2012年12月30日

なぜ日本経済は世界最強と言われるのか 日本国債は世界一安全?

なぜ日本経済は世界最強と言われるのかなぜ日本経済は世界最強と言われるのか
著者:ぐっちーさん
東邦出版(2012-09-14)
販売元:Amazon.co.jp

日本経済の強さを力説するブティック投資家・ぐっちーさんの本。会社の読書家の友人から借りて読んでみた。

ぐっちーさんは、1960年生まれ。丸紅を経て1986年にモルガン・スタンレーに移籍、給料が倍になったという。10年ほど在籍したのちに、欧米系金融機関のABNアムロ、ベア・スターンズなどを経て、ブティック投資銀行を開設した。ぐっちーさんのトークショウ広告に頭がぼさぼさで、時代劇に出てくる浪人風の写真が載っている。興味ある人はこちらをクリックして見てほしい。

この本は「グッチーさんの金持ちまっしぐら」というブログ(現在はGuccipostというウェブサイトに移行している)やメルマガの記事を編集加筆したもので、ぐっちーさんの最初の本だ。

一流の投資家であれば資産家が相手なので、一般大衆相手の本やメルマガなどは出さないだろう。どちらかというとメルマガ(月々840円で、数千人読者がいるという)や講演などで儲けているように思える。

とんでも本のように見えるが、予断を排して読んでみた。


ワイン談義はいただけない

ただし、米国と中国、米国と日本の関係を説明するのに、小泉首相訪米の時のディナーで出されたカリフォルニア州産ワインと2011年11月の胡錦濤主席の訪米の時のワシントン州産ワインの比較をして、小泉首相の時のワインの方が断然格上と言っているのはいただけない。

ぐっちーさんはシアトルでも仕事をしているそうだが、小泉首相訪米時のカリフォルニアワインを世界最高のジンファンデルの最高の作り手の最高ヴィンテージと絶賛し、胡錦濤主席訪米時のワシントン州のワインは格落ちとしている。

はたしてそうか?

ためしに楽天でそれぞれの銘柄の2008年ものの値段を調べてみると、次のような結果となった。

クイルセダ クリーク カベルネソーヴィニヨン コロンビアヴァレー[2008]△クリセダ クウィルシーダ クウィルシダ Quilceda Creek CabernetSauvignon ColumbiaValley [2008]△
クイルセダ クリーク カベルネソーヴィニヨン コロンビアヴァレー[2008]△クリセダ クウィルシーダ クウィルシダ Quilceda Creek CabernetSauvignon ColumbiaValley [2008]△

リッジ リットンスプリングス [2008] 750ml
リッジ リットンスプリングス [2008] 750ml

胡耀邦主席の時のワシントン州のクイルセダ・クリーク・カベルネが27,300円、小泉首相の時のリッジ・リットン・スプリングス・ジンファンデルが7,800円だ。

もちろんヴィンテージとか、採れたぶどう畑によりプレミアムがつくことがあるので、組み合わせによっては上記の楽天のような価格差が常にあるというわけではない。

ジンファンデルは、米国が最高なのかもしれないが、最高級赤ワインをつくれるぶどう品種ではないので、他の国や地域ではあまり生産されていないだけだ。その証拠に米国でもカリフォルニア以外の州ではほとんど生産されていない。

ワイン仲間を集めて、両方飲んでテイスティングしてみるが、赤ワインだけ比較すると、胡耀邦主席の時のワシントン州のワインの方が格上といわざるをえない。

ただし、大統領もブッシュとオバマで違うし、ぐっちーさんも書いているように、胡耀邦主席の時は、アメリカに来たらアメリカ料理でもてなすということで、リブアイステーキや、ロブスターなどの”オールアメリカン”の食事だった。

年配の中国人向け料理ではなく、胡耀邦主席は抵抗があったと思うので、赤ワインだけをとって一概に比較はできない。

”ワインは政治や企業にとってのいわば「戦略兵器」だとお心得ください”と書いているわりには、ワシントン州のワインを見くびっている点は残念だ。

ともあれ、本の他の内容は参考になる点が多いので、ぐっちーさんの論点を整理して紹介しておく。


日本国債は世界一安全?

日本国債は発行残高が1,000兆円を超える規模でも問題ない。日本の経済は世界一強いので、日本が破たんすることはない。年収200万円の亭主が1億円借金していても、奥さんが現金で2億円持っていることと同じだと。

2002年に日本の格付けが下がった時に、海外の格付け機関3社に対して財務省が出した意見書では次のように言っている。これは10年後の今も、外貨準備が中国に抜かれて2位となった(当時の2倍になってはいるが)以外は同じだ。

「日本は世界最大の貯蓄過剰国であり、国債はほとんど国内で極めて低金利で安定的に消化されている。また日本は世界最大の経常黒字国であり、外貨準備も世界最大である。日米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとしていかなる事態を想定しているのか?」

消費税を上げないと日本が破たんするというのは、税金を上げたい財務省のプロパガンダにすぎないという。

このブログで紹介した高橋洋一さんの「さらば財務省」に高橋さん自身がつくったALM(アセット・ライアビリティ・マネジメント)システムの話が載っている。

さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社プラスアルファ文庫)さらば財務省! 政権交代を嗤う官僚たちとの訣別 (講談社プラスアルファ文庫)
著者:高橋 洋一
講談社(2010-06-21)
販売元:Amazon.co.jp

日銀も金融庁もALMを持っていて銀行のポートフォリオを把握しているので、銀行が抜け駆けして国債を処分して国債が大暴落ということはありえない。

そもそもアジア通貨危機の時の韓国の政府債務のGDP比率は20%だった。債務のGDP比は、自国通貨だけの場合は意味がないという。いざとなれば紙幣を印刷すれば済むからだ。

ぐっちーさんの言うように「日本国債は100%安全」と言えるかどうかわからないが、紙幣を刷れば済むという問題ではある。

アルゼンチン駐在時代は年率100%超のインフレを経験した筆者としては、インフレがコントロールできないほど膨れ上がるのは問題だが、5%以下のインフレを覚悟して経済運営を取り進めるアベノミクスは、正しい方向性にあるのではないかと思う。


円高は本当に日本経済にとってダメージか?

世界で唯一国内だけで借金が賄えて、中央銀行がきちんと機能している国は日本しかないから円高になる。

円高で日本の輸出が減って、日本経済にダメージがあるとマスコミは宣伝するが、実はGDPに占める輸出の割合は14%で先進国ではアメリカに次いで低い。

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出典:本書81ページ

ぐっちーさんは触れていないが、自動車産業など輸出産業は裾野が広く、単純な輸出だけでなく、GDPでは国内取引としてカウントされる国内の素材や部品取引にも影響があることは、リーマンショックで経験したところだ。

しかし、そもそもGDPに占める製造業の割合は2割程度で、残り8割を占めるサービス産業などの第三次産業では、円高によるメリットの方が大きいだろう。

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出典:本書167ページ

「貿易立国」と筆者が小学校のころ習ったが、いまや「貿易立国」なのは韓国や中国で、日本は輸入も入れた貿易依存度では27%に留まり、こちらも先進国の中ではアメリカに次いで低い。

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出典:本書89ページ

さらに、貿易取引における円建比率は、輸出で41%と上がっている。たぶんトヨタグループとかの大企業グループ内の取引は円建てで輸出入していると思う。

輸入では円建て比率は23%だ。市況商品などの国際相場はドル建てなので、輸入はドル建てが一番多いのだと思う。

だから輸出は円建てで、輸入をドル建てにしておけば、円高でコストが下がるメリットを享受できる。たぶん円高をエンジョイしている企業は多いはずだ。

ぐっちーさんが会社四季報で調べたところ、海外売上高比率が5割を超えている輸出企業は、東証上場企業では286社(全体の「8%)のみで、海外比率30%まで下げても605社しかないという。

円高で儲けている企業は何も言わない。マスコミの「円高が日本経済をほろぼす」論調には、ぐっちーさんは警鐘を鳴らす。ローマ帝国以来、通貨高で潰れた国はないのだと。

この本が出た2012年10月当時は、1ドル=75円くらいだったのが、ここ1か月は「アベノミクス」で、円高修正に転じて1ドル=85円を超え、株価も上がっている。

為替相場はだれにも予測ができない。今後100円に近づくような局面があるのか、あるいは円高に戻すのかわからないが、為替が動けば投機資金も動く。円安となれば世界の投機資金が日本に集まることは間違いない。当面株高は続くだろう。


【余談】GDPに占める農業の割合は先進国では大体1%のみ

余談になるが、GDPに占める農業の割合は某政治家の発言もあった通り1.5%で、世界最大の農業国・米国でも1.1%に過ぎない。

もはや先進国では農業はGDPの1%前後というのが当たり前となっている。TPPにおける議論などでは、依然として農業の政治的発言力は強い。農業の重要性を否定するつもりはないが、冷静に考えれば、際限なく日本農業を支えることはできないことがわかる。


世界は日本を見直している

信義則が通用しない中国で痛い目にあった世界の企業は、信頼できる日本企業を見直しているとぐっちーさんは語る。

日本のように100年以上続いた企業が1万5千社もある国はない。世界の人々は3.11の大災害にあっても秩序正しく生活する日本人を見てわかった。

アフリカ諸国は中国の経済援助や大規模投資に一度は感謝した。

しかし、アフリカに雇用も富みも残さず、イナゴのようにやってきて資源と仕事を奪い尽くす中国は、昔アフリカを植民地にしたイギリス、フランスより悪い相手だったという「チャイナ・バッシング」が現在起きているという。


ヘッジファンドはいまや張り子の虎

この本の中で、最も参考になった部分がこれだ。

ボルカールールなどで金融機関のリスクテイクに対する締め付けが厳しくなっている。その結果、ヘッジファンドは資金源を断たれ、もはや日本政府に対抗できるようなヘッジファンドは存在しない。

2008年までヘッジファンドが大暴れしていた時代は、100億円の資金を元手に(エクイティーとして)CDO(債務担保証券)をつくって、銀行がそれに1,000億円から5,000億円の資金を融資した。

しかし銀行が自己資本比率を13%以上にしなければならない現状では、担保のないヘッジファンドに融資する銀行はない。だからヘッジファンドはいまや「張子の虎」となった。ソロスも同じで、日本政府、日銀に勝てるヘッジファンドなどもはや存在しないのだ。

ちなみに、いまや金融機関の取れないリスクを取っているのが総合商社だ。金融機関ではないのでボルカールールにはかからない。

総合商社は世界の脚光を浴びている日本的経営の最大の成功例であると丸紅出身のぐっちーさんは語る。

現在の総合商社は、貿易会社だけではなく、様々な分野での総合事業・投資会社に変身した。その意味ではぐっちーさんの言っていることは正しいと思う。


日本の年金は破たんするか?

