2016年12月11日

電通マン36人に教わった36通りの「鬼」気配り いまは逆風だが



高橋まつりさんの過労死自殺で、いまや社会全体からブラック企業の代表とみなされ、逆風下にある電通マンの気くばりの紹介。

「バブルへGO」などの作品で知られる正体不明のクリエイター集団、ホイチョイ・プロダクションズがまとめたものだ。



著者(たぶんホイチョイ代表の馬場康夫さん)は、大手電機メーカー(日立製作所)の宣伝部に勤務した経験があり、当時電通や博報堂などの広告代理店とつきあっていたという。

当時は、他の会社の人が平気で社内を歩き回っていた時代で、電通の営業が「お茶にでも」と誘うのは、部長か部長代理、下はせいぜい主任どまりで、ヒラ社員や窓際族は全く誘われなかったという。

一方、博報堂の営業は決裁権のない若い部員でもバンバンお茶に誘ってくれたから、若手社員は電通よりも博報堂の営業と親しくなった。

広告の良しあしで扱いを決める「競合プレゼン」で、博報堂がいいアイデアを出しても、キャンペーンの扱いはたいてい電通に行ってしまった。だから、若手社員は電通は日ごろのおべっか攻勢で、決定権のある部長や副部長を抱きこんでいるからだと噂しあった。

電通のような「寝技」で仕事を取るのは邪道で、広告の扱いはクリエイティブ力やメディア・プラニング力で決められるべきものだから、電通よりも博報堂を心から応援していた。

しかし、仕事を続けるうちに、その考えが変わってきたという。電通は、得意先、それも決定権のある得意先に対して小さな「貸し」をできるだけたくさんつくっておく、あるいは小さな「借り」をできるだけつくらないようにするという点で、端倪(たんげい)すべからざる(はかりしれないという意味)技術を身につけていたという。

以下で紹介するような細かな気くばりのノウハウが伝承されていて、ビジネス上の大きな成果を生んでいたのだ。

そのことに気が付いたのは、ある程度自分でも仕事を任される入社5〜6年後だったという。

博報堂の社員は好人物が多く、共通の話題などで一緒に盛り上がれるが、自分がある程度仕事を任され、多忙になって、リアルなサービスを求めるようになってくると、話は別だ。

博報堂の新入社員は「得意先を不愉快にさせないことが基本」という原則論を学ぶが、原則論だけでは、この本に紹介されているような小技は身につかない。細かな気くばりの技術は会社全体で蓄積し、体系立てて教育しないと伝承されない。

そういう電通の気くばりは、実は立派なクリエイティブではないかと、ある時からリスペクトするようになったという。

そうした気くばりは、電通だけではない。グローバル・スタンダードなのだと。

この本では、電通の吉田英雄社長が1961年に訪米した時に、表敬訪問した全米最大手の広告代理店ヤング&ルビカムで、吉田社長が大のゴルフ好きなことを調べていたヤングの会長から漢字で正確に吉田英雄と刺繍してあるゴルフバックと、吉田のイニシャルを刻んだゴルフボールをプレゼントされたことを紹介している。

この本の冒頭で、ディズニーランドを日本誘致するときに、三井不動産と三菱地所が競合した時の話を紹介している。三菱地所はディズニーの一行を100キロ離れた富士山麓にバスで連れて行った。

三井不動産は一行をバスで千葉県の舞浜に連れていき、近さを強調するために、バスで食事をとった。バスには小さい冷蔵庫しか置いていなかったにもかかわらず、ディズニーのミッション6名全員に振り袖姿のコンパニオンが、食前酒を「なんでも注文してください」と言った。

メンバーは半信半疑で、めいめい「ブラディメアリーを、ウォッカはストリチナヤで」とか、「ペリエ」とか勝手に注文したが、すべてその小さな冷蔵庫から飲み物は取り出され、メンバーの一人は「あれはアイスボックスじゃなくて、マジックボックスだ」と驚嘆したという。

【正規品】ストリチナヤ・ウォッカ・ロシア・ウォッカ・スピリッツ・750ml・40% ハードリカーSTOLICHNAYA VODKA RUSSIAN VODKA SPIRITS 750ml 40%
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実は三井不動産は、ロスアンジェルスの広告マンから、ディズニーの来日メンバーが普段どういう食前酒をのんでいるかのレポートを受け、各人の注文が3パターンしかなく、しかもその多くはダブっていることをつかんでいた。だから小さい冷蔵庫にすべてを詰め込むことができたのだ。

もちろん結果は、舞浜を押す三井不動産の勝利に終わった。

当時の三井不動産の担当者の堀貞一郎は、のちに電通に移っている。

それでは36の「鬼」気くばりを紹介しよう。全部紹介するとネタバレとなってしまうので、ピックアップして紹介する。( )カッコ内に筆者のコメントを付け加える。

1.安物の同じボールペンを必ず2本持ち歩く。(得意先に差し上げて、「貸し」をつくるためである)

2.お詫びやお礼をメールだけで済まさない。

3.名刺は相手より下から出す。

4.得意先の吸っているタバコを常に携行する。

8.3日後に100%の答えを出すより、翌日、60%の答えを出す。(これが高橋まつりさんの過労自殺につながった電通の流儀なのかもしれない)

10.接待の席には、相手の家族向けのおみやげを用意する。

11.見送りはタクシーが角を曲がるまでおじぎをつづける。(この本の著者も同じことを経験したことがあるという。博報堂の営業は解散していたが、電通の営業はおじぎを続けていたと。最近は車のディーラーでも同じことを徹底している)

12.得意先にタクシーで行くときは、100メートル手前で降りて歩く、

14.宴会やゴルフには写真係を置く。

16.葬儀用に白黒の名刺を用意する。

17.葬儀は必ず最後まで参列する。

20.接待では、相手の行きつけの店を予約し、こっちが払う。

22.土下座は、相手の怒りのピークではしない。一晩置いて、翌日みんなでする。

23.メールでCCは多用しない。相手の文面は要約して送る。

26.宴会のために揃いのハッピを作る。

28.会議室は最後に出る。建物は最初に出る。

29.クリップは絶対に相手の社名や「御中」にかけない。

30.口が裂けても逆接の接続詞は口にしない。(「ですが」、「だけど」、「やはり」は禁句、まずは相手の言うことを肯定し、そのあとで、「こういうふうにも考えられないでしょうか」と切り出す)。

32.書類に上司と並んでハンコを押すときは、上司より下に、斜めに傾けてつく。(筆者は全く知らなかった)。

最後に東日本大震災の時に、福島第一原発が水素爆発を起こした時、東京電力に乗り込んで、幹部を怒鳴りつけて「原発から撤退したら東電は潰れる」と恫喝した菅直人の話が載っている。

気くばりの名人木下藤吉郎だったら、どう行動しただろうかと。

菅直人の仕事ぶりは、広告代理店にたとえると、プラニング能力や調査といった「理」の部分は抜群だが、しばしば、それを実行する人を動かすための「気くばり」に欠ける博報堂の仕事ぶりに似ている気がすると、著者の馬場さんはいう。

田中角栄や小沢一郎に代表されるかつての自民党政治は、プランニングや調査といった「理」よりもむしろ、「気くばり」で人を動かし、ものごとを進めてきた電通の仕事ぶりに似ていると。

電通はいまやブラック企業の代表のように言われているが、営業力はじめ広告代理店としての力は抜群だ。その営業力の基本となる「気くばり」が紹介されている。一つ一つを取ってみると、それほどスゴイ気くばりではないが、これらすべてをできるのが、本当の電通の営業なのだろう。

「鬼十則」を廃した電通がこれからどこへ行くのか。興味があるところである。


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2016年10月09日

アドテクノロジーの教科書 専門書だが役にたつベストセラー



電通の昨年入社の女性新入社員が、昨年末自殺し、彼女の自殺が労災=過労死に認定された。自殺直前の彼女の残業は105時間に達し、うつ病も発症していたという。小さい時に両親が離婚し、お母さんに育てられて東大の文学部を卒業し、昨年電通に入社したという。

残されたお母さんが記者会見しているのを、ニュースで見るのがつらい

ネットで彼女のツイッター書き込みなどにより、勤務実態や周りの上司・同僚の扱いが紹介されている。

悲劇はまた繰り返されたか!という感じだ。

もっとも、この話は電通だけの話ではない。他の会社でもある話だ。

自殺までには至らないにしろ、社員がメンタルダウンになる事例が続出して、どの会社でも社員の健康管理と残業の規制を厳しくしている。

2015年12月から一事業場で50人以上社員がいる会社には、ストレスチェックという定期的ストレス検査が法律で義務付けられている。

筆者の会社も昔は36協定違反の残業は、翌月に始末書を事務的に出せば済んだが、今は36協定違反が発生するとコンプライアンス違反として社長報告が必要になっている。

広告業界は残業が恒常化しているのかもしれないが、電通も36協定違反は、コンプライアンス違反なので、撲滅が必要だという意識を持つ必要があるだろう。

彼女は電通のダイレクトマーケティング・ビジネス局デジタル・アカウント部で、インターネット広告を担当していたという。

この業界特有の事情も自殺の要因になった可能性もあると思う。

アドテクノロジーが日進月歩で進化していて、まわりが何を話しているのか、わからないことがあったのではないか?

だからせっかく作った提案が、ポイントを押さえておらず、使い物にならないので、ボロクソに言われたのではないか?

IT業界のように、アドテクノロジー業界も三文字略語が氾濫している。

たとえば、DSP、SSP、DMP、PMPはインターネット広告を担当していれば、最低限知っておかなければならない業界用語だが、なんの略かお分かりだろうか?

