
「10倍アップ」シリーズなどベストセラーを連発して一躍売れっ子になった公認会計士の勝間和代さんの資産運用入門。
自分のお金を銀行などに預金として預けておけば安全と思っていると、人生設計上のリスクになると勝間さんは語る。
お金に働いて貰うことを知らずに、本来なら得られるべき収入を放棄することを意味するからだ。お金に働いて貰うことについては、「バビロンの大富豪」のあらすじを参照して欲しい。
この本ではまず金融リテラシーの必要性について語り、次に金融商品の説明、実践、そして最後に金融を通じた社会的責任にまで言及する。
日本人が金融リテラシーが欠けているのは、学校教育で金融について学んでいないことと、社会人になっても忙しすぎて金融リテラシーを磨く時間がなかったことだと。
筆者もアメリカの高校で資産運用講座の教室を見学したことがあるが、アメリカではNCEEという経済教育協議会があり、小学校からの経済に関する教育について監督している。
高校では個人資産運用Personal Financeについての詳しい教科書が出されている。

アメリカの年金は、1978年に自分の年金資産を自分で運用できる確定拠出型年金401−Kが導入され、自分の年金を自分のライフスタイルやリスク許容度に応じて運用するのが当たり前になっているので、アメリカ人は金融に対する意識が高い。
筆者も米国駐在時に、アメリカ人の同僚と話していて、各種の投資信託について良く知っていることに驚いた経験がある。
日本でも2012年には適格退職年金制度が廃止され、確定拠出型の年金が増えてくると予想されている。自分たちで年金の運用方法を決めなければならなくなるので、よりいっそう金融リテラシーをつける必要が出てくるのだ。
この本のとおり「実践」してはいけない
この本は勝間さんがターゲットにしている若者や主婦、OLなどを対象にしているやさしい資産運用の本だ。
アマゾンでも売り上げ順位300位前後にランキングされているベストセラーだが、出版された昨年後半に、この本の通り「実践」したら間違いなく大きなやけどを被っている。
投資した時期にもよるが、たぶん損失は20%前後だろう。
勝間さんも本を書くことは大変な責任を負うことになることを、この本で実感しているのではないかと思う。
「お金は銀行に預けるな」という主張自体は、大前研一氏も「大前流心理経済学」で述べている様に、正しい提言だと思う。
しかし踏み込んで「実践編」でインデックスファンドでの資産の運用までファイナンシャルプラナーの様に提案しているので、市場の変化により結果が大きくマイナスになってしまっているのだ。
分散投資シミュレーションツール
新生銀行のサイトに勝間さんがこの本ですすめる国内株式、外国株式、国内債券、外国債券の4つのインデックスファンドへの投資リターンの推移が簡単に割り出せる分散投資シミュレーションチャートがあるので紹介しておく。
このシミュレーションの使い方は次の通りだ:
1.まずは投資金額を決定する。デフォルトは元金300万円で、毎月いくらか決めて投資するなら、毎月の金額をインプットする。
2.次に投資先の選択だ。国内株式、外国株式、国内債券、外国債券と、それぞれ1/4ずつのバランス型投資信託がデフォルトだ。自分で比率を調整できるし、不要な投資先は消すことができる。
3.次に期間の設定だ。下の3.のメーターをスライドすることによって、期間が決定できる。デフォルトは1969年から2007年の38年間だ。
たとえばこの本が出版された2007年10月末から12月末までの2ヶ月のリターンは次のグラフの通り、すべての投資運用がマイナスになっている。国内株式が最悪でマイナス12%。4分割投資でもマイナス8%となっている。
筆者がこの本を「実践してはならないベストセラー本」と呼ぶゆえんだ。
この本ほど考えさせられた本はない
この本ほど考えさせられた本は最近ない。
第一に、本に書いた内容が陳腐化することのリスクだ。
この本では勝間さんはノーロード(信託手数料ゼロ)の国内株式、外国株式、国内債券、外国債券のインデックスファンドへの分散投資を手始めにすすめている。
この本は2007年11月の出版で、勝間さんが書いたのはたぶん2007年の半ばだろう。
次がここ5年間の日経平均株価の推移だ。
2007年半ば当時は日本株はバブル後の最高値を付けており、サブプライム問題がきっかけで世界同時株安が進むとは誰も予想していなかった。
株式相場が順調に伸びる時はインデックスファンドはリターンが上がるが、相場が今回のように急落すると国内株式のインデックスファンドの1年間の運用益は、惨憺たる結果になる。
外国株式のインデックスファンドも国内株式ほどではないが10%前後下落している。

