
2007年12月29日追記: アマゾンのこの本の書評を見たら、一つ星の低い評価と5つ星の高い評価が混在して両極端だ。低い評価は投資のハウツー本を期待して読んだ人によるものだ。
この本はハウツー本ではない。スティーブン・コビーが好んで引用する中国のことわざに「人に魚を与えれば一日食わすことができる。人に釣り方を教えれば一生食わすことができる」(訳は筆者)というのがあるが、この本はまさに「釣り方」を考える上で参考になる本であり、魚を与える本ではない。
そのことを念頭に、アルワリード王子の手法を参考として、「自分はどうするか」を考えて頂きたい。
1991年のシティバンクの危機を救った投資家として知られている”アラビアのバフェット”アルワリード王子の伝記。
前回大前研一氏の「心理経済学」のあらすじを紹介した。資産の積極運用を説く大前さんの本の、次に読むべき本として最適である。読んだ本しか買わない主義の筆者が買った今年4冊目の本だ。
アルワリード王子は、日本には投資していないこともあり、あまり知られていないが、2004年のフォーブス誌の世界の富豪の4位にランクされている世界でもトップクラスの投資家である。
2007年のフォーブスでも、13位にランキングされている。
この本はアルワリード王子が、CNNのニュースキャスターでジャーナリストのリズ・カーン(リズといっても男性)に1年間密着取材を許し、完成させた600ページもの伝記とドキュメンタリーである。
付属のDVDに、王子のみならず、王子の父のタラール王子、ニューズコープのルパート・マードック会長、ディズニーのアイズナー元会長や、シティグループのサンディ・ワイル元会長、シティバンクのジョン・リード元会長、カーター元大統領など、数多くのインタビューが載っており、ドキュメンタリーとしても非常に面白い。
このDVDだけでも十分価値はある。
世界の富豪ではマイクロソフトのビル・ゲイツなど、実業家が多くリスクアップされている。彼らは自社の事業を世界規模に拡大し、会社を公開し、自社株の価値が上がったことで世界の富豪ランキングに入っている。
2007年のリストには日本人は誰も入っていないが、ソフトバンクの孫さんや、楽天の三木谷さんがこのパターンだ。
例外的なのは第2位のウォレン・バフェットで、彼は事業ではなく、コカコーラ、ワシントンポスト、GEICO保険などの企業に投資し、そのリターンで自分の投資会社バークシャー・ハザウェイと自分の資産を500億ドルの規模まで成長させた。
ちなみに本日(12月28日)の日経新聞に世界の金融機関の時価総額ランキングが載っているが、バークシャーハザウェイは17兆円、世界7位で、投資会社としては世界トップだ。日本の金融機関のトップの三菱東京UFJ銀行は、12兆円弱で11位となっている。
バフェットに関する本は以前読んだが、このアルワリード王子の本に触発されて、再度バフェットの本(オーディオブック)も読み(聞き)直しているので、近々あらすじを紹介する。

バフェットは親しみを込めて「オマハの賢人」と呼ばれているが、「アラビアのバフェット」と呼ばれているのが、アルワリード王子である。
バフェットは長期投資家として知られ、その戦略は「バイ・アンド・ホールド」と「バリュー投資家」として知られている。
アルワリード王子も同じ戦略で、一度バフェットより「オマハでは私が「アメリカのアルワリード」と言われているのです」というレターを受け取ったことがあるという。バフェットの最大の賛辞である。
しかしバフェットと異なり、アルワリード王子は、200億ドルを超える自分の財産のみを投資して、世界第4位の富豪となったので、一般投資家の資金を集めて投資している訳ではない。
バフェットは株式投資に乗り出した1956年に、100ドルの元手で始めたそうだが、アルワリード王子も、1978年に父親から貰った3万ドルの元手でスタートしている。
あなたも私もその気になればできるやり方で、スタートしているのだ。
それが筆者が、大前さんの「心理経済学」を読んだら、次に読むべき本としてこの本をおすすめする理由だ。
3万ドルでスタートして10年で10億ドルに
アルワリード王子は1955年生まれ、筆者とほぼ同じ年代だ。初代サウジアラビア国王の21番目の息子のタラール・ビン・アブドルアジーズ・アルサウード王子と、レバノンの初代首相の娘モナ・エルソルハ王女との間に生まれた。