年金制度については、出生率も高齢者比率も今の年金制度の前提より改善が見込まれるとぐっちーさんは指摘する。

マスコミでは少子高齢化による年金破綻をさかんに宣伝しているが、今の年金制度は出生率1.26、高齢者比率45%で計算している。現実は出生率1.35、高齢者比率が41%なので、現実は想定よりむしろ改善している。

正直あまり聞いたことがない話だが、ネットで調べるとちゃんと根拠があったので、茨城県県議会議員の井出さんのホームページに紹介されている平成19年の厚生労働省年金局の「人口の変化等を踏まえた年金財政への影響(暫定試算)」を紹介しておく。


日本は恒常的経常赤字国に転落する?

マスコミでは大震災の影響もあり、日本は2011年度に貿易赤字に転落し、2012年9月には過去最大の貿易赤字に転落したと報道している。

しかし不思議に所得収支も入れた経常収支のことは取り上げない。実は経常収支では黒字に変わりはないのだ。

日本の外貨準備高は中国に抜かれたが、日本は依然として世界最大の対外純資産保有国だ。日本の対外資産は582兆円で、負債を差し引いた対外純資産は253兆円で世界一である。

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出典:本書175ページ

これだけの対外資産から入ってくる所得収支が月間1兆円以上ある。だから貿易赤字があっても、経常収支では2011年度でも盤石の黒字だった。

2012年9月の季節調整済みの経常収支がマイナスになったと財務省は発表している。しかし、季節調整前で5,036億円の経常黒字が、季節調整後1,420億円の経常赤字になるというのは、計算根拠が良くわからないところだ。

日本は「金持ち父さん」風に言うと”ラットレース”の貿易取引で外貨を稼ぐのではなく、先進国型の”お金に汗をかかせる”対外投資で儲ける経済となっているのだ。

金持ち父さん貧乏父さん金持ち父さん貧乏父さん
著者:ロバート キヨサキ
筑摩書房(2000-11-09)
販売元:Amazon.co.jp



中国バブル崩壊

今度紹介する長谷川慶太郎の「中国大分裂」に詳しく説明されているが、ぐっちーさんも中国の現状を「バブル崩壊」と称して、つぎのような事象を挙げている。

中国大分裂 改革開放路線の終焉と反動中国大分裂 改革開放路線の終焉と反動
著者:長谷川 慶太郎
実業之日本社(2012-07-12)
販売元:Amazon.co.jp

★中国には金融政策など存在しない。中国では共産党が決断しないかぎり、金融政策に変更はない。

★中国の人民元の変動幅変更は後出しじゃんけん

★中国の生産人口はもう増えない 年金もない老人が多数いて、大きな社会問題になる可能性がある。

★中国は不動産バブル 500兆円が不要債権化する恐れもあるという

★外国人居住者からも社会保障費を徴収開始

★個人所得税の課税最低額を月間2,000元から3,000元に引き上げる一方、高所得者の税率はアップさせた人気取りの税制改革を行った。これにより給与所得者の9割は無税となり、残り1割のほとんどは税率10%で済む。高額所得者のみ45%の税金がかかる。

★中国人の高額所得者は海外、特にカナダに逃げている。平均7億5千万円の資産を持っている資産家96万人が資産を持って海外に流出しようとしている。日本が資産家移民を優遇したら、日本に移住する中国人は多いだろう。

★中国では地方政府の中央政府の政策に対する造反が起こっている。


苦境に立つ韓国経済

韓国の貿易依存度は9割に達していることを、上記の統計データで紹介した。ぐっちーさんが、韓国の現状を簡単に紹介している。

★2008年に3,174億ドルあった対外債務は、直近の2012年5月には4,100億ドルまで拡大している。ウォン安誘導で、対外債務の金利支払いが拡大しているためだ。

★日本が5.5兆円(700億ドル)のスワップラインを設定して韓国を救った。

★韓国政府の外貨準備高は3,100億ドルあると言われている。日本の外貨準備は現金や米国債など安全なドル資産だが、韓国の場合、米国債比率は12%しかない。残りはCDOなどの不要債権化した外国債券なども含まれており、すぐに現金化できない性質のものが多く含まれている。

★韓国がヘッジファンドに狙われないのは、単にヘッジファンドが資金を確保できていないからにすぎない。


最後にぐっちーさんは、「日本神話、いまだ健在」として、日本は実はうまくいっていることの例として、平均寿命の伸び、円の強さ、世界的に最低水準の失業率(4.2%)、経常黒字がバブル期の3倍以上もあること、香港+中国では日本が4兆円の輸出超過なことなどを挙げている。


日本国債が世界一安全かどうかわからないが、一般的なマスコミの論調とは違う論点は参考になる本だった。


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2012年12月26日

ドッグファイトの科学 元戦闘機パイロットが描く戦闘機のすべて

ドッグファイトの科学 知られざる空中戦闘機動の秘密 (サイエンス・アイ新書)ドッグファイトの科学 知られざる空中戦闘機動の秘密 (サイエンス・アイ新書)
著者:赤塚 聡
ソフトバンククリエイティブ(2012-09-20)
販売元:Amazon.co.jp

元自衛隊のF15パイロットという経歴を持つ航空カメラマンの赤塚聡さんの戦闘機の紹介。

アマゾンのなか見!検索に対応しているので、ここをクリックして目次を見てほしい。次のような構成で詳しく戦闘機の基本戦闘行動や使い方、武装などを紹介している。

第1章 戦闘機の機動の基本を知る

第2章 各種の基本戦闘機動

第3章 戦闘機に搭載される武装

第4章 戦闘機の使い方

第5章 曲芸飛行の技

第6章 素朴な疑問

戦闘機は単独で行動することはなく、すべて早期警戒機や地上レーダーなどの情報リンクのもとに行動する。

国籍不明機が領土に接近すると、早期警戒機などの警報に基づき、戦闘機がスクランブル出撃して相手を識別する。そして敵と識別されたら、まずは中距離ミサイルを撃つ。

中距離ミサイルで撃ち漏らした場合は、距離を縮めて今度は短距離ミサイルを撃つ。それも撃ち漏らした場合にはドッグファイトで、機関砲で射撃して敵を攻撃する、というのが戦闘パターンだ。

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出典:本書125ページ

ステルス戦闘機は、レーダーには小鳥くらいのサイズにしか映らないので、早期発見は難しい。いきなり近接戦となったり、あるいは気が付いたら敵のミサイルが発射されていたというような展開となる。

中距離ミサイルを使っての戦闘では、どちらが最初にミサイルを発射するかで勝負が決まる。だから、ステルス戦闘機は圧倒的に有利だ。





戦闘機は大小さまざまなミサイルや兵装を積んでいる。

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出典:本書165ページ

翼の一番外側の細いミサイルが短距離ミサイルの代表作、サイドワインダー。1958年の台湾海峡での空中戦に初めて使われ、台湾軍のF86戦闘機が全部で30機以上のMIG17を撃ち落とした。F86の損失は1機だけだった。MIG17は性能はF86より優れていたが、ミサイルの前には無力だった。

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出典:本書67ページ



これが国産のサイドワインダー代替ミサイルのAAM-5だ。後方のロケットノズルには推力偏向用の羽根(ガイドベーン)がついている。

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出典:本書69ページ

その内側に左右2本づつ積んでいるのが中距離ミサイル。

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出典:本書79ページ

中距離ミサイルの略称はAMRAAM(アムラーム)だ。



その内側は増加燃料タンクだ。この他に、妨害電波を出すユニットなどを積む場合もある。

搭載する数々の武器を並べると次の写真のようになる。

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出典:本書61ページ

この本ではいくつかの曲芸飛行のパターンも紹介している。YouTubeではロシアのSU-30の驚くべき曲芸飛行が掲載されている。



この曲芸飛行のパターンはコブラやクルビットだ。

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出典:本書163ページ


プロペラ戦闘機の戦術も紹介

第2次世界大戦中にドイツ軍のエース・ヴェルナー・メルダースが生み出して、ほかの国でも取り入られた2機の戦闘機の編隊行動をベースとしたロッテ戦術や、アメリカのエースが生み出したサッチ・ウィーブ日本のゼロ戦の木の葉落としなどのプロペラ機時代の伝統的戦法も紹介されている。

写真や図解が多くてパラパラ眺めていても楽しい。さすが元F15パイロットだけあって、戦術や戦い方の説明もリアルだ。航空ファンにはこたえられない本だと思う。


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2012年12月24日

就活生の親が今、知っておくべきこと 日経ウーマン編集長の体験記

就活生の親が今、知っておくべきこと (日経プレミアシリーズ)就活生の親が今、知っておくべきこと (日経プレミアシリーズ)
著者:麓 幸子
日本経済新聞出版社(2011-11-10)
販売元:Amazon.co.jp