DSPはDemand Side Platform、SSPはSupply SIde PlatformDMPはData Management PlatformPMPはPrivate Market Placeだ。

これがやたらに話に出てくる。

現在のネット広告業界の業界地図は次のカオスマップの通りだ。


出典:カオスマップ2015−2016

これを理解するために絶対必要なのが、この「アドテクノロジーの教科書」だ。この本の著者は株式会社マクロミルの広瀬信輔氏で、マクロミルのDigital Marketing Labの責任者だ。

もっとも、広告代理店で働いていても、この本を一読しただけではわからない。

アマゾンのカスタマー・レビューに投稿している広告代理店勤務の人のコメントのように、5度くらい読み返す必要があるだろう。

筆者は10年ほど前までは、ネット企業の経営に携わっていたので、広告業界の事情には詳しいと思っていたが、この本を読んで過去の経験が全く陳腐化して役に立たないことを痛感させられた。

筆者がネット業界を離れたのは2007年だったが、2008年から日本でもアドネットワークという「広告配信ネットワーク」が登場した。

アドネットワークに入札・入稿することで、広告主は多数のウェブサイトに広告を配信できるようになったのだ。それからは、急速に時代は変化しており、現在の業界図は上記のカオスマップのように入り組んでいる。

この本はアマゾンのなか見!検索に対応していないので、なんちゃってなか見!検索で、目次を紹介しておく。

Chapter 1.History & Technology

01 アドテク登場以前のインターネット広告
02 アドネットワーク 〜 第三者配信のはじまり
03 BTA(Behavioral Targeting Advertising)
04 アドエクスチェンジ 〜 広告枠の取引市場化
05 オーディエンスデータ/オーディエンスターゲティング
06 DSP/SSP
07 3PAS(第三者配信アドサーバー)
08 アトリビューション分析
09 アトリビューション分析 〜 MIHモデルの概要と事例
10 アトリビューションマネジメント 〜 広告弾力性の問題
11 アドベリフィケーション
12 アドベリフィケーション 〜 調査結果:DSP配信枠の品質
13 DMP(データマネジメントプラットフォーム)
14 DMP 〜 活用事例
15 PMP(プライベートマーケットプレイス)
16 【チェック】 GDN(Google Display Network)のターゲティングの種類と活用方法

Chapter 2. Creative

01 動画広告
02 インストリーム広告の配信事例
03 動画広告の課題とこれから
04 リワード広告/アフィリエイト広告/ブースト広告
05 インフィード広告(イン〇〇広告)
06 ネイティブアドと記事広告の違い(ネイティブアドの解説)
07 ソーシャルメディアマーケティングの成功企業と失敗企業

Chapter 3. Measurement

01 ディスプレイ広告の2つの役割と効果測定方法
02 インバナーサーベイとリードバナーアンケート、ブランドリフト調査の新手法の解説
03 リサーチと購買データを活用した効果測定の事例 〜 株式会社マクロミル
04 クロスメディア効果測定の事例 〜 株式会社インテージ
05 【チェック】スマートフォン対応によって、ウェブサイトのアクセス数は増加するのか?

Chapter 4. Player

01 海外プレーヤー Criteo
02 海外プレーヤー Rocket Fuel
03 海外プレーヤー Rubicon Project
04 海外プレーヤー TubeMogul
05 国内プレーヤー FreakOut
06 国内プレーヤー サイバーエージェント
07 国内プレーヤー VOYAGE GROUP
08 国内DMPパッケージの位置づけ
09 株式会社オムニバス(DMPサービス解説 Pandora)
10 株式会社PLANーB(DMPサービス解説 Juicer β版)
11 最近の買収情報まとめ
12 新規参入について筆者が思うこと

Chapter 5. Market

01 カオスマップのカテゴリ解説
02 市場規模
03 PMPがもたらす広告取引市場の変化
04 DMPと3PASは今後どうなるの?Googleサードパーティポリシー変更の背景考察
05 DMPの市場と課題とマーケティングオートメーション
06 マーケティングオートメーション X DMPの事例
07 動画広告の市場と課題と未来
08 新たな市場を作れるか?CMP(コンテンツマーケットプレイス)

Special Contents

01 DSPを語る 〜 ヤフー株式会社 高田 徹氏
02 DMPを語る 〜 日本オラクル株式会社 福田 晃仁氏
03 動画広告を語る 〜 株式会社オムニバス 山本 章悟氏
04 ネイティブアドを語る 〜 株式会社グラーダーアソシエイツ 荒川 徹氏
05 アトリビューションを語る 〜 アタラ合同会社 岡田 吉弘氏
06 タグマネジメントを語る 〜 Fringe81株式会社 佐藤 洋介氏
07 アドテク業界を語る 〜 株式会社Legoliss 酒井 克明氏

筆者のいた時代のネット広告は、サイトの広告枠を期間単位で広告代理店経由広告主に販売し、クリエイティブは広告主が制作したものを掲載するか、あるいは自社で広告主から提供された素材を使って製作するかというものだった。

1対1の取引だ。

現在は、ネット広告が進化し、RTB(リアルタイムビッデイング)で、表示された広告枠に広告主がリアルタイムで入札して、最も条件のよい広告主の広告を掲載するというのが現在のバナー広告表示のやり方だ。

広告の表示にゼロコンマ数秒間があくのは、その間に自動的に入札して、最も条件のよい広告主の広告を選択しているからだ。

もっとも、こんな時代になっても、優良広告枠は入札では販売されず、相対取引で販売されている。広告を掲載するメディア側が、優良広告枠を入札で販売すると、自社のブランドイメージを損なう広告が入ってくることを懸念しているためだ。

その意味では、優良広告枠については、依然として昔からの相対取引が生き残っている。すべて自動入札で販売されているわけではないのだ。

冒頭に紹介した電通の新入社員の過労死の例もあるように、広告配信技術は進歩したが、広告営業は人間系のソリューションが必要である。

そのことを知って、ちょっとほっとした。

専門書なので、広告業界に携わったことがない人には、ちょっと難しいかもしれない。

著者の広瀬さんが主宰しているDigital Marketing Labのウェブサイトにアドテクに関する説明がある

また、以前「渋谷ではたらく社長の告白」のあらすじを紹介した藤田晋さんのサイバーエージェントが、積極的に宣伝しているので、サイバーエージェントの「日本一やさしいアドテク教室」も参考になる。



時間があれば、サイバーエージェントのアドテクノロジー説明会が同社のウェブサイトに掲載されているので、これを見ることをお勧めする。



筆者の率直な感想は、いつまでもあの業界に働いていなくてよかった、というものだ。日進月歩のアドテクの進化には到底ついていけない。


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2013年07月16日

僕が電通を辞める日に絶対伝えたかった79の仕事の話

僕が電通を辞める日に絶対伝えたかった79の仕事の話僕が電通を辞める日に絶対伝えたかった79の仕事の話
著者:本田 亮
大和書房(2013-04-20)
販売元:Amazon.co.jp

元電通のエクゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターの本田亮さんの本。

本田さんが、「望月衛介の音楽と広告」というラジオ番組に出演した時の話も公開されているので、こちらも参照願いたい。

アマゾンの表紙写真は、本田さんの手書きメモを紹介したものだが、本屋に並んでいる本には、次のようなカバーがついている。

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エクゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターというのがどういう役職なのかわからないが、電通のクエイエイティブ職のトップクラスなのだろう。本田さん自身の作品としては、「ピッカピカの小学生」や「こだまでしょうか?(AC)」などがある。





この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応しているので、ここをクリックして目次を見ていただきたい。

肩ひじ張らない内容で、仕事の上での「気づき」を与えてくれると思う。


日本のクリエイターを代表する知人

筆者は以前、博報堂とのIT関係の合弁会社に居た関係で、博報堂のクリエイティブの人は何人か知っている。そのなかでも特に有名なのが、宮崎晋(顧問)チーフクリエイティブオフィサーだ。

きさくな人で、たまたま筆者のいた会社の博報堂側の担当役員だった関係で、社員向けに講演していただいた。

「入社以来定期券は持ったことない」とか、「通勤に使っている山手線は、その時の気分で内回りに乗ったり、外回りに乗ったりする」とかいった話が記憶に残っている。

毎日新しいことを探して町をほっつき歩いているから、定期券は持たない。また山手線の内回り・外回りにこだわらないのも、一つの見方に執着せず、常に違う見方がないか探すという心構えなのだ。

宮崎さんの作品はいくつもカンヌの国際広告賞を受賞している。たとえばカップヌードルの「ハングリー?」というシリーズだ。





そのほか、宮沢りえの「Santa Fe」という写真集の表紙で使ったドアを持ってきて撮影した豊島園のCMもある。

Santa Fe 宮沢りえSanta Fe 宮沢りえ [大型本]
著者:篠山 紀信
出版:朝日出版社
(1991-11)


雑誌の「ナンバー」も宮崎さんの作品だ。「ナンバー??」と毎号タイトルが変わるので、雑誌を認可している文部省(?)が難色を示したという話をされていた。ちなみに「ナンバー4」の表紙は、パンチを受けて腫れ上がった試合翌日の具志堅用高の写真だったのを覚えている。

具志堅用高










出典:ウェブ画像検索

Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 7/11号 [雑誌]Sports Graphic Number (スポーツ・グラフィック ナンバー) 2013年 7/11号 [雑誌] [雑誌]
出版:文藝春秋
(2013-06-27)


