2012年02月10日

采配 監督・落合博満が初めて明かした采配の秘密 再掲

+++今回のあらすじは長いです+++

2012年2月10日追記:

以下に紹介する落合の本と並んで本屋に置いてあったので張本勲さんの「原辰徳と落合博満の監督力」を読んだ。2011年1月発行の本なので、内容は中日がリーグ優勝した2011年の結果を踏まえていないが、原・巨人と落合・中日を比較して両方に苦言を呈している。

原辰徳と落合博満の監督力原辰徳と落合博満の監督力
著者:張本 勲
青志社(2011-01)
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張本さんはこの本の中で、落合の山井交代采配を厳しく批判している。また「勝利の方程式」という言葉を多発している。

落合が名球会に入らなかった理由は、同じ中日・ロッテの先輩で名球会メンバーの江藤慎一さんが怖かったからだという。

以下に紹介する落合の「采配」で、落合が「勝利の方程式」ではなく「勝負の方程式」だとこだわっているのは、張本さんの本を読んでいるからかもしれない。

名球会に入らない理由は、落合は群れることを嫌うからで、故・江藤慎一さんが怖かったなどという理由ではないだろう。

張本さんはTBSのサンデーモーニングに出てくる名物野球解説者だが、張本さん自身は野球指導者としてのキャリアはない。マスコミ側の人なのだと感じた。


2012年1月8日初掲:

采配采配
著者:落合博満
ダイヤモンド社(2011-11-17)
販売元:Amazon.co.jp
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落合博満前中日監督が2011年の日本シリーズ中に出版した本。この本は監督・落合博満が書いた最初の本で、現在アマゾンで売り上げランキング20位前後と、ベストセラーになっている。筆者が読んでから買った数少ない本の一つだ。

落合は参考になる本を何冊も出しているので、このブログでも紹介しているが、中日の監督に就任してからは本は一切出していない。レポーターが書いた「落合戦記」という本はあるが、これは落合が書いた本ではない。

落合戦記―日本一タフで優しい指揮官の独創的「采配&人心掌握術」落合戦記―日本一タフで優しい指揮官の独創的「采配&人心掌握術」
著者:横尾 弘一
ダイヤモンド社(2004-11)
販売元:Amazon.co.jp
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「落合戦記」は絶版になっており、中古本がプレミアム付きで売られている。このブログで紹介した「超野球学1・2」も、いずれも中古本がプレミアムがついている。
落合博満の超野球学〈1〉バッティングの理屈落合博満の超野球学〈1〉バッティングの理屈
著者:落合 博満
ベースボールマガジン社(2003-05)
販売元:Amazon.co.jp
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落合博満の超野球学〈2〉続・バッティングの理屈落合博満の超野球学〈2〉続・バッティングの理屈
著者:落合 博満
ベースボールマガジン社(2004-03)
販売元:Amazon.co.jp
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落合は監督退任表明後、いくつものテレビ番組の取材に応じているので、YouTubeに次の対談など、いくつかアップされている。それぞれ面白いので、時間があればチェックしてみてほしい。




勝つための66の言葉

この本では落合が勝つための66の言葉として、次の6章にわけて述べている。

1章 「自分で育つ人」になる
2章 勝つということ
3章 どうやって才能を育て、伸ばすのか
4章 本物のリーダーとは
5章 常勝チームの作り方
6章 次世代リーダーの見つけ方、育て方

アマゾンの「なか見!”検索」に対応しているので、ここをクリックして目次を見てほしい。それぞれの章に10前後の言葉があり、大体の感じがわかると思う。


「オレ流」はない

落合の采配はマスコミに「オレ流」とレッテルを貼られているが、この本で「オレ流はない。すべては堂々たる模倣である。」と語っている。

自分がいいと思うものを模倣し、反復練習で自分の形にしていくのが技術であり、模倣は一流選手になるための第一歩だ。ピアニストも画家も同じ。大事なのは誰が最初に行ったかではなく、誰がその方法で成功を収めたかだ。

「オレ流」として、いままで議論を読んできた落合采配の「謎」をこの本で自ら解説していて、大変面白い。そのいくつかを紹介しておこう。


補強なしに現有戦力で優勝する

落合采配の最初の謎は中日の監督に就任した時に、「誰一人クビにしない。目立つ補強もせず、現有戦力を10〜15%アップさせて優勝する」と宣言したことだ。巨人などのカネにまかせて他球団のエースや4番打者ばかり集めてくるチームには、イヤミに聞こえる発言だろう。

これを落合が実行した理由は、最初に部下に方法論を示し、「やればできるんだ」という自信をつけさせるためだという。

「あの人の言う通りにやれば、できる確率は高くなる」と、上司の方法論を受け入れるようになれば、組織の歯車は目指す方向にしっかりと回っていく。そして有言実行で就任一年目でリーグ優勝した。

しかし、2004年のシーズンが終わった後、18人の選手がドラゴンズのユニフォームを脱いだ。積極的な補強をしなければ、2005年は戦えないと判断したからだ。

ドラゴンズのユニフォームを脱ぐ選手には、ドラゴンズでは競争に負けたが、ほかの球団では通用する実力をつけさせたいと落合は語る。事実、2005年戦力外通告を受けた鉄平は楽天に行って、パリーグの首位打者になった。ドラゴンズの厳しい練習が間違っていなかった証拠だと落合は語る。


2月1日紅白戦の謎

「2月1日に紅白戦をやる。春のキャンプでは初めから1軍も2軍もない。キャンプの間に見させてもらう」、「全員一からポジションを争ってもらいます」というのは、敵を欺くにはまず味方を欺けという戦法だ。

