油を売らないという政策に転じたことから、第一次オイルショックが起こるという激動の時代だった。

オイルショックが日本の資源政策に大きな影響を与えた。この本では石油確保のために次のような政策を打ち出したことが書かれている。

★親イスラエルと見なされないために、アメリカの圧力にもかかわらずアラブ諸国に必死でアプローチした
★インドネシア石油の新しい輸入ルートをつくった
★最初の「日の丸油田」として日本アラビア石油がカフジ油田を開発した
★北海油田開発にも参加した。出てきた原油は欧州で販売し、代わりにアジアで原油を受け取るスワップ取引を進めた
★ロシアのチュメニ油田の開発交渉
★日本全体のエネルギーに占める原子力発電の比率を上げた



日本の原子力発電

原子力発電では1976年のアメリカ・スリーマイル島の原発事故以来、アメリカでは原子炉は一基も新設できなくなった。新規の原子炉建設は、日本などがメインになった。

1986年のチェルノブイリ原発事故からは、ヨーロッパでも新規の原子力発電所建設がほぼストップしたので、原子力発電比率が世界一高いフランスを除いて欧州企業は、原子力ビジネスから次第に撤退していったが、日本は国策としてCO2排出量が少ない原子力発電の比率をむしろ上げる方向だった。

そのために必要なのがウラン資源の確保だ。

田中首相の時代にフランスと濃縮ウランの委託加工を決定する。当時の朝日新聞の記事がこの本で引用されているので、紹介しておく。

「日本がフランスに濃縮ウランの委託加工を依存することは、米国の『核支配』をくつがえすことをねらったフランスの原子力政策を一段と推進するばかりか、米国の核燃料独占供給体制の一角が崩れることを意味し、世界的に与える影響は極めて大きい」

原出典:朝日新聞 1973年9月28日付

田中首相と当時のポンピドー大統領はパリで会談し、ポンピドー大統領は「モナリザ」の日本貸出を申し出、田中首相を喜ばせたという。田中首相は「これが本当のトップ商談というものだよ」と語っていたという。

田中首相は他にもオーストラリアやブラジルでのウラン資源開発、カナダからのウラン鉱の輸入を積極的に推し進めた。


アメリカの圧力

当時のアメリカ大統領はフォードで、国務長官はキッシンジャーだった、フォード政権は田中首相の独自資源外交を好ましくないと思っており、1973年に行われたフォード・田中会談は予定時間の半分のわずか1時間で切り上げられた。

田中首相は米国の冷淡な態度に圧力を感じたが、逆にいかに脅されても資源外交に突き進もうと覚悟を決めた。


首相退陣とロッキード事件

1974年10月号の文藝春秋に掲載された立花隆の「田中角栄研究」が田中金脈問題を告発し、1974年12月に内閣総辞職に追い込まれた。

田中角栄研究―全記録 (上) (講談社文庫)田中角栄研究―全記録 (上) (講談社文庫)
著者:立花 隆
講談社(1982-08)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

1976年には米国でロッキード社が日本でもワイロ工作をしていることを暴露、田中角栄は全日空がロッキード・トライスター機を購入したときの口利きで、5億円を受け取ったとして受託収賄罪で逮捕される。ロッキード事件だ。

その後田中角栄は政界のキングメーカーとして隠然たる影響力を持ち続ける。首相在任中から高血圧に悩まされており、次第に政治力は衰え、1993年12月に75歳で死去する。ロッキード事件の収賄罪は結局最高裁まで争ったが、被告人死亡のため棄却された。


毀誉褒貶は激しいが、偉大な政治家

毀誉褒貶は激しいが、田中角栄が偉大な政治家であることは間違いない。田中角栄に比べれば、今の政治家は本当に小粒に思える。田中角栄の功績のいくつかを紹介しておく。

★通産大臣に就任してすぐにアメリカとの繊維交渉にあたり、それまで3年間かかっても決着していなかった交渉を、佐藤首相に直談判して「繊維は任せた」と言質を取った。交渉をまとめるため繊維業界の損失補償に2,000億円の予算を大蔵省に了承させた。

大蔵省との交渉に向かう通産官僚に持たせた名刺には「徳田博美主計官殿 繊維問題解決のため2000億円ご用立て、よろしく、頼む。田中角栄」と書いてあったという。就任わずか2−3ヶ月で対米交渉を決着させ、大蔵省の主計官に直接話をつける大臣に通産官僚は意気に感じたという。

