2020年07月04日

中田敦彦さんのYouTube大学の「お金の授業総まとめ」最終結論

2020年7月4日再掲:

中田さんの勧めに従い、「バンガード・S&P 500 ETF」を6月26日に買ったら、7月1日現在の株主への配当金が7月6日に入金するとの連絡があった。

年4回配当しているのだ。

今回の配当利回りは0.5%程度と大したことはないが、それでも年4回だと2%程度にはなる。

ETF自体も、この間に上下あり、2.5%程度値上がりしている。

もちろん、これは株価次第で、買った翌日に米国株は一旦下がったが、それ以降は上昇を続けている。米国のコロナ対策が再度強化されると、株価はまた下がるだろうが、長期保有するので、一喜一憂することではない。

全く意識していなかったが、配当基準日の直前に買うと余禄がある。

世界の投資信託の市場規模は米国が圧倒的に大きい。日本の12倍だ。だから世界中の資金が集まるし、競争も厳しいので、商品には魅力があり、投資家保護も行き届いている。

20Q1世界投資信託統計











出典:(一社)投資信託協会

米国株。面白い!


2020年6月26日初掲:





中田敦彦さんが「お金の授業総まとめ」として、バフェット太郎さんや、たぱぞうさんなど16冊のお金の本を読んだ最終結論として、お金持ちになる(自分が働くのではなく、お金を働かせる)ためには、余剰資金を長期の米国株インデックス積み立て投信に振り向けることを推奨している。

大手証券会社の窓口には行くな、日本株は買うななど、普通なら言えないことも言えるのは、「芸人だから」なのだと。テレビなどスポンサーがついている番組でも、そういったことは言えないだろう。芸人YouTuberだからこそ言える本当の話なのだ。

バカでも稼げる 「米国株」高配当投資
バフェット太郎
ぱる出版
2019-01-24









預金や国債でなく株式というのは違和感がないし、大半のファンドマネージャーが、株式市況に連動するインデックスファンドに結局勝てないことは知っていたが、日本株ではなく、米国株という結論に最初違和感を持った。しかし、考えてみると、やはりこれが間違いない財産形成の道だと筆者も同意する。

そのこともあって、なぜ日米株価でこれだけ差がついてしまったかを考えてみた。

まずは、事実の検証だ。過去35年のダウ平均株価の推移と、日経平均株価の推移を見ると、日本はバブルのピークをいまだに超えられないのに、米国株価はリーマンショックの時期を除いて順調に右肩上がりとなっている。

ダウ平均株価推移過去35年












日経平均株価推移過去35年












出典:三菱UFJモルガン・スタンレー証券

このグラフを見ただけでも、資産を増やしたいのなら日本株より米国株ということが言えるだろう。

次は前回紹介した村上世彰さんの「生涯投資家」に載っていた米国と日本の上場企業時価総額比較の表だ。

バブルの頃の一時期には日本が上回ったが、それを除いて、1995年頃までは日本と米国の株式市場の規模はほぼ同じだったが、現在日本は500兆円しかないのに、米国は2000兆円以上ある。

日米時価総額推移 (2)





















出典:「生涯投資家」200P

「生涯投資家」で村上さんは、米国の株式市場が成長し続け、日本よりはるかに高い価値を保っているのは、物言う株主がいて、株主の利益を守るコーポレートガバナンスが機能する環境を築いてきたからだと語る。

米国では1980年代のレーガン大統領の年金改革以来、確定拠出型年金の401Kが広まった。これによって年金資金の運用方法を自分で決めることができ、多くの一般市民が株式・投資信託による運用を始めて株式投資のすそ野が広がり、さらに各種ある年金基金も、大量の資金を投入して多くの企業の大株主となった。

このように一般市民、年金基金も加わって、米国の株式市場の拡大に貢献したことが、コーポレートガバナンスという、経営者行動の監視、企業活動への規律が定着した基盤となった。

中田さんは、株式は会社の区分所有権なので、インフレに強いという説明をしている。それはそれで正しいが、インフレ率でも日米に大変な差があり、日本の株価が上がらない理由の一つになっている。

次は過去30年間の日本と米国のCPI(消費者物価指数)の推移のグラフだ。

まずは、日本のCPI推移のグラフ。バブル崩壊後の1990年代前半を除いて、ゼロの線をはさんで上下している。日本はインフレは完全に抑えられているので、その意味では素晴らしいことだが、逆にデフレが日本経済拡大の足かせとなっている。
日本CPI上昇率

















次に米国のCPI推移のグラフ。あきらかに日本のグラフより2〜3%上を行っている。

米国CPI上昇率




















資料:GLOBAL NOTE 出典:IMF

グラフだけだと、どれだけの差となっているのか実感がわきにくいので、上記をエクセル表にして1990年1月1日を100とするCPI指数を計算してみた。その結果が次だ。

日本の過去30年間のCPI推移。30年前に100だったものは、日本では現在115だ。

日本CPI推移









































米国のCPI推移も同様に計算してみた。米国で30年前の100は、現在は206だ。つまり倍以上になっているのだ。日本では30年間で、15%しかCPIが上昇しなかったが、米国では30年間で倍以上になっている。物価だけでもこれだけの違いがあるのだ。ためしに中国も試算してみたら、中国は3倍以上の319だった。

これからもCPIは同様の傾向が続くだろう。そして米国の株価は常にCPIを上回るだろう。しかし、CPIのみが決定要素ではない。GDPだったり、他国と比較するには為替相場、経済全体の活力、社会・経済の透明性、そして個別企業の成長性などがコーポレートガバナンスが徹底した米国企業の株価を今後も支えていくのだ。

日米中GDP推移

















出典:世界経済のネタ帳

筆者自身は、米国株では苦い経験がある。米国に駐在していて、ちょうどインターネットバブルの頃にぶちあたり、その時にインターネット関連のファンド(投資信託)を買った。しかし、インターネットバブル崩壊で、結局投資した金額が1年で半分になってしまった。

この時は、いずれ日本に帰国するので、日本でも店がある新興ネット証券会社ということで、当時のDLJダイレクト証券(現在の楽天証券)に口座を開いた。2000年のことだ。

それ以来、米国株には投資していなかったが、当時と今とでは環境が異なり、中田さんイチ押しの「バンガード・S&P 500 ETF」や、「楽天・全米株式インデックス・ファンド」なら、少額から始められるので、早速やってみた。めちゃくちゃ簡単に米国株が買えるんだ!

筆者はこれまで日本の高配当株に長期安定投資してきており、最近も株価下落を好機に、持高を積み増している。

キャピタルゲイン狙いではないので、今年になって買い増しした部分は現株価が購入価格を下回っているものもあるが、売るつもりはないので株価が下がっても問題はない。むしろ株価が下がって5%以上という高率の配当利回りになっているので、予定通りの配当さえもらえれば別に構わない。

これからも日本の高配当株という基本線は維持するが、余裕がある軍資金は、米国株に振り向けようと思う。

中田さんは、「不都合な真実を言っちゃうのがエンターテイメント」であり、それがオモロイのだと語る。

筆者も、「不都合な真実を言っちゃう」ノリで付け加えると、年金はチョイスがあるのであれば、はやく日本型401Kの確定拠出型年金=iDeCoにした方がよい。

確定給付型の厚生年金だと、自分の積み立てた資金であっても、一定以上の収入が他にあれば、年金支給が停止される。具体的に言うと、「賃金+年金」の月額が65歳未満は28万円、65歳以上は47万円を超えた場合、金額によって一部〜全部支給停止となる。

