2010年10月18日

松井秀喜の「信念を貫く」と「不動心」

2010年10月18日追記:

信念を貫く (新潮新書)信念を貫く (新潮新書)
著者:松井 秀喜
販売元:新潮社
発売日:2010-03
おすすめ度:4.5
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2007年の「不動心」のあらすじに続き、2010年はエンゼルスの一員となった松井秀喜の近著「信念を貫く」のあらすじを追記しておく。

野球選手はオフのときにプロのライターを頼んで本を出す人が多い。

超多忙な松井が自分で机に向かって原稿を書いたとは思えないので、たぶんこの本も松井の口述筆記をライターがまとめたものだと思うが、松井の人間性や考え方がよくわかる。

内容さえよければ、ライターを使おうが使うまいが関係ないという典型のような本だ。

2006年シーズンに左手首を骨折する大怪我を負った松井は、その後復帰したものの、今度は両膝の故障に悩まされ、その後はヤンキースではDHで試合に出ることが多くなった。

特に2008年のシーズンや、ヤンキースがワールドシリーズに優勝した2009年のシーズンは、守備はやらせないというヤンキースGMの方針で、松井はDH専門となった。

2009年のワールドシリーズは、ナショナルリーグの球場での試合のときは代打でしか出場できないというハンディキャップがあるDHではあるが、シリーズMVPという快挙を成し遂げ、ヤンキースに不可欠の選手という印象を強く残した。



松井もこの本の中で書いているが、ワールドシリーズ第2戦でペドロ・マルチネスの外角低めの球をうまくすくい上げてホームランにしたあの場面が記憶に残っている。

あれは、ペドロの失投だったが、失投を一振りでしとめるのがプロだと。

シリーズMVPになったにもかかわらず、ヤンキースのGMはじめ経営陣は、膝の状態が悪いので松井には守備はさせないという方針を変更せず、守備機会を望む松井との交渉は後回しにされた。

松井は、やはり野球選手は守備につかないとリズムがつかめないと語り、膝の状態がよければ毎試合守備に出てもらってもかまわないというエンゼルスに入団した。

松井との契約交渉に自ら出馬したソーシア監督の熱意にもほだされたという。

この本では今まで順風満帆だった松井が、2006年のケガ以降、守備ができないため、毎試合DHまたは代打という不安定なポジションになったにもかかわらず、監督の起用法に一切文句を言わず、ヤンキースの勝利をひたすら願って、出場したときには常にベストをつくすというチームプレーヤーに徹する姿が描かれている。

不遇の時代でも松井は信念を持って生きているというメッセージが力強く伝わってくる。

不遇がないというのは選手時代の長嶋に限られると思う。他の選手は王でさえ入団当初の数年は苦労している。

不遇の時代があったほうが、いずれ監督なり、コーチになったときに大成するのではないかと思う。その意味では、この本のように謙虚に自分のチーム内のポジションを受け入れ、与えられた役割でチームのためにベストをつくす松井の姿勢は必ず松井自身のためになるだろう。

「不動心」も面白い本だったが、「信念を貫く」も違った面での松井を知ることができ面白い。簡単に読める新書なので、一読をおすすめする。


2007年11月28日初掲:

不動心 (新潮新書)不動心 (新潮新書)
著者:松井 秀喜
販売元:新潮社
発売日:2007-02-16
おすすめ度:4.5
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左手首を骨折した2006年のシーズンオフに書かれたヤンキース松井秀喜の本。

骨折で125日間をリハビリに費やした経験から、さらに人間としてのスケールが大きくなったような気がする。

タイトルの不動心とは、故郷の石川県の実家にオープンした松井秀喜ベースボールミュージアムに掲げている次の言葉から取っている。

日本海のような広く深い心と
白山のような強く動じない心
僕の原点はここにあります


広く深い心、強く動じない心、すなわち「不動心」を持った人間でありたいと、いつも思っているのだ。

この本を読んで松井選手が野球の上でも、また私生活でも、スタンスのぶれない不動心を持っていることがよくわかる。

野球選手はオフになるとヒマがあるせいか、有名選手・監督は多くの著作があるが、やはり一芸に秀でている人の言葉は人を動かす力があるものだ。

本の構成もよく、頭にスッと入る本だ。


目次を読むと、この本で言いたいことの大体の感じがわかると思うので、紹介しておく:

第1章 5.11を乗り越えて
第2章 コントロールできること、できないこと
第3章 努力できることが才能である
第4章 思考で素質をおぎなう
第5章 師から学んだ柔軟な精神
第6章 すべては野球のために


恩師 長嶋監督

ちょうどドラフト会議が終わったばかりだが、1992年のドラフト会議の光景が思い出される。

松井秀喜にドラフト1位指名が集中して抽選となり、当時の長嶋巨人軍監督が当たりくじを引き、満面の笑みを浮かべた場面だ。

この本でも節目節目に長嶋監督が出てくる。

松井が左手首を骨折したときに、脳梗塞でリハビリ中の長嶋監督から電話が掛かってきた。

「松井、これから大変だけどな。リハビリは嘘をつかないぞ。頑張るんだぞ。いいな、松井」

巨人時代に松井の連続試合出場記録がとぎれそうになった時も、励ましたのは長嶋監督だったという。「やれるとこまでやってみろ」

FAになり大リーグに行くことを決めたときも長嶋監督に会い、決断を告げたという。「もう決めたことなのか。考え直す気はないのか」「よしわかった。行くなら頑張ってこい」と肩を叩いてくれたという。


松井と長嶋監督の練習法

長嶋監督の自宅地下には練習場があり、松井はそこをしばしば訪れ長嶋監督に素振りを見てもらっていた。

長嶋監督は、松井が素振りをしている間、目を閉じてスイングの音を聞いているのだと。「今の球は内角だな。」「うん?外角低めだったか」という長嶋さんにしかわからない感覚を持っていた。

その日ホームランを打ったとか、凡退しているとかは関係ない。鈍い音がすると叱責され、休む間もなくスイングを繰り返した。

元阪神の掛布が調子が悪いときに、長嶋監督に電話したら、その場で素振りをしろといわれ、長嶋監督はその音を電話で聞いてアドバイスしたという。それくらいスイングの音を大切にしていた。

さすが天才かつ感覚派の長嶋監督だと思わせるエピソードだ。

長嶋監督とは何度も素振りを繰り返した。長嶋監督から電話が来て「おい松井、バット持ってこいよ」と長嶋さんの自宅、あるいはホテルで二人だけの特訓を繰り返した。

しかしマンツーマンの練習も二人だけの時しかやらなかったので、他の選手から嫉妬されるようなことはなかった。長嶋監督も配慮してくれたのだ。

松井が大リーグのルーキーイヤーにツーシームボールで悩まされていたとき、ニューヨークに到着したばかりの長嶋監督から「松井、スイングやるぞ」と声が掛かったという。

ちなみに長嶋監督の家の地下の練習場には数多くのトロフィーや賞状が整然と並べられていたが、すべて長嶋一茂のもので、長嶋監督自身のものは隅に追いやられていた。

いくら名選手とはいえども、普段は子供がかわいい普通の父親だとわかり、松井は思わずくすくすと笑ってしまったのだと。


伝説の5打席連続敬遠

松井といえば、高校時代の対明徳義塾戦の5打席連続敬遠が有名だが、松井は高校生当時は打ちたい、勝負してくれと考えたが、今は違うと。

あの5打席連続敬遠があったからこそ、日本中から注目され、長嶋監督もあの試合をテレビ観戦していたのだと。もし敬遠されていなかったら、ホームランを打ったとしても長嶋さんの目にとまらず、どうなっていたかわからない。

人間万事塞翁が馬で、思い通りにならなくとも、前に進むしかないのだと松井は結論づける。

松井は打てなくても悔しさは胸にしまっておく。そうしないと、次も失敗する可能性が高くなってしまうからだ。コントロールできない過去よりも、変えていける未来にかけるのだ。