★1972年2月に日本の頭ごなしでニクソンが訪中した。田中角栄は首相就任後すぐ1972年9月に訪中し、周恩来首相と国交回復交渉にあたった。日本軍の残虐行為を具体的に指摘する周恩来首相との交渉は、何度も決裂しそうになったが、田中首相はジョークで切り抜けたという。

「私も陸軍二等兵として、中国大陸に来ました。いろいろ大変な迷惑をおかけしたかもしれません。しかし、私の鉄砲は北(ソ連)を向いていましたよ」

当時中ソ関係は冷え切っていた。これで周恩来はそれ以上追求するのをやめたという。

条約文の交渉では、周恩来が条文にこだわる高島条約局長を「法匪」(ほうひ)と呼ぶなど、膠着状態に陥りそうになったが、毛沢東が急遽田中首相との会見を入れ、「もうケンカはすみましたか。ケンカをしないとダメですよ」と水を向けた。中国側も折り合い日中共同声明が成立し、国交が復活した。

周恩来は帰国する田中首相を特別機のタラップの下まで見送りに来た。

アメリカはニクソンが1972年2月に訪中して日本の先を越すが、台湾ロビーの巻き返しで、中国と正式に国交回復したのは1979年のカーター大統領の時だ。日本の国交回復のすばやさが光る。

★1956年の日ソ国交回復時の鳩山総理以来はじめて、総理として1973年にソ連を訪問し、当時のブレジネフ書記長と会談し、「領土問題が未解決」なことを確認する。

ただしブレジネフは「諸問題」と複数形にして欲しいと言ってきたので、日ソ共同声明にはその通り記載された。

山岡さんは、環境エネルギー政策研究所の飯田所長の「日本版グリーン革命で経済・雇用と立て直す」から引用して、日本でグリーンエネルギー利用が進まない原因として「電力幕藩体制」が自然エネルギー利用を阻んでいると指摘する。

日本版グリーン革命で経済・雇用を立て直す (新書y)日本版グリーン革命で経済・雇用を立て直す (新書y)
著者:飯田 哲也
洋泉社(2009-06-06)
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「田中角栄がもし生きていたら、エネルギー供給源を多角化し、「持たざる国」日本の危機を回避するためにグリーン・ニューディールに突っ走った、と想像する自由は残しておこう」というのが山岡さんの結びの言葉だ。

タイトルから想像して、アメリカからの各種の妨害工作やサボタージュで、田中角栄が主導する多角的資源確保戦略が邪魔されたという内容だと思って読んだが、アメリカの圧力の部分はあまり書いていない。

ちなみにこのブログで紹介した元特捜検事の田中森一さんは「反転」の中で、「ロッキード事件はアメリカ側からの仕掛けという説も根強いが、うなずける面もある」と語っている。

「田中角栄は、ソ連への経済援助やシベリア共同開発、中国との国交回復など、従来のアメリカ一辺倒から、よりグローバルな国際外交戦略に転じようとしていたので、日本を属国とみるアメリカの怒りをかったのではないか。

現にアメリカの異常ともいえる捜査への協力は、田中政権つぶしの意思をあからさまに示していたのではないか。」

反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫)反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫)
著者:田中 森一
幻冬舎(2008-06)
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福島原子力発電所事故以来、日本のエネルギー政策は抜本的な見直しが必要となってきている。そのためには田中角栄のような使命感を持った馬力のある政治家が必要なのだが、今の政治家には誰一人として適任者は見あたらない。

現在メインテナンス休止中の原子炉はすべて再稼働が延期されており、日本の原子力政策はヘッドレスチキン状態にある。このままでは日本全国で電力不足という事態となりかねない。

先日紹介した原子炉廃止論を言い続ける広瀬隆さんは、日本には原発は必要ないと言うが、筆者はそうは思わない。

原子炉時限爆弾原子炉時限爆弾
著者:広瀬 隆
ダイヤモンド社(2010-08-27)
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基地問題と同様に、NIMBY(Not In My Back Yard=総論賛成、ただし自分の町には来ないで欲しい)という問題はあるが、地球温暖化の最も有効な解決策として、日本に原子力発電は必要だ。原発がある自治体も原発受入による雇用拡大と金銭的メリットがあるので今まで受け入れているわけだ。