2001年に発刊した「コーチング」の中で、落合はコーチングの基本を「教えない。ただ見ているだけでいい」と定義した。

コーチング―言葉と信念の魔術コーチング―言葉と信念の魔術
著者:落合 博満
ダイヤモンド社(2001-09)
販売元:Amazon.co.jp
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実際に監督になって、「見ているだけのコーチング」が基本となることは確認できたが、それと同時に「最低限、教えておかなければならないこと」があることに気づいたという。それは、「自分を大成させてくれるのは自分しかいない」ということであり、選手の自覚を促す方法が2月1日の紅白戦だった。

プロ野球選手の契約では12月1日から1月31日までの2か月はポスト・シーズンと呼ばれ、球団に拘束されない期間だ。監督やコーチが練習させたくとも、できない。

「2月1日の紅白戦」という監督のメッセージを受け止め、選手は考える。「自分自身で自分の野球を考える」習慣を植え付け、それができる選手がレギュラーの座を手にするのだ。

落合が2月1日紅白戦と宣言したことで、メディアや評論家がキャンプを訪れ、高齢でめったに現場に足を運ぶことはないと言われていた川上哲治さんをはじめ、広岡達郎さん、関根潤三さんなどの監督経験者も2時間以上続くノック練習を楽しそうに見ていたという。落合も1999年から5年間の評論家時代は12球団のキャンプ地すべてに足を運んだ。「プロだからこそ見なければわからない」のだと。

なかにはキャンプを見もしないで「初日から紅白戦なんて意味がない」と批判する評論家もいた。2004年、中日がリーグ優勝したことで、足を運んだ評論家の多くは「厳しい練習が実を結んだ」と評価し、足を運ばなかった評論家はだまっているしかなかったという


6勤・1休の厳しい練習

他の球団は4勤・1休が多いだろうが、中日のキャンプは6勤・1休だ。それだけで中日のキャンプの厳しさがわかる。しかし、6勤・1休は昔はどの球団でも同じだったという。「オレ流」ではないのだと。

落合は「休みたければユニフォームを脱げばいい。誰にも文句を言われずにゆっくり休めるぞ」と言う。「一年でも長くユニフォームを着ていたいのなら、休むということは考えちゃいけないよ。」というのが本音のメッセージだ。

不安だから練習する。練習するから成長する。「心技体」ではなく、体をつくる練習が先に来る「体技心」だと。これが成長のサイクルだ。

春季キャンプでは、全体練習を終えた後、落合自身がサブ・グラウンドでノックして守備練習する。守備練習は強制ではなく、ノックを受けたいと思った選手がコーチに申告し、落合がノッカーに指名される。1,2時間は当たり前、どちらがギブアップするかまで続けられる。

「これ以上続けたら体が壊れてしまうと感じたら、グラブを外してグラウンドに置く」ということだけがルールだ。

落合の中日監督時代に生え抜きからレギュラーになったのは森野将彦ただ一人だ。その森野は「終わる時間は自分で決めなさい」と言うと、いつも最後までグラウンドにいたという。

ノックでも、落合がもう限界なのではないかと思ったが、グラブを外さないので、続けたら、突然バタッと倒れて救急車を呼びそうになったことがあるという。グラブを外したくとも手が腫れ上がって外れなかったのだと。

そうまでにして自分の限界まで追い込んでポジションを奪い取った。だから「自分から練習に打ち込んでいる間は、オーバーワークだと感じても絶対にストップをかけるな」というのが落合のルールだ。

コーチにも「どんなに遅くなっても、選手より先に帰るなよ。最後まで選手を見てやれよ」と言っていたという。選手の指導については次の2点を徹底してきた。

1.絶対に押し付けてはならない
2.鉄拳制裁の禁止

厳しい競争は自然にチームを活性化させる。だから選手たちが自己成長できるような環境を整え、そのプロセスをしっかり見ていることが指導者の役割なのだ。


3年間一軍登板ゼロの川崎憲次郎を開幕投手に

落合が監督に就任した2004年のシーズンでは、沢村賞投手ながら、ヤクルトから移籍して肩を痛め、3年間一軍登板ゼロの川崎憲次郎を開幕投手として登板させた。落合は投手起用については森繁和コーチに全面的に任せており、これが落合が先発投手を決めた唯一のケースだという。

川崎ほどの実績のある投手が故障で宝の持ち腐れとなっていたので、本人の復帰を後押しするつもりで、開幕投手に指名し、具体的目標を与えたのだ。

川崎は2回で5失点してマウンドを降りたが、ドラゴンズ打線はコツコツ反撃して、最後は8対6で広島に勝った。

復帰を目指して川崎が必死で努力する姿をチーム全員が見て、川崎に勝たせようと全員が動くことでチームとはどういうものなのかを実感させた。大きなリスクを覚悟した落合の監督として最初の采配は成功だったのではないかと。

川崎はこの年もう一試合先発登板したが、ワンアウトも取れず4失点で降板し、その年に現役を引退した。しかし新監督がチームとしてのまとまりをつくる方法としては、落合のいうように成功だったと言えると思う。


2007年日本シリーズ第5戦の「山井の幻の完全試合」

落合の采配で最も議論を読んだのが、2007年の日本ハムとの日本シリーズ第5戦で、8回まで完全試合を続けていた山井を9回に岩瀬に交代させた采配だ。



落合は自分の采配を正しかったか、間違っていたかという物差しで考えたことはないという。「あの時点で最善といえる判断をしたか」が唯一の尺度だ。

落合・中日の日本シリーズの成績は2004年対西武3勝4敗、2006年対日本ハム1勝4敗だった、2007年はリーグ優勝できなかったが、クライマックスシリーズで勝ち上がり、またもや日本ハムとの日本シリーズとなった。