人生100年時代とか言っていても、実際に長く働き続けて収入を維持すると、年金は国に没収される。まさに逆の政策を続けているのだ。

筆者の場合、毎年支給停止が続き、65歳を過ぎてこれで厚生年金が満額もらえると思ったら、まだ仕事をしているので、ほとんど支給停止となっている。

さらに、日本の「ねんきん定期便」が記載している保険料納付額は、自分の払った厚生年金のみで、雇用者が払った金額が全く表示されていない。

雇用者が同額払っていることを(注)に書くだけで、本当は、「ねんきん定期便」に書いてある倍の金額を国に納めていることを意図的に隠して、ネコババしようとしているとしか思えない。

米国のソーシャルセキュリティの「ねんきん定期便」にあたるステートメントでは、はっきり"You paid"と”Your employers paid"の金額が、両方明示されている。

米国のリーガンからの年金改革は、まさに先見性ある改革だったと今更ながらに思う。

この辺のことを詳しく知りたい人は、2011年の資料だが、金融審議会で、株式会社野村資本市場研究所の人が、「米国における市場型金融の進展」ということで詳しく分析しているので参考にするとよい。中田さんの米国株投信イチ押しという結論をサポートする事実が述べられている。

米国に倣った制度である確定拠出型年金が選べるのであれば、自分の老後資金は自分で守ったほうがよい。

大変参考になり、自分で考えるモチベーションがわく中田さんのYouTube大学講義だった。芸人だから当然だが、話術もうまく、テンポもいい。ぜひ一度視聴してみることをお勧めする。

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2020年06月25日

生涯投資家 村上ファンドの村上世彰さんの「最初で最後の告白」?

生涯投資家 (文春文庫)
村上 世彰
文藝春秋
2019-12-05


<今回のあらすじは長いです>

村上ファンドで、東京スタイル、ニッポン放送、フジテレビ・ライブドア事件、阪神鉄道などで、「もの言う投資家」として有名になったが、2006年インサイダー取引で逮捕、有罪となったことから、現在はシンガポールに住んで、自らの資金のみでアジアの不動産などの投資を行っているという村上世彰(よしあき)さんの本。

シンガポールには相続税がない。その対策もあって、シンガポールに居を移したのだろうと思う。

本の帯に「最初で最後の告白」となっている。

実は、最近全くの別件で、村上さんの村上財団などの援助で、東大、慶応大学、阪大、京大等でコロナウイルスの大規模かつ精密な抗体検査のネットワークが出てきているのを知り、中田敦彦さんのYouTube大学でも、以前取り上げられていたので読んでみた。



ちなみに、村上財団が支援しているコロナウイルスの精密抗体検査については、プロジェクトリーダーの東大の児玉龍彦名誉教授が出演している次のビデオが参考になる。



村上さんは台湾人の投資家のお父さんを持ち、お父さんと一緒に旅をすることで、小さいころから投資家として経験を積んできた。小学校3年生の時に、大学入学までのお小遣いとして、100万円もらい、すぐにお父さんの愛飲するサッポロビールの株を50万円買ったのが株式投資の始まりだ。

この本で、お父さんに連れられてアメリカザリガニの養殖をしている投資家と一緒に会食し、ザリガニは苦手だったと書いている。筆者はニューオーリンズのザリガニ料理(大きなロブスターではなく、こぶりのアメリカザリガニそのもの)は好きだが、当時の村上さんにはおいしくなかったという。

灘中ー灘高ー東大法学部と進学し、大学卒業後はお父さんの後を継いで投資家になろうと思ったら、お父さんから「国家というものを勉強するために、ぜひ官僚になれ」と言われ、当時の通産省に16年間務めた後、1999年に通産省をやめて、オリックスと共同でM&Aコンサルティングという投資コンサル会社を立上げ、それからファンドビジネスに展開した。

村上さんは数字に強く、通産省時代に経営者に会うときには、その会社の財務諸表を読み込んでから会っていた。しかし、その会社の財務状況をちゃんと把握している経営者は多くなかったことに驚いたという。

今では当たり前の「会社は株主のもの。経営者は株主から経営を委託されているにすぎない」という考えは、何を言っているんだと日本では全く通用しなかった。

米国では1980年代から、株主が経営者を監視するという「コーポレートガバナンス」の考えが広まり、会社を私物化していた経営者が株主によって追われるという事例も起こった。それが、1988年の投資会社KKRによるRJRナビスコのLBO(買収した会社の資産・キャシュフローを担保にして買収資金を調達する手法)だ。この案件は、「野蛮な来訪者」という本になっている。




筆者も当時米国に駐在していたので、MBO(経営陣による会社買収)、LBOが盛んにおこなわれていたことを思い出す。

RJRナビスコの社長は、社用ジェット機を10数機、会社の金を使って社外取締役まで手なずけていて、完全に会社を私物化していたという。

村上さんは、日本でも「コーポレートガバナンス」が徹底されるべきだという信念と、すごい資産や内部留保がありながら、株価が低迷しているお買い得の会社がゴロゴロあるという日本の現実を見て、大きく儲けるチャンスだと考えて、会社を立ち上げた。

この本では、村上さんが多くの財界人や著名人と知り合いなことが、散りばめられている。投資には情報が最重要なので、情報を入手するための人脈が不可欠なのだ。

いくつか紹介すると、お父さんの代から家族ぐるみのつきあいだというシンガポールで2番目に大きい豊隆財閥(ホンリョングループ)郭令明さん、(百度のネット辞典で中国語サイト)、KKRのパートナーのクラビス氏、アクティビストファンドのLENSファンドを率いるロバート・モンクス氏、人材派遣会社ザ・アールの奥谷禮子会長、オリックスの宮内義彦会長(村上さんが設立したM&Aコンサルティングに出資してくれた)、福井俊彦元日銀総裁(あとで村上さんのインサイダー事件の際に、村上ファンドに投資していたことが国会で問題となった)などだ。

これらの人から、さらに三井住友銀行の西川善文頭取、日本マクドナルドの藤田田社長、セゾングループの堤清二さん、リクルート創業者の江副さん、小泉純一郎元首相等々、どんどん芋づる式に人脈は広がる。もちろん、仲が悪くなった例もある。イトーヨーカ堂の伊藤雅俊会長には、東京スタイルにTOBを仕掛けた件で、激怒されたことがあるという。

小池百合子都知事(通産省時代に外務省に出向してエジプト関係のイベントをやったときに、カイロの和食レストラン「なにわ」のオーナーから、娘がアナウンサーをやっているということで紹介された)や、期待している経営者としてLIXILの瀬戸欣也社長が紹介されている。

このブログで紹介したITベンチャー企業の創業者たちとも村上さんは親しい。2000年にITバブルがはじけた後、ITベンチャーの株が割安になったので村上ファンドで買ったのだと。

いまは懐かしいクレイフィッシュ(NASDAQと東証マザーズ同時上場した)の松島さんサイバーエージェントの藤田さん(藤田さんとは同じマンションの隣人になったという)、USENの宇野さん楽天の三木谷さん、GMOの熊谷さん、そしてホリエモンだ。

村上さんが、彼らをどのように見ていたのかがわかる。

村上さんが、会社経営で最も重視する指標がROE(当期純利益/純資産)だ。日本の古い経営者は、会社を自分の家計と勘違いしており、借金を嫌い、現金に余裕があれば安心する。そんな余剰資金を、会社経営の血液として循環させるためにROEを重視するルールができたのだと。

アベノミクスでも、第3の矢の成長戦略として、一橋大学の伊藤邦雄教授を座長にした「伊藤レポート」で、「8%を上回るROEを達成することに各企業はコミットすべきである」としている。