いままで日本では廃炉の実例は少ないが、米国ではすでに筆者がピッツバーグに駐在していた時から廃炉は進められている。ちなみに筆者の駐在したピッツバーグ郊外にはアメリカで最初の原発のシッピングポート原発があり、この一号機は15年ほど前に廃炉になった。

日本でもこれからは廃炉と新規建設で新陳代謝を図ることになると思う。日本のエネルギー戦略を見直す意味でこの本は参考になった。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。


  
Posted by yaori at 22:35Comments(1)TrackBack(0)

2009年12月17日

21世紀のエネルギー地政学 現在の世界のエネルギー事情がわかる

+++今回のあらすじは長いです+++

21世紀のエネルギー地政学21世紀のエネルギー地政学
著者:十市 勉
販売元:産経新聞出版
発売日:2007-12-22
クチコミを見る

財団法人日本エネルギー経済研究所の主任研究員で専務理事の十市勉(といちつとむ)さんの本。2007年12月に出版されたものだ。某大学の社会人講座の資料として使われていたので読んでみた。世界各国のエネルギー政策がまとめられていて参考になる。

この本は、アマゾンのなか見、検索!に対応しているので、まずは目次を見て欲しい。

本ブログは筆者の読書ノートも兼ねているため、関連するグラフも加えて自分の知識を整理していたら、長くなりすぎたので、最初に筆者なりの要約を記しておく。この本自体も第1章に全体のまとめが書いてあり、忙しい人は第1章だけ読んでも参考になると思う。


要約

世界のエネルギー事情は21世紀前半で大きく変わる。需要面では中国とインドの2大人口大国の高度経済成長により、石油・天然ガス・ウランのエネルギー需要がさらに増大することが見込まれる。

fig1-1





出典:IEA資料

石炭・石油の化石原料需要は2020〜2030年迄にピークアウトする可能性があり、その分再生可能エネルギーが伸びる。

Fig5-9





出典:IEA資料

現在でも世界各地で新しい資源開発が進められているが、今後さらに新旧の油田・ガス田の入れ替えは進む。世界の25%が賦存するといわれている北極圏の石油・天然ガス、イランやカタールの天然ガス開発などが進むだろう。

石油の新旧油田構成比

世界の石油生産見通し







出典:本書

こんな中で中国とインドの低効率で環境汚染をまき散らすエネルギー利用は、いよいよ深刻な問題となってくる。一方クリーンで”準国産”エネルギーの原子力発電は世界各地で拡大していくだろう。

日本の課題は、資源の確保とともにエネルギーの自給率を上げることと、世界トップの省エネルギー、環境汚染対策技術を活用してCO2排出量を減少させ、環境技術で世界のリーダーとなることだ。


中国の動き

今一番注目すべきは中国のエネルギー政策だ。中国のGDPは高い成長率で伸びているが、中国の経済発展のボトルネックとなるのがエネルギー、水、環境汚染の問題で、とりわけエネルギー問題が重要だ。

中国のエネルギー消費は経済発展で伸び続け、2007年には米国を抜き、世界最大のCO2排出国となっている。

中国の最大の問題は一次エネルギーに占める石炭の比率が70%と高く、環境対策も遅れていることだ。SOX対策をとった発電所は全体の約15%、NOX対策はゼロという状態で、東アジアの酸性雨、光化学スモッグの原因となっている。

中国のエネルギー構成(出典:IEA以下同じ。IEAのサイトには参考になる情報が満載なので、是非チェックして欲しい。World Energy Outlook2009の日本語のサマリー等もダウンロードでき、参考になる)

energy balance China





中国のエネルギー構成予測

中国の第1次エネルギー消費見通し






出典:本書

中国で稼働中の原発は11基で、今は発電量全体の1%以下だ。しかし2020年までに最低でも32基新設し、全体の6%を原子力発電でまかなう予定だ。その後も中国の原発建設は増加し、一部の研究機関は2050年までに200〜300基の原発が建設されると予測している。

