2015年11月03日

たった一人の熱狂 幻冬舎見城社長の755での発言集



幻冬舎見城徹社長の755(有名人とやりとりできるツイッターのようなSNSサービス)での発言に、見城社長自身の解説を加えてまとめ上げた本。

755はホリエモンの長野刑務所に服役していた時の囚人番号だ。ホリエモン出所後、親友の藤田晋サイバーエージェント社長が協力して、755という有名人とやりとりできるSNSサービスを立ち上げた。

755自体は、AKBや乃木坂46のメンバーとやりとりできるということで有名なようだが、筆者はこの本を読むまで全く知らなかった。

もっとも見城さん自身の755のアカウントは現在は閉鎖されているようだ。幻冬舎から出した百田尚樹さんの「殉愛」というやしきたかじんさんと奥さんを取り上げた”ノンフィクション”小説が、実際はフィクションだらけだったということで「炎上」し、「百田尚樹『殉愛』の真実」という本まで出されることになり、その騒ぎで閉鎖となったように思える。

殉愛
百田 尚樹
幻冬舎
2014-11-07


百田尚樹『殉愛』の真実
角岡 伸彦
宝島社
2015-02-23


この本では見城さんの次のようなツィート?を4ページで解説している。見城さんの解説自体は、ライターがインタビューして構成している。

☆小さなことこそ真心込めろ 「仕事ができない仁言の共通点は、自分に甘いこと。思い込みが強いこと。小さなこと、片隅の人を大事にしないこと。約束を守らないこと。時間に遅れること。他者への想像力が足りないこと。」

このツィートを見城さん自身の新入編集者時代の話なども加えて、展開している。

見城さんは新入編集者の時、コピー取りを頼まれると、原稿を2枚コピーして、一枚は自分が編集者になったつもりで朱を入れていた。実際に本ができあがった段階で、自分の校正した原稿と比べてみると、朱を入れるべきところで入れていない先輩編集者の手抜きがわかったりして、編集者として鍛えられたという。

つまらなく地味な雑用でも自分の心がけ一つで黄金の仕事に変わる。

小さなことを大切にするだけで、人生は大きく変わっていくはずだ。神は細部に宿る。と結んでいる。

たしか「編集者としての病」だったと思うが、見城さんは、掃除のおばさんに、あの本は面白かったと言われて、続編が出た時にプレゼントしたという話を書いていた。

360度の気配りが、見城さんを今の地位にしたということだろう。

同じ話は恋愛にもいえる。

☆恋愛が下手なやつに仕事はできない「他者への想像力がない人が、ビジネスで成功するわけがない。恋愛は他者の気持ちを想像し、理解するための絶好の機会だ。」

ビジネスで成功するためには圧倒的な努力と他者への想像力がワンセットで必要だ。異なる他者への想像力を発揮して、初めてビジネスの成功はある。恋愛は、他社の気持ちを知るための絶好の機会である。

その見城さんでも、波長の合わない作家がいる。

村上春樹は一度書いてもらったあとは、それっきりになってしまったという。見城さんはその作家の全作品を読んでいるので、売れる前に千駄ヶ谷で「ピーター・キャット」というジャズ喫茶をやっていた村上春樹に会った時に、「『風の歌を聴け』」は映画『アメリカン・グラフィティ』を下敷きにしていますよね」と言ったところ、返事もせずに黙り込んでしまったのだと。

風の歌を聴け (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
2004-09-15





この話は「正面突破を恐れるな」というところに出てくる。

見城さんの持論の「GNOは絶対死守」も出てくる。GNOとは義理、人情、恩返しだ。元々のツィートは「GNO(義理、人情、恩返し)を大切にしない人間は、何事もうまく行かない。小さなことにクヨクヨし、小さなGNOを死守するのだ。」

ここでは思いがけない人が出てくる。

「安倍総理はGNOの人だ。総理大臣になる前も総理に就任してからも、安倍さんは義理と人情と恩返しを大切にしている。人の信用と信頼を損ねることがないし、約束は必ず守る。驕らない。無私無欲に生きる。人間として超一流の総理大臣だ。お会いするたびに、リーダーとは斯くあるべきだと感嘆する。」

見城さんは、2014年に肩をこわして、ウェイトトレーニングはやめているというのが残念ではあるが、「トレーニングで心身をいじめろ」というところの「NO PAIN, NO GAIN。 痛みのないところに前進はない。」という言葉にも納得する。

