2007年12月29日

アラビアのバフェット 大前流「心理経済学」の次に読むべき本

アラビアのバフェット“世界第5位の富豪”アルワリード王子の投資手法 [ウィザードブック125](DVD付) (ウィザードブックシリーズ 125)


2007年12月29日追記: アマゾンのこの本の書評を見たら、一つ星の低い評価と5つ星の高い評価が混在して両極端だ。低い評価は投資のハウツー本を期待して読んだ人によるものだ。

この本はハウツー本ではない。スティーブン・コビーが好んで引用する中国のことわざに「人に魚を与えれば一日食わすことができる。人に釣り方を教えれば一生食わすことができる」(訳は筆者)というのがあるが、この本はまさに「釣り方」を考える上で参考になる本であり、魚を与える本ではない。

そのことを念頭に、アルワリード王子の手法を参考として、「自分はどうするか」を考えて頂きたい。



1991年のシティバンクの危機を救った投資家として知られている”アラビアのバフェット”アルワリード王子の伝記。

前回大前研一氏の「心理経済学」のあらすじを紹介した。資産の積極運用を説く大前さんの本の、次に読むべき本として最適である。読んだ本しか買わない主義の筆者が買った今年4冊目の本だ。

アルワリード王子は、日本には投資していないこともあり、あまり知られていないが、2004年のフォーブス誌の世界の富豪の4位にランクされている世界でもトップクラスの投資家である。

Forbes 2004 list






2007年のフォーブスでも、13位にランキングされている。

Forbes 2007 list






この本はアルワリード王子が、CNNのニュースキャスターでジャーナリストのリズ・カーン(リズといっても男性)に1年間密着取材を許し、完成させた600ページもの伝記とドキュメンタリーである。

付属のDVDに、王子のみならず、王子の父のタラール王子、ニューズコープのルパート・マードック会長、ディズニーのアイズナー元会長や、シティグループのサンディ・ワイル元会長、シティバンクのジョン・リード元会長、カーター元大統領など、数多くのインタビューが載っており、ドキュメンタリーとしても非常に面白い。

このDVDだけでも十分価値はある。

世界の富豪ではマイクロソフトのビル・ゲイツなど、実業家が多くリスクアップされている。彼らは自社の事業を世界規模に拡大し、会社を公開し、自社株の価値が上がったことで世界の富豪ランキングに入っている。

2007年のリストには日本人は誰も入っていないが、ソフトバンクの孫さんや、楽天の三木谷さんがこのパターンだ。

例外的なのは第2位のウォレン・バフェットで、彼は事業ではなく、コカコーラ、ワシントンポスト、GEICO保険などの企業に投資し、そのリターンで自分の投資会社バークシャー・ハザウェイと自分の資産を500億ドルの規模まで成長させた。

ちなみに本日(12月28日)の日経新聞に世界の金融機関の時価総額ランキングが載っているが、バークシャーハザウェイは17兆円、世界7位で、投資会社としては世界トップだ。日本の金融機関のトップの三菱東京UFJ銀行は、12兆円弱で11位となっている。

バフェットに関する本は以前読んだが、このアルワリード王子の本に触発されて、再度バフェットの本(オーディオブック)も読み(聞き)直しているので、近々あらすじを紹介する。

The Warren Buffett Way: Investment Strategies of the World's Greatest Investor


バフェットは親しみを込めて「オマハの賢人」と呼ばれているが、「アラビアのバフェット」と呼ばれているのが、アルワリード王子である。

バフェットは長期投資家として知られ、その戦略は「バイ・アンド・ホールド」と「バリュー投資家」として知られている。

アルワリード王子も同じ戦略で、一度バフェットより「オマハでは私が「アメリカのアルワリード」と言われているのです」というレターを受け取ったことがあるという。バフェットの最大の賛辞である。

しかしバフェットと異なり、アルワリード王子は、200億ドルを超える自分の財産のみを投資して、世界第4位の富豪となったので、一般投資家の資金を集めて投資している訳ではない。

バフェットは株式投資に乗り出した1956年に、100ドルの元手で始めたそうだが、アルワリード王子も、1978年に父親から貰った3万ドルの元手でスタートしている。

あなたも私もその気になればできるやり方で、スタートしているのだ。

それが筆者が、大前さんの「心理経済学」を読んだら、次に読むべき本としてこの本をおすすめする理由だ。


3万ドルでスタートして10年で10億ドルに

アルワリード王子は1955年生まれ、筆者とほぼ同じ年代だ。初代サウジアラビア国王の21番目の息子のタラール・ビン・アブドルアジーズ・アルサウード王子と、レバノンの初代首相の娘モナ・エルソルハ王女との間に生まれた。

王子が5歳の時に、両親が離婚。それ以来王子はサウジアラビアに居る父と、レバノンに居る母の間を行ったり来たりして成長する。両親の離婚がアルワリード王子に大きな心の傷を与えたことは、この本のあちこちでわかる。

サウジアラビアのキング・アブドルアジーズ陸軍士官学校を卒業後、アメリカサンフランシスコのメンローカレッジで経営学を学ぶ。学業優秀なので大学を2年半で卒業し、1978年にサウジアラビアに帰り、学生時代に結婚した最初の妻との間で長男が生まれる。

王子といっても他のサウジアラビアの多くの王族のように、何も仕事をしなくても優雅に生きていけるほど、石油権益やコネクションがあるわけではなく、スタートは父のタラール王子から借りた3万ドルと、シティバンクのサウジアラビア合弁銀行から借りた百万リアル(約30万ドル)が資本だ。

サウジアラビアに戻った時は、不動産ブームの最後だったので、何件か不動産取引で収入を得て、その後はサウジアラビア王族としてのコネを利用して、外国企業の仲介者としてコミッション収入を得た。

最初はお父さんから貰った4部屋のプレハブ小屋を事務所にして、キンダム・エスタブリシュメント社を1980年に設立した。当初の数年は苦しかったが、王子にとって転機になったのが、1982年の韓国企業の建設商談をまとめ上げた時だ。

このとき王子は受託先のために一生懸命仕事をするかわりに30%という高いコミッションを受け取り、受け取った手数料でプロジェクトに出資して、儲けを不動産取引と株式取引に再投資するというサイクルを開始した。高リスク取引だが、それだけにリターンも大きかった。

ちなみに韓国企業から助けられたという思いは、その後1997年のアジア通貨危機の時に、王子が大宇や現代自動車など韓国企業数社に投資して「恩返し」をするという形になった。

王族として月間1万5千ドルの給付を受け取る権利があったが、1980年代の最初の数年は旅行もせず、コストを切りつめて、会社の経費も削って、従業員6〜8人の規模で懸命に仕事をこなした。

その間1982年に長女が生まれ、1984年にニューヨーク州にあるシラキュース大学の社会学部に入学、こちらも学業優秀なので11ヶ月でマスターを取得し、1985年に帰国した。

これらの不動産と株の取引により、最初にアメリカから帰国してから10年後の1989年には資産が10億ドルを超え、14億ドルとなった。

1990年には湾岸戦争で弱気になった地主から、リヤドの広大な土地を購入する。王子は今でもリヤドの最大の地主の一人で、250万平方メートルの土地を所有しているという。


次の飛躍は銀行業

次の王子の成功は銀行業だ。

サウジアラビアの銀行業界は軒並み人員過剰で、経営もお粗末な状態だった。そこで1986年に敵対的買収でユナイテッド・サウジ・コマーシャル銀行の経営権を握り、数年でリストラとコスト削減を行い、万年赤字だった会社を黒字に立て直す。

次に1987年に同じく赤字に苦しんでいたサウジ・カイロ銀行と合併させ、ユナイテッド・サウジ銀行とし、さらに1989年にはシティバンクのサウジアラビア合弁銀行のSAMBAと合併させ、中東最大級の銀行とした。

またサウジアラビア最大のスーパーマーケットチェーンの株式を取得し、次に別の食品会社・スーパーマーケットチェーンと合併させ、いわば「中東のネスレ」のサボラ・グループを設立したり、産業投資会社も買収したりで、投資の対象を広げていった。

銀行業界への投資拡大ということで、1989年に世界の4大金融機関であるチェースマンハッタン、シティコープ、マニュファクチャラーズ・ハノーバー、ケミカル銀行を研究し、これらの株を買い始める。

当時は不動産融資の貸し倒れと、中南米への貸し倒れが不良債権化しており、銀行は軒並み赤字で、とりわけシティバンクは最も業績が悪かった。しかし王子は将来性は最もあると考え、4行に分散していた投資をシティバンクに集中し、4.9%の株を保有することになる。

まさにサブプライム問題で、欧米の金融機関が軒並み巨額の赤字を出している今とダブる。いつか来た道、デジャヴュ(既視感)だ。

大前さんの「心理経済学」で紹介されていたが、シンガポールとか中国の政府系投資ファンドなどが、今なぜ欧米の金融機関の株を買っているのかわかると思う。


シティバンクの救世主に

アルワリード王子は約3年かけてシティバンクを徹底的に研究し、エントリーポイントという目標株価を設定し、その時が来るまでじっくり待っていた。

そして、その時が訪れた。シティバンクが自己資金増強のため1991年に増資したタイミングで株を買い増し、投資額約8億ドルで持ち株比率は15%弱まで達した。

このときはアルワリード王子の父親はじめ、みんなから反対されたが、いつもの習慣で一人で砂漠のキャンプに行って考え、そして決断した。

その後FRBの圧力で、1993年に持ち株は10%まで落としたが、3億6千万ドルの利益を実現した。もちろんそのまま株を持ち続けていたら、今は何十倍の価値にもなったのだろうが、それでもわずか1年半でリターンが40%超である。

バフェットは30年以上にわたって、平均年25%ほどのリターンをあげているが、アルワリード王子は20年にわたり平均23.5%のリターンをあげていると語っている。

あまりに巨額の資金を保有するため、その入手先をFRBなどが調査した。CIAの手先とか武器商人とかいろいろ噂されたが、アルワリード王子は、すべて自分の金であると語っている。


アルワリード王子の投資パターン

アルワリード王子の投資は次の3つのカテゴリーだ。

1.国際コア投資 : 銀行、ホテル、メディア、不動産、テクノロジーが中心で、シティグループ、フォーシーズンズホテル、フェアモントホテル、ニューズコーポレーション、タイム・ワーナー、ウォルト・ディズニー、ロンドンのカナリーワーフ、アップル、モトローラなど。

2.国際ノンコア投資:プラネット・ハリウッド(倒産)、ドットコム企業(倒産が多い)

3.サウジアラビアへの投資:キングダムホールディンググループの投資が中心で、サウジアラビア一の303メートルのキングダムタワー/ショッピングセンター、ホスピタル、キングダムシティ(複合住居施設)、放送局のロターナ、サウジ・アメリカン銀行、食品のサボラグループなど

成功ばかりではない。バフェットはインターネットバブルのときは、事業が理解できないとして、新興IT企業には一切投資しなかったが、アルワリード王子は2000年前後に「ミレニアムバグ(2000年問題)」と呼ぶPricelineやAmazon、eBayなどのドットコム企業への投資や、モトローラ、ネットスケープ、ワールドコム(2億ドル出資)などでも失敗した。ユーロディズニーでも失敗し、盟友アイズナー会長はディズニーを2006年に去ることになる。

元シティバンクで、王子のプライベートパンカーのマイク・ジェンセンは、最初は王子を触るものすべてを黄金に変えるミダス王だといっていたそうだが、このような失敗もある。但し、重要なのは失敗から学んでいることだと語る。