2012年度の新卒採用は、2011年から2か月遅らせて12月1日スタートとなった。毎日のようにリクルートスーツを着て会社訪問に行っている息子さん、娘さんがいる人もいると思う。

40代、50代の親が経験した昔の就職活動と、現在のインターネットの就職サイトを使った就職活動は全く異なる。また子供の数は減っているのに、大学生の数は増えているので、景気低迷で採用者数が減少している現状では競争は比べものにならないほど厳しい。

だから名前を知らない会社に内定しても、いい大学に行っているのだから、もっと有名な会社にトライしろなどとケチをつけてはいけない。

これは、そんな親への日経ウーマン編集長の長男の就活を踏まえた体験記である。

元々は日経新聞電子版に2011年3〜4月に連載された「母と子の444日就活戦争」を再構成したものだ。


麓さんの長男の就活体験

著者の麓さんの長男は、超上位校ではないが、2番手グループに入る私立大学にいて真面目に大学に通っており、見た目も悪くないから、面接官にも好まれるのではないか、「まあ、なんとかなるんじゃないか」と思っていたという。

今から思えば、親バカの極みだという。

結論から言うと、麓さんの長男は2011年春に都内の私立高校の教員として就職した。内定したのが2010年の12月。就活を始めてから実に444日めの内定だった。

就活を通じて、長男は子どもが好きなことに気が付き、教職を目指すこととなったという。東京都の教職員採用試験ではいいところまでいったが、結果は不合格だった。ちなみに応募者は2万人、倍率8.1倍だったという。


就活に親が”丸腰”で臨んではいけない

麓さんは「就活は子どもに任せて親は暖かく見守るべし」などといって、ゆめゆめ子どもの就活に、親が”丸腰”で臨んではいけないと力説する。

子どもたちが就活時に体験する困難さや混乱は、子どもたちのせいではなく、国の雇用政策、産業構造、グローバル化を背景にした企業の事業戦略や人事施策などの大きな変化によってもたらされている。

親がすべきことは、単なる見守りだけでなく、自らの経験を生かして働くことの意味を伝え、適切なアドバイスをし、「大丈夫できるよ」といってポンと背中を押す。よきサポーターやアドバイザーになることだという。


親の世代の就活と現在の就活とは全く異なる

この本の前半で麓さんは、親の世代の就活と現在の就活とは全く異なることを、数々のデータを挙げて説明している。「昭和の就活」と今の「就活」が違う点を簡単に紹介しておく。

1.大学進学率は倍となり、少子化にもかかわらず大学生の数は増えているのに求人総数は増えていない。

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出典:本書83ページ

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出典:本書23ページ

2.非正規雇用が3割に達し、正社員の枠はますます狭き門になり、さらにグローバル採用という外国人との競争もでてきた。

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出典:本書126ページ

上記の通り、男性で非正規雇用者は2000年の12%から2010年には19%に増加した。女性では2003年ごろに正規雇用と非正規雇用が逆転し、2010年には、非正規雇用が54%で正規雇用の46%を上回るという状態になっている。

グローバル採用については、トム・フリードマンが「フラット化する世界」で書いていることが当てはまる。

「いいか、私は子供の頃、よく親に『トム、ご飯をちゃんと食べなさい ー 中国やインドの人たちは、食べるものもないのよ』といわれた。

おまえたちへのアドバイスはこうだ、『宿題をすませなさい ー 中国とインドの人たちが、おまえたちの仕事を食べようとしているぞ』。」


フラット化する世界〔普及版〕上フラット化する世界〔普及版〕上
著者:トーマス・フリードマン
日本経済新聞出版社(2010-07-21)
販売元:Amazon.co.jp


3.指定校制がなくなり、自由に応募できる就職情報サイトが主流となるにつれ、応募者が激増した。企業はひそかに「大学別ターゲット採用枠」という事実上の「学歴フィルター」を導入して自衛した。

東証一部上場の人気企業では万を超えるエントリーシートが寄せられる。エントリーシートとは次のようなものだ。

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出典:本書36−37ページ

このうち”自己PR=学生時代に頑張ったこと”(通称「ガクチカ」)で、企業側がどういう人材を求めているかを考えずに、自分の基準で的外れなことを書く学生が多いという。

麓さんは、面倒見の良い知人から長男がアドバイスを受けて、ガクチカを書き換えた話を紹介している。

長男が最も強調したかった「自分のサークルを廃部の危機から救った」という話ではなく、「サークルで学生のみならず、社会人OB・OGや子供も参加したイベントを企画して成功させた」というエピソードを取り上げるようにしたという。

これなら幅広い世代の人と話せるというコミュニケーション能力の高さを証明する事柄なので、企業側はオッと思うだろうと。


4.大企業を目指しての就活は、下位大学出身者だとやっても無駄(採用枠がない)。上位大学出身者では同じ大学同士で争うことになる。

大学は少子化にもかかわらず、学生を確保しなければならない必要に迫られ、学力試験なしのAO入試や女子学生を増加させて、学生数を増やし続けてきた。そのツケが大学生の学力低下だ。

就活生は45万人いるが、人気上位100社の新卒採用数は合計3万人弱。旧帝大、早慶上智、MARCH、関関同立といわれる関東・関西の上位校の就活生を全部足すと4−5万人になるという。

海老原嗣生さんの「就職に強い大学・学部」にあるように、人気上位100社への就職に強いのは慶應、早稲田、上智まで。それも経済・法学部・商学部など偏差値の高い学部に限られるというのが現実なのだ。

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出典:「就職に強い大学・学部」71&75ページ


企業が本当に求める人材はズバリ「商社マンタイプ」

経団連の2011年新卒採用に関するアンケート調査(545社回答)によると、企業が選考にあたって特に重視した点は次の通りだ。

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出典:本書111ページ

第1位が8年連続で「コミュニケーション能力」、2位の「主体性」は4年連続で上昇、「協調性」、「チャレンジ精神」などが続き、「専門性」や「語学力」なども上昇しているという。

ひと言で言うと、企業が採用活動で重視するのは、ビジネスの基本となるコミュニケーション能力や熱意、バイタリティなどで、誰かの指示を待つ受け身な姿勢はダメで、積極的に自ら考えて動ける人材が求められているという。

つまり企業の欲しがる人材は「商社マンタイプ」なのだと。

「パワフルでコミュニケーション能力が高く、やり手で気が利いていてプレゼンもうまく、人をまとめられる、人を動かせる人」が求められているのだという。

筆者も商社で長年働いているので、「商社マンタイプ」という言葉には若干抵抗を感じるが、いずれにせよ上記のような人物像が、企業が最も求めているタイプであることは間違いない。


「人を動かす」から学ぶ

筆者の長男も麓さんの長男の一年後に就活を経験し、2012年4月に社会人になったばかりだ。筆者の出身クラブの後輩も時々相談に来る。

横道にそれるが、筆者の就活生に対するアドバイスは、カーネギーの「人を動かす」から学べというものだ。クラブの後輩だけでなく、会社の後輩や米国駐在の時はアメリカ人の部下にもこの本をプレゼントしてきた。

人を動かす 新装版人を動かす 新装版
著者:デール カーネギー
創元社(1999-10-31)
販売元:Amazon.co.jp

How To Win Friends And Influence PeopleHow To Win Friends And Influence People
著者:Dale Carnegie
Pocket(2010-04-27)
販売元:Amazon.co.jp

「人を動かす」の中には、運送会社が顧客に出したレターの添削や、アリゾナに転勤する女性銀行支店長の例が紹介されている。これらの文には人を動かすエッセンスが含まれている。

英文版の「なか見!検索」だと、目次の章題にリンクがついていて、それぞれの章題にジャンプできるようになっている。日本の「なか見!検索」もいずれこのような機能が追加されるのかもしれない。

上記の企業が重視している能力を参考に、採用担当者の立場に立って考えることができれば、「ガクチカ」や採用面接も克服できるだろう。

このブログではいろいろな人がカーネギーについて語っていることを紹介している。その層の厚さに驚くだろう。

法政大学では、「もし法大生が『デール・カーネギー』の原則を身につけたら」という特別講座を開講している。筆者と同じ考えの人がいるのだと思う。

人間関係の基本はいつの時代でもどの国でも変わらない。相手の立場で考えるという態度を身につけることができれば、その人はどこへ行っても成功すること間違いない。

永遠の名著「人を動かす」を参考にして、就活を勝ち抜いてほしい。


なお、このブログでは前述の海老原 嗣生(つぐお)さんの「就職に強い大学・学部」や、「学歴の耐えられない軽さ」のあらすじを紹介している。

偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 (朝日新書)偏差値・知名度ではわからない 就職に強い大学・学部 (朝日新書)
著者:海老原 嗣生
朝日新聞出版(2012-03-13)
販売元:Amazon.co.jp

学歴の耐えられない軽さ やばくないか、その大学、その会社、その常識学歴の耐えられない軽さ やばくないか、その大学、その会社、その常識
著者:海老原 嗣生
朝日新聞出版(2009-12-18)
販売元:Amazon.co.jp

また、東大生でも就活に苦労することを、「内定取れない東大生」のあらすじで紹介している。

内定とれない東大生 〜「新」学歴社会の就活ぶっちゃけ話 (扶桑社新書)内定とれない東大生 〜「新」学歴社会の就活ぶっちゃけ話 (扶桑社新書)
著者:東大就職研究所
扶桑社(2012-03-01)
販売元:Amazon.co.jp

海老原嗣生(つぐお)さんは、転職エージェントマンガ・エンゼルバンクのモデルとなったリクルートワークス編集長で人材コンサルティング会社(株)ニッチモ社長。ときどきテレビなどにも登場している。

