2020年06月23日

ツチハンミョウのギャンブル 福岡伸一教授の文春コラム

ツチハンミョウのギャンブル
福岡 伸一
文藝春秋
2018-06-29


このブログでも「生命と無生命のあいだ」などの著書を紹介している青山学院大学教授であり、ベストセラー作家でもある福岡伸一さんが「文春砲」で有名な週刊文春に連載している「福岡ハカセのパンタレイ パングロス」を加筆修正したコラム集。

「パンタレイ」とは、哲学者ヘラクレイトスの「万物は流転する」という意味のギリシャ語で、福岡教授の「動的平衡」という理論を現したものだ。

一方、「パングロス」は、フランスの作家ヴォルテールの小説「カンディード、あるいは楽天主義説」の登場人物で、「天の采配説」ともいうべき、すべては宇宙の偉大なる設計者によってあらかじめ計画・配材されているという予定調和説を現したものだ。

カンディード (光文社古典新訳文庫)
ヴォルテール
光文社
2016-03-25


それぞれ相反する主義主張だが、それをバランスを取る意味で並べているのだと。

元々週刊誌のコラムだったので、1テーマにつき、それぞれ3ページほどで簡単に読める。

福岡教授は、専門の生物学以外にも、昆虫オタク、フェルメール大好き人間などの顔を持ち、幅広い交流関係からの話題もあり楽しめる。

ちなみにタイトルとなっている「ツチハンミョウのギャンブル」も3ページほどのコラムだ。

ファーブルも「昆虫記」で取り上げているツチハンミョウは、昆虫としては珍しく4,000個もの卵を産むが、その中から運よくヒメハナバチに乗り移れた個体のみが生き延びる。



この本の表紙絵を描いた舘野鴻さんが、やはり昆虫オタクで、「つちはんみょう」という科学絵本を出版している。

つちはんみょう
舘野 鴻
偕成社
2016-04-13



参考になった話を、いくつか紹介しておく。

マリーゴールド作戦

福岡教授が三浦半島に行った時に、ダイコン畑の畝にマリーゴールドが植えられていた。しかし、そのマリーゴールドは、花が咲く前に抜いてしまうという。これはダイコンの害虫・線虫をマリーゴールドの根のにおいでおびき寄せ、侵入した線虫を根に閉じ込めて死滅させる。これによってダイコン畑の線虫を大幅に減らして、きれいなダイコンができるのだと。農薬を使わず、生物学的天敵を使うことで、有機的でクリーンな防御が可能となるのだ。

Tip of the tongue

日本語の「のどまで出てきているのに思い出せない」という表現のこと。知らなかったが、いかにもそれらしい。

ベルの実験

電話の発明者のグラハム・ベルではなく、世界的バイオリニストのジョシュア・ベルが、ワシントン・ポスト紙と一緒に、ラッシュアワーの地下鉄の構内で、ストリートミュージシャンを装って、最高の演奏家が最高の楽器(ストラディバリウス)を使って演奏すると、どうなるかという実験をした。

その有様がダイジェスト版でYouTubeにアップされている。



数千人が通り過ぎて、ジョシュア・ベルに気が付いた人は一人だけだった。投げ銭もたった32ドルだったという。この実験をレポートしたワシントン・ポストの記者は、ピューリッツアー賞を受賞している。

すい臓の中のマリメッコ

福岡教授は、すい臓の顕微鏡写真を紹介する時に、「マリメッコみたいでしょう」と説明するそうだ。

すい臓 (2)


































出典:中外製薬HP

上記の写真の出典の中外製薬のすい臓の説明が分かりやすいので、参照して欲しい。

すい臓は、身体の臓器の中で、最も大量のタンパク質、つまり消化酵素を生み出す。すい臓のもう一つの役割は、血糖値を抑えるインスリンを分泌することだ。しかし、インスリンをつくる細胞はほんの数パーセント以下だという。

