2013年02月27日

MAKERS メイカーズ 「フリー」の著者・クリス・アンダーソンの近著

MAKERS―21世紀の産業革命が始まるMAKERS―21世紀の産業革命が始まる
著者:クリス・アンダーソン
NHK出版(2012-10-23)
販売元:Amazon.co.jp

前作「フリー」を大ヒットさせた米国「ワイアード(Wired)」誌編集長、クリス・アンダーソンの近著。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
著者:クリス・アンダーソン
日本放送出版協会(2009-11-21)
販売元:Amazon.co.jp

Wired [US] March 2013 (単号)Wired [US] March 2013 (単号)
Conde Nast Publications(2013-02-22)
販売元:Amazon.co.jp

「MAKERS」というタイトルでもわかる通り、今度は製造業だ。

いま世界中におよそ1,000か所以上の工作スペースがあり、その数は増えている。キンコーズのような誰でも使える工作スペースを展開しているのがTechShopだ。

手作り品の職人のためのウェブ市場、Etsyでは、2011年に100万人の売り手が、5億ドルを超える取引を行った。サンマテオはじめ、各地で開催されるメイカーフェアは、どこも盛況だという。

オバマ政権は、2012年から4年間で、全国の1,000か所の学校に3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械を完備した「工作室」を開くことを決定した。

オンラインを、現実の製造の世界にも持ち込めることになってきたのだ。

何千という中小のメイカーが、キックスターター(Kickstarter)をはじめとするクラウドファンディングでプロジェクト資金を調達している。

いままではオンライン・スタートアップ企業はオンラインのみのサービスが多かったが、いまやリアル世界の製造業スタートアップ企業が増えているのだ。

特に少量の小口生産品などは、企業がつくると多額の費用が掛かるが、個人で金型などを作って、製造すればむしろ企業より個人の方が競争力がある。

それを可能としたのは、3Dプリンターや、3Dスキャナーなどの情報機器と、小口でも部品の注文に応じることができるインターネット企業だ。誰でもアイデアさえあれば、製造業を始められる時代になったのだ。

立体造形できる積層式3Dプリンター 良蔵 (よいぞう)
立体造形できる積層式3Dプリンター 良蔵 (よいぞう)

3D Printer Printrbot LC キット3D Printer Printrbot LC キット
Printrbot LC
販売元:Amazon.co.jp

この本では、具体的な例として次のようなものをあげている。

★娘たちのドールハウスの家具
種類が少ない上に、高価なドールハウスの家具も、自分で3Dプリンターでつくれば、思い通りのデザインとサイズのものができる。

デザインは3Dデザイン共有サイトのThingivereseで手に入れ、3Dプリンターをつないで、「作成」をクリックすると、20分後にはドールハウス用の家具が完成したという。

ちなみにThingivereseは3DプリンターのMakerBotと提携している。

3D Printer MakerBot Replicato singletype3D Printer MakerBot Replicato singletype
MakerBot
販売元:Amazon.co.jp


★歯科矯正用のマウスピース
すこしずつ形を変えたマウスピースを2−3週間ずつ装着し、数か月かけて歯の位置を調整することができる。

専用ソフトウェアを使えば、すこしずつ形を変えて最終的な理想形まで到達するまでの中間的なマウスピースを簡単に制作できる。

★3Dプリンターでチョコレートなどを押し出してカップケーキの装飾をつくる

★バイオプリンターで幹細胞(ES細胞)の層を積み重ねて臓器をつくる
まだ実験段階だが、将来は、iPS細胞が使えるようになるだろう。

ローカルモーターズという自動車会社は、自分たちで自動車をつくりたいという2,000人がアイデア、知識を持ち寄って、一部は既存の車の部品を活用することでラリーファイターという車をつくりあげた。

次のビデオがローカル・モーターズの製造現場を紹介している。



★ローカルモーターズは国防総省のクラウドデザインによる次期戦闘用車両(XC2V)のコンテストにも優勝している。次のビデオがデザインを基にモデルを実際に手作りで仕上げている様子を紹介している。



★ブリックアームズは、レゴの正規品にはないAK−47などの現代的な武器をレゴ用につくっている。まずはCADソフトでデザインしてデスクトップの工作機械で試作品を作る。それが良ければ金型をつくって、米国国内の工場で射出成型して販売している。レゴ本社では、現代的な武器はご法度なので、こういった傍流レゴを容認している。