宮崎さんは、博報堂の役員を務めながらクリエイティブの現場にも復帰された。復帰作が黄桜の有名な江川と小林が出演するCMと、全日空のロマンあふれるCMだ。






話が博報堂にそれたが、この本で参考になった点をいくつか紹介しておこう。

02 プレゼンはかっこよくなくていい

電通に入って一番意外だったことは、「おもしろい企画」を出せば誰もが「おもしろい!」と言ってくれるのだと思ったら、そうではなかったことだ。「おもしろい企画」を出すことは仕事の半分だけで、残りは「おもしろい企画だと相手にわかってもらうこと」だとわかったという。

「みっともないくらいでもいいから、全身全霊で説明すること。それ以上のものでも、それ以下のものでもない」

10 人間臭さを前面にさらけ出す

クライアントに広告企画のプレゼンが終わった。女性プランナーは淡いブルーのスーツに身を包み、スマートにプレゼンして、大したものだと思っていると、クライアントの宣伝部長から突っ込みが入った。

「そんなことを言ってもね、そんなに簡単に番組が取り上げてくれるわけはないよ。われわれは、いつもそこで苦労しているんだ。」

「大丈夫です。私たちには秘策があります!」

(「大丈夫か!?、うちにそんな秘策あるのかよ?」)

「土下座です!」「最後はこの手しかありません。私が土下座してお願いしてきます!」

この思わぬ超アナログ兵器に会場中が大爆笑となり、仕事も勝ち取ったという。

18 企画は必ず、冷蔵庫に入れる

アイデアは考えるときは頭がホットなほうがいいけど、チェックするときは頭がクールなほうがよい。自分の手を離れたアイデアは、時間とともに他人のアイデアになっていく。

自分の企画に冷たく接することができるようになったときに、初めていい企画を作れるようになるのだと。

なお、どうでもよいことながら、28などで出てくる「決済」は「決裁」だ。やや誤字が多いのが気になる。

38 人生はジグザグに歩いたほうが長い
「直線の人生よりジグザグ人生のほうがはるかに長い線になる」。

39 努力できる才能を持つ宮里藍さん

宮里藍は非常に忙しいので、CM撮影のための時間は、1年のうちでもほんの数時間しかもらえないという。この時もオーストラリアのゴルフ場で、なんとか3時間もらって2本のCMを撮影した。

「午後はどんな予定が入っているんですか?」

「練習です」。 毎日毎日が練習ばかりなのだ。

藍ちゃんの凄いところは、「努力できる心」を持っていることなのだと。

このブログで紹介した「不動心」で、松井が言っている「努力できることが才能だ」という、言葉そのものだ。

不動心 (新潮新書)不動心 (新潮新書) [新書]
著者:松井 秀喜
出版:新潮社
(2007-02-16)


43 どんなときも、他人は見ている

仕事の評価は上司やクライアントの間だけで成り立っているとは思ってはいけない。まったく関係ない人に対してどう接しているかということが、意外とその人の仕事の評価にもつながっている。

44 マイク・ベルナルドに見た礼儀正しさ

あるときK1格闘家のマイク・ベルナルドをキャラクターに起用して、ニュージーランドでロケを行った。マイクのカットは順調に撮影が終わったが、商品カットに時間がかかりすぎてレストランに着いたのは10時近くだった。

マイクは先にホテルに帰るので、夕食の時に声をかけてくれと言っていた。コーディネーターが迎えに行くと、5時間も前にホテルに帰っていたマイクは食事をせずにじっと待っていた。

「みなさんの仕事が終わらないのに、食べることなんてできません」。

「えっ……本当に!?」その一言でスタッフ全員がマイクのファンになってしまった。

有名だったり地位が高かったり立場の強い人が謙虚に行動すると、すごく大きなインパクトを与える。マイクの礼儀正しさと優しさに「謙虚でいること」「頭を下げること」ってカッコいいことだと教えられたという。



49 一目置かれる営業マン

仕事で同じ能力のある2人の人間がいたとしたら、おもしろそうな人と仕事がしたいと思うのは当たり前のことだと思う。遊びも自分のセールスポイントにしたほうがいい。


50 自分が聞かれたことは、自分の口で返す

本田さんは、今や社長や専務になってしまった人の平社員だったころを知っている。

ひと言で言うと「矢面」だと。クライアントからも社内からも集中攻撃されて、全身に矢が刺さっているというイメージだ。

仕事の最前線にいると、ストレスも大きいけど、「矢面」に立つ姿が、クライアントからも社内からも信頼される存在になる。サラリーマンの仕事のだいご味が味わえるのだと。

本田さんは、自分にかかってきた電話や質問は、他人に振らないで自分の口で返すようにしている。情報が集中してくると、その人が仕事のハブとなり、その人なしでは仕事は進まなくなってくる。

55 遠距離通勤オフィス

本田さんは会社の仕事がものすごく忙しく、いくつかの雑誌に連載を抱えていたため、毎日が地獄のように忙しかったという。そんな本田さんの時間の作り方は、「電車企画室」だ。

通勤時間の1時間半を使って企画する。電車は意外と企画に向いている空間なのだ。雑誌の見出しを見れば、世の中の動きがわかる。中吊り広告には表現のヒントがある。乗客は企画の登場人物に見立て、窓の風景はシチュエーションのヒントになる。情報がたくさんあるのに、誰も干渉してこないところは、図書館にも似ている。

今でも本田さんは、企画に詰まると、「ちょっと電車に乗ってくる」といって、山手線一周して帰ると、仕事の5つや6つは片付いているのだと。

上記で紹介した博報堂の宮崎さんと似た発想だ。毎日通勤時間を「電車読書室」にしている筆者も、わが意を得たりという気がする。

長くなりすぎるので、この程度にしておく。気軽に読めて、仕事の「気づき」を与えてくれる、参考になる本である。


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2010年09月29日

戦争広告代理店 尖閣問題などで日本も学ぶべき国際世論のつくりかた

+++今回のあらすじは長いです+++

2010年9月29日追記:

尖閣列島付近での中国漁船拿捕事件関連で、小池百合子さんのツイッターに、韓国の中国漁船拿捕情報の出典が載っていたので、追加で紹介しておく。

尖閣漁船拿捕








元々は2008年10月14日付けのサーチナ情報のようだ。



2010年9月28日初掲:

ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫)ドキュメント 戦争広告代理店 (講談社文庫)
著者:高木 徹
販売元:講談社
発売日:2005-06-15
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


明石さんの本を読んだ関係で、ボスニア内戦関係の本を読んでみた。この本はボスニア内戦を扱った本の中で、最も売れた本の一つだろう。

1990年に起こったボスニア内戦での情報戦をNHKが特集にまとめ、2000年10月にNHKスペシャル「民族浄化 ユーゴ・情報戦の内幕」として放送した。放送では触れられなかった部分も含めて、担当したNHKディレクターの高木徹さんがまとめたのがこの本だ。

筆者は1980年に分裂前のユーゴスラビアに出張したことがある。その時は鉄鋼原料のメーカー訪問が主目的だったので、サラエボは訪問していないが、首都ベオグラード、アドリア海に面したクロアチアのスプリート、ダルマチア地方のシベニク、マケドニアのスコピエなどを訪問した。

ユーゴでは1日を3分割し、6時から2時までが労働、2時から10時までが余暇や農作業など、そして10時から朝6時までが休養と、労働時間も決まっていたことを思い出す。

美しい町、風景で、食事もワインもおいしかったことを思い出す。その美しい町、ベオグラードには、今やNATOの爆撃の跡があちこちに残っているという。残念なことだ。


尖閣漁船拿捕で露呈した日本政府のPR意識欠如

この本の中で高木さんもコメントしているが、日本の外務当局のPRのセンスはきわめて低い。

今回の尖閣列島周辺で領海侵犯した中国漁船の拿捕事件でも、日本政府のPR欠如を痛感した。中国政府にやられるままに拿捕船の船長を釈放した日本政府のふがいなさに多くの国民が失望したと思う。

誰かが書いていたが、なぜ領海侵犯の漁船が巡視艇に追い回された挙句、破れかぶれで意図的に体当たりするビデオを繰り返し流して、世界の世論を見方につけないのかと思う。それと尖閣列島が日本固有の領土であることを、中国も今までは争っていなかったことのPRも欠かせない。

自民党の小池百合子さんによると、韓国は領海侵犯をした中国漁船を2004年から2007年までの4年で2,000隻以上拿捕し、2万人の船員を拘束し、中国政府は213億ウォン?(20億円)の保釈金を払っているそうだ。(次のYouTubeのビデオの最後の1分間の発言)



筆者はまだ小池発言のウラ取りをしていないので、事実としてはまだ確認していない。なぜ2004年から2007年という4年間を選んだのか、小池さんがいいとこ取りしているような気もするが、それにしても中国漁船はいい漁場で操業するために領海侵犯で捕まることも辞さない常習犯であることは間違いない。

しかも小池さんによると中国は韓国には何も言わず、保釈金を払うが、日本は何でも言うことを聞くと見くびって高飛車に出ているという。

アメリカ政府も日本側に立った発言をしているのだから、なぜ世界の世論を中国船長=犯罪人とリードしないのか?