王子が5歳の時に、両親が離婚。それ以来王子はサウジアラビアに居る父と、レバノンに居る母の間を行ったり来たりして成長する。両親の離婚がアルワリード王子に大きな心の傷を与えたことは、この本のあちこちでわかる。
サウジアラビアのキング・アブドルアジーズ陸軍士官学校を卒業後、アメリカサンフランシスコのメンローカレッジで経営学を学ぶ。学業優秀なので大学を2年半で卒業し、1978年にサウジアラビアに帰り、学生時代に結婚した最初の妻との間で長男が生まれる。
王子といっても他のサウジアラビアの多くの王族のように、何も仕事をしなくても優雅に生きていけるほど、石油権益やコネクションがあるわけではなく、スタートは父のタラール王子から借りた3万ドルと、シティバンクのサウジアラビア合弁銀行から借りた百万リアル(約30万ドル)が資本だ。
サウジアラビアに戻った時は、不動産ブームの最後だったので、何件か不動産取引で収入を得て、その後はサウジアラビア王族としてのコネを利用して、外国企業の仲介者としてコミッション収入を得た。
最初はお父さんから貰った4部屋のプレハブ小屋を事務所にして、キンダム・エスタブリシュメント社を1980年に設立した。当初の数年は苦しかったが、王子にとって転機になったのが、1982年の韓国企業の建設商談をまとめ上げた時だ。
このとき王子は受託先のために一生懸命仕事をするかわりに30%という高いコミッションを受け取り、受け取った手数料でプロジェクトに出資して、儲けを不動産取引と株式取引に再投資するというサイクルを開始した。高リスク取引だが、それだけにリターンも大きかった。
ちなみに韓国企業から助けられたという思いは、その後1997年のアジア通貨危機の時に、王子が大宇や現代自動車など韓国企業数社に投資して「恩返し」をするという形になった。
王族として月間1万5千ドルの給付を受け取る権利があったが、1980年代の最初の数年は旅行もせず、コストを切りつめて、会社の経費も削って、従業員6〜8人の規模で懸命に仕事をこなした。
その間1982年に長女が生まれ、1984年にニューヨーク州にあるシラキュース大学の社会学部に入学、こちらも学業優秀なので11ヶ月でマスターを取得し、1985年に帰国した。
これらの不動産と株の取引により、最初にアメリカから帰国してから10年後の1989年には資産が10億ドルを超え、14億ドルとなった。
1990年には湾岸戦争で弱気になった地主から、リヤドの広大な土地を購入する。王子は今でもリヤドの最大の地主の一人で、250万平方メートルの土地を所有しているという。
次の飛躍は銀行業
次の王子の成功は銀行業だ。
サウジアラビアの銀行業界は軒並み人員過剰で、経営もお粗末な状態だった。そこで1986年に敵対的買収でユナイテッド・サウジ・コマーシャル銀行の経営権を握り、数年でリストラとコスト削減を行い、万年赤字だった会社を黒字に立て直す。
次に1987年に同じく赤字に苦しんでいたサウジ・カイロ銀行と合併させ、ユナイテッド・サウジ銀行とし、さらに1989年にはシティバンクのサウジアラビア合弁銀行のSAMBAと合併させ、中東最大級の銀行とした。
またサウジアラビア最大のスーパーマーケットチェーンの株式を取得し、次に別の食品会社・スーパーマーケットチェーンと合併させ、いわば「中東のネスレ」のサボラ・グループを設立したり、産業投資会社も買収したりで、投資の対象を広げていった。
銀行業界への投資拡大ということで、1989年に世界の4大金融機関であるチェースマンハッタン、シティコープ、マニュファクチャラーズ・ハノーバー、ケミカル銀行を研究し、これらの株を買い始める。
当時は不動産融資の貸し倒れと、中南米への貸し倒れが不良債権化しており、銀行は軒並み赤字で、とりわけシティバンクは最も業績が悪かった。しかし王子は将来性は最もあると考え、4行に分散していた投資をシティバンクに集中し、4.9%の株を保有することになる。
まさにサブプライム問題で、欧米の金融機関が軒並み巨額の赤字を出している今とダブる。いつか来た道、デジャヴュ(既視感)だ。
大前さんの「心理経済学」で紹介されていたが、シンガポールとか中国の政府系投資ファンドなどが、今なぜ欧米の金融機関の株を買っているのかわかると思う。
シティバンクの救世主に
アルワリード王子は約3年かけてシティバンクを徹底的に研究し、エントリーポイントという目標株価を設定し、その時が来るまでじっくり待っていた。