★BtoBでは、2000年前後に、はやったe-steelやメタルサイトなどのBtoBサイトや逆オークションなどは、ITバブルにまぎれて衰退した。残ったのはMFGドットコムという、特注品の見積もりを取るサイトだ。見積もり比較の機能はなく、入札もないが、これで十分だったという。

逆オークションについては、筆者も一時注目して、これが筆者が鉄鋼原料からIT業界に移るきっかけとなった。

CADの図面を送って、見積もりを取るだけという単機能でよかったと言われると、その通りかもしれないと思うが、こういった工業用の資材には品質の問題がある。

サプライヤーの品質が信頼できるのかどうかわからない。

それがこのブログでも紹介した中国発のBtoBサイト、アリババの問題でもある。

ちなみに、アリババの創業者・ジャック・マーは、著者のクリス・アンダーソンが初めて会った時は体重35キロくらいで、英語が抜群にうまかったという。

アリババ帝国 ネットで世界を制するジャック・マーの挑戦アリババ帝国 ネットで世界を制するジャック・マーの挑戦
著者:張 剛
東洋経済新報社(2010-07-09)
販売元:Amazon.co.jp

結局はBtoBの工業用資材には簡単な調達法はないのだ。

アマゾンのジェフ・ベゾスがMFGドットコムに注目し、大株主となった。いまでは、20万人以上の会員がいて、これまでに1150億ドルの取引が行われ、ひと月の取引額は20〜40億ドルに上るという。

どんな会社でもCADファイルをアップロードすれば、見積もりを取ることができる。これは同じファイル形式を使っているから、情報伝達のロスがなくなり、取引コストが下がったからだ。

この他にも最新の事例が紹介されている。いつもながら、刺激に富む本である。


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2013年02月25日

ガリバー旅行記 本物はこんなストーリーだったんだ

ガリヴァー旅行記〈上〉 (福音館文庫 古典童話)ガリヴァー旅行記〈上〉 (福音館文庫 古典童話)
著者:ジョナサン スウィフト
福音館書店(2006-01-20)
販売元:Amazon.co.jp

図書館でたまたま目についたので、ガリバー旅行記を読んでみた。

上記の本の表紙は、筆者が子供のころに読んだものと同じ挿絵を使っている。チャールズ・ブロックという挿絵画家の描いたものだ。1894年作となっている。

上巻は小人国、文庫版の下巻の表紙は巨人国となっている。

ガリヴァー旅行記〈下〉 (福音館文庫 古典童話)ガリヴァー旅行記〈下〉 (福音館文庫 古典童話)
著者:ジョナサン スウィフト
福音館書店(2006-01-20)
販売元:Amazon.co.jp

ガリバー旅行記を読んだといっても、子供向けの本を読んだので、よく知られている小人国(リリパット)と巨人国(ブロブディンナグ)の第1,2編だけで、第3編と4編は読んだことがなかった。

ガリバー旅行記は全部で4編あるが、子供向けの本では、第3編と4編は省かれていることが多い。

第3編は空飛ぶ島・ラピュータがあるバルニバービという学者の国から始まって、ガリバーは次にグラブダブドリッブという魔法使いの国、ラグナグという不死の国、そして日本に旅する。

ラピュタとは、宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」の題材となっている(ことを実は、今回初めて知った)。



ガリバーが日本に来る部分は、非常に短い。三浦半島あたりで上陸して、江戸につれていかれ、最後は長崎から出国するというストーリーで、18世紀当時のオランダ人の書いた旅行記をパクっているものだという。

第4編は馬に似た理性的なフウイヌムと、人間そっくりのけだもののヤフーの国で、馬とサルと入れ替えれば、ちょうど猿の惑星のようなストーリーだ。



ガリバー旅行記の著者のジョナサン・スウィフトは1667年アイルランドに生まれ、聖職者としての活動のかたわら、政党の機関紙を出版したり、時事問題についての小冊子を多く発行した。

個人的には聖職者としても本来の望みだったイングランドの地位は得られず、持病の頭痛とめまいに悩まされ、家庭にも恵まれず、孤独のうちに1745年、76歳で亡くなっている。