アルワリード王子は株価は毎日見ないという。長期戦略通りに事が運んでいるのかが重要で、毎日の株価の上下は問題ではないのだ。なるほどと思う。


アルワリード王子の私生活

私生活ではリヤドで317部屋もある超豪邸で、長男ハレド王子と長女リーム王女一緒に暮らしている。317部屋もあっても、どうするんだという気もするが、アラブの富豪はやはりケタが違う。

子供は二人ともアメリカのニューヘブン大学を卒業して、現在はアルワリード王子の会社キングダム・ホールディングで働いている。長女は、いずれはMBAを取るために、また米国に留学したいとの希望を表明している。

ハレド王子は自分でもインターネット関係などの米国株に投資して、実地勉強していたが、何度か痛い目にあったので、5%動いたら利食いあるいは損切りするという5%ルールを設定していたという。

長男のハレド王子は水上スキーで頭蓋骨骨折という大けがを負い、それが家族のきずなを強めることにつながった。

アルワリード王子の最初の妻のダラル王女との結婚は18年間続いたが、1994年離婚した。その後は2人と結婚・そして1年後に離婚を繰り返す。3人めは長女より1歳年上の妻だったが、アルワリード王子はいわば仕事と結婚している様なもので、結局長続きしなかった。

アルワリード王子の睡眠時間は短い。1日4−5時間あるいはそれ以下だが、スポーツ万能で、主治医によると健康管理は問題ないという。毎日深夜2時前後まで仕事をして、それから2−3時間読書にあてる。

これも筆者が強調したい点だが、アルワリード王子は大変な勉強家・努力家でもある。努力なしでは成功はおぼつかないのだ。

水曜日、木曜日の週末は毎週砂漠のキャンプに行って、砂漠を歩き、ベドウィンと交流し、彼らの話を聞いている。

砂漠でも、全長83メートルのプライベートヨットでカンヌでバカンスを過ごす時も、アメリカのジャクソンポイントで子供達とスキーをする時も、自然の中過ごすのが大好きなのだと語っている。

王子は国思いの慈善家でもある。

時々リヤドの貧民街をたずね、一戸当たり1,300ドル程度の小切手をプレゼントして回っている。

アルワリード王子の資産は200億ドルで、毎年五億ドルを私生活や会社の経費に充て、一億ドルを世界中いろいろなところで研究機関などに慈善寄付をしている。

2001年の9.11直後にニューヨークを訪れ、現在共和党の大統領候補で当時はニューヨーク市長だったジュリアーニ氏に一千万ドルの寄付をしたが、アメリカの中東政策の見直しを求めた声明文を発表したことで、ユダヤロビーの反発を恐れるジュリアーニ市長が寄付の受け取りを拒否し、マスコミで有名になった。

自家用にボーイング747 一機とホーカーシドレーのビジネスジェット二機を持っており、それで頻繁に出張する。外国の大統領や実業家ともしばしば面談し、付録のDVDでは父、息子のブッシュ大統領、ジスカールデスタンフランス大統領、イギリスのエリザベス女王とチャールズ皇太子などと会っている場面が収録されている。


アルワリード王子の投資戦略

キングダム・ホールディングの広報担当が語ることによると、アルワリード王子はすべてに細かく指示をだす。記憶力も抜群で、王子は映像としてすべて覚えているのだという。

筆者はうまくできないのだが、物覚えが良く、絶対に忘れない人というのは、映像で覚えることができる人なのだろう。

アルワリード王子は、会社の少数株主となり、外部から影響力を行使することを選び、取締役会などには名を連ねない。プライベートバンカーのマイク・ジェンセンによると、投資の大半は長期的な戦略に基づいたもので、王子はジェンセン自身が今まで出会ったなかで、最も洗練された戦略を持っているという。

戦略的に考えるチェスのチャンピオン ガリー・カスパロフが王子のヒーローだったという。日本ならさしずめ羽生さんなのだろう。

アルワリード王子のいつものコメントは「問題はいらない。解決策が欲しいんだ。」であり、付録のDVDでも四六時中電話やオフィスで指示をしている姿が収録されている。

王子は非常に頑固な性格で、添付のDVDでは著者のリズ・カーンが立ち会ったボーイング747プライベートジェットの改造工事で、4社の相手と厳しく交渉する姿が取り上げられている。

頑固にベストディールを求め、バーゲンプライスで買えるまで長期間でも待つ。それが王子がビジネスで成功した秘訣で、バリュー投資家バフェットと並び称される理由だ。

ディズニーのマイケル・アイズナーや、ニューズコーポレーションのルパート・マードックは、アルワリード王子を高く評価して、「頭の切れる男、東西文化の橋渡しのすご腕」と表現している。

アルワリード王子は「一番が好きだ」と語り、世界一のシティグループの一番の株主だったことを誇りに思っている。世界最高級のフォーシーズンズホテルチェーンや、ニューヨークのプラザホテル(その後売却)への投資も、世界一のブランドへの投資である。

パリのジョルジュサンクホテルは王子が買収する前は、せいぜ3つ星のホテルだったが、買収後二年間かけて大改装し、新しくオープンした後は、四年連続で世界のベストホテルに選ばれ、レストランはミシュランの三つ星を獲得した。

営業開始後こんなに早く三つ星を獲得できたホテルのレストランは、他にはないという。王子はなんでも一番が好きなのだ。


ドキュメンタリーDVDも秀逸

600ページにもわたる本だが、付録のDVDが良くできていて、本をフォローする内容で、理解をさらに深めてくれる。映像も編集も良く、さすがCNNのニュースキャスターを使って制作させたDVDである。

このDVDだけでも本書を手にする価値があると思う。中東最大の資産家で、世界の富豪であるが、アラブのオイルマネーとは関係なく、スタートは三万ドル(今なら340万円)の自己資金だ。

決して夢物語ではない。自分でも5年から10年後の世界を思い描いて長期戦略を立て、長期保有を前提にバリュー投資を続けていけば、資産を数十倍にできるのではないかという気にさせる本だ。

大前研一氏の「心理経済学」のあらすじを紹介したばかりだが、大前さんの言っている不安心理を捨て、資産の積極運用を開始するには、良い実例だと思う。

これだけのボリュームとDVDが付いていながら1,800円という「バリュー価格」で、まさに投資家に最適の本だと思う。是非一読をおすすめする。



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Posted by yaori at 10:51Comments(0)

2007年12月27日

大前流心理経済学 個人金融資産を政府系ファンドで積極運用し生活者大国へ

2007年12月27日追記: 本日の日経新聞がトップで報道していたが、12月26日に内閣府が「国民経済計算」で日本のGDPと一人当たりGDPの国際比較を発表した。世界2位からの転落のスピードの早さが明らかなので追掲する。

GDP1






GDP2






GDP3






今やオーストラリアにも抜かれ、OECD30ヶ国の中で18位である。いかに円安と、低成長、低金利が日本の国際的地位を毀損したかよくわかるグラフだ。

大前流心理経済学 貯めるな使え!
大前流心理経済学 貯めるな使え!

日本人の不安心理を根底から払拭し、資産の積極運用で日本経済を21世紀も世界に君臨する様に立て直す大前研一氏の新提言。

いつも通り、非常にわかりやすく、論点も明快だ。

大前さんの本は、「はじめに」と目次を読むと本の大体の内容がわかり、最後の数ページを読むと提言がわかるので、頭にスッと入る。Amazonの「なか見検索」に最適の構成だが、講談社のこの本は「なか見検索」に対応していないのが残念だ。


要約:

今回のあらすじは長いので、なか見検索の代わりに要約しておく:

日本の個人金融資産は1,500兆円といわれ、アメリカの5,000兆円に次ぐ世界第2位の規模である。

この個人金融資産はいわば巨大な水ガメで、これが流れ出したら世界が今まで経験したことのないようなインパクトの経済効果が生まれる。世界の市場を動かしているオイルマネーでさえ、100兆円規模でしかないのだ。

ところがこの水は流れ出る気配もなく、日本国内で低金利で運用され、あまり増えていない。日本人が持つ将来への漠然たる不安が、国内で低金利の郵便貯金(オイルマネーを超える250兆円規模)とか、銀行預金に資金を留めている原因だ。

世界では高齢者になるほど資産が減っていくが、日本では逆で、不安心理により高齢者になるほど資産が増え、最後には一人平均3,500万円もの金融資産を残して死んでいく。しかしカネは墓場まで持ち込めない。

要介護者は全体の1/7,75歳以上でも3割で、ほとんどの人が「ぽっくり逝ってしまった」パターンだ。大半の人は、不安を持つことなどないのだ。

低金利政策は国の放漫借金の穴埋め、金融機関支援策であり、その実体は個人財産の収奪だ。日本の個人資産はここ10年で、2割しか増えていないが、欧米は8割前後増えている。

円の価値は円安で20年前の水準に戻り、米国には水をあけられ、他国にはどんどん追いつかれている。このままでは欧米はおろか、時間の問題で、中国等にもGNP、産業競争力で負け、資産でも負けてしまう。

もう日本の時代は終わったと中国あたりにまで言われて意気消沈し、30代の人でさえ将来に不安を持っている。子供まで将来に明るい希望を持てないという日本の現状だ。このまま国力が落ち、若者のいなくなった日本は、北朝鮮の侵略の良い標的となる危険性もある。

しかし既に日本人は問題解決の手段を持っている。あとは心理を変えるだけなのだ。世界2位の1,500兆円という資産を、世界水準の年率10%前後で積極運用して日本の国富を増やし、少子高齢化になっても他国の追従を許さない世界最大の資本供給国として世界に君臨し、老齢者はアクティブなシニアライフを楽しめるのだ。

日本ほど国民の心理によって経済が大きく動く国はない。心理を動かすことこそが景気回復の最も効果的な方法であり、非効率かつ閉鎖的な社会システムを変革し、生活者主権の国を築くための最後のチャンスなのだ。

そして誰もが日本人に生まれてよかったと思えるような国になれる。これが大前流「心理経済学」の帰結である。


心理経済革命を提唱

大前さんがこの本で提唱するのは、「心理経済革命」で、日本人の心理を動かすための経済政策であり、日本を生活者大国にするための筋道である。

これは全く新しい経済概念を打ち出すものであり、大前経済学の最先端であると同時に、現時点での決定版であると大前さんは力説する。

政府は個人金融資産1,500兆円をずっと塩漬けにして、パクるつもりなのだ。これからは国家が国民を守るのではなく。国民をだます時代になる。おとなしい国民は、借金漬けでせっぱ詰まった政府に世界一の蓄えをカモられる。

だから国民は自衛しなければならない。自分のカネは納得できる人生を生きるために使い切らなければならないのだと。

眠ったままの1,500兆円の個人金融資産を市場に流れるようにすれば、世界を席巻するパワーを持つ。

日本では銀行の定期預金に250兆円、郵便貯金に250兆円、合計500兆円が塩漬けになっている。さらに外貨準備に100兆円あるので、合計600兆円のすぐに運用できる資産がある。

ハーバード大学の資金は3兆円規模で、運用益は15%だ。たとえば600兆円を10%超で運用できれば年間約50兆円の日本の税収を上回る年間60兆円の運用益が出る。この一部を国家再建に使うのだ。