米国の株式市場が成長し続け、日本よりはるかに高い価値を保っているのは、物言う株主がいて、株主の利益を守るコーポレートガバナンスが機能する環境を築いてきたからであり、だから日本企業のPBRは平均で1だが、米国企業のPBRは平均3なのだと。

次はこの本に載っている米国と日本の上場企業時価総額比較の表だ。バブルの頃の一時期には日本が上回ったが、それを除いて、1995年頃までは日本と米国の株式市場の規模はほぼ同じだったが、現在日本は500兆円しかないのに、米国は2000兆円以上ある。

日米時価総額推移 (2)





















出典:本書200P

ほぼ同じレベルの純資産を保有しながら、株価に3〜4倍もの差がでるのは、投資家の「期待値の差」であり、投資家への「リターンの差」を意味すると村上さんは語る。端的な例が、米国企業の総株主還元比率が90%を超えているのに対して、日本では50%前後にとどまっている。

過去35年のダウ平均株価の推移と、日経平均株価の推移を見ると、日本はバブルのピークをいまだに超えられないのに、米国株価はリーマンショックの時期を除いて順調に右肩上がりとなっている。

ダウ平均株価推移過去35年












日経平均株価推移過去35年












出典:三菱UFJモルガン・スタンレー証券

世界の投資家が指標として最も重視しているのがROEだが、日本ではROE中心の経営が行われてこず、成長性や投資家へのリターンよりも、財務の健全性が指標として重視されてきたことが影響している。

企業と投資家がWin-Winの関係ができている例として、Appleとマイクロソフトを紹介している。

Appleの2012年度と2016年度のバランスシート

AppleBS (2)






















出典:本書211ページ

Appleは2012年度まではほとんど借入金がなかった。しかし、利益剰余金として資金をため込んでいたAppleに対して、投資家たちから還元の強い圧力がかかった。

無借金だったAppleは社債発行や借入によって、レベレッジを効かせ、株主への超積極的な還元プログラムを導入し、4年で総資産は倍になっているが、純資産はほとんど増えていない。

超積極的な株主還元プログラムの結果、Appleの株価はPBR6倍、PER18倍程度の高い水準となっている。

マイクロソフトの2004年度と2016年度のバランスシート

MSBS (2)






















出典:本書213ページ

マイクロソフトは稼いだ金を事業拡大投資に使い、1975年に創業した後、初めて配当を払ったのは2003年だった。2004年から大規模な株主還元計画を発表し、負債・借入金を増やして総資産を12年間で倍以上にしているが、純資産は減少して、適度なレバレッジが効いた状態になっている。マイクロソフトの株価も右肩上がりだ。

投資家は、投資先から資金が戻ってきた場合、必ず次の投資先を探す。日本の上場企業の様に、何も生み出さないまま資金を寝かせてしまうと、そのまま塩漬けになり、成長のために積極的に資金を必要としている企業へ回っていかない。そして市場は停滞し、経済全体が沈滞してしまうのだと。

米国のS&P500企業の数値で見ると、傾向として毎年ほぼ利益の全部を株主還元に回し、新規の事業への投資は借入によって賄っている(米国には内部留保課税もある)。適度なレバレッジを掛け、自己資本を減らせば自社のROE向上のみならず、銀行に眠っている日本国民の巨額の資金も有効に利用されるというマクロの効果もある。

日米の株式に対する投資家の評価の差は、投資家と企業との間で「資金のキャッチボール」ができているかどうかの差だという。それはまさに、コーポレートガバナンスへの理解と対応の違いだと村上さんは語っている。

日本企業の良い例として村上さんが挙げているのはソフトバンクだ。日本一の借金企業だが、株主価値向上のため、自社株買いにも積極的だ。

Ulletという会社のサイトに、ソフトバンクの過去5年間のバランスシートが掲載されていて参考になる。これによると、過去5年間で、ソフトバンクは総資産をほぼ倍増させており、株価はほぼ5割アップしている。

この本では、村上さん自身がインサイダー取引で有罪となったニッポン放送株大量購入と、ホリエモンのライブドアによるニッポン放送(小さなニッポン放送が、大きなフジテレビの親会社だった)を踏み台としたフジテレビの経営権をめぐる争いについても、村上さん側のストーリーを書いている。

この事件は中田敦彦さんの YouTube大学で詳しく取り上げられているので、こちらを参照願いたい。





村上さんは、阪神鉄道を中心とした関西の私鉄大再編、阪神タイガース上場などのプランを持って、阪神鉄道などと交渉していた時に、インサイダーで逮捕された。長年の阪神ファンの村上さんは、当時阪神のシニアディレクターだった星野仙一さんと会ったあと、星野さんが「いずれ天罰が下る」とメディアに語ったことがショックだったという。

インサイダー裁判は最高裁までいって、罰金300万円、追徴金約11億5千万円、懲役2年、執行猶予3年で有罪が確定した。一審の裁判官には「ファンドなのだから、『安ければ買うし、高ければ売るのが当たり前』と言うが、このような徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない」と言われたという。

村上さんは、いまもってインサイダーにあたるものだったかどうか違和感が残ると語っている。

この本の最後に、現在取り組んでいる各種の慈善活動、村上財団ピースウィンズジャパンや不動産投資、飲食業、介護事業などについて紹介している。

中田さんは、池上彰さんの「日本の戦後を知るための12人」に、村上さんが取り上げられていることも紹介しており、池上さんは、村上さんの自己弁護色が強いと語っているそうだ。




たしかに自己弁護の本かもしれないが、村上さんがコーポレートガバナンスについて言っていることは正しいと思う。ただ、あまりに金を儲けすぎたので、池上さんがいう「けしからん罪」の司法も含め、日本ではありがちな、金を儲ける人へのやっかみ半分の攻撃に、脇が甘かったところを付け込まれ、足をすくわれたというところかもしれない。

あらすじが長くなってしまったが、インサイダートレーディングで有罪となった「村上ファンド」の自己弁護本という色眼鏡で見ず、華僑にもネットワークを持つ稀代の日本人投資家の本として読むと大変参考になる本である。

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2020年06月16日

【再掲】ジム・ロジャースの中国の時代 20年先まで見据えた投資

2020年6月16日再掲:

中田敦彦さんのYouTube大学でジム・ロジャースの近著「危機の時代」を紹介していたので、2008年に出版された「ジム・ロジャーズ中国の時代」のあらすじを再掲する(リンクは見直して、ところどころに注をつけた)。








20年以上前に中国の時代が来ると予測し、シンガポールに移住したジム・ロジャース。2008年の本なので、予想が当たっていない部分もあるが、21世紀は中国の世紀だと、中国のポテンシャルを的確に見抜いた先見性に驚く。


2008年10月31日初掲:

ジム・ロジャーズ中国の時代ジム・ロジャーズ中国の時代
著者:ジム ロジャーズ
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2008-06-14
おすすめ度:4.0
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前回紹介した橘玲さんの「黄金の扉を開ける賢者の海外投資術」でもしばしば登場したクオンタム・ファンドでジョージ・ソロスのパートナーだったジム・ロジャースの中国投資ガイドブック。「私は20年先まで見据えている」と本の帯に書いてある。

ジム・ロジャースは1988年にクオンタム・ファンドをやめ、バイクで世界一周しながら、自分の目で投資機会を見つけ、早くからいろいろな国で投資しているので、アドベンチャーキャピタリストと呼ばれている。