人間に近いヤフーより、馬の姿かたちをしたフウィヌムに惹かれるガリバーは、孤独な生涯を送ったスウィフト自身の姿を投影しているようだ。

ガリバー旅行記はいくつかの出版社から出ているが、やはり福音館のものが挿絵が豊富でいい。昔は単行本だったが、現在は上下となった文庫版が出ている。

2010年には現代版ガリバー旅行記として映画化もされている。



本当のガリバー旅行記を再発見するためにも、読んでみる価値のある本である。


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2013年02月24日

伝説の教授に学べ! 安倍首相の指南役・浜田宏一教授の講義

伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本
著者:浜田 宏一
東洋経済新報社(2010-06-25)
販売元:Amazon.co.jp

今や安倍首相の指南役として、安倍政権の政策のアドバイザー的な地位にある内閣官房参与・エール大学名誉教授の浜田宏一教授と、早稲田大学の若田部教授、それとカツマーこと勝間和代さんの鼎談(ていだん。3者会談)。

勝間さんは、経済学者ではないがインフレターゲット論をいくつかの著書で展開している。

日本経済復活 一番かんたんな方法 (光文社新書 443)日本経済復活 一番かんたんな方法 (光文社新書 443)
著者:勝間 和代
光文社(2010-02-17)
販売元:Amazon.co.jp

実際にデフレで苦しんでいる人たちの観点から経済をみることこそ、経済学の原点だと勝間さんの著書に教えられたと浜田教授は語っている。勝間さんの著書が、この鼎談のきっかけとなった。

浜田教授の安倍政権の政策に対する影響力については、最近の「ダイヤモンド」誌のインタビューが参考になる。

アマゾンのなか見!検索に対応しているので、ここをクリックして。目次の前に載っている浜田教授から日銀の白川方明総裁にあてた2010年6月の公開書簡を見てほしい。

この公開書簡は、浜田教授が昔の教え子の一人の白川総裁に向け、日銀を強く批判したものだ。

日銀は金融システム安定化や信用秩序維持だけを心配して、その本来の重要な任務であるマクロ経済政策という「歌」を忘れたカナリヤのようなものだと説く。

”不適切な金融政策で苦しみを味わっている国民のこと、産業界のことを考え、あえてお手紙する決心を致しました。”

”白川君、忘れた「歌」を思い出してください。お願いです。”という言葉で締めくくっている。

この本を読むまでは、日銀の「不作為による作為」により、デフレ解消が長引き、円高のために日本の産業界が大きなダメージを受け、日本経済の成長が止まっているとは筆者は考えていなかった。

しかし、次のようなグラフを見せられるとなるほどと思う。

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出典:本書35−37ページ

これらのグラフは、この本が完成する直前に亡くなった浜田さんの元同僚・内閣府経済社会総合研究所の岡田靖さんだという。他の主要国のドラスティックな金融政策に比較して、日銀はなにもしなかったといえるほど動きがないことがよくわかる。

白川総裁は、「日銀のバランスシートはもともと大きい」と言っているが、その発言が、官僚の責任逃れとしか思えないようなグラフだ。

浜田教授は、リーマン・ショックの震源地ではない日本が、震源地以上の被害を受けたのは、日銀が金融政策を怠っていたという理由以外には考えられないと語る。

日銀は、自分たちの政策が、人びとの経済状態に影響を与えるという認識が不足していると手厳しい。

たしかに2009年当時、サブプライム・ローン問題には最も縁遠い日本が、急激な経済の落ち込みを経験した。

筆者は、当時は、統計に表れる輸出以外にも、日本国内の取引でも(たとえばトヨタの系列部品会社からトヨタへの販売取引など)最終的に輸出に向けられるものが多いので、日本経済が大きな影響を被ったと思っていた。

この本の浜田教授による日銀批判を読んで、ひょっとすると日銀がデフレを野放しにしていたことが、日本経済の低迷に大きな影響があったのではないかという風に思えてきた。

現に、昨年10月頃から安倍現首相が、自民党が復権したら日銀の政策を変えさせると公言すると、一挙に流れは変わり、円安ー株高という基調に変わった。

株価が上がったことにより、国民全体の意識も変わりつつあり、青息吐息だった日本のエレクトロニクス業界なども元気が出てきている。

浜田教授の主張通りに物事が動いてきている。

浜田教授は、このブログでも著書を紹介した元・財務省の高橋洋一さんの「この金融政策が日本経済を救う」を高く評価している。

この金融政策が日本経済を救う (光文社新書)この金融政策が日本経済を救う (光文社新書)
著者:高橋洋一
光文社(2008-12-16)
販売元:Amazon.co.jp