債券の投資信託も下落というように、昨年後半にインデックスファンドを買っていれば、すべてが原価割れしているはずだ。

つまり勝間さんの言っている通り実践した場合、短期間で20%前後財産を失うことになったはずだ。
いまだにこの本は売れているが、株式相場が下がった今ならこれ以上下落するリスクは少なくなってきている。
またドルコスト平均法といって毎月一定金額を投資して、相場変動リスクを逓減する方法をすすめているので、勝間さんとしてはちゃんと説明したつもりなのかもしれない。
しかし、昨年末にこの本を鵜呑みにしてインデックスファインドを買った人は大やけどを負っているはずだ。
第二に、個人が短期収益をねらって投資する場合のリスクの大きさだ。
筆者は資産運用の基本的な考え方として、近い将来のことは予測できないが、10年先のことなら誰でも大体予測が可能だと考えている。
ゴールドマンサックスの2050年までの各国のGDP予測は、その実現時期はともかく、誰もが認めるところだろう。
日本の人口動態の推移は、この国が残念ながら活力を失う様を冷徹にあらわしている。

その国の経済の相対的競争力が強ければ、おのずと為替も強くなる。
経済が発展し、高い成長率が維持できれば、為替と高成長でダブルで国のGDPは上がり、それにつられて株式市況もあがる。
日本経済は向こう15年以内に中国に抜かれ、25年以内にインドにも抜かれる。日本人なら信じたくないシナリオだが、この人口動態を見たら国としての活力が失われているのは明らかだろう。
長期的な予測なら、素人も玄人も変わりはない。
世界1の大富豪のバフェットも、アラビアのバフェット、アルワリード王子も、株が安い時に買って、ひたすら持ち続けるバリュー投資家だ。
筆者のすすめるファイナンシャルインテリジェンスはバッフェト流、アルワリード流の長期投資だ。
たとえば過去1年の日経平均とアジアオセアニア株の投資信託の値動きを比較してみよう。

下がってはいるが、決して一本調子で下がっているわけではない。
さらに日経平均と中南米株の投資信託の値動きを見てみよう。

こちらは同じ期間で、値上がりしていることがわかる。
筆者も勝間さんの言うように、素人は投資信託を重視することは賛成だ。
しかし株式の売買単位が下がってきているので、数十万円で株を買うこともできるし、株なら運用手数料は不要で、今の株価水準なら多くの企業の配当利回りは預金金利より高い2%前後である。
株式投資ではプロは素人をカモにするというのは正しいと思うが、プロがいつも勝つわけではない。いつも勝つなら、プロは全員大富豪でなくてはならないが、そんなことはない。
勝間さんの言うように「退職金が入って、自分で株で資産運用しようとする人も多いが、プロにボコボコにKOされるのがオチ。株式は、プロが得して個人が損する世界で、個人が次のGoogleをめざして成長株を買うことはギャンブルと同じ」だとは思わない。
短期売買にこだわらず、前述のバッフェトやアルワリードのように、これから高成長を遂げることがほぼ確実な国や企業に投資をして、長期投資と考えて"Buy and Forget"すれば良いと思う。
第三に、このあらすじブログに載せるべき本のセレクションについて考えさせられた。
このあらすじブログには毎日200名前後の方が訪問されている。