これでは領海侵犯の中国漁船や中国人活動家の船が大挙して尖閣列島周辺に集合し、そのうち海上保安庁の手には負えなくなるだろう。武力で撃退するということはできないなら、国際世論を見方につけることを考えるべきではないのかと思う。

話が横道にそれたが、この本で高木さんも「外務省の硬直的な人事制度では永遠に日本の国際的なイメージは高まらないだろう」と指摘している。

日本政府もアメリカのPR企業を雇うこともあるが、結局PR戦略を担当しているのは、大学を卒業してすぐに外務省に入り、一生外交官として生きていく役人ばかりである。

米国の高級官僚の”リボルビングドア(回転扉)”の様に、民間で活躍した人が官僚となったり、官僚となってからも民間へ出て経験をつみ、また官僚になる人はゼロである。

多少の人材を民間から登用しているが、量的にも質的にも彌縫策(びほうさく)にすぎない。

硬直した役所の人事制度を根本から改革しない限り、21世紀の日本の国際的地位は下がる一方になることは、はっきり予見できると高木さんは書いている。

残念ながら、高木さんの心配が現実化しているように思えてならない。

閑話休題。


NHKスペシャル「民族浄化 ユーゴ・情報戦の内幕」

番組は現在NHKアーカイブスにも収録されていないようだが、NHKの中高教育向けのDVD貸し出しサービスの対象になっている。

この本の主役であるボスニア・ヘルツェゴビナ共和国のハリス・シライジッチ外務大臣が、1992年4月14日に当時の米国のべーカー国務長官と一緒に会見している写真がNHKのサイトにも載っている。

NHKスペシャルボスニア









出典:NHKティチャーズ・ライブラリー


主役は人口3百万人の小国ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国

この本では1992年3月にユーゴ連邦から独立して誕生した人口3百万人の小国ボスニア・ヘルツェゴビナが、米国のPRのプロを使って、「民族浄化」というキーワードを広め、セルビア=悪、ボスニア・ヘルツェゴビナ=善という図式を欧米メディアに定着させ、わずか半年で国連でセルビア追放決議を成立させるまでの一連の流れを紹介している。

元々ボスニアの軍事力は戦車100台という具合で、セルビアには全く対抗できない軍事力だった。それにもかかわらず、ボスニアはPR代理店のアドバイスに従い、シライジッチ外相のハンサムな容貌と、テレビ・写真写りを意識した英語での演技力をフルに活用して、国際世論を味方につけた。

セルビアは国連から追放され、当時の指導者のミロシェヴィッチ大統領は、後に国際司法裁判所で裁かれ、獄中で死亡した。

ボスニアは戦わずして勝利したのだ。

それには経験豊富で用意周到、議会、各国政府、プレスなどあちらこちらにコネクションのある広報代理店のルーダー・フィン社のワシントン支社国政政治部長のジム・ハーフ氏のPR活動が不可欠だった。

この本の中心人物のジム・ハーフ(James Harff)氏は現在独立してGlobal Communicatorsという国際PR会社のCEOとなっている。


国際世論を味方につける

元々ルーダー・フィン社はクロアチア政府のPR担当を1991年から務めていて、バルカン半島には土地勘があった。

ボスニアが1992年3月に独立してすぐ、シライジッチ外相が一人で米国を訪問した。彼は幸運にも4月にジェームズ・ベーカー国務大臣と会談することに成功した。

べーカー国務長官は回想録に、この会談でシライジッチ外相から「セルビア人たちは、無辜の市民を動物のように殺しているのです」と聞かされ、彼の語り口に思わず引き込まれたと書いている。

「その率直な言葉は、他のどんな外交上の美辞麗句より雄弁に、ボスニアの人々が直面している苦しみを物語っていた」。

そしてべーカーはシライジッチには意外なアドバイスをする。

「私はタトワイラー報道官を通じて、シライジッチ外相に、西側の主要なメディアを使って欧米の世論を味方に付けることが重要だと強調した」

前掲の写真は、会談直後のシライジッチ外相とべーカー国務長官の会見のものだ。


泣かない赤ちゃんはミルクをもらえない

シライジッチはボスニアのことわざを思い浮かべたという。「泣かない赤ちゃんは、ミルクをもらえない」

国際社会に振り向いてもらうには、大きな声を出さなければならない。そして声の出し方には様々なテクニックがあるらしい、ということをシライジッチは知った。

会談の後、シライジッチは唯一の知人である米国人権活動家デビッド・フィリップス氏に相談した。元々シライジッチは、歴史学の教授でメディアなどのコネは全くなかったからだ。フィリップスがPR戦略の専門家として紹介したのが、ジム・ハーフだった。


PRのプロ、ルーダー・フィン社

ジム・ハーフは安易にホラーストーリーをでっち上げることは絶対しなかった。

というのは1990年の湾岸危機の時に、クウェート政府に起用された広告会社ヒル・アンド・ノールトンは下院公聴会でナイラという少女の証言をつくりあげた。

「病院に乱入してきたイラク兵が、生まれたばかりの保育器から赤ちゃんを取り出して床に投げつけました。赤ちゃんは冷たい床で息を引き取ったのです。本当に怖かった。」

実はナイラは在米クウェート大使の娘で、ずっとアメリカにいてクウェートに行っていなかった。保育器のストーリーはヒル・アンド・ノールトン社の創作だったのだ。

このことをニューヨークタイムズがすっぱ抜き、CBSの60ミニッツが特集を組んだ。クウェート政府とヒル・アンド・ノールトン社にはダーティなイメージが残った。


ファックスとレター 基本に忠実なPR作戦

ルーダー・フィン社のやり方は、「不正手段は用いず、基本に忠実」だった。

当時は電子メールはなかったので、ルーダー・フィン社はまずは主要メディアにファックスで「ボスニアファックス通信」を定期的に送りつけた。

記者会見の前にはシライジッチ外相の経歴、公式ステートメントの内容、シライジッチ外相が出した手紙のコピーなどをまとめて”プレスキット”をつくり、記者が記事を書きやすいように材料を提供した。

そして会見に来たジャーナリストにはすべて礼状をシライジッチ外相名とジム・ハーフ名で2通出した。

ジャーナリストのみならず、ジム・ハーフは共和党の大統領候補になったボブ・ドールなどの米国議会の大物や、大新聞の論説委員などにシライジッチ外相を引き合わせ、着々とボスニア支持の世論を形成していった。

ソフトな正攻法以外にも、ジム・ハーフは「両方の勢力が悪い」と正論を繰り返すサラエボ駐在のカナダ軍のマッケンジー将軍を、邪魔者は消せとばかりに失脚させるというパワーゲームまでやっている。


「民族浄化」というキャッチコピー

第2次世界大戦の時に、ナチスの傀儡政権だったクロアチアがセルビア人狩りを行い、「民族浄化=ethnic cleansing"」を行っていた歴史がある。それをルーダー・フィン社はボスニア紛争に使った。

民族浄化はホロコーストを連想させ、ジャーナリストには強烈にアピールし、ブッシュ(父)大統領もすぐに民族浄化という言葉を使ってセルビア人を非難した。まさにキャッチコピーの勝利だった。


バルカン半島にはボーイスカウトはいない

ボスニアの住民の4割はムスリム系、3割がセルビア系、そして2割がクロアチア系という民族構成だった。戦力ではセルビアの支援を受けたセルビア人勢力にはムスリムは対抗できなかったが、ムスリムも人権侵害を行っていた。

2度のユーゴスラビア駐在経験を持つイーグルバーガー国務副長官は「バルカンにはボーイスカウトなんていないんだよ」と語っていたという。

度重なるボスニアの武力支援の要請にも、ブッシュ(父)大統領は「アメリカは世界の警察官ではない」と語って、武力介入を避けていた。アメリカによる軍事行動が実現するのは、ブッシュに代わったクリントン政権となってからだ。


セルビアも対抗してアメリカ国籍の首相を選任

元々ユーゴスラビア時代は銀行の頭取だったセルビアのミロシェヴィッチ大統領も、国際世論対策の重要性を感じ、26歳でアメリカに移住してICN製薬を創業し、自家用飛行機で飛び回っている国際的経営者で大富豪のパニッチを1992年7月に首相に任命した。

パニッチは米国籍のままセルビア首相に就任する際に、ブッシュ(父)大統領の了解を取っている。しかし米国のユーゴスラビア、セルビアに対する経済制裁は実施された。

このためパニッチはルーダー・フィン社に対抗できるPR会社を雇おうとしたが、米国の経済制裁がすべてのサービスの輸出入を禁止していたので果たせなかった。

さらに「民族浄化」に次ぐもう一つのキーワードが国際世論に影響を与えていた。


「強制収容所」という新たなキーワード

1992年8月にボスニア北部のオマルスカに強制収容所があるというニュースを、ニューヨークのタブロイド紙「ニューズデイ」がスクープした。スクープした記者は後にピューリツァー賞を受賞している。

その後イギリスのテレビニュース制作会社ITNが現地を訪れ、捕虜収容所のニュースを収録した。これがその後多くのメディの表紙を飾った「やせさらばえた男」だった。NHKの番組紹介でもこの写真が載っている。

NHKスペシャルボスニア2









このやせさらばえた男=強制収容所というイメージが、世界中のメディで流され、世界のメディ界を掌握するユダヤ人達に強烈にアピールし、セルビアのイメージを決定的に悪くしたのだ。

このやせさらばえた男のフィルムが繰り返し流され、米国上下院は8月11日にセルビアを非難する決議を採択し、8月13日には国連安保理事会でもセルビア非難決議が採択された。


セルビアの起死回生の汚名挽回案が最悪の結果に

セルビアのパニッチ首相はサラエボを電撃訪問して、イゼトベゴビッチ大統領とトップ会談を行い、その一部始終を米国の3大ネットワークの一つのABCテレビが独占取材するというディールを決めた。

しかしABC取材陣がパニッチと一緒の飛行機でサラエボ入りしてすぐに狙撃され、ABCディレクターが死亡するという事件が起こり、セルビアが意図していたのと全く逆効果となってしまう。