そして、その時が訪れた。シティバンクが自己資金増強のため1991年に増資したタイミングで株を買い増し、投資額約8億ドルで持ち株比率は15%弱まで達した。
このときはアルワリード王子の父親はじめ、みんなから反対されたが、いつもの習慣で一人で砂漠のキャンプに行って考え、そして決断した。
その後FRBの圧力で、1993年に持ち株は10%まで落としたが、3億6千万ドルの利益を実現した。もちろんそのまま株を持ち続けていたら、今は何十倍の価値にもなったのだろうが、それでもわずか1年半でリターンが40%超である。
バフェットは30年以上にわたって、平均年25%ほどのリターンをあげているが、アルワリード王子は20年にわたり平均23.5%のリターンをあげていると語っている。
あまりに巨額の資金を保有するため、その入手先をFRBなどが調査した。CIAの手先とか武器商人とかいろいろ噂されたが、アルワリード王子は、すべて自分の金であると語っている。
アルワリード王子の投資パターン
アルワリード王子の投資は次の3つのカテゴリーだ。
1.国際コア投資 : 銀行、ホテル、メディア、不動産、テクノロジーが中心で、シティグループ、フォーシーズンズホテル、フェアモントホテル、ニューズコーポレーション、タイム・ワーナー、ウォルト・ディズニー、ロンドンのカナリーワーフ、アップル、モトローラなど。
2.国際ノンコア投資:プラネット・ハリウッド(倒産)、ドットコム企業(倒産が多い)
3.サウジアラビアへの投資:キングダムホールディンググループの投資が中心で、サウジアラビア一の303メートルのキングダムタワー/ショッピングセンター、ホスピタル、キングダムシティ(複合住居施設)、放送局のロターナ、サウジ・アメリカン銀行、食品のサボラグループなど
成功ばかりではない。バフェットはインターネットバブルのときは、事業が理解できないとして、新興IT企業には一切投資しなかったが、アルワリード王子は2000年前後に「ミレニアムバグ(2000年問題)」と呼ぶPricelineやAmazon、eBayなどのドットコム企業への投資や、モトローラ、ネットスケープ、ワールドコム(2億ドル出資)などでも失敗した。ユーロディズニーでも失敗し、盟友アイズナー会長はディズニーを2006年に去ることになる。
元シティバンクで、王子のプライベートパンカーのマイク・ジェンセンは、最初は王子を触るものすべてを黄金に変えるミダス王だといっていたそうだが、このような失敗もある。但し、重要なのは失敗から学んでいることだと語る。
アルワリード王子は株価は毎日見ないという。長期戦略通りに事が運んでいるのかが重要で、毎日の株価の上下は問題ではないのだ。なるほどと思う。
アルワリード王子の私生活
私生活ではリヤドで317部屋もある超豪邸で、長男ハレド王子と長女リーム王女一緒に暮らしている。317部屋もあっても、どうするんだという気もするが、アラブの富豪はやはりケタが違う。
子供は二人ともアメリカのニューヘブン大学を卒業して、現在はアルワリード王子の会社キングダム・ホールディングで働いている。長女は、いずれはMBAを取るために、また米国に留学したいとの希望を表明している。
ハレド王子は自分でもインターネット関係などの米国株に投資して、実地勉強していたが、何度か痛い目にあったので、5%動いたら利食いあるいは損切りするという5%ルールを設定していたという。
長男のハレド王子は水上スキーで頭蓋骨骨折という大けがを負い、それが家族のきずなを強めることにつながった。
アルワリード王子の最初の妻のダラル王女との結婚は18年間続いたが、1994年離婚した。その後は2人と結婚・そして1年後に離婚を繰り返す。3人めは長女より1歳年上の妻だったが、アルワリード王子はいわば仕事と結婚している様なもので、結局長続きしなかった。
アルワリード王子の睡眠時間は短い。1日4−5時間あるいはそれ以下だが、スポーツ万能で、主治医によると健康管理は問題ないという。毎日深夜2時前後まで仕事をして、それから2−3時間読書にあてる。
これも筆者が強調したい点だが、アルワリード王子は大変な勉強家・努力家でもある。努力なしでは成功はおぼつかないのだ。
水曜日、木曜日の週末は毎週砂漠のキャンプに行って、砂漠を歩き、ベドウィンと交流し、彼らの話を聞いている。
砂漠でも、全長83メートルのプライベートヨットでカンヌでバカンスを過ごす時も、アメリカのジャクソンポイントで子供達とスキーをする時も、自然の中過ごすのが大好きなのだと語っている。