このように中国の原発ビジネスは大きなポテンシャルがあり、フランスでは大統領がトップに立って、アレバの技術を売り込んでいる。

中国は1993年に石油の純輸入国となり、現在は消費量の5割程度を輸入している。輸入比率は今後さらに高まることが予想される。輸入先はイラン、サウジアラビア、スーダン、アンゴラ、ロシア、カザフスタン、ベネズエラなどだ。

石油・天然ガス分野では中国石油・天然ガス集団公司(CNPC)、中国石油化工集団公司(SINOPEC)、中国海洋石油集団公司(CNOOC)の3つの国営企業が資源確保の尖兵となっており、世界各地で鉱区や企業の買収を行っている。

具体的にはスーダン、アンゴラ、ナイジェリア、インドネシア、豪州、カザフスタン(石油パイプラインが2006年に完成)、カナダ、エクアドルと中国企業による開発が拡大している。

資源確保で中国とインドがぶつかることが増えてきたので、2005年に中国のCNPCとインドの石油ガス公社(ONGC)が資源分野での両国の行きすぎた競争を避けることで合意し、一緒になってシリアで操業する石油企業を買収するという例も出てきている。

最大手のCNPCの原油生産は現在日産230万バレルに達し、欧米の石油メジャーと肩を並べる規模である。日本の最大手の国際石油開発帝石の10倍の規模だ。

中国は石油運搬ルートのマラッカ海峡依存を改善すべく、親しい関係にあるミャンマーの軍事政権とミャンマーから中国昆明までの1,500キロのパイプラインを建設するプロジェクトの事前調査を開始している。

日中間では、2006年に経団連が中心となって「日中省エネルギー・環境ビジネス推進協議会」が設置され、民間企業の中国への技術移転を促進している。

しかし中国では石炭は自給しており、石油も半分は国産なので国内のエネルギー価格が国際価格より安く、省エネのインセンティブが少ないことが中国で省エネ技術が広まる障害となっている。


東シナ海の海底ガス田開発

日中間の国境に位置する東シナ海の海底ガス田開発は、実は1970年代から帝国石油、石油資源開発など日本企業4社が鉱区申請を出してきたのに、対中関係悪化を怖れた日本政府が許可をしなかった経緯がある。

やっと2005年になって経産省は帝国石油に試掘権を付与したが、中国側の実力阻止を懸念して、いまだに日本側の試掘作業は行われていない。

何のことはない、日本政府が手をこまねいている間に中国がさっさと開発してしまったのだ。

東シナ海の大陸棚での石油・ガス資源の存在は、1969年の国連アジア極東経済開発委員会の報告書によって明らかにされた。

日本が1895年から領有を主張している尖閣列島についての領有権問題も、このレポートが引き金となり、1970年に中国と台湾が領有権を主張しはじめたものだ。


資源の全方位外交を展開するインド

家畜のふんや農業廃棄物、薪炭などの在来型バイオマスがインドのエネルギーの1/3を占める。これらは室内で燃やすと空気が汚染されるので、インド政府はクリーンなエネルギーに変える政策を進めている。

energy balance India





インドの石油資源は乏しい。低品位の石炭は豊富だが、環境汚染の大きな原因となっているので、豪州やインドネシアなどから良質な石炭を輸入している。

インド政府は石炭、石油、天延ガスのいすれについても消費量を増やす計画で、原子力についても米国と「民生用原子力協力協定」を結んで、本格開発に乗り出そうとしている。

バイオマスについてもジェトロファという植物を原料にしたバイオディーゼルの開発に力を入れている。

国外の資源開発では、2004年アンゴラの石油鉱区開発で、政府の経済援助とパッケージにした中国企業に負けたこともあり、中国との競合を避けるべく動いている。その前段階として、中国とインドの国境画定交渉が本格化している。

パイプライン建設でもイランの天然ガスのパキスタン経由のパイプラインや、トルクメニスタンの天然ガスをアフガニスタンとパキスタンを経由して運ぶパイプライン、ミャンマー沖のガス田からバングラデシュ経由でのパイプラインなど全方位外交を進めている。


欧米のエネルギー特記事項

この本はエネルギー地政学の本なので、米国やEUのエネルギー事情については政策の説明はなく、トピックスを紹介している。特記事項としては、次の通りだ。

米国のエネルギー需給:

energy balance USA





★イラクは原油の確認埋蔵量では約1千百億バレルだが、実際にはその倍はあると言われている。イラク侵攻を主導した米国ネオコンは、イラクに民主政権を樹立して米国が影響力を行使できれば、サウジに依存する世界の石油供給構造を大きく変えられると考えたが、失敗した。