就活に興味のある人は、海老原さんの「就職に強い大学・学部」や、「学歴の耐えられない軽さ」、「内定取れない東大生」のあらすじも参考にしてほしい。


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2012年12月17日

99%の人がしていないたった1%の仕事のコツ

99%の人がしていない たった1%の仕事のコツ99%の人がしていない たった1%の仕事のコツ
著者:河野 英太郎
ディスカヴァー・トゥエンティワン(2012-03-12)
販売元:Amazon.co.jp

日本IBMのコンピテンシー開発担当マネージャーの河野英太郎さんの本。タイトルが良いこともありベストセラーになっているようで、本の帯には15万部突破と書いてある。

河野さんは1973年生まれ。東大文学部卒で水泳部の主将だったという。1997年に新卒で電通に入り、外資系コンサルタント経由、2002年にIBMに入社した。

この本では、次の8章にわけて、それぞれ10前後のコツを紹介し、合計で77のコツを紹介している。

1.報連相のコツ

2.会議のコツ

3.メールのコツ

4.文書作成のコツ

5.コミュニケーションのコツ

6.時間のコツ

7.チームワークのコツ

8.目標達成のコツ

アマゾンのなか見!検索に対応しているので、ここをクリックして、目次を見てほしい。言われてみると当たり前だが、自分ではなかなか気が付かないポイントが挙げられていて参考になると思う。

筆者がすぐにでも取り入れようと思った点は次のようなコツだ。

1.自信があるようにふるまい、流れるような説明をする(報連相のコツ)
筆者はよくeラーニングで講師をする。自信をもって話すと、たしかに与える印象が全然違う。たとえば原稿をチラチラ見ながら話すのは印象が悪い。これは"Priming(呼び水)"効果という先入観を利用するものだという。

2.聞かれたことに答える(報連相のコツ)
これも重要なポイントだ。筆者は社外専門家・有識者が出席する会議で報告することがある。部外者との会議に限らないが、特に部外者が入った会議で重要なことは、この「聞かれたことに答える」点だ。案外できていない人が多いものだ。

3.「とりあえず」ではなく「まず」と言ってみる(報連相のコツ)
「とりあえずビール」とつい言ってしまうが、今度は「まず」と言ってみよう。自分の行動にもポジティブな影響があるだろうと河野さんはいう。

4.完成した仕事(コンプリーテッドスタッフワーク)を追求する(報連相のコツ)
要は「○○はどうしましょう?」と聞くのでなく、「選択肢はA,B,Cですが、○○の理由でCが良いと思います」と報連相することだ。

5.会議の1/8の法則(会議のコツ)
所要時間、参加人数、開催頻度それぞれを1/2にすると、会議時間は当初の1/8になる。

6.一人称は「私」にする(メールのコツ)
「小職」、「弊職」、「下名」などは官僚言葉で、本来の私ではない誰かというニュアンスで受け取られかねないという。

7.KISSを心がける(文書作成のコツ)
KISSとは"Keep it short and simple(stupid)"の略だ。このブログで紹介したカーネギーメロン大学の金出さんや、将棋の羽生さんもKISSを強調している。守るべきは「ワンスライド、ワンメッセージ」のルールだと。

8.ポイントは3つにまとめる(文書作成のコツ)
「不毛地帯」のモデルとなった瀬島龍三さんは、普段は温厚な人だったが、報告書の冒頭に「3点でまとめた要点」がないと、烈火のごとく怒ったという。

不毛地帯 (第1巻) (新潮文庫 (や-5-40))不毛地帯 (第1巻) (新潮文庫 (や-5-40))
著者:山崎 豊子
新潮社(2009-03)
販売元:Amazon.co.jp


9.一貫して同じ言葉、表現を使う(文書作成のコツ)
よくあるのは平成○○年と西暦201○年が混在している例。違う言葉で言い換えず、一貫して同じ言葉・表現を使うのが文書の完成度を高めるコツだ。

10.英数字は半角を使用する(文書作成のコツ)
これも考えさせられる指摘だ。全角英数字は縦書きのみに使用するべきだという。その理由は、A.グローバル標準で全角はありえない、B.全角英数は見た目がスマートでない、C.基準を統一できないからだという。

筆者はある時点から数字には全角を使用している。全角の方が読みやすいと考えたからだが、考えさせられる指摘である。今後見直そうと思う。

11.紙資料は保管しない(文書作成のコツ)
考えさせられるポイントだ。紙資料しかない場合は、スキャンしてPDF化するという。

12.早朝型を試してみる(時間のコツ)
上位職になると、早朝に仕事をしている人の割合は大きく増える。
河野さんは、学生時代から部活の朝練で、4時台に起きていたという。たしかに東大の水泳部は本郷のプールで朝6時台から練習している。そのおかげで、現在も4時台に起きて7時まで仕事をして、家事・育児をすませて出社するのだという。

13.自分のために人を育てる(チームワークのコツ)
ピーター・ドラッカーは、「人に教えることが最大の喜びである」と言っていたという。まさに「情けは人のためならず」(誤用でなく、本来の意味)である。

この本がベストとは思わないが、役立つ本だと思う。

こういったコツやヒントは、すぐに取り入れるのに限る。まずはここをクリックして、なか見!検索で目次を読んで、気に入ったコツがあればさっそく取り入れてほしい。


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2012年12月15日

希望ヶ丘の人びと 重松清さんのニュータウン小説

希望ヶ丘の人びと希望ヶ丘の人びと
著者:重松 清
小学館(2009-01-16)
販売元:Amazon.co.jp

重松清さんの、ニュータウンを舞台にした家族小説。

重松さんの小説を読むのは初めてだが、面白い小説だった。

小説のあらすじは詳しく紹介しない。

39歳で中学教師の妻をがんで亡くした2児の父のサラリーマンが、脱サラしてフランチャイズ制の「栄冠ゼミナール」学習塾経営者となり、亡くなった妻の故郷のニュータウンに転居する。

いじめや、モンスター・ペアレントに出会い、受講者不足で経営危機にも見舞われながら、亡き妻の同級生に様々な形で助けられ、親子3人で生き抜いていくというストーリーだ。

途中で「三匹のおっさん」のようなストーリー展開となっていくところも面白い。

三匹のおっさん (文春文庫)三匹のおっさん (文春文庫)
著者:有川 浩
文藝春秋(2012-03-09)
販売元:Amazon.co.jp

重松さんはエーちゃん(矢沢永吉)ファンなのかもしれない。

GOETHE (ゲーテ) 2012年 09月号 矢沢永吉GOETHE (ゲーテ) 2012年 09月号 矢沢永吉
幻冬舎(2012-07-24)
販売元:Amazon.co.jp

途中で、エーちゃんファンじゃないとわからないような、コンサートでタオルを上に放り投げるシーンも出てくる。

矢沢タオル投げはビーチタオルが必要なのかもしれないが、楽天で見つけられなかったので、ハンドタオルを載せておく。これと同じ柄のビーチタオルがあるはずだ。

矢沢 ハンドタオル 黄 新品

海側は工場地帯で、海側にあるのがガラが悪い湾岸中学。高台にある希望ヶ丘中学は首都圏に通うサラリーマン家庭中心の出来の良い中学で、それぞれの交流はまったくないという設定だ。

この対照的な二つの中学出身者が話をつくりあげていく。

ニュータウンを舞台とした小説だが、堺屋太一さんの「エキスペリエンツ7」のように、リタイア組が主人公ではないので、団塊世代ではない人も感情移入が可能だと思う。

エキスペリエンツ7 団塊の7人〈上〉 (日経ビジネス人文庫)エキスペリエンツ7 団塊の7人〈上〉 (日経ビジネス人文庫)
著者:堺屋 太一
日本経済新聞出版社(2008-12)
販売元:Amazon.co.jp

単行本だと500ページものボリュームだが、一気に読める。楽しめる本である。


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2012年12月12日

世界で勝たなければ意味がない 36歳の日本ラグビー代表GMの決意

世界で勝たなければ意味がない―日本ラグビー再燃のシナリオ (NHK出版新書 392)世界で勝たなければ意味がない―日本ラグビー再燃のシナリオ (NHK出版新書 392)
著者:岩渕 健輔
NHK出版(2012-11-07)
販売元:Amazon.co.jp

最近出版されたラグビー日本代表GMの岩渕さんの本を読んでみた。岩渕さんは現役時代「天才スタンドオフ」と呼ばれたスター選手で、青山学院2年生の時に全日本入りし、ケンブリッジ大学に留学して卒業後、イギリスとフランスのプロチームでもプレイした経験がある。

アマゾンの表紙写真だと味気ないが、書店で売っている本には次のような帯がついている。

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筆者も昔会社のチームでラグビーをやっていた。昨年のワールドカップを除いて、最近はラグビーの試合を見ることも少なくなっていたので、この本は現在のラグビー日本代表がどういう立場にいるかわかって参考になった。

最近のラグビー界の世界ランキングは次の通りで、日本は16位にいる。地図は世界の主なプロリーグだ。

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出典:本書 25ページ

トップは「ハカ」と呼ばれるアボリジニのWar cryで有名なニュージーランドのオールブラックスだ。



日本代表の過去7回のワールドカップでの戦績は次の通りだ。

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出典:本書 28ページ

つまり日本代表は1991年の第2回大会でジンバブエに勝って以来、一度も勝ったことがない。2011年の第7回大会では、カナダに勝っていたが、終了直前に追いつかれてドローに終わったことは以前このブログで書いた通りだ


岩渕さんの経歴

岩渕さんは1975年生まれ。ラグビーをやっていたお父さんの影響で、ラグビーに親しみを感じていた。通っていた青山学院初等部にはラグビー部しかなかったので、生徒たちはみんなラグビーをする環境にあったという。

小学校4年生のころ、お父さんに連れられて香港で7人制ラグビーの香港セブンスの大会を見て、自分も将来世界で戦ってみたいと思ったことが、ラグビーを本格的に始めるきっかけとなった。