炭水化物を分解してブドウ糖にするアミラーゼ、タンパク質を分解してアミノ酸にするプロテアーゼ、脂質を脂肪酸とグリセリンに分解するリパーゼ核酸を分解して、ヌクレオチドにするDNアーゼRNアーゼなどだ。

これがすい臓から消化器に向けて滝の様に流れ出てきて、食べた物に混じり合い、ズタズタに分解する。消化は食物という高分子化合物を、低分子化合物に変えるプロセスだ。

食物はもともと、植物なり動物なりの身体の一部だったので、外部情報がそのまま体内に入ってくると免疫反応が起きてしまう。だから、いったん情報を解体する。それが消化の役割だ。

しかし、膵炎すい臓ガンになると、すい臓の細胞が破れて、消化酵素が漏れ出てしまい、自分自身を消化し始めてしまう。だから、膵炎は激痛を伴う上に、大変厄介な疾患となる。

話は変わるが、筆者と一緒にラグビーをやった同期の友人が、すい臓ガンで亡くなった。

最近亡くなったラグビーの仲間は、どういうわけか、すい臓ガンか平尾誠二さんの様に胆管ガンで亡くなっている。スティーブ・ジョブスも、すい臓がんで亡くなった。すい臓ガンと胆管ガンは、最も致死率が高いガンだ。

福岡教授が研究修行をしていたニューヨークのロックフェラー大学は、伝統的にすい臓研究が盛んで、福岡教授の大ボス、ボスの兄弟弟子などがノーベル賞を受賞しているという。ぜひ、すい臓ガンの治療薬を開発して欲しいものだ。


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2020年06月15日

PCR発明者 マリス博士の自伝的エッセイ集

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)
キャリー・マリス
早川書房
2004-04-09


福岡伸一さんの「生物と無生物のあいだ」のあらすじで簡単に紹介したPCR検査の発明者、キャリー・マリス博士の本。

マリス博士は1993年にPCR=ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)の発明で、ノーベル化学賞を受賞している。

コロナウイルスが世界的に蔓延している現在、全世界で唯一のウイルス検査方法となっているPCR検査の発明者として、存命であれば、世界のメディアの引っ張りだこになっていたはずだが、残念なことに2019年8月に74歳で亡くなっている。

この本では、PCRの発明のアイデアがドライブ中にひらめいたことや、マリス博士が大学院生の時に書いたヨタ論文が「ネイチャー」に採用され、逆に大人になって発表したPCRに関する論文は「ネイチャー」にも「サイエンス」にも拒否されたことなどの真面目な話題とともに、変人と言われるマリス博士ならではの「未知との遭遇=Close Encounter」やLSD、マリファナ体験などの告白も含まれていて、良い意味でも悪い意味でもあきれてしまう。

大体の内容がわかると思うので、目次を紹介しておく。

1.デートの途中でひらめいた!
2.ノーベル賞をとる
3.実験室は私の遊び場
4.O.J.シンプソン裁判に巻き込まれる
5.等身大の科学を
6.テレパシーの使い方
7.私のLSD体験
8.私の超常体験
9.アボガドロ数なんていらない
10.初の論文が「ネイチャー」に載る
11.科学をかたる人々
12.恐怖の毒グモとの戦い
13.未知との遭遇
14.1万日めの誕生日
15.私は山羊座
16.健康狂騒曲
17.クスリが開く明るい未来
18.エイズの真相
19.マリス博士の講演を阻止せよ
20.人間機械論
21.私はプロの科学者
22.不安症の時代に

PCRの発明につながったアイデアは、次の通りだ。科学用語が入るので、詳しくは埋め込んだウィキペディアの解説を参照して欲しい。

まず短いオリゴヌクレオチドを合成する。オリゴヌクレオチドは、同じDNA配列、あるいは少しだけ違っていても似ているDNA配列があると、そこにぴったりと結合する。ヒトゲノムは30億ヌクレオチドから構成されているので、長いDNA鎖の中には、この様な場所が1,000くらいあってもおかしくない。