「トレーニングは絶対に裏切らない。と同時に、ごまかしながら身体を鍛えているふりをしたところで、結果は一目瞭然だ。」

ラグビー日本代表がこの言葉通りのことを成し遂げてくれた。




それぞれ4ページでまとめているので、簡単に読めて参考になる。見城さんの「毒」にどっぷりと浸かるには、見城さん自身が書いている「編集者という病」をおすすめするが、「毒」の入門編としておすすめの本である。




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2015年07月19日

憂欝でなければ仕事じゃない



幻冬舎社長の見城徹さんと、サイバーエージェント社長の藤田晋さんが、見城さんの35の過激な言葉一つ一つについて交互に語る本。

この本をつくるために、藤田さんは2010年の後半から、2011年の3月まで毎週のように見城さんと打ち合わせしてきたという。

この本はアマゾンの”なか見!検索”に対応していないので、目次を紹介しておく。

目次1






















目次2























出典:本書

このブログでは見城さんの「編集者という病」を紹介している。この本を読めば、見城さんが大変な人だということがわかるだろう。




この本でも見城さんらしい過激なフレーズが並ぶ。「憂鬱でなければ、仕事じゃない」というこの本のタイトルからして過激だ。

一方のサイバーエージェントの藤田晋さんのベストセラー「渋谷で働く社長の告白」のあらすじも、このブログで紹介している。




「渋谷で働く〜」を出した頃は、女優の奥菜恵と結婚していた時代なので、2004年頃の話だ。今は当然経営者としても成長して、この本でも、なるほどと思わせる発言が多い。

いくつか印象に残った部分を紹介しておく。

ふもとの太った豚になるな。頂上で凍え死ぬ豹になれ

これはヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」の冒頭に出てくる一節だ。




グレゴリー・ペック主演の映画でも最初の1分45秒くらいに、この話が出てくるので、注意して見て欲しい。



見城さんは、頂上で凍え死ぬ豹になりたいといつも思っていると。だから、1997年に創業4年目で幻冬舎文庫を立ち上げたときは、一挙に62冊の文庫本を売り出した。文庫は新刊書のストックがないとできないので、通常は10年かかるという。

幻冬舎の前に大手出版社で文庫を出したのが光文社で、幻冬舎文庫スタートより12年前に31冊の文庫を出した。だから幻冬舎は、その倍の62冊の文庫を売り出したのだ。

その時に新聞の全面広告を出し、「新しく出ている者が無謀をやらなくて、一体何が変わるだろうか」というキャッチで宣伝した。まさにその当時の見城さんの正直な気持ちそのものだったという。

アルチュール・ランボーの詩集「地獄の季節」の”俺たちの舟は、動かぬ霧の中を、纜(ともづな)を解いて、悲惨の港を目指し”という一節をイメージした荒海に小舟が乗り出していくイラストをつけたという。

地獄の季節 (岩波文庫)
ランボオ
岩波書店
1970-09



幻冬舎には広告部員は見城さん一人だけだと。自分で広告代理店と交渉し、メディアを決め、どんな広告にするかイメージし、コピーも手掛ける。キャラクターが必要なら、自分で選び、交渉する。

宣伝だけは誰にも任せない。最初からそう決めていた。
それは、見城さんが本を売るセンスに誰よりも自信があるからだと。


スポーツは仕事のシャドーボクシングである

見城さんは、週6日ジムに行くという。都内4つのホテルのジムの会員になっているのだと。仕事が一段落した時に、一番近いところに行けるようにするためだ。

若いころは、仕事よりトレーニングを優先して、ボディビルの大会に出ようとベンチプレス130キロまで挙げたという。

今でも見城さんは、強迫観念に駆られながらトレーニングするという。トレーニングすると、心の中でファイティングポーズを取れるからだ。

トレーニングは決して楽しいことではないが、自分を追い込み、憂鬱なことを乗り越える。そうすることが、仕事をするときの姿勢に、大きな影響を及ぼす。そもそも仕事とは、憂鬱なものだと。

筆者もこの態度を見習わなければならない。筆者もトレーニングをしているが、ジムに行くのは週1回、プールに行くのも週1回。減量中のこともあり、ベンチプレス100キロまで戻したものが、95キロまで落ちている。マズイ傾向だ。

週6日はともかく、やはり週3日くらいはやらないと。

見城さんは自分の言葉ながら、「憂鬱でなければ、仕事じゃない」という本のタイトルが気に入ったという。デューク・エリントンの「スイングしなけりゃ意味がない」という曲と重なったからだと。