筆者が最初に中国に出張したのは1983年だが、ジム・ロジャースが中国に最初に行ったのは1984年とのことで、当時の状況を思い出させる。

ジム・ロジャースが最初にバイクで中国を横断したのは1988年だが、一番時間が掛かったのは、上海からカラコルム高速道路?まで3,000キロを走破することではなく、必要な許可を中国政府から取ることだったという。

筆者も記憶があるが、当時は完全な中央集権体制で、地方政府の高官は中央の官庁から派遣された役人ばかりだった。

お金も中国人が使う人民元と、外国人用の外貨兌換券の2種類があり、ホテルやレストランの料金はすべてダブルスタンダード、レストランは外国人とつきそいの中国人の食事場所が分かれていた。

中国人料金は大体外国人料金の1/10から1/30程度だったと思う。ホテルの電話はすべて盗聴されており、日本に電話して交渉戦略を打ち合わせしたりすると、すべて中国側につつ抜けになるということで、事前に暗号のような合言葉を決めて中国との交渉に臨んだものだ。

中国国内は大都市中心の外国人解放区と地方の非解放区とに分かれており、非解放区は基本的に外国人が入ることが禁止されていた。筆者は浙江省杭州から車で6時間程度の横山という場所にある工場を訪問したが、途中のいくつもの町で役場に立ち寄り、通行許可を取ってからでないと進めないという有様だった。

ちなみに杭州の近くには、揚子江が逆流するので有名な銭塘江がある。アマゾンのポロロッカと同じ現象だ。

浙江省には杭州の西湖はじめ観光名所・旧跡が多いので、いまは浙江省杭州市の日本語ホームページもあるが、1983年には杭州には外国人用のホテルが2軒しかなかったし、朝食にパンを頼んだらカステラのようなボロボロくずれるパンが出てきた。

ちなみに1983年はビジネスでの出張だが、中国側が気を使ってくれて西湖観光や、仏教の天台宗の総本山の天台山国清寺、高級ウーロン茶で有名な龍井茶の龍泉を訪問し、宴会は西湖のほとりの楼外楼(赤坂の本店は無くなり、今は新橋と新宿に店があるようだ)で「乞食鳥」を食べた。

初めて「乞食鳥」を食べたので、その調理法にびっくりした。

観光客などほとんどいなかった時代なので、当時出来たばかりの花園飯店(記憶不確か)の食堂で、中国側の通訳やホテルの従業員らと食事のあと一緒に歌を歌って宴会をした。「北国の春」が、中国ではやっていたのに驚かされた記憶がある。



話が横道にそれたが、いずれにせよジム・ロジャースが1988年から中国に注目して、実際に投資していたことには脱帽する。(1988年に中国の株を買ったことは、「商品の時代」に書いてあった)

大投資家ジム・ロジャーズが語る商品の時代大投資家ジム・ロジャーズが語る商品の時代
著者:ジム・ロジャーズ
販売元:日本経済新聞社
発売日:2005-06-23
おすすめ度:4.5
クチコミを見る


この本は23年間、24万キロを掛けて書いた本と言うこともできると、ジム・ロジャースは語る。まさに実践派投資家である。


21世紀は(またもや)中国の世紀

21世紀は中国が中心になって世界を牛耳るので、子どもや孫には中国語を習わせておきなさいとアドバイスしている。2003年に生まれた娘のハッピーには、中国人の乳母をつけたので、北京語がしゃべれるという。

1970年までは「メイドインジャパン」といえば、安っぽくて品質の悪いものだったが、日本が大きく変わったのは今日中国に見られるのと同じ勤労意欲と高い貯蓄率、大企業と政府の利害の一致、技術革新の組み合わせだ。中国は日本の国土の25倍で、日本がもう失ったかもしれないハングリー精神とやる気に満ちているという。

次代のGM,マイクロソフト、AT&Tが現れるかもしれないとジムは語る。

この本では注目される業界と代表銘柄が紹介されているが、ジム・ロジャース自身がどこに投資しているかは書いていない。

この本を書いている2007年の段階で、中国株が上昇していたので、ジムはソフトランディングを予想しているが、もしもバブルが膨れ上がったら、しばらくは注意したほうが良いと警鐘も鳴らしている。その場合には、市況が底入れした段階で動けるように準備しておこうと呼びかける。

現在の中国株の市況動向から言って、底値はまだ見えないと思うが、10年、20年後の世界を考えると中国は「買い」だろうと筆者も思う。ジムが言う様に、準備をして長期保有株を仕込むのには良いタイミングではないかと思う。

shanghai stockmarket







注:上記は2008年時点でのチャートだ。ここ10年の上海総合指数のチャートはこちら。もちろん株価が何百倍にもなった企業もあると思うが、上海総合指数としては低迷していると言った方が良いだろう。

原著はもちろん英語なので、この本でジムはアメリカなど世界の一般投資家に中国への投資を呼びかけており、中国株の歴史的背景や、中国のカントリーリスクなどにも触れている。




ちなみに上に挙げたペーパーバック版は2008年12月に発売予定なので、たぶん最近の状況を踏まえて改訂されるのだと思う。


中国のリスク

1.侵略者としての中国
中国はICBMを40発程度持っていると見られるが、それは米・ロの保有する核兵器の4%程度で、抑止力的なものだ。朝鮮戦争やベトナムとの中越紛争までは中国は拡張主義者と見られていたが、一人っ子政策で子どもが一人しかいない今、親が喜んで戦場に送るだろうかとジムは疑問視する。

台湾問題についても、ビッグマックを売っている国同士では戦争したことがないという「マクドナルド要因」を取り上げる。中国は軍事費に国家予算の7%(実際はその3倍と見られている)を使って、軍備の近代化を進めているが、台湾とは経済面で不可分の関係にあるので(大前研一氏は「霜降り状態」と表現している)、国民党政府となってむしろ両国は強固な結びつきになるのではないかと語っている。

2.環境問題
「僕たちは敵に出くわした。それは僕たちだった」という言葉をジムは紹介し、中国の深刻な環境汚染について説明している。

筆者は知らなかったが、石炭に多くを依存している中国の温暖化ガス排出量は今やアメリカを抜き、世界一にならんとしている。カリフォルニアの曇った空に舞う粒子の1/4は中国から飛んできたものだという。

中国と世界のエネルギーバランスを対比して紹介しておく。いかに中国が温暖化ガス排出量の多い石炭に依存しているかがよくわかる。

energy balance Chinaenergy balance world

注:上記は2008年当時のチャートだが、2018年のエネルギーバランスも依然として石炭(と石油)中心で変わっていない。この辺が弱点と言えば弱点だ。

ジム・ロジャースが懸念しているのは、中国が将来砂漠化してしまうのではないかということだ。インドも中国にも増して水不足はひどいという。ジムは両国をバイクで旅して、水不足のためかつては栄えた町がゴーストタウンと化しているのをいくつも見たという。

世界で最も汚染のひどい都市20のうち16は中国にある。化学汚染によって土壌の良い土地は減少し、森林は砂漠化し、工業地帯に住む子どもの8割は鉛中毒に冒されている。工場排水の80%は下水処理がされておらず、2012年には揚子江は生き物の住めない川になる恐れがある。中国は人口当たりの水の量が世界で下から13番目だといわれている。

ジムは中国の水問題を解決するために、ロシアのバイカル湖の水が使われることを予想している。バイカル湖の周辺をバイクで走ったときに、バイカル湖が米国の5大湖をあわせたよりも多くの水量を持ち、世界の淡水の20%を占める世界最大の淡水湖で、一時は中華帝国の領土の一部だったこともあるという。