しかし、このままでは、選び出された1,000カ所が全部同じDNA配列とは限らないので、候補を選び出した上で、二つ目のオリゴヌクレオチドを使って、最初のオリゴヌクレオチドが結合する場所の下流に二つ目のオリゴヌクレオチドが結合するように設計する。

後は、DNAが自分自身をコピーする能力を利用して、選ばれた部分のDNA配列のコピーを何度も何度も作るのだ、30回繰り返せば十億倍となり、少量のDNAからもDNA検査が可能となるだけの量に増やすことができるのだ。

反応の温度とか、DNA分子と反応するために必要な酵素分子の数なども重要だ。マリス博士は、酵素分子のことを気づかずに、当初は良い結果が得られなかったことも書いている。

PCRはDNA鑑定にも利用されるので、O.J.シンプソン裁判に呼ばれたのは、そのためだ。



O.J.シンプソンの名前は今や日本ではあまり知られていないが、1970年代のアメリカンフットボールの伝説のランニングバックで、元妻を殺害した容疑で裁判にかけられていた。

マリス博士は、大学などの教育機関とは無縁の人で、管理能力はゼロだが、上記の目次の21にある様に、自分はプロの科学者というプライドを持っており、自分が納得できない限り、通説は受け入れない。

ドナルド・トランプ大統領の様に、地球温暖化は根拠がないとして信用しないし、エイズHIVウイルス原因説は、いまだに証明されていないとして、グラクソ社の看板薬である「AZT」は治療薬として無意味であり、患者に害があると言っている(このHIVウイルス否定説は最近では支持者がいないようだ)。

そのマリス博士に、グラクソ社が何を間違ったのか講演を依頼してきて、あわててすぐにキャンセルして、6千ドルもの違約金を支払ったことがこの本で紹介されている。

ウィキペディアの写真でも感じられる通り、子どものころからいたずら好きで、爆発事故を何度も起こした悪ガキがそのまま成長したという感じだ。

日本語のタイトルは「奇想天外な」となっているが、原題は"Dancing naked in the mind field"となっており、福岡さんも指摘されている通り、"mind”と"mined"(地雷が埋められた)を両方ひっかけているのだと思う。あちこちで事件を起こしながらも、素のままで、あばれまくっている元悪ガキのノーベル賞受賞者のエッセイだ。

ちょっとした思い付きが、ノーベル賞につながり、巨万の富も生んだ。天才科学者というよりは、ラッキーな科学者というべきだと思うが、発明はそういったラッキーな面ももちろんある。

PCRの発明は人類の進歩に貢献したことは間違いない。コロナウイルス禍で自宅で過ごす時間が増えた現在、一度読んでみる価値のあるPCR発明者の本だ。

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2020年04月23日

PCR検査の発明者を紹介した福岡さんの「生物と無生物のあいだ」

2020年4月23日再掲:

コロナウイルスの検査法としてPCR検査があることは、今や誰でも知っていることだ。

PCRとは、ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)の略だが、それでは、そのPCR法を発明した科学者は誰かご存知だろうか?

それが、福岡さんのベストセラーの「生物と無生物のあいだ」で「サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ」として紹介されていたキャリー・マリス博士だ。

マリス博士は、1993年にノーベル賞を受賞している。ノーベル賞受賞記念講演がウェブサイトに公開されており、PCRのアイデアを思い付いた時のことや、生い立ち、研究などのことを語っている。