実はサラエボ空港では国連軍の装甲車が2台しか手配できず、テレビ局のクルーは装甲車のピストン輸送を待ちきれず、普通のバンにガムテープでTVと貼って装甲車の後をおいかけた。その直後に狙撃兵がTとVのちょうど真ん中を打ち抜いたのだ。

首脳会談は中止され、パニッチの起死回生策は最悪の結果となった。


パニッチのロンドン会議での大立ち回り

1992年8月末にパニッチはミッテラン・フランス大統領の仲介で、英国メジャー首相主催によりロンドンで3日間の国際会議を設営する。参加国・団体27の大会議だった。

会議の場で、パニッチはミロシェビッチ大統領に公然と反発し、「この国を代表するのは私だ。お前はだまれ。」と罵倒し、ミロシェヴィッチ一人を悪者にして、辞任させる作戦に出た。

ところがジム・ハーフの手ほどきを受けたシライジッチはすでにアメリカ代表団とはファーストネームで呼び合う間柄となっており、アメリカとボスニアの関係は確固たるものとなっていた。

さらにシライジッチはボスニアから逃れてきた難民だというふれこみで、中年女性と二人の子どもを記者会見に登場された。女性はセルビア人から焼きごてで付けられたという腹のやけどをテレビカメラの前でさらし、記者が取材に殺到し演壇が壊れてしまうという事態になった。


国連のユーゴスラビア連邦(セルビア)追放決議

ボスニアの国際世論・国際政治での勝利はロンドン会議で確固たるものとなった。その最後の詰めは、ユーゴスラビア連邦(セルビア)代表団の国連からの追放だった。

ロンドン会議から1ヶ月後の1992年9月末の国連総会で、ボスニアは世界中の国、とりわけ米国に心地よく響く「多民族国家の樹立に務めているボスニア」というイメージを確立させた。

他方セルビアのパニッチはロシアと中国の支持を取り付け、国連本部からロシア国連代表部に常任理事国5カ国とパニッチの秘密会議を開催することに成功した。

なかば脅しのようにユーゴスラビア連邦が国連から追放されれば、独裁者ミロシェヴィッチ大統領の天下となるとフランスとイギリスを脅し、ユーゴ残留で内諾を取り付け、最後は米国を残すのみとなった。

ところがここでパニッチは決定的な失言をしてしまう。

米国代表のイーグルバーガーを「この11月には大統領選挙がありますね。もし私を支持しなければ、この選挙の行く末に影響するような何かを、私は言うことになるかもしれない。それでもいいですか?」と脅したのだ。

パニッチはアメリカ国籍を保持しながら、ユーゴスラビア首相になるというブッシュ大統領との約束のことを暗に言っているようだったが、いずれにせよ米国に対する脅しだった。

これに対してイーグルバーガーはキッパリ答えた。

「もし、私があなたの立場にいたら、そのようなことは絶対に言わないだろう」

世界唯一の超大国、米国がユーゴスラビアの脅しに屈することはない。パニッチの発言は墓穴を掘る結果となり、米国の強い主張により国連からユーゴスラビアは追放された。


ボスニア紛争を解決したのは国連でなく、米国の主導

ボスニア紛争当時の国連事務総長はエジプト出身のブトロス・ガリだった。

ガリはアフリカ出身なので、「世界にはサラエボより、もっと苦しい状態にある場所が10ヶ所はある。ボスニア紛争は所詮、金持ち同士が戦っている紛争だ」と発言して、国際的な大非難をあび、国連でただ一人の1期限りの事務総長となった。

この辺の事情はガリの部下だった明石さんの本には全く書かれていない。明石さんは、単にアメリカの圧力でガリは再任されなかったと、さらっと書いてあるだけだ。

ボスニア紛争に終止符を打つのは、国連ではなく、米国が主導して開いた1995年のオハイオ州デイトンのライト・パターソン空軍基地での缶詰交渉によってである。

ボスニアは欧州の一角なので、本来であればEUが介入してしかるべきである。にもかかわらず米国はクリントン政権になってボスニアに米軍を派遣するとともに、デイトン合意を成立させた。

その意味でボスニア紛争終結に対する米国の努力は並々ならぬものがあり、わずか300万人の小国のボスニアが米国をここまで動かしたのは、初期のPR戦略の成功によるものが大きい。


ルーダー・フィン社の得たもの

ボスニアのPRにこれだけ貢献したルーダー・フィン社がボスニアから得たものは、金額的には9万ドル程度だという。

ハーフは「ルーダー・フィン社は気が遠くなるほどの時間を、ボスニア政府のために費やしました。しかし、支払われた金額わわずかです」と語っている。

その支払いもシライジッチ外相が、トラベラーチェックや小切手で1万ドル程度づつ渡すだけだったという。

支払いを渋ったシライジッチ外相は最後に「これがお前らと仕事をする最後だ!」と言い放って、ドル小切手を投げよこして立ち去った。

採算的には全く見合わなかったが、ルーダー・フィン社はこの仕事で全米PR協会の「危機管理コミュニケーション」部門の年間最優秀賞を受賞した。

全米6千社あるPR企業のトップとして表彰されたので、ルーダー・フィン社とジム・ハーフのもとには多くの政府や企業から、ボスニアの危機を救ったPR企業と凄腕PRマンとして仕事の依頼が殺到したという。

この業界ではクチコミが最も良い広告になるのだと。


良い本のあらすじはどうしても長くなってしまう。大変面白い本だった。またNHKのボスニア内戦を取り上げた6日間の作品もBS1で先日見た。

最後にボスニアの絶妙なPR力を象徴する写真を紹介しておく。

オシム







出典:「オシムの言葉」133ページ

今度紹介する「オシムの言葉」に載っていた写真だ。サラエボオリンピックの時の競技場が墓地に変わっているという、サラエボ紛争で多くの犠牲者が出たことを物語る写真である。

しかし何もオリンピックの競技場を墓地にしなくても、土地はいくらでもあるはずである。あきらかに政治的な意図を持って墓地にしているとしか思えない。

ボスニアは人口3百万人の小国とはいえ、国際世論のリードがうまい国である。

冒頭に記したように日本も尖閣列島の漁船拿捕問題などでは、ボスニアの国際世論戦略を見習わなければいけないと思う。

NHKの取材はあまりにボスニア寄りだという非難もあるかもしれないが、広範な取材に基づき、わかりやすいストーリーに仕上げているのは、さすがNHKと言えると思う。

文庫版もでているので、是非一読をおすすめする。

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2009年06月18日

コミュニケーションをデザインするための本 ガンバレ広告業界

コミュニケーションをデザインするための本 (電通選書)コミュニケーションをデザインするための本 (電通選書)
著者:岸 勇希
販売元:電通
発売日:2008-09-03
おすすめ度:4.5
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電通のカリスマ広告クリエーター杉山恒太郎さんが、先日のダイレクトマーケティングEXPOの基調講演で紹介されていたので読んでみた。

杉山さんといえばこのブログで紹介した「明日の広告」のさとなおさんの上司でもあり、サントリーのランボーとか数々のCMの名作で有名だ。

明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法 (アスキー新書 045)明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法 (アスキー新書 045)
著者:佐藤 尚之
販売元:アスキー
発売日:2008-01-10
おすすめ度:4.5
クチコミを見る




広告理論については、「ホリスティック・コミュニケーション」という本で、伝統的なAIDMA(Attention Interest Desire Memory Action)に代わり、今はAISAS(Attention Interest Search Action Share)だと提唱している。

ホリスティック・コミュニケーション
著者:秋山 隆平
販売元:宣伝会議
発売日:2004-01
おすすめ度:3.5
クチコミを見る


この本では電通の新進コミュニケーションデザイナーの岸勇希さん(新卒入社ではないが、2004年入社なので5年目!)が、将来に不安を感じている広告業界の人、広告クライアント、そして広告業界を目指す人のために自らのコミュニケーションデザイン作品を紹介している。

次の7例が取り上げられている。

CASE 1 永谷園 「ミス冷え知らず COLLECTION '08」

CASE 2 ワールド通商 「求ム、天才」

CASE 3 フマキラー 「一発命虫!バイラル・キャンペーン」

CASE 4 ロケットカンパニー 「漢字DS プロモーションキャンぺーン」

CASE 5 マリエール 「40人40色の恋愛模様」

CASE 6 メ〜テレ(名古屋テレビ) 「ウルフティッカー」配布キャンペーン

CASE 7 「新聞ブログ」開発プロジェクト


岸さんのブログにこれらの作品が紹介されている。


筆者はどれも知らなかったが、「ミス冷え知らず」は、冷え性の女性向けのカップスープで、OL予備軍の女子大学生をターゲットにキャンペーンを行った。

大学のキャンパスで、”タダコピ”という裏紙が広告となっている代わりに無料でコピーできる機械を大学に設置して、16大学のミスキャンパスの写真とサーモグラフィー写真を裏紙にして宣伝した。

そしてウェブサイトとモバイルサイトでは16人のミスを紹介した。

冷え知らず




冷え知らず2





現在はキャンペーンサイトは閉鎖されているが、CMをつくっているシーンがasahi.comで紹介されている。

さらにブロガーにサンプルを配って、ブログやSNSで紹介してくれるようにして盛り上げた。

結局期間中に目標売り上げの250%を達成し、期間中に100万食を売り上げたという。

その他いろいろなアイデアで消費者とのコミュニケーションを提案している。


電通は数年前から、自らの事業領域を「広告代理業」ではなく、「トータル・コミュニケーション・サービス」と定義しているという。

テレビや新聞などのマス広告の効果がどんどん落ちているので、広告業界もこれからは大変だろう。

若い広告マンの苦悩がわかる本である。

ガンバレ広告業界!