なんとしても勝ちたい中日は3勝1敗で名古屋で第5戦を迎えた。山井は完全試合を続けていたが、4回から右手のマメが破れ血が噴き出していた。8回で1:0でリードしていて、9回の守りをどうするか考えているときに、森繁和コーチが「山井がもう投げられないと言っています」と言いに来た。

落合は即座に「岩瀬で行こう」と決断した。岩瀬はプレッシャーのかかるなかで、3者凡退に打ち取り、ドラゴンズは53年ぶりに日本一になった。

落合も山井の完全試合を見たかったが、その時点でのリードは1点しかなく、監督としてはどうしても53年ぶりにドラゴンズを優勝させたかった。この采配は53年ぶりの優勝という重い扉を開くための最善の策だったという。

ドラゴンズが日本一になったという事実だけが残る。その瞬間に最善と思える決断をするしかない。それがブレてはいけないのだと。


「勝利の方程式」よりも「勝負の方程式」

この本で落合は、「負けない努力が勝ちにつながる」と語っている。これが落合野球の真髄だと思う。落合は投手力を中心とした守りの安定感で勝利を目指す戦いを続けてきた。監督が投手出身か打者出身かは関係ない。これが勝つための選択なのだと。

試合は「1点を守り抜くか、相手をゼロにすれば負けない」。そしてチームスポーツでは「仕事をした」と言えるのは、チームが勝った時だけである。たとえ10点失っても勝った投手は仕事をしている。0対1で完投負けした投手は、厳しいようだが、仕事をしていないのだ。

勝利をひきよせるための手順=「勝負の方程式」はあるが、こうすれば絶対に勝てるという「勝利の方程式」はない。

落合は現役時代に「勝負の方程式」という本を書いている。

勝負の方程式勝負の方程式
著者:落合 博満
小学館(1994-06)
販売元:Amazon.co.jp
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「こうすれば相手は嫌がる」、「こんな取り組みをして失敗した」という様に勝負を少しでも優位に戦うための原則論をまとめたものだという。

ドラゴンズでは勝ち試合は8回に浅尾、9回に岩瀬を送って白星をつかむケースが多いので「勝利の方程式」と呼ばれている。

岩瀬の代わりに浅尾をストッパーに起用すると、「岩瀬に何かあったのか」とか「ストッパーを岩瀬から浅尾に代えるのか」と騒ぎ立てられるが、落合はあくまで勝利に近づくための最善策としかとらえておらず、岩瀬や浅尾に対する信頼感とは別次元の問題だという。

この本で落合は「岩瀬を出せば勝てる」と思ったことは一度もないと語る。勝負には何があるかわからない。だから岩瀬が打たれて負けた試合の落合のコメントは、「岩瀬で負けたら仕方がない。岩瀬だって打たれることはある」というものだ。

これに対して「勝利の方程式」を信じている監督は「まさか、あの場面で岩瀬が打たれるとは…」と言うだろう。

落合は日本一を目指して戦うなら「まさか」で黒星を喫したくない。勝負に絶対はないが、「勝負の方程式」を駆使して最善の策を講じていけば、仮に負けても次に勝つ道筋が見えるのだと。


大変参考になる本だが、詳しく紹介しているとあらすじが長くなりすぎるので、要点を、1.落合流強いチームの作り方、2.落合の企業秘密、3.落合の指導法に整理して簡単に紹介しておく。


1.落合流強いチームの作り方

★任せるところは1ミリも残さず任せきる/人脈や派閥のような感覚でコーチを起用しない
落合が先発投手を自分で決めたのは、上記の川崎憲次郎の開幕投手だけだった。それ以外はすべて森繁和コーチが決めた。森コーチの采配にすべての責任を負うのが監督の仕事だという。

現役時代に仕えた監督を見てきて「なんでも自分でやらなければならない監督ほど失敗する」と感じていたという。だから投手に関することは森コーチに任せられると思うと、全面的に任せ、落合自身は先発投手が誰になるのかも直前まで知らなかったという。

森コーチは駒澤大学のエースとして活躍し、社会人の住友金属経由、西武に入団。黄金時代の西武でプレーして、現役引退後もすぐにコーチとなり、西武、日本ハム、横浜で投手コーチを務め、一年たりともユニフォームを脱いだ年がなかった。現場が必要としている人材なのだ。

そうはいっても落合と森コーチの接点は、アマチュア時代の世界選手権でチームメートになったくらいで、決して親しい仲間だったわけではない。

野球の世界に限らず、一般社会でも気心しれたヤツだけを自分の周りに置きたがる人がいる。落合は名前は出していないが、典型的な例が北京オリンピックの星野ジャパンの星野・山本浩二・田淵幸一トリオだろう。

落合は仕事は一枚の絵を描くようなものだと言う。自分の持っている色だけではなく、自分とは違う色を持っている人を使う勇気が絵の完成度を高めてくれると語る。


★できる・できない両方がわかるリーダーになれ
落合の真骨頂がこれだ。「毎シーズンAクラスのチームを作ることができた要因は何ですか」と問われたら、落合は「選手時代に下積みを経験し、なおかつトップに立ったこともあるから」とはっきり答えるという。

監督には「名選手、名監督ならず」で、できない選手の気持ちがわからない人がいる。その一方で、現役時代は実績を残せなかったが、早くして指導者になり、コツコツと経験を重ねて、2軍監督やコーチを経験して「できない選手」の気持ちがよく理解できるので、若い選手を育て上げる手腕にたけている人もいる。しかしこのタイプの監督は「できる人の思い」が理解できず、スター選手と無用な衝突を起こしたり、ベテランから若手に切り替えるタイミングを間違うことがある。