次がロシアの極東の地図だ。バイカル湖と中国の間には山脈があり、モンゴルがある。距離も相当あるので、はたしてジムの言っているようになるかどうかは筆者は疑問に思う。

Russland





中国政府や民間企業が上水道・下水道・下水処理のために多くの投資をすることが見込まれ、この関連の業界もビジネスチャンスが増えるだろうと予想している。

バロンズ誌は、中国の問題点として、さらに人口の高齢化と蔓延する汚職をあげているが、ジムは何億といる地方の人が今後何十年も高齢化する人口を補っていき、汚職はいわゆるアジアンタイガーには共通する問題だと整理している。


業界寸評と銘柄紹介

ジムは中国の現状を様々な角度から分析し、関連する業界の中国あるいは台湾又は世界の主要企業のここ3年の業績、上場市場と株価コードを紹介している。紹介している業界の切り口は次のようなものだ。

1.戦時によし、平時によし − 航空宇宙産業と台湾プラステックなど台湾企業

2.流体利益 − 公害対策企業とシンガポール企業、欧米企業など

3.この世では誰もが知っている − 保険・年金、石炭、タイヤ、アルミ、通信

4.現代中国の5大革新者 − 分衆伝媒(デジタルサイネージ)、百度(検索エンジン)、中国徳信(通信)、無錫尚徳太陽能電力(サンテック、太陽電池。2013年に経営破綻し、2014年に順風光電に吸収された)、アリババ(BtoB電子商取引)

5.うまい汁を啜る − 電力会社、石炭会社、石炭掘削機

6.イケ株、石油 − ペトロチャイナなどの石油会社

7.中国の風に吹かれて − アレヴァ(フランス企業、中国発の原発を建設),ユーセック(ウラン生産)、BHP(鉱山会社)、再生可能エネルギー会社など

注:ユーセックは米国企業で、2014年に経営破綻している。

8.アスファルトの上に立つ − 高速道路会社、港湾運営会社、建設業者

9.自動操縦 − 自動車会社、自動車部品メーカー

10.出発進行 − 鉄道会社、鉄道建設、船会社

11.船乗り計画 − 携程旅行網(旅行会社)、芸龍旅行網、空港会社、航空会社

12.全室煌々と − 上海錦江国際酒店(ホテル150軒のチェーン。1983年には上海で唯一の高級ホテルだった)、地方の旅行会社

13.空の飛び方 − 航空会社、空港会社

14.人民公社よ、さようなら、コンバインよ、こんにちは。− 食品会社

15.ジューシーな果実を − 飲料メーカー

16.タネ銭 − 食肉加工、種メーカー、農業機械

17.ファーストフード − 砂糖メーカー、牛乳メーカー

18.人民のスピリッツ − ワインメーカー、ビールメーカー

19.緑の大地 − 有機野菜、肥料

20.金を生む処方箋 − 超音波検査機、バイオ、医療サービス

21.中国の未来を保障する − 保険会社

22.宿題を少々 − 新東方教育科技集団(外国大学の入試英語教育)、通信教育、職業学校

23.建設的批判 − 不動産開発会社

24.エマージング中国 − ハイテク、宇宙・航空、インターネット(2006年末で、中国のインターネット人口は1億4千万人(そのうち76%は高速回線)、ブロガーは8千万人、中国語ウェブサイトは84万)、映画、スポーツ、クレジットカード、携帯電話(利用者5億人!)、ケーブル・テレビ(利用者1億4千万人)、出版、小売・ファッション。

1999年に中国にはスーパーマーケットは1軒しかなかったが、2003年には6万軒に増えたという。


最後にジム・ロジャースは、人民元に対する投資も比較的優れた安全な方法であると語っている。今後20年の間に、ドルに対して300−500%上昇すると予測している。次は人民元の対ドル相場推移だ。

CNY_USD





注:最近の人民元の対ドル相場はこちら。人民元に関しては、ジム・ロジャースの予言は当たっていない。

筆者が現在も使っている米国のインターネット専門銀行everbank(注:現在はTIAABankとなっている。ネット専用銀行の老舗で、いまだに健在だ)の多通貨投資サービスの人民元口座開設を紹介している。ちなみに筆者は知らなかったが、everbankは人民元以外でもいろいろな国の通貨で預金ができる。


やはり足で稼いだ情報は貴重だ。BRICS、特に将来のソニー、ホンダをさがすべく中国株投資を考えている人には是非一読をおすすめする。


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2020年05月25日

ロスチャイルド家と最高のワイン YouTube大学で取り上げられたので再掲

2020年5月25日再掲:

オリエンタルラジオの中田敦彦さんの「YouTube大学」で、最近ロスチャイルド家が取り上げられた。

中田さんの紹介したのは「富の王国ロスチャイルド」という本だ。

富の王国 ロスチャイルド
池内 紀
東洋経済新報社
2008-11-01



このブログでは、ロスチャイルドの3大ビジネスの一つのワインに絡めて紹介しているので、「ロスチャイルド家と最高のワイン」のあらすじを再掲する。

2009年時点での楽天市場のワインのリンクなどは設定しなおしてある。そういえば、今は10万円以上するラフィット・ロートシルトも、10年前は数万円で飲めた時代だったんだと、今になってなつかしく思い出す。


2009年11月9日初掲:

ロスチャイルド家と最高のワイン―名門金融一族の権力、富、歴史ロスチャイルド家と最高のワイン―名門金融一族の権力、富、歴史
著者:ヨアヒム クルツ
販売元:日本経済新聞出版社
発売日:2007-12
おすすめ度:4.5
クチコミを見る

フランスの5大シャトーのうち、2つを持つロスチャイルド家の歴史とワイナリー経営をつづった本。

これがロスチャイルド家の紋章だ。

250px-Great_coat_of_arms_of_Rothschild_family.svg















出典:別記ない限りWikipedia

前半はロスチャイルド家の歴史、後半はロンドンとパリのロスチャイルド分家が持つシャトー・ラフィット・ロートシルトと、シャトー・ムートン・ロートシルトの歴史を描いている。(ロートシルトはロスチャイルドのドイツ語読み)英語版Wikipediaが情報量が豊富なので、ところどころ英語リンクをいれた。

筆者はワイン好きなので、ほとんど毎日ワインをグラス半分くらい夕食の時に飲んでいるが、今まで漠然としか知らなかったロスチャイルド家の2大シャトー経営がわかって大変参考になった。

またロスチャイルド家をとりまく伝説の真偽のほどがわかった。

まずはロートシルトという名前だ。日本ではロートシルトを「赤い楯」と訳しているものが多いが、これは名詞の性を間違ったもので、男性名詞ならば「楯」だが、これは中性名詞なので「赤い表札」とでも訳すべきだと訳者は語る。

学生時代に第2外国語でドイツ語を習ったが、たしかに名詞には男性・女性・中性の三種類あったことを思い出した。

ロスチャイルド家の開祖は、18世紀半ばフランクフルトのユダヤ人街ゲットーに住んでいて、12歳で孤児となったマイヤー・アムシェルだ。マイヤー・アムシェルは商人となって頭角を現し、王侯貴族の御用商人として成功し、5人の息子を使ってビジネスをヨーロッパ規模に拡大する。

ロスチャイルド家の家系図(英文)

Rothschild_family_tree




















長男のアムシェル・マイヤーはフランクフルト本家、次男のサロモン・マイヤーはウィーンの分家、そして最も羽振りの良かった3男のネイサンはロンドン分家、4男のカールはナポリ、5男のジェームズはパリ分家の開祖だ。この5分家でロスチャイルド金融財閥をつくっていた。