多くの訪問者がこのブログに期待されていることは、たぶん(1)わかりやすく正確なあらすじ(クオリティ)、(2)読みたい本のあらすじが掲載されているかどうか(品揃え)、(3)良書の紹介(リコメンデーション)だと思う。
筆者は一人の作者の本を読み出すと、その人の書いた他の本や、その人がリコメンドする本を集中的に読む。
このブログでも紹介している「本を読む本」で紹介されていた「シントピカル読書」だ。
作者を多面的に理解し、書いている内容を頭にたたき込むのと、その内容の確かさを評価するためだ。
勝間さんに限らず、最近の仕事効率を上げるシリーズ物もそれぞれ数冊読んでいるが、どれも似たような内容なので、はたして時間を掛けて、いちいちあらすじを書いていて良いのかという疑問がわいてきた。
人生は短く、一生に読める本の数は限りがある。筆者はまだまだ勉強が足りない。もっと良い本を読まなければならない。
たとえば町田図書館で「著者=松下幸之助」で検索すると81冊もの本があるが、筆者は松下幸之助の本はまだ4冊しか読んでいない。
カーネギーの本は4冊、ドラッカーの本に至っては結局1冊も完読できていないのに、例に出して悪いが、ぽっと出の勝間さんの本を5冊も読んでいるのはどうなんだ?と思ってしまう。
当たり前のことだが、time-testedな良書は1年間に何冊も書ける訳がない。
人気に乗じて売れるだけ売れという姿勢で、異なった出版社から短期間に何冊も本を出している作者には、一般論として気を付けた方が良いだろう。
勝間さんへのエール
あらすじブログが今回は書評ブログになってしまい、この内容をブログに載せるかどうか正直迷った。
筆者はポリシーとして本の批判はしないことに決めている。本の批判をネットに載せて鬱憤を晴らすよりは、そんな本は無視してブログに載せない方がよほど精神的にも良いし、大人の対応だ。
それでもあえてこのような書評ブログになってしまったのは、上記の筆者自身の自己批判も含めて、大いに考えさせられる本だったからだ。
この本には読者への気配りも、仕事(著作)への愛情も感じられない。
勝間さんの愛読書リストには松下幸之助の本が一冊も載っていないが、最後に筆者の「座右の書」であり、発刊以来40年間ベストセラーを続けているTime-testedな名著の代表の松下幸之助の「道をひらく」の一節を紹介して、勝間さんへの応援のエールとしたい。
2008年5月5日現在、勝間さんのこの本はアマゾンのランキングでは280位で、なんと松下幸之助の「道をひらく」はそれよりも上の229位だ。

世間というもの ― 松下幸之助「道をひらく」より
世間というものは、きびしくもあるし、また暖かくもある。そのことを、昔の人は「目明き千人めくら千人」ということばであらわした。いい得て妙である。世間にはめくらの面もたくさんある。だから、いいかげんな仕事をやって、いいかげんにすごすことも、時には見のがされてすぎてしまうこともある。つまりひろい世間には、それだけ包容力があるというわけだが、しかしこれになれて世間をあまく見、馬鹿にしたならば、やがては目明きの面にゆき当たって、身のしまるようなきびしい思いをしなければならなくなる。
また、いい考えを持ち、真剣な努力を重ねても、なかなかにこれが世間に認められないときがある。そんなときには、ともすると世間が冷たく感じられ、自分は孤独だと考え、希望を失いがちとなる。だが悲観することはない。めくらが千人いれば、目明きもまた千人いるのである。そこに、世間の思わぬ暖かさがひそんでいる。
いずれにしても、世間はきびしくもあり、暖かくもある。だから、世間にたいしては、いつも謙虚さを忘れず、また希望を失わず、着実に力強く自分の道を歩むよう心がけたいものである。
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