落合自身プロに入ったのは「もうけもの」と考え、プロになればすぐクビになっても「元プロ野球選手」になれるので、残った契約金で飲食店でもやろうと考えていたという。「できない人の気持ち」は若いころの自分の気持ちそのものだと。

落合のようにプロに入った時はあまり期待されていなかったが、あとで超一流選手になったという経歴のある監督は、川上哲治さん、野村克也さんがいる。

しかし二人とも野球から一歩も離れず、ずっと真剣に取り組んできたという点で落合とは大きな差があると思う。鉄拳制裁になじめず、秋田工業高校では野球部の入部退部を繰り返し、東洋大学野球部ではケガもあって退部し、大学も中退して、故郷に帰ってプロボウラーを目指していたというキャリアの監督は落合くらいだろう。

川上さん、野村さんの二人とも名監督だが、落合くらい選手の気持ちがわかる監督もいないだろうと思う。


★連戦連勝を目指すより、どこにチャンスを残して負けるか
長嶋監督はファンを愛する人で、試合を見てくれるファンがいるかぎり毎試合勝とうとした。落合は今日は負けても、翌日に戦う力、勝てるチャンスを残すべきではないかという考えだ。

「1敗は1敗でしかない」と割り切ることも大切だ。

いい結果が続いている時でもその理由を分析し、結果が出なくなってきた時の準備をする。負けが続いた時でも、その理由を分析し、次の勝ちにつなげられるような負け方を模索する。

組織を預かる者の真価は、0対10の大敗を喫した次の戦いに問われるのだと。


「ファンが喜ぶ野球ーそれは勝ち続けることなのだと信じて。」
この本、いや落合野球で一番の問題はここだと思う。

「最大のファンサービスは、あくまで試合に勝つことなのだという信念が揺らいでしまったら、チームを指揮する資格はない。」と落合は語る。

そこで、「ファンが喜ぶ野球ーそれは勝ち続けることなのだと信じて。」という言葉が来る。

たしかに球場に来るファンはひいきチームが勝つことが最大の喜びだ。しかし球場まで行くことはめったにないが、ひいきチームはあるという人が圧倒的多数だろう。

野村さんはこのブログで紹介した「あぁ、監督」という本で、落合のサービス精神の欠如について、次のように語っている。

「どうも落合は勘違いしているのではないか。彼はグラウンドで結果を出せばいいと考えているようだが、それだけではプロ野球の監督として失格なのだ。いくら強くても、実際にファンが球場に足を運んでくれなければ、商売は成り立たないのである。

誰のおかげで自分が存在できるのか。ファンあってのプロ野球ということをいま一度考えてもらいたいのである。」

あぁ、監督    ――名将、奇将、珍将 (角川oneテーマ21)あぁ、監督 ――名将、奇将、珍将 (角川oneテーマ21)
著者:野村 克也
角川グループパブリッシング(2009-02-10)
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球場に行ったこともないが、ひいきチームはあるという、いわばサイレントマジョリティのファン、そしてひいきではないが興味はあるので、一度はプレーを見てみたいというファン、そういった人を球場に来てもらえるだけの魅力と話題性を提供するのが本当の一流監督ではないのか?

別に落合がコメディアンになる必要はない。ただ玄人好みでなく、素人好みの路線がプロ野球には必要とされていると思う。その典型が今度横浜の監督に就任する中畑清監督だと思う。

中畑監督はこの本で落合が排しているお友達内閣を組織しつつある様に思える。たぶん横浜は今季もダメだろう。

しかしスポンサーのDNAは別に強い横浜が欲しいわけではない。社名のDNAが広く知れ渡るような話題性のある広告塔が欲しいのだ。最下位でも注目度が上がればそれでよいのだ。

だから今のところ力の衰えが目立つラミちゃん以外は目立った補強をしていない。筆者は、もう付き合えないので、今年限り郷土の球団の横浜ファンから「引退」するが、DNAのやり方はこれはこれでアリだと思う。

筆者は正直、落合が日本で再度監督をやるかどうかはわからないと思っている。野球がオリンピック・スポーツとして復活したら、中国が落合を監督にリクルートする可能性は高いのではないかと思う。

幅広いファンとの折り合い、そしてマスコミの使い方、これが次に落合が日本で監督をやる際には落合が飛躍するための課題となるだろう。


2.落合の企業秘密

落合が45歳まで現役でプレーできた理由で最も大きかったのは、対戦相手が落合という選手の考え方を分析できなかったからだ。野球はメンタルなスポーツという典型例である。

落合の打撃の特徴は、「外角のボールをライトスタンドに放り込んでしまう」ことだと言われてきたが、実は落合自身はその記憶はない。

実際には内角寄りのボールを力負けせずに、押し込むようにライトスタンドに運ぶ技術を持っていたのだが、元プロのスコアラーには内角のボールをライトスタンドまで運べるはずがないとして、コースを真ん中よりに記録してしまう。そんなプロの盲点の積み重ねが「外角球をライトスタンドに放り込む男」という評価なのである。

実際外角のボールに3三振することもあったのに、ライトへのホームランが多いということだけで、「落合は外角に強い」と誤解されてきたから45歳までプレーできたのだと。

これは落合の「企業秘密」だったから、引退するまで決して口外しなかった。これがプロの戦術なのだ。監督となれば、対外的なことだけではなく、自軍のコーチや選手にも読まれてはいけない部分もある。