実際、仕事は「正」であり、憂鬱は「負」である。その両極をスイングすることで、はじめて結果が出るのだと。

見城さんは、「京味」(新橋)に行けなくなったら、仕事はやめるという。「京味」は一人5万円くらいする。「京味」に行けなくなったら、仕事がうまくいかないということを意味するので、見城さんにとっては、「京味」が絶対的な仕事の基準なのだと。

藤田さんにとっては、西麻布の「エスペランス」が「京味」にあたるという。

一つ一つのテーマについて見城さんと、藤田さんが見開きで2ページずつ書いており読みやすい。見城ワールドと藤田ワールドの入門書のような内容だ。

簡単に読めるので、是非一度手にとって見て欲しい本である。


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2007年04月29日

編集者という病 幻冬舎社長見城徹さんの魂のデスマッチ

編集者という病い
編集者という病い


今、出版業界で最も勢いがある幻冬舎社長の見城徹さんのエッセーを集めたもの。

見城さんといえば、石原慎太郎のポン友で知られるが、この本を読むと多くの作家やミュージシャンと、ただならぬつきあいをしていることがわかる。

筆者も一度だけ見城さんと会ったことがある。4年ほど前に関東では最大手の本屋チェーン文教堂の新年会に行ったら、上場直前で投資者説明会(ロードショー)の最中だった見城さんが来賓挨拶をしたのだ。

幻冬舎が6人でスタートしたばかりの頃、近くの文教堂に行って、いずれは自分たちが出した本が文教堂の売り場で平置きにされることを夢見て仕事していたと。厳しいスタートアップの時代を思い出して、見城さんが言葉に詰まっていたことが印象的だった。

その見城さんが現役編集者としての総決算として、親友の高瀬さんの太田出版から出した本がこれだ。


伝説の編集者

見城さんの仕事の実績はすごい。

まずは新卒として入社した廣済堂出版で、たまたま公文式と出会い、「公文式算数の秘密」でいきなり30万部のベストセラーを出し、公文式を全世界に広めるきっかけとなった。

次に太田出版高瀬社長の紹介で、角川にアルバイトで入り、頭角を現す。

角川春樹社長が「この人は爆発的に売れる作家になるから」と、森村誠一氏を担当させてくれ、400万部のベストセラーとなった「人間の証明」やその映画化など、角川春樹社長の部下として角川書店を飛躍的に拡大させた。

見城さんが入社したときは角川はブランドではなかった。角川とは仕事しないという作家だけと仕事をしようと考え、五木寛之、石原慎太郎、水上勉、有吉佐和子など、多くの作家から見城さんが初めて仕事を取ってきた。


見城さんの交友録

次が見城さんの交友リストだ。見城さん自身がそれぞれの人とのエピソードを紹介してる。

それぞれ面白いエピソードばかりだが、一部だけ紹介しておこう。

1.尾崎豊
  尾崎豊は「誰かのクラクション」、「普通の愛」、「白紙の散乱」、「黄昏ゆく街」で、「堕天使達のレクイエム」という5冊の単行本を出している。すべて見城さんの角川時代のものだ。

堕天使達のレクイエム (角川文庫)
堕天使達のレクイエム (角川文庫)


尾崎豊とは一瞬も気をつけないつきあいだったと。

誰も信じられない、常に「あなたは尾崎豊ひとりだけを愛してくれますか?」と踏み絵を他人に求める。生きていく限り救いはなかったのではないか。

見城さん、音楽プロデューサー、アートディレクターの恩有る3人の最後の砦と決別した尾崎豊は、破滅に向かい、泥酔して死んだ。小心者なのに、ヒリついていた。

音楽プロデューサーが尾崎が死んだという知らせを見城さんによこしたとき、「見城さん、悲しいけどなんかホッとしましたね」と言ったという。それは非難されることではなく、全身全霊を尾崎豊に捧げてきた見城さんと彼にとっては実感なのだと。

2.石原慎太郎

ポン友の石原慎太郎には、「弟」、「老いてこそ人生」という本を幻冬舎で書いて貰ったが、本当は「老残」という小説を書いて貰いたいと。「太陽の季節」でデビューした作家が、老残を書くのだと。

3.安井かずみ
4.山際淳司

スローカーブを、もう一球 (角川文庫 (5962))
スローカーブを、もう一球 (角川文庫 (5962))