”すばらしい本で、高校生を対象にすると書いてあるだけあってとてもわかりやすく、みなさんにお勧めします”と推薦している。

今回、日銀総裁、副総裁の候補として、伊藤隆敏東大教授の名前が挙がっている。

伊藤隆敏教授は、2008年に日銀副総裁候補に挙がっていたが、当時の民主党が伊藤教授がインフレターゲット論者だという理由で、拒否した。

そのことが、いまのデフレと混迷を招いた遠因にもなっていると浜田教授は語る。伊藤教授は、論文でも議論で世界の一流経済学者と太刀打ちできる数少ない日本の国際レベルの経済学者の一人だという。

安倍政権の2%のインフレ率を目指す金融政策ならば、伊藤隆敏教授の出番もあるかもしれない。

ここをクリックして目次を見ていただきたいが、日銀批判以外には、浜田教授の経歴、早稲田大学の若田部教授による昭和恐慌と現在の比較などを紹介している。

浜田教授は、日銀はまるで「さるかに合戦」のサルだという。将来柿の木が育って、柿の実がなると国民をいいくるめて、おむすび(雇用や生産)を取り上げてしまっているのだと。

こうまで言われて日銀もアタマに来ているのだと思うが、いまや物事は、浜田教授の方に流れている。

日銀批判本はやはり副総裁候補として名前が挙がっている学習院大学教授の岩田規久男さんの本などもある。

日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)日本銀行は信用できるか (講談社現代新書)
著者:岩田 規久男
講談社(2009-08-19)
販売元:Amazon.co.jp

日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)日本銀行 デフレの番人 (日経プレミアシリーズ)
著者:岩田 規久男
日本経済新聞出版社(2012-06-09)
販売元:Amazon.co.jp

この本は、浜田教授と若田部教授が、経済学者ではない勝間さんに講義するという内容なので、平易でわかりやすい。

日銀を擁護する人を入れると、議論の幅がさらに増したのではないかという気もする。なぜ日銀の白川総裁がこうまで批判されているのかが、よくわかり、参考になる本である。


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2013年02月19日

華氏451 「図書館戦争」のさきがけ?

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)
著者:レイ ブラッドベリ
早川書房(2008-11)
販売元:Amazon.co.jp

クイズ王選手権だったか、クイズに出題されていたので「華氏451」を読んでみた。この小説はフランソワ・トリュフォー監督により映画化もされているので、映画も見た。

華氏451 [DVD]華氏451 [DVD]
出演:オスカー・ウェルナー
ジェネオン・ユニバーサル(2012-05-09)
販売元:Amazon.co.jp

フランソワ・トリュフォー監督は、スピルバーグの「未知との遭遇」でもフランス人宇宙科学者として登場する。

小説と映画とはエンディングが異なり、映画の方が分かりやすいエンディングとなっている。

映画の予告編で大体のストーリーがわかると思うので、YouTubeに載っている予告編を紹介しておく。



クイズでも出題されていた通り、華氏451度とは紙が燃える温度と言われている。

小説のあらすじは詳しくは紹介しない。

近未来に言論コントロールが発動され、国民はみんな「兄弟」としてテレビを通して啓蒙・連絡される。本など紙の媒体はすべて禁止され、本を持つことはもちろん、本を読むことも禁止されるという設定だ。

そして主人公は消防士ならぬ放火士となって、本を隠し持っている人を見つけては、火炎放射器で本を焼き払うという職業についている。

映画ではこの焼却隊の出動の場面と音楽が印象深い。



映画ではアカデミー賞受賞女優のジュリー・クリスティが、主人公に本を読むことを勧めるクラリスと、主人公の奥さんのリンダの一人二役で出演している。

以前紹介した有川浩の「三匹のおっさん」を読んだ後、有川浩の他の作品の「図書館戦争」なども読んでみた。「図書館戦争」は「華氏451」の発展形のような形となっている。

図書館戦争  図書館戦争シリーズ(1) (角川文庫)図書館戦争 図書館戦争シリーズ(1) (角川文庫)
著者:有川 浩
角川書店(角川グループパブリッシング)(2011-04-23)
販売元:Amazon.co.jp