英語版だが、Google翻訳を使うと、意味が通じる訳文が表示されるので、一度ノーベル賞受賞記念講演も見ていただきたい。筆者もGoogle翻訳の進化に驚かされた。

今回久しぶりにウィキペディアでマリス博士のことを調べてみた。マリス博士はまだ生きていると思っていたら、2019年8月に74歳で亡くなっている。

なんとタイミングの悪いことだろう。今生きていたら、PCR検査の父として、世界的に有名になっただろう。

4回結婚し、人格的にはいわゆる「変人」だったようだが、哀悼の意を込めて、マリス博士の著書を紹介するとともに、マリス博士のことを教えてくれた「生物と無生物のあいだ」のあらすじを再掲する。

マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)
キャリー・マリス
早川書房
2004-04-09




2009年10月11日初掲:

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
販売元:講談社
発売日:2007-05-18
おすすめ度:4.0
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2007年発刊の本ながら、いまだにアマゾンのベストセラー231位に入っている分子生物学者の福岡伸一青山学院大学教授の本。勝間和代さんの「まねる力」というムック本の対談に登場していたので読んでみた。

AERA MOOK 勝間和代「まねる力」AERA MOOK 勝間和代「まねる力」
著者:勝間 和代
販売元:朝日新聞出版
発売日:2009-06-30
おすすめ度:3.5
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本の帯には各界のいろいろな人からの推薦文が紹介されている。

推薦文













筆者は昔はブルーバックスなどを時々読んでいたが、最近は科学系の本は「日本は原爆爆弾をつくれるのか」以来読んでいなかったので、久しぶりに読んだ科学の本だ。

これを機にブログにも「自然科学」というカテゴリーを新設した。

福岡さんは新書大賞とサントリー学術賞をダブル受賞していることでも分かる通り、この本は科学の本というよりは、本の帯にある「極上の科学ミステリー」といった感じの本で、エンターテインメント性を追求し、非常に読みやすく、わかりやすい。

筆者がひさびさに読んでから買った本だ。


ウィルスには生命の律動がない

現在新型インフルエンザがはやっているが、この本は昔読んだ岩波文書と同じ「生物と無生物の間(あいだ)」という題だったので、てっきりウィルスについての本かと思った。

生物と無生物の間―ウイルスの話 (岩波新書 青版 245)生物と無生物の間―ウイルスの話 (岩波新書 青版 245)
著者:川喜田 愛郎
販売元:岩波書店
発売日:1956-07
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ウィルスは代謝なし、呼吸なし、結晶化も可能で、限りなくミネラルに近い存在である。しかしウィルスは自己増殖する。この不可解なウィルスを生物とするか無生物とするかで長年、論争がある。

福岡さんはウィルスを生物であるとは定義しない。福岡さんは生物と無生物の間にどのような界面があるのかを、この本で定義したいと語る。それはいわば「生命の律動」であると。いかにも文学的な、わかりやすい表現だ。


この本の目次がふるっている

この本の目次がいかにもふるっている。とても科学書とは思えない目次だ。この本はアマゾンのなか見検索にも対応している
ので、是非目次を覗いてみて欲しい。

第1章  ヨークアベニュー、 66丁目、 ニューヨーク

第2章  アンサング・ヒーロー

第3章  フォー・レター・ワード

第4章  シャルガフのパズル

第5章  サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ

第6章  ダークサイド・オブ・DNA

第7章  チャンスは、準備された心に降り立つ

第8章  原子が秩序を生み出すとき

第9章  動的平衡(ダイナミック・イクイリブリアム)とは何か

第10章 タンパク質のかすかな口づけ

第11章 内部の内部は外部である

第12章 細胞膜のダイナミズム

第13章 膜にかたちを与えるもの

第14章 数・タイミング・ノックアウト

第15章 時間という名の解(ほど)けない折り紙

「細胞膜」と言う用語が出てくるので、生物学の本だということがわかるが、それを除くと、まるで小説のチャプターのような目次である。


研究者にスポットライト

文章のうまさとタイトルの奇抜さもさることながら、この本の特徴は研究者に注目して生化学反応の原理探求を描いていることだ。

普通、科学の本はどういった反応が起こったかを、しとうと読者にわかりやすく説明しようと反応の原因解説が中心だ。読者にわかりやすく解説しようとする著者の親切心の現れともいえる。