中学・高校と青山学院大学の付属校でラグビーをして、都大会では國學院久我山とぶつかって2年、3年と連続して優勝はできなかった。

青山学院大学に進学してもラグビーを続けたが、授業の関係で土日しかグラウンドにいけないこともあり、それを補う意味でジムでトレーニングをしたという。大学2年で日本代表に呼ばれ、控えのスタンドオフとしていくつかの試合に出場した。

7人制ラグビーの日本代表にも呼ばれ、1995年の香港セブンスにも出場した。大学卒業時には英国ケンブリッジ大学への留学が決まっていたが、神戸製鋼に短期間入社してから、ケンブリッジに留学した。

ケンブリッジでもラグビー部に所属し、卒業後2000年にサラセンズというプロチームに入団した。ケガの関係で、実質2年半くらいしかプレイできなかったが、Aチームで2試合程度、他はBチームで20試合くらい年間でプレイしていた。Aチームに出られない理由として、実力もさることながら、外国人枠がリザーブを含めて2名のみということで、枠が限られていたこともあるという。

入団当時のサラセンズの監督は、南アフリカ人のフランソワ・ピナールだった。1995年のワールドカップ南アフリカ大会で、南アフリカが優勝した時のキャプテンで、映画「インビクタス」でマット・デイモンが演じている。



フィジカル面での強化のために、ウェイトリフティングのスナッチやクリーン&ジャークをトレーニングに取り入れ、全身のバネを鍛え、瞬発力をつけていたという。

2005年にサラセンズを退団し、フランスのプロチームで1年過ごし、2006年に帰国してトップリーグに次ぐリーグに属するセコムラガッツにコーチ兼選手として加わった。

2007年から7人制日本代表チームのコーチとなり、2008年には香港セブンスに臨んだ。2009年にはセブンスのコーチを務めながら、日本代表ハイパフォーマンスマネージャーとして日本代表チームの強化にもかかわることになる。

そして2012年1月に日本代表GMに就任した。


日本代表GMの役割

GMの役割は、ヘッドコーチやチームマネージャーと連携して、各世代の日本代表の強化計画を打ち出し、それにしたがってプランを実行し、成果を随時チェックしていくことで、日本ラグビー界全体のレベルアップを達成することだ。

日本代表には、年齢制限のない15人制代表チームのほかに、若手育成プロジェクトの「ジュニア・ジャパン」、年齢制限のあるU20、U17(ユース)、U18(高校代表)、7人制日本代表、「セブンズ・アカデミー」、そして女子の15人制と7人制の代表チームがある。

代表チームにはヘッドコーチをはじめとするコーチ、トレーナー、ドクター、チームマネージャーなど11人のスタッフがいる。そのほかの代表チームも5〜8人のスタッフがいるので、全体で50名程度のスタッフがいる。

これらのスタッフの任命、合宿や遠征などの強化スケジュール策定、そして予算決定がGMの仕事だ。


2019年日本ワールドカップまで時間がない

いままで2019年の日本でのラグビーワールドカップ開催まで、だいぶ時間があると思っていたが、この本を読んで、それほど時間の余裕はないことがわかった。

ラグビーのワールドカップはオリンピックとFIFAワールドカップに次ぐ、世界第3位のスポーツイベントだ。2011年のニュージーランドワールドカップは、観客135万人、世界207の国と地域でテレビ放映され、視聴者は述べ39億人というビッグイベントだ。

2015年のイングランドで行われるワールドカップへの日本の出場権はまだ決まっていないし、2019年の自国開催のワールドカップ自体も日本の出場権は決まっていないのだ。

一方、7人制ラグビーが2016年リオ・オリンピックから正式種目になった。リオ・オリンピックの前に、2013年にワールドカップセブンスが開催されるので、男女とも出場すれば、オリンピックの前に人気を盛り上げることができるだろう。


日本代表の強化

代表チームの活動期間は合宿やテストマッチで4−6月と11月の合計100日程度だという。残りの250日を選手にどう過ごしてもらうのかが、日本代表が勝つために最も重要な点であると岩渕さんは語る。

日本の場合は、大学ラグビーの人気が依然として高く、数万人の観客が動員できるが、代表チームのテストマッチでは観客が5,000人ということもある。だから大学ラグビーのトップスターなどは、代表になることにあまりインセンティブがない。

トップリーグでも一時期は、選手を出してケガでもされたら困るということで、代表に選ばれても辞退するということがあったが、岩渕さんはヘッドコーチのエディ・ジョーンズと一緒に各チームとコミュニケーションを取っているので、現在はサポートが得られているという。

サッカーと違い、ラグビーの代表チームでは戦術・技術面のみならず、体力強化のためのフィットネストレーニングも取り入れる必要がある。スクラムの強さや、フィジカルの強さという世界との差を縮める努力が不可欠なのだ。

相手チームも、サモアやトンガ、フィジーなどは、ヨーロッパで活躍している選手もいるので、パシフィック・ネーションズカップなどで対戦する選手と、ワールドカップ本番で当たる選手とは全く異なる陣容となっているという。

ワールドカップ前の試合の戦績は判断材料にならないのだ。

マッチメーキングについても問題がある。ラグビーのテストマッチ(国際試合)はIRB主導で決める試合があり、何年か先まですでに決まっているという。特にトップレベルのニュージーランドやオーストラリアは、すでに2019年の日本ワールドカップまで試合日程は決定済みだ。

かつてのようにオールブラックスが日本に来日するということは、2019年までないことが決定している。

とはいえ、岩渕さんもIRBへの働きかけを通して、2013年にはウェールズ来日、2016−2018年には強豪チームとのテストマッチを組んでいるという。

日本代表が自信を持つために、具体的な目標として2015年のイングランド大会ではトップ10、2019年の日本大会ではトップ8を掲げている。


トップ8入りを目指して

順位を上げるためのターゲットは、現在9〜14位にいるイタリア、スコットランド、トンガ、フィジー、サモアの5か国だ。これらの国とワールドカップの年に必ず開かれるパシフィックネーションズカップやワールドカップ本番で勝つことが、日本の順位アップにつながる。

逆にいうと、テストマッチの予定がすでに組まれているので、これらの国とテストマッチを組むことは難しいのだ。

ランキングが上がれば、上位国と対戦できるが、ランキングが下のままでは、強いチームとは戦えない。だから2015年のワールドカップでトップ10に入ることが、2019年日本大会への準備という意味でも重要なのだ。

その意味では2012年に来日し、また2013年にも来日するフランスの各チーム選抜のフレンチ・バーバリアンズは、各国の代表選手が含まれており、強化試合として重要なのだという。



つい先日2015年のワールドカップの組み合わせが発表されたところだ。これによると、アジア一位になれば、南アフリカ、サモア 、スコットランド、米州2位のプールBに入れるが、もしアジア一位になれず、 敗者復活戦勝者で参加するなると、オーストラリア、イングランド、ウェールズ、オセアニア一位との死のAプールとなる。

2019年日本ワールドカップ開催までの準備期間は始まっている。まずは2015年イングランドワールドカップ、2016年のリオ・オリンピックでの7人制ラグビーにあわせて盛り上げることが必要だ。


日本代表ヘッドコーチのエディ・ジョーンズの戦略

日本代表ヘッド・コーチのエディー・ジョーンズについて書いた「エディー・ジョーンズの監督学」を今読んでいるので、近々あらすじを紹介する。

エディー・ジョーンズの監督学 日本ラグビー再建を託される理由エディー・ジョーンズの監督学 日本ラグビー再建を託される理由
著者:大友 信彦
東邦出版(2012-08-23)
販売元:Amazon.co.jp

エディ・ジョーンズは、南アフリカ代表の副コーチや、オーストラリア代表のワラビーズのヘッドコーチもつとめた経験豊富な指導者で、お母さんが日系人で日系のハーフだ。

岩渕さんもエディ・ジョーンズの「日本ラグビーは世界一のアタッキング・ラグビーを目指す」という方針を支持している。

フィジカルで劣っている人間が勝とうと思えば、1対1になる局面を増やすしかない。相手がラインで待ち構えているところに突っ込んで行っては、すぐに1対2以上となり負けてしまう。そこで、フィットネスを使って、早くポジショニングして、相手よりもいい状況をつくって、個々の状況判断で、1対1の局面をいかに有利に進めるかが課題となるのだ。

エディ・ジョーンズは2012年6月のフレンチ・バーバリアンズとの試合で若手中心の日本代表が負けたときに、すごい剣幕で怒ったという。フランス代表ですらないプロリーグ選抜チームに日本代表が負けることは、我慢ならないことだったという。

勝つメンタリティを持たず、「そこそこやれたな」ではダメなのだ。次のワールドカップまでにメンタルな部分をどう変えていくかが日本代表の大きな課題なのだ。


岩渕さんだけの力では限界が当然ある。ラグビー協会関係者やラグビー経験者も含めて、みんなが日本でのラグビーワールドカップ開催の成功を目指して、まずは直近のゲームから応援しよう!


