2008年08月12日

明日の広告 広告業界のことを知らなくても楽しめる本

明日の広告 変化した消費者とコミュニケーションする方法


広告会社勤務のクリエイティブディレクター佐藤尚之さんの、変化した消費者とコミュニケートしようとする広告の本。

佐藤さんは個人で1995年からさとなおというホームページを運営しており、訪問者カウンターは今や2500万人を超えている。


伝説のホームページ

ホームページはほぼ毎日更新されており、毎日の記事も面白いし、コンテンツがすごい。グルメ、本、CD、シネマなどの情報が適宜更新されており、収録されているレストランは2,400軒、本は940冊もある。

世の中にはすごい人もいるものだ。

この本の目次もさとなおホームページで公開されているので、是非目次も見て欲しい。

CMスキップでTVなどのマス広告の効果減のため、ビジネスモデルを変える必要がある広告業界の生きるべき道を、「明日の広告」という切り口で提言している。

朝日新聞の「売れている本」というコーナーに紹介されていたので読んでみた。

文中に電通常務のカリスマクリエイター杉山恒太郎さんが上司として紹介されているので、佐藤さんも当然電通の社員だと思うが、電通という会社名が一切出てこない。

ちなみに杉山さんは「ホリスティック・コミュニケーション」という本を出しており、筆者も読んだことがある。広告に対する消費者心理が伝統的なAIDMA(Attention-Interest-Desire-Memory-Action)からAISAS(Attention-Interest-Search-Action-Share)に変わったというものだ。

佐藤さんが手がけた広告や他の電通の傑作広告が紹介されていて、広告業界に就職を目指す人には感動を与える必見の本だと思うが、電通という名前が一切出てこないので、リクルート本の様ないやみがない。さすが電通と思わせる。


この本の主題

最初と途中で金城一紀「映画篇」より次が掲げられている。

「君が人を好きになった時に取るべき最善の方法は、その人のことをきちんと知ろうと目を凝らし、耳をすますことだ。そうすると、君はその人が自分の思っていたよりも単純ではないことに気づく。極端なことを言えば、君はその人のことを実は何にも知っていなかったのを思い知る」

映画篇


広告は消費者へのラブレターだという出だしで始まる。そしてラブレターという比喩を使って、広告が消費者にモテモテで受け入れられていた頃と、受け取ってすら貰えない今との対比を説明する。

今やホスト並に細やかにサービスしてようやく相手を口説ける時代なのだと。ラブレターを渡して終わりではない。脈がありそうならすかさずもう一押し、ライバルは次々現れる。つきあっている間も相手は友達と相談していることを忘れずにいることが重要だと。

商品を売って、それで終わりではない。ブランドを確立し、維持するためには、アフターフォローが絶対必要で、購入者の口コミもブランド維持に重要だ。

これを佐藤さんは「商品丸裸時代」と呼ぶ。ネットによって商品の良い面も悪い面も消費者がブログなどで情報発信する時代になってきたのだ。

消費者の使い勝手を優先して商品をつくる発想がなくてはならない。ソニーのウォークマンの生みの親の黒木靖夫氏は、常に誰がどんなふうに使うのかを考えて商品開発を行っていたのだという。他社は製造部門に属す設計部隊が製品をデザインしていた。


広告が華だった時代に入社

佐藤さんが広告にあこがれるようになったのは、1982年のサントリーロイヤルのランボオのCMを見たからだという。



筆者も衝撃を受けた記憶がある。ウィスキーとは何の関係もないストーリーだと思うが、ファンタジックで強烈な印象が残る秀逸なCMだった。これは後に佐藤さんの上司となる電通杉山恒太郎さんの作品だという。

YouTubeでこのCMの名作がいつでも見られるとは、なんと便利な時代になったことだろう。

「強いCM」の時代に電通に入社した佐藤さんは関西支社に配属され、2年目からCMを任され、CMプランナー、クリエーターとしてバリバリ仕事をこなしていたが、1993年頃にインターネットと出会って衝撃を受ける。