読者としては反応がなぜ起こったのかについての知識は得られるが、研究者の人現像や、実験の過程で研究者がどんな点に工夫したかについてはあまり説明されていないことが多い。

ところがこの本では研究結果もさることながら、研究者の方にスポットライトが当たっており、実験者の人物像や試行錯誤の過程が詳しく説明されているので、しろうとにも実験の難しさと、その実験が成功したときの達成感や意義がわかりやすい

最もよい例が第2章アンサング・ヒーローだ。

アンサング・ヒーローとは、人知れず偉大なことを成し遂げた人のことで、福岡さんは「縁の下の力持ち」と言っている。この場合はDNA=遺伝子だと世界で最初に気づいたオズワルド・エイブリーという科学者のことだ。

エイブリーは福岡さんも勤務したニューヨークマンハッタンの一番東寄りのヨークアベニューと66丁目の交差点付近にあるロックフェラー大学研究所に1913年から定年退官する1948年まで35年間勤務していた。


大きな地図で見る

ロックフェラー大学研究所にはかつて野口英世も在籍し、数々の研究成果を発表したが、その発表の大半は現在は誤りであったとされている。

ヨークアベニューと66丁目というのはマンハッタンのちょうどクイーンズボロブリッジあたりで、ユニバーサルスタジオのアトラクションでキングコングが攻撃するケーブルカーがあるあたりだ。

筆者はピッツバーグに合計9年間駐在したので、ニューヨーク出張の帰りにマンハッタンからレンタカーでラガーディア空港に向かう時は、ちょうどこのあたりからからFDRドライブに入ってトライボロブリッジを通って、空港まで行っていた。

そんな有名な研究所があったとは全く知らなかった。

エイブリーがDNA=遺伝子という発見をしたので、その成果を元に1953年にイギリスの若いジェームズ・ワトソンフランシス・クリックがDNAはらせん構造をしているという事実を発表し、後にノーベル賞を受賞した。

1953年に"Nature"に発表されたわずか1.5ページのワトソンとクリックの歴史的論文が、この本に紹介されている。

watsoncrickpaper









出典:本文107ページ 原文はNatureサイトで閲覧可


ワトソンもクリックも次の本を読んだことが、生命を研究するきっかけとなったと語っているので、一度読んでみようと思う。

生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)生命とは何か―物理的にみた生細胞 (岩波文庫)
著者:シュレーディンガー
販売元:岩波書店
発売日:2008-05-16
おすすめ度:5.0
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ちなみにノーベル賞のサイトでは二重らせん構造のDNAを福岡さんがフォー・レター・ワードと表現するACGTでつくるゲームがあるので、一度見て欲しい。

ポスドク賛歌

この本ではこういった華やかな成果発表を支え、来る日も来る日も地道な実験を繰り返すポスドク(博士課程を卒業した研究者)やラボテクニシャン(補助研究者)の様々な試行錯誤にスポットライトを当てている。

福岡さん自身が米国のポスドク研究者だったので、ポスドクの役割である数々の下準備や、実験の工夫などがわかりやすく紹介されていて面白いストーリーとなっている。何人かの評者が「科学ミステリー」と呼ぶゆえんだ。

たとえば「内部の内部は外部だ」という題で、膵臓の細胞が消化酵素を分泌する動きが次の図で説明されている。非常にわかりやすい。

cell
















出典:本文200ページ

「サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ」も面白い。特定のDNAを増殖するPCR(ポリメラーゼ・チェイン・リアクション)マシンの発明をひらめいたサーファー科学者キャリー・マリスのことだ。