現代ではたとえ紙の本を禁止したとしても、電子ブックやウェブに掲載されているデータをプリントすれば、本は読める。

ストーリーとしては、もちろんあり得ない話ではあるが、政府などの本の検閲に反対する隠喩を持った小説・映画である。

映画は1966年の作品なので、古臭い場面もある。

通勤手段がモノレールとなっている点は良いとして、電話がロータリー式電話以前の、通話器と聴取器にわかれた形式のものとなっていて、電話交換手が人手でつないでいるのは、ジョークかもしれない。

電話機






電話機








出典:Wikipedia

未来の世界では双方向テレビで人々がコントロールされるというストーリーは、独裁国家が将来も存続するのであれば、今後ありうるかもしれない。

小説は翻訳がやや読みにくいので、まずは上記のYouTubeの予告編(ナレーションは英語)で、どんな内容か見てみることをお勧めする。


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2013年02月12日

プライバシー・バイ・デザイン プライバシー情報を守る世界的潮流

プライバシー・バイ・デザイン(Privacy by Design)プライバシー・バイ・デザイン(Privacy by Design)
著者:アン・カブキアン
日経BP社(2012-10-25)
販売元:Amazon.co.jp

最近注目されている「プライバシー・バイ・デザイン」の提唱者・カナダのアン・カブキアン博士の著書をもとに、日本の個人情報保護法制の生みの親・堀部政男一橋大学名誉教授が、日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)他と一緒にまとめた本。

「プラバシー・バイ・デザイン」とはあまり聞きなれない言葉だが、世界では個人情報保護の新潮流となっている考え方だ。

日本では2012年8月に発表された総務省の「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」が公表した「スマートフォン・プライバシー・イニシアティブ」に、基本原則の一つとして取り入れられたのが最初である。


プライバシー保護をデザイン・イン

「プライバシー・バイ・デザイン」の定義は、提唱者のカナダ・オンタリオ州情報・プライバシー・コミッショナーのアン・カブキアン博士によると「プライバシー情報を扱う”あらゆる側面”において、プライバシー情報が適切に取り扱われる環境を”あらかじめ”作り込もうという”コンセプト”」である。

具体的には、次の側面でプライバシー情報保護を作り込む必要がある。

1.技術面(ITをはじめとする様々な技術分野)
2.ビジネス慣行(事業活動)
3.物理設計(ネットワークインフラなど)

バイ・デザインというのは、デザイン・イン(作り込み)と考えればよい。つまりプライバシー情報の保護をあらかじめ作り込んでおくという原則を「プライバシー・バイ・デザイン(・イン)」と呼んでいるものだ。


プライバシー・バイ・デザインの基本7原則

プライバシー・バイ・デザインの基本原則は、提唱者のアン・カブキアン博士によると、次の通りだ。

1.事後的でなく事前的、救済策的でなく予防的であること

2.プライバシー保護は初期設定で有効化されること(デフォルト設定で組み込む)

3.プライバシー保護の仕組みがシステムの構造に組み込まれること

4.全機能的であること。ゼロサムでなく、ポジティブサム

5.データはライフサイクル全般にわたって保護されること

6.プライバシー保護の仕組みと運用は可視化され、透明性が確保されること

7.利用者のプライバシーを最大限に尊重すること


日本のプライバシーマーク制度の理論的裏付けに

日本のプライバシーマーク制度については何も言及されていないが、「プライバシー・バイ・デザイン」が提唱しているのが、まさに日本のプライバシーマーク制度のような仕組みである。

日本のプライバシーマーク制度は、この本の訳者でもある一橋大学名誉教授の堀部政男先生が提唱したものだ。

ヨーロッパでは、"EuroPriSe"というプライバシーマークと似たような制度が2006年から実施されているが、日本のプライバシーマークの13,000社弱というような規模ではない。

1999年にスタートした日本のプライバシーマーク制度が、世界で最も進んだ模範的「プライバシー・バイ・デザイン」制度と認められる日も近いだろう。


プライバシー・バイ・デザインが世界の潮流に

「プライバシー・バイ・デザイン」の考え方は、2010年にイスラエルのエルサレムで開催された第32回データ保護・プライバシー・コミショナー国際会議で、「基本的なプライバシー保護の不可欠な要素として認識」されることが決議された。