国家全体が「夕張」化する日本

2006年6月に北海道の夕張市が、財政再建団体指定を申請、実質倒産した。夕張市の人口は1万3千人、債務は630億円。日本が1億3千万人で、国債発行残高は637兆円。ちょうど夕張市の一万倍の規模だ。

しかし日本のほうが地方債を含めると債務は840兆円もあり、夕張市よりひどい。夕張市は大幅な職員削減や給与カットを行っているが、日本はなにもドラスティックな対策は打っていない。

それは政府なら輪転機でいくらでもお金を印刷できるからだ。しかしこのまま輪転機でお金を刷っていれば、ハイパーインフレとなる。

国の債務だけではなく、特別会計支出や、全国に1,000ほどある特殊法人の債務をあわせると国の借金は1,200兆円を超える。

さらに少子高齢化だ。少子化の直接原因が未婚・晩婚化である以上、政策によって出生率を増加させるのは難しく、人口はこれからどんどん減っていく。2046年には一億人を割り、2055年には9,000万人になると予測されている。

生産年齢人口はどんどん減ってくる。65歳以上の老齢人口は、2040年頃まで増え続け、4,000万人近くに達する。かたや生産年齢人口は2005年の8,400万人から2055年には4,600万人にまで減少すると予想されている。

生産年齢人口には学生や主婦も含まれているので、実質的な労働力は現在でも6,600万人、それが2055年には3,000万人台まで減ると予想されている。

国の約束している年金を払おうとすると、将来800兆円の財源が不足する。つまり日本の本当の債務は2,000兆円もあるのだ。国民一人当たりにすると債務は2,000万円を超え、勤労者1人当たりだと3,000万円を超える。

このままでは日本が世界に誇る個人資産1,500兆円をもってしても、まかなえなくなるのだ。

借金を返す人口は年を追う毎に減少し、50年後には今の半分となっている。つまり、一人当たりの負担額は倍となり、実質的に返済は不可能となる。


ボツワナ並みの日本国債の格付け

これだけの債務を返済するにはデフォルト、増税、そして世界中からお金を借りるの3つしか手はない。

アメリカは世界中からカネを借りているが、GDP比では0.65程度で比較的健全で、しかも国債の金利は5%の高い金利をつけている。

日本はボツワナ並みの格付けだが、債務残高の対GDP比は次の表の様に先進国ではダントツに高い1.8だ。

ボツワナはダイヤモンドなどが採れるので、いざというときはダイヤモンドを掘って借金を返すことができるが、日本は資源がないので、高齢者も含めて人が働いて返すしかないのだ。

債務残高の国際比較






当時の財務相の塩川正十郎氏(塩爺)が「国民の多くがエイズ患者である国と同格とは何事か!」と怒ったが、日本は次表のように少子高齢化の影響で、いびつな年齢構成となっており、若年層が多いボツワナより事態はずっと深刻なのだ。

人口ピラミッド







円安は日本の長期衰退の象徴

円安を歓迎する日本人の思考は不可解であると大前さんは語る。

学者は何も言わず、財界は輸出型企業のトップが牛耳っており、マスコミもそれに乗るので、国民も円安のほうが良いのかという気になる。

ところが既に2005年度で資本収支の黒字が貿易黒字を上回っており、輸出に有利というモノの流れだけで経済を考え、円安を歓迎する意識は完全に時代遅れである。

円安は日本の長期衰退の象徴なのであると。

筆者もこれを読んで思ったが、対ドルだとあまり気がつかないが、世界のほかの通貨との実効レートで比較すると、ユーロやポンド、元、ウォン、オーストラリアドルなどに対して弱くなっているのである。実効為替レートからすると、なんと円高の始まりとされる1985年のプラザ合意時点での相場まで落ちているのである。

大前さんの本に載っているグラフにならって、自分で日銀の公開資料から次の円の実効為替レート推移表をつくってみて驚いた。

昔「エコノミックアニマル」と呼ばれ、必死に輸出で外貨を稼いで外貨準備を増やし、結果的に円の価値を国際的に上げてきたが、今は完全に逆コースだ。

YEN実効レート





一人当たりGNPも一時は世界2位だったが、現在ではOECD30カ国中14位まで低落している。筆者も、いまだに世界第2位のような気持ちでいたが、円安の影響は厳しいものがある。

最近東京に外資系のホテルが何社も進出し、一泊最低6万円からという話を何か別世界の話の様に感じていたが、思えばヨーロッパの主要都市のホテルはちょっとしたホテルでも5ー6万円はざらという話だ。外国人が日本に旅行に来て、日本は安いと思うわけだ。

要は円が弱くなったので、ヨーロッパが異常に高く感じるのだ。

資源高により原材料費は上がっているので、円安は物価高とインフレを招き、国民にとって明らかにマイナスだ。また国際比較での国力も低下しているゆゆしき事態なのだ。


日本の個人資産の優位性は低下

日本人の金融資産の内容を見ると現金・預金が51%、保険・年金が26%で、併せて77%を占める。リスク資産の株式は12%のみだ。

これに対してアメリカは現金・預金は13%だけで、債権・投資信託・株式が52%。32%を占める保険・年金準備金は401kで投資されているので、資産の85%を投資・運用していることになる。

金融資産と非金融資産(不動産など)の合計もバブル時代の1990年に日本は2,700兆円で、アメリカの3,500兆円に次ぐ規模で、日米比は1:1.3だったのが、現在ではバブルがはじけて日本は2,500兆円に減少する一方、アメリカは8,000兆円に増え、1:3.2と大きな差がついている。

アメリカの投資資金は72%が退職後の資金となっており、投資信託も原則として5年や10年以上の長期保有で、預金金利の5%を超える運用益で回しているので、5,000兆円の資産は毎年数百兆円増えているのだ。

これでは日本と差が出るのも当たり前である。日本の一人当たりの家計金融資産額は、1,206万円で国際比較ではどんどん順位が落ち、一時は世界一だったのが、現在は四位で、運用利回りが高いオーストラリアに肉薄されている。

ここ10年間で、日本人の家計金融資産は21%しか増えていないが、フランスは87%、イギリスは79%、アメリカも77%、ドイツでも56%増えている。諸外国との差は拡大するばかりだ。

大前さんは、あまり役に立たない大学受験までは必死に勉強するにもかかわらず、社会人になってから収入アップにつながるような勉強をしないのか、そして運用によって資産を増やそうとしないのか、これも理解不可能な日本人の心理だと手厳しい。


日本人の心理を動かす7つの方法

大前さんは日本人の心理を動かす方法として、7つの提案をしている。

1.金利を上げる
2.相続、贈与等の関する税制を見直し、資産の若年層への移動を早めにする
3.住宅の建て替えを奨励する
4.アクティブ・シニアのためのコミュニティをつくる
5.いくらあれば生活できるのかライフプランを提示する
6.ベンチャー企業のエンジェルになる
7.資産運用を国技にする


政府系ファンドをつくり国民の資産を高率で運用する

前述の7つの提案のうち、最も重要なのは7.の資産運用を国技にするという提案だ。

最近シンガポール、ドバイ、中国などの政府系ファンドが注目を集めている。

本日(12月20日)の日経新聞にも、「国家マネー 世界に広がる影響力」というタイトルで、2006年からの政府系ファンドによる欧米金融機関などへの投資実績が掲載されている。1位、2位は後述のシンガポールのGIC、テマセクが占めており、GICはUBSに約100億ドル、テマセクはスタンダード・チャータード銀行に約80億ドル、バークレイズ銀行に約20億ドル投資している。

その他にも、アブダビ投資庁のシティグループへの約80億ドル、中国投資のモルガン・スタンレーへの約50億ドル、ブラックストーンへの約30億ドルの出資など、サブプライム問題でバランスシートが痛んでいる欧米の超優良投資銀行などの株に巨額の投資を実施している。

サブプライム問題は基本的には一過性の問題と見ているのだろう。機を見て敏な政府系ファンドの動きが注目されているが、ファンド本家のアメリカは後述のように、確定拠出型年金401k導入で、資産運用を国民みんなの関心事として国技にしており、世界中の企業を追いかけている。

日本も個人金融資産の1,500兆円の一部を使って、有名ファンドマネージャーを雇ったシグニチャーファンドをつくり、世界中の国に分散投資するのだと大前さんは提唱する。

10%から15%の運用実績があがるのであれば、ファンドマネージャーに1%の手数料を払っても惜しくない。

カナダのジェームズ・オショネシー、アメリカのロバート・ソロモン、インドのランジット・バンディットなど有名ファンドマネージャーがいるが、ワールドクラスの人を雇って運用実績ランキングを出すのだと。

日本でもやっと、議員や政府代表団がシンガポールのGICなどを視察し、政府系ファンドの研究が始まったようだが、中国、ロシアの国営ファンドは急速に拡大している。

中国は外貨準備の20%を投資に向けると発表しているが、150兆円の20%、30兆円あれば、オイルマネーの100兆円よりは少ないがサウジアラビア一国の運用規模に匹敵する。前述の通り、モルガン・スタンレーやブラックストーングループに巨額の出資をしている。

ただし国家ファンドは危険な面もある。圧倒的なファンドの資金力を利用して、一国の軍需産業とか、重要産業を実質コントロールするというような陰謀も可能だ。

だから政治的・国家的な意図を含む恐れがあるので、自分たちで運用すると絶対に失敗するから、世界のファンドマネージャーを集めて運用をゆだね、そして年金も401k型(個人が運用先を自由に選べる年金)にして、ファンドで組成するのだ。

こうした資産形成を通じて、日本人が本当に世界のことを理解するようになることを、大前さんは期待すると。

筆者も答えがわからないのだが、例えばなぜ南米のペルーの経済が伸びているのか、石油の出ないドバイがなぜ好調なのか、ロシアでなぜ三菱車が売れているのかなど、新聞には出ない情報を国民が調べようとするようになる。それが日本を変えるのだと。


注目されるシンガポールの国家投資ファンド

シンガポールは、20年以上前から第二次産業から第三次産業中心にモデルを転換し、空港や港湾に力を入れ、アジアの交易のセンターになっている。

規制を撤廃し、税率を下げて多国籍企業のアジア本社誘致に力を注ぎ、今や500社以上の世界的企業が、東京、香港を尻目にシンガポールにアジア本社を置いている。

さらに金融機関の誘致をして、今ではアジア一のファイナンシャルセンターとなり、ヨーロッパ系ファンドの多くがシンガポールに進出している。

国民年金GICリー・クアンユー元首相自身が、長らく理事長となって年金の運用を世界的に分散し、10兆円の規模で、ここ25年間の平均で9.9%という高い運用益を挙げているので、国民は安心して引退できるようになっている。

政府系企業の持ち株会社テマセクも中国系企業の株を売り、400%という高い投資リターンを得て、それを欧米に投資するなどフットワークが軽い。

シンガポールは東京23区程度の面積で、人口400万人だから、国民一人当たり年金資産は250万円となる。

大前さんは、かつてシンガポールの経済開発庁のアドバイザーを務めていた関係で、リー・クアンユーに聞いたことがあるが、彼の答えは明快だったという。

「中国が目覚めた今、どんなに産業政策に力を入れてもかなわない。しかし、シンガポールの人口であるなら、年金資金を世界中の有望企業、有望地域に投資すればそのリターンで国民を食わしていくことができる。産業政策は首相がやればいい。僕は、国民を食わせるために年金の投資を世界規模でやるのだ。」