ポスドクのことを自虐も含めてラボ・スレイブと呼ぶそうだが、理系の学生にとって、この本は希望とやる気を与えてくれるだろう。

ポスドクは就職戦線では非常に厳しい状況にある。小宮山前東大総長の「東大のこと教えます」という本で、東大が就職部をつくったのは東大でも留学生やポスドクは就職が難しいからだと書いていたことを思い出す。

東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」東大のこと、教えます―総長自ら語る!教育、経営、日本の未来…「課題解決一問一答」
著者:小宮山 宏
販売元:プレジデント社
発売日:2007-03
おすすめ度:4.5
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動的平衡

動的平衡とは、体の細胞を構成するタンパク質・アミノ酸が数日間ですべて新しいものに置き換わることであり、それゆえ生命は動的平衡にある流れであると定義できるという。

マーカーで染色されたアミノ酸入りのえさを食べた大人のネズミを解剖して器官を調べたら、アミノ酸は体内のあらゆる細胞に行き渡っていた。生物のあらゆる細胞は短期間にすべて新しいものに置き換わるのだ。


生命は機械ではない

この本の最も印象的な実験が、GP2という細胞膜をつくるタンパク質を持たないGP2ノックアウトマウスを使った実験だ。

まずはGP2遺伝子を欠損させたES細胞(なんの器官にもなるオールマイティ細胞)をつくり、マウスの胚に流し込むと、ES細胞は胚の一部となり、やがてGP2遺伝子ノックアウトマウスが誕生する。

福岡さんははやる思いでGP2ノックアウトマウスの組織を調べたら細胞膜に異常はなく全く正常だったという。


生命には時間がある

次は狂牛病を引き起こすプリオンタンパク質をノックアウトしたマウスだ。

プリオンタンパク質の異常は狂牛病を引き起こすので、プリオンタンパク質ノックアウトマウスは狂牛病になると予想されたが、実際には正常だった。

それではということで、今度は遺伝子の1/3を欠損したプリオンタンパク質をプリオンタンパク質ノックアウトマウスにもどしたら、マウスは狂牛病を発症した。

GP2を完全にノックアウトしたマウスはGP2がなくとも正常に生き、遺伝子を部分的に欠損したノックアウトマウスは異常を発症した。

福岡さんはこの現象について、「生命には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことができないものとして生物はある。」と語る。

GP2ノックアウトマウスは動的平衡のなかで、GP2遺伝子の欠損を見事に埋め合わせたが、あとから遺伝子の欠陥をつくると、生命の動的平衡は失われるのだ。


生物と無生物の境界はまだ解明されていないが、この本を読んで生物と無生物の境界がミステリー仕立てで、なんとなく理解できたような気がする。

科学書を読むと、いつも感じた読後不満足感がない。大学生の息子にも勧めた。小説のように一気に読めるので、是非一読をおすすめする。


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Posted by yaori at 15:22Comments(0)

2011年03月06日

世界は分けてもわからない 福岡教授の科学ミステリー第2弾

世界は分けてもわからない (講談社現代新書)世界は分けてもわからない (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
講談社(2009-07-17)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

ベストセラーの前作「生物と無生物のあいだ」に次ぐ福岡伸一青山学院大学教授の科学ミステリー風の新作。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
著者:福岡 伸一
講談社(2007-05-18)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

前作同様文学的なタイトルが並ぶ。

プロローグ バドヴァ       2002年6月

第1章   ランゲルハンス島   1869年2月

第2章   ヴェネツィア     2002年6月

第3章   相模原        2008年6月

第4章   ES細胞とガン細胞

第5章   トランス・プランテーション

第6章   細胞の中の墓場

第7章   脳のなかの古い水路

第8章   ニューヨーク州イサカ 1980年1月

第9章   細胞の指紋を求めて

第10章  スペクターの神業

第11章  天空の城に建築学のルールはいらない

第12章  治すすべのない病

エピローグ かすみゆく星座


パドヴァは北東イタリアのヴェネト州にあり、ヴェネツィアロミオとジュリエットの悲恋の舞台のヴェローナの間にある古都だ。ガリレオ・ガリレイはパドヴァ大学で教鞭を執っている。

a href="https://livedoor.blogimg.jp/yaori/imgs/e/b/eb705aaf.png" target="_blank">Provinces_of_Veneto_map