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2012年12月11日

"Physics for Future Presidents"再掲 「核の脅威」DVDを見た

2012年12月8日追記:

以前紹介した"Physics for Future Presidents"のリチャード・ムラー教授の、核の脅威についての講義がDVD化されたので、図書館で借りて見た。

ナショナル ジオグラフィック〔DVD〕 今この世界を生きているあなたのためのサイエンス 核の脅威ナショナル ジオグラフィック〔DVD〕 今この世界を生きているあなたのためのサイエンス 核の脅威
日経ナショナル ジオグラフィック社(2011-03-11)
販売元:Amazon.co.jp


カリフォルニア大学バークレー校のムラー教授の物理学の授業は、YouTubeで全編が公開されている。



YouTubeの講義は75分と長いが、こちらのDVDは50分にまとめ、映像を入れてわかりやすく説明している。

このDVDの裏表紙の写真は、ウラン濃縮をモデル化したものだ。

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円筒形のものが遠心分離機で、ウランをガス化して遠心分離機にかけ、音速以上のスピードで回転させる。安定化しているウラン238は外側に引き寄せられ、軽いウラン235は中心部に集まる、それを上からチューブで吸い出すのだ。

ムラー教授の写真と重なっている同心円の図は、この濃縮の過程を示している。

そしてこのプロセスを何度も何度も繰り返すことによって、天然ウランには1%弱しか含まれていないウラン235を濃縮する。発電用には3−5%のウラン235が必要で、原爆用は90%以上の濃度のウラン235が必要だ。

原子核を構成する陽子と中性子はお互いに「核力」と呼ばれる引力で引っ張りあって結合しているが、外から中性子が入ってくると、その結合が切れて核分裂が起こる。

このように核分裂はウラン235に中性子を当てることによって、引き起こされる。ウラン235が核分裂すると2個の中性子を放出し、これが他のウラン235の核分裂を引き起こし、核分裂反応が連鎖するのだ。

このリアクションを次のようにネズミ取りとボールを使って説明しているのは分かりやすい。

次のような整然としたネズミ取りに外からボールを一個当てる。

連鎖反応1



そうすると原子爆弾は次のように連鎖反応が起こり、すべての原子核が分裂する。

連鎖反応2



ところが、原子力発電では核分裂しても1個の中性子しか飛び出さないので、連鎖的に反応は起こるものの、核分裂するのは1個づつで、コントロールされた状態である。

連鎖反応3



また原子炉の反応容器は、鉄とコンクリートで何重にも保護されているので、たとえ9.11のように飛行機が突っ込んできても安全なのだと説明されている。

原子炉イラスト









このイラストの中心部の緑色のものが、原子炉の反応容器だ。それに比べて二重三重になっている格納容器と原子炉建屋の大きさがわかると思う。

コンクリートの厚さが誇張されていると思うが、それにしても東京電力福島発電所の原子炉と比べると、福島発電所の格納容器と原子炉建屋の構造が脆弱だったのか明らかだと思う。

福島原発構造





出典 大前研一 H2Oプロジェクト報告書 資料 11ページ

非常にわかりやすいビデオで参考になった。


2010年9月9日追記:

以前紹介したカリフォルニア大学バークレー校のムラー教授の本の翻訳本が出版された。

今この世界を生きているあなたのためのサイエンス〈1〉今この世界を生きているあなたのためのサイエンス〈1〉
著者:リチャード・A. ムラー
販売元:楽工社
発売日:2010-09
クチコミを見る

原題は"Physics for future presidents"、つまり「未来の大統領のための物理学」だったが、邦題は「今この世界を生きているあなたのためのサイエンス」というものになっている。

全然インパクトない題だが、果たして米国のようにベストセラーになるのだろうか?ちょっと疑問なところではある。どうせ邦訳するなら、原著には入っていないが、サイトでは公開されているアンタイマター(反物質)とかタキオンとかの講義も入れて欲しかった。

いずれにせよ邦訳も原著も内容は変わらないので、原著のあらすじを再掲する。


2010年5月19日初掲:

Physics for Future Presidents: The Science Behind the HeadlinesPhysics for Future Presidents: The Science Behind the Headlines
著者:Richard A. Muller
販売元:W W Norton & Co Inc
発売日:2009-09-21
クチコミを見る

Physics and Technology for Future Presidents: An Introduction to the Essential Physics Every World Leader Needs to KnowPhysics and Technology for Future Presidents: An Introduction to the Essential Physics Every World Leader Needs to Know
著者:Richard A. Muller
販売元:Princeton Univ Pr
発売日:2010-04-13
クチコミを見る

University of California Berkeley校リチャード・ムラー教授の「未来の大統領のための物理学」と題された初歩的な物理学講義。iTunes Storeのアカデミー編iTunes Uで全編無料公開されている。ムラー教授の名前の呼び方について、講義のなかで学生の質問に答えている。ムラーだと。

上のペーパーバックがまとめで、ムラー教授によると”学生が帰省して両親や友人に講座紹介用にプレセントするための本”。下が講義テキストで、講義の必読書だ。ペーパーバックは講座のほぼ半分の内容をカバーしている。

YouTubeでも講座は公開されている。



YouTubeで公開されている講座の中では、上が一番人気の授業だ。授業の最初で紹介されている隕石が出てくるトヨタのCMには度肝を抜かれることだろう。


ベストセラーとなった「フリー」の「なぜ大学が講座を無料公開しているのか」というコラムで紹介されていたので読んでみた。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
著者:クリス・アンダーソン
販売元:日本放送出版協会
発売日:2009-11-21
おすすめ度:4.0
クチコミを見る

大学の物理学の講義というよりは、池上彰さんの「ニュースがよくわかる」シリーズのようだ。テロ、原子力、環境問題、地球温暖化などの話題にかかわる物理の基礎知識をわかりやすく解説している。

ニュースがもっとよくわかる本ニュースがもっとよくわかる本
著者:池上 彰
販売元:海竜社
発売日:2009-09-11
おすすめ度:3.5
クチコミを見る


全講義をネット公開

米国の大学講義を聞くことは、以前は留学しないとできなかったが、今は多くの大学が看板教授の有名講座をインターネットで公開している。

YouTubeでもスタンフォードなどの特設チャンネルがあるが、iTunes StoreでもiTunes Uというアカデミー編特設ページをつくっている。ムラー教授の"Physics for future presidents"も2006年からすべての講義の映像と音声が公開されており、無料でダウンロードできる。

iTunesU








英会話教室のNOVAが「お茶の間留学」という宣伝文句で一躍有名になったが、いまやインターネットで、世界の有名大学の著名講座が聴講できる時代になった。


物理の教科書を英語で読む?

「物理の教科書を英語で読む」と言っただけで、「物理」と「英語」の2大障壁があって、拒否反応があるかもしれないが、難しい単語はほとんど使っていないので、英語でもわかりやすい。

日本の物理の本のように、頻繁に数式が出てくることはない。300ページ強の中に、簡単な数式が数回出てくるだけなので、数式アレルギーの人も問題ない。

いずれ日本語訳も出るとは思うが、英語でも十分わかりやすいと思う。値段も1,500円くらいと手ごろだし、英語の本に一度チャレンジしたいという気持ちがある人には、英語の勉強と最新の広範な科学情報がわかって一挙両得なので、是非お勧めする。


テロの物理学

この本の最初に来るのがテロリズムという章だ。9.11、テロリスト原爆、次のテロリスト攻撃、バイオテロといった項目が並ぶ。

ジェット燃料を満載したジェット機は、実は1.8キロトンのTNT火薬と同じ爆発力を持つ。北朝鮮の原爆実験より威力が大きい。加えて、ジェット燃料の高温燃焼により建物の骨組みの鉄が溶ける。一つの階が崩れ落ちると、ハンマーのような効果で続々と下の階を直撃し、一挙にビルが崩壊した。

9.11当時は、乗員はハイジャッカーを逆上させないために、要求を拒否しないように指示されていたから、犯人はコクピットに侵入できた。しかし9.11以降はコクピットは施錠して、絶対に外部者は入れないルールになった。

ハイジャッカーが持ち込んだ靴爆弾が検知できるX線写真なども紹介されていて興味深い。


エネルギー問題の基本

エネルギー問題について、考え方を整理するために物理的な知識を使っている。

現代の文明は石油に多く依存している。だから、まずはエネルギーとしてのガソリンと他のものとの比較だ。

同じ重量で比較した場合:

石炭     0.5
メタノール  0.5
エタノール  0・66
ブタノール  0.9(将来有望なバイオ燃料)
ガソリン   1
天然ガス   1.3
液化水素ガス 2.6
核分裂    200万倍
核融合    600万倍
反物質    20億倍(反物質=Antimatter


Antimatterとは

反物質は名前も”Antimatter(英語の発音はアンタイマター)”とミステリアスな名前だし、核融合(水爆)の300倍という高エネルギー効率から、SFではスタートレックの宇宙船エンタープライズの燃料などに使われている。



ダン・ブラウンの「ロストシンボル」の前の作品の「天使と悪魔」では、スイスのCERNで開発されたAntimatterを使った爆弾がバチカンに持ち込まれるという設定だった。

天使と悪魔 コレクターズ・エディション [DVD]天使と悪魔 コレクターズ・エディション [DVD]
出演:ユアン・マクレガー
販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日:2010-04-28
おすすめ度:5.0
クチコミを見る

この本ではAntimatterのことは詳しく触れていないので、iTunes Uで、ムラー教授の2008年Springの"E=MC~2、Antimatter, Tachyon"の講義を聴いてみた。英語でも結構わかりやすかった。

途中でクイズを配って、答案を回収するのに15分くらい無音の部分があるが、これは本物の講義ならではの、ご愛敬というところだ。

Antimatterは現在PET(ポジトロン断層法)というガンの早期発見設備として多くの病院で広く使われている。半減期が20分と短い炭素の同位体であるC11をつくることにより割合簡単にAntimatter(陽電子)を発生させて、小さなガン組織も検出することができる。

Antimatterは決してミステリアスな物質ではないと、ムラー教授は語る。


温暖化防止のカギを握る石炭

世界の温暖化に関しては、まずは石炭の燃料としての価格の安さと潤沢さを理解させている。

石炭は最も潤沢な鉱物資源で、埋蔵量も現在の消費の数千年分ある。これに対して石油はせいぜい100年、天然ガスでも数百年だ。エネルギーとしての価格も安い。次の表は発電に使われた場合の1KHWあたりの発電コスト比較だ。

C=USセント

石炭      0.4〜0.8C(価格 $40〜80/Ton)
天然ガス    3.4C(価格 $10/Million cubic feet)
ガソリン    11C(価格 $3.70/ガロン)
カーバッテリー 21C(価格 $50/個)
単三電池    $1,000(価格 $1.50/個)

次の図は中国、インド、そして比較のために日本のエネルギー需給を表したものだ。

energy balance China






energy balance India







energy balance Japan







中国やインドなどの開発途上国にも低品位炭なら、ふんだんにあるので、いずれの国でも石炭が主力エネルギー源だ。

石炭はC(炭素)のみで、CH(炭化水素)が中心の石油に比べてCO2排出量は多い。しかも石炭の不純物の中から環境に有害なNOXや酸性雨の原因となるSOXが発生するので、環境にやさしい燃料ではない。

しかし経済発展を目指す中国、インドの2大国のエネルギー確保のためには、自国にふんだんにある石炭資源の活用は当然で、問題はエネルギー確保問題と地球環境をどう両立させるかだ。


地球温暖化についてのIPCCの結論

地球の温暖化については、ムラー教授は科学者らしく、慎重に言葉を選びながらコメントしている。国連と国際気象機構が創設したIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)の2007年の温暖化についての結論は次の通りだ。

The observed widespread warming of the atmosphre and ocean, together with ice mass loss, support the conclusion that it is extremely unlikely* that global climate change of the past fifty years can be explained without external forcing, and very likely** that it is not due to known natural causes alone."