一国の指導者とは、このような人のことを言うのだと、つくづく思ったものだと。


アメリカのレーガン革命

世界の投資ファンドの本家本元ともいえるアメリカではレーガン大統領の時に、どう計算しても政府の約束していた年金が払えないことがわかったから、401Kという自分で運用先を選べる確定拠出型年金を導入した。

そうすると運用益を向上させるためにみんなが一斉に勉強を始め、株式市場やファンドなどが大盛況となった。国民を突き放すことによって、むしろ国民は勉強し、今の金融大国アメリカが誕生した。

筆者は米国に二度駐在したが、二回目はちょうどインターネットバブルの時で、アメリカ人の同僚が、インターネット向け投資ファンドを401Kに組み込んでいたことに驚いた。普通の人が投資に非常に敏感で、実際に自分の年金資金を様々なファンドで運用しているのだ。

アメリカの401kでは自社株の組み込み比率が50%以上の場合もあり、GEとかナイキとか業績好調企業の従業員は、20年以上勤めてリタイアするとみんな1億円以上の億万長者になっているケースが続出した。

大前さんが社外取締役をやっていたナイキなどは、あまりに社員の年金が積み上がるので、一年間積み立てを免除したほどだという。

アメリカの空前の高級住宅ブームは、平均的なサラリーマンが年金の担保余力によって年俸からは想像できないような高額住居に手を出した結果だという。

やはり資産は持っているだけではダメで、運用してなんぼという気がする。


中台関係は霜降り化

中台関係のパラダイム変換の指摘も面白い。大前さんは台湾海峡有事は起こりえないと思っている。中国と台湾の経済はもはや完全にビルトインされて、いわば霜降り状態だからだと。

9万社もの台湾企業が中国で事業を展開し、2,000万人しかいない台湾人の200万人が中国大陸で働いている。しかも台湾企業のみならず、中国の国営企業でも重要なポストを占めている。

仮に台湾海峡有事が起こって台湾人が引き上げたら、中国のダメージのほうが大きいという状態なのだと。

今では中台関係がさらに変化している。

中国には100万都市が200もあり、それが台湾の5倍、6倍のスピードで発展を続けている。

中国ではもう台湾の力は借りなくても良いという「台湾ナッシング」に向かっているのが現状で、そうはさせじと台湾は中国の内部に入り込むという状態なのだ。

中国の輸出トップ10社を見ると、台湾企業のEMS3社が入っている。

日本が今意識しなければならないことは、アメリカが日本よりも中国重視にシフトし始めたことだと。アメリカと中国は、21世紀は米中の時代と思っており、すでに動きだしている。


新しい現実を生きていくためのライフプラン

最後に大前さんは、新しい現実を生きていくためのライフプランを提唱している。20代、30代は世界標準の人間になることだ。英語力だけでなく、真のコミュニケーション能力、多様な価値観を許容できる人間だ。

40代、50代は資産運用を必死に勉強すべしという。自分で5%から10%の運用利益を取れるようにする。ビジネスブレークスルー大学院大学の大前さんの株式・資産形成講座も紹介されている。

そして50代以降は引退後のアクティブシニアライフの準備を具体的に始めろという。移住先の研究、移住後の不動産を早めに買って賃貸に出し、ローンを支払って引退したときに移り住む。

幸福な人生の実現は心理に掛かっている。

日本ほど国民の心理によって経済が大きく動く国はない。心理を動かすことこそが景気回復の最も効果的な方法であり、非効率かつ閉鎖的な社会システムを変革し、生活者主権の国を築くための最後のチャンスなのだ。

そして誰もが日本人に生まれてよかったと思えるような国になれる。これが大前流「心理経済学」の帰結である。


+++++++++++++++


あらすじは以上で、次は筆者の感想である。


何かいつもと違う舌鋒

この本を読んで、いつもと違う舌鋒を感じた。

大前さんは、小泉政権などは、「小泉破れ太鼓」と呼んで、郵政民営化などを時代遅れの政策として以前から批判してきたが、この本では国民をカモる日本政府、ポール・クルーグマンの代弁者竹中平蔵元財務大臣、輸出型企業が牛耳る経団連などとこき下ろしている。

竹中平蔵元財務相がポール・クルーグマンの言うことを代弁していたように、日本の経済学者は外国かぶれの学者ばかりだ」。

「自分で経済を分析すれば、日本と日本人がいかに特殊な行動を取る国(国民)かわかるはずだ。しかし、自説を展開することを恐れ、あるいはサボり、外国の学者の分析を「理論」「学説」と称して輸入、解釈するだけでは今の日本はわからない。」

「ゼロ金利など近代国家はどの国も経験していないし、ゼロ金利でもじっと定期金利や定額貯金に過半の財産を置いている集団はなく、世界中のどこの学者も観察したことがない。」

「自国の経済を外国の学者の説を用いて解釈し、学者同士が自分の師匠の説を正しいとして不毛な論陣を張るこの国のマクロ経済学者、それに乗っかった官僚、そして政治家たちはまったくアテにならないのだ。」と。

いつも通り日本の港湾政策、空港政策(普通に考えれば成田を捨て、羽田をピカピカに磨くしかないと)、道路政策、四島返還にこだわる北方領土政策を批判し、さらに「核やミサイル問題より拉致問題を優先する不思議な北朝鮮政策」と、次のように批判する。

拉致被害者には深く同情するが、だからといって「拉致問題が解決しなければ話し合いに応じない」という姿勢は、結果的に日本の安全を脅かすことになる。

今や中国やロシアが日本を攻撃してくる可能性はほとんどゼロなので、現実的な脅威は北朝鮮の暴発である。北朝鮮からしても、アメリや中国、ロシアと対決する武力はないし、韓国は大事な援助国だから、攻撃対象になるのは日本しかない。

日本こそ北朝鮮の核やミサイルの凍結が最重要課題なのだ。にもかかわらず日本だけが拉致問題で、6ヶ国協議にストップをかけているのは全く理屈に合わない話なのだと。

特に日本が他の国と違うのは、北朝鮮が暴発した時に防ぐ手段がないことだ。現行憲法では自衛隊はやられた後でなければやり返せない。

現状では黙って核ミサイルでやられるのを待つしかないのだ。しかも6ヶ国協議ではすでにつくった原爆とミサイルは対象になっていない(と思われる)。

まずは核とミサイルの問題を解決する。拉致問題については、北朝鮮が「解決済み」というなら、どう解決ずみなのか、残りの人はどうなったのかと、国民が納得できる回答を求めるべきであろうと。

しかし大前さんがこの話をすれば、新聞記者は拉致問題はどうなっても良いのかと、大前バッシングが起こるだろうことは間違いないと結んでいる。


いつも通りの統計をふんだんに使った政策提言的な内容に加え、かなり突っ込んだ政治的な提言をしているので、大前さんもまた何らかの形で政治に挑戦するのかなと、筆者は自分で勘ぐってしまった。

政策提言も豊富で、面白く示唆に富む内容だ。是非一読、そしてアクションを取ることをおすすめする。


参考になれば次クリックお願いします。


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2007年12月20日

ハリアーハイブリッド レギュラーガソリンでもOK?

2007年12月20日再掲 このサイトを「ハイブリッド車 レギュラーガソリン」で検索して訪問される人が急増している。

このページがお目当てだと思うが、その後トヨタUSAのサイトリニューアルがあった様なので、リンクを入れ替えて再掲する。

実際一年以上レギュラーガソリンで走っているが、全く何の問題もないことを付記しておく。

この内容は別の記事に載せていたのだが、抜き出して補足して再掲する。


ハリアーハイブリッドの日本のカタログはハイオクガソリンを推奨しているが、アメリカではレギュラーガソリンでOKというのがトヨタのサイトの他社比較で書かれているので、筆者もレギュラーガソリンに変えた。

このトヨタのサイトの他社比較はいろいろな車種が選べて面白いので、一度やってみてください。

ハリアー比較表

筆者はアメリカに9年間駐在していたが、アメリカはガソリン価格は安いが(現在レギュラーでリッター90円程度)、オクタン価は低い。

ハイオクでもオクタン価は90程度であり、日本のレギュラーガソリンと変わらないのだ。

アメリカのレギュラーガソリンのオクタン価は87前後であり、清浄剤などの成分の違いが若干あるのかもしれないが、エンジンは日本向けもアメリカ向けも同じはずなので、アメリカのレギュラーガソリンでOKなら、日本のレギュラーでダメなはずがないと思う。


参考になれば次クリックと右のアンケートお願いします。


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2007年12月16日

図書館に行こう!番外編 ジム・ローンの"The Art of Exceptional Living"

The Art of Exceptional Living


米国で有名な能力開発の提唱者 ジム・ローンのベストセラー。

自己開発のカテゴリーは日本では成功哲学と呼ばれているようだ。

残念ながら邦訳は出ていないが、英文のオーディオブックは、ジム・ローン自身が講演しており、わかりやすい英語で、なおかつ人を引きつける講演なので、是非おすすめする。

筆者自身も年に何回かはこのオーディオブックを聞き直しているが、そのたびに新たな感動がある。

ジム・ローンはあまり日本では知られていないが、何冊か日本でも邦訳が出ている。

ジム・ローンの億万長者製造法


出版社によるジム・ローンの紹介は次のようになっている:

「今をときめくアンソニー・ロビンズをはじめ、ブライアン・トレーシー、ロバート・アレン、マーク・ビクター・ハンセンなど、アメリカが誇るきら星のごとき成功哲学家たち。その彼らに影響を与えた全米No.1カリスマメンターであるジム・ローン」

ジム・ローンは米国のアイダホ州の生まれで、生地は人口5,000人の町。大学に進んだが、1年でドロップアウトし、就職して25歳で結婚して子供がいながらも、ほとんど無一文だった。

しかし実業家アール・ショーフに出会ったことから、5年間彼の元で働き、どうやったら仕事で成功できるかを学び、ビジネスの才能を発揮する。


ジム・ローンのメッセージ

ジム・ローンのメッセージはクリアーで、印象に残る。たとえば次のようなものだ:

*仕事に励めば、生計が立てられる。自己開発に励めば財産ができる。(If you work hard on your job, you will make a living. If you work hard on your self, you can make a fortune.)

*仕事において重要なのは、何が得られるかではなく、何になれるかだ。

*それまでは政府、高い税金、会社、環境、批判的な親戚など、自分以外のすべてのせいにしていたが、25歳でアール・ショーフに会い、自分の考え方(フィロソフィー)を変えたのだと。

*失敗の原因は毎日の判断の誤りの積み重ねだ。(A few errors in judegement repeated everyday.)

*成功の原因は毎日守るいくつかの単純な鍛錬だ。(A few simple disciplines practiced everyday.)

*裕福になりたかったら、豊かさについて学べ。幸福になりたかったら、幸せについて学べ。成功したかったら、成功について学べ。(Study happiness. Study wealth. Study success.)

*調べて、書きとめろ。日記をつけろ、記憶を信じるな。(Search and capture. Keep journal, don't trust your memory.)

*ためになる本を毎日最低30分読め。(Read something instructional 30 minutes a day everyday.)

*本はアイデアの宝庫、金鉱山だ。(Tapping the treasure of ideas, gold mine.)

*20万ドル以上の高級住宅には必ずライブラリーがついている。それは何を意味するのか?(Any home over 200,000 dollars have library.What does that mean?)


図書館に行こう!本を読もう!

