このブログで、「会社は頭から腐る」を紹介した経営共創基盤CEOの冨山和彦さんの本。
中田敦彦さんのYouTube大学では、「コロナ後の経済」と題して、冨山さんの「コロナショック・サバイバル」という最近著が取り上げられている。
冨山さんは、企業の復活を支援してきた立場なので、「コロナショック・サバイバル」と同様に、この本でも、AI活用は日本企業、それも中小企業、地方企業にとって大きなチャンスだとエールを送っている。
AIを産業に応用しようとすると、欧米では必ず失業問題や移民問題にリンクする。AI革命は「大自動化革命」とも言い換えられるように、サービス産業や工場労働者などのローカル産業で働く人達を直撃する。
欧米ではこういったローカル産業は元々人手不足ではなかったうえに、移民がなだれこんでいるので、職を奪い合い、失業率が高止まりしている状態だ。そういった国民の不満に目を付け、政治問題としたのが、ジョンソン首相のブレグジットであり、トランプ政権だ。
これ以上ローカルの仕事を奪うAI革命は、欧米ではできない。一方、日本経済はグローバル化の負け組になっており、移民も制限しているため、少子高齢化もあり、サービス産業を中心とする労働集約的な地域密着型産業群は人手不足に陥っている。結果として、AI導入により生産性向上が生かせる環境なのだ。
AIが効果があるのは、対面型、リアル型のサービス産業で、たとえば医療、介護、交通・運輸・物流サービス、外食産業の厨房の仕事などだ。会計士、経理職などはAIによってなくなる業種とされているが、税理士、弁護士は残るだろう。法律や税法は人間の裁量の余地が広いからだ。
冨山さんは、AI革命を「カンブリア爆発」と同じインパクトを持つと語る。
今から5億年以上前、古生代カンブリア紀に生物の種類が爆発的に増え、現存する多くの生物の原型がこの時期に出そろった。これを「カンブリア爆発」と呼ぶ。その有力な原因説は、この時期に生物は「目」を獲得し、これが捕食方法の進歩と戦略性を高め、同時に捕食者からの回避能力を高めた。それが生物の高度化と多様化を一機に進めたと考えられている。
東大の松尾研究室の松尾教授は、ディープラーニング技術が急速に進歩したことは、いわばAIが「目」をもったのと同等の大きな意味を持ち、したがって「カンブリア爆発」並みのインパクトをいろいろな分野に及ぼし得ると指摘している。
実際、ディープラーニング技術を導入してからのグーグル翻訳の進化はすさまじいことは、筆者も体験している。
この千載一遇のチャンスをつかむには、働き方、生き方を大きく変革しなくてはならない。破壊的イノベーションが求められている。多少の痛みを伴っても、率先して子会社に出向して、マネジメントを実地で覚えるなど、やるべき自己改革を断行し、なんとしてもこのチャンスをものにしようと冨山さんは呼び掛ける。
この本では、東大の松尾研出身で、その後カーネギーメロン大学で修士を取り、オックスフォード大学の博士課程にいるディープラーニング研究者川上和也さんの日常的な研究活動を描いたレポートを紹介している。
概略は次の通りだ:
川上さんは、2014年にピッツバーグのカーネギーメロン大学に留学し、修士としてディープラーニング研究を始めた。研究を始めた時には、ディープラーニングは画像認識や、音声認識に使われる程度だったが、ほんの2年の間で、囲碁ではプロ棋士を破り、難しいと言われていた日英翻訳も進化し、ピッツバーグでウーバーを呼ぶと自動運転タクシーが迎えに来るまでになった。
カーネギーメロン大学では、指導教官がベンチャーを設立し、1年もしないうちに売却。大学から離れて、人口知能研究の最先端で、有名な「アルファ碁」をつくった英国のグーグル・ディープ・マインドに移籍。川上さんも一緒に英国に移って、オックスフォード大学の博士課程に入学した。
隣の研究室は、まるごとアマゾンに買収され、人材を補填するために引き抜いたはずの新しい教授は、着任後1ヶ月もたたないうちにアップルの人工知能研究所の所長に就任、ピッツバーグとシリコンバレーの両方に拠点を持っているという具合だ。
グーグルやフェイスブックでは、人工知能を使った検索や広告配信の性能が収益に直結するというビジネスモデルなので、人工知能技術とビジネスは近い。検索や広告のアルゴリズムは、いつでも切り替えられるので、新しいアルゴリズムをどんどん試して、うまくいくものはすぐに製品に投入される。
そんな素早いリターンの構造があるからこそ、ベンチャーの買収やアカデミアからの人材獲得もスピード感をもってできる。優秀なエンジニアを囲い込むための広告として、ディープ・マインドのような研究組織を持っていて、ひとり数千万円という年俸を払いながらも、ビジネスに直結しない研究でも許している。
多くの人工知能スタートアップは、どんどん大手企業に買収されていくが、それは人材目的で買収されている。
日本では、アカデミア中心に「アメリカに負けてはいけない」、「日本独自の人工知能を」ということで、ビジネスリターンを設計しない形で税金が投入され、人工知能研究センターを中心にアカデミアが業界を引っ張る体制となった。
しかし、日本企業の得意とする「ものづくり」や「すり合わせ」、熟練職人の技術を人工知能に学習させれば勝機があるというのでは、ビジネスは成功しない。コストと予想されるリターン、インパクトが計算できてはじめて勝機が生まれる。
たとえばAppleの「Siri」にはディープラーニングが使われているが、「Siri」全体ではなく、人間の声を文字にする音声認識のところにだけディープラーニングが使われている。