★カタールは対岸にあるイランの脅威から自国を守って貰いたいという安全保障上の理由から、エクソン・モービルなどのメジャーにLNG開発を認め、インドネシアを抜いて世界最大のLNG輸出国となる見込みだ。米軍も空軍司令センターをサウジからドーハ近郊のアルウデイド基地に移転し、プレゼンスを高めている。

★リビアは2006年、米国の「テロ支援国家」リストからはずれ、米国との外交関係を復活した。リビアは「最も探鉱開発したい国」の筆頭で、国土の75%がまだ探査されておらず、油層の深度が浅いので低コストの生産が可能だという。制裁解除後、欧米メジャーが続々とリビアに進出している。

★イランを巡っては、「イラン・リビア制裁法」で米国企業は活動できないので、その間隙を縫って欧州企業が活発なビジネスを展開している。イランへの投資の80%は欧州企業によるものだ。フランスは米国の警告を拒否して、トタルがロシアのガスプロム、マレーシアのペトロナスと組んでイランでガス田を開発する契約に調印した。トタルは米国の制裁を予想して、前もって米国内の資産をすべて売却していたという。

★日本の国際石油開発(INPEX)が持つイランのアザデガン油田の権益を75%から10%に引き下げる決定をしたのも、対米関係悪化を懸念する日本政府の政治判断が働いたものだ。

★CO2排出量規制については、基準となる1990年はドイツ統合という特殊な年なので、EUはなんとか京都議定書の目標達成は可能としている。当時東ドイツでは品質の悪い褐炭が使われていたのでCO2を大量に排出していた。またイギリスでは石炭から北海の天然ガスへの転換が始まった年だ。


原子力発電の進展

原子力はこれから進展が見込まれる。現在の世界の原発は次の通りの現状だが、これからさらに中国などを中心に新規建設が見込まれる。

世界の原子力発電












ウラン価格は投機筋の影響で乱高下している。

ウラン価格推移




出典:経産省資料

豪州ではこの影響で、従来のウラン3鉱山政策が政権交代とともに、撤廃された。日本企業に加えて、中国、インドなども豪州での新規ウラン鉱山開発を狙っている。カザフスタンはウラン外交を活発に展開し、韓国、日本。中国、ロシアとウラン開発での協定を結んでいる。


原発ビジネス

東芝は従来沸騰水型(BWR)のGEの原子炉技術を日本で販売してきたが、加圧水型(PWR)の米国ウェスティングハウスを、2006年に54億ドルで買収して、両方の技術を持つ世界の原発建設ビジネスのリーダーとなった。

沸騰水型原子炉;

BoilingWaterReactor




出典:別記ない限りWikipedia

これに対抗して長年ウェスティングハウスと提携していた三菱重工はフランスのアレバと原子力関係での提携を拡大している。

加圧水型原子炉

PressurizedWaterReactor




筆者はピッツバーグに合計9年間駐在していたので、ピッツバーグが本拠のウェスティングハウスを仕事でたびたび訪問していた。主にピッツバーグ郊外のモンロービルにあるウェスティングハウスの研究所を訪問していたが、研究所の規模にはおどろかされたものだ。


中国とロシアの緊密化

中国とロシアの緊密化も見逃せない動きだ。

中国とロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタンの5カ国は1996年上海に集まって、上海協力機構をスタートさせた。2001年にはウズベキスタンが加わり、6カ国で構成する上海協力機構としてスタートし、上海に常設の事務局が設置されている。

その後モンゴル、インド、パキスタン、イラン、トルクメニスタンがオブザーバーとして加わった。現在は6カ国とオブザーバー5カ国の11カ国、人口では世界の半分、面積もかつてのモンゴル帝国の版図に近づいている。

上海協力機構はエネルギー面での協力関係を深める他、2007年からは対テロ演習として6カ国合同の軍事演習も一緒に行っている。

上海協力機構が軍事同盟に発展する可能性は少ないが、それでも地政学的にロシア・中国・中央アジアの国でエネルギーにつき協力関係を深める意義は大きい。


原油価格が高騰を続ける背景

原油価格は次の様な価格推移だ。

WTI価格推移





出典:社会実情データ図録

原油価格はWTIが2008年の6月に月平均133ドルを記録した後、下落して2009年2月に40ドルを切ったが、じわじわと上昇を続け最近では60−70ドルに回復してきている。