王子は国思いの慈善家でもある。
時々リヤドの貧民街をたずね、一戸当たり1,300ドル程度の小切手をプレゼントして回っている。
アルワリード王子の資産は200億ドルで、毎年五億ドルを私生活や会社の経費に充て、一億ドルを世界中いろいろなところで研究機関などに慈善寄付をしている。
2001年の9.11直後にニューヨークを訪れ、現在共和党の大統領候補で当時はニューヨーク市長だったジュリアーニ氏に一千万ドルの寄付をしたが、アメリカの中東政策の見直しを求めた声明文を発表したことで、ユダヤロビーの反発を恐れるジュリアーニ市長が寄付の受け取りを拒否し、マスコミで有名になった。
自家用にボーイング747 一機とホーカーシドレーのビジネスジェット二機を持っており、それで頻繁に出張する。外国の大統領や実業家ともしばしば面談し、付録のDVDでは父、息子のブッシュ大統領、ジスカールデスタンフランス大統領、イギリスのエリザベス女王とチャールズ皇太子などと会っている場面が収録されている。
アルワリード王子の投資戦略
キングダム・ホールディングの広報担当が語ることによると、アルワリード王子はすべてに細かく指示をだす。記憶力も抜群で、王子は映像としてすべて覚えているのだという。
筆者はうまくできないのだが、物覚えが良く、絶対に忘れない人というのは、映像で覚えることができる人なのだろう。
アルワリード王子は、会社の少数株主となり、外部から影響力を行使することを選び、取締役会などには名を連ねない。プライベートバンカーのマイク・ジェンセンによると、投資の大半は長期的な戦略に基づいたもので、王子はジェンセン自身が今まで出会ったなかで、最も洗練された戦略を持っているという。
戦略的に考えるチェスのチャンピオン ガリー・カスパロフが王子のヒーローだったという。日本ならさしずめ羽生さんなのだろう。
アルワリード王子のいつものコメントは「問題はいらない。解決策が欲しいんだ。」であり、付録のDVDでも四六時中電話やオフィスで指示をしている姿が収録されている。
王子は非常に頑固な性格で、添付のDVDでは著者のリズ・カーンが立ち会ったボーイング747プライベートジェットの改造工事で、4社の相手と厳しく交渉する姿が取り上げられている。
頑固にベストディールを求め、バーゲンプライスで買えるまで長期間でも待つ。それが王子がビジネスで成功した秘訣で、バリュー投資家バフェットと並び称される理由だ。
ディズニーのマイケル・アイズナーや、ニューズコーポレーションのルパート・マードックは、アルワリード王子を高く評価して、「頭の切れる男、東西文化の橋渡しのすご腕」と表現している。
アルワリード王子は「一番が好きだ」と語り、世界一のシティグループの一番の株主だったことを誇りに思っている。世界最高級のフォーシーズンズホテルチェーンや、ニューヨークのプラザホテル(その後売却)への投資も、世界一のブランドへの投資である。
パリのジョルジュサンクホテルは王子が買収する前は、せいぜ3つ星のホテルだったが、買収後二年間かけて大改装し、新しくオープンした後は、四年連続で世界のベストホテルに選ばれ、レストランはミシュランの三つ星を獲得した。
営業開始後こんなに早く三つ星を獲得できたホテルのレストランは、他にはないという。王子はなんでも一番が好きなのだ。
ドキュメンタリーDVDも秀逸
600ページにもわたる本だが、付録のDVDが良くできていて、本をフォローする内容で、理解をさらに深めてくれる。映像も編集も良く、さすがCNNのニュースキャスターを使って制作させたDVDである。
このDVDだけでも本書を手にする価値があると思う。中東最大の資産家で、世界の富豪であるが、アラブのオイルマネーとは関係なく、スタートは三万ドル(今なら340万円)の自己資金だ。
決して夢物語ではない。自分でも5年から10年後の世界を思い描いて長期戦略を立て、長期保有を前提にバリュー投資を続けていけば、資産を数十倍にできるのではないかという気にさせる本だ。
大前研一氏の「心理経済学」のあらすじを紹介したばかりだが、大前さんの言っている不安心理を捨て、資産の積極運用を開始するには、良い実例だと思う。
これだけのボリュームとDVDが付いていながら1,800円という「バリュー価格」で、まさに投資家に最適の本だと思う。是非一読をおすすめする。
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