監督は何をやろうとしているのかをコーチに読まれると、監督にすり寄って、選手を見ないコーチが生まれる。コーチの見るべき方向は監督の顔色ではなく、選手なのだ。


落合は今季中日のユニフォームを脱いだが、プロ野球の監督は引き継ぎは一切しない。しかし、引き継ぎはしないが、次の監督が困らないチームにしておく、それが監督としてやらなければならない仕事なのだと。

最後に落合は「仕事で目立つ成果を上げようとすることと、人生を幸せにいきていこうとすることは、全く別物と考えているのだと語る。一度きりの人生に悔いのない采配を振るべきではないかと。

一杯の白飯と穏やかな時間。その中で生きていこうとしているのが、落合博満の「人生の采配」なのだと結んでいる。

大変参考になる本だったので、あらすじも長くなりすぎた。「若手諸君、成長したけりゃ結婚しよう」などの落合の指導法については、つづきを読むに載せたので、興味があれば見ていただきたい。

冒頭で紹介したとおり、筆者が読んでから買った数少ない本の一つだ。一読の価値はあると思う。


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Posted by yaori at 12:45Comments(0)TrackBack(0)

2012年01月01日

野球人 落合博満が現役引退後すぐに書いた本

野球人野球人
著者:落合 博満
ベースボールマガジン社(1998-12)
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近々あらすじを紹介する落合の最新刊「采配」を読むにあたり、落合の書いた他の本も読んでみた。この本は1998年12月の発刊。落合が現役を引退したのが1998年10月だから、現役を引退してすぐに書いた本だ。

落合が長嶋巨人軍終身名誉監督に憧れて野球を始めたことは有名だ。この本では長嶋さんに対する敬意と感謝の念、王貞治さんへの尊敬が感じられる。


落合の現役時代

落合は昭和28年12月・秋田県生まれ。筆者と同学年で、同じ学年には梨田がいる。秋田工業高校を卒業後、東洋大学に入学したが、下級生を鉄拳制裁する野球部の体質に嫌気がさして野球部を退部。大学も中退して、秋田に帰ってボウリングのプロボーラーを目指していたが、社会人野球の東芝府中にさそわれて入社する。

東芝府中はあまり強いチームではなかったが、それでも都市対抗野球3回出場、アマ全日本代表で活躍し、1979年ロッテにドラフト第3位で指名される。

プロに入って1年目、2年目はたいした活躍ができなかったが、3年目にパリーグの首位打者となり、それ以降首位打者争いの常連となり、1982年、1985−6年と3度、三冠王を獲得する。

1987年にロッテが稲尾監督を解任し、嫌気がさしていたところ、星野監督が落合をどうしても欲しいと言いだし、1対4のトレードで中日に移籍。中日で7年間プレーした後、長嶋監督が周囲の反対を押し切って落合を獲得、3年間巨人の4番としてプレーする。巨人の最初の年こそ3割を割ったが、そのあとの2年間は打率は3割を超えていた。

長嶋監督からは、「数字的な成績はいいに越したことはないが、あまり気にしていない。それよりも、巨人の選手たちに戦う姿勢を植え付けてくれ」と言われたという。

この言葉ではじめて「自分の成績はどうでもよい。チームの勝利が第一です」という言葉がはじめて本心から言えるようになったのだと。

落合が巨人に移籍してきた1994年は落合自身はケガに悩まされたシーズンだったが、優勝を決める試合でホームランを打って、渡辺恒雄オーナーは「あのホームランは一本で何億円という価値があった。やはり落合君を獲得したことは正解だった」とコメントしていたという。

西武から清原が移籍してきて、落合か清原かで長嶋監督が悩む顔を見たくないとして、自ら日本ハムに移籍した。2年間プレーして1998年のシーズン限りで引退した。

この本の末尾に落合の現役時代の記録が載っている。

落合記録






出典:本書260ページ

日本ハムを引退したのは、落合の起用法について首脳陣と野球観の違いに苦しんだためだと語る。そして選手としてユニフォームを脱ぐことになるが、いずれまたユニフォームを着ることがあると思うので、「野球人 落合」は引退しないと宣言している。


落合十番勝負

この本では「落合十番勝負」ということで、転機となった勝負を紹介している。そのいくつかを紹介しておく。

十番勝負その1.一流の道は、小さなチャンスから始まる

落合がロッテに入団して1年目に、アッパースイングを酷評され、ロッテの山内監督から指導を受けた。ところが落合は「自分の思い通りにやって打てなかったらクビで結構ですから、俺のことは放っておいてください」とタンカを切って、山内監督の指導を断ってしまった。

そもそもプロ野球に入った時の目標は3年間はユニフォームを着ることだったので、フォームを変えてゼロからやり直す時間はないという切迫感からの言葉だったのだろう。

2軍でくすぶっている落合の転機となったのは、2年目のキャンプで先輩の手首の使い方を真似たことと、イースタンリーグの試合で、2軍で調整していた佐藤道郎投手のキレのある球をホームランにしたことだったという。

筆者も記憶にあるが、落合は「神主打法」といわれた体の前にバットを構える独特のフォームで、右にでも左にでも打ち分けられる、やわらかい手首の使いかたが印象的だった。

落合の現役時代のことを知っている人も少なくなってきているので、YouTubeの落合の現役時代のホームラン映像を紹介しておく。



一流投手と対戦したいという気持ちがモチベーションとなり、それ以来5試合連続ホームラン、一軍に昇格してすぐに鈴木啓示から代打ホームランを打って一軍に定着した。

落合の原点はこの佐藤道郎さんからのホームランなのだと。


10番勝負その2.タイトルや格は選手を育てる。

落合は1981年の3年目のシーズンは一軍スタートで、セカンドのポジションを狙って必死に練習し、試合でも4打席で1フォアボール、3打数1安打を目安に、安打を積み重ね、石毛、島田との競争に勝って首位打者のタイトルを獲得した。