「プライバシー・バイ・デザイン」が、新たな国際プライバシー基準(new global privacy standard)となったのだ。


米国の取り組み

これを取り入れたのが、米国FTC(連邦取引委員会)が2012年3月に発表した次のプライバシーフレームワークである。

1.プライバシー・バイ・デザイン
  基本原則:企業は組織全体として、そして自社の製品やサービス開発のあらゆる段階において消費者のプライバシーを最優先に掲げるべきである。

a) 実質的原則
   企業は、データセキュリティ、合理的収集制限、正当な保持と消去実施、データの正確性といった、実質的プライバシー保護を企業プラクティスに組み込むべきである。
b) 実質的原則実施のための手続的保護
   企業は、製品やサービスのライフサイクルを通じての包括的なデータマネジメントの手続を維持すべきである。

2.簡略化された消費者選択
  基本原則:企業は消費者の選択を簡易化させるべきである。
a) 選択肢を要求しないプラクティス(慣行)
b) 企業はその他の慣行では消費者の選択肢を提供すべきである。

3.透明性
  基本原則:企業はデータ処理の透明性を高める必要がある。
a) プライバシー通知
b) アクセス
c) 消費者教育(消費者への情報提供)


米国の消費者プライバシー権利章典

米国政府は「消費者プライバシー権利章典(Consumer Privacy Bill of Right)を2012年2月に発表した。その骨子は次の通りである。(原出典:「日経コミュニケーション2012年4月号)

1.個人によるコントロール
  消費者は、事業者が収集する自身の個人データをコントロールする権利を持つ。

2.透明性
  消費者は、事業者によるプライバシーとセキュリティの順守に関して、わかりやすい手順で情報を得る権利を持つ。

3.背景情報の尊重
  消費者は、消費者が提供した背景情報に沿って、事業者が個人のデータを収集、利用、開示することを期待する権利を持つ。

4.セキュリティ
  消費者は、個人のデータが安全かつ責任をもって扱われる権利を持つ
  
5.アクセスと正確性
  消費者は、センシティブなデータや、不正確なデータが消費者にリスクを与えるようなケースにおいて、適切な方法で利便性の高いフォーマットのパーソナルデータにアクセス、修正できる権利を持つ。

6.適切な範囲の収集
  消費者は、事業者が収集、保存できる個人のデータを適切な範囲に限定する権利を持つ。

7.説明責任
  消費者は、事業者によって個人のデータが、消費者プライバシー権利章典に従って適切に扱われる権利を持つ。

これを見ると米国もやっと世界標準の考え方に近くなってきたかという印象を受ける。


個人情報保護先進国の欧州と後進国の米国

個人情報保護については、依然として米国と欧州では大きな差がある。それは、第三者提供の制限である。

通販業界が伝統的に強い政治力を持っている米国では、”オプトアウト(同意なしで配信。要望により配信停止)”が原則で、個人情報の第三者提供は本人の同意が不要だ。

だから米国に引っ越して2−3か月すると、郵便受けに入りきれないほどの大量のダイレクトメールが様々な通販会社から届くようになる。

いちいち今後ダイレクトメールを送らないようにと連絡して”オプトアウト”する必要がある。

一方、欧州は、”オプトイン”(同意がないと配信できない)が原則で、本人の同意がない限り、ダイレクトメールは送れない。

米国では、名簿販売が依然として大きな産業となっており、最大の名簿バイヤーは通信販売業界だ。

米国では、通信販売で買うと10%前後の州のセールスタックスを事実上払わなくて済むという大きなメリットがある。通信販売業界の政治力は、いまだに健在という感じである。

ちなみに、上記のリンク先の日経新聞の記事ではDNT(Do Not Track、ネット上の追尾・追跡(トラッキング)を消費者が拒否できる権利)を認めたことを、大きく取り上げている。

ややとっつきにくい本ではあるが、世界の個人情報保護の流れがわかるので、特に日本のプライバシーマーク制度にかかわる人には、一読をおすすめする。


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2013年02月03日

それをお金で買いますか What money can't buy 考えさせられる本

それをお金で買いますか――市場主義の限界それをお金で買いますか――市場主義の限界
著者:マイケル・サンデル
早川書房(2012-05-16)
販売元:Amazon.co.jp

このブログで紹介したベストセラー「これからの『正義』の話をしよう」の著者・ハーバード大学の政治倫理学マイケル・サンデル教授の近著。

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
著者:マイケル サンデル
早川書房(2011-11-25)
販売元:Amazon.co.jp