ジム・ローンは本を読んで学ぶことが自己開発の道、成功への道だと力説する。

図書館に行こう!図書館カードをつくろう!図書館は無料なのだからと。

それでも図書館カードを持っている人は、人口の3%しかいない。今からすぐにその他大勢の97%から抜け出して、選ばれた3%になろうと。


ジム・ローンのすすめる本

ジム・ローンがすすめる本は次の通りだ:

【携帯版】思考は現実化する


世界的ベストセラーThink and Grow Richの日本語版だ。筆者はオーディオブックで読んだ(聞いた)のでオーディオブックを紹介しておく。

オーディオブックも8CDのものと、2CDの短縮版の2つがあるので、次は短縮版だ。英語で8CDも聞くのは結構疲れるので、まずは短縮版を聞くことをおすすめする。

Think and Grow Rich [ABRIDGED]


そしてモーティマー・アドラーの「本を読む本」だ。

本を読む本 (講談社学術文庫)


ジムがこの本をすすめた時は、会場から失笑が起こった。あまりにもシンプルな本のタイトルのせいだろう。

この本は次回あらすじを紹介する。

デュラントの著作は世界教養全集〈第1〉哲学物語 (1961年)
などが邦訳されている。


開発すべき5つの能力

ジム・ローンは次の5つの能力を身につけろと語る:

1.吸収しろ 
  スポンジの様になんでもどん欲に学び、吸収しろ

2.反応しろ 情緒を磨け 
  ドクトルジバゴでなぜコマロフスキーが、戦火の混乱のなかでトーニャの手を離したか、やっとわかったと。

3.見直せ 
  毎日その日のことを見直せ 毎月月末に、そして年末に見直して記憶しろ

4.行動しろ 
  疲れたら、ちょっと休んでさらに行動しよう  

5.みんなとシェアしよう 
  みんなと経験をシェアして、さらに自分を大きくしよう


この様に箇条書きにすると面白みがないが、オーディオブックを聞くと、いろいろな例を取り上げていて、話も面白い。

筆者の高校生の息子にもすすめたが、興味があれば是非聞いて欲しい。時間も2時間強で、英語の教材としても良くできたオーディオブックである。


参考になれば次クリックお願いします。


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2007年12月10日

成功のコンセプト 楽天三木谷さんの最初の本

+++今回のあらすじは長いです+++

成功のコンセプト


楽天三木谷浩史さんが出した最初の本。

いままで楽天については、このブログで「楽天の研究」、「教祖降臨」など数冊のあらすじを紹介してきた。特に「楽天の研究」は、この本に書いていない楽天を支える様々な群像が紹介されており、参考になるので、是非ご覧戴きたい。

三木谷さん自身の本は初めてでもあり、非常に期待していた。

この本を読んで、楽天のオフィスにポスターとして貼られている「成功のコンセプト」が、よく理解できた。

たぶん三木谷さんが、いろいろなところで講演やスピーチしているものなのだろう。内容がよく練れていてわかりやすい。

三木谷さんは、神戸出身で、一橋大学を卒業後、当時の興銀(現在のみずほコーポレート銀行)に入社する。

最初は外国為替部というルーティンワークの典型のような職場に配属されたが、仕事を一生懸命にこなし、効率を上げる努力をした結果、MBA留学生に選ばれ、ハーバードで起業家を重視する風土に触れる。

帰国後、M&Aコンサルなどを興銀でやっていたが、阪神淡路大震災で叔父夫婦がなくなったことを契機に興銀をやめ、人生を起業に賭ける決心をする。

友人とコンサルをやる傍ら、起業プランを練り、1.インターネットのショッピングモール、2.地ビールレストランチェーン、3.天然酵母ベーカリーレストランチェーンの3業種に絞り、結局インターネットショッピングモールで1997年にサービス開始する。

当時はNTT,NEC、富士通、三井物産などの大企業のショッピングモールが、既に事業展開していたが、他社が数百万円の費用が掛かるのに対して、楽天は5万円/月という格安料金で参入する。

インターネットではファースト・ムーバー・アドバンテージと言われ、最初に手がけた人が圧倒的に有利と言われていたが、楽天はショッピングモール事業ではレイトカマーだった。

最近でこそベスト・ムーバー・アドバンテージとも言われるが、当時の常識に反するレイトカマーの成功例であり、これが楽天の成功を「改善モデル」と三木谷さんが呼ぶ理由だ。


成功のコンセプト

筆者は楽天が中目黒のオフィスに居たときから訪問しているが、当時からポスターとして楽天のオフィスに掲げられていた「成功のコンセプト」は次の5点だ。

1.常に改善、常に前進
2.Professionalismの徹底
3.仮説→実行→検証→仕組化
4.顧客満足の最大化
5.スピード!!スピード!!スピード!!


楽天のサービス開始は1997年5月1日。最初は三木谷さんの知人中心の13店舗。1年後は100店舗。2年目の1998年末には320店、1999年末には1,800店に拡大し、その後は二次曲線的に増え、現在は20,000店を超えた。

その成長を支えた戦略がこの成功のコンセプトだ。

まずは1.の改善だ。不安定な未来に対する戦略は2つあると三木谷さんは語る。

一つはダーウィニアンアプローチといわれるグーグルなどが取っている戦略だ。天才的な博士級の技術者を集め、数多く世に出し、種をばらまき、成長したものだけ刈り取るという戦略だ。

もう一つのアプローチはマイクロソフトと同じ改善アプローチだ。マイクロソフトが最初に出したインターネット・エクスプローラーは、ネットスケープには全く太刀打ちできない不出来のものだった。

それをマイクロソフトは長い時間を掛けて、徐々に改善し、最後はネットスケープを葬った。

三木谷さんは楽天のビジネスモデルをマイクロソフトと同じ改善モデルと呼ぶ。改善は絶対的に成長する方法なのだと。

1日1%の改善でも、一年365日続けると1.01の365乗は37倍となる。現在に満足せず、常に改善をし続けたことが楽天の成功の秘訣だ。


人間の力には実力、能力と潜在能力の3つがある

人間の力には実力、能力と潜在能力の3つがあると三木谷さんは語る。

スポーツは弱肉強食の世界だから、たぶんトップアスリートになれば潜在能力の8割くらいは引き出しているのだろうが、ビジネスの世界では潜在能力の10%程度しか使っていない人がほとんだろう。

そもそも潜在能力を引き出そうなどと、考えたこともない人の方が多いのではないだろうかと。

潜在能力でどれだけの差があっても、勝てるチャンスがあるのだ。

潜在能力の10%しか使っていない人が、もう10%能力を引き出すのはそれほど難しいことではないだろうが、誰もそれをしようとしていない。

もったいないと思うと。

楽天は社員の能力をもう10%引き出す企業のモデルとなり、その文化を他の企業にも伝播させたいと。

世の中には天才ばかりではないが、改善は誰にでもできるし、改善は凡人を天才にする方法なのだと三木谷さんは語る。

筆者の友人で大学時代の三木谷さんを知る人がいるが、大学時代の三木谷さんは、決して傑出していた訳ではないという。「あの三木谷が…」という感じだと。

この友人の言葉も、三木谷さんの言葉を裏付ける。三木谷さんは決して優等生ではない。一浪して一橋大学に入学するが、大学時代はテニスに明け暮れた様だ。

成功するためには、潜在能力の差など問題ではないのだ。いかに能力の多くを引き出して、利用できるか。それがその人の実力となるのだ。

筆者もこの「実力、能力、潜在能力説」にはガーンとやられた。まさに三木谷さんの言う通りだと思う。いくら能力が高くても、引き出さなければ実力にならない。三木谷さんの様にガッツがあり、なんでも積極的に挑戦し、能力開発した人が成功するのだ。


成功している時こそ自分を否定する勇気を持つ

成功している時こそ、自分を否定する勇気を持つ。思いこみが成長を阻害している可能性はないだろうかと。

仕事のやり方でも、本当にその方法論が効率的なのか、それが必要なのか、常に考え続けることが必要だ。

たとえば会議だ。普通の会議は説明に59分、判断に1分だが、楽天の会議は資料は前日の5時までにすべて提出することにしたので、1時間の会議が10分で終わる。

会議の目的は説明することでなく、決断することなのだと。

身の回りには不合理・不条理がいくらでもある。三木谷さんはそういう不条理が大嫌いだったという。

三木谷さんはテニスで身を立てようと思ったこともあるくらい、テニスに熱中していた。高校では一年でレギュラーになったが、新入生なので延々と球拾いをやらされたから、あまりにも馬鹿らしい練習にあきれて、テニス部をやめ、テニスクラブに通ったという。

大学三年でテニス部主将になった時に最初にやったのは、新入生の球拾いの義務を廃止することだ。何の意味もない球拾いに費やす時間は不条理だと。

三木谷さんの反骨精神というか合理性を追求する姿勢が、楽天のベンチャー精神の源だ。


改善には目標がなくてはならない

日々改善することは極めて重要だが、改善にははっきりとした目標がなければならない。そして目標を立てた以上は、絶対にその目標を達成しなければならない。

良い例がNASAだと三木谷さんは語る。

ケネディが月に人間を送り込むと宣言したのが1961年、それからわずか8年で人類を月面に着陸させた。

ここには改善についての大事な教訓が含まれている。

飛行機を改善した結果として、月まで飛べる宇宙船を完成させた訳ではなく、月に人類を送り込むという目標があったから、人類が月まで到達できたのだ。

スポーツでは勝ち負けははっきりするが、ビジネスでは曖昧だ。

たとえば30%売上を増やすという目標のところ、27%しかのばせなかった時、スポーツの世界では敗北だが、ビジネスでは3%足りなくても、さほど問題にはならない。

そんな27%増えたからOKという考えを、三木谷さんは"Best effort basis"と呼び、否定する。

それでは、本当の意味の勝者にはなれず、本当の意味の仕事を楽しむことはできないと。

これとははっきり違うモノの考え方をする人がいる。その姿勢を"Get things done"と三木谷さんは表現する。

あらゆる手段を使って、何が何でも目標を達成する人間の姿勢だ。

不可能と思える目標を可能にしてこそ仕事の質は飛躍的に高まり、はじめてブレークスルーが生まれる。

何が何でも目標を達成するという姿勢がなかったために、10階に辿りつきたかったのに、結局のところ2階にすら達することができなかったというのは、ビジネスではよくある話なのだと。

筆者は、一時インターネット企業に出向していたので、三木谷さんの"Best effort basis"と、"Get things done"の違いを身をもって経験した。

自分で反省するに、所詮自分は"Best effort basis"メンタリティだったと思う。

大企業メンタリティなら、プロセスも評価対象になるが、成功、失敗のはっきりしているベンチャービジネスに、試験の様に「評価点」などない。過程がいくら正しくても、結果が出せなければ失敗だ。

三木谷さんは、ケネディの偉大さは、月という目標を設定したからだという。月はたしかに遠かったが、絶対に攻略不能という目標ではなかった。

三木谷さん達にとっての「月」は、世界一のインターネット企業だ。三木谷さんはいつも「月」のことを考えていると。


第2のコンセプト Professionalismの徹底

ビジネスで成功するかどうかの鍵は、仕事を人生最大の遊びにできるかどうかだと。

三木谷さんのいうProfessionalとは、仕事を人生最大の遊びと考え、24時間、365日どこにいても仕事のことを考えている人のことだ。

仕事中毒といってもいいかもしれない、人生にこれ以上の楽しみはないと思っていると。

例として、楽天の社員No. 2の慶応大学の大学院生だった本城慎之介氏が紹介されている。本城氏は、楽天退社後、横浜市の中学校長になったが、今年退任してまたビジネスに戻るという。