阪急の山田久志からは一本もヒットを打てていなかったが、ロッテが前半戦に優勝し、オールスターに選ばれ、パリーグの4番として起用された勢いもあって、後半戦は山田久志から連続してヒットを打ち、首位打者に躍り出た。

山田久志のシンカーを下からすくうように打つのをやめて、上からたたくよう打ったら打てるようになったという。

ちなみにこの年の落合の年俸は540万円。ラーメンライスばかり食べていたので、心身ともに疲れがピークとなり、一時は打率を落としたが、ライバルも打率を落とし、最初の首位打者のタイトルを獲得した。

タイトルや格は選手を育てるのだと。


10番勝負その3.三冠王とトレードが、プロでの生き方を決めた

1986年はプロ野球選手としての評価は年俸で示してもらうことを決意した重要なシーズンだったという。

落合の年俸は次の通りだ。(カッコ内は前年の成績)

1981年          540万円
1982年(首位打者)  1,500万円
1983年(三冠王)   5,400万円
1984年        5,900万円
1985年(タイトルなし)5,900万円
1986年(三冠王)   9,700万円、
1987年(三冠王、中日移籍)1億3千万円(日本人初の1億円プレーヤー)

落合が三冠王を獲得できるという自信をつけたのは、ホームランを量産するコツをつかんだからだという。

落合がポール際に大きなフライを打つ場面をみたことがあるかと落合は問う。最近、横浜のGMに就任した元巨人の高田はポール際の大ファールで有名だったが、たしかに落合のポール際の大ファールはあまり記憶がない。実はレフトへはスライスボール、ライトへはフックボールを打つ打法を身につけたからホームランが増えたのだと。

いろいろな角度でバットを出す練習を繰り返し、このような打球になる角度を体に覚えさせた。野球には感性を磨くことも必要なのだと。

ホームランが量産できるようになったもう一つの理由は奥さんの何気ない言葉だったという。ブーマー、ソレイタ、門田などのホームランバッターはみんな太っている。「だからあなた太りなさいよ」と、毎回食べきれないほどの料理が出で、体重はすぐに75キロから80キロを超えたという。


10番勝負その4.たったひとつの結果が打撃を狂わせた

この告白が一番面白い。

3度目の三冠王となった1986年のポストシーズンではメジャー・リーグ選抜が来日し、落合が4番を打つ全日本と対戦した。

その第3戦で、21勝を挙げたデトロイト・タイガースのジャック・モリスと対戦し、ストレートをバットの真芯でとらえた打球は手ごたえも十分で、スタンド入りすると思ったが、フェンスの前で急に失速し、センターフライになってしまった。

メジャーは力対力の勝負なので、全力で打ち返すが、日本野球は10のうち5の力で打ち返す。力いっぱいスイングするより、無理のないスイングでボールをとらえた方がいい打球を飛ばせる可能性は高いからだ。

落合はメジャーとの試合で、完全にペースを崩され、それ以降10の力で打つようになってしまい、日米野球は2割6分、長打は2塁打1本だけという結果に終わった。

翌期から中日に移籍したが、これ以降の12年間は落合本来のバッティングを取り戻す戦いで、結局引退するまで取り戻すことはできなかったという。長い時間をかけて築き上げてきたものが、たった1週間で崩れてしまう。技術の奥深さと人間のもろさを感じたという。

やはり力みすぎるとプロでも結果は良くないのかもしれない。


10番勝負その6.試合の流れを読んで奇跡を起こす

評論家が「落合は打席の中での読みが鋭い」と解説しているのをよく聞いたが、落合は「ヨミ」は一度もしたことがない。そんな努力をする時間があれば、すべてバットを振ることのために割いてきたという。

こんなコースにこんな種類のボールが来たら、こう打てばよいということを体に覚えさせたのだ。9,000打席以上投手と向かい合ってきたなかで、次は間違いなくこのボールが来ると思ったことは一度もない。もしそんなことをしようとしていたら、幾度となく頭部を襲ってきたボールに当たって、野球人生はとっくに終わっていたはずだと。


10番勝負その10.節目の記録を本塁打で決める理由

落合が節目になる記録をホームランで決めたのは偶然ではなく、落合のバッティングはすべてホームランを狙っているからだと。

落合がすべての打席でホームランを狙っているというのは、スラッガーの使命のようなものだという。投手との戦いを熟知して、どんなボールでも確実に打ち返せるように精度を高め、少しでも捉えやすいボールを投げされるための構え、呼吸、間の取り方を研究してきた。

その結果ホームランにできるスイングのバリエーションを多く持つことができた。ホームランの打ち損ねがヒットになるというバッティングをするのだと。

プロ野球でスラッガーと呼ばれた人はほぼこの考え方で打席に入っていたと確信しているという。王貞治さんは「ヒットの延長がホームラン」と言っていたが、それは表現の違いだと思っているという。


落合の理想のチーム

最後に落合は「理想のチーム」ということで書いている。その項目だけ紹介しておくと。

・ファンにストレスを与えない野球をやる
 ちなみに長嶋さんの野球は試合を見に来るファンを大切にして、135試合すべて勝つという采配だったという。しかしこれでは選手、とくに投手のスタミナが持たないという。