「ロスチャイルド家の5人兄弟は、ワーテルローの戦いの結果をいち早く入手し、巨額の富を築いた」という伝説があるが、これは真偽のほどは疑わしいという。

戦いの結果はたしかにロスチャイルド家にいち早く届けられたが、ネイサンはその数日前に戦争の継続を見込んでイギリス政府に金を貸しており、予測が裏目に出たという。

ともあれ19世紀にはロスチャイルド家は「王たちに君臨するユダヤ人」と人々に呼ばれ、人々からねたまれる存在となっていた。

ロスチャイルド家の財力を各国の王家は頼りにし、ロスチャイルド家は産業資本家として製鉄所、汽船会社などを支援し、鉄道建設を推し進めたので「鉄道男爵」と人々は呼んだ。

ロスチャイルド家の分家は男子のみの相続と、分家間のいとこ同士での結婚を繰り返し、キリスト教徒との結婚は厳しく禁じられていたという。芸術のコレクションと育成に熱心で、各分家では当時の最高級の芸術品のコレクションを保有していた。

アメリカや新大陸、アジア、アフリカにも進出し、アメリカの鉄道建設の起債の引き受けでロスチャイルド家は事業を拡大し、1875年にはイギリス首相ディズレーリと組んでスエズ運河を買収した。

20世紀に入ると2度の世界大戦、特にナチスの迫害で財産は奪われ、芸術品はナチスが没収し、ノイシュヴァンシュタイン城に保管していた。

シャトー・ムートンのオーナーのフィリップはナチスの逮捕から逃れて、徒歩でスペイン国境を越えて脱出したが、妻のリリーはフランス貴族の出身でユダヤ人でないので安心していたところ、ナチスに捉えられて収容所で殺害された。

ロスチャイルド家は現在も活躍しており、2003年にはロンドンのロスチャイルド銀行と、パリのロスチャイルド銀行が合併し、LCFロスチャイルドが成立している。

1994年にはフランクフルトのユダヤ人墓地に80人もの一族があつまり、初代アムシェル・マイヤーの生誕250周年を祝ったという。


最初にワインに投資したのはロンドンロスチャイルド家

最初にフランスワインに投資したのは、ロンドンロスチャイルド家のネイサンの3男のナサニエルで、1853年にシャトー・ムートンを買収した。ちなみにボルドーでのワイン生産はローマ時代に始まったと言われる。

今も生きているボルドーワインの格付けが決まったのは1855年なので、その直前にムートンを買収したナサニエルは、ムートンを一級に格付けさせようと画策する。格付けは紆余曲折を経た後で、当時の仲買人の価格をよりどころにして決定され、ムートンは一級の取引価格であったにもかかわらず、二級となる。

ナサニエルは、「われ一級たり得ず、されど二級たることを潔しとせず。われムートンなり」とぶどう園に掲げたという。

ナサニエルはパリ分家のジェームズの娘婿で、甥にあたる関係だが、ロンドン分家のナサニエルに先を越されて、パリ分家の総領ジェームズは憤激したという。そして13世紀からワインを製造する一級のシャトー・ラフィットを1868年入札で獲得する。この時の入札の競争相手はナサニエルで、ロートシルト両分家はワイナリーを巡ってまさに骨肉の争いを繰り広げたのだ。

パリ分家がラフィットを手に入れてからも、両者の近くにあるカリュアド買収で火花をちらすこととなる。次がこの本に冒頭に掲載されているボルドー地区そしてムートンとラフィットがある場所の拡大図だ。隣接していることがよくわかる。

ボルドー







出典:本書冒頭の地図

19世紀後半にはフランスワインの伝統種をアメリカ在来のフィロキセラ虫が根絶やしにしてしまう大事件が起こり、フランスのぶどうはフィロキセラに強いアメリカの台木に接ぎ木することで生き延びる。


ムートンの中興の祖フィリップ

シャトー・ムートンを押しも押されもしない第一位ワインに押し上げたのはフィリップの努力だ。フィリップは20歳でムートンに着任し、不正追放、シャトー元詰め化、ラベルに一流画家の絵を利用、普及ワインのムートン・カデ販売、そして一級格付け獲得に専念する。

ワイン 赤ワイン 2017年ムートン・カデ・ルージュ / バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド フランス ボルドー / 750ml
ワイン 赤ワイン 2017年ムートン・カデ・ルージュ / バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド フランス ボルドー / 750ml

ムートンのラベル一覧

Mouton labels






出典:http://www.theartistlabels.com/

一流画家にラベルを書いて貰う条件は、そのラベルのヴィンテージ五箱と、好きな年のヴィンテージ五箱だという。たぶん多くの画家が20世紀最高のヴィンテージと言われる1945年のヴィンテージを選んだのだろう。

ナチス占領時代に難を逃れてカサブランカ経由脱出するが、奥さんのリリーはフランス貴族の出身にもかかわらずナチスに捕まり収容所で殺害されてしまう。戦争中のフランスワインのことは、「ワインと戦争のあらすじ」に詳しいので参照して欲しい。

他の四大シャトーとは五人クラブを結成し、協調関係を保ってきたが、1950年代に突如ムートンは仲間はずれにされる。一級でないからという理由だが、どうやらラフィットを持つパリロスチャイルド家の差し金のようだった。

フィリップは怒り心頭で、各方面に働きかけ、ムートンの格付け変更に力を注ぐが、格付け変更を勝ち取るためにはそれから20年の歳月を要し、1969年のポンピドー大統領就任で動きが出る。ポンピドーは以前ロスチャイルド家の会社の社長を務めていた。そして1973年当時農業相だったジャック・シラクよりついにムートンを一級に昇格させるという省令を受ける。

これでムートンのモットーは変わった。1973年のラベルに刻まれた新しいモットーは「われ一級なり、かつて二級なりき、されどムートンは変わらず」だ。

このブログでも紹介した1976年の「パリスの審判」のフランス人ワイン専門家9人によるブラインドテイスティングで、ムートンを含むフランスワインが、カリフォルニアワインに負けると、フィリップは審査員に電話して「私のワインになんて事をしたんだ。一級昇格に40年もかかったんだぞ」とどなったという。


ラフィットは管理人任せ

ロンドンロスチャイルド家出身のフィリップは、シャトームートンに住み、シャトーの経営を現地で手がけたが、ラフィットを持つパリロスチャイルド家はシャトーの経営は管理人に任せ、自ら経営に乗り出すことはなかった。

「ラフィット・ロートシルトは人頼み、ムートン・ロートシルトは俺頼み」と言われたという。

ラフィットは初めから一級、ムートンは実質一級と見なされていながらも二級というハンディがあったことが経営姿勢の差にも現れたのだろう。

ラフィットは1970年代になるとぶどう園に投資を強化する一方、貯蔵設備や醸造設備を近代化し、醸造マスターを代えた。1987年に建設したスペインの建築家リカルド・ボフィールの設計による回廊式貯蔵庫は、ワインセラー建築の傑作の一つとされている。


ムートンの系列ワイナリーと海外展開

ムートンとラフィットという同じロートシルトという名前がつく一級ワイナリーが二つあるので、系列がわかりにくいが、ムートンの系列のワイナリーは隣のダルマイヤック、シャトー・クレール・ミロン、エル・ダルジャン(白ワイン)とドメーヌ・バロン・ナーク、そしてフランスで最も売れている圧倒的な生産量のムートン・カデだ。

シャトー・ダルマイヤック [2016]年(750ml)【赤ワイン】【フルボディ】【ボルドー】【フランス】
シャトー・ダルマイヤック [2016]年(750ml)【赤ワイン】【フルボディ】【ボルドー】【フランス】