原題は"What money can't buy"だ。

What Money Can't BuyWhat Money Can't Buy
著者:Michael Sandel
Penguin(2013-04-04)
販売元:Amazon.co.jp

この題から絶頂期のホリエモンを思い出す。ITバブル崩壊からすこし経ったころ、ホリエモンは「金で買えないもの(モノ?)はない」と発言して世間から非難を浴びた。

その後、ホリモンはライブドアの粉飾決算を指示したことで、証券取引法違反で有罪となり、現在長野刑務所で服役中である。このブログで紹介した「刑務所なう。」など、服役中の生活を書いた本を出版している。

少なくとも釈放される権利は金で買えない。ホリエモンも、カネで買えないものがあることがわかったと思う。

刑務所なう。刑務所なう。
著者:堀江 貴文
文藝春秋(2012-03-15)
販売元:Amazon.co.jp

この本はアマゾンの「なか見!検索」に対応していないので、なんちゃってなか見!検索で、目次を紹介しておく。

広範囲にわたる具体例を取り上げて、経済合理性と倫理について議論していることがわかると思う。

序章 市場と道徳
・市場勝利主義の時代
・すべてが売り物
・市場の役割を考え直す

第1章 行列に割り込む
・ファストトラック
・レクサスレーン
・行列に並ぶ商売
・医者の予約の転売
・コンシェルジュドクター
・市場の論理
・市場VS行列
・ダフ行為のどこが悪い?
・ローマ教皇のミサを売りに出す
・フルース・スプリングスティーンの市場

第2章 インセンティブ
・不妊への現金
・人生への経済学的アプローチ
・成績のよい子供にお金を払う
・保健賄賂
・よこしまなインセンティブ
・罰金VS料金
・21万7千ドルのスピード違反切符
・地下鉄の不正行為とビデオレンタル
・中国の一人っ子政策
・取引可能な出産許可証
・取引可能な汚染許可証
・カーボンオフセット
・お金を払ってサイを狩る
・お金を払ってセイウチを撃つ
・インセンティブと道徳的混乱

第3章 いかにして市場は道徳を締め出すか
・お金で買えるもの、買えないもの
・買われる謝罪や結婚式の乾杯の挨拶
・贈り物への反対論
・贈り物を現金化する
・買われた名誉
・市場に対する二つの異論
・非市場的規範を締め出す
・核廃棄物処理場
・寄付の日と迎えの遅れ
・商品化効果
・血液を売りに出す
・市場信仰をめぐる二つの基本教義
・愛情の節約

第4章 生と死を扱う市場
・用務員保険
・バイアティカル…命を賭けろ
・デスプール
・生命保険の道徳の簡単な歴史
・テロの先物市場
・他人の命
・死亡債

第5章 命名権
・売られるサイン
・名前は大事
・スカイボックス
・マネーボール
・ここに広告をどうぞ
・商業主義の何が悪いのか?
・自治体マーケティング
・ビーチレスキューと飲料販売権
・地下鉄駅と自然歩道
・パトカーと消火栓
・刑務所と学校
・スカイボックス化

ホリエモンのような「金で買えないものはない」という経済学者や新自由主義者に対して、様々な角度から倫理的な疑問を投げかけている。

いくつか印象に残った例を紹介しておく。あなたは、”名案”と思うのだろうか、それとも”やりすぎ”と思うのだろうか。

★50万ドルをアメリカに投資した外国人は、家族とともにアメリカに2年間住むことができ、2年後にその投資によって10人以上の雇用が生まれれば、永住権(グリーンカード)をもらえる(究極のファストトラック=割り込み)。住宅市況を支えるために、50万ドル以上の家を購入した外国人にも同様の特典を与える法案もある。

★北極圏のセイウチを狩る権利を持っているイヌイットが、セイウチを撃つ権利を6,000ドルで販売する。ハンターはセイウチ猟が楽しめ、イヌイットはセイウチの肉や皮を利用する。

★新語:Incentivize(インセンティブを与えて動機づけたり励ます)は急速に普及した。新聞で登場した件数の推移は:

1980年代    :   48回
1990年代    :  449回
2000年代    :6,159回
2010−2011年:5,885回

クリントン、ジョージ. W.ブッシュ大統領は在任中1回しか使わなかったのに、オバマ大統領は3年間で29回使っている。
  
ThePerfectToast.comというサイトでは、質問票に入力する形で、145ドルで結婚式の乾杯の挨拶を代筆してくれる。前もって書かれた標準的な挨拶ならば、InstantWeddingToasts.comで19ドル95セントで買える。本物の挨拶と、プロが代筆した挨拶とどちらが価値があるのか。