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2008年08月12日

明日の広告 広告業界のことを知らなくても楽しめる本

明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法


広告会社勤務のクリエイティブディレクター佐藤尚之さんの、変化した消費者とコミュニケートしようとする広告の本。

佐藤さんは個人で1995年からさとなおというホームページを運営しており、訪問者カウンターは今や2500万人を超えている。


伝説のホームページ

ホームページはほぼ毎日更新されており、毎日の記事も面白いし、コンテンツがすごい。グルメ、本、CD、シネマなどの情報が適宜更新されており、収録されているレストランは2,400軒、本は940冊もある。

世の中にはすごい人もいるものだ。

この本の目次もさとなおホームページで公開されているので、是非目次も見て欲しい。

CMスキップでTVなどのマス広告の効果減のため、ビジネスモデルを変える必要がある広告業界の生きるべき道を、「明日の広告」という切り口で提言している。

朝日新聞の「売れている本」というコーナーに紹介されていたので読んでみた。

文中に電通常務のカリスマクリエイター杉山恒太郎さんが上司として紹介されているので、佐藤さんも当然電通の社員だと思うが、電通という会社名が一切出てこない。

ちなみに杉山さんは「ホリスティック・コミュニケーション」という本を出しており、筆者も読んだことがある。広告に対する消費者心理が伝統的なAIDMA(Attention-Interest-Desire-Memory-Action)からAISAS(Attention-Interest-Search-Action-Share)に変わったというものだ。

佐藤さんが手がけた広告や他の電通の傑作広告が紹介されていて、広告業界に就職を目指す人には感動を与える必見の本だと思うが、電通という名前が一切出てこないので、リクルート本の様ないやみがない。さすが電通と思わせる。


この本の主題

最初と途中で金城一紀「映画篇」より次が掲げられている。

「君が人を好きになった時に取るべき最善の方法は、その人のことをきちんと知ろうと目を凝らし、耳をすますことだ。そうすると、君はその人が自分の思っていたよりも単純ではないことに気づく。極端なことを言えば、君はその人のことを実は何にも知っていなかったのを思い知る」

映画篇


広告は消費者へのラブレターだという出だしで始まる。そしてラブレターという比喩を使って、広告が消費者にモテモテで受け入れられていた頃と、受け取ってすら貰えない今との対比を説明する。

今やホスト並に細やかにサービスしてようやく相手を口説ける時代なのだと。ラブレターを渡して終わりではない。脈がありそうならすかさずもう一押し、ライバルは次々現れる。つきあっている間も相手は友達と相談していることを忘れずにいることが重要だと。

商品を売って、それで終わりではない。ブランドを確立し、維持するためには、アフターフォローが絶対必要で、購入者の口コミもブランド維持に重要だ。

これを佐藤さんは「商品丸裸時代」と呼ぶ。ネットによって商品の良い面も悪い面も消費者がブログなどで情報発信する時代になってきたのだ。

消費者の使い勝手を優先して商品をつくる発想がなくてはならない。ソニーのウォークマンの生みの親の黒木靖夫氏は、常に誰がどんなふうに使うのかを考えて商品開発を行っていたのだという。他社は製造部門に属す設計部隊が製品をデザインしていた。


広告が華だった時代に入社

佐藤さんが広告にあこがれるようになったのは、1982年のサントリーロイヤルのランボオのCMを見たからだという。



筆者も衝撃を受けた記憶がある。ウィスキーとは何の関係もないストーリーだと思うが、ファンタジックで強烈な印象が残る秀逸なCMだった。これは後に佐藤さんの上司となる電通杉山恒太郎さんの作品だという。

YouTubeでこのCMの名作がいつでも見られるとは、なんと便利な時代になったことだろう。

「強いCM」の時代に電通に入社した佐藤さんは関西支社に配属され、2年目からCMを任され、CMプランナー、クリエーターとしてバリバリ仕事をこなしていたが、1993年頃にインターネットと出会って衝撃を受ける。


インターネットの衝撃

インターネットは次の3点で他のどのメディアとも違ったという。

・有史以来初めて一般消費者が世の中に発信できるメディアを持った
・情報が距離や国境を越えてスピーディに飛び交い、常に更新される
・ヨコにつながった消費者がマスメディアに対抗する手段を持った

1995年につくったのが、さとなお.comというホームページで、当時ホームページを公開していた個人は日本で100人もいなかったという。自腹でレストランを訪問して評価するジバランというサイトを出会ったこともないネットの賛同者10名と作った(今は閉鎖)。

広告で厚化粧しても、消費者がネットで商品のスッピンの姿を教え合う「商品丸裸時代」になったのだ。筆者はドラクエの事は何もしらないが、佐藤さんはこれをドラクエのアイテムの、その人の真実の姿を映し出す「ラーの鏡」と呼ぶ。


消費者はターゲットでなく、パートナー

ネットの出現+情報洪水+成熟市場の3連発が、広告を変えたのだ。そして消費者が最も信頼するものは「友達・好きな人・信頼できる人」の口コミとなった。

これを象徴する出来事は、2006年のタイム誌のMan of the Yearが"YOU"、つまりあなたになり、2007年のスーパーボウル(1月下旬)の最優秀CMにドリトスの素人CMが選ばれたことだ。(スーパーボウルCMは全米で最も視聴率が高く、広告料は30秒で3億円といわれる)



英国のネイキッドというコミュニケーション・プラニング会社のジョン・ウィルキンス氏は、「私たちは、消費者をターゲットとは呼ばない。パートナーと呼ぶ」と宣言するまでになった。


広告手法も変化

消費者を「待ち伏せ」する方法も、テレビ、ラジオ、新聞中心の今までの広告とは異なってきた。

口コミが最も有効な宣伝手段となり、ブログやSNSなどのCGMで消費者に宣伝してもらう広告、検索連動型広告などが新しい広告の形態だ。


ますます重要になってきた「初動」

基本に戻ってその人のことをきちんと知ろうと本気で考えることが、広告の「初動」として重要だ。

冒頭で紹介した金城さんの言葉を再度引用している。

「君が人を好きになった時に取るべき最善の方法は、その人のことをきちんと知ろうと目を凝らし、耳をすますことだ。そうすると、君はその人が自分の思っていたよりも単純ではないことに気づく。極端なことを言えば、君はその人のことを実は何にも知っていなかったのを思い知る」


先入観で「初動」を間違ってはならない

先入観が全く的はずれだった例を紹介している。

「Aという車があり、仮想敵はBという車。商品の売りはラグジャリー感と居住性。ターゲットはプチ富裕層、40〜50代の男性」とクライアントからブリーフィングを受けた。

そのつもりでCMプランを練ろうとするチーム員に、佐藤さんはちょっと待てと提案した。

Aと競合する4車種につき、購入行動を調べるため購入意向者の趣味とよく読む雑誌を調べたところ、Aを買いたい人とBを買いたい人は全く競合しないことがわかったという。Aを買いたい人はアウトドア志向、Bはドライブ志向。Aを買いたい人は車雑誌を読まず、子育て雑誌、アウトドア雑誌などを読むという様な点だ。

清涼飲料をもっと高校生に売りたいというクライアントの要望を受け、高校生=モバイルだと軽い気持ちで高校生にインタビューしたら、先入観は間違いで、女子はまだしも、男子高校生はメール以外はほとんどケータイを使っていないことがわかった。

結局最も男子高校生にアプローチできるのは、ファミレスだったという。


とことん消費者本位に考えたスラムダンク一億冊感謝キャンペーン

筆者は一度も読んだことがないが、神奈川県出身者なので、スラムダンクは神奈川県を舞台としたバスケマンガだということは知っている。そのスラムダンクの単行本31巻は合計一億冊以上を売ったという。

連載は八年も前に終わっていたが、作者の井上雄彦さんが、読者にありがとうを言いたいという気持ちを伝えたいとして、相談があった。

これには先例がある。阪神が優勝した時に、星野監督がスポーツ紙5紙にポケットマネーでファンに感謝する広告を出したのだ。

しかしよく考えると星野監督の大きな声でありがとうと言いたいというのと、スラムダンクとは違うことが分かったという。スラムダンクはファンにだけ感謝したいのだ。

そして関係者みんなでスラムダンクを読みまくり、誰かの「スラムダンクって作品は、井上さんのものじゃなくて、彼らのものなんだよね」という言葉で、みんなの気持ちが固まったという。伝えたい相手にだけ伝わればよい。

そこで全国紙6紙にスラムダンクの登場人物の全面広告を出し、それに小さくスラムダンクのキャンペーンページのURLを告知。キャンペーンサイトでは自分のキャラクターを選んでメッセージ、名前、メアドなどを登録すると、ファイナル試合の山王工業戦の会場に入れる。

そうするとスタジアムの観客席に自分の選んだキャラクターが赤く表示され、自分の入れたメッセージで応援しており、他の観客のメッセージもカーソルを載せると表示されるという趣向だ。

スラムダンク






このキャンペーンサイトはまだオープンしているので、筆者もやってみた。

さらに神奈川県三浦市の廃校となった高校を借り切ってスラムダンクファイナルイベントを行った。作者の井上さんは三日かかって23の黒板にスラムダンクをチョークで書きあげたという。

このキャンペーンのすべてがホームページで公開されている。

ファンには感謝感激、こたえられない広告キャンペーンだろう。そして佐藤さんも、相手が一番望んでいることをするという考え方や、相手を巻き込み参加してもらうことの大切さ、伝えたいことを伝えるというスタンスなど、いろいろな事を学んだという。