・相手の嫌がる野球ができるチームにしたい

・1点を大事にする野球

・セオリーを大事にする野球ー外人以外は外角低めに投げる

・野手はできるだけ固定して戦う

・勝つ野球をやるか、お客さんが喜ぶ野球をやるか

・ヘッドコーチはいらない

・1軍と2軍のコーチの役割はまったく異なるから2軍には優秀なコーチを置きたい

・4番には日本人の頼れる打者を据えて打線を組む

・捕手は固定する


今季リーグ優勝した中日が理想のチームにかなり近いと思う。しかし、リーグ優勝していながら中日と契約更新できなかったのは、上記の「勝つ野球をやるか、お客さんが喜ぶ野球をやるか」の問題にうまく対処できなかったことが原因だと思う。

もっと言うと、落合監督の中日では人気が出ず、観客動員数も2008年をピークに年々落ちていたことから、球団側がもっと観客の呼べる監督に変えたがったのだと思う。

ネットで調べたら12球団の観客動員数のグラフを載せているブログがあったので、紹介しておく。

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出典:新プロ野球観客動員ランキング速報

いずれ落合はまたユニフォームを着ることになると思うが、(筆者が懸念しているのは、落合が中国のナショナルチームの監督にスカウトされることだ)。次も理想のチームをつくれるのか、今から楽しみである。


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2011年11月18日

落合博満の超野球学1 梨田監督が絶賛する落合博満監督の野球学

2011年11月18日再掲:

2011年度の日本シリーズがいよいよ大詰めを迎えている。下馬評もソフトバンク有利だったが、福岡での2敗の後、敵地で3連勝して本拠地福岡に戻るソフトバンクがやはり有利のように思える。

昨日の第5戦のテレビ中継を解説していた野村克也氏が、「こんなオーナーはいままでなかった」と絶賛していた孫正義オーナーの絶大なる支援も受けている。

ノムさんが落合監督を高く評価していることは、ノムさんの「あぁ、監督」でも紹介した。

今回のシリーズで落合監督が内川のバットのグリップのテープにクレイムをつけたことも、ノムさんがヤクルトの監督時代に日本シリーズでオリックスと対戦し、イチローの振り子打法に「足がバッターボックスから出ている」とクレイムをつけて、結局イチローを封じ込めた心理戦をほうふつとさせる。

今年で中日の監督を退任する落合博満監督は、マスコミ対策にはほどんど関心はなく、それがアダとなり退任という結果となったようだが、選手の心をつかむことが巧みなので、火事場の馬鹿力で中日優勝の目もあるかもしれない。

映画「マネーボール」で紹介したように、野球はメンタルなスポーツなのだ。

所詮短期決戦はどうころぶかわからないと思う。第1戦、第2戦のように投手が抑えていても、たった一球の失投で勝敗が決まるのが怖いところだ。

第6戦の先発はソフトバンクは和田毅だろう。六大学出身で、三振の数だけポリオワクチンの提供献金を続けている和田には是非日本シリーズで勝利を挙げて欲しいと思う反面、落合監督にも花道を飾ってほしい気持ちもある。

ところで、どういうわけかこのブログでも紹介した落合の書いた「超野球学 1」、「超野球学 2」が絶版となり、プレミアム付きで売られている。

落合博満の超野球学〈1〉バッティングの理屈落合博満の超野球学〈1〉バッティングの理屈
著者:落合 博満
ベースボールマガジン社(2003-05)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

落合博満の超野球学〈2〉続・バッティングの理屈落合博満の超野球学〈2〉続・バッティングの理屈
著者:落合 博満
ベースボールマガジン社(2004-03)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

本の画像をクリックして見ればわかるが、アマゾンマーケットプレイスで古本がそれぞれ6,000〜7,000円という値段がついている。

筆者も読んでから買った参考になる本である。いまやプレミアムがついている落合の「超野球学 1」の紹介を再掲する。


2009年1月20日再掲:


昨日ニッポンハム監督の梨田昌孝さんの講演を聞いた。梨田さんは「梨田昌孝の超野球学」という本を出しているので、近々読んであらすじをアップする。

梨田昌孝の超野球学―フィールドの指揮官梨田昌孝の超野球学―フィールドの指揮官
著者:梨田 昌孝
販売元:ベースボールマガジン社
発売日:2006-05
クチコミを見る


最後の質問コーナーで、最強の打者は誰かという質問に、梨田さんは落合博満と答えていた。落合さんは梨田さんの同期だ。

落合さんの場合、やる気があるのかないのかよくわからない構えで打席に立つ。

てっきり見逃すと思って梨田さんがキャッチングしようとすると、落合さんはスイングのスピードがすごく速いので、スコーンと打ってしまうという。

梨田さんは、王さん、長嶋さんとは直接対決していないので、直接対決した打者のなかではという限定つきだが、落合さんは様々な面で最強の打者だという。

筆者も落合さんの本を読んで、全然「オレ流」ではないと感じた。落合監督の著書のあらすじを再度掲載する。


2007年11月2日再掲:


日本シリーズを制して、中日に53年ぶりの優勝をもたらした落合博満監督。

名球会の資格がありながら、名球会には入らないなど、落合監督は「オレ流」とか言われて誤解されることが多い。

今回の最終戦も落合監督の采配が非難されているが、プロとして当然のピッチャー交代だと思う。

その落合監督の考えがよくわかるのが、この「コーチング」と「超野球学(1)」なので、日本シリーズ制覇を記念して再掲する。

コーチング―言葉と信念の魔術


落合博満の超野球学〈1〉バッティングの理屈


落合博満中日監督というとマスコミは『オレ流』とレッテルを貼る。しかし彼の流儀は『基本に忠実に』であり、全然『我が道を行く』とか『唯我独尊』ではない。

彼はあまりに当たり前の事しか言わないので、常人とは異なる『鋭い』見方で人気を保っている有名プロ野球解説者面々には煙たがられ、彼らとは異なるという意味で『オレ流』と呼ばれているのかもしれない。