★ガールフレンド、ボーイフレンドの誕生日に現金を贈る。相手にふさわしいもの選んで送るのは、彼が「ガールフレンドに対する愛情という個人情報を伝える」一つの方法だという。

★ギフトカードを送る。贈り物と現金の中間のようなものだ。ギフトカードを贈る人が増えているという。

★貧しくて腎臓や角膜を売る人はどうか?養子に出される赤ん坊の市場を創設することはどうだろうか?

★ローマ教皇のミサに参加するチケットを転売する。

★スイスの核廃棄物処理場の村に住む住人に、毎年補償金を払うことにしたら、誘致に賛成する人は半分に減った。

★貧しい退職者の相談に1時間当たり30ドルという割引き価格で乗ってくれるように弁護士団体に頼んだら断られたが、慈善事業としての無料相談なら承諾してもらえた。

★ウォルマートは数十万人に上る従業員に会社を受取人とする生命保険を掛けている。いままで費やした社員に対するトレーニング等のコストの埋め合わせなのだと。本人の遺族は、5000ドルもらえるだけだ。

★不治の病に冒された人から生命保険を買い取る。バイアティカル(生命保険買い取り業)という名前の市場だ。病人が長く生きれば、生命保険の収益率は減る。買い手は病人が早く死ぬことを望むのか?

★子どもが成長し、配偶者も生活の心配がなくなって、生命保険が不要になった高齢者などから、生命保険を買い取るライフセトルメント産業。高齢者は不要になった保険を有利に売り抜け、ライフセトルメント業者は高齢者が死亡した時に保険金を受け取る。上記と同じように、本人が早く死なないと収益率は減る。

★スタジアムの命名権はさらにプレーにも及ぶ。特定のスタジアムでは、ホームランは”バンクワン・ブラスト”、ピッチャー交代は”AT&Tコール”、盗塁セーフは”セーフです。ニューヨーク・ライフ”などと呼ばなければならないのだ。

★ニューヨークのブルームバーグ市長は、2003年に自治体初の最高マーケティング責任者を任命した。彼の最初の大仕事は、市内の6,000の公立学校や施設にジュースと水を独占販売する契約をスナップル社と5年間1億7千万ドルで締結した。

★学校に無料でテレビ、ビデオ機器、衛星リンクを提供する代わりに、2分間のコマーシャルを含んだ番組を学校で毎日放送するという契約を多くの州と結んだチャンネル・ワン社は、2000年には全米で12,000校、800万人の生徒を囚われのオーディンスとして抱えていた。30秒のCMが20万ドルで売れた。

★ハーシーチョコ、マクドナルド、エクソン、アメリカ石炭財団、P&Gなどは、学校に無料の教材を提供して子供たちの心に商標を刻み込もうとした。

★公立学校も体育館や講堂、実験室、校長室まで命名権を販売している。コロラド州のある学区は、通知表の広告スペースを売り出した。


「スカイボックス化」

サンデル教授が初めて経済至上主義に反対してニューヨークタイムズに投稿した時に、ハーバード大学の経済学者を含めて、多くの経済学者から反論があった。

大学時代の経済学の恩師からは、「サンデル教授の言うことはわかるが、誰から経済学の授業を受けたかは明かさないでくれ」という要望もあったという。

サンデル教授は、この本の結論として「スカイボックス化」という言葉を挙げている。資本主義を推し進めて、あらゆるものを市場化している。

かつては、野球場は金持ちも貧乏人も10ドル出せば入れるという平等の象徴だった。ところが今は、年間何十万ドルもするスカイボックスを企業が独占し、金持ちはスカイボックスでプライベートパーティを開催し、一般客はスカイボックスを見上げる。「スカイボックス化」により、野球場は格差の象徴になったのだ。

サンデル教授は、「われわれが望むのは、何でも売り物にされる社会だろうか。それとも、お金では買えない道徳的・市民的善というものがあるのだろうか。」という言葉でこの本を終えている。


どの話題も簡単には解答を出せない。むしろ正解のない問題ばかりだ。実に考えさせられる本である。


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Posted by yaori at 00:29Comments(0)