広告のチカラ

佐藤さんの上司でもある電通のカリスマクリエーター杉山恒太郎さんは次のように言っているという。

「消費者の心に何らかの価値変容を起こさないものを広告とは呼ばない」

「商品的にも市場的にも圧倒的に不利な二番手を、広告のチカラで一番手に押し上げることこそ、広告の醍醐味だし、それを志さなければ広告マンである意味がない」

これからの時代は「商品丸裸時代」なので、消費者の感想が良い面も悪い面もネットで公開されてしまう。そもそもTV広告はスルーされてしまうし、イメージ広告などは通じにくい。

「商品丸裸時代」の広告クリエイティブは、次の五点をめざすべきだと佐藤さんは語る。

・認知に徹すること
・よりプロモーショナルになること
・ありのままの自分を出すこと
・買ってくれた人をもてなすこと
・買ってくれた人に参加してもらうこと

2007年カンヌ国際広告祭のサイバー部門でグランプリを受賞したNike+の広告が、いろいろな使い方を伝えており、買ってくれた人をもてなす広告の例である。



佐藤さんは、お茶の間でみんなでテレビを見るという生活スタイルは消滅しつつあるが、これからは「ネオお茶の間」で一人でパソコンでテレビを「ながら視聴」している人が増えるだろうという。

ネオお茶の間ではテレビが復権し、CMもそれほどスキップされなくなると佐藤さんは語る。


明日の広告

最後に広告は社会のインフラであり、ニッサンのイチローの「変わらなきゃ」広告の様に、変化した消費者にあわせてちゃんと変わっていけば広告の明るく楽しい明日があると佐藤さんは語る。そんな前の広告とは思っていなかったが、イチローが若いので驚く。



消費者本位、企業のソリューションから消費者のソリューションへというのが、キーワードであると。

広告業界のみんなが明るい気持ちになれるようにと、エールを送っている。

大手の広告代理店がテレビのCM枠を抑えてスペースを切り売りする殿様商売をやっていた時代はもう二度とおこならないだろうが、広告はたしかに不可欠なものであり、この本の提言のように「初動」を大切に、「ラーの鏡」で消費者の真の姿をみつめ、「商品丸裸時代」という問題意識を抱いて仕事をすれば、必ずや広告業界に明るい明日はあるだろう。

軽妙なタッチながら、広告業界に対する大きな危機意識が感じられる。読んで面白い本であった。

佐藤さんはコンテンツキングだと思う。広告業界のことを知らない人にも、おすすめの本である。


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2008年08月01日

ぐるなび No.1サイトへの道 ぐるなび成功秘話

ぐるなび―「No.1サイト」への道


交通広告の最大手エヌケービーの社長で、ぐるなび会長でもある滝久雄さんの本。

滝さんの思い入れも込めて、「理工系ベンチャーを目指す人たち必読の書」と本の帯に書いてある。

この本は、大きく分けて次の3部構成となっている。

1.ぐるなびストーりー

2.起業するための心得、ベンチャー成功の12ヶ条

3.貢献する心(滝さんの前著「貢献する気持ち」のエッセンス)

ぐるなびの経験談をより良く理解するために、最初にベンチャー成功の12ヶ条を紹介しておく。


ベンチャー成功の12ヶ条

ベンチャー成功の12ヶ条として次が挙げられている。

第1条 夢と執念を持続する

第2条 時代を読む目を持つ

第3条 企業の最も重要な4つの要素は、顧客、社員、社会性、株主である

第4条 世界一を意識する

第5条 IT時代は最短で変化する

第6条 若い人の発想を潰さないで育てる

第7条 ビジネスモデルが大切である

第8条 技術だけでは駄目 「法の概念」と「マネジメント」が必須である

第9条 経営陣のなかに「人が好きな人」が必要である

第10条 人脈とお金は常に蓄積の気持ちが必要である

第11条 マスコミを見方にする

第12条 大手参入に対する備えを怠らない


滝さんの経歴

滝さんは、エヌケービーの前身の交通文化事業社創設者の滝富士太郎さんの子息で、1963年に東京工業大学機械工学科を卒業して三菱金属に勤め、金属の切削加工技術を研究していた。

三菱金属入社後5年目で退社を決意。そのときの上司から「ライフワークはあるのか?」と聞かれ、退社後1ヶ月半アメリカにライフワーク探しの旅に出て、「鉄道と駅」をライフワークにしようと決心する。

帰国後会社をつくって、いろいろな事業を手がけていたが、1975年に父親の滝富士太郎氏が交通事故で急逝、当時従業員10名強だった交通文化事業社(現在のエヌケービー)を引き受けることを決意する。

ライフワークの「鉄道と駅」に沿った事業展開を考えるが、車内吊り広告は既に大手広告代理店の縄張りが決まっていて、入り込む余地がなかったので、駅広告に絞って事業を拡大する。

同時にコンピューター時代の到来を予想し、1985年に公衆回線が自由化された時にNKBシステム開発という子会社を設立して、IT関係の新規事業を手がける。

当時はビデオテックス(電話回線を利用した画像システム)で、東京駅の銀の鈴広場にブライダル情報やアルバイト情報などが見られる端末を設置したが、コストが高くて大きな事業にならなかった。

一番採算が良かった「JOYJOYブライダル」という事業は継続し、500店もの結婚式2次会のレストラン情報が蓄積されていたので、そのネットワークを利用して1995年にインターネットが登場した時に、ぐるなび事業を開始した。

滝さんはインターネットで情報コストが二桁下がったことから、「情報系の産業革命を起こすのだ」、「今までとの連続性はないぞ」と呼びかけたという。まさにムーアの法則である。

ぐるなびは2000年2月29日に分離独立したが、あえて2000年の閏年の2月29日を選んだのは、インターネットは1000年に一度のビジネスチャンスだという思いを込めてのことだったという。


ぐるなびの成功要因

ぐるなびは次の3段階で、事業を拡大していった。

1.店をともかく増やすいわゆるどぶ板営業 3,000円/月でどんどん飲食店を獲得

2.獲得した店から売り上げを増やすAE(アカウントエクゼクティブ)型営業 付加価値をつけて5万円〜10万円/月の販促パッケージを拡販

3.基盤事業をベースとした関連事業(旅関連、海外事業、BtoBなど)日本最大のグルメポータルの強みを生かす

ぐるなびが誕生する前に、いろいろITを使っての事業拡大を検討していた滝さんは、1995年に取引先のリコー大井町工場で、インターネットを見せてもらい、これこそ進むべき道だと24時間で決断したという。

インターネットのすごさを見て、最初に滝さんが出した指示は、電話帳に広告を出している飲食店の数を調べさせることだった。というのは前述のブライダル情報サービスで、一流レストラン500軒とのネットワークが既にあったし、外食分野は規模が大きく未開拓の分野だと思っていたからだという。

その当時電話帳に広告を載せていたのは2,500軒。年間10〜15万円の電話帳広告費を払えるのは、東京で10万軒ある飲食店のうち、2,500軒、2.5%しかなかったのだ。

そこで全国40万店の飲食店のうち1万軒をターゲットに、ぐるなび事業を1996年にエヌケービーの関連事業として開始した。

外食産業全体では25兆円のマーケットで、飲食店全体では15兆円程度。そのうち上位1万軒の売り上げは1.5兆円。広告宣伝費に3%使うとして、全体で450億円程度のマーケットだという見込みだ。

ぐるなびが先駆者だったが、他の大手企業や「ある大手情報系企業」(たぶんリクルート)などは事業性が明らかになれば、一挙に進出してくるはずだった。

そこで従業員一人一人がユーザーのニーズ・ウォンツを取り入れて進化し続けている限りは、大手でも追いつけないだろうとの戦略をたて、それが可能となる仕組み、モチベーションを高める仕組みとして、「エクスパートシステム」と呼ぶ魅力ある報酬体系を作ったという。

給料を低く抑えたベンチャーの成功はありえない。瞬間的に苦しいときはストックオプションで補って、会社が潤ったら割高な給料だって払う。ぐるなびは最初からそれを実行してきたという。これによって一人一人の啓発と、組織が進化できたのだと滝さんは語る。「将来は楽天の3割増の給料を保証する」と言っていたのだと。

ある情報系大手はぐるなびの営業マンが飲食店を1軒1軒回って、月々3,000円の契約を取っているのをナンセンス呼ばわりしていたそうだが、滝さんはちっとも気にならなかったという。外食産業を研究し、飲食店と親しくなれれば、それが将来的には大きな成果を結ぶと確信していたからだ。

当初から会員は無料、加盟店から料金を取るというビジネスモデルでスタートした。

当時はパソコンがない店が多かったので、メールで受信した予約をファックスで飲食店に送るファックス自動変換システムが機能して、スタートして4年後の2000年に目標の1万軒を達成した。

この本にはコラムとして、いろいろな社員の苦労話や体験談が載っていて、面白い。


収益モデルの転換

1万軒が達成されてから、滝さんはドラスティックな収益モデル転換を計る。それはAE(アカウントエクゼクティブ)型のビジネスモデルである。アカウントエクゼクティブとは、広告業界でよく使われる営業スタッフがクライアントと相談しながら販促プランを提案するという営業スタイルだ。

従来は月3,000円だけだったものを、いろいろな販促手段を提案することで月5万円から10万円などのパッケージに格上げしてもらうのだ。

滝さんが、あるレストランオーナーと話していて、ぐるなびは月100万円くらいの集客に貢献しているとの話があり、それなら売り上げの5%を手数料としてくださいと、半ば冗談で言ったところ、オーナーはこれからも売り上げ増に役立つなら費用を支払うのは問題ないと言われたことがきっかけだ。