文字になったあとの質疑は、定型文で応答すればいいので、ルールベースの古い人工知能を使う。膨大な過去データがある音声認識は、ディープラーニングと相性がいいから、そこは使うといった、ビジネス適用の際の見極めが重要なのだ。
「人工知能のポテンシャルはまだまだこんなものではない。今後も大手テック企業がその可能性をひろげていくだろう。自分がその中心に飛び込むには、新しい技術の開発とそれにあったビジネスモデルをつくるしかない。まだまだ始まったばかりだ。」という言葉で、川上さんのレポートは終わっている。
筆者は、「Siri」を使っているが、このブログで紹介したGACKTの英語学習塾での、英語の発音チェックと、時々音声入力に使うのみだ。スマートスピーカーは持っていない。あまり必要性を感じないからだが、川上さんのレポートを読んで、技術は日進月歩で進化しているので、一度試してみようと思う。
その他、参考になったネタを紹介しておく。
日本の液晶産業のトップの発言
冨山さんが10年ほど前に某液晶メーカー(あとでシャープと明かしている)の経営者から言われた言葉を紹介している。
「冨山さんたちは技術の素人だからわからんだろうが、我々の技術は圧倒的に先行していて、韓国勢や台湾勢が追いつくのに最低10年、おそらく20年はかかる。だから今、慌てて再編する必要は感じない」と豪語していたという。
液晶のプレーヤーはめまぐるしく変わり、一時は勝ち組だった台湾のメーカーやサムスンまでがTV用液晶生産から撤退する時代だ。

出典:日経新聞
日本の自動車メーカーは生き残れるか
この本で、「スマイルカーブ」が紹介されている。川上(企画、設計、部品)と川下(販売、メンテナンス)側の利益が厚くなる一方、真ん中の製造工程(組み立て)はほとんど利幅が取れなく現象だ。パソコンが良い例で、自動車もEV普及、モジュラー化が進めばそうなる。
しかし、スイスの高級時計がいい例で、メカトロニクスがからむと話は異なる。
スイスの高級時計は、分解するとスイスの職人が組まないとあの精度は出せない。個々の部品にも材料レベルまで遡った職人的ノウハウが詰まっている。しかもこうした匠の技は個人技ではなく、その工房のなかで集合知的に蓄えられて伝承されている。
日本の製造業でも、メカトロニクスが絡む分野では競争力が生かせる可能性がある。
トヨタは、シリコンバレーに人工知能研究所トヨタ・リサーチ・インスティテュートを設立し、DARPA(米国国防高等研究計画局)のAIとロボティックス研究のスーパースターギル・プラットを迎えたり、サンフランシスコのカーシェアリングサービスゲットアラウンドに出資したりして、様々な可能性に必死になって対応しようとしている。
ソニーの幻の時価総額世界一
iPodが出る前に、アップルのスティーブ・ジョッブスからソニーに大規模な出資要請があったが、ソニーはそれを断ったという。買収して、スティーブ・ジョッブスに好きな様にやらせていたら、ソニーは今頃時価総額No.1になっていたかもしれない。
ソニーにはウォークマンがあり、アップルを買収しても技術的に得るものがないという技術部門からの反対で実現しなかったと冨山さんは聞いていると。
日本の著作権法がディープラーニングの足かせになる恐れがある
著作権法が日本のディープラーニング推進の足かせとなる可能性がある。英米法系の国、大陸法系の国でも、イスラエル、台湾、韓国などが、一定の条件で公正な目的のための複製行為は一般的に著作権法違反としない「フェアユース一般条項」というルールを導入している。
日本は権利団体や法律家の反対で、ポジティブリスト以外は違法としている。これでは、ある日突然、研究者が著作権法違反で逮捕されるということが起こりかねない。
産学連携
AIで米国が先行しているのは、圧倒的にアカデミズムの差である。米国ではカーネギーメロン大学、MIT、スタンフォード大学、カナダのトロント大学と東大、京大の力の差が、そのまま現在の差につながっている。
米国の基礎研究は、1980年代から90年代にかけて、AT&Tのベル研究所、ゼロックスのパロアルト研究所、IBMのワトソン研究所が縮小あるいは消えて行って、大学や公的研究機関に移った。
東大が日本の産学連携をけん引している。東大TLO(Technology Licensing Organizationー技術移転機関)が設立されたのは、20年近く前で、冨山さんも創業に関わった。
東大は日立、NEC、KDDIなどとコラボレーションを進めており、東大初のベンチャーも、このブログで出雲充社長の著書を紹介しているミドリムシのユーグレナ、バイオ創薬のペプチドリーム、グーグル、その後ソフトバンクに買収されたロボットベンチャーのシャフトなど、200社を超える。
2015年には東大発のベンチャーの時価総額が1兆円を超えたと東大の産学連携本部が発表している。アルファベット(時価総額60兆円)を輩出したスタンフォード大学が世界一だろうが、東大の実績は、世界の大学でもトップ10に入っているのではないかと。
このブログでも簡単に紹介した、筆者が合計9年間住んでいたピッツバーグのカーネギーメロン大学は、昔からAIの前身の「人工知能」の活用で有名で、日本から留学生がたくさん来ていた。
いつかまた、留学生愛用のカーネギーメロン大学の近くのオリエンタル・キッチンに行きたいものだ。
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