*extremely unlikely = 5%の可能性
**very likely = 90%の可能性

これをムラー教授が普通の英語に翻訳すると、次の通りとなる:

The observed warming from 1957 to now is extremely unlikely (5% chance) to result from ordinary climate variations. Something must have forced it to change (such as natural solar variability or human CO2). It is very likely (90% chance) that humans are responsible for at least some of the warming.

ひとことで言うと、CO2排出などによる人為的温暖化が地球温暖化の犯人である可能性はグレーということだ。

大気中のCO2濃度は、産業革命以来ここ100年で間違いなく上昇している。

Carbon_Dioxide_400kyr






出典:Wikipedia(以下別注ない限り出典同じ)

そしてその発生源は化石燃料が圧倒的に多い。

Global_Carbon_Emission_by_Type_ja






もっとも、ここ100年で約36%CO2濃度はあがったといっても、0.038%(380PPM)で、大気中では微量にすぎない。

アル・ゴアの「不都合な真実」は、アル・ゴアとIPCCのノーベル平和賞共同受賞につながったが、地球温暖化の原因は文明活動によるCO2排出量の増大だと結論づけるために、都合の良い事実をチェリーピッキングしているという。

CO2濃度が上がり、温度が上がると海水が水蒸気になって蒸発し、雲をつくる。雲はシールドとなって、逆に気温を下げる効果がある。雲の発生は科学モデルでは予測できないので、一概にCO2上昇が地球温暖化の原因とは結論づけられないのだ。

映画で出てくるハリケーンの被害増大は必ずしも地球温暖化の影響とは結論付けられない。映画で出てくる死んだホッキョクグマは正確には4頭だけだという人もいる。アラスカの地表隆起現象は間違いなく起きているが、その原因は中国の石炭火力発電所が大量に放出する煤(すす)の影響かもしれない。

アル・ゴアは社会活動家なので、許されるかもしれないが、科学者ならば事実を冷静に見て、都合の良い事実も不都合な事実も両方発表すべきだと語る。


その他の特記事項

あまり詳しく紹介すると本を読むときに興ざめなので、参考になった点を箇条書きで紹介しておく。

★放射線被曝などでガンで死ぬ人の比率が上がったと時々報道されるが、外部要因がなにもなくても統計的に人口の20%はガンで死ぬ。だからベース20%からどれだけ増加したかを見極める必要がある。

水素爆弾は、いまだに軍事機密の部分がある。(次が水爆の構造図だ)

svg















プルトニウム型原子爆弾を起爆装置として用い、この核分裂反応で発生する放射線と超高温、超高圧を利用して、水素の同位体の重水素や三重水素の核融合反応を誘発し莫大なエネルギーを放出させる。そして水爆は致死性の高い死の灰を撒き散らす。

常温核融合を発明した人は(1)ノーベル賞を受け、(2)億万長者となり、(3)人類のエネルギー問題を解決した人として歴史に名を残すとムラー教授は語る。

★GRACE(Gravity Recovery and Climate Experiment)衛星は地球の重力の差を感知できるので、恐竜を絶滅させたといわれる隕石の衝突跡をメキシコのユカタン半島のChicxulub(チクシュルーブ)で発見した。また同衛星は、北緯38度線の地下に掘られた北朝鮮の秘密トンネルも発見したという。


ムラー教授のリコメンデーション

最後にムラー教授は地球温暖化についてのリコメンデーションを挙げている。それはエネルギー消費を抑えることだ。効率を上げて、消費を抑える。これによりエネルギー消費も削減できる。

もし自分が大統領ならこうする、ということで次のような方策を提案しているのも参考になる。

★法律で車の燃費効率を引き上げる

クリーンコールを推進し、CO2埋没計画を推進する

★原子力発電を推進し、原子力廃棄物の永久貯蔵計画を推進する

★中国とインドには、最新式コンバインドサイクル石炭ガス化発電所(IGCC)を建設し、CO2排出権取引によるインセンティブが得られるようにする。

★ソーラーと風力発電の技術開発を支援する

★とうもろこしからのバイオ燃料生産の補助金をやめ、スィッチグラスなどからのバイオ燃料生産を推進する

★白熱電球から蛍光灯やLED灯への転換を促進する

★住宅の断熱性能を上げ、クールルーフを推進する

我々がエネルギーを浪費していることは、ある意味良い知らせだという。日本政府のエコポイントがまさに国全体の省エネをポイントを付けることで、推進しようという政策だ。

自分でも実行可能なことが多い。家電の買い換えも含めて、省エネ生活を検討しようと思う。セーブエナジー・セーブアースだ。


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2012年12月10日

謎解きはディナーのあとで2 社会現象を起こした刑事ものミステリー

2012年12月10日追記:

「謎解きはディナーのあとで 2」を読んでみた。

謎解きはディナーのあとで 2謎解きはディナーのあとで 2
著者:東川 篤哉
小学館(2011-11-10)
販売元:Amazon.co.jp

第2作の目次は次の通りだ。

第1話 アリバイをご所望でございますか

第2話 殺しの際は帽子をお忘れなく

第3話 殺意のパーティにようこそ

第4話 聖なる夜に密室はいかが

第5話 髪は殺人犯の命でございます

第6話 完全な密室などございません

第1作同様に、国立署に勤務する宝生グループの令嬢・宝生麗子刑事が、執事の影山の助けを借りて殺人事件の謎を解くというストーリーだ。

これは、もはやミステリー小説とは言えないのではないかと思う。

事件が起こると、すぐに謎解きがスタートするので、答えを知りたがる読者の欲求に対してストレートに答えている。

いつも通り小説のあらすじは詳しく紹介しない。謎解きばかり2冊も読むと若干疲れるとだけコメントしておく。


2012年10月20日初掲:

謎解きはディナーのあとで (小学館文庫)謎解きはディナーのあとで (小学館文庫)
著者:東川 篤哉
小学館(2012-10-05)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

”社会現象を起こした”とまでいわれている刑事ものミステリー小説。

この作品も、今度紹介する大澤在昌さんの「売れる作家の全技術」に紹介されていたので読んでみた。

小説講座 売れる作家の全技術  デビューだけで満足してはいけない小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない
著者:大沢 在昌
角川書店(角川グループパブリッシング)(2012-08-01)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

長くやってきて知名度が上がった作家がぶちあたる問題として、大澤さんは「名前は知っているけど、読まないと決めた作家」という壁があるという。

たしかに、筆者も大澤在昌さんは「名前は知っているけど、読まないと決めた作家」だったので、代表作の「新宿鮫」シリーズなど、一冊も読んだことがない。

その壁をぶちやぶるには、「謎解きはディナーのあとで」のような社会現象になるほどのインパクトがないといけないということで、名前を挙げて紹介されたのがこの本だ。

第一作は100万部以上売れており、第2作の「謎解きはディナーのあとで 2」も人気があるようだ。

謎解きはディナーのあとで 2謎解きはディナーのあとで 2
著者:東川 篤哉
小学館(2011-11-10)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る

小説のあらすじはいつも通り詳しく紹介しない。

警視庁国立署に勤務する20代の女性刑事・宝生(ほうしょう)麗子は、金融、エレクトロニクス、医薬品からミステリー小説出版などを手掛けるコングロマリット・宝生グループの社長令嬢で、シルバーのジャガーを乗り回す中堅自動車グループ・風祭モータース社長の息子の風祭警部とのコンビで多くの難事件を解決する。

しかし実際には、麗子をキャディラックのリムジンで送り迎えし、常にダークスーツを着こなす宝生家の執事・30代の影山が、麗子から事件の情報を聞いて、するどい推理で解決するというストーリーだ。

その影山が麗子の的外れな推理を聞いて、「失礼ながら、お嬢様の目は節穴でございますか?」とバカにするのが、この本の帯に載っているセリフだ。

次のような短編を集めた本で、テンポよく読める。

第1話 殺人現場では靴をお脱ぎください

第2話 殺しのワインはいかがでしょう

第3話 綺麗な薔薇には殺意がございます

第4話 花嫁は密室の中でございます

第5話 二股にはお気をつけください

第6話 死者からの伝言をどうぞ

事件が起こってすぐに影山による謎解きが始まるので、若干物足りない感じはあるが、短編小説ゆえやむをえないところかもしれない。

ほとんどマンガのようなストーリーだが、影山の謎解きは、意表を突くものながら、納得できるものばかりで楽しめる。

いまどき100万部売れる本というのは、こういうものかと読んでみて納得できる本である。


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Posted by yaori at 12:30Comments(0)