投機マネーが流入して、乱高下を記録したが、最近では需給を反映した値動きとなっている。現在の原油の需給を決めている要因は次の4つだ。

1.中国、インド、米国を中心に石油需要が底堅い増加を続けていること。

2.米国の石油精製設備の能力が不足しているので、石油製品の価格が下がりにくく、それが世界の原油相場先物に影響している。米国では過去30年間新しい精油所の建設はゼロで、増加する石油需要に対応できないでいる。

3.供給面でOPECの市場支配力が復活してきたこと

4.世界の石油供給基地である中東はじめ、アフリカ最大の産油国ナイジェリア、南米最大のベネズエラなどで地政学的リスクが表面化していること。

5.原油相場の乱高下を引き起こす投機マネー 
NYMEXの原油先物取引市場の規模はバレル60ドルとして10兆円程度と小さく、巨額の投機マネーが入ってくると乱高下の原因となる。


ピークオイル論

ピークオイル論とは、世界の原油生産が既に生産のピークに達し、今後は減少するという学説だ。石油の資源枯渇は、30〜40年前からあと30年で無くなると言われ続けてきたが、今もあと40年ということになっている。

現在のIEA(国際エネルギー機関)の見通しでは、悲観的なシナリオでは2015年、楽観的なシナリオでは2035年に世界の石油生産はピークを迎えると予測している。

最近は油田開発技術が進歩し、3次元物理探査や、油層を水平に掘る技術の普及、水深2000メートルを超える海底油田の開発も行われているので、可採鉱量が毎年増えている。

しかし資源には限りがあり、非OPEC、特に先進国での原油生産は2010年頃から頭打ち傾向になり、サウジアラビア、イラン、イラクなどの中東で増産しない限り原油の供給は増えないと見込まれる。


ガス版OPECの動き

天然ガスの埋蔵量はロシア(27%)とイラン(15%)で世界の40%以上を占め、これに第3位のカタール(14%)を加えると世界の約60%を占める。主要天然ガス輸出国は2001年にガス輸出国フォーラム(GECF)を結成し、現在は15カ国にまで増えている。

また南米でもベネズエラのチャベス大統領が南米版ガスOPECを呼びかけ、ガス資源の国有化を強行したボリビアなどが賛成している。

資源ナショナリズムの高まりとともに、需要国のEUなどは警戒を強めているが、天然ガスの場合、GECFの国の埋蔵量は大きいものの、世界のガス消費に占めるGECFの比率は14%に過ぎず、ガス版OPECの様な価格支配力を持った機構にはなり得ないという見方が強いようだ。

事実、原油価格と天然ガス価格は、2008年にピークを打った後急落した。現在では原油は底値からは回復しているが、天然ガス価格はその後も下落しているので、GECFの価格コントール力がないことを示している。

ちなみにJOGMECがガス版OPECについてのレポートをネット公開しているので、これも参考になる。


ロシアのエネルギー事情

ロシアの家庭では今もガスメーターがないという。タダ同然で供給されるので、ガス代を計算する必要がないからだ。

ロシアのエネルギー需給

energy balance Russia





ロシアは北のサウジアラビアと呼ばれるほど石油、天然ガスの埋蔵量が多く、石油生産ではサウジと肩を並べ、天然ガスでは埋蔵量・生産量・輸出量いずれも世界第1位である。

プーチン首相は、サンクトペテルブルグ市長時代にエネルギー資源に関する研究論文を書いて、「エネルギー資源でロシアを立て直すべき」と述べており、ロシア大統領になって、この方針を着実に実行してきた。

プーチンがエネルギーの国家管理を強化したきっかけは、2003年にロシア石油最大手ユコスの社長を脱税容疑で逮捕し、その後同社をロスネフチに買収させ国有化したことだ。