出典: Wikipedia

筆者はパドヴァの隣のヴェローナの鉄鋼メーカーを訪問したことがある。その後、工場長が自分のBMW7シリーズを運転してヴェローナから北イタリアのコモ湖の近くの別の工場に連れて行ってくれたが、途中およそ生きた心地がしなかった。

ヴェネツィアからミラノあたりまでの高速道路は整備されており、たしか片側4−5車線あったと思う。それをドイツのアウトバーン以上の最高200キロくらいでぶっ飛ばすのだ。

高速からおりて普通の道でも100キロ以上で飛ばし、どんどん無理な追い越しを続けるので、正直イタリア人のスピード狂にはまいった思い出がある。

閑話休題。


不治の病=インクラビリ

福岡さんがパドヴァに行ったのは、「国際トリプトファン研究会」に参加するためだ。

学会を抜け出してヴェネツィアに行き、「インクラビリ」と名付けられた水路を訪れる。英語では"incurable"つまり不治の病という意味だ。梅毒にかかった高級娼婦(コルティジャーネ)などを収容する場所だったという。

「インクラビリ」が、この本を貫く一つの糸になっている。

15世紀末のイタリア画家ヴィトーレ・カルパッチョ(料理のカルパッチョは彼の名前にちなんだ)の2つの作品は実は一つの絵を二つに切断したもので、一つはカリフォルニアのゲティ美術館にあり、もう一つの「コルティジャーネ」はイタリアにある。

コルティジャーネは下の部分だ。

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出展: Wikipedia

二つをつなぎ合わせた絵はつぎのようになる。

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出典:本書口絵


ランゲルハンス島

ランゲルハンス島とはすい臓にあるインシュリンを分泌する島のように見える細胞の集合体で、これが損傷を受けると糖尿病を発症する。

この本ではランゲルハンス島の写真を彩色した写真を載せており、あたかも緑の島の用に見える。

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出典:本書口絵

すい臓はちょうどみぞおちの辺りにあり、インシュリンを含む消化酵素をつくって小腸に供給している。消化酵素は多種類あり、タンパク質を個々のアミノ酸に分解する。

ひとたびすい臓に異常が生じると、背中に痛みを感じるという。すい臓の分泌する消化酵素が小腸でなく、間違った方向に分泌されると、血液に漏れだしたり、自分自身の細胞を消化してしまう。

これがすい炎で、激しい痛みを引き起こす。


不治の病・すい臓ガン

すい臓ガンは最も治療困難なガンの一つだという。すい臓にメスを淹れる事自体が、すい臓細胞を破壊し、自己消化を起こす原因となるからだ。

病気療養中のアップルのスティーブン・ジョッブスが最近iPad2の発表に出演したが、彼もすい臓病だ。



2005年のスタンフォード大学の卒業式スピーチで、当初余命3−6ヶ月と言われたが、彼の場合は手術できるタイプの珍しいすい臓ガンだったことがわかり、医者は涙を流して喜んだという話を告白している。

次の日本語字幕版第2部の1分めのところだ。



日本語字幕版の残りの部分は「スティーヴ・ジョブスの伝説のスピーチ」というタイトルで3部構成でYouTubeにアップされているが画像が悪いので、英語版も紹介しておく。日本語字幕版はYouTubeで検索して欲しい。