2012年12月04日

国会事故調 報告書 福島原発事故の包括的報告書

国会事故調 報告書国会事故調 報告書
著者:東京電力福島原子力発電所事故調査委員会
徳間書店(2012-09-11)
販売元:Amazon.co.jp

以前紹介した大前健一さんの「原発再稼働『最後の条件』」に続いて国会事故調の福島原発事故報告書を読んでみた。

原発再稼働「最後の条件」: 「福島第一」事故検証プロジェクト 最終報告書原発再稼働「最後の条件」: 「福島第一」事故検証プロジェクト 最終報告書
著者:大前 研一
小学館(2012-07-25)
販売元:Amazon.co.jp

この報告書は徳間書店から出版されているが、インターネットの国会事故調のホームページでも公開されている。YouTubeでも多くの映像が公開されている。



要約版(104ページ)、ダイジェスト版(12パージ)、報告書全文(575ページ)、参考資料、議事録などが無料でダウンロードできるので、是非一度国会事故調の報告書ページもチェックしてほしい。(国会事故調のホームページは2012年10月末で閉鎖されているが、同じコンテンツが国立国会図書館のインターネット資料収集保存事業のウェブサイトで見られる)。

大前さんの報告書と比べると写真や図が少なく、ほとんどが文章による報告書なので、読みずらい。筆者も3日ほどかかって、全文(592ページ)を読んだが、付録CDの会議録(416ページ)や参考資料(242ページ)はざっと目を通した程度だ。

興味のある人はまずはダイジェスト版(12ページ)を読むことをおすすめする。

大前報告書が技術面での検討がメインだったのに対して、この国会事故調の報告書は、技術面でもさることながら、根本原因から、当時の危機対応体制の妥当性、被災住民に対する政府・自治体の誘導・対応の悪さ、原子力規制体制の問題など、様々な角度から分析を行っている。

国会事故調のメンバーは次の通りだ。原子力の専門家は一人もいない。大前さん自身も元原子炉設計者という大前レポートと大きく異なる点だ。

委員長:黒川 清   東大名誉教授 専門:医学
委員 :石橋 克彦  神戸大学名誉教授 専門:地震学
委員 :大島 賢三  JICA顧問、元国連大使 専門:外交官
委員 :崎山 比早子 元放射線医学総合研究所主任研究官 専門:放射線医学
委員 :櫻井 正史  元名古屋高等検察庁検事長 専門:法律家
委員 :田中 耕一  島津製作所フェロー 2002年ノーベル化学賞受賞
委員 :田中 三彦  科学ジャーナリスト
委員 :野村 修也  中央大学教授 専門:法律家
委員 :蜂須賀 禮子 福島県大熊町商工会会長 被災者
委員 :横山 禎徳  社会システムデザイナー 元マッキンゼー東京支社長 東大EMP企画推進責任者


報告書の結論は「人災」

地震対策、津波対策、全電源喪失対策に問題があることを知りながら対策を先延ばしにしてたことが根本原因で、その意味で今回の事故は「自然災害」ではなく、「人災」だと結論づけている。

そして”東電がエネルギー政策や原子力規制に強い影響力を行使しながら、自らは矢面に立たず、役所に責任転嫁する黒幕のような経営を続けてきている。それゆえ東電のガバナンスは自律性と責任感が希薄で官僚的だった”と指摘している。


報告書の概要

報告書の概要がわかると思うので、重要な部分は主なサブタイトルまで含めて目次を紹介しておく。広範な検討を加えていることがわかるだろう。

第1部 事故は防げなかったのか?
1.1 本事故直前の地震に対する耐力不足
1.2 認識していながら対策を怠った津波リスク
1.3 国際水準を無視したシビアアクシデント対策

第2部 事故の進展と未解明問題の検証
2.1 事故の進展と総合的な検討
2.1.1 本事故をより深く理解するために
    1)原子炉と5重の壁
    2)原子炉事故、使用済み燃料プール問題
2.1.2 地震・津波による主な被害とその影響
2.1.3 原子炉事故の進展
2.1.4 原子炉パラメータに基づいた放射能放出家庭
2.1.5 ほかの原子力発電所における事故回避努力と事故リスク

2.2 いくつかの未解明問題の分析または検討
2.2.1 東北地方太平洋沖地震による福島第一原発の地震動
2.2.2 地震動に起因する重要機器の破損の可能性
2.2.3 津波襲来と全交流電源喪失の関係について
2.2.4 検証すべきさまざまな課題
2.2.5 MARK I型格納容器が抱える問題について

第3部 事故対応の問題点
3.1 事業者としての東電の事故対応の問題点
3.2 政府による事故対応の問題点
3.3 官邸が主導した事故対応の問題点
3.4 官邸及び政府(官僚機構)の事故対応に対する評価
3.5 福島県の事故対応の問題点
3.6 緊急時における政府の情報開示の問題点

第4部 被害の状況と被害拡大の要因
4.1 原発事故の被害状況
4.2 住民から見た避難指示の問題点
4.3 政府の原子力災害対策の不備
4.4 放射線による健康被害の現状と今後
4.4.1 放射線の健康影響
4.4.2 防護策として機能しなかった安定ヨウ素剤
4.4.3 内部被ばく対策と今後の健康管理
4.4.4 学校再開問題
4.4.5 原発作業員の被ばく
4.4.6 避難の長期化によるメンタルヘルスへの影響
4.5 環境汚染と長期化する除染問題

第5部事故当事者の組織的問題
5.1 事故原因の生まれた背景
5.1.1 耐震バックチェックの遅れ
5.1.2 先送りにされた津波対策
5.1.3 全交流電源喪失(SBO)対策規制化の先送り
5.2 東電・電事連の「虜(とりこ)」となった規制当局
5.3 東電の組織的問題
5.4 規制当局の組織的問題

第6部 法整備の必要性


報告書のポイント

長文で読みにくい報告書だが、筆者が理解したポイントを記しておく。

1.2006年に内閣府原子力安全委員会が耐震基準を改訂し、全国の原子力事業者に耐震安全性評価(耐震バックチェック)実施を求めた。東電は最終報告書の提出期限を2009年と届けていたが、勝手に2018年にまで先送りして対応を怠った。

東電及び経済産業省原子力安全・保安院は耐震補強工事が必要と知りながらも、工事を実施していなかった。保安院はあくまで事業者の問題として、大幅な遅れを黙認していた。

2.安全委員会は米国での規制強化を受けて、1993年に「全交流電源喪失事象検討WG」を設けて、「原子力発電所における全交流電源喪失事象について」という報告書を出したが、日本の外部電源・非常用電源の信頼性の高さを強調し、長時間の全交流電源の喪失を考慮する必要がないとして設計指針を変更しなかった。

米国では9.11以降にNRC(米国原子力規制委員会)が、テロ対策としてB.5.b.と呼ばれるSA(シビアアクシデント)対策を打ち出し、全電源喪失を想定した機材の備え(使用済み核燃料プールへの直接代替給水ライン設置など)と訓練を全原子力発電所に義務付けていたが、日本ではこの情報は事業者にも安全委員会にも伝えられなかった。

このように今回の事故はこれまで何回も対策を打つ機会があったにもかかわらず、歴代の規制当局及び東電経営陣が、それぞれ意図的な先送り、不作為で安全対策を取らなかったまま、3.11を迎えたことで発生したものだ。

3.東電は新たな知見に基づく規制が導入されると、原発の稼働率に深刻な影響が出ることと、安全性に対する過去の主張を維持できず、訴訟などで不利になることを恐れ、安全対策の規制化に強く反対した。電力事業連合会を通して規制当局に働きかけ、規制当局もこれを黙認し、規制は骨抜きにされた。

4.実際に地震と津波で全電源喪失という事態が起こると、官邸、規制当局、東電経営陣にはシビアアクシデントの準備も心構えもなく、緊急事態に適切に対処できず、官邸は東電の本店や現場に直接的な指示をだし、現場の指揮命令系統の混乱を招いた。

当時の菅総理によって東電の全面撤退が阻止されたというのは、菅総理の都合の良い理解で、東電自身は緊急対応メンバーを残して残りは撤退というものだった。現場に行って指示するなどの菅総理のスタンドプレイは、結局危機管理としては無駄な動きで、単に現場を混乱させるだけだった。

5.避難指示は混乱した状況で出され、一時避難のつもりで、着の身着のままで避難して結果的に長期間自宅に戻れなかったり、線量の高い地域に避難した住民が続出し、適切な避難指示がなされなかった。政府及び規制当局の危機管理は機能しなかった。

政府は緊急時対策支援システム(ERSS)と緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)を何百億円もかけて構築していた。しかし、ERSSが停電やネットワーク遮断で長時間使えず、ERSSからの放出源情報がないSPEEDIの予測は正確性に欠け、結局初動の避難指示には役に立たなかった。


国会事故調の7つの提言

国会事故調は、次の7つの提言を出している。

1.規制当局に対する国会の監視
2.政府の危機管理体制の見直し
3.被災住民に対する政府の対応
4.電気事業者の監視
5.新しい規制組織の要件
6.原子力法規制の見直し
7.独立調査委員会の活用

国家事故調は報告書を提出してホームページも閉鎖し、活動を終えている。しかし、報告書を書いても、何のアクションも取らなければ意味がない。民主党は単に大飯を除く全原発休止という事態から何もしないという不作為の作為を決め込んでいる様にも思えるが、この報告書で指摘されている問題点を考慮して、7つの提言を実現すべく動く必要がある。

単に除染活動を続ければ、それで被災地が復興するわけではない。福島原発事故を風化させず、広島・長崎原爆とともに、人類の教訓とするためにも、この報告書は役立てるべきだと思う。


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Posted by yaori at 00:21Comments(0)TrackBack(0)