インターネットの衝撃

インターネットは次の3点で他のどのメディアとも違ったという。

・有史以来初めて一般消費者が世の中に発信できるメディアを持った
・情報が距離や国境を越えてスピーディに飛び交い、常に更新される
・ヨコにつながった消費者がマスメディアに対抗する手段を持った

1995年につくったのが、さとなお.comというホームページで、当時ホームページを公開していた個人は日本で100人もいなかったという。自腹でレストランを訪問して評価するジバランというサイトを出会ったこともないネットの賛同者10名と作った(今は閉鎖)。

広告で厚化粧しても、消費者がネットで商品のスッピンの姿を教え合う「商品丸裸時代」になったのだ。筆者はドラクエの事は何もしらないが、佐藤さんはこれをドラクエのアイテムの、その人の真実の姿を映し出す「ラーの鏡」と呼ぶ。


消費者はターゲットでなく、パートナー

ネットの出現+情報洪水+成熟市場の3連発が、広告を変えたのだ。そして消費者が最も信頼するものは「友達・好きな人・信頼できる人」の口コミとなった。

これを象徴する出来事は、2006年のタイム誌のMan of the Yearが"YOU"、つまりあなたになり、2007年のスーパーボウル(1月下旬)の最優秀CMにドリトスの素人CMが選ばれたことだ。(スーパーボウルCMは全米で最も視聴率が高く、広告料は30秒で3億円といわれる)



英国のネイキッドというコミュニケーション・プラニング会社のジョン・ウィルキンス氏は、「私たちは、消費者をターゲットとは呼ばない。パートナーと呼ぶ」と宣言するまでになった。


広告手法も変化

消費者を「待ち伏せ」する方法も、テレビ、ラジオ、新聞中心の今までの広告とは異なってきた。

口コミが最も有効な宣伝手段となり、ブログやSNSなどのCGMで消費者に宣伝してもらう広告、検索連動型広告などが新しい広告の形態だ。


ますます重要になってきた「初動」

基本に戻ってその人のことをきちんと知ろうと本気で考えることが、広告の「初動」として重要だ。

冒頭で紹介した金城さんの言葉を再度引用している。

「君が人を好きになった時に取るべき最善の方法は、その人のことをきちんと知ろうと目を凝らし、耳をすますことだ。そうすると、君はその人が自分の思っていたよりも単純ではないことに気づく。極端なことを言えば、君はその人のことを実は何にも知っていなかったのを思い知る」


先入観で「初動」を間違ってはならない

先入観が全く的はずれだった例を紹介している。

「Aという車があり、仮想敵はBという車。商品の売りはラグジャリー感と居住性。ターゲットはプチ富裕層、40〜50代の男性」とクライアントからブリーフィングを受けた。

そのつもりでCMプランを練ろうとするチーム員に、佐藤さんはちょっと待てと提案した。

Aと競合する4車種につき、購入行動を調べるため購入意向者の趣味とよく読む雑誌を調べたところ、Aを買いたい人とBを買いたい人は全く競合しないことがわかったという。Aを買いたい人はアウトドア志向、Bはドライブ志向。Aを買いたい人は車雑誌を読まず、子育て雑誌、アウトドア雑誌などを読むという様な点だ。

清涼飲料をもっと高校生に売りたいというクライアントの要望を受け、高校生=モバイルだと軽い気持ちで高校生にインタビューしたら、先入観は間違いで、女子はまだしも、男子高校生はメール以外はほとんどケータイを使っていないことがわかった。

結局最も男子高校生にアプローチできるのは、ファミレスだったという。


とことん消費者本位に考えたスラムダンク一億冊感謝キャンペーン

筆者は一度も読んだことがないが、神奈川県出身者なので、スラムダンクは神奈川県を舞台としたバスケマンガだということは知っている。そのスラムダンクの単行本31巻は合計一億冊以上を売ったという。

連載は八年も前に終わっていたが、作者の井上雄彦さんが、読者にありがとうを言いたいという気持ちを伝えたいとして、相談があった。

これには先例がある。阪神が優勝した時に、星野監督がスポーツ紙5紙にポケットマネーでファンに感謝する広告を出したのだ。

しかしよく考えると星野監督の大きな声でありがとうと言いたいというのと、スラムダンクとは違うことが分かったという。スラムダンクはファンにだけ感謝したいのだ。

そして関係者みんなでスラムダンクを読みまくり、誰かの「スラムダンクって作品は、井上さんのものじゃなくて、彼らのものなんだよね」という言葉で、みんなの気持ちが固まったという。伝えたい相手にだけ伝わればよい。