彼は1996年当時から、自分のホームページに就職活動の日記を書いていたほどのインターネット通だった。

楽天のショッピングモールのエンジンは当初外注していたが、うまくできなかったので、本城氏に「はじめてのSQL」という本を渡し、プログラミングの家庭教師を10日間つけて、最初の楽天のRMS(楽天マーチャントサーバー)をつくり1997年4月に楽天市場をオープンさせた。

本城さんは、ぼぼ一人で楽天市場のエンジンを完成させたのだ。これもProfessionalの典型である。くろうとがプロ、しろうとがアマという区別ではない。面白い仕事はない。仕事を面白くする人間がいるだけだ、そしてそれがProfessionalだという。

いい加減な仕事をして、サボって給料貰えるなら楽だという意識は間違っていると。人生で限りある自分の時間を、ドブに捨てているからだと。


第3のコンセプト 仮説⇒実行⇒検証⇒仕組化

ビジネスでは試験と違って、問題に対する正解は用意されていない。だから、仮説を立てて、実行し、結果を検証して、仕組化して、全体に適用するPDCA(Plan-Do-Check-Action)が問題解決策として有効なのだ。

仮説の中にも良い仮説と、悪い仮説があると三木谷さんは語る。

良い仮説を立てるためには、三木谷さんは、「そもそも論」を考えるべきであると。

おもしろい例を三木谷さんは挙げている。

長嶋茂雄さんは、空振り三振した時にヘルメットが派手に飛ぶ様に練習していたという。

長嶋さんはそもそも何のために野球をやるのかを考え、プロである以上、究極は観客を喜ばすためだから、そんなヘルメットを飛ばす練習をしたのだろう。

仕事も同じように、そもそもこの仕事は、何のためにあるのかを考えるべきなのだと。

このそもそも論から、楽天ではユーザーからの問い合わせなどを扱うカスタマーサービスは自社でやらず、すべてお店に直接つないだ。

お店とユーザーが直接コミュニケーションできる様にしたのだ。

あまり指摘されていないが、このお店とのダイレクトコミュニケーションが楽天市場のいちばん革新的なポイントで、急激な成長の理由の一つだったと三木谷さんは語る。

無機質のスクリーンに向かい合うディスコミュニケーションの典型のインターネットの世界だからこそ、コミュニケーションを取り戻したいという人々の潜在的欲求に答えたことが、楽天の急成長の秘密なのだと。

このPDCAサイクルをきちんと回せる会社が強いことは、「会社は頭から腐る」で冨山和彦さんが述べている通りだ。なかなかできないが、本当に重要な経営手法である。


第4のコンセプト 顧客満足の最大化

すべてはお客さまのために。

このコンセプトをビジネスの中で100%実現できたら、そのビジネスは100%成功するだろうと。

インターネットを使ってエンパワーメントを行う

楽天はインターネットの力を使って、情報格差社会を破壊する。

地方と都会の情報差を破壊する。地方の中小商店を元気づけ、エンパワーメントするのだ。地方のお店が、日本全国の消費者とダイレクトコミュニケーションを取る。そして売り手も買い手も満足を得るのだ。

広島県の山間の村に三代続いたコメ屋がある。ご主人はコメを知り尽くした人だが、コメ屋の商売に夢を抱いていなかった。

息子さんも後を継ぐ気はなく、都会で就職していた。ところが楽天市場で出店し、パソコンと格闘してネット販売を続けた結果、八年目の今年は楽天での売上が月1,000万円となり、拡大したビジネスを手伝うために息子さんが帰郷したという。

息子が戻ってきてくれたのが一番嬉しいとご主人が言ってくれたのが、三木谷さんには何より嬉しかったと。

このようなエンパワーメントの例が日本中にたくさん広がっており、村の人しか来なかった店が、いきなり銀座四丁目に出店した様な例が起きている。

古来市場には空間的制約があり、最も売れる場所は限られていた。それがインターネットで空間的制約がなくなり、かつ店の大きさという物理的な制約も関係なくなったのだ。

エンパワーメントは、インターネット企業のブレない中心軸になるのだ。

中小の企業や個人商店は「地の塩」だと。この軸をはずさない限り楽天というコマはいつまでも安定して回り続けることができるのだと。


ビジネスには戦争型と戦闘型の2通りのスタイルがある

ビジネスには戦争型と戦闘型の2通りのスタイルがあると、三木谷さんは語る。

戦争型は世界地図を広げ、大きな戦略を考えながら展開しているスタイルだ。マイクロソフトのOSや、グーグルの検索エンジン、アマゾンもこのタイプだ。

一方戦闘型ビジネスとは、一つ一つの局面での戦闘の勝利を積み上げていくやり方だ。

楽天はまずは戦闘的ビジネスで業績を伸ばし、限界点を超えた時に戦争型ビジネスに切り替えるという。

楽天は世界一のインターネット企業を目指しているので、戦闘もやりながら、2005年にはアメリカのアフィリエイト大手のリンクシェア社を417百万ドルで買収するなど、思い切った戦争型ビジネスもやっていると。

三木谷さんは何もふれていないが、TBSの買収劇も楽天にとっての大きな戦争だと思う。もはやTBS株は簿価割れとなっており、含み損は楽天の1年分の純利益が吹っ飛ぶくらいの規模になっているはずだが、こちらの戦争では出口が見えない様だ。


テレビとインターネット

三木谷さんが語るテレビとインターネットとのシナジーは、次のようなものだ。

日本の広告市場は6兆円といわれている。その40%がテレビで、インターネットは急速に伸びて6%にまでなってきており、さらに伸びることが予想されている。

地上波アナログ放送が終了すると、いよいよテレビは録画して見ることが主流となる。そうなると、番組と一緒にCMを流しても効果が上がらないことになる。

CMとコンテンツは別々に流すことになり、行動ターゲティング広告というユーザーの嗜好にあわせた広告を流すことが主流になってくる。

インターネット広告と、テレビ広告は融合してくるのだ。そこで民間の放送局とインターネット企業は、同じ土俵でビジネスをすることになり、協力関係も生まれてくるのだと。


楽天では掃除人は雇わない

楽天では掃除業者を雇っていない。掃除は自分たちでやるのだ。テニスの球拾いと同じように、自分の仕事場くらい自分で掃除をすれば良いのだと。

アメリカではゴミはゴミ掃除のおばさんが拾うのは当たり前かもしれないが、日本では、おばさんがゴミを拾うのを、黙ってみていられない。それが日本人なのだと。

アメリカでは住んでいる町が社会(コミュニティ)だが、日本では会社が社会(コミュニティ)だ。そういう日本人独特の感覚を大事にして、会社という組織を育てれば良い。

そこから生まれる会社の個性が、日本の企業が世界で戦うための武器となるのだと。

楽天は2007年8月に六本木から北品川の楽天タワーに本社を移した。

おしゃれな無料で利用できる社員食堂があり、寿しバーもある。アスレチックジムもある。どうやらGoogleがオフィスをキャンパスと呼び、同じ様なフリンジベネフィットを与えていることを意識しているようだ。

楽天という会社は社員にとっての家であり、全力をかけて戦うフィールドでもあると。

従業員が3,000人を超えた今もやっているのかどうかわからないが、年始に全員で愛宕神社に詣でることなど、いくつか伝説となっている行事が、楽天にはある。体育会系会社と言われるゆえんだ。


第5のコンセプト スピード!!スピード!!スピード!!

ビジネスの現場で、ある意味で一番重要なこのコンセプトを最後に持ってきたのは、この本を読んだら、明日からと言わず、今すぐにでも実行して欲しいからだと。

スピードはビジネスの勝敗をわける重要なファクターになる。仕事のスピードを速くすることは、仕事そのものの質を高めることにもつながる。

仕事を速くやればやるほど成功の確率は高まるのだが、実はそれくらい切実な問題と考えている人は少ないと。

当事者意識を持って仕事をすればスピードは自然と上がる。モノゴトを3次元でなく、時間も含めた4次元で俯瞰できるのだ。

仕事のスピードを挙げるには、目標を設定することだ。以前紹介したレバレッジ・リーディングで著者の本田さんも、ビジネス書を1〜2時間で読むために、目的を持って読むことをすすめていたのと同じ考えだ。

目標を達成するのに掛ける時間は、常識から計算してはいけないと三木谷さんは忠告する。

常識を忘れて、最終目標をいつまでに達成するかを決めてしまう。それから逆算して、途中のマイルストーンを達成する時間を割り出すのだ。

ビジネスにおける常識的なタイムスケジュールは、三木谷さんが言うところの本当のプロフェッショナルでない普通のサラリーマンのタイムスケジュールだ。

普通のサラリーマンのやっている仕事の8割が無駄、と言ったら怒られるだろうかと。

社会にはあまりにも無駄な仕事が多い。

3ヶ月の目標なら、無駄な部分を省くと1週間くらいでできてしまうことが多い。

仕事を成功させようとすると、上手くやろうと考えてしまうが、それと同じくらい速くやることが大切だ。

秀吉もナポレオンも軍隊の進軍の早さが身上だった。

スピード感を持って仕事をすることは、今という一瞬をどれだけ大切にして仕事をするかということでもあると。

先に紹介した星野仙一さんが「星野流」のなかで、ジャック・ニクラウスの言葉として同様の言葉を紹介している。「わたしはいつも『今日しかない』わたしの人生には、今日しかないと思っていつもプレーしている」と。


楽天グループの「月」

三木谷さんの目標は楽天を世界一のインターネット企業に育てることだ。20年後にはインターネット企業が、世界最大の企業になっているはずなので、世界一の企業をつくるのだと。

現在の楽天のインターネットにおけるポジションは世界6位。楽天は日本だけなので、1億2千8百万人相手だが、世界には65億から70億の人がいる。まだまだ伸びる可能性は大きい。

三木谷さんは、誰とは名指ししないが、現在の楽天を一人で切り盛りできる人材を、5人見つけたという。しかしまだ不足なので世界一になるには、そういう人間が200人から300人必要だと。

人材は企業にとって最大の財産で、お金で買えるものではない。上記のGoogleの様な新しいオフィスといい、楽天が人材育成のために、力を注いでいる理由だ。

楽天で今苦楽をともにしている社員の中から、どれだけの人材を育てられるか。楽天が世界で成功できるか否かはそこに掛かってくる。

20年あれば楽天は世界一の企業へと成長できると信じている。そのために全力で突っ走らなければならない。

インターネットはバーチャルな空間に存在するが、インターネットが変える世界はリアルそのものだ。今後も絶対に変わらない「人と人のつながり」をベースとしたインターネット企業を創り上げたいと。

リアルな世界のあるべき姿をしっかりと心に描き、自分の信じる人類の未来に貢献するためにビジネスに全身全霊で取り組む。

それが三木谷さんだけではなく、楽天で一緒に仕事をしている仲間全員の信念なのだと。



この本のあらすじは以上だ。今回は特に感じた事があるので、次に筆者のコメントを記すので、ご興味あれば続けて読んで頂きたい。


atamanisutto主人コメント

この本を読んで、なんとなく不安を抱いた。

楽天には非常に優れたスタッフがそろっており、三木谷さんは次代の楽天を担う五人と言っているが、名前を挙げていないし、三木谷さん以外に楽天を動かしている顔が見えない。

また楽天のショッピングモール事業についてしか書いていない。インターネットを通じての金融事業が楽天の目指すビジネスのはずだが、トラベル、クレジット、証券、球団など他の事業には一切触れていない。

この本は楽天市場の営業売り込みツールとしても使われる本なので、三木谷さんのカリスマ性を出すために、意図的に三木谷さんだけを登場人物にしたのかもしれない。

そうはいっても「俺についてこい」式の体育会系のノリというか、ワンマン体制の脆弱性を感じてしまうのは、筆者だけだろうか。

どの本の冒頭に書かれていたか記憶がはっきりしないが(あるいは日経ビジネスかもしれない)、三木谷さんのお父さん、神戸大学名誉教授の三木谷良一さんが、シドニー・フィンケルシュタイン教授の「名経営者が、なぜ失敗するのか?」を三木谷さんに贈ったという話を思い出した。

名経営者が、なぜ失敗するのか?