シャトー・クレ−ル・ミロン[2015]750mI 【結婚記念日】【赤ワイン 】【コク辛口】【お歳暮】【ワインギフト】
シャトー・クレ−ル・ミロン[2015]750mI 【結婚記念日】【赤ワイン 】【コク辛口】【お歳暮】【ワインギフト】

経営者はフィリップの娘のフィリピーヌで、会社名はバロン・フィリップ・ド・ロートシルト社、2004年には世界で約3億本のワインを売り、1億7千万ユーロの収益を上げた。

ムートンの海外展開はカリフォルニアワインのモンダヴィとのオーパス・ワン。1981年の最初の人箱はオークションで2万4千ドルで売れたという。モンダヴィは創業者ロバート・モンダヴィの死後、ティムとマイケルの兄弟の不和により2004年に世界最大のワインメーカー、コンステレーション・ブランズに13億6千万ドルという巨額で売却されている。

オーパス・ワン [2010] モンダヴィ&バロン・フィリップ <赤> <ワイン/アメリカ>
オーパス・ワン [2010] モンダヴィ&バロン・フィリップ <赤> <ワイン/アメリカ>

チリではコンチャ・イ・トロ社との合弁で1998年から生産しているアルマビーバが南米最高のワインの一つと評価されている。


ラフィットの系列のワイナリーと海外展開

ラフィットの会社はドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト・ラフィット社(DBR社)で、系列はムートンと争って手に入れたカリュアドと1962年に手に入れた隣のデュアール・ミロン、そして1973年にエリー男爵の甥のエドモンが買収したシャトー・クレルクとその隣のシャトー・マルメゾンだ。

【送料無料】シャトー・デュアール・ミロン’14(ACポイヤック:第4級グラン・クリュ 赤・フルボディ)赤ワイン【7786886】
【送料無料】シャトー・デュアール・ミロン’14(ACポイヤック:第4級グラン・クリュ 赤・フルボディ)赤ワイン【7786886】

1990年にはポムロール地区のシャトー・レバンジルを買収し、隆盛著しい南フランスでもドメーヌ・ドーシェールと提携している。1995年からは「コレクション」と呼ばれる割安なボルドー産ブレンドワインを販売している。

エドモンはボルドー大学のエミール・ペイノーの指導で、シャトー・クレルクのブドウを植え替え、正確な温度調整のできる醸造設備に入れ替えたので、メドックでも一級シャトーのないリストラック地区のグラン・クリュではないブルジョワ級のワインながら、シャトー・クレルクはグラン・クリュなみの評価を受けることとなる。

エドモンはメドックの”アンファン・テリブル”(恐るべき子ども)と呼ばれ、エドモンが1997年に亡くなると、その息子のペンジャマンもシャトー・クレルクに力を入れ、2005年のヨーロッパ審査委員会の評価ではラフィットより上、ムートンより4位下の43位にランクされている。

ロスチャイルド家の新しい世代も父祖を同様に、ワイン作りに精力的に取り組んでいることがよくわかる事例だ。フィリピーヌは「家柄に頼らない一族が、成功する一族なのです」と語っている。

ラフィットの海外展開はチリのロス・バスコスの買収、カリフォルニアとワシントン州に10のぶどう園を持つシャロン・ワイン・グループとの経営参加、アルゼンチンのボデガス・カロと提携した「カロ」と「アマンカヤ」、ポルトガル、イタリアのワイン生産者との提携などだ。


フランスワイン業界の苦境

フランスの一人当たりのワイン消費は、かつての年間135リットルから68リットルに半減し、フランスのワイン業界はユーロ高による輸出不振もあって苦境にある。そんな中でフランスの保険会社AXAミレジムやルイ・ヴィトン、モエ・エ・シャンドンといった企業がワインに目を付けラトゥール始め数々の由緒あるシャトーを買収している。

1855年にグラン・クリュとして格付けされたワイナリーで、経営が変わらなかったのはわずか2社で、三級のシャトー・ランゴア・バルトンとムートンのみだ。ラフィットもロスチャイルド家が買収したのが1868年なので、同じように長年経営が変わらなかったと言えるだろう。

これからもロスチャイルド家はワインビジネスをファミリービジネスとして続けていくことだろう。

今まで断片的にしか知らなかったロスチャイルド家とワインのことがよくわかった。ロマネ・コンティは高すぎて無理する気にもならないが、ムートンやラフィットなら、ちょっと無理をすれば手が届く超高級ワインである。

エール・ダルジャン 2009 シャトー・ムートン・ロートシルト元詰 AILE D’ARGENT Chateau Mouton Rothschild
エール・ダルジャン 2009 シャトー・ムートン・ロートシルト元詰 AILE D’ARGENT Chateau Mouton Rothschild

シャトー・ラフィット・ロートシルト 2014 750ml フランス ボルドー ポイヤック 赤ワイン 第1級シャトー キャッシュレス 決済 5%還元
シャトー・ラフィット・ロートシルト 2014 750ml フランス ボルドー ポイヤック 赤ワイン 第1級シャトー キャッシュレス 決済 5%還元

ムートンやラフィットは今まで1−2度しか飲んだことがないが、次に飲める時のために予備知識として読んでおきたい本である。


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2020年05月14日

1984年 今日的意義があるジョージ・オーウェルの名作

2020年5月14日再掲:

4月7日の非常事態宣言以来、仕事では外出していないので、自宅でユーチューブを見る機会が増えた。多くのチャンネルをチェックしているわけではないが、最近のお気に入りは、オリエンタルラジオの中田敦彦さんの「YouTube大学」だ。

原稿も見ずに、ホワイトボードに書いた要点のみを頼りに、毎回1時間程度の講義を、2回から3回にわけて、素人にもわかりやすく解説してくれるのは、さすがに吉本で鍛えられた芸人だけある。しかも、その講義の内容が、現代社会の教養として役立つものばかりで、筆者も大変勉強になった。

その中田さんが、今回はジョージ・オーウェルの「1984年」を取り上げているので、筆者のあらすじを再掲して、紹介する。

筆者は、ノンフィクションもののあらすじは詳細に紹介するが、小説のあらすじは「ネタバレ」になってしまうので、詳しく紹介しない主義だ。しかし、中田さんの場合には、解説付きの完全な「ネタバレ」となっているので、筆者のやり方とは異なる。

これだと、紹介された本の内容は理解したので、本自体を「読まなくてもいいか」という気になってしまうと思うが、これはこれでためになるだろう。





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2013年10月9日初掲:

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)
ジョージ・オーウェル
早川書房
2009-07-18


ジョージ・オーウェルの「1984年」を読んだ。

今まで学生時代に読んだと思っていたが、今回読み直して、実は自分の読んだのは「動物農場」で、「1984年」は読んでいないことがわかった。勘違いしていた。

動物農場 (角川文庫)
ジョージ・オーウェル
角川書店
1995-05


「1984年」は村上春樹の「1Q84」にも影響を与えている。

1Q84 BOOK 1
村上 春樹
新潮社
2009-05-29


このブログで紹介したフランソワ・トリュフォー監督が映画化した「 華氏451度」や2018年のHBOのリメイクにも影響を与えている。





「ビッグ・ブラザー」とか、「テレスクリーン」とか、「1984年」に出てくる主要な題材は多くの人が知っていると思う。

アップルがマッキントシュ・コンピューターを販売した1984年のスーパーボウルでの伝説のコマーシャルは、「ビッグ・ブラザー」と「テレスクリーン」を登場させている。



今はアマゾンに抜かれたが、一時はアップルが時価総額で世界最大となったことは、1984年当時は全く想像すらできなかった。このCMは巨人マイクロソフトに立ち向かうアップルのマッキントッシュPCという設定だ。隔世の感がある。