そこで全国紙6紙にスラムダンクの登場人物の全面広告を出し、それに小さくスラムダンクのキャンペーンページのURLを告知。キャンペーンサイトでは自分のキャラクターを選んでメッセージ、名前、メアドなどを登録すると、ファイナル試合の山王工業戦の会場に入れる。

そうするとスタジアムの観客席に自分の選んだキャラクターが赤く表示され、自分の入れたメッセージで応援しており、他の観客のメッセージもカーソルを載せると表示されるという趣向だ。

スラムダンク






このキャンペーンサイトはまだオープンしているので、筆者もやってみた。

さらに神奈川県三浦市の廃校となった高校を借り切ってスラムダンクファイナルイベントを行った。作者の井上さんは三日かかって23の黒板にスラムダンクをチョークで書きあげたという。

このキャンペーンのすべてがホームページで公開されている。

ファンには感謝感激、こたえられない広告キャンペーンだろう。そして佐藤さんも、相手が一番望んでいることをするという考え方や、相手を巻き込み参加してもらうことの大切さ、伝えたいことを伝えるというスタンスなど、いろいろな事を学んだという。


広告のチカラ

佐藤さんの上司でもある電通のカリスマクリエーター杉山恒太郎さんは次のように言っているという。

「消費者の心に何らかの価値変容を起こさないものを広告とは呼ばない」

「商品的にも市場的にも圧倒的に不利な二番手を、広告のチカラで一番手に押し上げることこそ、広告の醍醐味だし、それを志さなければ広告マンである意味がない」

これからの時代は「商品丸裸時代」なので、消費者の感想が良い面も悪い面もネットで公開されてしまう。そもそもTV広告はスルーされてしまうし、イメージ広告などは通じにくい。

「商品丸裸時代」の広告クリエイティブは、次の五点をめざすべきだと佐藤さんは語る。

・認知に徹すること
・よりプロモーショナルになること
・ありのままの自分を出すこと
・買ってくれた人をもてなすこと
・買ってくれた人に参加してもらうこと

2007年カンヌ国際広告祭のサイバー部門でグランプリを受賞したNike+の広告が、いろいろな使い方を伝えており、買ってくれた人をもてなす広告の例である。



佐藤さんは、お茶の間でみんなでテレビを見るという生活スタイルは消滅しつつあるが、これからは「ネオお茶の間」で一人でパソコンでテレビを「ながら視聴」している人が増えるだろうという。

ネオお茶の間ではテレビが復権し、CMもそれほどスキップされなくなると佐藤さんは語る。


明日の広告

最後に広告は社会のインフラであり、ニッサンのイチローの「変わらなきゃ」広告の様に、変化した消費者にあわせてちゃんと変わっていけば広告の明るく楽しい明日があると佐藤さんは語る。そんな前の広告とは思っていなかったが、イチローが若いので驚く。



消費者本位、企業のソリューションから消費者のソリューションへというのが、キーワードであると。

広告業界のみんなが明るい気持ちになれるようにと、エールを送っている。

大手の広告代理店がテレビのCM枠を抑えてスペースを切り売りする殿様商売をやっていた時代はもう二度とおこならないだろうが、広告はたしかに不可欠なものであり、この本の提言のように「初動」を大切に、「ラーの鏡」で消費者の真の姿をみつめ、「商品丸裸時代」という問題意識を抱いて仕事をすれば、必ずや広告業界に明るい明日はあるだろう。

軽妙なタッチながら、広告業界に対する大きな危機意識が感じられる。読んで面白い本であった。

佐藤さんはコンテンツキングだと思う。広告業界のことを知らない人にも、おすすめの本である。


参考になれば次クリック投票お願いします。




Posted by yaori at 12:42│Comments(0)TrackBack(0) ビジネス | 広告

この記事へのトラックバックURL