この「名経営者が、なぜ失敗するのか?」の著者のフィンケルシュタイン教授はダートマス大学大学院タックスクールの教授だ。

筆者の知人のMonotaROの瀬戸社長も、ダートマスでの留学時代に授業を受けたことがあり、まじめでコツコツと研究成果を積み重ねていくタイプの教授だそうだ。

筆者も非常に感銘を受け、英語の原書まで買ってしまった。

Why Smart Executives Fail: What you can Learn From Their Mistakes


三木谷さんのお父さんも、三木谷さんの性格をよく知っているから、戒めの意味を込めて、この本を三木谷さんに贈ったのではないかと思う。

三木谷さん以外は、社員ナンバーツーで退社して今年3月まで横浜市の中学校長をしていた本城慎之介さんが少し出てくる他は、他の人は一切この本には登場しない。

三木谷さんの奥さんの三木谷晴子さんや前楽天トラベル社長山田善久氏、草野耕一氏、高山健氏、副社長國重惇史氏、小林正忠氏、杉原章郎氏吉田敬氏楽天球団社長、島田亨氏など、筆者でもすぐ頭に浮かぶ重要人物が一切登場しない。

たぶん考えがあってのことだろうが、さらに言うと普通なら出版社の人や他のスタッフを、謝辞とかあとがきにも、登場させるところを、三木谷さんは一切登場させない。

不条理を排す三木谷さんだから、儀礼的な謝辞を排すということなのだろうか。

あるいは間違っているのかもしれないが、運動部のキャプテンが突っ走ってしまい、マネージャーも他のみんなも、ついてきて居ないような印象を受ける。

三木谷さんは良い意味でも悪い意味でも「ワガママ」な社長らしいが、もし唯我独尊の傾向があるなら、おこがましいようではあるが、三木谷さんのお父さんのアドバイスに従って、この本を参考にして、引き続き強い指導力を維持して、本当に世界一を目指して欲しいものだ。



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2007年12月04日

星野流 祝!北京オリンピック出場決定 カミナリ親父星野仙一監督の本

星野流


本日(12月3日)来年の北京オリンピック出場を決めた日本代表、星野仙一監督の考えがよくわかるショートストーリーを77集めた本。

今日台湾に勝った試合での采配も、星野監督の指導者、監督としての非凡さが表れていた。7回表、台湾に1:2とリードされたノーアウト満塁の場面でのスクイズ。

同点とした日本チームの各バッターは、心理的な重圧からも解放されたこともあり、連続ヒットでこの回6点をあげた。あそこでまず同点になっていなければ、プレッシャーで連続ヒットも生まれなかったのではないかと思う。

これこそ星野采配の真骨頂だと思う。星野さんは試合後のインタビューで、うれし涙を浮かべていたが、北京への重圧から解放されホッとしたのと、会心の試合ができたせいではないかと思う。

星野さんは、1947年生まれの今年60歳。田淵幸一コーチや、山本浩二コーチも同年代だ。

星野さん自身の記録は通算146勝、121敗。長嶋監督、王監督と病魔に襲われ、上も下も人材がいないとして、自分に代表監督のおはちが回ってきたのだと謙遜する。有事に燃えるのが男だろうと。

名選手、名監督ならずのことわざ通り、星野さんより記録は上でも、監督として使い物にならなかった名選手は多い。

特に毎年最下位で野村監督の手腕を持ってしても低迷していた阪神を、就任わずか2年で優勝させ、その後も優勝を争えるチームにつくり上げた手腕を持つ星野さんは、やはり監督としては日本を代表する名監督だと思う。


健康に不安

この本では健康状態も自分自身で明らかにしており、最近のオシム監督の例もあり、気に掛かるところだ。

星野さんは高血圧と不整脈という持病があり、オシムさんと同じく脳梗塞が一番怖いという。不整脈は監督時代からのもので、血圧は普段からも上が170前後、下が130前後と高い。試合になると30〜40も上がり、上が210を超えてしまうこともあると。

もともと感情が激しく、喜怒哀楽が激しい上に、タイガースの1勝は他のチームの3勝分くらいで大変なプレッシャーだったという。星野さんが監督を退任して、阪神のSD(シニアディレクター)になった時は、今ひとつ理由がはっきりわからなかったが、健康の話を聞いて理解できた。

代表監督はメンタル面でのプレッシャーもあり大変な仕事だと思うが、体に不安はあっても、有事に燃える星野さんは日本代表監督を引き受けたのだ。


明治大学野球学部島岡学科出身

星野さんが生まれる前に、エンジニアだった星野さんのお父さんは脳腫瘍でなくなり、お父さんの勤務先だった三菱重工の水島工場の寮母としてお母さんが働き、星野さんと2人の姉を支えた。

母子家庭で育った星野さんは、水島の中学から、倉敷商業高校に進むが、甲子園には出場できなかった。倉敷商業の監督が明治大学出身だったので、その後明治大学に進む。

明治大学は毎年100人程度野球部に新入生が入るが、野球部はとんでもないところで、大体1年で8割はやめる。夏なら4時半、冬なら5時半から練習開始(!)で、当時の監督の島岡吉郎さんは、練習開始前の1時間前に起床し、合宿所の玄関で目を光らす。

まずは裸足でグラウンドを20周。そのあとグラウンドの草取り、小石取りに1時間。それから練習だ。

星野さんが、1年生の時、毎日球拾いをしていると、突然バッティングピッチャーをやれと指名されたという。当時の明治大学のコーチがサブグラウンドで球拾いをしている星野さんに目をつけて、星野はいつも一生懸命やっているからと推薦してくれたのだと。

野球人生を振り返ると、これが星野さんのその後の幸運の始まりだったような気がすると。

田舎出の無名選手だったので、ともかく目立とうと思って必死に投げ、バッティングピッチャーで、上級生、レギュラーを押さえ込んでいるのが島岡さんの目にとまり、面白い奴と、1年生でレギュラーとなった。

この年の六大学の新入生で1年からレギュラーになったのは、星野さんと法政の田淵だけだったと。

「命がけでいけ!」、「魂を込めろ!」、「誠を持て!」が島岡さんの口ぐせで、これを常に復誦させる。

「なんとかせい!」と。

星野さんは一晩に1,000球の投げ込みを命じられた時もあったと。

星野さんが主将の時、早稲田に負けたときは、グラウンドの神様に謝れといわれ、星野さんは島岡さんと一緒に、真夜中の雨のグラウンドで2時間にもわたり土下座して謝った。

島岡さんは、「グラウンドで毎日、こうして技術、体力、根性ー人間を磨くことができるのは、グラウンドの神様のお陰なんだ」と本気で言っていたという。島岡さんは、何十年も自宅に帰らず、野球部の合宿所に住んでいたという。

星野さんはお父さんはいないが、オヤジはいたという。それが島岡さんだ。星野さんは、よく明治大学野球学部島岡学科卒だと公言していたという。


厳しい練習は人間教育

島岡さんは合宿所のトイレ掃除は、キャプテンの仕事としていた。

「人の嫌がること、つらいことこそ、先頭に立って上の者がやれ。人間社会は常にそうでなければならん。最上級生のキャプテンが毎日掃除をしているトイレを使う下級生は、常にそういう先輩の態度や気持ちを忘れたらいかんのだ」ということで、星野さんも毎日トイレ掃除をした。

掃除に手抜きをすると、合宿から出されるのが掟で、便器の掃除にしても、いい加減にやっていると、星野さんも便器をなめさせられたという。

キャプテンの他の仕事は、運転手役と、毎日の意見具申役だ。運転手役は社会にでるための準備、意見具申は人間教育で、いずれも島岡流の指導者育成方法だった。

星野さんはプロに入っても島岡流で貫いたと、同級生からは言われるのだと。

星野さんの原点はこの島岡さんの教育で、厳しさと激しさのなかでこそ人は伸びるものだと。島岡さんの指導を受けられたことは、天にも感謝したいと語る。

1975年秋の神宮の六大学野球で、東大が明治大学に2連勝して勝ち点を取ったことがあった。明治は東大に破れたが、たしか優勝した。

それ以来東大は明治から勝ち点は取っていないと思うが、あのとき島岡さんは選手に対して激怒したと聞く。選手もそれこそ死んだ気になってがんばり、優勝したのだと思う。


星野さんのポリシー

星野さんは理想の上司投票でNo.1を続けている。主張がはっきりしており、コミュニケーションを重視するからだろう。

星野さんは減点主義を排すという。これも人気の出る理由の一つだろう。

減点主義では失敗を恐れて、人は小さくなる。野球は得点主義なので、たとえ失敗しても明日は頑張って負けた分を取り返す。

「チャンスはやるぞ。失敗は自分の力で取り返せ」というのが星野さんの主義だ。

野球は所詮首位打者でも7割は失敗で、成功はわずか3割。首位チームでも勝率は6割程度だ。日本は減点主義が多すぎるので、野球から得点主義を学んで欲しいという。


星野さんの選手育成

星野さんは毎年選手にはレポートを提出させていたという。意識付けはまずは自問自答で始めるのだと。

ピッチャーには自己採点をさせ、チーム内でのランキングを付けさせ、自問自答を繰り返させて目標意識をはっきり確認させるのだ。

今の選手は「右向け右」では動かない。納得しないと動かないので、タイガースの監督2年目から始めたのだという。

選手自身の目標と目標達成の具体的方法をレポートで提出させ、自分自身で実践させるのだ。

タイガースの今岡は、星野さんがタイガースの監督時代に最も伸びた優等生だ。

星野さんがタイガースに行く前までは、やる気がないなど、さんざん不評を聞いていたが、実際は全く異なり真剣そのもので、ガッツプレーも見せるし、ピンチにはピッチャーの激励に行く。

今岡は絶対に叱ってはいけない選手だという。叱るよりもほめる方が生き生きとプレーする。

野村さんは、「あいつは一体なんだったんだ。おれとは相性があわなかったんか。わしゃあ、まったくわからんよ」と苦笑しているそうだ。野村さんは、何を考えているか分からない今岡に、2軍行きを命じたりしていたのだ。

星野さんは選手を代える時、「代われ!」というだけだが、その後に「また明日な」と必ず付け加えている。ダメだから代えるのではない、今日は体を休めろという意味なことを、その一言で分からせるのだと。

人生の1%をボランティアに割けと星野さんはいう。

自身でも岡山の障害児施設との交流を30年以上も続けているそうだが、今のタイガースの選手では赤星憲広が、盗塁をひとつ成功させる毎に、障害者施設に車いすを1台づつ送っている。

赤星は、新人王で39盗塁を記録し、才能があると慢心していたので、広島から金本が入り、濱中、桧山を使ってプレッシャーを掛けると、目の色を変え、努力の人に生まれ変わったのだという。