だから打てなかった日の松井のコメントが物足りないのは勘弁してくれと。チャンスで打てなかったら、きっと心の中では悔しさで荒れ狂っているのだろうな、と思ってくれと松井はいう。

星野監督の「星野流」のあらすじを紹介しているが、星野監督は松井と正反対に、感情を外に出すタイプの典型なので、対比すると面白い。

星野流星野流
著者:星野 仙一
世界文化社(2007-11-08)
販売元:Amazon.co.jp
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メディアとの関係

メディアはコントロールできないので、気にしないのが一番だが、なかなか難しい。松井は自分のことを書いた記事も読む。

不思議と調子が悪いと書かれた時ほど調子があがってくるのだと。スランプと書かれる頃には、そろそろホームランを打てる確率も上がっているのだ。

メジャーにはジアンビの様な力任せにバットをボールと衝突させるような打ち方の選手もいるが、松井はしなやかさを生かしたバッティングが、目指すべきバッティングだと語る。


人の心を動かしたい

絶対にコントロールできないが、動かしたいものは人の心だと松井は語る。

巨人の入団会見で、「自分はファンや小さい子供たちに夢を与えられるプレーヤーになるよう、一生懸命頑張っていきたい」と語った。

毎日ホームランは打てないし、毎日ヒットも無理だろう。しかし毎日試合に出て、全力でプレーすることならできるので、松井はそれをやるのだと。

星陵高校のベンチでは次の言葉が掲げられていた。

心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる

今も心の中に響く言葉だという。

自分も弱い人間なので、つい手を抜きそうになるが、たとえセカンドゴロでも全力で走り、全力プレーを続けることで、最もコントロール不能な人の心を動かしたいと。

今シーズン末に、ひざが悪くても常に全力疾走する松井を見ていて、この言葉通りのことを松井は実行しているのだと感じた。

なかなかできることではない。

自分の身を振り返る機会を与えてくれる松井の言葉である。


努力できることが才能である

これが松井の座右の銘だ。いい言葉だと思う。

松井のお父さんが、小学3年生の時に半紙に書いて部屋に貼り付けてくれたという。加賀市で晩年を過ごした硲(はざま)伊之介という洋画家、陶芸家の言葉だそうだ。

松井は天才型ではない。だから努力しなければならない。大リーグでも才能にあふれた選手は多いが、努力せずに成功した人はいないのではないかと。

たとえば今年ア・リーグのMVPになったアレックス・ロドリゲスは2月のタンパでのキャンプから誰よりも早く、グラウンドに毎朝七時に来て練習をしているので、コーチが根を上げた。

大リーグ最高の選手が、人一倍練習しているのだ。

ヤンキースのキャプテン ジーターの自宅はフロリダのタンパにある。ヤンキースの常設キャンプがあり、練習設備も完備しているので、常に練習できるようにタンパに住んでいるのだ。


不動心 素振りが松井の原点

松井は基本中の基本、素振りを重視する。未来に向けた一つの決意として、素振りを欠かさない。

これは努力すればできることだからだ。ホームランを打った日も、ヒットが打てなかった日も必ず素振りをしてきた。

打てた日は慢心し、打てなかった時は落ち込む。これでは未来にプラスにならないので、松井は毎日素振りをしながらリセットするのだ。

バットが風を切る音が、「ピッピッ」と鋭い音が聞こえると安心し、調子の悪い時は「ボワッ」という鈍い音がすると。自分の感覚はごまかせないので、自分が一番厳しい評論家であるべきだと思っている。

失敗しての悔しさは未来にぶつける。それが素振りなのだ。

松井は岐阜県にあるミズノのバット工場を、毎年オフに訪問する。

頭の中でイメージした形を口にすると、久保田五十一名人がバットにしてくれる。それを振ってみて、イメージと違うとまた削って貰い、一日がかりで、松井のバットをつくるのだ。

そしてできたバットを松井は1シーズン使い続ける。途中でバットは変えない。松井にとって「メガネは顔の一部です〜」(たしか東京メガネのCMソング)ならぬ「バットは体の一部です〜」なのだ。