英語字幕版では次の第2部の3分めのところだ。Pancreas(パンクレアス)とはすい臓のことだ。



順序が逆になるが、英語字幕版第1部は次の通りだ。



実は筆者の親友の奥さん・本城展子さんが1年半の闘病の末、すい臓ガンで先日亡くなった。彼女の闘病生活が激しい痛みに耐えたものだったことを思うと、涙が浮かぶ。

本城君には悲しみを乗り越えて、展子さんの分も生きて欲しいと心から思う。


食品の保存料・ソルビン酸

「相模原 2008年6月」というのは、福岡教授が教鞭を執る青山学院大学の相模原キャンパスでの保存料のソルビン酸についての講義だ。

コンビニのサンドイッチには保存料が使われている。

空気中には微生物がたくさん居て、微生物はサンドイッチなどの食べ物のなかで加速級数的に増える。もし保存料がないと、すぐに食物は腐って食中毒が続発する。

コンビニの消費期限表示は、安全を見て限度の72時間の半分の36時間にしているので、コンビニの食品は消費期限を少しぐらい超えても腐らない。

保存料が細菌が繁殖するのを抑えているためだ。保存料は細菌には毒だが、微量なので人体には害はないというわけだ。

ソルビン酸は、いつでもどこでも安価なサンドイッチが食べられるという便利さと引き換えに、最低限度の必要悪として使用されている。


データねつ造スキャンダル

第8章のニューヨーク州イサカ 1980年1月が、この本のもう一つの主題だ。

イサカはアイビーリーグの名門校コーネル大学がある場所だ。ニューヨーク州の北、シラキュースの近くにある。

筆者はシラキュースに取引先があったので、時々訪問した。航空機エンジンやタービンに使われる超合金メーカーで、30年ほど前に新日鉄が買収に乗り出したが、米国防総省の反対で買収は成立しなかった。

その後しばらくしてフランスの会社が買収したときは、すんなり認められて、アメリカの日本への警戒心に驚かされた記憶がある。

シラキュースの近くのフィンガーレイク地方のオーバーン(フットボールが強くて有名なアラバマ州のオーバーンではない。電気イス死刑が初めて執行された町)には関連会社があり、何度もこの地区を訪問したので親しみがある。

そのイサカにあるコーネル大学生物科学部エフレイム・ラッカー教授の研究室で起こった研究データねつ造スキャンダルを取り上げている。

食物は消化されブドウ糖に分解されて細胞に取り込まれる。ブドウ糖は酸素を使って燃やされ、熱エネルギーを放出するとともに、一部はATPとして蓄えられる。ATPはATP分解酵素というタンパク質により、ADPとリン酸に分解され、この時にエネルギーが放出される。

ラッカー教授はガンはATP分解酵素の異常が原因という仮説を立てた。証明できれば、間違いなくノーベル賞ものだ。

50人からのポスドクを動員しても実験は進まなかったが、ある時大学院に入りたての新入生が2か月で意味のある研究成果を出し学会誌に発表した。研究者の名前はマーク・スペクター。大学院1年生なのに、一躍教授のお気に入りになった。

しかしラッカー教授の共同研究者がたまたま訪問したスペクターの実験室にガイガーカウンターがあることを不審に思い、調べてみると実験成果はねつ造であることがわかった。

スペクターは詰問されて姿を消し、ラッカー教授は失意の内に亡くなった。

ラッカー教授はスペクターのことを「直すすべのない病」="incurable"と呼んだという。これが全編を貫く"incurable"の完成だ。


前作より説明が多く内容がややむずかしいが、分子生物学研究の影の部分のねつ造スキャンダルをミステリー仕立てに構成しており楽しく読める。

この本に刺激されて「アメリカ版 大学生物学の教科書」という全3巻のブルーバックスを読み始めた。こちらも読んだらあらすじを紹介する。

カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 (ブルーバックス)カラー図解 アメリカ版 大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 (ブルーバックス)
著者:クレイグ・H・ヘラー
講談社(2010-02-19)
販売元:Amazon.co.jp
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前作同様楽しく読める作品だった。


参考になれば投票ボタンをクリックして頂きたい。





  
Posted by yaori at 00:27Comments(0)TrackBack(0)