星野さんは伊良部の用心棒

星野さんは伊良部の用心棒と公言していたという。伊良部はどこへ行っても無愛想で、マスコミにもつっけんどんで誤解されやすかった。

本当の伊良部は繊細で、実に頭の良い男だったという。自分が苦しみながら勝った試合では、伊良部はロッカーの入り口で引き上げてくる選手一人一人とていねいに感謝の握手を交わしていた。

これは伊良部が6年間のメジャー生活で学んできた日常的なマナーだろうと。

なかでもヤンキースは、一騎当千の選手軍団でも「チームで戦う」ことで選手に厳しく、うるさくしつけることで有名だという。伊良部もだてに6年間メジャーでもまれてきた訳ではないと。

伊良部はコーチともよく話しあい、よく研究していた。くせを見破られていないかとか、あの審判はこういう傾向だということまで研究していた。それを若い選手にも是非見習ってもらいたいと思っていたと。

タイガース時代でいつも一番辛い点をつけるのが井川慶だと。ピッチングに関してはすべてがアバウトだから、球筋、コントロールが中途半端で、高めのボールは日本では見逃されても、メジャーではみんなもっていかれるのだと。

星野さんは毎年、このチームに居たくない人は手を挙げてというが、阪神の優勝が決定した場面でも不在で、身勝手な異端児だったのが井川だったという。


星野さんのマネジメント術

星野さんは監督賞などは、若いときの監督経験から一切出さないことにしている。しかし、その代わりに選手や家族、裏方の人たちや家族に感謝の意を表すため、必ずバースデーカードを送り、プレゼントを贈るようにしていると。

チームには裏方として、バッティングピッチャー、ブルペンキャッチャー、用具係、トレーナー、スコアラー、マネージャーなど現場のスタッフが30人近くいる。星野さんは、こういった裏方にも気をつかう。

また罰金はその年の納会で、選手や裏方の家族も含めた全員の家族用の景品やおみやげに使って、還元しているという。


星野さんの闘魂野球の背景

星野さんは、母子家庭の選手だと聞くと、どうしても目を掛けてしまうと。タイガースの江夏や、大洋の平松。中日の立浪などだ。

母子家庭の子には、「お父さんのいる子には絶対負けない」という強い気持ちがこもっているのだと。

星野さんがルーキーの年、2回でKOされると、コーチを通じて当時の水原監督に明日の試合にもう一度先発させて下さいと申し出たという。水原さんは、翌日も星野さんを先発させた。

星野さんは完投したが、1:2で負けた。試合後誰にも会わせる顔がなくて、ロッカーで沈み込んでいると、三原さんが「よう頑張ったな」と握手してれたという。

きかん坊で暴れん坊で、いつも逆らってばかりいた星野さんも、このときは三原監督の手を握って子供のように泣いたのだという。

人の情けが人を救い、人の情けが人を作るというが、叱るのも怒るのも、チャンスをあたえるのも、つらい練習を強いるのも、監督としての星野さんの心のバックボーンであると。


人使いの名手 星野監督

星野さんは、選手を生かしていくコミュニケーションは二つあると語る。

一つはほめる場面と、叱る場面の見極め。もう一つは選手に「おれはいつも監督に見られている」という意識を植え付ける接し方、言葉の掛け方であると。これは日常会話でも良い。

星野さんは、いつも選手に「おれはお前を見ているよ」「おれはお前に期待しているよ、信頼しているよ」というサインを送ることは大切だと語る。

どんな人でも、人から「見られている」という意識、その緊張感がプラスに働くことがある。

星野さんは選手を能力と特色だけでは使わない。常に「仕事への心の準備」ができているかで選手の起用を決めていると。

星野さんが大事にするのは、試合の流れにも気を配りながら準備をして、自分の出番に集中している選手の姿であり、ベンチを見回して目があって、気持ちが通じ合うのがこうした選手なのだと。

星野さんが評論家時代にマスターズの取材に行って、ジャック・ニクラウスにインタビューしたときに、ニクラウスが「わたしはいつも『今日しかない』わたしの人生には、今日しかないと思っていつもプレーしている」と語っていたという。

そういう心の準備ができている選手が、力を発揮するのだ。


星野さんの仕事術

リーダーは普段の顔と、監督でいる顔と少なくとも2つの顔を持てと星野さんは語る。

西武の管理部長だった根本さんに言われたことがあると。

「君は星野仙一か。しかし、今は星野仙一ではないだろう。今は中日ドラゴンズの監督なんだ。他のチームに伍して戦っていけるチームを作るのが仕事だろう。人間だからつらいことはいろいろ出てくるさ。でも、トレードだって、君の監督としての重要な仕事なんだ」

いつでもどこでも重要なのは、やるべきことの発見と手順だと星野さんは語る。チーム改革と一口にいっても、すべきことを発見し、どういう手順でやるのかが大切だ。

星野さんは、若いときは選手を殴るなど、熱血指導で知られるが、いい人は好かれても尊敬されないという。

摩擦をいやがる人は管理職になれないというが、プロ野球でも似たようなものであると。選手に好かれる兄貴になれても、嫌われるオニになれないコーチは辞めさせるしかなかったという。

星野さんの野球は「弱者を強者にする野球」だと、そして心技体ではなく、体心技の順番なのであると。

体力がないと、ピッチャーでもバッターでも良いプレーができない。見本は金本だと。

広島に入ったときは、きゃしゃな体でどこまで持つかと見られていたが、オフも体つくりのトレーニングを欠かさず、いまや鉄人とよばれるほどの選手となった。

39歳になって、連続1000試合以上の連続フルイニング出場の世界記録を更新中だ。


「若者」と「グローバル」がキーワード

星野さんは今までトップ選手のメジャー流出を食い止める施策を取らない球界首脳を批判してきたが、代表監督となった今は、「行きたい選手は行けば良い。日本にはまだこれだけの選手がいるんだ、というところも見せてやる」と思うようになったと。

プロ野球もどんどん若者を育てて、次々を育て上げれば良いという考えが強くなったという。

日本のプロ野球とメジャーの差を考えると、有力選手の流出は今後も続くだろう。そしてメジャー帰りの日本人選手も増えて、輸出入というか、人材の相互の交流は益々活発になるのではないか。

その意味で、星野さんの考え方は、この選手の輸出入を拡大し、球界の活性化に役立つのではないかと思う。

松井秀喜の求道者の様な「不動心」と、明大島岡御大仕込みの熱血指導の星野さん。タイプは違うが、厳しい練習をして、マウンドや打席に入る前に準備ができていることの重要性など、基本は同じだと感じた。

この本を読むと、星野さんが理想の上司トップにランクされている理由がよくわかる。

おすすめの本である。


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2007年12月02日

豊潤なる企業 税務訴訟の専門家が語るひと味違った内部統制

豊潤なる企業―内部統制の真実


タイトルに惹かれて読んでみた。

社会的な成功である豊かさと、心の満足である潤いを加えてこそ、成功といえるという意味を込めてこの本のタイトルを付けたという。

著者の鳥飼重和さんは、税務訴訟の専門家で、企業法務の法律事務所では、最も多くの税務訴訟事件を担当しているだろうと語る。


西国立志編/自助論

最初の部分はサミュエル・スマイルズ著、中村正直訳の「西国立志編」、現代語訳は物理学者の故竹内均東大名誉教授訳、「自助論」を内部統制の本質を理解するために最も良い教科書として紹介している。

西国立志編


ある大企業の役員から、引きこもりの娘に送ったら「これが、私が求めていたものよ」と娘の自立に役立ったとの手紙を貰ったという。それが「西国立志編」だ。

スマイルズの世界的名著 自助論 知的生きかた文庫


西国立志伝は550ページあまりの文庫本だ。この本で紹介されていたので、筆者も再度読み直しているが、19世紀のヨーロッパのおもだった人物が登場するので、なかなか面白い。

アメリカのエンロン、ワールドコムなどの大型不正経理事件をきっかけにして誕生したアメリカのSOX法、日本でも西武鉄道、カネボウ、ライブドアなどの不正経理事件が原因で、金融商品取引法(J−SOX法)が制定された。

2008年4月から待ったなしでJ−SOX法の施行が始まるが、J−SOX法に基づいた内部統制は、大変なペーパーワークがつきもので、企業の現場では負担に感じている人が多いと思う。


内部統制の2つの考え方

鳥飼さんは、内部統制の考え方として次の2つがあると語る。

1.内部統制を法規制と考えるやり方 
  これだと法規制をクリアさえすれば良いと考えがちなので、企業の成長には寄与しない。

2.内部統制を高い水準の経営管理と考えるやり方
  企業がさらに成長するための高い水準の経営管理と考えれば、企業の成長に寄与するものとなる。

内部統制の真の目的は、高い水準の経営管理の実現を通して企業価値の向上を達成することだと語る。

不祥事が起これば、企業に対するダメージは計り知れない。それは西武百貨店、カネボウ、ライブドアの例を見れば明らかである。

今までは法令遵守と売上確保が「車の両輪」だったが、これからは法令遵守がすべてに優先する「優先順位論」を取るべきであると。

企業のトップは、法令遵守が守られないのであれば、売上はいらないという明確な態度を示す必要がある。

法令等に違反する場合には、もはや議論の余地はない。

今や企業のトップが、不祥事が起こって「知りません、聞いていない」では済まされない。トップが知らないということ自体が、内部統制ができていないという重大な問題だからである。

ダスキンのミスタードーナッツでの肉まんの未認可食品添加物の問題では、ダスキンの社外取締役はマスコミに知られる前に、公表すべきだと提言したにもかかわらず、経営陣は握りつぶし、後に組織的な隠蔽をしたと見なされ、訴えられた。

マスコミで報道され、会社の信用を喪失する結果となったので、大阪高裁はダスキンの取締役に責任があると判断したのである。


節税目的の内部統制

鳥飼さんは税務訴訟の専門家なので、節税を目的に内部統制を構築することを提唱する。

アメリカの企業は、「税法の遵守管理」を目的に内部統制を行っていることを忘れてはならないと語る。

鳥飼さんは、1.日本では経営者が節税は経営上の課題と考えていない、2.適法な節税をする専門家が育っていない、3.適法な節税を法律問題と考えず、会計問題と考えていると指摘する。

節税分野は税理士も弁護士も弱い分野である。

しかしながら、うまく節税すればキャッシュフローが最大化でき、企業にとってのメリットは大きい。

経営者は、キャッシュフロー経営の本来の意味を理解すべきだと語る。


長期成長企業J&J

最後に鳥飼さんは、自助の精神という原則を応用して成長し続けている企業の代表として、ジョンソン&ジョンソン(J&J)を紹介している。

J&Jは創業して120年という長寿企業であり、実に74年間増収、23年間増益、44年間増配という記録を続けている。時価総額で世界11位、最も尊敬される企業の10位にランクされている。

J&Jは我が信条というクレドを持っており、経営方針に定めるとともに、従業員に対して社会的責任を自覚した行動をとるように定めている。

次のような内容だ:

「…恒常的な成功は、より高尚な企業哲学を遵守していくことによってのみ可能になる。…社会に対する包括的な責任を受け入れ、それを全うすることが、企業のより高度な利益の追求方法なのだ。」

J&J







J−SOX法による内部統制は、膨大なペーパーワークといい、普通は重荷と考えがちだが、いわば「攻め」の内部統制を鳥飼さんは提唱しており、参考になった。


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