自分でも今回読んだばかりなので、エラそうなことはいえないが、ばくぜんと知っていることと、解説も入れて文庫で約500ページのこの作品を読むこととは全く別物だ。

いつも通り小説のあらすじは簡単にだけ紹介しておく。

時は1984年。

世界は、第3次世界大戦の核戦争の後、南北アメリカと一部アフリカとオーストラリアの大部分と一緒になったイングランド(エアストリップ1=第一滑走路という地名に変わってる)が属するオセアニア、ヨーロッパとロシア、トルコなどが属するユーラシア、日本と中国を中心とするイースタシアの3国に分かれている。

北アフリカ、中東、インド、東南アジア、北オーストラリアの紛争地帯をめぐって、いつ終わるともない戦争が起こっていた。

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出典:Wikipedia

食料や物資は常に不足し、配給はどんどんカットされる。時折ロケット弾が爆発して、死人が出ている。人びとは人口の85%を占める無学な労働者階級のプロールと、15%の一般人に分かれ、イングソック(旧イギリス社会党)が国を支配していた。

プロールは、酒とギャンブルやポルノでその日暮らしをしていた。プロールは下層民=アンタッチャブルとして、一般人のルールには従わなくてよい。だからテレスクリーンもプロールの家にはない。イングソックはポルノ課でポルノを制作させてプロールに配布していた。

イングソックは「ビッグ・ブラザー」という黒い口ひげの男が指導しており、一般人の住んでいる家には双方向テレスクリーンがもれなく設置され、常時監視されていた。

主人公のウィンストン・スミスは、真理省で「ビッグ・ブラザー」の予言と異なる現実が生じるなど、不都合な事実が生じると、新聞や雑誌を含めて、過去の記録をすべて改ざんする作業に従事していた。

たとえば党は飛行機を発明したと党史には記されている。

人びとは相互に監視し、子供が親を告発すると親は蒸発する。蒸発した人は、死刑に処せられているのだ。親を告発した子供は英雄気取りだ。

ウィンストンの父は彼が2−3歳のころに 蒸発した。 ウィンストンが12歳の時に、母と妹も蒸発した。

ウィンストンは現在39歳。一度結婚したが、妻のキャサリンとは性格不一致で長いこと別居している。一般人には離婚が許されないのだ。

ウィンストンが真理省で働いていると、同僚の二人が気になり始める。

一人は上司のオブライエン。イングソックの中枢にいる党幹部で上流階級だが、どうやら党に叛旗を翻す方策についてウィンストンと秘密の話をしたいらしい。もう一人は同じ真理省の別の部署で働く26歳の女性ジュリア。あるとき彼女はつまづいたフリをして、彼に愛を告白する紙切れを手渡す。

ジュリアとウィンストンはプロールの家の一部屋まで借りて逢瀬を重ねた。プロールの家にはテレスクリーンがないからだ。

あるときウィンストンがジュリアと一緒にオブライエンの大邸宅を訪問すると、オブライエンは反政府活動に属していると告白し、反体制派で今は亡命しているゴールドスタインの本をウィンストンに手渡す。

ウィンストンはゴールドスタインの本を読んで、なぜ党のスローガンが「戦争は平和である (WAR IS PEACE)、自由は屈従である (FREEDOM IS SLAVERY)、無知は力である (IGNORANCE IS STRENGTH)」となっているのかを知る。

イングソックは、人びとの言語を英語(オールドスピーク)から、ニュースピークに変え、人びとが複雑な思考ができないように語彙を極端に減らしたのだ。たとえば形容詞は、良い、非・良い、より・良い、より・非・良い、超・良い、超・非・良いの6語しかない。

そして二重思考(ダブルシンク)と呼ばれる洗脳を行った。党のスローガンのように矛盾することでも、どちらも真実と受け止める思考方法だ。たとえば2+2は5だと言われたら、それは真実だと反射的に言わなければならない。それが二重思考の正しい反応だ。

ゴールドスタインの本でイングソックが人びとの思考をコントロールしようとしていることに気がついたウィンストンは…。


「1984年」は今でも十分通用する寓話だ。元々はソ連を念頭に書かれた小説だが、主人公のウィンストンが真実省で担当している歴史を政府の都合の良いように書き換えることなど、どの国でも大なり小なりやっていることだと思う。

たとえば日本には右と左の両方の教科書問題がある。左は家永教授の教科書検定問題。右は新しい歴史教科書をつくる会の運動だ。

それ以外でも「敗戦」なのに、「終戦」と言い換え、「占領軍」を「進駐軍」と言い換えている。これはGHQ=占領軍の統治がやりやすいようにという配慮が発端だろう。

筆者は、別に韓国と中国についてことさら悪く言うつもりはないが、最近読んだ本のなかでも、いくつか例がある。

たとえば韓国では民族主義の影響で、「日帝36年」の間は朝鮮民族は朝鮮総督府の圧政に苦しんだと歴史の教科書に書いている。

しかし、実際はかなり違うことは、このブログで紹介した呉善花さんの「韓国併合への道」や、今度紹介するソウル大学の李榮薫教授の「大韓民国の物語」に詳しい。




大韓民国の物語
李 榮薫
文藝春秋
2009-02



呉さんは、「私はいかにして『日本信徒』となったか」の中で、戦後韓国の漢字を排除してのハングル一本やりの教育の弊害は、日本人が想像する以上に大きいものがあると語る。

漢字の廃止は、韓国人から抽象度の高い思考をする手だてを奪ってしまったのだと。高度な概念を漢字の表意性をぬきに、ハングルの表音性だけで自由に用いることは無理が伴うのだ。

今は漢字+ハングルや、英語+ハングルとなっているので、問題はないと思うが、ハングル一本やり政策は、ニュースピークの実例のように思える。




呉さんも李教授も圧倒的少数派で、呉さんは韓国から入国を拒否されているし、李さんは韓国内でつるし上げられている。

親日派は少数派だが、日本統治時代の朝鮮の近代化を、支配階級の「両班」の見地からでなく、一般国民の見地から見直そうという一部の動きもあり、次のような論文集も米国で発刊されている。




中国も共産党の正統性には抗日が不可欠だとして、反日教育をしていることが知られている。これによく使われる題材は「南京大虐殺」だ。

たとえば小林よしのりの対談集・「新日本人に訊け」に登場する中国から日本に帰化した石平さんは、「南京大虐殺」が知られるようになったのは、朝日新聞の本多勝一記者の「中国の旅」が出た後だと語る。

新日本人に訊け!
小林よしのり
飛鳥新社
2011-05-11



中国の旅 (朝日文庫)
本多 勝一
朝日新聞出版
1981-12


本多記者は日本軍が30万人を虐殺したと書いたという。当時の南京の人口は20万人だったのにもかかわらずだ。現在でも「南京大虐殺紀念館」には30万人という数字が掲げられているという。

石平さんは、あの時代の中国の状況がどうだったかよく知っているという。本多記者の取材した中国人は全員中国共産党に事前にブリーフィングを受け、「この質問にはこう答えろ」という想定問答集を用意して、丸暗記したことを語ったのだと。

本多記者は、中国共産党のプロパガンダの道具として使われたに過ぎない。

石平さんもあの本が出るまで「南京大虐殺」など知らなかったと。これは世界のプロパガンダ史上、最大の奇跡だという。


脱線したが、このように「1984年」は今日的な意味があり、今読んでも新鮮味を失っていない。

「ビッグ・ブラザー」など、よく知られているストーリーだからといって読まずに済まさないで、一度手に取ってみることをおすすめする。


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