そんな落合の本は出版社が受けを狙ってか前著の『コーチング』でも『教えない、ただ見ているだけで良い』とか、誤解を招くサブタイトルを付けられていた。

この本も『超野球学1』とあたかも普通の野球理論とは異なる本の様なタイトルを付けられているが、実際はサブタイトルの『バッティングの理屈』が示すとおり、基本の基本のおさらいである。

バッティングの常識は
1.センター返し、
2.ボールをよく見る、
3.コンパクトにスウィングする
の3点だが、落合はそれぞれにわかりやすい説明をして、それらがいかにちゃんと理解されていないかを指摘する。

この本も読んでから買ったが、買う価値のある本だと思う。

たとえばセンター返しについては2000年の中村紀洋との対談で、『落合さんはライトへのホームランが多かったと思いますが、どうやったら右へ強い打球を狙い打ったのですか』と聞かれた時に『ライトに狙い打ったことは一度もないよ』と答えたと。

一瞬中村は驚いた表情をしたが、すぐになるほどと理解した由。翌2001年は中村は前年の記録を大幅に伸ばし、プロの一流の打者でも基本に忠実にやることによって記録を伸ばせることを実証してみせた。

あくまで常識=理屈を説き、全然オレ流ではない。

『バッティングは1日、2日で上達するものではない。1回でも多くバットを振った選手が生き残る。』実に泥臭いが、そういえば王も練習の虫と言われていたことを思い出す。

コンパクトなスウィングの解釈はバットを短く持って、当てに行くのではなく、『トップの位置はより深く、バットは一直線に振り出し、フォロースルーは大きく』だ。

全然しろうと考えと違うが、なるほどと思う。参考になる野球理論である。


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Posted by yaori at 08:31Comments(0)TrackBack(0)

野球がもっと面白くなる 落合の超野球学2 再掲

2011年11月18日再掲:


落合博満の「超野球学 1」に続けて、古本がプレミアム付きで売られている「超野球学 2」のあらすじも再掲する。



2009年1月20日再掲:


落合の超野球学1のあらすじでコメントした通り、梨田昌孝ニッポンハムファイターズ監督の絶賛する落合博満監督の野球論を再掲する。


2007年11月2日再掲:

落合ドラゴンズが日本シリーズを制した。落合博満監督が浪人時代にベースボールマガジンの超野球学シリーズで持論を展開したのがこの本だ。

今回の最終戦の完全試合達成中だった山井を、8回で換えた采配が論議を呼んでいる。

「小心な夢のない野球」とか言っている人もいる様だが、結果論もいいところだ。

1:0の試合で、そのまま逃げ切れば日本シリーズ制覇となる場面で、岩瀬へのスイッチは当然だ。そのまま山井に投げさせていれば、日本ハムは最後の力を振り絞って反撃してきただろう。

一人でも走者を出せばズルズル行く恐れはあった。筆者も記憶があるが、ヤクルトの松岡弘だったと思うが、9回まで完全試合をしていたが打たれて負け投手になった例もある。

あの場面で岩瀬が出てきたので、日本ハムは意気消沈し、日本ハムの息の根を止める見事な采配だった。

勝つために野球をやっているのであって、記録をつくるために野球をやっているのではない。

この本でも紹介されている落合の、「相手の嫌がることをやるかが勝負の鉄則」の真骨頂を見せた試合だ。

その落合の野球理論がイラストや写真入りで、わかりやすく説明されているので、「コーチング」と「超野球学(1)」と一緒に、再掲して紹介する。

落合博満の超野球学〈2〉続・バッティングの理屈


超野球学1はバッティングの技術、基本を一から説いたが、2では頭、考え方を説く。

いかに相手の嫌がることをやるかが勝負の鉄則だと。

佐々木主浩との対決ではフォークを捨ててストレートだけで勝負して良い結果を残した。

そういば数年前イチロー、佐々木のマリナーズと松井が入る前のヤンキーズでプレイオフを戦ったとき、ヤンキーズ打者全員に徹底的にボールを見られて通用しなかった事を思い出す。

力のある投手がアウトローをひたすらついてくるとお手上げなのに、なぜ自分と同じ考えをする投手がいないのだろうと、ほくそ笑んでいたのだと。

『最後は自分のウィニングショットで打ち取りたい』という投手の美学、『真っ向勝負したから悔いはない』という投手の冒険心、相手バッテリーの性格を考えて攻略するのだと。

『データ人間になってはいけない、自分がデータの宝庫になろう!』といいながら、『ヤマは張ったことはありません。』、『配球も読んだことがありません。』ではやや混乱するが、インハイを意識してたち遅れない準備だけをしてボールを待つのだという。

超野球学1でのボールをよく見る、深いトップと大きなフォロースルー、早い始動、超野球学2の理想的な体の回転、『ボールを押し込む』という手首の動き、理想的なミートポイント、これらのチェックポイントを頭に入れて、かつリキまない。

今度バッティングセンターに行くのが楽しみだ。

最後に現役時代の『練習なんかしません』発言について、現役を退いた今『練習はしました。質も量も他のどの選手にも負けないくらい練習しました』と胸を張って言えると。

落合の言うことはすべて疑ってかからなければならない。すべて目的があって言っているのだから。


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Posted by yaori at 08:28Comments(0)TrackBack(0)