思考で素質をおぎなう

松井は自分は器用ではないし、素質がある方だとも思っていない。

松井の大リーグ一年目はツーシームというシュート回転しながら、打者の手元で沈む変化球にてこずり、メディアにゴロキングというあだ名を付けられた。

手元で変化するボールを正確にとらえるためには、ボールをできるだけ長く見る必要がある。そのために、一年目のオフにはウェイトトレーニングで筋力をつけ体重を10数キロアップし、特に体の左半身を鍛えた。

左手でキャッチボールをしたり、箸を持ったりして左手を器用に使えるように努力したのだ。

左手をうまくつかうことによって、外角に沈むツーシームを手元まで呼び込んで、左方向に強くはじき返す。そのためのトレーニングだ。

日本で50本ホームランを打っていたので、一年目は結果がでなかっただけ、そのうち打てるようになるさ、と思っているうちはずっと悪い結果が続いたろうと松井は語る。

自分は不器用で、素質もないのだと認識すること。己を知ること。ソクラテスの「無知の知」である。

大リーグに来て自分は素質がないと痛感したので、二度とあんな思いはしたくない。だからあえて力不足の自分を受け入れ、現状を打破したいと必死になったのだと。


不動心 打撃に対するアプローチは不変

不調の時でも、打撃に対する自分のアプローチは変えない。悪い部分は修正していくが、根本的な考え方や取り組み方は決して変えない。結果が出ないからといって、根本的な部分まで変えると収拾がつかなくなってしまうからだ。

調子が良くなると、0.00何秒か長く見えているような感覚になる。長く見られる余裕が出た分だけしっかり振れるのだ。

勝負強さは、打席にはいるまでに頭の整理ができているかどうかだと松井は語る。

たとえばツーストライクまでは、カウントを取りに来るストレートに的を絞るとか、必ず投げて来るであろう決め球以外は振らないとか。

できる限りの知恵を振り絞って対策を決め、打席に入ったら、もう迷わない。結果として三振してもかまわない。それくらいの信念を持って打席に入れるかどうかが、勝負強さを決定するのだと。

有り体に言うとヤマをはるということなのだろうかと。3球のうち1球くらいは自分のツボに来る可能性があり、相手投手もミスをする。そのミスをいかにして確実に攻略するかが勝負だ。そのために自分を鍛え、トレーニングを積むのだ。

打席で150キロのボールに対しては、下半身とか左手とか考えている余裕はないので、自分のスタンスを決め、打席でのアプローチを明確にする必要がある。

自分の足場を固める。根幹をしっかりする。相手に対処しなければならないスポーツだからこそ、素振りやティーバッティングは大切にしたいと松井は語る。

チャンスに強いバッターは、ここぞという時でも平常心を保てる打者ではないだろうか。だから162試合同じように準備をして、すべて同じ心境で打席に入りたい。ここぞという場面で打つためだ。


対戦相手の研究

松井は遠征に宮本武蔵の五輪書を持参したという。日本では相手ピッチャーは限られていたので、記憶していたが、大リーグでは先発だけでも13球団で65名いるわけで、今はメモをつけている。

五輪書 (岩波文庫)


この本のなかでも書かれているが、以前松井がテレビ番組に出た時に300何本目のホームランを打ったときの投手と球場はどこかと聞かれ、スラスラと答えていたのに筆者はびっくりした。

日本でのホームラン(そしてたぶん大リーグでも)は、すべて記憶しているのだ。

相手によって自分のスタンスは変えないが、相手を知らなければ十分な準備はできない。だから相手をしっかりと把握しておく必要があるのだ。


松井は放任主義で親から育てられたというが、この本のあちこちに、父や母に対する感謝の気持ちがあふれている。読んでいて心が洗われる気持ちになる。

本当に好青年、そして求道者という感じだ。

いっそう松井を応援したくなる。おすすめの本である。


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Posted by yaori at 02:11│Comments(0) スポーツ | 野球