スポーツノンフィクションなどで有名な故山際淳司さんとも、深いつきあいだった。

5.鈴木いずみ
6.中上健次
7.坂本龍一
8.松任谷由実
松任谷由実に「ルージュの伝言」を書いて貰ったら、直前に出版をとりやめたいと言ってきた。

「自らの人生や、自らがつくった歌の背景、自らのスピリットを語り尽くせば、私の音楽事態が死ぬ」と。

なんとか説得し、最後はOKをもらって出版にこぎ着けたのだと。

9.村上龍
10.浜田省吾
11.五木寛之
12.夏樹静子
13.内田康夫
14.重松清
15.大江千里
16.銀色夏生
17.林真理子
18.さだまさし


編集者という病 魂のデスマッチ

これらの人と、魂と魂のぶつかりあいの様な関係を持って、とことんつきあうという信条のもと、朝まで飲んでは2−3時間休んで会社に行くという生活を過ごしたという。

結婚はしたが、36歳で離婚し、子供もいないので、自宅では愛犬エド(昔のテレビドラマのしゃべる馬エドにちなんでつけた名前)と過ごしているという。

ここまでのめり込んで、編集者魂で全力投球していると24時間、365日仕事で、休まることがない。到底家族を保つことができなかったのだろう。

尾崎豊だけでなく、100人ほどの作家と365日精神のデスマッチを続け、筋金入りの不眠症で発狂寸前だったという。


編集者の仕事

この本は月刊誌Free & Easyなどに見城さんが書いているエッセーを集めたもので、序章のみ書き下ろしだ。

Free & Easy (フリーアンドイージー) 2007年 06月号 [雑誌]
Free & Easy (フリーアンドイージー) 2007年 06月号 [雑誌]



編集者は作者とギリギリの勝負を挑むが、創作しているのは作者である。

見城さんは日本一の偽物になろうと決めたという。

何百人という本物の表現者を相手に、偽物としての栄光を手にしようと誓ったのだと。編集者は自分が感動できて、それを世にしらしめたいと思うからやっていけると。

見城さんが編集した作品は朱がやたらと入っていたという。

「こういうせりふを言う人は、こういうセックスはしません」とか、「赤く染めたカーリーヘアーの女が一服するときに吸うたばこはセブンスターじゃなくて、ハイライトじゃないでしょうか」とかいった具合だ。

なんだか違いがよくわからないが、これを村松友視さんはデスマッチと呼んだという。


ボディビルとラグビー

見城さんは会社に入って27歳から37歳までボディビルに凝って、1週間に1回休むだけで毎日ウェイトトレーニングをしていた。

ベンチプレスでは120KGを目標にしていたそうだ。

ヘミングウェイにあこがれて肉体をつくったのだと。

体がきちっとしていなければ、意志もきちっとしないと常に思っていたという。「勝者にはなにもやるな」とつぶやきながらトレーニングを続けたという。

見城さんは結局自殺すると思うと語る。

ヘミングウェイはライフル自殺した。彼が自殺した時の気持ちが知りたいと。

死ぬのは怖いが、死の瞬間に必ず笑いたい。自殺しない限りその瞬間に笑うことはできないのではないかと思っていると。

見城さんは清水南高校で、ラグビーをやっていた。

幻冬舎を立ち上げたとき、後輩の重松清がラグビーボールを送ってくれたという。6人が車座になってラグビーボールをパスしたのだという。

この本を出して、見城さんは20年近く休止していたウェイトトレーニングを再開する決心がついたという。


幻冬舎スタート

角川春樹社長がコカインで逮捕され、角川書店を解任されたとき、見城さんも解任決議に賛成し、そして見城さん自身も角川をやめた。

角川春樹社長と見城さんで角川を作ってきたという自負があったので、「角川の見城」ではあったが、角川を辞めたときも自分が努力をすれば、大丈夫だという自信はあったという。

幻冬舎がスタートしたとき、朝日新聞に6,000万円だして全面広告をだした。そしてはじめに出した6冊はすべてベストセラーとなった。

広告代理店の副社長が見城に賭けたということで、もし幻冬舎が払えなければ自分が払うから広告を打たせてくれと支援してくれたという。

幻冬舎という社名は五木寛之氏がつけた。

創立3年目には62冊の文庫を出した。

郷ひろみの「ダディ」ははじめから初版で50万部と賭に出た。

「本が売れない。活字離れが理由だ」と出版業界の人が言っているが、見城さんは違うと言う。

売れない原因は出版社側の責任であり、書き手に対してきっちり体重をかけていないから、読者をつかめる本をつくれないのだと。

営業と編集は矛盾はしないと。幻冬舎がまさにその典型である。

薄氷は自分で薄くして踏む。

顰蹙(ひんしゅく)は金を出してでも買え。

新しく出て行く者が無謀をやらなくて一体何が変わるのだろう。

幻冬舎のコピーだ。これからも目の離せない出版社である。


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Posted by yaori at 03:37Comments(0)TrackBack(0)