ユコスの買収資金は、中国石油・天然ガス総公司(CNPC)が2010年までの原油代金を前払いした60億ドルでまかなわれたといわれている。

ガスはガスプロム、原子力では2007年にウラン生産から使用済み核燃料の再処理までを担う55社を統合して誕生したアトムプロムという国営企業がある。

プーチンはロスネフチとガスプロムを合併させようとしたが、クレムリン内部での勢力争いが激しく、実現しなかった。プーチン大統領が決定した政策で唯一実現しなかったものと言われている。

ロシアの懸念材料は、西シベリアの既存ガス田・油田は生産が減退しているので、新規に資源開発を行わなければならないが、残された資源埋蔵地は北極圏や東シベリア、海底など条件の厳しいところばかりなことだ。

また長期的には、国有化にともない外資離れが進んでいることと、資源価格に頼りすぎるいわゆる「オランダ病」が懸念されている。

2005年から2007年にかけては、ウクライナ、ベラルーシへの天然ガスの価格大幅アップと供給停止を強行し、EU,ロシア周辺諸国にエネルギー安全保障の危機感を抱かせた。ロシアが天然ガスを外交カードとして使い、恫喝外交を始めたのだ。

ロシアの石油・ガス販売はヨーロッパ向けが主体だったが、近年ではアジア向け輸出拡大を狙って、特に中国との関係強化を図っている。これにさきがけ、2005年には中ソ国境問題が解決した。ロシアとの関係改善による資源確保を狙い、中国が大幅に譲歩したと言われている。

中国とロシアの利害が一致し、両国は共同で東シベリア地区の原油・ガスの中国へのパイプラインによる輸出プロジェクトを進めている。ただし極東ロシアの人口は700万人と少なく、中国は東北部だけで1〜2億人の人口があるので、ロシアは中国に対して常に警戒感を抱いており、過度には中国に依存しない方針だ。

ロシアのプーチン首相は、大統領時代にサウジアラビアを初めて公式訪問し、武器や衛星でビジネスをつくるとともに、エネルギー分野でもロシア企業のルクオイルがサウジで大規模天然ガス田を発見している。

ロシアはアメリカと対立するイランに原子力発電で協力しており、ドイツのKWUが建設途上で中止した原子炉2基のうち1基を完成させる契約を結んだ。この原発はその後代金支払いでもめており、運転開始は遅れている。

北極圏には世界の未発見の石油・天然ガスの25%があると言われているが、ロシアは北極圏の資源開発にも積極的で、2007年には北極海の4,000メートルを超える深海海底にロシア国旗を打ち立てるシーンをテレビ放映している。

北極圏での天然ガス生産も近々始まり、世界最大といわれるシュトックマンガス田は2013年からヨーロッパ向けに輸出を始める予定だ。


この本の結論

この本の結論として十市さんは、日本のエネルギー自給率の向上を訴える。現在日本のエネルギー自給率は原子力を除いて4%、準国産の原子力を入れて18%程度で、先進国の中で最低の水準である。

日本のエネルギー需給

energy balance Japan





長期的な目標として2030年に30%、2050年に50%と自給率を上げていくには、原子力発電と新エネルギー開発が必要である。

2030年にはハイブリッド車や燃料電池自動車などの普及やビルなどの省エネルギー化を進め、一次エネルギー消費を1割下げ、原子力・水力発電・太陽光発電・風力発電の比率を上げることで京都議定書の目標が達成できる。

さらに輸入源の分散化と資源確保が課題だ。

2006年5月に経産省は「新・国家エネルギー戦略」を発表し、2030年を目標年として、GDP当たりのエネルギー消費を3割改善、石油依存度低下、原子力発電比率拡大、自主開発原油比率アップなどを打ち出しているが、これも民主党政権では見直されることになると思う。

この本では一行だけの記述のみだが、日本周辺の海底に賦存するメタンハイドレートの開発も是非取り組みべきだと思う。メタンハイドレートはCO2排出量が石炭・石油の半分と言われておりグリーンエネルギーの一つだ。


あらすじが長くなってしまったが、大変参考になる本だった。欲を言えば、アメリカやEUのエネルギー政策も断片的なトピックスだけでなく、基本方針を取り上げて欲しかった。

もっともこれは2007年12月の本なので、オバマ大統領就任後はだいぶ変化があったので、アメリカのエネルギー政策については、あたらに書くべきなのかもしない。

いずれにせよ資料が満載で、世界のエネルギー地政学を頭に入れておくのには、大変ためになる本である。



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