このことからAE型への移行の可能性を強く意識したのだという。

収益モデルへの転換を達成するため、まずは社内の意識改革を行った。

従業員全員をヒラ社員に降格したのだ。そして月々400万円以上の売り上げを6ヶ月続けて達成することを正AE昇格の条件とした。

そして実施して10ヶ月で15名がぐるなびのシニアマネージャーとして昇格した。

トップにいる人間が実力でポジションに就いたわけなので、本人が自信にあふれているし、部下たちも尊敬している。雰囲気もいいし、まとまりもある組織に変わっていったという。

コラムでは「一瞬で消えた給料」という題で、降格されたマネージャーの「会社を辞めよう」と思ったという話も載っていて面白い。最初の月の給料が手取りで7万円で、飲みに行って一晩でつかってしまったという。

全員がコミッション制になると情報のいわゆる「たこつぼ化」が起こるので、勉強会を頻繁にひらき、成功事例の研究に力を入れ、「私の自慢話」というような企画や、企画コンペを合宿研修で取り入れてノウハウの共有につとめたという。

25歳の天才営業レディの出現が、みんなもついてくる結果となったと語る。

この人の営業手法は情報誌の広告やチラシを使っている予算のあるところに絞り込み、雑誌で150万円使っているなら、ぐるなびで100万円でもっと成果が出せると売り込んでいたのだ。「雑誌・チラシは1回限りだが、ぐるなびなら毎日続く」が殺し文句だった。

最初の1年間はAEの報酬は10%、次が3%、三年目が1%と決めていたので、この営業レディの年収は2,000万円くらいにはなっていたはずだという。

試行錯誤を通して、年間パックという営業方式が定着する。年間120万円と設定し、レストランは毎月10万円使っても良いし、ある月は5万円、ある月は30万円と販促に幅を持たせることも可能だ。

加盟店からもらった効果データが役立ったという。ぐるなびは月1万円もかけていなのに、営業効果は400万円、雑誌・情報誌の広告は数十倍のコストにもかかわらず売り上げは10万円から100万円程度。この店はビルの7階にあったので、広告が不可欠でかなりの予算を掛けていたという。

AE型に転換が成功した初年度に社員全員でハワイ旅行に行ったという。初年度で早速約5億円の利益を出すことができたからだ。


着実な改善

情報ポータルなので、コンテンツが勝負だ。トップページのリニューアルには滝さんが趣旨を説明した上で社内コンペも行い、現在のトップページに近い原型が500時間かけて2001年5月に完成した。

滝さんの思いつきである毎日プレゼント企画、ぐるなびラーメンなどについての社員の回想コラムも面白い。

楽天マーチャントサーバー(RMS)の様に、飲食店自身がページを更新する加盟店管理画面のシステム開発も同時に進められていた。「楽天大学」の様に、「ぐるなび大学」を1回1万5千円の参加料で実施、年間開催1,200回を超えた。

滝さんがリクルートした東工大の後輩の久保現ぐるなび社長の面目躍如たるものだ。

これにより営業員は煩雑な入稿作業から解放され、コンサルティング営業に集中できるようになった。

当初は社内の制作と営業のセクト意識があった。

バレンタインデー特集の入稿締め切りが年末だったり、飾り物でしかなかった「ぐるなび特集」を滝さんの一声で、締め切りをキャンペーンスタート前日までに変更し、今では年間1,000本のぐるなび特集がページを飾っているという。

ぐるなびホームページには多くの特集が載っているが、UGAパーティステーションというサービスでは、今話題の芋洗坂係長が出演するCMを公開しているので楽しめる。

会員獲得はアフィリエイト(成果報酬型広告)をスタートして半年で100万人を超えたという。NIKKEI NETとも提携して優良顧客を獲得した。

ぐるなび こちら秘書室!」を会員限定でスタートし、秘書を7,700人、登録者数約5,000社の規模のネットワークをつくった。たぶん秘書だけのネットワークというのは初めてなのではないかと思う。滝さんの発案で、一流店の下見会も開催しているという。ボスが利用する高級店を秘書が下見できるので、人気がある。

ぐるなびe-DMという販促メールを導入したり、滝さんの思いつきで、「春雨じゃぬれていこう」という月形半平太のせりふにちなんで、雨が降りそうなときにケータイにメールが届くという「月形半平太メール」サービスも開始した。

「ぐるなびご当地グルメ」、「ぐるなびシェフクル」などのコラムも面白い。


ぐるなびの拡大

ぐるなびは2005年4月にヘラクレスに上場した後も順調な成長を遂げている。

えきから時刻表は兄弟サイトだ。

ぐるなびの特徴をとらえたメリルリンチのアナリストの評価が引用されている。

「ロングテールを効率的に取り込むサービスプラットフォームを構築した企業」として「飲食店からのリアルタイムに近い情報配信が可能なシステムを構築しており、中小飲食店の広告需要というロングテール市場の取り込みを行っており、Googleの飲食店版のような位置づけと考える」というものだ。

滝さんは、これからは土産サイトと海外に進出したいと言う。

ぐるなび上海は「Gudumami」という名称だ。グドゥアミは「お母さん、お腹が空いた、何か食べたい」という意味だという。

筆者もぐるなびを使っているが、地図に大体割引クーポンがついているので、店を利用する前に、必ずぐるなびで検索するようにしている。これからもグルメサイトのNo.1としてさらに成長すると思う。


貢献する心

滝さんは「メメント・モリ」(死を憶えよ)ということを常に意識しているという。

級友の兄ががんになって当初は遊ぶだけ遊んだが、その後は思い詰めたように勉強をはじめ、二度と遊ぶことはなかった。滝さん自身も、骨の腫瘍で、そのままいくと全身に転移してしまうという恐ろしい病気にかかり手術したことがある。

滝さんは母校の評議員になったり、賞をつくったり、総務省のICT国際競争力懇談会のメンバーになったりして「貢献する心」をいろいろな形で示している。


滝さんの話も、社員が書いている様々なコラムも面白い。ベンチャーの成功秘話としておすすめの一冊である。


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2007年02月03日

Web 2.0時代のインターネット広告 セプテーニ佐藤社長が最新の情報をわかりやすく解説

Web2.0時代のインターネット広告―そのしくみから導入まで


インターネット専業広告代理店の大手テプテーニの佐藤光紀社長が書いたインターネット広告の簡単な入門書。

Web 2.0時代と銘打っているだけあって、最新の情報が満載で、しかもわかりやすく解説している。

この本の目次は次の通りだ:

第1章  ネット広告で何ができるか
第2章  進化するネット広告ーその種類と基本用語
第3章  Web 2.0で変わるビジネスモデル
第4章  成果に対して課金するアフィリエイト広告
第5章  ユーザーを呼び込むSEMーサーチエンジン・マーケティング
第6章  ユーザーの行動を把握し、効果を測る
第7章  潜在顧客を発掘するブログ・SNS広告
第8章  劇的な広がりを見せるモバイル広告
第9章  認知度アップに効果的なリッチメディア広告
第10章 さらに進化するネット広告
第11章 ネット広告の未来像
付録   個人・中小企業のネット広告戦略

これを見てもおわかりの通り、体系だってわかりやすく説明してある。

インターネット広告を使う、あるいは広告を売る立場の人への入門書としては最適だと思う。

付録の個人・中小企業のネット広告というセクションも数万円程度の予算でできるネット広告が説明してあり、中小規模のネットショップには参考になると思う。

おすすめの入門書である。

  
Posted by yaori at 14:44Comments(0)TrackBack(0)

2005年07月12日

図解 インターネット広告 ecotonoha(エコトノハ)って知ってますか?

きれいなデザインの表紙に惹かれた。日米のネット広告市場規模から、様々な広告媒体の説明、効果測定、メディアミックスなど、ネット広告の一般知識を覚えるには適当な好著。

ただしそれぞれの広告メディアについてはつっこみが足りないので、メールならメール、ブログ広告ならブログの個別の本を読む必要がある。

はじめて知ったのは米国にはEメール広告市場はほとんどなく、Eメールやメルマガは日本独特の広告メディアであること。筆者はアメリカのMyPointsの会員になっているので、MyPointsから1〜3通/日メールを受け取っているが、そういえばMyPoints以外のメールマガジン広告は知らない。


また日本では未承諾広告となる勝手にメールを送りつけてくるやからが米国では多く、毎日数通は入ってくる。このメールをクリックでもしたら最後、米国の名簿業者にその分野に興味を示した客のリストとして売られるのだろうと思うが、同種のメールが多くの知らない会社からひっきりなしに送られてくるハメとなる。

日本のようにメール配信承諾というのがきちんと規制されていないので、それが米国ではメルマガやEメール広告市場が発展する阻害となっているのだと思う。

リスティング広告も2003年に米国で急拡大し、前年の3倍近くの規模となり、いちやくネット広告市場の35%を占め、トップシェアーとなったが、その後の伸びは米国でも鈍化することが予想されている。

興味を持ったユーザーを捕捉できるので、契約に結びつくコンバージョン率が比較的高いことから、日本でも昨年リスティング広告が爆発的に伸びたが、所詮受け身の広告ゆえ限界はある。


ecotonoha参考になったのはNECのブランディング広告のエコトノハecotonohaである。これは世界4大国際広告賞を全て受賞したものだが、赤くポイントされる部分をクリックするとメッセージが書き込みでき、木の葉っぱ1枚となる、葉っぱの書き込みが100回となるとNECがオーストラリアのカンガルー島でユーカリを1本植樹するというなんともファンタジックなエコ活動である。





図解インターネット広告

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